説明

ねじ運動機構及びこれを用いた減衰装置

【課題】
ねじ軸の回転を防止しつつも、当該ねじ軸の軸端を構造体に対して簡便に接続することが可能であり、また、ナット部材及びねじ軸に対して過大なトルクが作用することがなく、これらの損傷を防止することが可能なねじ運動機構を提供する。
【解決手段】
外周面に螺旋状のねじ溝が形成されると共に少なくとも一方の軸端が第一の構造体に連結されるねじ軸と、前記第一の構造体に対して前記ねじ軸の軸方向へ移動可能な第二の構造体に対して回転自在に保持されると共に前記ねじ軸に螺合するナット部材と、球体部及びこの球体部を収容すると球体受け部から構成されて前記ねじ軸の軸端を前記第一の構造体に連結する球面継ぎ手とを備え、前記ねじ軸に作用する軸力を変数とした場合に、前記回転トルク線図は前記滑りトルク線図と交差しており、且つ、前記ねじ軸に軸力が作用していない初期状態では前記滑りトルクが回転トルクを上回るように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ねじ軸及びこれに螺合するナット部材を備え、並進運動を回転運動に、あるいは回転運動を並進運動に変換するねじ運動機構に関するものであり、更にはこれを利用した減衰装置に関する。
【背景技術】
【0002】
並進運動を回転運動に、あるいは回転運動を並進運動に変換する装置としては、螺旋状の雄ねじが形成されたねじ軸に対し、雌ねじが形成されたナット部材を螺合させたねじ運動機構が知られており、特に、ねじ軸とナット部材との間にボールを介在させたボールねじ装置は、各種用途に使用されている。例えば建築構造物に作用する振動を早期に収束させるための減衰装置に利用されており、かかる減衰装置としては特許文献1に開示されたものが知られている。
【0003】
この減衰装置は建築構造物の柱間に筋交いとして設けられる装置であり、一方の構造体に結合されるロッド部材と、このロッドを覆うようにして設けられると共に他方の構造体に固定されるハウジング部材とから構成されている。前記ロッド部材の外周面には螺旋状のねじ溝が形成されており、このねじ溝には前記ハウジング部材に対して回転自在なナット部材が螺合している。すなわち、前記ロッド部材はボールねじ装置におけるねじ軸に相当する。また、このナット部材には前記ハウジング部材内に収容される円筒状のロータが固定されており、このロータの外周面は前記ハウジング部材の内周面と対向して粘性流体の収容室を形成している。
【0004】
このように構成された減衰装置では、二つの構造体の間に作用する振動に伴って前記ロッド部材がナット部材に対して軸方向へ進退すると、かかるナット部材は前記ロッド部材の軸方向運動を回転運動に変換し、このナット部材の回転運動に伴って該ナット部材に固定されたロータも回転することになる。このとき、前記ロータの外周面とハウジング部材の内周面との隙間は粘性流体の収容室として形成されていることから、かかるロータが回転すると、収容室内の粘性流体に対してロータの回転角速度に応じた剪断摩擦力が作用し、かかる粘性流体が発熱する。すなわち、この減衰装置では構造体間の振動エネルギが回転運動のエネルギに変換され、更にはその回転運動のエネルギが熱エネルギに変換され、その結果として構造体間で伝達される振動エネルギが減衰されるようになっている。
【0005】
かかる減衰装置は前記ハウジングの一端とロッド部材としてのねじ軸の一端を別々の構造体に固定して使用するが、その際、各構造体に対する減衰装置の姿勢変化を許容するため、前記ハウジング及びロッドはクレビスを介して各構造体に接続されている。かかるクレビスは支軸を有し、前記ハウジング又はロッド部材はこの支軸周りの自由度を与えられた状態で各構造体に接続されている。この場合、前記支軸はねじ軸の回り止めとして機能しており、これによってねじ軸の軸方向の並進運動がナット部材の回転運動に変換されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−184757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、前記クレビスは前記ハウジング又はロッド部材に対して支軸周りの自由度しか与えないので、かかる支軸の軸方向へはハウジング又はロッド部材を変位させることができず、減衰装置を構造体に設置する際には当該構造体に対するクレビスの固定位置の調整に手間がかかるといった課題がある。
【0008】
また、前述の如くねじ運動機構を用いた減衰装置では、構造体に作用する振動に伴う前記ロッド部材の軸方向運動をナット部材及びロータの回転運動に変換しているが、想定外の過大な加速度の振動が作用した場合、前記ロータが大きな角運動量を保持した状態で回転方向を変化させることになり、前記ナット部材やねじ軸に対して過大なトルクが作用して、ねじ運動機構を構成するこれら部材が損傷する可能性が考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明はこのような問題点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、ねじ軸の回転を防止しつつも、当該ねじ軸の軸端を構造体に対して簡便に接続することが可能であり、また、ナット部材及びねじ軸に対して過大なトルクが作用することがなく、これらの損傷を防止することが可能なねじ運動機構及びこれを用いた減衰装置を提供することにある。
【0010】
前記目的を達成するために、本発明のねじ運動機構は、外周面に螺旋状のねじ溝が形成されると共に少なくとも一方の軸端が第一の構造体に連結されるねじ軸と、前記第一の構造体に対して前記ねじ軸の軸方向へ移動可能な第二の構造体に対して回転自在に保持されると共に前記ねじ軸に螺合するナット部材と、球体部及びこの球体部を収容すると球体受け部から構成されて前記ねじ軸の軸端を前記第一の構造体に連結する球面継ぎ手とを備え、前記ナット部材とねじ軸との間で伝達される回転トルクは当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化する一方、前記球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間で伝達される滑りトルクも当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化するものである。そして、前記ねじ軸の軸力を変数とした場合に、前記回転トルク線図は前記滑りトルク線図と交差しており、且つ、前記ねじ軸に軸力が作用していない初期状態では前記滑りトルクが回転トルクを上回るように構成されている。
【0011】
また、本発明の減衰装置は、外周面に螺旋状のねじ溝が形成されると共に少なくとも一方の軸端が第一の構造体に連結されるねじ軸と、第二の構造体に対して回転自在に保持されると共に前記ねじ軸に螺合し、第一の構造体に対する第二の構造体の振動に応じて往復回転するナット部材と、このナット部材に連結されて当該ナット部材の往復回転を減衰させる減衰手段と、球体部及びこの球体部を収容すると球体受け部から構成されて前記ねじ軸の軸端を前記第一の構造体に連結する球面継ぎ手と、を備え、前記ナット部材とねじ軸との間で伝達される回転トルクは当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化する一方、前記球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間で伝達される滑りトルクも当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化するものである。そして、前記ねじ軸の軸力を変数とした場合に、前記回転トルク線図は前記滑りトルク線図と交差しており、且つ、前記ねじ軸に軸力が作用していない初期状態では前記滑りトルクが回転トルクを上回るように構成されている。
【発明の効果】
【0012】
本発明のねじ運動機構によれば、ねじ軸の軸端に球面継ぎ手を設けることで、当該ねじ軸の姿勢にかかわらずその軸端を第一の構造体に対して簡便に接続することが可能となる。
【0013】
ねじ軸とナット部材とを相対的に軸方向へ並進運動させ、その並進運動をナット部材の回転運動に変換する場合、前記ナット部材とねじ軸との間で伝達される回転トルクは当該ねじ軸に作用する軸方向の外力(以下、「軸力」という)が大きくなる程、大きくなる傾向にある。また、前記球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間で伝達される滑りトルクも当該ねじ軸に作用する軸力が大きくなる程、大きくなる傾向にある。ねじ軸の軸端を球面軸受を介して構造体に接続する場合、前記回転トルクが前記球面継ぎ手での滑りトルクよりも小さければ、ねじ軸は回転を生じることがなく、ねじ軸とナット部材の相対的な並進運動を当該ナット部材の回転運動に変換することが可能である。一方、前記回転トルクが前記球面継ぎ手での滑りトルクよりも大きいと、球面継ぎ手の球体部が球体受け部に対して滑りを生じるので、ねじ軸とナット部材との間に相対的な並進運動が生じると、前記並進運動はその総てがナット部材の回転運動に変換されず、少なくとも一部はねじ軸の回転運動となり、ナット部材に作用する回転トルクが低減することになる。
【0014】
すなわち、ねじ軸の軸端に設けられた球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間の滑りトルクを任意に設定することにより、前記球面継ぎ手がナット部材の回転運動におけるトルクリミッタとして機能し、ねじ軸とナット部材の相対的な並進運動を当該ナット部材の回転運動に変換する際に、ナット部材及びねじ軸に対して過大な回転トルクが作用することがなく、これらナット部材及びねじ軸の損傷を防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のねじ運動機構を用いた減衰装置の一例を示す正面断面図である。
【図2】ねじ軸とナット部材との組み合わせの一例を示す斜視図である。
【図3】ねじ軸の端部に設けられる球面継ぎ手の第一実施形態を示す正面断面図である。
【図4】ねじ軸に作用する軸力と回転トルクとの関係、ねじ軸に作用する軸力と球面継ぎ手における滑りトルクとの関係を示すグラフ図である。
【図5】ねじ軸の端部に設けられる球面継ぎ手の第二実施形態を示す正面断面図である。
【図6】ねじ軸の端部に設けられる球面継ぎ手の第三実施形態を示す正面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面に沿って本発明のねじ運動機構及びこれを用いた減衰装置を詳細に説明する。
【0017】
図1は本発明のねじ運動機構を用いて構成した減衰装置の実施形態の一例を示すものである。この減衰装置1は粘性抵抗を利用して振動エネルギを減衰させるものであり、例えば、建物とこれを支える基盤との間、あるいは建物の柱と梁との間に配置されて使用される。
【0018】
この減衰装置1は、中空部を有して筒状に形成された固定外筒10と、この固定外筒10の中空部内に収容されると共に該固定外筒10に対して回転自在に支承されたロータ20と、これら固定外筒10及びロータ20を貫通すると共に該ロータが螺合したねじ軸30とを備えており、例えば、前記ねじ軸30はその一端が第一の構造体としての基盤100に固定される一方、前記固定外筒10は第二の構造体としての建物に固定されるようになっている。
【0019】
前記固定外筒10は、筒状に形成された外筒本体11と、この外筒本体11の軸方向の両端面に固定される一対のエンドプレート12,13とから構成されている。外筒本体11の内周面は、前記ロータ20の外周面と所定の隙間を介して対向するスリーブ部14と、このスリーブ部14に対して軸方向へ隣接して設けられた一対の内筒支持部15,16とから構成されており、一対の内筒支持部15,16には前記回転内筒20の回転を支承するための一対の回転ベアリング17,18が嵌合している。これらの回転ベアリング17,18は前記エンドプレート12,13を外筒本体11に対してボルトを用いて固定することで、前記外筒本体11の内筒支持部15,16に固定されるようになっている。尚、図中の符号19は回転ベアリング17,18の外輪に接して該回転ベアリング17,18の軸方向の位置決めを行うスペーサリングである。
【0020】
一方、前記ロータ20は、前記固定外筒10の中空部内に収容されると共に、前述の回転ベアリング17,18によってその回転を支承された回転内筒21と、この回転内筒21の軸方向の一端にブラケット22を介して固定されたナット部材40とから構成されており、前記回転内筒21の内周面とねじ軸30の外周面との間には隙間が形成される一方、前記ナット部材40が前記ねじ軸30の外周面に螺合している。すなわち、これらねじ軸30及びナット部材40が並進運動を回転運動に変換するねじ運動機構を構成している。
【0021】
前記回転内筒21は外筒本体11のスリーブ部14と対向するジャーナル部24を有しており、外筒本体11のスリーブ部14と回転内筒21のジャーナル部24とが対向することにより、これらの間に粘性流体6の作用室2が形成されるようになっている。この作用室2には粘性流体6が充填されている。前記ジャーナル部24の軸方向の両端にはリング状のシール部材25,25が嵌められており、作用室2内に封入された粘性流体6が該作用室2から漏れだすのを防止している。前記作用室2に封入される粘性流体6としては、例えば、動粘度が10万〜50万mm2 /s(25℃)程度のシリコーンオイルが用いられる。
【0022】
また、前記外筒本体11のスリーブ部14にはポート23が設けられると共に、かかるポート23には密閉式のバッファ容器50が接続されている。固定外筒10に対してロータ20が回転すると、作用室2に充填された粘性流体6が剪断摩擦力によって発熱し、かかる粘性流体6の体積は膨張する。前記バッファ容器50はそのような粘性流体6の体積変化を吸収するために設けられている。
【0023】
第一の構造体に接続される前記ねじ軸30の一端には球面継ぎ手32が設けられ、かかる第一の構造体に対する前記ねじ軸30の接続角度を自由に調整することが可能となっている。この球面継ぎ手32の詳細は後述する。一方、第二の構造体に接続される固定外筒10のエンドプレート12にはクレビス5が設けられている。このクレビス5は第二の構造体に固定されるベース部51と前記エンドプレート12の双方から突出するフランジ部を支軸52で貫通して結合したものであり、第二の構造体に対して支軸52の周囲で固定外筒10を自在に揺動させることが可能となっている。
【0024】
図2は前記ねじ軸30とナット部材40との組み合わせを示す斜視図である。ねじ軸30の外周面には螺旋状のボール転動溝31が形成されており、ナット部材40は前記ボール転動溝31を転動する多数のボール3を介してねじ軸30に螺合している。また、ナット部材40は前記ねじ軸30が挿通される貫通孔を有して円筒状に形成されると共に、前記ねじ軸30のボール転動溝31を転動したボール3を循環させるための無限循環路が設けられている。すなわち、これらナット部材40とねじ軸30は並進運動を回転運動に、又は回転運動を並進運動に変換するねじ運動機構を構成している。
【0025】
そして、このナット部材40の外周面にはフランジ部41が設けられており、かかるフランジ部41に挿通された固定ボルト42を前記ブラケット22に締結することで、ナット部材40の回転がブラケット22を介して前記回転内筒21に伝達されるようになっている。前記ブラケット22は回転内筒21の軸方向の端面にボルトで締結されており、固定外筒10を構成するエンドプレート13から軸方向へ突出している。
【0026】
図3は前記ねじ軸30の一端に設けられた球面継ぎ手32の第一実施形態を示すものである。
【0027】
かかる球面継ぎ手は、ねじ軸30の軸端が嵌合する貫通孔34を有する球体部33と、この球体部33の球面を包み込むと共に固定ボルト35によって第一構造体に締結される球体受け部36とを備えている。また、前記球体受け部は球体部に接する樹脂ライナを有しており、かかる樹脂ライナは球体受け部に固着される一方、前記球体部に対して摺接している。前記球体部33は最大直径部の球面が前記樹脂ライナ37によって覆われているので、かかる球体受け部36から離脱不能であり、球面を前記樹脂ライナ37に摺接させながら球体受け部36の中で回転自在となっている。従って、この球面継ぎ手を用いてねじ軸の軸端を第一の構造体に接続すると、かかるねじ軸は前記球体部を中心として第一の構造体に対して矢線A方向へ揺動自在となり、また、矢線Bのようにねじ軸を回転させることが可能となる。
【0028】
この球面継ぎ手は、例えば、球体部に対して樹脂ライナを被せた後、かかる球体部及び樹脂ライナを鋳造又は機械加工によって形成した球体受け部の中にセットし、最後に球体受け部に対して鍛造加工等を施して当該球体受け部を変形させ、その内部に前記球体受け部及び樹脂シートを封じ込めることによって製作することが可能である。また、球体部及び樹脂ライナを中子として球体受け部を鋳造することによって製作することも可能である。
【0029】
このように構成された減衰装置では、第一の構造体に対して第二の構造体が図1中の矢線X方向に沿って相対的に振動すると、かかる振動は固定外筒10に対するねじ軸30の軸方向への並進運動となる。この並進運動に伴って前記ねじ軸30に螺合するナット部材40には回転トルクが作用することになり、その反作用として、ねじ軸に対してもナット部材に作用する回転トルクとは同じ大きさの逆方向の回転トルクが作用することになる。前記固定外筒10は前記クレビス5を介して第二の構造体に固定され、かかるクレビス5の支軸52が固定外筒10の回転止めとして機能しているので、仮に前記ねじ軸30の回転が阻止されている状態にあれば、前記回転トルクに応じた角加速度が前記ナット部材40を含めたロータ20に対して与えられ、かかるロータ20が固定外筒10に対して回転を生じることになる。
【0030】
図4において実線で示すグラフは、前記ねじ軸30に作用する軸方向の外力(以下、「軸力」という)と前記回転トルクとの関係を示すものである。ねじ軸30とナット部材40とが軸方向へ相対的に変位しないと、これらに回転トルクが作用することはないので、軸力が作用してない状態では回転トルクも発生していない。また、ねじ軸30に作用する軸力が大きい程、大きな回転トルクがナット部材40及びねじ軸30に作用する。
【0031】
一方、図4において破線で示すグラフは、前記ねじ軸30に作用する軸力と前記球面継ぎ手32の滑りトルクとの関係を示すものである。ここで、球面継ぎ手32の滑りトルクとは、前記球体部33を球体受け部36に対して回転させるために必要なトルクを指し、かかる球体部33に対して滑りトルクよりも大きなトルクが作用すれば、例えば球体部33に固定したねじ軸30が球体受け部36に対して揺動を生じ、あるいは回転を生じることになる。一般に、球面継ぎ手では球体受け部36と球体部33との隙間を排除するため、球体受け部36が球体部33を若干締めつけた状態にある。このため、ねじ軸30から球体部33に対して軸力が作用していない状態であっても、図4に示すように、初期滑りトルクT1は0kgf・mmとはならない。ねじ軸30から球体部33に対して軸力が作用すると、その分だけ球体部33と球体受け部36との間に作用する摩擦力は増加するので、前記滑りトルクは軸力の増加に伴って増加していく。
【0032】
このように、ねじ軸30に作用する軸力を徐々に増加させた場合、かかるねじ軸30に作用する回転トルク及び球面継ぎ手32における滑りトルクも徐々に増加していくが、回転トルクの増加率が滑りトルクの増加率を上回っている場合、図4に示すように、限界軸力P0に達すると、回転トルクと滑りトルクの大小関係が逆転し、回転トルクが滑りトルクを上回るようになる。軸力が限界軸力P0よりも小さい場合には滑りトルクが回転トルクを上回っていることから、ナット部材40とねじ軸30との相対的な並進運動の結果として当該ねじ軸30に回転トルクが作用したとしても、球面継ぎ手32はねじ軸30の回転を抑えることが可能である。この場合、ねじ軸30に対してナット部材40を相対的に並進運動させると、ねじ軸30の回転は球面継ぎ手32によって防止され、ナット部材40が並進運動による移動量に応じた回転を生じることになる。
【0033】
一方、ねじ軸30とナット部材40との間に作用する軸力が限界軸力P0を超えた場合、ねじ軸30に作用する回転トルクが球面継ぎ手32の滑りトルクが上回ることから、ナット部材40とねじ軸30との相対的な並進運動の結果として当該ねじ軸30に回転トルクが作用すると、球面継ぎ手32はねじ軸30の回転を抑えることができない。すなわち、この状況では、軸力が限界軸力P0を上回るような並進運動をねじ軸30及びナット部材40に対して与えると、ねじ軸30が回転を生じてしまうので、ナット部材40には並進運動の移動量に応じた回転が生じないことになる。
【0034】
このことを前述した減衰装置1に当てはめて考察してみると、第一の構造体に対して第二の構造体が図1中の矢線X方向に沿って相対的に振動し、そのときにナット部材40とねじ軸30との間に作用する軸力が限界軸力P0以下であれば、ねじ軸30が回転せずにナット部材40が回転を生じるので、ナット部材40の固定された回転内筒21が固定外筒10に対して回転を生じることになる。その結果、前記作用室2に存在する粘性流体6の働きにより、第一の構造体に対する第二の構造体のX方向の振動が強制的に減衰させられる。
【0035】
また、第一の構造体に対して第二の構造体が図1中の矢線X方向に沿って相対的に振動し、その際にナット部材40とねじ軸30との間に作用する軸力が限界軸力P0よりも大きければ、ねじ軸30が前記球体部33と一緒に球体受け部36に対して回転を生じてしまうので、前記ナット部材40と回転内筒21とが組み合わさったロータ20がねじ軸30に対して軸方向へ移動したとしても、かかる移動量に応じた回転がロータ20に生じることはなく、固定外筒10に対するロータ20の回転は抑えられたものになる。
【0036】
例えば、建築物における制振装置や免震装置に使用される減衰装置について考察すると、想定外の巨大地震が発生した場合、減衰装置に対して過大な加速度の振動が作用し、前記ロータ20が大きな角運動量を保持した状態で回転方向を繰り返し反転させることから、減衰装置が損傷する可能性が考えられる。この点に関し、前述の実施形態に示した減衰装置1では、ナット部材40とねじ軸30との間に限界軸力P0よりも大きい軸力が作用するのであれば、ロータ20の回転が抑制されることから、減衰装置1のそのような損傷を未然に防止することが可能となる。
【0037】
すなわち、本発明のねじ運動機構及びこれを利用した減衰装置では、前記球面継ぎ手32が限界軸力P0に対応した回転トルクを設定値とするトルクリミッタとして機能していることになる。回転トルクのグラフと滑りトルクのグラフが交差する限界軸力P0の大きさは、回転トルクのグラフに変化がないとすれば、滑りトルクのグラフにおける初期滑りトルクT1の大きさと、軸力Pに対する滑りトルクの増加割合に依存している。また、球体部33と球体受け部36との摩擦係数はこれら球体部33及び球体受け部36の材質に依存しているので、結果的には、初期滑りトルクT1の大きさを変更することで、滑りトルクのグラフが傾きをそのままにした状態で図4のグラフ図内を上下に移動することになり、限界軸力P0の値を自由に調整することが可能である。例えば、図3に示す球面継ぎ手32においては、前記球体受け部36の鍛造加工の際にその塑性変形の程度を調整することで、前記T1を任意に設定することができる。また、製作された球面継ぎ手32の全体を加熱することにより、球体部33と球体受け部36との間に存在する樹脂ライナ37の変形を促し、球体受け部36による球体部33の締めつけ力を任意に減じて、前記T1を任意に設定することも可能である。
【0038】
尚、図4に実線で示す回転トルクのグラフの傾きが破線で示す滑りトルクのグラフの傾きよりも小さい場合には、両グラフは交差することがなく、前記限界軸力P0は存在しないことから、前記球面継ぎ手32はトルクリミッタとして機能しないことになる。従って、前記球面継ぎ手32にトルクリミッタとしての機能を発揮させる本発明では、回転トルクのグラフの傾きが滑りトルクのグラフの傾きよりも大きいことが必要である。例えば、回転トルクのグラフの傾きはねじ運動機構を構成するねじ軸30のリードの選定及びボール3の転がり摩擦係数に影響を受け、滑りトルクのグラフの傾きは球面継ぎ手32における球体部33と球体受け部36との間の摩擦係数及び球体部33の半径に依存していることから、これらの組み合わせを選定することにより、前記球面継ぎ手32にトルクリミッタとしての機能を与えることが可能となる。
【0039】
次に、図5は前記球面継ぎ手の第二実施形態を示すものである。
【0040】
この球面継ぎ手32は、球体部61と、この球体部61を保持する球体受け部60と、前記球体部61に摺接すると共に当該球体部61に対する圧接力を調整可能な摩擦部材62とから構成されている。また、前記球体受け部60は、受け部本体60aと、この受け部本体60aに締結されるリング状の蓋部材60bとから構成されている。前記受け部本体60aに対して前記球体部61を収容した後、当該受け部本体60aに対して前記蓋部材60bを締結することにより、前記球体部61が受け部本体60aと蓋部材60bとの間に挟み込まれ、球体受け部60に対して球体部61が離脱不能に閉じ込められている。尚、符号63は前記球体受け部60を第一の構造体に締結するための固定ボルトである。
【0041】
前記球体受け部60には貫通孔が球体部61を中心として放射状に複数設けられており、各貫通孔には前記摩擦部材62が収容されている。これらの貫通孔は球体部61に固定されるねじ軸30の軸方向と垂直に設けられている。また、貫通孔には球体受け部60の半径方向外側から調整ねじ64が螺合すると共に、この調整ねじ64と摩擦部材62との間にはスプリングなどの弾性部材65が配置されている。このため、前記貫通孔に対する調整ねじ64の締結量を変更することにより、前記弾性部材65による摩擦部材62の押圧力が調整され、これに伴って前記摩擦部材62の球体部61に対する圧接力が調整されるようになっている。
【0042】
図3に示した第一実施形態の球面継ぎ手ではその製造段階で初期滑りトルクT1が設定されてしまうので、例えば減衰装置の使用環境に合わせて初期滑りトルクT1を任意に設定することが困難である。しかし、この第二実施形態の球面継ぎ手では前記調整ねじ64の締結量を変更することで、前記球体部61に対する摩擦部材62の圧接力を後日自由に変更することができ、球面継ぎ手の初期滑りトルクT1を任意に変更することが可能である。
【0043】
また、前記摩擦部材62はねじ軸30の軸方向と垂直な方向から前記球体部61に圧接しているので、ねじ軸30の回転に対してそれを阻止する摩擦力をより効果的に及ぼすことが可能となっている。
【0044】
このため、前記減衰装置の使用される環境、例えば、減衰装置に作用すると予測される振動エネルギの最大値等に応じて、減衰装置の施工現場で球面継ぎ手の初期滑りトルクT1を任意に設定することができ、それによって減衰装置の粘性減衰の効果が発揮される上限である限界軸力P0の値を任意に変更することが可能となる。
【0045】
図6は前記球面継ぎ手の第三実施形態を示すものである。
【0046】
この球面継ぎ手は、ねじ軸30の軸端が嵌合する貫通孔70を有する球体部71と、この球体部71の球面を包み込む球体受け部72とを備えている。また、前記球体受け部72は第一部材72a及び第二部材72bから構成されており、これら第一部材72a及び第二部材72bを予圧付与ボルト73a及びナット73bで締結することにより、かかる第一部材72aと第二部材72bとの間に前記球体部71を挟み込んで保持するようになっている。前記第一部材72a及び第二部材72bには前記球体部71の球面に合致した摺接面が設けられており、これら二つの部材で球体部71を挟み込むことにより、かかる球体部71が球体受け部72から離脱不能となり、前記ねじ軸30は前記球体部71を中心として球体受け部72に対して矢線A方向へ揺動自在となり、また、矢線Bのようにねじ軸を回転させることが可能となっている。
【0047】
また、前記第一部材72aと第二部材72bとの間には隙間が設けられており、前記予圧付与ボルト73a及びナット73bの締結量を変更することで、前記球体受け部72が球体部71を締め付ける力を容易に変更することができるようになっている。すなわち、予圧付与ボルト73aの締結量を任意に変更することで、前述の第二実施形態と同様に、減衰装置の使用環境に合わせて球面継ぎ手32の初期滑りトルクT1を任意に設定することが可能である。
【0048】
尚、前述した本発明の実施形態では、粘性流体に作用する剪断摩擦力を利用した減衰装置を例に挙げて本発明のねじ運動機構を説明してきたが、本発明の利用例はこれに限られるものではなく、例えば、振動エネルギを本発明のねじ運動機構によってフライホイールの回転運動に変換し、それによって当該振動エネルギの減衰を図る減衰装置にも本発明のねじ運動機構は利用することが可能である。
【0049】
また、図1に示した減衰装置では、第二の構造体に対する固定外筒10の接続をクレビス5によって行っているが、このクレビス5に代えて前述した球面継ぎ手32を用いることも可能である。
【0050】
更に、球面継ぎ手の構成は説明した第一乃至第三実施形態のものに限定されるものではなく、初期滑りトルクT1を有し、前述のように滑りトルクのグラフの傾きがねじ運動機構の回転トルクのグラフの傾きよりも小さいものであれば、かかる球面継ぎ手の構造は自由に選定することが可能である。
【符号の説明】
【0051】
1…減衰装置、30…ねじ軸、40…ナット部材、32…球面継ぎ手、33,61…球体部、36,60…球体受け部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に螺旋状のねじ溝が形成されると共に少なくとも一方の軸端が第一の構造体に連結されるねじ軸と、前記第一の構造体に対して前記ねじ軸の軸方向へ移動可能な第二の構造体に対して回転自在に保持されると共に前記ねじ軸に螺合するナット部材と、球体部及びこの球体部を収容すると球体受け部から構成されて前記ねじ軸の軸端を前記第一の構造体に連結する球面継ぎ手とを備え、
前記ナット部材とねじ軸との間で伝達される回転トルクは当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化する一方、前記球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間で伝達される滑りトルクも当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化し、
前記ねじ軸の軸力を変数とした場合に、前記回転トルク線図は前記滑りトルク線図と交差しており、且つ、前記ねじ軸に軸力が作用していない初期状態では前記滑りトルクが回転トルクを上回っていることを特徴とするねじ運動機構。
【請求項2】
前記球面継ぎ手の球体受け部には、前記球体部に圧接すると共にその圧接力を調整可能な摩擦部材が設けられていることを特徴とする請求項1記載のねじ運動機構。
【請求項3】
前記摩擦部材は前記軸方向と垂直な方向から前記球体部に圧接することを特徴とする請求項2記載のねじ運動機構。
【請求項4】
外周面に螺旋状のねじ溝が形成されると共に少なくとも一方の軸端が第一の構造体に連結されるねじ軸と、
第二の構造体に対して回転自在に保持されると共に前記ねじ軸に螺合し、第一の構造体に対する第二の構造体の振動に応じて往復回転するナット部材と、
このナット部材に連結されて当該ナット部材の往復回転を減衰させる減衰手段と、
球体部及びこの球体部を収容すると球体受け部から構成されて前記ねじ軸の軸端を前記第一の構造体に連結する球面継ぎ手とを備え、
前記ナット部材とねじ軸との間で伝達される回転トルクは当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化する一方、前記球面継ぎ手の球体部と球体受け部との間で伝達される滑りトルクも当該ねじ軸に作用する軸力に応じて変化し、
前記ねじ軸の軸力を変数とした場合に、前記回転トルク線図は前記滑りトルク線図と交差しており、且つ、前記ねじ軸に軸力が作用していない初期状態では前記滑りトルクが回転トルクを上回っていることを特徴とする減衰装置。
【請求項5】
前記球面継ぎ手の球体受け部には、前記球体部に圧接すると共にその圧接力を調整可能な摩擦部材が設けられていることを特徴とする請求項4記載の減衰装置。
【請求項6】
前記摩擦部材は前記軸方向と垂直な方向から前記球体部に圧接することを特徴とする請求項5記載の減衰装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−132479(P2012−132479A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−282751(P2010−282751)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【出願人】(390029805)THK株式会社 (420)
【出願人】(504242342)株式会社免制震ディバイス (16)
【Fターム(参考)】