説明

アルミナコーティング構造体およびその製造方法

【課題】α型の結晶構造のアルミナに匹敵する機械的特性、耐久性があってかつ、酸やアルカリの溶液による分解を受けない、準安定型の結晶形態をもつアルミナコーティング構造体を提供する。
【解決手段】あらかじめゾル−ゲル法により結晶構造のアルミナコーティングを形成し、その上にスパッタリング法を用いてアルミナ結晶膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属、プラスチック、セラミックス母材を用いたアルミナコーティング構造体に関する。本発明は機械産業、半導体産業などにおける耐摩耗、耐熱、耐腐食関連の各種保護膜に利用できる。
【背景技術】
【0002】
従来から機械産業、半導体産業などにおける耐摩耗、耐食など母材の保護を目的とするアルミナコーティングが行われている。これらアルミナコーティングの形成には通常、化学蒸着法、物理蒸着法、ゾルーゲル法が用いられ、成膜条件によってさまざまな結晶構造のアルミナコーティングが得られる。一般にδ-、θ-、γ-など多くの準安定型結晶形態が知られ、高温で(例えばゾルーゲル法では1400℃)熱的安定型のα-に変化することが知られている。
【0003】
α型アルミナは高い機械特性や耐熱性を有することから、これまで各種保護膜として用いられてきたアルミナコーティングは、α型アルミナを中心とするものであった。しかしながら、α型アルミナは、母材を1000℃程度の高温に加熱しなければ形成できないため、高温に耐えられる母材にしかコーティング出来ない、また、高温による微粒子の焼結に起因した収縮によって生じるクラックの発生、微細構造の不均一性からくる母材との密着性の低下等の問題があった。
【0004】
こうした問題に対処するため、α型結晶構造のアルミナコーティングを低温で作成するための手法が開発されている。例えばP. Jin, G. Xu, M. Tazawa, K. Yoshimura, D. Music, J. Alami, and
U.Helmerssonらは、高周波マグネトロンスパッタリング法を用いてコランダム構造(α型結晶構造)の酸化クロム皮膜を下地層とし、この下地層の上にα型結晶構造のアルミナ被膜を形成する方法を行えば、400℃でもコランダム構造(α型結晶構造)の酸化アルミニウム皮膜が形成される旨、報告している。しかしながら、成膜時に超高真空(2.5 X 10-6 Pa以下)が必要であり、さらに成膜速度が1.0 nm min-1と遅い。この理由から、製造装置が高価でありまた、成膜に長時間が必要とされる。
【非特許文献1】Larry L. Hench and Donald R.Ulrich. 1984. Ultrastructure Processing of Ceramics,Glasses, and Composites: JohnWiley & Sons, Inc.
【非特許文献2】J. Vac. Sci.Technol., A20, 2134
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、熱的に準安定な結晶形態のアルミナからなるアルミナコーティングは、α型結晶構造のものに比べて低温で生成可能であるためにクラックの発生防止や、コーティング可能な母材の種類が増える点から望ましい点が多い。しかしながら、熱的に準安定型な結晶形態のアルミナコーティングはα型結晶構造のものに比べて硬度や耐磨耗性などの機械特性が十分ではない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記の不利な点を改善しようと苦心研究の結果、あらかじめゾルーゲル法を用いて結晶性アルミナの下地を作成した後、スパッタリング法により、二層構造を形成することにより、α型の結晶構造のアルミナに匹敵する機械的特性、耐久性がある熱的に準安定型の結晶形態のアルミナコーティング構造体を製造することに成功した。
【0007】
即ち本発明は、(1)母材とアルミナ膜からなるアルミナコーティング構造体であって、母材上に先ず第1のアルミナ膜からなる層を形成し、次に第2のアルミナ膜からなる層を形成した事を特徴とするアルミナコーティング構造体を提供するものである。ここで、上記(1)記載のアルミナコーティング構造体において、第1のアルミナ層がゾルーゲル法を用いて形成され、また第2のアルミナ層がスパッタ法により形成されたものであることが望ましい。これは、あらかじめゾルーゲル法により形成されたアルミナ膜に含まれる結晶核を下地としてスパッタリング成膜時に前記結晶核をベースとして引き続きアルミナ結晶が成長するものと考えられるからである。また、ゾルーゲル法を用いて下地コーティングを作ることはアルミニウムアルコキシドあるいはそのほかの化合物を含む溶液を広い基板全体にわたって均一なコーティングを比較的容易に行うことができ、真空を用いる必要がないため安価にコーティング層を形成することが出来ることから極めて有利である。またそれのみならず、実験の結果、本発明者は、ゾルーゲル法で作成した下地アルミナコーティングの上にスパッタリング法でアルミナを成膜すると、低温の基板加熱温度で結晶性アルミナが生成されるとともに、著しくその硬度が高まる事実を知った。
【0008】
また、前記第1のアルミナ層の結晶構造がアモルファス構造、又はγアルミナ構造、又はそれらの混合物であり、且つ前記第2のアルミナ層の結晶構造がγアルミナ構造を主体とするものである事を特徴とするアルミナコーティング構造体であることが好適である。ここで上述の様に、第1のアルミナ層には、第2のアルミナ層が結晶成長するための結晶核が含まれる必要があり、その為には、第1のアルミナ層の構造がγアルミナ構造を主体とするものが望ましい。更に、X線回折法によって調べた結晶構造では明確な結晶構造を示さない所謂アモルファス構造であっても、第2のアルミナ層は結晶成長することが実験的に分かっている。これは、第1のアルミナ層がアモルファス構造であっても、やはり微小な結晶核が含まれており、それを核に第2のアルミナ層が結晶成長するものと解釈出来る。更に前記(1)記載の第1及び第2のアルミナ層を形成した後の2層のアルミナ層についてその総合的な硬度が、α型アルミナに匹敵する16GPa以上であることがより好適である。
【0009】
又本発明は、(2)上記(1)記載のアルミナコーティング構造体の製造する方法であって、第1のアルミナ層をゾルーゲル法を用いて形成する第1の工程と、第2のアルミナ層をスパッタ法を用いて形成する第2の工程を有することを特徴とするアルミナコーティング構造体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明法を採用することで、α型の結晶構造のアルミナに匹敵する機械的特性、耐久性があってかつ、酸やアルカリの溶液による分解を受けない、準安定型の結晶形態をもつアルミナコーティング構造体を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
アルミナコーティング構造体及びその製造方法について詳しく説明する。本発明は、母材上に先ず第1のアルミナ層を形成する。前記母材は、比較的耐熱性のあるポリカーボネイト、アクリルなどのエンジニアリングプラスチック、鉄、アルミニウム、銅、ケイ素、マグネシウムなどの金属、ソーダライムガラス、石英ガラスなどの各種ガラスなどを用いることができる。
【0012】
第1のアルミナ層は、真空蒸着やスパッタなど各種公知の方法を用いることが可能であるが、特にゾルーゲル法を用いることが良い。ゾルーゲル法はアルミニウムアルコキシドあるいはそのほかの化合物を含む溶液を広い基板全体にわたって均一なコーティングを比較的容易に行うことができ、真空を用いる必要がないため安価にコーティング層を形成することが出来ることから極めて有利である。
【0013】
ゾルーゲル法によりアルミナ層の形成する方法は、下記の如くである。先ず、ゾルを形成する。アルミニウムエトキシド、アルミニウムプロポキシド、アルミニウムブトキシド等のアルミニウムアルコキシドの、エタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等の濃度0.05〜0.5モル/リットル溶液に酢酸、塩酸、硝酸、硫酸等を、前記溶液に対し1/100〜5/100程度の量を加えて、100℃前後で数分間攪拌する。これをアルミナの前駆体溶液となす。つぎにこの溶液を母材に塗布するが、塗布の前に該母材表面を、母材の種類にあわせて溶剤、酸、アルカリなどによる各種洗浄、或いはプラズマ処理などを施し、表面の清浄、親水化を行ってもよい。その後この母材上に上記前駆体溶液を塗布する。塗布する方法は、スピンコート、ディップコート等の公知の種々の方法が用いられる。アルミナ前駆体が塗布された母材はまず乾燥させ塗布膜を乾燥ゲル膜とする。ここで乾燥する雰囲気は、大気中あるいは窒素等の不活性ガス中において100℃〜300℃で保持、乾燥させる。次にこの乾燥ゲルを焼成する。ここで雰囲気は大気中あるいは窒素等の不活性ガス中において、200℃〜1000℃程度の温度で保持し、アルミナ層を形成する。ここで第1のアルミナ層の結晶構造は、上記の条件によって、γアルミナ構造、アモルファス構造、又はそれらの混合物が得られる。結晶構造は、公知のX線回折法にて評価する。
【0014】
つぎに第1のアルミナ層上に、第2のアルミナ層を形成する。第2のアルミナ層の形成においても、第1のアルミナ層と同じく公知の種々の方法が用いられる。その中でも、スパッタ法によることが好ましい。前記第1のアルミナ層上にスパッタ法でアルミナ層を形成することにより、母材温度が低いまま形成可能であるからである。スパッタによるアルミナ層の形成は、次の様にすることが望ましい。第1のアルミナ層を形成した母材を真空槽にいれ、10-4Pa程度以下に排気し、その後高周波マグネトロンスパッタ法によってアルミナ膜を厚さ0.1〜1μm程度形成する。この時、カソードにアルミナや、アルミニウム金属などを用いることが出来る。スパッタ条件としては、ガスとしてアルゴンや酸素の単体、若しくはその混合ガスを用い圧力0.1〜20Paの範囲とし、高周波電力は100W〜1kW程度を加えて、基板温度を100℃〜500℃に設定し成膜を行うと良い。また、アルミナ層を形成するまえに、プレスパッタを行っても良い。このようにして形成した第2のアルミナ層の結晶構造は、上記第1のアルミナ層と同様にして評価する。

【実施例】
【0015】
続いて、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例、比較例に何ら限定されるものではない。
【0016】
ゾルーゲル法によるゾルは以下の手順で作成した。まず、アルミニウムエトキシドのジエチレングリコールモノエチルエーテル溶液(濃度0.2モル/リットル)100mlに酢酸3mlを加えて、90℃で15分間攪拌したものを前駆体溶液とした。
基板としてケイ素(111)単結晶基板を使用し、このケイ素単結晶基板の前処理として、プラズマ処理をおこない、表面の清浄、親水化を行った。
この基板上に上記ゾルーゲル法による前駆体溶液を4000rpmでスピンコートした後、空気雰囲気中200℃で1時間保持することにより、乾燥ゲル膜を得た。この乾燥ゲルを10℃/分で500℃まで昇温し、500℃で3時間保持することにより、厚さ0.5μmのアルミナコーティングを形成した。
【0017】
さらに、上記手法で作成した膜厚0.5μmのアルミナコーティング上に、汎用型高周波マグネトロンスパッタ装置を用いて、アルミナ膜を厚さ0.5μm程度形成した。本実施例では、カソードに市販のアルミナターゲット(Al23、φ30mm、純度99.9%)を設置し、真空系を5.0x10-4Pa以下に排気した後、アルゴンガスのみを導入して、250Wの高周波電力を加えて、全圧1.0Paで5分プレスパッタ後、基板温度を300℃に設定し成膜を行った。
【0018】
実施例1においてシリコン基板上にアルミナコーティング膜を成膜した試料を、薄膜X線回折装置(RINT2000縦型ゴニオメータ、(株)リガク製)を用いてX線回折測定した。
これらのX線回折の結果を図1に示す。図1によると、シリコン基板上にゾルーゲル法で作成したアルミナコーティング膜には鮮明な回折ピークが見られなかった。これに対して、シリコン基板上にゾルーゲルアルミナコーティング膜を作成し、その上にスパッタリングでアルミナ膜を作成したものにはγアルミナに特徴的な(400)面からのピーク(2θ=45.0°)およびに(440)面からのピーク(2θ=69.0°)が確認された。シリコン基板上にスパッタリングで直接作成したアルミナ薄膜には鮮明な回折ピークが見られなかった。(表1)
【0019】
また、トライボスコープ(Hysitron
Inc.)を用いてナノインデンテーション法による膜の硬度を測定したところ、表1のようなデータが得られた。
【0020】
【表1】

【0021】
また、実施例1において作成したアルミナ膜の酸およびアルカリに対する耐久性を調べるため、0.1モル/リットルの塩酸および水酸化ナトリウムに試料を浸漬させ5時間後および24時間後に取り出して試料を目視観察した。これらの結果を表1に示す。
【比較例1】
【0022】
上記実施例1において、ゾルーゲル法を用いて作成したアルミナコーティングを使わずに、アルミナターゲットに同じく250Wの高周波電力を加えて直接にシリコン基板上にアルミナ薄膜を厚さ0.5μm程度形成した。本比較例の、結晶構造、硬度、酸・アルカリ耐久性の評価は、実施例1と同様に行い、表1に示す。
【比較例2】
【0023】
上記実施例1と同じ手法により、ゾルーゲル法を用いて厚さ0.5μm程度のアルミナコーティングをシリコン基板上に形成した。本比較例の、結晶構造、硬度、酸・アルカリ耐久性の評価は、実施例1と同様に行い、表1に示す。
【0024】
上記結果から明らかな様に、本考案の手法を用いることにより、ゾルーゲル法の形成条件(ゾルの種類、結晶成長、膜厚)を選択することにより、その上に形成されるアルミナ膜の物性を種々コントロールすることが可能となる。すなわち、所望の硬度、密着性、耐摩耗性などを有するアルミナコーティングを作成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1および比較例1,2のシリコン基板上に形成されたアルミナコーティング膜のX線回折パターンを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材とアルミナ膜からなるアルミナコーティング構造体において、母材上に先ず第1のアルミナ膜からなる層を形成し、次に第2のアルミナ膜からなる層を形成した事を特徴とするアルミナコーティング構造体。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミナコーティング構造体において、第1のアルミナ層がゾルーゲル法を用いて形成され、第2のアルミナ層がスパッタ法により形成されたことを特徴とするアルミナコーティング構造体。
【請求項3】
請求項1及び2に記載のアルミナコーティング構造体において、第1のアルミナ層の結晶構造がアモルファス構造、又はγアルミナ構造、又はそれらの混合物であり、且つ第2のアルミナ層の結晶構造がγアルミナ構造を主体とするものである事を特徴とするアルミナコーティング構造体。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載のアルミナコーティング構造体において、母材上に第1及び第2のアルミナ層を形成した後の2層のアルミナ層の総合的な硬度が、10GPa以上である事を特徴とするアルミナコーティング構造体。
【請求項5】
請求項1乃至4に記載のアルミナコーティング構造体の製造方法において、第1のアルミナ層をゾルーゲル法を用いて形成する第1の工程と、第2のアルミナ層をスパッタ法を用いて形成する第2の工程を有することを特徴とするアルミナコーティング構造体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−205558(P2006−205558A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−21125(P2005−21125)
【出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【Fターム(参考)】