説明

アルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法

【課題】アルミニウム合金部材としてその表面形状を複雑化したものを用いてレーザー接合することにより、樹脂部材との接合強度を高めた複合体を得る。
【解決手段】被接合アルミニウム合金板にエッチング処理を施して表面に凹凸を形成した後、当該アルミニウム合金板の一方の面と樹脂部材とを重ね合わせ、その後に、前記アルミニウム合金板の他方の面にレーザー光を照射させてアルミニウム合金板に接している樹脂部材を軟化させて当該樹脂で前記凹凸を充填する。
エッチング処理の前にブラスト処理を施してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金板と樹脂部材との高い接合強度を呈するレーザー接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
異種材質であるアルミニウム部材と合成樹脂を一体化したアルミ‐樹脂複合材は、自動車、家庭電化製品、産業機器等の広い分野で用いられている。従来、このようなアルミ‐樹脂複合材としては、アルミニウム部材と樹脂部材を接着剤の介在のもとで圧着させたものが用いられていた。
しかしながら、昨今、接着剤の介在なしで高強度のエンジニアリング樹脂を一体化する方法が提案されている。例えば特許文献1では、金属材料と樹脂材料の接合方法において、レーザー光源を用いることにより、金属材料と樹脂材料を合せた状態で接合部の樹脂材料に気泡を発生させる温度まで接合部を加熱することにより接合する金属樹脂接合方法が提案されている。
【0003】
上記の接合方法も、金属材料と樹脂部材とが一体的に接合された複合材を得るという観点では有用な技術ではあるが、このような複合材を、強力な接着力(固着力)や剛性が要求される機械的な構造物に適用しようとすると十分ではない。
そこで、樹脂部材として強度の高いものを強力な接着力で接着させたアルミ‐樹脂複合体が求められている。
例えば、特許文献2,3で、前記要望をかなえたアルミ‐樹脂複合体の製造方法が提案されている。
【0004】
特許文献2では、アンモニア、ヒドラジン、及び水溶性アミン化合物から選択される1種以上の水溶液に浸漬する工程を経て電子顕微鏡観察で数平均内径10〜80nmの凹部で表面が覆われたアルミニウム合金部品と、前記アルミニウム合金部品の前記表面に射出成形で固着され、主成分がポリアミド樹脂で従成分が耐衝撃性改良材である樹脂分組成の熱可塑性合成樹脂組成物部品とからなる金属樹脂複合体が提案されている。
この複合体は、アルミニウム合金部品表面を超微細な凹部や孔の開口部で覆う形状にしたことにより、ポリアミド系樹脂組成を強固に接着しようとするものである。
【0005】
特許文献3では、熱可塑性樹脂材料と金属材料との接合において、接合する界面に熱可塑性樹脂材料と相溶性がある熱可塑性フィルムを介在させ、レーザー光を照射することにより金属材料を発熱させてフィルムを溶融し溶着接合することを特徴とする熱可塑性樹脂材料と金属材料との接合方法が提案されている。
この接合方法は、熱可塑性樹脂材料と金属材料との界面に予め熱可塑性フィルムを介在させて、接合の際に生じる応力を緩和させることにより高い接合強度を維持しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2007/029440号公報
【特許文献2】特開2007−182071号公報
【特許文献3】特開2009−39987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献2,3で提案される複合体も、機械的な構造物としての使用に耐えられるほどの継手強度は発揮できていない。
本発明は、このような課題を解決するために案出されたものであり、アルミニウム合金部材としてその表面形状を複雑化したものを用いることにより、樹脂部材との接合強度を高めたアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法は、その目的を達成するため、被接合アルミニウム合金板にエッチング処理を施して表面に凹凸を形成した後、当該アルミニウム合金板の一方の面と樹脂部材とを重ね合わせ、その後に、前記アルミニウム合金板の他方の面にレーザー光を照射させてアルミニウム合金板に接している樹脂部材を軟化させて当該樹脂で前記凹凸を充填することを特徴とする。
エッチング処理に先立ってアルミニウム合金板にブラスト処理を行うことが好ましい。
【0009】
被接合アルミニウム合金板としては、前記エッチング処理、又はブラスト処理とエッチング処理によりアルミニウム合金板の表面に、当該アルミニウム合金板の厚さ方向断面においてこの厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最高部を通過するトップラインと最深部を通過するボトムラインとの間のハーフラインにおいて、走査型電子顕微鏡観察により測定される開口幅が0.1μm以上30μm以下の大きさであって、深さが0.1μm以上30μm以下の大きさである複数の凹状部が形成されているものを用いることが好ましい。
【0010】
前記エッチング処理、又はブラスト処理とエッチング処理を施したアルミニウム合金板としては、内面に共晶シリコン結晶からなる凸部を複数有する平均開口幅が0.1μm以上30μm以下の凹状部を表面の一部又は全面に複数有するAl−Si系アルミニウム合金板であって、前記共晶シリコン結晶からなる凸部が球相当粒子径で0.1μm以上10μm以下のサイズを有するものを用いることが好ましい。
前記共晶シリコン結晶からなる凸部は、前記凹状部内面に0.001g/m2以上1g/m2以下の量で突出・析出しており,かつ、前記共晶シリコン結晶の凸部を有しない平均開口幅が0.1μm以上30μm以下の凹状部も同時に複数存在することが好ましい。
【0011】
被接合アルミニウム合金板にエッチング処理を施す際、エッチング液として、ハロゲンイオン濃度を0.5g/L以上300g/L以下の範囲内で含む酸濃度0.1重量%以上80重量%以下の酸水溶液であって、酸水溶液中に水溶性無機ハロゲン化合物を添加して調製されたものを用いることが好ましい。
さらに、エッチング処理前に施すブラスト処理としては、エアーノズル方式により実施されるものが好ましい。
なお、レーザー光照射の前に施すエッチング処理、又はブラスト処理とエッチング処理は、接合強度の高い接合体を得るという観点からは、被接合アルミニウム合金板の樹脂部材との接合面のみで十分であるが、両面であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明方法によれば、アルミ‐樹脂複合材の製造に用いられるアルミニウム合金部材表面に、予め複雑化された凹凸形状が付与されている。このため、例えばレーザー接合法でその表面に樹脂部材を接合したとき、前記複雑化された凹凸形状によりアンカー効果が有効に作用し、接合強度の高いアルミ‐樹脂複合体が容易に得られる。
しかも、本発明方法ではアルミニウム合金素材として、一般的なAl合金材に使用できるだけでなく,Al−Si系の鋳造合金が使用できるため、形状的に自由度の高い複合体が安価で製造できるようになる。また、このように製造されたアルミ‐樹脂複合体はアルミニウム合金部材と樹脂成形体との間の界面(アルミ/樹脂界面)の密着強度や気密性が極めて高く、かつ過酷な環境に曝されてもその優れた密着強度及び気密性を保持することができ、長期に亘って高い信頼性を維持し得るものである。
【0013】
したがって、本発明方法により得られる接合強度の高いアルミ‐樹脂複合体は、例えば、自動車用の各種センサー部品、家電機器用各種スイッチ部品、各種産業機器用コンデンサー部品等を始めとして、幅広い分野における金属−樹脂一体成形部品に好適に使用することができ、高い結合強度が要求される金属−樹脂一体成形部品に好適に使用される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Al−Si系合金鋳物の凝固組織を説明する模式図
【図2】Al−Si系合金鋳物のエッチング後の断面組織を説明する模式図
【図3】Al−Si系合金鋳物のエッチング表面を走査電子顕微鏡で観察した画面
【図4】アルミニウム合金板表面に形成された凹部の開口幅の測定方法を説明する図
【図5】アルミニウム合金板表面に形成された凹部の断面模写図
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者等は、前記特許文献1や3で提案されているレーザー接合方法を採用したアルミ‐樹脂複合体の製造法で十分な接合強度が得られない原因及び対策について鋭意検討を重ねてきた。
その過程で、軟化した樹脂部材とアルミニウム表面の凹凸部の噛み合いが十分でないと仮定し、アルミ‐樹脂複合体を製造する際、複合化する樹脂部材との接合性を高めるべく、アルミニウム合金部品の表面性状の改善策について検討した。
【0016】
樹脂部材との接合性を高めるためには、アルミニウム合金部品表面にアンカー効果の高い凹凸を形成することが有効である。しかしながら、一般的なエッチング処理ではアンカー効果を発揮させることは難しく、特に、金属組成範囲が広く金属組織が複雑であるAl鋳造用合金に対してアンカー効果の高い凹凸を形成することには困難を伴う。
そこで、本発明は、Al−Si系鋳造用合金において、効果的なエッチング処理を施すことにより、その表面にアンカー効果の高い凹凸を形成することができることを見出したものである。
以下にその詳細を説明する。
【0017】
まず、Al−Si系合金部材表面に複雑化された凹凸が形成されやすいことに関する基本的な原理を説明する。
実用的に多用される亜共晶−共晶近傍組成を有するAl−Si系合金の溶湯を鋳型内で凝固させたとき、図1に見られるように、初晶α−Al(1)の間をラメラー状のAl−Si共晶部(2)が埋める形態となっている。そして、Al−Si共晶部(2)は共晶α−Al(3)と共晶Si(4)から構成される形態となる。
【0018】
このような金属組織を有するAl−Si系合金部材を、塩酸等の酸液で化学的にエッチング処理すると、Al−Si共晶部の共晶α−Al(3)が選択的に溶解される。共晶α−Alが初晶α−Al(1)よりもAl純度が低いからである。
その結果、初晶α−Al(1)の間を埋めているラメラー状の共晶部から共晶Si(4)のみが残存することとなり、凹部となった初晶α−Alの間の空隙部(5)に残存Siが前記凹部壁に突出した形態となる(図2参照)。
図3は、後述の実施例で用いた試料の表面を走査電子顕微鏡で観察した結果を示すものである。初晶α−Alの間に形成された凹状部の内部にSi結晶が突出し、凸部を形成していることがわかる。
【0019】
本発明方法では、初晶α−Alの間の、残存Siが壁面に突出した凹状部に、レーザー光照射により樹脂部材を接合するときのアンカー機能を果たさせようとするものである。
上記アンカー効果を有効に発現させるためには、形成される凹状部を細かく、突出したSi結晶が形作る凸部を細かくかつ多くすることが有効であり、化学エッチング条件を調整することが必要となる。好ましいエッチング条件については後記する。
【0020】
特にAl鋳造用合金において突出したSi結晶が形作る凸部を細かくかつ多くするためには、エッチング処理前の前処理としてブラスト処理することが望ましい。特にブラストの方式としてはエアーノズル式のブラストが好ましい。エッチング処理の前にブラスト処理を推奨する理由としては以下が挙げられる。金属組織が複雑であるAl鋳造用合金では、ブラスト処理をしない場合、場合によりエッチングのムラが発生して均一なエッチング処理は困難になる。ブラスト処理では、ショットメディアの衝突により金属最表面において急熱,急冷が繰り返され、表面組織が微細化,均一化される。したがって、ブラスト処理後にエッチング処理をすることで均一な処理が可能となる。
【0021】
また、ブラスト処理後のアルミ表面は粗面化されるため、その後に凹部構造を形成させるエッチング処理を施すことで二重粗面化構造による樹脂接合性の向上が望める。ブラスト処理の方式として、エアーノズル式が特に好ましい理由として、例えばショット式と比較し、メディアの噴射圧力が高いことが挙げられ、例えば噴射圧力が低いショット式ブラストと比較し、より強い圧力でメディアを表面に衝突させることが可能なため、結果として均一なエッチング処理に好ましい表面組織を形成することができる。さらに、エッチング処理と組み合わせることで樹脂接合性に効果的な二重粗面化構造を形成できる。
【0022】
一方、前処理としてブラスト処理しない場合は、エッチング処理後に超音波処理をすることが望ましい。上記記載の通り、特に初期のエッチング挙動においてエッチングムラが発生する。これを防ぐためには、エッチング時の浴温を高くする、または、浸漬時間を長くすることでエッチング処理による溶解量を大きくする必要があるが、この場合、アルミ溶解量の増加に伴い共晶Si結晶が最表面に堆積するという問題が発生する。共晶Si結晶の堆積層はポーラス構造であるため、樹脂が入り込み易いが、一方で、Al合金との密着性は非常に小さいため、接合強度は得ることは困難である。エッチング処理後に超音波処理することで、最表層に存在する堆積した共晶Si結晶を選択的に除去し、樹脂接合性に寄与する表面凹部内の共晶Si結晶のみ残存させることが可能となる。
【0023】
また、Al鋳造用合金においてアンカー機能を効果的に発揮する凸部のサイズ、分布状態について説明する。アルミニウム合金部材の表面構造を走査型電子顕微鏡(日立製FE−SEM、S‐4500形)で観察した際、共晶Si結晶からなる凸部のサイズは球相当粒子径で0.1μm以上10μm以下とする必要がある。Si結晶サイズが0.1μm以下の大きさに満たないと共晶Si結晶からなる凸部そのものが折れやすく、アンカー作用を発揮できない。一方、Si結晶サイズが10μmを超える大きさの場合においてもサイズが大き過ぎてアンカー作用を発揮できない。
【0024】
また、残存Siが壁面に突出した凹状部は、アルミニウム合金部材の厚さ方向断面においてこの厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最高部を通過するトップラインと最深部を通過するボトムラインとの間のハーフラインにおいて、走査型電子顕微鏡観察により測定される平均開口幅が0.1μm以上30μm以下、好ましくは0.5μm以上20μm以下、より好ましくは1μm以上10μm以下の大きさであって、深さが0.1μm以上30μm以下、好ましくは0.5μm以上20μm以下の大きさであるのがよい。
【0025】
この凹状部の平均開口幅が0.1μmより狭いと、射出成形時に溶融樹脂が進入し難くなってアルミニウム合金部材と樹脂成形体との界面に微小な空隙が発生して優れた密着強度や気密性が得られ難くなり、反対に、30μmより広くしようとすると、アルミ成形体の表面処理(エッチング処理)時に溶解反応が過剰に進行し、材料表面の欠落あるいは材料の板厚減少量の増大という問題が生じ、材料強度不足の製品が発生して生産性低下の原因になる。また、深さについても、0.1μmより浅いと、十分な樹脂成形体の嵌入部が得られ難くなり、反対に、30μmより深くしようとすると、アルミ成形体の表面処理(エッチング処理)時に溶解反応が過剰に進行し、材料表面の欠落あるいは材料の板厚減少量の増大という問題が生じる。
本発明において、残存Siが壁面に突出した複数の凹状部の密度については、0.1mm四方当り平均開口幅0.5μm以上20μm以下及び深さ0.5μm以上20μm以下の範囲内の1種又は2種以上の大きさのものが5個以上200個以下程度の範囲で存在するのがよい。
【0026】
さらに、上記アルミニウム合金部材の表面構造をエネルギー分散型X線分析装置(堀場製作所製 EMAX-7000)のマッピング分析によりシリコン元素及びアルミニウム元素分析を行った際、共晶部分に存在するSiのみが分布する部位が5%以上80%以下を占めるようにする必要がある。Si分布部位が5%未満では有効なアンカー効果は発現しない。逆に80%を超えると凹状部壁面を形成する初晶α−Alの溶解も無視できず、前記壁面が溶解し、Si結晶が凹状部内に堆積する状態となり、樹脂成分に対してアンカー効果が作用しなくなる。
【0027】
共晶Si結晶からなる凸部の突出量は、前記凹状部内面に0.001以上1g/m2以下の量で突出・析出していることが好ましい。0.001g/m2に満たないと有効なアンカー効果が発現し難くなる。逆に1g/m2を超えると凹状部壁面を形成する初晶α−Alの溶解も無視できず、前記壁面が溶解し、Si結晶が凹状部内に堆積する状態となり、樹脂成分に対してアンカー効果が作用しなくなる。
なお、凸部の突出量は、アルミニウム部材表面に形成されたSi結晶を、ブラシを使用して削り落とした後、0.1μmPCメンブランフィルターを用いて採取した結晶粒子を重量法により測定したものである。
【0028】
ここでは、前記共晶α−Alの選択的溶解により形成された共晶Si結晶の突出部を有する凹状部と併せてアンカー機能を効果的に発揮する初晶α−Alに形成される凹状部について説明する。アルミニウム部材の表面の凹凸部に起因して形成される複数の凹状部は、図4に示すように、アルミニウム合金部材の厚さ方向断面においてこの厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最高部を通過するトップラインと最深部を通過するボトムラインとの間のハーフラインにおいて、走査型電子顕微鏡観察により測定される。その平均開口幅が0.1μm以上30μm以下、好ましくは0.5μm以上20μm以下、より好ましくは1μm以上10μm以下の大きさであって、深さが0.1μm以上30μm以下、好ましくは0.5μm以上20μm以下の大きさであるのがよい。
【0029】
この凹状部の平均開口幅が0.1μmより狭いと、樹脂接合時に溶融樹脂が進入し難くなってアルミニウム合金部材と樹脂成形体との界面に微小な空隙が発生して優れた密着強度や気密性が得られ難くなり、反対に、30μmより広くしようとすると、アルミ成形体の表面処理(エッチング処理)時に溶解反応が過剰に進行し、材料表面の欠落あるいは材料の板厚減少量の増大という問題が生じ、材料強度不足の製品が発生して生産性低下の原因になる。また、深さについても、0.1μmより浅いと、十分な樹脂成形体の嵌入部が得られ難くなり、反対に、30μmより深くしようとすると、アルミ成形体の表面処理(エッチング処理)時に溶解反応が過剰に進行し、材料表面の欠落あるいは材料の板厚減少量の増大という問題が生じる。
【0030】
本発明において、アルミニウム合金部材の表面の凹凸部に起因して形成される複数の凹状部の密度については、0.1mm四方当り平均開口幅0.5μm以上20μm以下及び深さ0.5μm以上20μm以下の範囲内の1種又は2種以上の大きさのものが5個以上200個以下程度の範囲で存在するのがよい。
【0031】
なお、アルミニウム合金部材の複数の凹状部は、図5に見られるように、開口縁部の一部分から開口幅方向中心に向けて雪庇状に突き出した突出部を有する凹状部(図5(a)参照)であったり、開口縁部の全体から開口幅方向中心に向けて雪庇状に突き出した突出部を有する凹状部(図5(b)参照)であったりしてもよいが、内部に更に凹状部が形成された二重凹状部構造を有する凹状部(図5(c)参照)、及び内部の壁面に内部突起部が形成された内部凹凸構造を有する凹状部(図5(d)参照)でることが好ましい。更に、これら二重凹状部構造や内部凹凸構造が並存していてもよい。アルミニウム合金部材の複数の凹状部の一部又は全部において、このような二重凹状部構造や内部凹凸構造が存在することにより、アルミニウム合金部材の凹状部と樹脂成形体の嵌入部とは互いにより強固に結合し、アルミニウム合金部材と樹脂成形体との間のより優れた密着強度や気密性が発揮される。
【0032】
次に、アルミニウム合金部材の樹脂接合表面に所望の凹凸部を形成する方法について説明する。
具体的には、アルミニウム合金材を塩酸、リン酸、硫酸、酢酸、シュウ酸、アスコルビン酸、安息香酸、酪酸、クエン酸、ぎ酸、乳酸、イソブチル酸、リンゴ酸、プロビオン酸、酒石酸等の酸溶液からなるエッチング液に浸漬し、このアルミニウム合金材の表面に所定の凹凸部を形成するエッチング処理の方法が挙げられる。
この目的で用いられるエッチング液としては、酸溶液として、酸濃度5重量%以上80重量%以下、好ましくは10重量%以上50重量%以下の塩酸溶液、リン酸溶液、希硫酸溶液、酢酸溶液等や、酸濃度5重量%以上30重量%以下、好ましくは10重量%以上20重量%以下のシュウ酸溶液等を挙げることができる。
【0033】
また、Al鋳造用合金においては共晶α−Alの溶解をより促進するという目的から、これらの酸溶液中にハロゲン化物を添加してもよい。ハロゲン化物としては、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化アルミニウム等の塩化物や、フッ化カルシウム等のフッ化物、更には臭化カリウム等の臭化物等を挙げることができる。
好ましくは安全性等を考慮して塩化物であり、更に、エッチング液中におけるハロゲンイオン濃度が、0.1グラム/リットル(g/L)以上300g/L以下、好ましくは1g/L以上100g/L以下のものが好ましい。0.1g/L未満だとハロゲンイオンの効果が小さいため、共晶α−Alの溶解が起こり難く、Si結晶の突出部を有する凹状部が形成されないという問題が生じ、300g/Lを超えるような場合はアルミニウム成形体の表面処理(エッチング処理)時に溶解反応が急激に進行するため,共晶α−Alの選択溶解により形成される凹状部及びSi結晶の突出部の制御が困難になるという問題が生じる。
【0034】
なお、本発明においては、アルミニウム合金部材の表面に所望の凹状部を形成するためのエッチング液として、硝酸や80重量%を超える濃度の濃硫酸等の酸化力の強い酸溶液や水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ溶液は適当でない。濃硫酸等の比較的酸化力の強い酸溶液は、アルミニウム合金に対して皮膜生成能力を有し、かえってアルミニウム合金部材の表面に強固な酸化皮膜を形成し、酸化皮膜の溶解が困難になる。
【0035】
本発明において、上記のエッチング液を用いてアルミニウム合金部材の表面をエッチング処理する際の処理条件については、使用するエッチング液の種類、酸濃度、ハロゲンイオン濃度等や、アルミニウム合金部材に形成すべき複数の凹状部の数や大きさ等によっても異なる。通常、塩酸溶液の場合には浴温20℃以上80℃以下で浸漬時間1分間以上40分間以下、リン酸溶液の場合は浴温20℃以上60℃以下で浸漬時間1分間以上60分間以下、硫酸溶液の場合には浴温20℃以上70℃以下で浸漬時間1分間以上50分間以下、硝酸水溶液の場合には浴温20℃以上60℃以下で浸漬時間1分間以上60分間以下、シュウ酸溶液の場合には浴温20℃以上50℃以下で浸漬時間1分間以上20分間以下、酢酸溶液の場合には浴温20℃以上80℃以下で浸漬時間1分間以上30分間以下の範囲であるのがよい。使用するエッチング液の酸濃度や浴温が高いほどエッチング処理の効果が顕著になり、短時間処理が可能になるが、浴温については、20℃未満では溶解速度が遅いため,生産性が悪く,また,80℃を超える浴温では溶解反応が急激に進行して制御が困難になる。浸漬時間については、1分未満では溶解の制御が難しく、逆に60分を超える浸漬時間では生産性低下の原因となる。
【0036】
本発明において、上記の如くアルミニウム合金材にエッチング処理を施して凹状部を有するアルミニウム合金部材を形成する際に、必要により、このエッチング処理前のアルミニウム合金材の表面に、脱脂や表面調整、表面付着物・汚染物等の除去を目的として、酸溶液による酸処理、及び/又は、アルカリ溶液によるアルカリ処理からなる前処理を施してもよい。
【0037】
ここで、この前処理に用いる酸溶液としては、例えば、市販の酸性脱脂剤で調製したもの、硫酸、硝酸、フッ酸、リン酸等の鉱酸や酢酸、クエン酸等の有機酸や、これらの酸を混合して得られた混合酸等の酸試薬を用いて調製したもの等を用いることができ、また、アルカリ溶液としては、例えば、市販のアルカリ性脱脂剤により調製したもの、苛性ソーダ等のアルカリ試薬により調製したもの、又はこれらのものを混合して調製したもの等を用いることができる。
【0038】
上記の酸溶液及び/又はアルカリ溶液を用いて行なう前処理の操作方法及び処理条件については、従来、この種の酸溶液又はアルカリ溶液を用いて行なわれている前処理の操作方法及び処理条件と同様でよく、例えば、浸漬法、スプレー法等の方法により行うことができる。
【0039】
そして、アルミニウム合金材の表面に上記の前処理を施した後や、凹状部を形成するためのエッチング処理を施した後に、必要により水洗処理してもよく、この水洗処理には工業用水、地下水、水道水、イオン交換水等を用いることができ、製造されるアルミニウム合金部材に応じて適宜選択される。更に、前処理やエッチング処理が施されたアルミニウム合金材については、必要により乾燥処理されるが、この乾燥処理についても、室温で放置する自然乾燥でよいほか、エアーブロー、ドライヤー、オーブン等を用いて行う強制乾燥でもよい。
【実施例】
【0040】
続いて、実際に、表面処理を施したアルミニウム合金板に樹脂部材を接合した事例を紹介する。
試験には、厚さ2mm,幅50mm,長さ100mmのJISADC12合金板と厚さ10mm,幅50mm,長さ100mmのPBT(ポリブチレンテレフタラート)を用いた。JISADC12合金材はダイカスト工法で製作した。接合強度に及ぼす表面状態の影響を調査するために、5種類の試験材を用いた。
5種類の試験材の調製方法については後記する。
そして、表面処理を施した試験材については、後記の方法でその表面状態を観察した。その結果を表1に示す。
【0041】
PBTの上に上記5種類のADC12試験材を重ね、ADC12の上方からレーザー光を照射させて、ADC12合金とPBTを接合した。その際、表2に示すようにレーザー溶接条件を種々変えて行った。
そして、各アルミニウム合金試験材とPBTとの接合体について、引張りせん断強度を測定した。なお、引張りせん断強度の測定手法も後記する。
【0042】
接合材の引張りせん断強度(N/mm)の測定結果を表3に示す。
比較例であるエアーノズル式ブラスト処理或いはエッチング処理をしないダイカストのまま材では、全てのレーザー溶接条件でPBTとは接合されなかった。また、エアーノズル式ブラスト処理材では接合されるものの接合強度が低い。一方、本発明のエッチング処理材は比較例に比べて高い接合強度が得られている。また、エアーノズル式ブラスト処理とエッチング処理を組み合わせることによって、最も高い接合強度が得られた。
【0043】
試験材の調整方法
試験材1:
アルミニウム合金板を、エアーノズル式ブラスト処理により表面粗さをRz:40μzに調整した後、1.2wt%塩酸溶液中に90g/L(塩化物イオン濃度:61g/L)の塩化アルミニウム六水和物を添加して調製したエッチング液中に40℃で1分間浸漬した後に水洗するエッチング処理を施した後、120℃の熱風で5分間乾燥させ、アルミニウム合金試験材1とした。
【0044】
試験材2;
アルミニウム合金板を、エアーノズル式ブラスト処理により表面粗さをRz:40μzに調整した後、1.2wt%塩酸溶液中に90g/L(塩化物イオン濃度:61g/L)の塩化アルミニウム六水和物を添加して調製したエッチング液中に40℃で4分間浸漬した後に水洗するエッチング処理を施した後、120℃の熱風で5分間乾燥させ、アルミニウム鋳物合金試験材2とした。
【0045】
試験材3;
アルミニウム合金板を、エアーノズル式ブラスト処理により表面粗さをRz:40μzに調整した後に水洗し、その後、120℃の熱風で5分間乾燥させ、アルミニウム合金試験材3とした。
【0046】
試験材4;
アルミニウム合金板を、ブラスト処理を施すことなく、そのまま1.2wt%塩酸溶液中に90g/L(塩化物イオン濃度:61g/L)の塩化アルミニウム六水和物を添加して調製したエッチング液中に40℃で4分間浸漬した後に水洗するエッチング処理を施した後、120℃の熱風で5分間乾燥させ、アルミニウム合金試験材4とした。
【0047】
試験材5;
アルミニウム合金板を、ブラスト処理やエッチング処理を施すことなく、そのまま水洗し、その後、120℃の熱風で5分間乾燥させ、アルミニウム合金試験材5とした。
【0048】
各試験材の表面観察手法;
得られた各アルミニウム合金試験材の表面を、走査型電子顕微鏡(日立製FE‐SEM、S‐4500形)を用いて観察し、シリコン結晶のサイズを観察し、また、その析出量を重量法により測定した。なお、析出量は、Al合金試験片表面に形成されたシリコン結晶を、ブラシを使用し削り落とした後、採取した結晶粒子を、0.1μmPCメンブランフィルターを使用した重量法により計測した。
【0049】
また、得られた各アルミニウム合金試験材について、その厚さ方向断面のうちのある領域の断面を、走査型電子顕微鏡(日立製FE‐SEM、S‐4500形)を用いて観察し、先ず、アルミ形状体の厚さ方向断面においてこの厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最高部を通過するトップライン(TL)を決め、次に上記と概ね同様に、アルミ形状体の厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最深部を通過するボトムラインを決定し、更に、トップライン(TL)からボトムライン(BL)に対して垂直方向に線分を引き、この線分の中間部を通過し、かつ、トップライン(TL)〔あるいはボトムライン(BL)〕と平行に引かれたハーフライン(HL)上のアルミ形状体とアルミ形状体との間に存在する空隙間の距離を凹状部の開口幅(d)とし(図4参照)、アルミ試験片の表面の凹凸部に起因して形成された凹状部の形状と大きさ(開口幅及び深さ)を観察し、また、計測した。
表1に示す数値は、これらの計測値を示している。
【0050】
引張りせん断強度の測定手法
厚さ2mm,幅50mm,長さ100mmのJISADC12合金板と、厚さ10mm,幅50mm,長さ100mmのPBT(ポリブチレンテレフタラート)樹脂板を、15mmずつ重なり合うようにセットして幅方向にレーザー溶接した。レーザー溶接後、幅100mmの試験片の端から30mmの位置で幅10mmに切断加工した引張試験片を3本採取し、この引張試験片について、引張試験機で引張試験を行い、得られた荷重(N)を試験片の幅で除した値を引張せん断強度とした。なお、引張速度は8×10−3m/秒とした。
【0051】

【0052】

【0053】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被接合アルミニウム合金板にエッチング処理を施して表面に凹凸を形成した後、当該アルミニウム合金板の一方の面と樹脂部材とを重ね合わせ、その後に、前記アルミニウム合金板の他方の面にレーザー光を照射させてアルミニウム合金板に接している樹脂部材を軟化させて当該樹脂で前記凹凸を充填することを特徴とするアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項2】
エッチング処理に先立ってアルミニウム合金板にブラスト処理を行う請求項1に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項3】
被接合アルミニウム合金板として、前記エッチング処理、又はブラスト処理とエッチング処理によりアルミニウム合金板の表面に、当該アルミニウム合金板の厚さ方向断面においてこの厚さ方向に直交し、かつ、凹凸部の最高部を通過するトップラインと最深部を通過するボトムラインとの間のハーフラインにおいて、走査型電子顕微鏡観察により測定される開口幅が0.1μm以上30μm以下の大きさであって、深さが0.1μm以上30μm以下の大きさである複数の凹状部が形成されているものを用いる請求項1又は2に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項4】
被接合アルミニウム合金板として、前記エッチング処理、又はブラスト処理とエッチング処理によりアルミニウム合金板の表面に、内面に共晶シリコン結晶からなる凸部を複数有する平均開口幅が0.1μm以上30μm以下の凹状部を表面の一部又は全面に複数有するAl−Si系アルミニウム合金板であって、前記共晶シリコン結晶からなる凸部が球相当粒子径で0.1μm以上10μm以下のサイズを有するものを用いる請求項1又は2に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項5】
前記共晶シリコン結晶からなる凸部は、前記凹状部内面に0.001g/m2以上1g/m2以下の量で突出・析出しており,かつ、前記共晶シリコン結晶の凸部を有しない平均開口幅が0.1μm以上30μm以下の凹状部も同時に複数存在する請求項4に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項6】
被接合アルミニウム合金板にエッチング処理を施す際、エッチング液として、ハロゲンイオン濃度を0.5g/L以上300g/L以下の範囲内で含む酸濃度0.1重量%以上80重量%以下の酸水溶液であって、酸水溶液中に水溶性無機ハロゲン化合物を添加して調製されたものを用いる請求項1〜5のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。
【請求項7】
エッチング処理前に施すブラスト処理が、エアーノズル方式により実施される請求項2〜6のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板と樹脂部材とのレーザー接合方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−143539(P2011−143539A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3566(P2010−3566)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(000004743)日本軽金属株式会社 (627)
【Fターム(参考)】