説明

イオンビーム発生装置、イオンドーピング装置、イオンビーム発生方法および質量分離方法

【課題】磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じて湾曲させ、導入イオンビームに含まれる一または複数種のイオン種を分離する質量分離装置において、イオンビーム電流量を低下させることなく質量分離性能を向上させる。
【解決手段】磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じて湾曲させ、イオンビームに含まれる一または複数種のイオン種を分離させる質量分離装置130において、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から傾斜させて入射させることにより、イオンビーム電流を大きく低減させることなく質量分離性能を向上させて、より高精度に質量分離されたイオンビームを発生させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のイオン種からなるイオンビームを出力可能とするイオンビーム発生装置、このイオンビーム発生装置を用いて基材に特定のイオンを注入可能とするイオンドーピング装置、このイオンビーム発生装置を用いたイオンビーム発生方法およびこれに用いられる質量分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えばIC(半導体集積回路)やTFT液晶装置などの半導体デバイスの製造工程では、所定の導電型を有する半導体を所定領域に形成するために、半導体に対してイオン注入(イオンドーピング)処理が施されている。
【0003】
このイオン注入(イオンドーピング)処理工程に対して、半導体に対して特定のイオン種を高精度にイオン注入するという従来からの要求に加えて、近年では、さらに、大面積のイオン注入処理が要求されてきている。即ち、特定のイオン種からなる大面積のイオンビーム束を出力可能とするイオンビーム発生装置が切望されている。
【0004】
この要求に応えることができる従来のイオンビーム発生装置として、例えば特許文献1に、特定のイオン種からなる縦長のイオンビーム束を出力可能とするイオン注入装置が開示されている。
【0005】
図7は、特許文献1に記載されている従来のイオンビーム発生装置の基本構成例を模式的に示す縦断面図である。
【0006】
図7において、従来のイオンビーム発生装置200は、第1イオンビーム束Iaを発生させるイオン源210と、イオン源210からの第1イオンビーム束Iaを入射させて途中で、イオン種に応じて湾曲させることのより質量分離した第2イオンビーム束Ibを出射させる質量分離機220と、イオン種に応じて湾曲した第2イオンビーム束Ibから所定のイオン種の第3イオンビーム束Icを取り出すスリット板230とを有している。
【0007】
イオン源210は、複数種のイオンからなる第1イオンビーム束Iaが出力される。この第1イオンビーム束Iaは、紙面に対して垂直な方向(以下、y方向)、および、図7中のx方向に所定幅を有する長方形断面(縦長)のビーム束であり、特に、y方向に縦長のビーム束である。なお、このy方向は後述する磁場Byの方向であり、x方向はイオンビーム束の断面においてy方向(磁場Byの方向)に垂直な方向である。
【0008】
質量分離機220では、磁場作用により、イオン源210から出力される第1イオンビーム束Iaに含まれる複数種のイオンの軌道がそれぞれ、そのイオン種の質量に応じた半径で湾曲させらて第2イオンビーム束Ibとして外部に出力部220aから出力される。
【0009】
スリット板230は、質量分離機220によって軌道が湾曲されて出力された第2イオンビーム束Ibのイオンのうち、スリット状の長穴231を通過可能な特定質量のイオン種のみが通過して取り出されて、特定イオン種の第3イオンビーム束Icとして出力される。
【0010】
このスリット板230から出力された第3イオンビーム束Icは、イオン注入処理の被処理物としての半導体基板240上に照射されて、所定パターンに形成されたレジストマスクを用いて選択的に半導体の所定領域にイオン注入処理が為される。
【0011】
ここで、上記質量分離機220について、図8を用いて更に詳細に説明する。
【0012】
図8は、図7の質量分離機220において、z方向の下流側から上流側に向けてヨークを見た場合の要部断面図である。
【0013】
図8に示すように、この質量分離機220は、主として、内側ヨーク221aおよび外側ヨーク221bを有する角型環状のヨーク221と、この内側ヨーク221aに導体(例えば銅線)が巻回された内側コイル222および、この外側ヨーク221bに導体(例えば銅線)が巻回された外側コイル223と、この角型環状のヨーク221内の空間部分(開口部221c)に設けられた真空ケース224とを備えている。
【0014】
ヨーク221は、図7で紙面に対して垂直な方向(y方向)から見た側面が扇形状を為している。以下、この扇形の径方向をr方向とする。また、ヨーク221を、扇形状の湾曲に沿ったz方向(ry面に直交する方向)の下流側から上流側を見た図8に示す断面構成は、中央部分に開口部221cを有する角型環状でロ字型となっている。
【0015】
このロ字型のヨーク221の内側ヨーク部221aには内側コイル222が、外側ヨーク部221bには外側コイル223がそれぞれ巻回されている。なお、イオンビームは、開口部221c内に設けられた真空ケース224の内部空間224aを通過する。
【0016】
これらの内側コイル222と外側コイル223にはそれぞれ、図8中の矢印viおよびvoの方向に磁場を生成するように電流が流れており、双方のコイル222、223によって生成される磁場の反発作用により、開口部221c内(真空ケース224の内部空間224a)に、y方向の磁場Byが形成される。この磁場Byの作用により、開口部221c(真空ケース224の内部空間224a)を進行するイオンの軌道が、略z方向に沿って湾曲させられている。
【0017】
上記構成により、角型環状でロ字型のヨーク221を用いると共に、双方のコイル222,223による磁場の反発作用を利用しているために、開口部221cのy方向の幅、即ち、磁極間のギャップが広くても、y方向に均一な磁場(∂By/∂y≒0)を効率よく形成することができる。この結果、y方向に縦長のイオンビーム束であっても一様に湾曲させることが可能となり、したがって、y方向に縦長の第1イオンビーム束Iaに対しても特定イオン種の高精度な質量分離を行うことができる。この結果、特定のイオン種からなる縦長のイオンビーム束(第3イオンビーム束Ic)をイオン注入用のイオンビームとして出力することが可能となる。なお、特許文献1には、上記作用がより顕著なものとなるように、内側コイル222と外側コイル223のそれぞれを、さらに、複数のコイルに分割した構成が記載されている。
【0018】
一方、特許文献2には、空芯コイルによって質量分離装置のマグネットを形成することにより質量分離装置を軽量化する技術が開示されている。
【0019】
また、特許文献3には、空芯励磁電流路を用いることにより大口径のイオンビームのイオン質量分離を行う技術が開示されている。
【0020】
さらに、特許文献4には、特許文献3に記載されている従来のイオン質量分離方法において、質量分離装置の出口部におけるスリット開口寸法を調整することにより質量分離性能を調整する技術が開示されている。
【特許文献1】特許第3449198号公報
【特許文献2】特開2004−152557号公報
【特許文献3】特開2002−203805号公報
【特許文献4】特開2005-71737号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
このように、特許文献1〜4に開示された従来の質量分離装置を用いたイオンドーピング装置では、複数のイオン種からなるイオンビームからイオン質量分離して特定のイオン種のみからなるイオンビームを取り出して、ターゲットである半導体基材上に特定のイオン種をイオン注入することができる。
【0022】
また、特定のイオン種のより高精度な質量分離性能が要求される用途に対して用いる場合、即ち、特定のイオン種がより高精度に質量分離されたイオンビームを外部に取り出す必要がある場合には、質量分離装置の出口部におけるスリット開口部寸法を狭くすることにより通過可能なイオン種の特定質量範囲を狭めて、質量分離性能を向上させることにより対応することができる。
【0023】
しかしながら、特許文献1〜4に開示された従来の質量分離装置を用いたイオンドーピング装置では、質量分離性能を向上させるためにスリット開口部寸法を狭くした場合に、それに伴って得られるイオンビーム電流量が低下してしまい、実際のイオンドーピング処理に必要な時間も大きく増大してしまうという虞があった。
【0024】
本発明は、上記の問題を解決するもので、質量分離性能の向上のためにスリット開口部寸法を狭くせずにイオンビーム電流を極端に低減させることなく、質量分離性能を向上させることができるイオンビーム発生装置、これを用いたイオンドーピング装置、このイオンビーム発生装置を用いたイオンビーム発生方法およびこれに用いられる質量分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明のイオンビーム発生装置は、複数のイオン種からなるイオンビームを出力するイオン源と、該イオンビームの軌道を磁場作用によりイオン質量に応じて湾曲させて、該イオンビームに含まれる特定の一または複数のイオン種を分離させ、該特定のイオン種のイオンビームを出力する質量分離装置と、該イオン源と該質量分離装置間に設けられ、該イオン源からのイオンビームを該質量分離装置内へ所定の傾斜角度だけ傾斜させて入射させるビーム傾斜手段とを備えたものであり、そのことにより上記目的が達成される。
【0026】
また、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記イオン源からのイオンビームを引き出すためのイオンビーム引出電極を有し、該イオンビーム引出電極のイオンビーム引出電極面が前記質量分離装置のイオンビーム入射面に対して該質量分離装置内のイオンビーム湾曲方向に所定の傾斜角度だけ傾斜させた面と平行に設置されている。
【0027】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置におけるビーム傾斜手段として、前記イオン源からのイオンビームを引き出すためのイオンビーム引出電極のイオンビーム引出電極面と、前記質量分離装置のイオンビーム入射面とのなす角度が所定の傾斜角度となるように設置させるべく、該イオンビーム引出電極面と該質量分離装置のイオンビーム入射面との間にスペーサ部材が設けられている。
【0028】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記質量分離装置のイオンビーム入射面が水平方向に対して直交する方向に設置され、該質量分離装置のイオンビーム入射面に対して前記イオンビーム引出電極面が傾斜して設置されている。
【0029】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記イオンビーム引出電極面が水平方向に対して直交する方向に設置され、該イオンビーム引出電極面に対して前記質量分離装置のイオンビーム入射面が傾斜して設置されている。
【0030】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記イオンビームを前記質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して傾斜入射させる際に、該イオンビームを該イオンビーム入射面に垂直な方向に対して上方に傾斜入射させる。
【0031】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記イオンビームを前記質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して傾斜入射させる際に、該イオンビームを該イオンビーム入射面に垂直な方向に対して下方に傾斜入射させる。
【0032】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記質量分離装置の出口部側に、所定のスリット幅のスリット開口部を有する遮蔽部材が設けられている。
【0033】
さらに、好ましくは、本発明のイオンビーム発生装置において、前記ビーム傾斜手段のイオンビーム入射面側と、前記質量分離装置のイオンビーム入射面側とが同電位になるように電気的に接続されて、該ビーム傾斜手段の内部で無電界状態になっている。
【0034】
本発明のイオンドーピング装置は、本発明の上記イオンビーム発生装置と、該イオンビーム発生装置からのイオンビームを照射させてイオン注入処理を行う基材を載置して固定可能とする基材載置テーブルとを備えたものであり、そのことにより上記目的が達成される。
【0035】
本発明の質量分離方法は、複数のイオン種からなるイオンビームを質量分離装置内に導入させ、磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じて湾曲させ、該イオンビームに含まれる特定の一または複数のイオン種を分離させる質量分離方法において、該イオンビームを該質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して所定の傾斜角度だけ傾斜させて入射させるものであり、そのことにより上記目的が達成される。
【0036】
また、好ましくは、本発明の質量分離方法におけるイオンビームを前記質量分離装置のイオンビーム入射面に垂直な方向に対して上方に傾斜させて入射させる。
【0037】
さらに、好ましくは、本発明の質量分離方法におけるイオンビームを前記質量分離装置のイオンビーム入射面に垂直な方向に対して下方に傾斜させて入射させる。
【0038】
本発明のイオンビーム発生方法は、本発明の上記イオンビーム発生装置を用いて、前記特定のイオン種からなるイオンビームを分離出力するものであり、そのことにより上記目的が達成される。
【0039】
上記構成により、以下に、本発明の作用について説明する。
【0040】
本発明にあっては、磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じた半径で湾曲させ、イオンビームに含まれる特定の一または複数種のイオン種を分離させる質量分離装置に対して、イオンビームを所定角度だけ傾斜させた状態で質量分離装置のイオンビーム入射面に入射させることにより、質量分離装置内でイオンビームをより湾曲できるため、従来のように質量分離性能の向上のために質量分離装置の出力部のスリット開口部寸法を狭くする必要がなくなることから、得られるイオンビーム電流を大きく低減させずに、より高精度な質量分離を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0041】
以上により、本発明によれば、イオンビームを所定角度だけ傾斜した状態で質量分離装置のイオンビーム入射面に入射させるようにしたため、質量分離装置内でイオンビームをより湾曲させることができて、従来のように質量分離性能の向上のために質量分離装置の出力部のスリット開口部寸法を狭くせずに、イオンビーム電流を大きく低減させることなく質量分離性能を向上させ、より高精度に質量分離されたイオンビームを発生させることができる。したがって、本発明のイオンドーピング装置を用いることにより、半導体に対するイオンドーピング処理、特に高精度のイオンドーピング処理が要求されるLDD構造トランジスタの低キャリア密度導電層や、閾値電圧調整のために低ドーズイオンがドーピングされるチャネル部などを、高精度、かつ、高速に形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に、本発明のイオンビーム発生装置を備えたイオンドーピング装置の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0043】
本実施形態では、イオン源よりイオンビームを引き出すためのイオンビーム引出電極のイオンビーム引出電極面を、質量分離装置のイオンビーム入射面に対してイオンビーム湾曲方向に所定角度だけ傾斜させた面と平行に設置して、質量分離装置内にイオンビームを傾斜した状態で入射させることにより、イオンビームをより湾曲させて、得られるイオンビーム電流を大きく低減させずに、特定イオン種のより高精度な質量分離を可能としたイオンドーピング装置の一例について説明する。
【0044】
図1は、本発明の実施形態に係るイオンビーム発生装置を用いたイオンドーピング装置の要部構成例を模式的に示す断面図である。
【0045】
図1において、本実施形態のイオンドーピング装置10は、特定種類のイオン種のみからなるイオンビームを外部に出力するイオンビーム発生装置100と、このイオンビーム発生装置100からの特定のイオン種のイオン注入用のイオンビームが照射されるターゲットである半導体基材11を載置して固定すると共に半導体基材11を移動可能とする基材載置テーブル12とを有し、この半導体基材11を移動可能として、半導体基材11の所定領域に特定のイオン種をイオン注入処理することができる。
【0046】
イオンビーム発生装置100は、主として、複数のイオン種からなるイオンビームを出力するイオン源110と、このイオン源110からイオンビームIinを引き出すためのイオンビーム引出電極120と、このイオンビーム引出電極120からイオンビームIinが入射されて、磁場作用によりイオンビームIbの軌道をイオン質量に応じた半径で湾曲させ、イオン質量に応じて湾曲したイオンビームIb(例えばIb1とIb2のように分離)に含まれる特定の一または複数種のイオン種(例えばIb1)を分離するための質量分離装置130と、イオンビーム引出電極120と質量分離装置130間に設けられ、イオン源110からのイオンビームを質量分離装置130内へ所定の傾斜角度αだけ傾斜させて入射させるビーム傾斜手段としてのスペーサ部材140(以下、スペーサ140という)と、質量分離装置130のイオンビーム出力側(出口部130b側)に所定のスリット幅のスリット開口部151が設けられた遮蔽部材150と、この遮蔽部材150のイオンビーム下流側に設けられた内加速電極160とを有している。
【0047】
イオン源110は、その出口部であるイオンビーム出射面110aがイオンビーム引出電極120のイオンビーム引出電極面と平行になるように配置され、互いに対向している。このイオンビーム引出電極120とイオン源110のイオンビーム出射面110aとの電位差による電界によって、イオン源110から複数のイオン種からなるイオンビームIinが引き出されて出射される。
【0048】
イオンビーム引出電極120は、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aとのなす角度が所定の傾斜角度αとなるように、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対してイオンビーム湾曲方向に所定角度αだけ傾斜させた面と平行に設置されている。
【0049】
このイオンビーム引出電極120から引き出されたイオンビームIinは、イオンビーム引出電極120とイオン源110の出口部のイオンビーム出射面110aとの間の電界によって形成される等電位面に垂直に進み、イオン源110およびイオンビーム引出電極120と質量分離装置130との接続部に設置された所定の傾斜角αを有するスペーサ140のイオンビーム入射面140aに入射される。なお、このスペーサ140を設置する際に、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aとスペーサ140のイオンビーム入射面140aが同電位になるように電気的に接続されているため、スペーサ140の内部では電界は生じていない。
質量分離装置130は、主として、内側ヨーク221aおよび外側ヨーク221bを有する角型環状のヨーク221と、この内側ヨーク221aに導体(例えば銅線)が巻回された内側コイル222および、この外側ヨーク221bに導体(例えば銅線)が巻回された外側コイル223と、この角型環状のヨーク221内の空間部分に設けられた真空ケース224とを備えている。これらの内側コイル222と外側コイル223に流れる電流により生成される磁場の反発作用により、真空ケース224の内部空間にy方向に均一な磁場Hyが形成される。但し、スペーサ140は上記質量分離装置130内に含まれていないため、スペーサ140の内部には磁場は形成されていない。
【0050】
したがって、スペーサ140の内部には電界も磁界も存在しておらず、スペーサ140のイオンビーム入射面140aに垂直に入射されたイオンビームIinは、スペーサ140の内部を湾曲することなく直進させ、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方(x軸正(+)方向)に所定角度αだけ傾いて質量分離装置130内に傾斜して入射される。
【0051】
図2は、本発明の実施形態に係るイオンビーム発生装置100を備えたイオンドーピング装置10の他の要部構成例を模式的に示す断面図である。
【0052】
図1では、質量分離装置130は、そのイオンビーム入射面が水平方向に対して直交する方向に設置され、そのイオンビーム入射面に対してイオン源110およびイオンビーム引出電極120を所定角度αだけ傾斜させることによってイオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面に所定角度αだけ傾斜して入射させる構成を示したが、これに限らず、図3に示すように、イオンビーム引出電極120のイオンビーム引出電極面120aが水平方向に対して直交する方向に設置され、イオン源110およびイオンビーム引出電極120に対して質量分離装置130のイオンビーム入射面側を所定角度αだけ傾斜させる構成とすることも可能である。この場合、質量分離装置130を、イオンビーム引出電極120のイオンビーム引出電極面120aと質量分離装置130のイオンビーム入射面130aとのなす角度が所定の傾斜角度αとなるように設置する。さらに、イオン源110およびイオンビーム引出電極120と質量分離装置130との相対的な傾斜角度αを負の値とすることにより、イオンビームIinを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から下方に傾斜入射させることも可能である。
【0053】
この質量分離機130に入射されたイオンビームIinは、磁場作用により、複数のイオン種の軌道がそれぞれ、その各イオン種の質量に応じた半径でイオンビームIb1およびIb2のように湾曲して分離され、イオンビームIoutとしてイオンビームIb1が出力される。質量分離機130により軌道が湾曲されたイオン種のうち、遮蔽部材150のスリット開口部151を通過可能な特定質量のイオン種のみが取り出されて、加速電極160により加速されて半導体基材11上に照射される。
【0054】
次に、質量分離装置に対してイオン源およびイオンビーム引出電極を傾斜させない従来のイオンビーム発生装置と、質量分離装置130に対してイオン源110およびイオンビーム引出電極120を所定の傾斜角度αだけ傾斜させた本実施形態のイオンビーム発生装置100とを用いて、質量比1:2の2種類のイオンを発生させた場合の飛来軌道の変化について、図3(a)および図4(b)を用いて例示して説明する。
【0055】
図3は、質量分離装置内において、質量が異なる2種のイオン種の飛来軌道の変化を模式的に示す図であって、(a)は、質量分離装置に対してイオンビームを垂直入射させる従来のイオンビーム発生装置を用いた場合を示す図、(b)は、質量分離装置に対してイオンビームを傾斜して入射させる図1のイオンビーム発生装置を用いた場合を示す図である。
【0056】
従来技術のように、イオン源から引き出された質量比1:2の2種のイオン質量を有する混合イオンビームIin’が、質量分離装置のイオンビーム入射面に垂直に入射された場合、図3(a)に示すように、イオンビームIin’に含まれる個々のイオン種が、それぞれイオン偏向ケーシング内で磁場Hyにより各イオン質量に応じて湾曲させられ、イオンビームIb1’とイオンビームIb2’に分離される。このときの質量分離装置出口部における各イオンビームIout’の間隔をA’とする。
【0057】
これに対して、本実施形態のように、イオン源110より引き出された質量比1:2の2種のイオン質量を有する混合イオンビームを、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方(x軸正(+)方向)に所定の傾斜角度αだけ傾けて入射させた場合、混合イオンビームIin’を垂直入射させた図3(a)の場合と同様に、イオンビームIinがイオンビームIb1とイオンビームIb2に分離されるが、質量分離装置130の出口部130bにおける各イオンビームIoutの間隔Aは、図3(b)に示すように、従来のイオンビーム発生装置を用いた場合の間隔A’に比べて大きく拡がっている。これは、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方に所定の傾斜角度αだけ傾斜させて入射させたことにより、実質的に質量分離装置130内を通過する角度が傾斜入射角度α分だけ大きくなって、より磁場Hyの影響を受けて軌道が湾曲させられるために(より湾曲するために)、イオン質量による湾曲度の差分が拡大(湾曲半径の差分が拡大)するからである。
【0058】
次に、実際に入射角度を変化させてIoutのMSI(質量分離電流)依存性の変化についてシミュレーションを行い、本実施形態に係る質量分離方法における傾斜入射による質量分離性能の向上効果について検証した。比較のために、特許文献1に開示されている質量分離装置の出口部の出口部開口寸法を変化させた場合のIoutのMSI(質量分離電流)依存性変化についてもシミュレーションを行った。
【0059】
本シミュレーションでは、イオン源のソースガスとして水素希釈のジボラン(B)を用い、Hx、BHx、BHxの各種イオン種の混合イオンビームが質量分離装置に導入されるものとして計算を行った。評価パラメータとしては、傾斜入射角度α=0〔deg〕(垂直入射)、10〔deg〕および15〔deg〕、質量分離装置出口部開口寸法L=150(標準条件)〔mm〕、80〔mm〕および50〔mm〕とし、それ以外のパラメータについては、全て一定条件とした。なお、下方への傾斜入射による場合についても検証するために、傾斜入射角度α=−15〔deg〕の場合についてもシミュレーションを実施した。
【0060】
まず、特許文献1に開示されている方法を用いて、質量分離装置の出口部開口寸法を変化させた場合におけるイオンビームIoutのMSI(質量分離電流)依存性変化について、図4(a)〜図4(c)を用いて説明する。
【0061】
図4(a)〜図4(c)は、特許文献1に開示されている従来の質量分離装置において、質量分離装置開口寸法を変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【0062】
図4(a)〜図4(c)に示すように、出口部開口寸法L(例えば遮蔽部材150のスリット開口部151のスリット幅)が狭くなるのに伴って、BHx系イオンビーム〔垂直入射時、MSI:90〔A〕近傍〕と、BHx系イオンビーム〔垂直入射時、MSI:120〔A〕近傍〕の重畳割合が大きく低下している。これにより、BHx系イオンビームとBHx系イオンビームの質量分離性能が大きく向上していることが分かる。
【0063】
しかしながら、質量分離性能の向上に伴って、イオンビーム電流強度は低下している。例えば、BHx系ではイオンビーム電流強度は開口寸法半減で60%、開口寸法1/3で40%にまで大きく低下している。
【0064】
これに対して、本実施形態に係る質量分離方法を用いて、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方に傾斜入射させる度合いを変化させた場合におけるイオンビームIoutのMSI(質量分離電流)依存性変化について、図5(a)〜図5(c)を用いて説明する。
【0065】
図5(a)〜図5(c)は、図1のイオンビーム発生装置100において、質量分離装置へのイオンビームの入射角度を変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【0066】
図5(a)〜図5(c)に示すように、質量分離装置130のイオンビーム入射面130aへのイオンビームの傾斜角度αを大きくするにつれて、BHx系イオンビームと、BHx系イオンビームの重畳割合が低下して、イオンビームの質量分離性能が向上している。質量分離性能の向上(イオンビーム重畳度の低下)は、開口寸法の狭幅化の場合に比べて小さいものの、質量分離性能の向上に伴うイオンビーム電流の低下は僅かであり、それぞれのイオンビーム電流強度を大きく低下させることなく、イオンビームが分離されていることが分かる。
【0067】
次に、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方と下方に傾斜入射させた場合におけるイオンビームIoutのMSI(質量分離電流)依存性変化について、図6(a)〜図6(c)を用いて説明する。
【0068】
図6(a)〜図6(c)は、本発明のイオンビーム発生装置の質量分離装置へのイオンビームの入射角度を上方と下方に変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【0069】
図6(a)〜図6(c)に示すように、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から下方に傾斜入射させた場合には、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方に傾斜入射させた場合とは逆に、BHx系イオンビームと、BHx系イオンビームの重畳割合が増大している。したがって、イオンビームの質量分離性能は低下するものの、イオンビーム電流強度を増大させることができる。さらには、MSI(質量分離電流)変化に対するイオンビーム電流の変化率(図6中の曲線の傾斜度合い)が緩やかになるため、MSI(質量分離電流)変化に対するマージンも広くなるという効果が得られる。
【0070】
以上のように、本実施形態によれば、磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じて湾曲させ、イオンビームに含まれる一または複数種のイオン種を分離させる質量分離装置130において、イオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から上方に傾斜入射させることにより、イオンビーム電流を大きく低減させることなく質量分離性能を向上させて、より高精度に質量分離されたイオンビームを発生させることが可能となる。また、逆にイオンビームを質量分離装置130のイオンビーム入射面130aに対して垂直方向から下方に傾斜入射させた場合には、質量分離性能としては低下するもののイオンビーム電流強度を増大させ、イオンビーム電流強度のMSI(質量分離電流)変化に対するマージンを広くすることが可能となる。
【0071】
したがって、本実施形態の質量分離方法を用いて質量分離を行うイオンドーピング装置10を用いることにより、半導体に対するイオンドーピング処理、特に高精度のイオンドーピング処理が要求されるLDD構造トランジスタにおける低キャリア密度導電層や、閾値電圧調整のために低ドーズイオンがドーピングされるチャネル部などを、高精度、かつ高速に形成することが可能となる。
【0072】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、特定のイオン種からなるイオンビームを出力可能とするイオンビーム発生装置、このイオンビーム発生装置を用いて基材に特定のイオンを注入可能とするイオンドーピング装置、このイオンビーム発生装置を用いたイオンビーム発生方法およびこれに用いられる質量分離方法の分野において、磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じた半径で湾曲させ、イオンビームに含まれる特定の一または複数種のイオンを分離させる質量分離装置のイオンビーム入射面に対して、イオンビームを所定角度だけ傾斜した状態で入射させるようにしたため、質量分離装置内でイオンビームをより強く湾曲させることができて、従来のように質量分離性能の向上のために質量分離装置の出力部のスリット開口部寸法を狭くせずに、イオンビーム電流を大きく低減させることなく質量分離性能を向上させ、より高精度に質量分離されたイオンビームを発生させることができる。したがって、本発明のイオンドーピング装置を用いることにより、半導体に対するイオンドーピング処理、特に高精度のイオンドーピング処理が要求されるLDD構造トランジスタの低キャリア密度導電層や、閾値電圧調整のために低ドーズイオンがドーピングされるチャネル部などを、高精度、かつ、高速に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明の実施形態に係るイオンビーム発生装置を用いたイオンドーピング装置の要部構成例を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の実施形態に係るイオンビーム発生装置を備えたイオンドーピング装置の他の要部構成例を模式的に示す断面図である。
【図3】質量分離装置内において、質量が異なる2種のイオン種の飛来軌道の変化を模式的に示す図であって、(a)は、質量分離装置に対してイオンビームを垂直入射させる従来のイオンビーム発生装置を用いた場合を示す図、(b)は、質量分離装置に対してイオンビームを傾斜して入射させる図1のイオンビーム発生装置を用いた場合を示す図である。
【図4】(a)〜(c)は、特許文献1に開示されている従来の質量分離装置において、質量分離装置開口寸法を変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【図5】(a)〜(c)は、本発明の実施形態に係るイオンビーム発生装置において、入射角度を変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【図6】(a)〜(c)は、本発明のイオンビーム発生装置の質量分離装置へのイオンビームの入射角度を上方と下方に変化させた場合の出力イオンビーム電流強度の質量分離電流依存性についてシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
【図7】従来のイオンビーム発生装置の基本構成例を模式的に示す縦断面図である。
【図8】図7の質量分離機において、z方向の下流側から上流側に向けてヨークを見た場合の要部断面図である。
【符号の説明】
【0075】
10 イオンドーピング装置
11 半導体基板
100 イオンビーム発生装置
110 イオン源
110a イオン源のイオンビーム出射面
120 イオンビーム引出電極
130 質量分離装置
130a 質量分離装置のイオンビーム入射面
130b 質量分離装置のイオンビーム出射面
140 スペーサ
140a スペーサのイオンビーム入射面
150 遮蔽部材
160 加速電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のイオン種からなるイオンビームを出力するイオン源と、
該イオンビームの軌道を磁場作用によりイオン質量に応じて湾曲させて、該イオンビームに含まれる特定の一または複数のイオン種を分離させ、該特定のイオン種のイオンビームを出力する質量分離装置と、
該イオン源と該質量分離装置間に設けられ、該イオン源からのイオンビームを該質量分離装置内へ所定の傾斜角度だけ傾斜させて入射させるビーム傾斜手段とを備えたイオンビーム発生装置。
【請求項2】
前記イオン源からのイオンビームを引き出すためのイオンビーム引出電極を有し、該イオンビーム引出電極のイオンビーム引出電極面が前記質量分離装置のイオンビーム入射面に対して該質量分離装置内のイオンビーム湾曲方向に所定の傾斜角度だけ傾斜させた面と平行に設置されている請求項1に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項3】
前記ビーム傾斜手段として、前記イオン源からのイオンビームを引き出すためのイオンビーム引出電極のイオンビーム引出電極面と、前記質量分離装置のイオンビーム入射面とのなす角度が所定の傾斜角度となるように設置させるべく、該イオンビーム引出電極面と該質量分離装置のイオンビーム入射面との間にスペーサ部材が設けられている請求項1または2に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項4】
前記質量分離装置のイオンビーム入射面が水平方向に対して直交する方向に設置され、該質量分離装置のイオンビーム入射面に対して前記イオンビーム引出電極面が傾斜して設置されている請求項3に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項5】
前記イオンビーム引出電極面が水平方向に対して直交する方向に設置され、該イオンビーム引出電極面に対して前記質量分離装置のイオンビーム入射面が傾斜して設置されている請求項3に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項6】
前記イオンビームを前記質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して傾斜入射させる際に、該イオンビームを該イオンビーム入射面に垂直な方向に対して上方に傾斜入射させる請求項3または4に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項7】
前記イオンビームを前記質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して傾斜入射させる際に、該イオンビームを該イオンビーム入射面に垂直な方向に対して下方に傾斜入射させる請求項3または5に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項8】
前記質量分離装置の出口部側に、所定のスリット幅のスリット開口部を有する遮蔽部材が設けられた請求項1〜3のいずれいかに記載のイオンビーム発生装置。
【請求項9】
前記ビーム傾斜手段のイオンビーム入射面側と、前記質量分離装置のイオンビーム入射面側とが同電位になるように電気的に接続されて、該ビーム傾斜手段の内部が無電界状態になっている請求項1または3に記載のイオンビーム発生装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載のイオンビーム発生装置と、該イオンビーム発生装置からのイオンビームを照射させてイオン注入処理を行う基材を載置して固定可能とする基材載置テーブルとを備えたイオンドーピング装置。
【請求項11】
複数のイオン種からなるイオンビームを質量分離装置内に導入させ、磁場作用によりイオンビームの軌道をイオン質量に応じて湾曲させ、該イオンビームに含まれる特定の一または複数のイオン種を分離させる質量分離方法において、
該イオンビームを該質量分離装置内へ前記イオンビーム入射面を通して所定の傾斜角度だけ傾斜させて入射させる質量分離方法。
【請求項12】
前記イオンビームを前記質量分離装置のイオンビーム入射面に垂直な方向に対して上方に傾斜させて入射させる請求項11に記載の質量分離方法。
【請求項13】
前記イオンビームを前記質量分離装置のイオンビーム入射面に垂直な方向に対して下方に傾斜させて入射させる請求項11に記載の質量分離方法。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれかに記載のイオンビーム発生装置を用いて、前記特定のイオン種からなるイオンビームを分離出力するイオンビーム発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−10282(P2008−10282A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−178799(P2006−178799)
【出願日】平成18年6月28日(2006.6.28)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】