説明

インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤

【課題】合成の複雑さが低減された、インフルエンザ感染症を予防および/または治療するのに有効に用いられうる化合物、およびその用途を提供する。
【解決手段】本発明によれば、化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、抗インフルエンザウイルス剤およびインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルス感染症の新規な予防および/または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスを病原体とするインフルエンザ感染症は、現代においてもその強烈な伝播力によって大きな流行を繰り返す伝染病であり、社会に莫大な被害を及ぼしている。様々な伝染病が克服される中、インフルエンザウイルスに有効で安全性の高い薬剤は少ないうえに、それらに対する耐性ウイルスの出現なども問題視されており、新しい抗インフルエンザ薬の開発が期待されている。
【0003】
インフルエンザウイルスは急性の呼吸器感染症を引き起こし、その臨床症状は、急激な発熱、頭痛、関節痛、全身倦怠などの全身症状とともに、鼻汁、咳などの風邪にみられる種々の呼吸器症状および38℃以上の高熱を伴うのが特徴である。健常人では通常1〜2週間程度で治癒するが、乳幼児、高齢者や呼吸器・循環器・腎臓に慢性疾患を持つ患者、糖尿病などの代謝疾患や免疫機能が低下している患者などでは、細菌などによる二次感染や肺炎を併発して死に至る場合も少なくない。また、呼吸器の局所感染にとどまらず、インフルエンザ脳炎・脳症などに代表される重症神経系合併症といった極めて重篤な症例も報告されている。このほか、腹痛、悪心・嘔吐、下痢などの消化器症状がみられることもあり、特に小児では注意を要する。診断する上で注意すべき大きな特徴は、呼吸器症状に比べて、熱その他の全身症状が顕著である点である。
【0004】
現在、インフルエンザに対する対策としては、予防的観点から、ワクチン接種が基本と考えられている。ワクチン以外の抗インフルエンザ薬としては、M2タンパク質イオンチャネル機能阻害活性を有するアマンタジン(医薬品名:シンメトレル)のほか、ノイラミニダーゼ阻害剤であるオセルタミビル(医薬品名:タミフル)やザナミビル(医薬品名:リレンザ)などが認可されているのみである。例えばオセルタミビルは、EC50=0.03、CC50>100と、医薬品として優れた性能を有している。
【0005】
ウイルスの細胞への感染は、次のような過程で始まる。まず、ウイルスの有するヘマグルチニンタンパク質(以下、「ヘマグルチニン」とも称する)が細胞側のシアル酸受容体に結合し、エンドサイトーシスによってウイルスが細胞内に取り込まれる。続いて、エンドソーム内の酸性化によって起こるウイルス膜とエンドソーム膜との融合により、ウイルス遺伝子が細胞質内に進入する。この融合には、宿主細胞由来のエンドプロテアーゼによるヘマグルチニンの特異的配列部位でのペプチド結合の開裂が必須であり、この開裂によりヘマグルチニンの膜融合ドメインが露出し、エンドソーム膜との融合が起こることが報告されている(非特許文献1)。この感染成立後、ウイルスは細胞内で増殖し、新たな細胞・組織へ感染を拡大するために感染細胞から出芽する。この出芽には、ウイルス由来ノイラミダーゼによるヘマグルチニンとシアル酸受容体との切断が必須である。既存の抗インフルエンザ薬であるオセルタミビルやザナミビルは、この感染後のウイルス出芽時に作用するため、初期感染の成立を阻止することはできない。また、ノイラミダーゼはウイルスの頻繁な遺伝子変異等に伴い構造が変化することから、これを標的とする既存阻害剤の効果の減少等が将来生じる可能性も否定できない。さらに、B型インフルエンザウイルスは、アマンタジンの作用標的であるM2タンパク質を有しないことから、アマンタジンはB型ウイルス感染には効果がなく、むしろ耐性ウイルスの高率な出現が報告されている(非特許文献2)。
【0006】
現時点で認可を受けている上述の抗インフルエンザ薬以外にも、種々の化合物が抗インフルエンザ活性を有することが報告されている。例えば、特許文献1には、カビの1種であるスタキボトリス(Stachybotrys)属菌の産生する天然物またはその派生物である、ある種のセスキテルペン誘導体(スタキフリン)が、A型・B型インフルエンザに対して阻害活性を示すことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO97/11947号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】最新医学、2004、Vol. 59, 215-222
【非特許文献2】Arch Intern Med, 2000, Vol. 160, 1485-1488
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ウイルスは一般に、容易にアミノ酸変異を起こし、場合によっては薬の効かない薬剤耐性ウイルスへと変異することが知られている。そして、かような薬剤耐性ウイルスの出現は、臨床上深刻な問題となりうる。
【0010】
特許文献1に記載のスタキフリンもまた、インフルエンザウイルスのWSN株に対しては高い阻害活性を有する(EC50=0.3)ものの、それ以外の株に対しては十分な阻害活性を示さないという問題がある。かようなインフルエンザウイルスの薬剤耐性に対処するためには、複数の薬剤群を揃えて、流行のウイルス型に合わせた最適な薬剤の選択を可能な状態にしておくことが肝要である。特に、インフルエンザウイルスのように多数の亜種が存在するウイルスに対しては、作用機序の異なる複数の薬剤を揃えておくことが必要である。
【0011】
さらに、特許文献1に記載のスタキフリンは、天然物由来の複雑な化学構造を有していることから、合成が容易でなく製造コストの高騰を招くという製造上の問題点も抱えている。
【0012】
そこで本発明は、合成の複雑さが低減された、インフルエンザ感染症を予防および/または治療するのに有効に用いられうる化合物、およびその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述した従来技術に鑑み、鋭意研究を行った。その過程で、驚くべきことに、いくつかの化合物が、インフルエンザウイルスの増殖に対して阻害活性を示すことを見出した。そして、この知見に基づいて、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明の第1の形態によれば、化学式1〜化学式5(詳細は後述する)のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、抗インフルエンザウイルス剤が提供される。
【0015】
また、本発明の第2の形態によれば、化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤が提供される。
【0016】
さらに、本発明の第3の形態によれば、化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物、および薬学的に許容される担体を含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療用医薬組成物が提供される。
【0017】
また、本発明の第4の形態によれば、化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物の有効量を、必要とする患者に投与することを含む、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療方法が提供される。
【0018】
さらに、本発明の第5の形態によれば、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤の製造のための、化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物の使用が提供される。
【0019】
そして、化学式1〜化学式5で表される化合物のうち、化学式4で表される化合物および化学式5で表される化合物は、新規化合物であることも判明した。したがって、本発明の他の形態によれば、化学式4で表される化合物および化学式5で表される化合物もまた提供され、これらの化合物を有効成分として含有する医薬もまた、提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、インフルエンザ感染症の予防および/または治療に有効な化合物が提供されうる。そして、本発明の化合物は、未だ認可薬が存在しない、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンを作用標的とするものであることから、ノイラミニダーゼにアミノ酸変異を有する耐性ウイルスにも有効であり、しかも、既存薬との併用療法にも用いられうる。また、本発明の化合物はいずれも、特許文献1に開示の化合物のような複雑な化学構造は有していないため、簡便な手法によって製造可能であり、製造コストの低減にも寄与する極めて優位性の高いものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の第1の形態は、化学式1〜化学式5(詳細は後述する)のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、抗インフルエンザウイルス剤である。また、本発明の第2の形態は、上記化合物を有効成分として含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤である。上述したように、上記の有効成分がインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療に有効であるという知見はこれまで存在せず、本願の発明者らによって初めて見出された新規な知見である。
【0022】
まず、本発明の第1および第2の形態に係る剤に有効成分として用いられる化合物について、説明する。
【0023】
本発明の第1および第2の形態に係る剤に有効成分として用いられる化合物は、化学式1〜化学式5のいずれかで表されるものである。以下、それぞれの化合物について、詳細に説明する。
【0024】
まず、化学式1〜化学式3は、以下の通りである。
【0025】
【化1】

【0026】
続いて、化学式4は、下記の一般式で表される。
【0027】
【化2】

【0028】
上記化学式4において、Rは、−SOMeで表される基、または下記式:
【0029】
【化3】

【0030】
で表される基である。抗インフルエンザ活性が高いという観点からは、化学式4におけるRは、−SOMeで表される基であることが好ましい。
【0031】
また、化学式5は、下記の一般式で表される。
【0032】
【化4】

【0033】
上記化学式5において、Yは、下記式:
【0034】
【化5】

【0035】
のいずれかで表される基を表す。なお、化学式5におけるYを定義する式において、Halは、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、またはヨウ素原子)を表す。なお、ハロゲン原子のなかでは、塩素原子または臭素原子がより好ましく、塩素原子が特に好ましい。また、化学式5におけるYを定義する式において、Bocは、tert−ブトキシカルボニル基((CHC−O−C(=O)−基)を表す。なお、抗インフルエンザ活性が高いという観点からは、化学式5におけるYは、下記式:
【0036】
【化6】

【0037】
であることがより好ましく、下記式:
【0038】
【化7】

【0039】
であることが最も好ましい。この塩の形態の化合物、および化学式4においてRが−SOMeで表される基である化合物の2つが、抗インフルエンザ活性の観点から本発明において特に好ましい化合物である。
【0040】
上述した化学式1〜化学式5で表される化合物の入手経路について特に制限はなく、市販品が入手可能である場合には当該市販品を購入してもよいし、従来公知の知見を参照しつつ自ら合成してもよい。ここで、上述した化学式4で表される化合物のうち、Rが下記式:
【0041】
【化8】

【0042】
で表される基であるものは、本願において初めて提供される新規な化合物である。また、上述した化学式5で表される化合物のうち、Yが下記式:
【0043】
【化9】

【0044】
で表される基であるものもまた、本願において初めて提供される新規な化合物である。よって、本発明の一形態によれば、これらの新規化合物それ自体もまた、提供されうる。ここで、これらの新規な化合物を包含する化学式4や化学式5で表される化合物を製造するための手法の一例について、簡単に説明する(後述する製造例を参照)。
【0045】
化学式4で表される化合物は、例えば、下記式:
【0046】
【化10】

【0047】
で表されるアルコール(それ自体は公知化合物であり入手可能であるし、自ら製造してもよい)と、R−Hal(Halは、ハロゲン原子(例えば、塩素原子)である)で表される化合物とを反応させることにより、製造されうる。なお、R−Halで表される化合物は、目的生成物の構造を考慮して、適宜選択されうる。また、当該反応は、R−Halからハロゲン原子(Hal)がハロゲン化物イオンとして脱離したカチオンの安定化を目的として、アセトニトリル、アセトン等の非プロトン性有機溶媒中で行われることが好ましい。また、遊離したハロゲン化物イオンを捕捉して沈殿させるために、炭酸カリウム等の炭酸塩の存在下で反応を行うことが好ましい。この反応は通常、室温にて進行しうる。
【0048】
また、化学式5で表される化合物は、例えば、下記式:
【0049】
【化11】

【0050】
(Halは、ハロゲン原子(例えば、塩素原子)である)で表されるチオフェノピリミジン化合物(それ自体は公知化合物であり入手可能であるし、自ら製造してもよい)と、Y−Hで表されるアミンとを反応させることにより、製造されうる。なお、Y−Hで表される化合物は、目的生成物の構造を考慮して、適宜選択されうる。また、当該反応は、テトラヒドロフラン(THF)等の有機溶媒中、還流条件下にて行われうる。また、当該反応においては、遊離したハロゲン化物イオンを捕捉して沈殿させることを目的として、水酸化ナトリウム等の塩基の存在下で反応を行うことが好ましい。
【0051】
以上、化学式4で表される化合物および化学式5で表される化合物を製造するための手法について、一例を挙げて説明したが、もちろん他の手法によって製造することも可能であるし、製造方法によって本発明の化合物やその用途の技術的範囲が影響を受けることはない。
【0052】
本発明の第1の形態に係る抗インフルエンザウイルス剤や、第2の形態に係るインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤は、インフルエンザウイルスに感染した患者、または感染する(した)虞のある者に投与するためのものである。一般に、感染患者は、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、咳、痰、悪寒、発熱、頭痛、咽頭痛等の症状を示すことから、本発明の剤に加えて、対症療法薬を併せて投与(併用)してもよい。また、併用するだけでなく、本発明の剤に配合して合剤(組成物)とすることも可能である。
【0053】
本発明の剤とともに投与可能な対症療法薬の一例としては、アスピリン、アスピリンアルミニウム、サザピリン、エテンザミド、サリチルアミド、イブプロフェン、アセトアミノフェン、イソプロピルアンチピリン等の解熱鎮痛薬;カフェイン、無水カフェイン、安息香酸ナトリウムカフェイン等の中枢神経興奮薬;ブロムワレリル尿素、アリルイソプロピルアセチル尿素等の鎮静剤;マレイン酸クロルフェニラミン、ジフェンヒドラミン、サリチル酸ジフェンヒドラミン、フマル酸クレマスチン、マレイン酸カルビノキサミン、メキタジン、酒石酸アリメマジン、塩酸ジフェニルピラリン、塩酸トリプロリジン等の抗ヒスタミン薬;塩化リゾチーム、ブロメライン、セラペプターゼ、セミアルカリプロティナーゼ、グリチルリチン酸、グリチルリチン酸ジカリウム、グリチルリチン酸アンモニウム、グリチルレチン酸、アズレンスルホン酸ナトリウム等の抗炎症薬;リン酸ジヒドロコデイン、リン酸コデイン、塩酸ノスカピン、ノスカピン、臭化水素酸デキストロメトルファン、デキストロメトルファンフェノールフタリン塩、リン酸ジメモルファン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸チペピジン、塩酸エプラジノン、メチルエフェドリン、塩酸メチルエフェドリン、塩酸メトキシフェナミン、塩酸トリメトキノール、塩酸フェニルプロパノールアミン等の鎮咳薬;塩酸L−エチルシステイン、グアヤコールスルホン酸カリウム、クレゾール酸カリウム、グアイフェネシン、塩酸ブロムヘキシン、カルボシステイン等の去痰薬;テオフィリン、アミノフィリン、ジプロフィリン等の気管支拡張薬;ベラドンナ(総)アルカロイド、ベラドンナエキス、ヨウ化イソプロパミド、臭化水素酸スコポラミン、ロートエキス、臭化ブチルスコポラミン、臭化メチルベナクチジウム、臭化チメピジウム、ピレンゼピン等の抗アセチルコリン剤;セチルピリジニウム、塩化セチルピリジニウム、ポピドンヨード、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化デカリニウム、チモール、ヨウ素・ヨウ化カリウム、フェノール、塩酸クロルヘキシジン、クレオソート、塩化ベンゼトニウム等の殺菌消毒剤;塩酸ジブカイン、アミノ安息香酸エチル、リドカイン、塩酸リドカイン、オキセサゼイン等の局所麻酔剤;ビタミンA、肝油、ビタミンB、ビタミンB、ビタミンB、ビタミンB12、ビタミンC、アスコルビン酸カルシウム、ビタミンD、ビタミンE、コハク酸トコフェロールカルシウム等のビタミン剤;パントテン酸、パンテノール、パントテン酸ナトリウム、パントテン酸カルシウム、パンテチン、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、グルクロン酸、グルクロノラクトン、アミノエチルスルホン酸、ビオチン、γ−オリザノール等の代謝性成分;地黄、ケイヒ、ゴオウ、ショウキョウ、キキョウ、マオウ、カンゾウ、キョウニン、ハンゲ、シャゼンソウ、セネガ、サイコ、ブクリョウ、シンイ等の生薬およびこれら生薬の抽出物(エキス、チンキ等)等が挙げられるが、これらに限定されない。対症療法薬は、単一成分を配合してもよく、2種以上のものを組み合わせて併用、配合してもよい。
【0054】
本発明に係る剤の投与経路としては、全身投与または局所投与のいずれも選択されうる。この際、疾患・症状などに応じた適当な投与経路が選択される。本発明に係る剤は、経口経路、非経口経路のいずれによっても投与されうる。非経口経路としては、通常の静脈内投与、動脈内投与のほか、皮下、皮内、筋肉内などへの投与が挙げられる。さらに、経粘膜投与または経皮投与を実施することも可能である。
【0055】
本発明に係る剤の剤形は、特に限定されず、種々の剤形、例えば、経口投与のためには、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁液、溶液剤、酒精剤、シロップ剤、エキス剤、またはエリキシル剤とすることができる。非経口剤としては、例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、または腹腔内注射剤などの注射剤;経皮投与または貼付剤、軟膏またはローション;口腔内投与のための舌下剤、口腔貼付剤;並びに経鼻投与のためのエアゾール剤;坐剤とすることができるが、これらに限定されない。これらの製剤は、製剤工程において通常用いられる公知の方法により製造することができる。また本発明に係る薬剤は、持続性または徐放性剤形であってもよい。
【0056】
経口用固形製剤を調製する場合は、有効成分に対して、賦形剤および必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、および矯臭剤などを加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、およびカプセル剤などを製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されるものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、および珪酸などを、結合剤としては、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、およびポリビニルピロリドンなどを、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、および乳糖などを、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、およびポリエチレングリコールなどを、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、および酒石酸などを例示することができる。
【0057】
経口用液体製剤を調製する場合は、有効成分に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、および矯臭剤などを加えて常法により内服液剤、シロップ剤、およびエリキシル剤などを製造することができる。この場合矯味剤としては上述したものが用いられうる。また、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウムなどが、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、およびゼラチンなどが挙げられる。
【0058】
注射剤を調製する場合は、有効成分にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、および局所麻酔剤などを添加し、常法により皮下、筋肉内および静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤および緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、およびリン酸ナトリウムなどが挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、チオグリコール酸、およびチオ乳酸などが挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、および塩酸リドカインなどが挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウムおよびブドウ糖などが例示されうる。
【0059】
坐剤を調製する場合は、有効成分に対して、当業界において公知の製剤用担体、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、および脂肪酸トリグリセライドなどを、さらに必要に応じてTween(登録商標)のような界面活性剤などを加えた後、常法により製造することができる。
【0060】
軟膏剤を調製する場合は、有効成分に通常使用される基剤、安定剤、湿潤剤、および保存剤などが必要に応じて配合され、常法により混合などにより、製剤化される。基剤としては、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、およびパラフィンなどが挙げられる。保存剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、およびパラオキシ安息香酸プロピルなどが挙げられる。
【0061】
貼付剤を調製する場合は、通常の支持体に前記軟膏、クリーム、ゲル、およびペーストなどを常法により塗布すればよい。支持体としては、綿、スフ、および化学繊維からなる織布、不織布や軟質塩化ビニル、ポリエチレン、およびポリウレタンなどのフィルムまたは発泡体シートが適当である。
【0062】
本発明に係る剤に含有される有効成分の量は、当該有効成分の用量範囲や投薬の回数などにより適宜決定されうる。
【0063】
用量範囲は特に限定されず、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無など)、および担当医師の判断などに応じて適宜設定されうる。一般的に適当な用量は、例えば対象の体重1kgあたり約0.01μg〜100mg程度、好ましくは約0.1μg〜1mg程度の範囲であることが好ましい。しかしながら、当該分野においてよく知られた最適化のための一般的な常套的実験を用いてこれらの用量の変更を行うことができる。上記投与量は1日1回〜数回に分けて投与することができる。
【0064】
他の観点から、本発明に係る剤の有効成分として上述した化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物は、インフルエンザウイルス感染症を予防および/または治療する方法において用いられうる。このような方法は、例えば、上述した有効成分を含む医薬組成物を適当な投与経路で対象(患者)に投与することにより実施されうる。この際の投与経路や投与量(有効量)は、上述した薬剤に関する説明および本願の出願時における技術常識を参酌することにより、当業者が適宜設定することが可能である。さらに他の観点から、上述した化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物は、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤の製造にも用いられうる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例等により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
【0066】
[化合物の入手経路]
下記の製造例における出発物質と、化学式1で表される化合物(化合物1)、化学式2で表される化合物(化合物4)、および、化学式3で表される化合物(化合物5)はすべて、ナミキ商事株式会社より購入した。なお、化合物1、化合物4、および化合物5についての、ナミキ商事株式会社における化合物ID、並びにナミキ商事株式会社への供給元会社および当該供給元会社における化合物IDは、下記表に示す通りである。
【0067】
【表1】

【0068】
[製造例1]
3−メトキシ−4−[(メチルスルホニル)オキシ]−安息香酸メチル(化合物9)の合成
アルゴン雰囲気下、バニリン酸メチル(1.0g,5.49mmol)と炭酸カリウム(1.13g,8.24mmol)にアセトニトリル(30ml)を加え、0℃に冷却した。そこに、メタンスルホニルクロリド(0.51ml,6.59mmol)を滴下した。反応溶液を室温に昇温後、3時間攪拌した。反応溶液をセライト吸引ろ過し、減圧下で溶媒を留去した。残渣に酢酸エチル(30ml)と1N HCl水溶液(30ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(20ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製した。得られた固体を、酢酸エチルとヘキサンで再結晶し、3−メトキシ−4−[(メチルスルホニル)オキシ]−安息香酸メチル(1.01g,71%)を白色固体として得た。
【0069】
【化12】

【0070】
[製造例2]
3−メトキシ−4−(フェニルメトキシ)−安息香酸メチル(化合物22)の合成
バニリン酸メチル(1.0g,5.49mmol)と炭酸カリウム(1.13g,8.24mmol)にアセトニトリル(30ml)を加えた。4−ベンジルオキシベンジルブロミド(1.83g,6.59mmol)を加え、12時間攪拌した。反応溶液をセライト吸引ろ過し、減圧下で溶媒を留去した。残渣に酢酸エチル(30ml)と1N HCl水溶液(30ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(20ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製した。得られた固体を、酢酸エチルとヘキサンで再結晶し、3−メトキシ−4−(フェニルメトシキシ)−安息香酸メチル(1.68g,83%)を白色固体として得た。
【0071】
【化13】

【0072】
[製造例3]
4−ベンジルアミノ−チエノ[2,3−d]ピリミジン(化合物31)の合成
4−クロロチエノ[2,3−d]ピリミジン(200mg,1.17mmol)のテトラヒドロフラン(15ml)溶液にベンジルアミン(0.25ml,2.34mmol)と水酸化ナトリウム(0.94g,2.34mmol)を加えた後、6時間加熱還流した。反応溶液の溶媒を減圧下で留去した後、残渣に酢酸エチル(20ml)と蒸留水(15ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(15ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1−1:1)で精製して、4−ベンジルアミノ−チエノ[2,3−d]ピリミジン(127mg,45%)を淡黄色固体として得た。
【0073】
【化14】

【0074】
[製造例4]
4−(4−メチル−1−ピペラジニル)−チエノ[2,3−d]ピリミジン塩酸塩(化合物35)の合成
4−クロロチエノ[2,3−d]ピリミジン(200mg,1.17mmol)のテトラヒドロフラン(15ml)溶液に1−メチルピペラジン(0.26ml,2.34mmol)と水酸化ナトリウム(0.94g,2.34mmol)を加えた後、6時間加熱還流した。反応溶液の溶媒を減圧下で留去した後、残渣に酢酸エチル(20ml)と蒸留水(15ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(15ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1−1:1)で精製して、4−(4−フェニル−1−ピペラジニル)−チエノ[2,3−d]ピリミジンを茶褐色固体(148mg,54%)として得た。得られた固体にトルエン(20ml)と1N HCl水溶液(0.6ml)を加え、1時間加熱還流した。反応溶液を室温に冷却した後、吸引ろ過を行なって、4−(4−メチル−1−ピペラジニル)−チエノ[2,3−d]ピリミジン塩酸塩(127mg,45%)を茶褐色固体として得た。
【0075】
【化15】

【0076】
[製造例5]
4−(4−フェニル−1−ピペラジニル)−チエノ[2,3−d]ピリミジン(化合物36)の合成
4−クロロチエノ[2,3−d]ピリミジン(200mg,1.17mmol)のテトラヒドロフラン(15ml)溶液に1−フェニルピペラジン(0.35ml,2.34mmol)と水酸化ナトリウム(0.94g,2.34mmol)を加えた後、6時間加熱還流した。反応溶液の溶媒を減圧下で留去した後、残渣に酢酸エチル(20ml)と蒸留水(15ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(15ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1−2:1)で精製して、4−(4−フェニル−1−ピペラジニル)−チエノ[2,3−d]ピリミジン(284mg,82%)を白色固体として得た。
【0077】
【化16】

【0078】
[製造例6]
(S)−N1−Boc−1−フェニル−N2−チエノ[2,3−d]ピリミジン−4−イル−1,2−エタンジアミン(化合物37)の合成
4−クロロチエノ[2,3−d]ピリミジン(200mg,1.17mmol)のテトラヒドロフラン(15ml)溶液に(S)−N1−Boc−1−フェニル−1,2−エタンジアミン(552mg,2.34mmol)と水酸化ナトリウム(0.94g,2.34mmol)を加えた後、6時間加熱還流した。反応溶液の溶媒を減圧下で留去した後、残渣に酢酸エチル(20ml)と蒸留水(15ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(15ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1−2:1)で精製して、(S)−N1−BOC−1−フェニル−N2−チエノ[2,3−d]ピリミジン−4−イル−1,2−エタンジアミン(31mg,7%)を乳白色固体として得た。
【0079】
【化17】

【0080】
[製造例7]
(S)−N1,N1−ジメチル−1−フェニル−N2−チエノ[2,3−d]ピリミジン−4−イル−1,2−エタンジアミン(化合物39)の合成
4−クロロチエノ[2,3−d]ピリミジン(200mg,1.17mmol)のテトラヒドロフラン(15ml)溶液に(S)−N1,N1−ジメチル−1−フェニル−1,2−エタンジアミン(384mg,2.34mmol)と水酸化ナトリウム(0.94g,2.34mmol)を加えた後、6時間加熱還流した。反応溶液の溶媒を減圧下で留去した後、残渣に酢酸エチル(20ml)と蒸留水(15ml)を加え、抽出した。さらに、水層を酢酸エチル(15ml)で2回抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧下で溶媒を留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=2:1−1:2)で精製して、(S)−N1,N1−ジメチル−1−フェニル−N2−チエノ[2,3−d]ピリミジン−4−イル−1,2−エタンジアミン(167mg,48%)を白色固体として得た。
【0081】
【化18】

【0082】
[抗インフルエンザウイルス活性の測定]
上記表1に記載の化合物1、化合物4、および化合物5、並びに、上記製造例1〜7で製造された化合物のそれぞれについて、下記の手法により、抗インフルエンザウイルス活性を測定した。
【0083】
まず、96ウェルプレートにMDCK細胞を細胞密度が100%になるように用意した。次に、MEM培地中に濃度が10μMまたは1μMになるよう化合物を混合し、化合物混合MEM培地を調製した。また、MEM培地中に濃度が10μMまたは1μMの化合物と、20μg/mLのアセチルトリプシンが存在するよう混合し、化合物・2xアセチルトリプシン混合MEM培地を調製した。また、MEM培地中に濃度が10μMまたは1μMの化合物と、10μg/mLのアセチルトリプシンが存在するよう混合し、化合物・1xアセチルトリプシン混合MEM培地を調製した。
また、MEM培地50μL中に100TCID50のインフルエンザウイルス(PR8株)と濃度が10μMまたは1μMの薬剤が存在するように混合し、ウイルス・化合物混合MEM培地を調製した。次にMDCK細胞をPBSで洗浄し、化合物混合MEM培地を用いてMDCK細胞を30分〜60分インキュベーションした。またウイルス・化合物混合MEM培地も30分〜60分のインキュベーションを行った。続いて、MDCK細胞の培養液を化合物混合MEM培地から化合物・2xアセチルトリプシン混合MEM培地50μLに置換し、そこに50μLのウイルス・化合物混合MEM培地を加え、100TCID50のインフルエンザウイルスと、10μg/mLのアセチルトリプシンと、濃度が10μMまたは1μMの化合物とが100μL中のMEM培地に存在する状態で(ウイルス・化合物・1xアセチルトリプシン混合MEM培地中で)MDCK細胞を1時間インキュベーションした。次にウイルス・化合物・1xアセチルトリプシン混合MEM培地を、化合物・1xアセチルトリプシン混合MEM培地に置換してMDCK細胞をインキュベーションした。感染開始後24時間の時点でMDCK細胞の培養液を回収し、RNAを抽出後、リアルタイムRT-PCR法にてインフルエンザウイルスの量を定量した。10μMおよび1μMの化合物で処理した時のウイルス量とコントロールのウイルス量を比較し、50%のウイルス増殖抑制が見られる濃度(EC50)を計算した。結果を下記の表2に示す。
【0084】
【表2】

【0085】
表2に示す結果から、本発明により提供される化合物は、いずれもインフルエンザウイルスに対する増殖阻害活性を示すことがわかる。したがって、本発明により提供される化合物は、抗インフルエンザウイルス剤やインフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤として有用であることが示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1〜化学式5:
【化1】

【化2】

式中、Rは、−SOMeで表される基、または下記式:
【化3】

で表される基である、
【化4】

式中、Yは、下記式:
【化5】

式中、Halは、ハロゲン原子を表し、Bocは、tert−ブトキシカルボニル基を表す、
のいずれかで表される基を表す、
のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項2】
請求項1に記載の化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物を有効成分として含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤。
【請求項3】
請求項1に記載の化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物、および薬学的に許容される担体を含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療用医薬組成物。
【請求項4】
請求項1に記載の化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物の有効量を、必要とする患者に投与することを含む、インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療方法。
【請求項5】
インフルエンザウイルス感染症の予防および/または治療剤の製造のための、請求項1に記載の化学式1〜化学式5のいずれかで表される化合物の使用。
【請求項6】
下記化学式4で表される化合物:
【化6】

式中、Rは、下記式:
【化7】

で表される基である。
【請求項7】
下記化学式5で表される化合物:
【化8】

式中、Yは、下記式:
【化9】

で表される基である。
【請求項8】
請求項6または7に記載の化合物を有効成分として含有する医薬。

【公開番号】特開2012−121822(P2012−121822A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271861(P2010−271861)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年11月19日 http://share.dynacom.jp/bmb2010abst/index.php?add_session_no=&add_date=2010−12−07&btn_add_session=on
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【Fターム(参考)】