説明

グリースシール

【課題】正逆回転・停止がくり返される産業用ロボット等の回転軸受グリースシールにおいて、ゴム製シールリップ材料としてニトリルゴムを用い、またグリースとして硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン〔MoDTC〕を配合したものを用いた場合に、リップ表面に黄色固着物の析出を発生し、グリース漏れの原因となるという知見に基いて、MoDTCが含まれているグリースとゴム製シールリップ材料としてニトリルゴムとを用いたグリースシールにおいて、黄色固着物をリップ表面に析出させないグリースシールを提供する。
【解決手段】材料硬度(デュロメータA)が60〜80で、摺動表面の粗さが中心線平均粗さRaが0.5〜0.65μm、10点平均粗さRzが1.5〜2.5μmの特性を有するニトリルゴム製シールリップを備え、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを0.5重量%以上含有するグリースを用いたグリース軸受に使用されるグリースシール。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリースシールに関する。さらに詳しくは、正逆回転・停止がくり返される回転摺動用軸受等に好適に用いられるグリースシールに関する。
【背景技術】
【0002】
産業用ロボットの回転軸受等の機械要素には、低摩擦・摩耗特性の維持や異物侵入防止などの目的でグリースが使用されている。そして、それを機械要素に保持するために、グリースシールが用いられている。グリースシールのシールリップ構成材料としては、一般にニトリルゴム等が用いられている。
【0003】
そして、シールの密封性能とシールの表面粗さとの間には相関があり、そのためシールに密封性を付与する目的で、タルク等の所定の充填材が配合されている。また、充填材は、ゴムの補強効果をも持ち、シールの耐久性の向上に寄与している。
【0004】
一方、グリースには、極圧性向上の目的で、固体もしくは液体の硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン〔MoDTC〕を配合したものが使用されるケースがあるが(特許文献1参照)、固体もしくは液体のMoDTCを約0.5〜5重量%程度含有するグリースを用い、これをタルク等の充填材を高充填したニトリルゴムからなるシールで密封した場合、一定の摺動回転では問題は生じないが、正逆回転と停止とを連続的にくり返す産業用ロボットの回転軸受等の運転条件では、ゴム製シールリップ表面に黄色固着物の析出を生じ、グリース密封性能を低下させてしまう場合がみられる。
【特許文献1】特開2003−314569号公報
【0005】
このように、グリースシールにおいては、シール部材の補強性と、密封性能に必要な粗さを付与することを目的として、タルク等の充填材がニトリルゴム100重量部当り100重量部程度配合されるが、MoDTCが配合されているグリースを密封するためにこのような充填材を使用した場合、リップ表面に黄色固着物の析出を発生し、グリース漏れを生じてしまう場合がみられる。
【0006】
このような黄色固着物の発生は、単調な一方向回転摺動の場合にはみられず、正逆回転および停止がくり返される場合のグリースの場合にのみみられる。また、MoDTCを含ましい系でも発生はみられない。ここで、MoDTCは、一般式
〔(R)2NC(S)S〕2MO2OxSy
で表わされ、具体的には次のような化合物が示される。

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、正逆回転・停止がくり返される産業用ロボット等の回転軸受グリースシールにおいて、ゴム製シールリップ材料としてニトリルゴムを用い、またグリースとして硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン〔MoDTC〕を配合したものを用いた場合に、リップ表面に黄色固着物の析出を発生し、グリース漏れの原因となるという知見に基いて、MoDTCが含まれているグリースとゴム製シールリップ材料としてニトリルゴムとを用いたグリースシールにおいて、シールリップの表面特性を十分に発揮させかつグリース漏れの原因ともなる黄色固着物をリップ表面に析出させないグリースシールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる本発明の目的は、材料硬度(デュロメータA)が60〜80で、摺動表面の粗さが中心線平均粗さRaが0.5〜0.65μm、10点平均粗さRzが1.5〜2.5μmの特性を有するニトリルゴム製シールリップを備え、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを0.5重量%以上含有するグリースを用いたグリース軸受に使用されるグリースシールによって達成される。このグリースシールは、正逆回転および停止がくり返される回転摺動用軸受、例えば産業用ロボットの回転摺動用軸受等として用いられる。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るグリースシールは、例えば産業用ロボットのアームの関節部のモータやギャの部分等に用いられて、正逆回転・停止がくり返される回転軸受グリースシールにおいて、ゴム製シールリップ材料としてニトリルゴムを用い、またグリースとしてMoDTCを配合したものを用いた場合にも、良好な初期シール性と摺動面での黄色固着物の析出抑制効果を示すので、MoDTCを0.5重量%以上含有するグリースを用いたグリースシールに好適に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
ニトリルゴム製シールリップは、材料硬度(デュロメータA)が60〜80、摺動表面の粗さが中心線平均粗さRaが0.5〜0.65μm、10点平均粗さRzが1.5〜2.5μmの特性を有するものが用いられる。硬度がこの範囲を外れると、リップシールの成形性が問題となり、表面粗さはRa、Rzが共にこれ以下の値であると、回転、摺動シールとして必要なシール性が得られず、一方これ以上の値であると、黄色固着物の析出が発生するようになる。
【0011】
ここで、中心線平均粗さRaは、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の方向にX軸、縦倍率の方向にY軸を設け、y=f(x)で表わしたとき、次の式によって求められる値をいう。

また、10点平均粗さRzは、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均値から縦倍率の方向に測定し、最も高い山頂から5番目迄の山頂の標高(Yp)の絶対値の平均値と、最も低い谷底から5番目までの谷底の標高(Yv)の絶対値の平均値を算出し、これらの和をいう。〔JIS B0601-1982参照〕
【0012】
ニトリルゴムとしては、中ニトリル含有(CN:25〜30%)、中高ニトリル含有(CN:31〜35%)および高ニトリル含有(CN:36〜42%)のいずれをも用いることができ、好ましくは中高ニトリル含量のものが用いられ、それの加硫は、一般にイオウまたはイオウ供与性化合物およびスルフェンアミド系、チウラム系化合物等の汎用の加硫促進剤を組合せて用いた加硫系によって行われる。有機過酸化物架橋も可能であり、有機過酸化物としては、例えば第3ブチルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、第3ブチルクミルパーオキサイド、1,1-ジ(第3ブチルパーオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン、2,5-ジメチル-2,5-ジ(第3ブチルパーオキシ)ヘキサン、2,5-ジメチル-2,5-ジ(第3ブチルパーオキシ)ヘキシン-3、1,3-ジ(第3ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼン、2,5-ジメチル-2,5-ジ(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、第3ブチルパーオキシベンゾエート、第3ブチルパーオキシイソプロピルカーボネート、n-ブチル-4,4-ジ(第3ブチルパーオキシ)バレレート等の一般的に用いられているものが用いられる。有機過酸化物架橋の際には、多官能性不飽和化合物、例えばトリアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレート、トリアリルトリメリテート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、N,N′-m-フェニレンビスマレイミド等を併用することが好ましい。
【0013】
このような性状を有するニトリルゴム製シールリップは、ニトリルゴム製シールリップが、ニトリルゴム100重量部当り平均粒子径が10〜20μmのタルク、平均粒子径が1〜10μmのけい酸塩および平均粒子径が10〜50μmのセルロース粉末の少くとも一種よりなる充填材を5〜50重量部、好ましくは20〜40重量部添加したニトリルゴム組成物の加硫成形物として得られる。けい酸塩としては、クレー、タルク等が用いられる。なお、充填材の平均粒子径は、レーザー回折散乱法(マイクロトラック社製HRA)を用いて測定される。充填材の添加割合がこれ以下では、シール性を保つために必要な上記の如きリップ表面粗さを付与することができず、シール性に問題を生ずるようになる。一方、これ以上の割合で充填材を添加すると、リップ表面に黄色固着物が生じ、その後のシール性の低下を招くようになる。また、これら充填材の平均粒子径がこの範囲を外れると、シール性を保つための適当なリップ表面粗さを付与することができなくなる。
【0014】
なお、このニトリルゴム組成物中には、加硫剤等の加硫系に加えて、シールリップの表面特性を阻害しない範囲内で、他の一般的な配合剤、例えば酸化亜鉛、ハイドロタルサイト等の受酸剤、アミン系等の老化防止剤、ステアリン酸等の滑剤などを加えて用いることができ、それの混練はインターミックス、バンバリーミキサ、ニーダ等の密閉式混練機またはオープンロール等を用いて行われ、混練物の加硫はニトリルゴムの一般的な加硫条件、例えば約190〜200℃、約2〜4分間の加熱加硫によって行われる。
【0015】
射出成形法、圧縮成形法等で、例えばオイルシールのシールリップ等として加硫成形されたシールリップは、回転摺動用軸受、例えば産業用ロボットの回転摺動用軸受等の構成要素として好適に用いられる。
【実施例】
【0016】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0017】
実施例1
中高ニトリルゴム(日本ゼオン製品DN212;CN含量31〜35重量%) 100重量部
タルク(浅田製粉製品タルクH;平均粒子径14μm) 30 〃
酸化亜鉛 10 〃
ステアリン酸 1 〃
グリコール系化合物(メチレンビスチオグリコール酸n-ブチル) 5 〃
イオウ 1 〃
スルフェンアミド系化合物(大内新興化学製品ノクセラーCZ) 4 〃
チウラム系化合物(同社製品ノクセラーTT) 4 〃
【0018】
以上の各成分を2軸のオープンロールを用いて混練し、混練物(ニトリルゴム組成物)をプレス成形機を用いて200℃で2分間加硫成形して、ピン状の試験片およびオイルリップシールをそれぞれ成形した。
【0019】
これらの加硫成形物の表面粗さの測定は、接触式粗さ計(東京精密製サーフコム)を用い、ゴム表面に先の細い接触子を滑らせ、その上下を記録することで測定した。測定条件は、測定長さ1.5mm、カットオフ波長(断面曲線からカットオフ波長より長い波長成分を除いた曲線を粗さ曲線とする)0.08mmである。
【0020】
この試験片について、図1に示される装置を用いて摺動試験を行った。ここで、符号1はピン試験片を、2はゴムを、3は炭素鋼リングを、4は油槽、5は荷重を示している。ここで、グリースIとしては、ポリα-オレフィン油(エッソモービル製品SHF 41)94重量%、ステアリン酸リチウム4重量%および固体MoDTC 2重量%よりなる組成を有するものが用いられた。
【0021】
ピン試験片を用いての摺動試験は、停止状態→正回転(6m/秒)2秒−停止1秒−逆回転(6m/秒)2秒→停止1秒→というサイクルパターンで20000回行われた。なお、摺動試験条件は、軸周速6m/秒、摺動距離480km、面圧0.6MPa、温度自然昇温、摺動接触幅3mm、相手材炭素鋼リングである。
【0022】
また、リップシールについて、図2に示されるオイルシール試験機を用いて摺動試験(1)を行った。ここで、符号11はオイルシールであり、12は油槽、13は試験軸、14はモータを示している。グリースとしては、グリースIが用いられた。
【0023】
リップシールを用いての摺動試験は、停止状態→正回転(6m/秒)4秒−停止1秒−逆回転(6m/秒)4秒→停止1秒→というサイクルパターンで10000回行われた。なお、摺動試験条件は、軸周速6m/秒、摺動距離480km、面圧0.6MPa、温度自然昇温、摺動接触幅0.5mm、相手材炭素鋼である。
【0024】
比較例1(a〜c)
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクの配合量が100重量部に変更された(比較例1a)。なお、リップシールによる摺動試験は、比較例1aで行われた前記摺動試験(1)に加えて、一方向連続回転させる摺動試験(2)についても行った(比較例1b)。試験条件は、摺動試験(1)の場合と同様である。また、摺動試験(1)は、前記グリースI以外に、ポリα-オレフィン油96重量%およびステアリン酸リチウム4重量%よりなるグリースIIについても行われた(比較例1c)。
【0025】
比較例2
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクの配合量が70重量部に変更された。
【0026】
比較例3
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクが用いられなかった。
【0027】
以上の実施例および各比較例で得られた結果は、次の表1(硬度、表面粗さ)および表2(摺動試験)に示される。
表1
タルク配合量(部) 硬度A Ra(μm) Rz(μm)
実施例1 30 67 0.63 2.32
比較例1 100 76 0.71 2.64
〃 2 70 69 0.91 3.28
〃 3 0 63 0.21 0.84
表2
ピン試験片 リップシール摺動試験
黄色固形分 グリ 摺動 黄色固着物 試験後の
の析出 ース 試験 の析出 グリース漏れ
実施例1 なし I (1) なし(図3-a) なし
比較例1a あり I (1) あり(図3-b) あり
〃 1b あり I (2) なし なし
〃 1c あり II (1) なし なし
〃 2 あり I (1) あり(図3-c) あり
〃 3 なし I (1) なし あり
【0028】
以上の結果および下記表3の結果から、次のようなことがいえる。
(1) 本発明に係るニトリルゴム加硫成形物(ピン試験片およびリップシール)摺動試験では、リップ表面に黄色固着物が析出することはなく、また試験後のグリース漏れもみられなかった。
(2)表面粗さが大きく、また本発明のニトリルゴム組成物の範疇から外れるサンプルでは、MoDTCの含まれるグリースにおいては、正転逆転・停止摺動試験で黄色固着物の析出が生じ、その上摺動試験を行うことによってシール漏れが生じた。
(3) Ra、Rzの大きいサンプルでは、黄色固着物の析出、およびシール漏れがみられる。
(4) 硬度Aの小さいあるいはRa、Rzの小さいサンプルについては、シール性に問題がみられる。
【0029】
実施例2
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクの代りに10重量部のセルロース粉末(平均粒子径32μm)が用いられた。なお、摺動試験は、ピン試験片についてのみ行われた。
【0030】
比較例4
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクの代りに100重量部の微粉化タルク(平均粒子径0.2μm)が用いられた。なお、摺動試験は、ピン試験片についてのみ行われた。
【0031】
比較例5
実施例1のニトリルゴム組成物において、タルクの代りに100重量部の炭酸マグネシウム(平均粒子径12μm)が用いられた。なお、摺動試験は、ピン試験片についてのみ行われた。
【0032】
得られた結果は、次の表3に示される。
表3
摺動試験
硬度A Ra(μm) Rz(μm) 黄色固着物の析出
実施例2 75 0.55 2.01 なし
比較例4 84 0.15 0.59 なし
〃 5 85 0.45 3.14 あり
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ピン試験片についての摺動試験の概要図である。
【図2】リップシールについての摺動試験の概要図である。
【図3】実施例1(a)、比較例1a(b)および比較例2(c)における摺動試験後のシールリップ部の断面を示す顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料硬度(デュロメータA)が60〜80で、摺動表面の粗さが中心線平均粗さRaが0.5〜0.65μm、10点平均粗さRzが1.5〜2.5μmの特性を有するニトリルゴム製シールリップを備え、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを0.5重量%以上含有するグリースを用いたグリース軸受に使用されるグリースシール。
【請求項2】
ニトリルゴム製シールリップが、ニトリルゴム100重量部当り平均粒子径が10〜20μmのタルク、平均粒子径が1〜10μmのけい酸塩および平均粒子径が10〜50μmのセルロース粉末の少くとも一種よりなる充填材を5〜50重量部添加したニトリルゴム組成物の加硫成形物である請求項1記載のグリースシール。
【請求項3】
正逆回転および停止がくり返される回転摺動用軸受に用いられる請求項1または2記載のグリースシール。
【請求項4】
産業用ロボットの回転摺動用軸受に用いられる請求項3記載のグリースシール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−292083(P2006−292083A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−114098(P2005−114098)
【出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】