説明

グレーティング結合器

【課題】シリコン導波路を伝搬する光を偏波に無依存でかつ高い結合効率で受光素子に結合することが可能な、小型のグレーティング結合器を提供する。
【解決手段】グレーティング結合器は、シリコンオンインシュレータ(SOI)構造のシリコン層(12)に形成した導波路(13)と、前記導波路(13)の上面に形成したグレーティング(15)と、前記グレーティング(15)を被覆する透明誘電体被膜(16)と、前記透明誘電体被膜を介して前記グレーティング上に設置された面受光型の受光素子(2)と、を備え、前記グレーティング(15)を、溝周期が(0.400±0.020)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)、溝深さが(0.097±0.032)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)である複数の周期的な溝で構成したことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導波路を伝搬する光を効率よく受光素子に結合するためのグレーティング結合器に関し、特に、導波路を伝搬する光の偏波方向に無依存で高い結合効率を達成することが可能なグレーティング結合器に関する。
【背景技術】
【0002】
SOI(Silicon On Insulator)ウェーハのシリコン層に光導波路を形成して、シリコンデバイス間を光配線で接続したり、超小型な光集積回路を形成するシリコンフォトニクスが注目を集めている。ここで、シリコン導波路を伝搬する光信号を受光し、電気信号に変換することを考える。この場合、通常の面型受光素子(フォトダイオード)を用いて受光するためには、シリコン導波路の上面に受光素子を配置することになる。これは、シリコン導波路端面に受光素子を配置する方法では、受光素子を固定することが困難なためである。
【0003】
シリコン導波路上面に受光素子を設置する場合、シリコン導波路中を伝搬する光を効率よく導波路から受光素子へ放射させる必要がある。放射効率は、理想的には100%であることが望ましい。さらに、光ファイバを経由して伝送される光信号はその偏波が定まらないため、これをシリコン導波路で形成した分波素子などで処理した後に、受光素子で光−電気変換することを考えると、シリコン導波路から受光素子に放射する機構も、偏波に依存しない特性が要求される。すなわち、シリコン導波路と受光素子の結合器として、何れの偏波に対しても高い放射効率をもつ放射器が必要となる。ところが、このような放射器は未だ実現されておらず、従って、高い結合効率を有するシリコン導波路と受光素子の結合器も実現されていない。
【0004】
一方、光ファイバを伝搬する光をシリコン導波路に結合するための結合器として、グレーティング型の結合器が、ベルギーのゲント大学においてテイラート等(D.Taillaert,et al)により提案されている(非特許文献1、2参照)。この結合器は、シリコン導波路上にグレーティング(回折格子)を形成し、シリコン導波路からグレーティングを介して光を外部に放射し、放射された光を光ファイバへ結合する(逆の過程も同様)構成をとる。
【0005】
しかしながら、光ファイバを伝搬する光にはTE偏波とTM偏波が混在しており、テイラート等では、一つのグレーティングで同一のシリコン導波路にこれらの偏波を共に高い効率で結合させることは達成されていない。シリコン導波路と光ファイバを結合させる場合、偏波に固有のある特定の放射角度で光ファイバからシリコン導波路へ(あるいはシリコン導波路から光ファイバへ)光を放射させる必要があるが、これが実現できないからである。
【0006】
すなわち、TE偏波とTM偏波とでは、一個のグレーティングからの放射効率が同じであっても放射角度が異なるため、光ファイバあるいはシリコン導波路への結合効率は、偏波によって大きく異なる結果となる。従って、テイラート等では、ファイバを伝搬する互いに直交したTE偏波とTM偏波を、導波路に形成した互いに直交する2個のグレーティングで別々に受光して導波路に導く方法をとっている。言い換えると、テイラート等では、一個のグレーティングで光ファイバとシリコン導波路を高効率で結合できる可能性を否定している。
【0007】
シリコン導波路と受光素子とを結合する結合器において、テイラート等が提案したグレーティングを利用することを考えると、TE偏波、TM偏波共に高い効率で結合するために2個のグレーティングが必要となる。しかしながら、光電変換のために2個のグレーティングを設けることは、シリコン導波路と受光素子の結合器自体を大型化し、光集積回路の小型化、低価格化を阻害する大きな要因となる。従って、一個のグレーティングでTE偏波、TM偏波ともに高い結合効率を達成することが可能な、光電変換用のグレーティング結合器が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】D. Taillaert, et al.,“An out−of−plane grating coupler for efficient butt−coupling between compact planar waveguides and single−mode fibers,”IEEE J.Quantum Electronics,vol.38,pp.949−955,2002
【非特許文献2】D. Taillaert, et al.,“Grating couplers for coupling between optical fibers and nanophotonic waveguides,”Japanese J.Applied Physics,col.45,pp.6071−6077,2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は係る点に関して為されたもので、シリコン導波路を伝搬する光を偏波に無依存でかつ高い結合効率で受光素子に結合することが可能な、小型で安価に実現可能なグレーティング結合器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
通常の面受光型の受光素子、例えばフォトダイオードは、有効受光面が約30μmφ程度の開口を有しており、この開口面積は光ファイバに比べてかなり大きい。従って、このようなフォトダイオードを導波路の上面に形成したグレーティング上に配置すれば、偏波のTEモードとTMモードで放射角度が異なっていても、問題なく両者を受光することができる。そのため、一個のグレーティングでTEモード、TMモードの両者に対して高い放射効率を実現することができれば、全体として高い効率でシリコン導波路と受光素子とを結合するグレーティング結合器を実現することができる。
【0011】
従って、本発明のグレーティング結合器は、シリコンオンインシュレータ(SOI)構造のシリコン層に形成した導波路と、前記導波路の上面に形成したグレーティングと、前記グレーティングを被覆する透明誘電体被膜と、前記透明誘電体被膜を介して前記グレーティング上に設置された面受光型の受光素子と、を備え、前記グレーティングを、溝周期が(0.400±0.020)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)、溝深さが(0.097±0.032)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)である複数の周期的な溝で構成したことを特徴とする。
【0012】
また、上記グレーティング結合器において、前記導波路の断面が、一辺が0.3μmの正方形形状を有するようにしても良い。また、前記導波路を伝搬する光の中心波長が1.55μmの場合、上記グレーティングは、溝周期が0.62±0.03μm、溝深さが0.15±0.05μmである複数の周期的な溝で構成してもよい。
【0013】
また、前記グレーティング結合器において、前記透明誘電体被膜を、屈折率が1.70以上の透明誘電体材料で構成しても良い。さらに、この透明誘電体材料を、SiONx、SiN、五酸化タンタルまたは鉛フリントガラスのいずれかとしても良い。またさらに、前記受光素子がほぼ30μmφの有効受光面を有するようにしても良い。また、前記グレーティングを、前記導波路の放射側終端部を拡大し、該拡大部に形成するようにしても良い。
【発明の効果】
【0014】
本発明のグレーティング結合器によれば、シリコン導波路上に形成した一個のグレーティングにより、高い結合効率でシリコン導波路上を伝搬する光信号を受光素子に結合することが可能となる。また、光−電気変換に用いる受光素子として入手が容易な汎用デバイスである面受光素子を用いることができるので、低価格で超小型の光集積回路を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係るグレーティング結合器の概略構造を示す、分解斜視図である。
【図2】図1に示すグレーティング結合器の概略構造を示す断面図である。
【図3】グレーティングによる放射効率の解析モデルを示す図である。
【図4】上部クラッド層に屈折率が1.44のSiOを用いた場合の、TEモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図5】上部クラッド層に屈折率が1.44のSiOを用いた場合の、TMモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図6】上部クラッド層に屈折率が1.70のSiONxを用いた場合の、TEモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図7】上部クラッド層に屈折率が1.70のSiONxを用いた場合の、TMモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図8】上部クラッド層に屈折率が2.00のSiNを用いた場合の、TEモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図9】上部クラッド層に屈折率が2.00のSiONxを用いた場合の、TMモードに対する放射効率特性を示す図である。
【図10】シリコン導波路のグレーティング領域に入射した光の放射パターンを示す図であって、TEモードの横方向電界分布を示す図である。
【図11】シリコン導波路のグレーティング領域に入射した光の放射パターンを示す図であって、TMモードの横方向磁界分布を示す図である。
【図12】上部クラッド層の厚さに対する放射効率依存性を示す図である。
【図13】TEモードとTMモードの放射効率波長依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
シリコン導波路を伝搬する光信号を受光し電気信号に変換する場合、通常の面型受光素子(フォトダイオード)を用いて受光するためには、シリコン導波路の上面に受光素子を配置することになる。これは、1.55μm波長帯で用いるシリコン導波路の断面が、通常、0.2μm×0.4μm〜0.2μm×0.6μmの扁平な矩形形状や、0.3μm×0.3μmの正方形形状であり、非常に小さいので、この端面上に受光素子を固定することが困難なためである。なお、シリコン導波路によって形成される光部品が光の偏波に依存しない特性をもつ必要がある場合には、通常、断面の1辺が0.3μmの正方形状の導波路が用いられる。
【0017】
シリコン導波路を伝搬する光を導波路上面から受光素子に結合する場合、面型受光素子の有効受光面が例えば30μmφと比較的大きいため、TE偏波とTM偏波で導波路からの放射角度が異なっていても、面受光素子の受光面に充分、光を到達させることが可能となる。本発明者等はこの点に着目し、シリコン導波路と面型受光素子との結合であれば、一つのグレーティングでTE偏波およびTM偏波を共に受光することが可能なグレーティング結合器を実現可能であることを見出した。
【0018】
ここで、実際のグレーティング結合器を設計する場合に、以下の点を考慮する必要がある。1)導波路を伝搬するTEモードとTMモードに対して、何れも高い放射効率で受光素子に光を結合できること、2)面型受光素子を簡易な方法でシリコン導波路上に固定できること、3)受光素子の有効受光面はおおむね30μmφ程度の開口をもつこと、である。なお、有効受光面が大き過ぎると高速応答性が得られず、小さすぎると、受光素子をシリコン導波路に対して固定する際に、高い位置合わせ精度が要求される。
【0019】
図1は、上記要求を満足する、本発明の一実施形態に係るグレーティング結合器の構造を模式的に示す図であり、シリコン基板上に形成した放射器1と面受光型フォトダイオード2とを分解して示す図である。図2は、図1に示すグレーティング結合器の特にシリコン導波路部分の断面構造を示す図である。図2に示すように、本実施形態のグレーティング結合器(以下、結合器)は、受光素子としての面受光型フォトダイオード2を放射器1に結合させることによって構成されている。
【0020】
図1、2において、10はシリコン基板、11は埋め込み酸化シリコン(SiO)層、12は埋め込み酸化シリコン層11上に形成されたシリコン層であり、シリコン導波路13はこの層12の一部14を溝状にエッチング除去して形成される。シリコン導波路13は、通常、断面が幅0.3μm、厚さ0.3μmの正方形形状を有しており、図2に示すように、幅5μm以上の溝14を介して周囲のシリコン層12と分離されている。シリコン導波路13がフォトダイオード2の受光面と対向する部分の、シリコン導波路端部を拡大することによって、シリコン導波路13の放射面積とフォトダイオード2の受光面積をマッチングさせている。
【0021】
シリコン導波路13の上記拡大部には、放射器を構成するためのグレーティング15が設けられる。グレーティング15は、一定の間隔(周期)および深さを有する周期的な溝で構成される回折格子であり、シリコン導波路13を伝搬する光を外部に放射するための放射器として動作する。
【0022】
グレーティング15を含めたシリコン導波路13全体は、酸化シリコン、酸化窒化シリコン、窒化シリコン、五酸化タンタル等を材料とする透明誘電体被膜で形成された上部クラッド層16で被覆されている。この上部クラッド層16は、酸化シリコン、酸化窒化シリコン、窒化シリコン等の材料をシリコン層12上に、スパッタリング、CVD法、プラズマCVD法等によって堆積させて形成される。上部クラッド層16の厚さは2μm程度、屈折率は1.44〜2.00以上である。透明誘電体被膜の屈折率は、材料元素の比率、例えば酸素、珪素、窒素の割合を変えることによって、変化させることができる。屈折率が2.00以上の透明誘電体被膜は、窒化シリコン、五酸化タンタル等によって形成可能である。また、重フリントガラスを用いれば、屈折率が1.6〜1.8程度の透明誘電体被膜を得ることができる。
【0023】
例えば放射効率が70%以上のグレーティング結合器を得るためには、クラッド層16として屈折率が1.70以上の材料を用いることが好ましい。
【0024】
導波路13を伝搬し拡大部に達した光は、グレーティング15を介して導波路外部に放射される。この放射は、拡大部上に固定された面受光型フォトダイオード2によって受光され、電気信号として外部に出力される。面受光型フォトダイオード2において、21は半導体PN接合で形成された受光面、22、23は正負の電極を示す。電極22、23は、面受光型フォトダイオード2を放射器1上に固定した場合に、放射器1上に形成された電極パッド17、18と電気的に接触し、電極パッド17、18を介して光電変換された電気信号を外部に出力する。
【0025】
なお、放射器1上の電極パッド17、18は上部クラッド層16上に形成されるが、図1では上部クラッド層16を省略して示している。図1に示すような電極構造によれば、放射器1に形成した電極パッドと受光素子に備えられている電極を、フリップチップボンディング法によって位置合わせし固定できるため、実装方法が簡単となり、機器の低価格化を促進する。
【0026】
本発明者等は、結合器1に形成されたグレーティング15において、グレーティングを構成する溝の周期と深さ、及びグレーティングを覆う媒質、すなわち上部クラッド層16の物性値、特に屈折率、を適切に設定することによって、シリコン導波路13を伝搬する互いに直交する二つの偏波(TEモード、TMモード)を効率よく外部へ放射することが可能なグレーティングを得ることができるのではないかと考え、以下のような、シリコン導波路グレーティングの放射効率シミュレーションをおこなった。
【0027】
図3は、放射効率のシミュレーションを行ったグレーティングモデルの断面構造を示す。図3において、図1および2と同一の符号は、同一又は類似の構成要素を示す。シミュレーションに使用したグレーティング結合器では、シリコン基板は1μm、酸化シリコン層11は3μm、シリコン導波路13は0.3μm、上部クラッド層16は2μmの厚さを有している。グレーティング15は伝搬方向に20μmの長さにわたって形成されている。ここで、グレーティング15を形成する溝の周期、溝の深さHfgは一定であると仮定する。また、グレーティング全体を覆う媒質(上部クラッド層16)の屈折率nも変化させて放射効率をシミュレーションした。なお、光はシリコン導波路13に図の右側から入射し、横方向に伝搬する。
【0028】
図4〜図9に、図3の構造のグレーティングモデルに対して行った放射効率のシミュレーション結果を示す。
【0029】
図4〜図9のグラフにおいて、縦軸は放射効率(入射光強度に対する受光面方向での受光量の割合)を%で示し、横軸はグレーティングの溝の周期をμm単位で示す。パラメータとして溝の深さHfg(μm単位)を変化させている。シミュレーションに用いた入射光の波長は、1.55μmである。図4および5は、上部クラッド層16を屈折率が1.44のSiOで形成したグレーティングモデルにおける放射効率の特性を示し、図6および7は、上部クラッド層16を屈折率が1.70のSiONxで形成したグレーティングモデルにおける放射効率の特性を示し、図8および9は、上部クラッド層16を屈折率が2.00のSiNで形成したグレーティングモデルにおける放射効率特性を示している。さらに、図4、6および8はTEモードの偏光、図5、7および9はTMモードの偏光に対する放射効率の特性を示す。
【0030】
上部クラッド層16の屈折率が1.44の場合の放射効率特性を示す図4および5を参照すると、TEモードにおいてグレーティングの溝の深さHfgを0.20μm(曲線D)とし、グレーティングの周期を0.46μm程度とした場合に、比較的高い放射効率(約70%)を得られることがわかる。ところが、TMモードの場合、同じ溝の深さで同じグレーティング周期、すなわちグレーティングの構造が同じであっても、その放射効率は約20%程度に低下するので、全体としての放射効率は70%より低下する。溝の深さを変化させても、総じて低い放射効率しか得られない。
【0031】
一方、図6および図7に示すように、上部クラッド層16の屈折率を1.70とした場合、TEモードともTMモードとも、溝の深さHfgが0.10μm〜0.20μm程度でかつ溝の周期が0.62μm前後の場合に、比較的高い放射効率(〜80%程度)を得ることができる(曲線B、C、D参照)。特に、溝の深さHfgが0.15μmの場合の放射効率の特性を示す曲線Cを参照すると、溝の周期を0.62μmとした場合に、TEモードでの放射効率が82%、TMモードでの放射効率が76%と成る。従って、上部クラッド層16の屈折率を1.70とし、さらに、溝の深さHfgが0.15μm、溝の周期が0.62μmのグレーティングを構成した場合に、TE偏波、TM偏波ともに高い結合効率を有するグレーティング結合器を構成可能であることが理解される。
【0032】
なお、曲線Cの場合、TEモードともTMモードとも、周期0.62μmを中心としてその前後±0.03μmの範囲で比較的高い放射効率(効率70%以上)を保っている。従って、放射効率70%以上を実用可能なグレーティング結合器の許容範囲とすれば、グレーティングの溝周期の許容範囲を、溝深さHfg=0.15μmに対して、0.62±0.03μmとすることができる。
【0033】
また、溝深さHfgが0.20μmの場合(曲線D)、0.10μmの場合(曲線B)も、周期が0.62μmの前後で高い放射効率を提示していることがわかる。これらを考慮すると、放射効率70%以上を達成することが可能なグレーティングの構造として、溝周期=0.62±0.03μm、溝の深さHfg=0.15±0.05を特定することができる。
【0034】
この傾向、すなわち、溝周期=0.62±0.03μm、溝の深さHfg=0.15±0.05μmのグレーティングが、TE偏波およびTM偏波の両者に対して高い放射効率を示すという傾向は、上部クラッド層16の屈折率が2.00であるグレーティングモデルの場合も同じである。すなわち、図8および9に示すように、TEモード、TMモードともに、溝深さHfg=0.15μmの場合、溝周期が0.62μm前後で高い放射効率を示している。
【0035】
一方、上部クラッド層16の屈折率が1.44であって相対的に低い放射効率をもたらすグレーティングモデルの場合を再考すると、図4および5に示すように、溝深さHfg=0.15μmの場合(曲線C参照)、溝周期が0.62μmの前後で、TEモード、TMモードともに比較的高い放射効率を示すことがわかる。
【0036】
以上の結果から、本発明者等は、TEモード、TMモードの両方に対して高い放射効率を与えるものとして、溝周期=0.62μm、溝深さHfg=0.15μmのグレーティング構造を特定した。また、この構造のグレーティングにおいてさらに放射効率を向上させるためには、グレーティングを被覆する上部クラッド層の屈折率を1.70以上とすることが望ましいことも見出した。放射効率70%以上をグレーティング結合器の望ましい放射効率とする場合に、上記のグレーティング構造は、溝周期=0.62±0.03μm、溝深さHfg=0.15±0.05μmまで拡張可能である。
【0037】
グレーティング構造に関する上記の議論は、シリコン導波路を伝搬する光の中心波長を1.55μmとして為されている。上記非特許文献2に記載されているように、グレーティングの周期は伝搬光の波長に比例し、有効屈折率に反比例する。波長が異なるとシリコンの屈折率が変化するため、上記グレーティング構造を単純に波長で規格化することはできないが、波長1.55μmの光に対してシリコンの屈折率は3.45であり、波長1.27μmの光に対しては3.51に変化し、この間の変化率は1.7%である。一方、波長1.55μmの伝搬光に対するグレーティング周期の許容幅±0.03μmは、中心値0.62μmに対して4.8%となり、屈折率の変化率に比べて大きい。従って、波長1.55μmの伝搬光に対する上記グレーティング構造を波長で規格化することが可能である。
【0038】
本発明では、従って、伝搬光の中心波長が1.55μmの上記グレーティング構造を、以下のように、波長に基づいて規格化する。
グレーティング周期=(0.40±0.020)×(伝搬光の中心波長)
グレーティング深さ=(0.097±0.032)×(伝搬光の中心波長)
【0039】
なお、上記数値(0.40±0.020)および(0.097±0.032)は、波長1.55μmの伝搬光に対する溝周期の数値(0.62±0.030)、溝深さの数値(0.15±0.050)をそれぞれ、1.55で割ることによって求めている。
【0040】
また、上記グレーティング構造に対するシリコン導波路の構造は、両偏波に対して高い結合効率を実現する上で、断面が0.3μm×0.3μmの正方形形状を持つものが好ましい。
【0041】
以下に、図10〜13を参照して、溝周期が0.62μm、溝深さが0.15μmのグレーティングを有し、上部クラッド層の屈折率を1.70としたグレーティングモデルについて得られた幾つかの特性を示す。図10および11に、このグレーティングモデルにおいて、シリコン導波路のグレーティング領域に入射した光が上面に放射される様子(放射パターン)を示す。図10はTEモードの横方向電界分布、図11はTMモードの横方向磁界分布である。右側のシリコン導波路から入射してきた光電磁界が、グレーティングの上部に多く放射され、放射効率を向上させていることがわかる。(伝搬光の一部は、下部のSiO層に放射されている。)
【0042】
上面の放射方向は、導波路に立てた法線方向からやや右側の斜め方向であり、放射角度はTEモードとTMモードで僅かに異なる。面型受光素子に対して放射させる場合、グレーティング面と受光素子の間隔が数〜10μm程度であれば、この放射角度の差異は問題にならず、受光径30μmφの標準的な受光素子を用いることで、両モードともに放射光を全て受光することができる。
【0043】
図12に、溝周期を0.62μm、溝深さを0.15μmとして、グレーティングを覆う上部クラッド層(屈折率1.70)の厚さを変化させた場合の、放射効率の層厚依存性を示す。この図より、上部クラッド層の厚さによって放射効率が周期的に変化する様子がわかる。この周期的変化は、上部クラッド層内部での多重反射による影響である。従って、上部クラッド層16の厚さは、この多重反射の影響を考慮して最適な値を決定すれば良い。
【0044】
また、図13に、溝周期を0.62μm、溝深さHfgを0.15μm、上部クラッド層(屈折率1.70)の厚さを2μmとした場合のグレーティングモデルについて、TEモードとTMモードの放射効率の波長依存性を示す。TMモードの放射効率はTEモードより大きな波長依存性を持つが、ファイバ通信で用いられるCバンド帯(波長1530〜1565nm)において、75%以上の放射効率が実現可能である。
【符号の説明】
【0045】
1 放射器
2 面型受光素子
10 シリコン基板
11 埋め込み酸化シリコン層
12 シリコン層
13 導波路
14 溝
15 グレーティング
16 上部クラッド層
17、18 電極パッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンオンインシュレータ(SOI)構造のシリコン層に形成した導波路と、
前記導波路の上面に形成したグレーティングと、
前記グレーティングを被覆する透明誘電体被膜と、
前記透明誘電体被膜を介して前記グレーティング上に設置された面受光型の受光素子と、を備え、
前記グレーティングを、溝周期が(0.400±0.020)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)、溝深さが(0.097±0.032)×(前記導波路を伝搬する光の中心波長)である複数の周期的な溝で構成したことを特徴とする、グレーティング結合器。
【請求項2】
請求項1に記載のグレーティング結合器であって、前記導波路の断面は一辺が0.3μmの正方形形状を有していることを特徴とする、グレーティング結合器。
【請求項3】
請求項1または2に記載のグレーティング結合器であって、前記透明誘電体被膜は、屈折率が1.70以上の透明誘電体材料で構成されていることを特徴とする、グレーティング結合器。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載のグレーティング結合器であって、前記中心波長が1.55μmである場合、前記溝周期が0.62±0.03μm、溝深さが0.15±0.05μmであることを特徴とする、グレーティング結合器。
【請求項5】
請求項2に記載のグレーティング結合器であって、前記透明誘電体材料は、SiONx、SiN、五酸化タンタル、重フリントガラスのいずれかである、グレーティング結合器。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載のグレーティング結合器であって、前記受光素子は30μmφの有効受光面を有することを特徴とする、グレーティング結合器。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れか1項に記載のグレーティング結合器であって、前記グレーティングは、前記導波路の光放射側端部を拡大し、該拡大部に形成したことを特徴とする、グレーティング結合器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2011−43699(P2011−43699A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192196(P2009−192196)
【出願日】平成21年8月21日(2009.8.21)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】