シール材およびその製造方法
【課題】 種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることが可能なシール材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 三次元プラズマイオン注入成膜法を用いて、ゴムにより形成されるパッキン本体1の表面をダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆する。ダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、フッ素含有水素化アモルファス炭素、水素化アモルファス炭素を含む。三次元プラズマイオン注入成膜法は、炭化水素ガスおよびフッ素ガスのプラズマ中でのイオン注入によりパッキン本体1の表面にイオン注入層を形成する工程と、炭化水素ガスおよびフッ素ガスのプラズマ中でのイオン成膜によりイオン注入層上にダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含む。
【解決手段】 三次元プラズマイオン注入成膜法を用いて、ゴムにより形成されるパッキン本体1の表面をダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆する。ダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、フッ素含有水素化アモルファス炭素、水素化アモルファス炭素を含む。三次元プラズマイオン注入成膜法は、炭化水素ガスおよびフッ素ガスのプラズマ中でのイオン注入によりパッキン本体1の表面にイオン注入層を形成する工程と、炭化水素ガスおよびフッ素ガスのプラズマ中でのイオン成膜によりイオン注入層上にダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気体を気密にシールするためのシール材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、火力発電等の燃料としてLPG(液化石油ガス)が用いられている。このようなLPGを気密にシールするために各種装置、配管等にNBR(ニトリルゴム)からなるパッキンが用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
NBRの特徴は、主として耐油性および耐熱性に優れている点である。これにより、LPGを確実にシールすることができる。
【特許文献1】特開2002−089713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、次世代のクリーンエネルギーとしてDME(ジメチルエーテル)が注目されている。DMEは、天然ガス等から合成ガスを経て製造され、LPGに類似した物性を有する液化ガスである。
【0005】
DMEは、硫黄分を含まず、含酸素燃料であることから煤の発生もなく環境性に優れ、クリーンな新しい分散型燃料として期待されている。近年の合成技術の進歩に伴い、製造コストが低減してきたことにより、燃料としての供給が可能になりつつある。
【0006】
しかしながら、燃料供給時の問題として、従来のパッキンはDMEの雰囲気で膨潤するため、長期間に渡って十分なガスバリア性を保つことが困難である。
【0007】
それゆえ、DME等の種々のガスに対して長期間に渡って十分なガスバリア性を保つことが可能なシール材が望まれている。
【0008】
本発明の目的は、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることが可能なシール材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明に係るシール材は、気体の通過を阻止するために用いられるシール材であって、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が水素およびフッ素を含有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されたものである。
【0010】
本発明に係るシール材においては、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0011】
また、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が低くなるため(内部応力が緩和され)密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0012】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が低くなるため(内部応力が緩和され)密着性がより向上する。
【0013】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることが好ましい。それにより、シール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って十分かつ確実にシールすることが可能となる。
【0014】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であるとともに第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、2GPa以上16GPa以下の硬度を有することが好ましい。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制または防止することが可能となる。
【0015】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、水素化アモルファス炭素を含むことが好ましい。水素化アモルファス炭素は軟質であるため、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が柔軟性を有する。それにより、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上する。
【0016】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、アモルファス炭素をさらに含んでもよい。アモルファス炭素は比較的軟質であるため、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜に柔軟性が付与される。それにより、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上する。
【0017】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、有機高分子をさらに含んでもよい。有機高分子は柔軟性を有するため、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上する。
【0018】
シール材本体の表面にイオン注入によりイオン注入層が形成され、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はイオン注入層上に形成されてもよい。
【0019】
この場合、イオン注入層は、シール材本体の組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボンの組成へ移行する傾斜組成、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの中間組成またはシール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの混合組成を有する。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜がイオン注入層を介してシール材に強固に密着する。
【0020】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は三次元プラズマイオン注入成膜方法により形成されてもよい。それにより、高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性およびシール材に対する高密着性を有する所定の膜厚の第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が形成される。
【0021】
ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであってもよい。この場合、長期に渡って種々の気体を確実にシールすることができる。
【0022】
気体はジメチルエーテルを含んでもよい。この場合にも、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い硬度、耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材が膨潤することなくジメチルエーテルを長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0023】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜上に水素を含有する第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が積層されてもよい。それにより、第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜より高硬度でかつ耐食性に優れているので、基材であるゴムの膨潤を抑制することができる。
【0024】
交互に複数の第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜と複数の第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜とを積層してもよい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生を抑制することができる。
【0025】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であり、第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が緩和され、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することをより抑制することができる。
【0026】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることが好ましい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生をより抑制することができる。
【0027】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、フッ素の含有率を段階的に減少させた傾斜組成を含んでもよい。それにより、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜との間に明瞭な境界がなく、シール材本体のゴムの高分子組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の組成へ徐々に移行する。これにより、シール材本体の表面に第1のダイヤモンド・ライク・カーボンナ薄膜が強固に密着する。
【0028】
第2の発明に係るシール材の製造方法は、気体の通過を阻止するために用いられるシール材の製造方法であって、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中で、三次元プラズマイオン注入成膜法によってゴムにより形成されるシール材本体の表面を第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆するものである。
【0029】
本発明に係るシール材の製造方法によれば、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い硬度、耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0030】
また、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0031】
三次元プラズマイオン注入成膜法は、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン注入によりシール材本体の表面にイオン注入層を形成する工程と、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン成膜によりイオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含んでもよい。
【0032】
この場合、イオン注入層は、シール材本体の組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボンの組成へ移行する傾斜組成、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの中間組成またはシール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの混合組成を有する。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜がイオン注入層を介してシール材に強固に密着する。
【0033】
イオン注入層を形成する工程は、シール材本体に高周波電力を印加するとともにシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、シール材本体に高周波電力を印加するとともにシール材本体に第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含んでもよい。
【0034】
まず、シール材本体に高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、正のイオンがシール材本体にイオン注入される。それにより、シール材本体の表面にイオン注入層が形成される。
【0035】
次に、シール材本体に高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、シール材本体に第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、正のイオンがイオン注入層上に堆積する。それにより、イオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が堆積される。
【0036】
イオン注入層を形成する工程は、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともにパルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともにパルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含んでもよい。
【0037】
まず、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、シール材本体の表面の電荷が放電されつつ正のイオンがシール材本体に効率的にイオン注入される。それにより、シール材本体の表面にイオン注入層が形成される。
【0038】
次に、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、シール材本体の表面の電荷が放電されつつ正のイオンがイオン注入層上に効率的に堆積する。それにより、イオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が堆積される。
【0039】
ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであってもよい。この場合、長期に渡って種々の気体を確実にシールすることができる。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。また、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、本実施の形態に係るシール材としてのパッキンおよびその製造方法について図面を参照しながら説明する。
【0042】
本実施の形態に係るパッキンは、ゴムからなるパッキン本体の表面に水素およびフッ素を含有するダイヤモンド・ライク・カーボン(以下、DLCと呼ぶ)薄膜が被覆されたものである。このパッキンは、主としてDME(ジメチルエーテル)をシールするために用いられる。
【0043】
図1は本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造に用いる三次元イオン注入方式によるプラズマイオン注入成膜装置の模式的縦断面図である。
【0044】
図1のプラズマイオン注入成膜装置は、三次元被処理物を所望の材料で被覆するために用いられる。本実施の形態では、被処理物としてNBR(ニトリルゴム)により形成されたパッキン本体1を用いる場合を説明する。
【0045】
このプラズマイオン注入成膜装置は、チャンバ2を備える。チャンバ2には、このチャンバ2内を排気する真空排気系3が設けられている。また、チャンバ2内にガスを導入するガス導入系4が接続されている。本実施の形態では、ガス導入系4により、チャンバ2内にメタン(CH4 )および四フッ化炭素(CF4 )を導入する。
【0046】
本実施の形態では、チャンバ2内にはパッキン本体1が配置されている。このパッキン本体1は金属等の導体5に接続されている。導体5は、高絶縁フィードスルー6を通してチャンバ2の外部に引き出され、重畳装置7に接続されている。重畳装置7には、RF高周波電源8および高電圧パルス電源9が接続されている。高電圧パルス電源9の電圧値は例えば10kVであり、パルス幅は例えば2μsである。また、チャンバ2内にアーク方式の金属プラズマ源10が接続されている。
【0047】
RF高周波電源8は、チャンバ2内でのプラズマの生成のためにRF電力を発生する。本実施の形態では、RF高周波電源8はパルス状のRF電力を発生する。RF電力の出力周波数は13.56MHzであり、出力電力は例えば0.5kW〜1.5kWで可変であり、パルス幅は例えば20μsで可変である。
【0048】
高電圧パルス電源9は、イオン注入および成膜のために負の高電圧パルスを発生する。高電圧パルスの電圧値は0〜−50kVで可変であり 、パルス幅は2μsで可変である。
【0049】
重畳装置7は、RF高周波電源8により発生されたRF電力および高電圧パルス電源9により発生された高電圧パルスを交互に遅延したタイミングまたは重複するタイミングで導体5に印加する。それにより、被処理物として絶縁性のシール材本体2を用いた場合でも、後述するようにパッキン本体2の表面を被覆することができる。
【0050】
次に、図1のプラズマイオン注入成膜装置を用いてパッキン本体1の表面をDLC薄膜で被覆する原理を図2を参照しながら説明する。図2は高電圧パルスを印加した場合のパッキン本体1付近のプラズマシースの変化を示す図である。
【0051】
チャンバ2内に導入されるガスとしては、炭化水素ガスが用いられる。ここでは、ガス導入系4から導入されるガスとしてメタンおよび四フッ化炭素を用いる場合を説明する。
【0052】
まず、チャンバ2内にパッキン本体1を導体5に接続した状態で配置し、真空排気系3によってチャンバ2内を排気した後、ガス導入系4によりチャンバ2内にメタンおよび四フッ化炭素を導入し、チャンバ2内を所定のガス圧にする。この状態で、RF高周波電源8から重畳装置7および導体5を通してパルス状のRF電力をパッキン本体1に印加する。それにより、パッキン本体1の周囲に正のイオンおよび電子を含む一様なプラズマがパッキン本体1の形状に沿って発生する。
【0053】
その後、高電圧パルス電源9から重畳装置7および導体5を通して負の高電圧パルスをパッキン本体1に印加する。それにより、プラズマ中の正のイオンがパッキン本体1に誘引される。
【0054】
パッキン本体1に高電圧パルスを印加しない場合は、図2(a)に示すように、プラズマは一様な状態になっている。パッキン本体1に高電圧パルスを印加すると、図2(b)に示すように、プラズマ中の電子はパッキン本体1付近から遠ざかり、正のイオンは質量が大きいのでほとんど動かない。それにより、パッキン本体1周囲には、正のイオンのみが残り、プラズマシースが形成される。
【0055】
また、図2(c)に示すように、高電圧パルスの印加開始から数μs程度経過して、電界が強くなると、正のイオンはプラズマシースのシース電圧によりパッキン本体1の表面の方向に加速される。正のイオンがパッキン本体1に衝突すると、パッキン本体1付近の電荷のバランスが崩れるので、図2(d)に示すように、さらに電子はイオンと逆方向に加速され、プラズマシースの厚みは増加する。このようにして、パッキン本体1にイオンが注入されるとともに、パッキン本体1の表面に膜が形成される。
【0056】
本実施の形態では、チャンバ2内にガスとしてメタンおよび四フッ化炭素を導入するので、プラズマ中には、炭化水素の正イオン、水素の正イオン、炭素の正イオンおよびフッ素の正イオンが含まれる。それにより、パッキン本体1の表面にDLC薄膜が形成される。DLC薄膜の詳細については後述する。
【0057】
このプラズマイオン注入成膜装置によれば、被処理物であるパッキン本体1をプラズマ生成用アンテナとして用いることにより、パッキン本体1の形状に沿ったプラズマを生成することができる。その結果、必然的にパッキン本体1の周囲におけるプラズマの密度が高くなり、イオンの誘引注入の効率が向上し、高い密着性を有するDLC薄膜の形成が可能となる。
【0058】
ここで、ゴムからなるパッキン本体1は絶縁性および柔軟性を有する。一方、一般的なDLCは、高い硬度を有し、低摩擦性およびガスバリア性に優れるという特性を有するが、その反面、剥離しやすく、厚膜を形成することが困難である。特に、柔軟性を有するゴムの表面にDLC薄膜を形成した場合、ゴムの変形によりDLC薄膜が容易に剥離する。DMEを長期にわたって確実にシールすることができるパッキンを製造するためには、ゴムからなるパッキン本体1の表面に高硬度、耐摩耗性および高ガスバリア性を有しかつ高密着性および柔軟性を有するDLC薄膜を所定の厚さに形成する必要がある。以下、DME用のパッキンの具体的な製造方法および製造条件について説明する。
【0059】
図3は本実施の形態に係るパッキンの製造方法においてパッキン本体1に印加される高電圧パルスの変化を示す図である。図4は本実施の形態に係るパッキンの製造工程を示す模式的断面図である。
【0060】
DLC薄膜の形成プロセスは、表面クリーニングのための第1ステージ、炭素原子のイオン注入のための第2ステージ、直鎖状炭化水素のイオン注入のための第3ステージ、DLCの堆積のための第4ステージおよび表面処理のための第5ステージに分かれる。
【0061】
まず、第1ステージでは、アルゴン(Ar)およびメタンの混合ガスのプラズマ中で図4(a)に示すパッキン本体1に中電圧(−M)のパルスを印加することにより、パッキン本体1の表面を混合ガスでスパッタリングし、パッキン本体1の表面をクリーニングする。ここで、中電圧(−M)は−5kV〜−10kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に清浄面が形成される。
【0062】
次に、第2ステージでは、メタンガスのプラズマ中でパッキン本体1に比較的高電圧(−H)のパルスを印加することにより、パッキン本体1に主として炭素イオンをイオン注入する。それにより、炭素イオンがゴムからなるパッキン本体1の炭素どうしの結合または炭素と水素との結合を切り、ゴム中の炭素または水素と置換される。その結果、パッキン本体1の表面から0.1μm程度の深さまで炭素原子が注入された炭素混合層が形成される。ここで、比較的高電圧(−H)は−15kV〜35kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に炭素イオンを注入して炭素混合層を形成することができる。
【0063】
次に、第3ステージでは、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのプラズマ中でパッキン本体1に第2ステージと同じ比較的高電圧(−H)のパルスを印加することにより、パッキン本体1に主として直鎖状炭化水素イオンおよびフッ素イオンをイオン注入する。それにより、第2ステージで注入された炭素原子と直鎖状炭化水素またはフッ素とが結合する。その結果、パッキン本体1の表面にゴムの組成からDLCの組成へ移行する傾斜組成を有する層(以下、傾斜組成層とよぶ)が形成される。ここで、比較的高電圧(−H)は−15kV〜35kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に直鎖状炭化水素イオンを注入して図4(b)に示す傾斜組成層1aを形成することができる。
【0064】
次に、第4ステージでは、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのプラズマ中でパッキン本体1に印加する比較的低電圧(−L)のパルスを印加する。それにより、パッキン本体1の傾斜組成層1aの表面に図4(c)に示すDLC薄膜1bが形成される。この場合、高い成膜速度を得るために、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのガス圧を高くし(例えば0.5〜2Pa)、高電圧パルスの繰り返し数を可能な限り高くする(例えば2000〜10000pps)。ここで、比較的低電圧(−L)は−2kV〜−5kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の傾斜組成層1aの表面にイオン注入することなく図4(c)に示すDLC薄膜1bを堆積させることができる。
【0065】
最後に、第5ステージでは、窒素(N2)ガスまたはアルゴンガスのプラズマ中でパッキン本体1に第1ステージと同じ中電圧(−M)のパルスを印加することにより、パッキン本体1の表面処理を行う。ここで、比較的低電圧(−L)は−5kV〜−10kVであることが好ましい。それにより、DLC薄膜1bにイオン注入することなくDLC薄膜1bの表面処理を行うことができる。
【0066】
なお、第5ステージは、特に行わなくてもよく、あるいは、必要に応じて窒素または炭素等をイオン注入してもよい。
【0067】
このように、イオン注入によりパッキン本体1の表面に傾斜組成層1aを形成し、傾斜組成層1a上にDLC薄膜1bを堆積させることにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜1bの密着性を高くすることができる。すなわち、傾斜組成層1aは、パッキン本体1のゴムの高分子組成から後述するDLC薄膜1bの組成へ移行する傾斜組成を有する。そのため、ゴムからなるパッキン本体1とDLC薄膜1bとの間に明瞭な境界がなく、パッキン本体1のゴムの高分子組成からDLC薄膜1bの組成へ徐々に移行する。それにより、パッキン本体1の表面にDLC薄膜1bが強固に密着する。
【0068】
なお、DMEに対する耐膨潤性をさらに向上させるために、図1のアーク方式の金属プラズマ源10を用いてパッキン本体1上のDLC薄膜1bの表面をクロム(Cr)、銅(Cu)等の金属で被覆してもよい。
【0069】
ここで、図1のアーク方式の金属プラズマ源10を用いた被覆方法を説明する。金属プラズマ源10は、アーク電源11、トリガー電極12および固体電極13により構成される。固体電極13としてCr、Cu、Ti(チタン)等の金属が用いられる。固体電極13はアーク電源11により負の電圧に設定され、チャンバ2が接地される。
【0070】
まず、トリガー電極11を固体電極13に一瞬接触させて離すことによりアーク放電を生じさせる。これにより、固体電極13がスポット溶解して固体電極13の金属が蒸発し、アークプラズマが生成される。このとき、パッキン本体1に負の高電圧パルスが印加されると、アークプラズマ中の正の金属イオンがパッキン本体1に向かって加速される。それにより、パッキン本体1上のDLC薄膜1bの表面がクロム、銅等の金属で被覆される。
【0071】
次に、本実施の形態のパッキン本体の表面に形成されるDLC薄膜の構造について説明する。
【0072】
DLC薄膜は真空中のアークプラズマ放電でメタン等の炭化水素ガスおよび四フッ化炭素ガスが分解され、プラズマ中の炭化水素イオンおよびフッ素イオンが負電圧に印加された被処理物に電圧パルスに応じたエネルギーで衝突する際のイオン衝撃によってイオン中の水素およびフッ素が離脱し、炭素を主成分とする非晶質のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が生成される。
【0073】
DLC薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性がより向上する。
【0074】
DLC薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることが好ましい。それにより、パッキン本体1が膨潤することなくDMEを長期に渡って十分かつ確実にシールすることが可能となる。
【0075】
図5はDLC薄膜の定義を説明するための状態図である。図6(a)はダイアモンド構造(sp3 )を示す図であり、図6(b)はグラファイト構造(sp2 )を示す図であり、図6(c)はDLC構造を示す図である。
【0076】
図5に示すように、三角形の1つの頂点には、ダイアモンド構造が位置し、他の1つの頂点にはグラファイト構造が位置し、残りの1つの頂点には水素(H)が位置する。ダイアモンド構造は、sp3 混成軌道による結合を有する。また、グラファイト構造は、sp2 混成軌道による結合を有する。
【0077】
ダイアモンド構造とグラファイト構造との中間には、テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)およびガラス質炭素が存在する。水素に近い領域では、膜は形成されない。水素および炭素が所定の割合になる領域では、ポリエチレン、ポリアセチレン等の有機高分子が形成される。
【0078】
ダイアモンド構造、グラファイト構造および水素の中間部には、水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)および水素化アモルファス炭素(a−C:H)が位置する。
【0079】
DLC薄膜は、主として水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)および水素化アモルファス炭素(a−C:H)により構成され、部分的または局所的にテトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)、ガラス質炭素および有機高分子を含む。
【0080】
テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)および水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)は硬質膜である。一方、水素化アモルファス炭素(a−C:H)は約30%程の水素を含み、軟質膜である。
【0081】
本実施の形態のDLC薄膜は、水素化アモルファス炭素(a−C:H)およびフッ素含有水素化アモルファス炭素(a−C:H:F)を含むため、高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性を有する。したがって、DLC薄膜を柔軟性を有するゴムからなるパッキン本体1の表面に厚く形成した場合でも剥離が生じることなく、また、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性が向上するとともに、DLC薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0082】
また、DLC薄膜は、有機高分子をさらに含んでもよい。有機高分子は柔軟性を有するため、ゴムからなるパッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性がさらに向上する。
【0083】
図6(a)に示すように、ダイアモンドは、水素を含まず、炭素間の結合がsp3 混成軌道で表され、三次元的に構成された立方晶構造を有する。それにより、ダイアモンドは、高い硬度を有する。
【0084】
また、図6(b)に示すように、グラファイトは、ダイアモンドと同様に、水素を含まず、炭素間の結合がsp2 混成軌道で表され、二次元的に構成された層状構造を有する。それにより、グラファイトは、低い硬度を有する。
【0085】
さらに、図6(c)に示すように、DLCは、炭素が四配位の結合を有するが、部分的にはグラファイト構造の結合および炭素と水素との結合を含むために、長距離秩序的には決まった結晶構造を持たないアモルファス(非晶質)構造となっている。
【0086】
特に、本実施の形態のDLC薄膜は緻密なアモルファス構造を有しており、滑らかな表面特性を有する。それにより、DLC薄膜は、上記のように柔軟性を示すとともに、優れた耐凝着性、高い耐食性および高いガスバリア性を示す。
【0087】
本実施の形態においては、ゴムからなるパッキン本体1の表面に高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性および高密着性を有するDLC薄膜が形成されることにより、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることができる。特に、DMEを取り扱う装置または配管に用いた場合でも、パッキンが膨潤することなく長期間にわたってDMEを確実にシールすることができる。
【0088】
また、本実施の形態のDLC薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性が向上するとともに、DLC薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0089】
本実施の形態においては、パッキン本体1がシール材本体に相当し、傾斜組成層1aがイオン注入層に相当する。
【0090】
なお、DLC薄膜は、フッ素の含有率を段階的に減少させた傾斜組成を含んでもよい。それにより、パッキン本体1とDLC薄膜との間に明瞭な境界がなく、パッキン本体1のゴムの高分子組成からDLC薄膜の組成へ徐々に移行する。これにより、パッキン本体1上にDLC薄膜が強固に密着する。
【0091】
また、上記のDLC薄膜(以下の本実施の形態において、第1のDLC薄膜と呼ぶ)上に、水素のみを含有するDLC薄膜(以下、第2のDLC薄膜と呼ぶ)が積層されてもよい。この場合、第2のDLC薄膜は耐食性に優れていることにより、DMEガスの膨潤を抑制することができる。
【0092】
交互に複数の第1のDLC薄膜と複数の第2のDLC薄膜とを積層してもよい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生を抑制することができる。
【0093】
第1のDLC薄膜のフッ素の含有率は5%以上35%以下であり、第2のDLC薄膜の水素の含有率は20%以上40%以下であることが好ましい。それにより、第1のDLC薄膜の内部応力が緩和され、第1のDLC薄膜にき裂が発生することをより抑制することができる。
【0094】
第1のDLC薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることが好ましい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生をより抑制することができる。
【0095】
また、本発明に係るパッキンは、DMEを燃料ガスとして用いる装置またはシステムの配管、DMEを保存するボンベ等の容器など、DMEを使用するあらゆる配管、容器、装置、システム等に使用することができる。
【0096】
また、本発明に係るパッキンは、DMEをシールする場合に限らず、例えばジエチルエーテル(DEE)等の種々のガスをシールする場合にも用いることができる。
【0097】
さらに、パッキン本体1をNBRにより形成しているが、これに限定されるものではなく、例えばブチルゴム(IIR)、ウレタンゴム(U)、バイトンゴム(FKM)、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)または熱可塑性エラストマーにより形成してもよい。
【実施例】
【0098】
以下、本実施例について図面を参照しながら説明する。
【0099】
(実施例1)
図7はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するブチルゴムを用いた。図7では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0100】
図7において、黒ひし形印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ50nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素を含む厚さ200nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白ひし形印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、黒四角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0101】
図7に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、DLC薄膜の厚さが厚くなるにつれ、ガス透過率は低くなることがわかった。さらに、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0102】
(実施例2)
図8はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するニトリルゴムを用いた。図8では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0103】
図8において、黒ひし形印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ50nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ200nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白ひし形印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、黒四角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0104】
図8に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、DLC薄膜の厚さが厚くなるにつれ、ガス透過率は低くなることがわかった。さらに、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0105】
(実施例3)
図9はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有する熱可塑性ポリエステルエラストマーを用いた。本実施例では、熱可塑性ポリエステルエラストマーとしてハイトレル(HYTREL:登録商標)を用いた。また、本実施例のDLC薄膜の厚さは3000nmである。
【0106】
図9では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0107】
図9において、白丸印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0108】
図9に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0109】
(実施例4)
図10はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するブチルゴムを用いた。図10では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0110】
本実施例においては、パッキン本体1の表面に、まず20原子%のフッ素を含む厚さ200nmのDLC薄膜を形成し、このDLC薄膜上に30原子%の水素を含む厚さ800nmのDLC薄膜を形成した。
【0111】
図10において、黒四角印により示す結果はDLC薄膜で被覆さていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒ひし形印により示す結果は上記の複数のDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0112】
図10に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。
【0113】
(実施例5)
本実施例では、フッ素の含有量を変化させた複数のDLC薄膜がそれぞれ有する硬度の値を測定した。
【0114】
図11はフッ素を含有するDLC薄膜の硬度を示す図である。
【0115】
図11に示すように、フッ素含有量(原子%)が大きくなるにつれ、DLC薄膜の硬度の値(GPa)も大きくなることがわかった。
【0116】
DLC薄膜のフッ素含有量が5原子%以上35原子%以下の範囲においては、DLC薄膜の硬度の値は2GPa以上16GPa以下となった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明に係るシール材は、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることが可能なシール材として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0118】
【図1】本発明の一実施の形態に係る三次元イオン注入方式によるプラズマイオン注入成膜装置の模式的縦断面図である。
【図2】図1のプラズマイオン注入成膜装置による高電圧パルスを印加した場合のパッキン本体付近のプラズマシースの変化を示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造方法においてパッキン本体に印加される高電圧パルスの変化を示す図である。
【図4】本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造工程を示す模式的断面図である。
【図5】DLC薄膜の定義を示す状態図である。
【図6】ダイヤモンド構造(sp3 )、グラファイト構造(sp2 )およびDLC構造を示す図である。
【図7】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図8】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図9】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図10】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図11】フッ素を含有するDLC薄膜の硬度を示す図である。
【符号の説明】
【0119】
1 パッキン本体
1a 傾斜組成層
1b DLC薄膜
2 チャンバ
3 真空排気系
4 ガス導入系
5 導体
6 高絶縁フィードスルー
7 重畳装置
8 RF高周波電源
9 高電圧パルス電源
10 金属プラズマ源
11 アーク電源
12 トリガー電極
13 固体電極
【技術分野】
【0001】
本発明は、気体を気密にシールするためのシール材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、火力発電等の燃料としてLPG(液化石油ガス)が用いられている。このようなLPGを気密にシールするために各種装置、配管等にNBR(ニトリルゴム)からなるパッキンが用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
NBRの特徴は、主として耐油性および耐熱性に優れている点である。これにより、LPGを確実にシールすることができる。
【特許文献1】特開2002−089713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、次世代のクリーンエネルギーとしてDME(ジメチルエーテル)が注目されている。DMEは、天然ガス等から合成ガスを経て製造され、LPGに類似した物性を有する液化ガスである。
【0005】
DMEは、硫黄分を含まず、含酸素燃料であることから煤の発生もなく環境性に優れ、クリーンな新しい分散型燃料として期待されている。近年の合成技術の進歩に伴い、製造コストが低減してきたことにより、燃料としての供給が可能になりつつある。
【0006】
しかしながら、燃料供給時の問題として、従来のパッキンはDMEの雰囲気で膨潤するため、長期間に渡って十分なガスバリア性を保つことが困難である。
【0007】
それゆえ、DME等の種々のガスに対して長期間に渡って十分なガスバリア性を保つことが可能なシール材が望まれている。
【0008】
本発明の目的は、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることが可能なシール材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明に係るシール材は、気体の通過を阻止するために用いられるシール材であって、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が水素およびフッ素を含有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されたものである。
【0010】
本発明に係るシール材においては、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0011】
また、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が低くなるため(内部応力が緩和され)密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0012】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が低くなるため(内部応力が緩和され)密着性がより向上する。
【0013】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることが好ましい。それにより、シール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って十分かつ確実にシールすることが可能となる。
【0014】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であるとともに第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、2GPa以上16GPa以下の硬度を有することが好ましい。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制または防止することが可能となる。
【0015】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、水素化アモルファス炭素を含むことが好ましい。水素化アモルファス炭素は軟質であるため、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が柔軟性を有する。それにより、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上する。
【0016】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、アモルファス炭素をさらに含んでもよい。アモルファス炭素は比較的軟質であるため、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜に柔軟性が付与される。それにより、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上する。
【0017】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、有機高分子をさらに含んでもよい。有機高分子は柔軟性を有するため、ゴムからなるシール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性がさらに向上する。
【0018】
シール材本体の表面にイオン注入によりイオン注入層が形成され、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はイオン注入層上に形成されてもよい。
【0019】
この場合、イオン注入層は、シール材本体の組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボンの組成へ移行する傾斜組成、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの中間組成またはシール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの混合組成を有する。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜がイオン注入層を介してシール材に強固に密着する。
【0020】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は三次元プラズマイオン注入成膜方法により形成されてもよい。それにより、高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性およびシール材に対する高密着性を有する所定の膜厚の第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が形成される。
【0021】
ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであってもよい。この場合、長期に渡って種々の気体を確実にシールすることができる。
【0022】
気体はジメチルエーテルを含んでもよい。この場合にも、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い硬度、耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材が膨潤することなくジメチルエーテルを長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0023】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜上に水素を含有する第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が積層されてもよい。それにより、第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜より高硬度でかつ耐食性に優れているので、基材であるゴムの膨潤を抑制することができる。
【0024】
交互に複数の第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜と複数の第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜とを積層してもよい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生を抑制することができる。
【0025】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であり、第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の内部応力が緩和され、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することをより抑制することができる。
【0026】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることが好ましい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生をより抑制することができる。
【0027】
第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、フッ素の含有率を段階的に減少させた傾斜組成を含んでもよい。それにより、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜との間に明瞭な境界がなく、シール材本体のゴムの高分子組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の組成へ徐々に移行する。これにより、シール材本体の表面に第1のダイヤモンド・ライク・カーボンナ薄膜が強固に密着する。
【0028】
第2の発明に係るシール材の製造方法は、気体の通過を阻止するために用いられるシール材の製造方法であって、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中で、三次元プラズマイオン注入成膜法によってゴムにより形成されるシール材本体の表面を第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆するものである。
【0029】
本発明に係るシール材の製造方法によれば、ゴムにより形成されるシール材本体の表面が高い硬度、耐食性および高いガスバリア性を有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されているので、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。
【0030】
また、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0031】
三次元プラズマイオン注入成膜法は、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン注入によりシール材本体の表面にイオン注入層を形成する工程と、炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン成膜によりイオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含んでもよい。
【0032】
この場合、イオン注入層は、シール材本体の組成から第1のダイヤモンド・ライク・カーボンの組成へ移行する傾斜組成、シール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの中間組成またはシール材本体と第1のダイヤモンド・ライク・カーボンとの混合組成を有する。それにより、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜がイオン注入層を介してシール材に強固に密着する。
【0033】
イオン注入層を形成する工程は、シール材本体に高周波電力を印加するとともにシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、シール材本体に高周波電力を印加するとともにシール材本体に第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含んでもよい。
【0034】
まず、シール材本体に高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、正のイオンがシール材本体にイオン注入される。それにより、シール材本体の表面にイオン注入層が形成される。
【0035】
次に、シール材本体に高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、シール材本体に第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、正のイオンがイオン注入層上に堆積する。それにより、イオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が堆積される。
【0036】
イオン注入層を形成する工程は、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともにパルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともにパルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含んでもよい。
【0037】
まず、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、シール材本体の表面の電荷が放電されつつ正のイオンがシール材本体に効率的にイオン注入される。それにより、シール材本体の表面にイオン注入層が形成される。
【0038】
次に、シール材本体にパルス状の高周波電力を印加することにより炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマが発生され、パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたはパルス状の高周波電力と重複するタイミングでシール材本体に第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加することにより、シール材本体の表面の電荷が放電されつつ正のイオンがイオン注入層上に効率的に堆積する。それにより、イオン注入層上に第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が堆積される。
【0039】
ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであってもよい。この場合、長期に渡って種々の気体を確実にシールすることができる。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、ゴムからなるシール材本体が膨潤することなく種々の気体を長期に渡って確実にシールすることが可能となる。また、シール材本体に対する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の密着性が向上するとともに、第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、本実施の形態に係るシール材としてのパッキンおよびその製造方法について図面を参照しながら説明する。
【0042】
本実施の形態に係るパッキンは、ゴムからなるパッキン本体の表面に水素およびフッ素を含有するダイヤモンド・ライク・カーボン(以下、DLCと呼ぶ)薄膜が被覆されたものである。このパッキンは、主としてDME(ジメチルエーテル)をシールするために用いられる。
【0043】
図1は本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造に用いる三次元イオン注入方式によるプラズマイオン注入成膜装置の模式的縦断面図である。
【0044】
図1のプラズマイオン注入成膜装置は、三次元被処理物を所望の材料で被覆するために用いられる。本実施の形態では、被処理物としてNBR(ニトリルゴム)により形成されたパッキン本体1を用いる場合を説明する。
【0045】
このプラズマイオン注入成膜装置は、チャンバ2を備える。チャンバ2には、このチャンバ2内を排気する真空排気系3が設けられている。また、チャンバ2内にガスを導入するガス導入系4が接続されている。本実施の形態では、ガス導入系4により、チャンバ2内にメタン(CH4 )および四フッ化炭素(CF4 )を導入する。
【0046】
本実施の形態では、チャンバ2内にはパッキン本体1が配置されている。このパッキン本体1は金属等の導体5に接続されている。導体5は、高絶縁フィードスルー6を通してチャンバ2の外部に引き出され、重畳装置7に接続されている。重畳装置7には、RF高周波電源8および高電圧パルス電源9が接続されている。高電圧パルス電源9の電圧値は例えば10kVであり、パルス幅は例えば2μsである。また、チャンバ2内にアーク方式の金属プラズマ源10が接続されている。
【0047】
RF高周波電源8は、チャンバ2内でのプラズマの生成のためにRF電力を発生する。本実施の形態では、RF高周波電源8はパルス状のRF電力を発生する。RF電力の出力周波数は13.56MHzであり、出力電力は例えば0.5kW〜1.5kWで可変であり、パルス幅は例えば20μsで可変である。
【0048】
高電圧パルス電源9は、イオン注入および成膜のために負の高電圧パルスを発生する。高電圧パルスの電圧値は0〜−50kVで可変であり 、パルス幅は2μsで可変である。
【0049】
重畳装置7は、RF高周波電源8により発生されたRF電力および高電圧パルス電源9により発生された高電圧パルスを交互に遅延したタイミングまたは重複するタイミングで導体5に印加する。それにより、被処理物として絶縁性のシール材本体2を用いた場合でも、後述するようにパッキン本体2の表面を被覆することができる。
【0050】
次に、図1のプラズマイオン注入成膜装置を用いてパッキン本体1の表面をDLC薄膜で被覆する原理を図2を参照しながら説明する。図2は高電圧パルスを印加した場合のパッキン本体1付近のプラズマシースの変化を示す図である。
【0051】
チャンバ2内に導入されるガスとしては、炭化水素ガスが用いられる。ここでは、ガス導入系4から導入されるガスとしてメタンおよび四フッ化炭素を用いる場合を説明する。
【0052】
まず、チャンバ2内にパッキン本体1を導体5に接続した状態で配置し、真空排気系3によってチャンバ2内を排気した後、ガス導入系4によりチャンバ2内にメタンおよび四フッ化炭素を導入し、チャンバ2内を所定のガス圧にする。この状態で、RF高周波電源8から重畳装置7および導体5を通してパルス状のRF電力をパッキン本体1に印加する。それにより、パッキン本体1の周囲に正のイオンおよび電子を含む一様なプラズマがパッキン本体1の形状に沿って発生する。
【0053】
その後、高電圧パルス電源9から重畳装置7および導体5を通して負の高電圧パルスをパッキン本体1に印加する。それにより、プラズマ中の正のイオンがパッキン本体1に誘引される。
【0054】
パッキン本体1に高電圧パルスを印加しない場合は、図2(a)に示すように、プラズマは一様な状態になっている。パッキン本体1に高電圧パルスを印加すると、図2(b)に示すように、プラズマ中の電子はパッキン本体1付近から遠ざかり、正のイオンは質量が大きいのでほとんど動かない。それにより、パッキン本体1周囲には、正のイオンのみが残り、プラズマシースが形成される。
【0055】
また、図2(c)に示すように、高電圧パルスの印加開始から数μs程度経過して、電界が強くなると、正のイオンはプラズマシースのシース電圧によりパッキン本体1の表面の方向に加速される。正のイオンがパッキン本体1に衝突すると、パッキン本体1付近の電荷のバランスが崩れるので、図2(d)に示すように、さらに電子はイオンと逆方向に加速され、プラズマシースの厚みは増加する。このようにして、パッキン本体1にイオンが注入されるとともに、パッキン本体1の表面に膜が形成される。
【0056】
本実施の形態では、チャンバ2内にガスとしてメタンおよび四フッ化炭素を導入するので、プラズマ中には、炭化水素の正イオン、水素の正イオン、炭素の正イオンおよびフッ素の正イオンが含まれる。それにより、パッキン本体1の表面にDLC薄膜が形成される。DLC薄膜の詳細については後述する。
【0057】
このプラズマイオン注入成膜装置によれば、被処理物であるパッキン本体1をプラズマ生成用アンテナとして用いることにより、パッキン本体1の形状に沿ったプラズマを生成することができる。その結果、必然的にパッキン本体1の周囲におけるプラズマの密度が高くなり、イオンの誘引注入の効率が向上し、高い密着性を有するDLC薄膜の形成が可能となる。
【0058】
ここで、ゴムからなるパッキン本体1は絶縁性および柔軟性を有する。一方、一般的なDLCは、高い硬度を有し、低摩擦性およびガスバリア性に優れるという特性を有するが、その反面、剥離しやすく、厚膜を形成することが困難である。特に、柔軟性を有するゴムの表面にDLC薄膜を形成した場合、ゴムの変形によりDLC薄膜が容易に剥離する。DMEを長期にわたって確実にシールすることができるパッキンを製造するためには、ゴムからなるパッキン本体1の表面に高硬度、耐摩耗性および高ガスバリア性を有しかつ高密着性および柔軟性を有するDLC薄膜を所定の厚さに形成する必要がある。以下、DME用のパッキンの具体的な製造方法および製造条件について説明する。
【0059】
図3は本実施の形態に係るパッキンの製造方法においてパッキン本体1に印加される高電圧パルスの変化を示す図である。図4は本実施の形態に係るパッキンの製造工程を示す模式的断面図である。
【0060】
DLC薄膜の形成プロセスは、表面クリーニングのための第1ステージ、炭素原子のイオン注入のための第2ステージ、直鎖状炭化水素のイオン注入のための第3ステージ、DLCの堆積のための第4ステージおよび表面処理のための第5ステージに分かれる。
【0061】
まず、第1ステージでは、アルゴン(Ar)およびメタンの混合ガスのプラズマ中で図4(a)に示すパッキン本体1に中電圧(−M)のパルスを印加することにより、パッキン本体1の表面を混合ガスでスパッタリングし、パッキン本体1の表面をクリーニングする。ここで、中電圧(−M)は−5kV〜−10kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に清浄面が形成される。
【0062】
次に、第2ステージでは、メタンガスのプラズマ中でパッキン本体1に比較的高電圧(−H)のパルスを印加することにより、パッキン本体1に主として炭素イオンをイオン注入する。それにより、炭素イオンがゴムからなるパッキン本体1の炭素どうしの結合または炭素と水素との結合を切り、ゴム中の炭素または水素と置換される。その結果、パッキン本体1の表面から0.1μm程度の深さまで炭素原子が注入された炭素混合層が形成される。ここで、比較的高電圧(−H)は−15kV〜35kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に炭素イオンを注入して炭素混合層を形成することができる。
【0063】
次に、第3ステージでは、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのプラズマ中でパッキン本体1に第2ステージと同じ比較的高電圧(−H)のパルスを印加することにより、パッキン本体1に主として直鎖状炭化水素イオンおよびフッ素イオンをイオン注入する。それにより、第2ステージで注入された炭素原子と直鎖状炭化水素またはフッ素とが結合する。その結果、パッキン本体1の表面にゴムの組成からDLCの組成へ移行する傾斜組成を有する層(以下、傾斜組成層とよぶ)が形成される。ここで、比較的高電圧(−H)は−15kV〜35kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の表面に直鎖状炭化水素イオンを注入して図4(b)に示す傾斜組成層1aを形成することができる。
【0064】
次に、第4ステージでは、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのプラズマ中でパッキン本体1に印加する比較的低電圧(−L)のパルスを印加する。それにより、パッキン本体1の傾斜組成層1aの表面に図4(c)に示すDLC薄膜1bが形成される。この場合、高い成膜速度を得るために、メタンガスおよび四フッ化炭素ガスのガス圧を高くし(例えば0.5〜2Pa)、高電圧パルスの繰り返し数を可能な限り高くする(例えば2000〜10000pps)。ここで、比較的低電圧(−L)は−2kV〜−5kVであることが好ましい。それにより、パッキン本体1の傾斜組成層1aの表面にイオン注入することなく図4(c)に示すDLC薄膜1bを堆積させることができる。
【0065】
最後に、第5ステージでは、窒素(N2)ガスまたはアルゴンガスのプラズマ中でパッキン本体1に第1ステージと同じ中電圧(−M)のパルスを印加することにより、パッキン本体1の表面処理を行う。ここで、比較的低電圧(−L)は−5kV〜−10kVであることが好ましい。それにより、DLC薄膜1bにイオン注入することなくDLC薄膜1bの表面処理を行うことができる。
【0066】
なお、第5ステージは、特に行わなくてもよく、あるいは、必要に応じて窒素または炭素等をイオン注入してもよい。
【0067】
このように、イオン注入によりパッキン本体1の表面に傾斜組成層1aを形成し、傾斜組成層1a上にDLC薄膜1bを堆積させることにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜1bの密着性を高くすることができる。すなわち、傾斜組成層1aは、パッキン本体1のゴムの高分子組成から後述するDLC薄膜1bの組成へ移行する傾斜組成を有する。そのため、ゴムからなるパッキン本体1とDLC薄膜1bとの間に明瞭な境界がなく、パッキン本体1のゴムの高分子組成からDLC薄膜1bの組成へ徐々に移行する。それにより、パッキン本体1の表面にDLC薄膜1bが強固に密着する。
【0068】
なお、DMEに対する耐膨潤性をさらに向上させるために、図1のアーク方式の金属プラズマ源10を用いてパッキン本体1上のDLC薄膜1bの表面をクロム(Cr)、銅(Cu)等の金属で被覆してもよい。
【0069】
ここで、図1のアーク方式の金属プラズマ源10を用いた被覆方法を説明する。金属プラズマ源10は、アーク電源11、トリガー電極12および固体電極13により構成される。固体電極13としてCr、Cu、Ti(チタン)等の金属が用いられる。固体電極13はアーク電源11により負の電圧に設定され、チャンバ2が接地される。
【0070】
まず、トリガー電極11を固体電極13に一瞬接触させて離すことによりアーク放電を生じさせる。これにより、固体電極13がスポット溶解して固体電極13の金属が蒸発し、アークプラズマが生成される。このとき、パッキン本体1に負の高電圧パルスが印加されると、アークプラズマ中の正の金属イオンがパッキン本体1に向かって加速される。それにより、パッキン本体1上のDLC薄膜1bの表面がクロム、銅等の金属で被覆される。
【0071】
次に、本実施の形態のパッキン本体の表面に形成されるDLC薄膜の構造について説明する。
【0072】
DLC薄膜は真空中のアークプラズマ放電でメタン等の炭化水素ガスおよび四フッ化炭素ガスが分解され、プラズマ中の炭化水素イオンおよびフッ素イオンが負電圧に印加された被処理物に電圧パルスに応じたエネルギーで衝突する際のイオン衝撃によってイオン中の水素およびフッ素が離脱し、炭素を主成分とする非晶質のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が生成される。
【0073】
DLC薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることが好ましい。それにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性がより向上する。
【0074】
DLC薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることが好ましい。それにより、パッキン本体1が膨潤することなくDMEを長期に渡って十分かつ確実にシールすることが可能となる。
【0075】
図5はDLC薄膜の定義を説明するための状態図である。図6(a)はダイアモンド構造(sp3 )を示す図であり、図6(b)はグラファイト構造(sp2 )を示す図であり、図6(c)はDLC構造を示す図である。
【0076】
図5に示すように、三角形の1つの頂点には、ダイアモンド構造が位置し、他の1つの頂点にはグラファイト構造が位置し、残りの1つの頂点には水素(H)が位置する。ダイアモンド構造は、sp3 混成軌道による結合を有する。また、グラファイト構造は、sp2 混成軌道による結合を有する。
【0077】
ダイアモンド構造とグラファイト構造との中間には、テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)およびガラス質炭素が存在する。水素に近い領域では、膜は形成されない。水素および炭素が所定の割合になる領域では、ポリエチレン、ポリアセチレン等の有機高分子が形成される。
【0078】
ダイアモンド構造、グラファイト構造および水素の中間部には、水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)および水素化アモルファス炭素(a−C:H)が位置する。
【0079】
DLC薄膜は、主として水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)および水素化アモルファス炭素(a−C:H)により構成され、部分的または局所的にテトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)、ガラス質炭素および有機高分子を含む。
【0080】
テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C)、アモルファス炭素(a−C)および水素化テトラヘドラルアモルファス炭素(ta−C:H)は硬質膜である。一方、水素化アモルファス炭素(a−C:H)は約30%程の水素を含み、軟質膜である。
【0081】
本実施の形態のDLC薄膜は、水素化アモルファス炭素(a−C:H)およびフッ素含有水素化アモルファス炭素(a−C:H:F)を含むため、高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性を有する。したがって、DLC薄膜を柔軟性を有するゴムからなるパッキン本体1の表面に厚く形成した場合でも剥離が生じることなく、また、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性が向上するとともに、DLC薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0082】
また、DLC薄膜は、有機高分子をさらに含んでもよい。有機高分子は柔軟性を有するため、ゴムからなるパッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性がさらに向上する。
【0083】
図6(a)に示すように、ダイアモンドは、水素を含まず、炭素間の結合がsp3 混成軌道で表され、三次元的に構成された立方晶構造を有する。それにより、ダイアモンドは、高い硬度を有する。
【0084】
また、図6(b)に示すように、グラファイトは、ダイアモンドと同様に、水素を含まず、炭素間の結合がsp2 混成軌道で表され、二次元的に構成された層状構造を有する。それにより、グラファイトは、低い硬度を有する。
【0085】
さらに、図6(c)に示すように、DLCは、炭素が四配位の結合を有するが、部分的にはグラファイト構造の結合および炭素と水素との結合を含むために、長距離秩序的には決まった結晶構造を持たないアモルファス(非晶質)構造となっている。
【0086】
特に、本実施の形態のDLC薄膜は緻密なアモルファス構造を有しており、滑らかな表面特性を有する。それにより、DLC薄膜は、上記のように柔軟性を示すとともに、優れた耐凝着性、高い耐食性および高いガスバリア性を示す。
【0087】
本実施の形態においては、ゴムからなるパッキン本体1の表面に高硬度、耐食性および高ガスバリア性を有するとともに柔軟性および高密着性を有するDLC薄膜が形成されることにより、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることができる。特に、DMEを取り扱う装置または配管に用いた場合でも、パッキンが膨潤することなく長期間にわたってDMEを確実にシールすることができる。
【0088】
また、本実施の形態のDLC薄膜はフッ素を含有していることにより柔軟性を有する。それにより、パッキン本体1に対するDLC薄膜の密着性が向上するとともに、DLC薄膜にき裂が発生することを抑制することが可能となる。
【0089】
本実施の形態においては、パッキン本体1がシール材本体に相当し、傾斜組成層1aがイオン注入層に相当する。
【0090】
なお、DLC薄膜は、フッ素の含有率を段階的に減少させた傾斜組成を含んでもよい。それにより、パッキン本体1とDLC薄膜との間に明瞭な境界がなく、パッキン本体1のゴムの高分子組成からDLC薄膜の組成へ徐々に移行する。これにより、パッキン本体1上にDLC薄膜が強固に密着する。
【0091】
また、上記のDLC薄膜(以下の本実施の形態において、第1のDLC薄膜と呼ぶ)上に、水素のみを含有するDLC薄膜(以下、第2のDLC薄膜と呼ぶ)が積層されてもよい。この場合、第2のDLC薄膜は耐食性に優れていることにより、DMEガスの膨潤を抑制することができる。
【0092】
交互に複数の第1のDLC薄膜と複数の第2のDLC薄膜とを積層してもよい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生を抑制することができる。
【0093】
第1のDLC薄膜のフッ素の含有率は5%以上35%以下であり、第2のDLC薄膜の水素の含有率は20%以上40%以下であることが好ましい。それにより、第1のDLC薄膜の内部応力が緩和され、第1のDLC薄膜にき裂が発生することをより抑制することができる。
【0094】
第1のDLC薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることが好ましい。それにより、各薄膜間で内部応力が確実に緩和され、複数の薄膜間に渡るき裂の発生をより抑制することができる。
【0095】
また、本発明に係るパッキンは、DMEを燃料ガスとして用いる装置またはシステムの配管、DMEを保存するボンベ等の容器など、DMEを使用するあらゆる配管、容器、装置、システム等に使用することができる。
【0096】
また、本発明に係るパッキンは、DMEをシールする場合に限らず、例えばジエチルエーテル(DEE)等の種々のガスをシールする場合にも用いることができる。
【0097】
さらに、パッキン本体1をNBRにより形成しているが、これに限定されるものではなく、例えばブチルゴム(IIR)、ウレタンゴム(U)、バイトンゴム(FKM)、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)または熱可塑性エラストマーにより形成してもよい。
【実施例】
【0098】
以下、本実施例について図面を参照しながら説明する。
【0099】
(実施例1)
図7はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するブチルゴムを用いた。図7では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0100】
図7において、黒ひし形印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ50nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素を含む厚さ200nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白ひし形印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、黒四角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0101】
図7に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、DLC薄膜の厚さが厚くなるにつれ、ガス透過率は低くなることがわかった。さらに、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0102】
(実施例2)
図8はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するニトリルゴムを用いた。図8では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0103】
図8において、黒ひし形印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ50nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ200nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白ひし形印により示す結果は水素を30原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、黒四角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含む厚さ3000nmのDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0104】
図8に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、DLC薄膜の厚さが厚くなるにつれ、ガス透過率は低くなることがわかった。さらに、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0105】
(実施例3)
図9はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有する熱可塑性ポリエステルエラストマーを用いた。本実施例では、熱可塑性ポリエステルエラストマーとしてハイトレル(HYTREL:登録商標)を用いた。また、本実施例のDLC薄膜の厚さは3000nmである。
【0106】
図9では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0107】
図9において、白丸印により示す結果はDLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒三角印により示す結果は水素を30原子%含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率であり、白三角印により示す結果は水素およびフッ素を20原子%含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0108】
図9に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。また、フッ素を含むDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、フッ素を含まないDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率よりも低くなることがわかった。
【0109】
(実施例4)
図10はDMEガスの透過率を示す説明図である。なお、本実施例では、パッキン本体1として0.5mmの厚さを有するブチルゴムを用いた。図10では、縦軸は経過時間(Hr)を示し、横軸はガス透過率(g/m2 ・Hr)を示す。
【0110】
本実施例においては、パッキン本体1の表面に、まず20原子%のフッ素を含む厚さ200nmのDLC薄膜を形成し、このDLC薄膜上に30原子%の水素を含む厚さ800nmのDLC薄膜を形成した。
【0111】
図10において、黒四角印により示す結果はDLC薄膜で被覆さていないパッキン本体1のガス透過率であり、黒ひし形印により示す結果は上記の複数のDLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率である。
【0112】
図10に示すように、DLC薄膜で被覆されたパッキン本体1のガス透過率は、DLC薄膜で被覆されていないパッキン本体1のガス透過率よりも低いことがわかった。
【0113】
(実施例5)
本実施例では、フッ素の含有量を変化させた複数のDLC薄膜がそれぞれ有する硬度の値を測定した。
【0114】
図11はフッ素を含有するDLC薄膜の硬度を示す図である。
【0115】
図11に示すように、フッ素含有量(原子%)が大きくなるにつれ、DLC薄膜の硬度の値(GPa)も大きくなることがわかった。
【0116】
DLC薄膜のフッ素含有量が5原子%以上35原子%以下の範囲においては、DLC薄膜の硬度の値は2GPa以上16GPa以下となった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明に係るシール材は、種々の気体を長期間に渡って確実にシールすることが可能なシール材として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0118】
【図1】本発明の一実施の形態に係る三次元イオン注入方式によるプラズマイオン注入成膜装置の模式的縦断面図である。
【図2】図1のプラズマイオン注入成膜装置による高電圧パルスを印加した場合のパッキン本体付近のプラズマシースの変化を示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造方法においてパッキン本体に印加される高電圧パルスの変化を示す図である。
【図4】本発明の一実施の形態に係るパッキンの製造工程を示す模式的断面図である。
【図5】DLC薄膜の定義を示す状態図である。
【図6】ダイヤモンド構造(sp3 )、グラファイト構造(sp2 )およびDLC構造を示す図である。
【図7】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図8】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図9】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図10】DMEガスの透過率を示す説明図である。
【図11】フッ素を含有するDLC薄膜の硬度を示す図である。
【符号の説明】
【0119】
1 パッキン本体
1a 傾斜組成層
1b DLC薄膜
2 チャンバ
3 真空排気系
4 ガス導入系
5 導体
6 高絶縁フィードスルー
7 重畳装置
8 RF高周波電源
9 高電圧パルス電源
10 金属プラズマ源
11 アーク電源
12 トリガー電極
13 固体電極
【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体の通過を阻止するために用いられるシール材であって、
ゴムにより形成されるシール材本体の表面が水素およびフッ素を含有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されたことを特徴とするシール材。
【請求項2】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることを特徴とする請求項1記載のシール材。
【請求項3】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載のシール材。
【請求項4】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であるとともに前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、2GPa以上16GPa以下の硬度を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシール材。
【請求項5】
前記シール材本体の表面にイオン注入によりイオン注入層が形成され、前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は前記イオン注入層上に形成されたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のシール材。
【請求項6】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は三次元プラズマイオン注入成膜方法により形成されたことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のシール材。
【請求項7】
前記ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のシール材。
【請求項8】
前記気体はジメチルエーテルを含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のシール材。
【請求項9】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜上に水素を含有する第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が積層されたことを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のシール材。
【請求項10】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であり、前記第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることを特徴とする請求項9記載のシール材。
【請求項11】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることを特徴とする請求項9または10記載のシール材。
【請求項12】
気体の通過を阻止するために用いられるシール材の製造方法であって、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中で、三次元プラズマイオン注入成膜法によってゴムにより形成されるシール材本体の表面を第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆することを特徴とするシール材の製造方法。
【請求項13】
前記三次元プラズマイオン注入成膜法は、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン注入により前記シール材本体の表面にイオン注入層を形成する工程と、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン成膜により前記イオン注入層上に前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含むことを特徴とする請求項12記載のシール材の製造方法。
【請求項14】
前記イオン注入層を形成する工程は、前記シール材本体に高周波電力を印加するとともに前記シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、前記シール材本体に高周波電力を印加するとともに前記シール材本体に前記第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含むことを特徴とする請求項13記載のシール材の製造方法。
【請求項15】
前記イオン注入層を形成する工程は、前記シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともに前記パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたは前記パルス状の高周波電力と重複するタイミングで前記シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、前記シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともに前記パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたは前記パルス状の高周波電力と重複するタイミングで前記シール材本体に前記第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含むことを特徴とする請求項13または14記載のシール材の製造方法。
【請求項16】
前記ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであることを特徴とする請求項12〜15のいずれかに記載のシール材の製造方法。
【請求項1】
気体の通過を阻止するために用いられるシール材であって、
ゴムにより形成されるシール材本体の表面が水素およびフッ素を含有する第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆されたことを特徴とするシール材。
【請求項2】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることを特徴とする請求項1記載のシール材。
【請求項3】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは50nm以上3000nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載のシール材。
【請求項4】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であるとともに前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は、2GPa以上16GPa以下の硬度を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシール材。
【請求項5】
前記シール材本体の表面にイオン注入によりイオン注入層が形成され、前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は前記イオン注入層上に形成されたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のシール材。
【請求項6】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜は三次元プラズマイオン注入成膜方法により形成されたことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のシール材。
【請求項7】
前記ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のシール材。
【請求項8】
前記気体はジメチルエーテルを含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のシール材。
【請求項9】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜上に水素を含有する第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜が積層されたことを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のシール材。
【請求項10】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜のフッ素の含有率は5原子%以上35原子%以下であり、前記第2のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の水素の含有率は20原子%以上40原子%以下であることを特徴とする請求項9記載のシール材。
【請求項11】
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜の厚さは20nm以上1000nm以下であることを特徴とする請求項9または10記載のシール材。
【請求項12】
気体の通過を阻止するために用いられるシール材の製造方法であって、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中で、三次元プラズマイオン注入成膜法によってゴムにより形成されるシール材本体の表面を第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜で被覆することを特徴とするシール材の製造方法。
【請求項13】
前記三次元プラズマイオン注入成膜法は、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン注入により前記シール材本体の表面にイオン注入層を形成する工程と、
炭化水素およびフッ素を含むガスのプラズマ中でのイオン成膜により前記イオン注入層上に前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程とを含むことを特徴とする請求項12記載のシール材の製造方法。
【請求項14】
前記イオン注入層を形成する工程は、前記シール材本体に高周波電力を印加するとともに前記シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、前記シール材本体に高周波電力を印加するとともに前記シール材本体に前記第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含むことを特徴とする請求項13記載のシール材の製造方法。
【請求項15】
前記イオン注入層を形成する工程は、前記シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともに前記パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたは前記パルス状の高周波電力と重複するタイミングで前記シール材本体に第1のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含み、
前記第1のダイヤモンド・ライク・カーボン薄膜を形成する工程は、前記シール材本体にパルス状の高周波電力を印加するとともに前記パルス状の高周波電力と交互に遅延するタイミングまたは前記パルス状の高周波電力と重複するタイミングで前記シール材本体に前記第1のレベルよりも低い第2のレベルを有する負の電圧パルスを印加する工程を含むことを特徴とする請求項13または14記載のシール材の製造方法。
【請求項16】
前記ゴムは、ニトリルゴム、ブチルゴム、ウレタンゴム、バイトンゴム、スチレン・ブタジエンゴムおよび熱可塑性エラストマーよりなる群から選択されたゴムであることを特徴とする請求項12〜15のいずれかに記載のシール材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−57008(P2006−57008A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−240941(P2004−240941)
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【出願人】(303029317)株式会社プラズマイオンアシスト (17)
【出願人】(504318603)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【出願人】(303029317)株式会社プラズマイオンアシスト (17)
【出願人】(504318603)
【Fターム(参考)】
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