説明

ダイヤモンド膜製造装置、ダイヤモンド膜製造方法

【課題】UNCDを形成する技術を提供する。
【解決手段】グラファイトで構成されたカソード電極132とトリガ電極134の間にトリガ放電を発生させ、アノード電極131とカソード電極132の間にアーク放電を誘起させ、カーボン蒸気のイオンを真空槽10内に放出させる。真空槽10内は水素ガス雰囲気にしておき、電荷を有するカーボン蒸気を成膜対象物20に到達させる。成膜対象物20の表面にSiC膜22を形成しておくと、UNCDが成長する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイヤモンド膜にかかり、特に、3〜10nmの多結晶ダイヤモンド膜(UNCD)を形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ウルトラ・ナノ・結晶・ダイヤモンド(以下、UNCDと呼称)は3〜10nm程度のナノメータオーダの多結晶ダイヤモンドである。従来、レンズ等の金型(スタンパ)では、溶融したガラスを鋳込むため、金型が800℃近くまで高温にさらされる。そのため、金型の耐久性や離剥性を確保するために、イリジウム(Ir)、レニウム(Re)、白金(Pt)を金型表面にコーティングするか、又はイオン注入させている。
【0003】
しかし、イリジウムやレニウムや白金は貴金属であるので処理のコストが非常に高くなる。また、コーティングの手法としてスパッタあるいはイオンビームスパッタがあるが、それらの手法はターゲットの使用効率が低いという問題がある(金型につけるより、成膜室内壁に多量についてしまう)。
【0004】
一方、コスト的に低価格なコーティング膜としてダイヤモンド・ライク・カーボン(以下、DLCと呼称)が知られているが、DLCは非平衡相であるため、300℃から相変化を始めるため、高温にさらされるとSP2組成(グラファイト構造)比率が高くなり、高温用の金型には寿命が短く使えない。また酸化する問題もある。
【0005】
それに対し、単結晶ダイヤモンドは耐熱性としては優れているが、ヘテロ成長しない。金型は通常ハステロイ(タングステン・カーバイト:WC)が用いられるが、ダイヤモンドとは結晶構造が違うため、ハステロイには成長しない。
【0006】
また、成膜プロセスが高温であり、CVD等カーボンを含む原料ガスを接触させると、金属中にカーボンが溶けこんでしまい、ダイヤモンド結晶が成長しない。成長させるためには、ハステロイの上にダイヤモンドと結晶構造のよく似たシード層を形成しなければならないが、そのためには良質なシリコンやSiCを形成する必要があり、非常に装置のコストやランニングコストがかかってしまう。
【0007】
また現在、CVDやアーク蒸着法等用いても大面積の単結晶ダイヤモンドを均一に成長させることはできないし、仮にできたとしても非常にエネルギーを投入しかつ成膜に長時間を要するのでコストと生産量で割が合わない。
【0008】
多結晶ダイヤモンドはCVD等で大面積でもできているが、やはり単結晶ダイヤと同様でヘテロ成長しづらいことと、成膜された面の凹凸が大きくレンズのような平面を要する金型には採用できない。
【0009】
UNCDはヘテロ成長することができ、かつ平面の凹凸は小さい等、単結晶ダイヤモンドと多結晶ダイヤモンドの両方の長所を合わせ持っている。現在、UNCDはレーザアブレーション等で成膜されているが、その成膜エリアは狭く、また分布を持ってしまう。これはレーザアブレーションで発生するプルーム(プラズマ)に密度の濃淡があるため、成膜エリアも小さくまたUNCDの密度の濃淡が発生する原因と考えられている。
【0010】
従来の貴金属を用いたスパッタやイオンビームスパッタではランニングコストがかかり、かつターゲット効率が低いという問題がある。一方、カーボン系のDLCでは耐熱性が低く、また単結晶ダイヤモンドでは大面積に成長できないし、成膜する基材が限定される。多結晶ダイヤモンドでは凹凸があり金型には用いられない、そこでUNCDは金型用の膜特性としては耐熱性が高く、かつ表面は平坦であることから、材料としては非常に有望な材料であるが、成膜手法のレーザアブレーションでは大面積ができないことやUNCDが面内で密度分布を持ってしまい均一な膜性能が得られないという問題がある。
【0011】
また、UNCDの成長にはカーボンイオンが関与するが、レーザアブレーションでのカーボンプラズマのプルームをストリークカメラで観察すると、基板エリア近傍でカーボンイオンは少なく殆ど中性であることが判明した。一方、アークプラズマガンではプラズマ中でのイオンの比率は80%以上に達していることが、文献等で確認されている。
【特許文献1】2004−307241号公報
【特許文献2】2005−15325号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明はランニングコストが安く、また大面積にかつ成長レートが早いUNCD成膜できる成膜技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明は、真空槽と、筒状のアノード電極と、前記アノード電極内に配置されたグラファイトから成るカソード電極と、前記アノード電極内に配置され前記カソード電極とは離間されたトリガ電極と、前記真空槽に設けられた水素ガス導入系とを有するダイヤモンド膜製造装置である。
また、本発明は、金属の基体表面に炭素を含む中間層が形成された成膜対象物を真空槽内に配置し、前記真空槽内を水素ガス雰囲気にし、筒状のアノード電極内に配置されたグラファイトから成るカソード電極と、前記カソード電極とは絶縁されたトリガ電極内にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極からカーボン蒸気を放出させ、前記成膜対象物表面に到達させ、ダイヤモンド膜を形成するダイヤモンド膜製造方法である。
また、本発明は、前記中間層にSiC膜を用いるダイヤモンド膜製造方法である。
【0014】
本発明は上記のように構成されており、電荷質量比が小さな液滴はアノード電極から放出されず、電荷を有する微小なカーボン蒸気(カーボンイオン)だけがアノード電極から放出されるので、微小なダイヤモンド結晶の膜が得られる。
【0015】
水素を導入しない場合、炭素と炭素の結合だけになり、平面的な構造(二次元的な構造、SP2構造)になってしまい、グラファイトが生成され、ダイヤモンドは生成されないが、本発明では水素が導入されており、水素が炭素の結合手に付着すると、炭素と炭素の結合の他、炭素と水素の結合ができ、エネルギー的に安定な三次元的なテトラ構造(SP3構造)になりやすくなる。テトラ構造はダイヤモンドの構造であり、ダイヤモンドが生成されやすくなっている。
【発明の効果】
【0016】
アーク放電によって電荷を有するカーボン蒸気(カーボンイオン)を発生させており、3nm以上10nm以下の微小なダイヤモンド結晶の多結晶膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1を参照し、符号1は本発明のダイヤモンド膜製造装置を示している。
このダイヤモンド膜製造装置1は、真空槽10と、ホルダ17と、一乃至複数台の蒸着源13を有している。
蒸着源13は筒状のアノード電極131を有している。
ホルダ17は真空槽10内に配置されており、蒸着源13は、アノード電極131の筒の一方の開口である放出口136をホルダ17に向けて配置されている。
【0018】
アノード電極131内には、カソード電極132と、ワッシャ碍子133と、トリガ電極134と、棒状電極135が、放出口136側からこの順序で配置されている。カソード電極132は、蒸着材料で構成されている。ここでは蒸着材料にはグラファイトが用いられている。
【0019】
カソード電極132と棒状電極135は、円柱状であり、カソード電極132は棒状電極135の先端に取りつけられている。ワッシャ碍子133とトリガ電極134とはリング状であり、カソード電極132と棒状電極135は、それらリングに挿通されている。
【0020】
アノード電極131と、トリガ電極134と、カソード電極132とは相互に絶縁されており、異なる電圧が印加できるように構成されている。
アノード電極131と真空槽10は接地電位に接続されている。
棒状電極135はアーク電源141に接続されており、トリガ電極134はトリガ電源142に接続されている。
真空槽10は真空排気系31に接続されており、真空槽10内を真空排気し、10-5Paの真空雰囲気を形成する。
【0021】
真空槽10には、水素ガス導入系32が接続されており、水素ガス導入系32によって真空槽10内に水素ガスを導入し、真空槽10内の圧力を5Torr(5×133.32Pa)以上、10Torr(10×133.32Pa)以下の範囲の水素ガス雰囲気に維持する。
【0022】
アーク電源141により、棒状電極135を介してカソード電極132に負電圧を印加した状態で、トリガ電源142により、トリガ電極134にカソード電極132に対して正電圧を印加すると、ワッシャ碍子133の表面で、トリガ電極135とカソード電極132との間にトリガ放電が起こり、カソード電極132から蒸着材料の蒸気(ここではカーボン蒸気である)が発生し、アノード電極131内に放出される。
【0023】
蒸着材料の蒸気によってアノード電極131内の圧力が上昇し、放電耐圧が低下するとアノード電極131の内壁面とカソード電極132の側面との間にアーク放電が誘起される。カソード電極132にアーク電流が流れると表面が蒸発し、多量の蒸着材料の蒸気(カーボン蒸気)と電子が放出され、アノード電極131内にカーボンのプラズマが形成される。
【0024】
カソード電極132と棒状電極135はアノード電極131の中心軸線上に配置されており、アーク放電によるアーク電流は、アノード電極131の中心軸線上を流れ、アノード電極131内に磁界を形成する。
【0025】
アノード電極131内に放出された電子は、アーク電流によって形成される磁界により、電流が流れる向きとは逆向きのローレンツ力を受け、放出口136から真空槽10内に放出される。
【0026】
カソード電極132から放出されたカーボン蒸気にはイオン(荷電粒子)と中性粒子が含まれるが、電荷質量比の小さい(電荷が質量に比べて小さい)巨大荷電粒子や中性粒子は直進し、アノード電極131の壁面に衝突するが、電荷質量比の大きな荷電粒子は、電子に引き付けられ、アノード電極131の放出口136から真空槽10内に放出される。
【0027】
ホルダ17の、蒸着源13と対面する面には、一乃至複数個の成膜対象物20が配置されている。
この成膜対象物20は、基体21と、該基体21表面に形成された中間層22とを有しており、中間層22が蒸着源13に向けられている。ここでは基体21は直径4インチの金型であり、ニッケルを主成分とし、モリブデン、クロム、鉄が含有された合金で構成されている。中間層22は、SiC膜で構成されている。
ホルダ17の裏面には、ヒータ19が配置されており、成膜対象物20は、予め400℃以上の温度に加熱されている。
【0028】
真空槽10内に放出されたカーボン蒸気イオンはホルダ17方向に向かって飛行し、中間層22に到達すると、その表面にダイヤモンド膜が成長する。このダイヤモンド膜は、3nm以上10nm以下のダイヤモンドの結晶の多結晶膜(UNCD)である。
【0029】
上記成膜対象物20が金型21ではなく、シリコン基板の場合は、カーボン蒸気を直接付着させても成膜対象物20の表面にUNCDを成長させることができるが、非晶質な材料ではダイヤモンドの種結晶ができずらく、また、金属等、カーボンが溶融するような材料では、カーボンが成膜対象物に溶解し、ダイヤモンドは成長しない。
【0030】
金型はニッケルを主成分とする合金が多用されているが、本発明では、金型である基体21表面に中間層22を形成しているので、カーボンが基体21に溶解することがない。
中間層22は炭化物膜などの化学構造中に炭素を含む膜を用いることができる。
【0031】
中間層として用いることができる炭化物膜には、SiC膜、TiC膜、ZrC膜等がある。特に、SiC膜については、強い付着強度が期待できる。
その他に中間層として用いることができる炭化物膜を形成できる材料には、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Co、Ni、Fe、Y、Al、B等の金属や、SiO2、Si34等の化合物がある。
【0032】
なお、アーク電流は、アーク電源141内のコンデンサユニットの放電が終了すると停止する。アーク電流が流れる時間は200μ秒〜1m秒程度である。コンデンサの充電後、トリガ放電を生じさせると、アーク電流は再び流れ、カーボン蒸気が放出される。これを繰り返すことで、成膜対象物20表面に所望膜厚のUNCDを成長させることができる。
【0033】
また、真空槽10の外部には、モータ18が配置されており、ホルダ17は、モータ18によって回転されている。この回転により、ホルダ17に配置された成膜対象物20が、複数の蒸着源13の開口と対向する位置を周期的に横断し、均一なUNCDが形成されるように構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明を説明するための図面
【符号の説明】
【0035】
1……ダイヤモンド膜製造装置
10……真空槽
20……成膜対象物
21……基体
22……中間層
32……水素ガス導入系
131……アノード電極
132……カソード電極
134……トリガ電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽と、
筒状のアノード電極と、
前記アノード電極内に配置されたグラファイトから成るカソード電極と、
前記アノード電極内に配置され前記カソード電極とは離間されたトリガ電極と、
前記真空槽に設けられた水素ガス導入系とを有するダイヤモンド膜製造装置。
【請求項2】
金属の基体表面に炭素を含む中間層が形成された成膜対象物を真空槽内に配置し、
前記真空槽内を水素ガス雰囲気にし、
筒状のアノード電極内に配置されたグラファイトから成るカソード電極と、前記カソード電極とは絶縁されたトリガ電極内にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、
前記カソード電極からカーボン蒸気を放出させ、前記成膜対象物表面に到達させ、ダイヤモンド膜を形成するダイヤモンド膜製造方法。
【請求項3】
前記中間層にSiC膜を用いる請求項2記載のダイヤモンド膜製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−247032(P2007−247032A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−75404(P2006−75404)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】