説明

ディーゼル機関の制御装置

【課題】燃焼室内に供給された燃料が着火しにくい条件においては、スワール流による噴射燃料の拡散を抑制可能な、直接噴射式のディーゼル機関の制御技術を提供する。
【解決手段】ディーゼル機関のECUは、燃料噴射装置からの噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件であるか否かを判定する着火性判定手段(S104,S106)と、燃焼室におけるスワール比の分布を推定するスワール分布推定手段(S110)と、着火しにくい条件であると判定された場合には、推定されたスワール比の分布に基づいて高スワール期間を特定し、高スワール期間に噴射期間が重ならないよう、噴射時期を設定する噴射条件設定手段(S114,S120)を有する。噴射燃料が燃焼室全体に拡散することを抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼル式内燃機関の制御技術に関し、特に、燃焼室にスワール流が形成され、当該燃焼室に向けて燃料噴射弁が直接燃料を噴射するディーゼル式内燃機関における燃料噴射制御に関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼル式の内燃機関(以下、単に「ディーゼル機関」と記す)においては、噴射燃料と空気の混合を促進するために、シリンダボアの軸心を中心に旋回する旋回流であるスワール流を形成することが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1のディーゼル機関では、運転状態に応じて、気筒内におけるスワール流の強度、燃料噴射時期、及びEGR量を制御することで、黒煙等の粒子状物質の発生を抑制することが提案されている。
【0003】
また、ディーゼル機関には、ピストンの頂部に皿状の燃焼室が形成されており、この燃焼室に向けて燃料噴射弁が直接燃料を噴射する形式のものが知られている。このような直接噴射式のディーゼル機関における燃焼室形状は、一般的に、気筒内に形成されるスワール流の強度、すなわち一行程あたりのスワール流の回転数である「スワール比」に応じて最適な形状が決められている。
【0004】
【特許文献1】実開平5−6136号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようなディーゼル機関にあっては、なるべく圧縮比を低く設定することが求められている。圧縮比を低く設定し、圧縮された時(以下、圧縮時と記す)の燃焼室内の雰囲気温度を低下させることで、燃料の燃焼温度を下げることができ、窒素酸化物等の発生を低減することができる。また、圧縮比を低く設定することで、内燃機関のポンプ損失を低減して、燃費の向上を図ることもできる。
【0006】
しかし、圧縮された時の燃焼室内の雰囲気温度が低くなると、燃焼室内に供給された燃料が着火しにくくなる。特に、内燃機関の冷間時など、気筒内に流入する吸気温度が低く、噴射燃料が着火しにくい条件においては、未燃の炭化水素(以下、未燃HCと記す)の排出量が増大してしまうという問題が生じる。
【0007】
ところで、ピストンに燃焼室が形成された直接噴射式のディーゼル機関において、燃焼室の各部位におけるスワール比は均一なものではない。例えば、燃焼室がリエントラント形である場合、すなわち、燃焼室形状を規定する壁面のうち燃焼室の開口側に、ピストン中心軸側に突出する部位(以下、リップと記す)が形成されている場合、燃焼室のうちリップよりピストン中心軸側には、特に圧縮上死点前において、燃焼室の他の部位に比べて、スワール比の高い領域(以下、高スワール領域と記す)が形成されることがある。このような高スワール領域に、燃料噴射弁からの噴射燃料が取り込まれると、燃料が燃焼室全体に急速に拡散することとなる。
【0008】
圧縮比の比較的高いディーゼル機関や、機関本体が十分に暖機されている場合など、圧縮時の雰囲気温度が十分に高い場合は、噴射燃料が高スワール領域に取り込まれて拡散しても、燃料と空気の混合が良好に促進されて問題はない。しかし、圧縮比が比較的低いディーゼル機関の場合、高圧縮比のディーゼル機関に比べて圧縮時の雰囲気温度が低く、特に、冷間時など燃料が着火しにくい条件において噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれて燃焼室全体に拡散すると、未燃HCの排出量が増大してしまうという問題が生じる。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、燃焼室内に供給された燃料が着火しにくい条件においては、スワール流による噴射燃料の拡散を抑制可能な、直接噴射式のディーゼル機関の制御技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明に係るディーゼル機関の制御装置は、燃焼室にスワール流が形成され、当該燃焼室に向けて燃料噴射装置が直接燃料を噴射するディーゼル機関において、燃料噴射装置からの噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件であるか否かを判定する着火性判定手段と、燃焼室におけるスワール比の分布を推定するスワール分布推定手段と、着火しにくい条件であると判定された場合に、噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれないよう、推定されたスワール比の分布に基づいて燃料噴射装置の噴射条件を設定する噴射条件設定手段と、を有することを特徴とする。
【0011】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、噴射条件設定手段は、燃焼室においてスワール比が所定値以上に高くなる高スワール期間、又は、燃焼室のスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域に重ならないよう、噴射条件を設定するものとすることができる。
【0012】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、さらに、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃焼室のうち所定領域においてスワール比が所定値以上に高くなる期間である高スワール期間を特定する高スワール期間特定手段を備えるものとすることができ、噴射条件設定手段は、特定された高スワール期間に噴射期間が重ならないよう、噴射時期を設定するものとすることができる。
【0013】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、燃焼室形状を規定する壁面のうち燃焼室の開口側には、ピストン中心軸側に突出している部位であるリップが設けられているものとすることができ、前記所定領域は、リップのピストン中心軸側に設定されているものとすることができる。
【0014】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、さらに、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃料噴射装置の噴射期間において燃焼室のうちスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域を特定する高スワール領域特定手段を備えるものとすることができ、噴射条件設定手段は、特定された高スワール領域に燃料噴射装置からの燃料噴霧が到達しないよう、燃料噴霧の到達距離を短くする到達距離短縮手段を含むものとすることができる。
【0015】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、到達距離短縮手段は、噴射圧を低下させると共に、1サイクルあたりの噴射回数を増大させるものとすることができる。
【0016】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、燃焼室形状を規定する壁面のうち、燃焼室の開口側には、ピストン中心軸側に突出している部位であるリップが設けられているものとすることができ、高スワール領域は、リップのピストン中心軸側であるものとすることができる。
【0017】
本発明に係るディーゼル機関の制御装置において、着火性判定手段は、ディーゼル機関の機関本体を循環する冷却水の温度が判定水温以下であるか否かを判定する冷却水温判定手段を含むものとすることができ、冷却水温が判定水温以下であると判定された場合に、着火しにくい条件であると判定するものとすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、冷間時など噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件である場合には、スワール比の高いスワール流に取り込まれないよう燃料噴射装置の噴射条件が補正されるため、燃料噴射装置から噴射された燃料が、スワール比の高いスワール流に取り込まれて燃焼室全体に拡散することを抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。また、下記実施の形態における構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、あるいは実質的に同一のものが含まれる。
【実施例1】
【0020】
まず、本実施例に係るディーゼル式内燃機関の概略構成について、図1−1,図1−2及び図2を用いて説明する。図1−1は、内燃機関の気筒周辺の構成を示す断面図である。図1−2は、圧縮上死点近傍において燃料噴射装置が燃焼室に向けて燃料を噴射する態様を示す図である。図2は、燃料噴射弁と吸気ポート及び排気ポートの配置を示す図である。なお、図1−1,図1−2及び図2には、本発明に関連する要部のみを模式的に示している。
【0021】
本実施例に係る内燃機関は、圧縮されて高温となった燃焼室内の雰囲気に、燃料を供給することで、燃料を自然着火させる圧縮自着火式の内燃機関、つまりディーゼル式内燃機関である。また、このディーゼル式内燃機関は、ピストンに燃焼室が形成されており、当該燃焼室に向けて燃料噴射弁が直接燃料を噴射する直接噴射式のディーゼル式内燃機関(単に「ディーゼル機関」ともいう)である。このディーゼル式の内燃機関は、自動車に原動機として搭載されるものであり、自動車には、ディーゼル機関を含むエンジンシステムを制御する制御手段として、電子制御装置(以下、ECUと記す)が設けられている。以下、ディーゼル機関が有する複数の気筒のうち一つの気筒について説明する。
【0022】
図1−1に示すように、ディーゼル機関10には、内部に気筒が形成される機関本体系の部品として、シリンダブロック12、シリンダヘッド20、ピストン30、コンロッド16、及び図示しないクランク軸が設けられている。シリンダブロック12には、シリンダボア14が形成されており、ピストン30は、シリンダボア14内を、その軸心(以下、ボア軸心と記す)に沿って往復運動する。ボア軸心と、後述するピストン30の中心軸(以下、ピストン中心軸と記す)は、一致しており、以下の説明において、ボア軸心及びピストン中心軸を図に一点鎖線Cで示す。
【0023】
ピストン30の往復運動は、回転運動に変換されて図示しないクランク軸から機械的動力が出力される。ディーゼル機関10には、クランク軸の回転角位置(以下、クランク角と記す)を検出するクランク角センサが設けられており、クランク角に係る信号を、ECUに送出している。
【0024】
シリンダブロック12には、ピストン30に対向してシリンダボア14を塞ぐようにシリンダヘッド20が結合されている。シリンダブロック12とシリンダヘッド20との合わせ面となる平面は、ボア軸心Cに直交しており、以下、この仮想平面を「トップデッキ平面」と記して、図1−1に二点鎖線Tで示す。
【0025】
シリンダブロック12とシリンダヘッド20には、図示しない冷却水通路が形成されており、シリンダブロック12には、冷却水通路を循環する冷却水の温度(以下、水温と記す)を検出する水温センサが設けられている。水温センサは、水温に係る信号を、ECUに送出している。
【0026】
また、シリンダヘッド20には、シリンダボア軸心Cを挟んで、一方の側には、吸入空気を気筒内に導く吸気ポート24が形成されており、他方の側には、気筒内からの排気ガスを排出する排気ポート26が形成されている。
【0027】
また、シリンダヘッド20には、吸気ポート24及び排気ポート26に対応して、それぞれ吸気弁25と排気弁27が設けられている。これら吸気弁25と排気弁27は、図示しないカムシャフトを介して、クランク軸からの機械的動力を受けて駆動される。吸気弁25及び排気弁27は、クランク軸の回転角位置(以下、クランク角と記す)に応じて所定のタイミングで開閉可能に構成されている。
【0028】
吸気弁25を開くと、吸気ポート24と気筒内が連通し、図示しない吸気通路からの空気を、吸気ポート24から気筒内に吸入することが可能となる。また、排気弁27を開くと、排気ポート26と気筒内が連通し、気筒内にある排気ガスを、排気ポート26から図示しない排気通路に排出することが可能となる。
【0029】
これら吸気ポート24と排気ポート26は、図2に示すように、それぞれ2つ設けられており、ボア軸心Cを含み、且つクランク軸の軸方向(以下、単に「クランク軸方向」と記し、図2に矢印Sで示す)に延びる仮想の平面である気筒列平面(図中、一点鎖線Eで示す)を挟んで、互いに対向するよう配置されている。つまり、各気筒において、吸気ポート24と排気ポート26は、いわゆるクロスフロー式の配置となっている。
【0030】
なお、以下の説明において、ボア軸心Cを含む気筒列平面Eに対して吸気ポート24が設けられる側を、吸気側と記し、図に符号INで示す。一方、平面Eに対して排気ポート26が設けられる側を、排気側と記し、図に符号EXで示す。
【0031】
また、図2に示すように、吸気ポート24は、いわゆるヘリカルポートとして構成されており、吸気ポートの内壁(外縁)24eに沿って螺旋状に旋回する吸気流れを形成可能となっている。吸気ポート内における吸気流の流動方向を図に矢印Vで示す。このように各吸気ポートにおいて、同一方向の旋回流を形成することで、ディーゼル機関は、気筒内において、シリンダボア軸心Cを中心にシリンダ壁15に沿って旋回する旋回流(以下、スワール流と記し、図に矢印Wで示す)を形成することが可能となっている。
【0032】
また、図1−1に示すように、シリンダヘッド20のシリンダボア14に対向する壁面である天井壁22は、トップデッキ平面Tとのほぼ一致するよう配設されている。天井壁22は、その周縁22eにおいてシリンダボア14の壁面であるシリンダ壁15に滑らかに連続するよう形成されている。天井壁22の中央部22aには、シリンダボア軸心Cに沿って、燃料噴射装置50が配設されている。
【0033】
燃料噴射装置50は、気筒ごとに設けられており、気筒内に直接燃料を噴射可能に、噴孔を有するノズル部51が、シリンダヘッド20の天井壁中央部22aに配設されており、気筒内に露出している。燃料噴射装置50のノズル部51には、シリンダボア軸心を中心とする周方向において、8つの噴孔(図示せず)が等間隔に配列されている。燃料噴射装置50は、図1−2に示すように、ピストン30が圧縮上死点近傍にあるときに、ピストン30の燃焼室40に向けて、各噴孔からピストン中心軸Cを中心に放射状に燃料を噴射する。なお、燃料噴射装置50の制御等、詳細については後述する。
【0034】
なお、天井壁中央部22aとは、図2に示すように、燃焼室40の天井壁22のうちボア軸心Cが通る部位に加えて、吸気ポート24の外縁24eと排気ポート26の外縁26eとの間に挟まれた部位を含んでいる。一方、天井壁周縁部22cとは、天井壁22の周縁22eに加え、天井壁22の周縁22eと、吸気ポート24の外縁24e又は排気ポート26の外縁26eとの間に挟まれた部位を含んでいる。
【0035】
また、図1−1に示すように、ピストン30の頂部31には、頂面32からピストン軸方向をクランク側(図に矢印Dで示す)に凹むキャビティである燃焼室40が形成されている。すなわち、ピストン30の頂部31には、燃焼室の形状を規定する湾曲した壁面であるキャビティ壁が設けられている。ピストンに形成された燃焼室の詳細な形状については、後述する。
【0036】
以上に説明した、シリンダブロック12に形成されたシリンダ壁15、シリンダヘッド20の天井壁22、及びピストン30の頂面32と、燃焼室40の形状を規定するキャビティ壁31により空間が、いわゆる「気筒」となる。つまり、気筒には、シリンダボア14のうちピストン30の頂面32よりシリンダヘッド20側の空間に加え、ピストン30に形成された燃焼室40が含まれている。
【0037】
なお、以下の説明において、シリンダボア軸心、すなわちピストン中心軸Cに沿う方向を、「ピストン軸方向」と記す。これに対し、シリンダボア軸心すなわちピストン中心軸と直交する方向を、「ピストン径方向」と記して図2に矢印Rで示す。また、ピストン軸方向のうち、ピストン30がシリンダヘッド20に向かう向きを「ヘッド側」と記して図に矢印Uで示す。また、ピストン軸方向のうち上方とは反対の向きを「クランク側」と記して図に矢印Dで示す。
【0038】
以上のように構成されたディーゼル式内燃機関10は、圧縮比が比較的低い値、例えば、15.8に設定されている。このような低圧縮比に設定することで、例えば、圧縮比が18.0に設定されているディーゼル機関に比べて、図1−2に示すように、ピストン30が圧縮上死点近傍までヘッド側に移動した時(以下、圧縮時と記す)において、燃焼室内の雰囲気温度を低下させることができ、燃料噴射装置50から噴射された燃料の燃焼温度を下げることができる。これにより、窒素酸化物等の発生を低減することができる。また、圧縮比の低減によりディーゼル機関のポンプ損失を低減して、燃費の向上を図ることが可能となっている。
【0039】
次に、本実施例に係るディーゼル式内燃機関の燃焼室形状について、図1−1及び図3を用いて説明する。図3は、燃焼室形状を説明する説明図である。なお、図3においては、燃焼室の断面形状の片側を示している。以下に説明する断面形状は、ピストン周方向に連続しており、環状に設けられている。
【0040】
図1−1及び図3に示すように、ディーゼル機関10のピストン30には、いわゆるリエントラント形の燃焼室40が形成されている。燃焼室形状を規定する壁面であるキャビティ壁31のうち、燃焼室40の開口41側の端部33は、ピストン中心軸側に突出しており、以下、この端部33を「リップ」と記す。なお、燃焼室40の開口41の径は、シリンダボア14の径に比べて小さなものとなっている。
【0041】
リップ33は、ピストン中心軸C(すなわちピストン径方向R内側)に凸となって湾曲する曲面となっており、ピストン周方向G(図2参照)に連続する環状に設けられている。キャビティ壁31は、リップ33からクランク側に向かうに従って、ピストン径方向R外側に位置するよう形成されている。すなわち、燃焼室40は、リップ33からクランク側に向かうに従って、ピストン径方向Rに拡大している。キャビティ壁31のうち最もピストン径方向R外側にある部位を、以下、「最外部」と記して符号34で示す。
【0042】
最外部34は、ピストン径方向R外側に凸となって湾曲する曲面となっている。キャビティ壁31は、最外部34から、クランク側に向かうに従って、ピストン径方向R内側に位置するよう形成されており、キャビティ壁31のうち最もピストン頂面32から離間した部位35(以下、底部と記す)に連続している。
【0043】
底部35は、クランク側に凸となって湾曲した曲面となっている。キャビティ壁31は、底部35からピストン中心軸Cに向かうに従って、ヘッド側に位置するよう形成されており、キャビティ壁31のうちピストン中心軸Cが通る部位38(以下、ピントル部と記す)に連続している。
【0044】
ピントル部38は、ピストン軸方向のヘッド側に凸となって湾曲した曲面(球面)となっている。キャビティ壁31は、底部35よりピストン径方向R内側において、ピントル部38と頂点とする略円すい形状となっている。すなわち、キャビティ壁31のピントル部38は、底部35からピストン軸方向のヘッド側に突出して設けられている。
【0045】
以上に説明したキャビティ壁31の断面形状は、ピストン周方向G(図2参照)に連続しており、略環状をなしている。すなわち、キャビティ壁31により形状が規定される燃焼室40は、ピストン中心軸を中心とする軸対称形状となっている。
【0046】
図3に示すように、燃焼室40のうちキャビティ壁31の最外部34よりピストン中心軸C(ピストン径方向R内側)の領域であり、且つ底部35よりピストン軸方向ヘッド側の領域を、以下に「ボール部」と記して、符号40bで示す。つまり、燃焼室40のボール部40bは、最外部34及び底部35を外表面とする円環状(トーラス状)の領域となっている。
【0047】
また、燃焼室40のうち、ボール部40bよりピストン中心軸Cの領域であり、且つ、キャビティ壁31のピントル部38よりピストン軸方向ヘッド側の領域を、以下に「中央部」と記して符号40aで示す。つまり、燃焼室40の中央部40aは、ピストン中心軸を中心とし、燃焼室40の開口41に底面が隣接する円柱形状から、ピントル部38を頂点とする円すい形状を差引いた形状の領域となっている。
【0048】
また、燃焼室40のうち、キャビティ壁31のリップ33よりピストン中心軸Cの領域を、以下に「リップ部」と記して、符号40rで示す。燃焼室40のリップ部40rは、ボール部40bよりピストン軸方向ヘッド側の領域であり、且つ、中央部40aよりピストン径方向R外側の領域となっている。つまり、リップ部40は、燃焼室40のうち、開口41とキャビティ壁31のリップ33に隣接する環状の領域である。
【0049】
また、ピストン30の頂面32と、シリンダヘッド20の天井壁周縁部22cとの間には、スキッシュ領域14sが形成される。ピストン30がヘッド側に移動して、頂面32と天井壁22との距離が短くなると、スキッシュ領域にあるガスが圧縮されて、ピストン中心軸Cに流動し、開口41から燃焼室40に流入することとなる。
【0050】
次に、本実施例に係るディーゼル式内燃機関のエンジンシステムについて、図4を用いて説明する。図4は、エンジンシステムの構成を示す模式図である。なお、図4には、本発明に関連する要部のみを示している。
【0051】
ディーゼル機関10には、燃焼室に燃料を供給するエンジンシステム1として、気筒ごとに備えられ、燃焼室40に向けて燃料を噴射する燃料噴射装置50と、各燃料噴射装置50に燃料を分配する燃料レール62と、燃料レール62に昇圧した燃料を圧送する高圧燃料ポンプ64と、燃料レール62内の燃圧(以下、レール内燃圧と記す)を制御するための燃圧センサ67及び圧力開放弁68と、を有している。高圧燃料ポンプ64から燃料レール62に圧送された燃料は、燃料レール62で分配されて各燃料噴射装置50に供給される。
【0052】
高圧燃料ポンプ64は、ディーゼル機関10のカムシャフト(図示せず)からの機械的動力を受けて作動し、燃料タンク100内にある低圧燃料ポンプ102から供給された燃料を吸入して昇圧する。高圧燃料ポンプ64は、昇圧した燃料を燃料レール62に圧送して供給する。高圧燃料ポンプ64が吸入・圧送する燃料量は、図示しない吸入制御弁により調整される。吸入制御弁を含む高圧燃料ポンプ64の作動は、ECU80により制御される。
【0053】
燃料レール62は、内部に蓄圧室66が形成されており、蓄圧室66は、燃料を所定の燃圧で蓄圧可能に構成されている。燃料レール62は、この蓄圧室66から各燃料噴射装置50に燃料を分配して供給する。燃料レール62の蓄圧室66には、高圧燃料ポンプ64から高圧(例えば、180MPa)の燃料が供給される。
【0054】
また、燃料レール62には、蓄圧室66における燃圧(以下、レール内燃圧と記す)を所望の圧力となるよう制御するため、レール内燃圧を検出する燃圧センサ67と、燃料レール62内の蓄圧室66の燃料をリターン配管69に放出することで、レール内燃圧を調整する圧力開放弁68が設けられている。燃圧センサ67は、検出したレール内燃圧に係る信号をECU80に送出している。
【0055】
一方、圧力開放弁68は、電磁式の遮断弁として構成されており、その開閉弁動作は、ECU80により制御される。圧力開放弁68は、高圧燃料ポンプ64から圧送される燃料により、レール内燃圧が所望の圧力を超えようとするときに開弁し、蓄圧室66の燃料をリターン配管59に放出することで、レール内燃圧を低下させることが可能となっている。
【0056】
各燃料噴射装置50は、共通の燃料レール62の蓄圧室66から所定のレール内燃圧で燃料の供給を受けている。燃料噴射装置50は、ピエゾ式の燃料噴射弁で構成されており、1サイクル中に複数回の燃料噴射を行うことが可能となっている。各サイクルにおける燃料噴射装置50の噴射期間、すなわち噴射時期及び噴射時間長さ(開弁時間)は、図示しないドライバユニットを介して、ECU80により制御される。
【0057】
燃料噴射装置50が燃料を噴射する噴射圧は、燃料レール62のレール内燃圧に応じたものとなっている。つまり、燃料噴射装置50が噴射した燃料噴霧の到達距離(飛翔距離)は、噴射圧すなわちレール内燃圧に応じたものとなっている。つまり、燃料レール62のレール内燃圧を所望の値に制御することで、燃料噴射装置50が噴射した燃料噴霧の到達距離を所望の値に制御することが可能となっている。燃料レール62のレール内燃圧は、高圧燃料ポンプ64の吸入制御弁(図示せず)と、燃料レール62の圧力開放弁68を制御することで、調整される。高圧燃料ポンプの吸入制御弁と、燃料レール62の圧力開放弁68は、ECU80により制御され、詳細は後述する。
【0058】
以上のように構成されたエンジンシステム1において、ECU80は、クランク角センサ70からのクランク角に係る信号と、水温センサ74から機関本体を循環する冷却水の水温に係る信号と、大気圧センサ76からの大気圧に係る信号と、燃圧センサ67から燃料レール62のレール内燃圧に係る信号とを受けている。また、ECU80は、ディーゼル機関が搭載された自動車に設けられているアクセルポジションセンサ78から、アクセルペダルの操作量(以下、アクセル操作量と記す)に係る信号を受けている。また、ECU80は、エアフロメータ72から、気筒内に吸入される空気量(以下、吸入空気量と記す)に係る信号を受けている。
【0059】
これら信号から、ECU80は、クランク軸の回転角位置(クランク角)と、クランク軸の回転速度(以下、機関回転速度と記す)と、ディーゼル機関がクランク軸から出力している機械的動力(以下、機関負荷と記す)と、レール内燃圧と、水温と、吸入空気量と、大気圧と、アクセル操作量を算出している。また、ECU80は、大気圧から、ディーゼル機関10が搭載された自動車がおかれている標高を算出している。
【0060】
また、以上の制御変数から、ECU80は、各燃料噴射装置50の各サイクルにおける燃料噴射条件を算出している。燃料噴射条件には、噴射量、噴射期間(噴射時期及び噴射時間長さ)、燃料噴射圧、及び噴射回数が含まれている。ECU80は、算出された燃料噴射条件に応じて、燃料噴射装置50、高圧燃料ポンプ64の吸入制御弁、及び燃料レール62の圧力開放弁68を制御している。
【0061】
ECU80は、機関回転速度、アクセル操作量、水温、吸入空気量、大気圧等に基づいて、基準となる燃料噴射量(以下、基本噴射量と記す)を算出している。ECU80は、基本噴射量を、レール内燃圧等の制御変数で補正して、最終的な燃料噴射量(以下、最終噴射量と記す)を算出する。ECU80は、算出された最終噴射量から、燃料噴射装置50の噴射時間長さ(開弁時間)を算出し、燃料噴射装置50を制御している。
【0062】
ECU80は、アクセル操作量、クランク角に基づいて、基準となる燃料噴射時期(以下、基本噴射時期)を算出している。さらに、ECU80は、算出された基本噴射時期を、大気圧、水温、吸気温度、過給圧等により補正して、最終的な燃料噴射時期(以下、最終噴射時期と記す)を算出している。
【0063】
ECU80は、機関回転速度、アクセル操作量、レール内燃圧に基づいて、目標とする燃料噴射圧(以下、目標噴射圧と記す)を算出している。ECU80は、算出された目標噴射圧に基づいて、高圧燃料ポンプ64の吸入制御弁と、燃料レール62の圧力開放弁68を制御することで、レール内燃圧を目標噴射圧に合わせることができる。
【0064】
以上に説明したエンジンシステムを備えたディーゼル式内燃機関10は、上述の燃料噴射条件に基づき燃料噴射装置50が制御されて、圧縮上死点近傍において、ディーゼル機関の出力発生を主目的として、気筒内で燃料を拡散燃焼させる燃料噴射(以下、メイン噴射と記す)を実行することが可能となっている。
【0065】
加えて、ディーゼル式内燃機関10は、メイン噴射に加えて、スモーク(黒煙等の粒子状物質)や燃焼騒音の低減を主目的として、メイン噴射に対して進角した時期(例えば、圧縮上死点前70°)に行われ、気筒内で燃料を予混合燃焼させる燃料噴射(以下、パイロット噴射と記す)を実行することが可能となっている。
【0066】
ECU80は、アクセル操作量、クランク角等に基づいて、パイロット噴射における基準となる燃料噴射条件(以下、パイロット基本噴射条件と記す)を算出している。パイロット基本噴射条件には、基準となる燃料噴射量(以下、パイロット基本噴射量と記す)と、基準となる燃料噴射時期(以下、パイロット噴射時期と記す)と、メイン噴射との基準となる噴射間隔(以下、基本噴射間隔と記す)などが含まれている。さらに、ECU80は、算出されたパイロット基本噴射条件を、大気圧等により補正して、パイロット噴射における最終的な燃料噴射条件(以下、パイロット最終噴射条件と記す)を算出することが可能となっている。
【0067】
次に、本実施例に係るディーゼル式内燃機関において燃焼室に形成されるスワール流の態様について、図5−1及び図5−2、図6及び図7を用いて説明する。図5−1は、吸気行程において気筒内にスワール流が形成された態様を示す図である。図5−2は、圧縮行程において気筒内のスワール流が増速されて燃焼室に流入する態様を示す図である。図6は、圧縮行程後半から圧縮上死点にかけて燃焼室に形成されるスワール流のスワール比の変化を説明する図である。図7は、圧縮上死点前10°における高スワール領域と、燃料噴射装置の噴射方向との関係を示す図である。なお、図6において、TDCは、圧縮上死点を示している。
【0068】
まず、吸気行程において、図5−1に示すように、吸気ポート24から気筒内に流入する吸気流Vにより、気筒内にはシリンダボア軸心Cを中心に旋回する旋回流であるスワール流W1が形成される。そして、圧縮行程において、ピストン30がヘッド側に移動し、気筒内の容積が小さくなるに従って、図6に示すように、スワール流は増速される。
【0069】
そして、図5−2に示すように、圧縮行程の後半においては、ピストン30の頂面32と天井壁22の周縁部22cとの間隔が小さくなり、この間にあるガスが圧縮されて、シリンダボア軸心C(ピストン中心軸)に向かうスキッシュ流(図に矢印Kで示す)が形成される。このスキッシュ流Kにより、スワール流W3は、増速されると共にピストン30の燃焼室40に流入する。燃焼室40内に入り込んだスワール流W3は、リップ33のピストン中心軸C側を旋回する。
【0070】
以上に説明した圧縮行程において、スワール流の強度を示す指標である「スワール比」は、図6及び図7に示すように、燃焼室40の平均値と、リップ33のピストン中心軸C側の領域であるリップ部40rでは、クランク角に応じて異なった挙動を示している。
【0071】
なお、「スワール比」とは、スワール流の強度を示すパラメータであり、1行程(1ストローク)すなわちピストン30が下死点から上死点に至るまでの間に、気筒内を旋回するスワール流の回転数を意味している。
【0072】
図7に示すように、リップ部40rのスワール比は、圧縮行程を通して燃焼室40の平均値に比べて高いが、特に、圧縮上死点前30°以降は、リップ部40rのスワール比が急速に増大し、圧縮上死点前10°(図に時点T1で示す)において、リップ部40rのスワール比は、最も高くなる。そして時点T1以降は、スワール比が急速に減少していく。
【0073】
このように燃焼室40の所定の領域であるリップ部40rにおいては、燃焼室40の平均に比べて、特にスワール比が高くなる期間、すなわちスワール比が所定値(例えば、3.8)以上となる高スワール期間Shが、圧縮上死点前において生じることとなる。
【0074】
このような、高スワール期間Shにおいて、図6に示すように、燃料噴射装置50が、矢印Fで示すように、キャビティ壁31のうちリップ33と最外部34との間に向けて燃料を噴射し、噴射された燃料がリップ部40rに到達すると、リップ部40rにおいてスワール比の高いスワール流に取り込まれて、燃料が燃焼室40全体に急速に拡散することとなる。
【0075】
ディーゼル機関の圧縮比が比較的高く設定されている場合や、ディーゼル機関が十分に暖機されている場合など、圧縮時の雰囲気温度が十分に高い場合には、噴射燃料が高スワール領域に取り込まれて拡散しても、燃料と空気の混合が良好に促進されて問題はない。しかし、圧縮比が比較的低く(例えば、15.8)設定されているディーゼル機関の場合、高圧縮比(例えば、18.0)のディーゼル機関に比べて圧縮時の雰囲気温度が低く、特に、ディーゼル機関の冷間時など、燃料が着火しにくい条件において、噴射燃料が高スワール領域に取り込まれて燃焼室全体に拡散すると、未燃HCの排出量が増大してしまう。
【0076】
そこで、本実施例に係るディーゼル式内燃機関の制御装置(ECU)では、燃焼室内において、燃料噴射装置からの噴射燃料が着火しにくい条件であるか否かを判定する機能(着火性判定手段)と、燃焼室におけるスワール比の分布を推定する機能(スワール比推定手段)と、着火しにくい条件であると判定された場合に、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃料噴射装置の噴射条件を設定する噴射条件設定手段と、を有しており、以下に、図4、図6〜図8を用いて説明する。図8は、ディーゼル機関の制御装置(ECU)が実行する燃料噴射制御のフローチャートである。
【0077】
図4及び図8に示すように、まず、ECU80は、ステップS100において、上述した基本的な制御パラメータを取得する。制御パラメータには、機関回転速度、機関負荷、アクセル操作量、クランク角、大気圧、水温等が含まれている。
【0078】
そして、ECU80は、ステップS102において、ディーゼル機関10の運転状態に応じて基本噴射条件を設定する。ECU80は、上述の制御パラメータに基づいて、燃料噴射装置50の基本噴射量と算出すると共に、基本噴射量から基本噴射期間(基本噴射時期及び基本噴射時間長さ)を算出している。
【0079】
そして、ECU80は、ステップS104において、水温が予め設定された判定水温以上であるか否かを判定する。すなわち、燃料噴射装置50からの噴射燃料が、燃焼室において着火しにくい条件であるか否かを判定している。判定水温は、例えば、80℃に設定されている。
【0080】
水温が判定水温以上である(Yes)と判定された場合、ECU80は、ディーゼル機関の暖機が完了しており、燃料噴射装置50からの噴射燃料は、燃焼室40内において着火しにくい条件ではない、すなわち着火性が高い条件であると判定して、ステップS106に進む。
【0081】
ステップS106において、ECU80は、ディーゼル機関10が搭載された自動車がおかれている標高が、所定の判定標高以下であるか否かを判定する。すなわち、燃料噴射装置50からの噴射燃料が、燃焼室40において着火しにくい条件であるか否かを判定している。判定標高は、例えば、0メートルや1000メートルに設定することができる。
【0082】
標高が判定標高以下である(Yes)と判定された場合、ECU80は、大気圧が高い低地であり、噴射燃料が着火しにくい条件ではない、すなわち着火性が高い条件であると判定して、ステップS120に進む。
【0083】
そして、ステップS120において、ECU80は、基本噴射時期を、最終噴射時期に決定すると共に、決定された最終噴射時期に応じて、燃料噴射装置50を制御して、ステップS100に戻る。
【0084】
なお、基本噴射時期は、ディーゼル機関10の暖機が完了しており、且つディーゼル機関10が搭載された車両が高地などの特殊な環境下にない状態(以下、通常状態と記す)を前提として、予め適合実験等により求められており、制御定数(マップ)として、ECU80のROMに記憶されている。
【0085】
基本噴射時期は、通常状態において適合されており、通常状態のうち機関負荷が高負荷である場合には、上述の高スワール期間Shにおいて燃料噴射を行うように設定されている。このように基本噴射時期を設定することで、通常状態のうち機関負荷が高負荷である場合には、高スワール期間Shにおいて燃料噴射を行うことで、噴射燃料と空気の混合を促進し、スモーク(黒煙等の粒子状物質)の発生を抑制することができる。
【0086】
一方、ステップS104において、水温が判定水温を下回る(No)と判定された場合、ディーゼル機関10は暖機が完了していない冷間時であり、噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件であると判定して、ステップS110に進む。
【0087】
また、ステップS106において、標高が判定標高を上回る(No)と判定された場合、大気圧が低い高地である、噴射燃料が着火しにくい条件であると判定して、ステップS110に進む。
【0088】
そして、ステップS110において、ECU80は、各クランク角における燃焼室40のスワール比の分布を推定し、燃焼室40のうち所定領域であるリップ部40rにおいて、スワール比が所定値以上に高くなる高スワール期間を特定する。例えば、図6に示すように、ECU80は、リップ部40rにおいて、スワール比が所定値(例えば、3.8)以上に高くなる高スワール期間Shを特定する。なお、燃焼室40のうち所定領域は、図7に二点鎖線H1で囲うような領域とすることができる。
【0089】
この高スワール期間Shは、圧縮上死点前10°(図に時点T1で示す)を含むものとなっている。ECU80は、特定された高スワール期間Shを、燃料噴射装置50の燃料噴射を禁止する噴射禁止期間に設定する。なお、所定領域であるリップ部40rの、各クランク角におけるスワール比は、予め適合実験等により求められており、制御定数(マップ)としてECU80のROMに記憶されている。
【0090】
そして、ステップS114において、ECU80は、燃料噴射装置50の噴射期間が、高スワール期間Sh(噴射禁止期間)に重ならないように、ステップS102で設定された基本噴射時期に対して補正を行うものとし、その補正量を算出する。詳細には、基本噴射時期からの進角量又は遅角量を算出する。
【0091】
そして、ステップS120において、ECU80は、基本噴射時期を、ステップS114で算出された補正量で補正して最終噴射時期を決定する。決定された最終噴射時期に応じて、ECU80は、燃料噴射装置50を制御し、ステップS100に戻る。
【0092】
このようにECU80が制御することで、搭載された車両が高地にある場合や、低水温すなわちディーゼル機関10が冷間時にある場合など、噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件においては、燃料噴射装置50の噴射方向にあるリップ部40rにある高スワール領域H1(図7参照)において、スワール比が高い高スワール期間Sh(図6参照)に燃料噴射を行うことがなくなる。
【0093】
これにより、噴射燃料が着火しにくい条件においては、噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれて、燃焼室全体に拡散してしまうことを抑制することができ、未燃HCの排出を抑制することが可能となる。
【0094】
以上に説明したように本実施例において、ECU80は、燃料噴射装置50からの噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件であるか否かを判定する機能(以下、着火性判定手段と記す)と、ディーゼル機関10の運転状態に応じて、燃焼室40におけるスワール比の分布を推定する機能(以下、スワール分布推定手段と記す)と、着火しにくい条件であると判定された場合には、噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれないよう、推定されたスワール比の分布に基づいて燃料噴射装置50の噴射条件を設定する機能(以下、噴射条件設定手段と記す)を有するものとした。
【0095】
噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件である場合には、スワール比の高いスワール流に取り込まれないよう噴射条件が補正されるため、噴射燃料が、スワール比の高いスワール流に取り込まれて燃焼室全体に拡散することを抑制することができる。
【0096】
また、本実施例において、噴射条件設定手段は、燃料噴射装置から噴射された燃料が、燃焼室においてスワール比が所定値以上に高くなる高スワール期間、又は、燃焼室のスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域に重ならないよう、噴射条件を設定するものとしたので、高スワール期間又は高スワール領域を特定することで、噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれないように、噴射条件を容易に設定することができる。
【0097】
また、本実施例では、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃焼室40のうち所定領域(リップ部40r)においてスワール比が所定値以上に高くなる期間である高スワール期間Shを特定する機能(高スワール期間特定手段)を備え、噴射条件設定手段は、推定された高スワール期間Shに噴射期間が重ならないよう、噴射時期を設定するものとしたので、燃料噴射に係る制御パラメータのうち噴射時期のみを補正する、すなわち噴射時期を進角又は遅角させるだけで、スワール比の高いスワール流に噴射燃料が取り込まれないようにすることができ、噴射燃料が燃焼室全体に拡散することを抑制することができる。
【実施例2】
【0098】
本実施例に係るディーゼル機関の制御装置(ECU)について、図4、及び図9〜図13を用いて説明する。図9は、ディーゼル機関の制御装置(ECU)が実行する燃料噴射制御のフローチャートである。図10は、燃焼室の片側断面図であり、通常状態における噴射燃料と高スワール領域との位置関係を示す図である。図11は、通常状態における燃料噴霧の態様と到達距離を説明する図である。図12は、燃焼室の片側断面図であり、低水温時における噴射燃料と高スワール領域との位置関係を示す図である。図13は、低水温時における燃料噴霧の態様と到達距離を説明する図である。
【0099】
本実施例に係るディーゼル式内燃機関の制御装置(ECU)は、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃料噴射装置の噴射期間において燃焼室のうちスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域を特定する高スワール領域特定手段を備え、噴射条件設定手段は、特定された高スワール領域に燃料噴射装置からの燃料噴霧が到達しないよう、燃料噴霧の到達距離を短くする到達距離短縮手段を含んでいる点で、実施例1とは異なり、以下に、ECUが実行する制御について説明する。なお、実施例1と略共通の構成については、同一の符号を付して説明を省略する。
【0100】
図4及び図9に示すように、まず、ECU80Bは、ステップS200において、基本的な制御パラメータを取得する。制御パラメータには、機関回転速度、機関負荷、アクセル操作量、クランク角、水温などが含まれている。
【0101】
そして、ECU80Bは、ステップS202において、ディーゼル機関10の運転状態に応じて基本噴射条件を設定する。ECU80Bは、上述の制御パラメータに基づいて、燃料噴射装置50の基本噴射条件を算出する。基本噴射条件には、基本噴射量、基本噴射期間、基本噴射時期に加えて、基本噴射圧や、基本噴射回数が含まれている。
【0102】
そして、ECU80Bは、ステップS204において、水温が予め設定された判定水温以上であるか否かを判定する。すなわち燃料噴射装置50からの噴射燃料が、燃焼室40において着火しにくい条件であるか否かを判定している。判定水温は、例えば、80℃に設定されている。
【0103】
水温が判定水温以上である(Yes)と判定された場合には、ディーゼル機関10の暖機が完了しており、燃料噴射装置50からの噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件ではない通常状態であると判定して、ステップS220に進む。
【0104】
ステップS220において、ECU80Bは、基本噴射条件(基本噴射圧及び基本噴射回数)を、最終噴射条件に決定すると共に、検定された最終噴射条件に応じて、燃料噴射装置50、高圧燃料ポンプ64、及び圧力開放弁68を制御して、ステップS200に戻る。
【0105】
なお、基本噴射条件は、ディーゼル機関10の暖機が完了している状態、つまり通常状態を前提として、予め適合実験等により求められており、制御定数(マップ)として、ECU80BのROMに記憶されている。
【0106】
基本噴射条件は、通常状態において適合されており、通常状態のうち機関負荷が高負荷である場合には、図10に示すように、燃料噴霧F2の先端が、燃焼室40のリップ部40rにある高スワール領域(図に二点鎖線H2で示す)に到達するように設定されている。すなわち、図11に示すように、燃料噴射装置50のノズル部から噴射された燃料噴霧F2の先端の到達距離(飛翔距離)が、高スワール領域H2に到達する所定の到達距離D2となるよう設定されている。このように基本噴射条件を設定することで、ディーゼル機関10の暖機完了後における高負荷作動時において、燃料噴霧の拡散を促進し、スモーク(黒煙等の粒子状物質)の発生を抑制することができる。
【0107】
一方、ステップS204において、水温が判定水温を下回る(No)と判定された場合、ディーゼル機関10は、暖機が完了していない冷間時であり、噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件であると判定して、ステップS210に進む。
【0108】
ステップS210において、ECU80Bは、燃焼室40のスワール比の分布を推定し、燃料噴射装置50の基本噴射期間において、燃焼室40のうちスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域(図12に二点鎖線H2で示す)を特定する。なお、各クランク角における燃焼室40のスワール比の分布は、予め適合実験等により求められており、制御定数(マップ)としてECU80BのROMに記憶されている。
【0109】
そして、ステップS214において、ECU80Bは、図12に示すように特定された高スワール領域H2に燃料噴霧F1が到達しないよう、すなわち、図13に示すように燃料噴霧の到達距離D1が、通常状態における到達距離D2に比べて短くなるよう、ステップS202で設定された基本噴射条件に対して補正を行うものとし、その補正量を算出する。具体的には、上述の基本噴射圧に比べて噴射圧を低下させる補正を行うと共に、1サイクルあたりの噴射回数を基本噴射回数に比べて増大させる補正を行うものとし、噴射圧と噴射回数それぞれについて補正量を算出する。
【0110】
例えば、目標噴射圧を基本噴射圧に比べて低下させると共に、パイロット噴射の噴射回数を1回から3回に増大させるよう補正を行う。このように補正した場合、噴射圧の低下により、メイン噴射の燃料噴射量が減少するが、その分、パイロット噴射の噴射回数を増大させる、すなわち1サイクルあたりのパイロット噴射の噴射時間長さを増大させることができ、燃料噴射装置50は、所望の燃料量を燃焼室40に供給しつつ、燃料噴霧の到達距離を短くすることができる。
【0111】
そして、ステップS220において、ECU80Bは、基本噴射圧及び基本噴射回数を、ステップS214で算出された補正量で補正して、最終噴射圧と最終噴射回数を決定する。ECU80Bは、決定された最終噴射圧を実現するよう、高圧燃料ポンプ64の吸入制御弁と燃料レール62の圧力開放弁68を制御して、噴射圧を低下させる。これと共に、ECU80Bは、最終噴射回数に応じて、燃料噴射装置50を制御して、メイン噴射の燃料噴霧の到達距離をD2からD1に短くすると共に、パイロット噴射の噴射回数を増大させる。そして、ステップS200に戻る。
【0112】
このようにECU80Bが制御することで、水温が低い場合すなわちディーゼル機関10の冷間時など、噴射燃料が燃焼室40において着火しにくい条件においては、燃料噴射装置50の噴射方向に設定された高スワール領域H2に、燃料噴霧が到達することがなくなる。これにより、噴射燃料が着火しにくい条件においては、燃料噴霧がスワール比の高いスワール流に取り込まれて、燃焼室全体に拡散してしまうことを抑制することができ、未燃HCの排出を抑制することが可能となる。
【0113】
以上に説明したように本実施例では、推定されたスワール比の分布に基づいて、燃料噴射装置50の噴射期間において燃焼室40のうちスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域を特定する高スワール領域特定手段を備え、噴射条件設定手段は、特定された高スワール領域に燃料噴射装置からの燃料噴霧が到達しないよう、燃料噴霧の到達距離を短くする機能(以下、到達距離短縮手段と記す)を含むものとしたので、冷間時など、噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件においては、噴射期間において燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧が、高スワール領域に到達することがなくなり、スワール比の高いスワール流に燃料噴霧(噴射燃料)が取り込まれて、噴射燃料が燃焼室全体に拡散することを抑制することができる。
【0114】
また、到達距離短縮手段は、噴射圧を低下させると共に、1サイクルあたりの噴射回数又は噴射時間長さを増大させるものとしたので、所望の量の燃料を燃焼室に供給しつつ、噴射圧の低下により燃料噴霧の到達距離を短縮することができる。
【0115】
なお、上述した各実施例においては、図1−1に示すように、ピストン30の燃焼室形状を規定するキャビティ壁31のうち、燃焼室40の開口41側に、ピストン中心軸Cに突出している部位であるリップ33が設けられているリエントラント形の燃焼室形状であるものとし、燃焼室40のうちスワール比の高い高スワール領域(H1;H2)は、リップ33のピストン中心軸Cであるものとしたが、本発明が適用可能なディーゼル機関の燃焼室形状は、これに限定されるものではない。燃焼室の各部位において、スワール比が異なるようなディーゼル機関であれば適用することができ、例えば、リップを有しない、いわゆるトロイダル形の燃焼室がピストンに形成されたディーゼル機関にも本発明を適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
以上のように、本発明に係るディーゼル機関の制御装置は、燃焼室にスワール流が形成され、当該燃焼室に向けて燃料噴射弁が直接燃料を噴射するディーゼル機関に有用であり、特に、ピストンに燃焼室が形成されているディーゼル機関に適している。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1−1】実施例1に係るディーゼル機関の気筒周辺の構成を示す断面図である。
【図1−2】実施例1に係るディーゼル機関において、燃料噴射装置が圧縮上死点近傍において燃焼室に向けて燃料を噴射する態様を示す図である。
【図2】実施例1に係るディーゼル機関における燃料噴射弁と吸気ポート及び排気ポートの配置を示す図である。
【図3】実施例1に係るディーゼル機関における燃焼室形状を説明する説明図である。
【図4】実施例1に係るディーゼル機関におけるエンジンシステムの構成を示す模式図である。
【図5−1】実施例1に係るディーゼル機関において、吸気行程に気筒内にスワール流が形成された態様を示す図である。
【図5−2】実施例1に係るディーゼル機関において、圧縮行程後半にスキッシュ流が発生して、燃焼室内にスワール流が形成された態様を示す図である。
【図6】実施例1に係るディーゼル機関において、圧縮行程後半から圧縮上死点にかけて燃焼室に形成されるスワール比の変化を説明する図である。
【図7】実施例1に係るディーゼル機関において、圧縮上死点前10°における高スワール領域と燃料噴射装置の噴射方向との関係を示す図である。
【図8】実施例1に係るディーゼル機関の制御装置(ECU)が実行する燃料噴射制御のフローチャートである。
【図9】実施例2に係るディーゼル機関の制御装置(ECU)が実行する燃料噴射制御のフローチャートである。
【図10】実施例2に係るディーゼル機関の燃焼室の片側断面図であり、通常状態における噴射燃料と高スワール領域との位置関係を示す図である。
【図11】実施例2に係るディーゼル機関において、通常状態における燃料噴霧の態様と到達距離を説明する図である。
【図12】実施例2に係るディーゼル機関の燃焼室の片側断面図であり、低水温時における噴射燃料と高スワール領域との位置関係を示す図である。
【図13】実施例2に係るディーゼル機関において、低水温時における燃料噴霧の態様と到達距離を説明する図である。
【符号の説明】
【0118】
1 燃料噴射システム
10 ディーゼル式内燃機関(ディーゼル機関)
12 シリンダブロック
14 シリンダボア
16 コンロッド
20 シリンダヘッド
22 燃焼室の天井壁
24 吸気ポート
26 排気ポート
30 ピストン
31 キャビティ壁
32 頂面
33 リップ
40 燃焼室
40r 燃焼室のリップ部
40b 燃焼室のボール部
40a 燃焼室の中央部
50 燃料噴射装置(燃料噴射弁)
51 燃料噴射装置のノズル部
62 燃料レール
64 高圧燃料ポンプ
66 蓄圧室
67 燃圧センサ
68 圧力開放弁
80,80B ディーゼル機関の電子制御装置(ECU)
100 燃料タンク
Sh 高スワール期間
H1 燃焼室の所定領域
H2 燃焼室の高スワール領域
C シリンダボア軸心(ピストン中心軸)
R ピストン径方向
G ピストン周方向
V 吸気ポートからの吸気流
W,W1,W3 スワール流
F1,F2 燃料噴霧
D1,D2 燃料噴霧の到達距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室にスワール流が形成され、当該燃焼室に向けて燃料噴射装置が直接燃料を噴射するディーゼル機関において、
燃料噴射装置からの噴射燃料が燃焼室において着火しにくい条件であるか否かを判定する着火性判定手段と、
燃焼室におけるスワール比の分布を推定するスワール分布推定手段と、
着火しにくい条件であると判定された場合に、噴射燃料がスワール比の高いスワール流に取り込まれないよう、推定されたスワール比の分布に基づいて燃料噴射装置の噴射条件を設定する噴射条件設定手段と、
を有することを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のディーゼル機関の制御装置において、
噴射条件設定手段は、
燃焼室においてスワール比が所定値以上に高くなる高スワール期間、又は、燃焼室のスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域に重ならないよう、噴射条件を設定することを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のディーゼル機関の制御装置において、
推定されたスワール比の分布に基づいて、燃焼室のうち所定領域においてスワール比が所定値以上に高くなる期間である高スワール期間を特定する高スワール期間特定手段を備え、
噴射条件設定手段は、
特定された高スワール期間に噴射期間が重ならないよう、噴射時期を設定する、
ことを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載のディーゼル機関の制御装置において、
燃焼室形状を規定する壁面のうち燃焼室の開口側には、ピストン中心軸側に突出している部位であるリップが設けられており、
前記所定領域は、リップのピストン中心軸側に設定されていることを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のディーゼル機関の制御装置において、
推定されたスワール比の分布に基づいて、燃料噴射装置の噴射期間において燃焼室のうちスワール比が所定値以上に高くなる高スワール領域を特定する高スワール領域特定手段を備え、
噴射条件設定手段は、
特定された高スワール領域に燃料噴射装置からの燃料噴霧が到達しないよう、燃料噴霧の到達距離を短くする到達距離短縮手段を含む、
ことを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載のディーゼル機関の制御装置において、
到達距離短縮手段は、
噴射圧を低下させると共に、1サイクルあたりの噴射回数を増大させることを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項7】
請求項5又は6に記載のディーゼル機関の制御装置において、
燃焼室形状を規定する壁面のうち、燃焼室の開口側には、ピストン中心軸側に突出している部位であるリップが設けられており、
高スワール領域は、リップのピストン中心軸側であることを特徴とするディーゼル機関の制御装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のディーゼル機関の制御装置において、
着火性判定手段は、
ディーゼル機関の機関本体を循環する冷却水の温度が判定水温以下であるか否かを判定する冷却水温判定手段を含み、
冷却水温が判定水温以下であると判定された場合に、着火しにくい条件であると判定することを特徴とするディーゼル機関の制御装置。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−2180(P2009−2180A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−161825(P2007−161825)
【出願日】平成19年6月19日(2007.6.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】