説明

トランスグルタミナーゼ基質反応性を有するペプチド及びその利用

【課題】トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチドを提供する。
【解決手段】血液凝固第XIII因子及び/又は組織型トランスグルタミナーゼからなるトランスグルタミナーゼの基質反応性を有し、又は、トランスグルタミナーゼ阻害剤活性を有する特定のアミノ酸配列を有するペプチド。ファージディスプレイ法で提示したペプチドと第1級アミンを含む化合物を利用したトランスグルタミナーゼ阻害剤活性を有する化合物の探索方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチド及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
トランスグルタミナーゼ(TGase)はペプチドやタンパク質中のグルタミン残基の側鎖のγ−カルボキシアミド基とリジン残基等における一級アミンとの間のアシル転移反応を触媒する酵素として知られている。トランスグルタミナーゼは、タンパク質の翻訳後修飾の一種であるタンパク質間の架橋化を担っている。ヒトなどの高等動物では、8種類のアイソザイムが存在していることが知られているが、なかでも主要なアイソザイムは血液凝固を担う血液凝固第XIII因子(FactorXIII、あるいは単に第XIII因子という。)、死細
胞の処理やマトリックス強化に関わる組織型トランスグルタミナーゼである。
【0003】
トランスグルタミナーゼは、こうした生理作用に基づいて、例えば、損傷した組織の修復に用いる支持骨格材料における細胞外マトリックスの形成(特許文献1)や、生体組織へ酵素などのタンパク質の結合(特許文献2)など医療分野などへの適用が試みられている。また、トランスグルタミナーゼの活性を阻害する阻害剤を、血液凝固関連疾患の治療薬としての開発することも試みられている(特許文献3)。さらに、トランスグルタミナーゼにより生成されるグルタミン残基とリジン残基間の結合は、ガン、アポトーシス、老化、認知症などと関連があることがわかってきている(非特許文献1)。
【特許文献1】特表2005−523733号
【特許文献2】特表2002−509160号
【特許文献3】特表2005−513141号
【非特許文献1】実験医学18,1421−1425(2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上のことから、近年では、トランスグルタミナーゼ自体の利用よりも、食品や医療分野においては、タンパク質間架橋用途やタンパク質と他の化合物との接着用途に関連してトランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチドが望まれるようになってきている。また、特に医療分野においては、トランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療薬に関連してトランスグルタミナーゼの活性の阻害剤又は増強剤が望まれている。しかしながら、現在までのところ、架橋、接着用途のトランスグルタミナーゼ基質、トランスグルタミナーゼの有効な阻害剤等は見出されていないのが現状である。また、トランスグルタミナーゼのアイソザイムのうち特定のアイソザイムに対して高い選択性で基質反応性を有していたり、特定のアイソザイムを高い選択性で阻害する阻害剤も見出されていない。さらには、こうした基質反応性や阻害活性を有するペプチドの効率的な探索方法もなかった。
【0005】
そこで、本発明は、トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチド、その探索方法及びその製造方法を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチドを用いたリンカー、該リンカーによる人工構築物を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、トランスグルタミナーゼのアイソザイムなどに対して選択性の高い基質反応性や阻害活性を有するペプチド、その探索方法及び製造方法を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、トランスグルタミナーゼ阻害剤及びトランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療用組成物を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、大腸菌を宿主とするバクテリオファージにランダムなペプチド配列を提示させる、「ファージディスプレイ法」を用いて、トランスグルタミナーゼが反応しやすいグルタミン残基とその周辺配列を検索する新たなシステムを構築し、組織型トランスグルタミナーゼ(以下、単にTGase2ともいう。)と第XIII因子の二つのアイソザイムを対象にして検索を行ったところ、このシステムによりトランスグルタミナーゼの基質として反応性を有するアミノ酸配列を取得できることを見出すとともに、トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドを取得できることを見出し、本発明を完成した。さらに、本発明者らは、トランスグルタミナーゼのうち特定のアイソザイムに対して選択性の高い阻害剤を見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明によれば以下の手段が提供される。
【0007】
本発明の一つの形態によれば、以下の表7及び表8から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列あるいはこれらの改変配列を含むペプチドが提供される。
【表7】

【表8】

【0008】
ここで、本明細書において、ペプチドとは、オリゴペプチド、ポリペプチド及びタンパク質を含む概念である。したがって、本明細書において単にペプチドと称するときには、少なくともそのアミノ酸残基数を限定する意図はないものとする。
【0009】
このペプチドは、トランスグルタミナーゼの基質活性を有していることが好ましく、また、トランスグルタミナーゼ阻害剤であることが好ましい。前記トランスグルタミナーゼは、第XIII因子及び/又は組織型トランスグルタミナーゼであることが好ましい。
【0010】
また、このペプチドは、前記表7及び表8に記載のT2、T5、T8、T12、T16、T20、T26、T29、T30、T32、F6、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上を含む、組織型トランスグルタミナーゼ阻害剤であることが好ましい。より好ましくは、T2、T5、T8、T12、T16、T20、T26、T29、T30、T32、F6、F17及びF28並びにこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上を含む。この態様において、前記アミノ酸配列は、T2、T5、T8、T16、T20、T26、T29及びT32並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含むことができる。また、この態様においては、配列番号:22に記載のアミノ酸配列及びこの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含むことが好ましい。さらに、配列番号:22に記載のアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0011】
また、このペプチドは、前記表7及び表8に記載のT1、T30、F6、F11、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上を含む、血液凝固第XIII因子阻害剤であることが好ましい。より好ましくは、T1、T30、F6、F11、F17及びF28並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上を含む。この態様においては、前記アミノ酸配列は、T1及びF11並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含むことが好ましく、より好ましくは、配列番号:38及び配列番号:59並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上を含むことが好ましく、配列番号:38又は配列番号:59に記載のアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。
【0012】
本発明の他の一つの形態によれば、トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチドの探索方法であって、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、を備える、探索方法が提供される。
【0013】
また、本発明の他の一つの形態によれば、トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドの探索方法であって、
トランスグルタミナーゼの2種以上のアイソザイムについて、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、
を実施し、
(d)前記2種以上のアイソザイムの基質反応性を有するものとして得られたアミノ酸配列を含むペプチドの前記2種以上のアイソザイムに対する反応特異性を評価する工程を実施する、探索方法が提供される。
【0014】
また、本発明の他の一つの形態によれば、トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドの製造方法であって、
トランスグルタミナーゼの2種以上のアイソザイムについて、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、
を実施し、
(d)前記2種以上のアイソザイムの基質反応性を有するものとして得られたアミノ酸配列を含むペプチドの前記2種以上のアイソザイムに対する反応特異性を評価する工程と、(e)工程(d)で前記2種以上のアイソザイムのいずれかに対して反応特異性を有すると評価されたペプチド又はその改変ペプチドを製造する工程と、
を備える、製造方法が提供される。
【0015】
また、本発明の他の一つの形態によれば、人工構築物であって、
上記表7及び表8に記載のアミノ酸配列及びこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上のアミノ酸配列を含むペプチドを備える、人工構築物が提供される。
【0016】
この人工構築物においては、前記ペプチド鎖のグルタミン残基側鎖のγ−カルボキシアミド基と第一級アミノ基含有化合物の該第一級アミノ基との間で形成されたイソペプチド結合による連結部を備えることが好ましい態様である。また、この人工構築物においては、前記第一級アミノ基含有化合物は、二個以上の第一級アミノ基を含む化合物を用いることができ、前記第一級アミノ基含有化合物は、カダベリン、スペルミジン、スペルミン及びカルドペンタミンからなる群から選択される1種又は2種以上としてもよい。さらに、この人工構築物においては、前記ペプチド鎖に対して前記連結部を介して1種又は2種以上の他のペプチド鎖が連結されていてもよく、人工抗体部分を有していてもよい。さらに、前記連結部を介して固相担体を備えていてもよい。また、固相担体を備える場合には、タンパク質固定化固相担体であってもよい。また、この人工構築物においては、薬剤活性部分を有していてもよい。
【0017】
また、本発明の他の一つの形態によれば、上記表7及び表8から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列又はこれらの改変配列を含むペプチドを含有する、トランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療用組成物が提供される。この組成物においては、前記ペプチドは、配列番号:22、配列番号:38及び配列番号:59に記載のアミノ酸配列から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなることが好ましい態様である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、トランスグルタミナーゼの基質としての反応性(以下、単に基質反応性ともいう。)を有する新規なアミノ酸配列を見出し、またこのアミノ酸配列を有するペプチドにトランスグルタミナーゼ阻害活性を見出したという知見に基づいている。また、本発明は、ファージディスプレイ法をトランスグルタミナーゼの基質反応性を有するペプチドの探索に用いることができたという知見に基づいている。本発明のアミノ酸配列及び本発明のペプチドを特定するアミノ酸配列は、従来トランスグルタミナーゼの基質として知られているタンパク質中の配列に由来するものではなく、ランダムなペプチドライブラリーから探索されたものである。したがって、本発明のペプチドは、ペプチド間の架橋やペプチドと第一級アミノ基含有化合物との結合を媒介するリンカーとしての機能するほか、トランスグルタミナーゼ阻害剤としても機能することができる。さらに、TGase2又は第XIII因子に対して高い選択性を持つ阻害剤として機能することもできる。従来こうした機能を併せ有するペプチド配列又はペプチドについては報告されていない。
【0019】
以下、本発明のペプチド及びその他の実施形態である、リンカー、トランスグルタミナーゼ阻害剤、人工構築物、トランスグルタミナーゼ基質反応性ペプチドの探索方法、トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドの探索方法等について詳細に説明する。
【0020】
(ペプチド)
本発明のペプチドは、表7及び表8から選択される一種若しくは二種以上のアミノ酸配列又はこれらの改変配列を含んでいる。すなわち、本ペプチドは、表7及び表8に記載されるアミノ酸配列及びその改変配列を1個のみ含んでいてもよいし、これらの配列の2個以上(同種であってもよいし異種であってもよい)をタンデムに含んでいてもよい。また、表示されるアミノ酸配列及び改変配列のみから構成されていてもよいし、これらの配列に加え別途のアミノ酸配列を含んでいてもよい。特に、表示したアミノ酸配列及びこれらの改変配列のうち2個以上有するときには、これらのアミノ酸配列を連結するためのリンカー又はスペーサーが含まれることが好ましい。
【0021】
したがって、本ペプチドは、他のアミノ酸配列として酵素等の生理活性のあるタンパク質分子やその断片又はペプチドを含んだハイブリッドペプチドとして構成されていてもよいし、また、標識や分離のためのタンパク質、その断片又はペプチドを含んだハイブリッドペプチドであってもよい。
【0022】
なお、改変配列とは、表7及び表8に表示されるアミノ酸配列に対する1個又は2個以上のアミノ酸残基の挿入、置換、欠失及び付加が施された配列が挙げられる。こうした改変配列におけるアミノ酸残基の改変は、本ペプチドにおいて意図するトランスグルタミナーゼ基質反応性が保持される範囲内で可能であれば特に限定されない。好ましくは、改変されるアミノ酸残基数は、アミノ酸の改変形態(位置や改変の種類)にもよるが、付加を除いては、5個以下であることが好ましく、より好ましくは3個以下である。また、改変においては、表7及び表8において網掛けされているアミノ酸残基はモチーフとして維持される(ペプチドにおけるアミノ酸残基の位置が変わってもよいがアミノ酸残基相互の関
係(配列順序や間隔)が維持される)ことが好ましい。ただし、表7における第6位におけるアミノ酸残基は、疎水性アミノ酸(G(グリシン)、W(トリプトファン)、M(メチオニン)、P(プロリン)、F(フェニルアラニン)、A(アラニン)、V(バリン)、L(ロイシン)及びI(イソロイシン)など)であれば置換することもできる。また、表8における第5位のアミノ酸残基は疎水性アミノ酸であれば置換することもできる。なお、表8の第1位のアミノ酸残基は、D(アスパラギン酸)又はE(グルタミン酸)とすることが好ましく、第6位は、P(プロリン)又はA(アラニン)とすることが好ましい。
【0023】
なお、こうした改変配列においては、以下のモチーフを維持することが好ましい。組織型トランスグルタミナーゼの基質反応性配列又は阻害活性配列(表7)としては、
モチーフ1:Q−x−P−f
モチーフ2:Q−x−P−f−D−(P)
モチーフ3:Q−x−x−x−D−P
(ただし、fは疎水性アミノ酸残基を表し、xは任意のアミノ酸を表し、()内のアミノ酸残基は、備えていてもよいアミノ酸残基を表す。)が挙げられる。
【0024】
また、第XIII因子の基質反応性配列又は阻害活性配列(表8)としては、
モチーフ4:D/E−Q−x−x−f−P/A−W−P
が挙げられる。
【0025】
なかでもTGase2阻害剤としては、T2、T5、T8、T12、T16、T20、T26、T29、T30、T32、F6、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上を含むペプチドを好ましく用いることができる。また、これらのなかでも、T16、T26、T29、T30、T32及びF6並びにこれらの改変配列は、良好なTGase2阻害活性を有している。また、T2、T5、T8、T16、T20、T26、T29及びT32並びにこれらの改変配列が好ましい。これらの配列は、特に、TGase2を高い選択性で阻害することができるからである。さらに、T26(配列番号:22に記載)のアミノ酸配列及びこの改変配列を含むペプチドが好ましく、配列番号:22に記載のアミノ酸配列からなるペプチドがより好ましい。
【0026】
また、第XIII因子阻害剤としては、T1、T30、F6、F11、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列の1種又は2種以上を含むペプチドを好ましく用いることができる。これらのなかでも、T1、T30及びF11並びにこれらの改変配列は良好な第XIII因子阻害活性を有している。また、T1及びF11並びにこれらの改変配列は、特に第XIII因子を高い選択性で阻害できる観点から好ましい。より好ましくは、F11(配列番号:38)及び配列番号:59並びにこれらの改変配列を含むペプチドが好ましく、配列番号:38及び配列番号:59に記載のアミノ酸配列からなるペプチドがより好ましい。
【0027】
なお、T30は、TGase2及び第XIII因子の双方のトランスグルタミナーゼに対してそれぞれ良好な阻害活性を有している。
【0028】
表7及び表8に記載の各種配列及び上記好適な配列からなるペプチドは、いずれも11〜12アミノ酸残基の短い配列である。こうしたペプチドは、容易にかつ大量に合成できるとともに、アミノ酸の置換によって、さらに有効な阻害剤の開発が可能である。また、これまでの阻害剤は、単に活性を阻害することを指標にして天然界より得たものが多く、阻害のメカニズムが明確でなかった。これに対して、本ペプチド及びその改変ペプチドの阻害活性は、酵素が基質の代わりに本ペプチドを取り込んで反応を阻害することに起因しているので、実際の応用において優位である。すなわち、阻害機構及び阻害反応の生成物
が明らかであるため、生体に対する影響に関する検討の負担が軽減される。
【0029】
トランスグルタミナーゼ基質反応性を有するペプチドは、表7及び表8に限定されないで、他のアミノ酸配列で構成されていてもよい。表7及び表8は、実施例において示すように、それぞれTGase2及び/又は第XIII因子に対して基質反応性のあるアミノ酸配列であるが、例えば、ヒトなどの高等動物における他のアイソザイムに対して基質反応性のあるアミノ酸配列は後述のファージディスプレイ法によるペプチドの探索方法を用いて探索することで、容易に基質反応性配列及びペプチドを取得できる。こうして取得したアミノ酸配列を上記と同様に用いることで、本発明のペプチドを取得できる。
【0030】
(リンカー)
本ペプチドは、トランスグルタミナーゼ基質反応性を有していることから、トランスグルタミナーゼによって第一級アミノ基を有する化合物と結合可能なリンカーとして用いることができる。リンカーの形態としては、特に限定しないが、上記アミノ酸配列を一つのみ有していてもよいし、2つ以上を有していてもよい。二つ以上を有する場合には、第1級アミノ基含有化合物と結合させたい部位にアミノ酸配列のグルタミン部位が来るように配置すればよく、リンカーの両端側で第一級アミノ基含有化合物と結合させたい場合には、少なくとも一方の端に上記アミノ酸配列を配し、他方には適宜グルタミンを配するか又は上記アミノ酸配列を配するようにする。本リンカーを用い、リンカー配列内のグルタミン残基を配した所望の位置に第一級アミノ基含有化合物を導入することができる。
【0031】
また、リンカーとしての使用形態としては、特に限定されない。リンカーの形態としては、例えば、図1に示すように、固相担体に固定化された第一級アミノ基含有化合物と本リンカーを有する所望のペプチドとにトランスグルタミナーゼを作用させることで、所望のペプチドを第一級アミノ基含有化合物と本リンカーとを介して固相担体に固定化することができる。こうすることで、従来のように非選択的な連結を考慮することなくかつ緩和な条件でしかも本リンカー中のグルタミン部位にて選択的に固相担体に対して酵素や抗体などのペプチド等を容易に固定化することができる。このため、固相担体に対してその活性の発現に有効な立体配置でペプチド等を固定化することができ、ペプチドの機能等を効果的に保持された固相担体を得ることができる。
【0032】
また、例えば、図2に示すように、所望のペプチド(ここでは抗体の軽鎖と重鎖とをスペーサーを介して連結した一本鎖抗体)と2個以上の第一級アミノ基を含有する化合物とに対して、トランスグルタミナーゼを作用させると、第一級アミノ基含有化合物を介して二つの抗体様ペプチド鎖が連結された抗体を模倣した人工的な抗体構築物を得ることができる。こうすることで、第一級アミノ基含有化合物における第一級アミノ基の間隔や個数により、一本鎖抗体の抗原結合部位の個数や分子間距離などを適宜設計することができる。さらに、第一級アミノ基含有化合物に対して修飾反応や標識を付与することで抗体分子に対して容易に修飾が可能となっている。
【0033】
なお、第一級アミノ基含有化合物としては、少なくとも一個の第一級アミノ基を含有していればよく、二個以上の第一級アミノ基を含んでいてもよい。こうした第一級アミノ基含有化合物としては、リジン残基を有するペプチドのほか、第一級アミノ基を一個有するモノアミン、同二個有するジアミンや同二個以上有するポリアミンが挙げられる。こうしたモノアミン類、ジアミン類及びポリアミン類としては、特に限定しないで用いることができるが、モノアミン類としては、例えばR−NH(Rは、置換されていてもよいアルキル基)であり、具体的には、ヒスタミンがあげられる。また、ジアミンとしては、例えば、R(NH(Rは、置換されていてもよいアルキレン鎖、置換されていてもよいアルケニレン鎖、置換されていてもよいアルキニレン鎖などの二価の炭化水素基)であり、具体的には、エチレンジアミン、トリメチレンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、ドデカンジアミン、テトラメチレンジアミン(プトレシン)、ペンタメチレンジアミン(カタベリン)などのアルキレンジアミンのほか、スペルミジン、スペルミン及びカルドペンタミンなどのポリアルキレンポリアミンが挙げられる。なお、プトレシン、カタベリン、スペルミジン、スペルミン、カルドペンタミンは生体ポリアミンである。ジアミン類の例を図3に示す。
【0034】
このように、本リンカーによれば使用する第一級アミノ基含有化合物における第一級アミノ基の数及び位置によって、多様な形態の人工構築物を得ることができる。特に、配列番号:1〜59に記載のアミノ酸配列のみからなる又はそれと同程度の長さのペプチドをリンカーとして用いる場合には、リンカーの長さが適切であるため所望の構造の人工構築物を得ることができる。
【0035】
(トランスグルタミナーゼ阻害剤)
本ペプチドは、また、トランスグルタミナーゼ基質反応性を有しているとともにトランスグルタミナーゼ阻害活性を有している。トランスグルタミナーゼ阻害活性は、どのトランスグルタミナーゼに対するものであってもよいが、好ましくは、TGase2阻害活性及び/又は第XIII因子阻害活性である。表7に表示されるアミノ酸配列及びこれらの改変配列はTGase2に対する阻害活性を有する阻害剤に好ましく、表8に表示されるアミノ酸配列及びこれらの改変配列は第XIII因子に対する阻害剤に好ましい。なお、こうしたトランスグルタミナーゼ阻害剤に用いるのに好ましいアミノ酸配列及びペプチドについては、既に説明した通りである。
【0036】
本発明のトランスグルタミナーゼ阻害剤の阻害活性は、トランスグルタミナーゼの基質反応性に基づくものであるため、トランスグルタミナーゼ阻害剤であると同時にリンカーとしても機能することができる。
【0037】
TGase2に対して高い選択性で阻害活性を有する阻害剤は、例えば、TGase2の活性を阻害することを要する研究用途や疾患の予防・治療用剤として有用である。例えば、高等動物においてTGase2に対して高い阻害活性を有するが第XIII因子に対してはそれよりも低い阻害活性しか有しない阻害剤は、血液凝固系には影響を及ぼすことのない細胞死や細胞マトリックスについての研究用試薬や関連疾患治療剤等への適用が可能である。一方、第XIII因子に対しては高い阻害活性を有するがTGase2に対してはそれよりも低い阻害活性しか有しない阻害剤は、細胞死等に影響を及ぼすことのない血液凝固系についての研究用試薬や関連疾患治療剤等への適用が可能である。
【0038】
(トランスグルタミナーゼ基質反応性を有するペプチドの探索方法)
本発明の探索方法は、以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、を備えている。
【0039】
ファージディスプレイ法は大腸菌ウイルスの一種であるM13などの繊維状ファージのコートタンパク質(g3pなど)のN末端側にファージ粒子の感染能を失わないように外来遺伝子を融合タンパク質として発現させるシステムである。ペプチドをファージ表層に提示させるには、例えば、12個程度の所定長さのランダムなアミノ酸配列のペプチドを提示したバクテリオファージを含むディスプレイキットなどを用いることができる。こうしてディスプレイされたペプチドに対して第一級アミノ基含有化合物をトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる。こうすることで、提示されたペプチドがトランスグルタミナーゼの基質反応性を有する場合には、第一級アミノ基含有化合物と結合する。この結果、ファージは、第一級アミノ基含有化合物が結合したペプチドを提示した状態となる。
【0040】
なお、第一級アミノ基含有化合物としては、次の工程での分離並びに検出が容易なように、ビオチンなどの標識物質のほか、各種タグを付与したものを用いることが好ましい。
【0041】
次に、第一級アミノ基含有化合物と結合したペプチドを提示しているファージ粒子を分離する。ファージ粒子の分離は、第一級アミノ基含有化合物に付与したタグや標識物質の種類に応じて実施することができる。
【0042】
次に、こうして分離されたファージ粒子の表層のペプチドのアミノ酸配列を解析する。解析にあたっては、分離したファージ粒子を大腸菌などの宿主に感染させて増殖させることが好ましい。こうした得られた大量のファージ粒子から所定領域のDNAを取得し、塩基配列を解析することで第一級アミノ基含有化合物と結合したペプチドのアミノ酸配列を取得できる。
【0043】
こうした探索方法を用いることで、トランスグルタミナーゼのアイソザイムについて選択性の高い阻害活性を有するペプチドを探索することができる。すなわち、2種類以上のアイソザイムについて上記工程(a)〜(c)を実施し、さらに、(d)これら2種以上のアイソザイムの基質反応性を有するものとして得られたアミノ酸配列を含むペプチドの前記2種以上のアイソザイムに対する反応特異性を評価する工程を実施すればよい。そして、さらに、必要があれば、反応特異性が高いと評価されたペプチドについて阻害特異性を評価することが好ましい。
【0044】
トランスグルタミナーゼの基質反応性を有するアミノ酸配列及びペプチド並びにトランスグルタミナーゼ阻害活性を有するアミノ酸配列及びペプチドを取得するにあたって、ファージディスプレイ法は、以下の点において従来法に比べて有利である。すなわち、従来、酵素の基質となるアミノ酸配列やペプチドを探索するには、基質反応性を有するタンパク質などの基質反応性部位を部位特異的変位導入法等により特定し、さらにこの基質反応性部位の周辺配列を改変することによって行われていた。しかしながら、ファージディスプレイ法によれば、ランダムなアミノ酸配列から基質反応性に基いて効率的に選択性や反応性の高いアミノ酸配列を探索することができる。なお、従来、ファージディスプレイ法は、特定の化合物と相互作用する、提示させたペプチドの探索に専ら用いられているが、トランスグルタミナーゼなどの酵素の基質反応性を有するペプチドをスクリーニングする方法としての報告例はなく、こうしたスクリーニング方法に適したものであるとは考えられていなかった。例えば、本発明においては、基質ペプチドがファージに提示されることによる酵素反応の抑制、特にトランスグルタミナーゼのように第一級アミノ基含有化合物を結合する基質とする場合、第一級アミノ基含有化合物が提示ペプチドに結合することによるファージの感染能力の低下、さらには、トランスグルタミナーゼによる提示ペプチド間の架橋などが障害になると考えられた。しかしながら、本発明者らは、予測される障害があるなか敢えてファージディスプレイ法を採用した結果、良好な又は高い選択性の基質反応性のアミノ酸配列を特定することができた。本発明を拘束するものではないが、ファージディスプレイ法では酵素と基質との反応性を妨げる要素の存在下で、基質反応性のあるアミノ酸配列及びペプチドが選択されるため、ランダムな集団のペプチドからであっても、選択性の高い阻害活性を発揮できるような、良好でしかも高い選択性があるトランスグルタミナーゼ基質反応性を有するアミノ酸配列が得られたものと推測される。
【0045】
なお、こうしたトランスグルタミナーゼ基質反応性や阻害活性を有するペプチドの探索方法により取得されたペプチド又はその改変ペプチドを製造することで、基質反応性や阻害活性を有するペプチドを容易に得ることができる。
【0046】
(人工構築物)
本発明の人工構築物は、表7及び表8に記載のアミノ酸配列及びこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上のアミノ酸配列を含むペプチド鎖を備えている。本発明の人工構築物は、本ペプチドのリンカーとしての機能を利用するものである。この人工構築物は、さらに、該ペプチド鎖のグルタミン残基側鎖のγ−カルボキシアミド基と第一級アミノ基含有化合物の該第一級アミノ基との間で形成されたペプチド結合による連結部を備えている。すなわち、この人工構築物は、本ペプチドと第一級アミノ基含有化合物とをトランスグルタミナーゼで結合させてなる連結部を含むことができる。既に説明したように、本人工構築物は、本ペプチドと第一級アミノ基含有化合物の形態及び組み合わせや、さらに固相担体などの第三の材料を用いることで多種多様な構造を取ることができる。
【0047】
すなわち、本人工構築物は、図1(a)及び(b)に示すように、連結部を介して他のペプチド鎖などを備える固相担体を備える形態であってもよいし、図2に示すように、1個又は2個以上の一本鎖抗体などの人工抗体部分を備えていてもよい。さらに、一部に薬剤活性のある部分を備えていてもよい。ここでいう薬剤活性とは、疾患等の予防や治療を意図したものに限定しないで、診断用あるいは研究用を意図したものも包含される。また、薬剤活性のある部分は、本ペプチドや第一級アミノ基含有化合物に連結されている抗体や酵素などのペプチドであってもよいし、本ペプチドそれ自体であってもよい。本ペプチドは、トランスグルタミナーゼ阻害剤でもあるからである。また、こうした薬剤活性部分を有する人工構築体は研究用試薬組成物として用いることができるほか、例えば、薬学的に許容される固相担体等を備えたり、薬学的に許容される第一級アミノ基含有化合物等との連結部を有する場合には、それ自体医薬組成物として用いることもできる。
【0048】
例えば、図1(b)に示すように、リンカーとして機能するペプチド鎖を、第XIII因子に対して基質反応性を有するペプチド鎖とし、他のペプチド鎖をTGase2阻害活性を有するペプチド鎖としたタンデムタイプのペプチド(適当なスペーサーを備えていてもよい)を遺伝子工学的な手法で合成し、このリンカー部分を利用して第一級アミノ基を保持した薬学的に許容される材料からなる固相担体表面に結合させることで、TGase2阻害剤を有効成分とする薬剤などとすることができる。連結部の作製には、第XIII因子を用いることで、タンデムタイプのペプチド(あるいはグルタミンを含む他のペプチド)であっても選択的にリンカー部分において固相担体と連結させることができる。
【0049】
また、本人工構築物においては、本ペプチドをトランスグルタミナーゼによるリンカー部分として備えることで、本人工構築物を固相担体に結合させる際の配向制御が可能である。本ペプチドを有するリンカー部分が、第一級アミノ基を有する固相担体表面に選択的に結合されるからである。この結果、例えば、図1(b)に示す例においては、TGase2阻害活性を有する部分(薬剤部分)は、固相担体表面に提示されるように配向制御される。また、一本鎖抗体は二本鎖抗体の重鎖の定常領域のC末端近傍に本アミノ酸配列をリンカーとして有する人工構築物によれば、固相担体に対して当該リンカー部分が選択的に結合される結果、可変領域が固相担体表面に提示されるように配向制御される。こうした配向制御は、酵素や受容体などの他のペプチドについても適用可能であり、本人工構築物によれば、高い反応性を発揮できる抗体や酵素を備える固相担体(プロテインチップ/ビーズや抗体チップ/ビーズなど)やペプチド系薬剤を備える固相担体(表層提示型製剤、カプセル剤、フィルム剤、貼付剤等)を提供できる。
【0050】
なお、固相担体を構成する材料の種類は特に問わないで、ガラス、セラミックス、プラスチック、紙、金属、ゲルなどを必要に応じて用いることができる。また、緻密質であっても多孔質であってもよく、フィルター様に液体透過性であってもよい。さらに、その形態は、ビーズ状等の粒子状、プレート状、シート状、フィルム状、繊維状等特に限定されない。
【0051】
また、本人工構築物は、例えば、移植用や診断用途等において、細胞の増殖や細胞の保持に用いられるスキャホールドを含む構築物とすることができる。この場合、スキャホールドは、細胞を増殖させ保持させることができる程度の生物的親和性を有し、また、特に移植用の場合には生体内分解性を有するものであることが好ましい。こうしたスキャホールド用材料は、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸等当業者において周知である。こうしたスキャホールドに結合させた第一級アミノ基含有化合物と本ペプチドとにトランスグルタミナーゼを作用させることにより、スキャホールドに対して所定の形状と強度等を容易に付与することができる。また、スキャホールド自体がリジン残基などアミノ基を有する第一級アミノ基含有組成物である場合には、スキャホールドと本ペプチドとにトランスグルタミナーゼを作用させることで同様の効果を得ることができる。なお、こうしたスキャホールド型の人工構築物には、細胞が播種されていてもよいし、既に細胞が増殖された状態であってもよい。
【0052】
以上説明した本人工構築物は、例えば、所望の本ペプチドと第一級アミノ基含有化合物とを適宜トランスグルタミナーゼの存在下で反応させることにより得ることができる。
【0053】
(トランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療用の医薬組成物)
本発明の医薬組成物は、本ペプチドを含有している。本医薬組成物は、トランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療用であるが、特に、トランスグルタミナーゼの活性を阻害することにより改善される疾患の予防・治療用である。こうした疾患としては、例えば、血漿トランスグルタミナーゼ阻害活性を有する場合には、抗血栓剤、血栓溶解剤、抗動脈硬化剤、経皮的冠動脈形成術施行後の再狭窄予防剤として有用である。また、TGase2阻害活性などを有する場合には、クローン病、腫瘍移植、アテローム動脈硬化症のプロセスにおける血管壁の肥厚、例えば腎臓における血栓性微小血管症、強皮症のような皮膚の繊維性成長、膜性糸球体腎炎、網膜傷害の修復、白内障、アクネ、瘢痕組織の形成、および種々のフィラリア線虫による感染症が挙げられる。さらに、TGase2阻害活性を有する場合には、アルツハイマー病、血友病、アポトーシス、セリアック病、ハンチントン病、皮膚の疾患、白内障、脊髄延髄の萎縮(ケネディー病)、(脊髄)小脳失調、室頂核脳幹の淡蒼球ルイ体萎縮、多発性硬化を含む、中枢神経系の炎症性疾患、リウマチ様関節炎、糖尿病例えばインスリン依存性糖尿病、破傷風並びに他のクロストリジウム属に関連した症状、レッツ症候群、ヒト免疫不全ウィルス感染症及び炎症性疾患が挙げられる。
【0054】
本医薬組成物は、薬学的に適用可能な形態でトランスグルタミナーゼ阻害剤を、任意的に薬学的に許容される担体と組合せることができる。こうした組成物は、剤型等に応じて適切な投与経路が選択され、本医薬組成物におけるトランスグルタミナーゼ阻害剤の投与の量及び管理は、これらの疾病を治療する当業者によって容易に決定されるものである。
【0055】
なお、本発明のトランスグルタミナーゼ阻害剤を含む組成物は、医薬組成物として用いることができるほか、トランスグルタミナーゼが関連する疾患を予防し、また、トランスグルタミナーゼ関連疾患に対してリスクのある個人における当該リスクのある状態を改善するのに好ましい食品組成物としても用いることができる。食品組成物の形態は特に限定されない。飲料、加工食品、調味料、経管栄養剤のほか、錠剤、カプセル剤、粉剤、粒剤等の医薬品の製剤形態を採ってもよい。
【0056】
また、こうした組成物は、食肉や魚肉用の食品加工用組成物としても用いることができる。こうした食品加工用組成物は、食肉や魚肉あるいはこれらの加工品の食感調整や食肉や魚肉の成形加工等において有用である。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0058】
(実施例1)
[ファージディスプレイ法によるトランスグルタミナーゼ高反応性基質配列の検索]
まず、全ての実験において使用したトランスグルタミナーゼ標品は、以下のとおりであった。TGase2はモルモット肝臓由来の精製標品を京都工芸繊維大学繊維学部・教授・伊倉宏司氏より供与いただいたものである。FactorXIIIは、ドイツBehring社、FibrogamminP(ヒト血漿由来)を用いた。FactorXIIIは、トロンビン(シグマ社、牛血漿由来)によって限定的な分解による活性化反応を行った(反応バッファー:10mMTris−HCl,pH7.5,150mM
NaCl,20mM CaCl)。これはFactorXIIIは不活性な前駆体として合成され、分解によって活性化するためである。切断後、トロンビンの阻害剤である、PMSF(phenylmethylsulfonyl fluoride)を最終濃度1mM添加して、トロンビンを不活化した。
【0059】
(1)ペプチドと一級アミンとのトランスグルタミナーゼによる結合反応
ランダムな12mer(12個のアミノ酸からなる)ペプチドを結合(提示)したバクテリオファージ(以下ファージ)を含む、ディスプレイキット(New England Biolabs社、第一化学)を用いて以下のように検索を行った。ファージ(1.5x1011)を含む液体に対して、総反応量0.1mlとして、酵素(TGase2が0.5ng/μl、またはFactorXIIIを5ng/μl:いずれも酵素活性を同等の値になるようにした)とビオチン標識一級アミン(ビオチン化ペンチルアミン、Pierce社)を添加した。反応バッファーとして、{20mMTris−HCl(pH8.0),150mM NaCl,1mMDTT(Dithiothreitol,還元剤)が存在するようにこれらを添加した。酵素はカルシウムイオンを要求するので、CaCl溶液を最終濃度5mMとなるよう添加して反応開始とし、反応時間15分、37度で温浴にて反応させた(以下の実験において温浴での反応と反応開始の状況は同じ)。二価イオンキレート剤EDTA(エチレンジアミン4酢酸ナトリウム)を最終濃度10mM添加して反応を停止した。
【0060】
(2)アミンと結合したファージの分離
次に、反応物にポリエチレングリコール(最終濃度3.3%)とNaCl(最終濃度0.4 M)を添加することによってファージを沈殿させて分離した。ファージを再び、TBSバッファー{20mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl}に懸濁し、アビジンゲル(SoftLinkTM SoftRelease Avidin Resin,Promega社)に結合させた。これは、アビジンとビオチンの非共有結合での強い相互作用を利用して特異的に精製する方法で一般に用いられている。これらの過程で未反応のビオチン標識一級アミンと、ビオチン標識一級アミンを取り込まなかったファージが除去された。アビジンゲルに結合したファージを、高濃度のビオチン(5mM)を含むTBSバッファーを添加して競合的に溶出させた。
【0061】
(3)ペプチドの解析
ファージは増殖中の大腸菌ER2738株に混合させると、感染して大腸菌内で増殖して溶菌させる。このため感染したファージは増殖したのち、大腸菌の培養液中に回収される。培養液を遠心分離して大腸菌を除き、このファージを含む溶液をポリエチレングリコールとNaClで沈殿したあと、酵素反応バッファー{20mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl,1mMDTT}に再び懸濁し、同じように酵素反応からの工程を繰り返した。尚、酵素反応時間は、1回目は15分、2回目は10分、3回目以降は2分で行った。ファージの量も、2回目以降は、1x1012−13を用いた。ファージのペプチド領域をコードする塩基配列は、ABI社のPRISM310を用いて決定した。アミンと結合したファージが提示したペプチドのアミノ酸配列の解析結果を図4に示す。
【0062】
(実施例2)
[融合タンパク質の作製による得られた配列の評価]
本実施例では、一定のアミノ酸配列を用いて図5に示す融合タンパク質を作製してトランスグルタミナーゼの基質としての評価を行った。
【0063】
実施例1において優れた基質として得られたファージの中のペプチド配列(図4中アスタリスクを付加したもの)について、それをコードする遺伝子配列は、ファージのDNA内の特定の領域に存在する。ペプチドを提示して選び出されたファージDNAを精製し鋳型にして、そのペプチド配列に相当する遺伝子配列をPCR法によって増幅した。PCRによる増幅の際には、発現用のベクターに組み込むために、5’側にNcoIの制限酵素認識部位が合成されるようなプライマーDNAを、3’側はファージDNA内の内在性のEagIサイトが利用できるプライマーを作成してPCR反応に供した。
【0064】
一方、融合されるタンパク質としての、GST(グルタチオンS−トランスフェラーゼ)は、pGEX4T−1ベクター(Novagen社)から、GSTをコードする遺伝子領域を、両端に制限酵素認識部位(5’側にEagI,3’側にXhoI)が合成されるようなプライマーDNAを設計してPCR法によって増幅した。これを、クローニングベクター(pCRTopo2.1 Invitrogen社)にクローニングし、GSTの中のグルタミン残基5箇所全てを、アスパラギン残基に置換した。置換方法は、PCR法を応用した、QuikChange mutagenesis kit(Stratagene社)を用いた。
【0065】
こののち、改変GSTをコードする遺伝子部分を大腸菌発現ベクターpET24d(Novagen社)に挿入(EagIとXhoI)し、続いて至適基質配列をコードする遺伝子部分を挿入した(NcoIおよびEagI)。発現ベクター(pET24d)では、発現されるタンパク質のカルボキシ末端側に、精製に有用なヒスチジンタグが付加される。ペプチドとGSTを融合したタンパク質を発現すべく構築したベクタープラスミドを、大腸菌BL21(DE3)LysS株に形質転換した。大腸菌を培養し、発現誘導剤(最終濃度0.1mMのIPTG:イソプロピル1−チオβ−D−ガラクトシド)の添加で、組換え融合タンパク質として大腸菌内で発現させた。発現された組換えタンパク質は、ヒスチジンタグの親和性を利用して精製した{TALON Metal Affinity Resin(BD Bioscience社)}。これにより、数種類の至適基質配列を持ったGST融合タンパク質を入手した。
【0066】
次に、精製したGST融合タンパク質を用いてTGase2 およびFactorXIIIの酵素反応に供することで、有効な基質であるかどうかを評価した。TGase2で至適基質として得られた配列の融合タンパク質については、TGase2で反応させ、FactorXIIIで得られた配列の融合タンパク質については、FactorXIIIで反応させた。TGase2反応条件は、GST融合タンパク質(0.2mg/ml)とモノダンシルカダベリン(蛍光標識されたペンチルアミン、シグマ社)を0.5mM,を基質として加え、反応バッファー(10mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl、5mMCaCl、1mMDTT)中で行った。TGase2およびFactorXIIIの濃度はそれぞれ0.5ng/μlと5ng/μlとした。時間を変えて、37℃で酵素反応を行い、反応産物をSDS(ラウリル硫酸塩、最終濃度2%)と還元剤(メルカプトエタノール、5%)を添加後、加熱変性を行った。ゲル濃度12.5%のポリアクリルアミド電気泳動を行った。電気泳動後、ゲルに紫外線(280nm)を照射し、撮影した。同様の実験を、反応時間を固定(10分間)して、すべてのGST融合タンパク質について、TGase2およびFactorXIIIについて行い、各々のアイソザイムへの特異性を解析した。反応条件は先に記したものと全く同じである。結果を図6〜8に示す。
【0067】
さらに、GST融合タンパク質のうちで、最も反応性と特異性の高い配列(図4中のT26,F11)を融合させたものについて、さらに詳細に解析した。すなわち、これら2種のGST融合タンパク質および対照となるグルタミン残基を含まないGST融合タンパク質に対して、放射性標識した一級アミン(H標識プトレシン、Perkinelmer社)の酵素反応による取り込み量を測定した。反応液のバッファー組成は、これまでと同様に、10mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl,5mM
CaCl,1mMDTTとなるように作製した。反応液中には、融合タンパク質を1.6mg/ml、標識一級アミンを1mM、酵素はそれぞれTGase2を4ng/μl,FactorXIIIを40ng/μlを添加した。反応は、カルシウム溶液を加えて反応開始とし、反応時間10分後に反応物100μlをろ紙(2.4cm直径、Whatman社)に染み込ませた。ろ紙はあらかじめ、強酸であるトリクロロ酢酸(TCA)に浸して乾燥させる処理を行っており、反応の終了した溶液を染み込ませた時点で酵素反応が停止した。ろ紙を、10%TCA溶液において3回、アセトンで1回洗浄して、未反応の標識プトレシンを除いた。ろ紙を乾燥させ、放射能活性を測定するためにシンチレーション溶媒を含むバイヤル内に入れ、シンチレーションカウンタによって測定した。結果を図9に示す。
【0068】
(実施例3)
本実施例では、実施例2においてトランスグルタミナーゼの基質として反応性が高いと想定された、2つのペプチド配列(配列番号:22(pepT26)、配列番号:59(pepF11KA)を合成した(委託:有限会社ペプチドサポート社 北九州市)。なお、pepF11KAは、F11のアミノ酸配列において11番目のKをAに置換したペプチドである。また、ペプチドのN末端側にはビオチン化修飾をほどこした。ペプチドの純度は、94%(pepT26)と93%(pepF11KA)であった。いずれも、ジメチルフルフォキシド(DMSO)に溶解して100mMの溶液を作製して、反応系に加えた。
【0069】
[乳タンパク質カゼインへのpepT26およびpepF11KAの結合様式]
ビオチン化してあるペプチド、トランスグルタミナーゼ(酵素)、カゼイン(リジン提供基質として)の3者を、反応用バッファー{10mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl,5mMCaCl,1mMDTT}において混合した。反応溶液中のペプチドは0.5mM、カゼインは200ng/μlである。酵素はほぼ同じ活性になるようにTGase2が0.5ng/μlでFactorXIIIが5ng/μlを混合して反応させた。時間を変えて反応させた産物50μlを、96ウエル(マキシソープ、Nalgenunc社)プレートのウェル(穴)に入れる。ウェル中には、あらかじめ50μlの氷冷した0.5MのEDTAが入れてあり、混合された時点で反応が止まる。
【0070】
反応産物はウェルにコート(吸着)されるので、トランスグルタミナーゼにより、カゼインに多くのビオチン化ペプチドが導入されれば、より多くのビオチン分子を持ったカゼインが吸着されることになる。吸着は37度で1時間加温することで完了する。そののち、ウェル全体を、洗浄溶液(0.01%triton−X、10mMリン酸バッファー(pH8.0)、150mMNaCl)で3度洗浄操作を行った。吸着したビオチン化量は、アビジン結合過酸化酵素(Rockland社)および過酸化酵素の基質(o−フェニレンジアミン)を添加して発色定量させることができる。これはアビジンとビオチンの親和性により、吸着したビオチンが多いほど過酸化酵素反応が生じるため、フェニレンジアミンにより発色することになる。アビジン結合過酸化酵素は、洗浄溶液で市販の溶液を2000倍希釈して加え、1時間37度で加温した。さらに洗浄操作を行い、発色溶液として、o−フェニレンジアミンをクエン酸バッファー(pH5.0)に0.4mg/mlで溶解し、過酸化水素を最終濃度0.003%添加したものを作製して、ウェルに150μl添加した。室温で数分間放置して発色後、2.5Nの硫酸を等量添加して発色反応を止め、この発色量を分光光度計を用いて測定する(吸光度450nm)。結果を図10に示す。
【0071】
図10に示すように、PepT26は、TGase2の反応において、pepF11KAよりも著しくカゼインに取り込まれることがわかった。pepF11KAは、反応性はやや低いもののFactorXIIIの酵素反応で、pepT26よりもよりカゼインに取り込まれた。
【0072】
[TGase2およびFactorXIIIの反応への阻害効果]
次に、TGase2およびFactorXIIIの反応に対して、これらペプチドが阻害作用を示すかどうかを、基質タンパク質の架橋化を指標にして解析した。
【0073】
TGase2の基質として、乳タンパク質のカゼインは酵素反応によって分子間に架橋が生じて高分子化する。そのため、電気泳動で解析すると、本来の分子(分子量32,000のバンド)の減少に伴って、架橋化された高分子量のタンパク質のバンドが出現する。一方、FactorXIIIにおいては、生理学的な基質であるフィブリン(フィブリノーゲンがトロンビンにより切断されて生じる)に分子間架橋が生じることを指標にした。架橋される前のフィブリンは、α、β、γの3種の分子からなるが、新たに架橋化により生ずるフィブリン分子は、αのポリマー(複数分子の結合)、γの2量体(2分子の結合)である(図では、α−ポリマー,γ−γと表示)。
【0074】
酵素反応の際のバッファーは図10の実験条件と同じである(10mMTris−HCl(pH8.0),150mMNaCl,5mMCaCl,1mMDTT)。いずれも、200μlの反応系に、カゼイン(半井化学社)と、フィブリン(Calbiochem社)はともに最終濃度200ng/μlで添加し、37℃で反応した。尚、FactorXIIIとフィブリンは、前駆型として添加し、反応系に活性化のために牛血漿由来トロンビンを同時に添加している。酵素の最終添加濃度は、TGase2が0.5ng/μl,FactorXIIIが5ng/μlである。ここに、pepT26またはpepF11を0.01mMから0.5mMまで濃度を変えて添加した。この時、溶媒としてのDMSOは最終濃度が同じになるように添加してある。それぞれの反応時間は、TGase2によるカゼインの架橋化は30分間、FactorXIIIによるフィブリンの架橋化は10分間行った。反応した産物を、SDS(ラウリル硫酸塩、最終濃度2%)と還元剤(メルカプトエタノール、最終濃度5%)を添加後、加熱変性を行い、カゼインについてはゲル濃度12.5%、フィブリンについては7.5%のポリアクリルアミド電気泳動を行った。電気泳動後、CBB(クーマシーブリリアントブルー)色素染色によって、ゲルを染色、酢酸溶液にて脱色を行い、架橋化度を観察した。結果を図11に示す。図11(a)では、TGase2による、カゼインの架橋化反応、図11(b)は、FactorXIIIによるフィブリンの架橋化反応である。
【0075】
図11に示すように、pepT26およびpepF11KA を、濃度を変えて添加し、これらの架橋化(架橋重合)が阻害されることを確認した。また、これらの図において、EDTAと表示された反応では、架橋化酵素反応に必要なカルシウムイオンを捕捉するキレート剤(EDTA:エチレンジアミン4酢酸ナトリウム)が存在して、酵素反応は完全に阻害されている状況での産物が現れている。その右隣には、ペプチドを加えない場合の架橋化が生じた反応産物を示している。このように、図11(a)では、pepT26が0.1mM最終濃度の添加で顕著に阻害している一方、pepF11KAでは全く阻害することはなかった。一方、図11(b)では、pepF11KAは0.1mMから明らかな阻害が見られる。pepT26にも阻害する傾向が見られるが、0.1−0.5mMでの反応パターンを比べると、明らかにpepF11KAが優位に阻害している。このように、基質認識配列に基づいて作製したペプチドは、TGase2およびFactorXIIIによる架橋化反応において、それぞれのアイソザイムに特異的な阻害効果を示すことがわかった。
【0076】
図12及び図13には、図11で得られた結果を数値化したものを表示している。電気泳動で検出されるバンドの濃さは、そのタンパク質の量に比例するので、バンドの濃さを定量化すれば、存在するタンパク質の量を比較することができる。図12及び図13は、特定のタンパク質のバンドをスキャン、定量化された濃さに基づいてソフトウェア「SCION」を用いて、面積に変換し、数値化したものである。
【0077】
図12に示すように、TGase2による架橋化反応への、pepT26の阻害効率は、0.01mMで30%、0.05mMから0.5mMで80−100%である。一方、pepF11KAについては、0−10%とほとんど阻害していない。また、図13では、バンド(架橋化されたγ−γ二量体)を対象にして数値化した。架橋化率(二量体の形成率)から見れば、pepF11KAが0.01mMでは15%,0.1mMでは40%程度、0.5mMでは75%という阻害率である。pepT26については、0.1mM以下では阻害することはないが、0.5mMではある程度の阻害が見られた。このようにタンパク質の架橋化という本来の生理学的な反応に対して、至適基質配列ペプチドは、有意な特異性のもとに競合的な阻害活性を有することが示された。
【0078】
(実施例4)
本実施例では、pepT26ぺプチドとGSTとの融合タンパク質およびpepT26ぺプチドとBSA(血清アルブミン)に対する一本鎖抗体との融合タンパク質を作製し、これらの融合タンパク質の活性について評価した。
【0079】
(pepT26ペプチド融合タンパク質の作製)
所定のぺプチドとGSTとの融合タンパク質の作成方法は、すでに記述したとおりである。ただし、本実施例においては、GST酵素活性を測定する必要があるため、GSTの中にあるグルタミン残基を変換することはなく、天然と同じGSTタンパク質のN末端側にpepT26ぺプチドを遺伝子工学的に融合させた。
【0080】
(pepT26−抗BSA一本鎖抗体の作製)
MRC(英国メディカルリサーチカウンシル)において、ファージディスプレイ法によって、BSA(ウシ血清アルブミン)に対する抗体様の可変領域タンパク質(以下、一本鎖抗体)を大腸菌において分泌型組換えタンパク質として発現できるベクターが構築されている(MRCにおいて無償供与されたものを、東大上田宏助教授が改変;プラスミド名pIT2−29IJ6)。このプラスミドを改変して、スペーサー配列(GGGSGGGSGGGS)、pepT26および精製のためのヒスチジンタグを付加しうるように、相当する合成オリゴヌクレオチドを抗体遺伝子の3’側に挿入した。宿主となる大腸菌は、HB2151株とし、1mMIPTGによる組換えタンパク質としての発現誘導を行った。ただし大腸菌における発現は30℃で16時間行い、培養上清を硫安沈殿によって濃縮し、TALONゲル(BD Bioscience社)を用いてほぼ単一に精製した。
【0081】
(3)蛍光標識第一級アミンの導入
TGaseは、標的となるアミノ酸配列中のグルタミン残基にアミンを導入することができる。T26−GST融合タンパク質(T26−GST)およびT26融合BSA一本鎖抗体タンパク質(antiBSA−T26)と蛍光標識第一級アミンとを、TGase2によって30分間反応させた。その後、融合タンパク質を回収して電気泳動して、蛍光を観察した。それぞれ対照として、融合前のタンパク質についても同様に酵素反応を実施した。さらに、蛍光標識アミンの取り込みがTGase反応によるものであることを示すために、カルシウムキレート剤(最終濃度5mMEDTA)を入れた系についても併せて行った。なお、酵素反応条件は、以下のとおりとした。これらの結果を図14に示す。
(1)反応液の組成10mMHEPES・NaOH(pH8.0),150mMNaCl,1mMDTT,5mMCaCl,0.5mMMDC(Monodansyl cadaverine,Sigma)
(2)基質タンパク質最終濃度
各200ng/μl
(3)TGase濃度5ng/μl
(4)37℃、30分
【0082】
図14に示すように、pepT26ぺプチドを備える融合タンパク質には、いずれも蛍光が観察されたのに対して、pepT26ぺプチドを備えていない融合前のタンパク質は蛍光が観察されなかった。このことから、TGaseによって、これらの融合タンパク質のpepT26ぺプチド部分に対して蛍光標識第一級アミンが導入されたことがわかった。また、カルシウムイオン非存在下では、蛍光が観察されないことからも、TGaseによってpepT26ぺプチド部分に第一級アミンが導入されたことが支持された。
【0083】
(実施例5)
本実施例では、図15に示すスキームで、基質ペプチド配列を介在するGST、すなわち、実施例4で作製した2種の融合タンパク質を固相担体(ゲル)に固定化した。固定化を行うゲルとしては、ファルマシア(GEヘルスサイエンス)社のNHS活性化セファロースを用いた。これは、一級アミノ基を持つ分子と混合するだけで、アミノ基がゲル表面のNヒドロキシスクシンイミド基と共有結合するもので、タンパク質やペプチドの固定化に広く用いられている。なお、通常、タンパク質の表面には一級アミノ基はリジン残基など数多くあり、どのように結合するかは全く予測することができない。
【0084】
図15に示すように、このゲルに以下の方法で、オクタンジアミンを固定化した。すなわち、ゲル1mlあたりに、50mMのオクタンジアミン(1,8−オクタンジアミン;アルドリッチ社)を含む950mMTris−HCl(pH8.0)バッファーを加えて、室温で1時間反応した。反応終了後、TBS(10mMTris−HCl、150mMNaCl)を加えて洗浄し活性化されたN−ヒドロキシスクシンイミド基をブロックした。
【0085】
次に、ゲルに、実施例4にて作製したpepT26−GST融合組換えタンパク質を加えて、TGase反応を行った。反応溶液は、10mMHEPES・NaOH(pH8.0)、150mMNaCl,1mMDTT,5mMCaClとし、TGase2(モルモット肝臓由来、京都工芸繊維大学伊倉教授より供与)を5ng/μlの濃度で添加した。酵素反応は、30分間、37℃でしんとうしながら行った。その後、最終濃度50mMEDTAとなるようにEDTAを添加することにより酵素反応を終了させた。なお、対照として、pepT26ぺプチドを有していないGSTについても同様にTGaseによる固定化を行った。酵素反応終了後の上清を採取して電気泳動を行い、ゲルに固定化されないで残った融合タンパク質及びGSTを検出した。結果を図16に示す。なお、GSTとしての酵素活性を測定するまで4℃で保存した。
【0086】
図16には、固定化反応後、上清に固定化されないで残留した融合タンパク質及びGSTの電気泳動図とそのバンド濃度を数値化したグラフ図を示す。図16に示すように、融合タンパク質は、GSTよりも効率的にゲルに固定化された。
【0087】
また、実施例4で作製した他方の融合タンパク質であるpepT26−抗BSA一本鎖抗体も同様にしてゲルに固定化した。酵素反応条件は、本実施例におけるpepT26−GST融合組換えタンパク質の酵素反応条件と同様とした。この融合タンパク質についても先と同様にして対照として抗BSA一本鎖抗体についても固定化を行った。また、酵素反応終了後の上清について同様に電気泳動を行った。結果を図17に示す。酵素反応終了後は、活性を測定するまで4℃で保存した。
【0088】
図17に示すように、pepT26−抗BSA一本鎖抗体融合タンパク質は、抗BSA一本鎖抗体よりも効率的にゲルに固定化された。
【0089】
(実施例6)
本実施例では、ゲルに固定化したGST融合タンパク質におけるGSTの酵素活性を測定した。GSTの酵素活性は、市販の測定キット(GST・Tagアッセイキット;ノバジェン社)を用いた。10μlのゲルを200μlの基質溶液(1mMグルタチオン、1mMchloro−2,4,−dinitrobenzene)と混合し、1分間室温でしんとうしながら反応させた。トリクロロ酢酸(最終濃度2%)を添加して酵素反応を終了させ、その吸光度(340nm)を測定した。比較対照として、TGaseによるぺプチド結合の形成を行うことなく、NHSゲルにpepT26融合GSTタンパク質を直接固定化したものについても行った。図18及び図19にこれらの結果を示す。
【0090】
図18は、ゲルあたりのGST酵素活性を示し、図19には、ゲルに結合したタンパク質あたりのGST活性(比活性)について示す。図18に示す結果から、一定量のゲルに対しては、酵素活性は大きく相違しなかった。ゲルに直接結合させた場合はGST2.7μg相当であり、pepT26配列を介してTGaseにより結合させたゲルではGST3.2μg相当の活性を有することがわかった。さらに、ゲル1mlあたりの組換えGST融合タンパク質結合量に基づいて換算すると、図19に示すように、TGaseと基質配列を用いて固定化したものは、相当量の溶液状態のGSTに比べてやや上昇していた。一方、直接固定化した場合は、溶液状態よりも比活性が低下していた。TGaseによって固定化した融合タンパク質は、直接固定化した融合タンパク質よりも比活性が1.8倍程度高いことがわかった。
【0091】
(実施例7)
本実施例では、ゲルに固定化したpepT26−抗BSA一本鎖抗体融合タンパク質における抗原結合能力を測定した。この一本鎖抗体の抗原であるBSA溶液(100μg/ml)および対照としてのOVA(卵白アルブミン;100μg/ml)をそれぞれ12μg含んだ溶液(HBS:10mMHepes−NaOH(pH8.0)、150mMNaCl,0.1%tween20)と、一本鎖抗体固定化ゲルをバッファー中で混ぜて、37℃で1時間反応させた。ゲルを、遠心分離とバッファーによる懸濁操作を繰り返して洗浄し、その後ゲルをSDSバッファー存在下で加熱、遠心して上清を得た。その上清にはゲルに結合していたBSAが存在するので、これを12.5%SDS−PAGEおよびCBB染色によって存在量を解析した。対照として、TGaseによるぺプチド結合の形成を行うことなく、NHSゲルにpepT26−抗BSA一本鎖抗体融合タンパク質を直接固定化したものについても行った。結果を、図20に示す。また、その電気泳動されたBSAのパターンをScionイメージソフトウェアによって存在量(ゲルへの結合量)を定量化して解析した。この結果を図21及び図22に示す。
【0092】
図17に示すように、抗体に結合していたBSA量は、pepT26を介して結合された一本鎖抗体融合タンパク質のほうが上回っていた。この結果を、一定量のゲル当りに結合した抗原量として定量化した図21によれば、pepT26を介して結合された一本鎖抗体ゲルの抗原結合能力の優位性が明らかであった。また、固定化された一本鎖抗体量当りの結合抗原量として定量化した場合にpepT26を介して固定化された一本鎖抗体の抗原結合能力の優位性は一層明らかであった。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明の人工構築物の例を示す図である。
【図2】本発明の人工構築物の他の一例を示す図である。
【図3】ジアミン類の例を示す図である。
【図4】トランスグルタミナーゼの基質となりやすい配列のリストである。
【図5】融合タンパク質の構造を示す図である。
【図6】融合タンパク質のTGase2及び第XIII因子による架橋反応における基質としての評価を示す図(電気泳動図)である。
【図7】融合タンパク質のTGase2及び第XIII因子による架橋反応における基質としての評価を示す図(タイムコースによる図)である。
【図8】融合タンパク質のTGase2及び第XIII因子による架橋反応における基質としての評価(反応時間10分)を示す図である。
【図9】2種類のアミノ酸配列を含む融合タンパク質への標識一級アミン(プトレシン)の取り込み結果を示すグラフ図である。
【図10】2種のペプチドのカゼインへの取り込み量を示す図である。
【図11】2種のペプチドによる架橋化反応の阻害を示す図(a)及び(b)である。
【図12】カゼインの架橋化(単量体の量)を指標にしたTGase2に対する阻害効果を示す図である。
【図13】フィブリンの架橋化を指標にした第XIII因子に対する阻害効果(架橋化産物)を示す図である。
【図14】実施例4における融合タンパク質に対するTGaseによる蛍光標識アミンの導入の有無の結果を示す電気泳動図である。
【図15】実施例5における固相担体にpepT26融合タンパク質を付加するスキームを示す図である。
【図16】pepT26GST融合タンパク質の固相への結合結果を示す電気泳動図とグラフ図である。
【図17】pepT26一本鎖抗体融合タンパク質の固相への結合結果を示す電気泳動図とグラフ図である。
【図18】ゲル当りのGST活性を示すグラフ図である。
【図19】ゲルに固定化していたGSTタンパク質当りのGST活性を示すグラフ図である。
【図20】ゲルに結合された抗原(BSA)量を示す電気泳動図である。
【図21】10μlのゲルに対して結合した抗原(BSA)量を示すグラフ図。
【図22】ゲルに固定化された抗体1μgに対して結合した抗原(BSA)量を示すグラフ図。
【配列表フリーテキスト】
【0094】
配列番号:1〜60:合成ペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の表1及び表2に記載のアミノ酸配列並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、ペプチド。
【表1】

【表2】

【請求項2】
トランスグルタミナーゼの基質活性を有する、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
トランスグルタミナーゼ阻害剤である、請求項1又は2に記載のペプチド。
【請求項4】
前記トランスグルタミナーゼは、血液凝固第XIII因子及び/又は組織型トランスグルタミナーゼである、請求項2又は3に記載のペプチド。
【請求項5】
T2、T5、T8、T12、T16、T20、T26、T29、T30、T32、F6、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、組織型トランスグルタミナーゼ阻害剤である、請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項6】
T2、T5、T8、T12、T16、T20、T26、T29、T30、T32、F6、F17及びF28並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、組織型トランスグルタミナーゼ阻害剤である、請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項7】
T2、T5、T8、T16、T20、T26、T29及びT32並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、請求項5又は6に記載のペプチド。
【請求項8】
配列番号:22に記載のアミノ酸配列及びその改変配列を含む、請求項7に記載のペプチド。
【請求項9】
配列番号:22に記載のアミノ酸配列からなる、請求項8に記載のペプチド。
【請求項10】
前記アミノ酸配列は、T1、T30、F6、F11、F17、F28及びF32並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、血液凝固第XIII因子阻害剤である、請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項11】
前記アミノ酸配列は、T1、T30、F6、F11、F17及びF28並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、血液凝固第XIII因子阻害剤である、請求項1〜4のいずれかに記載のペプチド。
【請求項12】
前記アミノ酸配列は、T1及びF11並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、請求項10又は11に記載のペプチド。
【請求項13】
配列番号:38及び配列番号:59に記載のアミノ酸配列並びにこれらの改変配列から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列を含む、請求項12に記載のペプチド。
【請求項14】
配列番号:38又は配列番号:59に記載のアミノ酸配列からなる、請求項13に記載のペプチド。
【請求項15】
トランスグルタミナーゼの基質としての反応性を有するペプチドの探索方法であって、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、を備える、方法。
【請求項16】
トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドの探索方法であって、
トランスグルタミナーゼの2種以上のアイソザイムについて、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、
を実施し、
(d)前記2種以上のアイソザイムの基質反応性を有するものとして得られたアミノ酸配列を含むペプチドの前記2種以上のアイソザイムに対する反応特異性を評価する工程を実施する、探索方法。
【請求項17】
トランスグルタミナーゼ阻害活性を有するペプチドの製造方法であって、
トランスグルタミナーゼの2種以上のアイソザイムについて、
以下の工程(a)〜(c):
(a)ファージディスプレイ法を用いて提示されたペプチドと第一級アミンを含む化合物とをトランスグルタミナーゼの存在下で反応させる工程、
(b)前記(a)工程におけるトランスグルタミナーゼ反応生成物を保持するファージを分離する工程及び
(c)分離したファージにおいて提示されたペプチドのアミノ酸配列を決定する工程、
を実施し、
(d)前記2種以上のアイソザイムの基質反応性を有するものとして得られたアミノ酸配列を含むペプチドの前記2種以上のアイソザイムに対する反応特異性を評価する工程と、(e)工程(d)で前記2種以上のアイソザイムのいずれかに対して反応特異性を有すると評価されたペプチド又はその改変ペプチドを製造する工程と、
を備える、製造方法。
【請求項18】
人工構築物であって、
以下の表3及び表4に記載のアミノ酸配列及びこれらの改変配列から選択される1種又は2種以上のアミノ酸配列を含むペプチドを備える、人工構築物。
【表3】

【表4】

【請求項19】
前記ペプチド鎖のグルタミン残基側鎖のγ−カルボキシアミド基と第一級アミノ基含有化合物の該第一級アミノ基との間で形成されたイソペプチド結合による連結部を備える、請求項18に記載の人工構築物。
【請求項20】
前記第一級アミノ基含有化合物は、二個以上の第一級アミノ基を含む化合物である、請求項19に記載の人工構築物。
【請求項21】
前記第一級アミノ基含有化合物は、カタベリン、スペルミジン、スペルミン及びカルドペンタミンからなる群から選択される1種又は2種以上である、請求項20に記載の人工構築物。
【請求項22】
前記ペプチド鎖に対して前記連結部を介して1種又は2種以上の他のペプチド鎖が連結されている、請求項18〜21のいずれかに記載の人工構築物。
【請求項23】
人工抗体部分を有する、請求項18〜22のいずれかに記載の人工構築物。
【請求項24】
前記連結部を介して固相担体を備える、請求項16〜21のいずれかに記載の人工構築物。
【請求項25】
タンパク質固定化固相担体である、請求項24に記載の人工構築物。
【請求項26】
薬剤活性部分を有する、請求項18〜25のいずれかに記載の人工構築物。
【請求項27】
以下の表5及び表6から選択される一種又は二種以上のアミノ酸配列あるいはそれらの改変配列を含むペプチドを含有する、トランスグルタミナーゼ関連疾患の予防・治療用組成物。
【表5】

【表6】

【請求項28】
前記ペプチドは、配列番号:22、配列番号:38及び配列番号:59に記載のアミノ酸配列から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなる、請求項27に記載の予防・治療用組成物。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2007−197434(P2007−197434A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−352448(P2006−352448)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】