説明

パワーステアリング装置

【課題】車両挙動制御装置が故障した場合に運転者にかかる負担を軽減する。
【解決手段】後輪トー角可変制御装置を有する自動車に搭載された電動パワーステアリング装置において、後輪トー角可変制御装置が故障し、後輪トー角可変制御装置の作動によって発生するヨーモーメントを打ち消すような修正操舵(直進走行時における操舵トルクT)が必要となった場合、トルク補正目標電流設定部33が、当該修正操舵に対する平均操舵トルクTavを軽減する方向の補正トルクTcを設定した上で、補正トルクTcに対応するトルク補正目標電流ターゲットActを設定し、これを漸増・漸減処理部34が処理したトルク補正目標電流Acを目標電流Atに付加するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両挙動制御装置を有する車両に搭載されるパワーステアリング装置に係り、詳しくは、車両挙動制御装置の故障時に修正操舵が必要となった場合に運転者にかかる運転負荷を軽減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の操縦安定性や回頭性を高めるために、左右の後輪に対してアクチュエータをそれぞれ備えることで、後輪のトー角を左右独立して変化させることのできる後輪トー角可変制御装置が種々開発されている(例えば、特許文献1,2参照)。この種の後輪トー角可変制御装置では、車両の運動状態などに応じて左右の後輪に付与されるトー角が設定され、車両の挙動が制御されるようになっている。例えば、アクセルペダルの操作量が所定値以上のときには後輪トー角をトーアウトに設定し、ブレーキペダルの操作量が所定値以上のときには後輪トー角をトーインに設定する後輪トー角可変制御装置(特許文献3参照)などが提案されている。
【0003】
また、左右の後輪に対してアクチュエータをそれぞれ備えた後輪トー角可変制御装置において、一方のアクチュエータが故障した場合、故障していない側の後輪を故障した側の後輪と対称(トーインまたはトーアウト)となるようにトー角制御することにより、車両の直進性を確保する技術や(特許文献4参照)、故障していない側の後輪を故障した側の後輪と平行となるようにトー角制御することにより、車体の向きと進行方向とがずれた状態となりながらも、タイヤの過剰磨耗を回避しつつ直進走行性を確保する技術(特許文献5参照)なども提案されている。
【特許文献1】特開平9−30438号公報
【特許文献2】特開2008−164017号公報
【特許文献3】特開2008−55921号公報
【特許文献4】特開2006−30438号公報
【特許文献5】特開2008−2234号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献4に記載された技術では、一方のアクチュエータが故障すると、後輪が常に一方へ転舵された状態で固定されてしまうこととなり、この場合、常に車体にヨーモーメントが作用する。また、異なる制御を行ったとしても、後輪トー角可変制御装置などの車両挙動制御装置が故障した場合には、車両挙動制御装置の作動によって車体にヨーモーメントが発生してしまうことがある。このような場合、直進走行するためにはこのヨーモーメントを打ち消すべく、前輪を後輪と同一方向へ略同一角度(重心位置やタイヤのグリップ力に応じた角度)だけ転舵しておく必要がある。しかしながら、前輪にはサスペンションジオメトリによって舵角が0となるようにセルフアライニングトルクが発生するため、直進走行時においてもこのセルフアライニングトルクに対抗する操舵トルクを運転者はステアリングに与え続けなければならない。
【0005】
一方、このような継続的な操舵トルクが与えられた場合、操舵トルクに応じた操舵補助力がパワーステアリング装置によって付与されるが、この操舵補助力はセルフアライニングトルクに対抗する操舵トルクに比べて小さいため、依然として運転者にかかる運転負荷が大きかった。
【0006】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、車両挙動制御装置が故障した場合に運転者にかかる運転負荷を軽減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明は、車両挙動制御装置(後輪トー角可変制御装置11)を有する車両に搭載されたパワーステアリング装置(21)において、前記車両挙動制御装置が故障し、当該車両挙動制御装置の作動によって発生するヨーモーメントを打ち消すように運転者が修正操舵を行った場合、当該修正操舵に対する操舵反力(T)を軽減する方向に操舵補助力(Tc)を付与するように構成する。
【0008】
上記構成のパワーステアリング装置においては、前記操舵補助力が、所定時間にわたる直進走行時の平均操舵トルク(Tav)に応じて設定されるようにするとよい。この場合、前記操舵補助力の付与が、前記平均操舵トルクが所定値(T)よりも大きい場合にのみ行われるようにするとよい。
【0009】
また、上記構成のパワーステアリング装置においては、前記操舵補助力が、低車速域(0〜Vkm/h)と高車速域(Vkm/h以上)との少なくとも一方における車速ゲイン(Gv)が中車速域(V〜Vkm/h)における車速ゲインよりも小さく設定されるようにするとよい。
【0010】
また、上記構成のパワーステアリング装置においては、前記操舵補助力が、前記付与の開始時に所定の漸増量をもって(目標電流漸増量αをもって)増大し、前記付与の終了時に所定の漸減量をもって(目標電流漸減量βをもって)減少するように設定されるようにするとよい。
【0011】
あるいは、上記構成のパワーステアリング装置において、前記操舵補助力は、前記操舵反力よりも小さな値に設定されるようにするとよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、車両挙動制御装置の故障に起因する修正操舵が必要となった場合でも、修正操舵に対する操舵反力を軽減する方向に操舵補助力が付与されるため、運転者は大きな操舵力を与えることなく車両の挙動を制御することができる。
【0013】
また、操舵補助力が、所定時間にわたる直進走行時の平均操舵トルクに応じて設定されることにより、直進走行時の一時的な操舵トルクに応じた過大または過小な操舵補助力が付与されることを防止し、平均操舵トルクが大きいほど大きな操舵補助力を付与することにより、運転者にかかる操舵負荷を適切に軽減することができる。
【0014】
この場合に、操舵補助力の付与が、平均操舵トルクが所定値よりも大きい場合にのみ行われることにより、操舵トルクの検出誤差や車両挙動制御装置の故障に起因しないステアリング操作に応じた操舵補助力の付与を排除し、頻繁に操舵補助力が変化することを防止して適切な操舵補助力の付与を行うことができる。
【0015】
また、操舵補助力が車速ゲインをもって補正され、低車速域と高車速域との少なくとも一方における値が中車速域における値よりも小さく設定されることにより、運転者が小さな負荷で確実かつ安全に車両の挙動を制御することができる。すなわち、同一操舵角におけるセルフアライニングトルクは車速に応じて大きくなるため、低速走行時に車両挙動制御装置が故障した場合に大きな操舵補助力が付与されると運転者は車両挙動制御装置の故障に気付き難いが、低車速域で車速ゲインが小さく設定されることにより、運転者はステアリング操作から車両挙動制御装置の故障を感知することができる。また、高速走行時に車両挙動制御装置が故障した場合に大きな操舵補助力が付与されると、小さな操舵力でもステアリングが操作され易くなって車両の挙動制御が困難となるが、高車速域で車速ゲインが小さく設定されることにより、過度のステアリング操作を防止して走行安全性の低下を防止することができる。
【0016】
また、操舵補助力が、付与の開始時に所定の漸増量をもって増大し、付与の終了時に所定の漸減量をもって減少するように設定されることにより、補助操舵力の急激な変化を防止し、運転者が修正操舵を円滑に行えるようになる。
【0017】
さらに、操舵補助力が、操舵反力よりも小さな値に設定されることにより、車両挙動制御装置が故障した場合に操舵力を不必要とするのではなく、運転者にかかる操舵負荷を適切に軽減し、且つステアリングを介して車両挙動制御装置の故障を運転者に認識させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明に係る電動パワーステアリング装置21を備えた自動車1の一実施形態について詳細に説明する。説明にあたり、車輪やそれらに対して配置された部材、例えばタイヤや電動アクチュエータ等については、それぞれ符号の後に前後を表す添字fまたはrあるいは左右を示す添字lまたはrを付して、例えば、後輪5l(左側)、後輪5r(右側)、タイヤ3fl(前左側)、タイヤ3rr(後右側)と記すとともに、総称する場合には、例えば、後輪5または後輪5l,5rと記す。
【0019】
図1は実施形態に係る後輪トー角可変制御装置11(RTC)を備えた自動車1の概略構成を示す平面図である。自動車1は、タイヤ3fl,3frが装着された前輪4l,4rと、タイヤ3rl,3rrが装着された後輪5l,5rとを備えており、これら前輪4l,4rおよび後輪5l,5rが、左右のフロントサスペンション6l,6rおよびリヤサスペンション7l,7rによってそれぞれ車体2に懸架されている。
【0020】
また、自動車1は、手動操舵力を軽減すべくステアリング系に補助トルクを印加する電動パワーステアリング装置21(EPS)を備え、ステアリングホイール22の操舵によって操向車輪としての前輪4を直接転舵する前輪操舵装置20と、左右のリヤサスペンション7l,7rに対して設けられた左右の電動アクチュエータ12l,12rを伸縮駆動することにより、左右後輪5l,5rのトー角(後輪転舵角)δrl,δrrを個別に変化させる後輪トー角可変制御装置11とを備えている。
【0021】
前輪操舵装置20は、ステアリングシャフト23を介してステアリングホイール22に一体的に連結されたピニオン24と、タイロッド25等を介してその両端が左右の前輪4に連結され、ピニオン24に噛合して車幅方向に往復動するラック軸26とからなるラック・アンド・ピニオン機構と、補助操舵力を発生すべくラック軸26に同軸的に設けられた電動モータ27を備えた電動パワーステアリング装置21とを主要構成要素としている。
【0022】
ステアリングシャフト23には、ステアリングホイール22の操舵角θを検出する操舵角センサ9が設けられ、ピニオン24の近傍には、ピニオン24に作用する手動操舵トルクTを検出する操舵トルクセンサ10が設けられており、これらセンサの出力信号がEPS・ECU(Electronic Control Unit)28に入力することにより、EPS・ECU28が電動モータ27に流れる電流を制御し、電動モータ27に補助操舵力を発生させる。
【0023】
一方、詳細な図示は省略するが、電動アクチュエータ12は、車体2側に連結されたハウジングや、ハウジング内に収容されたモータ、減速機、台形ねじを用いた送りねじ機構、送りねじ機構の雌ねじ部材を構成するとともに、後輪5側に連結された出力ロッド等から構成されており、モータの回転運動を送りねじ機構でスラスト運動に変換することにより直線的に伸縮動する。なお、送りねじ機構は、セルフロック機能を備えており、出力ロッド側から入力があっても逆差動しない構造となっている。
【0024】
また、自動車1には、各種システムを統括制御するメインECU8や、車体2に発生するヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ15、車速センサ16の他、図示しない種々のセンサが適所に設置されており、各センサの検出信号はメインECU8に入力して車両の制御に供される。
【0025】
メインECU8は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、車両用ローカルエリアネットワークCAN(Controller Area Network)などの通信回線を介して各センサ9,10,15,16や、EPS・ECU28、後述するMCU(Motor Control Unit)13と接続されており、互いに制御量や制御状態を監視することができるようになっている。メインECU8は、各センサ9,16等の検出結果に基づいて目標とする後輪5のトー角δrを算出し、各電動アクチュエータ12のストローク量を算出した上でMCU13に対して駆動制御信号を出力することにより、後輪5l,5rのトー制御を左右別々に行う。
【0026】
左右の電動アクチュエータ12には、近接配置されたマグネットの位置を差動変圧から検出することによって各電動アクチュエータ12のストローク量を検出するストロークセンサ17l,17rが設置されている。MCU13は、メインECU8から出力された駆動制御信号に基づいて電動アクチュエータ12を駆動制御するとともに、ストロークセンサ17によって検出されたストローク量に基づいて電動アクチュエータ12のフィードバック制御を行う。これにより、電動アクチュエータ12が高精度且つ高応答に制御され、後輪5l,5rが所望のトー角δrへ変化する。
【0027】
このように構成された自動車1によれば、左右の電動アクチュエータ12l,12rを同時に対称的に変位させることにより、左右後輪5l,5rのトーイン/トーアウトを適宜な条件の下に自由に制御することができる他、左右の電動アクチュエータ12l,12rの一方を伸ばして他方を縮めれば、左右後輪5l,5rを左右に転舵することも可能である。例えば自動車1は、操縦安定性を高めるべく、各種センサによって把握される車両の運動状態に基づき、加速時には後輪5をトーアウトに、制動時には後輪5をトーインに変化させ、高速旋回走行時には後輪5を前輪舵角と同相に、低速旋回走行時には後輪5を前輪舵角と逆相にトー変化(転舵)させる。
【0028】
次に、実施形態に係るEPS・ECU28について、図2に示すブロック図を参照して説明する。EPS・ECUは、操舵トルクセンサ10によって検出された操舵トルクT、車速センサによって検出された車速V、電動モータ27の回転数Nなどに基づいて、電動モータ27に流れる目標電流Atを設定する目標電流設定部29と、目標電流Atに対する補正を行う操舵補助力補正部30とを備えている。
【0029】
操舵補助力補正部30は、後輪トー角可変制御装置11の故障を判定する故障判定部31と、自動車1の直進状態を判定する直進状態判定部32と、後輪トー角可変制御装置11の故障状態に応じて電動モータ27に発生させる補正トルクTcに対応する目標電流(トルク補正目標電流ターゲットAct)を設定するトルク補正目標電流設定部33と、トルク補正目標電流ターゲットActに対する漸増・漸減処理を行い、トルク補正目標電流Acを設定する漸増・漸減処理部34と、漸増・漸減処理部34によって設定されたトルク補正目標電流Acを目標電流Atに加算する加算部35とから構成されている。
【0030】
故障判定部31は、メインECU8を介して後輪トー角可変制御装置11の故障情報を受け取り、この故障情報に基づいて故障判定を行う。直進状態判定部32は、車速V、操舵角θから求めた前輪舵角δf、ヨーレイトγなどに基づいて、自動車1の走行状態を監視し、直進走行状態が所定時間にわたって継続するか否かによって直進判定を行う。トルク補正目標電流設定部33は、故障した後輪トー角可変制御装置11の作動によって車体2にヨーモーメントが作用した場合に、このモーメント打ち消すのに必要な修正操舵に応じて補正トルクTcを設定した上で、トルク補正目標電流ターゲットActを設定する。なお、補正トルクTcは、平均操舵トルクTavよりも小さな値となるように設定される。
【0031】
そして、トルク補正目標電流設定部33は、図3にそのブロック図を示すように、直進走行状態における所定時間にわたる平均操舵トルクTavに応じ、予め格納された所定のマップを参照することにより、補正トルクベース値Tcbを設定するベース補正トルク設定部41と、車速ゲインマップを参照することにより、車速Vに応じた車速ゲインGvを設定する車速ゲイン設定部42と、ベース補正トルク設定部41によって設定された補正トルクベース値Tcbに車速ゲインGvを乗算することにより、補正トルクTcを算出する乗算部43と、乗算部43で算出された補正トルクTcに対応するトルク補正目標電流ターゲットActを設定するトルク補正目標電流ターゲット設定部44とから構成されている。
【0032】
ベース補正トルク設定部41に格納されたマップでは、平均操舵トルクTavが0〜TNmまでの間は補正トルクベース値Tcbが0に設定される不感帯が設けられており、平均操舵トルクTavがTNm以上となると、その大きさに応じて補正トルクベース値Tcbが徐々に大きくなるように設定される。一方、車速ゲインマップでは、車速Vが0〜第1車速Vまでの間は車速ゲインGvが0に設定され、車速Vが第1車速V〜これよりも大きな第2車速Vまでの間は、車速ゲインGvが車速Vに応じて徐々に大きくなり、第2車速Vにおいて1となるように設定され、車速Vが第2車速V〜これよりも大きな第3車速Vまでの間は車速ゲインGvが1に設定され、車速Vが第3車速V以上の場合は車速ゲインGvが車速Vに応じて徐々に小さくなるように設定される。
【0033】
漸増・漸減処理部34は、操舵補助力補正部30による操舵補助力の補正開始時に、加算部35に加えるトルク補正目標電流Acがトルク補正目標電流ターゲットActに達するまで所定量をもって徐々に大きくなるような漸増処理を行うとともに、操舵補助力補正部30による操舵補助力の補正終了時に、トルク補正目標電流Acが0に到るまで所定量をもって徐々に小さくなるような漸減処理を行う。
【0034】
≪実施形態の制御フロー≫
次に、本実施形態に係るパワーステアリング装置による操舵補助制御処理について説明する。図4は実施形態に係るパワーステアリング装置による操舵補助制御手順を示すフローチャートである。自動車1が走行を開始始動すると、EPS・ECU28は所定の割込み時間(例えば、10ms)ごとに以下に示す操舵補助制御処理を実行する。
【0035】
図4Aに示すように、EPS・ECU28は、まず、故障判定部31において、故障フラグFfallが1であるか否か、すなわち、後輪トー角可変制御装置11が故障しているか否かを判定する(ステップ1)。ステップ1で後輪トー角可変制御装置11が故障していないと判定された場合(No)、EPS・ECU28は、トルク補正電流設定部において、トルク補正目標電流Acを0に設定し(ステップ27)、漸増・漸減処理部34において、直進判定タイマTM1、トルク補正目標電流漸増タイマTM2および、トルク補正目標電流漸減タイマTM3をそれぞれ0に設定する(ステップ28)。その後、図4Bのステップ19に進み、EPS・ECU28は、加算部35において、目標電流Atにトルク補正目標電流Acを加算し、上記手順を繰り返す。
【0036】
一方、ステップ1で後輪トー角可変制御装置11が故障していると判定された場合(Yes)、EPS・ECU28は、直進状態判定部32において、車速Vが車速判定閾値Vth以上であるか否かを判定し(ステップ2)、車速Vが車速判定閾値Vthよりも小さい場合(No)、直進状態判定部32は直進判定タイマTM1を0に設定する(ステップ8)。一方、ステップ2で車速Vが車速判定閾値Vth以上である場合(Yes)、直進状態判定部32は、ステアリング操舵角θから求めた前輪舵角δfの絶対値が前輪舵角判定閾値δfth以下であるか否かを判定し(ステップ3)、前輪舵角δfの絶対値が前輪舵角判定閾値δfthよりも大きいと判定された場合(No)、ステップ8に進んで直進判定タイマTM1を0に設定する。一方、ステップ3で前輪舵角δfの絶対値が前輪舵角判定閾値δfth以下であると判定された場合(Yes)、直進状態判定部32は、ヨーレイトγの絶対値がヨーレイト判定閾値γth以下であるか否かを判定し(ステップ4)、ヨーレイトγの絶対値がヨーレイト判定閾値γthよりも大きいと判定された場合(No)、同様にステップ8に進んで直進判定タイマTM1を0に設定する。一方、ステップ4でヨーレイトγの絶対値がヨーレイト判定閾値γth以下であると判定された場合(Yes)、直進状態判定部32は、直進判定タイマTM1に1を加える(ステップ5)。
【0037】
次に、直進状態判定部32は、直進判定タイマTM1が直進時間判定閾値TM1thよりも大きいか否か、すなわち、車速判定閾値Vth以上で前輪舵角判定閾値δfth以下且つヨーレイト判定閾値γth以下の走行状態が所定時間続いたか否かを判定し(ステップ6)、直進判定タイマTM1が直進時間判定閾値TM1thよりも大きいと判定された場合(Yes)、直進判定フラグFstを1に設定し(ステップ7)、トルク補正目標電流Acを前回値のトルク補正目標電流Ac1に設定する(ステップ9)。一方、ステップ6で直進判定タイマTM1が直進時間判定閾値TM1th以下であると判定された場合(No)、直進状態判定部32は、直進判定フラグFstを1に設定することなくステップ9に進み、トルク補正目標電流Acを前回値のトルク補正目標電流Ac1に設定する。
【0038】
次に、図4Bに移り、EPS・ECU28は、トルク補正目標電流設定部33において、直進判定フラグFstが1に設定されているか否かを判定する(ステップ10)。ステップ10で、直進判定フラグFstが1に設定されている場合(Yes)、トルク補正目標電流設定部33は、トルク補正目標電流ターゲットActを算出する(ステップ11)。
【0039】
その後、EPS・ECU28は、漸増・漸減処理部34において、トルク補正目標電流漸減タイマTM3を0に設定し(ステップ12)、トルク補正目標電流漸増タイマTM2に1を加え(ステップ13)、トルク補正目標電流漸増タイマTM2が漸増タイマ閾値TM2thよりも大きいか否かを判定する(ステップ14)。ステップ14でトルク補正目標電流漸増タイマTM2が漸増タイマ閾値TM2thよりも大きいと判定された場合(Yes)、前回値のトルク補正目標電流Ac1に所定の目標電流漸増量αを加算した値をトルク補正目標電流Acに設定し(ステップ15)、トルク補正目標電流漸増タイマTM2を0に設定し(ステップ16)、ステップ17へ進む。一方、ステップ14でトルク補正目標電流漸増タイマTM2が漸増タイマ閾値TM2th以下であると判定された場合(No)、ステップ15およびステップ16の処理を行うことなくステップ17へ進む。
【0040】
ステップ17では、トルク補正目標電流Acがトルク補正目標電流ターゲットActよりも大きいか否かが漸増・漸減処理部34によって判定され、トルク補正目標電流Acがトルク補正目標電流ターゲットActよりも大きいと判定された場合(Yes)、トルク補正目標電流ターゲットActがトルク補正目標電流Acに設定され(ステップ18)ステップ19へ進む。一方、ステップ17でトルク補正目標電流Acがトルク補正目標電流ターゲットAct以下であると判定された場合(No)、ステップ18の処理を行うことなくステップ19へ進む。
【0041】
ステップ19では、EPS・ECU28は、加算部35において、目標電流Atにトルク補正目標電流Acを加算し(ステップ19)、上記手順を繰り返す。
【0042】
また、ステップ10で、直進判定フラグFstが0に設定されている場合(No)、EPS・ECU28は、漸増・漸減処理部34において、トルク補正目標電流漸増タイマTM2を0に設定し(ステップ20)、トルク補正目標電流漸減タイマTM3に1を加える(ステップ21)。次いで、漸増・漸減処理部34は、トルク補正目標電流漸減タイマTM3が漸減タイマ閾値TM3thより大きいか否かを判定する(ステップ22)。ステップ22でトルク補正目標電流漸減タイマTM3が漸減タイマ閾値TM3thより大きいと判定された場合(Yes)、漸増・漸減処理部34は、前回値のトルク補正目標電流Ac1から所定の目標電流漸減量βを減算した値をトルク補正目標電流Acに設定し(ステップ23)、トルク補正目標電流漸減タイマTM3を0に設定し(ステップ24)、ステップ25へ進む。一方、ステップ22でトルク補正目標電流漸減タイマTM3が漸減タイマ閾値TM3th以下であると判定された場合(No)、漸増・漸減処理部34は、ステップ23およびステップ24の処理を行わずにステップ25へ進む。
【0043】
ステップ25では、トルク補正目標電流Acが0以下であるか否かが漸増・漸減処理部34によって判定され、トルク補正目標電流Acが0以下であると判定された場合(Yes)、漸増・漸減処理部34は、トルク補正目標電流Acを0に設定し(ステップ26)、ステップ19で加算部35が目標電流Atにトルク補正目標電流Ac(0)を加算し、EPS・ECU28は上記手順を繰り返す。一方、ステップ25でトルク補正目標電流Acが0より大きいと判定された場合(No)、ステップ26を経ずに直接ステップ19へ進み、加算部35が目標電流Atにトルク補正目標電流Acを加算し、EPS・ECU28は上記手順を繰り返す。
【0044】
次に、図5を参照して、後輪トー角可変制御装置11が故障した場合に上記操舵補助制御処理を行った際の自動車1の状態変化について説明する。自動車1が旋回走行から直進走行に移ったとき(時間t)に、EPS・ECU28が後輪トー角可変制御装置11の故障情報を受け取り、故障判定部31によって故障判定が行われる。このとき、ヨーレイトγは0であるにも拘わらず、前輪舵角δfは修正操舵を行った状態(|δf|>0)となり、操舵トルクTが発生している。
【0045】
後輪トー角可変制御装置11の故障が判定されると、時間t〜時間tにかけて、直進状態判定部32によって自動車1の直進状態が判定される。直進状態が判定されると、時間t〜時間tにかけて、トルク補正目標電流設定部33によって操舵トルクTの平均値(平均操舵トルクTav)が算出された上でトルク補正目標電流ターゲットActが設定される。トルク補正目標電流ターゲットActが設定されると、時間t〜時間tにかけて、漸増・漸減処理部34によって漸増処理されたトルク補正目標電流Acが電動モータ27に通電される。時間t〜時間tにかけて、トルク補正目標電流Acが徐々に大きくなるように通電されると、操舵トルクTは徐々に低下し、0より大きな所定の値となる。直進判定が解除されるとき(時間t)まで、すなわち、直進状態が継続している間、トルク補正目標電流Acによる補正トルクTcによって操舵トルクTが小さな値に維持され、運転者の操舵負荷が軽減される。
【0046】
直進判定が解除されると、すなわち、運転者が旋回のためのステアリング操作を行うと、時間t〜時間tにかけて、漸増・漸減処理部34によって漸減処理されたトルク補正目標電流Acが電動モータ27に通電される。時間t〜時間tにかけて、トルク補正目標電流Acが徐々に小さくなるように通電されると、旋回走行のための操舵トルクも加わり、操舵トルクTは徐々に大きくなる。旋回のためのステアリング操作に伴い、前輪舵角δfおよびヨーレイトγも大きくなる。
【0047】
このように、後輪トー角可変制御装置11の故障に起因する修正操舵が必要となった場合でも、修正操舵に対する操舵反力を軽減する方向に補正トルクTcが付与されるため、運転者は大きな操舵トルクTを与えることなく自動車1の挙動を制御できるようになる。
【0048】
また、所定時間にわたる直進走行時の平均操舵トルクTavに応じて補正トルクTcが設定されることにより、直進走行時の一時的な操舵トルクに応じた過大または過小な補正トルクTcが付与されることが防止され、且つ運転者の操舵負荷が大きいほど大きな補正トルクTcが付与されることとなり、運転者にかかる操舵負荷が適切に軽減される。
【0049】
この場合に、補正トルクTcの付与が、平均操舵トルクTavが所定値(T)よりも大きい場合にのみ行われることにより、操舵トルクTの検出誤差や後輪トー角可変制御装置11の故障に起因しないステアリング操作に応じた補正トルクTcの付与が排除され、頻繁に補正トルクTcが変化することなく、適切な操舵負荷の軽減を図られる。
【0050】
また、同一操舵角θにおけるセルフアライニングトルクは車速Vに応じて大きくなるため、低車速域での走行時に後輪トー角可変制御装置11が故障した場合に大きな補正トルクTcが付与されると運転者は後輪トー角可変制御装置11の故障に気付き難いが、補正トルクTcが、低車速域(V以下)において中車速域(V〜V)よりも小さな車速ゲインGvによって補正されることにより、後輪トー角可変制御装置11の故障をステアリング操作から感知できる範囲で運転者にかかる修正操舵の負荷を軽減することができる。
【0051】
一方、高車速域での走行時に後輪トー角可変制御装置11が故障した場合に大きな補正トルクTcが付与されると、小さな操舵力でもステアリングが操作され易くなって車両の挙動制御が困難となるが、補正トルクTcが、高車速域(V以上)において中車速域(V〜V)よりも小さな車速ゲインGvによって補正されることにより、過度のステアリング操作が防止され、自動車1の安全性に影響を与えない範囲で運転者にかかる修正操舵の負荷を軽減することができる。
【0052】
また、補正トルクTcが、付与の開始時に所定の漸増量をもって(目標電流漸増量αをもって)増大し、付与の終了時に所定の漸減量をもって(目標電流漸減量βをもって)減少するように設定されることにより、補正トルクTcの急激な変化が防止され、運転者が円滑に修正操舵を行うことができる。
【0053】
さらに、補正トルクTcが、平均操舵トルクTav(操舵反力)よりも小さな値に設定されることにより、後輪トー角可変制御装置11が故障した場合に操舵トルクTが不必要とされるのではなく、運転者にかかる操舵負荷が適切に軽減され、且つステアリングを介して後輪トー角可変制御装置11の故障を運転者が認識できるようになっている。
【0054】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限定されることなく幅広く変形実施することができる。例えば、上記実施形態では、車両挙動制御装置として後輪トー角可変制御装置11を採用しているが、変わりに、あるいはこれと共に、駆動力配分制御装置や、制動力を発生させて車輪の横滑りを抑制するVSA(Vehicle Stability Assist:車両挙動安定化制御システム)、ステアリングトルクを発生させることによって前輪の操舵を補助し、間接的に車両のヨーレイトを制御するパワーステアリング装置、前輪舵角を所望に変化させることのできるステア・バイ・ワイヤなど、車両の挙動を制御できる他の装置を採用することができる。
【0055】
また、上記実施形態では、自動車1が直進走行している間のみにトルク補正目標電流が設定されるようにしているが、後輪トー角可変制御装置11の故障信号が検出されている間、直進判定状態において設定したトルク補正目標電流を継続的に付加したり、旋回走行状態において各種センサの検出値などからトルク補正目標電流を設定したりするような形態としてもよい。これら変更の他、各装置の具体的構成や配置、補正トルクの設定手法など、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施形態に係るパワーステアリング装置を備えた自動車の概略構成図
【図2】実施形態に係るパワーステアリング装置のブロック図
【図3】トルク補正目標電流設定部のブロック図
【図4A】実施形態に係る操舵補助制御手順を示すフローチャート
【図4B】実施形態に係る操舵補助制御手順を示すフローチャート
【図5】実施形態に係る操舵補助制御によるタイムチャート
【符号の説明】
【0057】
1 自動車
4 前輪
5 後輪
8 ECU
11 後輪トー角可変制御装置
12 電動アクチュエータ
20 前輪操舵装置
21 電動パワーステアリング装置
28 EPS・ECU
29 目標電流設定部
30 操舵補助力補正部
31 故障判定部
32 直進状態判定部
33 トルク補正目標電流設定部
34 漸増・漸減処理部
35 加算部
41 ベース補正トルク設定部
42 車速ゲイン設定部
43 乗算部
44 トルク補正目標電流ターゲット設定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両挙動制御装置を有する車両に搭載されたパワーステアリング装置であって、
前記車両挙動制御装置が故障し、当該車両挙動制御装置の作動によって発生するヨーモーメントを打ち消すように運転者が修正操舵を行った場合、当該修正操舵に対する操舵反力を軽減する方向に操舵補助力を付与することを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項2】
前記操舵補助力は、所定時間にわたる直進走行時の平均操舵トルクに応じて設定されることを特徴とする、請求項1に記載のパワーステアリング装置。
【請求項3】
前記操舵補助力の付与は、前記平均操舵トルクが所定値よりも大きい場合にのみ行われることを特徴とする、請求項2に記載のパワーステアリング装置。
【請求項4】
前記操舵補助力は、車速ゲインをもって補正され、低車速域と高車速域との少なくとも一方における車速ゲインが中車速域における車速ゲインよりも小さく設定されることを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のパワーステアリング装置。
【請求項5】
前記操舵補助力は、前記付与の開始時に所定の漸増量をもって増大し、前記付与の終了時に所定の漸減量をもって減少するように設定されることを特徴とする、請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載のパワーステアリング装置。
【請求項6】
前記操舵補助力は、前記操舵反力よりも小さな値に設定されることを特徴とする、請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載のパワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−100098(P2010−100098A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271047(P2008−271047)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】