説明

ヒステリシスモータ及びヒステリシスモータ用ステータヨークの製造方法

【課題】50〜60Hzの商用周波数レベルでも電磁軟鉄や冷延鋼板と同等以上の優れた交流磁気特性を維持し、ステータヨークへのプレス加工が可能なプレス成形性を有する軟磁性のステンレス鋼板をステータヨークに用いたヒステリシスモータを提供する。
【解決手段】半硬質磁性材料で形成されたロータ6と当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させるステータを備えたヒステリシスモータであって、励磁コイル5とともに当該ヒステリシスモータのステータを構成するステータヨーク3,4,7として、フェライト相が95%以上の組織をもち、50μΩ・cm以上の電気抵抗率を有し、使用周波数をf(kHz)とするとき式(3)を満たす板厚tのFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板を用いる。
t≧0.23÷f1/2 ・・・・(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒステリシスモータ及びそれに用いるステータヨークの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石を有するモータとしては、例えばPM型ステッピングモータやタイマーモータ等がある。それらに対してヒステリシスモータは通電時の回転ムラが小さく同期速度までほぼ一定の出力を持つとともに、非通電時の出力軸の回転に要する回転力が極めて小さいという特性を有している。そして、この特性を生かして、近年、ヒステリシスモータが、スプリングリターン型の分野で利用されている。
ヒステリシスモータは、例えば図1,2に示すように、半硬質磁性材料で形成されたロータと当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させる複数のステータを備えている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
そして、励磁コイルとともにヒステリシスモータのステータを構成するステータヨークには、従来、一般的なモータと同様に、電磁軟鉄(SUY),冷間圧延鋼板(SPC),亜鉛めっき鋼板(SEC)等が用いられてきた。電磁軟鉄や冷間圧延鋼板、或いは亜鉛めっき鋼板は直流磁気特性に優れるとともに、ヒステリシスモータの使用周波数である商用周波数レベルの50〜60Hzでの交流磁気特性にも優れている。さらに、電磁軟鉄や冷間圧延鋼板、或いは亜鉛めっき鋼板は軟質でプレス成形性に優れ、ステータヨークのプレス加工にも適している。
【特許文献1】特開平11−168863号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、電磁軟鉄や冷間圧延鋼板を使用する場合には、防錆のためにめっきや塗装を施す必要がある。そして、亜鉛めっき鋼板や塗装鋼板を用いる場合には、素材が剥き出しとなる加工端面において十分な耐食性が得られないため、当該部分を再び塗装等の防錆処理を施す必要がある。素材として電磁軟鉄や冷延鋼板を用いる限り、めっきや塗装に欠陥があると腐食が進行し、その腐食生成物が付着すると所望のモータ性能が発揮できなくなる。さらに、めっきや塗装の工程で異物が付着した場合にも、同様にモータ性能を劣化させることがある。このように、めっきや塗装には微小な欠陥や異物の付着も許されないため、多大な労力と費用を用いた厳格な造り込みと検査を行う必要があった。
一方、近年は環境問題などからも、モータの素材に対してめっきや塗装の省略が求められている。
【0005】
めっきや塗装を施すことなしに優れた耐食性を発揮する軟磁性材料としては、軟磁性のステンレス鋼板が挙げられる。しかしながら、軟磁性ステンレス鋼板は、電磁軟鉄や冷延鋼板等と比較して直流磁気特性に劣っている。また交流磁気特性についても、電磁軟鉄や冷延鋼板等と同程度の磁束密度が得られるのは、数kHz以上の高周波磁場においてであるとされてきた。
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、50〜60Hzの商用周波数レベルでも電磁軟鉄や冷延鋼板と同等以上の優れた交流磁気特性を維持し、しかもヒステリシスモータ用のステータヨークへのプレス加工が可能なプレス成形性を有する軟磁性のステンレス鋼板、及びその軟磁性ステンレス鋼板を用いたヒステリシスモータを低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のヒステリシスモータは、その目的を達成するため、半硬質磁性材料で形成されたロータと当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させるステータを備えたヒステリシスモータであって、励磁コイルとともに当該ヒステリシスモータのステータを構成するステータヨークが、C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下,及び必要に応じてAl:4.0質量%以下,Mo:3質量%以下の一種又は二種を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(4)及び(5)を満足する組成を有するとともに、使用周波数をf(kHz)とするとき式(3)を満たす板厚tのFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板で形成されていることを特徴とする。
4.3×%Cr+19.1×%Si+15.1×%Al+2.5×%Mo≧40.2 ・・・・(1)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+25×%Mo+490×%Al
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(2)
t≧0.23÷f1/2 ・・・・(3)
Fe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板は、フェライト相が95%以上の組織をもち、50μΩ・cm以上の電気抵抗率を有するものが好ましい。
【0007】
また、本発明のヒステリシスモータ用ステータヨークは、C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下,及び必要に応じてAl:4.0質量%以下,Mo:3質量%以下の一種又は二種を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(4)及び(5)を満足する組成を有するFe−Cr系ステンレス鋼板を、所定形状にプレス加工した後、真空又は還元性雰囲気中、900℃以上、かつ下記式(6)で定義される温度T(℃)以下で熱処理することにより製造される。
4.3×%Cr+19.1×%Si+15.1×%Al+2.5×%Mo≧40.2 ・・・・(4)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+25×%Mo+490×%Al
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(5)
T(℃)=(64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+490×%Al+25×%Mo+480)
−(221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni) ・・・・(6)
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼をベースに、電気抵抗率を高めるとともにマルテンサイト相の生成を抑えるように成分調整された軟磁性ステンレス鋼板をステータヨークの素材として用いることにより、従来の電磁軟鋼や冷延鋼板を用いたものと比べても遜色のないモータ特性を有するヒステリシスモータを提供することができる。
ステータヨークに軟磁性ステンレス鋼を用いたため、めっきや塗装等の防食処理を施す必要がないので、結果的に、低コストでヒステリシスモータを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明者等は、ヒステリシスモータを構成するステータヨーク材として、モータ特性を低下させることなく、また、プレス成形性に優れ、磁気特性を劣化させるめっきや塗装を施すことなしに優れた耐食性を発揮する軟磁性材料について、鋭意検討を重ねてきた。
その結果、フェライト系ステンレス鋼をベースとし、電気抵抗率を高めるとともにマルテンサイト相の生成を抑え、しかも磁気特性を劣化させる析出物が形成されにくい成分組成と熱処理条件を選択することにより、上記課題を達成できることを見出した。
以下に、その内容を詳述する。
【0010】
一般に、モータの特性低下の一つとしてヨークに流れる渦電流による効率低下が挙げられる。渦電流は電気抵抗率に比例するので、ヨーク素材としては電気抵抗率が高いものが効果的である。本発明で対象とするヒステリシスモータでも、ステータヨークに電気抵抗率が高い材料を用いると、例えばモータ駆動中、交流磁場が発生しているときに渦電流の発生が可及的に抑制される。その結果、鉄損が少なくなる。渦電流が流れ難くなることから、逆磁場も減少し、入力電流を一定とすると、総磁束量が増加し、出力トルクが増大することになる。換言すると、ステータヨークに電気抵抗率が高い材料を用いると、同一出力トルクを得るために励磁コイルに流す電流を少なくすることができ、その結果、銅損も低減できる。
【0011】
ステータヨークに電気抵抗率が高い材料を用いると、上記のように鉄損及び銅損が低減できることから、モータ自身の発熱も低く抑えられるという効果も期待できる。このような効果は周波数が増加するほど顕著であるが、ステータヨークに電気抵抗率が高く、式(3)により板厚を制限した材料を用いた本発明のヒステリシスモータでは、商用周波数レベルでも、電磁軟鉄や冷延鋼板で作製されたステータヨークを備えた従前のヒステリシスモータと同等以上の電力効率を発揮することができる。
【0012】
ステータヨークに耐食性に優れたステンレス鋼板を用いることにより、モータ特性を損なうことなく、電磁軟鉄や冷延鋼板を用いるとき必須であっためっきや塗装を省略することが可能となる。また本発明で用いるFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板は、硬質なマルテンサイト相の生成を抑制して大部分がフェライト相からなる組織を有するものとしているため、加工性が極めて良好で、絞り加工も容易に行える。従来の冷延鋼板を成形加工している製造設備をそのまま用いて所定形状のステータヨークを成形することができる。
したがって、ステータヨークに電気抵抗率が高い軟磁性フェライト系ステンレス鋼板を用いることにより、従来の電磁軟鉄や冷延鋼板を用いたヒステリシスモータと同等以上のモータ特性を有するヒステリシスモータが、結果的に低コストで得られることになる。
【0013】
電気抵抗率が高いステータヨークを用いる利点は前記の通りであるが、その効果は、電気抵抗率が高いことにより高周波磁場において高い磁束密度が得られることに起因する。
そこで、ヒステリシスモータのステータヨーク材として用いようとするFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板の磁束密度に及ぼす電気伝導率の関係を調査した。
すなわち、電気抵抗率の異なるFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板を磁気リング形状に機械加工し、各種条件下で磁気焼鈍した後、磁束密度を測定した。なお、磁束密度の測定にはB−Hアナライザを使用し、励起磁場の発振周波数kHz,磁場強度1エルステッドの低磁場を測定条件とした。ここで、発振周波数と磁場強度が本発明で適用するヒステリシスモータの使用条件と異なるのは、単に商用周波数レベルで素材を評価すると、Fe−Cr合金の優れた高周波磁気特性が発現されないためであり、適正成分の見極めのために故意に高周波かつ低磁場を用いた。
【0014】
その結果は、図3に示す通りである。Fe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板の電気抵抗率が50μΩ・cm以上であるとき、磁束密度が顕著に改善されることがわかった。そこで、50μΩ・cm以上の電気抵抗率を示すFe−Cr系ステンレス鋼について成分が電気抵抗率に及ぼす影響を調査した結果、Fe−Cr系ステンレス鋼の電気抵抗率ρは次式で表されることを解明した。したがって、50μΩ・cm以上の電気抵抗率ρを得るために式(4)を設定した。
ρ(μΩ・cm)=4.3%Cr+19.1%Si+15.1%Al+2.5%Mo+9.8
【0015】
しかしながら、同一組成のFe−Cr系ステンレス鋼から作られた軟磁性部品であっても,焼鈍条件に応じて磁束密度に大きなバラツキが生じることを見出した。磁束密度がばらつく原因を究明するため、熱処理された軟磁性部品の金属組織を観察し、金属組織と磁束密度との関係を調査した。その結果、マルテンサイト相が存在する組織や、マルテンサイト相のないフェライト単相であっても微細な析出物が存在する組織では、同じ組成のFe−Cr系ステンレス鋼板であっても磁束密度、ひいてはモータ特性が著しく低下することがわかった。
【0016】
磁束密度の低下に及ぼすマルテンサイト相の影響は、5体積%以上のマルテンサイト量で顕著になる(図4)。析出物に関しては、1μmを超える大きな粒径では磁束密度への影響がほとんどないが、1μm以下の粒径になると磁束密度への影響が現れる。また、析出物の個数が多いほど磁束密度が低下する傾向がみられ、粒径1μm以下の析出物が6×10個/mm以上の割合で析出していると磁束密度が著しく低下する(図5)。
【0017】
以上の結果から、高周波域の励起磁場で使用されるヒステリシスモータで高いモータ特性を得るためには、50μΩ・cm以上の電気抵抗率に加え、部品形状に加工し磁気焼鈍した後での金属組織においてマルテンサイト量が5体積%未満で且つ粒径1μm以下の析出物が6×10個/mm以下に規制されたFe−Cr系ステンレス鋼板が好ましいといえる。
粒径1μm以下の微細析出物は、Fe−Cr系ステンレス鋼を900℃以上に加熱することにより著しく減少する。熱処理による微細析出物の減少は、均熱0分以上(好ましくは30分以上)で実効的になる。しかし、高すぎる熱処理温度では,Fe−Cr系ステンレス鋼がγ域まで昇温し、冷却過程でマルテンサイト相が生成しやすくなる。
【0018】
また、900℃以下の加熱温度でγ相が生成するような鋼種では、磁束密度向上に有効なフェライト単相で微細な析出物が少ない金属組織に改質できない。工業炉での温度制御精度を考慮すると、マルテンサイト相が生成せず且つ微細析出物が少ない金属組織が得られる熱処理温度範囲としては、目標温度に対して最低でも±20℃,理想的には±50℃以上の温度幅が必要である。
【0019】
そこで、オーステナイト生成開始温度T(℃)に及ぼす成分の影響を調査し、前掲の式(6)を得た。また、微細な析出物を生じることなく且つマルテンサイトの生成を防止するためには、オーステナイト生成開始温度Tを900℃以上に設定する必要がある。さらに、工業炉での温度制御精度を考慮すると、目標温度に対して最低でも±20℃以上の温度幅が必要である。
【0020】
したがって、T(℃)≧940℃とし、これに式(6)を代入すると前掲の式(4)が得られる。さらに、磁気特性向上を狙ってマルテンサイトの生成がなく結晶粒径を大きくするためには、熱処理温度を940℃以上に設定することが好ましく、理想的にはオーステナイト生成開始温度Tを980℃以上に設定する。
以上のように、オーステナイト生成開始温度Tを高くするSi等のフェライト安定化元素を添加するとフェライト単層の金属組織が得られやすくなる。しかし、フェライト安定化元素を多量に添加すると、圧延性、プレス加工性等が低下し、表面疵発生等の問題も派生する。
【0021】
5体積%以下のマルテンサイト量域では、磁束密度の低下傾向は大幅に小さい(図4)。フェライト化強度(11.5×%Si+11.5×%Cr+49×%Ti+12×%Mo+52×%Al)とオーステナイト化強度(420×%C+470×%N+7×%Mn+23×%Ni)との間に124以上の差をつけると、1030℃程度の温度までFe−Cr系鋼を加熱してもオーステナイト相が生成しないため、マルテンサイトの生成量が大幅に抑えられる。
【0022】
フェライト化強度とオーステナイト化強度との差が大きくなるほどオーステナイト生成開始温度Tが上昇し、フェライト単相の金属組織が得られやすくなる。しかし、フェライト化強度とオーステナイト化強度との差を大きくするためには多量のフェライト形成元素を添加する必要があり、圧延性,プレス加工性の劣化や表面傷の発生等の問題が派生する。そこで、本発明のFe−Cr系合金では含有成分を後述する範囲に定める必要がある。
【0023】
板圧が薄いとステータヨークの断面積が小さく、ヨークそのものの電気抵抗は大きくなる。そのため、素材の電気抵抗率の影響が小さくなる。ところが、板厚がある程度厚くなると、ヨークそのものの電気抵抗は低下し、素材の電気抵抗率の影響が大きくなる。すなわち、板厚が前掲の式(3)を満たす場合、本発明のFe−Cr系鋼は電磁軟鉄や冷延鋼板と比較して渦電流損を軽減する効果が大きくなる。
【0024】
次に、本発明で特定したFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼の成分組成を具体的に説明する。
ヒステリシスモータとしての使用環境で必要な耐食性を有し、しかも複雑なステータヨーク形状をプレス加工により成形可能な優れた成形性を持たせるために、以下の通り各成分を限定した。
【0025】
C:0.05質量%以下
軟磁性材料用のFe−Cr系鋼では、マルテンサイトの生成を促進させるとともに、炭化物の析出量を増大させ磁気特性を劣化させる有害元素である。また、材質を硬化させ,プレス加工性を劣化させる元素でもある。このような影響を抑制するため、C含有量の上限を0.05質量%に設定した。
【0026】
N:0.05質量%以下
Cと同様にマルテンサイトの生成を促進させ、Fe−Cr系鋼を硬質化してプレス加工性を劣化させるとともに、AlやTi等と窒化物を形成して磁気特性を劣化させる有害成分である。そのため、N含有量は低く抑えるひつようがあり、上限を0.05質量%に設定した。
【0027】
Si:3.0質量%以下
増加に伴い電気抵抗率が増大するために、高周波磁気特性を向上させるのに有効な合金成分である。また、軟磁気特性に有害なマルテンサイトの生成を抑制する作用も呈する。しかし、材質を著しく硬化する成分であり、過剰添加はプレス加工性の著しい低下を導く。したがって,Si含有量の上限を3.0質量%に設定した。
【0028】
Mn:1.0質量%以下
製鋼時にスクラップ等から混入する不純物成分であり、マルテンサイトの生成を促進させて磁気特性を劣化させる作用を呈する。そのため、Mn含有量の上限を1.0質量%に設定した。
Ni:1.0質量%以下
Mnと同様に製鋼時にスクラップ等から混入する不純物成分であり、マルテンサイトの生成を促進させて磁気特性を劣化させる作用を呈する。そのため、Ni含有量の上限を1.0質量%に設定した。
【0029】
P:0.04質量%以下
軟磁特性に有害な燐化物を形成するので、上限を0.04質量%に設定した。
S:0.01質量%以下
軟磁特性に有害な硫化物を形成するので、上限を0.01質量%に設定した。
【0030】
Cr:5.0〜20.0質量%
Siと同様にマルテンサイトの生成を抑制し、電気抵抗率を増加させ、高周波磁場での磁束密度を増加させる有効成分である。また、耐食性の向上にも有効である。このような作用・効果は、5.0質量%以上のCr含有量で顕著になる。好ましくは、10質量%以上である。しかし、20.0質量%を超えるCrの過剰添加は、飽和磁束密度を低下させるとともに、材質を硬化しプレス加工性を劣化させる。このため、Cr含有量は5.0〜20.0質量%とした。
【0031】
Ti:0.5質量%以下
Cr,Moと同様にマルテンサイトの生成を抑制する作用を呈する。しかし、過剰の添加は、Ti系介在物に起因する表面傷を惹起させることから、Ti含有量の上限を0.5質量%に設定した。
【0032】
Al:4.0質量%以下
Si,Crと同様にマルテンサイト相の生成を抑制して電気抵抗率を大きく増加させ、高周波磁場における磁束密度を増加させるのに有効な合金成分であり必要に応じて添加される。しかし、Alの過剰添加はAl系介在物に起因する表面傷を惹起させることから、添加する場合は4.0質量%を上限とする。
【0033】
Mo:3質量%以下
Cr,Si,Alと同様にマルテンサイトの生成を抑制して電気抵抗率を増加させ、高周波磁場での磁束密度を増大するのに有効な合金成分であり必要に応じて添加される。しかし、過剰添加は材質を著しく硬質化しプレス加工性を劣化させることから、添加する場合は3質量%を上限とする。
【0034】
上記のように成分調整されたFe−Cr系ステンレス鋼からなる所定板厚の板材をプレス加工し、前記したように900℃以上であって、式(4)で定義される温度T(℃)以上で熱処理すると、マルテンサイト相の生成が抑制され、フェライト相が体積%で95%以上占め、かつ微細の析出物が極めて少ない軟磁性材料が得られる。
熱処理の際、表面状態を悪化させないためには、真空又は還元性雰囲気中で加熱する必要がある。
【実施例】
【0035】
実施例1;
表1の組成をもつFe−Cr系鋼をそれぞれ高周波真空溶解炉で溶製し、鍛造,熱間圧延,冷間圧延,仕上げ焼鈍,酸洗の工程を経て、板厚2.0mmのFe−Cr系軟磁性鋼素材を製造した。
【0036】
得られた各Fe−Cr系軟磁性鋼素材から試験片を切り出し、表2の条件で磁気焼鈍した。磁気焼鈍された外径45mm,内径33mmのリング試験片について、周波数1kHz,印加磁場1エルステッドの条件下でB−Hアナライザを用いて磁束密度Bを測定した。
また、試験片断面をフッ硝酸グリセリン液(HF:HNO:グリセリン=2:1:2)でエッチングし、光学顕微鏡を用いたポイントカウント法でマルテンサイト量を測定した。同じ試験片をスピード法でエッチングし、走査型顕微鏡を用いてモニター画面に現れた粒径1μm以下の微細析出物の個数をカウントし、1mm当りの個数として測定した。さらに、幅5mm,長さ150mmの試験片について、ホイートストンブリッジ法で電気抵抗率を測定した。
【0037】
別途、Fe−Cr系軟磁性鋼素材をプレス加工してヒステリシスモータ用ステータヨークを作製し、磁気リングと同じ条件下で磁気焼鈍した。プレス加工に際しては、加工後の部品を観察して、寸法精度と割れの有無によってプレス加工性を評価した。
プレス加工性は、プレス成形後の寸法を測定し、目標寸法との誤差、すなわち寸歩精度により評価し、その精度が0.25%以下を○,0.25〜0.5%を△,0.5%以上又は割れが認められたものを×で評価した。
【0038】
【表1】

【0039】
調査結果を焼鈍条件と共に表2に示す。
本発明に従って電気抵抗率,マルテンサイト量及び微細析出物の個数が規制された試験番号1〜9では、50μΩ・cm以上の電気抵抗率を有するとともに500G以上の高い磁束密度が得られ、またプレス加工性にも優れていた。
他方、合金No.B1のFe−Cr系軟磁性鋼素材は、粒径1μm以下の微細析出物が多数生成し、その個数が6×10/mmを超えていたため磁束密度の低下が著しかった。
【0040】
成分的には同じFe−Cr系軟磁性鋼素材を使用した場合でも、磁気焼鈍温度が低すぎる試験番号13では、粒径1μm以下の微細析出物が多数生成しており、磁束密度の低下が著しかった。逆に磁気焼鈍温度が高すぎる試験番号14では、磁気焼鈍後に多量のマルテンサイトが生成し、磁束密度の低下が著しかった。また加工性も悪かった。
【0041】
【表2】

【0042】
実施例2;
本発明に基づく組成をもつFe−Cr系鋼及び通常の電磁軟鋼をそれぞれ高周波真空溶解炉で溶製し、鍛造,熱間圧延,冷間圧延,仕上げ焼鈍,酸洗の工程を経て、板厚0.3〜2.0mmのFe−Cr系軟磁性鋼素材を製造した。
得られた各鋼素材から外径45mm,内径33mmのリング試験片を切り出し、温度950℃,均熱2時間,真空中加熱の条件で磁気焼鈍した。磁気焼鈍されたリング試験片について、周波数0.05〜5kHz,印加磁場10エルステッドの条件下でB−Hアナライザを用いて磁束密度を測定した。
【0043】
本発明に基づく組成をもつFe−Cr系鋼と電磁軟鋼について、同じ板厚のリング状試験片での電磁密度を比較し、本発明に基づく組成をもつFe−Cr系鋼の電磁密度が電磁軟鋼の磁束密度を10%下回る周波数を図6にプロットした。
図5において、プロットを結び線は式(3)で表わされる。図6中、式(3)で表わされる曲線を境界に、上方領域では、本発明に基づく化学組成のFe−Cr系鋼の磁束密度は電磁軟鋼の磁束密度と同等以上になっている。
t≧0.23÷f1/2 ・・・・(3)
【0044】
実施例3;
本発明のFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板及び亜鉛めっき鋼板からなる同形状のステータヨークを用意し、励磁コイル及びロータの材質と構造は同じものとして2種のヒステリシスモータを構成した。そして、各ヒステリシスモータについて、次の手法により、各種モータ特性を測定した。また、一定出力を得るに必要な電圧と電流値から消費電力を算出した。
励磁コイルを一定出力とし、過負荷状態から徐々に負荷を軽減し、モータが回転し始める荷重を起動トルクとした。また、励磁コイルを一定出力とし、無負荷で回転し続けるモータへ負荷を与え、モータの回転が停止する荷重を制動トルクとした。さらに、一定出力で一定時間運転したモータを停止し、逆回転方向に徐々に負荷を与え、逆回転し始める荷重をリターントルクとした。
測定結果を図7に示す。
【0045】
図7に見られるように、本発明のFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼をステータヨークに用いた場合、従来の亜鉛めっき鋼板性のステータヨークを用いたヒステリシスモータと同等以上のモータ特性を発揮することができる。
耐食性に優れたFe−Cr系ステンレス鋼が用いられるため防錆のためのめっきや塗装が不要となり、結果的に同等以上のモータ特性を有するヒステリシスモータが低コストで得られることになる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】ヒステリシスモータの構造を概略的に説明する分解斜視図
【図2】ヒステリシスモータの構造を概略的に説明する断面図
【図3】電気抵抗率と磁束密度との関係を示すグラフ
【図4】素材鋼のマルテンサイト量と磁束密度の関係を示すグラフ
【図5】析出物の数と磁束密度の関係を示すグラフ
【図6】ステータヨークに用いる素材の磁束密度に及ぼす使用周波数と板厚の関係を示すグラフ
【図7】ステータヨークに用いた素材鋼種とモータ特性の関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0047】
1:カップ 2:回転軸 3,4,7:ステータヨーク 5:コイル
6:ロータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半硬質磁性材料で形成されたロータと当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させるステータを備えたヒステリシスモータであって、励磁コイルとともに当該ヒステリシスモータのステータを構成するステータヨークが、C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(1)及び(2)を満足する組成を有するとともに、使用周波数をf(kHz)とするとき式(3)を満たす板厚tのFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板で形成されていることを特徴とするヒステリシスモータ。
4.3×%Cr+19.1×%Si≧40.2 ・・・・(1)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(2)
t≧0.23÷f1/2 ・・・・(3)
【請求項2】
半硬質磁性材料で形成されたロータと当該ロータに及ぼす回転磁界を発生させるステータを備えたヒステリシスモータであって、励磁コイルとともに当該ヒステリシスモータのステータを構成するステータヨークが、C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下を含み、さらにAl:4.0質量%以下,Mo:3質量%以下の一種又は二種を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(4)及び(5)を満足する組成を有するとともに、使用周波数をf(kHz)とするとき式(3)を満たす板厚tのFe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板で形成されていることを特徴とするヒステリシスモータ。
4.3×%Cr+19.1×%Si+15.1×%Al+2.5×%Mo≧40.2 ・・・・(4)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+25×%Mo+490×%Al
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(5)
t≧0.23÷f1/2 ・・・・(3)
【請求項3】
Fe−Cr系軟磁性ステンレス鋼板は、フェライト相が95%以上の組織をもち、50μΩ・cm以上の電気抵抗率を有するものである請求項1又は2に記載のヒステリシスモータ。
【請求項4】
C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(1)及び(2)を満足する組成を有するFe−Cr系ステンレス鋼板を、所定形状にプレス加工した後、真空又は還元性雰囲気中、900℃以上、かつ下記式(6)で定義される温度T(℃)以下で熱処理することを特徴とするヒステリシスモータ用ステータヨークの製造方法。
4.3×%Cr+19.1×%Si+15.1×%Al+2.5×%Mo≧40.2 ・・・・(1)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+25×%Mo+490×%Al
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(2)
T(℃)=(64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+490×%Al+25×%Mo+480)
−(221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni) ・・・・(6)
【請求項5】
C:0.05質量%以下,N:0.05質量%以下,Si:3.0質量%以下,Mn:1.0質量%以下,Ni:1.0質量%以下,P:0.04質量%以下,S:0.01質量%以下,Cr:5.0〜20.0質量%,Ti:0.5質量%以下を含み、さらにAl:4.0質量%以下,Mo:3質量%以下の一種又は二種を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(4)及び(5)を満足する組成を有するFe−Cr系ステンレス鋼板を、所定形状にプレス加工した後、真空又は還元性雰囲気中、900℃以上、かつ下記式(6)で定義される温度T(℃)以下で熱処理することを特徴とするヒステリシスモータ用ステータヨークの製造方法。
4.3×%Cr+19.1×%Si+15.1×%Al+2.5×%Mo≧40.2 ・・・・(4)
64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+25×%Mo+490×%Al
≧221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni+460 ・・・・(5)
T(℃)=(64×%Si+35×%Cr+480×%Ti+490×%Al+25×%Mo+480)
−(221×%C+247×%N+40×%Mn+80×%Ni) ・・・・(6)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2009−38907(P2009−38907A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201649(P2007−201649)
【出願日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【出願人】(000230412)日本ランコ株式会社 (2)
【Fターム(参考)】