説明

ボール、ボールねじ、及びそのボールねじを有する電動射出成形装置、電動プレス装置

【課題】ボールねじのボールに適度な硬度と靭性を付与する。
【解決手段】電動射出成形装置などにおける、高負荷駆動部で使用されるボールねじ1に使用される上記ボール9である。そのボール9は、浸炭窒化処理を施した後に焼き戻しすることで形成される表面硬化層を有し、その表面硬化層の残留オーステナイト量が35体積%以上45体積%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボールねじに係り、特に電動射出成形装置や電動プレス装置などに使用される高負荷駆動用のボールねじの低コスト化や長寿命化に関する技術である。
【背景技術】
【0002】
電動射出成形装置や電動プレス装置などの高負荷駆動部に使用されるボールねじは、比較的大型で高荷重が負荷される。すなわち、このような高負荷駆動用のボールねじは、瞬間的に高負荷が加わる短いストロークで使用され、最大負荷が作用した状態で一旦、停止した後に逆回転する往復運動が要求されるような厳しい条件下で使用される。
このような用途で用いられるボールねじは、例えばボールねじを組み込んだ機械そのものの剛性不足により、ねじ軸とナットとの間にこじりモーメント荷重が作用することは避けられない。このようなこじりモーメント荷重が付与された状態でボールねじが使用されると、ボールの公転速度が負荷領域内で異なることで、ボール同士が競り合い、ボールの早期損傷が起こるという問題があった。すなわち、ボール同士に競り合いが生じた場合、ボール同士の接触部においては、ボールは相対的に反対方向に運動をしているため、転動速度の2倍の速度の相対滑りが生じることとなり、ボールの磨耗やはくりと言った問題が起こりうる。
【0003】
また、ひとたび傷ついたボールが、高負荷条件下で負荷転動路(転動溝)を転がる、あるいは、磨耗粉が生じた状態で且つ高負荷条件下でボールねじが使用されることにより、転動溝の表面起点はくりに代表される早期はくりも起こるという問題もあった。
また、このような高荷重条件下で使用されるボールねじでは、材料内部に大きな剪断力が作用し、材料内部が疲労し、やがてはくりに至るといった内部起点はくりも生じるという問題があった。
【0004】
上記ボールの競り合いを解消する手段として、特許文献1には、負荷荷重を支持する負荷ボール間に、該負荷ボールより数μm〜数十μm程度直径の小さいスペーサボールを介在させたボールねじが提案されている。この特許文献1の技術では、スペーサボールの介在により、ボール同士の競り合いを低減若しくは解消することはできる。
【特許文献1】特開2000−291770号公報
【特許文献2】特開平11−315835号公報
【特許文献3】特開2000−199556号公報
【特許文献4】特開2001−21018号公報
【特許文献5】特許第3506853号公報
【特許文献6】特許第3530074号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1の技術では、スペーサボールが負荷を受けることはできないことから、実質的に負荷を受けるボールの数が減少することになり、ボールねじの許容負荷荷重が低下するという問題点がある。
ここで、許容負荷荷重の大幅な低減を抑え、且つボールの競り合いを防止したボールねじとして、例えば特許文献2,特許文献3,若しくは特許文献4に記載のようなボールねじがある。これらの特許文献に記載のボールねじでは、ボールの間にリテーニングピースを介挿させている。リテーニングピースは、ボールと対向する面に凹面を有する部品で、その凹面に夫々ボールを接触させて配置することにより、スペーサボールを用いたボールねじに比較して遙かに多くの負荷ボールを配置することができ、許容負荷容量の低下を抑えることができる。
【0006】
しかしながら、このようなリテーニングピースをボール間に介挿することは、ボールねじの組立性を悪化させ、コストアップの大きな要因であった。
また、ボールの摩耗を防止し、耐久性を向上させるための技術としては、例えば特許文献5に記載の技術がある。すなわち、この特許文献5には、ボールの表面に浸炭窒化処理を施してボールの寿命を向上させたボールねじが提案されている。このボールねじは、ボールの表面を浸炭窒化処理することにより、ボール表面にマルテンサイト組織を多く析出させてボールの表面硬度を高め、亀裂敏感性を低下させようとしたものである。しかし、ボールの競り合いが生じたときには、ボールの表面を浸炭窒化処理して硬度を高めるだけでは、ボール表面の損傷を避けることはできず、軌道溝の早期損傷の一因となっていた。
【0007】
さらにまた、特許文献6には、ボールねじのボールを重量比にして、C:0.8〜1.5%、Si:0.4〜1.2%、Mn:0.8〜1.5%およびCr:0.8〜1.8%を含有する鋼を素材とし、この素材を浸炭窒化処理した後、焼入れ処理と焼戻し処理を施し、ボール表層部の残留オーステナイト量を20〜40体積%とした高負荷用途のボールねじが開示されている。
ここで、残留オーステナイト量を少なくすれば、表面硬度は高くつまり硬くなるが、逆に靭性は低下し、磨耗粉等の異物が発生しやすくなる。硬い異物が混入した高負荷条件下でのボールねじの使用は、軌道溝の早期損傷の原因となりうる。また、靭性不足により最悪の場合にはボールの割れなども起こる可能性があった。
【0008】
本発明は、上記のような点に着目して成されたもので、ボールねじ、特にナットにこじりモーメント荷重が付与される場合、具体的にはねじ軸の回転中心に対するナットの回転中心の傾き誤差が1/10000以上、特に1/5000以上ある場合のボールねじのボールに適度な硬度と靭性を付与することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のうち請求項1に記載した発明は、外周面にねじ軸側転動溝を有するねじ軸と、ねじ軸の外周側に配置され、内周面にねじ軸側転動溝に対向するナット側転動溝を有するナットと、ナットに設けられ、上記ねじ軸側転動溝とナット側転動溝とで構成される負荷転動路の両端部を連通する連通路と、上記負荷転動路及び連通路で構成された無端状のボール循環路内に収容された軸受鋼からなる複数のボールと、を備えるボールねじに使用される上記ボールであって、
浸炭窒化処理を施した後に焼き戻しすることで形成される表面硬化層を有し、その表面硬化層の残留オーステナイト量が35体積%以上45体積%以下であることを特徴とするものである。
【0010】
次に、請求項2に記載した発明は、請求項1に記載したボールを上記ボール循環路内に収容したことを特徴とするボールねじを提供するものである。
次に、請求項3に記載した発明は、請求項2に記載のボールねじが高負荷駆動部に使用されることを特徴とする電動射出成形装置を提供するものである。
次に、請求項4に記載した発明は、請求項2に記載のボールねじが高負荷駆動部に使用されたことを特徴とする電動プレス装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のボールは、高負荷用途に好適なボールであり、ボールねじのボールに適度な硬度と靭性を付与することが可能となる。この結果、リテーニングピースなどをボール間に介挿する必要は無く、高負荷駆動用のボールねじの低コスト化や長寿命化を図ることが出来る。
従って、高負荷駆動が要求される、電動射出成形装置や電動プレス装置用のボールねじとして好適となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るボールねじの平面図であり、図2は図1のボールねじのA−A断面図である。
(ボールねじの構成)
ボールねじ1は、図1,2に示すように、螺旋状に形成された、ねじ軸側転動溝3aを外周面に有するねじ軸3と、上記ねじ軸側転動溝3aに対向するナット側転動溝5aを内周面に有するナット5と、両転動溝3a,5aで形成される負荷転動路に転動自在に装填された複数のボール9と、を備えている。
【0013】
ねじ軸3は、ナット5をねじ軸3の軸線方向に沿って案内するためのものであって、外周面の全長にわたって、ボール9の半径と略同じ曲率半径を有する断面半円形のねじ軸側転動溝3a、または、ボール9の半径よりも僅かに大きい曲率半径を有する円弧同士を中間部で交差させた、所謂ゴシックアーチ形状のねじ軸側転動溝3aが形成されている。ねじ軸側転動溝3aのピッチは、ボールねじ1が組み込まれる装置(図示せず)の仕様にしたがって任意に設定することができる。
【0014】
ナット5は、ねじ軸3の軸線方向に沿って相対的に直線移動する部材であって、その内周面にはねじ軸側転動溝3aと同一形状,同一ピッチのナット側転動溝5aが形成されている。また、ナット5の一端には、前記装置のテーブル(図示せず)等に固定するためのフランジ11が形成され、外周面の一部は切り欠かれて平面部13が形成されている。そして、両転動溝3a,5aにより形成される負荷転動路の一端側と他端側とを連通させチューブ15(連通路)が、ナット5に設けられ、チューブ押え17によって平面部13に固定されている。このようなチューブ15内を通ってボール9が移送され、転動溝5aの一端側から他端側へボール9が循環されるようになっている。
【0015】
また、ナット5の両端には、プラスチック製のダストシール19が配され、異物が外部からナット5内部に侵入することが防止されるようになっている。
ボール9は、転動することによって滑らかにナット5を直線移動させるためのものであって、転動溝3a,5aで構成された負荷転動路内に転動自在に配されている。
【0016】
次に、上記ボールねじ1の動作を説明する。モータ(図示せず)によってねじ軸3を回転させると、複数個のボール9を介して螺合したナット5は、ねじ軸3の軸線方向に直線移動する。このとき、転動溝3a,5aは相対的に逆方向に回転するので、ボール9は転動溝3a,5aに対して転動して転動溝3a,5a内を前進し、転動溝5aの一端側に達したボール9は、チューブ15内を転動して転動溝5aの他端側に供給され、再び循環する。
上記ボールねじ1は、電動射出成形装置であれば、たとえば押し出しスクリューを進退させる駆動部や、型締め部を進退させる駆動部に使用され、電動プレス装置であれば、プレスを進退させる駆動部に使用され、例えばナット5側が固定されて、ねじ軸3側を進退させて使用される。
【0017】
(ボールの構成)
このようなボールねじ1に使用されるボール9について説明する。
上記ボール9は、軸受鋼鋼材を素材し、表面に表面硬化層を有し、その表面硬化層の残留オーステナイト量が35体積%以上45体積%以下に設定されている。
次に、そのボール9の製造例について説明する。
素材として、Si含有量0.5%以下、Cr+2.5Moの総含有量が2.0%以下、好ましくは1.8%以下の軸受鋼鋼材を使用する。例えば、JISで規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ3相当材を用いる。
【0018】
ここで、Si含有量0.5%以下としたのは、それを越えてSi含有量が多くなると、浸炭窒化が阻害され、炭素及び窒素の浸透深さが得られず、熱処理時間が必要以上に長くなったり、熱処理後の研摩仕上げに必要な処理層の厚さが得られなくなったりするためである。また、Si含有量が多いと、著しい粒界酸化層が生成し、必要以上の研削代が必要となったり、仕上げ残りが発生したりする心配があるためである。
【0019】
また、Cr+2.5Moの総含有量を2.0%以下としたのは、それを越えてCr+2.5Moの総含有量が多いと、浸炭窒化処理の際に粗大な炭化物が生成する場合があり、ボール9の寿命を著しく低下させるからである。好ましくは、1.8%以下とするのがよい。
このような素材を、線材からヘッダー加工、フラッシング加工、及び粗旋削加工により素球を製作し、その素球に熱処理を施した後、さらにタンブラー加工(バレル加工)を施し、再度150〜170℃で焼戻しを行なった後、ボール9の表面(転動面)の表面粗さを0.01μmRa以下となるように仕上げ加工する。
上記熱処理は、RXガスとエンリッチガスとアンモニアガスとを含む雰囲気下で、800℃から900℃の間で3時間浸炭窒化焼入れを施し、表面に表面硬化層を形成した。その後に180〜270℃で焼戻しを行い、表面硬化層の残留オーステナイト量γRを35体積%以上45体積%以下に調整した。
【0020】
(作用効果)
上記のようなボール9を使用したボールねじ1にあっては、そのボールねじ1を、電動射出成形装置や電動プレス装置などの高負荷駆動が要求される装置における、高負荷駆動部に使用することで、瞬間的に高負荷が加わる短いストロークで使用されて、最大負荷が作用した状態で一旦、停止した後に逆回転する往復運動が要求されるような厳しい条件下で使用されても、ボール9の表面に、転がり装置として十分な硬度を得ることができ、なおかつ、適度な靭性を付与できる結果、リテーニングピースを介装しなくても、ボール9の競り合いによるボール9のはくりを抑制することができる。
【0021】
また、ボール9の表面形状が崩れにくいだけではなく、ボールねじ1が最大荷重を受けた後に停止して反転する際に発生するような衝撃荷重を緩和することができ、転動溝3a、5a、ボール9の内部疲労を低減する、すなわち内部起点型のはくりの発生を抑制することができる。
本発明案によるボールねじ1は、ボール9に適度な硬度と靭性を付与している為に早期損傷が起こりにくい。
また、上述のように、ボール9間に介挿するリテーニングピースを必要としない為に、ボールねじ1の組立性が向上し、安価に製造出来る。
【実施例】
【0022】
上記実施形態で説明したボール9を使用したボールねじ1について、耐久試験を行った。耐久試験は、ボール9、ねじ軸3、ナット5のいずれかはくりが生じた時点を寿命と判断した。
試験条件は下記の通りである。
ボールねじの条件
ねじ軸3の外径:φ63mm
リード:16mm
ボール9の直径:12.7mm
ねじ軸3、ナット5の材質:SCM420H
潤滑:リューベ(株)製YS2グリース
【0023】
そして、下記の負荷を掛けた状態で、ナット5に対しねじ軸3を所定ストロークだけ進退させた(なお、ストローク量:80mm、回転数:500rpmに設定した)。
負荷条件
試験荷重:300[kN]
こじりモーメント:4.2[kN・m](電動射出成形装置の実機相当)
ここで、上記ねじ軸3、およびナット5は、JISで規定される浸炭用鋼SCM420Hを所定の形状に旋削加工した後、熱処理を施したものである。熱処理後、転動溝を所定の形状に0.3μmRa程度となるように仕上げ加工した。
その試験結果を、表1に示す。また、その結果を、残留オーステナイト量と寿命比との関係にしたグラフを図3示す。
表1中、γRは、表面硬化層の残留オーステナイト量を示す。
【0024】
【表1】

【0025】
ここで、表1中、実施例1〜5は、本発明の範囲である、ボール9の表面に形成した表面硬化層の残留オーステナイト量γRが35〜45体積%のボールを使用したものである。
また、比較のために、浸炭窒化処理を施した後に焼き戻しを施すことで形成される表面硬化層を有するが、その表面硬化層の残留オーステナイト量が本発明の範囲外であるボール9を使用したものも併記した。なお、寿命比は、比較例4を基準とした。
【0026】
この表1から分かるように、こじりモーメントが負荷された使用状態において、本発明に基づく実施例1〜5では、いずれも比較例4と比較して約1.15〜1.6倍の寿命であり、長寿命傾向である。また、本実施例の破損形態は、ねじ軸3、ナット5、ボール9に分散されてバランス良く損傷している。
特に、残留オーステナイト量γRが40体積%を越えると、長寿命化傾向が顕著であることが分かる。このことから、残留オーステナイト量γRは、好ましくは40体積%より多く且つ45体積%以下であることが望ましい。
【0027】
一方、比較例1〜4から分かるように、ボール9の残留オーステナイト量γRを35%未満にすると、いずれもボール9の靭性不足の為、ボール9の競り合いによりボール9にはくりが生じた。
また、比較例5から分かるように、ボール9の残留オーステナイト量γRを45体積%よりも多くして49体積%とすると、ボール9硬度が不足しているために、早期にボール9にはくりが生じた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に基づく実施形態に係るボールねじを示す平面図である。
【図2】図1におけるA−A断面図である。
【図3】こじりモーメントが負荷された状態における、残留オーステナイト量と寿命比との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 ボールねじ
3 ねじ軸
3a ねじ軸側転動溝
5 ナット
5a ナット側転動溝
9 ボール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面にねじ軸側転動溝を有するねじ軸と、ねじ軸の外周側に配置され、内周面にねじ軸側転動溝に対向するナット側転動溝を有するナットと、ナットに設けられ、上記ねじ軸側転動溝とナット側転動溝とで構成される負荷転動路の両端部を連通する連通路と、上記負荷転動路及び連通路で構成された無端状のボール循環路内に収容された軸受鋼からなる複数のボールと、を備えるボールねじに使用される上記ボールであって、
浸炭窒化処理を施した後に焼き戻しすることで形成される表面硬化層を有し、その表面硬化層の残留オーステナイト量が35体積%以上45体積%以下であることを特徴とするボールねじ用のボール。
【請求項2】
請求項1に記載したボールを上記ボール循環路内に収容したことを特徴とするボールねじ。
【請求項3】
請求項2に記載のボールねじが使用されることを特徴とする電動射出成形装置。
【請求項4】
請求項2に記載のボールねじが使用されたことを特徴とする電動プレス装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−111465(P2008−111465A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−293950(P2006−293950)
【出願日】平成18年10月30日(2006.10.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】