説明

ポリエステルイミド樹脂ワニス及びこれを用いた絶縁電線

【課題】 可とう性、耐熱衝撃性に優れたポリエステルイミド樹脂ワニス、および当該ワニスを用いた絶縁電線を提供する。
【解決手段】 ポリエステイミド樹脂および耐熱衝撃改善用の樹脂としてノボラック型のフェノール変性キシレン樹脂を含む。前記ポリエステルイミド樹脂は、ポリエステルイミド形成成分を、無溶剤系で反応させることにより合成されたものであることが好ましく、この場合、前記ポリエステルイミド形成成分におけるカルボキシル基に対する水酸基のモル比率(OH/COOH)が1.5〜2.5であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱衝撃性を改善したポリエステルイミド樹脂ワニス、および当該ワニスを用いた絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
耐熱性が要求される絶縁電線用ワニスとしては、一般に、ポリエステルイミド樹脂ワニスが用いられている。
【0003】
ポリエステルイミド樹脂ワニスは、絶縁被膜構成樹脂としてポリエステルイミド樹脂を用いたものであり、その代表的組成は、例えば、特公昭45−33146号公報(特許文献1)に記載されているように、ポリエステルイミド樹脂の硬化剤としてイソシアネート化合物及びチタンアルコキシドを含有し、さらにポリエステルイミド樹脂の可とう性、耐熱衝撃性を改良するために、ワニスの全固形分に対して、1〜5%のメラミン−ホルムアルデヒド樹脂またはフェノール樹脂を含有している。
【0004】
特許文献1には、フェノール樹脂がメラミン樹脂より好適であることが記載されており、フェノール樹脂としては、フェノール−ホルムアルデヒド、クレゾール−ホルムアルデヒド、キシレノール−ホルムアルデヒド樹脂が挙げられている。
【0005】
さらに、特開昭61−136550号(特許文献2)では、ポリエステルイミドワニスの可とう性、耐熱衝撃性の改善のために、フェノール樹脂に代えて、アルキルフェノール変性キシレン樹脂を用いることが提案されている。
具体的には、ポリエステルイミド樹脂に対して0.2〜2重量%の量のアルキルフェノール変性キシレン樹脂を用いることを提案している。使用するアルキルフェノール変性キシレン樹脂については、キシレンとホルマリンを反応させて得られるキシレン樹脂(例えば、三菱瓦斯化学社製のニカノールL、LL、H、HH)と、ブチルフェノール、ノニルフェノール、アミルフェノール等のアルキルフェノールを酸触媒存在下で反応して得られるノボラックタイプの樹脂、例えば、三菱ガス化学株式会社製のニカノールHP−210、HP120、HP−70が挙げられている。
【0006】
【特許文献1】特公昭45−33146号公報
【特許文献2】特開昭61−136550号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、捲線加工、ワニス含浸処理などは、年々、過酷になり、ポリエステルイミドワニスに対する可とう性、耐熱衝撃性に対する要求は益々厳しくなっている。
さらに、ポリエステルイミドワニスの主成分であるポリエステルイミド樹脂の種類によっては、配合する樹脂との相溶性が問題となることもある。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、可とう性、耐熱衝撃性に優れたポリエステルイミド樹脂ワニス、および当該ワニスを用いた絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、ノボラック型のフェノール変性キシレン樹脂及びポリエステルイミド樹脂を含むことを特徴とする。さらに、ポリエステルイミド樹脂の硬化剤が含まれていてもよい。
【0010】
前記ポリエステルイミド樹脂は、ポリエステルイミド形成成分を、無溶剤系で反応させることにより合成されたものであることが好ましく、この場合、前記ポリエステルイミド形成成分におけるカルボキシル基に対する水酸基のモル比率(OH/COOH)が1.5〜2.5であることが好ましい。
【0011】
本発明の絶縁電線は、導体上に、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリエステルイミド樹脂ワニスを塗布、硬化してなる絶縁被膜が形成されている。
【発明の効果】
【0012】
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、主成分としてのポリエステルイミド樹脂に、ノボラック型のフェノール変性キシレン樹脂を添加することにより、耐熱衝撃性が改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0014】
〔ポリエステルイミドワニス〕
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、ポリエステルイミド樹脂と熱衝撃性性改善樹脂としてフェノール変性キシレン樹脂を含むことを特徴とする。
【0015】
<フェノール変性キシレン樹脂>
フェノール変性キシレン樹脂とは、キシレンとホルマリンを反応させて得られるキシレン樹脂(例えば、三菱瓦斯化学社製のニカノールL、LL、H、HH、Y−50、G)と、フェノールを酸触媒存在下で反応して得られるノボラックタイプの樹脂で、例えば、フドー株式会社製のニカノールP−100、GP200、NP−100、GP212を用いることができる。
【0016】
フェノール変性キシレン樹脂の水酸基価は、特に限定しないが、100以上が好ましく、より好ましくは200以上であり、さらに好ましくは300以上である。
本発明で用いられるフェノール変性キシレン樹脂はノボラックタイプである。ベンゼン環に結合していない、反応性水酸基を有するレゾールタイプは、ポリエステルイミド樹脂と反応してしまうことがあり、ポリエステルイミド樹脂硬化体が発揮できる耐熱性を損なうおそれがある。
【0017】
以上のようなフェノール変性キシレン樹脂は、従来より用いられているフェノール樹脂や変性のないキシレン樹脂と比べて耐熱衝撃性の改善効果に優れている。また、理由は明らかではないが、嵩高いアルキル基が結合しているフェノールを用いて変性したキシレン樹脂の場合、例えば、t−ブチルフェノール変性キシレン樹脂等のアルキルフェノール変性樹脂の場合、主成分であるポリエステルイミド樹脂との相溶性が低いため、均一なワニスを製造することは容易でない。例えば、特許文献2(特開昭61−136550号公報)では、溶剤存在下で、原料における低い水酸基過剰率で合成した、末端水酸基の少ないポリエステルイミド樹脂を使用し、フェノール樹脂及びアルキルフェノール変性キシレン樹脂の双方を添加することにより、対処している。一方、無溶剤系で合成したポリエステルイミド樹脂の場合、有機溶剤で希釈した後であっても、アルキルフェノール変性キシレン樹脂を相溶しないため、均一なワニスを製造することが困難である。この点、嵩高いアルキル基が結合していないフェノール変性キシレン樹脂では、無溶剤下で合成したポリエステルイミド樹脂を用いても、均一なワニスを製造することができる。
【0018】
フェノール変性キシレン樹脂は、ポリエステルイミド樹脂100質量部あたり、1〜15質量部配合することが好ましく、より好ましくは5〜10質量部である。15質量部を超えると均一なワニスを調製することが困難となり、1質量部未満では、所期の耐熱衝撃性向上効果が期待できない。
【0019】
<ポリエステルイミド樹脂>
次に、ポリエステルイミド樹脂ワニスの主成分となるポリエステルイミド樹脂について説明する。
【0020】
ポリエステルイミド樹脂とは、分子内にエステル結合とイミド結合を有する樹脂で、酸無水物とアミンから形成されるイミド、アルコールとカルボン酸から形成されるポリエステル、そして、イミドの遊離酸基または無水基がエステル形成反応に加わることで形成される。このようなポリエステルイミド樹脂は、イミド化、エステル化、エステル交換反応が生じるような条件で合成される。
【0021】
本発明で用いられるポリエステルイミド樹脂の製造方法は特に限定しない。例えば、(1)ジアミン又はジイソシアネートと無水トリメリット酸を反応させることによりイミド酸を合成し、次いで残りのポリエステル成分(酸成分及びアルコール成分)を加えてエステル化する方法;(2)ポリエステルイミド形成成分(例えば、酸無水物、ジアミン、多価アルコール、及びジカルボン酸又はそのアルキルエステル)を一括投入してイミド化及びエステル化を同時に行う方法;(3)イミド酸成分以外のポリエステル成分を予め反応させたのち、イミド酸成分を添加してイミド化する方法などが挙げられる。ポリエステルイミド合成反応を、クレゾール等の有機溶剤存在下で行ってもよいし、無溶媒下で行ってもよい。
【0022】
イミドジカルボン酸が生成されると合成系の粘度が高くなることから、系内の制御が容易という点では溶剤存在下で合成することが好ましい。
一方、無溶剤でのポリエステルイミド樹脂の合成によれば、系内におけるポリエステルイミド形成成分が高濃度に存在することになるため、反応の高速度化、高分子量化を期待できる。
尚、本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、上述のように、耐熱衝撃性改善のために配合される樹脂として、ポリエステルイミド樹脂と相溶性に優れたフェノール変性キシレン樹脂を用いているので、無溶剤で合成したポリエステルイミド樹脂を用いることができる。
【0023】
ポリエステルイミド樹脂形成成分である酸無水物としては、カルボキシル基2個から1分子の水が失われて、2つのアシル基が1個の酸素原子を共有する化合物の他、フリーのカルボキシル基を1つ以上残している化合物が好ましく用いられる。例えば、トリメリット酸無水物、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−(2,2−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物(6FDA)等の芳香族テトラカルボン酸二無水物などが挙げられる。これらのうち、トリメリット酸無水物(TMA)が好ましく用いられる。
【0024】
ポリエステルイミド樹脂形成成分であるジアミンとしては、例えば、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、1,4−ジアミノナフタレン、へキサメチレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン等を用いることができ、これらのうち、芳香族アミンが好ましく、特に4,4’−ジアミノジフェニルメタンが好ましく用いられる。
【0025】
ポリエステルイミド樹脂形成成分であるジカルボン酸成分としては、テレフタル酸、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸、またはそれらのアルキルエステルであるジメチルテレフタレート、ジメチルイソフタレート等を用いることができ、これらのうち、テレフタル酸(TPA)が好ましく用いられる。
【0026】
ポリエステルイミド樹脂形成成分である多価アルコールとしては、例えば、エチレングリコール、ネオペンチルルグリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,6−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール;グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の3価以上のアルコール;イソシアヌレート環を有するアルコールなどが挙げられる。イソシアヌレート環を有するアルコールとしては、トリス(ヒドロキシメチル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、トリス(3−ヒドロキシプロピル)イソシアヌレート等が挙げられる。
【0027】
これらの多価アルコールは単独でも2種以上組み合わせて用いてもよいが、耐熱性付与の観点から、イソシアヌレート環を有するアルコールと、無溶剤の系内において、溶剤としての役割を果たすことができる低級アルコールとの組み合わせを用いることが好ましい。より好ましくはTHEICとエチレングリコールの組み合わせである。特に、エチレングリコール(EG)に対するTHEICのOH基モル比率(THEIC/EG)を、0.5〜4.0とすることが好ましい。。なお、エチレングリコールは、1分子に2個のOH基を有することから2モル、THEICは1分子中に3個のOH基を有することから3モルで計算される。
【0028】
各成分の配合量は、特に限定しないが、カルボキシル基に対する水酸基のモル比率である水酸基過剰率(OH/COOH)は、1.5以上、好ましくは2.0以上であり、2.7以下、好ましくは2.5以下である。水酸基過剰率が小さくなりすぎると、耐熱衝撃性の改善効果が得られにくくなる。一方、水酸基過剰率が大きくなりすぎると、耐軟化性が低下する傾向にある。
【0029】
なお、ここでいうカルボキシル基量は、上記配合成分のうち、ジカルボン酸又はそのアルキルエステル、さらに酸無水物にフリーカルボキシル基が含まれている場合には、酸無水物の配合量との総量をいう。ジカルボン酸は2モルで計算され、カルボキシル基がエステルとなっていても、ジカルボン酸と同等に扱って計算される。また、酸無水物の場合には、フリーのカルボキシル基の量のみが酸として、上記カルボキシル基のモル比率に計算される。
【0030】
また、ジカルボン酸又はそのアルキルエステルに対する、酸無水物とジアミンから合成されるイミド酸のモル比(イミド酸/ジカルボン酸)は、0.2〜0.8であることが好ましい。また、形成されるポリエステルイミドのエステル結合に対するイミド結合のモル比(イミド/エステル)が0.2〜0.6となる範囲で配合することが好ましい。合成されるポリエステルイミドにおけるイミドの含有割合が大きくなりすぎると、作製される電線の可とう性、電線外観が悪くなり、イミドの含有割合が小さくなりすぎると、耐熱性が低下する。
【0031】
以上のようなポリエステルイミド合成反応は、触媒存在下で行われることが好ましい。触媒としては、テトラブチルチタネート(TBT)、テトラプロピルチタネート(TPT)等のチタン系アルコキシドが好ましく用いられる。チタン系アルコキシド触媒は、触媒は、ポリエステルイミド樹脂形成成分100質量部あたり1〜8質量部配合することが好ましい。
【0032】
以上のようなポリエステルイミド形成成分の配合順序は特に限定しないが、無溶剤で合成する場合、ポリエステルイミド形成成分を系内に一括投入し、170〜250℃で反応させてもよいし、ポリエステルイミド樹脂製造時の系内固化を防止するために、まずポリエステル形成成分である酸成分及びアルコール成分を投入し溶融させた後、イミド酸形成成分を投入してもよい。
【0033】
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスに用いられるポリエステルイミド樹脂は、以上のようなポリエステルイミド形成成分から合成してもよいし、市販のポリエステルイミド樹脂を用いてもよい。
【0034】
<硬化剤>
ポリエステルイミド樹脂ワニスには、さらに、塗膜構成樹脂であるポリエステルイミド樹脂の硬化剤が含有されていることが好ましい。硬化剤としては、ブロックイソシアネート、及び/又はチタンアルコキシドが好ましく用いられる。
【0035】
ブロックイソシアネートとしては、ジフェニルメタン−4,4'−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3,3'−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4'−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4'−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4,4'−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4'−ジイソシアネート、トリレン−2,4−ジイソシアネート、トリレン−2,6−ジイソシアネート、ナフチレン−1,5−ジイソシアネート、m−キシリレンジイソシアネート、p−キシリレンジイソシアネート等が例示される。これらのうち、耐熱性を付与できるイソシアヌル環を有する化合物が好ましく用いられる。具体的には、住友バイウレタン社のCT stable、BL−3175、TPLS−2759、BL−4165などを用いることができる。
【0036】
チタンアルコキシドとしては、テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等が挙げられる。
【0037】
このような硬化剤は、無溶剤系で合成されたポリエステルイミド樹脂を用いる場合には、有機溶剤で希釈してから、硬化剤、ブロックイソシアネートを添加することが好ましい。
【0038】
<その他の成分>
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスには、上記成分以外に、本発明の目的を損なわない範囲で、他の耐熱衝撃性向上樹脂として、従来より用いられているフェノール樹脂やメチルフェノール変性樹脂以外のキシレン樹脂が添加されていていもよい。
さらに、必要に応じて、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
【0039】
<有機溶剤>
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、以上のような成分を有機溶剤に溶解させたものである。
有機溶剤としては、ポリエステルイミド樹脂ワニスに用いられる従来より公知の有機溶剤を用いることができる。具体的には、N−メチルピロリドン、クレゾール酸、m−クレゾール、p−クレゾール、フェノール、キシレノール、キシレン、セロソルブ類などのポリエステルイミド樹脂を溶解できる有機溶剤が用いられる。有機溶剤による希釈は、不揮発分(固形分)が、20〜45質量%となるようにする。
【0040】
このような有機溶剤は、ポリエステルイミド樹脂を合成する過程で用いられたものであってもよいし、無溶剤系で合成したポリエステルイミド樹脂を用いる場合には、硬化剤、フェノール変性キシレン樹脂、その他の添加剤を配合する際に、ポリエステルイミド樹脂を希釈するときに、添加してもよい。
【0041】
<ワニスの調製>
以上のような成分を配合した後、80〜120℃で1〜4時間程度、攪拌混合して、ワニスとする。
【0042】
〔絶縁電線〕
本発明の絶縁電線は、上記本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスを、導体に塗布し、焼付けにより絶縁被覆として用いたものである。具体的には、ポリエステルイミド樹脂の硬化体に、フェノール変性キシレン樹脂を含んだ絶縁被膜を有するものである。
導体としては、銅線、アルミニウム線などの金属導体が用いられる。
【0043】
ポリエステルイミド樹脂ワニスの塗布、焼付けは、従来の絶縁電線の絶縁皮膜の形成と同様な方法、条件により行うことができる。塗布、焼付け処理を2回以上繰り返してもよい。また、本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、本発明の趣旨を損なわない範囲で、他の樹脂塗料とブレンドして用いることも可能である。
【0044】
ポリエステルイミドワニスの焼付は、300〜500℃程度の炉内を2〜4分間、通過させることにより行うことが好ましい。
【0045】
絶縁皮膜の厚みは、絶縁被膜の厚みは、導体を保護する観点から、1〜100μmが好ましく、より好ましくは10〜50μmである。絶縁被膜が分厚くなりすぎると、絶縁電線の外径が大きくなり、ひいては絶縁電線を捲線したコイルの占積率が低下する傾向にあるからである。
【0046】
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスにより形成される絶縁被膜は、導体上に直接形成してもよいし、導体表面にまず下地層を形成し、その上に、ポリエステルイミド樹脂の絶縁被膜を形成してもよい。
下地層としては、たとえばポリウレタン系、ポリエステル系、ポリエステルイミド系、ポリエステルアミドイミド系、ポリアミドイミド系、ポリイミド系等、従来公知の種々の絶縁塗料の塗布、焼付けにより形成される絶縁膜が挙げられる。
【0047】
さらに、本発明のワニスを用いて形成されるポリエステルイミド皮膜の上層に上塗層を設けてもよい。特に、絶縁電線の外表面に、潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けることにより、コイル巻や占積率を上げるための圧縮加工時に電線間の摩擦により生じる応力、ひいてはこの応力により生じる絶縁皮膜の損傷を低減できるので好ましい。上塗層を構成する樹脂としては、潤滑性を有するものであればよく、例えば、流動パラフィン、固形プラフィン等のパラフィン類、各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂で結着したものなどを挙げることができる。好ましくは、パラフィン又はワックスを添加することで潤滑性を付与したアミドイミド樹脂が用いられ
【実施例】
【0048】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0049】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった評価方法について説明する。
(1)耐摩耗性
JIS C3003−1999に記載の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗値(g)を測定した。
【0050】
(2)可とう性
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 7.1.1可とう性試験に準拠して試験した。具体的には、絶縁電線の自己径(1d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂個数を数えた。
【0051】
(3)耐熱衝撃性
(3−1)ヒートショック試験1
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 20の耐衝撃試験に準拠してヒートショック試験を行った。具体的には、200℃で0.5時間加熱した後、絶縁電線の自己径(1d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂個数を数えた。
巻きつける丸棒の径を絶縁電線の自己径の2倍(2d)、3倍(3d)、4倍(4d)についても同様にして巻きつけた後の亀裂個数を数えた。
【0052】
(3−2)ヒートショック試験2
ヒートショックの条件を、220℃で0.5時間に変更した以外は、ヒートショック試験1と同様にして評価した。
【0053】
(4)2箇所撚りの絶縁破壊電圧(kV)
作製した絶縁電線2本を用いて撚り線を作成し、これをJIS C2002 10に準じて、絶縁破壊電圧(kV)を測定し、10個のサンプルの測定値を平均して平均絶縁破壊電圧を求めた。
【0054】
(5)加熱劣化後の絶縁破壊電圧及び残率
作製した絶縁電線2本を用いて撚り線を作成し、240℃で168時間加熱した後、JIS C2002 10に準じて、絶縁破壊電圧を測定し、10個のサンプルの測定値を平均して平均絶縁破壊電圧(kV)を求めた。
さらに、加熱前の絶縁破壊電圧に対する割合(残率%)を求めた。残率が大きいほど、絶縁破壊後の加熱劣化が少ないことを意味する。
【0055】
(6)軟化温度
JIS C3003「エナメル銅線及びエナメルアルミニウム線試験方法」に準じて、軟化温度(℃)を測定した。JISに規定する荷重(700g)及び2倍荷重(1400g)のそれぞれについて、電線が導通したときの温度(軟化温度)を測定した。軟化温度が高いほど、耐熱性に優れていることを示す。
【0056】
〔エステルイミド樹脂A〜Dの合成〕
エステルイミド樹脂構成成分として、無水トリメリット酸(TMA)、テレフタル酸(TPA)、4,4’−ジアミノジフェニルメタン(MDA)、エチレングリコール(EG)、トリス(2−ヒドロキシエチル)シアヌレート(THEIC)、及び触媒としてテトラプロピルチタネート(TPT)を表1に示す量(g)だけ配合し、室温〜250℃まで昇温した後、4時間反応させて、エステイルイミド樹脂A〜Dを合成した。
なお、表1に、エステルイミド樹脂合成のために仕込んだモノマーの水酸基過剰率(OH/COOH)をあわせて、表1に示す。本実施例における反応系の水酸基過剰率(OH/COOH)は、配合成分のうちのカルボン酸成分量(TMAとTPAの配合量合計)に対するアルコール成分量(EGとTHEICの配合量合計)として求められる値である。
なお、TPTは、m,p−クレゾール(住友化学社のM301)にTPTを添加し、水浴中で30分間、攪拌することにより調製したTPT含有率45%溶液を用いた。
【0057】
【表1】

【0058】
〔耐熱衝撃性改善樹脂〕
表2に示すような、市販のフェノール樹脂またはキシレン樹脂、またはその変性品を用いた。表2中、樹脂XIは主要構造が下記一般式(1)式で表わされる樹脂(OH価:355mgKOH/g)で片末端がフェノールとなっており、樹脂XIIは主要構造が下記一般式(2)で表わされる樹脂(305mgKOH/g)で両末端がフェノールとなっている。
【0059】
【化1】


【化2】

【0060】
【表2】

【0061】
〔エステルイミド系ワニスの調製〕
上記で合成したポリエステルイミド樹脂に、SCX−1(ネオケミカル株式会社の商品名で、フェノールとクレゾールの混合溶剤である)440g及びスワゾール#1000(丸善石油株式会社のソルベントナフサである)を110g添加して希釈し、さらに、ポリエステルイミド樹脂100質量部あたり、チタンプロポキシド(TPT)4質量部、ブロックイソシアネート10質量部、耐熱衝撃性改善樹脂4質量部を添加し、100℃で2時間攪拌して、ワニスを調製した。
【0062】
なお、TPTは、m,p−クレゾール(住友化学社のM301)にTPTを添加し、水浴中で30分間、攪拌することにより調製したTPT含有率45%溶液を用いた。また、ブロックイソシアネートとしては、バイエル社製のデスモジュールCT(商品名)を有機溶剤SCX−1(上記参照)に添加し、100℃で約2時間攪拌溶解することにより調製した45%溶液を用いた。さらに耐熱衝撃性改善樹脂は、有機溶剤SCX−1に添加し、70℃で2時間攪拌溶解することにより調製した45%溶液を用いた。
【0063】
〔絶縁電線No.1〜13の作製〕
ポリエステルイミド樹脂Aと表3に示す耐熱衝撃性改善樹脂を組み合わせて調製したポリエステルイミド樹脂ワニスNo.1〜13を、銅線(直径1.019mm)に塗布し、炉温450℃で焼きつけて、エステルイミド樹脂の絶縁被膜を有する仕上げ径1.089mmの絶縁電線No.1〜13を作成した。
作製した絶縁電線No.1〜13について、上記評価方法に基づいて、耐摩耗性、可とう性、耐熱衝撃性、絶縁破壊電圧、軟化温度を測定評価した。結果を表3に示す。参考として、市販のポリエステルイミド樹脂ワニス(Isomid40SM45)を導体に塗布、焼付てなる絶縁被覆を有する絶縁電線についても、同様に、上記評価方法に基づいて、耐摩耗性、可とう性、耐熱衝撃性、絶縁破壊電圧、軟化温度を測定評価した。これらの結果を併せて示す。
【0064】
【表3】

【0065】
耐熱衝撃性改善樹脂として、t−ブチルフェノール変性キシレン樹脂を用いた場合(No.10,11)、無溶剤系で合成したポリエステルイミド樹脂溶液に、t−ブチルフェノール変性キシレン樹脂を添加すると、分離してしまい、均一なポリエステルイミド樹脂ワニスを調製することができなかった。
フェノール樹脂、キシレン樹脂等の従来より公知の耐熱衝撃性改善樹脂を添加して調製したポリエステルイミド樹脂ワニスを用いて作製した絶縁電線No.2〜9は、耐熱衝撃性改善樹脂を添加しないで調製したポリエステルイミド樹脂ワニスNo.1と比べて、可とう性は向上していたものの、耐熱衝撃性(ヒートショック試験1、2)における向上が認められず、参考例よりも劣っていた。
【0066】
一方、フェノール変性キシレン樹脂(耐熱衝撃性改善樹脂XI、XII)を添加して調製したポリエステルイミド樹脂ワニスを用いて作製した絶縁電線No.12、13は、ヒートショック試験1、2のいずれにおいても優れた結果を示し、参考例と比べても優れていた。
【0067】
〔絶縁電線No.21〜26の作製〕
ポリエステルイミド樹脂Aに代えて、表4に示すように、ポリエステルイミド樹脂B〜Dのいずれかを使用した以外は、ポリエステルイミド樹脂No.12又はNo.13と同様にして調製したポリエステルイミド樹脂ワニスを用いて、絶縁電線を作製した。作製した絶縁電線No.21〜26について、上記評価方法に基づいて、耐摩耗性、可とう性、耐熱衝撃性、絶縁破壊電圧、軟化温度を測定評価した結果を表4に示す。絶縁電線No.12、13の測定結果も併せて、表4に示す。
【0068】
【表4】

【0069】
表4から、ポリエステルイミド樹脂の組成にかかわらず、フェノール変性キシレン樹脂を添加して調製したポリエステルイミド樹脂ワニスを用いた絶縁電線は、いずれも優れた耐熱衝撃性を示すことがわかる。
また、耐熱衝撃性改善樹脂XI、XIIのいずれを用いた場合であっても、無溶剤系で合成したポリエステルイミド樹脂を用いる場合、水酸基過剰率(OH/COOH)が大きいほど、耐熱衝撃性が優れる傾向にあることがわかる。一方、軟化温度は、水酸基過剰率(OH/COOH)が大きくなるにしたがって、低下する傾向にあった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のポリエステルイミド樹脂ワニスは、添加する耐熱衝撃性樹脂の種類を変えることで、耐熱衝撃性をさらに改善できるので、捲き線加工、ワニス含浸処理が従来よりも過酷になっている絶縁電線に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノボラック型のフェノール変性キシレン樹脂及びポリエステルイミド樹脂を含むことを特徴とするポリエステルイミド樹脂ワニス。
【請求項2】
前記ポリエステルイミド樹脂は、ポリエステルイミド形成成分を、無溶剤系で反応させることにより合成されたものである請求項1に記載のポリエステルイミド樹脂ワニス。
【請求項3】
前記ポリエステルイミド形成成分におけるカルボキシル基に対する水酸基のモル比率(OH/COOH)が1.5〜2.5である請求項2に記載のポリエステルイミド樹脂ワニス。
【請求項4】
さらに、ポリエステルイミド樹脂の硬化剤が含まれている請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリエステルイミド樹脂ワニス。
【請求項5】
導体上に、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリエステルイミド樹脂ワニスを塗布、硬化してなる絶縁被膜が形成されている絶縁電線。

【公開番号】特開2010−90321(P2010−90321A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263447(P2008−263447)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】