説明

リン酸カルシウム系化合物層含有複合材料およびその製造法

【課題】有機基材上にリン酸カルシウム系化合物層を形成した複合材料であって、リン酸カルシウム層の密着性が良好で、かつ効率よく製造できる複合材料、及び有機基材上に密着性良くリン酸カルシウム系化合物層が形成された複合材料を効率よく製造できる方法を提供する
【解決手段】少なくともリン酸カルシウム系化合物層が形成されるべき表面部分が、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内に、アルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)により構成されている基材の該表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液(B)に接触させることにより、基材表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成する工程を含む、リン酸カルシウム系化合物層含有複合材料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工骨や人工歯をはじめとする生体適合性が要求される医療材料、タンパク質や油脂等の吸着分離用材料、液体や気体中のウイルス、細菌、動植物細胞等を捕捉するフィルター、廃液処理や空気清浄のためのフィルター、脱臭抗菌フィルターなどに適したリン酸カルシウム系化合物層をコーティングした複合材料、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工骨や人工歯をはじめとする生体適合性が要求される医療材料、タンパク質や油脂等の吸着分離用材料、液体や気体中のウイルス、細菌、動植物細胞等を捕捉するフィルター、廃液処理や空気清浄のためのフィルター、脱臭抗菌フィルターの基材の表面にリン酸カルシウム系化合物を含有する被膜を形成することが多数報告されている。特に水酸アパタイト被膜を形成する方法が多く報告されている。
【0003】
例えば、プラズマ溶射法、スパッタリング法、フレーム溶射法、焼き付け法、電気泳動法等の方法で基材表面に水酸アパタイト被膜を形成する方法が知られている。しかし、有機材料からなる基材にこれらの方法で水酸アパタイト被膜を形成すると、熱により基材が損傷を受けるといった難点がある。(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
そこで、有機材料基材表面に水酸アパタイト層を形成する方法としては、生体における骨形成のメカニズムを模倣して、基材表面に水酸アパタイトの核生成を誘導し、疑似体液に浸漬して水酸アパタイト結晶を成長させる方法が提案されている。
【0005】
具体的には、核生成を誘導するために、生体活性ガラス粉末を含む水酸アパタイト形成成分含有水溶液に基材を浸漬させる方法(例えば、特許文献2参照)、基材をリン酸エステル化する方法(例えば、特許文献3参照)、有機ポリマー表面をシランカップリング剤処理する方法(例えば、特許文献4参照)等が報告されている。しかし、これらの方法では、使用できる基材の種類が限定される、水酸アパタイト結晶を十分に析出させるためには基材形状を工夫する必要がある、均一な水酸アパタイトコーティング層を形成できないなどの難点がある。
【0006】
また最近ではカルシウムイオンと結合したカルボキシル基を有する多糖類を基材とする水酸アパタイト被覆材料や(例えば、特許文献5参照)、メタクリル酸、アクリル酸を含む親水性ポリマーをグラフト重合した基材上にヒドロキシアパタイト層を被覆したもの(例えば、特許文献6参照)等が報告されている。さらに、アニオン性親水性基を含む基材中にカルシウム含有化合物を含ませることにより、その基材表面に水酸アパタイト層を効率よく被覆する方法なども報告されている(例えば、特許文献7〜9参照)。これらの方法は、基材と水酸アパタイト層との親和性がよいために水酸アパタイトの被覆速度が向上し、また水酸アパタイト層の脱落が少なくなるという効果を奏する。しかし、これらの方法においても、水酸アパタイト層の被覆速度や層間接着力は実用上十分ではない。
【0007】
このように、有機基材上にリン酸カルシウム系化合物層を形成するには、生体における骨形成メカニズムを模倣した溶液浸漬法が適していると考えられるが、これまでの技術ではリン酸カルシウム層を形成するのに長時間を必要とし、また有機基材とリン酸カルシウム系化合物層との接着力が十分でない。
【特許文献1】特開平6−293504号公報
【特許文献2】特開平6−293506号公報
【特許文献3】特開平8−260348号公報
【特許文献4】特開平6−293504号公報
【特許文献5】特開2000−79160号公報
【特許文献6】特開2000−319010号公報
【特許文献7】特開2002−114858号公報
【特許文献8】特開2002−298212号公報
【特許文献9】特開2003−105195号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、基材の有機材料からなる表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成した複合材料であって、リン酸カルシウム層の密着性が良好で、かつ効率よく製造できる複合材料、及び基材の有機材料からなる表面上に密着性良くリン酸カルシウム系化合物層が形成された複合材料を効率よく製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ね、以下の知見を得た。
(i) カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)からなる基材表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液に接触させることにより、この表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成することができる。
【0010】
この方法により得られるリン酸カルシウム系化合物層と基材表面との密着性は非常に良好である。
(ii) 材料(A)が、さらにカルシウム含有化合物を含むことにより、基材表面へのリン酸カルシウム系化合物層の形成がさらに促進されるとともに、リン酸カルシウム系化合物層と基材表面との密着性が一層良好になる。
(iii) 基材の表面を接触させる水溶液として、リン酸イオン及び/又はその誘導体に加えて、カルシウムイオンを含む水溶液を用いることにより、リン酸カルシウム系化合物層と基材表面との密着性が一層良好になる。
【0011】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、以下の複合材料及びその製造方法を提供する。
【0012】
1. 少なくとも表面の一部が、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)で構成されている基材の、材料(A)で構成されている表面部分の一部又は全部が、リン酸カルシウム系化合物層で被覆されているリン酸カルシウム系化合物層含有複合材料。
【0013】
2. 材料(A)が、さらにカルシウム含有化合物を含む項1に記載の複合材料。
【0014】
3. 芳香族ポリアミド類が、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドのカルボキシル基との反応により得られるものである項1又は2に記載の複合材料。
【0015】
4. カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドにおいて、カルボキシル基がその繰り返し単位に対して30〜70モル%含まれている項1〜3のいずれかに記載の複合材料。
【0016】
5. 少なくともリン酸カルシウム系化合物層が形成されるべき表面部分が、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)により構成されている基材のこの表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液(B)に接触させることにより、基材表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成する工程を含む、リン酸カルシウム系化合物層含有複合材料の製造方法。
【0017】
6. 材料(A)が、さらにカルシウム含有化合物を含む項5に記載の製造方法。
【0018】
7. 芳香族ポリアミド類が、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドのカルボキシル基との反応により得られるものである項5又は6に記載の製造方法。
【0019】
8. カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドにおいて、カルボキシル基がその繰り返し単位に対して30〜70モル%含まれている項5〜7のいずれかに記載の製造方法。
【0020】
9. 水溶液(B)が、さらにカルシウムイオンを含む項5〜8のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)からなる基材表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液に接触させるという非常に簡単な工程により、効率よく、この表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成することができる。また、得られるリン酸カルシウム系化合物層と基材表面との接着力は非常に強い。
【0022】
得られた複合材料は人工骨や人工歯をはじめとする生体適合性に優れた医療材料だけでなく、環境適合性を有する軽量高強度材料や光学機能材料、タンパク質や油脂等の吸着分離用素材、液体や気体中のウイルス、細菌、動植物細胞、悪臭成分等を捕捉するフィルター、さらには廃液処理、浄水や空気清浄フィルター、機能性マスク、機能性不織布、吸着性・消臭性・耐火性をもつ壁紙などとして好適に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。先ず、リン酸カルシウム系化合物層を被覆した複合材料の製造方法について説明し、次いでそれにより得られる複合材料を説明する。
(I)複合材料の製造方法
本発明の複合材料の製造方法は、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)で構成されている基材の、該表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液と接触させることにより、基材表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成する方法である。
基材
上記芳香族ポリアミド類は、通常、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドと、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物との反応により得られるものである。また、通常は、芳香族ポリアミドのカルボキシル基と、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物とが反応して、両者が共有結合により結合した化合物が得られる。
【0024】
基材の少なくともリン酸カルシウム系化合物層形成表面を構成する上記の芳香族ポリアミド類を合成するために使用する芳香族ポリアミドはカルボキシル基を有することが特徴であり、ポリマー骨格の構造は特に制限されない。カルボキシル基の含有量はポリマーの繰り返し単位に対して30〜70モル%程度が好ましく、40〜60モル%程度がより好ましい。上記のカルボキシル基含有量の範囲であれば、溶液浸漬法によりリン酸カルシウム系化合物層の析出量、及びリン酸カルシウム系化合物層と基材との密着性が実用上十分なものとなり、かつポリマーの親水性が高くなりすぎて基材の力学的強度が低下するということがない。
【0025】
ここでいうカルボキシル基には、−COOHで表されるカルボン酸の他、各種カチオンと塩を形成しているもの、及び−COOとしてイオン解離しているものなどが含まれる。
【0026】
カルボキシル基を含有する芳香族ポリアミドは、芳香族ジアミン又はその誘導体と芳香族ジカルボン酸又はその誘導体との反応により芳香族ポリアミドを合成する際に、カルボキシル基を有する芳香族ジアミンを共重合させることにより得ることができる。重合は芳香族ポリアミドの合成方法として通常行われている方法で行えばよい。
【0027】
カルボキシル基を有する芳香族ジアミンの種類は特に限定されず、それ自体公知のものを制限なく使用できる。このような芳香族ジアミンとして、例えば2−カルボキシ−1,4−フェニレンジアミン、5−カルボキシ−1,3−フェニレンジアミン、2−カルボキシ−1,3−フェニレンジアミンなどを挙げることができる。カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドは1種を単独で、または2種以上を組み合わせて使用できる。
【0028】
またカルボキシル基を有さない芳香族ジアミンの種類も特に限定されず、それ自体公知のものを使用できる。このような芳香族ジアミンとして、例えばパラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(3−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス−2,2−[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス−2,2−[4−(3−アミノフェノキシ)フェニル]プロパンなどが挙げられる。カルボキシル基を有さない芳香族ポリアミドは1種を単独で、または2種以上を組み合わせて使用できる。
【0029】
芳香族ジカルボン酸の種類は特に限定されず、それ自体公知のものを制限なく使用できる。このような芳香族ジカルボン酸としては、例えばテレフタル酸、イソフタル酸、4,4’−ビフェニルジカルボン酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸などが挙げられる。芳香族ジカルボン酸は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて使用できる。芳香族ジカルボン酸は、反応活性を高めるために、酸クロリドの形で使用することも好ましい。
【0030】
アルコキシシラン基のアルコキシル基の炭素数は、例えば1〜10、好ましくは1〜5であればよい。1分子中にSi原子を1個有するアルコキシシラン類は、モノアルコキシシラン類、ジアルコキシシラン類、及びトリアルコキシシラン類のいずれであってもよいが、中でもトリアルコキシシラン類が好ましい。
【0031】
またシラノール類、及びアルコキシシラン類は、芳香族ポリアミドの官能基、例えばカルボキシル基と結合させることができるように、例えばアミノ基のようなカルボキシル基と反応することができる官能基を末端に有するものであればよい。このようなアルコキシシラン類の具体例としては、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、N,N’−ビス[3−(トリメトキシシリル)プロピル]エチレンジアミンなどが挙げられる。また、シラノール類の具体例としては、これらのアルコキシシラン類を加水分解して得られるものが挙げられる。
【0032】
図1に、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドへのシラノール基導入の反応例を示す。図1のようにカルボキシル基含有芳香族ポリアミドのカルボキシル基の誘導体としてアルコキシシラン類および/又はシラノール類を結合させる場合は、カルボキシル基の全てをこの誘導体としてもよく、または一部をこの誘導体としてもよいが、カルボキシル基の10〜100%程度が誘導体になっていることが好ましい。上記の誘導体の比率であれば、リン酸カルシウム系化合物層を十分に形成でき、かつリン酸カルシウム系化合物層と基材の密着性が良好になる。
【0033】
上記のようにして得られる芳香族ポリアミド類は、ポリアミド単体からなる主骨格を有するものであってもよく、その特性を著しく変えない範囲で異種ポリマーとの共重合体や、変性ポリマー、異種ポリマーをブレンドしたものであってもよい。その他、架橋処理を施したものも好ましく、これにより溶液浸漬時の基材の形態が安定になる。
【0034】
基材には、芳香族ポリアミド類とともに、カルシウム含有化合物が含まれていてもよい。基材には、芳香族ポリアミド類と、カルシウム含有化合物が別々に含まれていてもよく、又はカルシウム含有化合物がモノマー成分や反応性化合物として芳香族ポリアミド類の分子内に含まれていてもよい。
【0035】
カルシウム含有化合物としては、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、硝酸カルシウム、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウムのような無機カルシウム塩;酢酸カルシウム,ステアリン酸カルシウムのような有機酸カルシウム塩;各種ケイ酸カルシウム;カルシウム含有ガラス等が挙げられる。カルシウム含有化合物は1種を単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。中でも、水溶液中のカルシウムイオン濃度を高めてリン酸カルシウム系化合物を効率よく析出させることができる点で、酸化カルシウム、塩化カルシウム、炭酸水素カルシウム、酢酸カルシウム、ステアリン酸カルシウムのような水溶性のカルシウム化合物がより好ましい。また、これらのカルシウム化合物は単独で使用しても良いが、二種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0036】
芳香族ポリアミド類とカルシウム含有化合物とを用いてこれらを含む基材を製造する方法は特に限定されない。例えば、カルシウム含有化合物が溶媒に溶解するものである場合は、芳香族ポリアミド類の両者を溶かす溶媒を用いて均一溶液にした後、繊維やフィルム等の所望の基材形状に成形したり、他の基材表面にこの均一溶液をコーティングした後溶媒を除去して基材表面にカルシウム含有芳香族ポリアミド類の被膜を形成すればよい。また、カルシウム含有化合物が溶媒に不溶性又は難溶性である場合、カルシウム含有化合物の粉末を芳香族ポリアミド類の溶液に分散させた分散液を用いて、同様にして所望の基材形状に成形したり、基材表面にカルシウム含有芳香族ポリアミド類の被膜を形成すればよい。さらに、カルシウム含有化合物の溶媒への溶解性にかかわらず、カルシウム含有化合物の粉末を溶融状態にした芳香族ポリアミド類と混練りして板状などの基材を成形することもできる。
【0037】
カルシウム含有化合物が芳香族ポリアミド類の分子内に含まれる態様としては、カルボキシル基を始めとするアニオン性官能基のカルシウム塩として含まれているものなどが挙げられる。
【0038】
芳香族ポリアミド類に対するカルシウム含有化合物の使用比率は、芳香族ポリアミド類とカルシウム含有化合物との組み合わせに応じて任意の割合とすることができるが、芳香族ポリアミド類のアニオン性基と塩を形成する等量のカルシウムイオン量よりも過剰となるカルシウム含有化合物を混合することが好ましい。これは、カルシウム化合物を含有させることの目的が、単にカルボキシル基のカルシウム塩を作ることにあるのではなく、ポリマー基材中にカルシウム含有化合物そのものが存在することが、水溶液(B)中のリン酸と基材中のカルシウムとの反応によりリン酸カルシウム系化合物層を形成する上で重要だからである。このため、具体的にカルシウム含有化合物は基材中にカルシウムとして10重量%以上含まれていることが好ましく、15重量%以上であることがより好ましい。
【0039】
上記の芳香族ポリアミド類、又はさらにカルシウム化合物を含む材料は、基材の全部又はリン酸カルシウム系化合物層形成表面を含む一部を構成するが、この材料からなる部分を含めて基材には、必要に応じて帯電防止剤、酸化防止剤、ヒンダードアミン系化合物のような光安定剤、滑剤、ブロッキング防止剤、紫外線吸収剤、無機充填剤、顔料のような着色料等の用途に応じた添加剤が含まれていてもよい。
【0040】
基材の形状は得られる複合材料の使用目的に応じて定めればよい。例えば、芳香族ポリアミド類、又はさらにカルシウム化合物を含む材料を板状、棒状、粒状、織物、編物、不織布、フェルト、シート、多孔質構造を含むフィルム、中空糸、プラスチックフォーム等の形状に成形したものが挙げられる。また芳香族ポリアミド類、又はさらにカルシウム化合物を含む材料を、上記のような形状の別の有機基材、無機基材、又は有機・無機混合基体上に被覆したものも挙げられる。このように、芳香族ポリアミド類、又はさらにカルシウム化合物を含む材料が別の基体上に被覆されている場合は、複合材料全体としての力学的、熱的性質等はこの基体が担うこととなり、芳香族ポリアミド類、又はさらにカルシウム化合物を含む材料は、リン酸カルシウム系化合物層と基体とを接合する役割を果たすことになる。この場合、安価で汎用性の高い基体を選ぶことができる。
【0041】
有機基体材料としては、例えばポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートのようなポリエステル類;ナイロン6、ナイロン6,6、ナイロン6,10、ナイロン12のようなポリアミド類;ポリメチルメタクリレート、ポリメタクリル酸エステル類、ポリメチルアクリレート、ポリアクリル酸エステル類のようなアクリレート系樹脂;ポリアクリル酸系樹脂、ポリメタクリル酸系樹脂、ジエン系ポリマーを含む各種ポリオレフィン、ポリウレタン系樹脂、酢酸セルロース、エチルセルロースのようなセルロース系樹脂;ポリアリレート、アラミド、ポリカーボネート、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリイミド、ポリアミドイミドのような芳香族系ポリマーなどが挙げられる。ポリマーは、単独で、又は2種以上をブレンド、共重合して用いることができる。また、各変性ポリマーであってもよい。さらに、セルロースのような多糖類、タンパク質のようなポリペプチドなどの天然有機化合物からなる有機基体であってもよい。
【0042】
この他の基体材料としては、金属材料、無機材料、セラミック材料、有機−無機ハイブリッド材料など熱的性質や力学的性質において幅広い範囲の材料から選定することができ、本発明の複合材料としての利用範囲を広げることができる。
リン酸カルシウム系化合物層の形成工程
基材の材料(A)で構成される表面部分の一部又は全部にリン酸カルシウム系化合物層をコーティングするために、この基材の全部又は一部をリン酸イオンおよび/又はその誘導体を含有する水溶液(B)と接触させればよい。通常は、少なくとも基材のリン酸カルシウム系化合物層形成面を水溶液(B)に浸漬すればよい。
【0043】
リン酸イオンはPO3−、HPO2−、HPOのいずれでもよく、解離平衡の関係でHPOとして存在することもある。リン酸イオンは、種々のリン酸成分を用いることで水溶液に含有させることができる。これらのリン酸成分としては、オルトリン酸、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素アンモニウム等が例示される。これらは単独で使用することができるが、2種以上を組み合わせて使用しても良い。
【0044】
水溶液(B)中のリン酸イオン濃度は0.001mM(=ミリモル/リットル)以上の任意の濃度とすればよい。リン酸イオン濃度の上限は特に限定されないが、通常、使用する水溶液条件におけるリン酸イオン濃度の飽和濃度付近である。上記範囲であれば、リン酸カルシウム系化合物層を効率よく形成できるとともに、コスト高になりすぎることがない。
【0045】
また、水溶液(B)は、リン酸イオンおよび/又はその誘導体とともにカルシウムイオンを含むことが好ましく、これにより一層効率良くリン酸カルシウム系化合物層を形成でき、またリン酸カルシウム系化合物層と基材の密着性が向上する。この場合、リン酸イオン濃度は、0.0005〜80mM程度が好ましく、0.001mM〜50mM程度がより好ましい。また、カルシウムイオン濃度は、0.0005〜80mM程度が好ましく、0.002〜50mM程度がより好ましい。上記の範囲であれば、結晶核が十分に生成して基材表面をリン酸カルシウム系化合物層で十分に覆うことができるとともに、リン酸カルシウム系化合物の沈殿が無秩序に析出してしまうことがない。
【0046】
カルシウムイオンは、例えば酸化カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム,硫酸カルシウム、硝酸カルシウム、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウムのような無機カルシウム塩;酢酸カルシウム,ステアリン酸カルシウムのような有機酸カルシウム塩などを用いて水溶液中に導入することができる。
【0047】
水溶液(B)中には、リン酸イオンまたはさらにカルシウムイオンの他に、各種イオンを含むことができ、このようなイオンとして、生体内の体液や血液に含まれるH,Na,K,Mg,OH,Cl,CO2−,HCO、SO2−などが挙げられる。このような各種イオンを含む水溶液として、疑似体液(SBF)を使用することもできる。
【0048】
さらに、水溶液(B)中に、ポリアクリル酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸などのポリカルボン酸や、カルボキシル基を含む低分子多塩基酸である蓚酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、クエン酸、イソクエン酸などを共存させることができ、これにより、リン酸カルシウム系化合物の基材表面への層形成を一層効率的に行うことができるとともに、そのリン酸カルシウム系化合物層と基材の密着性を高めることができる。
【0049】
水溶液の温度条件は、存在するイオン種の組み合わせにより適宜設定することができるが、通常10〜70℃程度の間で設定することが好ましい。水溶液(B)がカルシウムイオンを含まず、リン酸イオンおよび/又はその誘導体を含有する場合は、水溶液のpHは3〜12程度までの幅広い範囲を選ぶことができ、pHに応じて異なる生成物を得ることができる。リン酸イオン及び/又はその誘導体とカルシウムイオンとを同時に含有する場合は、水溶液(B)のpHは5〜9程度が好ましい。いずれの場合においても、リン酸カルシウムの析出物が生成した後、pHを変化させて析出物構造を変化させることも可能である。
【0050】
このようにして基材上にコーティングされるリン酸カルシウム系化合物の代表例は水酸アパタイトであるが、この他にリン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸水素カルシウム無水和物、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウムなども挙げられる。また、水酸アパタイトの水酸基が塩素やフッ素に置換されたものも形成され得る。
(II)複合材料
上記のようにして基材表面の少なくとも一部にリン酸カルシウム系化合物層が形成された複合材料が得られる。リン酸カルシウム系化合物層の厚さは、複合材料の用途によって異なるが、通常0.1μm〜5μm程度であればよい。
実施例
以下、本発明を、実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0051】
メタフェニレンジアミン0.0616mol(6.66g)、5−カルボキシ−1,3−フェニレンジアミン0.0616mol(9.37g)を窒素気流下でN−メチル−2−ピロリドン(NMP)150mlに溶解し、氷冷の後イソフタル酸クロリド0.1231mol(25.00g)を加えて撹拌を続けた。氷冷下で1時間反応させた後、室温でさらに2時間反応してから重合液を過剰のメタノール中に注いで、50モル%カルボン酸モノマー共重合のカルボキシル基含有芳香族ポリアミドを得た。家庭用ミキサーで水洗を繰り返した後、乾燥した。収量38.9g、対数粘度(0.5g/dlのNMP溶液を30℃で測定)は1.45を示した。本ポリマー0.5gをN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)5mlに加え、約12時間撹拌して均一な溶液を得た。そこへ3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APES)を5.09×10−4mol添加した。さらにN−ヒドロキシサクシンイミド(HOSu)1.13×10−3mol、ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)1.15×10−3mol、1−エチル−3−(ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミドハイドロクロライド(EDC・HCl)2.09×10−3molを添加し、さらに12時間撹拌して均一な溶液を得た。ここへ塩化カルシウムを乾燥後のフィルム全体に対して40質量%になるように添加し、さらに12時間撹拌した。この溶液をバーコーターを用いてガラス板に塗布し、1.3×10−4MPa、60℃に保持した真空乾燥機内で8時間乾燥して30μm程度のフィルムを得た。得られたフィルムを10×10mmに切り出し、pH7.25の1.5倍濃度の疑似体液(1.5SBF)30mlに浸漬し、36.5℃に設定したインキュベーター内で7日間保持した後フィルムを取り出し、超純水で軽く洗浄した後、室温で乾燥させた。
【0052】
得られたリン酸カルシウムを積層したフィルム表面の走査型電子顕微鏡写真を図2に示す。
【実施例2】
【0053】
塩化カルシウムを乾燥後のフィルム全体に対して20質量%になるように添加する以外は実施例1と同様にしてリン酸カルシウム積層フィルムを作製した。得られたリン酸カルシウムを積層したフィルム表面の走査型電子顕微鏡写真を図3に示す。
【比較例1】
【0054】
シラノール基導入工程を行わない以外は実施例1と同様にして、リン酸カルシウム積層フィルムを作製した。得られたリン酸カルシウムを積層したフィルム表面の走査型電子顕微鏡写真を図4に示す。
【0055】
図2及び3から明らかなように、本発明方法を行った実施例1,2により、緻密なリン酸カルシウム系化合物層が形成されたことが分かる。一方、シラノール基を導入しない基材を用いた比較例1では、十分なリン酸カルシウム系化合物層は形成されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のリン酸カルシウム系化合物含有複合材料は、人工骨や人工歯をはじめとする生体適合性に優れた医療材料だけでなく、環境適合性を有する軽量高強度材料や光学機能材料、タンパク質や油脂等の吸着分離用素材、液体や気体中のウイルス、細菌、動植物細胞、悪臭成分等を捕捉するフィルター、さらには廃液処理、浄水や空気清浄フィルター、機能性マスク、機能性不織布、吸着性・消臭性・耐火性をもつ壁紙などに適したリン酸カルシウム系化合物層をコーティングした複合材料等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】アミノ基含有アルコキシシランによるカルボキシル基含有芳香族ポリアミドへのシラノール基の導入例を説明する図である。
【図2】塩化カルシウムを40質量%含有させたシラノール基導入カルボキシル基含有芳香族ポリアミドフィルムをpH7.25において7日間疑似体液に浸漬した後のフィルム表面のSEM写真である。
【図3】塩化カルシウムを20質量%含有させたシラノール基導入カルボキシル基含有芳香族ポリアミドフィルムをpH7.25において7日間疑似体液に浸漬した後のフィルム表面のSEM写真である。
【図4】塩化カルシウムを40質量%含有させた、シラノール基を有さないカルボキシル基含有芳香族ポリアミドフィルムをpH7.25において7日間疑似体液に浸漬した後のフィルム表面のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面の一部が、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)で構成されている基材の、材料(A)で構成されている表面部分の一部又は全部が、リン酸カルシウム系化合物層で被覆されているリン酸カルシウム系化合物層含有複合材料。
【請求項2】
材料(A)が、さらにカルシウム含有化合物を含む請求項1に記載の複合材料。
【請求項3】
芳香族ポリアミド類が、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドのカルボキシル基との反応により得られるものである請求項1又は2に記載の複合材料。
【請求項4】
カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドにおいて、カルボキシル基がその繰り返し単位に対して30〜70モル%含まれている請求項1〜3のいずれかに記載の複合材料。
【請求項5】
少なくともリン酸カルシウム系化合物層が形成されるべき表面部分が、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミド分子内にアルコキシシラン基、及びシラノール基からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有させた芳香族ポリアミド類を含む材料(A)により構成されている基材のこの表面を、リン酸イオン及び/又はその誘導体を含む水溶液(B)に接触させることにより、基材表面上にリン酸カルシウム系化合物層を形成する工程を含む、リン酸カルシウム系化合物層含有複合材料の製造方法。
【請求項6】
材料(A)が、さらにカルシウム含有化合物を含む請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
芳香族ポリアミド類が、アルコキシシラン類、及びシラノール類からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物と、カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドのカルボキシル基との反応により得られるものである請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
カルボキシル基を有する芳香族ポリアミドにおいて、カルボキシル基がその繰り返し単位に対して30〜70モル%含まれている請求項5〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
水溶液(B)が、さらにカルシウムイオンを含む請求項5〜8のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−159636(P2006−159636A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−354393(P2004−354393)
【出願日】平成16年12月7日(2004.12.7)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】