説明

レーザー蒸着用酸化物ターゲット

【課題】レーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットにおいて、その使用限界時間を改善し、安定した成膜を長時間行うことができるレーザー蒸着用酸化物ターゲットの提供。
【解決手段】ターゲットにレーザー光を照射してターゲット表面から酸化物の微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するレーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットにおいて、ターゲットの固定プレート上に、Agろう層が接合され、該Agろう層上に酸化物・Ag混合層が接合され、該酸化物・Ag混合層上に酸化物層が接合されてなることを特徴とするレーザー蒸着用酸化物ターゲット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ターゲットにレーザー光を照射してターゲット表面から酸化物の微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するレーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットに関し、そのターゲットの使用限界時間を改善せしめたものである。
【背景技術】
【0002】
酸化物を基材表面に蒸着するための蒸着装置のターゲットに関して、例えば、特許文献1には、ターゲット材と、ステンレスよりなる冷却部材との間に、ろう材を介し、これを加熱冷却してろう接合するスパッタリングターゲット材の接合方法が開示されている。この接合方法では、ターゲット材及び冷却部材に、蒸着を施して、難接合材であるステンレス(以下、SUSと記す。)と、ターゲットとを接合している。
【特許文献1】特開平6−2126号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1に開示されたスパッタリングターゲットは、スパッタ蒸着に用いる金属ターゲットと金属プレートの接合材を用い、かつ冷却機構を設けている。このように、相性が良い材料同士の場合、特にターゲットの接合に問題は生じていなかった。
特許文献1はスパッタリング法に用いる金属ターゲットに関する従来技術であるが、これとは異なる成膜技術であるレーザー蒸着に用いる酸化物ターゲットにおいても、図1に示すように、同様の試みがなされている。
【0004】
図1は、従来の酸化物ターゲットを用いたレーザ蒸着装置を例示する概略構成図であり、図中符号1は酸化物ターゲット、2はAg蒸着膜、3はIn半田、4はCu固定用プレート、5はSUSホルダー、6はヒーターボックス、7及び8はリール、9はテープ基材、10はプルーム、11はレーザー光である。このレーザー蒸着装置は、ヒーターボックス6内に各リール7,8間に巻回されたテープ基材9を配置し、一方向に移動させながら、ヒーターボックス6下側に配置したターゲットにレーザー光11を照射し、酸化物ターゲット1の表面から酸化物微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するようになっている。ここで用いるターゲットは、冷却水の循環により冷却が可能なSUSホルダー5の上に、Cu固定用プレート4、In半田3、Ag蒸着膜2及び酸化物ターゲット1を順に接合した構造になっている。
【0005】
しかしながら、酸化物ターゲットを用いる場合、該ターゲットは割れ易く、急激な温度変化等によってクラックや割れを生じ易い問題がある。また、酸化物ターゲット1とAg蒸着膜2との双方の材料の濡れ性が悪いため、酸化物ターゲット1がターゲット本体側から剥離してしまい、安定した成膜が長時間行えないという問題が生じていた。
【0006】
本発明は、前記事情に鑑みてなされ、レーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットにおいて、ターゲットの使用限界時間を改善し、安定した成膜を長時間行うことができるレーザー蒸着用酸化物ターゲットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明は、ターゲットにレーザー光を照射してターゲット表面から酸化物の微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するレーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットにおいて、
ターゲットの固定プレート上に、Agろう層が接合され、該Agろう層上に酸化物・Ag混合層が接合され、該酸化物・Ag混合層上に酸化物層が接合されてなることを特徴とするレーザー蒸着用酸化物ターゲットを提供する。
【0008】
本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットにおいて、前記酸化物・Ag混合層は、Ag粉末と酸化物粉末とを圧粉成型し、これを焼結させて形成されたものが好ましい。
【0009】
本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットにおいて、前記酸化物・Ag混合層は、Agの体積比率が5〜20%の範囲であることが好ましい。
【0010】
本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットにおいて、前記酸化物・Ag混合層の厚さが0.5mm以上であることが好ましい。
【0011】
本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットにおいて、前記酸化物層と酸化物・Ag混合層の酸化物が、酸化物超電導材料であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットは、固定プレート上に、Agろう層が接合され、該Agろう層上に酸化物・Ag混合層が接合され、該酸化物・Ag混合層上に酸化物層が接合された構造なので、酸化物・Ag混合層と酸化物層とを焼結させて接合することで、酸化物・Ag混合層中の酸化物と酸化物層とが強固に焼結されると共に、酸化物・Ag混合層中のAgがAgろう層と金属接合することで、表面の酸化物層をターゲット本体に強固に固定することができ、酸化物層が剥離しにくくなり、安定した成膜を長時間行うことができる。
また、酸化物・Ag混合層中のAg及びAgろう層の耐熱温度が900℃程度と高いため、成膜温度が800℃程度と高いレーザ蒸着においてもターゲット冷却なしに使用できるため、成膜時のテープ表面の温度分布を良好に維持することができ、高品質の酸化物膜を成膜することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
図2は、本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットの一実施形態を示し、このレーザー蒸着用酸化物ターゲットを設置したレーザー蒸着装置の概略構成図である。図2中、符号6はヒーターボックス、7及び8はリール、9はテープ基材、10はプルーム、11はレーザー光、12はレーザー蒸着用酸化物ターゲット、13は酸化物層、14は酸化物・Ag混合層、15はAgろう層、16はNi系合金固定用プレート、17はSUSホルダーである。
【0014】
本実施形態のレーザー蒸着用酸化物ターゲット12は、ターゲットにレーザー光11を照射してターゲット表面から酸化物の微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するレーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットであり、SUSホルダー17上にNi系合金固定用プレート16が固定され、該Ni系合金固定用プレート16上に、Agろう層15が接合され、該Agろう層15上に、酸化物・Ag混合層14が接合され、該酸化物・Ag混合層14上に、酸化物層13が接合されてなることを特徴とする。
【0015】
前記酸化物層13と、酸化物・Ag混合層14の酸化物とは、同種の酸化物材料であることが好ましい。この酸化物は、テープ基材9の表面に成膜しようとする酸化物材料であり、成膜目的に応じて種々の酸化物材料の中から選択して使用することができる。例えば、マグネシウム酸化物やジルコニウム酸化物などの中間層材料、酸化物超電導材料などが挙げられる。この酸化物超電導材料としては、Y−Ba−Cu−Oのような希土類系酸化物超電導体などが挙げられる。
【0016】
前記酸化物・Ag混合層14は、酸化物粉末と一定量のAg粉末とを均一に混合し、次いで、この混合材料を所望の厚さの板状となるように圧粉成型して製造され、この酸化物・Ag混合層14を、ターゲットのAgろう層15と酸化物層13との間に挟んで、酸化物の焼結温度で加熱処理することで、酸化物・Ag混合層14中の酸化物と酸化物層13とが強固に焼結されると共に、酸化物・Ag混合層14中のAgがAgろう層15と金属接合して、酸化物層13をターゲット本体側に強固に固定することができる。ただし、酸化物・Ag混合層14には、Agが均一に分散した状態になっている。
【0017】
この酸化物・Ag混合層14の厚さは、0.5mm以上であることが好ましい。また、酸化物・Ag混合層14のAgの体積比率は、5〜20%の範囲であることが好ましい。酸化物・Ag混合層14の厚さ、及びAgの体積比率が前記範囲内であれば、酸化物層13が剥離しにくくなり、ターゲット接合部の耐久時間を大幅に延ばすことができ、長時間安定した成膜を行うことができる。
【0018】
本実施形態のレーザー蒸着用酸化物ターゲット12は、ターゲット本体側のNi系合金固定プレート16上に、Agろう層15が接合され、該Agろう層15上に酸化物・Ag混合層14が接合され、該酸化物・Ag混合層14上に酸化物層13が接合された構造なので、酸化物・Ag混合層14と酸化物層13とを焼結させて接合することで、酸化物・Ag混合層14中の酸化物と酸化物層13とが強固に焼結されると共に、酸化物・Ag混合層14中のAgがAgろう層15と金属接合することで、表面の酸化物層13をターゲット本体側に強固に固定することができ、酸化物層13が剥離しにくくなり、安定した成膜を長時間行うことができる。
【0019】
また、酸化物・Ag混合層14中のAg及びAgろう層15の耐熱温度が900℃程度と高いため、成膜温度が800℃程度と高いレーザ蒸着においてもターゲット冷却なしに使用できるため、成膜時のテープ表面の温度分布を良好に維持することができ、高品質の酸化物膜を成膜することができる。
【実施例】
【0020】
酸化物として、Y−Ba−Cu−O系酸化物超電導体を用い、この酸化物超電導材料のみを圧粉成型して板状の酸化物層13を作製した。
また、この酸化物超電導材料に、Ag粉末を、表1の「Ag/酸化物の体積比率(%)」に記載した通りの比率で混合し、圧粉成型し、最終焼結後の厚さが表1中の「酸化物・Ag混合層の厚さ」に記載した通りの厚さとなるように調整して各種の酸化物・Ag混合層14を作製した。
【0021】
酸化物層13と酸化物・Agバルク体を重ねて焼結炉内に入れ、900℃で24時間焼結し、この焼結物をNi系合金固定用プレート16上に銀ろうを用いてろう付けした。
厚さ、Ag体積比率の異なるそれぞれの酸化物・Ag混合層を用い、図2に示すように、SUSホルダー17、Ni系合金固定用プレート16、Agろう層15、酸化物・Ag混合層14、酸化物層13の順に重なったレーザー蒸着用酸化物ターゲット12を作製した。得られたレーザー蒸着用酸化物ターゲット12は、酸化物・Ag混合層14中の酸化物と酸化物層13とが強固に焼結されると共に、酸化物・Ag混合層14中のAgがAgろう層15と金属接合し、表面の酸化物層13がターゲット本体側に強固に固定されていた。
【0022】
テープ基材9として、ハステロイ製テープ基材の表面に、イオンビームアシスト蒸着(IBAD)法によってGdZrからなるIBAD中間層が成膜され、該IBAD中間層の表面に、パルスレーザ蒸着法によってCeO中間層が成膜されたものを用いた。このテープ基材9を図2に示すように、ヒーターボックス6内を通過するように、各リール7,8間にセットした。
【0023】
ヒーターボックス6の下側に、前述した通り作製したレーザー蒸着用酸化物ターゲット12を取り付け、SUSホルダー17を冷却しない状態で、図示していないパルスレーザー光源からパルスレーザー光をターゲットの酸化物層13に向けて照射し、一方向に移動するテープ基材9の表面に酸化物微粒子を堆積させ、酸化物超電導テープを作製した。その際の成膜温度は、800℃であった。
【0024】
酸化物層13の厚さを10mmとした時、その使用限界は、時間にして100時間となる。本実施例では、前記の通り厚さとAg体積比率の異なる酸化物・Ag混合層を用い作製したそれぞれのレーザー蒸着用酸化物ターゲット12を用い、酸化物超電導テープを作製し、ターゲットが割れや剥離を生じて安定に成膜できなくなるまでの延べ時間(以下、「ターゲット接合部耐久時間」と記す。)を調べた。さらに、得られた酸化物超電導テープの一部(長さ500mm)を裁断し、この短尺線材の液体窒素温度下での臨界電流密度(Jc)を測定した(以下、「短尺Jc」と記す。)これらの結果を表1にまとめて記す。
【0025】
また、比較例として、図1に示すように、冷却水を循環して冷却するSUSホルダー5上に、Cu固定用プレート4,In半田3、Ag蒸着膜2、酸化物超電導材料からなる酸化物ターゲット1を順に接合した比較例のターゲットを作製し、これを用いたこと以外は、前記実施例と同様にして酸化物超電導テープを作製した。その結果を表1中に「比較例」として併せて記す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1の結果より、酸化物・Ag混合層14のAg/酸化物の体積比率が1%の場合、酸化物・Ag混合層14の厚さが0.5mm以上あれば、ターゲット接合部耐久時間は変わらなかった。このことから、ターゲットを圧粉成型する際に、酸化物・Ag混合層14を安定した厚さに保つためには、最低でも厚さ0.5mmは必要であることがわかった。
【0028】
また、酸化物・Ag混合層14の厚さを0.5mmに統一し、Ag/酸化物の体積比率を変化させた場合、Ag/酸化物の体積比率が5〜20%の間では、ターゲット接合部耐久時間をターゲット使用限界時間(100時間)まで維持するできた。一方、Ag/酸化物の体積比率が20%を超えてくると、逆に酸化物層13と酸化物・Ag混合層14との界面で剥離し易くなり、耐久時間が減少する傾向となった。
【0029】
また、実際に作製した短尺線材の臨界電流密度(Jc)特性に注目すると、比較例よりも本発明に係る実施例において、Jc特性の改善が見られる。これは、本実施例ではターゲット冷却水を使用しなかったため、成膜中のテープ表面温度の温度分布が均一になった効果である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】酸化物ターゲットの従来技術を説明するレーザー蒸着装置の概略構成図である。
【図2】本発明のレーザー蒸着用酸化物ターゲットの一実施形態を示し、このレーザー蒸着用酸化物ターゲットを設置したレーザー蒸着装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0031】
1…酸化物ターゲット、2…Ag蒸着膜、3…In半田、4…Cu固定用プレート、5…SUSホルダー、6…ヒーターボックス、7,8…リール、9…テープ基材、10…プルーム、11…レーザー光、12…レーザー蒸着用酸化物ターゲット、13…酸化物層、14…酸化物・Ag混合層、15…Agろう層、16…Ni系合金固定用プレート、17…SUSホルダー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットにレーザー光を照射してターゲット表面から酸化物の微粒子を発生させ、該微粒子を基材表面に堆積させ、基材表面に酸化物膜を成膜するレーザ蒸着装置に用いる酸化物ターゲットにおいて、
ターゲットの固定プレート上に、Agろう層が接合され、該Agろう層上に酸化物・Ag混合層が接合され、該酸化物・Ag混合層上に酸化物層が接合されてなることを特徴とするレーザー蒸着用酸化物ターゲット。
【請求項2】
前記酸化物・Ag混合層は、Ag粉末と酸化物粉末とを圧粉成型し、これを焼結させて形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載のレーザー蒸着用酸化物ターゲット。
【請求項3】
前記酸化物・Ag混合層は、Agの体積比率が5〜20%の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載のレーザー蒸着用酸化物ターゲット。
【請求項4】
前記酸化物・Ag混合層の厚さが0.5mm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のレーザー蒸着用酸化物ターゲット。
【請求項5】
前記酸化物層と酸化物・Ag混合層の酸化物が、酸化物超電導材料であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のレーザー蒸着用酸化物ターゲット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−203511(P2009−203511A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46048(P2008−46048)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】