説明

レーザ加工装置およびレーザ加工方法

【課題】 サファイアなどの透明誘電体材料基板に所望のアスペクト比を有する損傷ラインを形成し、当該損傷ラインを起点にして材料基板を切断することにより、切断端に、所定の角度を有する2つの斜面が形成し、角が面取りされた状態として当該材料基板を切断すること。
【解決手段】 レーザ光源101は、加工対象物10に吸収されない波長の加工用レーザ光を発生させる。非点収差発生用光学系105は、非点収差性を利用して、テレスコープ光学系103を通過した加工用レーザ光から、四面体型集光スポット9を形成する。対物レンズ109は、ダイクロイックミラー107で反射された加工用レーザ光を集光して、ステージ113に載置された加工対象物10に対して照射する。ステージ113は、ステージ113上の加工対象物10に対して加工予定ラインおよび加工予定位置に沿って損傷ラインが形成されるように、駆動(平行移動および回転)される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ加工装置およびレーザ加工方法に関し、特に、加工対象物を切断するのに好適なレーザ加工装置およびレーザ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のエレクトロニクスやフォトニクスなどの先端技術分野の急速な発展に伴い、これらを支える各種デバイス素子の更なる微細化が大きく望まれている。従来、半導体デバイスを微細化する手段として、ダイヤモンドブレードなどによる機械的な切断技術が用いられてきた。これらは十分成熟した技術である反面、「切りしろ」による材料の歩留まりの低下や、微細化の加工分解能といった本質的な限界に行き当たりつつある。一方、これらの機械的な加工技術に代わり、急速に発展しつつある微細加工技術として、レーザ加工方法が挙げられる。
【0003】
これは、加工対象物に高輝度のパルスレーザ光を照射し、焦点位置の微少な領域における物質の構造破壊や改質により発生する損傷(クラック)を起点として、加工対象物を切断する方法である。この方法では、レーザ照射で形成される損傷を切断予定ラインに沿って配列形成(スクライビング)させた後、加工対象材料に機械的応力を印加し、当該材料を微細なチップ状に切断(ダイシング)する。
【0004】
加工対象物のうち、実用上特に重要なものとして、機能性半導体層(例えば、シリコンやガリウム砒素)をコーティングした誘電体基板(例えば、サファイアやガラス)からなる薄い板状のデバイスが挙げられる。
【0005】
ところで、レーザ加工においては、レーザの集光照射により形成される損傷のサイズが小さい程、「切りしろ」が小さくなって材料の歩留まりが向上し、また、スクライビングラインの幅が小さくなって加工分解能が向上する。従って、レーザ加工においては、常に、上記損傷のサイズの微細化が大きな課題となってきた。
【0006】
さらに、損傷のサイズだけでなく、損傷の形状も、レーザ加工の質の向上において重要な因子となる。例えば、損傷の形状が乱れている場合において、その損傷を整列させたスクライビングラインに沿って加工対象物を切断すると、切断面は、乱れた損傷の形状をそのまま反映した乱れた形状になってしまう。
【0007】
従来のレーザ加工方法として、例えば、特許文献1および特許文献2に記載されているものがある。
【0008】
特許文献1記載の方法では、ガラスなどの基板材料に対し、これに透明な波長(例えば、1064nm)を有する(つまり、吸収されない)パルスレーザ光を、対物レンズを用いて加工対象物の内部に集光し、この集光位置において、大きさが数10μm程度の乱れた形状を有する損傷を形成させ、配列された損傷を起点として、応力を印加して基板を切断するようにしている。
【0009】
また、特許文献2記載の方法では、特許文献1に開示されたような、加工対象物の内部集光型ではなく、加工対象物の表面集光型の光学配置によって、サファイアなどの透明誘電体材料に対し、切断起点(損傷を配列させた溝)を材料表面に形成するようにしている。
【特許文献1】特開2002−192370号公報
【特許文献2】特開2004−114075号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1記載の技術においては、加工対象物の光学バンドギャップエネルギに比して、加工に使用するレーザ光の光子エネルギが1/3以下と小さいために、損傷は、バンドギャップ間の光学的多光子吸収によるものではなく、むしろいわゆる光学的絶縁破壊(ブレイクダウン)により形成されていると考えられ、従って、損傷のサイズが比較的大きくなってしまい(数10μm)、加工分解能/精度には一定の限界があるという問題がある。
【0011】
また、特許文献2記載の技術においては、集光位置におけるレーザ光のエネルギ密度は、1パルスあたり100J/cmから著しくは100kJ/cmにまで及ぶ。このような極めて高い光エネルギ強度においては、いかなる材料においても照射部位においてプラズマが生起されると考えられる。プラズマが生起されれば、高温プラズマ熱拡散や高い運動エネルギを有する自由電子の衝突過程などにより、損傷のサイズは、所望の損傷のサイズを大きく上回ってしまい、かつ、損傷の形状も大きく乱れてしまうと考えられる。すなわち、損傷のサイズおよび形状を制御することができないため、精緻なスクライビングやダイシングには好ましくないという問題がある。
【0012】
また、上記のように、レーザ加工においては、加工対象物の表面近傍に損傷を形成し、この損傷を切断予定ラインに沿って配列形成させ、微細な損傷の溝を刻み(スクライビング)、機械的応力を印加して切断(ダイシング)を行う。この際、所望の加工予定ラインからの逸脱および「切りしろ」をできるだけ少なくする精密なダイシングを達成するためには、損傷の形状、つまり、スクライビングの溝の断面が鋭利な、いわば「V字型」の形状を有することが望ましい。
【0013】
ここで、鋭利なV字型の形状とは、V字型の損傷形状(スクライビング溝の断面)のアスペクト比rで評価される。アスペクト比rとは、V字型損傷の水平(横)方向の長さTと垂直(縦)方向の高さLの比で表される(r=L/T)。本明細書では、特に、鋭利なV字型の形状のことを、r>>1となるような高いアスペクト比を有するV字型の形状という。
【0014】
以上のように、レーザ加工においては、アスペクト比が高い損傷、つまり、鋭利なV字型の損傷を形成することが、高精度なダイシングを実現するために有効である。しかし、その一方で、最新のエレクトロニクス/フォトニクステクノロジにおけるデバイス微細加工に対する要求水準は、日に日に高くなり、時としてユニークな形状を有する微細加工が必要になる場合も少なくない。
【0015】
例えば、鋭利なV字型の形状とは反対に、幅広のV字型の損傷を形成することも要求されている。このような、幅広のV字型の断面形状を有するスクライビング溝を起点にし、加工対象物を切断すれば、切断端には、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となるため、デバイス動作における性能向上に好適な場合があるからである。本明細書では、特に、幅広のV字型の形状のことを、r≦1となるような低いアスペクト比を有するV字型の形状という。
【0016】
しかしながら、アスペクト比が低い損傷、つまり、幅広のV字型の損傷を形成するための技術的課題と、従来のレーザ加工における課題であるアスペクト比が高い損傷、つまり、鋭利なV字型の損傷を形成するための技術的課題とは全く異なるものである。従って、アスペクト比が低い損傷、つまり、幅広のV字型の損傷を形成するための技術の要求に対して、応えられない状況が続いてきた。
【0017】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、例えば、代表的な半導体デバイス用基板であるサファイアなどの透明誘電体材料基板に所望のアスペクト比を有する損傷ラインを形成し、更に、当該損傷ラインを起点にして材料基板を切断することにより、切断端に、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となるように当該材料基板を切断することができるレーザ加工装置およびレーザ加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明のレーザ加工装置は、パルスレーザ光を加工対象物に対して集光させて線状の第1焦点を形成し、前記第1焦点を中心に前記加工対象物に損傷を与えるエネルギを有する加工領域を形成する光学系と、前記加工領域と前記加工対象物とを、前記第1焦点の軸と交差する方向に相対移動させて前記加工対象物に損傷ラインを形成する走査手段と、を具備する構成を採る。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、例えば、代表的な半導体デバイス用基板であるサファイアなどの透明誘電体材料基板に所望のアスペクト比を有する損傷ラインを形成し、更に、当該損傷ラインを起点にして材料基板を切断することにより、切断端に、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となるように当該材料基板を切断することができるレーザ加工装置およびレーザ加工方法を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0021】
本発明者は、加工対象物の切断端に、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となるように当該材料基板を切断する(図1(B)参照)ためには、加工対象物の表面に微細かつアスペクト比が低い幅広のV字型の断面形状を有する損傷ラインを形成する(図1(A)参照)必要があることを見出した。また、加工対象物の表面に微細かつアスペクト比が低い幅広のV字型の断面形状を有する損傷を形成するためには、集光ビームスポットの形状を、2次元(光軸に対する断面方向)空間的だけでなく、光軸方向をも含めた3次元空間的に整形/制御する必要があることを見出した。さらに、光軸方向をも含めた3次元空間的な整形/制御を行うためには、レーザパルスエネルギやレーザパルス繰り返し周波数、レーザ波長等の基本パラメータを制御して、光学系における非点収差性を積極的に利用することが必要であることを見出したのである。
【0022】
まず、本発明の原理を説明する。
【0023】
本発明の特徴は、光学系における非点収差性、つまり、非点収差による焦点位置の空間的ズレを積極的に利用することである。非点収差とは、光軸外の物点の像が1つの像点として結ばず、互いに直交する一対の線状の焦点として、異なる焦点面に結像するレンズ系の収差のことである。非点収差がある光学系においては、レンズの焦点距離が光軸を含む直交する二つの断面で異なる値をもつため、光軸に直交する2つの平面方向、つまり、水平方向および垂直方向は、同一平面内に焦点を結ぶことはできない。すなわち、光軸中心に対して、放射状の線と同心状の線のいずれかは焦点が合わないことになる。
【0024】
また、非点収差が発生する原因は、水平方向の光線と垂直方向の光線がレンズに入射するときの入射角度が異なるため、そこで発生する収差量が異なることである。従って、非点収差を顕著に発生させるには、光軸を含む直交する2つの平面内における光線、つまり、光線の垂直方向と水平方向との広がり角度が異なるようにすればよい。
【0025】
本実施の形態においては、上記非点収差を発生させるために、シリンドリカルレンズを使用する。シリンドリカルレンズとは、直交する1方向のみがレンズとして働き、他方向は、単なるウインドウズとしてしか働かない、つまり、像の1方向のみの倍率を変更することができるレンズである。従って、例えば、円形のビーム形状を持つ光線を1枚のシリンドリカルレンズで集光結像させると、ビーム断面形状を直線状の像に変換することができる。
【0026】
次に、シリンドリカルレンズを用いたレーザ加工の概略を図2(A)〜(F)を用いて説明する。図2(A)〜(B)は、シリンドリカルレンズに入射したレーザビームの成分を示す斜視図、平面図であり、図2(C)は、四面体型集光スポットの一例を示す図であり、図2(D)〜(E)は、四面体型集光スポットの他の一例を示す図であり、図2(F)は、四面体型集光スポットが形成される光学系における光線軌跡を示す図である。なお、説明の都合上、図2(A)〜(B)における空間座標軸を以下のように定める。すなわち、レーザビーム1の進行方向(光軸方向という)をz軸とし、z軸に直交する平面上で互いに直交する2つの軸をx軸(水平方向という)およびy軸(垂直方向という)とする。
【0027】
図2(A)における光学系には、凹型シリンドリカルレンズ2、凸型シリンドリカルレンズ3および円形レンズ4が配置されている。上記のように、シリンドリカルレンズは、像の1方向のみの倍率を変更することができるレンズであり、凹型シリンドリカルレンズ2は、入射するレーザビーム1の断面形状を水平方向に発散するが、垂直方向には影響を与えず、また、凸型シリンドリカルレンズ3は、入射するレーザビーム1の断面形状を水平方向に縮小するが、垂直方向には影響を与えない。
【0028】
従って、図2(B)のように、入射するレーザビーム1は、凹型シリンドリカルレンズ2を通過すると、水平方向に発散するレーザビーム5の成分を有し、かつ、垂直方向に直進するレーザビーム6の成分を有する。さらに、垂直方向に直進するレーザビーム6は、凸型シリンドリカルレンズ3および円形レンズ4を通過すると、水平方向に縮小し、焦点位置において垂直方向(y)に伸張した直線状の垂直方向集光ビームスポット7を形成する。一方、水平方向に発散するレーザビーム5は、凸型シリンドリカルレンズ3および円形レンズ4を通過すると、その広がり角度、つまり、非点収差性によりレーザビーム5の垂直方向集光ビームスポット7の位置よりも遠方の焦点位置において水平方向に伸張した直線状の水平方向集光ビームスポット8を形成する。ここで、垂直方向集光ビームスポット7および水平方向集光ビームスポット8は、非点収差により異なる焦点面に結像された互いに直交する一対の線状の焦点である。
【0029】
また、図2(C)のように、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8とは、互いに空間的にねじれて直交している。従って、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との間に相互に働く力により仮想的に形成される加工領域である四面体型集光スポット9が形成されているとみなすことができる。
【0030】
なお、上記四面体型集光スポット9の形状は、シリンドリカルレンズの焦点距離や配置距離、傾け角度等を調整することにより変更させることができ、それによって損傷ラインの形状を所定の範囲内で制御することができる。例えば、図2(D)のように、垂直方向集光ビームスポット7を水平方向集光ビームスポット8に対して平行移動させ、水平方向集光ビームスポット8を四面体集光スポット8の走査方向に突出させることにより、損傷ラインの底部を鋭利な形状にすることができる場合がある。また、逆に、垂直方向集光ビームスポット7を四面体集光スポット8の走査方向に突出させることにより、損傷ラインの幅を明確に形成することができる場合がある。さらに、図2(E)のように、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離を長くすることにより、損傷ラインの深さを大きくすることができ、また、逆に、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離を短くすることにより、損傷ラインの深さを小さくすることができる。この場合、勿論、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離が近づくほど、四面体型集光スポット9のレーザパワは増加し、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離が離れるほど、四面体型集光スポット9のレーザパワは減少する。
【0031】
以上より、図2(A)のような光学系(以下「非点収差発生用光学系」という)を介したレーザビームを対物レンズに導けば、対物レンズの焦点位置において、微小な四面体型集光スポット9が形成され、所望の加工を実現することができる。また、四面体型集光スポット9が形成される非点収差発生用光学系における光線軌跡は、図2(F)のようになる。
【0032】
なお、ここでは、凹型および凸型の2枚のシリンドリカルレンズを用いるようにしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、図2(A)において、凸型シリンドリカルレンズ3の代わりに集光用の対物レンズである凸型の円形レンズを用いるようにしてもよい。すなわち、非点収差を顕著に得ることができ、つまり、光軸に直交する互いに異なる平面上に位置し、且つ、互いに直交する一対の線状の焦点を得ることができる非点収差発生用光学系であればどのような構成でもよい。
【0033】
また、ここでは、光軸に直交する互いに異なる平面上に位置し、且つ、互いに直交する一対の線状の焦点の間に相互に働く力により仮想的に形成した加工領域を用いるようにしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、非点収差発生用光学系に、3枚以上のシリンドリカルレンズを使用して形成した3つ以上の線状焦点を集光スポットとするようにしてもよいし、これらの線状焦点と点状焦点とを組み合わせて、集光スポットとするようにしてもよい。この場合、複数の線状焦点を組み合わせた集光スポットを用いることにより、加工対象物に複雑な形状の損傷ラインを形成することができる。また、互いにねじれて直交関係以外の関係にある複数の線上焦点により得た集光スポットを用いるようにしてもよいし、これらの線状焦点と点状焦点とを組み合わせて、集光スポットとするようにしてもよい。この場合、互いに直行する一対の線状の焦点により形成した四面体集光スポット8よりも、鋭利または幅広なV字型の損傷ラインを形成することができる。このように、非点収差発生用光学系の構成を変えて種々の集光スポットを形成することにより、加工対象物に対して所望の損傷を与えることが可能になる。
【0034】
なお、非点収差発生用光学系を用いて、垂直方向集光ビームスポット7と点状ビームスポットを形成し、これらを中心として損傷ラインを形成するようにしてもよい。この場合、四面体型集光スポット9を用いる場合には及ばないが、例えば、比較的硬度が低い加工対象物に対しては、十分な精度の損傷ラインを形成することができ、硬度が高い加工対象物に対しても、損傷ライン形成に一定の効果を得ることができる。
【0035】
次に、四面体型集光スポット9を用いて加工対象物10上に損傷ラインを形成する工程について図3および図4(A)〜(C)を用いて具体的に説明する。図3は、四面体型集光スポットを用いて加工対象物上に損傷ラインを形成する工程を示す概念図であり、図4(A)は、四面体型集光スポットを加工対象物の上方に集光した図であり、図4(B)は、四面体型集光スポットを加工対象物の表面と略同一面に集光した図であり、図4(C)は、四面体型集光スポットを加工対象物の内部に集光した図である。
【0036】
図3において、レーザビーム1は、z軸(光軸)上方から入射し、互いにねじれて直交する垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8を形成する。そして、これらの間に相互に働く力により仮想的に形成した加工領域である四面体型集光スポット9が形成される。ここで、垂直方向集光ビームスポット7は、加工対象物10と略同一面にあり、水平方向集光ビームスポット8は、加工対象物10の内部にあるものとする。また、切断予定ライン11は、x軸に平行であるものとして、四面体型集光スポット9は、切断予定ライン11(矢印方向)に沿って走査される。従って、垂直方向集光ビームスポット7は、切断予定ライン11に対して垂直であり、水平方向集光ビームスポット8は、切断予定ライン11に対して平行である。なお、本明細書において、垂直方向集光ビームスポット7と加工対象物10とが「略同一面」とは、垂直方向集光ビームスポット7が加工対象物10の表面から表面上方5マイクロメートルの範囲内に位置する状態をいう。
【0037】
ここで、垂直方向集光ビームスポット7の長さをWとし、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離をdとすると、四面体型集光スポット9が走査されて形成されるスクライビング溝の幅はほぼWに等しくなり、その深さはdと相関を持つ。また、例えば、スクライビング溝の幅をLに所望する場合、上記非点収差発生用光学系のパラメータ(例えば、レンズの焦点距離やレンズ間の配置距離、レンズの傾け角度等)を調整して、垂直方向集光ビームスポット7の長さW=Lとなるように制御することが可能になる。
【0038】
なお、ここでは、非点収差発生用光学系のパラメータを調整してスクライビング溝の幅を制御するようにしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、図4(A)〜(C)のように、垂直方向集光ビームスポット7が、例えば、加工対象物10の上方(図4(A))、表面と略同一面(図4(B))または内部(図4(C))に位置するように四面体型集光スポット9の集光位置を調整することにより、スクライビング溝の幅を制御して、所望の加工形態を得るようにしてもよい。
【0039】
以上のように、所望のスクライビング溝の形成は、加工態様に応じて制御することができる。例えば、上記のように、幅広のV字型の損傷を形成させる際に、当該「V字」の幅および高さを制御するためには、垂直方向集光ビームスポット7の長さW、垂直方向集光ビームスポット7と水平方向集光ビームスポット8との距離d、または、四面体型集光スポット9の集光位置を調整すればよい。すなわち、レーザビーム1の照射パラメータや非点収差発生用光学系のパラメータを最適化すればよいのである。
【0040】
上記の損傷ライン形成過程において、懸念されるのは加工形状の乱れである。固体における本質的なレーザ損傷機構としては、1)電子なだれ、2)多光子吸収、の2つが考えられる。ここにいう「電子なだれ」とは、「電気絶縁破壊」や「プラズマ発生」とほぼ同義である。どちらの機構が支配的かを判断する目安として、以下のような基準が考えられる。すなわち、レーザの周波数が高くなり(つまり、波長が短くなり)、または、材料の禁止帯幅(バンドギャップ)Egが狭くなり、光子エネルギhνとバンドギャップEgとの関係がhν>Eg/3となると(つまり、3光子のエネルギがバンドギャップを越えると)破壊機構は「電子なだれ」よりもむしろ「多光子吸収」になると考えられる。逆にいえば、純粋な多光子吸収過程での破壊は3光子吸収過程以上ではほとんど重要ではなく、4光子吸収や5光子吸収は、実際はほとんど無視することができる。
【0041】
また、電子なだれ(電気絶縁破壊やプラズマ発生を含む)による加工対象物内部の改質・破壊は、加工対象物周辺領域に不規則な凹凸が発生し、領域制御に困難を伴う場合が多いため、精密微細な加工・改質には不適である。従って、本発明が最大の効力を発揮するのは、レーザ損傷機構が多光子吸収によるものである場合である。しかし、レーザ損傷機構が電子なだれによるものである場合においても、一定の効果を得ることができる。
【0042】
次に、上記の原理を適用したレーザ加工を実現するレーザ加工装置について、図5を用いて説明する。図5は、一実施の形態に係るレーザ加工装置の構成を示すブロック図である。
【0043】
このレーザ加工装置100は、上記の原理に基づき、特定のレーザ光を利用して加工対象物を切断する装置であって、例えば、レーザ光源101、テレスコープ光学系103、非点収差発生用光学系105、ダイクロイックミラー107、対物レンズ109、保護用窓プレート111、ステージ113、計測用光源115、ビーム整形器117、ハーフミラー119、光検出器121、コントローラ123、照明用光源125、CCDカメラ127、コンピュータ129およびモニタ131を有する。このレーザ加工装置100による加工対象物10は、例えば、サファイア/GaN層からなる二層構造体やシリコンウエハである。
【0044】
レーザ光源101は、加工用のレーザ光を発生させる。レーザ光源101としては、サファイアに対して効率的に多光子吸収を起こすことができるフェムト秒〜ナノ秒パルス発振のパルスレーザを用いる。例えば、レーザ光源101は、波長355nm、パルス幅10ナノ秒(1〜50ナノ秒で可変)、発振繰り返し周波数50〜300kHzのパルスレーザ光を発生するNd:YAGレーザである。サファイアは、波長355nmのレーザ光に対して透明である(つまり、サファイアはレーザ光を吸収しない)。また、例えば、レーザ光源101は、波長700〜2000nm(可変)、パルス幅150フェムト秒、発振繰り返し周波数1kHzの光パラメトリック増幅器付きのチタンファイアレーザである。シリコンは、波長1200nm以上の光に対して透明である(つまり、シリコンはレーザ光を吸収しない)。
【0045】
なお、レーザ光源101に用いることができるレーザとしては、上記のNd:YAGレーザやチタンファイアレーザ以外に、Nd:YVOレーザやNd:YLFレーザなどがある。また、使用する波長としては、サファイアに対して3光子吸収を誘起する355nm以外に、サファイアに対して2光子吸収を誘起する266nmでもよいし、加工対象物によっては、可視光(例えば、532nm)であってもよいし、シリコンウエハに対しては、近赤外光(例えば、1230nm)であってもよい。すなわち、加工対象物の種類に応じて、波長300nm以下の紫外光から波長1000nm以上の近赤外光で発振するレーザを使用することができる。
【0046】
テレスコープ光学系103は、好ましい加工形状を得るために、レーザ光源101から出力された加工用レーザ光のビーム径を最適化する。
【0047】
非点収差発生用光学系105は、非点収差性を利用して、テレスコープ光学系103を通過した加工用レーザ光から、四面体型集光スポット9を形成する。
【0048】
ダイクロイックミラー107は、テレスコープ光学系103、非点収差発生用光学系105を通過した加工用レーザ光をほぼ100%反射し、計測用光源115からの計測用レーザ光をほぼ100%透過する。
【0049】
対物レンズ109は、顕微鏡用の対物レンズであって、ダイクロイックミラー107で反射された加工用レーザ光を集光する。対物レンズ109の集光特性は、対物レンズ109の開口数(NA)によって異なる。対物レンズ109は、例えば、倍率20〜100倍、開口数0.3〜1.3のものを使用する。また、集光位置は、加工対象物10の上方、表面と略同一面または内部のいずれでもよい。
【0050】
保護用窓プレート111は、加工対象物10の表面を加工する場合に、加工によって表面から飛散する微小な破片などから対物レンズ109を保護するために設けられる。
【0051】
ステージ113は、図示しない載置台を有し、この載置台の上に、対物レンズ109によって集光されたレーザ光が照射される加工対象物10が載置される。また、ステージ113は、載置台をXYZ軸方向に移動させるとともにXYZ軸の回りに回転させることができる駆動機構(図示せず)を有する。この駆動機構によって、ステージ113は、ステージ113上の加工対象物10に対して加工予定ライン(XY軸方向)および加工予定位置(Z軸方向)に沿って損傷ラインが形成されるように、XYZ軸方向に駆動(平行移動および回転)される。
【0052】
具体的には、Z軸方向は、加工対象物10の表面に直交する方向、つまり、加工対象物10に入射するレーザ光に対して平行な方向(加工対象物10の深さ方向)であるため、ステージ113をZ方向に移動させることによって加工対象物10に対するレーザ光の集光位置を所定のZ軸方向の位置に合わせることができる。また、加工対象物10に対するレーザ光の照射位置の操作は、ステージ113をXY軸方向(つまり、水平方向)に移動させることによって行う。ステージ113の傾き制御は、ステージ113をXYZ軸の回りに回転させることによって行う。このようなステージ113によって加工対象物10の位置と姿勢が3次元制御される。
【0053】
計測用光源115は、ステージ113上の加工対象物10の表面の位置を計測するためのレーザ光を発生させる。
【0054】
ビーム整形器117は、計測用レーザ光を最適化するために、計測用光源115から出力されたレーザ光のビーム形状を調整する。
【0055】
ハーフミラー119は、計測用レーザ光を半透明に反射/透過する。ビーム整形器117を通過した計測用レーザ光は、ハーフミラー119、ダイクロイックミラー107および対物レンズ109を透過して加工対象物10の表面に到達して反射される。この反射光は、再び対物レンズ109およびダイクロイックミラー107を透過し、反射光の一部がハーフミラー119で反射されて光検出器121に到達する。
【0056】
光検出器121は、加工対象物10の表面からの反射光を検出して加工対象物10の表面位置を検出する。検出結果は、コントローラ123に出力される。
【0057】
コントローラ123は、フィードバック回路を有し、光検出器121によって得られた加工対象物10の表面位置の情報に基づいて、加工用レーザ光の集光位置が加工予定ライン(XY軸方向)および加工予定位置(Z)方向に合うように、ステージ113をフィードバック制御する。
【0058】
照明用光源125は、ステージ113の下方に配置され、ステージ113上の加工対象物10の加工部位を観察するための照明光を発生させる。
【0059】
CCDカメラ127は、照明用光源125から放射され加工対象物10を透過した照明光を取り込んで、加工対象物10の加工部位を撮像し、撮像データをコンピュータ129に出力する。
【0060】
コンピュータ129は、レーザ光源101、計測用光源115、コントローラ123およびCCDカメラ127に接続されており、これら各部を総合的に制御する。また、コンピュータ129は、例えば、所定のプログラムに従って、コントローラ123によるフィードバック制御を通じてステージ113を駆動させることにより、レーザ光の集光位置を任意の加工予定ラインおよび加工予定位置に沿って走査させる。
【0061】
モニタ131は、コンピュータ129を介して、CCDカメラ127が撮像した映像を表示する。すなわち、加工対象物10の加工部位(表面に形成されたV字型損傷ライン)は、CCDカメラ127およびモニタ131によって観察される。
【0062】
加工対象物10としては、サファイア/GaN層からなる二層構造体やシリコンウエハ以外にも、シリカガラス(Eg≒9eV)やパイレックス(登録商標)ガラスなどのガラス類およびダイヤモンド(Eg≒5.5eV)などでもよい。
【0063】
次に、上記構成を有するレーザ加工装置100を用いた加工工程について、図6および図7を用いて説明する。図6は、本発明の一実施の形態におけるレーザ加工工程を示すフローチャートであり、図7は、本発明の一実施の形態における加工工程を示す工程別概略図である。ここでは、加工対象物は、例えば、サファイア/GaN層からなる二層構造体であるものとする。また、レーザは、例えば、ナノ秒パルス発振のNd:YAGレーザであるものとする。
【0064】
まず、ステップS1000では、加工対象物10に対するレーザ光源101の最適なレーザ強度を決定する。上記のように、波長355nmのレーザ光は多光子吸収を効率よく誘起することができる。また、上記のように、サファイアに対しては1パルスあたり20μJ以下のエネルギ(対物レンズ通過後に測定)を有するレーザ光を用いることにより、プラズマを生起することなく、加工対象物の切断に好適な損傷ラインを形成することができる。このような光学配置とパルスエネルギが低いレーザ光を用いることにより、半導体層(GaN層10b)に与える光学的損傷を大幅に回避することができる。
【0065】
そして、ステップS1100では、加工用レーザの集光位置を決定する。アスペクト比が低い幅広のV字型の損傷ラインを形成するために、加工対象物10の表面と略同一面にレーザ光の焦点を結ばせる。特に、走査方向と直交する垂直方向集光ビームスポット7が加工対象物表面と略同一面に位置し、走査方向と平行な水平方向集光ビームスポット8が加工対象物内部に位置するように、且つ、加工対象物10の一端に焦点を結ばせる(図7(A)参照)。
【0066】
なお、ここでは、加工対象物10の表面と略同一面にレーザ光の焦点を結ばせるようにしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、加工用レーザの波長が加工対象物10に対して透明である(つまり、吸収されない)場合においては、加工用レーザは加工対象物10内を透過可能であるため、加工対象物10の裏面と略同一面にレーザ光の焦点を結ばせるようにしても同様の効果を得ることができる。
【0067】
そして、ステップS1200では、コンピュータ129に対して切断予定ラインのプログラミングを行う。
【0068】
そして、ステップS1300では、加工対象物10をステージ113の載置台に載置して位置決めを行う。このとき、計測用光源115および照明用光源125をオンする。
【0069】
そして、ステップS1400では、レーザ光源101をオンして、例えば、波長355nmのレーザ光を加工対象物10の切断予定ライン11に照射する。そして、切断予定ライン11に沿うようにステージ113を走査して、加工対象物10の一端から、切断予定ライン11に沿って、損傷ラインを形成する(図7(B)参照)。
【0070】
そして、ステップS1500では、切断を確実なものとするため、ステップS1400でレーザ光を照射した切断予定ライン11に沿って、2回目のレーザ照射を行う。このとき、集光位置を、ステップS1400の集光位置よりも僅かに加工対象物10の表面側に変更する。これにより、V字型損傷のアスペクト比を変化させることができる。後述する実施例3によれば、2回の照射走査を行うことにより、シリコンウエハに対して、V字型損傷の底部から、さらに垂直に損傷を成長させた「Y字型」の損傷を形成することも可能になる。
【0071】
なお、ステップS1500の操作はオプションであって、常に行う必要はない。ただし、加工対象物10の厚さによっては、本処理を追加することにより、確実な切断を行うことが可能になる。
【0072】
そして、ステップS1600では、ステップS1400およびステップS1500を通じて、加工対象物10の表面に切断予定ライン11に沿って損傷ラインを配列形成する(図7(C)参照)。そして、形成した当該損傷ラインに機械的応力を印可して切断を行う。これにより、加工対象物(ここでは、サファイア基板/GaN層からなるデバイスの板)9は、切断端に所定の角度を有する2つの斜面11aおよび11bが形成され、角が面取りされた微小なチップに切断(ダイシング)される(図7(D)参照)。
【0073】
このように、本実施の形態によれば、確実かつ効率的に多光子吸収を誘起可能なレーザ光により形成した四面体型集光スポット9を利用してスクライビングを行うため、サファイアなどの硬質結晶体に対しても、アスペクト比が低い幅広のV字型損傷ラインを形成することができる。また、2回目の照射走査を行うことにより、上記V字型損傷の底部から、さらに垂直に損傷を成長させた「Y字型」の損傷を形成することができる。さらに、加工対象物10の種類によっては、形成した損傷ラインに応力を加えることなく(2回のレーザ照射のみで)、加工対象物10を切断することもできる。
【実施例1】
【0074】
次に、本発明者が行った本発明の効果および優位性を実証するための実験結果について説明する。図8は、サファイア/GaNに対して、1回のレーザ照射を行った実験結果を示す図であり、図9は、シリコンウエハ/TiNに対して、1回のレーザ照射を行った実験結果を示す図であり、図10は、シリコンウエハ/TiNに対して、2回のレーザ照射を行った実験結果を示す図である。なお、本発明は、次の実施例に限定して解釈されるものではない。
【0075】
実施例1では、本発明のレーザ加工方法を用いてサファイア/GaNの表面に、レーザを1回照射して、アスペクト比が低い幅広のV字型となる損傷ラインを形成して切断する実験を行った。条件は、次の通りである。
・加工対象物:サファイア/GaN(サファイア側からレーザ照射)
・レーザ:波長355nmのNd:YAGレーザ、パルス幅10ナノ秒
・レーザ出力:17μJ(1パルスあたり、対物レンズ通過後の試料位置において測定)
・レーザ発振繰り返し周波数:50kHz
・テレスコープ倍率:3倍
・シリンドリカルレンズ光学系:焦点距離100mmの凹型、凸型の2枚のシリンドリカルレンズを使用。2枚のシリンドリカルレンズの距離は175nm。
・対物レンズ:倍率20倍
・四面体型集光スポットにおける線状集光スポットの長さ:20μm
・四面体型集光スポットにおける2つの線状集光スポット間の距離:24μm
・ビーム走査回数:1回
・試料ステージ駆動速度:10mm/s
・照射集光位置:走査方向と直交する垂直方向集光ビームスポットが加工対象物表面と略同一面に位置し、走査方向と平行な水平方向集光ビームスポットが加工対象物内部に位置する。
【0076】
図8(A)は、上記条件で形成された損傷ラインの断面を示す顕微鏡写真であり、図8(B)は、その損傷機構の上面(サファイア側)を示す顕微鏡写真であり、図8(C)は、加工対象物の裏側(GaN側)を示す顕微鏡写真である。図8(A)から分かるように、実施例1では、アスペクト比が低い幅広のV字形の断面を有する損傷ラインが観測されており、その幅は26μmであり、深さは24μmであった(つまり、アスペクト比r<1)。また、図8(B)からは、このような断面を有する損傷ラインがサファイア基板に刻まれ、スクライビングが達成されていることが分かった。また、図8(C)からは、照射側の裏面、つまり、GaNデバイス層には全く損傷がないことが分かった。
【0077】
また、形成された損傷ラインを起点にして、加工対象物であるサファイア/GaNを切断したところ、切断端は、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となっていた。さらに、切断したデバイスに対してエレクトロルミネッセンス発光試験を行ったところ、発光の取り出し(抽出)効率は、損傷ラインを有しないデバイスと比較して、30%以上の向上を示した。
【0078】
実施例1によれば、本発明のレーザ加工方法により刻まれた損傷ライン以外の箇所には、クラック(損傷)の成長や破壊などは全く観測されなかった。従って、本発明のレーザ加工方法が、高い加工精度と加工形状制御性を有しており、サファイアに対して、所望の形状およびサイズの損傷を1回のビーム走査で正確に刻むことが可能であることが分かった。さらに、当該レーザ加工方法で切断したデバイスの動作性能が向上することが分かった。
【実施例2】
【0079】
実施例2では、本発明のレーザ加工方法を用いてシリコンウエハ/TiNの表面にレーザを1回照射して、アスペクト比が低い幅広のV字型となる損傷ラインを形成して切断する実験を行った。条件は、次の通りである。
・加工対象物:シリコンウエハ/TiN(シリコン側からレーザ照射)
・レーザ:波長1230nmのチタンファイアレーザの光パラメトリック増幅光、パルス幅150フェムト秒
・レーザ出力:4μJ(1パルスあたり、対物レンズ通過後の試料位置において測定)
・レーザ発振繰り返し周波数:1kHz
・テレスコープ倍率:1〜5倍
・シリンドリカルレンズ光学系:焦点距離200mmの凹型シリンドリカルレンズを1枚使用。
・対物レンズ:倍率50倍、NA=0.42
・四面体型集光スポットにおける線状集光スポットの長さ:40μm
・四面体型集光スポットにおける2つの線状集光スポット間の距離:50μm
・ビーム走査回数:1回
・試料ステージ駆動速度:20μm/s
・照射集光位置:走査方向と直交する垂直方向集光ビームスポットが加工対象物表面と略同一面に位置し、走査方向と平行な水平方向集光ビームスポットが加工対象物内部に位置する。
【0080】
図9(A)は、上記条件で形成された損傷ラインの断面を示す顕微鏡写真であり、図9(B)は、その拡大写真である。図9(A)〜(B)から分かるように、実施例2でも、アスペクト比が低い幅広のV字形の断面を有する損傷が観測されており、その幅は46μmであり、深さは21μmであった(つまり、アスペクト比r<0.5)。また、照射面の裏側、つまり、TiNデバイス層には全く損傷がないことが分かった。
【0081】
実施例2によれば、本発明のレーザ加工方法により刻まれた損傷ライン以外の箇所には、クラック(損傷)の成長や破壊などは全く観測されなかった。従って、本発明のレーザ加工方法が、高い加工精度と加工形状制御性を有しており、シリコンウエハに対しても、所望の形状およびサイズの損傷を1回のビーム走査で正確に刻むことが可能であることが分かった。
【実施例3】
【0082】
実施例3では、本発明のレーザ加工方法を用いてシリコンウエハ/TiNの表面に、レーザを2回照射し、アスペクト比が低い幅広のY字型となる損傷ラインを形成して切断する実験を行った。条件は次の通りである。
・加工対象物:シリコンウエハ/TiN(シリコン側からレーザ照射)
・レーザ:波長1230nmのチタンファイアレーザの光パラメトリック増幅光、パルス幅150フェムト秒
・レーザ出力:6μJ(1パルスあたり、対物レンズ通過後の試料位置において測定)
・レーザ発振繰り返し周波数:1kHz
・テレスコープ倍率:1〜5倍
・シリンドリカルレンズ光学系:焦点距離200mmの凹型シリンドリカルレンズを1枚使用。
・対物レンズ:倍率50倍、NA=0.42
・四面体型集光スポットにおける線状集光スポットの長さ:50μm
・四面体型集光スポットにおける2つの線状集光スポット間の距離:50μm
・ビーム走査回数:2回
・試料ステージ駆動速度:20μm/s
・照射集光位置:1回目の照射においては、走査方向と直交する垂直方向集光ビームスポットが加工対象物表面より下方70μmに位置し、走査方向と平行な水平方向集光ビームスポットが上記垂直方向集光ビームスポットよりもさらに下方内部に位置する。また、2回目の照射においては、走査方向と直交する垂直方向集光ビームスポットが加工対象物表面と略同一面に位置し、走査方向と平行な水平方向集光ビームスポットが加工対象物内部に位置する。
【0083】
図10(A)は、上記条件で形成された損傷ラインの断面を示す顕微鏡写真であり、図10(B)は、その拡大写真である。図10(A)〜(B)から分かるように、実施例3では、アスペクト比が低い幅広のY字形の断面を有する損傷が観測されており、その幅は53μmであり、Y字型損傷の上下の深さは90μmであった。また、照射面の裏側、つまり、TiNデバイス層には全く損傷がないことが分かった。
【0084】
実施例3によれば、本発明のレーザ加工方法が、高い加工精度と加工形状制御性を有しており、シリコンウエハに対して、所望の形状およびサイズの損傷、例えば、V字型だけでなくY字型の損傷を2回のビーム走査で正確に刻むことが可能であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明に係るレーザ加工装置およびレーザ加工方法は、例えば、代表的な半導体デバイス用基板であるサファイアなどの透明誘電体材料基板に所望のアスペクト比を有する損傷ラインを形成し、更に、当該損傷ラインを起点にして材料基板を切断することにより、切断端に、所定の角度を有する2つの斜面が形成され、角が面取りされた状態となるように当該材料基板を切断することができるため、加工対象物を切断するのに好適なレーザ加工装置およびレーザ加工方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】(A)本発明に係るレーザ加工方法により形成された損傷ラインを示す図、(B)損傷ラインを起点として切断した加工対象物の切断端を示す図
【図2】(A)シリンドリカルレンズに入射したレーザビームの成分を示す斜視図、(B)シリンドリカルレンズに入射したレーザビームの成分を示す平面図、(C)四面体型集光スポットの一例を示す図、(D)四面体型集光スポットの他の一例を示す図、(E)四面体型集光スポットの他の一例を示す図、(F)四面体型集光スポットが形成される光学系における光線軌跡を示す図
【図3】四面体型集光スポットを用いて加工対象物上に損傷ラインを形成する工程を示す概念図
【図4】(A)四面体型集光スポットを加工対象物の上方に集光した図、(B)四面体型集光スポットを加工対象物の表面と略同一面に集光した図、(C)四面体型集光スポットを加工対象物の内部に集光した図
【図5】本発明の一実施の形態に係るレーザ加工装置の構成を示すブロック図
【図6】本発明の一実施の形態におけるレーザ加工工程を示すフローチャート
【図7】本発明の一実施の形態における加工工程を示す工程別概略図
【図8】(A)本発明の実施例1における損傷の断面を示す顕微鏡写真、(B)その損傷機構の上面(サファイア側)を示す顕微鏡写真、(C)加工対象物の裏側(GaN側)を示す顕微鏡写真
【図9】(A)本発明の実施例2における損傷の断面を示す顕微鏡写真、(B)その拡大写真
【図10】(A)本発明の実施例3における損傷の断面を示す顕微鏡写真、(B)その拡大写真
【符号の説明】
【0087】
1 レーザビーム
2 凹型シリンドリカルレンズ
3 凸型シリンドリカルレンズ
4 円形レンズ
5 水平方向に発散するレーザビーム
6 垂直方向に直進するレーザビーム
7 垂直方向集光ビームスポット
8 水平方向集光ビームスポット
9 四面体型集光スポット
10 加工対象物
11 切断予定ライン
100 レーザ加工装置
101 レーザ光源
103 テレスコープ光学系
105 非点収差発生用光学系
107 ダイクロイックミラー
109 対物レンズ
111 保護用窓プレート
113 ステージ
115 計測用光源
117 ビーム整形器
119 ハーフミラー
121 光検出器
123 コントローラ
125 照明用光源
127 CCDカメラ
129 コンピュータ
131 モニタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザ光を加工対象物に集光させて線状の第1焦点を形成し、前記第1焦点を中心に前記加工対象物に損傷を与えるエネルギを有する加工領域を形成する光学系と、
前記加工領域と前記加工対象物とを、前記第1焦点の軸と交差する方向に相対移動させて前記加工対象物に損傷ラインを形成する走査手段と、を具備するレーザ加工装置。
【請求項2】
前記光学系は、更に、前記パルスレーザ光の光軸方向の前記第1焦点とは異なる位置に第2焦点を形成し、
前記走査手段は、前記第1焦点と前記第2焦点とを中心に形成される加工領域と前記加工対象物とを相対移動させて損傷ラインを形成する、ことを特徴とする請求項1記載のレーザ加工装置。
【請求項3】
前記第2焦点は線状焦点である、ことを特徴とする請求項2記載のレーザ加工装置。
【請求項4】
前記光学系は、シリンドリカルレンズを含んで構成され、前記第1焦点と前記第2焦点とを、前記パルスレーザ光の光軸に直交させ且つ互いに直交させて形成する、ことを特徴とする請求項3記載のレーザ加工装置。
【請求項5】
前記第1焦点と前記第2焦点の一方は、予定される前記損傷ライン底部に、前記移動方向と平行に配置される、ことを特徴とする請求項4記載のレーザ加工装置。
【請求項6】
前記第1焦点と前記第2焦点の他方は、前記加工対象物の表面と略同一面に位置することを特徴とする請求項5記載のレーザ加工装置。
【請求項7】
パルスレーザ光を加工対象物に集光させ、複数のレンズにより前記パルスレーザ光の光軸方向の異なる位置に複数の焦点を形成し、前記複数の焦点を中心に前記加工対象物に損傷を与えるエネルギを有する加工領域を形成する行程と、
前記加工領域と前記加工対象物とを相対移動させて前記加工対象物に損傷ラインを形成する工程と、を具備するレーザ加工方法。
【請求項8】
パルスレーザ光を加工対象物に集光させて線状の第1焦点を形成し、前記第1焦点を中心に前記加工対象物に損傷を与えるエネルギを有する加工領域を形成する行程と、
前記加工領域と前記加工対象物とを、前記第1焦点の軸と交差する方向に相対移動させて前記加工対象物に損傷ラインを形成する行程と、を具備するレーザ加工方法。
【請求項9】
パルスレーザ光を加工対象物に集光させ、前記パルスレーザ光の光軸方向の異なる位置に、前記パルスレーザ光の光軸に直交し且つ互いに直交する一対の線状焦点を形成し、前記一対の線状焦点を中心に前記加工対象物に損傷を与えるエネルギを有する加工領域を形成する行程と、
前記加工領域と前記加工対象物とを、前記線状焦点の一方の軸方向に相対移動させて、前記加工対象物に損傷ラインを形成する工程と、を具備するレーザ加工方法。
【請求項10】
前記一対の線状焦点の一方は、予定される前記損傷ライン底部に、前記移動方向と平行に配置される、ことを特徴とする請求項9記載のレーザ加工方法。
【請求項11】
前記一対の線状焦点の他方は、前記加工対象物の表面と略同一面に位置することを特徴とする請求項10記載のレーザ加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−21548(P2007−21548A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−209023(P2005−209023)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(504221107)株式会社レーザーシステム (10)
【Fターム(参考)】