説明

低抵抗透明導電性薄膜の形成方法

【課題】 プラズマスパッタ蒸着による、ガラス基板上への透明なかつ導電性に優れた薄膜の形成方法を提供すること。
【解決手段】 圧力:3×10−5Pa以下の真空容器中に、周期表における0族の元素でアルゴン以上の元素の少なくとも1種からなる不活性ガスを0.7×10−1Pa〜1.8×10−1Paの圧力となるまで導入し、該不活性ガスに0.6%〜1%の水素および/または重水素を含有せしめた雰囲気下に、アルカリフリーガラス基板をターゲットに対向配置しプラズマ内で電気的にフローティング状態として、金属フィラメントの存在下に低ガス圧プラズマスパッタ法によって基板上に100nm以上の厚さの高機能透明導電性薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス基板上に電気抵抗の低い透明な導電性薄膜たとえばITO(indium tin oxide)薄膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば液晶表示における電極基板のように、高い光透過性および導電性が要求されるエレクトロニクス材料としてガラス基板上に透明な導電性薄膜たとえばITO薄膜を形成したものが用いられている。ガラス基板上に透明な導電性薄膜を形成する手段として、プラズマスパッタ蒸着による薄膜形成方法が採られることが多い(たとえば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2001−131741号公報
【0003】
しかしながら、ガラス基板上に形成すべき透明な導電性薄膜たとえばITO薄膜は複雑な結晶構造を有しているため、その物性たとえば電気伝導度を制御する方法は未だ確立されていない。液晶表示における電極基板として、光透過性に優れるとともに、さらに電気抵抗値の低い薄膜をガラス基板上に形成したものが要求されている。ガラス基板上に透明な導電性薄膜たとえばITO薄膜を形成する手段として、上に述べたように、多く、スパッタ蒸着による成膜法が採られているけれども、スパッタ蒸着による成膜法においては操作パラメータが多く、透明な導電性薄膜たとえばITO薄膜の低抵抗化を可能ならしめる主要パラメータおよびその制御法が明確になっていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、プラズマスパッタ蒸着による、ガラス基板上への透明なかつ導電性に優れた薄膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための請求項1に記載の発明は、圧力:3×10−5Pa以下の真空容器中に、周期表における0族の元素でアルゴン以上の元素の少なくとも1種からなる不活性ガスを0.7×10−1Pa〜1.8×10−1Paの圧力となるまで導入し、該不活性ガスに0.6%〜1%の水素および/または重水素を含有せしめた雰囲気下に、アルカリフリーガラス基板をターゲットに対向配置しプラズマ内で電気的にフローティング状態として、金属フィラメントの存在下に低ガス圧プラズマスパッタ法によって基板上に100nm以上の厚さの高機能透明導電性薄膜を形成するようにした低抵抗透明導電性薄膜の形成方法である。
【0006】
請求項2に記載の発明は、高機能透明導電性薄膜が、ITO薄膜である請求項1に記載の低抵抗透明導電性薄膜の形成方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、0.6%〜1%の水素および/または重水素を雰囲気中に含有せしめることによって、成膜中に膜内から酸素が引き抜かれて酸素欠陥が生成し、これによって約30%の導電率改善がもたらされる。水素添加による導電率改善(膜の低抵抗化)効果は、透明な導電性薄膜たとえばITO薄膜の膜厚増加とともに大きくなり、わけてもエレクトロニクス材料として有用な厚さ200nm〜300nmの領域で大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
ガラス基板上に形成される透明な導電性薄膜として、ZnO、SnO、ITOといった金属酸化物を用いることができるが、ITOが最も導電性に優れている。処で、ITO膜のさらなる低抵抗化のためには、酸素欠陥生成によるキャリア密度の増大が課題の1つである。そこで、発明者は低圧プラズマスパッタ蒸着による成膜法でガラス基板上へのITO薄膜の形成に取組み、低圧プラズマスパッタ蒸着による成膜中に、雰囲気中に水素および/または重水素を0.6%〜1%含有せしめておくことによって、成膜中の酸素欠陥の生成とそれによるキャリア密度の増大が可能であることを知見し、本発明を完成させた。
【0009】
発明者は、ガラス基板上の薄膜の電気的特性に及ぼすプラズマ雰囲気の影響について調べた結果、薄膜の比抵抗値にプラズマ雰囲気中の水素依存性があることを知見した。その結果を、図1に示す。図1から明らかなように、水素分圧の増加とともにITO薄膜の比抵抗値が低下して行き、水素含有量:1%(水素分圧:1×10−5Torr付近で最小値を示し、1%以上の水素含有量では顕著に増加している。この実験は、低ガス圧(1.33×10−1Pa)で動作する電子励起プラズマスパッタ法によって、ガラス基板上にITO薄膜を形成したものである。ターゲットには、In/SnO=95/5(重量%)の焼結体を用いた。プラズマ励起ガスとして、99.9999%のArガスを使用した。
【0010】
発明者はさらに、0.6%の水素および/または重水素を含むAr雰囲気中でのプラズマスパッタ蒸着によるガラス基板上へのITO薄膜の形成を行い、ガラス基板上のITO薄膜の電気特性を、ITO薄膜の膜厚をパラメータとして調べた。その結果を、図2に示す。図2には、雰囲気中に水素を添加しないケース(○印)についても併せ示している。
【0011】
図2から明らかなように、ITO薄膜の厚さが約20nmまでは水素含有の有無に関係なくITO薄膜の比抵抗値は指数関数的に減少するが、膜厚が20nmを超えると、雰囲気中に水素含有がない場合には、膜厚の増加に伴って著しい比抵抗値の増加の後に単調な減少が見られる。これに対して雰囲気中に0.6%の水素を含有せしめたケース(本発明の一実施形態)(●印)では、ITO薄膜の厚さが20nmを超えて増加しても、ITO薄膜の比抵抗値は単調に減少し続けている。
【0012】
また、雰囲気中に0.6%の水素を含有せしめたケース(本発明)では、厚さが100nm以上の領域で、雰囲気中に水素を添加しないケース(○印)に比し約30%比抵抗値が減少している。このことと、図3に示す、水素分圧とキャリア密度の関係(測定結果)から、雰囲気中に0.6%〜1%の水素が存在すると、水素がITO成膜中において還元反応による酸素欠陥生成に関わり、その結果、キャリア密度を増加させ、ITO薄膜の比抵抗値の減少をもたらすものと結論できる。水素ガス含有量が0.6%未満では酸素欠陥の生成が十分ではなくまた、水素ガス含有量が1%を超えると、過度の酸素欠陥が生成されIn金属の析出を招くとともに光透過性の低下をもたらす。
【0013】
一方、本発明において、ガラス基板はアルカリフリーの組成のものでなければならない。ガラス基板組成中に、K、Na、Caといったアルカリ金属やアルカリ土類金属が存在すると、ITO薄膜の電気的特性(比抵抗値)を劣化せしめる。
【0014】
プラズマ励起用ガス(雰囲気)としては、周期表における0族元素即ち、Ar、Kr、Xe、およびRnの少なくとも1種からなるガスを用いることができる。わけてもKr(クリプトン)、Xe(キセノン)といった重い元素が好ましいが、コストを考慮するとAr(アルゴン)が望ましい。たとえばアルゴンガスを真空容器中に導入するに際しては、0.7×10−1Pa〜1.8×10−1Paの圧力となるまで導入する。プラズマスパッタ蒸着によるITO等の成膜のためには少なくとも0.7×10−1PaのAr分圧が必要でありまた、1.8×10−1Paを超えると膜の電気的特性を劣化させる。
【0015】
また、たとえばアルゴン雰囲気中に添加する水素としては、水素および/または重水素を用い得る。プラズマ発生用真空容器中に水素を導入するには、この実施形態においては、パラジウムチューブを用いる拡散法によっている。パラジウムは水素のみを通し、水素のパラジウム透過量は温度、圧力の関数である。而して、温度および/または圧力を操作パラメータとする制御によって、水素含有量を精密に制御することができる。
【実施例1】
【0016】
図4に、本発明の一実施例に係る低抵抗透明導電性薄膜形成法に用いた、プラズマスパッタ蒸着による成膜装置を示す。図4において、1は金属フィラメント、この実施例においてはタングステンフィラメントであって、通電加熱によって熱電子を発生する熱電子源として機能する。金属フィラメント1としてはタングステンに限ることなく、たとえばモリブデン線を用いることもできる。2は円筒陽極(アノード)であり、電圧を印加され電子を加速する。その際、加速された電子の量がある値を超えないと、プラズマを生成しない。この実施例においては、金属フィラメント(タングステンフィラメント)からの熱電子を有磁場中で加速することによって、低圧でプラズマが生成する。
【0017】
3はプラズマ制御用永久磁石、4はプラズマ制御用円筒レンズである。5はプラズマであって、円筒陽極(アノード)2、ターゲット6間に生起している。ターゲット6は、この実施例においては、In/SnO=95/5(重量%)の粉末を混合し、厚さ:5mm、直径:75mmの円板状に焼結成形したものを用いている。7は薄膜形成用基板ホルダであり、アルカリフリーガラス基板を装着している。アルカリフリーガラス基板は、ターゲット6に対向して配置され、プラズマ内で基板を電気的にフローティング状態にして成膜を行う。
【0018】
8はアルゴンガス導入口(リークバルブ)であって、3×10−5Pa以下の真空とされた真空容器(成膜室)11中に0.7×10−1Pa〜1.8×10−1Paの圧力(スパッタ蒸着による成膜圧)となるまで、この実施例においては、アルゴンガスを導入する。その際、アルゴンは、純度:99.9999%のものを用いる。9は水素導入口(パラジウムチューブ)であり、真空容器(成膜室)11中のアルゴンガス雰囲気中に0.6%〜1%の含有量となるように、水素および/または重水素を導入する。10はプラズマ制御用電磁石である。
【0019】
次に、この実施例の低抵抗透明導電性薄膜の形成方法を実施するときのプロセスについて、説明する。
【0020】
(1)真空条件の確保
1)真空容器(成膜室)11内を、ロータリーポンプおよび分子ポンプを用いて圧力:3×10−5Paとなるまで排気する。
2)次いで、スパッタ蒸着による成膜圧である1.33×10−1Paまでアルゴンを主成分とするガスを真空容器(成膜室)11内に導入する。その際、アルゴンは、純度:99.9999%のものを用意して、圧力調整器およびニードルバルブを調整しながら導入する。
3)水素は別の容器を用意し、圧力調整器および水素導入口(パラジウムチューブ)9を用いて、所望の量たとえば0.8%の含有量となるまで導入する。
4)真空容器(成膜室)11内の圧力を、電離真空計で常時モニターする。
【0021】
(2)スパッタ蒸着による成膜条件の確保
1)真空容器(成膜室)11内が1.33×10−1Paの圧力に達したことを確認後、円筒陽極(アノード)2に75Vの電圧を印加するとともに、金属(タングステン)フィラメント1に通電し、円筒陽極(アノード)2の電流値が0.8Aとなるまでゆっくり金属フィラメント1を加熱する。このとき、プラズマが励起される。
2)励起されたプラズマをさらに高密度化するために、プラズマ制御用電磁石10に通電する(0.8A)。
3)ターゲット6にスパッタ蒸着による成膜のための負電圧200Vを印加する。
4)ターゲット6負電圧200Vにおいて、ターゲット6に約15mAの電流が流れる。
5)スパッタ蒸着による成膜前のスパッタを約10分間行い、ターゲット6表面を清浄化する。
6)アルカリフリーガラス基板を装着した薄膜形成用基板ホルダ7を、図4に示すように、ゆっくりプラズマ5中央部に移動させる。その際、成膜基板面がターゲット6表面と対向するように、薄膜形成用基板ホルダ7を水平軸回りに回動させる。このとき、ターゲット6表面からアルカリフリーガラス基板表面までの距離は、約50mmであった。
7)然る後、ターゲット6電流は7mA〜8mAに減少し、成膜が始まる。
8)薄膜形成用基板ホルダ7には、温度制御用ヒータは装着しなかったが、成膜中のプラズマ5からの輻射熱でアルカリフリーガラス基板の温度は250℃まで上昇した。
【0022】
(3)ターゲット6の組成と形状
1)In粉末とSnO粉末を重量%で95:5の比率として混合し、厚さ:5mm、直径:75mmの円板状に焼結成形したものを用いた。
【0023】
(4)ガラス基板の組成と成膜前の処理
1)アルカリフリーのガラスであって、20mm×20mm×0.6mm(厚さ)の寸法のものを用いた。
2)ガラス表面の前処理は行わなかった(購入時のまま)。
【0024】
(5)水素の導入方法
1)先端が閉じた厚さ:0.1mm、直径(外径):3mmのパラジウムチューブ9に重水素を3.5×10Paの圧力で入れ、室温で重水素を拡散させて真空容器(成膜室)11内に導入する。
【0025】
(6)プラズマ内の水素の比率の確保
1)真空容器(成膜室)11内を予め排気して、2×10−5Paの真空度とした後、先ず、重水素を前(5)項の水素導入方法によって真空容器(成膜室)11内に導入し、例えば重水素の分圧を1.33×10−3Paとする。次いで、アルゴンガス(純度:99.9999%)をアルゴンガス導入口(リークバルブ)8を用いて導入し1.33×10−1Paの圧力とする。
2)上記重水素およびアルゴンガスの導入によって、真空容器(成膜室)11内を重水素1%を含むアルゴンガス雰囲気とする。
【0026】
(7)成膜時におけるその他の要件
1)アルゴンガスに重水素を混合すること以外は、一切他のガスを導入しない。たとえば、酸素は全く導入しない。
2)成膜中は、膜厚モニターで膜厚を監視する。
3)高機能透明導電性膜、この実施例においては、ITO膜厚さの絶対値は、アルカリフリーガラス基板上に成膜したものを多重光干渉法で測定し、膜厚モニターと成膜厚さの関係を調べている。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施例に係る、ITO薄膜の比抵抗値に及ぼす水素分圧の影響を示すグラフ
【図2】本発明の一実施例に係る、ガラス基板上におけるITO薄膜の比抵抗値と膜厚との関係を示すグラフ
【図3】本発明の一実施例に係る、成膜時の雰囲気中の水素分圧と膜のキャリア密度の関係を示すグラフ
【図4】本発明の一実施例に係る、低抵抗透明導電性薄膜の形成方法を実施するときの装置を示す模式図
【符号の説明】
【0028】
1 金属フィラメント
2 円筒状陽極(アノード)
3 プラズマ制御用永久磁石
4 プラズマ制御用円筒レンズ
5 プラズマ
6 ターゲット
7 薄膜形成用基板ホルダ
8 アルゴンガス導入口(リークバルブ)
9 水素導入口(パラジウムチューブ)
10 プラズマ制御用電磁石
11 真空容器(成膜室)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力:3×10−5Pa以下の真空容器中に、周期表における0族の元素でアルゴン以上の元素の少なくとも1種からなる不活性ガスを0.7×10−1Pa〜1.8×10−1Paの圧力となるまで導入し、該不活性ガスに0.6%〜1%の水素および/または重水素を含有せしめた雰囲気下に、アルカリフリーガラス基板をターゲットに対向配置しプラズマ内で電気的にフローティング状態として、金属フィラメントの存在下に低ガス圧プラズマスパッタ法によって基板上に100nm以上の厚さの高機能透明導電性薄膜を形成するようにしたことを特徴とする低抵抗透明導電性薄膜の形成方法。
【請求項2】
高機能透明導電性薄膜が、ITO薄膜である請求項1に記載の低抵抗透明導電性薄膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−249540(P2006−249540A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70181(P2005−70181)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】