説明

光学素子およびその製造方法

【課題】 耐久性が高く、さらに、水分阻止能力の高い反射防止膜を備えたレンズを製造する方法を提供する。
【解決手段】 レンズ基材の上に直にハードコート層が形成された反射防止膜を有するプラスチックレンズであって、反射防止膜は、低屈折率の層または中屈折率の層と、高屈折率の層とを含む多層膜であり、高屈折率の層は、少なくとも1つの層は、窒化シリコンの単純化合物からなる層により形成する。反射防止膜の多層膜の1つとして、窒化シリコンの単純化合物からなる層を採用することにより、耐久性が高く、非晶質の窒化シリコンの特性を活かして、レンズ基材やその他の層に対する紫外線および水分の影響を抑制でき、耐熱性および耐光性の高いプラスチックレンズを提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止膜を有する眼鏡レンズ等の光学素子およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡などに使用されるレンズを製造する過程においては、ガラスや樹脂性の基板上に、直接またはハードコート層に重ねて、光の反射を抑制し、光の透過性を高めるために、反射防止膜を形成する。さらに、眼鏡レンズ等の光学素子あるいは部品においても、可視光領域での有効な反射防止効果を得るために、その表面に適切な屈折率を持つ物質を、薄膜化して複数層に亘って積層し、多層反射防止膜を形成することが広く行われている。
【0003】
この多層反射防止膜の膜構成としては、3層膜の場合、各層の膜厚をそれぞれ1/4λ(λ=設計波長)としたり、第1層、第3層を1/4λ、第2層のみを1/2λとする構成が良く用いられている。そして、光学部品の基材を合成樹脂とした場合の反射防止膜を構成する物質としては、反射防止効果が十分に得られるような適当な屈折率を有するとともに、形成した膜の品質(硬度・透明度)が得られるような物質を選択することが必要となる。このような物質として、低屈折率層にはSiO、SiOx等の酸化ケイ素が用いられ、高屈折率層にはZrO(酸化ジルコニウム)、Ta(酸化タンタル)、TiO(酸化チタン)等が用いられている。また、中屈折率層にはAl(酸化アルミニウム)等あるいは低屈折率物質のSiO、SiOx等と、高屈折率物質のZrO、Ta、TiO等との積層膜から構成された等価膜層が用いられている。
【0004】
プラスチック基材(合成樹脂基材)に反射防止膜を形成する場合には、基材との密着性を向上させるために、特に基材上の第1層(最下層)をSiO膜とすることにより接着層としての役割をもたせるようにしている。このとき、SiOの膜厚は、密着性を得るために1/4λあるいは1/2λ程度が必要となる。また、基材が合成樹脂材(プラスチック)である場合には、耐擦傷性に弱くキズがつき易いため基材上にハードコート層を設け、その上に反射防止膜を形成するようにしている。このような場合にもハードコート層上に、第1層としてSiO膜を設けて密着性を得るようにしている。反射防止膜を形成する方法としては、真空中にて反射防止膜を構成する物質をEB(電子銃)で加熱・溶融して基材上に積層していく真空蒸着法が良く行われている。
【特許文献1】特開平3−84501号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光学素子をカバーするコート層として、特に、プラスチックを基材とする光学素子においては、反射防止膜には、反射防止効果に加え、表面を覆う層または表面に近い部分に位置するコート層として耐久性も要求される。このため、例えば、特許文献1には、反射防止膜を、第1層にSiとSiOの複合材料を使用し、第2層に屈折率2.0〜2.2の誘電体と使用し、第3層にSiOを使用したことで、光学特性および耐久性を向上できることが開示されている。また、この第2層の例として、TiO、CeO、Ta、ZrO−TiOなどの材料を用いることが開示されている。
【0006】
しかしながら、反射防止膜の耐久性を向上する観点から検討すると、TiO等の材料は結晶化しやすく、低い温度(室温から約200℃)で一般的に柱状構造の結晶を形成するという問題がある。そのため結晶の粒界から水分やガスが透過しやすく、プラスチック基材に悪影響を及ぼすことが懸念されている。また、Zr−Tiのような材料を採用した場合は、膜の密度が低いため、やはり水分やガスを通しやすいということが懸念されている。
【0007】
プラスチック基材、特に水分透過型のプラスチックを用いた光学素子の場合、水分が透過することによって次に示す2つの欠点があると本願の発明者らは考えている。1つは、プラスチック基材は、一般に水分を吸収しやすく、水分が浸入することによって熱膨張率が増加し、ガラス転移点の低下が発生する傾向になる。そのため、プラスチックレンズの耐熱性、すなわち反射防止膜表面にクッラクが発生する温度が低下するという問題がある。これはプラスチックレンズ基材の熱膨張率(2〜12×10−5/℃)が大きく、それに比べ反射防止膜を構成する無機物質は熱膨張率(石英:5×10−7/℃)が小さいことから、熱によりレンズが膨張すると、その膨張に耐えられずに反射防止膜にクラック(割れ)が生じてしまうという現象に基づく。
【0008】
もう一点は、結晶の粒界や微細なクラックを通して水分がプラスチック基材に達すると、部分的な膨潤、あるいは屈折率の変化が起こり、目視によりレンズ表面が歪んだように観察されるという問題点がある。
【0009】
水分の存在は、さらに、レンズ基材だけではなく、ハードコート層との関連でも光学素子に悪影響を及ぼす。すなわち、基材のプラスチックは、ガラスに比べ柔らかいことや、無機物質との密着性が悪いことから、表面には一般的にプライマーやハードコートが形成されている場合が多い。プラスチック基材に高屈折率のものを用いて薄く軽くすることが求められており、それに伴いハードコートも高屈折率にすることが求められている。このため、ハードコートにはTiOのゾルを用いる場合が多いが、TiOに紫外線が照射され、付近に水分が存在すると、TiOの光活性により水分が分解され、分解したOH、O等のイオンまたはラジカルが有機物(プラスチック)を分解する。そのためハードコート等が剥がれてしまうという結果に繋がる。
【0010】
そこで、本発明では、耐久性が高く、熱膨張率の差に耐えることができると共に、クラックが発生し難く、水分の侵入を防止できる機能に優れた反射防止膜を備えた光学素子およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
耐久性が高く、熱膨張率の差に耐えることができると共に、クラックが発生し難く、水分の侵入を防止できる機能を、反射防止膜により安定して得られるようにするには、膜の強度が高いと共に、結晶性の低い、すなわち、非晶質状態で膜を作ることが望ましい。そのような観点から、反射防止膜の膜構成を検討すると、上述したように、高屈折率の層に用いられる材料に問題があることがわかった。
【0012】
そこで、本発明においては、高屈折率の層を窒化シリコンの単純化合物からなる層により形成する。窒化シリコン(本明細書中ではSiNと表記する場合もある)は、屈折率が2.1程度で、硬度が高く、さらに、成膜したときに結晶化しにくい。したがって、耐久性が高く、粒界が存在しないため水分等を完全に遮蔽でき、止水性能の高い反射防止膜を構成できる。しかしながら、成膜中にシリコンと窒素との結合が不足しがちであり、透明度が低下するという問題がある。このため、従来、窒化シリコンは反射防止膜の材料として使用されるとしても、SiOとの複合材料(複合化合物)として成膜し、シリコンを酸素と結合させることで透明度を確保している。したがって、窒化シリコンを1つの組成とした高屈折率の層は形成されていない。
【0013】
窒化シリコンを含んだ中屈折率の層を厚くすることにより、耐久性と止水性とが得られる可能性がある。しかしながら、反射防止膜の光学設計上、中屈折率の層の厚みを増やすと光学性能が低下したり、生産性が低下する要因になる。
【0014】
これに対して、成膜する際にシリコンと窒素との結合が不足して不透明化する問題は、光学基材にコーティング(成膜)する際に、RFスパッタリング蒸着などを採用することで解決できることが分かった。また、近年のプラスチック基材は、RFスパッタリング蒸着などの高エネルギーな蒸着法を採用しても損傷しないことが分かり、これらの要因により、窒化シリコンを、他の組成との混合物ではなく、光学基材の上に、窒化シリコンの単純化合物からなる層を成膜できることを見出した。したがって、高屈折率の層に窒化シリコンを使用でき、光学特性を落としたり、生産性を落としたりすることなく、十分な量の窒化シリコンを含む反射防止膜を生成することができる。
【0015】
すなわち、本発明においては、光学基材の上に直に、または少なくとも1つの他の層を挟んで形成された反射防止膜を有する光学素子であって、反射防止膜は、低屈折率の層または中屈折率の層と、高屈折率の層とを含む多層膜であり、高屈折率の層の少なくとも1つは、窒化シリコンの単純化合物からなる層である光学素子を提供する。この光学素子は、反射防止膜が1つまたは複数の窒化シリコンの単純化合物からなる高屈折率の層を含むので、耐久性が高く、非晶質状態の窒化シリコンを十分に含有する反射防止膜により光学基材およびハードコート層を覆うことができる。その結果、熱膨張率に差があっても強度が高く反射防止膜が圧縮応力をもつために、クラックが入り難く、さらに、結晶化していないことによっても水分が部分的に透過するようなことのない反射防止膜により光学基材をカバーできるので、反射防止膜により、光学基材や、反射防止膜の下の他の層に対する紫外線や水分の影響を十分に遮断できる。このため、本発明により、耐熱性および耐光性の高い光学素子を提供できる。
【0016】
上述したように、本発明においては、光学基材の上に直に、または少なくとも1つの他の層を挟んで反射防止膜が形成された光学素子を含むものであり、光学基材と反射防止膜との間に、光学基材を保護し、反射防止膜の無機物質との密着性を向上させるためのハードコート層、さらに、ハードコート層と光学基材との間の密着性を高めたり、耐衝撃性を向上させるためのプライマー層を有する光学素子を含む。さらに、反射防止膜の表面に撥水性や防曇性を有する膜が形成された光学素子も本発明の範囲に含まれる。
【0017】
本発明の一つの形態は、反射防止膜は3層構造であり、光学基材の側から、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料からなる中屈折率の層と、窒化シリコンの単純化合物からなる高屈折率の層と、酸化シリコンの単純化合物からなる低屈折率の層とを備える光学素子である。第1層に窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料からなる中屈折率の層を採用することにより、少ない層構造で大量の窒化シリコンを含む反射防止膜を形成できる。また製造上、層数が少ない方が、ガスの切り換え等の時間が短くなるためスループットを短縮でき、その点からも3層構造が望ましい。
【0018】
反射防止膜の構成は、光学基材の側から、酸化シリコンからなる低屈折率の層、窒化シリコンの単純化合物からなる高屈折率の層を積層した5層あるいはそれ以上の多層構造でもあっても良い。
【0019】
本発明の1つの形態の光学素子は、光学基材がプラスチックレンズ基材のレンズである。例えば、光学基材(レンズ基材)としては、アクリル樹脂、チオウレタン系樹脂、メタクリル系樹脂、アリル系樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR−39)、ポリ塩化ビニル、ハロゲン含有共重合体、イオウ含有共重合体などが有用である。このようなプラスチック材を基材として、本発明の反射防止膜を採用することにより、基材への水分の浸入を防止できるので、基材の熱膨張律の増加やガラス転移点の低下などの問題を未然に防止でき、光学素子であるプラスチックレンズの耐熱性、耐久性を向上できる。
【0020】
さらに、本発明は、光学基材の上に直に、または少なくとも1つの他の層を挟んで形成された反射防止膜を有する光学素子の製造方法であって、低屈折率の層または中屈折率の層と、高屈折率の層とを含む多層膜により反射防止膜を形成する反射防止膜形成工程を有し、この反射防止膜形成工程は、窒化シリコンの単純化合物により、高屈折率の層を形成する高屈折率層形成工程を備えている光学素子の製造方法を含む。3層構造の反射防止膜を製造する製造方法では、反射防止膜形成工程は、高屈折率層形成工程の前に、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料により中屈折率の層を形成する中屈折率層形成工程と、高屈折率層形成工程の後に、酸化シリコンの単純化合物により低屈折率の層を形成する低屈折率層形成工程とを含む。
【0021】
この製造方法により、少ない層構造で多量の窒化シリコンを含み、耐久性が高く、水分の侵入を阻止する能力の高い反射防止膜を製造でき、その結果、耐久性のさらに高い光学素子を製造できる。
【0022】
高屈折率層形成工程において、適当な蒸着方法は、RFスパッタリング蒸着法である。この蒸着方法は、スパッタリングガスとしてのアルゴン以外に反応ガスとして窒素や酸素を導入できるため透明度の高い窒化シリコン膜を形成できる。また金属膜の形成行程と酸化または窒化をするためのイオンまたはラジカルの照射行程を短いサイクルで行うことが可能な直流スパッタリングや、CVD(化学気相成長法)、電子ビーム蒸着、イオンプレーティング法も高屈折率層形成工程において適当な蒸着方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下では、本発明により、光学素子として眼鏡用レンズを製造した実施例に基づき本発明についてさらに説明する。
【0024】
(実施例1)
レンズ基材(光学基材)として、屈折率1.67、セイコーエプソン(株)製、製品名:セイコースーパーソブリン用レンズ基材を用いて、ハードコート層および反射防止層を備えた眼鏡レンズを製作した。
【0025】
(ハードコート層)
レンズ基材の上にハードコート層(他の層)を形成する塗布液(コーティング液)を次のように調製した。先ず、撹拌子を備えた反応容器に、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン74.93g、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン37.61g、0.1規定塩酸水溶液38.2gを投入し、60分撹拌した。次に、蒸留水275.11gを投入し、さらに60分撹拌した。その後、無機酸化物微粒子のゾルとしてアナターゼ型酸化チタン・酸化ジルコニウム・酸化珪素の複合ゾル(触媒化成工業(株)製、商品名「オプトレイク1820Z(U−25・A8)」)584.39g、シリコーン系界面活性剤(日本ユニカー(株)製、商品名「L−7604」)0.30gを添加し、充分撹拌した後、ハードコート層用の塗布液(HC液)を得た。
【0026】
この塗布液HCを、レンズ基材の凸面にスピンコーティングにより塗布し、135℃で0.5時間加熱・硬化した。その後、レンズ基材の凹面についても塗布液HCをスピンコーティングにより塗布し、135℃で2.5時間加熱・硬化した。これにより、レンズ基材の両面にハードコート層が形成されたレンズ(ワーク)を得た。
【0027】
(反射防止膜の形成)
このワークに対し、図1に示す成膜装置(スパッタリング装置)1により反射防止膜を形成した。このスパッタリング装置1は、真空槽(チャンバー)2を有し、その真空槽2にワーク70を支持する基板支持台11と、これに対峙する位置に配置されたシリコンターゲット13と、これらの間を開閉するシャッター12とが設けられている。このシャッター12を開閉位置に動かすことにより、蒸着のタイミングを計り、ワーク70の表面に、所望の厚みの膜が形成されるようにしている。ターゲット13には高周波電源17が接続されている。なお、ワーク70のクリーニングの時には、高周波電源は基板支持台11に切り換えて接続される。
【0028】
まず、装置1の真空槽2の基板支持台11に、ワーク70を設置する。次に、クリーニング処理を行う。この処理では、シャッター12を、シリコンを載せたターゲット13と基板支持台11の間に移動した状態で、装置1の内部を真空に排気し、酸素14を真空槽2の内部に導入して置換する。その状態で、基板支持台11に高周波電源17を接続して高周波電力を印可し、ワーク70の表面に酸素プラズマクリーニング処理を120秒行った。
【0029】
次に、高周波電源17をターゲット13に接続して、反射防止膜の各層を成膜する。具体的な成膜条件を図2に纏めて示してある。本例では、中屈折率層と、高屈折率層と低屈折率層との3層構造で反射防止膜を形成する。先ず、1層目の、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料(SiON)により中屈折率層を形成する中屈折率層形成工程においては、装置1の圧力を0.6Paに調整した後、図2に示す条件で、酸素14と、窒素15と、アルゴン16とを導入しながら、高周波電力を用いたRFスパッタリング蒸着法でワーク70の上に、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料による中屈折率のSiON膜を形成する。酸素の流量は5sccm、窒素の流量は10sccm、アルゴンの流量は15sccm、高周波電力は500Wである。
【0030】
次に、窒化シリコンの単純化合物により、高屈折率の層を形成する高屈折率層形成工程においては、図2に示す条件で、酸素14を停止し、窒素15と、アルゴン16とを導入しながら、高周波電力を用いたRFスパッタリング蒸着法でワーク70の上に、窒化シリコンの単純化合物により、高屈折率のSiN膜を形成する。窒素の流量は10sccm、アルゴンの流量は15sccm、高周波電力は800Wである。
【0031】
さらに、酸化シリコンの単純化合物により低屈折率の層を形成する低屈折率層形成工程においては、図2に示す条件で、窒素15を停止し、酸素14とアルゴン16とを導入しながら、高周波電力を用いたRFスパッタリング蒸着法でワーク70の上に、酸化シリコンの単純化合物により低屈折率のSiO膜を形成する。酸素の流量は5sccm、アルゴンの流量は15sccm、高周波電力は400Wである。
【0032】
このようにしてレンズ基材側から、9.5nmの光学膜厚のSiON(屈折率1.65)の中屈折率層と、120.2nmの光学膜厚のSiN(屈折率2.05)の高屈折率層と、86.2nmの光学膜厚のSiO(屈折率1.45)の低屈折率層とからなる3層の反射防止膜がワーク70の両面に形成される。この反射防止膜の透過帯の中心を示す設計中心波長は500nmであり、反射防止膜の反射率スペクトル(光学特性)を図3に示してある。
【0033】
(実施例2)
本例では、実施例1と同様に、レンズ基材の上(両面)にハードコート層を形成したワークを用いて、5層からなる反射防止膜を備えたレンズを製造した。その際の成膜条件は図4に纏めて示した。ワーク70を装置1にセットし、クリーニング処理を終えた後に、酸化シリコンの単純化合物により低屈折率層を形成する低屈折率層形成工程においては、図4に示す条件で、窒素15を停止し、酸素14とアルゴン16とを導入しながら、高周波電力を用いたRFスパッタリング蒸着法でワーク70の上に、酸化シリコンの単純化合物により1層目の低屈折率のSiO膜を形成する。酸素の流量は5sccm、アルゴンの流量は15sccm、高周波電力は400Wである。
【0034】
次に、窒化シリコンの単純化合物により、高屈折率層を形成する高屈折率層形成工程においては、図4に示す条件で、酸素14を停止し、窒素15と、アルゴン16とを導入しながら、高周波電力を用いたRFスパッタリング蒸着法でワーク70の上に、窒化シリコンの単純化合物により、高屈折率のSiN膜を形成する。窒素の流量は10sccm、アルゴンの流量は15sccm、高周波電力は800Wである。
【0035】
これらの工程を繰り返すことにより、レンズ基材側から、8.6nmの光学膜厚のSiO(屈折率1.45)の低屈折率層と、53.6nmの光学膜厚のSiN(屈折率2.05)の高屈折率層と、9.0nmの光学膜厚のSiO(屈折率1.45)の低屈折率層と、54.2nmの光学膜厚のSiN(屈折率2.05)の高屈折率層と、89.7nmの光学膜厚のSiO(屈折率1.45)の低屈折率層との5層による反射防止膜をワーク70両面に形成した。この5層の反射防止膜の設計中心波長は500nmであり、図5に、反射防止膜の反射率スペクトル(光学特性)を示してある。
【0036】
(比較例1)
さらに、上記の実施例と比較するために、レンズ基材の上(両面)にハードコート層を形成したワークに対し、ターゲットを代えて電子ビーム蒸着により、SiO(屈折率1.46)とZrO(屈折率2.05)からなる5層の反射防止膜を備えたレンズを製造した。この反射防止膜は、設計中心波長λが500nmで、λ/4−λ/4−λ/4(1〜3層が等価膜)であり、レンズ基材側から、19.6nmのSiOの低屈折率層と、43.4nmのZrOの高屈折率層と、8.71nmのSiOの低屈折率層と、72.17nmのZrOの高屈折率層と、85.81nmのSiOの低屈折率層との5層により反射防止膜を形成した。
【0037】
(比較例2)
さらに、レンズ基材の上(両面)にハードコート層を形成したワークに対し、ターゲットを代えて電子ビーム蒸着により、SiO(屈折率1.46)とTiO(屈折率2.39)を用いて7層からなる反射防止膜を備えたレンズを製造した。この反射防止膜は、設計中心波長λが500nmで、λ/4−λ/4−λ/4(1〜3層および4〜6層が等価膜)であり、レンズ基材側から、20nmのSiOの低屈折率層と、14.0nmのTiOの高屈折率層と、31.0nmのSiOの低屈折率層と、51.0nmのTiOの高屈折率層と、12.0nmののSiOの低屈折率層と、35.0nmのTiOの高屈折率層と、89.0nmのSiOの低屈折率層との7層により反射防止膜を形成した。
【0038】
(評価方法・評価基準)
上記の実施例1および2、比較例1および2により製造された反射防止膜付きのプラスチックレンズについて、以下の方法で耐熱性および耐久性(熱・光)を評価した。その結果を図6に纏めて示してある。
【0039】
(耐熱性試験)
耐熱性試験に使用したサンプルのレンズ基材は、−5.00度、中心厚が約1mmのものである。まず、耐熱性については、得られた各々のレンズを眼鏡レンズのフレーム内にレンズが収まるように外周を削り、削ったレンズを眼鏡フレームに取り付けた。この状態で、大気オーブン内で加熱しクラックの発生する温度を耐熱温度とした。オーブンでの加熱は50℃から5℃おきに温度を上昇させ、各温度で30分処理した後に、クラックの有無を観察した。クラックの判別は、通常の蛍光灯にレンズをかざし目視によりクラックの有無を判別した。
【0040】
「初期」は、作成後のレンズをフレームに取り付けたサンプルを示し、「加湿」は、レンズ作成後、40℃、湿度80%の環境下で1週間放置した後のレンズをフレームに取り付けたサンプルを示す。
【0041】
(恒温恒湿試験)
恒温恒湿試験に使用したサンプルのレンズ基材は、−3.00度、中心厚約1mmのものである。それぞれのサンプルを、製造後、60℃、湿度100%の雰囲気下に放置し、1日後、3日後、7日後の状態を目視により観察した。それぞれのサンプルの外観の変化の程度を目視により、次の段階に分けて評価した。「○」は変化が認められないことを示し、「△」は、表面に微細な凹凸が発生したように見える(半分以下の面積)ことを示し、「×」は、表面に微細な凹凸が発生したように見える(全面)ことを示している。
【0042】
(耐光性試験)
耐光性試験に使用したサンプルのレンズ基材は、−3.00度、中心厚約1mmのものである。それぞれのサンプルをキセノンランプによるサンシャインウェザーメーター(スガ試験(株)製;WEL−SUN−HC)に80時間暴露した後、表面状態の変化の程度を目視により、次の段階に分けて評価した。「◎」は、変化が認められないことを示し、「○」は、白濁が発生したことを示し、「△」はクラックが発生したことを示し、「×」は、ハガレが発生したことを示している。
【0043】
(評価結果)
耐熱性試験において、実施例1および実施例2は、「初期」と「加湿」のいずれも高い耐熱性を示した。これに対して、比較例1では、「初期」の耐熱温度は低く、さらに、「加湿」においては耐熱温度が大きく低下した。また、比較例2も、「初期」の耐熱温度は低く、さらに「加湿」においては耐熱温度が低下した。
【0044】
恒温恒湿試験において、実施例1、実施例2および比較例1は、外観の変化はみられなかった。これに対し、比較例2は、レンズ表面に凹凸が発生した。
【0045】
耐光性試験においては、実施例1、実施例2および比較例2は、変化が見られなかった。これに対し、比較例1は、ハガレが発生した。
【0046】
上記の評価結果より、以下のような現象が説明できる。実施例1および2においては、窒化シリコンの単純化合物の層を備えた反射防止膜を形成している。まず、実施例1および2のサンプルが、比較例1および2のサンプルに比べ耐熱性が10〜30℃程度高いのは、窒化シリコン膜が非常に強い圧縮応力を持っているためであり、そのため、クラックの発生が見られなかったと考えられる。また、シリコン窒化膜が緻密でかつ非晶質であるために水分等の透過を阻止できるために耐熱性のみならず、恒温恒湿試験での経時変化および耐光性も優れていると考えられる。さらに、窒化シリコンは、紫外線を吸収する性質も備えており、これにより、ハードコート層またはレンズ基材に対する紫外線の到達も阻害され、水分の侵入が少ないことを合わせてTiゾルの光活性が発生せずに、耐光性が高くなっていると考えられる。
【0047】
比較例1は、SiO、ZrOは共に水分を透過するため「加湿」での耐熱性が著しく低下し、また紫外線も透過するためにTiゾルの光活性によりハードコートまたは基材が破壊されて耐光性が低下していると考えられる。しかしながら、水分を透過しているにもかかわらず恒温恒湿での外観変化は発生していない。これは膜全体が水分を透過するために基材そのものは水分を含み、変化しているもののその変化が、レンズ面内に均一に発生しているために、目視での外観に変化が観測されていないものと考えられる。
【0048】
比較例2は、TiOが水分および紫外線を遮蔽するために、実施例同様「加湿」の耐熱性変化は小さく、耐光性も得られている。しかしながら、TiOは柱状の結晶構造を有しているために、粒界より微量の水分が浸入する。このため、基材が部分的に吸水(膨潤)する。したがって、吸水した部分としていない部分が面内に存在し、目視による外観検査で凹凸が確認できると考えられる。耐熱性において、特に「加湿」が若干低下しているのは微量の水分の影響だと考えられる。
【0049】
このように、3層の反射防止膜を形成した実施例1のサンプルと、5層の反射防止膜を備えた実施例2のサンプルとでは、光学素子としての耐久性等に係る性能はほぼ同等と考えられる。このような性能が、反射防止膜に含まれる窒化シリコンの量によりほぼ決定されるとすると、1つ目の層に窒化シリコンを含んだ中屈折率層を形成する3層構造の反射防止膜の方が、製造が容易であり、ガスの切り換え等の時間が短くなるためスループットも短縮できる点で優れている。
【0050】
なお、上記では、本発明に係る反射防止膜を高周波スパッタリング蒸着により形成しているが、金属膜の形成行程と酸化または窒化をするためのイオンまたはラジカルの照射行程を短いサイクルで行うことが可能な直流スパッタリング、CVD(化学気相成長法)、電子ビーム蒸着、イオンプレーティング法などを用いても窒化シリコンの膜を形成できる。
【0051】
さらに、反射防止膜に加えて、その表面をフッ素系シラン化合物等で撥水処理することも可能であり、さらに水分の影響を防止できる。また、レンズ基材として、ガラスを用いた場合でも、本発明を適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明に係る反射防止膜を成膜する装置を示す図。
【図2】本発明に係る実施例1の成膜条件を示す図。
【図3】実施例1で得られたレンズの光学特性を示すグラフ。
【図4】本発明に係る実施例2の成膜条件を示す図。
【図5】実施例2で得られたレンズの光学特性を示すグラフ。
【図6】実施例1および2、比較例1および2に関する評価結果を纏めた図。
【符号の説明】
【0053】
1 装置、70 ワーク(レンズ基材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の上に直に、または少なくとも1つの他の層を挟んで形成された反射防止膜を有する光学素子であって、
前記反射防止膜は、低屈折率の層または中屈折率の層と、高屈折率の層とを含む多層膜であり、
前記高屈折率の層の少なくとも1つは、窒化シリコンの単純化合物からなる層である、光学素子。
【請求項2】
請求項1において、前記反射防止膜は3層構造であり、前記光学基材の側から、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料からなる前記中屈折率の層と、窒化シリコンの単純化合物からなる前記高屈折率の層と、酸化シリコンの単純化合物からなる前記低屈折率の層とを備えている、光学素子。
【請求項3】
請求項1または2において、前記光学基材はプラスチックレンズ基材である、光学素子。
【請求項4】
光学基材の上に直に、または少なくとも1つの他の層を挟んで形成された反射防止膜を有する光学素子の製造方法であって、
低屈折率の層または中屈折率の層と、高屈折率の層とを含む多層膜により前記反射防止膜を形成する反射防止膜形成工程を有し、
この反射防止膜形成工程は、窒化シリコンの単純化合物により、前記高屈折率の層を形成する高屈折率層形成工程を備えている、光学素子の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記反射防止膜形成工程は、
前記高屈折率層形成工程の前に、窒化シリコンおよび酸化シリコンの複合材料により前記中屈折率の層を形成する中屈折率層形成工程と、
前記高屈折率層形成工程の後に、酸化シリコンの単純化合物により前記低屈折率の層を形成する低屈折率層形成工程とを備えている、光学素子の製造方法。
【請求項6】
請求項4または5において、前記高屈折率層形成工程では、RFスパッタリング蒸着法により、前記高屈折率の層を形成する、光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−267561(P2006−267561A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−85703(P2005−85703)
【出願日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】