説明

共役高度不飽和脂肪酸類の製造方法

【課題】入手容易な高度不飽和脂肪酸類から入手困難な共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類を製造する製造方法、該製造方法で得ることができる新規及び/又は入手困難な共役不飽和脂肪酸類あるいは不飽和脂肪酸類、及びこれらを含有する食品、医薬品、又は化粧品を提供すること。
【解決手段】微生物菌株、特にクロストリジウム属細菌、又はその菌体抽出液を用いることにより高度不飽和脂肪酸類からその共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類を製造する方法を見出すことによって課題を解決することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嫌気性菌又はその菌体抽出液、特にクロストリジウム属細菌又はその菌体抽出液を用いて高度不飽和脂肪酸類を基質にして嫌気的に反応を行い該基質の共役幾何異性体を製造する製造方法、さらに該共役幾何異性体を経由して二重結合が一部飽和化した不飽和脂肪酸を製造する方法、該製造方法にて得ることができる新規な共役不飽和脂肪酸類あるいは不飽和脂肪酸類、及び該共役不飽和脂肪酸類や不飽和脂肪酸類を含有する食品、医薬品、又は化粧品に関する。
【背景技術】
【0002】
共役不飽和脂肪酸とは分子内に共役した二重結合を有する脂肪酸の位置異性体、幾何異性体の総称である。1979年にウイスコンシン大学のパリザらは焼いたハンバーグの抽出物に変異原性調節作用があることを見いだし、この抽出物が7,12−ジメチルベンツアントラセンによって引き起こされ皮膚ガンを抑制することを発見した。更に、この抽出物を精製、分離した結果、リノール酸の位置異性体と幾何異性体の混合物、すなわち共役リノール酸であることが判明した(非特許文献1)。この発見がきっかけとなり、共役脂肪酸に関するさまざまな生理活性に関する研究が行われるようになり、脂質代謝改善作用、抗動脈硬化作用、体脂肪減少作用、免疫調節作用、血圧上昇抑制作用など様々な生理活性が報告されおり、現在最も注目を集めている機能性脂質の1つとなった。
【0003】
現在、研究用やサプリメント原料として市販されている共役脂肪酸はリノール酸をアルカリ異性化によって合成される共役リノール酸である。しかし、アルカリ処理による合成法は多くの非天然型の異性体を生成するため、健康を意識した製品としては好ましくなかった。
【0004】
そこで、天然物からの抽出や微生物変換を利用した方法が注目されてきた。共役リノール酸は天然には、牛や羊、ヤギなどの反芻動物の肉や乳製品に比較的多く含有されるが、これは反芻胃に存在するバクテリアなどの微生物がリノール酸からバクセン酸を生成する際の中間体として共役リノール酸を生成するからであると考えられている。しかし、こうした反芻動物由来の油脂に含まれる共役リノール酸の含有率は1%にも満たないため、これを抽出してそのまま利用するのは現実的ではなかった。
【0005】
微生物変換を利用した方法としてはラクトバチルス・リューテリPYR8(ATCC55739)菌株(特許文献1)を用いた方法が報告されているが反応原料のリノール酸を高濃度に添加すると反応が進まないために、反応効率が非常に悪く実用的なものではなかった。その後、ラクトバチルス・アシドフィラス、又はラクトバチルス・プランタルム(非特許文献2、3、4)菌株等に属する乳酸菌を用いた方法が効率的な生産方法として報告されているが、いまだ十分なものではなかった。
【0006】
一方、共役リノール酸以外の共役不飽和脂肪酸についても様々な生理活性が期待されている。特に炭素数20の共役高度不飽和脂肪酸に関しては自然界には海藻類にその存在が報告されているが、その含有量は非常に微量であるためにそれから抽出製造することは実用的ではなかった(非特許文献2)。微生物変換を利用した共役リノール酸以外の共役脂肪酸の製造方法としては、炭素数18のα−リノレン酸ならびにγ−リノレン酸から対応する共役トリエンを生成する方法(非特許文献1、3、4、5)が報告されているのみで、ジホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸等の炭素数20の高度不飽和脂肪酸から対応する共役高度不飽和脂肪酸を生成させる方法については全く知られていなかった。
【0007】
【特許文献1】米国特許第6,060,304号明細書
【非特許文献1】Y.L.Haら、Carcinogenesis、8、1881−1887(1987)
【非特許文献2】藤本健四郎、機能性脂質のフロンティア(シーエムシー出版)、248−261(共役リノレン酸、共役高度不飽和脂肪酸)(2004)
【非特許文献3】小川順ら、生物工学、82、285−287(2004)
【非特許文献4】J.Ogawaら、Appl.Environ.Microbiol.67、1246−1252(2001)
【非特許文献5】小川順ら、科学と工学、76、163−170(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、入手容易な高度不飽和脂肪酸類を基質に用いて入手困難な共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類を製造する製造方法、特に、入手困難な共役高度不飽和脂肪酸類の製造方法、及び該製造に有用な異性化剤を提供することにある。さらに本発明は、このように製造される共役高度不飽和脂肪酸類を中間体として経由する二重結合が一部飽和した高度不飽和脂肪酸類の製造方法を提供することも目的とする。また、本発明の目的は、該製造方法で得ることができる新規及び/又は入手困難な共役不飽和脂肪酸類あるい不飽和脂肪酸類、及びこれらを含有する食品、医薬品、又は化粧品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、クロストリジウム属細菌あるいはプロピオニバクテリウム属細菌、又はそれらの菌体抽出液が、高度不飽和脂肪酸類の異性化剤として有用であることを見出し、該知見によって高度不飽和脂肪酸類から共役幾何異性体を製造する製造方法を確立した。さらに、この反応が進むと該共役幾何異性体が飽和化されることも見出し、、これらの製造方法を用いて様々な新規及び/又は入手困難な共役不飽和脂肪酸類あるいは高度不飽和脂肪族類、及びこれらを含有する食品、医薬品、又は化粧品を提供できることを見出して本発明を完成させたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)微生物菌株又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする高度不飽和脂肪酸類の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類の製造方法;
(2)嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする高度不飽和脂肪酸類を基質に用いて嫌気的に反応を行い該基質の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類を製造する製造方法;
(3)嫌気性菌がクロストリジウム属細菌、又はプロピオニバクテリウム属細菌である上記(2)記載の製造方法;
(4)嫌気性菌がクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832である上記(2)記載の製造方法;
(5)高度不飽和脂肪酸類が、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の製造方法;
(6)高度不飽和脂肪酸類が、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である上記(5)記載の製造方法;
(7)共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類が、以下の性質を有する共役高度不飽和脂肪酸類である上記(1)〜(6)のいずれかに記載の製造方法;
1)基質の高度不飽和脂肪酸類と同一の二重結合数を有する
2)233nmに紫外吸収を有する
(8)共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類が、ω7、ω9位に共役二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類である上記(1)〜(7)のいずれかに記載の製造方法;
(9)高度不飽和脂肪酸類の反応初期濃度が約1.5mg/mlであり、反応時間が約24時間である上記(1)〜(8)のいずれかに記載の製造方法;
(10)嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類から共役高度不飽和脂肪酸類を経由して、ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造する製造方法;
(11)高度不飽和脂肪酸類が、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である上記(10)記載の製造方法;
(12)嫌気性菌がクロストリジウム属、又はプロピオニバクテリウム細菌である上記(10)又は(11)に記載の製造方法;
(13)クロストリジウム属、又はプロピオニバクテリウム細菌がクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832である上記(12)記載の製造方法;
(14)上記(1)〜(9)のいずれかに記載の製造方法で得ることができる共役高度不飽和脂肪酸類;
(15)上記(10)〜(13)のいずれかに記載の製造方法で得ることができる不飽和脂肪酸類;
(16)上記(14)及び/又は(15)記載の不飽和脂肪酸類を含有する食品、医薬品、又は化粧品;
(17)クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はその菌体抽出液、及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832又はその菌体抽出液からなる群から選ばれる1又は2種以上の混合物を含有することを特徴とする共役高度不飽和脂肪酸類の異性化剤;
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、入手容易な高度不飽和脂肪酸類を基質に用いて入手困難な共役幾何異性体あるいは二重結合の一部が飽和化した高度不飽和脂肪酸類を製造することができ、新規及び/又は入手困難な共役不飽和脂肪酸類あるいは高度不飽和脂肪酸類を提供することができる。特に炭素数20の共役高度不飽和脂肪酸類の、共役幾何異性体の提供が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明について、以下具体的に説明する。
本発明は、微生物菌株又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする高度不飽和脂肪酸類の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類の製造方法に関するが、基質となる高度不飽和脂肪酸類として、炭素数が20以上もしくは不飽和結合数が3以上の高度不飽和脂肪酸類に適用できることを特徴とする。
【0013】
より具体的には、本発明において基質として用いる高度不飽和脂肪酸類としては、ジエン類、トリエン類、テトラエン類、ペンタエン類、又は6以上の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類が挙げられ、ジエン酸類、トリエン酸類、テトラエン酸類、又はペンタエン酸類が好ましく、ジエン酸類、トリエン酸類、又はテトラエン酸類がより好ましく、ジエン酸類、又はトリエン酸類が特に好ましく、ジエン酸類が最も好ましい。
【0014】
ジエン酸類としては、リノール酸類、cis-11,cis-14-エイコサジエン酸類等が挙げられ、リノール酸類が特に好ましい。
トリエン酸類としては、α−リノレン酸類、γ−リノレン酸類、これら以外のω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するオクタデカトリエン酸類又はジホモ−γ−リノレン酸ならびにこれ以外のω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するエイコサトリエン酸類等が挙げられ、α−リノレン酸類、γ−リノレン酸類又はジホモ−γ−リノレン酸類が特に好ましい。
テトラエン酸類としては、アラキドン酸類ならびにこれ以外のω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するエイコサテトラエン酸類又はω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するオクタデカテトラエン酸類等が挙げられ、アラキドン酸類が特に好ましい。
ペンタエン酸類としては、ω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するエイコサペンタエン酸類又はω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するオクタデカペンタエン酸類等が挙げられ、ω6位ならびにω9位にシス型の二重結合を有するエイコサペンタエン酸類が好ましく、cis-5,cis-8,cis-11,cis-14,cis-17-エイコサペンタエン酸類が特に好ましい。
【0015】
すなわち、本発明において基質として用いる高度不飽和脂肪酸類としては、ω6、ω9位に二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類が好ましく、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類が特に好ましい。
本発明において基質として用いる高度不飽和脂肪酸類の好適な例としては、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類が挙げられ、ジホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸類、エイコサペンタエン酸類等の炭素数20の高度不飽和脂肪酸類が特に好ましい例として挙げられ、アラキドン酸類は特に大変好ましい例として挙げられる。
なお、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類であっても、ドコサヘキサン酸類は、変換反応が進まないので、基質として好ましくない。
【0016】
本発明において「酸類」とは、遊離の酸、エステル体、又は塩基性化合物との塩等をいうが、遊離の酸、又はエステル体が好ましく、遊離の酸、又は低級アルキルエステル体がより好ましく、遊離の酸、又はメチルエステル体が特に好ましく、遊離の酸が最も好ましい。単離収率や単離の容易性等の観点からエステル体が好ましい別の態様もある。
本発明に用いる微生物菌株は、その菌体又は菌体抽出液が、高度不飽和脂肪酸類を異性化して共役不飽和脂肪酸類に変換しうる微生物菌株であればよい。本発明に用いる微生物菌株は前記のとおり高度不飽和脂肪酸類を基質とする。本菌による変換効率は、炭素骨格が短い程、また、二重結合数が少ない程優れているが、特筆すべきは、共役トリエン酸類、或いは二重結合数が4以上の高度不飽和脂肪酸類も基質とすること、特に炭素数20の共役トリエン酸類、或いは炭素数20で二重結合数が4以上の高度不飽和脂肪酸類も基質とすることである。また、該変換反応に際して、1)乳酸菌を用いる際に見られる水酸化脂肪酸の並産がないこと、2)ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸(例えば、トランス−バクセン酸タイプ)の異性体含量が高いこと、等が特徴として挙げられる。
【0017】
本発明に用いる微生物菌株としては、少なくとも高度不飽和脂肪酸類を異性化して共役不飽和脂肪酸類に変換しうる微生物菌株が好ましく、少なくともトリエン酸類、テトラエン酸類、又はペンタエン酸類を異性化して共役不飽和脂肪酸類に変換しうる微生物菌株が特に好ましい。具体的には例えば、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類を異性化してそれぞれ対応する共役不飽和脂肪酸類に変換しうる微生物が好ましく、ジホモ−γ−リノレン酸、アラキドン酸、又はエイコサペンタエン酸をそれぞれ対応する共役不飽和脂肪酸類に変換する微生物が特に好ましい。具体的には例えば、嫌気性菌が好ましく、ルーメン微生物に分類される嫌気性菌がより好ましく、クロストリジウム属細菌又はプロピオニバクテリウム属細菌がさらに好ましく、とりわけクロストリジウム属細菌が好適な例として挙げられ、クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386、又はクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832菌株等が大変に好適な例として挙げられる。
【0018】
本発明で得られる基質の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類としては、ω7、ω9位に共役二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類が挙げられ、ω7位にトランス型、ω9位にシス型の二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類が特に好ましい例として挙げられる。
【0019】
また、本発明で得られる基質の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類の別の観点としては、以下の性質を有する共役高度不飽和脂肪酸類が好ましい。
1)基質の共役不飽和脂肪酸類と同一の二重結合数を有する
2)233nmに紫外吸収を有する
【0020】
次に本発明に使用しうる微生物の培養方法について述べる。本発明に使用しうる微生物の培養手段としては固体培養でも液体培養でもよいが、好ましくは試験管、フラスコまたはジャーファーメンター等を用い、窒素置換による嫌気培養である。培地としては微生物の培養に通常用いられるものが広く使用される。炭素源としてはグルコース、グリセロール、ソルビトール、ラクトース、可溶性デンプンまたはマンノースなど、窒素源としては酵母エキス、肉エキス、トリプトン、ペプトン、大豆ペプトン、プロテオースペプトン、酵素分解血清または肝抽出物など、無機塩としては塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、燐酸カリウム、システイン、チオグリコール酸ナトリウムなどを用いればよい。pHはpH5.0〜8.0、培養温度25〜40℃で目的とする変換反応が最高力価となる培養時間、例えば2〜10日間にて培養を終了すればよい。
【0021】
次いで菌体抽出液を採取するに当たっては培養液から菌体を遠心分離等によって分離し、菌体をリン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液などの緩衝液に懸濁した後、リゾチーム処理、超音波処理、ガラスビーズ破砕などの各種菌体破砕方法によって破砕して菌体抽出液として回収する。
【0022】
本発明に用いられる微生物菌株は上記培養条件によって培養したものを用いればよく、好ましくは培養した後に適当な緩衝液、生理食塩水又は水によって培養液中に存在する培地などの微生物菌株以外の不純物を洗浄除去した微生物菌株を用いればよい。
本発明に用いる微生物菌株菌体の代わりに該微生物の抽出液を用いても良い。該微生物の抽出液としては、ホモジナイザーなどを用いて洗浄菌体を破砕したものが好ましい。
【0023】
本発明の製造方法においては、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類を基質として反応を適度に制御して行うとω7、ω9位に共役二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類、特にω7位にトランス型、ω9位にシス型の共役二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類を製造することができる。以下に製造条件の一例を示す。
【0024】
培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に変換する反応において、反応の各条件においては培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に効率的に変換し、かつ飽和脂肪酸の生成が少ない反応条件を選択しても良い。反応のpHは培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に効率良く変換するpHであれば良く、適当な緩衝液を用いてpHを調整してもよい。反応のpHの範囲はpH3〜pH10、好ましくはpH5〜pH8、より好ましくはpH6〜pH7である。反応の温度は培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に効率良く変換する温度であれば何ら問題は無く、反応の温度範囲は5℃〜80℃、好ましくは20℃〜50℃、より好ましくは30〜40℃である。反応時間は培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に効率良く変換する反応時間であれば何ら問題は無く、1〜240時間、好ましくは5〜120時間、より好ましくは10〜48時間、最も好ましくは20〜30時間である。又、好適な反応時間は基質濃度によっても影響されるので、それぞれの基質濃度に対応して、最も好適な反応時間を選択しても良い。例えば、基質濃度が0.8mg/mlの時の好ましい反応時間は5時間〜10時間であり、基質濃度が2mg/mlの時は5時間〜25時間である。反応は反応容器内を窒素置換や酸素吸着剤の使用などにより酸素濃度の低い条件下、より好ましくは嫌気的条件下で行えばよい。基質となる高度不飽和脂肪酸の濃度は培養菌体又は菌体抽出液を用いて脂肪酸を共役異性体に効率良く変換する濃度であれば何ら問題は無く、濃度範囲は0.01mg/ml〜100g/ml、好ましくは0.1mg/ml〜10g/ml、より好ましくは0.2mg/ml〜50mg/ml、更に好ましくは0.5〜5mg/mlである。
【0025】
変換反応によって生成する共役脂肪酸はガスクロマトグラフィー分析法、マス−マス分析法、又はNMR分析法等を実施すればよい。
【0026】
また、本発明の製造方法においては、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類を基質として反応を過剰に行うとω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造することができる。すなわち、本発明は、絶対嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類から、ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造する製造方法を提供するものであり、特に、高度不飽和脂肪酸類が、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である場合の製造方法を提供するものである。ここにおいて、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類は、ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造する製造方法における中間体であるといえる。
この反応は、[図1]のような反応スキームにまとめることができる。
【0027】
本発明の製造方法で製造される共役高度不飽和脂肪酸類や、それが飽和化された高度不飽和脂肪酸類は、水酸化された不純物の含量が少ないという特徴を有する。
本発明の製造方法によって製造される生成物である共役高度不飽和脂肪酸類や、それが飽和化された高度不飽和脂肪酸類は、単一の共役高度不飽和脂肪酸類あるいは高度不飽和脂肪酸類であることもあるし、あるいは2種以上の共役高度不飽和脂肪酸類あるいは高度不飽和脂肪酸類の混合物、2種以上の異性体混合物であることもある。
これらの生成物は、生成率が高く不純物が少ないことが特徴であり、また化学合成によって得られるものでないゆえ、食品などに用いるに安全性が高いという特徴を有している。
【0028】
本発明の製造方法において、中間体である共役高度不飽和脂肪酸類を得るか、あるいはさらに飽和化した高度不飽和脂肪酸類を得るかは、反応条件をコントロールすることによって制御することができる。菌体を培養させながら変換反応を行なわせる方が反応が完全に進みやすいので飽和化物が得られやすく、菌体若しくは菌体抽出液を用いる方が共役高度不飽和脂肪酸類が得られやすい。さらに、基質濃度を高くすると、共役高度不飽和脂肪酸が得られやすく、基質濃度を低くすると飽和化物が得られやすい。
【0029】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はその菌体抽出液、及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832又はその菌体抽出液からなる群から選ばれる1又は2種以上の混合物を含有することを特徴とする高度不飽和脂肪酸類の異性化剤も本発明である。
また、本発明は、絶対嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類から、ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造する製造方法を提供するものであり、特に、高度不飽和脂肪酸類が、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である場合の製造方法を提供するものである。
【0030】
本発明の共役高度不飽和脂肪酸を含有する医薬としては、酸化ストレスに起因する症状又は疾患の予防及び/又は改善効果が得られるものであれば何ら限定されない。該医薬の剤型としては、散在、顆粒剤、丸剤、ソフトカプセル、ハードカプセル、錠剤、チュアブル錠、速崩錠、シロップ、液剤、懸濁剤、座剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、粘付剤、吸入剤、注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製されるが、共役高度不飽和脂肪酸は水に難溶性であるため、植物性油、動物性油等の非親水性有機溶媒に溶解するか又は、乳化剤、分散剤もしくは界面活性剤等とともに、ホモジナイザー(高圧ホモジナイザー)を用いて水溶液中に分散、乳化させて用いる。更に、共役高度不飽和脂肪酸の吸収性を高めるために、平均粒子系を1ミクロン程度まで微粉砕し用いることも可能である。
【0031】
製剤化のために用いることができる添加剤には、例えば大豆油、サフラー油、オリーブ油、胚芽油、ひまわり油、牛脂、いわし油等の動植物性油、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ソルビトール等の多価アルコール、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル等の界面活性剤、精製水、乳糖、デンプン、結晶セルロース、D−マンニトール、レシチン、アラビアガム、ソルビトール液、糖液等の賦形剤、甘味料、着色料、pH調整剤、香料などをあげることができる。尚、液体製剤は、服用時に水又は他の適当な媒体に溶解又は懸濁する形であってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしても良い。
【0032】
注射剤の形で投与する場合には、静脈内、腹腔内、筋肉内、皮下、経皮、関節内、滑液嚢内、胞膜内、骨膜内、舌下、口腔内等に投与することが好ましく、特に静脈内投与又は腹腔内投与が好ましい。静脈内投与は、点滴投与、ポーラス投与のいずれであってもよい。
【0033】
本発明の共役高度不飽和脂肪酸を含有する機能性食品としては、酸化ストレスに起因する症状又は疾患の改善効果が得られるものであれば何ら限定されるものでは無く、例えば共役高度不飽和脂肪酸含有サプリメント(散在、顆粒剤、ソフトカプセル、ハードカプセル、錠剤、チュアブル錠、速崩錠、シロップ、液剤等)、共役高度不飽和脂肪酸含有飲料(お茶、炭酸飲料、乳酸飲料、スポーツ飲料等)、共役高度不飽和脂肪酸含有菓子(グミ、ゼリー、ガム、チョコレート、クッキー、キャンデー等)、共役高度不飽和脂肪酸含有油、共役高度不飽和脂肪酸含有油脂食品(マヨネーズ、ドレッシング、バター、クリーム、マーガリン等)共役高度不飽和脂肪酸含有ケチャップ、共役高度不飽和脂肪酸含有ソース、共役高度不飽和脂肪酸含有流動食、共役高度不飽和脂肪酸含有乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ等)、共役高度不飽和脂肪酸含有パン類、共役高度不飽和脂肪酸含有麺類(うどん、そば、ラーメン、パスタ、やきそば、きしめん、そーめん、ひやむぎ、ビーフン等)等が挙げられる。
【0034】
本発明に用いられる共役高度不飽和脂肪酸を含有する機能性食品には、必要に応じて各種栄養素、各種ビタミン類(ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等)、各種ミネラル類(マグネシウム、亜鉛、鉄、ナトリウム、カリウム、セレン等)、食物繊維、多価不飽和脂肪酸(アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸等)、共役脂肪酸類(共役リノール酸等)、リン脂質(レシチン、ホスファチジン酸、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルDHA等)、糖脂質類(セレブロシド等)、カロチノイド類(β-カロチン、リコピン、アスタキサンチン、β−クリプトキサンチン等)、フラボノイド類(ケルセチン、ルテオリン、イソフラボン等)、キサントフィル類(カプサンチン、ルテイン、ゼアキサンチン等)、アミノ酸類(グリシン、セリン、アラニン、グルタミン、バリン、ロイシン、イソロイシン、リジン、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、トリプトファン、フェニルアラニン、ヒスチジン、プロリン、メチオニン、システイン等)、その他の栄養素(カルニチン、セサミン、α−リポ酸、イノシトール、D−カイロイノシトール、ピニトール、タウリン、グルコサミン、コンドロイチン硫酸、S−アドノシルメチオニン、クルクミン、γ−オリザノール、グルタチオン、γ−アミノ酪酸、シネフリン、ピロロキノリンキノン、カテキン、カプサイシン等)、分散剤、乳化剤等の安定剤、甘味料、呈味成分(クエン酸、リンゴ酸等)、フレーバー、ローヤルゼリー、プロポリス、アガリクス等を配合することができる。また、ペパーミント、ベルガモット、カモンミール、ラベンダーなどのハーブ類を配合してもよい。また、テアニン、デヒドロエピアンドステロン、メラトニンなどの素材を配合してもよい。
本発明の化粧料としては、クリーム、乳液、ローション、マイクロエマルジョンエッセンス、入浴剤などが挙げられ、香料等を混合してもよい。
【0035】
[実施例]
以下には、本発明の実施例を挙げるが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832菌株の培養方法
−20℃にて20%グリセロール溶液中にて保管しているクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832をそれぞれ600 ml GAMブイヨン培地(日水製薬株式会社; pH 7.0)へ丸白金耳を用い植菌し、37℃、18時間、窒素雰囲気下(窒素:水素=98:2)で静置培養した。培養後、4℃にて、8,000 rpm、10分の遠心分離により集菌し、0.85%生理食塩水100 mlで洗浄することによりクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832の洗浄菌体を得た。
【実施例2】
【0037】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株の洗浄菌体を用いた共役高度不飽和脂肪酸の製造方法
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386の600 mlの培養液から得られた洗浄菌株を、それぞれ11.4 mlの0.1 M リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.5)に懸濁し、以下に示す脂肪酸溶液を0.6 ml添加し、37℃、24時間、窒素雰囲気下(窒素:水素=98:2)で静置反応を行った。脂肪酸としては表1に示したものを用いた。脂肪酸溶液は、20 mgの各脂肪酸に10 mgのTween 80を加え、これを1 mlの0.1 Mリン酸カリウム緩衝液(pH 6.5)に懸濁し、10分間の超音波により均一にしたものを用意した。反応液よりブライダイヤ−法にて脂質を抽出しメチルエステル化した後に、共役脂肪酸に特異的な233 nmの吸収極大の存在により共役脂肪酸の生成を確認した後、ガスクロマトグラフィーにて生成物の同定を行った。
その結果、表1においてtransformation (+)で示したリノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸、α-リノレン酸、cis-5,cis-8,cis-11,cis-14,cis-17-エイコサペンタエン酸(EPA)について、共役脂肪酸の生成が確認された。また、ガスクロマトグラフィー分析における標準品との挙動の一致から、リノール酸からの生成物をcis-9,trans-11-octadecadienoic acidおよびtrans-9,trans-11-octadecadienoic acidと、γ-リノレン酸からの生成物をcis-6,cis-9,trans-11-octadecatrienoic acidおよびcis-6,trans-9,trans-11-octadecatrienoic acidと、α-リノレン酸からの生成物をcis-9,trans-11,cis-15-octadecatrienoic acidおよびtrans-9,trans-11,cis-15-octadecatrienoic acidと同定した。いずれの脂肪酸においても、ω6およびω9位のcis型二重結合が、ω7位のtrans型二重結合とω9位のcis型二重結合との共役二重結合、ならびに、ω7位のtrans型二重結合とω9位のtrans型二重結合との共役二重結合に変換されていた。ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸およびEPAからの生成物については、ガスクロマトグラフィーによる同定にはいたらなかったが、それぞれω6およびω9位のcis型二重結合が、ω7位のtrans型二重結合とω9位のcis型二重結合との共役二重結合、ならびに、ω7位のtrans型二重結合とω9位のtrans型二重結合との共役二重結合に変換されたと思われる新たな2つの脂肪酸のピークがガスクロマトグラフィーにて確認された。アラキドン酸からの生成物のガスクロマトグラフィー分析結果を図2に、EPAからの生成物のガスクロマトグラフィー分析結果を図3に示す。
【0038】
【表1】

【実施例3】
【0039】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株の菌体抽出液を用いた共役高度不飽和脂肪酸の製造方法
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386の600 mlの培養液から得られた洗浄菌体をそれぞれ11.1 mlの0.1 M リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.5)に懸濁し、20 ml用ホモジナイザーを用い4℃にて10分間破砕した後、以下に示す脂肪酸溶液を0.9 ml添加し、37℃、24時間、窒素雰囲気下(窒素:水素=98:2)で静置反応を行った。脂肪酸としては表2に示したものを用いた。脂肪酸溶液は、20 mgの各脂肪酸に10 mgのTween 80を加え、1 mlの0.1 Mリン酸カリウム緩衝液pH 6.5にて懸濁し、10分間の超音波により均一にしたものを用意した。反応液よりブライダイヤ−法にて脂質を抽出しメチルエステル化した後に、共役脂肪酸に特異的な233 nmの吸収極大の存在により共役脂肪酸の生成を確認した後、ガスクロマトグラフィーにて生成物の同定を行った。
その結果、表2においてtransformation (+)で示したリノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸、α-リノレン酸、EPAについて、共役脂肪酸の生成が確認された。また、ガスクロマトグラフィー分析における標準品との挙動の一致から、リノール酸からの生成物をcis-9,trans-11-octadecadienoic acidおよびtrans-9,trans-11-octadecadienoic acidと、γ−リノレン酸からの生成物をcis-6,cis-9,trans-11-octadecatrienoic acidおよび-cis-6,trans-9,trans-11-octadecatrienoic acidと、α−リノレン酸からの生成物をcis-9,trans-11,cis-15-octadecatrienoic acidおよびtrans-9,trans-11,cis-15-octadecatrienoic acidと同定した。いずれの脂肪酸においても、ω6およびω9位のcis型二重結合が、ω7位のtrans型二重結合とω9位のcis型二重結合との共役二重結合、ならびに、ω7位のtrans型二重結合とω9位のtrans型二重結合との共役二重結合に変換されていた。ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸およびEPAからの生成物については、ガスクロマトグラフィーによる同定にはいたらなかったが、それぞれω6およびω9位のcis型二重結合が、ω7位のtrans型二重結合とω9位のcis型二重結合との共役二重結合、ならびに、ω7位のtrans型二重結合とω9位のtrans型二重結合との共役二重結合に変換されたと思われる新たな2つの脂肪酸のピークがガスクロマトグラフィーにて確認された。アラキドン酸ならびにEPAからの生成物のガスクロマトグラフィー上のピークは、それぞれ図2ならびに図3の生成物のピークと同じ保持時間を示した。すなわち、実施例2における生成物と実施例3における生成物は同一であった。
【0040】
【表2】

【実施例4】
【0041】
アラキドン酸から生成する共役脂肪酸の同定
基質をアラキドン酸として実施例3と同様の反応を行った後、反応液より脂質を抽出し、メチルエステル化した脂肪酸を、HPLCを用い精製した。カラムはChromSpher 5 Lipid cllumn (4.6 X 250 mm)を三本連結したものを用い、カラムを温度10℃とし、移動相としてヘキサン:アセトニトリル=99.7:0.3を用いて精製を行った。HPLCにおいて、共役脂肪酸に特異的である233 nmの吸収を示す脂肪酸のピークは2つ(UK3およびUK4)現れたが(図4)、このうち、多量に存在したUK3について、分取精製後、MS-MS、NMRに供し同定を行った。MS-MS分析結果を図5に、二次元NMR(TOCSYおよびNOESY)分析の結果を図6に示す。その結果アラキドン酸より生産される共役脂肪酸酸の1つであるUK3は、アラキドン酸の共役異性体であるcis-5,cis-8,cis-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであると同定された。UK4については、GC-MS分析においてcis-5,cis-8,cis-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであるUK3と同じ分子量(メチルエステルとして318)を示したことから、UK3同様、アラキドン酸の共役異性体であると確認された。実施例3における結果とあわせて、UK4はcis-5,cis-8,trans-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであると考えられた。
【実施例5】
【0042】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832の培養におけるcis-5,cis-8,cis-11,cis-14, cis-17-eicosapentaenoic acid (EPA)の変換
−20℃にて20%グリセロール溶液中にて保管しているクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832をそれぞれ15 ml GAMブイヨン培地(日水製薬株式会社; pH 7.0)へ丸白金耳を用い植菌し、以下に示すEPA溶液を135 μl添加し、37℃、72時間、窒素雰囲気下(窒素:水素=98:2)で静置培養した。EPA溶液は、20 mgのEPAに10 mgのTween 80を加え、1 mlの0.1 Mリン酸カリウム緩衝液pH 6.5にて懸濁し、10分間の超音波により均一にしたものを用意した。
培養後、4℃にて、8,000 rpm、10分間遠心分離し、培養液上清1 mlよりブライダイヤ−法にて脂質を抽出しメチルエステル化した後にガスクロマトグラフィーにて分析を行った。その結果、図7に示す新たな脂肪酸(UK2)の生成を認めた。
【実施例6】
【0043】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスの培養においてEPAより生成する脂肪酸の同定
実施例5の反応液より脂質を抽出し、メチルエステル化した脂肪酸を、HPLCを用い精製した。カラムはCosmosil 5C18AR II(20 X 250 mm)を用い、カラム温度は30℃とし、移動
相はアセトニトリルを用いた。分取したものについてさらにInertsil ODS SQ5-1385 (20 X 250 mm)にCapcelpak C18 UG20 (4.6 X 250 mm)をつなげたカラムを用い、カラム温度30℃にて、移動相としてアセトニトリル:水=8:2をもちいて精製を行った。精製したUK2を、MS-MS、NMRに供し同定をおこなった。MS-MS分析結果を図8に、二次元NMR(TOCSYおよびNOESY)分析の結果を図9に示す。その結果EPAより生産される肪酸酸は、EPAの飽和化産物であるcis-5,cis-8,trans-13,cis-17-eicosatetraenoic acidであると同定した。
【実施例7】
【0044】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832の培養におけるcis-5,cis-8,cis-11,cis-14-eicosatetraenoic acid (アラキドン酸)の変換
-20℃にて20%グリセロール溶液中にて保管しているクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832をそれぞれ15 ml GAMブイヨン培地(日水製薬株式会社; pH 7.0)へ丸白金耳を用い植菌し、以下に示すアラキドン酸溶液を135 μl添加し、37℃、72時間、窒素雰囲気下(窒素:水素=98:2)で静置培養した。アラキドン酸溶液は、20 mgのアラキドン酸に10 mgのTween 80を加え、1 mlの0.1 Mリン酸カリウム緩衝液pH 6.5にて懸濁し、10分間の超音波により均一にしたものを用意した。
培養後、4℃にて、8,000 rpm、10分の遠心分離し、培養液上清1 mlよりブライダイヤ−法にて脂質を抽出しメチルエステル化した後にガスクロマトグラフィーにて分析を行った。その結果、図10に示す新たな脂肪酸(UK1)の生成を認めた。図10中、AAはアラキドン酸を示す。
【実施例8】
【0045】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスの培養においてアラキドン酸より生成する脂肪酸の同定
実施例7の反応液より脂質を抽出し、メチルエステル化した脂肪酸を、HPLCを用い精製した。カラムはCosmosil 5C18AR II(20 X 250 mmを用い、カラム温度は30℃とし、移動
相はアセトニトリルを用いた。分取したものについてさらにInertsil ODS SQ5-1385 (20 X 250 mm)にCapcelpak C18 UG20 (4.6 X 250 mm)をつなげたカラムを用い、カラム温度30℃にて、移動相としてアセトニトリルを用いて精製を行った。精製したUK1を、MS-MS、NMRに供し同定をおこなった。MS-MS分析結果を図11に、二次元NMR(TOCSYおよびNOESY)分析の結果を図12に示す。その結果アラキドン酸より生産される肪酸酸は、アラキドン酸の飽和化産物であるcis-5,cis-8,trans-13-eicosatrienoic acidであると同定された。
【実施例9】
【0046】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株の菌体抽出液を用いたアラキドン酸の変換におけるアラキドン酸濃度の影響
基質をアラキドン酸とし、実施例3に記載と同様の反応を行った。ただし、反応液中のアラキドン酸濃度が、0.5、1.0、1.5、2.0、2.5、3.0、5.0 mg/mlとなるようにアラキドン酸溶液の添加量を調整した。反応後得られた脂質の脂肪酸組成ならびに脂肪酸生成量を分析した結果を図13に示す。アラキドン酸の共役異性体のcis-5,cis-8,cis-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであるUK3は、アラキドン酸濃度1.0 mg/mlのときに最も高い組成比を示し、アラキドン酸濃度2.0 mg/mlのときに最も高い生成量を示した。また、同じくアラキドン酸の共役異性体のcis-5,cis-8,trans-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであるUK4については、アラキドン酸濃度1.5 mg/mlのときに最も高い組成比ならびに最も高い生成量を示した。また、アラキドン酸濃度0.5 mg/mlのとき、UK3およびUK4の組成比が減少し、アラキドン酸の飽和化産物cis-5,cis-8,trans-13-eicosatrienoic acidであるUK1(図13中Saturated product)の組成比が増加したことから、UK3ならびにUK4である共役脂肪酸は、UK1を生成する飽和化反応の中間体であると考えられた。
【実施例10】
【0047】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株の菌体抽出液を用いたアラキドン酸の変換の経時変化
基質をアラキドン酸とし、実施例3に記載と同様の反応を行った。ただし、反応液中のアラキドン酸濃度が、0.8、2.0 mg/mlとなるようにアラキドン酸溶液の添加量を調整し、反応は経時的にモニターした。反応にともなう脂肪酸量の経時変化を図14に示す。アラキドン酸の共役異性体のcis-5,cis-8,cis-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであるUK3ならびにアラキドン酸の共役異性体のcis-5,cis-8,trans-11,trans-13-eicosatetraenoic acidであるUK4の総量は、反応初期において増加しその後減少した。一方、UK3、UK4の減少にともないアラキドン酸の飽和化産物cis-5,cis-8,trans-13-eicosatrienoic acidであるUK1(図13中Saturated product)が増加した。このことから、UK3ならびにUK4である共役脂肪酸は、UK1を生成する飽和化反応の中間体であると考えられた。
【実施例11】
【0048】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386の培養における不飽和脂肪酸の変換
実施例7のアラキドン酸の代わりに表3に示す脂肪酸および脂肪酸エステルをもちいて実施例7と同様の変換を行った。その結果、表3においてtransformation (+)で示したリノール酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸、α-リノレン酸、EPA、リノール酸メチルエステル、アラキドン酸メチルエステルについて、新たな脂肪酸の生成を確認した。また、ガスクロマトグラフィー分析における標準品との比較により、リノール酸およびリノール酸メチルエステルからの生成産物をその飽和化産物であるtrans-バクセン酸であると同定した。また、EPAからの生成産物はcis-5,cis-8,trans-13,cis-17-eicosatetraenoic acidであるUK2、アラキドン酸ならびにアラキドン酸メチルエステルからの生成物はcis-5,cis-8,trans-13-eicosatrienoic acidであるUK1と同定された。リノール酸、EPA、アラキドン酸のいずれの脂肪酸においても、ω6およびω9位の2つのcis型二重結合が、ω7位の1つのtrans型二重結合に飽和化されていた。γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、およびα-リノレン酸からの生成物については、ガスクロマトグラフィーによる同定にはいたらなかったが、それぞれω6およびω9位の2つのcis型二重結合が、ω7位の1つのtrans型二重結合に変換されたと思われる新たな脂肪酸のピークがガスクロマトグラフィーにて確認された。
【0049】
【表3】

【0050】
上記の実施例で生成物を同定した方法について、参照しやすくするために、基質別に共役高度不飽和脂肪酸(中間体)と飽和脂肪酸とをまとめて表にした(表4)。
【表4】


【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の反応スキームを解説した図である。
【図2】アラキドン酸からの生成物のガスクロマトグラフィーを示す(実施例2)。
【図3】EPAからの生成物のガスクロマトグラフィーを示す(実施例2)。
【図4】アラキドン酸からの生成物のHPLC分析結果を示す(実施例4)。
【図5】アラキドン酸からの生成物ピークのMS−MS分析結果を示す(実施例4)。
【図6】アラキドン酸からの生成物ピークの二次元NMR分析結果を示す(実施例4)。
【図7】EPAからの生成物のガスクロマトグラフィーを示す(実施例5)。
【図8】EPAからの生成物ピークのMS−MS分析結果を示す(実施例6)。
【図9】EPAからの生成物ピークの二次元NMR分析結果を示す(実施例6)。
【図10】アラキドン酸からの生成物のHPLC分析結果を示す(実施例7)。
【図11】アラキドン酸からの生成物ピークのMS−MS分析結果を示す(実施例8)。
【図12】アラキドン酸からの生成物ピークの二次元NMR分析結果を示す(実施例8)。
【図13】アラキドン酸濃度と生成物の関係を示す(実施例9)。
【図14】アラキドン酸変換の経時変化を示す(実施例10)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物菌株又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする高度不飽和脂肪酸類の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類の製造方法。
【請求項2】
嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする高度不飽和脂肪酸類を基質に用いて嫌気的に反応を行い該基質の共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類を製造する製造方法。
【請求項3】
嫌気性菌がクロストリジウム属細菌、又はプロピオニバクテリウム属細菌である請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
嫌気性菌がクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832である請求項2記載の製造方法。
【請求項5】
高度不飽和脂肪酸類が、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類である請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
高度不飽和脂肪酸類が、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類が、以下の性質を有する共役高度不飽和脂肪酸類である請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
1)基質の高度不飽和脂肪酸類と同一の二重結合数を有する
2)233nmに紫外吸収を有する
【請求項8】
共役幾何異性体である共役高度不飽和脂肪酸類が、ω7、ω9位に共役二重結合を有する共役高度不飽和脂肪酸類である請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
高度不飽和脂肪酸類の反応初期濃度が約1.5mg/mlであり、反応時間が約24時間である請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
嫌気性菌又はその菌体抽出液を用いることを特徴とする、ω6、ω9位にシス型の二重結合を有する高度不飽和脂肪酸類から共役高度不飽和脂肪酸類を経由して、ω7位にトランス型の二重結合を有する不飽和脂肪酸類を製造する製造方法。
【請求項11】
高度不飽和脂肪酸類が、リノール酸類、γ−リノレン酸類、ジホモ−γ−リノレン酸類、アラキドン酸類、α−リノレン酸類、又はエイコサペンタエン酸類である請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
嫌気性菌がクロストリジウム属、又はプロピオニバクテリウム細菌である請求項10又は11に記載の製造方法。
【請求項13】
クロストリジウム属、又はプロピオニバクテリウム細菌がクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832である請求項12記載の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法で得ることができる共役高度不飽和脂肪酸類。
【請求項15】
請求項10〜13のいずれかに記載の製造方法で得ることができる不飽和脂肪酸類。
【請求項16】
請求項14及び/又は15記載の不飽和脂肪酸類を含有する食品、医薬品、又は化粧品。
【請求項17】
クロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM1386菌株又はその菌体抽出液、及びクロストリジウム・ビフェルメンタンスJCM7832又はその菌体抽出液からなる群から選ばれる1又は2種以上の混合物を含有することを特徴とする共役高度不飽和脂肪酸類の異性化剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2007−252333(P2007−252333A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−84009(P2006−84009)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月15日〜17日 社団法人 日本生物工学会主催の「平成17年度 日本生物工学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(303046299)旭化成ファーマ株式会社 (105)
【Fターム(参考)】