説明

内燃機関のスラッジ付着抑制構造

【課題】オイルが常時行き渡らない部位におけるスラッジの生成、付着、堆積を抑制する。
【解決手段】本発明に係る内燃機関のスラッジ付着抑制構造は、オイルが常時行き渡らず且つオイルミストが接触される内燃機関内部の部位の表面に、スラッジの生成又は付着を抑制するためのスラッジ抑制層35Bを形成したことを特徴とする。好ましくはスラッジ抑制層35Bが、固体のアルカリ性物質からなり、また、ヘッドカバー6に設けられてブローバイガスからオイルを分離するオイルセパレータ室25Bの内面36B,37Bに形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関のスラッジ付着抑制構造に係り、特に、内燃機関の特定部位におけるスラッジの付着を抑制する構造に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用等の内燃機関において、潤滑油であるオイルの劣化に起因してスラッジが発生し、これがエンジン各部に様々な悪影響を与えることが知られている。スラッジは、オイル中に含まれるオレフィンと、ブローバイガスに含まれるNOxやSOxと、水とを主成分とし、これら主成分が熱や酸の力で反応し、スラッジプリカーサやスラッジバインダといった前駆物質を経て生成される。スラッジは視覚的には泥或いはヘドロ状の物質であり、例えば、これが内燃機関内部の通路に堆積すると通路を閉塞するといった問題を引き起こす。
【0003】
特に、内燃機関内部で結露等によって生じる水と、ブローバイガス中に含まれるNOxやSOxとの反応によってできる酸性物質が、スラッジを生成する際の触媒となる。かかる酸性物質のオイルへの混入は、スラッジの生成を促進し、オイルの劣化を加速すると共に、潤滑油の各機能を低下させる。
【0004】
従来、このような酸性物質の生成に対して、潤滑油に金属系清浄剤と称される添加剤を加え、オイル中に生成される酸性物質を中和し、これを以てスラッジの生成を抑制する手段が講じられている。また、弱カチオン性界面活性剤をオイルに添加し、オイルの有するスラッジの油中分散機能を増強することも行われている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−13066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前記従来技術はオイル中に含まれる酸性物質を中和・除去することによってスラッジの発生を抑制するものである。言い換えれば、前記従来技術は、オイル中に分散・拡散するスラッジの量を低減させ、オイル自体の劣化を抑制することを主目的としている。
【0007】
その一方で、内燃機関内部のオイルが常時行き渡らない部位にスラッジが付着・堆積することが問題となっている。即ち、オイルが常時行き渡る部位であれば、スラッジが発生したとしても、このスラッジがオイルで洗い流されるので付着・堆積が起こりにくい。しかしながら、オイルが常時行き渡らない部位であると、そのようなスラッジを洗い流す効果が期待できず、付着・堆積という問題が起こり得る。
【0008】
そこで本発明は、上述の課題に鑑みて創案され、その目的は、オイルが常時行き渡らない部位におけるスラッジの生成又は付着を抑制することができる内燃機関のスラッジ付着抑制構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、第1の発明は、
内燃機関の内部の部位であって、液体としてのオイルが常時行き渡らず且つ気体としてのオイルミストが接触される部位の表面に、スラッジの生成又は付着を抑制するためのスラッジ抑制層を形成したことを特徴とする内燃機関のスラッジ付着抑制構造である。
【0010】
これによれば、スラッジ抑制層により、オイルが常時行き渡らず且つオイルミストが接触される部位の表面におけるスラッジの生成又は付着を抑制することが可能となる。
【0011】
また、第2の発明は、第1の発明において、
前記部位の表面が、外気に晒される外面を有する部位の内面であることを特徴とする。
【0012】
前述したように、水とNOx,SOxとの反応によって酸性物質が生じ、この酸性物質がスラッジの生成を促進する触媒となる。一方、外気に晒される外面を有する部位の内面には、酸性物質の原料となる結露水が生じやすく、従ってスラッジが生成又は付着されやすい。しかしながら第2の発明によれば、このような部位の内面にスラッジ抑制層を形成するので、スラッジ生成又は付着が本来起きやすい表面でのスラッジの生成又は付着を効果的に抑制することができる。
【0013】
また、第3の発明は、第2の発明において、
前記部位の表面が、シリンダヘッドを覆うヘッドカバーの内面、タイミングチェーンを覆うチェーンカバーの内面、及びブローバイガスからオイルを分離するオイルセパレータ室の内面のうちの少なくとも一つであることを特徴とする。
【0014】
ヘッドカバー、チェーンカバー及びオイルセパレータ室のいずれも、外面が外気に晒されて冷却されやすく、内部に結露水が生じやすい。従って、これらの少なくとも一つの内面にスラッジ抑制層を設けることによって、スラッジ生成又は付着が本来起きやすい表面でのスラッジ生成又は付着を効果的に抑制することができる。
【0015】
また、第4の発明は、第1乃至第3いずれかの発明において、
前記スラッジ抑制層が、固体のアルカリ性物質からなることを特徴とする。
【0016】
これによれば、前記部位の表面に生成された酸性物質をアルカリ性物質と化学的に反応させて中和させることができる。よって、スラッジ生成を促進する触媒としての酸性物質を中和除去し、これを以てスラッジの発生、付着を抑制することができる。
【0017】
また、第5の発明は、第4の発明において、
前記アルカリ性物質が、炭酸カルシウムからなることを特徴とする。
【0018】
また、第6の発明は、第1乃至第5いずれかの発明において、
前記スラッジ抑制層の表面が凹凸状に形成されていることを特徴とする。
【0019】
これによれば、スラッジ抑制層の表面を平坦な平面とした場合に比べ、スラッジ抑制層の表面積を実質的に増加し、酸性物質の中和反応を促進することができる。
【0020】
また、第7の発明は、第6の発明において、
前記スラッジ抑制層が、多数の粒子の結合体、及び発泡状物質の少なくとも一つからなることを特徴とする。
【0021】
この場合、スラッジ抑制層と酸性物質との接触面積ないし反応面積を拡大して酸性物質の中和反応を促進することができると共に、酸性物質を物理的に吸収又は吸着して除去することが可能となる。
【0022】
また、第8の発明は、第1乃至第5いずれかの発明において、
前記スラッジ抑制層が、塗布により形成されていることを特徴とする。
【0023】
これによりスラッジ抑制層を比較的容易に形成することが可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、オイルが常時行き渡らない部位におけるスラッジの生成、付着、堆積を抑制することができるという、優れた効果が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態に係る内燃機関の概略断面図である。
【図2】本発明の実施形態に係る内燃機関の部分組立斜視図である。
【図3】ヘッドカバーを下方裏側から見たときの斜視図である。
【図4】バッフルプレートを上方から見たときの斜視図である。
【図5】オイルセパレータ室を示す部分断面図である。
【図6】スラッジ抑制層の形成方法及びその構造を示す拡大断面図である。
【図7】本発明が適用可能なドライサンプ式エンジンの概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の好適一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0027】
図1には本発明が適用される内燃機関、特にそのブローバイガス環流装置が示されている。図示されるように、エンジン1はシリンダブロック2と、ピストン3と、クランクケース4と、シリンダヘッド5と、シリンダヘッド5を上方から覆うヘッドカバー6と、オイルパン7とを備える。ブローバイガスとは、ピストンリングと、シリンダブロック2のシリンダボアとの隙間からクランクケース4内へ漏れ出るガスのことである。このブローバイガスは多量の炭化水素や水分を含む。このため、あまりに多いとエンジンオイルの早期劣化やエンジン内部の錆の原因になる。また、炭化水素が含まれているため、このまま大気に解放することは環境上好ましくない。そのため、ブローバイガスは、吸気負圧を利用して後述の経路を通じて強制的に吸気系統へ戻される。なおエンジンの軽負荷時におけるブローバイガスおよび新気の流れを矢印で示す。
【0028】
吸気通路8にはスロットルバルブ9が設けられ、スロットルバルブ9の下流側の吸気通路8と、ヘッドカバー6内とはPCV通路10によって連通されている。ここでPCVとはPositive Crankcase Ventilationの略称である。また、スロットルバルブ9の上流側の吸気通路8と、ヘッドカバー6内とは大気通路11によって連通されている。PCV通路10にはこれを開閉するPCVバルブ12が設けられる。PCVバルブ12は吸気負圧の大きさに応じて開閉し、流量を変えるものであり、本実施形態ではヘッドカバー6に固設されている。
【0029】
シリンダブロック2とシリンダヘッド5には、ヘッドカバー6内とクランクケース4内とを連通するオイル落とし通路13が設けられている。本実施形態のオイル落とし通路13は、動弁系の潤滑を終えてシリンダヘッド5上に滞留したオイルをオイルパン7へ向けて落とすための通路であると同時に、クランクケース4内のブローバイガスをヘッドカバー6内に向けて上昇移動させるための通路である。クランクケース4からヘッドカバー6に向かって上昇移動するブローバイガスには、クランクケース4内のオイルの攪拌、蒸発によって生成されたオイルミストが含まれる。
【0030】
図示されるように、エンジンの軽負荷時には、PCVバルブ12が開かれ、クランクケース4内のブローバイガスはオイル落とし通路13、ヘッドカバー6内、PCV通路10を順に通じて吸気通路8に戻され、その後シリンダブロック2内の燃焼室で燃焼される。一方このときヘッドカバー6内には大気通路11を通じて大気が導入され、この大気はヘッドカバー6内のブローバイガスを適宜希釈する。
【0031】
他方、図示しないが、エンジンの高負荷時には、PCVバルブ12が閉じられ、ヘッドカバー6内のブローバイガスは大気通路11を通じて吸気通路8に戻される。
【0032】
このようにクランクケース4内のブローバイガスは、ヘッドカバー6内に導入された後、吸気通路8に戻されて燃焼される。ブローバイガスは、燃料成分であるHC(炭化水素)、既燃焼ガスに含まれるNOx及びSOx、水分のほか、クランクケース4内のオイルの攪拌、蒸発によって生成された気体としてのオイルミストを含んでいる。このため、単にブローバイガスを吸気側に環流させるだけだとオイルも同時に燃焼されてしまい、オイルの消費量が多くなると同時に、オイル燃焼による白煙が生じて問題となる。
【0033】
そこで、ヘッドカバー6内には、詳細は後述するが、ブローバイガスからオイルを分離するためのオイルセパレータ室が区画形成されている。このオイルセパレータ室により、ブローバイガスを吸気系に戻す前にオイルを分離して回収することができ、上記問題を解決することができる。
【0034】
図2にエンジン1の外観を示す。図示されるように、エンジン1のクランク軸方向の一端部において、吸気側及び排気側の二本のカムシャフト14I,14Eがタイミングチェーン15を介してクランク軸(図示せず)によって回転駆動される。そして、タイミングチェーン15は、シリンダブロック2に設けられたオイルジェット16から噴出されるオイルによって給油される。タイミングチェーン15はチェーンカバー17によって側方から覆われ、チェーンカバー17は、シリンダブロック2及びクランクケース4に締結される。チェーンカバー17の上端面にはヘッドカバー6が一部締結され、チェーンカバー17の下端面にはオイルパン7が一部締結される。これによりチェーンカバー17内には外部と仕切られた空間が形成される。
【0035】
ヘッドカバー6は、その長手方向に沿って設けられた気筒数(本実施形態では4気筒)と同数のプラグ穴20と、図示しないキャップによって開放可能に閉止される給油口21とを有する。また、ヘッドカバー6には、前述のPCVバルブ12が取り付けられると共に、大気通路11をなす配管が接続される管継手22が取り付けられる。
【0036】
図3に、ヘッドカバー6を裏側から見たときの斜視図が示されている。図示されるように、ヘッドカバー6の裏側上部には、前述のオイルセパレータ室を区画形成するための二つの溝23A,23Bが設けられている。これら溝23A,23Bは、ヘッドカバー6の長手方向Lに伸長されると共に、プラグ穴20を間に挟んで幅方向Wの一方側と他方側とに設けられている。以下、幅方向Wにおける一方の溝23Aが設けられる側を「前」、他方の溝23Bが設けられる側を「後」とする。これら方向は、エンジン1が図2に示されるように車両に横置きされた場合の車両の前後方向に対応する。
【0037】
これら前後の溝23A,23Bは、図4に示されるような略長方形の二つのバッフルプレート24A,24Bによってそれぞれ閉止される。これにより、ヘッドカバー6の前部には、溝23Aとバッフルプレート24Aとによって区画される一つのオイルセパレータ室25Aが形成され、またヘッドカバー6の後部には、溝23Bとバッフルプレート24Bとによって区画される一つのオイルセパレータ室25Bが形成されることとなる。これら前後のオイルセパレータ室25A,25Bは別個独立である。
【0038】
バッフルプレート24A,24Bは、図示状態から上下左右に反転され、それら周縁部が、ヘッドカバー6の溝23A,23Bの周縁部に形成された四角枠状の接合面26A,26Bに接合された後、溶接、ボルト止め等の締結手段によりヘッドカバー6に固定される。接合面26A,26Bに設けられた位置決めピン27A,27Bと、バッフルプレート24A,24Bに設けられた位置決め穴28A,28Bとが、両者の位置合わせに使用される。こうして出来たオイルセパレータ室25A,25Bは後述するガス出入口の部分を除いて基本的に閉じた空間である。
【0039】
ヘッドカバー6において、溝23A,23Bの底部には、そこから起立する複数のじゃま板29A,29Bが長手方向に所定間隔で一体に設けられ、他方、バッフルプレート24A,24Bの上面にも、そこから起立する複数のじゃま板30A,30Bが長手方向に所定間隔で設けられる。図5を参照して、これら上下のじゃま板29A,29B及び30A,30Bは、バッフルプレート24A,24Bが組み付けられたときに長手方向Lに交互に配置され、その長手方向Lにブローバイガスが流れるときの蛇行状の通路を画成する。これによって、オイルセパレータ室25A,25Bの長手方向にブローバイガスが流れるとき、ブローバイガスは屈曲されつつ流されることになり、これによってブローバイガスからのオイルの分離が促進される。なお、オイルセパレータ室の通路構造については様々なものが知られており、このような上下に蛇行する構造の他、左右に蛇行する構造、両者を組み合わせた構造、より複雑な迷路構造などがある。いずれの通路構造を採用しても本発明は適用可能である。
【0040】
図3に示すように、前部のオイルセパレータ室25Aに関しては、溝23Aの右端面に大気導入口31Aが形成され、この大気導入口31Aが前記管継手22に接続されて大気の取り入れ口となる。また、図4に示すように、前部バッフルプレート24Aの取付状態における左端部(図4では右端部)に大気の出口穴32Aが形成される。
【0041】
よって、ヘッドカバー6内に大気を導入するときは、図3、図4に白抜き矢印で示されるように、大気がまず大気導入口31Aから前部オイルセパレータ室25A内に入り、前部オイルセパレータ室25A内を図中右から左へと流れ、出口穴32Aから室外に流出される。また、エンジン高負荷時において、ブローバイガスが前部オイルセパレータ室25Aを通過して吸気側に戻されるときは、流れ方向が逆となり、ブローバイガスが出口穴32Aからオイルセパレータ室25A内に入って図中左から右へと流れ、このときブローバイガスからオイルが分離される。オイル分離後のブローバイガスは大気導入口31Aから大気通路11へと流出され、分離されたオイルは出口穴32Aから落とされる。
【0042】
他方、後部のオイルセパレータ室25Bに関しては、図4に示すように、バッフルプレート24Bの取付状態における右端部(図4では左端部)に、ブローバイガスの入口溝31Bが形成される。この入口溝31Bは、オイルセパレータ室25Bに溜まったオイルの落とし穴を兼用する。また、図3に示すように、溝23Bの左端部に後方に向かうブローバイガスの出口穴32Bが形成され、この出口穴32Bが前記PCVバルブ12に接続される。
【0043】
よって、ブローバイガスが吸気側に戻されるときは、図3、図4に黒塗り矢印で示されるように、ブローバイガスが入口溝31Bから後部オイルセパレータ室25B内に入って室内を右から左へと流れ、このときブローバイガスからオイルが分離される。オイル分離後のブローバイガスは出口穴32BからPCV通路10へと流出され、分離されたオイルは入口溝31Bから落とされる。
【0044】
ところで、かかるオイルセパレータ室25A,25Bは、ブローバイガスに含まれる気体としてのオイルミストが存在し、且つその内壁にオイルミストが接触される部位ではあるものの、オイルが常時行き渡る部位ではなく、言い換えればオイルが積極的に流されるような部位ではない。従って、オイルセパレータ室25A,25Bの内面にはスラッジが生成・付着・堆積し易い。
【0045】
より詳しく述べると、ブローバイガス中に含まれるNOxやSOxと、結露等によって生じる水との反応によってできる酸性物質が、スラッジを生成する際の触媒となる。一方、オイルセパレータ室25A,25B内のブローバイガスにはNOxやSOxが含まれており、また、ヘッドカバー6がエンジンからの熱を伝達されづらく且つ外面が外気に晒されて冷却風等によって冷却されるので、ヘッドカバー6の内面には結露等による凝縮水が生じやすい。よって、オイルセパレータ室25A,25B内では酸性物質ができやすく、この結果スラッジが発生しやすくなってその付着・堆積が起きやすい。しかも、オイルが積極的に流されるような部位ではないので発生したスラッジを洗い流す効果も期待できない。
【0046】
オイルセパレータ室25A,25Bの内面にスラッジが付着・堆積すると、その室内に形成されたブローバイガス通路が半ば閉塞状態となり、オイル分離性能が低下する結果、ブローバイガス中のオイルミストが多量に吸気側に戻されてしまってオイル消費量増加やオイル燃焼による白煙発生などの不具合をもたらす。
【0047】
そこで、本実施形態では、オイルセパレータ室25A,25Bのような基本的にオイルの行き渡らない部位において、スラッジの生成又は付着を抑制するため、当該部位の表面にスラッジ抑制層を形成することとしている。スラッジ抑制層を図3及び図4にドット部分で示す。
【0048】
スラッジ抑制層は、好ましくは固体のアルカリ性物質からなり、このアルカリ性物質としては例えば炭酸カルシウム(CaCO3)が用いられる。例えば後部のオイルセパレータ室25Bにおいて、スラッジ抑制層35Bは、ヘッドカバー6の内面となる溝23Bの底面と、バッフルプレート24Bの上面とに形成され、即ち、図5にも示されるように、オイルセパレータ室25B内の上面(天井面)36Bと下面(床面)37Bとに形成される。
【0049】
本実施形態において、スラッジ抑制層35Bはオイルセパレータ室25B内の上面36B及び下面37Bの全面に設けられるが、部分的に設けられてもよい。スラッジ抑制層35Bを設けると、その厚さ分だけ室内の通路面積が減少するので、本実施形態では、その通路面積減少をできるだけ少なくするため、じゃま板29B,30Bにはスラッジ抑制層35Bが形成されていない。但し、これを形成するのは任意である。なお、図4に示されるように、バッフルプレート24Bの上面のうち、ヘッドカバー6の接合面26A,26Bと接合される周縁部には、スラッジ抑制層35Bは設けられていない。
【0050】
オイルセパレータ室25Bの上面36Bは、外気に晒されるヘッドカバー外面の裏面若しくは内面であることから、図5に仮想線で示されるように、結露による水Mが生じやすく、また、その水Mは下面37Bに滴下しやすい。よって上面36Bと下面37Bとでは水MとNOx、SOxとの反応による酸性物質ができやすいが、本実施形態ではそれら上面36B及び下面37Bにスラッジ抑制層35Aを形成するので、そこに生成された酸性物質を効果的に中和し、スラッジの発生・付着を抑制できる。
【0051】
他方、前部のオイルセパレータ室25Aについても同様の構成がなされており、スラッジ抑制層35Aが、オイルセパレータ室25Aの上面(天井面)36Aと下面(床面)37Aとにのみ、全面に亘って形成される。
【0052】
このように、オイルが常時行き渡らず且つオイルミストが接触されるオイルセパレータ室25A,25Bの内面に、アルカリ性物質からなるスラッジ抑制層35A,35Bを設けると、生成された酸性物質をアルカリ性物質と反応させて中和させることができる。従ってこれにより、スラッジ生成を促進させる酸性物質の除去が可能となり、これを以てスラッジの発生を抑制し、その付着・堆積を抑制することができる。
【0053】
また、生成された酸性物質を中和除去するので、この酸性物質がオイル中に溶け込んでオイルを劣化させるのを同時に抑制できる。
【0054】
なお、本実施形態では図3に示されるように、前後のオイルセパレータ室25A,25B以外のヘッドカバー内面にも、スラッジ抑制層35Cが形成されている。ヘッドカバー6はその全体が冷却されやすいので、本実施形態の如くオイルセパレータ室25A,25B以外のヘッドカバー内面にスラッジ抑制層35Cを形成することは好ましい。
【0055】
以上の説明から理解されるように、本実施形態は、オイルが常時行き渡らず且つオイルミストが接触される部位の表面に、酸性物質を中和させるようなスラッジ抑制層を設けるものである。よって、オイル中に混入した酸性物質を中和させるためにオイルに添加剤を混入する特許文献1に記載されたような従来技術は、本実施形態と根本的に相違する。
【0056】
かかるスラッジ抑制層35A,35Bの形成方法としては例えば次のような方法がある。例えば図6(A)に示すように、アルカリ性物質からなる多数の粒子38を対象面39に分散配置し、接着剤で結合、固定させる方法がある。これによりスラッジ抑制層35A,35Bは多数の粒子の結合体からなる。図示例では中実の粒子38を用いているが、中空の粒子を用いてもよい。或いは、図6(B)に示すように、溶液中にアルカリ性物質を分散させておいてこれを発泡状或いはムース状に対象面39に塗布し、その後溶液を乾燥させることによりアルカリ性物質42を対象面39に固着させる方法がある。この場合、スラッジ抑制層35A,35Bは発泡状物質からなることとなる。或いは、図6(C)に示すように、内部に多数の空孔40を有するアルカリ性物質のプレート41(例えば軽石板のようなもの)を予め作製しておき、このプレート41を対象面39に固定する方法がある。この場合もスラッジ抑制層35A,35Bは発泡状物質からなることとなる。或いは、図6(D)に示すように、アルカリ性物質を分散させた溶液を刷毛又はスプレーにより対象面39に塗布し、その後溶液を乾燥させることによりアルカリ性物質42を対象面39に固着させる方法がある。この場合、スラッジ抑制層35A,35Bは実質的に空孔を含まない単一層からなり、比較的容易に形成されることとなる。スラッジ抑制層35A,35Bの表面は、図6(A)〜(C)の構造の場合、凹凸状に形成され、図6(D)の構造の場合、平坦な平面に形成される。
【0057】
これら各方法、及び各方法によってもたらされる各構造は、異なる部位毎に二以上組み合わせて用いることもできる。特に図6(A)〜(C)に示されたような各構造によれば、図6(D)に示されたような構造に比べて、スラッジ抑制層の表面積を実質的に拡大できると共に、スラッジ抑制層と酸性物質との接触面積ないし反応面積を拡大することができ、酸性物質の中和反応を促進することができる。また、図6(A)〜(C)に示されたような各構造によれば、酸性物質を物理的に吸収或いは吸着することができる。そしてスラッジ抑制層を、アルカリ性物質を含むスポンジから構成すれば、かかる吸収・吸着を容易に行えるようになる。このことによっても酸性物質を除去し、スラッジの発生、付着を抑制することができる。
【0058】
なお、スラッジ抑制層の形成方法や構造は上述のものに限られない。例えば、図6(D)に示されたような単一層の構造を採用しつつ、その表面を凹凸状に形成して表面積を実質的に拡大してもよい。
【0059】
本実施形態に関して本発明者らは比較試験を行った。これによると、オイルセパレータ室の上下面にスラッジ抑制層を設けなかったものについては、オイルセパレータ室の上下面に著しいヘドロ状のスラッジの付着・堆積が見られた。これに対し、スラッジ抑制層を設けたものについては、同一条件で比較したときにオイルセパレータ室の上下面にはスラッジの付着がほぼ見られなかった。こうして本発明の効果を確認することができた。
【0060】
ところで、スラッジ抑制層を形成する部位は、上記のようなオイルセパレータ室や、オイルセパレータ室以外のヘッドカバー部分に限られない。図2に一点鎖線で囲まれた領域にスラッジ抑制層を形成するのが好ましいが、この領域には前述したようなヘッドカバー6のほか、チェーンカバー17、特にその上部が含まれる。チェーンカバー17もヘッドカバー6と同様に、外面が外気に晒されて冷却されやすい。またチェーンカバー17の上部は、エンジンの熱を受けにくく、且つヘッドカバー6の低温が伝わってくるので、特に冷却されやすい。よってチェーンカバー17、特にその上部の内面には、結露による水が生じやすい。また、チェーンカバー17の内側の空間にはオイル中に含まれるブローバイガスが蒸散しており、且つオイルミストが存在し、液体としてのオイルは流動されない。オイルはチェーン15の潤滑に必要且つ十分な量しかオイルジェット16から供給されず、よって、チェーンカバー17内ではオイルの流動がない。これらの理由から、チェーンカバー17、特にその上部の内面に、スラッジ抑制層を形成するのが好ましい。
【0061】
このほか、次のような部位もスラッジ抑制層の形成に好適である。図7はドライサンプ式エンジン100を概略的に示す。このドライサンプ式エンジン100は、エンジン本体101側にオイル溜めとしてのオイルパンを有さず、エンジン本体101の底部からオイルをスカベンジングポンプ102で吸引し、別個独立に設置されたオイルタンク103に回収するようになっている。オイルタンク103に貯留されたオイルはフィードポンプ109によりエンジン100の各潤滑部に循環供給される。
【0062】
ところで、オイルタンク103に回収されるオイルにはブローバイガスが混入していることから、オイルタンク103内ではブローバイガスとオイルミストとが発生する。よって前記同様に、オイルタンク103の上端部には、ブローバイガスからオイルを分離するオイルセパレータ室104が形成されている。このオイルセパレータ室104の内面、特にその上面及び下面に、スラッジ抑制層を形成するのも好ましい。なお、オイルタンク103のオイルセパレータ室104におけるオイル分離後のブローバイガスは、PCVバルブ108を通って吸気側に戻される。
【0063】
このほか、オイルセパレータ室は、クランクケースやシリンダブロックに隣接して設置される場合もある。このような場合にも、オイルセパレータ室の内面にスラッジ抑制層を形成するのが好ましい。
【0064】
以上、本発明の好適実施形態を述べたが、本発明は上記以外の他の実施形態を採ることも可能である。例えば、スラッジ抑制層をなすアルカリ性物質は炭酸カルシウム以外のものも使用可能である。スラッジ抑制層を形成する部位としても様々な他の部位が考えられる。
【0065】
前記実施形態では、オイルセパレータ室の上面及び下面にスラッジ抑制層を形成したものを述べたが、オイルセパレータ室の上面のみ、或いは下面のみに、スラッジ抑制層を形成してもよい。また、前記実施形態では、ヘッドカバー内にオイルセパレータ室を設け、ヘッドカバーの内面とオイルセパレータ室の上面とを兼用させたものについて述べたが、ヘッドカバー内にオイルセパレータ室が設けられていないものについても、ヘッドカバーの内面に単独でスラッジ抑制層を形成してもよい。また、ヘッドカバー内にオイルセパレータ室が設けられているものについて、オイルセパレータ室以外の部分におけるヘッドカバーの内面にスラッジ抑制層を形成してもよい。オイルセパレータ室の設置位置は特に限定されず、特にオイルセパレータ室が外気に晒される外面を有する場合は、その外面の裏側に位置するオイルセパレータ室の内面に、スラッジ抑制層を形成するのが好ましい。
【0066】
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。
【符号の説明】
【0067】
1,100 エンジン
2 シリンダブロック
5 シリンダヘッド
4 クランクケース
6 ヘッドカバー
15 タイミングチェーン
17 チェーンカバー
23A,23B 溝
24A,24B バッフルプレート
25A,25B オイルセパレータ室
35A,35B スラッジ抑制層
36A,36B オイルセパレータ室の上面
37A,37B オイルセパレータ室の下面
42 アルカリ性物質
38 粒子
39 対象面
40 空孔
41 プレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の内部の部位であって、液体としてのオイルが常時行き渡らず且つ気体としてのオイルミストが接触される部位の表面に、スラッジの生成又は付着を抑制するためのスラッジ抑制層を形成したことを特徴とする内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項2】
前記部位の表面が、外気に晒される外面を有する部位の内面であることを特徴とする請求項1記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項3】
前記部位の表面が、シリンダヘッドを覆うヘッドカバーの内面、タイミングチェーンを覆うチェーンカバーの内面、及びブローバイガスからオイルを分離するオイルセパレータ室の内面のうちの少なくとも一つであることを特徴とする請求項2記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項4】
前記スラッジ抑制層が、固体のアルカリ性物質からなることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項5】
前記アルカリ性物質が、炭酸カルシウムからなることを特徴とする請求項4記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項6】
前記スラッジ抑制層の表面が凹凸状に形成されていることを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項7】
前記スラッジ抑制層が、多数の粒子の結合体、及び発泡状物質の少なくとも一つからなることを特徴とする請求項6記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。
【請求項8】
前記スラッジ抑制層が、塗布により形成されていることを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の内燃機関のスラッジ付着抑制構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−285996(P2010−285996A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−185442(P2010−185442)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【分割の表示】特願2006−304515(P2006−304515)の分割
【原出願日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】