説明

半導体酸化物膜およびその製造方法、ならびに半導体酸化物膜を用いた水素発生装置

【課題】従来よりも光電変換効率が改善された光触媒膜として用いられ得る新規な膜およびその製造方法、ならびに、このような膜を用いた、水溶液から水素を発生するのに適した水素発生装置を提供する。
【解決手段】光を吸収して電子と正孔を生じる半導体酸化物で形成された膜であって、当該半導体酸化物が、Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23であることを特徴とする半導体酸化物膜およびその製造方法、ならびに当該半導体酸化物膜を用いた水素発生装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体酸化物膜およびその製造方法、ならびに半導体酸化物膜を用いた水素発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、地球温暖化を防止するために温室効果ガスの排出量削減が求められており、この施策の一つとして、風力および太陽光などのクリーンエネルギーの導入が推進されている。また、水素を主要なエネルギー源と想定した水素社会実現に向け、燃料電池、水素製造技術、水素貯蔵・輸送技術などが、現在活発に研究されている。
【0003】
水素は、現状、石炭、石油や天然ガスなどの化石燃料を原料として製造することができるが、将来的には、水、バイオマスなどの非化石燃料とクリーンエネルギーを用いた水素製造技術が望まれている。
【0004】
ところで、太陽光などの光を受光して光起電力を発生し、その光起電力により電気化学反応を引き起こす半導体光触媒として、二酸化チタン(TiO2)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)などの金属酸化物半導体が知られている。たとえば、白金電極と、半導体光電極としての二酸化チタン電極とを水中に配置し、二酸化チタン電極に紫外線を照射すると、水を水素と酸素とに分解できることが知られている。
【0005】
水の電気分解が可能で、太陽光を十分利用できる半導体光触媒や半導体光電極の条件としては、(1)水の電解電圧(理論値:1.23V+過電圧)以上の光起電力を有すること、すなわち伝導帯のエネルギー準位が水素発生電位よりもマイナスであり、かつ価電子帯のエネルギー準位が酸素発生電位よりプラスであること、ならびに、(2)半導体光触媒や半導体光電極自身が電解液中で光溶解を起こさない、化学的な安定性を有することなどが必要である。
【0006】
代表的な半導体光触媒である二酸化チタンは、エネルギーバンドギャップが約3.2eVと大きく、水分解に必要な電位条件を満たすので、水の分解が可能であり、電解液中で溶解しないという長所があるが、太陽光スペクトルの約380nmより長い波長の光に対してほとんど感度がなく、太陽光に対する光電変換効率が極めて低いという問題がある。
【0007】
また、二酸化チタンは、上述したように水分解に必要な電位条件を満たすので、水の分解は原理上可能であるが、実際には、二酸化チタンの伝導帯のエネルギー準位は水素発生電位より僅かにマイナスに位置しているだけなので、過電圧などによりバイアスなしで水素を十分に発生させることはできていない。そこで一般的には、二酸化チタンを用いた水の分解には、外部電源を用いたバイアス、または、二酸化チタンをアルカリ性溶液に、白金電極を酸性溶液にそれぞれ浸漬することで生じるpH差を利用した化学的バイアスなどが用いられている。
【0008】
エネルギーバンドギャップの小さい材料(たとえば酸化タングステン(WO3)では約2.5eV、三酸化二鉄(Fe23)では約2.3eV)を用いた場合、酸化タングステンでは波長約460nm以下の光を吸収でき、また、三酸化二鉄では波長約540nm以下の光を吸収することができる。しかし、これらの材料の伝導帯のエネルギー準位は水素発生電位よりもプラスであり、バイアスなしでは水素を発生することはできない。
【0009】
そこで、たとえば特表2003−504799号公報(特許文献1)および特表2004−504934号公報(特許文献2)に記載されているように、電解質水溶液に浸漬された光触媒と色素増感型太陽電池を積層し、電気的に接続したタンデムセルが知られている。このタンデムセルの概略を、図7を用いて説明する。図7に示すタンデムセル51は、直列に接続された2つの光化学系から構成され、図7の紙面に関して左側に示されるセル(第1セル)は、イオン伝導の目的で電解質が添加された水からなる水性電解質液53を含み、この水性電解質液53が水の光分解に付される。図7に示すタンデムセル51において、太陽光は、ガラスシート52を介してセル内に入り、水性電解質液53を通り抜けた後に、WO3またはFe23などの酸化物から構成される中間細孔の半導体膜54により構成された電池の後壁に衝突する。この半導体膜54に含まれる酸化物は、太陽スペクトルの青色および緑色の部分を吸収し、黄色および赤色の光がその酸化物を通して透過する。太陽スペクトルの黄色および赤色部分は、第1セルの後壁の後ろに取り付けられた、第2電池(図7の紙面に関して右側に配置されたセル)によって捕捉される。第2セルは、光駆動電気バイアスとして機能する、染料増感化された中間細孔TiO2膜を含む。また第2セルは、第1セルの後壁を構成するガラスシート52の背面に堆積された透明な導電酸化膜55を含み、この導電酸化膜55は色素誘導化ナノ結晶チタニア膜56で被覆される。この色素誘導化ナノ結晶チタニア膜56は有機レドックス電解液57に接触するとともに、透明な導電酸化膜の堆積により有機電解液側で導電性となるガラス製の対極58に接触する。この対極58に接触して、上述した水溶性電解液53と同組成の水溶性電解液59が収容され、この水溶性電解液59中には、水素を発生させるための陰極60が浸漬されている。また、図7のタンデムセル51において、第1セルと第2セルとは、イオン伝導膜またはガラスフリットで形成された隔膜61にて互いに隔てられる。
【特許文献1】特表2003−504799号公報
【特許文献2】特表2004−504934号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
太陽光を利用することを考えると、エネルギーバンドギャップのより小さなFe23を半導体光触媒として用いることが好ましい。また、Wはレアメタルであり、資源枯渇性の観点からも、Feを用いることが好ましい。しかし、Fe23の光触媒作用は、現状では、WO3と比較して低いという問題があった。
【0011】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、従来よりも光電変換効率が改善された光触媒膜として用いられ得る新規な膜およびその製造方法、ならびに、このような膜を用いた、水溶液から水素を発生するのに適した水素発生装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、Fe23膜の光発生電流を向上させるために様々な元素のFe23への添加を試みた。その結果、Fe23にTiを添加した場合も最も効果があることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0013】
本発明の半導体酸化物膜は、光を吸収して電子と正孔を生じる半導体酸化物で形成された膜であって、当該半導体酸化物が、Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23であることを特徴とする。
【0014】
本発明はまた、Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23膜を製造する方法であって、α−Fe23およびTiO2をターゲット材料として用いてスパッタリング法により成膜する工程と、形成された膜を550〜600℃で熱処理する工程とを含む、半導体酸化物膜の製造方法についても提供する。
【0015】
本発明はさらに、受光面側から、上述した本発明の半導体酸化物膜と、透明導電膜と、透明基板と、太陽電池とを少なくとも備え、前記透明基板に厚み方向に貫通して、透明導電膜と太陽電池とを電気的に接続する導電部材が設けられていることを特徴とする水素発生装置についても提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、従来と比較して光電変換効率が改善された、光触媒膜として用いられ得る半導体酸化物膜を提供することができる。また本発明の半導体酸化物膜の製造方法にいれば、このような光触媒膜に好適に用いられる本発明の半導体酸化物膜を好適に製造することができる。さらに、本発明によれば、上述した本発明の半導体酸化物膜を用いることによって、水を分解して水素を発生するのに適した水素発生装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の半導体酸化物膜は、光を吸収して電子と正孔を生じる半導体酸化物で形成された膜であって、当該半導体酸化物が、Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23であることを特徴とする。このような本発明の半導体酸化物膜を光触媒膜として用いることで、従来と比較して光電変換効率が格段に改善され得、後述する作用機序により水を分解して水素を発生するための水素発生装置用の材料として好適に用いることができる。なお、本発明の半導体酸化物膜において、TiをFe23に添加することによって、光電変換効率が改善される理由としては、Fe23にドーパントとして作用するTiを添加することにより、導電率が改善されたためであると考えられる。
【0018】
本発明の半導体酸化物膜を形成する半導体酸化物におけるFeに対するTiの原子数比が0.05未満である場合、または、0.2を超える場合には、光電変換効率が低いという不具合がある。これは、Feに対するTiの原子数比が0.05未満である場合には、Tiのドーパント作用が不十分であり、また、Feに対するTiの原子数比が0.2を超える場合には、α−Fe23の結晶性が悪化することに起因すると考えられる。なお、上述したFeに対するTiの原子数比は、半導体酸化物膜を塩酸で溶解した後、ICP発光分光分析を行うことによって測定された値を指す。
【0019】
本発明の半導体酸化物膜は、その厚みについては特に制限されないが、0.1〜0.6μmの範囲内であることが好ましく、0.2〜0.4μmの範囲内であることがより好ましい。半導体酸化物膜の厚みが0.1μm未満である場合には、光吸収が不十分となる傾向にあるためであり、また、半導体酸化物膜の厚みが0.6μmを超える場合には、光発生キャリアの再結合が増加する傾向にあるためである。なお、上述した半導体酸化物膜の厚みは、たとえばエリプソメータを用いて測定された半導体酸化物膜の平均の厚みを指す。
【0020】
上述した本発明の半導体酸化物膜を製造する方法は特に制限されるものではないが、α−Fe23とTiO2からなるターゲット材料を用いてスパッタリング法により成膜する工程と、形成された膜を550〜600℃で熱処理する工程とを含む方法によって特に好適に製造することができる。本発明は、このような本発明の半導体酸化物膜の製造方法についても提供するものである。
【0021】
本発明の半導体酸化物膜の製造方法ではまず、α−Fe23およびTiO2をターゲット材料として用いてスパッタリング法により成膜する。スパッタリング法を行うための装置としては特に制限されるものではないが、膜厚を高精度に制御できることから、高周波マグネトロンスパッタ法を採用することが好ましい。また、成膜条件についても特に制限されるものではないが、高周波マグネトロンスパッタ装置を用いる場合には、RF電源パワーは100〜200W、基板温度は室温(25℃)〜200℃、ガス組成比はAr:O2=25:1〜5(sccm)、成膜圧力は0.5〜3Pa、基板−ターゲット間距離は100〜140mm、成膜開始チャンバー内真空度は2×10-3Pa以下の条件にて形成することが好ましい。本発明の半導体酸化物膜の製造方法では、形成された膜中のFeに対するTiの原子数比を0.05〜0.2(好ましくは0.1)とする必要があるが、この原子数比は、たとえば、一方のターゲット(たとえばα−Fe23)のRFパワーおよび基板−ターゲット距離を固定しておき、他方のターゲット(たとえばTiO2)のRFパワーおよび基板−ターゲット距離を適宜変動させることで、調整することができる。なお、上記条件はあくまで例示であって、成膜条件は使用する成膜装置に応じて適宜変更・選択することができる。半導体酸化物膜の厚みは、成膜時間により調整することができる。
【0022】
本発明の半導体酸化物膜の製造方法では、次に、上述のようにして得られた膜に、550〜600℃の範囲内の温度での熱処理を施す。この熱処理は、スパッタリング法で成膜された膜を結晶化させる目的で行われ、熱処理を行わない場合には、アモルファス状の膜となっており、光電変換特性を示さないという不具合がある。また熱処理の温度が550℃未満である場合には、結晶化が不十分であり、光電変換効率が低いという不具合があり、また、熱処理の温度が600℃を超える場合には、透明導電膜(後述)と半導体酸化物膜との間で拡散が起こったことが原因と考えられる光電変換効率の低下が起こるという不具合がある。上述した550〜600℃の範囲内の温度で熱処理を施すことで、半導体酸化物膜中の半導体酸化物中のα−Fe23結晶構造を壊すことなく熱処理を行うことができる。なお、得られた半導体酸化物膜において、半導体酸化物中のα−Fe23結晶構造が壊れているか否かは、たとえばX線回折装置を用いて測定されたX線回折パターンにα−Fe23結晶が存在するか否かによって確認することができる。熱処理は、たとえば高温電気炉など従来公知の適宜の装置を用いて行うことができる。また熱処理の際の雰囲気は特に制限されるものではなく、たとえば大気圧雰囲気で行うことができる。
【0023】
図1は、本発明の好ましい一例の水素発生装置1を模式的に示す断面図であり、図2は図1に示す水素発生装置1の正面図である。なお、図1は、図2の切断面線I−Iからみた断面を示している。本発明は、上述した本発明の半導体酸化物膜を用いた水素発生装置についても提供するものである。本発明の水素発生装置1は、図1および図2に示されるように、受光面側から、上述した本発明の半導体酸化物膜2と、透明導電膜3と、透明基板4と、太陽電池Sとを少なくとも備え、前記透明基板4に厚み方向に貫通して、透明導電膜3と太陽電池Sとを電気的に接続する導電部材5a,5bが設けられていることを特徴とする。
【0024】
本発明の水素発生装置1に用いられる透明基板4としては、透光性を有する基板が用いられる。ここで、「透光性」とは、波長約350〜1000nmの光をほとんど吸収せずに透過させる性質を有し、たとえば可視紫外分光光度計により透過スペクトルを測定することで確認することができる。このような透明基板4としては、たとえば、ガラス基板、石英基板などを用いることができる。中でも、耐熱性に優れることからガラス基板を用いることが好ましい。
【0025】
透明基板4の厚みは、特に制限されるものではないが、0.3〜5mmの範囲内であることが好ましい。透明基板4の厚みが0.3mm未満である場合には、水素発生装置を実現した際に構造的に支持することが困難となる虞があるためであり、また、透明基板4の厚みが5mmを超える場合には、貫通孔の形成などの加工が困難となる傾向にあるためである。また、透明基板4の大きさおよび形状は、本発明の水素発生装置に用いるのに適当な大きさであればよく、たとえば、縦100〜500mm、横100〜500mmの断面方形状の透明基板4を好適に用いることができる。
【0026】
透明基板4と本発明の半導体酸化物膜2との間に介在される透明導電膜3としては、透光性を有するものであれば、特に制限されるものではなく、たとえば、ITO(In23−SnO2)膜、FドープSnO2膜、ZnO膜などを好ましい例として挙げることができる。なお、透明導電膜3における「透光性」とは、透明基板4における透光性について上述した定義と同じであり、同様の方法にて確認することができる。
【0027】
本発明における透明導電膜3は、その厚みについては特に制限されるものではないが、0.1〜0.5μmの範囲内であることが好ましい。透明導電膜3の厚みが0.1μm未満の場合には、直列抵抗が増加する傾向にあり、また透明導電膜3の厚みが0.5μmを超える場合には、膜の剥れやクラックが発生しやすくなる傾向にあるためである。なお、透明導電膜3の厚みは、本発明の半導体酸化物膜の厚みについて上述したのと同様の方法を用いて測定された値を指す。
【0028】
また、透明基板4の透明導電膜3が形成された側とは反対側には、太陽電池Sが設けられる。太陽電池Sは、当分野において通常用いられる太陽電池であれば特に制限されることなく用いることができるが、現状、長期信頼性に優れる、結晶シリコン(Si)太陽電池を用いることが好ましい。ここで、太陽電池Sは、1個の太陽電池からなるように構成されてもよく、また複数個の太陽電池からなるように構成されてもよいが、本発明の半導体酸化物膜の高い光電流値を引き出すため、直列に電気的に接続された複数個(図1に示す例では3個)の太陽電池セルから構成されるように実現されることが好ましい。なお、太陽電池Sに要求される特性としては、たとえば、本発明の半導体酸化物膜2の光電流特性が3mA/cm2である場合には、透明基板4からは約260mAの光電流が発生するため、半導体酸化物膜2を透過した光によって太陽電池S一枚あたり約260mA以上の電流と約0.5Vの電圧を発生し得る特性を有することが好ましい。
【0029】
本発明の水素発生装置1では、透明基板4の厚み方向に貫通して、透明導電膜3と太陽電池Sとを電気的に接続する導電部材5a,5bが設けられている。導電部材5a,5bは、たとえば、断面方形状の透明基板4の一辺に沿って所定の間隔にて複数個予め形成された貫通孔に導電性材料を埋め込むことによって形成される。また、図1に示す例では、透明基板4の上記一辺と対向する辺に沿って、かつ前記複数個の導電部材5aに対応する位置に、所定の間隔にて複数個の貫通孔が予め形成され、この貫通孔にも導電性部材が埋め込まれることによって、導電部材5bが形成される。なお、この導電部材5bは、図1に示す水素発生装置1においては、電解質水溶液側に露出する。このような導電部材5a,5bによって、透明基板4上に形成された透明導電膜3を太陽電池Sに電気的に接続する。具体的には、複数個の太陽電池Sにそれぞれ1個ずつ形成されたプラス電極Saとマイナス電極Sbとを、互いに隣り合う太陽電池S同士でリード線9を介して直列に電気的接続し、余ったプラス電極Saを導電部材5aに、マイナス電極Sbを導電部材5bにリード線9を介して電気的に接続するようにする。
【0030】
導電部材5a,5bの形成材料は、導電性を有する材料であれば特に制限されるものではなく、たとえば銀、銅などを挙げることができる。中でも、銀ペーストは焼結により容易に低抵抗な導電体となるため、銀ペーストを前記貫通孔に充填後、焼成することによって導電部材5a,5bを形成することが好ましい。
【0031】
また、本発明の水素発生装置1では、図1および図2に示す例のように、透明基板4における上述した複数個の導電部材5bに、それぞれ導電性接着剤7を介して、複数本のワイヤ電極6が設けられてなることが好ましい。ワイヤ電極6は、導電性接着剤7によりその基端部が設けられた導電部材5bより、透明基板4の厚み方向に沿って立ち上がり、半導体酸化物膜2と接触しないように中途で折り曲げられ、半導体酸化物膜2と間隔を空けながら対向して導電部材5a側へ延びるように設けられている。このワイヤ電極6は、本発明の水素発生装置1を横へ寝かせたり傾斜させて使用しても、ワイヤ電極6の先端部が半導体酸化物膜2と接触してしまうことがないように、たとえば白金などの材料にてワイヤ電極6を形成することで剛性をもたせるようにすることが好ましい。また、ワイヤ電極6は、水素発生装置1の筐体11のカバーガラス12にその先端部を固定するようにすることで、半導体酸化物膜2と接触しないようにしてもよい。このように、ワイヤ電極6を半導体酸化物膜2と接触しないように、当該半導体酸化物膜2と近接対向させて設けることで、太陽電池Sを電解質液中に浸漬する構造を避けて耐久性の向上を図ることができ、また、アノードとなる半導体酸化物膜2とカソードとなるワイヤ電極6との距離を近づけて抵抗を減らすことができる。
【0032】
なお、ワイヤ電極6を導電部材5bに設けるために用いられる導電性接着剤7としては、導電性を有しかつ接着性を有するものであれば特に制限なく従来公知のものを適宜用いることができる。中でも好適な導電性接着剤として銀、銅、ニッケルなどの金属フィラーをエポキシ樹脂などのバインダと混練したタイプの導電性接着剤を挙げることができる。
【0033】
本発明の水素発生装置1では、上述したように本発明の半導体酸化物膜2、透明導電膜3が順次形成された透明基板4に、厚み方向に貫通した導電部材5a,5bを設け、透明導電膜3と太陽電池Sとを電気的に接続した構造物を、図1および図2に示す例のように電解質水溶液8とともに筐体11内に収容することで実現される。本発明の水素発生装置1に用いられる筐体11は、一方側に開口を有し、上述した構造物を嵌め込んで保持し得る形状を有するフレーム13と、当該フレーム13の開口に嵌めこまれるカバーガラス12とを有する。すなわち、本発明の水素発生装置1における筐体11は、本発明の半導体酸化物膜2および透明導電膜3が形成された透明基板4の厚み方向一方側が配置される側が少なくとも透光性を有するように形成され、後述する水分解による水素発生に際しては、このカバーガラス12が設けられた側を受光面側として用いる(図1に示す例では、白抜きの矢符にて、水素発生装置1に照射される太陽光を示している。)。また筐体11は、フレーム13にて保持される上述した構造物とカバーガラス12との間に電解質水溶液35を収容するための空間部を有するように形成される。
【0034】
また図1および図2に示す例では、透明基板4の厚み方向他方側においては、上述した筐体11のフレーム13の開口にバックカバーフィルム14を嵌め込むことで、太陽電池Sを収容する。このバックカバーフィルム14としては、たとえばポリフッ化ビニル樹脂などのフィルムを用いることができる。また、透明基板4と太陽電池Sとの間および太陽電池Sとバックカバーフィルム14との間には、たとえばEVA(エチレンビニルアセテート)フィルム、オレフィン系樹脂フィルムなどのフィルム15が介在されてなることが好ましい。
【0035】
本発明の水素発生装置1に用いられる電解質水溶液8としては、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性水溶液が好ましく用いられる。なお、筐体11におけるフレーム13は、当該電解質水溶液8によって変質しない樹脂(たとえばポリエチレン、ポリプロピレンなど)にて形成されることが好ましい。
【0036】
また、本発明の水素発生装置1は、筐体11が、水の分解により発生した水素(H2)16および酸素(O2)17を取り出すための取り出し口18a,19aを有することを特徴とする。図1および図2に示す例の水素発生装置1では、上記取り出し口18a,19aは、フレーム13の上部にそれぞれ設けられ、パイプ18,19を介して水素16と酸素17とを分離するための水素分離膜または高分子膜を備えた公知のガス分離装置(図示せず)に接続されるように構成される。なお、当該取り出し口18a,19aは、筐体11内に収容された電解質溶液8を内部で循環させるように、パイプ18,19を介して電解質水溶液循環装置(図示せず)にも接続されてなるのが好ましい。
【0037】
本発明の水素発生装置1の形状については特に制限されるものではないが、たとえば、図1および図2には、断面方形状に形成された場合が例示される。
【0038】
本発明の水素発生装置1は、以下のような機構にて水を水素16と酸素17とに分解することができる。まず、本発明の半導体酸化物膜2が形成された透明基板4の厚み方向一方側に配置されたカバーガラス12を介して、太陽光(図1において白抜きの矢符)を水素発生装置1内に照射させる。太陽光のスペクトルのうち約600nmまでの波長の光がTi含有Fe23膜である本発明の半導体酸化物膜2で吸収され、電子(e-)と正孔(h+)を生じる。半導体酸化物膜3と電解質水溶液8との接触電位差により、半導体酸化物膜2中で励起された電子は、透明基板4上の透明導電膜3で集められ、導電部材5bを通って太陽電池Sのプラス電極に流れる。一方、正孔は、半導体酸化物膜2の表面に移動する。半導体酸化物膜2の表面の正孔は、次のように、電解質水溶液8の溶媒である水を酸化して、酸素17を発生させる。
【0039】
4h++2H2O→O2+4H+
一方、半導体酸化物膜2を透過した波長約600nm以上の太陽光は、太陽電池Sで吸収され、光起電力を生じる。太陽電池Sは、半導体酸化物膜2で励起された電子のエネルギー準位を水素発生電位よりも十分にマイナスに押し上げる。したがって、水素発生電極であるワイヤ電極6では、次のように水分子が還元されて水素16が発生する。
【0040】
4H++4e-→2H2
このようにして、本発明の水素発生装置1に太陽光を照射することにより、水を酸素と水素とに分解することができる。
【0041】
図3は、図1および図2に示した例の本発明の水素発生装置1の製造方法の一例の前半部分を段階的に示す図であり、図4はその後半部分を段階的に示す図である。上述したような本発明の水素発生装置1の製造方法は、特に制限されるものではないが、たとえば、図3および図4に示されるような手順にて好適に製造することができる。以下、図3および図4を参照して、本発明の水素発生装置1の製造方法の一例を説明する。
【0042】
まず、図3(a)に示すように、ガラス製の透明基板4に貫通孔を複数個形成する。具体的には、横100mm×縦100mm×厚み1mmの大きさを有する透明基板4に、直径0.5mmの貫通孔を2列×4個形成する場合が例示されるが、勿論これに限定されるものではない。形成された各貫通孔に、たとえば銀ペーストをディスペンサーなどにより充填し、約250℃で焼成することによって、透明基板4に導電部材5a,5bをそれぞれ形成する。
【0043】
次に、図3(b)に示すように、透明基板4の厚み方向一方側の表面に、導電部材5aを覆うようにして、たとえばITO(In23−SnO2)にて透明導電膜3を形成する。透明導電膜3の形成には、たとえばスパッタ法を好適に用いることができ、上述した好適な厚み(たとえば、0.1μm)となるように透明導電膜3を形成する。
【0044】
次に、図3(c)に示すように、透明基板4の厚み方向一方側に形成された透明導電膜3上に、本発明の半導体酸化物膜2であるTi含有Fe23膜を形成する。半導体酸化物膜2は、上述したようにたとえば2種類以上のターゲットを設置できる高周波マグネトロンスパッタ装置を用い、たとえば上述したような成膜条件にて好適に形成することができる。具体的には、第一のターゲットとして直径4インチで厚み5mmのα−Fe23焼結体を用い、第二のターゲットとして直径4インチで厚み5mmのTiO2焼結体を用い、上述した透明導電膜3を形成した透明基板4を試料ホルダに設置し、基板加熱ヒータで加熱して、透明導電膜3上に2つのターゲットを同時に高周波スパッタリングを行うことにより、95mm×90mmのサイズでかつ上述した好ましい範囲内の厚み(たとえば0.3μm)にて本発明の半導体酸化物膜2を形成する場合が例示されるが、勿論これに限定されるものではない。次に、成膜後の透明基板4をチャンバーから取り出し、たとえば高温電気炉内で、550〜600℃の範囲内の温度で、大気圧雰囲気下にて熱処理を施す。
【0045】
次に、図3(d)に示すように、透明基板4の透明導電膜3が形成された側とは反対側に太陽電池Sを搭載する。太陽電池Sとしては、たとえば結晶シリコン(Si)太陽電池を用い、透明基板4に厚み方向に貫通して形成された導電部材5を介して、透明導電膜3に電気的に接続する。具体的には、たとえば複数個(図3および図4に示す例では3個)の太陽電池Sを用いる場合には、太陽電池Sにそれぞれ1個ずつ形成されたプラス電極Saとマイナス電極Sbとを、互いに隣り合う太陽電池S同士でリード線9を介して直列に電気的接続し、余ったプラス電極Saを導電部材5aに、マイナス電極Sbを導電部材5bにリード線9を介して電気的に接続するようにする。
【0046】
なお、上述したように透明基板4と太陽電池Sとの間には、たとえばEVAフィルムなどのフィルム15を介在させることが好ましい。また、太陽電池Sの透明基板4側とは反対側にも、たとえばEVAフィルムなどのフィルム15を積層し、さらにバックカバーフィルム14を設けるようにする。これらのフィルムは、積層後に約150℃でラミネートすることが好ましい。
【0047】
次に、図4(a)に示すように、透明基板4の厚み方向一方側において露出している各導電部材5b上に、導電性接着剤7を用いて、中途で略垂直に折り曲げられたワイヤ電極6の基端部を、当該基端部が透明基板4の厚み方向に略平行となるように接着固定する。
【0048】
続いて、図4(b)に示すように、図4(a)に示した構造物を、半導体酸化物膜2が形成された透明基板4の厚み方向一方側をカバーガラス12側が配置されるようにして、たとえば樹脂製フレーム13内に嵌め込むことによって、筐体11内に固定して収容する。その後、フレーム13に予め形成された取り出し口19aより、半導体酸化物膜2が形成された透明基板4とカバーガラス12との間に、電解質水溶液8を注入する。電解質水溶液8としては、たとえば0.1M NaOH水溶液を用いることができる。このようにして、図1および図2に示した本発明の水素発生装置1を製造することができる。
【0049】
図5は、本発明の好ましい他の例の水素発生装置31を模式的に示す断面図である。なお、図5に示す例の水素発生装置31は、一部を除いては図1に示した例の水素発生装置1と同様であり、同様の構成を有する部分については同一の参照符を付して説明を省略する。図5に示す例の水素発生装置31では、半導体酸化物膜2とカバーガラス12との間(詳しくは、半導体酸化物膜2とワイヤ電極6との間)の電解質水溶液8を収容する空間部に、イオン導電膜32を設けてなる。また、図5に示す例の水素発生装置31では、筐体33を構成するフレーム34の上部が、カバーガラス12とイオン導電膜32との間、ならびに、イオン導電膜32と透明基板4との間に、それぞれ取り出し口35a,36aが形成される。
【0050】
上述した構成を備える図5に示す例の水素発生装置31に太陽光を照射させると、上述した機構によって、半導体酸化物膜2の表面から酸素17が発生し、かつ、ワイヤ電極6の表面から水素16が発生する。このようにして発生した水素16および酸素17は、イオン導電膜32を透過しないため、水素16については取り出し口35aから、酸素17については取り出し口36aから、電解質水溶液8とともに個別に外部に取り出すことができる。これらの取り出し口35a,36aは、それぞれパイプ(図示せず)を介して、たとえば外部の電解質水溶液循環装置(図示せず)に接続されており、パイプの電解質水溶液循環装置の手前の部分でそれぞれ、水素16、酸素17を個別に回収し得るように構成される。このように、図5に示す例の水素発生装置31では、図1に示した例の水素発生装置1とは異なり、装置外部でガス分離装置に接続する必要がない。なお、図示省略するが、フレーム34の上部には、筐体33内に電解質水溶液8を流入させるための開口部も、基板4の厚み方向に関して上記取り出し口35a,36aに対応する位置にそれぞれ形成されており、各開口部はパイプを介して上述した外部の電解質水溶液循環装置に接続される。
【0051】
なお、図5に示す例の水素発生装置41において用いられるイオン導電膜32としては、特に制限されるものではなく、従来公知の適宜のイオン導電膜を用いることができるが、中でも好ましいイオン導電膜32としては、ナフィオン(デュポン社製)を挙げることができる。
【0052】
以下、実験例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0053】
<実験例1>
一面に透明導電膜を有する複数枚の透明基板を用意し、各透明基板の透明導電膜上に、Ti含有量の異なる7種のFe23膜を、基板温度が室温(25℃)、100℃または200℃の条件で成膜し、またTi含有量の異なる3種のFe23膜を、基板温度が400℃、600℃の条件で成膜し、計27種類のFe23膜を作製した。
【0054】
Fe23膜の成膜に際しては、高周波マグネトロンスパッタ装置を用い、ターゲットとして直径4インチで厚み5mmのα−Fe23焼結体とルチル型TiO2焼結体を用い、基板温度室温、100℃、200℃、400℃、600℃、真空チャンバーの真空度1Pa、導入ガスはAr:O2=25:3(sccm)の条件に設定し、α−Fe23膜焼結体とルチル型TiO2焼結体を同時にスパッタリングさせることで行った。なお、各Fe23膜のTi含有量は、α−Fe23焼結体へのRFパワーを150W、基板−ターゲット間距離を100mmに固定し、TiO2焼結体へのRFパワーを0〜150W、基板−ターゲット間距離を100〜120mmの範囲で変動させることによって変化させた。各Fe23膜は、成膜後に高温電気炉を用いて、大気雰囲気中、600℃で1時間熱処理を施した。
【0055】
各Fe23膜について、光電気化学測定を行った結果を表1に示す。なお、光電気化学測定は、電解液として0.1M NaOH水溶液、対極としてPt、参照電極として銀塩化銀電極、光源として波長350nm以下のカットオフフィルターを備えた300Wキセノンランプを用いた。光電流値は、電気化学測定で得られた電流−電位曲線の0.7V時の電流値(単位:mA/cm2)を表1に示した。また、表1において、TiとFeとのモル比は、各Fe23膜を塩酸で溶解した後、ICP発光分光分析することによって測定された値を指す。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示す結果から、Tiを含有するFe23膜は良好な光電変換特性が得られることが分かる。また、Ti含有Fe23膜の中でも、TiとFeとのモル比が0.05〜0.2の範囲内である場合(特には0.14の場合)に、特に好ましい光電変換特性が得られることが実験的に確認された。さらに、成膜条件としては、基板温度が室温〜200℃の範囲内が好ましいことが分かる。
【0058】
<実験例2>
実験例1と同様にして、TiとFeとのモル比が0.14のTi含有Fe23膜を基板温度100℃で成膜した後、高温電気炉を用いて、400℃、500℃、550℃、600℃、700℃の温度で、空気雰囲気中1時間の熱処理を施した。得られた各Ti含有Fe23膜について、実験例1と同様にして光電気化学測定を行った結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
なお、図6は、600℃で熱処理を施した後のTi含有Fe23膜のX線回折パターンを示すグラフである。図6から、成膜されたTi含有Fe23膜には、数個のα−Fe23結晶ピークが見られ、このα−Fe23結晶の構造が壊れない範囲でTiを含むことが、良好な光電変換特性を得る上で好ましいと考えられた。
【0061】
今回開示された実施の形態および実験例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の水素発生装置は、非化石燃料に代わるクリーンエネルギーである水素を製造する水素発生装置として好適であり、太陽光が照射されるたとえば建築物の屋上や屋根に設置して水素を発生させることができるため、省エネルギーにも貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の好ましい一例の水素発生装置1を模式的に示す断面図である。
【図2】図1に示す水素発生装置1の正面図である。
【図3】図1および図2に示した例の本発明の水素発生装置1の製造方法の一例の前半部分を段階的に示す図である。
【図4】図1および図2に示した例の本発明の水素発生装置1の製造方法の一例の後半部分を段階的に示す図である。
【図5】本発明の好ましい一例の水素発生装置31を模式的に示す断面図である。
【図6】600℃で熱処理を施した後のTi含有Fe23膜のX線回折パターンを示すグラフである。
【図7】従来の典型的なタンデムセルの一例を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0064】
1,31 水素発生装置、2 半導体酸化物膜、3 透明導電膜、4 透明基板、5a,5b 導電部材、S 太陽電池、Sa 太陽電池のプラス電極、Sb 太陽電池のマイナス電極、6 ワイヤ電極、7 導電性接着剤、8 電解質水溶液、9 リード線、11,33 筐体、12 カバーガラス、13,34 フレーム、14 バックカバーフィルム、15 フィルム、16 水素、17 酸素、18,19 パイプ、18a,19a,35a,36a 取り出し口、32 イオン導電膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を吸収して電子と正孔を生じる半導体酸化物で形成された膜であって、当該半導体酸化物が、Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23であることを特徴とする、半導体酸化物膜。
【請求項2】
Feに対するTiの原子数比が0.05〜0.2のTi含有Fe23膜を製造する方法であって、
α−Fe23およびTiO2をターゲット材料として用いてスパッタリング法により成膜する工程と、形成された膜を550〜600℃で熱処理する工程とを含む、半導体酸化物膜の製造方法。
【請求項3】
受光面側から、請求項1に記載の半導体酸化物膜と、透明導電膜と、透明基板と、太陽電池とを少なくとも備え、
前記透明基板に厚み方向に貫通して、透明導電膜と太陽電池とを電気的に接続する導電部材が設けられていることを特徴とする、水素発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−214122(P2008−214122A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−52512(P2007−52512)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】