説明

単原子チップ及びその調製方法

【課題】 簡略で低コストである単原子チップ及びその調製方法を提供する。
【解決手段】 金属チップ1を調製するステップと、金属チップ1を洗浄するステップと、金属チップ1上に少量の貴金属を電気メッキするステップと、メッキした金属チップ1を熱処理し、金属チップ1の頂点に少数の原子で終端した角錐構造を形成するステップにより単原子チップを調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単原子チップの調製方法に係り、特に、単原子チップの電気化学的調製方法及び斯く調製した単原子チップに関する。
【背景技術】
【0002】
特定の幾何構造形状と物理的特徴を備える単原子チップは、走査プローブ顕微鏡検査や電界放出電子顕微鏡検査や電子ホログラフィや電子エネルギ分光法や電子回折又は干渉計や電子写真平板やイオン銃や低エネルギ電子顕微鏡検査等の最新科学機器用の基幹部品として用いることができる。それは、平面パネルディスプレイ等の市販電子製品にも用いることができる。
【0003】
用語「単原子チップ」は、その頂点が一つの原子で終わる金属チップに関するものである。頂点には原子が一つしかないので、単原子チップは理想的な走査プローブとなる。走査トンネル効果顕微鏡(STM;scanning tunneling microscope)を例にとる。最適な空間及びスペクトル解像度を実現すべく、走査トンネル効果顕微鏡のプローブは二つの主要な条件を満たさねばならない。すなわち、チップは原子が一つの頂点を持たねばならず、チップの原子構造は既知でなければならない。既知の構造を有する単原子チップが十分な熱的かつ化学的安定性を有する場合、金属チップ等の走査プローブを用いることで、表面電子構造における最適な空間及びエネルギ解像度を得ることができる。
【0004】
チップは一原子で終端しているため、単原子チップは理想的な電界放出電子源、すなわち、イオン源として機能させることができる。電界放出電子顕微鏡の応用分野では、電子顕微鏡の解像度と輝度を改善するには、点光源からの電子ビームが必要である。一原子で終端した金属チップから放出される電子ビームは、幅狭の電子エネルギ分布を有する。電子は、位相においても高度の可干渉性がある。電子ビームは、幅狭の拡張角度を有しており、より明るいものとなる。こうして、顕微鏡の解像度を改善することができる。電子は可干渉性であるため、ビームを電子ホログラフィに用いて、試料の三次元画像を得ることができる。単原子チップはより小さなオンセット電圧を有しており、電界放出平面パネルディスプレイ等の消費材に用いることができる。加えて、この種の金属チップは液体金属イオン源や電界イオン源の応用分野にも用いることができ、これにより、金属イオン源から関連画像の最適な空間及びエネルギ解像度が得られる。
【0005】
単原子チップは非常に役立つが、商業用途向けに単原子チップを調製することは困難である。従来の研究には、単原子チップを調製する幾つかの方法が開示されている。幾つかは指向性面可動性の生成に高電界勾配を用い、一原子にて終端した突起を生成している。幾つかは、電界形成効果と組み合わせた高エネルギ電子を用いて金属チップを加熱し、単原子チップを生成している。幾つかは、電界蒸発や真空スパッタリングを組み合わせて電界面溶解或いはイオン衝撃を用い、小型タングステン(111)切子面頂部に単タングステン原子を配置している。上記の方法は単原子チップを首尾よく製造することもできるが、超高真空環境下で動作させる必要がある。従来の単原子チップ調製は、複雑であり、歩留まり率が低い。斯く調製した単原子チップはまた熱力学的に安定な建造を有しておらず、動作寿命は短く、単原子チップの再生は非常に困難か、不可能である。斯く調製した金属チップはそれらの頂点に明確な原子構造を有しておらず、超高真空システム外部でのこの種の金属チップの応用は不可能である。これらの欠点が、単原子チップにとっては商業用途への障害となっている。この種の単原子チップは、これまで研究所でだけ使用されてきた。
【0006】
従来技術により単原子チップを調製する別の手法は、以下のステップを含む。すなわち、タングステンチップを調製し、超高真空下で電界蒸発により洗浄する。ほぼ1又は2のパラジウム単分子層を熱蒸発によりタングステンチップ表面に蒸着させる。700℃/3分〜5分の徐冷再対合後に、パラジウム(Pd)原子被覆タングステン(W)(111)面の切子形成に起因して角錐構造が形成される。この角錐は、明確な構造を有しており、一原子によって終端されている。この手法の最も重要な利点は、チップが破壊されるときに、700℃での金属チップの徐冷再対合後に単原子チップを再生成できる点にある。この特徴は、単原子チップの基本的な所望特性を満たすことができる。この種の従来方法の一般的手法は、フー(Fu)その他による、「Pd(パラジウム)被覆単原子の鋭利なタングステン(W)角錐チップの創成方法およびその形成のメカニズムとエネルギ特性」に見ることができる(非特許文献1参照)。
【0007】
貴金属に誘導する切子形成は熱力学工程であるが、タングステン(W)(111)面上でのパラジウム(Pd)の切子形成により誘導される角錐構造形成例を取り上げると、以下の条件を満たさねばならない。タングステン(W)(111)面が清浄で酸素や他の不純物原子を一切含まないことである。パラジウム(Pd)層は、物理的単分子層の近傍に配置する。切子面の形成は、3分〜5分間に亙り780K〜1100Kの範囲で加熱した後に、タングステン(W)(111)面に誘導させる。フー(Fu)その他による研究では、上記の要件を満たすべく全ての調製手順を超高真空環境下で実行する。このことは、単原子チップの大半の応用分野にとって都合が良いものではない。特に、清浄なタングステン(W)(111)面の調製は高電界を必要とし、パラジウム(Pd)層の蒸着は蒸発器を必要とする。
【0008】
【非特許文献1】物理評論(Physical Review)B、64、113401(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
それ故、上記の要件を満たす新規の方法を提供することが望ましい。清浄なタングステン(W)(111)チップ面の調製とチップ上への貴金属フィルムの付着が周囲環境下で実行できる場合、単原子チップを用いる真空システム内で単原子チップを得るには、そのチップを加熱しさえすれば済む筈である。徐冷再対合は単純な方法であり、大半のシステム内に見出すことができる。それ故、単原子チップ用の商業用途が可能となろう。
【0010】
本発明の目的は、単原子チップを調製する簡略化された方法を提供することにある。
本発明の別の目的は、低コストの単原子チップ調製を提供することにある。
本発明の別の目的は、単原子チップの調製の電気化学的方法を提供することにある。
本発明の別の目的は、前記方法を用いて明確な角錐構造をもって終端した単原子の鋭利なチップ或いは金属チップを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、従来の真空蒸発法に置き換わる単原子チップ調製用の電気化学的方法を開示するものである。単原子チップ調製のための発明方法は、次のステップを含む。単結晶金属導線向けの基板(111)を電気化学的にエッチングし、チップを形成する。金属チップの表面を、洗浄する。少量の貴金属を、低濃度貴金属電解質内でチップ頂点にメッキする。追加の電気メッキ貴金属原子を拡散させる徐冷再対合により、基板表面に単原子チップを形成する。本発明は、斯く調製された単原子チップもまた開示するものである。本発明により調製する金属チップは、非常に少数の原子、通常はただ一つの原子をその頂点に有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のこれら及び他の目的と利点は、以下の図面を参照することで詳細な説明からはっきりと理解することができる。
工業的生産手法として、電気メッキが簡単で低コストで迅速でかつ単純で生産的であることは良く知られている。貴金属フィルムの付着に従来の真空蒸発法に代えて電気メッキを用いることができる場合、単原子チップの調製は簡単化され、単原子チップの商業的応用を可能にすることができる。加えて、水溶液中で金属チップ上に貴金属フィルムをメッキできる場合、斯く調製されるチップは周囲環境内で十分長時間に亙り存続させることができる。単原子チップは、この種のチップを真空システム内で徐冷再対合させることで簡単に得ることができる。その結果、単原子チップは所望の応用分野向けに所望の機器や器具へ適用することができる。単原子チップ用の商業的応用が、こうして可能となる。
【0013】
単原子チップ及びその製品を調製するための発明方法を、以下のそれらの実施形態の例示をもって説明することにする。
本発明の単原子チップの調製方法は電気化学的手法を用いており、単原子チップを製造する従来の真空蒸発手法よりも安価である。本発明の方法は、以下のステップからなる。すなわち、基板金属導線を電気化学的にエッチングし、チップを形成する。金属チップ面を、洗浄する。少量の貴金属を、低濃度貴金属電解質内でチップ頂点にメッキする。添加した電気メッキ貴金属原子及び単原子チップを分散させる徐冷再対合を基板導線面上に形成する。
【0014】
上記ステップでは、金属導線は、任意の適用可能な金属或いは合金材料で作成することができる。適用可能な材料には、タングステンやモリブデンやそれらの合金が含まれる。同様の特性を有する他の金属や合金もまた本発明に用いることができる。金属チップの基板については、それは、好ましくは導線或いはピンであり、最も好ましくは単結晶(111)導線或いはピンである。
【0015】
電解質内で金属導線をチップにエッチングするには、電解質は好ましくは金属導線を構成する金属のエッチングに適した組成がよい。一般的なケースでは、腐食液は水酸化ナトリウム(NaOH)や水酸化カリウム(KOH)や水酸化アンモニウム(NH4OH)等とすることができる。腐食液の濃度に関する具体的な限定は、一切存在しない。腐食液の濃度は、0.1モルから飽和までとすることができる。
【0016】
本発明の単原子チップの調製では、エッチング反応に対して必要に応じて電圧又は電流を印加することができる。電圧や電流は直流でも交流でもよく、その一方で効果的なエッチング反応が起きる限り、電圧や電流の範囲に対する具体的な限定は一切存在しない。電流の適用可能範囲は1ミリアンペア〜1アンペアであり、電圧の適用可能範囲は0.5ボルト〜20ボルトである。
【0017】
本発明に用いる基剤水溶液は、任意の適用可能な組み合わせとすることができる。適用可能な電解質には、酸を基剤とする水溶液や塩基を基剤とする水溶液や塩類を基剤とする水溶液が含まれる。基剤水溶液の調製には、一化学薬品や幾種類かの化学薬品の混合物を水に添加して、水の導電度を増すことが含まる。
【0018】
酸を基剤とする水溶液を用いる場合、溶液は、塩化水素酸や硫酸や硝酸やリン酸や塩酸等の群から選択した少なくとも一つの酸性水溶液とすることができる。水溶液濃度に対する具体的な限定は一切存在せず、それは1ミリモルから2モルの範囲でよい。
【0019】
塩基を基剤とする水溶液を用いる場合、この溶液は、水酸化ナトリウム(NaOH)や水酸化カリウム(KOH)や水酸化アンモニウム(NH4OH)等の群から選択される少なくとも一つの塩基性水溶液とすることができる。また、水溶液濃度には具体的な限定は一切存在せず、それは1ミリモルから2モルの範囲でよい。
【0020】
加えて、塩類を基剤とする水溶液を用いる場合、この溶液は、塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カリウム(KCl)等の塩化物や、臭化ナトリウム(NaBr)や臭化カリウム(KBr)等の臭化物や、ヨウ化ナトリウム(NaI)やヨウ化カリウム(KI)等のヨウ化物や、硫酸ナトリウム(Na2SO4)や硫酸カリウム(K2SO4)等の硫化物や、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO3)等のリン酸塩や、硝酸アンモニウム((NH43N03)等の硝酸塩や、シアン酸ナトリウム(NaOCN)やシアン酸カリウム(KOCN)等のシアン化物等の群から選択される少なくとも一つの水溶液とすることができる。また、水溶液濃度には具体的な限定は存在せず、それは1ミリモルから2モルの範囲でよい。必要に応じてPH緩衝剤を基剤水溶液中に添加することができる。
【0021】
本発明では、金属チップ面は陰極洗浄により洗浄する。陰極洗浄は、金属チップ面上の酸素の低減にも役立つ。適用可能な手法には、基剤水溶液中への金属チップの浸漬や電源を用いた金属チップへの直流負電圧又は電流の印加が含まれる。このステップでは、金属チップ面上の酸素の効果的な低減がなされる限り、印加する電流や電圧の範囲に対する具体的な限定は一切存在しない。一般に、印加可能な電圧と電流の範囲は、それぞれ−0.4ボルト〜−5.0ボルト、10-9アンペア〜10-2アンペアである。加えて、金属チップの陰極洗浄に電源に代えてポテンショスタットを用いることができる。陰極電位は、−0.4ボルト〜−2.0ボルト(SCE)の範囲とすることができる。
【0022】
メッキ電解質は、液体中に溶解させた少なくとも一つの貴金属化合物からなる。適用可能な手法には、水又は他の水溶性電解液中への可溶性貴金属塩の添加が含まれる。続いて、貴金属塩を前記液体中に溶解させて、メッキ電解質を得る。また、メッキ電解質を形成するのに貴金属塩の濃度に関する具体的な制限は一切存在しない。本発明では、この濃度は10-7モル〜10-2モルの範囲とすることができる。使用する貴金属には、可溶性パラジウム化合物や可溶性白金化合物や可溶性イリジウム化合物や可溶性ロジウム化合物や可溶性金化合物や同様の物質からなる他の貴金属化合物が含まれる。
【0023】
パラジウム化合物については、適用可能な材料には、塩化パラジウムや硫酸パラジウムや硝酸パラジウムや硝酸ナトリウムパラジウムや硝酸ジアミンパラジウムや他の適用可能な塩類が含まれる。白金化合物については、適用可能な材料には、塩化白金や硫化白金や塩化白金酸や塩化白金酸ナトリウムや白金酸ナトリウムや他の適用可能な塩類が含まれる。イリジウム合成物については、適用可能な材料には、塩化イリジウムや硝酸塩化イリジウム((NH4)IrCl6))や他の適用可能な塩類が含まれる。ロジウム合成物については、適用可能な材料には、塩化ロジウムや硝酸ロジウムや硫化ロジウムや他の適用可能な塩類が含まれる。金化合物については、適用可能な材料には、シアン化カリウム金(PGC;potassium gold cyanide)やシアン化金や塩化金や他の適用できる塩類が含まれる。塩類や類似の組成物の他の形態もまた本発明に適用することができる。
【0024】
金属チップに貴金属をメッキする適用可能なあらゆる方法が、本発明に使用できる。例えば、陰極洗浄期間中はメッキ電解質を基剤水溶液浴槽内に滴下し、貴金属を金属チップの頂点にメッキすることができる。この際、貴金属イオンの濃度は効果的にメッキをするのに十分な範囲内に保たねばならない。本発明では、濃度は10-12モル〜10-5モルとすることができる。しかしながら、この範囲は本発明に対する限定ではない。この種の範囲よりも高いか、低いどんな濃度も同様の単原子チップ構造を生成することができる。
【0025】
金属チップの表面を貴金属でメッキするときに、金属チップへ熱処理を加える。適用可能な熱処理には、貴金属の角錐構造が金属チップの頂点に形成される限り、金属チップの直接或いは間接の加熱が含まれる。適用可能な方法は、500℃〜1,200℃の範囲の温度下で貴金属メッキ金属チップを徐冷再対合するものである。この種の角錐構造が秀逸な熱安定性を有するという事実のおかげで、貴金属の角錐構造が金属チップの頂点に形成できる限り、徐冷再対合の処理時間はどんな範囲にも限定されることはない。この処理時間は、30秒から30時間の範囲とすることができる。実際の応用に従って処理温度と処理時間を調整することもまた可能である。熱処理は、真空環境下又は不活性ガスの下で行なうことができる。熱処理は超高真空下で実行することができるが、それは本発明の要件ではない。
【0026】
必要に応じて、陰極洗浄前に頂点以外の領域で金属チップを被覆し、頂点を露出させたままとするのに、シールド層を用いることができる。適用可能なシールド材料には、マニキュア液や酢酸エチルや酢酸ブチルや塗料やホットメルト接着剤やエチレン樹脂やポリウレタンやエポキシ樹脂やシリコン等の樹脂、絶縁油や固形パラフィンやアピエゾン(Apiezon)等のオイル又はワックス、酸化シリコンや酸化アルミニウムや窒化シリコンや窒化ボロン等の無機化学製品が含まれる。シールド層は、金属チップと電解質とを隔離し、消費する貴金属の量を低減するのに役立つ。
【0027】
加えて、真空徐冷再対合に必要な時間を短縮するため、必要に応じて電気メッキ工程後に金属チップに電気化学的徐冷再対合を加えることができる。適用可能な手法には、ポテンショスタットを用いた金属チップへの陽極電位の印加が続く基剤水溶液中への電気メッキ金属チップの浸漬が含まれる。印加する陽極電位は、0.2ボルトから0.5ボルト(SCE)の範囲にある。陽極処理時間は、どんな範囲にも限定されない。一般に、陽極処理は、数分から数時間までかかることがある。
斯く調製した金属チップは、非常に少数の量の原子、通常は、一個の単原子でその頂点を終端した角錐構造を有する。
【0028】
本発明の単原子チップの調製方法の実施例を、以下に説明する。下記の実施例は、説明目的にここに提供するものである。本発明の範囲は、実施例に限定されない。図1に示す電気化学的システムを構成する。図1は、本発明に適用可能な電気化学的システムを示す。この図に示すように、単原子チップを調製する電気化学的システムは、シールド層2を有する金属チップ1と基剤水溶液3と基準電極4と対向電極5とポテンショスタットすなわち電源6とピペット7とメッキ電解質8と電気メッキタンク9とを備える。これらの成分と材料は、全て市場で市販されている。当業者は、上記の説明ならびに図面を参照してこの種の電気化学的システムを簡単に構成することができる。
【0029】
(実施例I)
エッチングは、タングステン単結晶<111>導線を電気化学的にタングステンチップにエッチングする。金属チップを水中で洗浄する。エッチングした金属チップの頂点は、その大きさと同様に、図2に示してある。
シールドは、金属チップの頂点以外の領域にマニキュア液を用いてシールド層としてシールドし、これにより金属チップの頂点だけを露出させる。
【0030】
電気化学的システムは、図1に示すシステムにおいて、金属チップを基剤水溶液中に浸漬する。基準電極として飽和塩化第1水銀電極(SCE;saturated calomel electrode)を、対向電極として白金電極を、電源としてイージーアンドジー(EG&G)社製366Aポテンショスタットを用いる。ピペット中で適当量のパラジウム電解質を調製する。
陰極洗浄は、金属チップを基剤水溶液(0.1モル塩酸)中に配置するときに、10分間に亙る金属チップの陰極処理に対して−0.6ボルト(対SCE)を印加する。
【0031】
メッキは、基剤水溶液中へパラジウムメッキ電解質(0.1ミリモル塩化パラジウム(PdCl2)+0.1モル塩酸(HCl))を滴下し、パラジウム濃度を約1×10-7モルに維持する。−0.6ボルト(対SCE)で10秒〜15秒に亙り、金属チップをメッキする。
徐冷再対合は、メッキ後に、水とアセトンを用いて金属チップを洗浄する。金属チップは、700℃で30分に亙り真空室内で徐冷再対合させる。
【0032】
観察は、金属チップの頂点における原子構造を自家製の電界イオン顕微鏡を用いて観察する。結果は、図3aから図3cに示してある。
図3aに示す如く、金属チップの頂点には唯一のパラジウム単原子が配置されている。上記処理後はタングステンチップが単原子チップであることが証明される。材料チップに電界蒸発を適用し、最上層原子を取り除き、第2層を観察する。頂点の第2層は、図3bに示す如く、3個の原子で構成されていることが分かる。次に、電界蒸発を用いて第2層を取り除く。金属チップの頂点の観察により、第3層が9個の原子で出来ていることが認められる。この層の右下の原子が電界蒸発期間中に除去されたことに、留意されたい。第3層が10個の原子からなると結論づけることができる。
【0033】
上記の観察から、本実施例の金属チップの頂点が(211)切子をもった3面の角錐を有することが分かる。電界蒸発により角錐構造が破壊されるときに、図3dから図3fに示す如く、5分間の700℃での徐冷再対合後に新規の角錐構造を再生することができる。再生した角錐構造は、単原子頂点を回復するだけでなく、原子堆積構造、すなわち、頂部層内の1原子と第2層内の3原子と第3層内の10原子もまた維持する。本実施例の電気化学的手法は、従来の真空蒸発手法と同じ角錐構造と原子切子とを生成する。角錐構造の再生は、何10回も繰り返すことができる。
【0034】
加えて、この実施例は、本発明のパラジウムメッキしたタングステン(W)(111)チップが完全な化学的安定性を有することを示している。それは、周囲環境内で存続し、水溶性洗浄に対して弾力的である。単原子チップは、所望の真空システム内でのパラジウム(Pd)メッキしたタングステン(W)(111)チップの徐冷再対合により簡単に生成することができ、多くの応用分野に対して有用である。
【0035】
(実施例II)
実施例Iと同じ電気化学的システムで金属チップのシールドを省き、パラジウムイオン濃度3×10-7モルおよび−0.6ボルト(対SCE)で15秒に亙りタングステンチップをメッキすることを除き、実施例Iと同じ処理に従ってタングステンチップをメッキして徐冷再対合する。メッキした金属チップはさらに真空室内で20分間に亙り700℃で、続いて、17時間以上に亙り500℃で徐冷再対合し、これに5分間の700℃での徐冷再対合が続く。図4に示す如く、タングステン(W)(111)面上の原子レベル切子角錐構造が観察される。
【0036】
実施例Iに比べ、実施例IIでは、パラジウム電解質の濃度を増大させ、隔離工程は省略し、より多数のパラジウムがタングステンチップにメッキされるようにしてある。加えて、徐冷再対合温度を低下させ、徐冷再対合時間を延ばし、これにより角錐構造の形成における可能な条件範囲が実現できるようにしてある。図4aに示す如く、角錐構造の最上層は原子を一つだけ含む。金属チップの単原子構造が、証明されている。図3bに示す実施例Iのものと同様に、図4bに示す如く、第2層は3個の原子を有する。加えて、図4bは、角錐構造の稜線に配置した幾つかの原子を示す。こうして、実施例IIの動作条件下で単原子チップを調製できることが証明される。加えて、この実施例では、単原子チップは秀逸な熱安定性を呈する。たとえ単原子チップを比較的長時間に亙って加熱したとしても、角錐単原子チップ構造は損傷を受けない。
【0037】
(実施例III)
実施例Iとしての電気化学的システムでは、メッキした金属チップを先ず基剤水溶液中に浸漬して15分間に亙り+0.4ボルト(対SCE)で電気化学的に徐冷再対合し、5分間に亙り700℃で真空室内で徐冷再対合する前にシールドマニキュア液をアセトンを用いて除去する点を除き、実施例Iと同一処理に従って金属チップをメッキして徐冷再対合する。図5aと図5bに示す如く、仕上がり金属チップが観察され、タングステン(W)(111)面上の切子原子レベル角錐構造が見出される。
【0038】
実施例Iに比べ、実施例IIIでは電気化学的徐冷再対合工程が加わり、真空室内での徐冷再対合時間を短縮している。図5aは、頂点の最上層が原子を一つだけを有することを示しており、斯く調製した金属チップが単原子チップであることを意味している。最上部の原子を蒸発させると、第2層内の3個の原子が図5bに示す如く観察される。このように、実施例IIIの動作下で、同一の角錐構造が金属チップの頂点に形成されることが示される。原子層の堆積構造は、実施例Iのそれと同じである。
【0039】
(実施例IV)
実施例Iと同じ電気化学的システムでは、実施例IIIのパラジウム電解質の置換に白金電解質を用いる点を除き、実施例IIIの工程に従って金属チップをメッキして徐冷再対合する。白金メッキ電解質(0.1ミリモル塩化白金(PtCl2)+0.1モル塩酸(HCl))をピペットから基剤水溶液内へ滴下し、1.5×10-8モルの白金イオン濃度を作成し、金属チップを10秒間に亙り−0.6ボルト(対SCE)でメッキする。電界イオン顕微鏡(FIM;field ion microscope)を用いて頂点の堆積構造を観察する。上記の動作下では、白金メッキタングステン(W)(111)チップは、切子面を形成して、図6aと図6bに示すタングステン(W)(111)面上に原子レベル角錐構造を形成している。
【0040】
本実施例では、より低濃度の白金電解質を実施例IIIの白金電解質に代えて用い、タングステンチップ上に白金をメッキする。図6aは、角錐構造頂部に押出加工した一つの原子を示す。斯く調製した金属チップは、単原子チップである。最上部の白金原子を電界蒸発を用いて除去すれば、図6bに示す如く、第2層内の3個の白金原子が見られる。加えて、図6bは、金属チップの頂点におけるナノ角錐構造の3本の稜線からなる全体像もまた示している。それは、角錐構造が少なくとも8層の白金原子で出来ていることを示している。この実施例は、タングステン(W)(111)チップの頂点における表面切子形成を誘導して角錐構造を形成するのに、電気メッキパラジウムだけでなく、電気メッキ白金もまた用い得ることを示している。換言すれば、本実施例の方法はパラジウムに加え、タングステン(W)(111)上の他の貴金属のメッキ層からなる角錐切子の誘導に用いることができる。
【0041】
上記の如く、本発明は非常に少数の原子、通常は金属チップの頂点上の単原子により終端した角錐構造の形成に有用である。本発明は、上記実施例により例示したが、実施例に限定されない。例えば、実施例には単原子で終端した金属チップが図示してある。しかしながら、たとえ最上層の原子の数が1を超える場合でも、斯く調製された金属チップは商業的かつ化学的価値を有する。加えて、金属チップの物質に関する材料や貴金属電気メッキ層や電解質は、本実施例に示したものに限定されない。当業者は何人も、本発明の趣旨ならびに範囲から逸脱することなく、これらの実施例に対して変形や改変をなすことができる。本発明は、特許請求の範囲によってのみ限定されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の単原子チップの調製方法の電気化学的システムを示す図である。
【図2】本発明の単原子チップの調製方法の電気化学的エッチング後の金属チップの頂点のSEM写真を示す図である。
【図3】本発明の実施例Iによる単原子チップのFlM写真を示す図である。
【図4】本発明の実施例IIによる単原子チップのFIM写真を示す図である。
【図5】本発明の実施例IIIによる単原子チップのFIM写真を示す図である。
【図6】本発明の実施例IVによる単原子チップのFIM写真を示す図である。
【符号の説明】
【0043】
1 金属チップ、2 シールド層、3 基剤水溶液、4 基準電極、5 対向電極、6 ポテンショスタット、7 ピペット、8 メッキ電解質、9 電気メッキタンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少数の原子で終端した金属チップの調製方法であって、
金属チップを調製するステップと、
前記金属チップを洗浄するステップと、
前記金属チップ上に少量の貴金属を電気メッキするステップと、
前記メッキした金属チップを熱処理し、前記金属チップの頂点に少数の原子で終端した角錐構造を形成するステップとを含むことを特徴とする単原子チップの調製方法。
【請求項2】
前記金属チップの材料は、タングステンとモリブデン又はそれらの合金からなる群から選択することを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項3】
前記金属チップの材料は、単結晶<111>導線であることを特徴とする請求項2記載の単原子チップの調製方法。
【請求項4】
前記金属チップの調製ステップは、腐食液中で金属導線をエッチングし、金属導線中にチップ形状を形成するステップを含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項5】
前記腐食液は、0.1モルから飽和までの濃度の水酸化ナトリウム(NaOH)と水酸化カリウム(KOH)と水酸化アンモニウム(NH4OH)水溶液とを含むことを特徴とする請求項4記載の単原子チップの調製方法。
【請求項6】
前記エッチング期間中に前記腐食液に電圧又は電流を供給するステップであって、電圧又は電流を直流電源又は交流電源から供給する前記ステップをさらに含むことを特徴とする請求項5記載の単原子チップの調製方法。
【請求項7】
前記金属チップの洗浄ステップは、基剤水溶液内での前記金属チップの陰分極ステップを含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項8】
前記基剤水溶液は、塩化水素酸と硫酸と硝酸とリン酸と塩酸の群から選択した一つ以上のものを含む酸性水溶液であることを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項9】
前記基剤水溶液は、水酸化ナトリウム(NaOH)と水酸化カリウム(KOH)と水酸化アンモニウム(NH4OH)の群から選択した一つ以上のものを含む塩基性水溶液であることを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項10】
前記基剤水溶液は、少なくとも塩化ナトリウム(NaCl)又は塩化カリウム(KCl)を含む塩化物と、少なくとも臭化ナトリウム(NaBr)又は臭化カリウム(KBr)を含む臭化物と、少なくともヨウ化ナトリウム(NaI)又はヨウ化カリウム(KI)を含むヨウ化物と、少なくとも硫酸ナトリウム(Na2SO4)又は硫酸カリウム(K2SO4)を含む硫化物と、少なくともリン酸水素二ナトリウム(Na2HPO3)を含むリン酸塩と、少なくとも硝酸アンモニウム((NH43NO3)を含む硝酸塩と、少なくともシアン酸ナトリウム(NaOCN)又はシアン酸カリウム(KOCN)を含むシアン化物からなる群から選択した一つ以上のものを含む塩類水溶液であることを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項11】
前記基剤水溶液は、さらに酸性緩衝剤又は塩基性緩衝剤を含むことを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項12】
前記陰分極ステップは、ポテンショスタットを用いて前記基剤水溶液内で前記金属チップ上に陰極電位を印加するステップを含むことを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項13】
前記陰分極ステップは、電源を用いて塩基水溶液内で前記金属チップに負電位又は負電流を印加するステップを含むことを特徴とする請求項7記載の単原子チップの調製方法。
【請求項14】
前記貴金属は、パラジウムと白金とイリジウムとロジウムと金又はそれらの合金から選択することを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項15】
前記電気メッキステップは、前記洗浄期間中に基剤水溶液内へ直接電界質を滴下メッキすることによる前記金属チップのメッキを含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項16】
前記メッキ電解質は、可溶性貴金属塩を含む水溶性電解液であることを特徴とする請求項15記載の単原子チップの調製方法。
【請求項17】
前記貴金属塩の濃度は、10-7モルを超えることを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項18】
前記貴金属塩は、塩化パラジウムと硫酸パラジウムと硝酸パラジウムと硝酸ナトリウムパラジウムとパラジウムの群から選択した可溶性パラジウム化合物を含むことを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項19】
前記貴金属塩は、塩化白金と硫化白金と塩化白金酸と塩化白金酸ナトリウムや白金酸ナトリウムから選択した可溶性白金化合物を含むことを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項20】
前記貴金属塩は、塩化イリジウムと硝酸塩化イリジウム((NH4)IrCl6)の群から選択した可溶性イリジウム化合物を含むことを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項21】
前記貴金属塩は、塩化ロジウムと硝酸ロジウムと硫化ロジウムの群から選択した可溶性ロジウム化合物を含むことを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項22】
前記貴金属塩は、シアン化カリウム金(PGC)とシアン化金と塩化金の群から選択した可溶性金化合物を含むことを特徴とする請求項16記載の単原子チップの調製方法。
【請求項23】
前記基剤水溶液中の貴金属イオンの濃度は、前記メッキ電解質の前記基剤水溶液内への滴下により得られる10-12モルから10-5モルの範囲に維持することを特徴とする請求項15記載の単原子チップの調製方法。
【請求項24】
前記メッキ金属チップは、その表面に前記貴金属を電気メッキした金属チップを含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項25】
前記熱処理ステップは、前記メッキ金属チップの徐冷再対合ステップを含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項26】
前記徐冷再対合ステップは、500℃から1,200℃で30秒から30時間に亙って行なうことを特徴とする請求項25記載の単原子チップの調製方法。
【請求項27】
前記徐冷再対合ステップは、真空中或いは不活性ガス中で行なうことを特徴とする請求項25記載の単原子チップの調製方法。
【請求項28】
前記金属チップは、前記電気メッキ前にその頂点領域以外の領域をシールド層で被覆することを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項29】
前記シールド層は、少なくともマニキュア液や酢酸エチルや酢酸ブチルや塗料やホットメルト接着剤やエチレン樹脂やポリウレタンやエポキシ樹脂やシリコンを含む樹脂、少なくとも絶縁油や固形パラフィンやアピエゾン(Apiezon)を含むオイル又はワックス、少なくとも酸化シリコンや酸化アルミニウムや窒化シリコンや窒化ボロンを含む無機化学製品を含むことを特徴とする請求項28記載の単原子チップの調製方法。
【請求項30】
ポテンショスタットを用いて基剤水溶液中で前記メッキ金属チップに陽極電位を印加するステップをさらに含むことを特徴とする請求項1記載の単原子チップの調製方法。
【請求項31】
前記印加する陰極電位は、−0.4ボルト(SCE)未満であることを特徴とする請求項12記載の単原子チップの調製方法。
【請求項32】
前記負電位は、−0.4ボルト(SCE)未満であることを特徴とする請求項13記載の単原子チップの調製方法。
【請求項33】
前記負電流は、1ナノアンペアを超えることを特徴とする請求項13記載の単原子チップの調製方法。
【請求項34】
前記陽極電位は、0.2ボルト(SCE)を超えることを特徴とする請求項30記載の単原子チップの調製方法。
【請求項35】
請求項1から請求項34のいずれか1項の方法に従って調製する少数原子で終端していることを特徴とする金属チップ。
【請求項36】
請求項1から請求項34のいずれか1項の方法に従って調製することを特徴とする単原子金属チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−189276(P2006−189276A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−194(P2005−194)
【出願日】平成17年1月4日(2005.1.4)
【出願人】(505008028)中央研究院 (4)
【Fターム(参考)】