説明

厚金属基材表面への薄金属シート被覆方法および装置

【課題】耐食性や防汚性を有する薄金属シートを金属基材表面に被覆する方法および装置であって、被覆した薄金属シートの端部に形成される隙間をなくして耐食性を向上すること。
【解決手段】厚金属基材1の表面に薄金属シート2の端部を重ねて配置し、重ね合わせ部の薄金属シートを厚金属基材に抵抗シーム溶接3により接合した後、重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を溶融溶接法4によって下側薄金属シートに溶融接合し、金属基材の表面に薄金属シートを密着被覆するとともに、上側薄金属シート端部の隙間をなくす。
【効果】十分な接合強度が確保できた上で、薄金属シートへの溶接入熱を抑制することができるため、薄金属シート厚さを小さくでき、材料費が低減できるとともに、隙間構造を無くすことにより耐食性も向上しメンテナンス費用も低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主として、海洋構造物、橋梁、水道用タンク、各種プラント等の金属構造物の防食や海洋生物の付着防止のため、耐食性・防汚性に優れた薄金属シートを金属構造物の表面に被覆する方法およびこの方法を実施するための被覆装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、海洋構造物や海水用熱交換器、水道用タンク、化学薬品タンク等の腐食環境の厳しいところや、海洋生物の付着環境下で用いられる金属構造物は従来の塗装に変えて、メンテナンスフリーで長期にわたって耐食性・防汚性を維持できる金属ライニング法が採用されてきている。この金属ライニング法は、例えばステンレス、チタン、モネル、銅、およびこれらの合金の薄板を単独または普通鋼とクラッド鋼としたものを金属構造物の表面に貼り付け被覆するものである。
【0003】
従来、前記の薄板を金属構造物の表面に貼り付け被覆するには、粘着材や接着剤を用いたものもあったが、耐久性、止水性の面から十分でないため溶接接合が主流となっている。しかし、被覆金属の薄板は防食・防汚の目的を達成するには0.1〜0.5mm程度の厚みで十分であるにも関わらず、溶損を避けてアーク溶接する必要があるため、1mm以上の板厚にしなければならず、材料コストが高くなってしまう問題があった。
また、クラッド鋼は材料費の高い前記金属の使用を少なくするものであるが、製造工程が増えるためコスト低減ができず、一方で板厚が厚くなるため重量が増え、作業性がわるくなってしまう問題があった。
【0004】
本発明の出願人はこれらの問題を解消する手段として、先に特許文献1および特許文献2で開示されている「金属基材表面への薄金属シートの溶接被覆方法」を出願している。これらの先行技術のうち前者は、厚金属基材表面に耐食性・防汚性に優れた0.1mm〜1mm未満の薄金属シートを置き周囲をインダイレクト抵抗シーム溶接により密封シールするもので、取扱い容易な抵抗シーム溶接法を用い、且つ薄金属シートの厚さを薄くして材料コストの低減を図ったものである。
また、後者の特許文献2は、比較的厚い金属基材に薄金属シートを高い強度で接合するために前者の技術を改良したものであって、インダイレクト抵抗シーム溶接によって厚金属基材に接合した後、薄金属シートの固相接合部をアーク溶接により溶融接合する溶接被覆方法である。後者の技術によれば、薄金属シートへの溶接入熱を抑制しながら金属基材に薄金属シートを十分な接合強度で被覆することができ、薄金属シート厚さをさらに薄くすることができ、高価な薄金属シートの材料費が低減できる。
さらに、腐食環境の厳しい地域で使用される鋼構造物に長期にわたって十分な耐食性を付与しうる鋼材被覆技術として特許文献3に開示するものが提案されている。該特許文献3は、耐食金属板による鋼材被覆において、板厚0.2〜5.0mmのオーステナイト系耐海水ステンレス鋼の覆装板を鋼構造物表面に仮止め溶接して特定条件のTIG溶接により、覆装板母材と同等以上の耐食性を有する密封溶接を行うものである。
【特許文献1】特開平10−175076号公報
【特許文献2】特開平11−129090号公報
【特許文献3】特開2004−131843号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1および特許文献2は、メンテナンスフリーで長期にわたって耐食性・防汚性を維持できる金属ライニング法において、厚金属基材に薄金属シートを低コストで、しかも容易に十分な接合強度で被覆することが可能であるが、厚金属基材に接合した薄金属シートの端部または薄金属シート同士の接合端部の重ね溶接した接合部に微小な隙間が生じる課題があった。この隙間は、高グレードの耐食性金属を使用すれば問題にならないが、使用する耐食性金属の材質によっては、腐食環境の厳しい条件下や高温環境下において隙間腐食を生じる恐れがあった。
また、特許文献3の技術は、耐食金属板による鋼材被覆において、高い耐食性を期待するものであるが、0.2mm〜0.6mmの板厚の薄い覆装板の溶接時の溶損に対する配慮が十分ではないため、防食に必要な密封溶接が困難であり、実際の施工が不可能であるという問題点がある。
本発明は、前記特許文献に開示された発明をさらに改良したものであって、隙間腐食の課題をなくした金属ライニング法における金属基材に薄金属シート同士を被覆する方法およびこの方法を実施するための被覆装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の厚金属基材表面への薄金属シートの溶接被覆方法は、普通鋼からなる厚金属基材の表面に薄金属シートの端部を重ねて配置し、重ね合わせ部の薄金属シートを厚金属基材に抵抗シーム溶接により接合した後、抵抗シーム溶接位置に近接する重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合することを特徴とする。
また、上記方法において、上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートに、プラズマアーク溶接により、もしくはシールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性ミグアーク溶接又は交流アーク溶接により溶融接合することが、さらに、プラズマアーク溶接、直流逆極性ミグアーク溶接または交流アーク溶接において抵抗シーム溶接部を完全に覆うように溶融接合すること、および重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートに溶融接合する際に、上側薄金属シートの端部に近接した位置を、熱伝導性の良好な1個の押さえロールもしくは上側薄金属シートの端部を挟んで配置した熱伝導性の良好な2個の押さえロールで押さえながら溶融接合を行なうことが好ましい。
また、本発明方法は、上記した抵抗シーム溶接を行うことなく、薄金属シートの端部の重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部に近接した位置を、熱伝導性の良好な1個の押さえロールもしくは上側薄金属シートの端部を挟んで配置した熱伝導性の良好な2個の押さえロールで押さえながら溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合することを特徴とする。
一方、本発明の厚金属基材表面への薄金属シート溶接被覆装置は、上記した各溶接被覆方法を実施するための溶接被覆装置であって、抵抗シーム溶接機と溶融溶接機を同一走行装置に搭載し、抵抗シーム溶接機の電極を溶融溶接機のトーチに対して間隔をおいた前方に配置して、抵抗シーム溶接と溶融溶接位置をずらして同時に溶接することを特徴とする。
また、上記装置において、走行装置内の溶融溶接機のトーチ近傍に、少なくとも1個の押さえロールを配置することが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る被覆方法は、インダイレクト抵抗シーム溶接により厚金属基材表面に薄金属シート同士を接合した後、溶融溶接により薄金属同士を溶融接合することにより、厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法であり、これによって薄金属シートへの過大な入熱を抑制することで、溶融溶接により厚金属基材表面に薄金属シート同士を適正に溶融接合することができる。また、抵抗シーム溶接と溶融溶接の二つの接合を組み合わせることにより、より完全な密封性を確保できるとともに、接合強度向上などにより良好な接合部特性も確保することが可能となる。さらに、抵抗シーム溶接により連続的に厚金属基材と薄金属シート同士を接合することにより、その後実施する溶融溶接を高能率で実施することも可能となる。
また特に、上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートに、プラズマアーク溶接により、もしくはシールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性ミグアーク溶接又は交流アーク溶接により、溶融接合することによって、良好な溶接施工性とコスト節減を達成し、インダイレクト抵抗シーム溶接と同じ溶接速度で溶融接合することを可能とした。
また、抵抗シーム溶接により接合した後、抵抗シーム溶接位置に近接する重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合する場合に、抵抗シーム溶接部を完全に覆うように、プラズマ溶接により、もしくはシールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性ミグアーク溶接又は交流アーク溶接により溶融接合することによって、抵抗シーム溶接条件が適正でない場合に生じる抵抗シーム溶接表面に現れることがあるしわ状の荒れによる耐食性の劣化をなくすことができる。
さらに、抵抗シーム溶接後の薄金属シートを熱伝導性の良好な押さえローラで押さえながら溶融溶接をすることにより、アーク入熱などによる薄金属シートの溶接変形を抑制し、より高速に、より安定に溶融接合することを可能としたものである。
一方、本発明に係る被覆装置によれば、上記した本発明の被覆方法を効果的に実施し得るとともに、設備面、メンテナンス面および作業性の面でも寄与するところが大である。
しかも、いずれの発明においても薄金属シート重ね部の隙間構造を無くすことにより、薄金属シートの耐食性を向上させることにより、安価な薄金属シートでも十分な耐食性を確保でき、高価な薄金属シートの材料費を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、抵抗シーム溶接装置3と溶融溶接装置4を同一の走行台車5に搭載して普通鋼からなる厚金属基材1の表面に薄金属シート2を被覆している状況を示し、本発明方法を実施する態様を示すものである。図2(a)は厚金属基材1の表面に重ねた薄金属シート2a、2bの端部同士を抵抗シーム溶接機3によって抵抗シーム溶接している正面図(図1のA−A矢視)、同(b)は抵抗シーム溶接した上側薄金属シート2aの端部をアーク溶接またはプラズマアーク溶接手段4によって下側薄金属シート2bに溶融接合している正面図(図1のB−B矢視)である。
【0009】
本発明の基本的な溶接被覆方法は、まず図2(a)に示す如く、普通鋼板の厚金属基材1の上に重ねたステンレス製の薄金属シート2a、2bの重ね合せた端部を、ローラ電極3aによりインダイレクト抵抗シーム溶接機3で抵抗シーム溶接し、薄金属シート2a、2b間に溶融接合部6aおよび厚金属基材1と薄金属シート2b間に固相接合部6bを形成する。次いで、図2(b)に示すように、前記の抵抗シーム溶接によって形成された接合部6a、6bを、例えばアーク溶接法またはプラズマ溶接法のトーチ4によりアーク熱で溶融して、上側薄金属シート2aの端部と下側薄金属シート2bを溶融接合し、図3に示すような溶接ビード8を得るものである。
【0010】
厚金属基材の表面に重ねて被覆する薄金属シートは、重ね端部に隙間が生じてこの部分に隙間腐食が発生する恐れがある。本発明ではこの隙間をなくすために重ねた上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートにアーク溶接、プラズマ溶接、レーザ溶接等の溶融接合法によって溶融接合して密封するものである。厚金属基材表面で直接薄金属シート同士を直接溶融接合する場合は、薄金属シートは0.1mmから1mm未満と薄いため通常の溶融接合では、図13に示すようにアーク熱が拡散せず薄金属シート2に集中してしまい、薄金属シート2のみが過大入熱によって溶損して接合ができない問題があった。
このため本発明では、図2(b)に示すように、抵抗シーム溶接により薄金属シート2aおよび2bの重ね端部の溶融接合部6aおよび薄金属シート2bと厚金属基材1との固相接合部6bを連続的に接合し、これらの接合部により、この後の溶融溶接による薄金属シートの選択的な溶接変形を抑制しうると共に、さらに、板厚差のある3枚の鋼板が熱的にも一体化することにより、溶融接合部6aと固相接合部6bを介し薄金属シートから厚金属基材への熱拡散が生じ、薄金属シートへの過大な溶接入熱を抑制することもできる。これらにより、アーク溶接、プラズマ溶接、あるいはレーザ溶接等の溶融接合法により厚金属基材表面に薄金属シートを適正に溶融接合可能としたものである。
【0011】
本発明に適用する普通鋼からなる厚金属基材は、板厚の制約はなく、通常の海洋構造物等の金属構造物に適用される板厚約5〜30mm程度は十分カバーできる。また、薄金属シートは防食、防汚等の目的に応じた耐食性、防汚性能を有するステンレス、モネル、チタン、銅、およびこれらの合金材質のものから選択され、耐久性、作業性を考慮して設計板厚が定められる。
なお、厚金属基材に鋼を、薄金属シートにチタンの組み合わせを用いた場合は、溶接部に金属基材のFeが溶け込み、Fe・TiやTiC、TiN等の化合物ができて溶接金属部の脆化が生じたり、耐食性能の低下があるため注意を要する。
また、薄金属シートの板厚は耐久性、作業性を考慮して設計板厚が定められるが、希少金属のため材料費が高価であることからできるだけ薄くしたほうがよく、そのままではアーク溶接不可能とされる1mm未満〜0.1mm程度の範囲とし、好ましくは0.3〜0.6mm程度とする。
【0012】
本発明においては、上述したように、厚金属基材の表面に重ねて配置した薄金属シートの端部を抵抗シーム溶接した後、上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートに溶融接合して端部の隙間をなくすようにしているが、前記固相接合する手段としては、図2(a)に示すようにインダイレクト抵抗シーム溶接を採用する。なお、抵抗シーム溶接の溶接狙い位置は、上側薄金属シートの端部とシーム溶接部の中心位置との距離D(図2(a))を0〜10mm程度の範囲とし、好ましくは2〜5mm程度とすることが望ましい。
【0013】
また、前記溶融接合は、図2(b)に示すように、抵抗シーム溶接位置に近接する重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部と下側薄金属シートを確実に溶融接合するために、プラズマ溶接、TIG溶接等の非消耗電極方式、またはMIG溶接、MAG溶接等の消耗電極方式アーク溶接やレーザ溶接等の溶融接合法によって行なう。
なお、これらのうちエネルギー密度の高い、アーク長を短く設定したMIGアーク溶接法、プラズマ溶接法およびレーザ溶接法は、他のアーク溶接法と比較して高速度での溶接が可能である。これにより、MIGアーク溶接法、プラズマ溶接法およびレーザ溶接法は、溶接速度の速いインダイレクト抵抗シーム溶接と同じ速度で溶接することが可能であり、図1に示す如く同じ走行機構に搭載することにより溶接の高能率化が図れる利点がある。他方、MIGアーク溶接法およびプラズマ溶接法とレーザ溶接法を比較すると、MIGアーク溶接法およびプラズマ溶接法は、溶接の狙い位置、添加ワイヤの挿入位置精度がラフで良いため溶接施工性に優れ、装置コストも安価である。
さらに、MIGアーク溶接法のうち、シールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性MIGアーク溶接および交流MIGアーク溶接は、表面酸化した抵抗シーム溶接部表面をアークのクリーニング作用により、酸化物を除去しながら溶接するため、良好なビード形成となることから、高速度溶接時でも安定な溶接となる利点がある。従って、本発明において採用する溶融溶接法としてはシールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性MIGアーク溶接および交流MIGアーク溶接法、プラズマ溶接法が最適な溶接法であると言える。
【0014】
なお、消耗電極を用いるMIG溶接では、アークは酸化皮膜のある陰極から出やすく、そのために、通常、アルゴンガス等の不活性ガスに2%程度の酸素を添加したシールドガスにより、一定の酸素供給をしてアークを一定位置に固定することが行われる。これは、酸化性のガスを添加しない場合、陰極点が走り回ってアーク不安定となるからである。
本発明でシールドガスに0.5%〜5.0%の炭酸ガスを添加している理由は、顕著な陰極点の走り回りを避けるとともに、陰極点に形成される酸化皮膜が破壊して失われていく、いわゆるクリーニング作用を有効に作用させる、シールドガス組成とその範囲を実験により求めた結果、上記組成範囲が最適であることを知見したことによる。このシールドガス組成範囲により、先に実施される抵抗シーム溶接部の表面酸化をクリーニングしながら、アークの走り回りも避けることが可能になったものである。
【0015】
抵抗シーム溶接と溶融溶接は図1に示すように、同じ走行機構に搭載した抵抗シーム溶接機とアーク溶接等の溶融溶接機によって、同時に行なう方が能率がよい。但し、抵抗シーム溶接の電極は溶融接合のトーチより間隔をおいて前方にずらして配置し、先行溶接する抵抗シーム溶接により生じる磁場が溶融接合に影響せず、固相接合の熱が溶融接合時に有効に作用する間隔で配置することが望ましい。この間隔は、好ましくは100〜1000mm程度、特に300mm前後が好適である。
【0016】
次に、本発明においては、溶融接合する薄金属シートの端部に近接した薄金属シート上を熱伝導性の良好な押さえロールで押さえながら溶融接合すると、溶融接合によって生じる入熱を押さえロールで放散することができ、さらに薄金属シートへの過大な入熱を抑制することができることを見出した。例えば、図4あるいは図5に示すように、溶融接合時の薄金属シートへの過大な入熱を抑制するために、溶融接合部に近接した薄金属シート2aあるいは2b上を熱伝導性の良好な押さえロール9で押さえながら溶融接合することにより、溶融接合時の入熱を押さえロール自身に伝達して放散するとともに接触した下側の厚金属基材へも拡散させて低減し、薄金属シート同士を適正に溶融接合可能とするものである。図4の例では、厚金属基材1の表面に重ねた一方(上側)の薄金属シート2aの端部を熱伝導性の良好な押さえロール9で押さえながらTIGアーク溶接4し、図5の例では、厚金属基材1の表面に重ねた他方(下側)の薄金属シート2bの端部を熱伝導性の良好な押さえロール9で押さえながらTIGアーク溶接4している状態を示している。
【0017】
上記の如く押さえロールはいずれか片側のみとしてもよいが、図6に示すように2ヶ所に押さえロールを用いた方がより効果がある。この例では溶融接合する薄金属シート2a、2bの端部を挟んで近接した位置に配置した2ヶ所の押さえロール9a、9bで薄金属シートを押さえながらTIGアーク溶接法4(或いはレーザ溶接でも良い)にて溶融接合することにより、溶融接合時に生じる入熱を2個のロールに放散し薄金属シートへの過大な入熱を抑制することにより適正な溶接を可能とする。
押さえロールは熱伝導性の良好な銅等の材質で製作したものを使用し、熱容量を大きくするためにはできるだけ大径化することが好ましい。また、押さえロールは溶融接合機と同じ走行装置に設けた方がよい。この押さえロールは薄金属シートを金属基材に押し付けるため、薄金属シートの変形等を矯正しながら溶融接合を行なう作用もある。また、この押さえロールにより薄金属シートと溶接トーチの位置関係を一定に保つことができるため、溶融溶接トーチの高さ倣いを行なう作用もある。
【0018】
本発明においては、このように1個もしくは2個の押さえロールを用いて溶融接合を行っているが、図7は、抵抗シーム溶接後の厚金属基材1の上に重ねた薄金属シート同士の端部をアーク熱で溶融接合する際に、下側薄金属シート2bへのアーク熱の拡散と溶接変形するのを抑制するために、押さえロール9で下側薄金属シート2bを加圧し押さえながら接合し、溶接ビード8を形成する本発明の方法を示している。
また図8は、接合部6a、6bを形成した後、2個の押さえローラ9a、9bで上側薄金属シート2aと下側金属シート2bを加圧し押さえることにより、接合部6a、6bの両側にある薄金属シートへの溶接入熱の拡散と溶接変形を抑制しながら、レーザ光10により薄金属シート同士の端部を溶融し溶接ビード8を形成する、本発明の別の態様を示している。
このような本発明に係る溶接被覆方法で、厚金属基材1の表面に薄金属シート2を被覆した抵抗シーム溶接による接合部6と薄金属シートの端部隙間を溶融接合8した状態を図9に示す。
【0019】
なお、本発明においては、薄金属シート同士の重ね合わせ部を抵抗シーム溶接することなく、直接1個もしくは2個の押さえローラにて上側薄金属シートおよび/または下側金属シートを加圧し押さえることにより、薄金属シートへの溶接入熱の拡散と溶接変形を抑制しながら、プラズマ溶接あるいはレーザ溶接等の溶融溶接法により薄金属シート同士の端部を溶融し溶接ビードを形成することも可能である。
【0020】
図9のように抵抗シーム溶接による接合部6と溶融溶接による溶接ビード8が近接しているが別の位置になる場合には、残存抵抗シーム溶接部のしわ状の表面荒れの発生のおそれがあり、これが耐食性劣化の原因となることがある。このため本発明においては、図10に示す如く、厚金属基材1の表面に薄金属シート2を被覆した抵抗シーム溶接による接合部6を完全に覆いながら、薄金属シートの端部隙間を溶融接合8する被覆方法を採用することで、上記した表面荒れによる耐食性の劣化を防止することが好ましい。
【0021】
次に、本発明の被覆方法を実施するための溶接被覆装置の実施形態を説明する。
図11は、本発明に係る溶接被覆装置を実際に使用する場合の具体例を示すもので、矢印方向および紙面垂直方向に溶接可能に構成した抵抗シーム溶接装置3と溶融溶接装置4とを搭載するとともに、溶融溶接装置4のプラズマトーチの近傍に、少なくとも1個の押さえロールを設けた構造としている。すなわち、抵抗シーム溶接装置3と溶融溶接装置4は走行台車5に鉛直回転軸を介して保持され、抵抗シーム溶接装置3のローラ電極は水平方向および上下方向に調整自在に前記回転軸に取り付けられ、溶融溶接装置4のアーク溶接トーチ又はプラズマトーチは同様に水平方向および上下方向に調整自在に、しかも上下微調整自在にかつ上下軸周りに回転自在で角度調整可能に支持されている。また、詳細には示していないが、それぞれの方向への移動および角度調整するための駆動源としては、各種モータ、シリンダあるいは手動ねじ部などの通常の機械的もしくは電気的な手段を用いるとともに、これらには確実かつ高精度な溶接作業を行うための制御機構も組み込んでおくことが必要である。
図11に示す溶接被覆装置を採用することで、図4〜図6にて示した各種態様の本発明に係る溶接被覆方法が効率良くかつ確実に実施することが可能となる。
【実施例】
【0022】
表1には、使用した厚金属基材と薄金属シートの材質と板厚と、本発明で採用するインダイレクト抵抗シーム溶接各種溶接条件を示す。表2および表3には、抵抗シーム溶接した後に採用する本発明の各種アーク溶接法およびレーザ溶接法の溶融溶接条件と溶接結果を示し、比較例としてそれぞれの溶融溶接法単独の場合を併せて示す。なお、押さえロールを用いる場合には、その加圧力を示す。押さえロールは銅製であり、溶融溶接機のトーチ近傍に設置し、その径は50mmである。
また表4には、厚金属基材上にて溶融接合した薄金属シート同士のせん断引張試験と水密試験した結果を示している。図12はこのせん断方向引張試験片形状と引張荷重方向を示したものである。表4の試験結果に示すように、いずれもせん断引張試験では薄金属シート母材で破断し、水密試験でも試験圧0.2MPaでリークは認められず、良好な接合性を確保できていることが認められた。
さらに表5には、厚金属基材上にて溶融接合した薄金属シート同士の接合部の耐食性試験結果を示しており、耐食性試験はJIS Z 2371に準拠した塩水噴霧試験と、人工海水(八州薬品株式会社製「アクアマリン」使用)に25℃で浸漬する塩水浸漬試験を実施した。比較例として溶融溶接を実施せず隙間構造のある試験体での試験結果も併せて示している。本発明により、薄金属シート同士の重ね部の隙間構造を無くした試験体では、試験開始6ヶ月後においても発錆が認められず、良好な耐食性が確保できていることが確認された。
なお、各表において薄金属シートの材質として使用されているYUS270は、新日鐵住金ステンレス株式会社製のステンレス鋼であり、その化学成分は次の通りである。
いずれも質量%で、C:0.020%以下、Si:0.80%以下、Mn:1.00%以下、P:0.030%以下、S:0.015%以下、Ni:17.00〜19.50%、Cr:19.00〜21.00%、Mo:5.50〜6.50%、Cu:0.50〜1.00%、N:0.16〜0.24%、残部Fe及び不可避的不純物。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
【表4】

【0027】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施形態を示すもので、抵抗シーム溶接装置と溶融溶接装置を同一の走行台車に搭載して厚金属基材の表面に薄金属シートを被覆している状況を示す図である。
【図2】(a)は厚金属基材の表面に重ねた薄金属シートの端部同士を抵抗シーム溶接機によって抵抗シーム溶接している正面図(図1のA−A矢視)。(b)は抵抗シーム溶接した上側薄金属シートの端部を溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合している正面図(図1のB−B矢視)である。
【図3】本発明の基本的な実施例におけるアーク溶接状況図である。
【図4】本発明の溶融溶接時に押さえロールを使用した場合のアーク熱拡散の作用説明図である。
【図5】本発明の押さえロールを用いる場合の他の例におけるアーク熱拡散の作用説明図である。
【図6】本発明の2個の押さえロールを用いる場合のアーク熱拡散の作用説明図である。
【図7】本発明の押さえロールを使用する場合の実施例におけるアーク溶接状況図である。
【図8】本発明の2個の押さえロールを用いる実施例におけるレーザ溶接状況図である。
【図9】厚金属基材の表面に薄金属シート同士を被覆した薄金属シートの端部隙間を溶融接合した完成状態の斜視図である。
【図10】抵抗シーム溶接部を完全に覆うように溶融接合する本発明の被覆方法を説明するための斜視図である。
【図11】本発明に係る溶接被覆装置の具体例を示す全体構成図である。
【図12】本発明の実施例における溶接品質評価のための溶接部せん断引張試験片形状図である。
【図13】従来例のアーク熱拡散の作用説明図である。
【符号の説明】
【0029】
1 厚金属基材
2、2a、2b 薄金属シート
3 インダイレクト抵抗シーム溶接機 3a ローラ電極
4 溶融アーク溶接機
5 溶接機走行装置
6 接合部
6a 溶融接合部
6b 固相接合部
8 溶接ビード
9、9a、9b 押さえロール
10 レーザ光
12 引張荷重方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
普通鋼からなる厚金属基材の表面に薄金属シートの端部を重ねて配置し、重ね合わせ部の薄金属シートを厚金属基材に抵抗シーム溶接により接合した後、抵抗シーム溶接位置に近接する重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合することを特徴とする、厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項2】
上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートにプラズマアーク溶接により溶融接合することを特徴とする、請求項1記載の厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項3】
上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートにシールドガスにアルゴンと炭酸ガス0.5%〜5.0%の混合ガスを用いた直流逆極性ミグアーク溶接または交流アーク溶接により溶融接合することを特徴とする、請求項1記載の厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項4】
抵抗シーム溶接により接合した後、抵抗シーム溶接位置に近接する重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合する場合に、抵抗シーム溶接部を完全に覆うように溶融接合することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項5】
重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部を下側薄金属シートに溶融接合する際に、上側薄金属シートの端部に近接した位置を、熱伝導性の良好な1個の押さえロールもしくは上側薄金属シートの端部を挟んで配置した熱伝導性の良好な2個の押さえロールで押さえながら溶融接合を行なうことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項6】
普通鋼からなる厚金属基材の表面に薄金属シートの端部を重ねて配置し、重ね合わせ部の上側薄金属シートの端部に近接した位置を、熱伝導性の良好な1個の押さえロールもしくは上側薄金属シートの端部を挟んで配置した熱伝導性の良好な2個の押さえロールで押さえながら溶融溶接法によって下側薄金属シートに溶融接合することを特徴とする、厚金属基材表面へ薄金属シートを溶接被覆する方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項記載の溶接被覆方法を実施するための溶接被覆装置であって、抵抗シーム溶接機と溶融溶接機を同一走行装置に搭載し、抵抗シーム溶接機の電極を溶融溶接機のトーチに対して間隔をおいた前方に配置して、抵抗シーム溶接と溶融溶接位置をずらして同時に溶接することを特徴とする、厚金属基材表面への薄金属シート溶接被覆装置。
【請求項8】
走行装置内の溶融溶接機のトーチ近傍に、少なくとも1個の押さえロールを配置したことを特徴とする、請求項7記載の厚金属基材表面への薄金属シート溶接被覆装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−43768(P2006−43768A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−187760(P2005−187760)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】