説明

塑性加工用潤滑被膜、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物、塑性加工用素材、塑性加工品の製造方法並びに金属管、金属線又は金属棒の製造方法

【課題】 化成処理による下地を必要とせず、簡便な工程で、密着性及び潤滑性に優れた塑性加工用潤滑被膜、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物、塑性加工用素材、塑性加工品の製造方法並びに金属管、金属線又は金属棒の製造方法を提供する。
【解決手段】 本塑性加工用潤滑被膜は、母材表面に形成された樹脂層を備える塑性加工用潤滑被膜であって、上記樹脂層はワックス粒子を含有し、且つ樹脂層は、この樹脂層を100wt%とした場合に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂[例えば、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂、及びフッ素系樹脂等の1種又は2種以上]を25〜99wt%含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塑性加工用潤滑被膜、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物、塑性加工用素材、塑性加工品の製造方法並びに金属管、金属線又は金属棒の製造方法に関する。更に詳しくは、金属の冷間塑性加工において、被加工材である金属や金型の表面に密着性の高い潤滑被膜を形成して優れた潤滑性を発揮させ、それにより摩擦軽減による加工動力の減少、摩耗や焼付きの抑制によるロールや工具の寿命延長と製品品質の向上を実現できる塑性加工用潤滑被膜、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物、該塑性加工用潤滑被膜を形成し、塑性加工品の製造に用いられる塑性加工用素材、該塑性加工用素材を用いた塑性加工品の製造方法並びに金属管、金属線又は金属棒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の冷間塑性加工には、板圧延、管圧延、条鋼(形鋼、棒線、線材)圧延、引抜き、鍛造、せん断、プレス成形等がある。そして、被加工材として塑性加工に供される金属には、炭素鋼やステンレス鋼等の各種の鋼、アルミニウム、銅、チタニウム、及びそれらの合金、並びにそれらの複層クラッド等が挙げられる。
【0003】
一般に、金属材料の塑性加工では、被加工材と工具との金属接触により生ずる摩擦を低減し、焼付きやかじりを防止する目的で、液状又は固体状の潤滑剤が使用されている。通常、冷間での塑性加工における潤滑方法は、被圧延材とロールや工具(以下、ロールと工具を併せて「工具」と称す。)の材質、加工方法、面圧、加工速度、表面粗度、作業環境等に応じて使い分けられている。そして、潤滑処理は、大きく二つに分けることができる。一つは、潤滑剤を金属表面に物理的に付着させる潤滑処理で、もう一つは、化学反応により金属表面にキャリア被膜を生成させた後、滑剤を付着させる潤滑処理である。
【0004】
化学反応により金属表面にキャリア被膜を生成させた後、滑剤を付着させる潤滑処理は、いわゆる化成被膜処理と呼ばれるものである。このような化成被膜処理は、被加工材表面に化学反応によりキャリアとしての役割を持つリン酸塩等の被膜を生成させた後、滑剤としてステアリン酸ナトリウムやステアリン酸カルシウム等の反応石けん又は非反応石けん等による処理が行われる。かかる化成被膜処理による被膜は、キャリアとしての化成被膜と滑剤との二層構造を持っており、非常に高い耐焼付き性を示す。そのため、かかる化成被膜処理は、伸線、伸管、鍛造等の塑性加工分野において非常に広い範囲で使用されてきた。しかし、上記化成被膜処理は化学反応であるため、化学反応性に乏しい被加工材の処理が難しく、処理可能な被加工材についても複雑な液管理が必要である。また、図1(A)に示すように、形成される化成被膜上に滑剤を塗布するため、水洗や酸洗いまでを含めると、多数の処理工程が必要である。更に、処理の際に使用される水洗水や化成被膜から多量の廃液が出ること、及び化学反応を制御するために加温が必要であることから、設備投資や操業に多額の費用がかかるという問題がある。
【0005】
上記の化成被膜処理の問題点を解決するため、前述の潤滑剤を金属表面に物理的に付着させる潤滑処理について検討されている。そして、かかる検討の結果として、油系潤滑剤又は水系潤滑剤を使用する方法が提案されている。例えば、油系潤滑剤として、下記特許文献1には、塩素化パラフィン、燐酸エステル等の極圧剤と、イソブチレン・n−ブテン共重合物と動植物等を配合した潤滑油に、金属石けんや固体潤滑剤を配合した冷間加工用潤滑剤が開示されている。また、水系潤滑剤として、下記特許文献2には、炭酸水素塩を主成分とし、これに少量の分散剤と界面活性剤と固体潤滑剤とを加えた金属管の冷間乃至温間加工用潤滑剤が開示され、下記特許文献3には、水溶性高分子又はその水性エマルジョンを基材とし、固体潤滑剤と化成被膜形成剤とを配合した潤滑剤組成物等が開示されている。
【0006】
更に、下記特許文献4には、特定の平均分子量の水溶性ポリエステル類と水溶性多糖類から選ばれる少なくとも1種と、水溶性ポリアミド類から選ばれる少なくとも1種と、特定の融点のワックス類から選ばれる少なくとも1種と、水とからなり、各々の成分が特定の重量比である水洗除去容易な潤滑皮膜形成用潤滑剤組成物が開示されている。また、下記特許文献5には、合成樹脂、水溶性無機塩及び水を含有しており、合成樹脂と水溶性無機塩との固形分重量比が特定の値であって、且つ合成樹脂が溶解又は分散している金属材料の塑性加工用潤滑剤組成物が開示されている。
【0007】
【特許文献1】特公平4−1798号公報
【特許文献2】特公昭58−30358号公報
【特許文献3】特開昭52−20967号公報
【特許文献4】特開平6−10887号公報
【特許文献5】特開2000−63880号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1の冷間加工用潤滑剤であっても、従来の化成被膜処理を行う潤滑法と比較して、加工性にやや難があり、また、極圧添加剤を使用しているために、加工時に臭気が発生するという問題がある。上記特許文献2の潤滑剤は、化成被膜処理に代わって広く使用されるまでには至っていない。更に、上記特許文献3の潤滑剤もまた、化成被膜処理に匹敵する潤滑性を有する潤滑剤は得られていない。上記特許文献4及び5の各潤滑剤もまた、化成被膜処理に匹敵する潤滑性を有する潤滑剤は得られておらず、且つ含有される樹脂のガラス転移温度に対しては言及されていない。
【0009】
本発明は、金属の冷間塑性加工において、化成処理による下地を必要とせず、簡便な工程で、被加工材である金属や金型の表面に密着性の高い潤滑被膜を形成して優れた潤滑性を発揮させ、それにより摩擦軽減による加工動力の減少、摩耗や焼付きの抑制によるロールや工具の寿命延長と製品品質の向上を実現できる塑性加工用潤滑被膜、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物、該塑性加工用潤滑被膜を形成し、塑性加工品の製造に用いられる塑性加工用素材、該塑性加工用素材を用いた塑性加工品の製造方法並びに金属管、金属線又は金属棒の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記のように、一般に、樹脂からなる潤滑被膜が高い潤滑性を有するには、滑りを与える潤滑機能と被膜を守る保護機能の両者が必要である。即ち、金属の冷間塑性加工では、被加工材と工具の摩擦面で、しごきを与えられながら被加工材表面積が急激に拡大されるため、潤滑剤には、これらの変化に追随して常に摩擦面を覆う展性延性、及び圧力に耐える強度が要求される。しかしながら、これらの機能を一層の被膜に兼備させるのは実質的に困難とされていた。
【0011】
そこで、本発明者らは、金属の冷間塑性加工において高い潤滑性を得るため、樹脂系被膜を用いた潤滑法について検討した。その結果、含有させる樹脂のガラス転移温度が、塑性加工開始直後の温度より高い場合には、加工開始直後の摩擦面の変化に樹脂被膜が追随できず、脆性破壊し(粉々になり)、摩擦面より脱離してしまい、一方、樹脂のガラス転移温度が塑性加工開始直後の温度より低い場合には、樹脂が粘性流体として挙動するため、加工開始直後の摩擦面の変化に対しても追随できることを究明した。そして、特定のガラス転移温度の樹脂を特定量含有させた塑性加工用潤滑被膜を用いることで、厳しい加工においても十分に強度が得られ、膜切れを起こすことがなく、且つせん断に対しては分散されたワックス粒子により潤滑機能を有する被膜となり加工時の摩擦抵抗を下げることができることを究明し、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下に示す通りである。
(1)母材表面に形成された樹脂層を備える塑性加工用潤滑被膜であって、
上記樹脂層はワックス粒子を含有し、且つ該樹脂層は、該樹脂層を100wt%とした場合に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を25〜99wt%含有することを特徴とする塑性加工用潤滑被膜。
(2)上記樹脂が、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂のうちの少なくとも1種である上記(1)に記載の塑性加工用潤滑被膜。
(3)上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上であり、且つ上記樹脂層を100wt%とした場合に、上記ワックス粒子の含有割合が0.5〜74.5wt%である上記(1)又は(2)に記載の塑性加工用潤滑被膜。
(4)上記ワックス粒子の平均粒径は10μm以下である上記(1)乃至(3)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
(5)上記樹脂層は、硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤及び塩素系極圧添加剤のうちの少なくとも1種の極圧添加剤を更に含有し、且つ上記樹脂層を100wt%とした場合に、上記極圧添加剤の含有割合が固形分換算で0.5〜74.5wt%である上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
(6)上記樹脂層は、焼付き防止効果を有する微粒子を更に含有する上記(1)乃至(5)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
(7)溶媒中に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂と、ワックス粒子と、を含有し、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の含有割合が25〜99wt%であることを特徴とする塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(8)上記樹脂が、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂のうち少なくとも1種である上記(7)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(9)上記樹脂が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたものである上記(7)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(10)上記樹脂が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたアイオノマーである上記(7)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(11)上記典型金属元素が、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であり、且つ上記遷移金属元素が、鉄及び銅のうちの少なくとも1種である上記(9)又は(10)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(12)上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上であり、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記ワックス粒子の含有割合が0.5〜74.5wt%である上記(7)乃至(11)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(13)上記ワックス粒子の平均粒径は10μm以下である上記(7)乃至(12)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(14)硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤及び塩素系極圧添加剤のうちの少なくとも1種の極圧添加剤を更に含有し、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記極圧添加剤の含有割合が固形分換算で0.5〜74.5wt%である上記(7)乃至(13)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(15)焼付き防止効果を有する微粒子を更に含有する上記(7)乃至(14)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(16)上記微粒子が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素の酸化物である上記(15)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(17)上記典型金属元素が、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であり、且つ上記遷移金属元素が、鉄及び銅のうちの少なくとも1種である上記(16)に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(18)上記溶媒が水又は少なくとも水を含む溶媒である上記(7)乃至(17)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
(19)任意の形状を有する塑性加工品を製造するための素材の表面に、上記(1)乃至(6)のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜が形成されていることを特徴とする塑性加工用素材。
(20)上記(19)に記載の塑性加工用素材を塑性加工することを特徴とする塑性加工品の製造方法。
(21)上記(19)に記載の塑性加工用素材を抽伸することを特徴とする金属管、金属線又は金属棒の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の塑性加工用潤滑被膜によると、冷間における金属の塑性加工等の各種金属加工において、焼付きが発生しやすい厳しい加工条件でも、優れた潤滑性を発揮することができる。特に、鋼板のプレス加工等の他の加工に比べて、しごきや被加工材の表面積の拡大が著しく、加工条件の厳しい冷間塑性加工(特に抽伸加工)において、高い耐焼付き性を発揮することができる。また、本発明の塑性加工用潤滑被膜は、鋼、ステンレス、「インコネル」(商品名)、チタン、チタン合金、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅、銅合金材料等の種々の金属に適用することができる。
また、100℃において特定の特性を有するワックス粒子を特定量含有させると、冷間における金属の塑性加工等の各種金属加工において、更には焼付きが発生しやすい厳しい加工条件でも、より優れた潤滑性を発揮することができる。
更に、特定の極圧添加剤を含有させた場合には、極圧潤滑領域での潤滑性能をより向上させることができる。更には、焼付き防止効果を一層向上させることができる。
また、微粒子を含有させた場合には、被膜のせん断強度及び付着強度を向上させることができる。更には、焼付き防止効果を一層向上させることができる。
【0014】
本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を用いた場合、従来の化成被膜処理と比べて、簡便な被膜形成処理により、潤滑性に優れた被膜を形成することができる。
また、100℃において特定の特性を有するワックス粒子を特定量含有させた場合には、冷間における金属の塑性加工において、更には焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮する被膜を得ることができる。
更に、特定の極圧添加剤を含有させた場合には、極圧潤滑領域での潤滑性能により優れる被膜を得ることができる。更には、より優れた焼付き防止効果を有する被膜を得ることができる。
また、微粒子を含有させた場合には、被膜のせん断強度及び付着強度により優れた被膜を得ることができる。更には、焼付き防止効果により優れた被膜を得ることができる。
【0015】
本発明の塑性加工用素材によれば、塑性加工の際に良好な耐焼付き性、成形性、及び加工性を示すと共に、搬送中の接触疵から金属材料を保護することができる。
本発明の塑性加工品の製造方法及び本発明の金属管、金属線又は金属棒の製造方法によれば、焼付きやかじり等の発生を抑制することができる。その結果、品質の優れた加工品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳しく説明する。
尚、本発明において、「(メタ)アクリル系」は、アクリル系及びメタクリル系を意味し、「(メタ)アクリレート」は、アクリレート及びメタクリレートを意味する。
【0017】
(1)塑性加工用潤滑被膜
本発明の塑性加工用潤滑被膜は、母材表面に形成された樹脂層を備える塑性加工用潤滑被膜であり、この樹脂層は、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂及びワックス粒子を含有する。
【0018】
本発明の塑性加工用潤滑被膜は、滑りを与えるワックス粒子が分散された保護機能の高い樹脂層を被膜として母材に形成する。これにより、厳しい加工においても十分に強度が得られ、膜切れを起こすことがなく、且つせん断に対しては分散されたワックス粒子により潤滑機能を有する被膜となり、加工時の摩擦抵抗を下げることができる。
【0019】
本発明において、上記樹脂層を構成する上記「樹脂」のガラス転移温度は30℃以下、好ましくは26℃以下、更に好ましくは23℃以下、より好ましくは15℃以下、特に好ましくは10℃以下である。また、上記ガラス転移温度の範囲の下限については適宜設定することができ、その一例として−85℃が挙げられる。上記ガラス転移温度が30℃を超える場合、塑性加工開始直後の摩擦面の表面積の拡大に潤滑被膜が追随できず、脆性破壊してしまい、摩擦面より脱離することが多くなる。上記ガラス転移温度は、JIS K7121に準じた方法、又は動的粘弾性測定で測定することができる。また、上記樹脂が(メタ)アクリル系樹脂の場合、重合予定の各エチレン性不飽和モノマーのホモポリマーのガラス転移温度から、FOXの式によりガラス転移温度を算出することができる。尚、上記ガラス転移温度は、樹脂の種類等を適宜選択により変化させることができる。更には、可塑剤を使用し、外部可塑化することで低下させることができる。
【0020】
上記樹脂の種類には特に限定はない。この樹脂は、未架橋重合体であっても、架橋重合体であってもよい。後者の場合は、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂等を挙げることができる。上記典型金属元素としては、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛等が挙げられる。これらのなかでも、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であることが好ましい。また、上記遷移金属元素としては、例えば、鉄、銅等が挙げられる。
また、具体的な樹脂の種類としては、例えば、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂等が挙げられる。上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。かかる特定の樹脂を含む樹脂層とすることにより、潤滑機能の高い被膜とすることができる。
【0021】
上記(メタ)アクリル系樹脂は、アクリル系モノマーの1種又は2種以上を重合して得られるものであれば、単独重合体であってもよいし、共重合体であってもよい。また、その構造及び種類について特に限定はない。上記アクリル系モノマーとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、及びオクチル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレート(アルキル基の炭素数は好ましくは1〜8、より好ましくは1〜6、特に好ましくは1〜4);メトキシメチル(メタ)アクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレート、エトキシメチル(メタ)アクリレート、エトキシエチル(メタ)アクリレート、及びメトキシブチル(メタ)アクリレート等の低級アルコキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のヒドロキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;アクリルアミド、メタクリルアミド;N−メチロールアクリルアミド、N−メチロールメタクリルアミド、N−ブトキシメチルアクリルアミド、及びN−ブトキシメチルメタクリルアミド等のN−非置換又は置換(特に低級アルコキシ置換)メチロール基を有する(メタ)アクリルアミド;ホスホニルオキシメチル(メタ)アクリレート、ホスホニルオキシエチル(メタ)アクリレート、及びホスホニルオキシプロピル(メタ)アクリレート等のホスホニルオキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;アクリロニトリル;アクリル酸、メタクリル酸等の1種又は2種以上が挙げられる。尚、上記の低級アルコキシ及び上記低級アルキルとは、通常、それぞれ炭素数が1〜5のアルコキシ及びアルキルを意味し、好ましくは炭素数が1〜4、より好ましくは1〜3である。
また、上記(メタ)アクリル系樹脂は、上記アクリル系モノマーの1種又は2種以上と、スチレン、メチルスチレン、酢酸ビニル、塩化ビニル、ビニルトルエン、及びエチレン等の他のエチレン性モノマーの1種又は2種以上との共重合体であってもよい。その場合には、上記アクリル系モノマーからなる単位を30モル%以上含有する共重合体が好ましい。この共重合体としては、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたアイオノマー等が挙げられる。上記典型金属元素としては、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛等が挙げられる。これらのなかでも、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であることが好ましい。また、上記遷移金属元素としては、例えば、鉄、銅等が挙げられる。
【0022】
上記ウレタン樹脂は、ウレタン結合(−NHCOO−)を有する合成樹脂であり、一般にイソシアネート基を2個以上有するポリイソシアネート化合物と活性水素基を2個以上有するポリオールとの重付加反応によって得られるものを用いることができる。上記ポリオールは、例えば、ポリエステルポリオール及び/又はポリエーテルポリオールが挙げられる。上記ウレタン樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
上記ポリエステルポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、3−メチルペンタンジオール、ヘキサメチレングリコール、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、及びグリセリン等の低分子量ポリオールと、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸等の多塩基酸との反応によって得られる末端に水酸基を有するポリエステル化合物の1種又は2種以上が挙げられる。
【0024】
上記ポリエーテルポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、3−メチルペンタンジオール、ヘキサメチレングリコール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、及びグリセリン等のポリオール、又はこれらのエチレンオキシド及び/若しくはプロピレンオキシド高付加物、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレン/プロピレングリコール等のポリエーテルポリオール、ポリカプロラクトンポリオール、ポリオレフィンポリオール、並びにポリブタジエンポリオール等の1種又は2種以上が挙げられる。
【0025】
上記ポリイソシアネートとしては、直鎖脂肪族、分岐脂肪族、脂環式及び芳香族ポリイソシアネートの1種又は2種以上が挙げられる。具体的には、例えば、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネートエステル、水添キシリレンジイソシアネート、1,4−シクロヘキシレンジイソシアネート、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、2,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、3,3’−ジメトキシ−4,4’−ビフェニレンジイソシアネート、1,5−ナフタレンジイソシアネート、1,5−テトラヒドロナフタレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、及びテトラメチルキシリレンジイソシアネート等の1種又は2種以上が挙げられる。
【0026】
上記ポリエステル樹脂は、エステル結合を有する合成樹脂であり、一般に、カルボキシル基を2個以上有する多塩基酸とヒドロキシル基を2個以上有するポリオールとの縮合反応によって得られるものを用いることができる。上記ポリエステル樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。上記多塩基酸としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、及びヘキサヒドロフタル酸等の1種又は2種以上が挙げられる。一方、上記ポリオールとしては、ポリエステルポリオール及びポリエーテルポリオールが挙げられ、より具体的には、例えば、上記ウレタン樹脂の項で詳述したポリエステルポリオール及びポリエーテルポリオールが挙げられる。
【0027】
上記酢酸ビニル樹脂は、酢酸ビニルの重合によって得られる樹脂である。また、上記酢酸ビニル樹脂は、ポリ酢酸ビニル樹脂中の50%未満の酢酸ビニル単位が加水分解された樹脂も含む。また、上記酢酸ビニル樹脂は、酢酸ビニルの単独重合体だけでなく、酢酸ビニルと他のモノマー(例えば、エチレン等のオレフィン)とを共重合して得られ、酢酸ビニル単位が50モル%以上である共重合体も含む。上記酢酸ビニル樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
上記ポリビニルアルコール樹脂は、通常、ポリ酢酸ビニルを加水分解して得られる。上記ポリビニルアルコール樹脂は、完全加水分解物のみならず50%以上の加水分解度のポリビニルアルコール樹脂も使用できる。更に、上記ポリビニルアルコール樹脂は、エチレン単位を含み、このエチレン単位が50モル%以下である共重合体も含む。上記ポリビニルアルコール樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
上記ポリアミド樹脂は、アミド結合を有する合成樹脂であり、一般にカルボキシル基を2個以上有する多塩基酸と、アミノ基を2個以上有するポリアミンの縮合反応によって得られるものを用いることができる。上記多塩基酸としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸等が挙げられる。一方、ポリアミンとしては、ヒドラジン、メチレンジアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサンジアミン、エチルアミノエチルアミン、メチルアミノプロピルアミン、イミノビスプロピルアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、ポリエチレンイミン、ジアミノベンゼン、トリアミノベンゼン、ジアミノエチルベンゼン、トリアミノエチルベンゼン、ジアミノエチルベンゼン、トリアミノエチルベンゼン、ポリアミノナフタレン、ポリアミノエチルナフタレン、及びこれらのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体等が挙げられる。上記ポリアミド樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0030】
上記フッ素系樹脂は、分子中にフッ素を含有する樹脂であれば、その種類には特に限定はない。上記フッ素系樹脂としては、例えば、分子中にフッ素を含有する(メタ)アクリル系樹脂等が挙げられる。また、上記フッ素系樹脂は、他の共重合可能な単量体との共重合物でもよい。上記フッ素系樹脂としてより具体的には、例えば、ポリフッ化ビニリデン、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合物、ポリアクリル酸トリフルオロメチル、ポリアクリル酸ペンタフルオロエチル、(メタ)アクリル酸フルオロアルキル−(メタ)アクリル酸アルキル共重合物等が挙げられる。上記フッ素系樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
本発明の塑性加工用潤滑被膜において、上記樹脂層を構成する樹脂としては、上記の各樹脂の1種又は2種以上で構成される樹脂の他、上記の各樹脂の1種又は2種以上と他の樹脂とで構成される複合樹脂でもよい。この複合樹脂としては、例えば、上記の各樹脂の1種又は2種以上と他の樹脂原料とを混ぜ合わせて得られる樹脂、及び各種樹脂のグラフト化、ブロック化等を行い、1分子内に異なる置換基を有する複数のモノマー由来の構造を有する複合樹脂を使用することができる。また、成膜後に有機架橋又は金属によるイオン架橋される樹脂を使用することができる。
【0032】
上記樹脂層における上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の含有割合は、樹脂層を100wt%とした場合に、25〜99wt%であり、好ましくは29.5〜90wt%、更に好ましくは30〜80wt%、より好ましくは30〜70wt%、特に好ましくは30〜60wt%である。この含有割合が25wt%未満の場合、塑性加工時において、潤滑被膜が被加工材の表面積の拡大に十分に追随することができない。一方、この含有割合を99wt%を超える場合には、耐焼付き性、成形性、及び加工性等の性質の大幅な向上は認められず、経済的な利益が認められ難い。
【0033】
また、上記樹脂層に含有される上記「ワックス粒子」は、潤滑被膜成分として、加工時に発生する熱により融解し、被膜の滑り性を向上させる作用を有する。上記ワックス粒子の構造や種類については特に限定されない。上記ワックス粒子としては、例えば、天然ワックス及び/又は合成ワックス等を好ましく使用することができる。より具体的には、例えば、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ペトロラクタムワックス、(酸化)ポリエチレン、(酸化)ポリプロピレン、カルナバワックス、モンタンワックス、キャンデリラワックス、ライスワックス、ラノリン等の1種又は2種以上を挙げることができる。また、本発明におけるワックス粒子には、ポリエチレン樹脂及びポリプロピレン樹脂も含む。
【0034】
また、上記ワックス粒子の物性については特に限定はない。例えば、上記ワックス粒子の平均粒径は、必要に応じて種々の範囲とすることができる。上記ワックス粒子の平均粒径として通常は10μm以下(例えば、0.001〜10μm)、好ましくは5μm以下、更に好ましくは3μm以下、より好ましくは1μm以下、特に好ましくは0.001〜1μmである。上記平均粒径を上記範囲とした場合、被膜の強度を低下させずに、被膜に滑り性を付与することができるため好ましい。また、上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上、好ましくは20mPa・s以上、更に好ましくは100mPa・s以上であるものが好ましい。この場合、冷間における金属の塑性加工において、更には焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。
【0035】
更に、上記樹脂層における上記ワックス粒子の含有割合は、上記樹脂層を100wt%とした場合に、0.5〜74.5wt%であることが好ましく、より好ましくは9.5〜70wt%、更に好ましくは19.5〜69.5wt%、より好ましくは29.5〜69.5wt%である。この含有割合が上記範囲内である場合、冷間における金属の塑性加工において、更には焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。
【0036】
本発明の塑性加工用潤滑被膜では、塑性加工時の潤滑効果を更に向上させるため、必要に応じて上記樹脂層に極圧添加剤を含有させることもできる。かかる極圧添加剤を含有させることにより、極圧潤滑領域での潤滑性能が向上し、焼付き防止効果が一層顕著になるので好ましい。
【0037】
上記極圧添加剤としては、例えば、硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤、塩素系極圧添加剤等が挙げられる。尚、これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。上記硫黄系極圧添加剤としては、例えば、硫化オレフィン類、硫化エステル類、チオカーボネート類、ジチアゾール類、ポリチアゾール類、チオール類、チオカルボン酸類、チオコール類、硫黄、(多)硫化ナトリウム等が挙げられる。また、上記リン系極圧添加剤としては、例えば、トリポリリン酸ナトリウム等の縮合リン酸塩及びトリクレジルホスフェート等の(亜)リン酸エステル等が挙げられる。更に、上記塩素系極圧添加剤としては、例えば、塩素化パラフィン、塩素化脂肪油、ポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニル、塩化ビニリデン−アクリル共重合物等が挙げられる。
【0038】
上記樹脂層における上記極圧添加剤の含有割合は、上記樹脂層を100wt%とした場合に、固形分換算で0.5〜74.5wt%であることが好ましく、より好ましくは1〜70wt%、更に好ましくは5〜69.5wt%である。この極圧添加剤の含有割合が上記範囲である場合、極圧潤滑領域での潤滑性能をより向上させることができ、更には、焼付き防止効果を一層向上させることができるため好ましい。
【0039】
また、本発明の塑性加工用潤滑被膜では、塑性加工時の潤滑効果を向上させるため、必要に応じて上記樹脂層に微粒子を含有させることもできる。かかる微粒子を含有させることにより、樹脂層のせん断強度および付着強度が高まる他、加工界面に微粒子が介在することにより、金属間接触が抑制され、焼付き防止効果が一層顕著になるので好ましい。
【0040】
上記微粒子としては、例えば、それ自体が潤滑性を有するときに、摩擦を軽減させる作用が期待できる固形潤滑剤が挙げられる。このような固形潤滑剤として具体的には、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ステアリン酸カルシウム、マイカ、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)その他の潤滑性樹脂及び酸素欠陥ペロブスカイト構造を持つ複合酸化物(SrCa1−xCuO等)等が挙げられる。その他、炭酸塩(NaCO、CaCO、MgCO等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩等)、ケイ酸塩(MSiO〔M:アルカリ金属、アルカリ土類金属〕等)、金属酸化物(典型金属元素の酸化物、遷移金属元素の酸化物、及びそれらの金属元素を含む複合酸化物〔Al/MgO等〕等)、硫化物(PbS等)、フッ化物(CaF、BaF等)、炭化物(SiC、TiC)、窒化物(TiN、BN、AlN、Si等)、クラスターダイヤモンド、及びフラーレンC60又はC60とC70との混合物のように、摩擦係数を極端に低下させることなく金属間の直接接触を抑制して、焼付防止作用が期待できる微粒子等も挙げられる。上記典型金属元素の酸化物としては、例えば、Al、CaO、ZnO、SnO、SnO、CdO、PbO、Bi、LiO、KO、NaO、B、SiO、MgO及びIn等が挙げられる。これらのなかでも、典型金属元素がアルカリ土類金属、アルミニウム、亜鉛であるものが好ましい。上記遷移金属元素の酸化物としては、例えば、TiO、NiO、Cr、MnO、Mn、ZrO、Fe、Fe、Y、CeO、CuO、MoO、Nd及びHo等の酸化物が挙げられる。これらのなかでも、遷移金属元素が、鉄、銅であるものが好ましい。
尚、上記樹脂層中の樹脂に含まれる解離基が遊離形態(例えば、遊離カルボキシル基)である場合には、この遊離基と反応性のある微粒子(例えば、金属化合物)の使用を避けるか、又は遊離基との反応による微粒子の溶解を見越して、その分だけ過剰に微粒子を使用すればよい。また、上記微粒子は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0041】
また、上記微粒子の平均粒径についても特に限定はなく、必要に応じて種々の範囲とすることができる。上記微粒子の平均粒径は通常、10μm以下(例えば、0.001〜10μm)、好ましくは5μm以下、より好ましくは2μm以下である。上記微粒子がフレーク状の場合、その平均粒径は、最大粒径の平均値とする。また、微粒子の種類によっては、幅広い粒径分布を持つものもあるが、本発明では、体積で上記微粒子全体の80%が上記範囲内に入っていれば、所望の効果が得られる。上記微粒子の平均粒径を0.005μm以上とすると、粒子同士が樹脂中で凝集することを抑制し、均一分散が容易になると共に、使用後に上記微粒子の除去処理が容易になるので好ましい。一方、上記微粒子の平均粒径を10μm以下とすると、付着強度が向上し、その結果、金属間接触による焼付き防止効果が向上するので好ましい。
【0042】
上記の平均粒径を有する微粒子は市販されており、一緒に使用する樹脂及び/又はワックスへの分散性等を考慮して、市販品の中から適宜選択すればよい。市販品(カッコ内は平均粒径)の例としては、シーアイ化成製の「NanoTek」からAl(33nm)、TiO(30nm)、Fe(21nm)、ZnO(31nm)、Y(20nm)、CeO(11nm)、Mn(38nm)、SiO(12nm)等、日本触媒製の「シーホスターKE」(非晶質シリカ)からP10(70〜130nm)、P50(0.48〜0.58μm)、P100(0.9〜1.1μm)等、エスイーシー製の「SECファインパウダーSGP」(高純度人造黒鉛3μm)、日本アエロジル製のSiOから「AEROSIL 50」(30nm)、「AEROSIL 200」(12nm)、「AEROSIL 300」(7nm)、Alから「C」(13nm)、TiOから「T805」及び「P25」(共に21nm)等、日産化学社製のSiOから「スノーテックス C」及び「スノーテックス N」(共に20nm)等、石原テクノ製の超微粒子酸化チタンから「TTO−55(B)」(30〜50nm)等、神島化学工業製の活性炭酸カルシウムから「カルシーズP」(0.10μm)、「カルシーズPL10」(0.09μm)、「PLS2301」(40nm)、軽質炭酸カルシウムから「EC」(1.0〜2.0μm)等、東京プログレスシステムから入手できる「クラスターダイヤモンド」(5nm)等、ダイキン工業製のPTEFから「ルブロンLDW−40」(0.18μm)、「L−2」(5μm)等、三井・デュポンフロロケミカルの「テフロン」(登録商標)から「TLP−10F−1」(2μm)等、住友セメント製のSiC(10nm)、ZrO(30nm)、大阪造船所製の「二硫化モリブデンCパウダー」(1.2μm)等が挙げられる。
【0043】
また、上記微粒子を含有させる場合、上記樹脂層における微粒子の含有割合は特に限定されず、必要に応じて適宜調整することができる。具体的には、樹脂層を100wt%とした場合に0.01〜10wt%であることが好ましく、より好ましくは0.01〜5wt%、更に好ましくは0.05〜1wt%である。上記微粒子の含有割合を上記範囲とすることにより、乾燥した際に形成される被膜のせん断強度や付着強度を向上させることができるので好ましい。
【0044】
更に、本発明の塑性加工用潤滑被膜において、上記樹脂層には、本発明の目的を損なわない範囲で、上記樹脂、ワックス粒子、微粒子及び極圧添加剤以外にも、一般的な塑性加工油剤に添加されている添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、pH調整剤、粘度調整剤、防腐剤、及び消泡剤等が挙げられる。また、必要に応じて可塑剤、油性剤、他の極圧添加剤等を併用しても差し支えない。また、上記樹脂層には、他の樹脂として、ガラス転移温度が30℃を超える樹脂が含有されていてもよく、含有されていなくてもよい。尚、ここで「含有されていない」には、全く含まれない場合だけでなく、本発明の目的を損なわない範囲でガラス転移温度が30℃を超える樹脂が極微量含有されている場合も含む。
【0045】
本発明の塑性加工用潤滑被膜が形成されることとなる上記「母材」は、塑性加工を行う素材でもよく、あるいは、塑性加工の際に使用する金属型でもよい。即ち、本発明の塑性加工用潤滑被膜は、塑性加工を行う素材表面及び/又は塑性加工の際に使用する金属型の成形面に形成することができる。本発明の塑性加工用潤滑被膜における上記母材の材質については特に限定はない。上記母材の材質は、通常、主として鉄、炭素鋼やステンレス鋼等の鋼及び鉄合金であるが、その他、「インコネル」(商品名)、チタン、チタン合金、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅、及び銅合金等の非鉄金属でもよい。また、上記母材の形状についても、棒材やブロック材等の素材だけでなく、熱間鍛造後の形状物(ギヤやシャフト等)の加工も考えられるので、特に限定されない。
【0046】
また、上記母材に、本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成するに先立って、母材についてアルカリ脱脂剤等による脱脂、水洗、又は塩酸等による酸洗等の前処理を行うことができる。かかる前処理をすることによって、母材表面を清浄にしておくことができ、その結果、母材と潤滑被膜の密着性が向上し、また、土砂等のコンタミネーションによる加工後の傷の発生を防止する等の好結果が得られるために好ましい。また、後述の本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を用いて本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成する場合、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物が母材表面に均一に濡れ広がり、母材と潤滑被膜の密着性が向上させることができるので好ましい。通常は、脱脂、水洗、酸洗及び水洗の順に前処理が行われるが、その順序については特に限定はない。例えば、酸化スケールが付着していない母材の場合であれば、酸洗及び水洗の工程は省いても構わない。上記前処理は常法により行えばよく、特に限定はない。
【0047】
更に、本発明の塑性加工用潤滑被膜と母材の密着性を高めるために、上記母材の表面粗度を高めることが有効である。前述の酸洗にもその効果があるが、この他にも、例えば、粗い研磨紙や金属ブラシ等による研削、ショットブラスト、ショットピーニング等の機械的な方法。更には、リン酸マンガンやリン酸亜鉛等によるリン酸系化成処理、シュウ酸塩系化成処理等も有効である。
【0048】
本発明の塑性加工用潤滑被膜は、上記母材の全体に形成してもよいが、特定部分にのみ形成してもよい。例えば、塑性加工用工具と被加工材との接触面の特定個所において潤滑性を特に必要とするような塑性加工、例えば、板圧延におけるロール通板エッジ部の焼付や、管圧延における孔型ロールの管外形接触部での焼付の防止を目的とする場合には、その部位にだけ本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成してもよい。
【0049】
本発明の塑性加工用潤滑被膜は、各種金属加工、特には板圧延、管圧延、条鋼(形鋼、棒線、線材)圧延、引抜き(抽伸)、鍛造等の金属の冷間塑性加工等に好適に利用できる。中でも、鋼管の抽伸に対しては特に効果が高い。これは、鋼管の抽伸における管内面とプラグとの接触面で生じる厳しい加工及び摩擦においても、本発明の塑性加工用潤滑被膜が有効に作用し、焼付きを防止できるからである。この点について、更に詳しく説明すると、まず抽伸前の管は必ずしも工具(ダイス、プラグ)に沿っていないが、抽伸開始と同時に管は工具に沿うように変形される。このとき、局部的に高面圧となる部位が発生するが、管内面とプラグ表面において、そのような部位の発生箇所が特に多く、且つその時の面圧も高い。そして、抽伸開始直後の段階では、管及びプラグ表面温度はまだ常温程度であり、ガラス転移温度を調整されていない樹脂では被膜が変形する摩擦面に追随できず脱離してしまい、管内面で焼付きを生じることがある。また、油タイプの潤滑剤でもこの温度域では反応型の添加剤等が効かないため、同様の焼付きを生じやすい。しかし、本発明の塑性加工用潤滑被膜はこれらの温度域でも被膜が摩擦面の変化に追随できるようガラス転移温度で被膜が適正化されているため焼付きを生じることがない。
【0050】
また、本発明の塑性加工用潤滑被膜は、塑性加工を受けない、単なる製品出荷時の防錆被膜処理としての用途や被加工材搬送時のローラー、ガイドとの接触による疵防止のための表面保護及び摩擦軽減の用途として使用することもできる。いずれの場合においても、塑性加工後或いは塑性加工しない場合に被膜が不要になった際には、本発明の塑性加工用樹脂被膜を、溶媒、あるいは洗浄剤により簡単に除去することができる。
【0051】
(2)塑性加工用潤滑被膜形成用組成物
本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物は、溶媒中に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂と、ワックス粒子と、を含有する。前述のように、従来の化成被膜処理では、形成される化成被膜上に滑剤を塗布するため、水洗や酸洗までを含めると、多数の処理工程が必要である(図1(A))。これに対し、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を用いて被膜を形成すれば、図1(B)に示すように、化成処理及びこれに付随する酸洗や水洗を省略することができる。その結果、簡便に潤滑被膜を形成することができ、また、この塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を用いた場合には、従来の化成被膜処理で生じる廃棄物による環境汚染を防止でき、更に、かかる廃棄物処理のための設備を設けることも省略できる。
【0052】
上記「溶媒」としては、例えば、水、アルコール類、エーテル系溶媒、アセテート系溶媒、ケトン系溶媒、ヒドロキシアミン類、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。これらは、1種単独で又は2種以上を併用して使用することができる。上記溶媒は、強靭な樹脂層の形成に関与していると考えられる。上記溶媒として、水又は少なくとも水を含む溶媒を用いると、より確実に強靭な被膜を形成することができるので好ましい。上記少なくとも水を含む溶媒としては、例えば、水と上記の水以外の溶媒とで構成される混合溶媒が挙げられる。より具体的には、例えば、水と上記アルコール類とで構成される水−アルコール系溶媒等が挙げられる。
【0053】
上記アルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノール、2−エチルブタノール、2−エチルヘキサノール、3−メチル−3−メトキシブタノール、ベンジルアルコール、フェノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−ブチルジオール、2−エチル−1,3−ヘキサンジオール、3−メチル−1,3−ブタンジオール、及びグリセリン等が挙げられる。
【0054】
上記エーテル系溶媒としては、例えば、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等のエチレングリコールモノアルキルエーテル類、エチレングリコールジアルキルエーテル類、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のジエチレングリコールモノアルキル類、ジエチレングリコールジアルキルエーテル類、ポリエチレングリコールモノアルキルエーテル類、ポリエチレングリコールジアルキルエーテル類、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル等のプロピレングリコールモノアルキルエーテル類、プロピレングリコールジアルキルエーテル類、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル等のジプロピレングリコールモノアルキル類、ジプロピレングリコールジアルキルエーテル類、ポリプロピレングリコールモノアルキルエーテル類、ポリプロピレングリコールジアルキルエーテル類、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等が挙げられる。
【0055】
上記アセテート系溶媒としては、上述のアルコール類、あるいは水酸基を有するエーテル系溶媒のアセチル化物等が挙げられる。
【0056】
上記ケトン系溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、N−メチル−3メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルホルムアミド等が挙げられる。
【0057】
上記ヒドロキシアミン類としては、例えば、モノエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、N−n−ブチルエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、N,N−ジブチルエタノールアミン、ジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N−n−ブチルジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、N−(β−アミノエチル)イソプロパノールアミン、N、N−ジエチルイソプロパノールアミン等が挙げられる。
【0058】
上記「ガラス転移温度が30℃以下の樹脂」については、前述の説明がそのまま妥当する。上記ガラス転移温度は30℃以下、好ましくは26℃以下、更に好ましくは23℃以下、より好ましくは15℃以下、特に好ましくは10℃以下である。尚、上記ガラス転移温度の範囲の下限については適宜設定することができ、その一例として−85℃が挙げられる。
上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂としては、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂のうちの少なくとも1種であることがより好ましい。また、上記樹脂は、未架橋重合体であっても、架橋重合体であってもよい。この架橋重合体としては、前述の典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることが好ましい。特に、前述のアイオノマーであることが好ましい。尚、未架橋重合体を用いた場合には、有機架橋剤や金属元素を含む化合物などのイオン架橋剤等の架橋剤を塑性加工用潤滑被膜形成用組成物に更に含有させることにより、成膜後に架橋することもできる。
また、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の含有割合は、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合、25〜99wt%であり、好ましくは30〜90wt%、更に好ましくは30〜80wt%、より好ましくは30〜70wt%、特に好ましくは30〜60wt%である。
【0059】
また、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を上記溶媒中に懸濁又は分散させる際の形態は特に限定されない。例えば、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の溶融液でもよく、あるいは、水、有機溶媒(アルコール、鉱油、ミネラルスピリット、メチルエチルケトン、及び「フロン」(商品名)等)、又は水と有機溶媒との混合溶媒に溶解又は分散させた溶解液又は分散液でもよい。また、上記樹脂層を形成する樹脂の一部を含む含有液を2種以上調製し、使用時に混合する形態でもよい。
【0060】
更に、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を溶媒中に懸濁又は分散させる場合、必要に応じて可塑剤を用いてもよい。かかる可塑剤を用いることにより、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を均一に懸濁又は分散させることができる。更には、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂のガラス転移温度を低下させることもできる。上記可塑剤は特に限定されず、樹脂用の可塑剤として一般的に使用されている化合物を使用できる。具体的には、例えば、フタル酸エステル、アジピン酸エステル、セバシン酸エステル類、トリメリット酸トリアルキル、(亜)リン酸エステル、塩素化パラフィン等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0061】
上記「ワックス粒子」については、前述の説明をそのまま妥当する。即ち、上記ワックス粒子の種類としては、前述の粒子を用いることができる。また、上記ワックス粒子の平均粒径として好ましくは10μm以下、更に好ましくは10μm以下(例えば、0.001〜10μm)、より好ましくは5μm以下、特に好ましくは3μm以下である。更に、上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上、好ましくは20mPa・s以上、更に好ましくは100mPa・s以上であるものが好ましい。
【0062】
上記ワックス粒子の含有割合は、上記塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、0.5〜74.5wt%であることが好ましく、より好ましくは9.5〜70wt%、更に好ましくは19.5〜69.5wt%、より好ましくは29.5〜69.5wt%である。この含有割合が上記範囲内である場合、冷間における金属の塑性加工において、更には焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。
【0063】
上記ワックス粒子を溶媒中に懸濁又は分散させる際の形態は特に限定されない。例えば、ワックス粒子の水ディスパージョンや水エマルジョンを上記溶媒中に含有させてもよいし、ワックス粒子をそのまま含有させてもよい。
【0064】
本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物において、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂及び上記ワックス粒子を溶媒中に懸濁又は分散させる場合、必要に応じて界面活性剤を用いることもできる。かかる界面活性剤を用いることにより、上記樹脂及び上記ワックス粒子を均一に懸濁又は分散させることができる。また、母材表面に形成された上記樹脂層は、良好な潤滑性を有し、素材と型が焼付いてしまうことを効果的に予防することができる。
【0065】
上記界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤及び陽イオン性界面活性剤のいずれをも用いることができる。非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレン(エチレン及び/又はプロピレン)アルキルフェニルエーテル、ポリエチレングリコール(若しくはエチレンオキシド)と高級脂肪酸(例えば、炭素数12〜18の直鎖又は分岐脂肪酸)とから構成されるポリオキシエチレンアルキルエステル、並びにソルビタンとポリエチレングリコールと高級脂肪酸(例えば、炭素数12〜18の直鎖又は分岐脂肪酸)とから構成されるポリオキシエチレンソルビタンアルキルエステル等が挙げられる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、脂肪酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、リン酸エステル塩、及びジチオリン酸エステル塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、例えば、アミノ酸型及びベタイン型のカルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、並びにリン酸エステル塩等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては、例えば、脂肪族アミン塩、第四級アンモニウム塩等が挙げられる。上記界面活性剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0066】
また、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物には、塑性加工時の潤滑効果を更に向上させるため、必要に応じて極圧添加剤を含有させることもできる。上記極圧添加剤については、前述の説明が妥当する。即ち、上記極圧添加剤としては、例えば、前述の極圧添加剤のうちの少なくとも1種を用いることができる。また、上記極圧添加剤の含有割合は、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、固形分換算で0.5〜74.5wt%であることが好ましく、より好ましくは1〜70wt%、更に好ましくは5〜69.5wt%である。
【0067】
更に、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物には、塑性加工時の潤滑効果を更に向上させるため、必要に応じて微粒子を含有させることもできる。上記微粒子については、前述の説明が妥当する。即ち、上記微粒子としては、前述の微粒子の1種又は2種以上を用いることができる。また、上記微粒子の含有割合は特に限定されず、必要に応じて適宜調整することができる。具体的には、塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、に0.01〜10wt%であることが好ましく、より好ましくは0.01〜5wt%、更に好ましくは0.05〜1wt%とすることができる。
【0068】
また、上記微粒子を含有させる場合、上記樹脂層における微粒子の含有割合は特に限定されず、必要に応じて適宜調整することができる。具体的には、樹脂層を100wt%とした場合に0.01〜10wt%であることが好ましく、より好ましくは0.01〜5wt%、更に好ましくは0.05〜1wt%である。上記微粒子の含有割合を上記範囲とすることにより、乾燥した際に形成される被膜のせん断強度や付着強度を向上させることができるので好ましい。
【0069】
上記微粒子の混合方法は、微粒子が均一に分散した組成物が得られる限り特に制限されない。例えば、上記微粒子が、樹脂の合成に用いる反応成分と反応性を持たない微粒子であれば、樹脂の合成時に微粒子を含有させてもよい。また、溶媒に溶解又は分散させた樹脂及びワックス粒子に固体微粒子を同時に混合する方法により行うことができる。
【0070】
尚、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物には、本発明の目的を損なわない範囲で、上記溶媒、樹脂、ワックス粒子、微粒子、極圧添加剤、界面活性剤及び可塑剤以外にも、一般的な塑性加工油剤に添加されている添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、pH調整剤、粘度調整剤、防腐剤、架橋剤及び消泡剤等が挙げられる。また、必要に応じて他の極圧添加剤、油性剤等を併用しても差し支えない。更に、上記塑性加工用潤滑被膜形成用組成物には、ガラス転移温度が30℃を超える樹脂が含有されていてもよく、含有されていなくてもよい。尚、ここで「含有されていない」には、上記のように、全く含まれない場合だけでなく、本発明の目的を損なわない範囲でガラス転移温度が30℃を超える樹脂が極微量含有されている場合も含む。
【0071】
(3)塑性加工用素材
本発明の塑性加工用素材は、任意の形状を有する塑性加工品を製造するための素材の表面に、本発明の塑性加工用潤滑被膜が形成されていることを特徴とする。この塑性加工用素材は、加工メーカーでのあらゆる2次加工において良好な耐焼付き性、成形性、及び加工性を示すと共に、搬送中の接触疵から塑性加工用素材を保護することができる。
【0072】
上記素材の材質については特に限定はなく、上記母材の材質についての説明がそのまま妥当する。また、上記母材の項で説明したように、上記素材についても、上記素材と本発明の塑性加工用潤滑被膜との密着性を高める等のために、本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成に先立って、素材について脱脂、水洗、又は酸洗等の前処理を行ったり、あるいは、
上記素材の表面粗度を高めることができる。
【0073】
本発明の塑性加工用素材において、上記素材の表面に、本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成する方法は特に限定されない。例えば、上記の本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物のように、本発明の塑性加工用潤滑被膜を構成する成分を含む溶液等の液状物を上記素材に塗布し、乾燥させることにより形成することができる。
【0074】
上記塗布の方法には特に限定はなく、必要に応じて種々の方法を用いることができる。例えば、素材の表面に塗布する場合、素材を上記液状物中に浸漬したり、ブラシで塗ったり、スプレー塗布、又は流しかけ等の任意の方法を採用することができる。また、型の成形面に塗布する場合には、ブラシで塗ったり、スプレー塗布、流しかけ等の方法を採用することができる。上記液状物の塗布は、母材の表面が塑性加工用潤滑被膜で十分に被覆されればよく、塗布する時間に特に制限はない。
【0075】
上記乾燥の方法は、本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成できる限り特に限定はない。例えば、上記液状物を塗布した素材や型を放置して自然乾燥させてもよいし、必要に応じて強制乾燥させてもよい。強制乾燥させる場合、紫外線を照射する方法、熱風を当てる方法、素材や型を余熱しておく方法、高周波加熱して乾燥させる方法等、任意の方法を採用することができる。かかる強制乾燥の条件としては、60〜150℃で10〜60分程度行うのが好ましい。
【0076】
本発明の塑性加工用素材において、本発明の塑性加工用潤滑被膜は、上記素材の全体に形成してもよいが、特定部分にのみ形成してもよい。例えば、塑性加工用工具と被加工材との接触面の特定個所において潤滑性を特に必要とするような塑性加工、例えば、板圧延におけるロール通板エッジ部の焼付や、管圧延における孔型ロールの管外形接触部での焼付の防止を目的とする場合には、その部位にだけ本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成してもよい。
【0077】
本発明の塑性加工用素材において、本発明の塑性加工用潤滑被膜の重量、厚さ等については特に限定はなく、必要に応じて種々の範囲とすることができる。例えば、本発明の塑性加工用潤滑被膜又は本発明の塑性加工用潤滑被膜を構成する上記樹脂層の被膜重量は、焼付きを防ぐ観点から1g/m以上が好ましく、また、コスト面から30g/m以下であるのが好ましい。より好ましくは3〜20g/mであり、更に好ましくは5〜15g/mである。また、本発明の塑性加工用潤滑被膜の厚さは、通常は均一の厚さであるが、塑性加工用工具と被加工材との接触面の特定個所において潤滑性を特に必要とするような塑性加工に用いる塑性加工用素材では、特定部位のみ厚くすることもできる。
【0078】
(4)塑性加工品の製造方法及び金属管、金属線又は金属棒の製造方法
本発明の塑性加工品の製造方法は、本発明の塑性加工用素材を塑性加工することを特徴とする。また、本発明の金属管、金属線又は金属棒の製造方法は、本発明の塑性加工用素材を抽伸することを特徴とする。
【0079】
上記塑性加工としては、板圧延、管圧延、条鋼(形鋼、棒線、線材)圧延、引抜き(抽伸)、鍛造等の金属の冷間塑性加工が挙げられる。塑性加工の条件、方法については特に限定はなく、また、上記塑性加工用潤滑被膜を形成する条件、方法についても特に限定はない。例えば、冷間抽伸では、通常、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を入れたタンク内に、抽伸用線材を浸漬するか、又はノズルを用いて、上記塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を抽伸用線材に吹きつける等の一般的な塗布方法により塗布する。次いで、必要に応じて60〜150℃の乾燥帯を通過させ、所望厚みの塑性加工用潤滑被膜を形成した後、ダイスで抽伸する。あるいは、バッチ処理にて被膜を形成することもできる。即ち、コイル状に巻かれた線材を本発明に係る塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を入れたタンク内に浸漬した後、60〜150℃の乾燥炉に入れて皮膜を形成させ、巻き出して抽伸する。また、タンクに浸漬した後、コイルを巻き出して上述の60〜150℃の乾燥帯を通過させて被膜を形成するなどしても良い。一方、鋼管の冷間抽伸では、外面への被膜形成は線材と同様の手法で良いが、内面については、本発明の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を入れたタンクに浸漬する、あるいはノズルを管内面に入れてスプレー塗布するなどして溶液を塗布した後、60〜150℃の乾燥炉に入れる、あるいは乾燥帯を通過させる等して被膜を形成すればよい。尚、線材及び鋼管表面に残った被膜は、その後の溶媒、或いは洗浄剤で完全に除去される。
【0080】
また、ハイドロフォーミング(液圧バルジ成形)では、被加工材である素管外面に本発明の塑性加工用潤滑被膜を形成した後、成形することにより、摩擦軽減、被加工材及び金型表面の疵防止を達成することができる。また、加工後、溶媒又は洗浄剤で樹脂皮膜が除去されるため、リン酸亜鉛処理のような化成皮膜処理に比べ、設備、ランニングコストの面でも有利となる。
【実施例】
【0081】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。尚、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例の記載において、「部」は質量基準であり、「%」は「wt%」を示す。
【0082】
[1]塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の調製
(1)使用原料
(a)樹脂成分
No.1;撹拌機、温度計及び還流コンデンサー付きのセパラブルフラスコに、水50部、ラウリル硫酸ナトリウム0.1部を仕込み、撹拌下に、窒素置換しながら80℃迄昇温した。その後、内温を80℃に保ち、重合開始剤として過硫酸カリウム0.1部を添加し、溶解後、メタクリル酸メチル0.3部、アクリル酸ブチル0.6部、アクリル酸0.05部、メタクリル酸0.05部、及びラウリルメルカプタン0.01部の混合液Aを仕込み、1時間反応させた。次いで、反応終了後、予め、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル30部、アクリル酸ブチル60部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液B、並びに水20部に過硫酸カリウム1部を溶かした水溶液を、4時間かけて連続的に添加し、反応させた。添加終了後、更に4時間の熟成を行い、このエマルションを常温まで冷却し、pH8.5、固形分25%になるように10%水酸化カリウム水溶液と水で調整し、樹脂溶液No.1を調製した。
【0083】
No.2;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル15部、スチレン15部、アクリル酸ブチル60部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
No.3;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル40部、アクリル酸ブチル50部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
【0084】
No.4;撹拌機、温度計及び還流コンデンサー付きのセパラブルフラスコに、2−プロパノール390部、メタクリル酸メチル40部、アクリル酸ブチル50部、アクリル酸5部、メタクリル酸5部、ラウリルメルカプタン1部、及びアゾビスイソブチロニトリル0.5部を加え、撹拌しながら窒素置換し、還流下で8時間反応させた。常温まで冷却後、固形分が20%となるように2−プロパノールで調整し、樹脂溶液No.4を調製した。
【0085】
No.5;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル45部、アクリル酸ブチル45部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
No.6;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル50部、アクリル酸ブチル40部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
No.7;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル55部、アクリル酸ブチル35部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
【0086】
No.8;撹拌機、温度計及び還流コンデンサー付のセパラブルフラスコに、水250部、ラウリル硫酸ナトリウム0.2部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル0.5部を仕込み、撹拌下に、窒素置換しながら80℃迄昇温した。その後、内温を80℃に保ち、重合開始剤として過硫酸カリウム0.1部を添加し、溶解後、メタクリル酸メチル0.6部、アクリル酸ブチル0.35部、メタクリル酸0.05部、及びラウリルメルカプタン0.01部の混合液を仕込み、1時間反応させた。次いで、反応終了後、予め、メタクリル酸メチル60部、アクリル酸ブチル35部、メタクリル酸5部、及びラウリルメルカプタン1部の混合液、並びに水20部に過硫酸カリウム1部を溶かした水溶液を、4時間かけて連続的に添加し、反応させた。添加終了後、更に4時間の熟成を行い、このエマルションを常温まで冷却し、pH8.5、固形分25%になるように8%アンモニア水と水で調整し、樹脂溶液No.8を調製した。
【0087】
No.9;上記No.1の樹脂溶液の調製に用いた混合液Bの代わりに、水150部に、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ラウリルメルカプタン1部、メタクリル酸メチル60部、アクリル酸ブチル30部、アクリル酸5部及びメタクリル酸5部を撹拌下に加えて調製しておいた混合液を用いたこと以外は、上記樹脂No.1と同様の方法で調製したものを用いた。
No.10;上記No.9の樹脂100部に、トリ(2−ブトキシエチル)ホスフェート2.5部、及び水7.5部を加え、1昼夜撹拌して調製したもの(固形分:25%)を用いた。
【0088】
No.11;第一工業製薬(株)製、水性ウレタン樹脂(固形分:32%)
No.12;第一工業製薬(株)製、水性ウレタン樹脂(固形分:30%)
No.13;東洋紡(株)製、水性ポリエステル樹脂(固形分:15%)
No.14;住友化学工業(株)製、エチレン−酢酸ビニル(1:1)共重合物サスペンション(固形分:50%)
No.15;上記No.14を完全ケン化させた樹脂(固形分:100%)
No.16;BASF製、ポリビニルピロリドン水溶液(固形分:20%)
No.17;住友精化(株)製、ポリアミド樹脂サスペンション(固形分:40%)
No.18;カネボウ(株)製、フェノール樹脂(固形分:100%)
No.19;エポキシ樹脂粉末(固形分:100%)
No.20;住友スリーエム(株)製、ポリフッ化エチレン樹脂サスペンション(固形分:53%)
【0089】
No.21;撹拌機、温度計及び還流コンデンサー付のセパラブルフラスコに、水250部、ラウリル硫酸ナトリウム0.5部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル0.5部を仕込み、撹拌下に、窒素置換しながら80℃迄昇温した。その後、内温を80℃に保ち、重合開始剤として過硫酸カリウム0.1部を添加し、溶解後、メタクリル酸メチル0.45部、アクリル酸ブチル0.5部、メタクリル酸0.05部、及びラウリルメルカプタン0.01部の混合液を仕込み、1時間反応させた。次いで、反応終了後、予め、メタクリル酸メチル45部、アクリル酸ブチル50部、メタクリル酸5部、及びラウリルメルカプタン1部の混合液、並びに水20部に過硫酸カリウム1部を溶かした水溶液を、4時間かけて連続的に添加し、反応させた。添加終了後、更に4時間の熟成を行い、このエマルションを常温まで冷却した。その後、亜鉛架橋剤68.2部を30分かけて滴下した。次いで、85℃で6時間加温して架橋反応を進行させた後、常温まで冷却し、固形分20%になるように水で調整し、樹脂溶液No.21を調製した。尚、上記亜鉛架橋剤は、酸化亜鉛7部、炭酸アンモニウム12部、25%アンモニア水14部及び水67部からなる。
No.22;上記No.21の樹脂溶液の調製に用いた亜鉛架橋剤の代わりに、カルシウム架橋剤86.9部を用いたこと以外は、上記樹脂No.21と同様の方法で調製したものを用いた。尚、上記カルシウム架橋剤は、乳鉢でよくすりつぶした酸化カルシウム5部と、水95部とからなる分散液である。
【0090】
No.1〜No.22の樹脂溶液における樹脂分のガラス転移温度は、以下の通りである。尚、No.1〜10、14、15、21及び22のガラス転移温度は、FOXの式より算出した値であり、No.21及び22においては、架橋前の樹脂分のガラス転移温度である。また、No.11〜13及び16のガラス転移温度は、当該製品パンフレットに掲載されている通りである。更に、No.17〜20のガラス転移温度は、JIS K7121に基づいて測定した。
【表1】

【0091】
(b)ワックス成分
No.1;水75部、酸化ポリエチレン(軟化点:138℃、100℃での形態:固体)20部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部、及び水酸化カリウム0.2部を高圧容器に加え、160℃で3時間撹拌後、常温まで冷却して、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。
No.2;三井化学(株)製、「ケミパールW310」(固形分:30%、軟化点:132℃)
No.3;水75部、酸化ポリエチレン(軟化点:106℃、100℃での形態:固体)20部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部、及び水酸化カリウム0.2部を高圧容器に加え、160℃で3時間撹拌後、常温まで冷却して、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。
No.4;パラフィンワックス(軟化点:40℃、100℃における粘度:1mPa・s)20部に、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部を加え、98℃、撹拌下で溶解させた後、60℃の水75部をゆっくりと加え、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。
【0092】
No.5;水75部、混合ワックス20部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部、及び水酸化カリウム0.2部を高圧容器に加え、160℃で3時間撹拌後、常温まで冷却し、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。尚、上記混合ワックスとは、酸化ポリエチレン(軟化点:138℃)とパラフィンワックス(軟化点:40℃)を混合し、100℃における粘度を20mPa・sに調整したものである。
No.6;カルナバワックス(100℃における粘度:22mPa・s)20部に、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部を加え、98℃、撹拌下で溶解させた後、常温の水75部をゆっくりと加え、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。
No.7;ラノリン(100℃における粘度:27mPa・s)20部に、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5部を加え、98℃、撹拌下で溶解させた後、常温の水75部をゆっくりと加え、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。
No.8;カルナバワックス(100℃における粘度:22mPa・s)10部を2−プロパノール40部に加え、80℃で加熱溶解させた溶液を、ホモミキサーで撹拌している常温の2−プロパノール50部にゆっくりと加え、ワックス溶液(固形分:10%)を調製した。
【0093】
No.1〜No.8のワックス成分におけるワックス粒子の平均粒径は、以下の通りである。
【表2】

【0094】
(c)溶媒
No.1;水
No.2;2−プロパノール(IPA)
No.3;N−メチル−2−ピロリドン(NMP)
No.4;ジエチレングリコールモノエチルエーテル
No.5;2−エタノールアミン
No.6;アセトン
【0095】
(d)極圧添加剤
No.1;リン系極圧添加剤、トリポリリン酸ナトリウム(無水物)
No.2;リン系極圧添加剤、トリクレジルホスフェート
No.3;リン系極圧添加剤、ジアルキルリン酸エステルのアミン塩(三洋化成工業(株)製)
No.4;硫黄系極圧添加剤、ジアルキルポリスルフィド(大日本インキ化学工業(株)製)
No.5;硫黄系極圧添加剤、2,2−ジベンゾチアジルジスルフィド
No.6;硫黄系極圧添加剤、ジアルキルジチオチアジアゾール(大日本インキ化学工業(株)製)
No.7;塩素系極圧添加剤、塩素化パラフィン(味の素(株)製)
No.8;塩素系極圧添加剤、BF−Goodrich製、水性塩化ビニリデン−アクリル共重合物(固形分:58%)
【0096】
(e)微粒子
No.1;ヒュームドシリカ、AEROSIL製
No.2;鱗状黒鉛
No.3;酸化亜鉛、ハクスイテック(株)製
No.4;酸化カルシウム(和光純薬工業(株)の酸化カルシウムをボールミルにより微粒子化したもの。)
【0097】
(2)塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の調製
表3〜表6に示す組み合わせ及び配合量となるように、上記(1)の各原料を混合し、実施例1〜49及び比較例1〜4の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を得た。尚、比較例5としては、不水タイプの潤滑油(主成分:脂肪酸エステル15wt%、硫化油脂70wt%)を用いた。
【0098】
[2]実施例の性能評価
以下の方法により、実施例1〜49及び比較例1〜5の各塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の性能評価を行った。
【0099】
(1)小型抽伸機による鋼管の冷間抽伸
被加工材として、外径25.4mm×内径21.4mm×長さ800mmである鋼管(SUS304)を使用した。この鋼管は、予め溶体化処理した後、酸洗により表面の粗面化処理が施されている。また、小型抽伸機のダイスの口径は直径19mm、プラグはストレート部の外径が16.0mmのセミフロートタイプのものを使用した。該小型抽伸機による冷間抽伸加工後の減面率は43.9%となる。
【0100】
乾燥後の平均被膜重量が20±2g/mとなるように、上記各塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を上記鋼管に塗布した。その後、80℃で1時間乾燥することにより、上記鋼管表面に樹脂層を形成し、本発明の塑性加工用潤滑被膜を有する鋼管を得た。その後、上記条件にて冷間抽伸を行った。比較例5の不水タイプの潤滑油は、上記実施例1〜49で使用した鋼管と同じ鋼管にブラシで均一になるように塗布すると共に、ダイス抽伸の直前にも、鋼管内外表面に上記不水タイプの潤滑油を供給することにより、冷間抽伸を行った。そして、抽伸後の被加工材(鋼管)表面を目視で観察し、焼付きの有無を調べることにより、性能評価を行った。その結果をそれぞれ表3〜表6に併記する。各表中の「◎」は焼付きの発生しなかったことを表し、「○」は極僅かな焼付きが発生したことを表し、「△」は僅かな焼付きが発生したことを表し、「×」は重度の焼付きが発生したことを表す。
【0101】
(2)スパイクテスト
被加工材として、外径25mm、高さ30mm、円柱形状のビレットを使用した。
乾燥後の平均被膜重量が20±2g/mとなるように、上記各塑性加工用潤滑被膜形成用組成物を上記鋼管に塗布した。その後、80℃で1時間乾燥することにより、上記ビレット表面に樹脂層を形成し、本発明の塑性加工用潤滑被膜を有するビレットを得た。その後、特許第3227721号の発明に準じたスパイクテストにより、性能評価を行った。その結果をそれぞれ表3〜表6に併記する。各表中の「◎」は焼付きの発生しなかったことを表し、「○」は僅かな焼付きが発生したことを表し、「△」は半面の焼付きが発生したことを表し、「×」は重度の焼付きが発生したことを表す。
【0102】
【表3】

【0103】
【表4】

【0104】
【表5】

【0105】
【表6】

【0106】
[3]実施例の効果
冷間抽伸加工後の鋼管表面の状態を調査したところ、本発明の範囲外である比較例1〜5では、表6に示すように、管内表面に筋状の焼付き疵が発生した。これに対し、本発明の範囲内である実施例1〜49では、表3〜表6に示すように、焼付き等の表面疵を発生させずに抽伸出来ることを確認した。しかも、実施例1〜49では、アルカリ洗浄によって、母材表面に残存していた潤滑被膜は、完全に除去されることも確認した。
【0107】
また、上記スパイクテストにおいて、加工後のスパイク試験片の状態を調査したところ、本発明の範囲外である比較例1〜5には、表6に示すように、スパイク部で焼付き疵が発生したのに対し、本発明の範囲内である実施例1〜49では、表3〜表6に示すように、焼付き等の表面疵が発生していないことを確認した。しかも、上記冷間抽伸加工試験と同様に、実施例1〜49では、アルカリ洗浄によって、母材表面に残存していた潤滑被膜は、完全に除去されることも確認した。
【0108】
尚、本発明においては、上記具体的実施例に示すものに限られず、目的、用途に応じて本発明の範囲内で種々変更した実施例とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】塑性加工工程及び従来の化成被膜処理の工程の説明図(A)及び本発明の塑性加工用潤滑被膜の形成方法の工程の説明図(B)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材表面に形成された樹脂層を備える塑性加工用潤滑被膜であって、
上記樹脂層はワックス粒子を含有し、且つ該樹脂層は、該樹脂層を100wt%とした場合に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を25〜99wt%含有することを特徴とする塑性加工用潤滑被膜。
【請求項2】
上記樹脂が、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂のうちの少なくとも1種である請求項1に記載の塑性加工用潤滑被膜。
【請求項3】
上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上であり、且つ上記樹脂層を100wt%とした場合に、上記ワックス粒子の含有割合が0.5〜74.5wt%である請求項1又は2に記載の塑性加工用潤滑被膜。
【請求項4】
上記ワックス粒子の平均粒径は10μm以下である請求項1乃至3のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
【請求項5】
上記樹脂層は、硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤及び塩素系極圧添加剤のうちの少なくとも1種の極圧添加剤を更に含有し、且つ上記樹脂層を100wt%とした場合に、上記極圧添加剤の含有割合が固形分換算で0.5〜74.5wt%である請求項1乃至4のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
【請求項6】
上記樹脂層は、焼付き防止効果を有する微粒子を更に含有する請求項1乃至5のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜。
【請求項7】
溶媒中に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂と、ワックス粒子と、を含有し、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の含有割合が25〜99wt%であることを特徴とする塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項8】
上記樹脂が、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂のうち少なくとも1種である請求項7に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項9】
上記樹脂が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたものである請求項7に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項10】
上記樹脂が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたアイオノマーである請求項7に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項11】
上記典型金属元素が、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であり、且つ上記遷移金属元素が、鉄及び銅のうちの少なくとも1種である請求項9又は10に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項12】
上記ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上であり、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記ワックス粒子の含有割合が0.5〜74.5wt%である請求項7乃至11のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項13】
上記ワックス粒子の平均粒径は10μm以下である請求項7乃至12のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項14】
硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤及び塩素系極圧添加剤のうちの少なくとも1種の極圧添加剤を更に含有し、且つ本塑性加工用潤滑被膜形成用組成物の固形分を100wt%とした場合に、上記極圧添加剤の含有割合が固形分換算で0.5〜74.5wt%である請求項7乃至13のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項15】
焼付き防止効果を有する微粒子を更に含有する請求項7乃至14のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項16】
上記微粒子が、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素の酸化物である請求項15に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項17】
上記典型金属元素が、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であり、且つ上記遷移金属元素が、鉄及び銅のうちの少なくとも1種である請求項16に記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項18】
上記溶媒が水又は少なくとも水を含む溶媒である請求項7乃至17のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜形成用組成物。
【請求項19】
任意の形状を有する塑性加工品を製造するための素材の表面に、請求項1乃至6のいずれかに記載の塑性加工用潤滑被膜が形成されていることを特徴とする塑性加工用素材。
【請求項20】
請求項19に記載の塑性加工用素材を塑性加工することを特徴とする塑性加工品の製造方法。
【請求項21】
請求項19に記載の塑性加工用素材を抽伸することを特徴とする金属管、金属線又は金属棒の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−143988(P2006−143988A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158136(P2005−158136)
【出願日】平成17年5月30日(2005.5.30)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】