説明

多層皮膜被覆部材及びその製造方法

【課題】十分な耐熱性と耐摩耗性を備え、より過酷な切削環境においても皮膜の性能を十分に発揮できる密着強度を有する多層皮膜被覆部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】基材の表面に硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜は外層である第1硬質皮膜と、内層である第2硬質皮膜を有し、該第1硬質皮膜は、SiaBbNcCdOeであり、該第2硬質皮膜は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜との界面から少なくとも500nmまでの該第1硬質皮膜を低酸素濃度域とし、該低酸素濃度域における酸素含有量を原子比でfとしたとき、0<f≦0.05、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、切削工具、金型、燃焼機関用の摩耗部材として航空機または地上タービン、エンジン、ガスケット、歯車、ピストン等の耐熱性及び耐摩耗性が要求される部材に多層の皮膜を施した多層被覆部材及び該多層皮膜被覆部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膜の密着性、耐熱性及び耐摩耗性を改善することを目的として、様々な皮膜の開発が進められてきている。特許文献1から特許文献4を代表に皮膜特性の改善を主目的とした皮膜が開示されている。特許文献1は、硬質炭素皮膜の密着性を改善する為に、中間層と最外層の界面部に存在する酸素濃度を制限した皮膜が提案されている。硬質炭素皮膜を成膜する際に、製膜装置内を減圧することにより酸素含有量の抑制を図っている。特許文献2は、SiO2及びB2O3を用いたガラス質マトリックス中にY及びSiの酸化物を分散させた皮膜が提案されている。この皮膜はSiを用いた耐熱性皮膜である。特許文献3は、(TiAl)N皮膜の耐熱性、耐摩耗性の改善を目的として耐熱性、耐摩耗性に優れるSiC粉末を用いたターゲット材を使用して成膜した(TiAl(SiC))N皮膜が提案されている。特許文献4は、更なる耐摩耗性、耐熱性の改善を目的として、Si(BCN)系の皮膜を提案している。しかし、過酷な切削条件に適応させるためには、皮膜の密着強度の更なる改善が必要である
【0003】
【特許文献1】特開2000−8155号公報
【特許文献2】特開2002−87896号公報
【特許文献3】特許第3370291号公報
【特許文献4】特開2007−126714号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の目的は、十分な耐熱性と耐摩耗性を備えながら、より過酷な切削環境においても皮膜の性能を十分に発揮できる密着強度を有する多層皮膜被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、基材の表面に硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜は外層である第1硬質皮膜と、内層である第2硬質皮膜を有し、該第1硬質皮膜は、SiaBbNcCdOeで示され、但し、a、b、c、d、eは原子比を示し、a+b+c+d+e=1を満たし、0.1≦a≦0.5、0.01≦b≦0.2、0.05≦c≦0.6、0.1≦d≦0.7、0<e≦0.2、であり、該第2硬質皮膜は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜との界面から少なくとも500nmまでの該第1硬質皮膜を低酸素濃度域とし、該低酸素濃度域における酸素含有量を原子比でfとしたとき、0<f≦0.05、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材である。上記の構成を採用することによって、十分な耐熱性と耐摩耗性を備えながら、より過酷な切削環境においても皮膜の性能を十分に発揮できる密着強度を有する多層皮膜被覆部材を提供することができる。
【0006】
本願発明の多層皮膜被覆部材は、該低酸素濃度域におけるB−O結合を示すピークから求めた面積をXとし、B−N結合を示すピークから求めた面積をYとし、比をX/Yとしたとき、X/Y≦0.2であることが好ましい。このX/Y値は、界面近傍に硼素の酸化物が多数存在すると、密着強度の低下が著しいので、硼素の酸化物の界面での存在を一定以下に制限することが好ましいからである。硬質皮膜の特定位置におけるO分布の制御によって、耐熱性と耐摩耗性とを兼備する硬質皮膜の密着強度を大幅に改善できることが出来るため好ましい。
【0007】
本願発明の多層皮膜被覆部材の製造方法において、該製造方法の工程は、該基材をイオンクリーニングする第1の工程と、該第2硬質皮膜を被覆する第2の工程と、該第1硬質皮膜被覆用ターゲット表面をクリーニングする第3の工程と、該第1硬質皮膜を被覆する第4の工程とからなり、該第3の工程は該被覆ソース毎に備えたシャッターの操作により該第2の工程と同時に処理が進行し、該第4の工程はスパッタリング法を用いて基材温度T(℃)をT≦400とし、少なくとも皮膜厚さ5nmまではスパッタリング出力値P(W)をP≦2500とし、その後漸次P値をP>2500へ増加させることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本願発明の多層皮膜被覆部材は、十分な耐熱性と耐摩耗性を備えながら、より過酷な切削環境においても皮膜の性能を十分に発揮できる密着強度を有する多層皮膜被覆部材を提供することができた。例えば、本願発明を被覆切削工具へ適用すれば、皮膜の密着強度が得られ耐熱性と耐摩耗性が発揮できるので、切削加工の高速化・高送り化に対応できた。また、難削材の切削は被加工物の刃先への付着に起因する突発的な損傷や皮膜の剥離を抑制することができた。更に、本願発明の多層皮膜被覆部材の製造方法によって、優れた特性を有する硬質皮膜を被覆することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本願発明の第1硬質皮膜は、Si、硼素、C、N、Oを必須成分としてSiaBbNcCdOeで示され、但し、a、b、c、d、eは原子比を示し、a+b+c+d+e=1を満たす。硼素、C、Nは硬質皮膜の高硬度化、耐熱性改善、潤滑性改善に有効な成分である。Oは潤滑性改善及び耐熱性改善に効果のある成分である。 Si含有量のa値は、0.1≦a≦0.5である。a値が0.1未満であると耐熱性及び硬度の改善効果が十分でない。a値が0.5を超えると硬度が低下する。硼素含有量のb値は、0.01≦b≦0.2である。硼素を含まない場合は、硬度並びに耐熱性改善が十分ではなく、硬質皮膜が脆くなり過ぎてしまい、剥離が発生する傾向にあり切削性能の改善が認められないので、b≧0.01とする。また、硼素は潤滑特性の向上にも効果がある。しかし、硼素はOと反応しやすい為に、多く添加すると硬度などの特性や密着強度の低下を招くため、硼素の量は皮膜特性を向上させるのに必要最低限な量を添加するのがよいのでb値の上限は0.2までとする。より好ましくは、0.05≦b≦0.2である。Siと硼素を同時に添加することによって、硬度と耐熱性を同時に改善することができる。これはSiが硼化物として存在する場合に特に顕著である。N含有量のc値は、0.05≦c≦0.6である。Nを含まない場合は、高硬度化と耐熱性の改善効果に乏しくなるため、c≧0.05とする。多量添加によってSi−N結合が増加して硬度の低下を招くため、c値の上限は0.6までとする。より好ましくは、0.1≦c≦0.35である。C含有量のd値は、0.1≦d≦0.7である。Cを含まない場合は、高硬度化が十分でないため、d≧0.1とする。多量添加は低硬度のフリーカーボンの存在により、硬度低下を招くため、d値の上限は0.7までとする。より好ましくは、0.15≦d≦0.4である。O含有量のe値は、0<e≦0.2である。皮膜の構成元素はOを取り込みやすいものを多く含んでおり、不純物としてOが必ず含まれるため、e>0となる。予めOを添加することにより、摩耗環境下においてOの拡散が減り、高温においても耐酸化性が改善される。但し、多量添加は低硬度化を招くため、e値の上限は0.2までとする。より好ましくは、0.01≦e≦0.15である。Oを多く含む場合の含有形態は、第1硬質皮膜の表面から膜厚方向に内側へ500nm以下までとなる表面近傍が、最も高濃度となるようにすることが、摩耗環境下における潤滑性の点から好ましい形態である。OはSiや硼素の酸化物として皮膜に介在していることが好ましい。皮膜にOが固溶した状態で存在していると、例えば、切削加工においては、切削温度の上昇に伴い、Si酸化物及び硼素の酸化物を形成する。その際に、被加工物成分の皮膜内部へ内向拡散が発生して、溶着を引き起こし、また皮膜の機械的特性の低下を引き起こす。その為、予め酸化物の形態で皮膜に存在しているのが好ましい。
本願発明は、高速切削や被加工物の高硬度化により温度が上昇するような摩耗環境下においても、密着性が良いので、長期に亘り耐摩耗性と耐熱性が発揮できる。その理由は、本願発明の第1硬質皮膜は、耐熱性に優れ、温度が上昇する環境下においてその効果を発揮するからである。また、第1硬質皮膜は高温環境下における摩擦係数が低く、基材への熱影響を低減するからである。高温環境下において摩擦係数が低くなる理由は、摩耗環境下においてSiO2とB2O3を形成することによる。また、SiO2とB2O3は450℃程度の低温でSiO2とB2O3を含む低融点の液相を形成する。これが、切削工具への被覆の場合には、刃先近傍の潤滑特性を向上させ、刃先への被加工物の付着を抑制して、刃先の安定性を向上させるのである。実用環境下において、第1硬質皮膜のみでは基材との密着強度、耐摩耗性に課題を有しているため、少なくとも第2硬質皮膜と組み合わせた多層硬質皮膜とすることが重要である。
【0010】
本願発明の第2硬質皮膜は、実用環境下において第1硬質皮膜を被覆する事により優れた密着強度、耐摩耗性を発揮する。本願発明の硬質皮膜が、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜を有するとすることにより、密着強度、耐摩耗性の効果が発揮される。第2硬質皮膜の役割は、第1硬質皮膜の耐摩耗性、耐熱性などの効果が十分に発揮できるようにすることである。従って、第2硬質皮膜は低残留圧縮応力化による、基材との密着強度を維持しつつ、高硬度化によって耐摩耗性も満たすことが必要になる。そこで、組成の選択は、低残留圧縮応力化、耐摩耗性の双方に優れたものでなければならない。第1硬質皮膜は残留圧縮応力の点から、硬質皮膜全体に占める割合を増加させることができない場合があり、その場合は第2硬質皮膜を厚く設定する。第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との好ましい膜厚比は、全体を100%としたとき、第1硬質皮膜の占める比率が2%以上、50%以下が好ましい。特に好ましい第2硬質皮膜の組成系は、基材との密着強度及び第1硬質皮膜との密着強度の点から、(AlTi)N、(AlCr)N、(AlCrSi)N、(TiSi)N、(AlTiSi)Nが挙げられる。但し、第2硬質皮膜がSiを含有する場合に、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜とを区別する目安は、第2硬質皮膜の金属成分が2種以上を含有していることである。
【0011】
図1に本願発明の積層構造を示す。図1は硬質皮膜1が2層の積層構造からなり、多層皮膜被覆部材は切削工具や耐摩部材からなる基材2の上に、第2硬質皮膜3、第1硬質皮膜4の順で積層されている。そして、該第1硬質皮膜が内層の該第2硬質皮膜と接している界面5から、膜厚方向に表面側へ少なくとも500nmまでは、低酸素濃度域6が存在している。本願発明の多層皮膜被覆部材は、該低酸素濃度域6のf値が、f≦0.05に制限される。この理由は、例えば、第1硬質皮膜の膜厚が1000nmのとき、その半分の500nmまでの範囲のO含有量が少ないことが、密着性の改善に効果があるからである。第1硬質皮膜の膜厚が500nmよりも薄い場合は、界面より100nmの範囲、それよりも膜厚が薄い場合には界面より25nmの範囲におけるf値が0.05以下であることが必要となる。また、f値がより小さければ密着性改善効果が大きく、0.04以下、より好ましくは0.035以下である。
本願発明の第1硬質皮膜の膜厚は、50nm以上、1000nm以下、より好ましくは100nm以上、600nm以下である。第2硬質皮膜の膜厚は、100nm以上、5000nm以下、より好ましくは100nm以上、3000nm以下である。また、下部層は、第1硬質皮膜と接している層であり、図1の場合には第2硬質皮膜のことである。しかし、用途に応じては第2硬質皮膜と第1硬質皮膜の間に中間層を持たせる場合もあり、その場合は第1硬質皮膜と接する中間層が下部層となることもある。この他の皮膜構造は、図2に示すように第2硬質皮膜が複数の層構造となるものが考えられる。例えば、図2において(TiAl)N/(TiSi)Nのように、複層構造を有しても良い。第1硬質皮膜と(AlTi)Nの間に(TiSi)Nを中間層として入れることで耐摩耗性及び密着性が向上する。中間層も組み合わせた望ましい第2硬質皮膜としては、(TiAl)N/(TiSi)N、(AlCrSi)N/(TiSi)N、(TiAl)N/(CrSi)BNが挙げられる。また、図3に示すように第1硬質皮膜が複数の層構造となるものなどが考えられる。第1硬質皮膜及び第2硬質皮膜の双方が複数の層構造となるものも考えられる。基材は、切削工具、金型、燃焼機関用の摩耗部材が挙げられる。例えば、切削工具には超硬合金、サーメット、高速度鋼、窒化硼素焼結体、セラミックスが、金型には金型用鋼材が、また燃焼機関用部材である耐熱合金にはチタン合金、インコネル、アルミニウム合金等が挙げられる。
【0012】
本願発明における第1硬質皮膜のX/Y値が、X/Y≦0.2、であることによって、密着強度の改善に有効であり好ましい。ピークから求めた面積のX値及びY値は、X線光電子分光分析(以下、XPS分析と記す。)において硼素の1s軌道のピークをB−O結合、B−N結合などにピーク分離することから求められる。ここで、X値、Y値夫々の値は各結合状態の存在割合を反映した値と考えられる。X/Y値は第1硬質皮膜におけるB−O結合とB−N結合との存在比を定量化したものと考えられる。X/Y値を0.2以下にするためには、皮膜中にOを取り込まないことが重要である為、例えば、T値を測定しながら成膜を行い、T値が400℃以下になるように、温度を制御することである。ターゲット表面に付着したOも膜中に取り込まれる為、予備放電によってターゲット表面のクリーニングを実施するのも良い。また温度制御と予備放電を併用すると良い。第1硬質皮膜は成膜初期にOを取り込みやすい為、予備放電を行う際はRFスパッタリング出力を500Wから2500W程度の比較的高出力で行い、その後の成膜初期では低出力の100W程度とし、成膜速度は時間あたり0.25nm以下で開始することが好ましい。
【0013】
本願発明の被覆方法は、基材をイオンクリーニングする第1の工程と、第2硬質皮膜を被覆する第2の工程と、第1硬質皮膜被覆用ターゲット表面をクリーニングする第3の工程と、第1硬質皮膜を被覆する第4の工程とからなる。特に、第4の工程においては、第1硬質皮膜の成膜初期はT値を測定しながら成膜を行い、T値が400℃以下になるように留意することが好ましい。ターゲット表面に付着したOも膜中に取り込まれる為、予備放電によってターゲット表面のクリーニングを実施するのも良い。更に、温度制御と予備放電を併用すると良い。ここで、T値を400℃以下とする理由は、第1硬質皮膜の密着強度低下を回避するためである。即ち、本願発明の第1硬質皮膜は、耐摩耗性と耐熱性の特性を付与するためにSi、硼素、C、N、Oを必須成分としており、特にSi、硼素、Cは酸化物を形成しやすい元素であり、成膜初期に上記の酸化物が基材表面に成膜されると、密着強度が低下するためである。そのため、該第1硬質皮膜を成膜する際は、T値がSiO2とB2O3の共晶温度の450℃を超えないように温度制御するのである。皮膜に含有される元素で特にSiと硼素の酸化物が密着強度低下に影響が大きい。Siの代表的な酸化物のSiO2は1700℃程度まで安定であるが、硼素の代表的な酸化物のB2O3は500℃程度で液相化する。更に、SiO2とB2O3は共晶反応を有しており、450℃程度で共晶融液を生成し、この融液が生成されて密着強度が劣化するのである。
また、第1硬質皮膜は成膜初期にOを多く取り込みやすいことから、f値及び該低酸素濃度域6を制限するために、予備放電により被覆用ターゲット表面のクリーニングを行い、該界面5から少なくとも厚さ5nmまでは成膜初期におけるスパッタリング出力P値を2500W以下とすることが好ましい。より好ましくは500Wから2500Wである。その後の成膜初期では低出力の100W程度、即ち成膜速度は時間当たり0.25nm以下とすることが望ましい。所定時間経過後に徐々にRFスパッタリング出力を増加させて、5000W程度まで増加させるのが好ましい。以上を実施することで、f値が、f≦0.05に制限される。以下、本願発明を実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0014】
本願発明の硬質皮膜の製造方法に使用する被覆装置は、スパッタリング法(以下、SP法と記す。)による被覆ソースとアークイオンプレーティング法(以下、AIP法と記す。)による被覆ソースとを備え、被覆ソース毎にシャッターを備え、シャッターは互いに独立して稼動する機能を有した。図4は本願発明に使用した被覆装置の構造を模式的に示す。被覆装置16は、減圧容器13、ターゲットとして4種類の被覆ソース8、9、10、11、それらのシャッター17、18、19、20から構成される。ここで8と10はRF被覆ソース、9と11はアークソースである。各被覆ソースは、シャッター17、18、19、20で、各被覆ソースを個別に遮蔽している。そして互いに独立して稼動することによって、夫々の被覆ソースを遮蔽することができる。従って被覆途中で被覆ソースを停止する必要はない。プロセスガスとしてアルゴン、反応性ガスとしての窒素ガス、酸素ガス、アセチレンガスを減圧容器13に供給するために、開閉機構を設けた吸気管15を有する。回転機構を有する基材ホルダー14には、DCバイアス電源またはRFバイアス電源12に接続されている。
本願発明の硬質皮膜の皮膜物性を評価する為に、Co含有量が重量%で8%の超硬合金を用い、本発明例1は、次に示す第1の被覆方法で硬質皮膜を被覆した。第1の被覆方法では、下記の第1から第4の工程によって被覆した。即ち、第1の工程では、基材2は基材ホルダー14に保持した後、500℃に加熱し、負の電圧が200V、正の電圧が30V、周波数が20kHz、パルス/ポーズ比が4のパルスバイアス電圧を印加してイオンクリーニングを約30分間処理した。その間、各ソースのシャッターは全て閉じた。第2の工程では、クリーニング後、アークソース9と11のシャッター18と20を開き、第2硬質皮膜である(AlTi)Nを被覆した。第2硬質皮膜は、AIP法により成膜した。成膜時に印加するDCバイアス電圧値は、約10Vから400Vが好ましい。またバイポーラパルスバイアス電圧を使用することもできる。この時の周波数は、例えば0.1kHzから300kHzの範囲で、正のバイアス電圧は、特に3Vから100Vの範囲が好ましい。パルス/ポーズ比は、0.1から0.95の範囲とすることができる。第3の工程では、第2硬質皮膜の(AlTi)Nを被覆する一方、成膜途中で、シャッター17と19は閉じた状態でRF被覆ソース8と10を稼動させた。これは、ターゲット表面の酸化物などの不純物を除去する目的で実施した。第2硬質皮膜の成膜は基材のイオンクリーニング工程と同じく250℃から800℃で加熱するが、第1硬質皮膜ではT値を400℃以下に制御することが好ましい。そのため、第1硬質皮膜の成膜時にT値が400℃を超えないように、第2硬質皮膜の成膜途中から温度制御する必要がある。第2硬質皮膜の成膜完了後、シャッター17と19を開き、RF被覆ソース8と10が同時に稼動し成膜を開始した。最後に第1硬質皮膜を被覆する第4の工程により、第1硬質皮膜であるSiBNCO膜は、RF被覆ソース8、10により成膜した。RF被覆ソース8、10には、SiC−BNのターゲット材として、BN対SiCのモル混合比が1対3のターゲットを用いた。RF被覆ソースでRFスパッタ被覆することによって、SiBNCOを被覆し、RFバイアスに加えて、負の電圧が50VのDCバイアスを付加することによって、RFバイアスとDCバイアスの併用でSiBNCOを被覆した。第1硬質皮膜は、酸素ガスなどのプロセスガスが吸気管15を通って減圧容器13に供給することによって、Oを含有させた。最終的に積層構造は、(AlTi)N、SiBNCOの順に積層され、皮膜厚さを約3μmとした。また、RFスパッタ被覆の際には、T値が400℃以下になるように温度を調整した。第1硬質皮膜の厚さ5nmまでの成膜初期におけるP値は、低出力の100Wとし、その後漸次P値を増加させて、最終的に5000Wまで増加させた。
また、本発明例2から35、比較例、従来例ともに、ことわりのない限り第1の被覆方法に準拠して作成し、第1硬質皮膜の膜厚は1000nm程度になるように成膜条件を調整して成膜を実施した。本発明例2から10、14から22及び25から35は第1の被覆法に準拠して作成しているが、第2硬質皮膜の組成が異なるものである。本発明例11から13も同様に作成しているが、SiBNCO皮膜の成膜時に、反応ガスとして夫々窒素ガス、酸素ガス、アセチレンガスを用いた。そして、プロセスガスのアルゴンと反応ガスの混合ガスとして用いて成膜した。プロセスガスと反応ガスの比率は、反応ガス/プロセスガスの比を、0.025程度とした。但し、本発明例12の成膜初期においては、酸素ガスの使用を回避し、低酸素濃度域6の形成に配慮した。本発明例25は第1硬質皮膜の膜厚を500nm程度、総膜厚を3μm程度になるように成膜条件を調整して成膜を実施した。比較例36、37、従来例38、39も第1の被覆法に準拠して作成しているが、比較例36はSiBNCO皮膜を成膜する際に、成膜初期より反応ガスとして酸素ガスを用いて、f値が0.05を超えるように成膜したもの、比較例37は、RFスパッタ被覆の際のT値が500℃以上になるように温度調整し、SiBNCO皮膜の成膜初期の5nmまでのRF出力を500Wと設定したものである。従来例38はSiBNCOを成膜する際のT値が500℃程度になるように温度調整し、SiBNCO皮膜の成膜初期の5nmまでのRF出力を4000Wと設定して成膜したもの、従来例39はターゲットのSiCとBNの比率を変え、SiC対BNのモル混合比が1対1のものを用いて成膜したものである。
第2の被覆方法で本発明例23、24を作成した。第2の被覆方法が第1の被覆方法と異なる点は、第2硬質皮膜をDCバイアスのSP法で成膜して第1硬質皮膜をRFバイアスのSP法で成膜している点である。
【0015】
本願発明の第1硬質皮膜を被覆する製造方法は、SP法により被覆することが有効である。この場合、炭化珪素と窒化硼素を含有した複合ターゲットとすることが好ましいが、炭化珪素と窒化硼素を別の蒸発源に設置し、同時にスパッタリングすることによっても製造することが可能である。更に、多層皮膜を被覆する方法は、第1硬質皮膜をSP法により被覆し、第2硬質皮膜をAIP法、SP法、AIP法とSP法を併用した方法のいずれかにより被覆することが好ましい。例えば、第2硬質皮膜は基材との密着強度改善が重要であることから、第2硬質皮膜と基材との界面部近傍はAIP法が好適である。界面部以外はSP法で被覆することも耐摩耗性改善に有効である。AIP法と併用することもできる。これらの被覆におけるSP法、AIP法の電源は、高周波電源若しくは直流電源でも可能であるが、被覆プロセスの安定性の観点からスパッタリング電源は高周波電源を用いることが好ましい。バイアス電源としては、硬質皮膜の電気伝導性、及び硬質皮膜の機械的特性を考慮して高周波バイアス電源を用いることがより好ましい。更に、第1硬質皮膜においてアルゴンをプロセスガスとして成膜を開始させ、所定時間経過後にアルゴンと酸素ガスの混合ガスをプロセスガスとして使用することで、O含有量の少ない層、多い層といったようにO含有比率を膜厚方向に傾斜させることも可能である。この場合は表面側の層ほどOが増加することが好ましい。この層は潤滑性を有した摩耗保護層として機能する。
次に、得られた皮膜の評価について、組成分析は電子プローブマイクロアナライザー(以下、EPMAと記す。)を用いて測定を行った。夫々被覆条件と組成分析結果を表1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
また、皮膜深さ方向の組成分析はオージェ電子分光分析(以下、AESと記す。)を用いてf値の測定を行った。深さ方向の長さについてはSiO2のエッチング速度を用いて換算を行った。XPS分析も行い、硼素の1s軌道のピーク分離から求められるB−O結合のピークから求めた面積XとB−N結合のピークから求めた面積Yの比X/Yを算出した。更に皮膜の密着強度を評価する為に、皮膜表面について、ロックウェル圧痕試験を行い、圧痕周辺部の皮膜の状態から、以下の基準で密着性を評価した。条件は、圧子をロックウェルCスケール、押し付け荷重を1471Nとした。評価はAからDの4段階評価で行った。A表記は、圧痕周辺部に欠陥が認められなかったもの、B表記は、圧痕周辺部の全周の〜1/2の範囲に剥離等の欠陥が見られたもの、C表記は、圧痕周辺部の全周の〜3/4の範囲に剥離等の欠陥が見られたもの、D表記は、圧痕周辺部の全周に渡って剥離等の欠陥が発生したもの、とした。密着強度はA>B>C>Dとなり、A表記が最も良好な結果である。評価結果を表2に示す。
【0018】
【表2】

【0019】
表2に示す密着強度の評価結果より、本発明例1から35は良好な密着強度を示した。いずれの本発明例も、本願発明の規定する皮膜組成範囲を満たし、第1硬質皮膜の表層側へ向う方向に少なくとも500nmの範囲におけるf値も、0<f≦0.05、であることから、硼素の酸化物の抑制が図られている為に、密着強度が十分であった。本発明例2、9は本発明例1に対して、第2硬質皮膜の組成を変えたもの、本発明例12は第1硬質皮膜の表層近傍を成膜する際に、反応ガスとして酸素ガスを追加したものである。界面近傍では酸素ガスを用いずにO含有量を制限している為に、密着性への影響は確認されなかった。本発明例14は、界面から600nmまでの範囲のf値が0.05を超えておらず、700nm以降のf値が0.05を超えているものであるが、密着強度は良好であった。本発明例25は、第1硬質皮膜の膜厚が500nm程度のものであるが、本願発明に規定の条件等を満たすことにより、薄膜におけるf値の制御も可能であった。
一方、比較例36は、400nmまでの範囲のf値が0.05を超え、500nm以降の範囲のf値が0.05を超えていないものであり、密着強度は劣った。500nmまでの範囲で1度でもf値が0.05を超えてしまうと密着強度は劣った。比較例37は、500nmまで範囲のf値が0.05を超え、従来例38と39は皮膜の厚さ方向の全範囲に渡ってf値が0.05を超えていた為に、いずれも密着強度は劣った。
これら結果より、該第1硬質皮膜が下部層と接している界面から、該第1硬質皮膜の表層側へ向う方向に少なくとも500nmの範囲におけるf値が、0<f≦0.05、であることにより密着強度が向上することを確認した。
【0020】
また、何れの本発明例も、X/Y≦0.2を満たしており、硼素の酸化物の抑制がはかられている為に、密着強度が十分であった。しかし、比較例36、37、従来例38、39では、X/Y≦0.2を満たしておらず、硼素の酸化物が多数存在する為に、密着強度が十分でなくロックウェル圧痕試験において皮膜の剥離が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、本願発明の積層構造の概略図を示す。
【図2】図2は、第2硬質皮膜が複数の層構造を有する概略図を示す。
【図3】図3は、第1硬質皮膜が複数の層構造を有する概略図を示す。
【図4】図4は、本願発明の方法に用いた被覆装置の概略図を示す。
【符号の説明】
【0022】
1:硬質皮膜
2:基材
3:第2硬質皮膜
4:第1硬質皮膜
5:界面
6:低酸素濃度域
7:RF被覆ソース
8:アークソース
9:RF被覆ソース
10:アークソース
11:DCバイアス電源もしくはRFバイアス電源
12:減圧容器
13:基材ホルダー
14:ガス導入口もしくは排気管
15:被覆装置
16:シャッター
17:シャッター
18:シャッター
19:シャッター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜は外層である第1硬質皮膜と、内層である第2硬質皮膜を有し、該第1硬質皮膜は、SiaBbNcCdOeで示され、但し、a、b、c、d、eは原子比を示し、a+b+c+d+e=1を満たし、0.1≦a≦0.5、0.01≦b≦0.2、0.05≦c≦0.6、0.1≦d≦0.7、0<e≦0.2、であり、該第2硬質皮膜は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜と該第2硬質皮膜との界面から少なくとも500nmまでの該第1硬質皮膜を低酸素濃度域とし、該低酸素濃度域における酸素含有量を原子比でfとしたとき、0<f≦0.05、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。
【請求項2】
請求項1に記載の多層皮膜被覆部材において、該低酸素濃度域におけるB−O結合を示すピークから求めた面積をXとし、B−N結合を示すピークから求めた面積をYとし、比をX/Yとしたとき、X/Y≦0.2であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の多層皮膜被覆部材の製造方法において、該製造方法の工程は、該基材をイオンクリーニングする第1の工程と、該第2硬質皮膜を被覆する第2の工程と、該第1硬質皮膜被覆用ターゲット表面をクリーニングする第3の工程と、該第1硬質皮膜を被覆する第4の工程とからなり、該第3の工程は該被覆ソース毎に備えたシャッターの操作により該第2の工程と同時に処理が進行し、該第4の工程はスパッタリング法を用いて基材温度T(℃)をT≦400とし、少なくとも皮膜厚さ5nmまではスパッタリング出力値P(W)をP≦2500とし、その後漸次P値をP>2500へ増加させることを特徴とする多層皮膜被覆部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−31340(P2010−31340A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−197107(P2008−197107)
【出願日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】