説明

弁開閉時期調整システム

【課題】目標回転位相を実現するための制御が改善された弁開閉時期調整システムの提供。
【解決手段】内燃機関のクランク軸に対するカム軸の回転位相を進角方向または遅角方向に変位させる変位機構部と、回転位相の変位範囲内に位置する中間ロック位相で回転位相をロックするロック機構部と、変位機構部とロック機構部とを油圧駆動する油圧制御弁の動作を制御する制御系を有する制御ユニット9が備えられている。制御ユニット9は、回転位相が遅角方向に変位する遅角制御モードと回転位相が進角方向に変位する進角制御モードとで制御系の時間応答性を変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のクランクシャフトと同期して回転する駆動側回転部材に対する従動側回転部材の相対回転位相を制御する弁開閉時期調整システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、駆動側回転部材に対する従動側回転部材の相対回転位相(以下、単に回転位相と称する)を所定の中間回転位相(ロック回転位相またはロック位置)に保持するために、従動側回転部材に形成されたロック凹部とこのロック凹部に対して出退可能なロック体とからなる油圧式のロック機構を備えた弁開閉時期制御装置が知られている。なお、ここでは、ロック体がロック凹部に挿入されることをロックまたはロック動作、ロック体がロック凹部から離脱することをロック解除またはロック解除動作と呼んでいる。このように構成された弁開閉時期制御装置では、ロック要求やロック解除要求が発生した場合、駆動側回転部材に対する従動側回転部材の相対回転位相を変位させる動作及びロック動作やロック解除動作がスムーズに行われるように油圧制御弁を制御する必要がある。
【0003】
特許文献1には、1つの油圧制御弁で回転位相の変位と、ロックピンの動作の両方を制御する弁開閉時期制御装置が開示されている。この装置では、油圧制御弁への駆動信号(駆動電流)を制御する制御手段が、油圧制御弁に対する制御の制御領域を、複数の制御領域に区分すると共に、少なくとも1つの制御領域における駆動電流制御特性を他の制御領域における駆動電流制御特性と異ならせている。詳しくは、位相変位制御の精度・安定性の確保が要求される制御領域では、駆動電流制御の応答速度(時定数)をオーバーシュート・ハンチング防止可能な範囲内に設定し、一方、高応答化が要求される制御領域では、駆動電流制御の応答速度(時定数)を高応答化している。例えば、ロックピンをロック方向/ロック解除方向に駆動するロックピン制御領域では高応答化し、回転位相を運転条件に応じて設定した目標回転位相に変位制御する制御領域では、精度・安定性が確保できる低応答化する。
この装置では、ロック動作・ロック解除動作制御と回転位相変位制御とで異なる応答速度を設定することでそれぞれの動作が最適に行われることが意図されている。しかしながら、ロック要求またはロック解除要求を判定してから、ロック動作・ロック解除動作制御における応答速度の変更設定が行われるので、その判定タイミングが早すぎたり遅すぎたりすると、適正な弁開閉時期の制御ができないという不都合が生じる。
【0004】
特許文献2には、クランクシャフトに対するカムシャフトの回転位相を変更可能にした位相可変機構と、吸気弁のリフト量を連続的に変更可能にした可変バルブリフト機構とを備えた内燃機関の制御装置が開示されている。この装置では、低負荷側の運転領域と高負荷側の運転領域でモードを分けており、各モードによって、早閉じ動作と遅閉じ動作を分け、吸気弁閉タイミング設定や目標気筒空気量を変化させている。また、モードが移行する際に、気筒空気量を適切に調整し、異常燃焼を確実に防止することができるとともに、ポンプ損失を低減し、機関運転効率を高めることができる。しかしながら、この装置では、低負荷側と高負荷側で運転領域を分けているが、可変バルブの制御動作のおけるモード分けに関する記載がなく、弁開閉時期制御における制御モードの調整に関しては考慮されていない。
【0005】
特許文献3には、クランクシャフトに対して同期回転する駆動側回転部材と、カムシャフトに対して一体回転する従動側回転部材との相対位相(回転位相)を、可動する仕切りによって容積が相補的に可変する2種類の圧力室のそれぞれに対する作動流体の給排によって変位させる位相変換機構と、前記内燃機関の始動に適した中間ロック位相において前記相対位相を固定可能にするとともにその固定解除を作動流体によって行うロック機構とを備えた弁開閉時期制御装置が開示されている。回転位相変位のための作動油の供給を制御する第1制御弁と、ロック動作のための作動油の供給を制御する第2制御弁とが備えられている。制御ユニットには、エンジンの運転状態に応じた最適の相対位相を格納・記憶しており、別途検出される運転状態(エンジン回転数、冷却水温など)に対して、最適の相対位相が取得できるように構成されている。制御ユニットには、イグニッションキーのON/OFF情報、エンジン油温を検出する油温センサからの情報等も入力されている。この弁開閉時期制御装置は、運転状態に応じて最適な目標相対位相(目標回転位相)を算定する構成となっているが、算定された目標回転位相を実現するために油圧制御弁を駆動するための操作量の演算に関しては詳しく記載されていない。特に、回転位相を変位させる動作及びロック動作やロック解除動作がスムーズを行われるような油圧制御弁の制御に関しては特に考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011‐058444号公報(段落番号〔0002−0011〕〔0043−0049〕、図9)
【特許文献2】特開2009‐243372号公報(段落番号〔0029−0125〕、図5,12)
【特許文献3】特開2009‐074384号公報(段落番号〔0012−0040〕、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記実情に鑑み、本発明の目的は、回転位相を変位させる動作及びロック動作やロック解除動作がスムーズを行われるように従来の弁開閉時期制御を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の弁開閉時期調整システムは、内燃機関のクランク軸に対するカム軸の回転位相を進角方向または遅角方向に変位させる変位機構部と、前記回転位相の変位範囲内に位置する中間ロック位相で前記回転位相をロックするロック機構部と、前記変位機構部と前記ロック機構部とを油圧駆動する油圧制御弁を含む油圧回路と、前記油圧制御弁の動作を制御する制御系を有する制御ユニットとを含み、前記制御ユニットは、前記回転位相が遅角方向に変位する遅角制御モードと前記回転位相が進角方向に変位する進角制御モードとで前記制御系の時間応答性を変更するように構成されている。
【0009】
この構成では、回転位相を進角方向または遅角方向に変位させる回転位相変位制御を遅角方向に進む制御と進角方向に進む制御に分けられているので、それぞれの特性にあった制御が可能となり、回転位相を変位させる動作及びロック動作やロック解除動作が確実に行われるように油圧制御弁を制御することができる。
【0010】
本発明の好適な実施形態では、前記進角制御モードの時間応答性が、前記遅角制御モードの時間応答性に比べて高速となるように前記時間応答性が変更される。この特徴の導入は、自動車などの内燃機関の弁開閉位置制御では、回転位相が進角方向に進む際は運転者がアクセルを踏む時なので、時間応答性が高い(応答速度が速い)ことが求められる。それに対し、回転位相が遅角方向に進む際は速い時間応答性は求められないという、発明者の見地に基づいている。つまり、遅角方向に進むときはロック制御を確実するような制御モード(遅角制御モード)、とし、進角方向に進むときは高い時間応答性を重視した制御モード(進角制御モード)とする。これにより、弁開閉時期調整システムの制御系は、必要な応答性を確保しつつ、ロック機構部に対するロック油圧制御を確実に行うことができる。
【0011】
また、油圧動特性によって油圧制御弁のスプールの動き、油圧制御弁から供給される油圧による回転位相変位機構部及びロック機構部の動き(回転位相、ロック動作、ロック解除動作)の時間応答性が変動する。この変動によるシステムの不安定さを解消するため、本発明の好適に実施形態の1つでは、前記油圧回路の油圧動特性に関する特性情報を取得する特性取得部が備えられ、前記特性情報に基づいて前記制御系の時間応答性がさらに変更される。
【0012】
油圧動特性値を決定付ける特性情報としては、油圧回路の油温、油圧、油圧ポンプの回転数、油劣化度などが挙げられるので、前記特性情報が前記油圧回路の油温、油圧、油圧ポンプの回転数、油劣化度のうち少なくとも1つを含むような構成を採用するとよい。但し、付加的なコストを考慮するなら、油温、油圧、油圧ポンプの回転数、油劣化度のうち他の目的で既に取得されるものを利用すると好都合である。
【0013】
さらに、従来の弁開閉時期調整システムの制御系にはフィードバック制御系がよく利用されていることを考慮すると、本発明による時間応答性の変更を、フィードバック制御系の時定数を変更することにより実現すると好都合である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の弁開閉時期調整システムの基本的な制御の流れを概略的に図解する模式図である。
【図2】弁開閉時期制御装置の全体構成を示す側断面図である。
【図3】図2のIII−III断面図である。
【図4】規制機構及びロック機構の構成を示す分解図である。
【図5】エンジン始動時の規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図6】ロック状態を解除するときの規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図7】規制状態を解除するときの規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図8】規制解除状態及びロック解除状態を保持するときの規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図9】通常運転状態における進角制御時の規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図10】通常運転状態における規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図11】ロック動作開始時における規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図12】規制状態を実現するときの規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図13】ロック状態における規制機構及びロック機構の状態を示す(a)平面図と(b)断面図である。
【図14】制御ユニットの機能を示す機能ブロック図である。
【図15】本発明による弁開閉時期調整システムにおける目標値と制御量との関係の一例を示す模式図である。
【図16】VVT機構に対する回転位相制御ルーチンの一例を示すフローチャート図である。
【図17】始動からロック解除までの回転位相変位行程を図解する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の弁開閉時期調整システムの具体的な実施形態を説明する前に、この発明の概略的な説明を図1の模式図を用いて説明する。このシステムは、制御ユニット9によって制御される弁開閉時期調整機構(以下、VVT機構と称する)1を備えている。VVT機構1は、後で詳しく説明されるが、内燃機関(エンジンとも表記する)のクランク軸に対するカム軸の回転位相を進角方向または遅角方向に変位させる変位機構部と、前記回転位相の変位範囲内に位置する中間ロック位相で前記回転位相をロックするロック機構部とを備えている。変位機構部とロック機構部とは駆動信号(例えばPWM信号)によって駆動制御される油圧制御弁(図1では図示されていない)によって動作する。制御ユニット9は、エンジンECU11から与えられた回転位相の制御目標となる基本目標回転位相(図1ではθ0で示されている)に基づいて、油圧制御弁への駆動信号を出力するフィードバック制御系を構築している。
【0016】
この発明の重要な特徴は、制御ユニット9は、回転位相が遅角方向に変位する遅角制御モードと回転位相が進角方向に変位する進角制御モードとを有し、遅角制御モードと進角制御モードとでフィードバック制御系の時間応答性を変えている。この実施形態では、進角制御モードでは遅角制御モードより高速の時間応答性を与えるようにしている。図1におけるフィードバック制御系では、時間応答性の調整は、時定数の調整で行っている。従って、この時間応答性の調整は、進角制御モードの時に基準の時定数を減少させるような値をもつ進角方向係数(図1では「進」で示されている)を与え、遅角制御モードの時に基準の時定数を増加させるような値をもつ遅角方向係数(図1では「遅」で示されている)を与えることで行われる。進角方向係数または遅角方向係数によって調整された時定数は、ここではPIDとして構築された制御器に与えられる。その結果、進角制御モード時には時間応答性の高い操作量が演算出力される。進角制御モードが決定される進角方向への回転位相の変位は、運転者がアクセルを踏んだときの事象と結びつくので、時間応答性の高い操作量により制御量の応答性も高いものとなり、反応のよい運転性が得られる。逆に、遅角制御モード時には時間応答性の低い操作量が演算出力される。遅角制御モードが決定される進角方向への回転位相の変位は、ロック機構部によるロック動作やロック解除を伴う事象と結びつくことが多いので、時間応答性の低さがロック動作やロック解除の確実性を高める。
【0017】
遅角制御モードと進角制御モードとの選択、つまり回転位相が遅角方向に変位するか、あるいは回転位相が進角方向に変位するかは、実際にVVT機構1において検出された回転変位の測定値である実回転変位位置と、次の目標回転変位位置とから決定することができる。なお、回転位相は角度(度)で測定されるので、この明細書では回転位相を同じ意味で角度とも表現している。
【0018】
この制御ユニット9には、オプション的に、時間応答性を調整するもう一つの調整パラメータが用意されている。この調整パラメータは、VVT機構1の動作を制御する油圧制御弁を含む油圧回路における油圧動特性に関する特性情報(図1では「特」で示されている)である。油圧動特性によって油圧制御弁のスプールの動き、油圧制御弁から供給される油圧による変位機構部及びロック機構部の動き(回転位相、ロック動作、ロック解除動作)の時間応答性が変動する。この変動は制御系の外乱とみなされるので、この外乱を補償するための修正係数を特性情報に基づいて算定し、その修正係数で時定数を調整することで、制御量の信頼性が向上する。油圧動特性値を決定付ける特性情報としては、油圧回路の油温、油圧、油圧ポンプの回転数、油劣化度などが挙げられるが、他の目的で取得されているデータが好都合である。
【0019】
ここでは、油圧回路における油温:T、油圧ポンプの回転数に対応するエンジン回転数:Neが利用されている。エンジン回転数:Neは、エンジン制御のために常時検出されており、これに関連している油圧ポンプの回転数は油圧に関連するので、特性情報としての価値がある。もし、油圧センサ等で油圧が検出されている場合は、エンジン回転数:Neに代えて油圧を用いることができる。
【0020】
なお、上述した特性情報、回転位相変位の方向性(遅角方向または進角方向)を入力パタメータとして、時定数調整のための修正係数を導出するマップを予め作成しておくと、低い演算負荷で、時定数の算定を迅速に行うことができる。
【0021】
フィードバック系自体は、よく知られた構成であり、VVT機構1における回転位相の測定値(回転位相の実際値)である実角度(図ではθrで示されている)と、目標値である目標角度(図ではθで示されている)の差である偏差(図ではΔθで示されている)に基づいて、操作量:Sを演算する。さらに、演算された操作量から駆動信号:Dが生成され、油圧制御弁に出力される。
【0022】
本発明に係る実施形態について図2から図13に基づいて説明する。まずは、図2及び図3に基づいて、VVT機構1の全体構成について説明する。
【0023】
(全体構成)
弁開閉時期制御機構(以下単にVVT機構と称する)1は、エンジンのクランクシャフトに対して同期回転する駆動側回転部材としての外部ロータ2と、外部ロータ2に対して同軸上に配置され、カムシャフト19と同期回転する従動側回転部材としての内部ロータ3とを備えている。
【0024】
外部ロータ2は、カムシャフト19が接続される側に取り付けられるリアプレート21と、カムシャフト19が接続される側とは反対側に取り付けられるフロントプレート22と、リアプレート21とフロントプレート22とで挟まれるハウジング23から構成される。外部ロータ2に内装される内部ロータ3は、カムシャフト19の先端部に一体的に組み付けられ、外部ロータ2に対して一定の範囲内で相対回転が可能である。
【0025】
クランクシャフトが回転駆動すると、動力伝達部材10を介してリアプレート21のスプロケット部21aにその回転駆動力が伝達され、外部ロータ2が図3に示すS方向に回転駆動する。外部ロータ2の回転駆動に伴い、内部ロータ3がRD方向に回転駆動してカムシャフト19が回転する。
【0026】
外部ロータ2のハウジング23には、径内方向に突出する複数個の突出部24を周方向に沿って互いに離間させて形成してある。この突出部24と内部ロータ3とにより油圧室4が形成される。本実施形態においては、油圧室4を3箇所に設けてあるが、これに限られるものではない。
【0027】
各油圧室4は、内部ロータ3の一部をなす仕切部31又は内部ロータ3に取り付けられるベーン32によって、進角室41と遅角室42とに二分されている。仕切部31に形成された規制部材収容部51とロック部材収容部61には、それぞれ規制部材5とロック部材(ロックピンとも称する)6が収容され、規制機構50及びロック機構部60を構成している。なお本発明では、進角方向及び遅角方向の回転変位を行う機構全般を変位機構部とも呼んでいる。この変位機構部に規制機構50も含まれている。これらの構成については後述する。
【0028】
内部ロータ3に形成された進角通路43は、進角室41に連通している。同様に、内部ロータ3に形成された遅角通路44は、遅角室42に連通している。進角通路43及び遅角通路44は、油圧回路7を介して、進角室41及び遅角室42に作動油を供給又は排出して、変位機構部の主要素である仕切部31又はベーン32に油圧を作用させる。このようにして、外部ロータ2に対する内部ロータ3の相対回転位相を、図3の進角方向D1又は遅角方向D2へ変位させ、或いは、任意の位相に保持する。なお、作動油としてはエンジンオイルが用いられるのが一般的である。
【0029】
外部ロータ2と内部ロータ3とが相対回転移動可能な一定の範囲は、油圧室4の内部で仕切部31又はベーン32が変位可能な範囲に対応する。進角室41の容積が最大となるのが最進角位相であり、遅角室42の容積が最大となるのが最遅角位相である。すなわち、相対回転位相は最進角位相と最遅角位相との間で変位可能である。
【0030】
内部ロータ3とフロントプレート22とに亘ってトーションスプリング8を設けてある。内部ロータ3及び外部ロータ2は、トーションスプリング8により、相対回転位相が進角方向D1に変位するよう付勢されている。
【0031】
次に、油圧回路7の構成について説明する。油圧回路7は、エンジンにより駆動されて作動油の供給を行う油圧ポンプ71と、進角通路43及び遅角通路44に対する作動油の供給及び排出を制御するソレノイド式油圧制御弁72と、油圧ポンプ71からの作動油を昇圧する昇圧機構73、作動油を貯留するタンク74とを備えている。
【0032】
油圧制御弁72は、制御ユニット9から出力される駆動信号に基づいて作動する。油圧制御弁72は、進角通路43への作動油の供給を許可し、遅角通路44からの作動油の排出を許可して進角制御を行う第1の位置72aと、進角通路43及び遅角通路44への作動油の給排を禁止して位相保持制御を行う第2の位置72bと、進角通路43からの作動油の排出を許可し、遅角通路44への作動油の供給を許可して遅角制御を行う第3の位置72cとを備えている。油圧制御弁72は、制御ユニット9から駆動信号に基づいて動作する。本実施形態の油圧制御弁72は、制御ユニット9からからの駆動信号のない状態においては、第1の位置72aで進角制御を行うよう構成されている。
【0033】
(規制機構)
相対回転位相を最遅角位相から中間ロック位相までの範囲(以下、「規制範囲Lr」と称する)に規制する規制機構50の構成について、図4に基づき説明する。中間ロック位相とは、後述のロック機構部60によってロックされるときの相対回転位相を指す。
【0034】
規制機構50は、主に段付き円筒形の規制部材5と、規制部材5を収容する規制部材収容部51と、規制部材5が突入可能となるようリアプレート21の表面に形成された長孔形状の規制凹部52とから構成される。
【0035】
規制部材5は、径が異なる円筒を4段積み重ねた形状である。この4段の円筒をリアプレート21の側から順に、第1段部5a、第2段部5b、第3段部5c及び第4段部5dと称する。第2段部5bは第1段部5aよりも径が小さくなるよう構成され、それよりフロントプレート22の側では、第2段部5b、第3段部5c、第4段部5dと順に径が大きくなるように構成されている。なお、第3段部5cは、第1油圧室55の容積を小さくして、第1油圧室55に作動油が供給されたときの規制部材5の動作性を向上させるために設けてある。
【0036】
第1段部5aは規制凹部52に突入可能に形成され、第1段部5aが規制凹部52に突入しているときは、相対回転位相が規制範囲Lr内に規制される。第4段部5dには円筒形の凹部5fが形成され、スプリング53が収容される。また、規制部材5が付勢方向に移動するときの作動油の抵抗を緩和し、動作性を向上させるため、規制部材5の中心部には貫通孔5gが形成されている。
【0037】
規制部材5とフロントプレート22との間には栓部材54を設け、この栓部材54と凹部5fの底面との間にスプリング53が取り付けられる。栓部材54に形成した切欠部54aは、規制部材5がフロントプレート22の側に移動する際に、作動油を不図示の排出流路によりVVT機構1の外部に排出可能とし、規制部材5の動作性の向上に寄与する。
【0038】
規制部材収容部51は、カムシャフト19の回転軸芯(以下、「回転軸芯」と称する)の方向に沿って内部ロータ3に形成され、フロントプレート22の側からリアプレート21の側に亘って内部ロータ3を貫通している。規制部材収容部51は、例えば径が異なる円筒状の空間を2段積み重ねた形状であって、規制部材5がその内部で移動可能なように形成してある。
【0039】
規制凹部52は、回転軸芯を中心とした円弧状であって、その径方向における位置は後述のロック凹部62とはわずかに異なるよう形成してある。規制凹部52は、規制部材5が第1端部52aと当接状態にあるときに、相対回転位相が中間ロック位相となるように、規制部材5が第2端部52bと当接状態にあるときには、相対回転位相が最遅角位相となるように構成されている。すなわち、規制凹部52は規制範囲Lrに対応している。
【0040】
規制部材5は、規制部材収容部51に収容されると共に、スプリング53によってリアプレート21の側に常時付勢されている。規制部材5の第1段部5aが規制凹部52に突入すると、相対回転位相が規制範囲Lr内に規制され、「規制状態」が作り出される。スプリング53による付勢力に抗して、第1段部5aが規制凹部52から退出すると、規制状態が解除され、「規制解除状態」となる。
【0041】
規制部材5を規制部材収容部51に収容すると、規制部材5と規制部材収容部51とによって第1油圧室55が形成される。第1油圧室55に作動油が供給され、油圧が第1受圧面5eに作用すると、規制部材5がスプリング53の付勢力に抗してフロントプレート
22の側に移動し、規制解除状態となる。第1油圧室55に作動油を給排する流路の構成については後述する。
【0042】
(ロック機構部)
相対回転位相を中間ロック位相にロックするロック機構部60の構成について、図4に基づき説明する。ロック機構部60は、主に段付き円筒形のロック部材6と、ロック部材6を収容するロック部材収容部61と、ロック部材6が突入可能となるようリアプレート21の表面に形成された円孔形状のロック凹部62とから構成される。
【0043】
ロック部材6は、例えば径が異なる円筒を3段積み重ねた形状である。この3段の円筒をリアプレート21の側から順に、第1段部6a、第2段部6b及び第3段部6cと称する。第1段部6a、第2段部6b、第3段部6cと順に径が大きくなるように構成されている。
【0044】
第1段部6aはロック凹部62に突入可能に形成され、第1段部6aがロック凹部62に突入している状態のときは、相対回転位相が中間ロック位相にロックされる。第3段部6cから第2段部6bの一部に亘って、円筒形の凹部6fが形成され、スプリング63が収容される。また、ロック部材6が付勢方向に移動するときの作動油の抵抗を緩和し、動作性を向上させるため、ロック部材6の中心部には貫通孔6gが形成されている。
【0045】
ロック部材6とフロントプレート22との間には栓部材64を設け、この栓部材64と凹部6fの底面との間にスプリング63が取り付けられる。栓部材64に形成した切欠部64aは、ロック部材6がフロントプレート22の側に移動する際に、作動油を不図示の排出流路によりVVT機構1の外部に排出可能とし、ロック部材6の動作性の向上に寄与する。
【0046】
ロック部材収容部61は、回転軸芯の方向に沿って内部ロータ3に形成され、フロントプレート22の側からリアプレート21の側に亘って内部ロータ3を貫通している。ロック部材収容部61は、径が異なる円筒状の空間を3段積み重ねた形状であって、ロック部材6がその内部で移動可能なように形成してある。
【0047】
ロック部材6は、ロック部材収容部61に収容されると共に、スプリング63によってリアプレート21の側に常時付勢されている。ロック部材6の第1段部6aがロック凹部62に突入すると、相対回転位相が中間ロック位相にロックされ、「ロック状態」が作り出される。スプリング63による付勢力に抗して、第1段部6aがロック凹部62から退出すると、ロック状態が解除され、「ロック解除状態」となる。
【0048】
ロック部材6をロック部材収容部61に収容すると、ロック部材6とロック部材収容部61によって第2油圧室65及び第3油圧室66が形成される。第2油圧室65に作動油が供給され、油圧が第2受圧面6dに作用すると、ロック部材6がスプリング63の付勢力に抗してフロントプレート22の側に移動し、ロック解除状態となる。また、第3油圧室66に作動油が供給され、油圧が第3受圧面6eに作用すると、ロック部材6のロック解除状態が保持される。第2油圧室65及び第3油圧室66に作動油を給排する流路の構成については後述する。
【0049】
次に、規制解除流路、ドレン流路、ロック解除流路及び連通流路について、図4と図5に基づき説明する。
【0050】
(規制解除流路)
規制解除状態を実現するための規制解除流路は、規制時連通路82と解除時連通路83
とを備えている。規制時連通路82は、後述するリアプレート通路84、第1貫通路85a及び供給路85cからなり、規制状態を解除するために第1油圧室55に作動油を供給する流路である。また、解除時連通路83は、規制部材5が規制凹部52から退出しているときに、規制解除状態を保持するために第1油圧室55に作動油を供給する流路である。
【0051】
リアプレート通路84は、リアプレート21の内部ロータ3の側の表面に形成された溝状の通路であり、進角室41と連通している。リアプレート通路84は、規制部材5が規制範囲Lr内における所定の進角側の範囲(以下、「規制解除可能範囲Lt」と称する)内にあるときにのみ、ロータ通路85の一部をなす第1貫通路85aと連通可能なように構成されている。なお、規制解除可能範囲Lt内に規制部材5があるとは、第1段部5aが完全に規制解除可能範囲Ltの領域に位置していることをいう。
【0052】
ロータ通路85は、内部ロータ3に形成される通路であり、第1貫通路85a、第2貫通路85b、供給路85c及び排出路85dからなる。第1貫通路85a及び第2貫通路85bは、内部ロータ3の径方向外側の側面に、回転軸芯の方向に沿って連続的に直線をなすように形成される。第1貫通路85aのリアプレート21の側の端部は、規制部材5が規制解除可能範囲Lt内にあるときに、リアプレート通路84と連通するよう構成されている。また、第2貫通路85bのフロントプレート22の側の端部は、排出路85dと接続している。供給路85cは、第1貫通路85aと第2貫通路85bの境界部から分岐し、第1油圧室55に連通している。排出路85dは内部ロータ3のフロントプレート22の側の表面に平面視でL字状に形成されており、規制部材5が規制解除可能範囲Ltよりも進角側の所定の範囲にあるときにのみ、後述の排出孔87と連通するよう構成されている。
【0053】
上述のように、規制時連通路82は、リアプレート通路84、第1貫通路85a及び供給路85cからなる。したがって、規制部材5が規制解除可能範囲Lt内にあるときに、リアプレート通路84と第1貫通路85aとが連通することにより、規制時連通路82は第1油圧室55に連通して作動油を供給し、第1受圧面5eに油圧を作用させて規制状態を解除する。
【0054】
解除時連通路83は、内部ロータ3内に形成された管状の通路であり、進角室41と連通している。解除時連通路83は、規制部材5が規制凹部52から退出して規制解除状態となっているときに、第1油圧室55に連通して進角室41から作動油を供給し、第1受圧面5eに油圧を作用させて規制解除状態を保持する。
【0055】
なお、規制部材5がスプリング53の付勢力に抗してフロントプレート22の側に移動するとき、解除時連通路83が第1油圧室55と連通するタイミングで、供給路85cが第1段部5aによって第1油圧室55との連通を断たれるように構成してある。すなわち、第1油圧室55に作動油を供給する通路は、規制時連通路82或いは解除時連通路83の何れかとなるよう択一的に構成されている。この構成により、第1油圧室55から作動油を排出したい場合に、第1油圧室55から供給路85c(後述のドレン油路86の一部)を介して作動油を排出しつつ、解除時連通路83からの作動油の供給を断つことができる。
ただし厳密には、規制時連通路82と解除時連通路83との切換時においては、規制時連通路82及び解除時連通路83の何れからも作動油が第1油圧室55に供給されるように構成してある。これは、規制時連通路82と解除時連通路83との切換時に何れの連通路も第1油圧室55に接続されない状況が生じると、第1油圧室55が一時的に密閉状態となり、規制部材5の規制・解除動作の円滑性が損なわれてしまうのを防止するためである。
【0056】
(ドレン流路)
ドレン流路86は、規制部材5が規制凹部52に突入するときに、規制部材5の移動抵抗となる第1油圧室55内の作動油を速やかに排出するための流路である。ドレン流路86は、供給路85c、第2貫通路85b、排出路85d及び排出孔87からなる。排出孔87は、フロントプレート22を回転軸芯の方向に貫通するよう形成されている。
【0057】
ドレン流路86は、規制部材5が規制解除可能範囲Ltよりも進角側の所定の範囲にあるときにのみ連通し、規制部材5が規制解除可能範囲Lt内にあるときには連通しないように構成してある。この構成により、リアプレート通路84と第1貫通路85aが連通しているときに、進角室41から供給された作動油が、そのままドレン流路86を経由して排出されるのを防止する。
【0058】
(ロック解除流路)
ロック解除流路88は、内部ロータ3内に形成された管状の通路であり、遅角室42と連通している。ロック解除流路88は、第2油圧室65に遅角室42から作動油を供給して、第2受圧面6dに油圧を作用させ、ロック部材6をロック凹部62から退出させるための流路である。
【0059】
(連通流路)
連通流路89は、内部ロータ3内に形成された管状の通路であり、規制解除状態かつロック部材6がフロントプレート22の側にある程度移動した状態で、第1油圧室55と第3油圧室66とを連通するように構成されている。解除時連通路83、第1油圧室55、連通流路89及び第3油圧室66が連通すると、進角室41から第1油圧室55に供給された作動油が第3油圧室66にも供給されるため、規制解除状態とロック解除状態を保持することができる。
【0060】
(ロック解除時及び規制解除時の動作)
以上説明した規制機構50、ロック機構部60及び各流路を用いて、ロック状態を解除する手順について、図5〜図8に基づき説明する。
【0061】
エンジン始動時の状態を図5に示す。エンジン始動時には、油圧制御弁72が第1の位置72aにあるため進角制御を行う。しかし、規制部材5は規制解除可能範囲Ltの範囲外にあるため、規制時連通路82からは第1油圧室55に作動油が供給されない。また、解除時連通路83も第1油圧室55と連通していないため、第1油圧室55に作動油が供給されない。よって、ロック状態が維持される。
【0062】
エンジン始動後、まずロック状態を解除するために、遅角制御に切り換えたときの状態を図6に示す。このとき、ロック解除流路88を介して遅角室42から第2油圧室65に作動油が供給され、ロック部材6がロック凹部62から退出してロック状態が解除される。ロック状態が解除されると、規制部材5は規制凹部52内で遅角方向に移動する。
【0063】
図示しない位相センサが、規制部材6が規制解除可能範囲Lt内に位置する相対回転位相となったことを検知すると、ECU73は進角制御に切り換える。このときの状態を図7に示す。リアプレート通路84と第1貫通路85aとが連通しているため、規制時連通路82から第1油圧室55に作動油が供給される。すると、規制部材5は規制凹部52から退出し、規制状態が解除される。
【0064】
進角制御によって、規制解除状態及びロック解除状態を保持しているときの状態を図8に示す。このとき、第1油圧室55と第3油圧室66とは連通流路89により連通するから、進角室41から第1油圧室55に供給される作動油は、第3油圧室にも供給されることになる。その結果、規制解除状態及びロック解除状態が保持される。
【0065】
(通常運転状態における動作)
次に、上述の手順により規制解除状態及びロック解除状態が実現され、通常の運転状態となったときの動作について、図9及び図10に基づき説明する。
【0066】
通常の運転状態において、進角制御を行ったときの状態を図9に示す。進角制御のときには上述のとおり、進角室41、解除時連通路83、第1油圧室55、連通流路89及び第3油圧室66が連通するから、規制解除状態及びロック解除状態が保持された状態で進角作動する。
【0067】
通常の運転状態において、遅角制御を行ったときの状態を図10に示す。このとき、遅角室42から第2油圧室65に作動油が供給されるので、ロック解除状態が保持される。一方、第1油圧室55には作動油が供給されないので、規制部材5はスプリング53によって付勢され、リアプレート21と当接する。しかし、規制部材5はリアプレート21の表面上を滑動するので、運転に支障をきたすことはない。また、規制凹部52とロック凹部62は径方向にずらした位置に形成しているため、規制部材5がロック凹部62に突入することはない。
【0068】
(規制時及びロック時の動作)
最後に、まず規制状態とした後、ロック状態とする手順について、図11〜図13に基づき説明する。
【0069】
進角制御により、排出路85dと排出孔87とが連通して、ドレン流路86が機能する位置するまで位相回転させた状態を図11に示す。このとき、進角室41から第1油圧室55及び第3油圧室66に作動油が供給されるため、規制解除状態及びロック解除状態を保持している。ドレン流路86が連通しているため、次の手順において規制部材5を規制凹部52に突入させるときに、第1油圧室55から作動油を排出し、速やかに規制状態とすることができる。
【0070】
遅角制御に切り換えて、規制状態が実現した状態を図12に示す。規制部材5が規制凹部52に突入してからも遅角制御を維持すると、規制部材5が規制解除可能範囲Lt内に位置して、次に進角制御に切り換えたとき、規制状態が解除されてしまう。このため、規制状態となった後は、規制部材5が規制解除可能範囲Lt内に位置して、リアプレート通路84と第1貫通路85aとが連通する前に進角制御に切り換える必要がある。
【0071】
規制部材5が規制解除可能範囲Ltに入る前に、進角制御に切り換えると、第1油圧室55には作動油が供給されないので、規制部材5は規制凹部52から退出せずに進角作動する。その結果、規制部材5が規制凹部52の第1端部52aに当接する。このとき、連通流路89への作動油供給が断たれているので、ロック部材6はスプリング63によって付勢され、ロック凹部62に突入し、図13に示したロック状態が実現される。
【0072】
上述したように構成されたVVT機構1の変位機構部とロック機構部とを、エンジンECU11からの動作指令に基づいて制御する制御ユニット9を、図14に示された機能ブロック図を用いて説明する。この実施形態では、エンジンECU11からの動作指令には、基本目標角度(回転位相)及びその動作行程におけるロック動作またはロック解除動作の有無情報が含まれているとする。ロック動作またはロック解除動作の有無情報は、基本目標角度から、制御ユニット9側で判定してもよい。
【0073】
制御ユニット9は、データ入出力部91、制御特性決定部92、補正マップ94、目標補正部95、フィードバック制御部96を含んでいる。データ入出力部91は、エンジンECU11から送られてくる基本目標角度やその他の図示されていないECU等からデータを受け取り、要求している制御ユニット9内の各機能部に転送する。エンジンECU11からの基本目標角度:θ0からロック動作またはロック解除動作の有無情報:Ron,Roffが読み取られるとともに、基本目標角度:θ0自体は目標補正部95に転送する。
【0074】
制御特性決定部92は、車両状況に応じて、フィードバック制御部96における時間応答性を変更する機能を有する。制御特性決定部92には、基本目標角度、油圧ポンプ71の回転数に対応するエンジン回転数(図ではrpmで示されている)、油圧回路7における油温(図ではTで示されている)、VVT機構1の実回転位相である実角度(図ではθrで示されている)、などの検出データが入力される。制御特性決定部92には、モード判定部921と特性取得部922とを備えている。
モード判定部921は、これから行う回転位相変位制御が遅角方向への変位を伴う制御(遅角制御モード)か、あるいは進角方向への変位を伴う制御(進角制御モード)かを判定する。その判定結果であるモード種別情報(図ではMで示されており、その内容は進角または遅角である)は、目標補正部95やフィードバック制御部96に与えられる。
特性取得部922は、油圧回路7における油圧動特性に関する特性情報を取得する。この油圧動特性は、特には油圧制御弁72の応答性に関係する作動油特性であり、一般的には、油粘性や油圧が大きな役割を果たす。油粘性は油温に依存するため、ここでは油粘性を測定する代わりに油温を用いている。また、油圧を測定する代わりに、エンジン回転数を用いている。つまり、この実施形態では、油温とエンジン回転数とを油圧動特性に関する特性情報として入力される。これらの特性情報を構成するパラメータをそのまま、あるいはこれらから算定される特性パラメータを油圧動特性(図ではCで示されている)として、目標補正部95やフィードバック制御部96に与えられる。
【0075】
目標補正部95は、データ入出力部91から受け取った、基本目標角度とロック動作またはロック解除動作の有無情報とを入力パラメータとして補正マップ94を用いて、運転状態や車両特性に最適な制御量を実現するための目標角度(図ではθで示されている)を導出して、フィードバック制御部96に出力する。その際、必要に応じて、制御特性決定部92から動油圧特性やモード種別情報(進角制御モードまたは制御モード)を読み出して、目標角度の算定に用いる。
【0076】
フィードバック制御部96は、偏差算出部961、操作量算定部962、制御定数算定部963、駆動制御部964を含んでいる。偏差算出部961は、目標補正部95から送られてきた目標角度と制御量である実角度との差から偏差を算出する。操作量算定部962は偏差を入力として操作量(図ではSで示されている)を出力する制御器として機能するもので、一般にはPID制御器として構成されるが、他の形式の制御器を採用してもよい。制御定数算定部963は操作量算定部962における時間応答性、この実施形態ではこのフィードバック制御部96の時定数を設定する。この時定数の算定には、基本的には、制御特性決定部92から送られてくるモード種別情報の内容(進角制御モードまたは制御モード)が利用される。進角制御モードの場合は、時定数を小さくして制御の時間応答性を高くし、遅角制御モードの場合は、時定数を大きくして制御の時間応答性を低くする。さらには、制御特性決定部92から送られてくる油圧動特性に基づき、その油圧動特性が時間応答性を低下させるものであれば時定数を小さくしてその低下を調整し、その油圧動特性が時間応答性を高めるものであれば時定数を小さくしてその行き過ぎを調整する。駆動制御部964は、操作量算定部962から出力された操作量に基づいて、VVT機構1の油圧制御弁72のソレノイドを駆動する駆動信号(この実施形態ではPWM信号)を生成して出力する。
【0077】
この制御ユニットによるVVT機構1の制御の重要な特徴は、VVT機構1の回転位相変位の方向性に基づいてフィードバック制御部96の時間応答性が変更されることである。そのことを模式的に説明するために、図15に、回転位相を縦軸、時間経過を横軸にとった、目標値(目標角度)の挙動を示すグラフ(図15の上側)と、制御量(実角度)の挙動を示すグラフ(図15の下側)が例示されている。目標値のグラフが下向きに移行する行程は、遅角方向の変位であるので時定数を基準より大きくする遅角制御モードでのフィードバック制御が実行される。逆に、目標値のグラフが上向きに移行する行程は、進角方向の変位であるので時定数を基準より大きくする進角制御モードでのが行われフィードバック制御が実行される。図15の2つのグラフから、2つの異なる制御モードでのフィードバック制御の様子が理解できる。
【0078】
上述したように構成された、本発明に係る弁開閉時期調整システムの実施形態における、VVT機構1に対する回転位相制御ルーチンを図16のフローチャートを用いて説明する。
まず、この制御系への入力パラメータとして、エンジン回転数:Ne、スロットル開度:Th、実角度:θr、油温:T、エンジン情報:Eが読み込まれる(#50)。ここでのエンジン情報:Eには、エンジン始動時、エンジン停止時、アイドリングストップ時など種々の運転状態を示すデータが含まれている。読み込まれた入力パラメータから、必要とされる弁開閉タイミングであるVVT機構1の回転位相である基本目標角度:θ0が導出される(#52)。基本目標角度:θ0の導出には、予め設定されたマップ:Map(Ne,T,Th)が用いられる。
θ0=Map(Ne,T,Th)
この基本目標角度:θ0の導出は、エンジンECU11で行われて、制御ユニット9に転送されてもよいし、制御ユニット9で導出してもよい。
【0079】
基本目標角度:θ0、実角度:θr、エンジン情報:Eからロック機構部におけるロックピン6のロック動作またはロック解除動作を表すロック・ロック解除フラグ:RFの設定を決定関数:Fを用いて決定する(#54)。
RF=F(θ0,θr,E)
次に、目標補正部95が目標角度導出関数またはマップ:Gを用いて目標角度:θを算出する(#56)。
θ=G(θ0,RF)
同時に、モード判定部921が、回転位相変位の方向:Dθが進角方向であるか、または遅角方向であるかを算定して、算定結果をフラグ変数でもあるDθにセットする(#58)。
偏差算出部961が目標角度:θと実角度:θrの差分である偏差:Δθを算出する(#60)。
Δθ=θr−θ
さらに、制御定数算定部963が特性情報:Cや回転位相変位の方向:Dθなどを読み込み(#62)、エンジン回転数:Ne、油温:T、回転位相変位の方向:Dθ、特性情報:Cのいずれかを入力パラメータとし、マップ:Map2を用いて制御定数(ここでは時定数):Kを導出する(#64)。
K=Map2(Ne,T,Dθ,C)
新たに導出された制御定数:Kによって再設定された操作量算定部962を通じて操作量:Sが演算される(#66)。
S=H(Δθ,K)
演算出力された操作量:Sは駆動制御部964によってPWM信号である駆動信号:Dが生成される(#68)。
D=PWM(S)
生成された駆動信号:Dは、油圧制御弁72に送られ、VVT機構1の変位機構部とロック機構部とが制御される。
【0080】
このような回転位相制御ルーチンを繰り返すことで、回転位相変位の特定行程が実現するが、その一例(始動からロック解除まで)を図17の模式図を用いて説明する。
図示されていないがこの行程の出発点は、運転停止時であり、規制ピン5とロックピン6のそれぞれが規制凹部52とロック凹部62に突入している。
【0081】
ステップ(1)
図示されていないが、始動時には、一旦進角室41に油圧がかけられた後、遅角制御のために遅角室42に作動油が供給される。その際、遅角室42に供給された作動油がロック凹部62に進入して、ロックピン6を押し上げる。
ステップ(2)
ロックピン6がロック凹部62から持ち上げられると遅角室42にかけられた油圧により回転位相が遅角方向に変位する。
ステップ(3)
所定の回転位相まで変位すると、遅角室42への作動油の供給が停止され、次いで進角制御のために進角室41に作動油が供給される。進角室41に供給された作動油が規制ピン5を規制凹部52から持ち上げるためと、ロックピン6の持ち上げ(ロック解除)を保持するためにも利用される。
ステップ(4)
規制ピン5が規制凹部52から持ち上げられると進角室41にかけられた油圧により回転位相が進角方向に変位する。
ステップ(5)
さらに、回転位相の進角方向への変位が、ロックピン6の持ち上げ(ロック解除)が保持されているので、ロック位置を越えてさらに進む。これにより、加速に適した進角位置まで変位が続行する。
【0082】
〔別実施の形態〕
(1)上述した実施形態では、制御ユニット7の機能を分かりやすく説明するため、その構成を機能別にブロック化しているが、この機能ブロックは説明目的であり、本発明がこのように区画された機能ブロックに限定されるわけではない。例えば、時定数の算定をフィードバック制御部96の外部で行ってもよい。また制御ユニット7自体をエンジンECU11内に構築してもよい。逆に、制御ユニット7の機能を第2の制御ユニットとの間で分割してもよい。
(2)制御ユニット7に導入されている種々の関数やマップは、便宜上使用された語句であり、入力パラメータに基づいて出力する演算器、テーブル、ニューラルネットワーク、データベースなど、種々の形態を含むものである。
(3)上述した実施形態では、時間応答性を決定する時定数がその都度算定されていたが、回転位相が遅角方向に変位する遅角制御時に設定される遅角用時間応答性と、前記回転位相が進角方向に変位する進角制御時に設定される進角用時間応答性とが予め選択可能に用意しておき、回転変位方向性の決定に応答して選択する構成も可能である。その際、前記遅角用時間応答性はロック動作の確実性を優先するものとし、前記進角用時間応答性は前記回転位相の変位のスムーズ性を優先するものに設定しておく。
(4)時間応答性の変更のために制御系の時定数を変更する以外に、制御系に遅れ回路を導入することや操作量をなまらすようなフィルタを導入することも可能である。
(5)ここで用いられている油圧という言葉は、流体圧を意味しており、ここでの作動油は、本発明の枠内において種々の圧力を伝達する流体に置き換え可能である。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、内燃機関のクランク軸に対するカム軸の回転位相を変位させる変位機構部と、前記回転位相の変位範囲内に位置する中間ロック位相で前記回転位相をロックするロック機構部と、前記変位機構部と前記ロック機構部とを油圧駆動する油圧制御弁を含む油圧回路と、前記油圧制御弁の動作を制御する制御系を有する制御ユニットを備えた弁開閉時期調整システムに利用することができる。
【符号の説明】
【0084】
1:VVT機構
31:仕切部(変位機構部)
32:ベーン(変位機構部)
41:進角室
42:遅角室
5:規制ピン
52:規制凹部
60:ロック機構部
6:ロック部材(ロックピン)
62:ロック凹部
7:油圧回路
71:油圧ポンプ
72:油圧制御弁
9:制御ユニット
92:制御特性決定部
921:モード判定部
922:特性取得部
95:目標補正部
96:フィードバック制御部
961:偏差算出部
962:操作量算定部
963:制御定数算定部
964:駆動制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のクランク軸に対するカム軸の回転位相を進角方向または遅角方向に変位させる変位機構部と、前記回転位相の変位範囲内に位置する中間ロック位相で前記回転位相をロックするロック機構部と、前記変位機構部と前記ロック機構部とを油圧駆動する油圧制御弁を含む油圧回路と、前記油圧制御弁の動作を制御する制御系を有する制御ユニットとを含み、
前記制御ユニットは、前記回転位相が遅角方向に変位する遅角制御モードと前記回転位相が進角方向に変位する進角制御モードとで前記制御系の時間応答性を変更する弁開閉時期調整システム。
【請求項2】
前記進角制御モードの時間応答性が、前記遅角制御モードの時間応答性に比べて高速となるように前記時間応答性が変更される請求項1に記載の弁開閉時期調整システム。
【請求項3】
前記油圧回路の油圧動特性に関する特性情報を取得する特性取得部が備えられ、前記特性情報に基づいて前記制御系の時間応答性がさらに変更される請求項1または2に記載の弁開閉時期調整システム。
【請求項4】
前記特性情報が前記油圧回路の油温、油圧、油圧ポンプの回転数、油劣化度のうち少なくとも1つを含む請求項3に記載の弁開閉時期調整システム。
【請求項5】
前記制御系が、前記回転位相の実際値をフィードバックして前記回転位相の実際値を前記回転位相の目標値に近づけるフィードバック制御系であり、前記時間応答性の変更は前記フィードバック制御系の時定数の変更により実現する請求項1から4いずれか一項に記載の弁開閉時期調整システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−19352(P2013−19352A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−154141(P2011−154141)
【出願日】平成23年7月12日(2011.7.12)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】