説明

摩擦材及びブレーキ装置の制輪子

【課題】代替可能な繊維基材によって摩擦係数を安定化させフェードやビルドアップの発生を抑えることができる摩擦材及びブレーキ装置の制輪子を提供する。
【解決手段】摩擦材4bは、繊維基材として生体溶解性繊維を含有する。このため、代替可能な生体溶解性繊維を使用することによって、現状の鉄道車両のディスクブレーキ装置に使用される摩擦材とほぼ同一の摩擦係数を維持しつつ、フェードやビルドアップの発生を抑えることができる。また、将来的に入手が困難になる可能性があるセラミックス繊維に代えて、代替可能な生体溶解性繊維を使用することによって、セラミックス繊維を含有する摩擦材とほぼ同一の摩擦係数を維持しつつ摩擦材4bを製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、被接触部と接触して摩擦力を発生させる摩擦材、及び制動力を発生させるブレーキ装置の制輪子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の摩擦材は、繊維基材としてセラミックス繊維などを含有し、結合剤としてフェノール樹脂を含有している(例えば、特許文献1参照)。このような従来の摩擦材は、セラミックス繊維などの特性によってブレーキパッドの強度及び耐熱性を保持しつつブレーキ音の発生を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005-029653号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の摩擦材は、繊維基材としてセラミックス繊維を使用しているが、セラミックス繊維は市場への供給量の低下が将来予測されており、入手が困難になる可能性があるという問題点がある。このため、セラミックス繊維と同等の機能を有し、代替可能な他の繊維基材が求められている。例えば、鉄道車両では、ディスクブレーキと制輪子との間の摩擦係数に合わせて車両が製造されている。このため、鉄道車両のブレーキ装置では、セラミックス繊維を含有する摩擦材が制輪子に使用されている場合に、セラミックス繊維の代替物として他の繊維基材に変更したときには、制輪子を変更する前の摩擦係数と制輪子を変更した後の摩擦係数とがほぼ同一であることが望ましい。また、鉄道車両のブレーキ装置では、ブレーキ作動時に発生する熱によって摩擦係数が急激に低下する現象(以下、フェードという)や、停止直前に摩擦係数が急激に上昇する現象(以下、ビルドアップという)などが問題となる。このため、セラミックス繊維の代替物として他の繊維基材に変更したときには、フェードやビルドアップの発生を抑える必要がある。
【0005】
この発明の課題は、代替可能な繊維基材によって摩擦係数を安定化させフェードやビルドアップの発生を抑えることができる摩擦材及びブレーキ装置の制輪子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、以下に記載するような解決手段により、前記課題を解決する。
なお、この発明の実施形態に対応する符号を付して説明するが、この実施形態に限定するものではない。
請求項1の発明は、被接触部(3a)と接触して摩擦力を発生させる摩擦材であって、繊維基材として生体溶解性繊維を含有することを特徴とする摩擦材(4b)である。
【0007】
請求項2の発明は、請求項1に記載の摩擦材において、前記生体溶解性繊維は、シリカ‐マグネシア‐カルシア系の繊維であることを特徴とする摩擦材である。
【0008】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2に記載の摩擦材において、前記生体溶解性繊維の配合量が8mass%以上10mass%以下であることを特徴とする摩擦材である。
【0009】
請求項4の発明は、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の摩擦材において、前記生体溶解性繊維の平均繊維径が3.5μm以上4.0μm未満であることを特徴とする摩擦材である。
【0010】
請求項5の発明は、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の摩擦材において、前記生体溶解性繊維のかさ密度が280kg/m3を超え372 kg/m3未満であることを特徴とする摩擦材である。
【0011】
請求項6の発明は、制動力を作用させるブレーキ装置の制輪子であって、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の摩擦材(4b)を備えることを特徴とするブレーキ装置の制輪子(4)。
【発明の効果】
【0012】
この発明によると、代替可能な繊維基材によって摩擦係数を安定化させフェードやビルドアップの発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の実施形態に係る摩擦材が使用されるブレーキ装置の模式図であり、(A)は非制動時の状態を示す模式図であり、(B)は制動時の状態を示す模式図である。
【図2】平均摩擦係数比とブレーキ初速度との関係を示すグラフであり、(A)はブレーキ押付け力が15kNであるときのグラフであり、(B)はブレーキ押付け力が25kNであるときのグラフである。
【図3】速度と瞬間摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図4】耐摩耗性の評価結果を示すグラフである。
【図5】攻撃性の評価結果を示すグラフである。
【図6】最大圧縮強度の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、この発明の実施形態について詳しく説明する。
図1は、この発明の実施形態に係る摩擦材が使用されるブレーキ装置の模式図であり、図1(A)は非制動時の状態を示す模式図であり、図1(B)は制動時の状態を示す模式図である。
図1に示す車軸1は、車両の車輪を取り付ける部材であり、図示しないレール上を転がり接触する車輪が両端部にそれぞれ取り付けられており、これらの車輪と一体となって回転する。
【0015】
ブレーキ装置2は、制動力を作用させる装置であり、ブレーキディスク3と制輪子4などを備えている。ブレーキ装置2は、ブレーキディスク3の摩擦面(摺動面)3aに発生する摩擦力によって制動させるディスクブレーキ装置であり、図示しないブレーキシリンダが発生する駆動力を制輪子4に伝達して摩擦面3aに制輪子4を圧着させブレーキ力を発生させる。図1に示すブレーキ装置2は、車軸1にブレーキディスク3が取り付けられた軸ディスク式のディスクブレーキ装置であり、例えば在来線の付随車(T車)などに使用されている。
【0016】
ブレーキディスク3は、制動時(ブレーキ時)に制輪子4が摩擦面3aに押し付けられる部材であり、車軸1の左右の車輪寄りにそれぞれ固定されており、車軸1と一体となって回転する円板状の摩擦材である。ブレーキディスク3の材質は、例えば、熱伝導性及び耐摩耗性から鋳鉄、鋳鋼又は鍛鋼などである。ブレーキディスク3は、摩擦面3aを備えており、この摩擦面3aは制輪子4と接触するブレーキ面でありブレーキディスク3の両面に形成されている。
【0017】
制輪子4は、ブレーキディスク3の摩擦面3aに押し付けられてブレーキ力を発生する部材であり、取付部4aと摩擦材(摩擦部材)4bなどを備えている。制輪子4は、図1に示すように、ブレーキディスク3を挟み込むように対向して一対配置されており、合成樹脂(レジン)を主体として成形された合成制輪子(レジン制輪子)である。取付部4aは、摩擦材4bを取り付ける部材であり、ブレーキシリンダが発生する駆動力によって摩擦材4bと一体となって往復移動する。取付部4aは、摩擦材4bの裏面と密着して支持可能なように板状に形成された金属製の裏金(裏板)である。
【0018】
摩擦材4bは、ブレーキディスク3の摩擦面3aと接触して摩擦力を発生させる部材であり、ブレーキディスク3の摩擦面3aに押し付けられてブレーキ力を発生するブレーキライニング(表張り)である。摩擦材4bは、ブレーキディスク3の摩擦面3aと対向する側の取付部4aの表面に固定されており、ブレーキシリンダが発生する駆動力によって摩擦面3aと接触及び離間する。図1に示す摩擦材4bは、繊維基材、結合剤及び摩擦調整剤などを含有する複合摩擦材(レジンブロック)である。摩擦材4bは、摩擦係数の速度特性を材料の組成によって調整可能であるとともに、降雪時や降雨時の湿潤条件にも対応可能であり、摩耗が少なく軽量であるため在来線の電車の制輪子などに使用される。
【0019】
繊維基材としては、生体溶解性繊維(バイオソルブルファイバー)、ロックウール繊維、アクリル繊維、アルミナ繊維、カーボン繊維、スチール繊維、アラミド繊維、セラミックス繊維、チタン酸カリウム又はこれらの2種以上の混合物などであり、代替可能で作業安全性を考慮すると耐熱性に優れた生体溶解性繊維が好ましい。繊維基材としては、現行品の摩擦材の一部であるセラミックス繊維を代替品である生体溶解性繊維に変更したものであり、アラミド繊維、生体溶解性繊維及びチタン酸カリウムの混合物である。生体溶解性繊維としては、低熱伝導率で優れた断熱効果を発揮し、柔軟性及び耐熱衝撃性に優れ、軽量で取り扱いが容易なシリカ(SiO2)−マグネシア(MgO)−カルシア(CaO)系生体溶解性繊維が好ましい。生体溶解性繊維は、8mass%を下回ると摩擦材としての効果が小さくなり、10mass%を超えると摩擦係数が安定化しないおそれがあるとともにフェード及びビルドアップが発生するおそれがあるため、8〜10mass%であることが好ましい。生体溶解性繊維の平均繊維径は、3.5μm未満であると摩擦材としての性能が期待できず、4.0μm以上であると同様に摩擦材としての性能が期待できないため、3.5μm以上4.0μmであることが好ましい。生体溶解性繊維のかさ密度は、280kg/m3以下であると製造時に繊維が十分にほぐれず、372kg/m3以上であると摩擦係数が安定化しないおそれがあるため、280kg/m3を超え372kg/m3未満であることが好ましい。
【0020】
結合剤としては、シリコン変性フェノール樹脂、フェノール樹脂、ゴム又はこれらの2種以上の混合物などであり、現行品の摩擦材で使用されているフェノール樹脂及びゴムが好ましい。ゴムとしては、ニトリルゴム又はアクリルゴムなどが好ましく、耐熱性及び耐摩耗性に優れ比較的安価なニトリルゴムが特に好ましい。
【0021】
摩擦調整剤としては、鉄粉、カシューダスト、黒鉛又はこれらの2種以上の混合物などが好ましい。鉄粉の配合量は、20mass%程度が好ましく、カシューダストの配合量は12mass%程度が好ましく、黒鉛の配合量は23mass%程度が好ましい。
【0022】
次に、この発明の実施形態に係る摩擦材の製造方法について説明する。
先ず、繊維基材、結合剤及び摩擦調整剤などを混練機によって均一に混合して混合物が生成される。次に、この混合物を所定の形状に成型するために、この混合物を成形金型に投入して加圧しながら加熱し、所定の形状の成型物が生成される。最後に、この成型物を熱処理することによって摩擦材4bが生成される。
【0023】
この発明の実施形態に係る摩擦材には、以下に記載するような効果がある。
(1) この実施形態では、繊維基材として生体溶解性繊維を含有する。このため、代替可能な生体溶解性繊維を使用することによって、現状の鉄道車両のディスクブレーキ装置に使用される摩擦材とほぼ同一の摩擦係数を維持しつつ、フェードやビルドアップの発生を抑えることができる。また、将来的に入手が困難になる可能性があるセラミックス繊維に代えて、代替可能な生体溶解性繊維を使用することによって、セラミックス繊維を含有する摩擦材とほぼ同一の摩擦係数を維持しつつ摩擦材4bを製造することができる。
【0024】
(2) この実施形態では、制動力を作用させるブレーキ装置2の制輪子4が摩擦材4bを備えている。このため、現状の鉄道車両のディスクブレーキと制輪子との間の摩擦係数にほぼ合致した制輪子4に交換することができる。このため、車両の基本構造を変更せずに、現状の制輪子に使用されているセラミックス繊維を代替可能な生体溶解性繊維に置き換えて、フェードやビルドアップの発生を抑えることができる。
【実施例】
【0025】
次に、この発明の実施例について説明する。
(試料)
摩擦材の摩擦係数とフェード及びビルドアップの発生とを確認するために、ブレーキライニングの試料(試験片)を複数作製し、これらの試料をブレーキ試験によって評価した。ブレーキ試験に使用した試料を以下の表1に示す。表1に示す試料A〜Dは、結合剤及び摩擦調整剤の組成及び配合量が全て同じである。
【0026】
【表1】

【0027】
表1に示す試料A(実施例)は、繊維基材としてアラミド繊維を5mass%、生体溶解性繊維を10mass%、チタン酸カリウムを15mass%含有し、結合材としてフェノール樹脂を5mass%、ニトリルゴムを10mass%含有し、摩擦調整剤として鉄粉を20mass%、カシューダストを12mass%、黒鉛を23mass%含有する。試料Aは、シリカ(SiO2)−マグネシア(MgO)−カルシア(CaO)系の生体溶解性繊維(ニチアス株式会社製の商品名:ファインフレックス-Eファイバー)を含有し、この生体溶解性繊維は化学成分としてSiO2を76mass%、MgO+CaOを22mass%、Al203を2mass%含有し、色調が白色、平均繊維径が3.5μm、かさ密度が282kg/m3、耐熱温度が1260℃、ショット含有率が0.29%である。試料Aは、繊維基材の組成が試料Dとは異なり、試料Dのセラミックス繊維を生体溶解性繊維に置き換えている。ここで、「平均繊維径」とは、走査型電子顕微鏡によって生体溶解性繊維を撮影して、100〜5000倍の写真上でこの生体溶解性繊維径を測定し、100ヶ所の平均により求めた値である。「かさ密度」とは、体積が既知の容器に粉体を充填して質量を測定したときにこの質量を体積で除した値であり、単位かさ体積当りの粉体質量である。「ショット含有率」とは、繊維になりきれないで粒子のまま残るものをショット(非繊維状粒子)としたときにこのショットの製品中の重量百分率である。
【0028】
表1に示す試料B(比較例1)は、繊維基材、結合剤及び摩擦調整剤の組成及び配合量が試料Aと同じであり、試料Aと同じ化学成分の生体溶解性繊維(ニチアス株式会社製の商品名:ファインフレックス-Eファイバー)を含有し、色調及び耐熱温度も試料Aと同じであるが、この生体溶解性繊維は試料Aとは異なり、平均繊維径が4.0μm、かさ密度が280kg/m3、ショット含有率が0.13%である。試料Bは、試料Aよりも平均繊維径が大きく、かさ密度が小さい。
【0029】
試料C(比較例2)は、繊維基材、結合剤及び摩擦調整剤の組成及び配合量が試料A,Bと同じであり、試料A,Bと同じ化学成分の生体溶解性繊維(ニチアス株式会社製の商品名:ファインフレックス-Eファイバー)を含有し、色調及び耐熱温度も試料Aと同じであるが、この生体溶解性繊維は試料Bとは異なり、平均繊維径が3.5μm、かさ密度が372kg/m3、ショット含有率が0.26%である。試料Cは、試料Aと平均繊維径が同じであるが、かさ密度が大きい。
【0030】
試料D(現行品)は、結合剤及び摩擦調整剤の組成及び配合量が試料A〜Cと同じであるが、繊維基材としてアラミド繊維を5mass%、セラミックス繊維を10mass%、チタン酸カリウムを15mass%含有する。試料Dは、鉄道車両のディスクブレーキ装置の制輪子に現在使用されている摩擦材(現行品)である。
【0031】
(試料の製造方法)
表1に示す繊維基材、結合剤及び摩擦調整剤を計量して混練機によって均一に混合した後に、各混合物を成型金型に投入し、加圧圧力20MPa、温度130℃で25分間成型した。その後、さらに150℃で7時間熱処理して所定の形状に切削加工し試料A〜Dのブレーキライニングを得た。
【0032】
(攪拌性の評価結果)
試料A〜Cを製造するときにこれらの試料A〜Cの攪拌性を評価した。ここで、「攪拌性」とは、材料の混ざりやすさを意味し、攪拌性が悪いと繊維が十分にほぐれずダマ状になり、このようなダマ状になると繊維材料の性能が発揮されず、結果としてライニングの耐熱性が低下して、高速でのブレーキ時にフェードが起こる。表1に示すように、試料A〜Cのいずれについても攪拌性は良好であった。
【0033】
(ブレーキ試験)
表1に示す試料A〜Dを実物大ブレーキ試験機によって以下の試験条件及びすり合わせ条件で試験を実施し、各試料A〜Dの摩擦係数を測定項目として測定した。試験条件は、ブレーキディスクに鋳鉄材(NCM)を使用し、慣性モーメントを1270.0kg・m2、ブレーキ初速度を35 km/h, 65km/h,95km/h,125km/h、ブレーキ押付け力を15kN,25kN、ブレーキ押付け力毎にブレーキ回数を4通りのブレーキ初速度の組み合わせで各5回、ブレーキ開始時のブレーキディスク温度を60℃とした。すり合わせ条件は、ブレーキディスクに鋳鉄材(NCM)を使用し、慣性モーメントを1270.0kg・m2、ブレーキ初速度を65km/h、ブレーキ押付け力を15kN、ブレーキ回数を100回、ブレーキ開始温度を60℃とした。ここで、ブレーキ初速度とは、ブレーキ動作開始時の車両換算速度であり、すり合わせ条件とは摩擦係数を安定化させるために、ブレーキディスクの摩擦面と試料A〜Dの摩擦面とを予め接触させるときの条件である。
【0034】
(摩擦係数の評価結果)
ブレーキ試験の結果から試料A〜Dの摩擦係数を評価した。ここで、「摩擦係数」とは、初速度125km/hからブレーキ押付け力25kNでブレーキをかけたときに、ブレーキディスクが停止するまでの平均摩擦係数である。表1に示すように、試料A(実施例)については、試料D(現行品)と同様の摩擦係数であったが、試料B,C(比較例1,2)については試料A,Dよりも摩擦係数が劣っていた。このため、生体溶解性繊維の平均繊維径が4μm以上である場合には摩擦係数が劣り、生体溶解性繊維のかさ密度が372kg/m3以上である場合にも摩擦係数が劣ることが確認された。その結果、生体溶解性繊維の平均繊維径としては3.5μm以上4μm未満であることが好ましく、生体溶解性繊維のかさ密度としては282kg/m3以上372kg/m3未満であることが好ましい。
【0035】
図2は、平均摩擦係数比とブレーキ初速度との関係を示すグラフであり、図2(A)はブレーキ押付け力が15kNであるときのグラフであり、図2(B)はブレーキ押付け力が25kNであるときのグラフである。
図2に示す縦軸は、平均摩擦係数比であり、横軸はブレーキ初速度(km/h)である。ここで、平均擦係数比は、試料Aの摩擦係数/試料Dの摩擦係数である。図2(A)に示すように、実際の鉄道車両の常用ブレーキに相当するブレーキ押付け力が15kNであるときのブレーキ初速度が35 km/h, 65km/h,95km/h,125km/hにおける摩擦係数比がほぼ1.00でばらつきが少なく、常用ブレーキ作動時の試料Aの性能が試料Dの性能とほぼ同一であることが確認された。また、図2(B)に示すように、実際の鉄道車両の非常ブレーキに相当するブレーキ押付け力が25kNであるときのブレーキ初速度が35 km/h, 65km/h,95km/h,125km/hにおける摩擦係数比も略1.00でばらつきが少なく、非常ブレーキ作動時の試料Aの性能が試料Dの性能とほぼ同一であることが確認された。
【0036】
図3は、速度と瞬間摩擦係数との関係を示すグラフである。
図3に示す縦軸は、瞬間摩擦係数であり、横軸は速度である。図3に示すグラフは、試料Aの測定結果と試料Cの測定結果とを重ね合わせて示しており、実線はブレーキ初速度125km/h、ブレーキ押付け力25kNで試料Aの摩擦係数を5回測定したときの測定結果の平均値であり、鎖線はブレーキ初速度125km/h、ブレーキ押付け力25kNで試料Dの摩擦係数を5回測定したときの測定結果の平均値である。試料Aは、試料Dと同様にフェードが見られず摩擦係数も安定しており、ビルドアップも見られないことが確認された。このため、試料Dのセラミックス繊維を試料Aの生体溶解性繊維に変更することによって、試料A(実施例)が試料D(現行品)とほぼ同等の摩擦係数を得られ、フェード及びビルドアップについても良好になることが確認された。
【0037】
(耐摩耗性の評価結果)
図4は、耐摩耗性の評価結果を示すグラフである。
図4に示す縦軸は、ブレーキライニング側の摩耗量(mm)である。ここで、「耐摩耗性」とは、ブレーキディスクにブレーキライニングを押し付けたときにブレーキライニング側の摩耗のし難さを評価するものである。図4に示すように、ブレーキ試験後の試料A,Dの摩耗量を比較すると、試料Aの摩耗量のほうが試料Dの摩耗量よりも僅かに少なく、試料A(実施例)のほうが試料D(現行品)に比べて耐摩耗性が優れていることが確認された。なお、表1に示すように、試料B,Cについては試料Aに比べて摩擦係数が劣っているため耐摩耗性の評価については省略した。
【0038】
(攻撃性の評価結果)
図5は、攻撃性の評価結果を示すグラフである。
図5に示す縦軸は、ブレーキディスク側の摩耗量(μm2)である。ここで、「攻撃性」とは、ブレーキディスクにブレーキライニングを押し付けたときにブレーキディスク側がどれだけ削るかを評価するものであり、攻撃性が高いとブレーキディスクの摩耗が増大する。図5に示すように、ブレーキ試験後のブレーキディスクの摩耗量を比較すると、試料Aを押し付けたときのブレーキディスクの摩耗量のほうが試料Dを押し付けたときのブレーキディスクの摩耗量よりも僅かに少なく、試料A(実施例)のほうが試料D(現行品)に比べて攻撃性が低いことが確認された。なお、表1に示すように、試料B,Cについては試料Aに比べて摩擦係数が劣っているため攻撃性の評価について省略した。
【0039】
(圧縮強度の評価結果)
図6は、最大圧縮強度の評価結果を示すグラフである。
図6に示す縦軸は最大圧縮強度(N/mm2)である。ここで、「圧縮強度」とは、ブレーキライニングの強度を評価するものであり、圧縮強度が低下するとブレーキ作動時にブレーキライニングが損傷する原因となることがある。図6に示す「最大圧縮強度」とは、試料A,Dを同一の大きさの立方体に成形し、それぞれの試料A,Dに圧縮力を徐々に加えたときに、これらの試料A,Dが耐えられる最大圧縮荷重をこの圧縮力に垂直な試料A,Dの断面積で除した値である。図6に示すように、試料A,Dの最大圧縮強度を比較すると、試料Aの最大圧縮強度のほうが試料Dの最大圧縮強度よりも高く、試料A(実施例)のほうが試料D(現行品)に比べて圧縮強度が優れていることが確認された。なお、表1に示すように、試料B,Cについては試料Aに比べて摩擦係数が劣っているため圧縮強度の評価について省略した。
【0040】
以上の測定結果より、現行品のセラミックス繊維を生体溶解性繊維に代替可能であることが確認された。また、現行品のセラミックス繊維を生体溶解性繊維に置き換えた場合であっても、摩擦係数が安定化しフェード及びビルドアップを抑えることができるとともに、攪拌性、耐摩耗性、攻撃性及び圧縮強度のいずれについても優れていることが確認された。
【0041】
この発明は、以上説明した実施形態に限定するものではなく、以下に記載するように種々の変形又は変更が可能であり、これらもこの発明の範囲内である。
この実施形態では、鉄道車両のディスクブレーキ装置を例に挙げて説明したが、自動車、自動二輪車又は自転車などのディスクブレーキ装置についてもこの発明を適用することができる。また、この実施形態では、ブレーキ装置2としてディスクブレーキ装置を例に挙げて説明したが、車輪踏面に制輪子を押し付けてこの車輪踏面に発生する摩擦力によって制動させる踏面ブレーキ装置についても、この発明を適用することができる。例えば、車輪踏面と制輪子との間の隙間がなくなる程度の弱い圧力をこれらの摩擦面に作用させて、降雪時や低温時にこの隙間に雪や氷が堆積するのを防止する耐雪ブレーキの制輪子に使用することもできる。さらに、この実施形態では、ブレーキ装置2の摩擦材4bを例に挙げて説明したが、駆動側から被駆動側に動力を伝達するクラッチ装置の摩擦材についても、この発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0042】
1 車軸
2 ブレーキ装置
3 ブレーキディスク
3a 摩擦面(被接触面)
4 制輪子
4a 取付部
4b 摩擦材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被接触部と接触して摩擦力を発生させる摩擦材であって、
繊維基材として生体溶解性繊維を含有すること、
を特徴とする摩擦材。
【請求項2】
請求項1に記載の摩擦材において、
前記生体溶解性繊維は、シリカ‐マグネシア‐カルシア系の繊維であること、
を特徴とする摩擦材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の摩擦材において、
前記生体溶解性繊維の配合量が8mass%以上10mass%以下であること、
を特徴とする摩擦材。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の摩擦材において、
前記生体溶解性繊維の平均繊維径が3.5μm以上4.0μm未満であること、
を特徴とする摩擦材。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の摩擦材において、
前記生体溶解性繊維のかさ密度が280kg/m3を超え372 kg/m3未満であること、
を特徴とする摩擦材。
【請求項6】
制動力を作用させるブレーキ装置の制輪子であって、
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の摩擦材を備えること、
を特徴とするブレーキ装置の制輪子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−16877(P2011−16877A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−161040(P2009−161040)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【出願人】(000221616)東日本旅客鉄道株式会社 (833)
【Fターム(参考)】