説明

摺動構造及び摺動部材

【課題】摺動界面におけるさらなる低摩擦化と耐久性向上とを図る。
【解決手段】第1摺動面1aを有する第1摺動部材1と、第1摺動面1aと摺動接触する第2摺動面2aを有する第2摺動部材2とを備え、第1摺動面1a及び第2摺動面2a同士の摺動界面にエステル系潤滑剤3が介在される。第1摺動部材1は、金属基材11と、この金属基材11の表面に形成された樹脂コート層12とを備える。樹脂コート層12は、バインダ樹脂121と、このバインダ樹脂121中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤(イモゴライト)122とを備える。第2摺動部材2は金属材料よりなる。イモゴライトとエステル系潤滑剤3のエステル基との化学結合によって、樹脂コート層12の表面により構成される第1摺動面1aに、エステル系潤滑剤3よりなる油膜が化学的に結合されて形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動構造及び摺動部材に関し、詳しくはバインダ樹脂とこのバインダ樹脂中に分散して保持された充填剤とを備えた樹脂部の表面により摺動面が構成され、使用時にこの摺動面に潤滑剤が供給される摺動構造及び摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
プロペラシャフトは、車両のフロントに搭載されているエンジンからの動力を、トランスミッション(変速機)を経てリア・デファレンシャル・ギアボックスへ伝える回転軸である。このプロペラシャフトには、車両の走行中、シャフト長の変化を吸収する機能が求められる。このため、プロペラシャフトは、内面に雌型スプライン溝が刻設されたスプラインスリーブに雄型スプラインシャフトを摺動自在に挿入、嵌合して構成されている。
【0003】
このようなプロペラシャフトにおいては、ステンレス鋼等よりなるスプラインスリーブ及びスプラインシャフトの摺動界面に、添加剤による極圧性向上等を狙った潤滑剤としてグリースを介在させている。しかし、摺動界面における固体接触部では金属摩耗が起こり、その摩耗分がグリース中に混入する。その結果、摺動界面における摩擦係数が増大してしまう。
【0004】
そこで、鋼材等よりなるスプラインシャフト及びスプラインシャフトにおいて、スプラインシャフトの内面に樹脂コーティングを施したプロペラシャフトが知られている(例えば、特許文献1参照)。このプロペラシャフトでは、樹脂コート層により金属接触を回避できるので、摺動界面における摩擦係数を低減させることが可能になる。
【0005】
しかしながら、樹脂コート層を構成する樹脂には、グリース中の基油と結合する極性基がない。このため、樹脂コート層の表面に油膜が形成され難く、摺動界面における摩擦係数を大きく低減させることが困難である。また、樹脂コート層を構成する樹脂が自己摩耗するため、樹脂コート層の耐久性を確保することが困難である。
【0006】
なお、第1摺動部材と第2摺動部材とからなり、両部材の摺動界面に潤滑油を供給する摺動構造において、第1摺動部材及び第2摺動部材がポリアミドイミド等の合成樹脂よりなるものも知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
また、樹脂の代わりにダイヤモンドライクカーボンを摺動面にコーティングする技術も知られている。しかし、ダイヤモンドライクカーボン処理では、大型品を処理する際にバッチ処理が必要となり、また相手材攻撃性を抑えるべく下地面粗度を鏡面化により小さくする必要がある。このため、ダイヤモンドカーボン処理は、樹脂コート処理と比べて、生産性やコスト面で不利となる。
【特許文献1】特開平9−105421号公報
【特許文献2】特開2001−132757号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明上記実情に鑑みてなされたものであり、摺動界面におけるさらなる低摩擦化と耐久性向上とを図ることを解決すべき技術課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明の摺動構造は、第1摺動面を有する第1摺動部材と、該第1摺動面と摺動接触する第2摺動面を有する第2摺動部材とを備え、該第1摺動面及び該第2摺動面同士の摺動界面に潤滑剤が介在される摺動構造であって、前記第1摺動面及び前記第2摺動面のうちの少なくとも一方が、バインダ樹脂と該バインダ樹脂中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤とを備えた、樹脂部の表面により構成され、前記潤滑剤がエステル系潤滑剤であり、かつ前記ナノチューブ状充填剤がイモゴライトよりなることを特徴とする。
【0010】
ここに、前記ナノチューブ状充填剤におけるナノチューブ状とは、外径がナノオーダーのチューブ状(管状)のことである。
【0011】
イモゴライトは、ナノチューブ状のアルミノシリケイト((OH)AlSiOH)である。このイモゴライト中のSi原子は、エステル系潤滑剤(R−COO−R’)のエステル基(−COO)中のO原子と容易に結合する。このため、バインダ樹脂にイモゴライトを分散、保持してなる樹脂部の表面により構成された摺動面には、イモゴライトとエステル基との化学結合によって、エステル系潤滑剤よりなる油膜が化学的に結合されて形成される。この摺動面に化学的に結合された油膜は、摺動面に安定に保持される。
【0012】
また、前記樹脂部の表面により構成された摺動面には、該樹脂部中に分散するナノチューブ状のイモゴライトの一部が互いに絡み合いながら露出している。互いに絡み合ったイモゴライト同士の間には多数の微小隙間が形成されている。この摺動面に供給された潤滑剤は、イモゴライト同士の微小隙間に入り込んで保持される。このため、この摺動面に対して潤滑剤が機械的に結合される。
【0013】
したがって、前記樹脂部の表面により構成された摺動面には、化学的結合力及び機械的結合力によって、潤滑剤が安定に保持される。
【0014】
よって、第1摺動面及び前記第2摺動面のうちの少なくとも一方が、ナノチューブ状充填剤としてのイモゴライトを分散させて保持する樹脂部の表面により構成された、本発明の摺動構造によると、第1摺動面と第2摺動面との摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0015】
また、前記樹脂部に分散して保持されたイモゴライトが補強材として機能することで、この樹脂部の機械的強度が向上する。このため、前記樹脂部の自己摩耗を低減させることができ、前記樹脂部の耐久性を向上させることが可能となる。
【0016】
本発明の摺動構造は、下記(1)〜(4)に示される構成のうちの少なくとも一つを有することが好ましい。本発明の摺動構造は、下記(1)〜(4)の各項に示される構成をそれぞれ単独で有してもよいし、下記(1)〜(4)の各項に示される構成を二つ以上組み合わせて有してもよい。
【0017】
(1)前記エステル系潤滑剤は、エステル基油を含むエステル油系グリースであることが好ましい。
【0018】
(2)前記バインダ樹脂は、ポリアミドイミド、ポリアミド、ポリイミド、ポリアセタール及びポリカーボネートよりなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0019】
(3)前記第1摺動部材及び前記第2摺動部材のうちの一方は、金属材料よりなる金属基材と、該金属基材の表面に形成されて前記樹脂部を構成する樹脂コート層とからなり、かつ前記第1摺動部材及び前記第2摺動部材のうちの他方は金属材料よりなることが好ましい。
【0020】
(4)前記第1摺動部材は、互いに摺動可能に嵌合してプロペラシャフトを構成するスプラインシャフト及びスプラインスリーブの一方であり、かつ前記第2摺動部材は該スプラインシャフト及び該スプラインスリーブの他方であることが好ましい。
【0021】
また、上記課題を解決する本発明の摺動部材は、相手材と摺動接触する摺動面にエステル系潤滑剤が供給されつつ使用される摺動部材であって、前記摺動面が、バインダ樹脂と該バインダ樹脂中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤とを備えた、樹脂部の表面により構成され、前記ナノチューブ状充填剤がイモゴライトよりなることを特徴とする。
【0022】
この摺動部材では、摺動面が、ナノチューブ状充填剤としてのイモゴライトをバインダ樹脂に分散、保持してなる樹脂部の表面により構成されている。このため、この摺動面には、イモゴライトとエステル基との化学結合によって、エステル系潤滑剤よりなる油膜が化学的に結合されて形成される。また、潤滑剤がイモゴライト同士の微小隙間に入り込むことで、この摺動面に対して潤滑剤が機械的に結合される。
【0023】
したがって、前記樹脂部の表面により構成された摺動面には、化学的結合力及び機械的結合力によって、潤滑剤が安定に保持される。よって、摺動面が、ナノチューブ状充填剤としてのイモゴライトを分散させて保持する樹脂部の表面により構成された、本発明の摺動部材によると、前記摺動面と相手材との摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0024】
また、前記樹脂部に分散して保持されたイモゴライトが補強材として機能することで、この樹脂部の機械的強度が向上する。このため、前記樹脂部の自己摩耗を低減させることができ、前記樹脂部の耐久性を向上させることが可能となる。
【0025】
本発明の摺動部材は、下記(5)〜(7)に示される構成のうちの少なくとも一つを有することが好ましい。本発明の摺動部材は、下記(5)〜(7)の各項に示される構成をそれぞれ単独で有してもよいし、下記(5)〜(7)の各項に示される構成を二つ以上組み合わせて有してもよい。
【0026】
(5)前記バインダ樹脂は、ポリアミドイミド、ポリアミド、ポリイミド、ポリアセタール及びポリカーボネートよりなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0027】
(6)本発明の摺動部材は、金属材料よりなる金属基材と、該金属基材の表面に形成されて前記樹脂部を構成する樹脂コート層とからなることが好ましい。
【0028】
(7)本発明の摺動部材は、互いに摺動可能に嵌合してプロペラシャフトを構成するスプラインシャフト及びスプラインスリーブのうちの一方であることが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
したがって、本発明の摺動構造及び摺動部材によると、前記樹脂部の表面により構成された摺動面に対して、化学的結合力及び機械的結合力によって、エステル系潤滑剤を安定に保持させることができるので、摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることが可能となる。
【0030】
また、前記樹脂部の機械的強度の向上により、前記樹脂部の自己摩耗を低減させて前記樹脂部の耐久性を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の摺動構造及び摺動部材の実施形態について詳しく説明する。なお、説明する実施形態は実施形態例にすぎず、本発明の摺動構造及び摺動部材は、下記実施形態に限定されるものではない。本発明の摺動構造及び摺動部材は、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【0032】
(実施形態1)
図1は、実施形態1の摺動構造及び摺動部材の構成を模式的に示す。
【0033】
実施形態1の摺動構造は、第1摺動面1aを有する第1摺動部材1と、第1摺動面1aと摺動接触する第2摺動面2aを有する第2摺動部材2とを備えている。この第1摺動面1a及び第2摺動面2a同士の摺動界面には、潤滑剤(エステル系潤滑剤)3が介在される。
【0034】
第1摺動部材1は本発明の摺動構造における第1摺動部材に含まれ、第2摺動部材2は本発明の摺動構造における第2摺動部材に含まれる。また、第1摺動部材1は本発明の摺動部材に含まれ、第2摺動部材2は本発明の摺動部材における相手材に含まれる。
【0035】
第1摺動部材1は、要部が図2の断面図に模式的に示されるように、金属材料よりなる金属基材11と、金属基材11の表面に形成された樹脂コート層12とからなる。樹脂コート層12は、本発明の摺動構造及び摺動部材における樹脂部に含まれる。なお、図1においては、金属基材11の外周面のうち斜め格子線で示される部分Pに樹脂コート層12が形成されている。
【0036】
第2摺動部材2は金属材料よりなる。
【0037】
したがって、実施形態1の摺動構造では、第1摺動部材1の樹脂コート層12の表面により構成された第1摺動面1aと、金属材料よりなる第2摺動部材2の表面により構成された第2摺動面2aとが、その摺動界面にエステル系潤滑剤3を介在させつつ互いに摺動接触する。
【0038】
第1摺動部材1の金属基材11及び第2摺動部材2の金属材料の種類としては特に限定されず、摺動部材やその基材として要求される機械的強度等の特性を満たす金属を適宜採択することができる。好ましい金属材料としては、例えば、ステンレス鋼や鉄鋼等の鉄基合金、アルミニウム又はアルミニウム合金を挙げることができる。なお、第1摺動部材1の金属基材11の金属材料と、第2摺動部材2の金属材料とは、同種であっても、あるいは異種であってもよい。
【0039】
実施形態1では、第1摺動部材1の金属基材11の金属材料及び第2摺動部材2の金属材料として、いずれもステンレス鋼を採用した。
【0040】
第1摺動部材1の樹脂コート層12は、バインダ樹脂121と、バインダ樹脂121中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤122とを備える。すなわち、第1摺動部材1の第1摺動面1aは、バインダ樹脂121と、バインダ樹脂121中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤122とを備える樹脂部としての樹脂コート層12の表面により構成される。
【0041】
樹脂コート層12のバインダ樹脂121を構成する樹脂材料の種類としては特に限定されず、摺動部材の樹脂コート層として要求される耐熱性や機械的強度等の特性を満たす樹脂を適宜採択することができる。好ましい樹脂材料としては、所謂エンジニアリングプラスチックスを挙げることができる。このエンジニアリングプラスチックスとしては、例えば、ポリアミドイミド(PAI)、ポリアミド(PA)、ポリイミド(PI)、ポリアセタール(POM)やポリカーボネート(PC)を挙げることができる。なお、バインダ樹脂121は1種類の樹脂材料から構成してもよいし、複数種類の樹脂材料から構成してもよい。
【0042】
実施形態1では、バインダ樹脂121の樹脂材料として、エンジニアリングプラスチックスの一種であるポリアミドイミドを採用した。
【0043】
樹脂コート層12のナノチューブ状充填剤122は、イモゴライトよりなる。このイモゴライトよりなるナノチューブ状充填剤122の径や長さは特に限定されない。例えば、ナノチューブ状充填剤122として、外径:2nm〜2.8nm、内径:0.5nm〜1.2nm、長さ:数十nm〜数μmのものを採用することができる。
【0044】
第1摺動面1aに形成される油膜を、機械的結合により、より強く保持する観点からは、ナノチューブ状充填剤122の長さは長い方が好ましい。したがって、ナノチューブ状充填剤122の長さは0.1μm以上とすることが好ましく、1μm以上とすることがより好ましい。ただし、樹脂コート層12の表面性状(粗さ)の観点より、ナノチューブ状充填剤122の長さは10μm以下とすることが好ましく、5μm以下とすることがより好ましい。
【0045】
樹脂コート層12のナノチューブ状充填剤122に用いるイモゴライトとしては、天然物の精製品であってもよいし、あるいは人工合成品であってもよい。
【0046】
天然物の精製によりイモゴライトを得るには、例えば、火山灰土壌中に風化生成物として存在する天然イモゴライトの風化浮石からイモゴライトを水簸操作で分離し、溶解により不純物を除去すればよい。
【0047】
人工的にイモゴライトを合成するには、例えば、オルトケイ酸ナトリウム水溶液と塩化アルミニウム水溶液とを混合後、この混合液に水酸化ナトリウム水溶液を滴下し、前駆体を形成した後、この前駆体を脱塩し、加熱すればよい。
【0048】
樹脂コート層12におけるナノチューブ状充填剤122の配合割合は、樹脂コート層12の全体を100体積%としたとき、5〜30体積%であることが好ましく、10〜20体積%であることがより好ましい。樹脂コート層12におけるナノチューブ状充填剤122の配合割合が少なすぎると、ナノチューブ状充填剤122の比表面積の低下により、ナノチューブ状充填剤122による効果を有効に発揮させることが困難となり、ナノチューブ状充填剤122の配合割合が多すぎると、バインダ樹脂121の量の低下により、樹脂コート層12における必要な強度を確保することが困難になる。
【0049】
樹脂コート層12の厚さとしては、特に限定はされないが、摺動面における要求特性、金属基材11の種類や、摺動面の表面粗さ等を考慮して適宜設定することができる。樹脂コート層12の厚さは、1〜15μmとすることが好ましく、5〜10μmとすることがより好ましい。樹脂コート層12が薄すぎると、樹脂コート層12による効果を有効に発揮させることが困難となり、樹脂コート層12が厚すぎると、歪みによる変形量が大きくなり、品質低下につながる。
【0050】
また、樹脂コート層12の表面粗さも、特に限定はされないが、摺動面における要求特性、金属基材11の種類や、摺動面の表面粗さ等を考慮して適宜設定することができる。樹脂コート層12の表面粗さは、Ra(算術平均高さ、JIS B0601:2001)で、0.01〜0.05μmとすることが好ましく、0.01〜0.03μmとすることがより好ましい。樹脂コート層12の表面粗さが粗すぎると、表面粗さによる突起部が油膜を破って微視的な無潤滑状態となるため、低摩擦係数化が困難となる。したがって、樹脂コート層12の表面粗さの程度は低いほど好ましい。
【0051】
なお、樹脂コート層12は、摺動部材の摺動面全体に形成されるが、摺動面の一部のみに形成するようにしてもよい。
【0052】
また、本発明の摺動構造又は摺動部材における樹脂部としての樹脂コート層12は、ナノチューブ状充填剤122以外の他の充填剤、例えば耐摩耗剤として微小粒径の硬質粒子(アルミナ粒子等)を含んでいてもよい。
【0053】
金属基材11に樹脂コート層12を形成するには、バインダ樹脂121を所定の溶剤に溶かした溶液中にナノチューブ状充填剤122を混入してから、金属基材11の表面に塗布、焼成すればよい。
【0054】
第1摺動面1a及び第2摺動面2a同士の摺動界面には、エステル系潤滑剤3が介在される。なお、摺動界面には、エステル系潤滑剤3以外の潤滑剤がエステル系潤滑剤3と共に介在されてもよい。
【0055】
エステル系潤滑剤3としては、エステル基油を含む半固体状のエステル油系グリースであってもよいし、あるいは液状のエステル油であってもよい。ただし、摺動面に対する油膜の結合力を考慮すれば、粘度の高いグリースの方がイモゴライト同士の微小隙間に保持され易いので好ましい。
【0056】
エステル油系グリースとしては、エステル基を有するエステル油を基油として含むものであればよい。なお、エステル油以外の基油、例えばエーテル油、鉱油やシリコーン油をエステル油と共に含むグリースであってもよい。また、エステル油としては、潤滑剤の成分として使用できるものであれば、天然油であるか合成油であるかは問わない。
【0057】
エステル油系グリースに含まれる好ましいエステル基油としては、例えばポリオールエステル基油やジエステル基油を挙げることができる。
【0058】
また、エステル油系グリースに含まれるエステル基油としては、100℃における基油粘度が20〜500mm/Sであるものが好ましく、20〜100mm/Sのものがより好ましい。エステル基油の粘度が低すぎると油膜の保持が困難となって潤滑性が低下し、高すぎると流動性が悪くなって低摩擦係数化の妨げとなる。
【0059】
エステル油系グリースに含まれる増ちょう剤としては、各種の金属せっけん系材料や非金属せっけん系材料を挙げることができる。また、エステル油系グリースには、エステル基油及び増ちょう剤の他に、酸化防止剤、清浄剤や摩耗防止剤等を適宜添加してもよい。
【0060】
また、エステル油系グリースのちょう度としては、265〜340であることが好ましく、295〜310であることがより好ましい。エステル油系グリースのちょう度が低すぎるとエステル油系グリースが塗布部位から流出していまい、高すぎると流動性が悪くなって低摩擦係数化の妨げとなる。
【0061】
実施形態1では、エステル系潤滑剤3として、エステル油系グリースを採用した。
【0062】
さらに、実施形態1の摺動構造では、第1摺動部材1がスプラインシャフトであり、第2摺動部材2がスプラインスリーブである。これらのスプラインシャフト及びスプラインスリーブは、互いに摺動可能に嵌合してプロペラシャフトを構成する。すなわち、実施形態1の摺動構造では、第1摺動部材1の外周面及び第2摺動部材2の内周面が互いに摺動接触する摺動面となる。
【0063】
上記構成を有する実施形態1の摺動構造及び摺動部材では、第1摺動部材1の第1摺動面1aが樹脂コート層12の表面により構成されており、この樹脂コート層12にはナノチューブ状充填剤122としてのイモゴライトが分散して保持されている。また、第1摺動部材1の第1摺動面1aと第2摺動部材2の第2摺動面2aとの摺動界面には、エステル系潤滑剤3としてのエステル油系グリースが介在される。このため、イモゴライトとエステル基との化学結合によって、エステル油系グリースよりなる油膜が第1摺動面1aに化学的に結合されて形成される。この第1摺動面1aに化学的に結合された油膜は、第1摺動面1aに安定に保持される。
【0064】
また、第1摺動面1aには、樹脂コート層12中に分散するナノチューブ状のイモゴライトの一部が互いに絡み合いながら露出している。互いに絡み合ったイモゴライト同士の間には多数の微小隙間が形成されている。このため、第1摺動面1aに供給されたエステル系潤滑剤3としてのエステル油系グリースは、イモゴライト同士の微小隙間に入り込んで強く保持され、その結果第1摺動面1aに対してエステル油系グリースよりなる油膜が機械的に結合される。
【0065】
したがって、第1摺動面1aには、化学的結合力及び機械的結合力によって、エステル油系グリースよりなる油膜が安定に保持される。よって、第1摺動面1aと第2摺動面2aとの摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0066】
また、樹脂コート層12に分散して保持されたナノチューブ状充填剤122としてのイモゴライトが補強材として機能することで、この樹脂コート層12の機械的強度が向上する。このため、樹脂コート層12の自己摩耗を低減させることができ、樹脂コート層12の耐久性を向上させることが可能となる。
【0067】
なお、実施形態1の摺動構造又は摺動部材において、この摺動構造又は摺動部材が適用される箇所や部品等の機械的強度等の要求特性を満たせば、第1摺動部材1の金属基材11を構成する金属材料及び第2摺動部材2を構成する金属材料のうちの少なくとも一方を、エンジニアリングプラスチックス又はセラミックス等としてもよい。
【0068】
(実施形態2)
図3に示される実施形態2の摺動構造では、第2摺動部材2が、第1摺動部材1と同様の構成とされている。
【0069】
すなわち、実施形態2の摺動構造における第2摺動部材2は、実施形態1の摺動構造における第1摺動部材1の金属基材11と同様の金属基材21と、この金属基材21の表面に形成され、実施形態1の摺動構造における第1摺動部材1の樹脂コート層12と同様の樹脂コート層22とからなる。樹脂コート層22は、バインダ樹脂221と、バインダ樹脂221中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤222とを備える。
【0070】
したがって、実施形態2の摺動構造では、第1摺動部材1の樹脂コート層12の表面により構成された第1摺動面1aと、第2摺動部材2の樹脂コート層22の表面により構成された第2摺動面2aとが、その摺動界面にエステル系潤滑剤(エステル油系グリース)3を介在させつつ互いに摺動接触する。
【0071】
このため、実施形態2の摺動構造では、第1摺動部材1の樹脂コート層12の表面により構成された第1摺動面1aと、第2摺動部材2の樹脂コート層22の表面により構成された第2摺動面2aとの双方に、化学的結合力及び機械的結合力によって、エステル油系グリースよりなる油膜が安定に保持される。したがって、第1摺動面1aと第2摺動面2aとの摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0072】
また、第1摺動面1a及び第2摺動面2aの双方において、樹脂コート層12及び22の自己摩耗を低減させることができ、樹脂コート層12及び22の耐久性を向上させることが可能となる。
【0073】
その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、その説明を省略する。
【0074】
なお、実施形態2の摺動構造又は摺動部材において、この摺動構造又は摺動部材が適用される箇所や部品等の機械的強度等の要求特性を満たせば、第1摺動部材1の金属基材11を構成する金属材料及び第2摺動部材2の金属基材21を構成する金属材料のうちの少なくとも一方を、エンジニアリングプラスチックス又はセラミックス等としてもよい。
【0075】
(実施形態3)
図4に示される実施形態3の摺動構造では、第1摺動部材1の全体が本発明の摺動構造及び摺動部材における樹脂部により構成されている。
【0076】
すなわち、実施形態3の摺動構造では、第1摺動部材1が、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のバインダ樹脂121と同様のバインダ樹脂101と、バインダ樹脂101中に分散して保持され、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のナノチューブ状充填剤122と同様のナノチューブ状充填剤102とを備える。
【0077】
したがって、実施形態3の摺動構造では、第1摺動部材1の第1摺動面1aは、バインダ樹脂101と、バインダ樹脂101中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤102とを備える樹脂部の表面により構成される。また、実施形態3の摺動構造では、本発明における樹脂部よりなる第1摺動部材1の表面により構成された第1摺動面1aと、金属材料よりなる第2摺動部材2の表面により構成された第2摺動面2aとが、その摺動界面にエステル系潤滑剤(エステル油系グリース)3を介在させつつ互いに摺動接触する。
【0078】
このため、実施形態3の摺動構造では、本発明における樹脂部よりなる第1摺動部材1の表面により構成された第1摺動面1aに、化学的結合力及び機械的結合力によって、エステル油系グリースよりなる油膜が安定に保持される。したがって、第1摺動面1aと第2摺動面2aとの摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0079】
また、第1摺動面1aにおいて、樹脂部の自己摩耗を低減させることができ、第1摺動部材1aの耐久性を向上させることが可能となる。
【0080】
その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、その説明を省略する。
【0081】
なお、実施形態3の摺動構造又は摺動部材において、この摺動構造又は摺動部材が適用される箇所や部品等の機械的強度等の要求特性を満たせば、第2摺動部材2を構成する金属材料を、エンジニアリングプラスチックス又はセラミックス等としてもよい。
【0082】
(実施形態4)
図5に示される実施形態4の摺動構造では、第1摺動部材1の全体及び第2摺動部材2の全体が本発明の摺動構造及び摺動部材における樹脂部により構成されている。
【0083】
すなわち、実施形態4の摺動構造では、第1摺動部材1が、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のバインダ樹脂121と同様のバインダ樹脂101と、バインダ樹脂101中に分散して保持され、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のナノチューブ状充填剤122と同様のナノチューブ状充填剤102とを備える。同様に、第2摺動部材2が、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のバインダ樹脂121と同様のバインダ樹脂201と、バインダ樹脂201中に分散して保持され、実施形態1の摺動構造における樹脂コート層12のナノチューブ状充填剤122と同様のナノチューブ状充填剤202とを備える。
【0084】
したがって、実施形態4の摺動構造では、第1摺動部材1の第1摺動面1aは、バインダ樹脂101と、バインダ樹脂101中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤102とを備える樹脂部の表面により構成され、同様に、第2摺動部材2の第2摺動面2aは、バインダ樹脂201と、バインダ樹脂201中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤202とを備える樹脂部の表面により構成される。また、実施形態4の摺動構造では、本発明における樹脂部よりなる第1摺動部材1の表面により構成された第1摺動面1aと、本発明における樹脂部よりなる第2摺動部材2の表面により構成された第2摺動面2aとが、その摺動界面にエステル系潤滑剤(エステル油系グリース)3を介在させつつ互いに摺動接触する。
【0085】
このため、実施形態4の摺動構造では、本発明における樹脂部よりなる第1摺動部材1の表面により構成された第1摺動面1aと、本発明における樹脂部よりなる第2摺動部材2の表面により構成された第2摺動面2aとの双方に、化学的結合力及び機械的結合力によって、エステル油系グリースよりなる油膜が安定に保持される。したがって、第1摺動面1aと第2摺動面2aとの摺動界面における摩擦係数を大きく低下させることができる。
【0086】
また、第1摺動面1a及び第2摺動面2aの双方において、樹脂部の自己摩耗を低減させることができ、樹脂コート層12及び22の耐久性を向上させることが可能となる。
【0087】
その他の構成及び作用効果は実施形態1と同様であるため、その説明を省略する。
【実施例】
【0088】
(実施例1)
ステンレス鋼板(JIS規格SUS440C、焼入れ品Hv500、ディスク端面0.1μmRa)を外径12mm、厚さ4mmの円板状に加工して、金属基材とした。この金属基材の一表面に、膜厚10μmの樹脂コート層を形成した。この樹脂コート層は、バインダ樹脂としてのポリアミドイミド(PAI)と、このバインダ樹脂中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤としてのイモゴライトとから構成されている。こうして、実施例1における第1摺動部材としての第1試験片を作成した。
【0089】
樹脂コート層は、ポリアミドイミドを溶剤(N−メチル−2−ピロリドン)に溶かした溶液中にイモゴライトを混入してから、金属基材の表面に塗布、焼成して形成した。
【0090】
樹脂コート層におけるナノチューブ状充填剤の配合割合は、樹脂コート層の全体を100体積%としたとき、10体積%とした。
【0091】
ナノチューブ状充填剤としてのイモゴライトは、天然物の精製品よりなる。このイモゴライトは、外径:25nm、内径:1.0nm、長さ:2μmである。
【0092】
樹脂コート層は、厚さ:10μm、表面粗さ:Ra0.03μmである。
【0093】
第1摺動部材の金属基材に用いたステンレス鋼板と同様のステンレス鋼板を、58mm×38mm×4mmの直方体に加工して、第2摺動部材としての第2試験片を作成した。
【0094】
また、潤滑剤として、4種類のグリースA〜Dを準備した。なお、グリースAは鉱油系グリースであり、グリースBはPAO系グリースであり、グリースCはエステル油系グリースであり、グリースDはシリコーン油系グリースである。
【0095】
そして、各グリースを用いて、それぞれ摩擦試験を行った。この摩擦試験では、第2摺動部材としての第2試験片の58mm×38mm面の中央にグリースを0.1g塗布し、この塗布部分に第1摺動部材としての第1試験片の樹脂コート層を接触させた。そして、荷重:500N、周波数:10Hz、振幅:5mmの条件で、第1試験片を30分間往復摺動させた。その結果を図6に示す。
【0096】
(比較例1)
ナノチューブ状充填材としてのイモゴライトを配合しないこと以外は、実施例1の第1試験片と同様にして、比較例1の第1試験片を作成した。また、実施例1の第2試験片と同様にして、比較例1の第2試験片を作成した。
【0097】
そして、実施例と同様の摩擦試験を行った。その結果を図6に示す。
【0098】
(比較例2)
ナノチューブ状充填材としてのイモゴライトの代わりに、平均粒径が1μmのMoS粉末を10体積%配合すること以外は、実施例1の第1試験片と同様にして、比較例2の第2試験片を作成した。また、実施例1の第2試験片と同様にして、比較例2の第2試験片を作成した。
【0099】
そして、実施例と同様の摩擦試験を行った。その結果を図6に示す。
【0100】
図6から明らかなように、実施例の第1試験片及び第2試験片において潤滑剤としてエステル油系グリースを用いた場合は、その他の場合と比べると、摩擦係数が大幅に低減した。これは、樹脂コート層中に配合したナノチューブ状充填材としてのイモゴライトと、エステル油系グリースとが化学結合することで、摺動界面に安定に保持された油膜が形成されたためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】実施形態1の摺動構造及び摺動部材の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】実施形態1の摺動構造及び摺動部材の要部における構成を模式的に示す拡大断面図である。
【図3】実施形態2の摺動構造及び摺動部材の要部における構成を模式的に示す拡大断面図である。
【図4】実施形態3の摺動構造及び摺動部材の要部における構成を模式的に示す拡大断面図である。
【図5】実施形態4の摺動構造及び摺動部材の要部における構成を模式的に示す拡大断面図である。
【図6】実施例及び比較例1、2について摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0102】
1…第1摺動部材 2…第2摺動部材
3…潤滑剤(エステル系潤滑剤) 1a…第1摺動面
2a…第2摺動面 11、21…金属基材
12、22…樹脂コート層 21…金属基材
121、221、101、201…バインダ樹脂
122、222、102、202…ナノチューブ状充填剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1摺動面を有する第1摺動部材と、該第1摺動面と摺動接触する第2摺動面を有する第2摺動部材とを備え、該第1摺動面及び該第2摺動面同士の摺動界面に潤滑剤が介在される摺動構造であって、
前記第1摺動面及び前記第2摺動面のうちの少なくとも一方が、バインダ樹脂と該バインダ樹脂中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤とを備えた、樹脂部の表面により構成され、
前記潤滑剤がエステル系潤滑剤であり、かつ前記ナノチューブ状充填剤がイモゴライトよりなることを特徴とする摺動構造。
【請求項2】
前記エステル系潤滑剤が、エステル基油を含むエステル油系グリースである請求項1に記載の摺動構造。
【請求項3】
前記バインダ樹脂が、ポリアミドイミド、ポリアミド、ポリイミド、ポリアセタール及びポリカーボネートよりなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1又は2に記載の摺動構造。
【請求項4】
前記第1摺動部材及び前記第2摺動部材のうちの一方が、金属材料よりなる金属基材と、該金属基材の表面に形成されて前記樹脂部を構成する樹脂コート層とからなり、
前記第1摺動部材及び前記第2摺動部材のうちの他方が金属材料よりなる請求項1〜3のいずれか一つに記載の摺動構造。
【請求項5】
前記第1摺動部材が、互いに摺動可能に嵌合してプロペラシャフトを構成するスプラインシャフト及びスプラインスリーブの一方であり、かつ前記第2摺動部材が該スプラインシャフト及び該スプラインスリーブの他方である請求項1〜4のいずれか一つに記載の摺動構造。
【請求項6】
相手材と摺動接触する摺動面にエステル系潤滑剤が供給されつつ使用される摺動部材であって、
前記摺動面が、バインダ樹脂と該バインダ樹脂中に分散して保持されたナノチューブ状充填剤とを備えた、樹脂部の表面により構成され、
前記ナノチューブ状充填剤がイモゴライトよりなることを特徴とする摺動部材。
【請求項7】
前記バインダ樹脂が、ポリアミドイミド、ポリアミド、ポリイミド、ポリアセタール及びポリカーボネートよりなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項6に記載の摺動部材。
【請求項8】
金属材料よりなる金属基材と、該金属基材の表面に形成されて前記樹脂部を構成する樹脂コート層とからなる請求項6又は7に記載の摺動部材。
【請求項9】
互いに摺動可能に嵌合してプロペラシャフトを構成するスプラインシャフト及びスプラインスリーブのうちの一方である請求項6〜8のいずれか一つに記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−275810(P2009−275810A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127413(P2008−127413)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】