説明

放電用電極、及び該放電用電極の製造方法

【課題】大気圧プラズマ放電処理の際の、電極表面の誘電体層の劣化や不均一放電、及び回路全体のインピーダンスが高くなることを防ぐことのできる放電用電極を提供すること。
【解決手段】本発明の放電用電極は、対向する二つの電極を備え、これら電極には、対向側表面に誘電体層が形成され、前記各誘電体層の一方が体積抵抗率1011Ωcm以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電用電極、及び該放電用電極の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラズマ放電処理は、医療機器の滅菌処理、シート材(フィルムを含む、以下同じ)の表面処理(例えば、濡れ性向上)、あるいはシート材表面の有機物除去等に広く用いられている。ところで、プラズマ放電処理を大気圧下で行なうと、電子温度、イオン温度、ガス分子温度がほぼ等しい熱平衡プラズマとなるため、シート材等の被処理物の温度が高くなりすぎて、被処理物を損傷してしまう場合がある。そこで、大気圧下でのプラズマ放電処理は、一般的に、一方の電極表面を誘電体で被覆した放電用電極を用いて行なわれている。
【0003】
例えば、特許文献1や特許文献2には、低温プラズマの一種であるコロナ放電に関し、コロナ放電処理ロールのロール基材表面に、アルミナもしくはアルミナとチタニアの混合物の粉末を溶射して、絶縁性皮膜を形成させる方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、これまで用いられてきた放電用電極のように、一方の電極(ロール基材)にのみ誘電体層(絶縁性皮膜)を設けた場合には、他方の電極からの電子放出量が多くなり、ストリーマと呼ばれる電子なだれが多く発生する場合がある。そして、このストリーマの位置が固定すると、ストリーマ付近の電界が局所的に強いことから、誘電体層が劣化するという問題がある。また、放電によってオゾンが発生するため、誘電体層で被覆されていない方の電極の表面が部分的に酸化されて、放電が不均一になるという問題もある。さらに、この電極表面の酸化に伴い、被処理物への金属コンタミが生じるという問題もある。なお、従来技術としては一方の電極がロールである場合を述べたが、処理目的や処理対象に対応した電極形状が採用されていることは言うまでもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−224371号公報
【特許文献2】特許第2981177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の様な状況の下で、本発明者らは、他方の電極にも誘電体層を設ければ、上記問題を解決できるのではないかと考えた。
【0007】
しかしながら、双方の電極に誘電体層を設けただけでは、回路全体のインピーダンスが高くなるという新たな問題が生じた。
【0008】
本発明は上記の様な状況の下でなされたものであり、大気圧プラズマ放電処理の際の、電極表面の誘電体層の劣化や不均一放電、及び被処理物への金属コンタミなどを防ぐことのできるのみならず、回路全体のインピーダンスを下げることのできる放電用電極を提供することを課題として掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決することのできた本発明の放電用電極は、対向する二つの電極を備え、これら電極には、対向側表面に誘電体層が形成され、前記各誘電体層の一方が体積抵抗率1011Ωcm以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明では、いずれの電極にも誘電体層を設けることにより、電極の一方にのみ誘電体層が形成された放電用電極に比べて、放電の際のストリーマの発生を抑えたり、たとえ発生しても個々のストリーマを細くできる。また、ストリーマを放電空間内で分散させやすい。また、電極表面がオゾンと接触し難くなる。
【0011】
さらに、一方の誘電体層の体積抵抗率を1011Ωcm以下にすることにより、体積抵抗率の高い誘電体層を双方の電極に設けた場合に比べて、回路全体のインピーダンスを小さくできる。
【0012】
本発明では、前記各誘電体層の他方は体積抵抗率1011Ωcm以上であることが好ましい実施態様である。これにより、アーキングの発生を抑制しやすくなる。
【0013】
また、本発明では、体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層の膜厚が0.1〜5.0mmであり、また、体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層の膜厚が0.2〜5.0mmであり、さらに、放電ギャップが0.02〜5.0mmであることも好ましい実施態様である。また、電極間電圧3〜30kVで使用されるのが好ましい実施態様である。
【0014】
さらに、本発明には、電極基板に誘電体形成材料を溶射するか、または誘電体に導電金属を蒸着して、上記の放電用電極を製造することを特徴とする放電用電極の製造方法も包含される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、いずれの電極にも誘電体層を設けることにより、電極の一方にのみ誘電体層が形成された放電用電極に比べて、放電の際のストリーマの発生が抑えられ、たとえ発生しても個々のストリーマが細くなるため、誘電体層の劣化を防ぐことができた。また、電極表面がオゾンと接触し難いため、電極表面の酸化を抑えることができた。このため、不均一放電を防ぐことが期待できる。さらに、回路全体のインピーダンスが小さくなるため、放電電力を高くすることができた。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は放電用電極の形状を表す斜視図である。
【図2】図2は、放電用電極の形状を表す図1のA−A’断面図、B−B’断面図、C−C’断面図ある。
【図3】図3はSawyer−Tower回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の放電用電極は、対向する二つの電極を備え、これら電極には、対向側表面に誘電体層が形成され、前記各誘電体層の一方が体積抵抗率1011Ωcm以下であることを特徴とする。
【0018】
本発明では、いずれの電極表面にも誘電体層を設けることにより、電極からの電子放出量を抑えることができるため、ストリーマの発生を抑えたり、ストリーマを細くできる。また、ストリーマが放電空間内で分散しやすく、電界集中が生じにくい。その結果、電極表面の誘電体層の劣化を防ぐことができる。
【0019】
また、電極表面が誘電体層で被覆されて、オゾンとの接触が抑制されているため、電極表面が酸化されにくい。その結果、放電が不均一になったり、電極由来の金属が被処理物に混入するのを防ぐことができる。
【0020】
さらに、本発明では、一方の誘電体層の体積抵抗率を1011Ωcm以下としているため、回路全体のインピーダンスを小さくすることができる。その結果、双方の電極に誘電体層を設けたことによる放電電力低下の問題を解消することができ、被処理物への処理効率を高めることができる。
【0021】
以下、本発明の放電用電極について詳述する。
【0022】
(電極)
本発明の電極の全体形状は、特に限定されるものではなく、例えば、図1に示すように、放電用電極1の双方の電極5が平板状(図1(a))や円筒状(図1(c))であっても、また、一方の電極(例えば電極5)が円筒状で、他方の電極(例えば電極5’)が平板状であってもよい。なお、電極を棒状とすると、電極の対向側面にも誘電体層を設ける必要が生じ手間がかかりやすく、また角部に形成された誘電体層の絶縁破壊電圧は平坦部と比較して低くなりやすく、さらに角部に電界が集中して絶縁破壊を起こしやすい。
【0023】
電極材料としては、従来から電極として用いられている電導材料が使用可能であり、例えば、鉄、銀、白金、銅、真鍮、アルミニウム等の金属(合金を含む)やカーボン等が挙げられる。
【0024】
(誘電体層)
図2に示すように、本発明の電極5は、互いに対向する対向側表面に、それぞれ誘電体層15を有しており、いずれか一方の誘電体層は、体積抵抗率を1011Ωcm以下としている。
【0025】
<体積抵抗率>
本発明では、二つの電極のそれぞれに誘電体層を形成することにより、一方の電極にのみ誘電体層が形成される放電用電極に比べて、誘電体層の劣化や不均一放電を防ぎやすいが、一方で、回路全体のインピーダンスは大きくなるという問題がある。そこで、本発明では、いずれか一方の誘電体層の体積抵抗率を、1011Ωcm以下としている。これにより、回路全体のインピーダンスが大きくなって放電電力が低下する問題を解消することができる。
【0026】
また、本発明では、いずれか一方の誘電体層の体積抵抗率を1011Ωcm以下とするとともに、他方の誘電体層の体積抵抗率は1011Ωcm以上とすることが好ましい。両方とも体積抵抗率を低くすると(例えば、108Ωcm)、かえってストリーマを放電空間内で分散させることができず、むしろアーキングによる電流集中で誘電体層を劣化させる場合がある。これに対し、他方の誘電体層の体積抵抗率を1011Ωcm以上にすれば、ストリーマを放電空間内で分散させ易く、また、アーキングによる電流集中を抑制することができる。
【0027】
本発明では、体積抵抗率が1011Ωcm以下の誘電体層は、好ましくは1010Ωcm以下、より好ましくは109Ωcm以下、さらに好ましくは108Ωcm以下が望まれる。これにより、被処理物への放電処理速度をより一層高めることができる。なお、この誘電体層の体積抵抗率の下限については、誘電体層としての機能を発揮できればよく、実用上106Ωcmであることが好ましい。106Ωcmより低い場合には、得られる誘電体層が絶縁破壊し易い。
【0028】
また、本発明では、体積抵抗率が1011Ωcm以上の誘電体層は、好ましくは1012Ωcm以上、より好ましくは1013Ωcm以上が望まれる。これにより、電界集中が生じにくくなるため、誘電体層の劣化を防ぐことができる。なお、この誘電体層の体積抵抗率の上限については、実用上1016Ωcmである。一般に体積抵抗率が1016Ωcmより高い誘電体層を作製するのは困難であるからである。
【0029】
なお、誘電体層の体積抵抗率の測定方法については後述する。
【0030】
<誘電体層組成>
電極の対向側表面に形成される誘電体層は、大気圧下での放電処理の際に、被処理物の温度が高くなりすぎることを防ぐとともに、ストリーマの発生を抑えたり分散させたり、電極表面を酸化しにくくすることができればよいが、さらに熱伝導性、強度、機械加工性、耐熱性等に優れていることが好ましい。そこで、本発明の誘電体層はセラミックスで構成されるのが好ましい。
【0031】
特に、体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層は、高絶縁性セラミックスを母相として、さらに低絶縁性材料を含んで構成されることが好ましい。
【0032】
ここで、高絶縁性セラミックスとしては、絶縁抵抗値が1013Ωcm以上のセラミックスが好ましく、具体的には、アルミナ、ジルコニア、シリカ等から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0033】
また、低絶縁性材料としては、誘電体層中の絶縁抵抗を下げることができる材料であればよく、それ自体低絶縁性(絶縁抵抗値が1011Ωcm以下)を示す材料の他、それ自体低絶縁性を示さなくとも、(例えば溶射によって)形成された誘電体層中で低絶縁性(絶縁抵抗値が1011Ωcm以下)を示す材料であってもよい。具体的には、それ自体低絶縁性を示す材料としては、炭化ケイ素(SiC)等の炭化物、酸化亜鉛(ZnO)等の酸化物等から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。また、形成された誘電体層中で低絶縁性を示す材料としては、チタニア、クロミア等から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0034】
体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層中での低絶縁性材料の含有率は、それ自体低絶縁性を示す材料を用いる場合は、1〜30質量%であることが好ましく、5〜15質量%であることがより好ましい。また、形成された誘電体層中で低絶縁性を示す材料を用いる場合には、低絶縁性材料の含有率は2〜50質量%であることが好ましく、5〜15質量%であることがより好ましい。
【0035】
なお、体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層は、前記高絶縁性セラミックスのみで構成されてもよいし、また必要に応じて前記低絶縁性材料を含んで構成されてもよい。具体的には、低絶縁性材料の含有率は、それ自体低絶縁性を示す材料を用いる場合は、6質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。また、形成された誘電体層中で低絶縁性を示す材料を用いる場合には、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
本発明の誘電体層は、アルミナとチタニアの組み合わせで構成されることが最も好ましい。アルミナ−チタニア系セラミックスは、誘電体層の体積抵抗率を容易に調整できるのみならず、市場において入手容易であるため低コスト化を図ることができるからである。
【0037】
<膜厚>
本発明では、体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層の膜厚を0.1mm以上とする。体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層の膜厚を0.1mm以上とすることにより、アーキングの発生、及びストリーマの集中による絶縁破壊を防ぐことができる。かかる膜厚は、好ましくは0.2mm以上、より好ましくは0.5mm以上、さらに好ましくは0.7mm以上である。上限については、5.0mmが好ましく、3.0mmがより好ましく、1.0mmがさらに好ましい。膜厚が5.0mmを超える場合には、誘電体層が電極から剥離し易くなる。また、製造コストが上がる場合がある。
【0038】
また、本発明では、体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層の膜厚を0.2mm〜5.0mmとする。体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層の膜厚を上記範囲とすることにより、誘電体層が絶縁破壊したり、誘電体層が電極から剥離するのを防ぐことができる。また、製造コストを抑えることができる。かかる膜厚は、0.4mm〜4.0mmであることが好ましく、0.6mm〜3.0mmであることがより好ましく、0.8mm〜2.0mmであることがさらに好ましい。
【0039】
本発明では、体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層の膜厚を、体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層の膜厚に対して、0.2〜1倍とすることが好ましい。0.2倍未満では、アーキングの発生、及びストリーマの集中による絶縁破壊を抑えることができない場合がある。また、1倍を超えると、低コスト化を図りにくくなる。
【0040】
<誘電体層を備えた電極の作製方法>
誘電体層を備えた電極の作製方法としては、誘電体形成材料、例えば、上記高絶縁性セラミックス材料と低絶縁性材料との混合粉末を用いて誘電体を得、これを電極基板に貼着させて行なう方法や、この誘電体に電極材料(導電金属)を蒸着させて行なう方法や、電極基板に上記混合粉末を溶射して行なう方法等が挙げられる。本発明では、電極の大型化とロール形状電極への成膜に対応するため、溶射法を採用するのが好ましい。溶射方法としては、具体的には、水素(H)、窒素(N)、希ガス等を真空中で電離させて生じる高温、高圧のプラズマジェットに、上記混合粉末を供給し、プラズマジェット中で溶融、加速して電極に衝突させて形成するプラズマ溶射法が挙げられる。
【0041】
特に、本発明では、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定される平均粒径(D50)(体積基準)が100μm以下の誘電体形成材料(例えば、高絶縁性セラミックス材料粉末と低絶縁性材料粉末との混合粉末)を用いて作製することが好ましく、より好ましい粒径は30μm以下である。平均粒径(D50)が100μm以下の誘電体形成材料を用いることによって、体積抵抗率が均一な誘電体層を形成することができる。
【0042】
本発明では、電極への誘電体層の形成前に、電極表面をブラスト処理により粗面化してもよい。また、ブラスト処理に代えて、あるいはブラスト処理に続いて、電極表面に、Ni−Al、Ni−Cr、あるいはCr−Fe等の合金のアンダーコートを、50〜200μm厚で形成してもよい。これにより、電極と誘電体層の密着性を高めることができる。
【0043】
電極表面に溶射法によって形成された誘電体層には、通常、2〜20%程度の気孔がある。そこで、誘電体を溶射法で形成した後、封孔処理を施してもよい。これにより、大気圧中で高い電気絶縁性、気密性、及び密着性を有する誘電体層にすることができる。この封孔処理は、具体的には、溶射法によって誘電体層を形成した後、誘電体層の表面に、B、P、NaSiO等のガラス形成物質の少なくとも1種と、SiO、Al、MgO、AlN等の無機物質微粉末の少なくとも1種と、水やアルコール等の溶媒とを混合した液状物質(充填材)を塗布して、誘電体層中の気孔中に侵入させた後、150〜450℃で0.5〜5時間加熱する方法が挙げられる。これにより、BやP等を主成分とするガラス質物質を気孔中に生成させることができる。
【0044】
(放電ギャップ)
本発明の放電用電極は、放電ギャップを0.02〜5.0mmとすることが好ましく、0.05〜4.0mmとすることがより好ましく、0.10〜3.0mmとすることがさらに好ましい。放電電力は、放電ギャップの他に、誘電体層の体積抵抗率や膜厚によっても影響を受けるものであり、誘電体層の構成を勘案しつつ上記範囲内とすれば、電圧一定下での放電電力を大きくし易い。また、製造コストの点からも好ましい。特に、対向する二つの電極に設けられる誘電体層の体積抵抗率が、それぞれ108Ωcmと1012Ωcmの組み合わせの場合であって、膜厚が双方とも0.5mmの場合に、放電ギャップを0.75〜1.25mmとすることが、放電電力をより大きくできる点で最も好ましい。
【0045】
(使用方法)
本発明の放電用電極は、電極間電極を3〜30kV、より好ましくは8〜20kVで使用されることが好ましい。この範囲において、被処理物の損傷を防ぎつつ、放電処理をすることができる。なお、電極間電圧はオシロスコープによって測定した。
【0046】
本発明の放電用電極を用いて、被処理物を処理する方法としては、例えば、電極間に水素ガス、窒素ガス、希ガス等の放電ガスを導入しながら、電極間に高周波電圧を印加して放電ガスをプラズマ化あるいは活性化した後、これを被処理物の表面に曝して行なう方法が挙げられる。また、電極間に高周波電圧を印加しながら、電極間に被処理物を通過させて行ってもよい。本発明では、電極の双方が誘電体層を有しており、一方の電極にのみ誘電体層を有する放電用電極に比べて、大気圧放電の際にストリーマが発生しにくく、また、発生してもストリーマが細く、さらに分散しやすいため、電極間に被処理物を直接通過させても、放電によって被処理物が損傷をうけにくい。
【0047】
本発明の放電用電極で処理される被処理物としては、特に限定されるものではなく、例えば、高分子フィルムやシート、紙、アルミ箔等が挙げられる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は本発明を制限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施をすることは全て本発明の技術的範囲に包含される。なお、特に断らない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」をそれぞれ意味する。
【0049】
本発明で用いた評価方法について、以下説明する。
【0050】
(体積抵抗率)
基材上に、実験例で用いた誘電体形成材料を溶射して誘電体層を形成し、次いで基材を剥離除去して誘電体(試験片)を作製した。その後、この試験片の体積抵抗率を、JIS C2139の規定に準じて測定した。
【0051】
(放電電力)
作製した放電用電極対(放電ギャップ:1mm)を用いて、図3に示すようなSawyer−Tower回路を作製し、オシロスコープ25で放電中の電極間電圧(V)と標準コンデンサー電圧(V)を同時に測定してリサージュ図形を描いた。描かれたリサージュ図形の面積を算出し、次式から放電用電極対における放電電力Pを求めた。
【0052】
【数1】

【0053】
(式中、Pは放電電力、Vは電極間電圧≒電源電圧、Qは電荷量、Cは標準コンデンサー静電容量、fは周波数、mは高圧プローブ倍率、ΔVは高圧プローブの低圧側電位、Sはリサージュ図形面積をそれぞれ示す。)
【0054】
(被処理物の濡れ性)
放電用電極対を用いて処理された被処理物に水滴を滴下して、被処理物表面での水滴の状態を観察して評価した。水滴が表面をよく濡らした場合を○、表面上で水玉となった場合を×とした。
【0055】
(放電用電極対の作製)
以下の方法により、本発明の放電用電極対で用いる電極を作製した。
【0056】
実験例1
炭素鋼SS400平板を、50×50×5mmにカットし、両面を平面研磨して、電極1とした。
【0057】
実験例2
電極1の一方の表面をブラスト処理により粗面化した後、その上に、溶射ガン(Sulzer Metco社製、F4)を用いて、チタニア含有率3質量%のアルミナ−チタニア粉末(平均粒径(D50)20μm)をプラズマ溶射し、電極表面に厚さ1.0mmの誘電体層を有する電極2を得た(体積抵抗率1012Ωcm)。
【0058】
実験例3
チタニア含有率3質量%のアルミナ−チタニア粉末を用い、誘電体層の膜厚を0.5mmとした以外は実験例2と同様にして、電極3を得た(体積抵抗率1012Ωcm)。
【0059】
実験例4
チタニア含有率13質量%のアルミナ−チタニア粉末(平均粒径(D50)20μm)を用い、誘電体層の膜厚を0.5mmとした以外は実験例2と同様にして、電極4を得た(体積抵抗率108Ωcm)。
【0060】
(実施例1)
電極3と電極4とを用い、互いの誘電体層が対向するように配置(放電ギャップ:1mm)して、放電用電極対1を作製した。
【0061】
(実施例2)
電極4を二つ用いた以外は実施例1と同様にして、放電用電極対2を作製した。
【0062】
(比較例1)
電極1と電極2とを用いた以外は実施例1と同様にして、放電用電極対3を作製した。なお、この場合、一方の電極表面には誘電体層は形成されていない。
【0063】
(比較例2)
電極3を二つ用いた以外は実施例1と同様にして、放電用電極対4を作製した。
【0064】
(放電電力評価)
上記の方法によって、放電用電極対1〜4の放電電力を求めた。その結果を表1に示す。なお、放電用電極対1、3及び4については電極間電圧AC6kV、周波数10kHzとし、放電用電極対2については電極間電圧AC4kV、周波数10kHzとした。
【0065】
(印加後の外観評価)
放電用電極対1、3及び4について、それぞれ二つの電極に電圧AC6kV、周波数10kHzを10分間印加した後の、放電用電極対の外観(錆の発生、及びストリーマ痕の有無)を観察した。また、放電用電極対2については、電圧AC4kV、周波数10kHzを10分間印加した後の、放電用電極の外観(錆の発生、及びストリーマ痕の有無)を観察した。その結果を表1に示す。
【0066】
なお、放電用電極対2については、電圧AC4.5kVで誘電体層が絶縁破壊を生じた。
【0067】
(被処理物の濡れ性評価)
放電用電極対1、3及び4を用いて、それぞれ二つの電極に電圧AC6kV、周波数10kHzを印加しながら、電極間に被処理物(PETフィルム)を通過させて放電処理を施した。また、放電用電極対2については、電圧AC4kV、周波数10kHzを印加しながら、被処理物(PETフィルム)に同様の処理を施した。得られた処理後の被処理物の表面の濡れ性を評価した。その結果を表1に示す。
【0068】
【表1】

【0069】
上記表から、双方の電極に誘電体層を設けることにより、電極表面の錆の発生や誘電体層の劣化(ストリーマ痕の発生)が抑えられることが分かった(実施例1及び2)。
【0070】
これに対し、一方の電極にのみ誘電体層を設けた場合には、誘電体層を設けなかった側の電極(電極A)表面に錆が発生し、また、誘電体層にはストリーマ痕が見られた(比較例1)。
【0071】
また、双方の電極に誘電体層を設けただけでは、錆の発生や誘電体層の劣化(ストリーマ痕の発生)は防げるものの放電電力は低下することが分かった(比較例1及び2)。これに対し、誘電体層の少なくとも一方を体積抵抗率1011Ωcm以下とすることにより、放電電力を高くできることが分かった(実施例1及び2と比較例2)。
【0072】
放電用電極対2については、電圧AC4.5kVで印加すると誘電体層に絶縁破壊が見られたことから、誘電体層の他方を体積抵抗率1011Ωcm以上とすることにより、誘電体層がより劣化し難くなることが分かった(実施例2)。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、不均一放電や被処理物への金属コンタミを防ぐことのできる放電用電極の製造に有用である。
【符号の説明】
【0074】
1:放電用電極、5、5’:電極、15:誘電体層、20:標準コンデンサー、25:オシロスコープ、30:高圧プローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向する二つの電極を備え、
これら電極には、対向側表面に誘電体層が形成され、
前記各誘電体層の一方が体積抵抗率1011Ωcm以下であることを特徴とする放電用電極。
【請求項2】
体積抵抗率1011Ωcm以下の誘電体層の膜厚が0.1〜5.0mmである請求項1に記載の放電用電極。
【請求項3】
前記各誘電体層の他方が体積抵抗率1011Ωcm以上である請求項1または2に記載の放電用電極。
【請求項4】
体積抵抗率1011Ωcm以上の誘電体層の膜厚が0.2〜5.0mmである請求項3に記載の放電用電極。
【請求項5】
放電ギャップが0.02〜5.0mmである請求項1から4のいずれか一項に記載の放電用電極。
【請求項6】
電極間電圧3〜30kVで使用される請求項1〜5のいずれか一項に記載の放電用電極。
【請求項7】
電極基板に誘電体形成材料を溶射するか、または誘電体に導電金属を蒸着して、請求項1〜6のいずれか一項に記載の放電用電極を製造することを特徴とする放電用電極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−287404(P2010−287404A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139684(P2009−139684)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年12月10日 日本溶射協会発行の「2008年度溶射合同講演大会 日本溶射協会第88回(2008年度秋季)全国講演大会 (社)高温学会溶射部会第17回溶射総合討論会−講演論文集−」に発表
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】