説明

機械位置制御装置

【課題】 電動機による負荷の駆動系の剛性が低い場合でも、負荷位置信号をフィードバックして行う負荷の位置制御を、電動機位置信号だけをフィードバックするセミクローズ制御と同等の安定性で行えるようにすることで、高精度の負荷の位置制御を可能とする。
【解決手段】 負荷20の現在位置の計測値である負荷位置信号xlに対して、位相遅れに対する補償を安定化補償回路80において行ったあと、位置信号合成回路90において高調波部分は電動機20の現在位置の計測値である電動機位置信号xmに置き換て制御対象位置信号xfbとして、この制御対象位置信号xfbを位置制御回路110にフィードバックして、電動機30が負荷20を駆動するトルクの目標値を示すトルク指令信号を出力するように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械や部品実装機など、電動機等のアクチュエータを用いて駆動することにより機械系の位置を制御する、機械位置制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の機械位置制御装置は、負荷の位置の検出値である負荷位置信号にローパスフィルタを作用させた信号と、電動機の位置の検出値である電動機位置信号にハイパスフィルタを作用させた信号とを加算した信号、すなわち、電動機による負荷の駆動系が有限剛性であることにより、負荷位置信号の位相遅れが顕著となる共振周波数以上の周波数帯域については、位相遅れの無い電動機位置信号を用いた信号を位置制御器へのフィードバック信号とすることにより、制御系の安定を図るように構成されている(例えば特許文献1)。
【0003】
また、前置補償部を設けて、位置指令信号に基づく入力変数の2階微分値にゲインを乗じた信号をフィードフォワード補償値として入力変数に加算することにより、機械系における移動方向の変形誤差を補償して、高精度の制御を可能とするように構成されている(例えば特許文献2)。
【0004】
【特許文献1】特開2004−334772号公報(図1)
【特許文献2】特開平11−184529号公報(図3、図4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
負荷位置信号にローパスフィルタを作用させた信号と、電動機位置信号にハイパスフィルタを作用させた信号とを加算して位置制御器へのフィードバック信号とする構成では、負荷の位置制御の精度を高くするためにはハイパスフィルタ及びローパスフィルタのフィルタ周波数を大きく上げる必要がある。しかし、電動機による負荷の駆動系の剛性が低い場合は、フィルタ周波数を大きくすると制御系が不安定になるため、フィルタ周波数を十分大きくすることができずに負荷の位置を高精度に制御するのが困難であるという問題があった。
【0006】
また、前置補償部を設ける構成では、位置指令信号に基づく入力変数の2階微分値に基づいてフィードフォワード補償値を演算して加算するため、位置指令信号の変化に対してトルク指令信号の変化が急峻になり、制御対象に与える衝撃が大きくなるため、十分に位置制御器のゲインを大きくすることができない。その結果、高精度な負荷の位置制御を実現するのが困難であり、また、制御対象に外乱が入力したときに生じる振動を抑制することができないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の機械位置制御装置は、位置速度制御回路において、負荷の位置の目標値を示す位置指令信号と、電動機の現在位置を示す電動機位置信号及び電動機の現在速度を示す電動機速度信号に加えて、更に電動機及び負荷の現在位置に関する参照情報である制御対象位置信号をフィードバックして、電動機が負荷を駆動するトルクの目標値を示すトルク指令信号を演算するものであって、制御対象位置信号は、負荷の現在位置の測定値である負荷位置信号を、位相を進ませる伝達関数に基づいて、安定化補償回路において位相遅れを補償した補償負荷位置信号の低周波成分からなる信号と、電動機位置信号の高周波成分からなる信号とを位置信号合成回路において合成するように構成したものである。
【発明の効果】
【0008】
この発明によれば、電動機による負荷の駆動系の剛性が低い場合でも、負荷位置信号をフィードバックして行う負荷の位置制御を、電動機位置信号だけをフィードバックするセミクローズ制御と同等の安定性で行えるようにすることで、高精度の負荷の位置制御が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1による機械位置制御装置を示すブロック図である。
制御対象10は、負荷20を駆動する電動機30等から構成され、電動機30はタイミングベルトやボールネジといったトルク伝達機構40を介して負荷20を駆動し、その電動機30のトルクτmは、トルク制御回路50によりトルク指令信号τrに一致するように制御される。
また、電動機30に取り付けられたエンコーダなどの電動機位置検出器60により、電動機30の現在位置を検出して電動機位置信号xmとして出力し、負荷20に取り付けられたリニアスケールなどの負荷位置検出器70により、負荷20の現在位置を検出して負荷位置信号xlとして出力する。
【0010】
安定化補償回路80は、負荷位置信号xlを入力として、負荷位置信号xlの位相遅れを補償した補償負荷位置信号xlcを出力し、位置信号合成回路90は、補償負荷位置信号xlcと電動機位置信号xmとを入力として、電動機及び負荷の位置に関するフィードバック信号である制御対象位置信号xfbを出力する。
速度演算回路100は、電動機位置信号xmを入力として、電動機の速度の現在値を示す電動機速度信号vmを出力する。
位置速度制御回路110は、位置指令信号xrと制御対象位置信号xfbとを入力として、速度の目標値である速度指令vrを出力する位置ゲイン回路120と、速度指令vrと電動機速度信号vmとを入力として、トルク指令信号τrの算出の基礎となる基礎制御トルク信号τbを出力する速度PI制御回路130とからなる。
減衰補償回路140は、位置指令信号xrと電動機位置信号xmと負荷位置信号xlを入力として、外部から設定する減衰調整パラメータαに基づいて、基礎制御トルク信号τbを補正する減衰補償トルク信号τcを出力する。この減衰補償トルク信号τcを基礎制御トルク信号τbに加算した信号がトルク指令信号τrとなる。
【0011】
次に動作について説明する。
位置ゲイン回路120は、位置指令信号xrと制御対象位置信号xfbとの偏差に位置ゲインkpを乗じた信号を速度指令vrとして出力する。すなわち次式の演算を行う。
【0012】
【数1】

【0013】
次に、速度演算回路100は次式で表されるように、電動機位置信号xmを微分することにより電動機速度信号vmを出力する。
【0014】
【数2】

【0015】
次に、速度PI制御回路130は、速度指令vrと電動機速度信号vmを入力とし、速度ゲインkvと速度積分ゲインωviとを用いて、次式で表されるPI(比例積分)演算によって基礎制御トルク信号τbを出力する。
【0016】
【数3】

【0017】
次に、制御対象10の特性について説明する。
制御対象10の機械剛性が低い場合、制御対象10は低い周波数(数Hz〜数10Hz)の機械共振を持つ特性となる。最も低い周波数の機械共振特性に着目すると、制御対象10は、電動機30と負荷20とがバネであるトルク伝達機構40で結合された二慣性系として近似され、トルク制御回路50の応答が十分に速いとすると、トルク指令信号τrから電動機位置信号xmまでの伝達関数Gp(s)及び負荷位置信号xlまでの伝達関数Gl(s)はそれぞれ以下で表される。
【0018】
【数4】

【0019】
【数5】

【0020】
ここで、Jは制御対象10の全体の慣性を表し、ωzは反共振周波数、ωpは共振周波数を表す。
このとき、トルク指令信号τrから電動機位置信号xmまでの伝達関数Gp(s)は、反共振周波数ωzに対応した複素零点(反共振点)z0を有する。
【0021】
【数6】

【0022】
また、(4)式及び(5)式に示した、制御対象10の伝達関数の周波数応答を図2に示す。図2より、トルク指令信号τrから電動機位置信号xmまでの伝達関数Gp(s)は、位相が−180度より遅れることはないが、負荷位置信号xlまでの伝達関数Gl(s)は、共振周波数ωpで位相が大きく遅れることがわかる。
【0023】
次に、安定化補償回路80及び位置信号合成回路90の動作を説明するために、電動機を用いて機械系を駆動する場合に最も広く用いられる制御系であって、負荷20の位置に関するフィードバックを利用しないセミクローズ制御系について説明する。
図3は、セミクローズ制御系の構成を示すブロック図であって、図1の構成に比べて、負荷位置検出器70及び負荷位置信号xlがなく、また、位置信号合成回路90、安定化補償回路80及び減衰補償回路140を備えておらず、電動機位置信号xmをそのまま制御対象位置信号xfbとして位置ゲイン回路120に入力するものである。
【0024】
この図3のセミクローズ制御系は、負荷位置信号xlをフィードバックしないため、トルク伝達機構40の変形などがあると負荷20の位置を正確に制御することができない。しかしながら制御系の安定を保ったまま位置ゲイン回路の位置ゲインkpを比較的大きくすることができ、電動機位置信号xmを制御する応答は高くできるという特徴がある。
またこのセミクローズ制御系では、全体の制御ループをトルク指令信号τrの箇所で切り開いた開ループ伝達関数L(s)(一巡伝達関数とも呼ぶ、以下では単に開ループ伝達関数と呼ぶ)は、速度ゲインkvと速度積分ゲインωviを用いて次式で表される。
【0025】
【数7】

【0026】
上記のセミクローズ制御の開ループ伝達関数L(s)には、トルク指令信号τrから電動機位置信号xmまでの制御対象10の伝達関数Gp(s)が要素として含まれる。そのため、Gp(s)に含まれる反共振点z0が、そのまま開ループ伝達関数の零点として含まれる。また開ループ伝達関数における反共振点以外の零点は、速度PI制御回路130及び位置ゲイン回路120で設定した−ωvi及び−kpの実数零点である。
【0027】
一方、上記のセミクローズ制御系に対して、負荷位置信号xlをフィードバックすることで、トルク伝達機構40の変形などにかかわらず負荷20の位置を正確に制御することも考えられる。しかし、負荷位置信号xlをそのまま使用すると、一定の周波数以上の領域では、制御対象10の機械剛性が低いことによる位相遅れの影響を受けて制御が不安定となるため、特許文献1に記載のような、所定の周波数以上の領域については電動機位置信号xmをフィードバックする構成が考えられている。
その構成は、図1の構成において、減衰補償回路140を取り除いて減衰補償トルク信号τcを0とし、また安定化補償回路80を取り除いて、補償負荷位置信号xlcの代わりに負荷位置信号xlをそのまま位置信号合成回路90に入力した構成に相当し、負荷位置信号xlと電動機位置xmを位置信号合成回路90で合成して位置ゲイン回路120にフィードバックするものである。
【0028】
図4は、位置信号合成回路90の内部構成を示すブロック図である。
電動機位置フィルタ91は、電動機位置信号xmを入力として、フィルタ周波数をωfとするハイパスフィルタFm(s)を作用させた信号を出力する。また、負荷位置フィルタ92は、補償負荷位置信号xlcを入力として、フィルタ周波数を電動機位置フィルタ91と同じωfとする、ローパスフィルタFl(s)を作用させた信号を出力する。
そして、電動機位置フィルタ91の出力と負荷位置フィルタ92の出力との和信号が、位置信号合成回路90により制御対象位置信号xfbとして出力される。
すなわち、位置信号合成回路90は次式で表される演算を行う。
【0029】
【数8】

【0030】
つまり、位置信号合成回路90は、負荷位置信号xlcの低周波数成分と電動機位置信号xmの高周波数成分とから、制御対象位置信号xfbを合成するものであって、フィルタ周波数ωfを大きくするほど、電動機位置信号xmより負荷位置信号xlcを利用する度合いが大きくなるように構成される。
【0031】
ところが、制御対象位置信号xfbは、電動機位置信号xmと負荷位置信号xlとの周波数成分を合成して生成しており、フィルタ周波数ωfより低い周波数では、制御対象位置信号xfbには負荷位置信号xlが多く含まれる。したがって、負荷位置信号xlの制御精度を向上させるためには、位置ゲイン回路120における位置ゲインkpを十分に大きくするとともに、位置信号合成回路90のフィルタ周波数ωfを大きくして負荷位置信号xlを利用する度合いを大きくする必要がある。
しかしながら、図2に示したとおり、トルク指令信号τrに対する負荷位置信号xlの応答Gl(s)は、トルク指令信号τrに対する電動機位置信号xmの応答Gp(s)よりも位相が遅れるため、開ループ伝達関数L(s)は(7)式に示したセミクローズ制御のものよりも位相が遅れる。その結果、制御系が不安定になりやすく、振動も大きくなるため、フィルタ周波数ωfと位置ゲインkpを十分に大きくすることができなかった。
【0032】
そこで以下のように、安定化補償回路80において、負荷位置信号xlの位相遅れに対する補償を行った補償負荷位置信号xlcを出力するように構成する。
図5は、安定化補償回路80の内部構成を示すブロック図である。
2階微分回路81は、負荷位置信号xlを2階微分した信号を出力する。また、安定化補償ゲイン回路82は、2階微分回路81の出力に、外部から設定する安定化補償ゲインKstを乗じた信号を出力する。また、安定化補償回路80は、安定化補償ゲイン回路82の出力と負荷位置信号xlとの和信号を、補償負荷位置信号xlcとして出力する。
すなわち、安定化補償回路80は次式の伝達関数Cst(s)で表される演算を行う。
【0033】
【数9】

【0034】
安定化補償回路80が以上のように動作することから、トルク指令信号τrから補償負荷位置信号xlcまでの伝達関数は次式で表される。
【0035】
【数10】

【0036】
ここで、安定化補償ゲインKstは、制御対象10の反共振周波数ωzを用いて次式のように設定する。
【0037】
【数11】

なお、反共振周波数ωzは、制御対象10の周波数応答を測定したり、速度PI制御回路130の速度ゲインkvを大きくしたときの制御対象10の振動周波数を測定したりするなどの方法で推定することができる。
【0038】
(11)式のように安定化補償ゲインKstを設定すると、トルク指令信号τrから補償負荷位置信号xlcまでの伝達関数は(4)式のGp(s)に一致し、またトルク指令信号τrから補償負荷位置信号xlcまでの伝達関数も同じくGp(s)に一致する。
すなわち次式が成り立つ。
【0039】
【数12】

【0040】
したがって、トルク指令信号τrから基礎制御トルク信号τbまでの伝達関数は、次式に示すように(7)式に示したセミクローズ制御の場合の開ループ伝達関数に一致する。
【0041】
【数13】

【0042】
上記の結果、安定化補償回路80を用いることによりセミクローズ制御と同等な安定性を確保することができ、位置ゲイン回路120における位置ゲインkpや、位置信号合成回路90におけるフィルタ周波数ωfを十分に大きくすることが可能になる。
その結果、負荷位置信号xlの制御精度を向上させることが可能になる。
また、セミクローズ制御と同様に、開ループ伝達関数の零点に(6)式に示した制御対象10の反共振点z0が含まれる。
【0043】
ここで、安定化補償回路80と高周波数ノイズの関係について説明する。
安定化補償回路80は、負荷位置信号xlの2階微分を含む演算により補償負荷位置信号xlcを出力するように構成するが、負荷位置フィルタ92を介して制御対象位置信号xfbを求めること、また、一般に位置制御系の応答は速度PI制御回路130の応答よりは遅いため位置信号合成回路90のフィルタ周波数ωfを極端に大きくする必要はないことから、制御対象位置信号xfbは極端にノイズ的にはならない。
また、位置指令信号xrの入力に対するトルク指令信号τrの動作は通常のセミクローズ制御と同様であるため、位置指令信号xrが急峻に変化してもトルク指令信号τrの変化が急峻に変化するような問題を生じることもない。
【0044】
更に、減衰補償回路140により、位置指令信号xrと電動機位置信号xmと負荷位置信号xlとから、外部から設定する減衰調整パラメータαに基づいて演算される減衰補償トルク信号τcを基礎制御トルク信号τbに加算して、トルク指令信号τrを得るように構成する。
【0045】
図6は、減衰補償回路140の内部構成を示すブロック図である。
第1の減衰ゲイン回路141は、負荷位置信号xlと電動機位置信号xmとの差信号を入力とし、第1の減衰ゲインKz1を乗じた信号を、第1の減衰補償信号xz1として出力する。負荷位置微分回路142は、位置指令信号xrと負荷位置信号xlとの差信号を微分した信号を出力し、第2の減衰ゲイン回路143は、負荷位置微分回路142の出力に第2の減衰ゲインKz2を乗じた信号を、第2の減衰補償信号xz2として出力する。第3の減衰ゲイン回路144は、位置指令信号xrと負荷位置信号xlとの差信号に第3の減衰ゲインKz3を乗じた信号を、第3の減衰補償信号xz3として出力する。減衰調整回路145は、第1の減衰補償信号xz1と第2の減衰補償信号xz2と第3の減衰補償信号xz3とを加算した信号に、減衰調整パラメータαを乗じた信号を出力する。
すなわち、減衰補償回路140は以下の演算を行う。
【0046】
【数14】

【0047】
次に、減衰補償回路140の定数設定方法について説明する。減衰補償回路140は上述のように動作することにより、トルク指令信号τrから減衰補償トルク信号τcまでの伝達関数は(6)式、(7)式、(8)式より次式で表される。
【0048】
【数15】

【0049】
減衰補償回路140における、第1の減衰ゲインKz1と第2の減衰ゲインKz2と第3の減衰ゲインKz3とを、速度PI制御回路130及び位置ゲイン回路120で設定した定数である速度ゲインkv、積分ゲインωvi、位置ゲインkpを用いて以下のように設定する。
【0050】
【数16】

【0051】
【数17】

【0052】
【数18】

【0053】
上記のように設定した結果、トルク指令信号τrから減衰補償トルク信号τcまでの伝達関数は次式となる。
【0054】
【数19】

【0055】
また、トルク指令信号τrの点で開いた開ループ伝達関数は、(15)式と(19)式から次式となる。
【0056】
【数20】

【0057】
したがって、開ループ伝達関数における反共振点が(6)式で表されるz0から、次式のzcへと変化する。
【0058】
【数21】

ただし、上記で用いた反共振点の減衰係数ζzは次式で表される。
【0059】
【数22】

【0060】
また、減衰定数αの変更によって、(20)式の開ループ伝達関数の極及び零点は、(21)式及び(22)式に示した反共振点以外は変化しない。また反共振点の絶対値である反共振周波数ωzも変化せず、反共振点の減衰係数だけが変化する。
このように、減衰補償回路140を上記のとおり構成することで、外部から設定する減衰パラメータαによって、図1の制御系の開ループ伝達関数における反共振点の減衰係数だけを変更するように構成している。
【0061】
この、外部から設定する減衰パラメータαによって、開ループ伝達関数における反共振点の減衰係数だけを変更する構成の利点を以下に説明する。
速度ゲインkvを十分に大きくすると、制御系の閉ループ極は開ループ伝達関数の零点へと漸近することが知られている。すなわち、(7)式に示した開ループ伝達関数を持つセミクローズ制御系や、図1の制御系で減衰パラメータαを0とした場合、速度制御ゲインkvを大きくすると、閉ループ極の一部が(6)式に示した制御対象10の反共振点に近づく。このため、閉ループ極が減衰係数の小さいものになり、制御対象10の応答が振動的になる。
【0062】
一方、反共振点の減衰係数が、(22)式に示したように減衰パラメータαを大きくすれば大きくなる。また、開ループ伝達関数L(s)におけるそれ以外の零点は、実数である−ωvi及び−kpである。
その結果、速度制御ゲインkvを大きくすると、閉ループ極が、減衰係数の大きな反共振点と実数の零点に近づき、制御対象10に外乱が加わっても制御系の振動が抑制される。
なお、減衰調整パラメータαは、(22)式で表される減衰係数ζzが0.5程度になる程度まで大きな値に設定すれば十分であり、調整の見通しも良い。また、外乱抑制効果を大きくするためには、通常のセミクローズ制御における調整方法と全く同様に速度ゲインkv、速度積分ゲインωvi、位置ゲインkpを大きくすればよい。
【0063】
なお、減衰補償回路140において、負荷位置信号xlを2階微分して得られる負荷加速度信号に、速度ゲインkvと−1を乗じて第1の減衰補償信号xz1を演算しても、開ループ伝達関数は上記と同一の(20)式になるため同様の効果が得られるが、負荷位置信号xlの2階微分信号を用いることにより高周波数のノイズ成分が大きくなる。したがって上述のように、電動機位置信号xmと負荷位置信号xlとの差信号に、第1の減衰ゲインKz1を乗じて第1の減衰補償信号xz1を演算することにより、ノイズの問題が発生しないように構成している。
【0064】
以上により、安定化補償回路80及び減衰補償回路140の効果により、セミクローズ制御と全く同様な調整方法で調整するとともに、外部から調整するパラメータである減衰調整パラメータαを適切な大きさまで大きくするだけの簡単な調整で、負荷位置信号xlの制御精度を向上させ、制御対象10に加わる外乱に対しても振動を抑制するような制御系を実現することが可能になる。
【0065】
なお、上記では、減衰補償回路140では、図6に記載したブロック図の演算、すなわち(14)式に示した演算を行うとしたが、これは、次式で表すような減衰補償回路140への入力信号から直接的に減衰補償トルク信号τcを得る演算を行っても同様の効果が得られる。
【0066】
【数23】

【0067】
また、減衰補償回路140により得られる効果の原理は、開ループ伝達関数における反共振点の減衰係数を(22)式に示したように大きくすることにより、閉ループ極の減衰係数を大きくして振動を抑制するものである。したがって、減衰補償回路140における位置指令信号xrに対する演算動作は、開ループ伝達関数が同じならば前述の(14)式や(23)式のものと異なるように構成しても良い。
【0068】
例えば、減衰補償回路140に入力する位置指令信号xrを、位置指令信号xrにローパスフィルタを作用させた信号に代え、位置指令信号xrの変化に対する減衰補償トルク信号τcの変化を滑らかにしても良い。また逆に、減衰補償回路140の内部において、位置指令信号xrを2階微分した信号である指令加速度信号arの演算を行い、この指令加速度信号arに適切なゲインと減衰パラメータαを乗じた信号を、減衰補償トルク信号τcに更に加えることにより、減衰パラメータαを大きくしたときに位置指令信号xrの変化に対する電動機位置信号xmの応答がなるべく速くなるように構成しても良い。
【0069】
実施の形態2.
実施の形態1では、基礎制御トルク信号τbの演算を、位置ゲイン回路120、速度演算回路100や速度PI制御回路130を用いて(1)式、(2)式、(3)式を用いた演算により計算する構成について説明したが、異なる構成で演算しても良い。特に、トルク信号指令τrから基礎制御トルク信号τbまでの伝達関数が、実施の形態1の(13)式で示したものと等価な場合は、減衰補償回路140の演算は上述のままで良い。
一方、トルク指信号令τrから基礎制御トルク信号τbまでの伝達関数が(13)式で示したものと異なる場合は、減衰補償回路140の演算もそれに応じて変更すれば良く、以下にその内容について説明する。
【0070】
例えば、電動機位置検出器60の分解能が極端に低い場合の対策として、速度演算回路100が(4)式の微分演算の代わりに、(24)式のように速度フィルタFv(s)を追加した演算により電動機速度信号vmを演算したとすると、トルク指令信号τrから基礎制御トルク信号τbまでの伝達関数は(25)式のものとなる。
【0071】
【数24】

【0072】
【数25】

【0073】
この場合、減衰補償回路140での減衰補償トルク信号τcの演算は、(16)式で設定される第1の減衰ゲインKz1、(18)式で設定される第3の減衰ゲインKz3及び減衰パラメータαと、新たに導入する第4の減衰ゲインKz4、第5の減衰ゲインKz5及び(25)式の速度フィルタと同じ伝達関数Fv(s)を用いて、次式により行えばよい。
【0074】
【数26】

ただし、第4の減衰ゲインKz4及び第5の減衰ゲインKz5は次のように設定する。
【0075】
【数27】

【0076】
【数28】

【0077】
そうすると、トルク指令信号τrの箇所で開いた開ループ伝達関数L(s)は次式となる。
【0078】
【数29】

【0079】
すなわち、減衰パラメータαの変更によって、(29)式の開ループ伝達関数の零点のうち、反共振点の減衰係数だけが変化する構成となる。なお、反共振点以外の零点については、(29)式を展開すると記述が複雑になるため省略するが、減衰パラメータαの変更で変化しないのは明らかであり、また通常の調整では、反共振点以外の零点は実数、あるいは減衰係数の大きな複素零点になるものである。
【0080】
以上により、トルク指令信号τrから基礎制御トルク信号τbまでの伝達関数が、実施の形態1の(13)式で示したものと異なる場合においても、速度ゲインkvを十分に大きくすると、実施の形態1と同様に、減衰調整パラメータαを適切な値に大きくするだけで、閉ループ極の減衰係数を大きくすることができる。これにより、制御対象10に外乱が加わるような場合でも振動を抑制することが可能になり、簡単な調整で高精度に電動機30の位置、あるいは負荷20の位置、を制御することが可能になる。
【0081】
実施の形態3.
実施の形態1では、安定化補償回路80において、負荷位置信号xlを2階微分して安定化補償ゲインKstを乗じた信号を負荷位置信号xlに加算することで、負荷位置信号xlの位相遅れに対する補償を行ったが、制御対象10の反共振周波数ωz及び共振周波数ωpの近辺で位相を進ませる効果があれば、効果の大小はあるものの、他の演算を行っても負荷位置信号xlの位相遅れに対する補償を行うことができる。
図7は、本発明の実施の形態3による機械位置制御装置を示すブロック図であるが、図1に示した実施の形態1における減衰補償回路140を省略し、基礎制御トルク信号τbをそのままトルク指令信号τrとする構成である。
【0082】
例えば、安定化補償回路80aにおいて、安定化補償ゲインKstとフィルタ時定数tstを用いて以下の伝達関数で表される演算を行う。
【0083】
【数30】

【0084】
式(30)は、実施の形態1における安定化補償回路80の演算に、更に2次のローパスフィルタを追加したものであり、負荷位置検出器70の分解能が特に粗くて問題を生じる場合などにノイズを低減する効果が大きくなる。
この場合、安定化補償ゲインKstは、実施の形態1にて用いた(11)式に近い値に設定すればよく、またフィルタ時定数tstは安定化補償ゲインKstの平方根より小さい値にすれば、(30)式の演算により位相を進ませる効果が得られる。
【0085】
また、(30)式では、分母分子が2次の伝達関数により位相進み特性を持つ演算を行ったが、例えば次式に示すような、分母分子が1次の伝達関数でも、反共振周波数ωz及び共振周波数ωpの付近で位相を進ませる効果があるため、安定化補償回路80aが無い構成に比べて位置ゲインkpとフィルタ周波数ωfを大きくできる効果がある。
【0086】
【数31】

ただし、位相を進ませる効果はt2<t1にしたときに得られ、また、t1は反共振周波数ωzの逆数付近の値に設定するものとする。
【0087】
以上のように構成すれば、安定化補償回路80aは、負荷位置信号xlを入力として、(30)式あるいは(31)式で表されるような位相を進ませる伝達関数の演算により補償後負荷位置信号xlcを出力する。また、位置信号合成回路90は、電動機位置信号xmにハイパスフィルタを作用させた信号と、補償負荷位置信号xlにローパスフィルタを作用させた信号との和信号を、制御対象位置信号xfbとして出力する。したがって、この実施の形態3の構成では、位置指令信号xrと制御対象位置信号xfbに基づいてトルク指令信号τrの演算を行っている。
その結果、安定化補償回路80aが無い構成に比べて位相を進めた制御対象位置信号xfbをフィードバックすることになり、制御対象10の機械剛性が低くても、位置信号合成回路90のフィルタ周波数ωf及び位置ゲイン回路120の位置ゲインkpを安定に大きくすることが可能になり、負荷位置信号xlの制御精度を向上させることが可能になる。
【0088】
実施の形態4.
実施の形態1の安定化補償回路80と位置信号合成回路90とを省略したときの、減衰補償回路140の動作は以下のとおりとなる。
図8は、この実施の形態4による機械位置制御装置を示すブロック図であり、図1の構成から安定化補償回路80と位置信号合成回路90を省略し、位置ゲイン回路120には、制御対象位置信号xfbの代わりに電動機位置信号xmをそのまま入力するものである。
【0089】
以上のような構成において、開ループ伝達関数は実施の形態1と同じく(20)式で表され、減衰調整パラメータαの変更により開ループ伝達関数における反共振点の減衰係数ζzだけを変更するように構成する。その結果、速度ゲインkvを十分に大きくすると、減衰調整パラメータαを適切な値に大きくするだけで、閉ループ極の減衰係数を大きくすることができ、制御対象10に外乱が加わるような場合でも振動を抑制することが可能になる。
【0090】
なお、この実施の形態4では安定化補償回路80と位置信号合成回路90とが無いことにより、位置指令信号xrに電動機位置信号xmが一致するように動作し、負荷位置信号xlと電動機位置信号xmとの間に生じる定常的誤差を補正する機能は無いが、このような誤差が特に問題にならない用途においては、簡単な制御系の構成で速度ゲインkvや位置ゲインkpを大きくするとともに、減衰補償回路140の機能によって開ループ伝達関数における反共振点の減衰係数を大きして振動を抑制し、電動機30の位置を高精度に制御することができる。またその結果、負荷20の位置も問題なく制御される。したがって簡単な調整で高精度に電動機30の位置及び負荷20を制御することが可能になる。
【0091】
なお、実施の形態1から実施の形態4の構成の他、位置速度制御回路110に電動機の速度のフィードバックである電動機速度信号vmを入力しない構成や、速度PI制御回路130に代えて、速度IP制御を行う回路を用いる構成などの変形例が考えられるが、それらの変更に対応した伝達特性を持つ安定化補償回路80や減衰補償回路140を、上記の実施の形態1から実施の形態4と同様の方法で構成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】本発明の実施の形態1による機械位置制御装置を示すブロック図である。
【図2】制御対象の周波数応答を示す図である。
【図3】セミクローズ制御による機械位置制御装置を示すブロック図である。
【図4】位置信号合成回路の内部構成を示すブロック図である。
【図5】安定化補償回路の内部構成を示すブロック図である。
【図6】減衰補償回路の内部構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の実施の形態3による機械位置制御装置を示すブロック図である。
【図8】本発明の実施の形態4による機械位置制御装置を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0093】
10 制御対象
20 負荷
30 電動機
80、80a 安定化補償手段である安定化補償回路
110 速度位置制御手段である速度位置制御回路
140 減衰補償手段である減衰補償回路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機により駆動される負荷の位置の目標値を示す位置指令信号と、前記電動機と前記負荷との現在位置に関する参照情報である制御対象位置信号とを入力として、前記電動機が前記負荷を駆動するトルクの目標値であるトルク指令信号を出力する位置速度制御手段、
前記負荷の現在位置の測定値である負荷位置信号を入力として、位相を進ませる伝達関数に基づいて、前記負荷位置信号の位相遅れに対する補償を行った補償後負荷位置信号を出力する安定化補償手段、
及び前記電動機の現在位置の測定値である電動機位置信号の高周波成分からなる信号と、前記補償後負荷位置信号の低周波成分からなる信号とを合成して、前記制御対象位置信号を出力する位置信号合成手段を備えたことを特徴とする機械位置制御装置。
【請求項2】
安定化補償手段は、負荷位置信号を2階微分して安定化補償ゲインを乗じた信号と負荷位置信号とを加算するものであることを特徴とする請求項1に記載の機械位置制御装置。
【請求項3】
電動機により駆動される負荷の位置の目標値を示す位置指令信号と、前記電動機及び前記負荷の現在位置に関する参照情報である制御対象位置信号とを入力として、前記電動機が前記負荷を駆動するトルクの目標値であるトルク指令信号の算出の基礎となる基礎制御トルク信号を出力する位置速度制御手段、
前記負荷の現在位置の測定値である負荷位置信号を入力として、位相を進ませる伝達関数に基づいて、前記負荷位置信号の位相遅れに対する補償を行った補償後負荷位置信号を出力する安定化補償手段、
前記電動機の現在位置の測定値である電動機位置信号の高周波成分からなる信号と、前記補償後負荷位置信号の低周波成分からなる信号とを合成して、前記制御対象位置信号を出力する位置信号合成手段、
及び前記基礎制御トルク信号に加算することで前記トルク指令信号を得る減衰補償トルク信号を、前記電動機位置信号と前記負荷位置信号とを入力として出力する手段であって、前記電動機による負荷の駆動系を二慣性系としてモデル化したときに、前記トルク指令信号から前記基礎制御トルク信号までの伝達関数である第1の開ループ伝達関数に対して、その第1の開ループ伝達関数と合成して得られる開ループ伝達関数が、前記第1の開ループ伝達関数における前記二慣性系の反共振点の減衰係数だけを変更したものとなるように定めた第2の開ループ伝達関数に基づいて、前記トルク指令信号からの伝達関数が前記第2の開ループ伝達関数となるように前記減衰補償トルク信号の演算を行う減衰補償手段を備えたことを特徴とする機械位置制御装置。
【請求項4】
電動機に駆動される負荷の位置の目標値を示す位置指令信号と、前記電動機の現在位置の測定値である電動機位置信号とを入力として、前記電動機が前記負荷を駆動するトルクの目標値であるトルク指令信号の算出の基礎となる基礎制御トルク信号を出力する位置速度制御手段、
及び前記基礎制御トルク信号に加算することで前記トルク指令信号を得る減衰補償トルク信号を、前記電動機位置信号と前記負荷の現在位置の測定値である負荷位置信号とを入力として出力する手段であって、前記電動機による負荷の駆動系を二慣性系としてモデル化したときに、前記トルク指令信号から前記基礎制御トルク信号までの伝達関数である第1の開ループ伝達関数に対して、その第1の開ループ伝達関数と合成して得られる開ループ伝達関数が、前記第1の開ループ伝達関数における前記二慣性系の反共振点の減衰係数だけを変更したものとなるように定めた第2の開ループ伝達関数に基づいて、前記トルク指令信号からの伝達関数が前記第2の開ループ伝達関数となるように前記減衰補償トルク信号の演算を行う減衰補償手段を備えたことを特徴とする機械位置制御装置。
【請求項5】
減衰補償手段が出力する減衰補償トルク信号は、負荷位置信号と電動機位置信号との差に第1の減衰ゲインを乗じた信号、位置指令信号と前記負荷位置信号との差を微分して第2の減衰ゲインを乗じた信号、及び前記位置指令信号と前記負荷位置信号との差に第3の減衰ゲインを乗じた信号を加算した信号に、二慣性系の反共振点の減衰係数を調整する減衰調整パラメータに基づく係数を乗じた信号であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の機械位置制御装置。
【請求項6】
位置速度制御回路は、電動機の速度の現在値を示す電動機速度信号を更に入力とすることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載の機械位置制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−350792(P2006−350792A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−177845(P2005−177845)
【出願日】平成17年6月17日(2005.6.17)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】