説明

歪み補償装置及び歪み補償方法

【課題】帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセット量が変動した場合でも適切な歪み補償処理が可能な歪み補償装置及び歪み補償方法を提供すること。
【解決手段】送信信号を送信している期間において、DCオフセット算出部114にてA/D変換器138a,138bのDCオフセット量を算出する。また、歪み電力算出部108にて帰還信号の歪み電力を測定し、処理判断部110にて歪み補償係数の更新の必要性を判断し、必要と判断されれば、補償係数算出部116にて、A/D変換器138a,138bのDCオフセット量を考慮した歪み補償係数を算出し、プリディストーション特性を補正する。切り替え制御部112は、直交復調部136,DCオフセット算出部114等のオン/オフを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歪み補償装置及び歪み補償方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年CDMA(Code Division Multiple Access:符号分割多元接続)伝送方式の携帯端末が実用化されている。CDMA方式の送信増幅器(アンプ)は、広帯域・高ダイナミックレンジの信号を低歪みで増幅する線形性と、不要電波の放射を抑制することによる高効率性が求められる。従来、増幅器の非線形歪みを補償する方式としては、負帰還方式、フィードフォワード方式、プリディストータ方式が知られている。
【0003】
負帰還方式は、信号が広帯域になると発振現象などが起こりやすく動作の不安定性が増すために、広帯域信号を扱う無線機に使用されることは少ない。
【0004】
フィードフォワード方式は、原理的には動作の不安定性が生じないため、現在、多くの基地局の無線機に使用されている。ところが、フィードフォワード方式は誤差成分を抽出し、副増幅器で別個に増幅したのち、主増幅器の出力信号から差し引く構成をとる必要があるため、回路が複雑になるとともに、副増幅器の使用により電力効率が低下するという問題がある。
【0005】
これに対してプリディストータ方式は、副増幅器が不要であることからフィードフォワード方式に代わるものとして注目され、研究開発が進められている。以下、非線形歪み補償プリディストータ方式の原理について説明する。
【0006】
図13は、歪み補償が無い場合の送信信号の増幅結果について説明するための図である。図13において、I,Qの各信号(インフェーズ信号、直交信号)は、D/A変換器500a,500bによってアナログ信号に変換され、各アナログ信号について、直交変調部502によって、4相位相変調やOFDM等の直交変調がなされる。そして、搬送波生成回路506から生成される搬送波がミキサにより構成されるアップコンバータ504にて乗算され、送信信号の周波数変換がなされ、電力増幅器508により増幅され、アンテナ510を介して送信される。
【0007】
図中、点線で囲んで示される特性図P1の上側に示されるように、D/A変換器500a,500bは信号レベルに関して線形の変換を行い、また特性図P1の下側に示されるように、D/A変換器500a,500bでは位相回転は生じない。
【0008】
また、図13の点線で囲んで示される特性図P2のように、電力増幅器508は、特性図P2に示されるように入力振幅に依存したAM/AM特性(振幅歪み)、AM/PM特性(位相歪み)という入出力特性の非線形性をもつ。したがって、特性図P3に示されるように、電力増幅器508の出力波形に非線形性が生じる。
【0009】
すなわち、電力増幅器508の入力/出力特性は入力レベルが低い領域では線形なものであるが、入力レベルがある値を超えると増幅器のAM/AM特性は飽和して行き非線形となり、そのためアンテナ出力信号に歪みが生じる。
【0010】
また、電力増幅器508は、入力レベルが低い信号に対して出力信号は位相回転がない状態であるが、入力信号がある値を超えると出力信号で位相回転が生じる。このため、電力増幅器508の出力信号の位相は、入力信号に対して回転してしまう。
【0011】
図15は、位相歪みについて説明するための図である。図15において、点S1は、位相平面における実際に送信したい点を示しており、点S2は、位相歪みによって位相回転が生じた後の点を示している。このような位相回転は、変調誤差となって、変復調の精度を悪化させる原因となる。
【0012】
図14は、前歪み補償部を設けて歪み補償した場合の増幅結果を説明するための図である。図14において、図13と同じ部分には同じ参照符号を付してある。
【0013】
図示されるように、図14では、前歪み補償部600が設けられている。この前歪み補償部600では、点線で囲んで示される特性図P5のとおり、予め、電力増幅器508における歪み特性と逆の歪み特性を、I,Qの各信号に与える。
【0014】
これによって、特性図P7に示されるように、I,Qの各信号を電力増幅器508によって増幅すると、電力増幅器508の非線形の歪み特性が相殺され、実質的に線形増幅がされることになる。
【0015】
図16は、歪み補償した場合としない場合の周波数スペクトラムを示す図である。図16において、特性線aは、歪み補償がない場合の周波数スペクトラムを示し、特性線bは、歪み補償がある場合の周波数スペクトラムを示す。歪み補償を行わないと、歪み特性により帯域外に電力が漏洩してしまうが、歪み補償を行うことで帯域外に漏洩する電力が抑えられることが分かる。
【0016】
図17は、一般的な前歪み補償を実施する送信機の構成の一例を示すブロック図である。図17の送信機は、送信系、帰還系ならびに歪み補償系に大別される。送信系は、遅延器700a,700bと、前歪み補償部702と、D/A変換器712a,712bと、直交変調部714と、搬送波を出力する発振器724と、アップコンバータ716と、電力増幅器718と、アンテナ722と、により構成される。
【0017】
また、受信系は、方向性結合器720と、搬送波を出力する発振器724と、ダウンコンバータ726と、直交復調部728と、A/D変換器730a,730bとにより構成される。
【0018】
また、歪み補償系は、送信ベースバンド信号(I,Qの各信号)と帰還系を経由して帰還される信号とを比較して補償係数を算出する補償係数算出部710と、入力電力に対応した歪み補償係数が保存されている歪み補償テーブルメモリ706と、電力計算部704(この電力計算部の出力によって歪み補償テーブル706がアドレッシングされ、歪み補償係数がテーブル引きされる)と、により構成される。
【0019】
図17の送信機では、歪み補償テーブルメモリ706に搭載される歪み補償テーブルは、電力増幅器718の非線形特性を補償するように作成されている。また、補償係数算出部710によって、歪み補償係数(プリディストーション処理の特性の制御パラメータ)の算出を行い、歪み補償テーブルに保存されている歪み補償係数を適応的に更新させている。
【0020】
図17のような、テーブルを利用して前歪み補償を行う送信機の構成は、例えば、特許文献1に記載されている。また、歪み補償係数の算出方法については、例えば、特許文献2に記載されている。
【0021】
さらに、帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセットに着目し、そのDCオフセット量を検出し、そのDCオフセットによって生じる位相誤差を算出し、送信信号の位相を補正する位相補正装置は、特許文献3に記載されている。この特許文献3では、帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセット量を考慮した位相補正は、送信開始時に1回だけ行われる。
【0022】
【特許文献1】国際公開第01/008320号パンフレット
【特許文献2】特開平9−69733号公報
【特許文献3】特開2002−319989号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
図17に示す前歪み補償を行う送信機では、帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセットに起因する歪み補償特性の低下は考慮されていない。
【0024】
すなわち、帰還系に含まれるA/D変換器には、DCオフセットが発生する。図17の下側の特性図P10に示されるように、補償係数算出部710では、本来なら、非線形歪みを特性X1のように検出し、この非線形歪みを補償するように補償係数を算出する必要がある。しかし、A/D変換器730a,730bにDCオフセットが生じると、非線形歪みの特性が、特性X1からY1に変化し、そのY1(A/D変換器730a,730bのDCオフセットが重畳されて誤差が生じている特性)に基づいて補償係数が算出されてしまう。
【0025】
したがって、図17の左上の特性図p11に示すように、前歪み補償部702において、本来なら特性X2のようなプリディストーションが施されるべきところ、Y2のようなプリディストーションが施されることになる。すると、図17の右上に示される特性図P12に示されるように、歪みが完全には相殺されず、送信信号の非線形歪みを十分に除去することができない。
【0026】
また、特許文献3に開示される従来技術の場合、帰還系のA/D変換器のDCオフセットの検出については言及されているものの、そのA/D変換器のDCオフセット量を考慮した位相補正は、送信開始時に1回だけ行われるだけである。したがって、送信時に位相補正を行うものではないため、経年変化(経時的変化)や周囲温度の変動等によって、A/D変換器のDCオフセット量に変動が生じた場合、必要なときに適切な補正を行うことができず、歪み補償の精度が低下してしまうといった事情があった。また、特許文献3に記載される技術の場合、位相補正のみを行い、振幅歪みの補正を行っていない。
【0027】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセット量が変動した場合でも適切な歪み補償処理が可能な歪み補償装置及び歪み補償方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明は、第1に、送信ディジタル信号をアナログ変換するD/A変換器と、変調部と、電力増幅器とを含む送信系と、前記送信系の送信出力信号を分岐すると共に、A/D変換器を含む帰還系と、前記送信ディジタル信号に基づいて、前記D/A変換器の前段で前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を施すプリディストーション処理部と、前記A/D変換器のDCオフセット量を算出するDCオフセット算出部と、前記算出されたDCオフセット量を参照して、前記プリディストーション処理部における歪み補償特性を更新する歪み補償特性更新部と、送信時の状態に応じて前記歪み補償特性の更新の必要性を判断する処理判断部と、前記処理判断部の判断結果を参照しながら、前記A/D変換器への信号入力、前記歪み補償特性更新部、及び前記DCオフセット算出部のオン/オフを切り替える切り替え制御部とを備え、前記切り替え制御部は、前記処理判断部により歪み補償特性の更新が必要と判断されている期間中のみ前記歪み補償特性更新部がオン状態となることを許可し、前記歪み補償特性更新部をオンさせているときには、前記A/D変換器への信号入力をオンに、前記DCオフセット算出部をオフにする歪み補償装置が提供されるものである。
【0029】
この構成により、送信時の状態に基づいて判断される歪み補償特性の更新の必要性に応じてA/D変換器への信号入力、歪み補償特性更新部、及びDCオフセット算出部のオン/オフの切り替えを適切に制御しているので、送信系から送信信号を送信している期間においてDCオフセット量を鑑みた歪み補償特性の更新を効率的かつ精度良く行うことができる。
【0030】
本発明は、第2に、上記第1に記載の歪補償装置であって、前記帰還系は、前記A/D変換器の前段に設けられ、前記分岐された送信出力信号を復調する復調部を含み、前記切り替え制御部は、前記復調部のオン/オフを切り替えることにより前記A/D変換器への信号入力のオン/オフを切り替えるものである。
【0031】
この構成により、帰還系の復調部のオン/オフを選択することができるので、不要なときにはオフとすることで、DCオフセット量を精度良く算出することと歪み補償装置の消費電力を削減することができる。
【0032】
本発明は、第3に、上記第1又は第2に記載の歪補償装置であって、前記A/D変換器の出力信号に基づいて、前記送信時の状態として歪み電力を算出する歪み電力算出部を更に備え、前記処理判断部は、前記歪み電力算出部により算出された歪み電力値と所定のしきい値とを比較し、歪みが大きい場合に歪み補償特性の更新が必要であると判断し、歪みが小さいときは不要であると判断するものである。
【0033】
この構成により、実測された歪み電力をしきい値と比較して歪みの大きさを判定することによって、歪み補償特性の更新の必要性を判断することが可能となる。
【0034】
本発明は、第4に、上記第3に記載の歪み補償装置であって、前記切り替え制御部は、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が不要であると判断されている期間において、所定間隔をおいて間欠的に前記A/D変換器への信号入力をオンにし、前記処理判断部は、前記A/D変換器への信号入力がオンになっている間に、前記歪み電力算出部により測定された歪み電力の値と前記所定のしきい値との比較を実施する歪み補償装置が提供されるものである。
【0035】
この構成により、歪み補償特性の更新の必要性の判断を、常時行うのではなく、間欠的に行うことによって、各部の監視負担が軽減することが可能となり、また、消費電力を削減することも可能となる。
【0036】
本発明は、第5に、上記第1ないし第4のいずれか一項に記載の歪み補償装置であって、前記送信時の状態として、周囲温度を検出する温度検出部を更に備え、前記処理判断部は、前記温度検出部によって検出された温度情報を監視し、前記歪み補償特性の更新が必要であると判断し、温度変動が許容範囲内であるときは不要であると判断する歪み補償装置が提供されるものである。
【0037】
この構成により、実測された温度変動の大きさを判定することによって、歪み補償特性の更新の必要性を判断することが可能となる。例えば、許容範囲を超える温度変動が生じた場合に、各電子部品の特性が変化したことが原因で歪み特性が変化した場合、歪み補償特性の更新が必要と判断することができる。
【0038】
本発明は、第6に、上記第1ないし5のいずれか一項に記載の歪み補償装置であって、前記切り替え制御部は、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が必要であると判断されている間は、前記歪み補償特性更新部を継続的にオンにし、前記DCオフセット算出部を継続的にオフにするものである。
【0039】
この構成により、歪み補償特性の更新が必要なときには、常に歪み補償特性の更新処理を行うので、歪み補償特性の更新のための演算時間を短縮することができる。
【0040】
本発明は、第7に、上記第1ないし第6のいずれかに記載の歪み補償装置であって、前記プリディストーション処理部は、前記送信ディジタル信号の電力レベルに対応付けられた歪み補償係数を格納する歪み補償テーブルメモリと、前記歪み補償テーブルメモリから出力された歪み補償係数に基づいて、前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を行う前歪み補償部とを有し、前記歪み特性更新部は、前記歪み補償テーブルメモリに格納される歪み補償係数を更新するものである。
【0041】
この構成により、送信ディジタル信号に応じた歪み補償テーブルメモリから歪み補償係数をテーブル引きする構成を有するプリディストーション処理部において、DCオフセット量を鑑みた歪み補償係数の更新を効率的かつ精度良く行うことができる。
【0042】
本発明は、第8に、上記第1ないし第7のいずれかに記載の歪み補償装置を搭載した無線通信装置が提供されるものである。
【0043】
この構成により、A/D変換器のDCオフセットに関係なく、常に高精度の歪み補償を行うことが可能な高性能な無線通信装置が提供される。
【0044】
本発明は、第9に、上記第1ないし第7のいずれかに記載の歪み補償装置を搭載した移動体通信用基地局装置が提供されるものである。
【0045】
この構成により、A/D変換器のDCオフセットに関係なく、常に高精度の歪み補償を行うことができ、広帯域かつ広ダイナミックレンジの信号を低歪みで増幅する線形性と、不要電波の放射を抑制することにより送信の高効率化とを両立させることが可能な、高性能の移動体通信用基地局装置を実現することができる。
【0046】
本発明は、第10に、送信ディジタル信号をアナログ変換するD/A変換器と、変調部と、電力増幅器とを含む送信系と、前記送信系の送信出力信号を分岐すると共に、A/D変換器を含む帰還系と、前記送信ディジタル信号に基づいて、前記D/A変換器の前段で前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を施すプリディストーション処理部とを備える歪み補償装置の歪み補償方法であって、送信時の状態に応じて前記プリディストーション処理部における歪み補償特性の更新の必要性を判断するステップと、前記A/D変換器のDCオフセット量を算出するDCオフセット算出部により算出されたDCオフセット量を参照して、歪み補償特性更新部によって、前記プリディストーション処理部の歪み補償特性を更新するステップと、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が必要と判断されている期間中のみ前記歪み補償特性更新部がオン状態となることを許可し、前記歪み補償特性更新部をオンさせているときには、前記A/D変換器への信号入力をオンに、前記DCオフセット算出部をオフにするステップとを有する歪み補償方法が提供されるものである。
【0047】
この方法により、送信時の状態に基づいて判断される歪み補償特性の更新の必要性に応じてA/D変換器への信号入力、歪み補償特性更新部、及びDCオフセット算出部のオン/オフの切り替えを適切に制御しているので、送信系から送信信号を送信している期間においてDCオフセット量を鑑みた歪み補償特性の更新を効率的かつ精度良く行うことができる。
【発明の効果】
【0048】
本発明によれば、帰還系に含まれるA/D変換器においてDCオフセット量が変動した場合でも適切な歪み補償処理が可能な歪み補償装置及び歪み補償方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0049】
(第1の実施形態)
本実施形態の歪み補償装置(ならびにこれを搭載した無線送信装置)は、電力増幅器で増幅した信号を帰還信号として検出し、補償係数算出部で更新係数の算出を行うプリディストータ方式の歪み補償装置であり、送信系から信号を送信している期間において、リアルタイムで、帰還系のA/D変換器のDCオフセット量を算出し、そのDCオフセット量による悪影響を低減するように歪み補償係数を更新することによって、安定した高精度の歪み補償を実現する。
【0050】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る非線形歪み補償装置の主要な構成を示すブロック図である。
【0051】
図示されるように、非線形歪み補償装置は、送信系と、帰還系と、プリディストーション処理部と、プリディストーション処理部の歪み補償特性を更新するための歪み補償特性更新部とに大別される。
【0052】
送信系は、タイミング調整のための遅延器100a,100bと、送信ベースバンド信号(I,Qの各信号)にプリディストーション処理を施す前歪み補償部102と、プリディストーション処理を経た信号をアナログ信号に変換するD/A変換器120a,120bと、D/A変換により得られるアナログ信号を直交変調する直交変調部122と、搬送波生成回路132からの搬送波をミキシングするミキサ(アップコンバータ)124と、電力増幅器126と、アンテナ130とを備える。
【0053】
また、帰還系は、送信出力信号を分岐させるための方向性結合器128と、この方向性結合器128によって分岐された信号(以下、帰還信号という)に搬送波生成回路132からの搬送波をミキシングするミキサ(ダウンコンバータ)134と、周波数変換後の信号に直交復調処理を実施する直交復調部136と、この直交復調部136を通過したアナログ信号をディジタル信号に変換するA/D変換器138a,138bとを備える。
【0054】
プリディストーション処理部は、電力計算部104と、歪み補償テーブルメモリ106と、前歪み補償部102とを有する。電力計算部104の出力によって歪み補償テーブル、メモリ106がアドレッシングされ、歪み補償係数がテーブル引きされる。なお、歪み補償テーブルメモリ106に搭載される歪み補償テーブルには、各入力電力に対する歪み補償係数が保存されており、歪み補償係数は送信系の電力増幅器126の非線形特性を補償するように作成されている。
【0055】
図1の非線形歪み補償装置は、A/D変換器138a,138bのDCオフセット量が経年変化によって変化して、歪み補償特性に悪影響を及ぼすのを防止するために、歪み補償特性更新部117を備えている。歪み補償特性更新部117の前段には、送信ベースバンド信号(I,Qの各信号)に対してタイミング調整を行うための遅延器118a,118bが設けられている。
【0056】
この歪み補償特性更新部117は、歪み補償テーブルメモリ106に格納される歪み補償係数(歪み補償特性を制御するためのパラメータ)を適応的に算出して更新係数として出力する補償係数算出部116と、帰還系のA/D変換器138a,138bのDCオフセット量を間欠的に算出するDCオフセット算出部114と、A/D変換器138a,138bの出力信号に基づいて帰還信号の歪み電力を算出する歪み電力算出部108と、算出された歪み電力値が所定のしきい値と同じか、またはそれを超えている場合に、歪み補償係数の更新をする必要ありと判断する処理判断部110と、この処理判断部110による判断結果を参照しつつ、直交復調部136およびDCオフセット算出部114、ならびに補償係数算出部116のオン/オフを制御する切り替え制御部112とを有する。
【0057】
補償係数算出部116は、送信ベースバンド信号と帰還信号とを比較して、非線形性歪みを打ち消すように歪み補償係数を適応的に算出するが、このとき、DCオフセット算出部114からDCオフセット情報が与えられ、歪み補償係数の算出の際には、そのDCオフセット量の情報が考慮される。
【0058】
図1の非線形歪み補償装置では、歪み補償テーブルメモリに保存されている歪み補償係数の更新が必要か否かは、帰還信号の歪み電力によって判断される。つまり、歪み電力が十分に低減されていれば、プリディストーションが有効に働いていることと判断することができるため、歪み補償係数の更新は不要である。また、図11の歪み補償装置では、周囲温度が許容範囲を超える変動が生じなければ、電子回路の特性に大きな影響はないため、歪み補償係数の更新は不要である。
【0059】
具体的には、処理判断部110では、実測された歪み電力値が、しきい値以上(あるいは、しきい値を超えているか)を判定し、歪み補償係数の更新の必要性を判断する。
【0060】
また、送信系による送信期間中にリアルタイムで歪み補償係数の更新を実施するためには、必要な情報を正確に取得するため、かつ、消費電力の削減を図る観点から、直交復調部136、DCオフセット算出部114、補償係数算出部116を緊密に連携させ、そのオン/オフを巧みに切り替え制御することが重要となる。この切り替えは、切り替え制御部112が実施する。
【0061】
つまり、A/D変換器138a,138bの経年変化、温度変化に伴うDCオフセット量を周期的に測定する際、そのA/D変換器138a,138bに帰還信号が入力されていたのでは、正確なDCオフセット量を測定できないため、DCオフセット量の測定時には、帰還系の直交復調部136をオフし、A/D変換138a,138bを無入力状態とする。
【0062】
A/D変換器138a,138bに帰還信号が入力されないときは、当然のことながら、歪み補償係数の算出はできないから、補償係数算出部116はオフさせて、消費電力を削減する。なお、直交復調部136のオフも消費電力の削減の効果がある。
【0063】
その逆に、歪み電力の算出を行うときや歪み補償係数の算出を行うときには、必ずA/D変換器138a,138bには帰還信号が入力される必要があるから、直交復調部136はオンさせる。一方、このときは、DCオフセット量の正確な測定はできないから、DCオフセット算出部114はオフさせて消費電力を削減する。
【0064】
このように、各部のオン/オフを適切に制御することによって、A/D変換器138a,138bのDCオフセット量の高精度の測定と、回路の消費電力の削減と、を効率的に両立させることができる。
【0065】
以下、主要な各部の機能と動作について、より具体的に説明する。まず、歪み補償の基本について具体的に説明する。
【0066】
送信ベースバンド信号の同相成分I信号、直交成分Q信号に基づいて、電力計算部104にて、送信電力が計算される。送信電力の算出は、以下の(式1)の演算によって行われる。
【0067】
【数1】

【0068】
歪み補償テーブルメモリ106に搭載されている歪み補償テーブルから、電力計算部104で計算した送信電力レベルに応じた歪み補償係数がテーブル引きされ、出力される。前歪み補償部102では、渡された歪み補償係数にて、送信信号に電力増幅器126の振幅逆特性と位相逆特性を乗算する。なおテーブル引きには、送信電力のルートをとった送信振幅を使用しても同じことである。この場合は、(式2)のような演算が行われる。
【0069】
【数2】

【0070】
歪み補償テーブルメモリ106には、前歪み補償部で歪み特性の逆特性になるような歪み補償係数が保存されている。また、歪み補償係数は、補償係数算出部116から出力される更新係数ai,biによって、適応的に更新される。
【0071】
送信系の遅延器100a,100bは、送信信号から電力を計算し歪み補償係数をテーブル引きする際の遅延時間分のタイミングを合わせるためのものである。補償係数算出部116の前にある遅延器118a,118bは、アナログ部で生じる遅延時間分、送信信号を遅延させ、帰還信号とのタイミングを合わせるためのものである。
【0072】
D/A変換器120a,120bは、前歪みがかけられたI,Qの各信号を、それぞれアナログ信号に変換する。I,Qの各信号は、直交変調部122へ入力される。直交変調部122は入力されたアナログI,Q信号にそれぞれ基準搬送波とこれを90°移相した信号を乗算し、乗算結果を加算することにより直交変調を行う。
【0073】
アップコンバータ124は、直交変調信号と局部発振信号をミキシングして無線周波数へ周波数変換する。電力増幅器126は、アップコンバータ126から出力された周波数変換信号を電力増幅してアンテナ130より空中に放射する。
【0074】
また、電力増幅器126から出力された変調信号は方向性結合器128で分配し、帰還信号として使用する。帰還信号は歪み補償係数を算出するために使用される。帰還信号はダウンコンバータ134で周波数変換される。
【0075】
直交復調部136では、直交復調を行うことによって同相成分IF、直交成分QFを取り出し、A/D変換器138a,138bは、アナログ信号をディジタル信号に戻す。
【0076】
図2(a),(b)は各々、A/D変換器にDCオフセットがない場合とある場合における、A/D変換信号の様子を示す図である。
【0077】
図示されるように、A/D変換信号は、A/D変換器138a,138bにDCオフセットが無い場合は、中心をゼロとした、図2(a)に示されるような波形となり、DCオフセットがある場合は、図2(b)のようにDCオフセット量αが入った波形となる。
【0078】
このDCオフセット量αを精度良く求めることができれば、次段の補償係数算出部116にてDCオフセット量αの影響を除いた歪み補償テーブルを作成することが可能となり、精度良く歪み補償係数が計算できる。また、このDCオフセット量αはA/D変換器138a,138bの特性の経年変化(あるいは温度)によって変動する。この変動化に追従するため、適宜DCオフセット量αを算出することが必要である。
【0079】
補償係数算出部116では、送信信号と帰還信号の誤差が最小になるよう、振幅歪み、位相歪み補償係数を決定する。歪み補償係数を算出する方法は、最小二乗法(LMS)、指数重み付き逐次最小二乗法(RLS)などがある。
【0080】
DCオフセット算出部114では、A/D変換器138a,138bの出力信号の区間平均を行い、DCオフセット量を算出する。帰還信号のA/D変換後の値をI−FD、Q−FDとすると、I信号側のD/A変換器のDCオフセット量α_I、Q信号側のA/D変換器のDCオフセット量α_Qは、以下の式のようになる。NはI−FD、Q−FDのサンプリング数である。tはサンプリング時間であり、I−FD(t)、Q−FD(t)はサンプリング時間tでのA/D変換後の値を示す。
【0081】
【数3】

【0082】
補償係数算出部ではこのα_I、α_Qの補正を行ってから、歪み補償係数を算出する。DCオフセット算出部114でDCオフセット量αを精度良く求めるため、切り替え制御部112にて、直交復調部136のオン/オフ制御を行う。
【0083】
直交復調部136がオンの場合はA/D変換器138a,138bに直交復調された信号が入力され、オフの場合は、A/D変換器138a,138bは無入力の状態となる。
【0084】
A/D変換器138a,138bに直交復調された信号が入力している場合でもDCオフセット量αを求めることができないわけではないが、これは入力信号が正と負の発生確率が同じ信号でなければ正確な値は算出できない。また、仮に正と負の発生確率が同率であっても、正確な値を算出するためには、ある程度の区間平均長を必要とする。
【0085】
直交復調部136がオフの時は、A/D変換器138a,138bの出力I_FD(またはQ_FD)は、図3に示すように、DCオフセット部分の成分のみとなるため、正確にα_I、α_Qの算出が行える。図3は、帰還系のA/D変換器を無入力とした場合における、算出されるDCオフセット量の様子を示す波形図である。
【0086】
切り替え制御部112では、直交復調部136のオン/オフを制御し、直交復調後信号がA/D変換器138a,138bに入力される区間と、A/D変換器138a,138bが無入力になる区間をつくる。直交復調部136がオンして帰還信号がA/D変換器138a,138bに入力されている時は、補償係数算出部116では歪み補償係数を算出し、直交復調部136がオフしてA/D変換器138a,138bが無入力状態のときは、DCオフセット算出部114にて、DCオフセット量αの計算を行う。
【0087】
図4は、切り替え制御部から出力されるオンオフ制御信号による、直交復調部、補償係数算出部、ならびにDCオフセット算出部のオン/オフ制御のタイミングを示すタイミング図である。
【0088】
図示されるように、DCオフセット算出部114がオンしている期間(t2〜t3,t4〜t5,t6〜t7)では、直交復調部136がオフし、補償係数算出部116がオフしている。一方、DCオフセット算出部114がオフしている期間(t1〜t2,t3〜t4,t5〜t6)では、直交復調部136がオンし、補償係数算出部116がオンしている。
【0089】
すなわち、歪み電力が小さい時は、現在使用している歪み補償係数で充分な性能が得られているため、歪み補償係数の更新を行う必要がない(換言すれば、直交復調部の電源をオフにしても良い)ということになる。したがって、送信信号の帰還信号に基づいて歪み電力を測定し、歪みが大きい時は歪み補償係数の算出とDCオフセット量の算出の双方を行い、歪みが小さい時は、DCオフセット量の算出のみを行うようにする。
【0090】
A/D変換後のディジタルI_FD信号、Q_FD信号は歪み電力算出部に入力され、歪み電力が算出される。
【0091】
図5(a),(b)は、歪み電力算出区間を説明するための図であり、(a)は送信キャリアが1キャリアの場合を示す図、(b)は送信キャリアが2キャリアの場合の図である。
【0092】
図5(a)からわかるように、1キャリアのときは、送信帯域x[Hz]を除いて、y[Hz]分の歪み電力を算出する。図5(b)からわかるように、2キャリアの場合は、送信帯域2・x[Hz]を除いて、y[Hz]分の歪み電力を算出する。同様に、nキャリアでは送信帯域n・x[Hz]を除いて、y[Hz]分の歪み電力を算出する。(x,yは任意に設定)
【0093】
図6(a),(b)は歪み電力を算出する方法を説明するための図であり、(a)は、バンドパスフィルタにて歪み帯域のみを抜き出して電力を計算する方法を説明するための図、(b)は、FFT(高速フーリエ変換)により周波数スペクトラムを求めてから、該当帯域の電力を計算する方法を説明するための図である。
【0094】
図5(a)では、バンドパスフィルタ(BPF)140a,140bにて歪み帯域のみを抜き出し、歪み電力系計算部142にて、歪み電力を直接的に計算する。図5(b)では、複素FFT(高速フーリエ変換)を行う複素高速フーリエ変換器144によって周波数スペクトラムを求め、スペクトラム歪み電力計算部146によって、該当帯域の電力を計算する。
【0095】
また、歪み電力の測定は、ある一定のタイミングで周期的に行う。図1の処理判断部110は、測定した歪み電力としきい値を比較し、歪み電力が閾値を超えた場合(あるいはしきい値以上のとき)、歪み特性が劣化したと判断し、切り替え制御部112に通知する。切り替え制御部112は、歪み補償係数の算出を開始する。歪み補償係数を更新して行き、処理判断部110で歪み電力がしきい値以下になったと判断された場合は、切り替え制御部112に通知し、これによって、歪み補償係数の算出が停止される。
【0096】
図7は、歪み電力の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングの一例を示すタイミング図である。
【0097】
図7において、t1〜t7が歪み電力観測(実測)タイミングである。時刻t1により観測(実測)が開始される。t3に歪み特性の劣化が観測される。t3〜t6にて、歪み補償係数の更新が行われる。この補正期間中、DCオフセット量の算出動作と、歪み補償係数の算出処理とを併せて行う必要があるから、補償係数算出部116ならびにDCオフセット算出部114を交互にオンさせる。t6において、歪み補償係数の更新は終了する。
【0098】
観測のみを行っている期間(監視モード期間:t1〜t3)では、歪み補償係数の算出は不要であり、歪み電力測定等ができれば十分であるから、消費電力の削減を重視して、復調部のオン期間を最小限とする(つまり、オフ期間を可能な限り長くする)。歪み補償係数の更新期間(t3〜t6)では、歪み補償係数の算出が必要となるから、復調部をオンさせる期間を長くとる。
【0099】
図8は、歪み電力の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングの他の例を示すタイミング図である。
【0100】
図7に示すように、補償係数算出部116ならびにDCオフセット算出部114を交互にオンさせるのが原則であるが、但し、その補正を開始する前に検出されたDCオフセット量の値の平均値や、直前に測定されたDCオフセット量の値を用いても精度の高い歪み補償係数の更新は行い得るから、補正期間中のDCオフセット算出動作は完全に停止させてもよい。そこで、図8の場合、補正期間(t3〜t6)では、DCオフセット算出動作を完全に停止させている。
【0101】
図9は、歪み補償テーブルメモリおよび前歪み補償部の構成を示すブロック図である。電力計算部104から出力される送信電力値Pをアドレス変数として、歪み補償テーブルメモリ106をアドレッシングし、テーブルから歪み補償係数ai,biを出力させ、その補償係数を前歪補償部102に供給する。
【0102】
前歪み補償部102は、乗算器ならびに加算器を具備しており、下記の(式4)の計算により、歪み補償された位相信号(I’,Q’)を算出する。
【0103】
【数4】

【0104】
また、図1の補償係数算出部116では、送信信号と帰還信号の誤差が最小になるよう、振幅歪み、位相歪み補償係数を決定する。ここでは最小二乗法に基づいて実施の形態を説明する。送信したい信号(歪みがない信号)を下記の(式5)とする。
【0105】
【数5】

【0106】
また、帰還信号を下記の(式6)とする。
【0107】
【数6】

【0108】
このとき、DCオフセット量を考慮すると、下記の(式7)のように、Z(P)は、Z’(P)となる。
【0109】
【数7】

【0110】
ここで、送信したい信号と帰還信号のDCオフセット量を考慮した信号の誤差をe(P)とすると、誤差は、下記の(式8)で表される。ここでPは送信信号の電力である。
【0111】
【数8】

【0112】
補償係数算出部116では、誤差e(P)が最小になるよう、歪み補償係数ai,biを決定する(下記の式9参照)。
【0113】
なお、hn(P)は今回新たに更新する歪み補償係数であり、hn−1(P)はメモリに保存してある前回算出したの補償係数の値である。u(P)は補償係数をかけない(歪み補償を行わない、歪み補償係数が1)時の入力を増幅した出力の値であり(式10)のように表される(*は共役複素数を表す)。Y(P)は前歪み補償部で歪みをかけた出力信号である(式11)。また、μはLMSのステップサイズパラメータであり、h(P)が収束するためには適切な値を設定しなければならない。
【0114】
【数9】

【数10】

【数11】

【0115】
ある入力電力Pにおける歪み補償係数はh(P)=ai+j・biであり、h(P)の実部と虚部がそれぞれai、biとなる。この値を歪み補償テーブルメモリに書き込む。なお、ai、biは式12で表される。なお、real(h(p)),imag(h(p))はそれぞれh(p)の実部、虚部を示す。
【0116】
【数12】

【0117】
この演算を歪み補償係数算出オンのタイミングで行い、歪み補償テーブルメモリを更新する。
【0118】
(第2の実施形態)
図10は、本発明の第2の実施形態に係る非線形歪み補償装置の(A/D変換器を無入力状態とするためにアナログスイッチを使用する例)の構成を示すブロック図である。図10において、図1と同じ部分には共通の参照符号を付している。
【0119】
本実施形態の非線形歪み補償装置の基本的構成は、図1と同じである。但し、本実施形態では、A/D変換器138a,138bを無入力状態とするために、アナログスイッチ150a,150bを設け(各スイッチの一端には終端回路152a,152bが接続されている)、そのスイッチのオン/オフを、切り替え制御部112から出力されるオン/オフ制御信号によって制御する。
【0120】
(第3の実施形態)
図11は、本発明の第3の実施形態に係る非線形歪み補償装置の構成(周囲温度を測定して、歪み補償係数の更新の必要性を判断する構成)を示すブロック図である。図11において、図1と同じ部分には共通の参照符号を付している。
【0121】
本実施形態の非線形歪み補償装置の基本的構成は、図1と同じである。但し、図11の非線形歪み補償装置では、温度センサ160によって周囲温度を実測し、温度測定部162により温度情報を取得し、その温度情報を処理判断部110に与える。処理判断部110は、周囲温度が許容範囲を超えて変動したか否かによって、歪み補償係数の更新の必要性を判断する。
【0122】
つまり、急激な温度変動が生じた場合には、電子回路の特性が変動し、A/D変換器138a,138bのDCオフセット量も急激に変動することが予想される。したがって、周囲温度の急激な変動を監視することによって、歪み補償係数の更新の必要性を判断するものである。例えば、許容範囲を超える温度変動が生じた場合に、各電子部品の特性が変化したことが原因で歪み特性が変化した場合、歪み補償特性の更新が必要と判断することができる。
【0123】
具体的には、周期的に周囲温度の測定を行っている場合、今回の測定温度が、前回の測定温度よりも所定温度(x度)を超えて上昇している場合に、処理判断部110は、許容範囲を超える温度変動が生じたと判断する。これによって、歪み補償係数の更新が開始されることになる。
【0124】
図12は、周囲温度の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングを示すタイミング図である。
【0125】
図12において、t1、t2、t3、t5、t6が周囲温度の実測タイミングである。t3において、歪み補償係数の更新が開始され、その補正は、t4において終了する。
【0126】
歪み補償係数の更新の終了タイミングは、例えば、補償係数算出部116における歪み補償係数の更新が所定回(ここではy回(yは2以上の自然数)とする)行われたタイミングとする。歪み補償係数がy回更新されたときは、A/D変換器138a,138bのDCオフセット量を考慮した適性な歪み補償特性が実現されているものと判断できるからである。t3〜t4の更新期間において、歪み補償係数の算出とDCオフセット算出を交互に実施するのは、前掲の実施形態と同様である。
【0127】
以上説明したように、本発明の実施形態によれば、送信系から送信信号を送信している期間において、リアルタイムで、帰還系のDCオフセットを検出し、そのDCオフセット量を参照し、そのDCオフセットによる影響を低減するようにプリディストーション処理部の歪み補償特性を更新することによって、経年変化(経時的変化)や周囲温度の急激な変化に起因してA/D変換器にDCオフセットが生じた場合でも、そのDCオフセットの悪影響を低減させて、高精度の非線形歪み補償(プリディストーション処理)を常に、安定して実施することができる。
【0128】
また、本発明の実施形態によれば、各部のオン/オフを巧みに切り替えることによって、高精度な歪み補償係数の更新の実施と、回路の消費電力の削減と、を両立することができる。
【0129】
また、無線通信装置が、本発明の実施形態の歪み補償装置を備えることによって、A/D変換器のDCオフセット量に関係なく、常に高精度の歪み補償を行うことが可能な高性能な無線通信装置を提供することができる。
【0130】
また、移動体通信用基地局装置が本発明の実施形態の歪み補償装置を備えることによって、A/D変換器のDCオフセット量に関係なく、常に高精度の歪み補償を行うことができ、広帯域かつ広ダイナミックレンジの信号を低歪みで増幅する線形性と、不要電波の放射を抑制することにより送信の高効率化とを両立させることが可能な、高性能の移動体通信用基地局装置を実現することができる。
【0131】
なお、上記第1〜第3の実施形態では、プリディストーション処理部が、送信ディジタル信号の電力レベルと歪み補償係数とを対応付けて格納し、送信ディジタル信号の電力レベルに応じて歪み補償係数を前歪み補償部へ出力する歪み補償テーブルメモリを有し、補償係数算出部が、プリディストーション処理部における歪み補償特性の更新方法として、歪み補償テーブルメモリの歪み補償係数を更新する場合について説明した。しかしながら、本発明はこの構成に限られず、他の構成を適用することも可能である。例えば、プリディストーション処理部は、歪み補償テーブルメモリの代わりに、多項式を用いて送信ディジタル信号の電力レベルから歪み補償係数を算出する演算部を備え、歪み補償特性更新部は、歪み補償係数算出部の代わりに、演算部にて用いられる多項式の係数等を調整することで歪み補償特性を更新する多項式更新部を設けてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明の歪み補償装置及び歪み補償方法は、帰還系に含まれるA/D変換器のDCオフセット量が変動した場合でも適切な歪み補償処理が可能な効果を有し、無線通信装置及び移動体通信用無線基地局装置等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0133】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る非線形歪み補償装置の主要な構成を示すブロック図
【図2】A/D変換信号の様子を示す図
【図3】帰還系のA/D変換器を無入力とした場合における、算出されるDCオフセット量の様子を示す波形図
【図4】切り替え制御部によるオン/オフ制御のタイミングを示すタイミング図
【図5】歪み電力算出区間を説明するための図
【図6】歪み電力を算出する方法を説明するための図
【図7】歪み電力の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングの一例を示すタイミング図
【図8】歪み電力の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングの他の例を示すタイミング図
【図9】歪み補償テーブルメモリおよび前歪み補償部の構成を示すブロック図
【図10】本発明の第2の実施形態に係る非線形歪み補償装置の主要な構成を示すブロック図
【図11】本発明の第3の実施形態に係る非線形歪み補償装置の主要な構成を示すブロック図
【図12】周囲温度の周期的な実測タイミングと、直交復調部、補償係数算出部ならびにDCオフセット算出部のオン/オフタイミングを示すタイミング図
【図13】歪み補償が無い場合の送信信号の増幅結果について説明するための図
【図14】前歪み補償部を設けて歪み補償した場合の増幅結果を説明するための図
【図15】位相歪みについて説明するための図
【図16】歪み補償した場合としない場合の周波数スペクトラムを示す図
【図17】一般的の前歪み補償を実施する送信機の構成の一例を示すブロック図
【符号の説明】
【0134】
100a,100b,700a,700b 遅延器
102,600,702 前歪補償部
104,704 電力計算部
106,706 歪み補償テーブルメモリ
108 歪み電力算出部
110 処理判断部
112 切り替え制御部
114 DCオフセット算出部
116,710 補償係数算出部
117 歪み補償特性更新部
118a,118b,708a,708b 遅延器
120a,120b,500a,500b,712a,712b D/A変換器
122,502,714 直交変調部
124,504,716 アップコンバータ
126,508,718 電力増幅器
128,720 方向性結合器
130,510,722 アンテナ
132,506,724 搬送波生成回路
134,726 ダウンコンバータ
136,728 直交復調部
138a,138b,730a,730b A/D変換器
140a,140b バンドパスフィルタ
142 歪み電力計算部
144 複素高速フーリエ変換器
146 歪み電力計算部
150a,150b アナログスイッチ
152a,152b 終端回路
160 温度センサ
162 温度測定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信ディジタル信号をアナログ変換するD/A変換器と、変調部と、電力増幅器とを含む送信系と、
前記送信系の送信出力信号を分岐すると共に、A/D変換器を含む帰還系と、
前記送信ディジタル信号に基づいて、前記D/A変換器の前段で前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を施すプリディストーション処理部と、
前記A/D変換器のDCオフセット量を算出するDCオフセット算出部と、
前記算出されたDCオフセット量を参照して、前記プリディストーション処理部における歪み補償特性を更新する歪み補償特性更新部と、
送信時の状態に応じて前記歪み補償特性の更新の必要性を判断する処理判断部と、
前記処理判断部の判断結果を参照しながら、前記A/D変換器への信号入力、前記歪み補償特性更新部、及び前記DCオフセット算出部のオン/オフを切り替える切り替え制御部と
を備え、
前記切り替え制御部は、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が必要と判断されている期間中のみ前記歪み補償特性更新部がオン状態となることを許可し、前記歪み補償特性更新部をオンさせているときには、前記A/D変換器への信号入力をオンに、前記DCオフセット算出部をオフにする歪み補償装置。
【請求項2】
請求項1に記載の歪補償装置であって、
前記帰還系は、前記A/D変換器の前段に設けられ、前記分岐された送信出力信号を復調する復調部を含み、
前記切り替え制御部は、前記復調部のオン/オフを切り替えることにより前記A/D変換器への信号入力のオン/オフを切り替える歪み補償装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の歪補償装置であって、
前記A/D変換器の出力信号に基づいて、前記送信時の状態として歪み電力を算出する歪み電力算出部を更に備え、
前記処理判断部は、前記歪み電力算出部により算出された歪み電力値と所定のしきい値とを比較し、歪みが大きい場合に前記歪み補償特性の更新が必要であると判断し、歪みが小さいときは不要であると判断する歪み補償装置。
【請求項4】
請求項3に記載の歪み補償装置であって、
前記切り替え制御部は、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が不要であると判断されている期間において、所定間隔をおいて間欠的に前記A/D変換器への信号入力をオンにし、
前記処理判断部は、前記A/D変換器への信号入力がオンになっている間に、前記歪み電力算出部により測定された歪み電力の値と前記所定のしきい値との比較を実施する歪み補償装置。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の歪み補償装置であって、
前記送信時の状態として、周囲温度を検出する温度検出部を更に備え、
前記処理判断部は、前記温度検出部によって検出された温度情報を監視し、許容範囲を超える温度変動が生じた場合に、前記歪み補償特性の更新が必要であると判断し、温度変動が許容範囲内であるときは不要であると判断する歪み補償装置。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか一項に記載の歪み補償装置であって、
前記切り替え制御部は、前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が必要であると判断されている間は、前記歪み補償特性更新部を継続的にオンにし、前記DCオフセット算出部を継続的にオフにする歪み補償装置。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか一項に記載の歪み補償装置であって、
前記プリディストーション処理部は、前記送信ディジタル信号の電力レベルに対応付けられた歪み補償係数を格納する歪み補償テーブルメモリと、前記歪み補償テーブルメモリから出力された歪み補償係数に基づいて、前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を行う前歪み補償部とを有し、
前記歪み特性更新部は、前記歪み補償テーブルメモリに格納される歪み補償係数を更新する歪み補償装置。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の歪み補償装置を搭載した無線通信装置。
【請求項9】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の歪み補償装置を搭載した移動体通信用基地局装置。
【請求項10】
送信ディジタル信号をアナログ変換するD/A変換器と、変調部と、電力増幅器とを含む送信系と、前記送信系の送信出力信号を分岐すると共に、A/D変換器を含む帰還系と、前記送信ディジタル信号に基づいて、前記D/A変換器の前段で前記送信ディジタル信号にプリディストーション処理を施すプリディストーション処理部とを備える歪み補償装置の歪み補償方法であって、
送信時の状態に応じて前記プリディストーション処理部における歪み補償特性の更新の必要性を判断するステップと、
前記A/D変換器のDCオフセット量を算出するDCオフセット算出部により算出されたDCオフセット量を参照して、歪み補償特性更新部よって、前記プリディストーション処理部における前記歪み補償特性を更新するステップと、
前記処理判断部により前記歪み補償特性の更新が必要と判断されている期間中のみ前記歪み補償特性更新部がオン状態となることを許可し、前記歪み補償特性更新部をオンさせているときには、前記A/D変換器への信号入力をオンに、前記DCオフセット算出部をオフにするステップと
を有する歪み補償方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2007−195056(P2007−195056A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−12921(P2006−12921)
【出願日】平成18年1月20日(2006.1.20)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】