説明

永久磁石同期電動機の制御装置

【課題】高周波電圧を印加することにより高周波電流を流して磁極位置を推定する構成において、高周波電流の検出誤差の影響を受けにくい永久磁石同期電動機の制御装置を提供する。
【解決手段】実施形態によれば、印加する高周波電圧の半周期を電流検出周期のN倍(N=1、2、…)となるように選択し、その高周波電圧の位相を(2π)÷(2N)を単位とする離散的な位相として取り扱い、この離散的な位相の正弦波状関数の電圧成分をD軸電圧に重畳する。離散的な位相の余弦波状関数の極性反転信号を、検出したD軸電流およびQ軸電流のうち少なくともQ軸電流に乗算し、その乗算値を高周波電圧のM周期(M=1、2、…)にわたり加算して、推定磁極位置の誤差情報を含む位置誤差抽出量を演算する。位置誤差抽出量に基づいて推定磁極位置の誤差を打ち消すように出力周波数を収束演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、回転子位置の推定機能を有する永久磁石同期電動機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータによる可変速電動機制御装置は各分野に適用されており、今後はトルクや速度制御精度の向上、高効率、低騒音など更なる高性能化と信頼性の向上が期待されている。特に、速度センサや位置センサを用いない位置速度センサレス制御は、信頼性向上や設置環境の制約の改善などの点で有用である。
【0003】
1980年頃から、位置センサを用いることなく、永久磁石などにより回転子に磁束を有する電動機の回転子磁束方向を検出しようとする技術が開発されている。しかし、電動機の停止時または低速回転時には誘起電圧が0または非常に小さいため、デッドタイム補償誤差による出力電圧誤差や推定式に用いる一次抵抗の設定誤差などの影響を受け易く、誘起電圧に依存した回転子磁束方向の推定手段だけでは十分な制御特性が得られない。
【0004】
そこで、回転子磁束位置推定技術の1つとして、制御装置内で有する推定された回転子磁束方向に、高周波の交番電流あるいは交番電圧を重畳する手段がある。推定された回転子磁束の方向をD軸とし、トルクに寄与する電流ベクトルの方向をQ軸と定め、それぞれの電流成分を各々制御する電流制御装置を備える。
【0005】
回転子磁束方向を推定するには、高周波の交番電流を重畳する場合には、高周波電流が流されない軸方向の電圧値を用いればよい。つまり、D軸に高周波電流を重畳し、高周波電流を重畳しないQ軸の電圧値を用いて回転子磁束方向を推定することができる。またこれと等価な手段として、高周波の交番電圧を重畳する場合には、高周波電圧が重畳されない軸方向の電流値を用いればよい。すなわち、D軸に高周波電圧を重畳し、高周波電圧を重畳しないQ軸の電流値を用いて回転子磁束位置を推定することもできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第4763058号明細書
【特許文献2】特開昭62−138074号公報
【特許文献3】特許第3454212号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Schroedl,M.、「DETECTION OF THE ROTOR POSITION OF A PERMANENT MAGNET MACHINE AT STANDSTILL」、ICEM(International Conference on Electrical Machine) 1988 in Pisa(Italy)、p.195-197
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
高周波電圧を重畳し、電機子電流に流れる高周波電流を用いて回転子磁束方向を推定するためには、D軸電流またはQ軸電流に現れる高周波電流成分を抽出し、それに基づいて実際の回転子磁束方向と推定した回転子磁束方向との誤差Δθの情報を得る必要がある。高周波電流成分を抽出する方法として最も簡単な方法の1つは、重畳している高周波電圧に基づいて、高周波電流値が最大となる時と最小となる時の差分を抽出する方法である。
【0009】
しかし、この方法によれば高周波電圧周期に2回のみの電流検出値によって高周波成分を抽出することになるため、インバータ回路のスイッチングノイズ等の影響を受け易い。上記2回の何れかの電流検出値に誤差が生じた場合、高周波電流成分から算出される位置誤差情報は、当該高周波電圧周期において検出誤差を含んでいるため、回転子磁束方向の推定結果に影響を及ぼす虞がある。
【0010】
特にインダクタンスが大きい場合には、重畳する高周波電圧の周波数を高くすると高周波電流成分が小さくなるので、重畳する高周波電圧の周波数を高く取れない。この場合には、次の高周波電流の最大値または最小値の検出値が得られるまでの時間が長くなる。その結果、回転子位置の推定誤差が大きくなった場合には、トルクを維持できず脱調に至る可能性もある。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、高周波電圧を印加することにより高周波電流を流して磁極位置を推定する構成において、高周波電流の検出誤差の影響を受けにくい永久磁石同期電動機の制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施形態の永久磁石同期電動機の制御装置は、永久磁石同期電動機の回転子磁束の推定軸をD軸とし、D軸に対しπ/2進んだ位置にある軸をQ軸とし、永久磁石同期電動機に高周波電圧を印加することにより高周波電流を流して回転子の磁極位置を推定し、この推定磁極位置に基づいて永久磁石同期電動機を制御する。電流検出手段は、永久磁石同期電動機に流れる電流を所定の電流検出周期で検出する。高周波電圧印加手段は、印加する高周波電圧の半周期を電流検出周期のN倍(N=1、2、…)となるように選択し、その高周波電圧の位相を(2π)÷(2N)を単位とする離散的な位相として取り扱い、この離散的な位相の正弦波状関数の電圧成分をD軸電圧に重畳する。位置誤差情報抽出手段は、離散的な位相の余弦波状関数の極性反転信号を検出したD軸電流およびQ軸電流のうち少なくともQ軸電流に乗算し、その乗算値を高周波電圧のM周期(M=1、2、…)にわたり加算して、推定磁極位置の誤差情報を含む位置誤差抽出量を演算する。収束演算手段は、位置誤差抽出量に基づいて推定磁極位置の誤差を打ち消すように出力周波数を収束演算する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】第1の実施形態を示す電動機制御装置のブロック構成図
【図2】重畳する正弦波状関数を示す図
【図3】M−T軸座標とD−Q軸座標との関係を示す図
【図4】パルス状の高周波電圧vd(k)を重畳して高周波成分ΔIqhを抽出する過程で用いる信号値および算出値を示す図
【図5】第2の実施形態を示す図4相当図
【図6】第3の実施形態を示す図4相当図
【発明を実施するための形態】
【0014】
(第1の実施形態)
図1ないし図4を参照しながら第1の実施形態を説明する。図1は、回転子磁極位置の推定機能を備えた電動機制御装置の構成を示している。電動機制御装置1は、速度センサと位置センサを用いることなく永久磁石同期電動機2を駆動するセンサレス制御装置である。インバータ3は、3相ブリッジ接続された6つのスイッチング素子から構成され、直流電源線4p、4n間の直流電圧を指令電圧vuref、vvref、vwrefに基づいて3相交流電圧に変換し、電動機2に供給する。U相およびW相に配された電流検出器5は、電動機2に流れる電流を検出する電流検出手段である。
【0015】
電動機制御装置1は、回転子磁束の推定軸(推定した回転子磁束方向)をD軸とし、D軸に対しπ/2進んだ位置にあるトルク電流方向の軸をQ軸とする。そして、電動機2に高周波電圧vdhfを印加して固定子巻線に高周波電流を流すことにより、回転子磁束方向である回転子磁極位置θest(推定磁極位置)を推定し、この推定磁極位置に基づいて電動機2を制御する。
【0016】
座標変換部6は、推定した回転子磁極位置θestを用いて、3相静止軸上の検出電流iu、iwを同期DQ軸上の検出電流id、iqに変換する。電流制御部7は、指令電流idref、iqrefと検出電流id、iqとを一致させるように、例えば電流偏差に対するPI演算により指令電圧vdref、vqrefを出力する。
【0017】
高周波電圧印加手段である加算器8は、回転子磁極位置θestを推定するために、D軸の電流制御結果である指令電圧vdrefに高周波電圧vdhfを加算する。重畳する高周波電圧vdhfは正弦波状関数である。正弦波状関数は、正弦波関数と同様に、高周波電圧vdhfの位相が0からπまでの期間で正の値を持ち、πから2πまでの期間で負の値を持つ関数である。正弦波状関数を例示すれば、図2に示すように(a)正弦波電圧(正弦波関数)、(b)相異なる2つの電圧レベルを有する50%デューティのパルス電圧(例えば正と負の向きに同じ電圧振幅を持つ方形波電圧(方形波関数))、(c)三角波電圧(三角波関数)、(d)鋸波電圧(鋸波関数)などである。本実施形態では、後述するように正弦波電圧と方形波電圧(パルス電圧)を例に説明する。
【0018】
電流制御の応答は、重畳する高周波電圧vdhfの周波数より十分に遅い応答として調整されている。すなわち、ここで言う高周波とは、電動機2の運転周波数に対して十分に高い周波数であって、電流制御の周波数帯域に対しても十分に高い周波数である。
【0019】
座標変換部9は、推定した回転子磁極位置θestを用いて、同期DQ軸上の指令電圧vdref、vqrefを3相静止軸上の指令電圧vuref、vvref、vwrefに変換する。指令電圧vuref、vvref、vwrefは、三角波からなる搬送波と比較されてPWM変調され、そのPWM変調された駆動信号は、インバータ3のスイッチング素子に付与される。
【0020】
位置誤差情報抽出部10(位置誤差情報抽出手段)は、詳しくは後述するように余弦波状関数の極性反転信号をD軸検出電流idおよびQ軸検出電流iqに乗算し、それぞれその乗算値を高周波電圧vdhfのM周期(M=1、2、…)にわたり加算平均して、推定した回転子磁極位置θestの誤差Δθを含む位置誤差抽出量(後述する高周波成分ΔIdh、ΔIqhに相当)を演算する。
【0021】
収束演算部11(収束演算手段)は、位置誤差抽出量に基づいて回転子磁極位置θestの誤差Δθを求め、この誤差Δθを打ち消すように回転子速度ωstat(出力周波数)を収束演算する。積分器12は、回転子速度ωstatを積分して回転子磁極位置θestを得る。なお、上述した座標変換、電流制御、高周波電圧の重畳、PWM変調、位置誤差抽出量の演算、収束演算等の処理は、予め不揮発性メモリに記憶された制御プログラムに従ってマイクロコンピュータにより実行されるようになっている。
【0022】
以下、位置誤差情報抽出部10および収束演算部11による回転子磁極位置θestの推定演算について詳しく説明する。回転子に磁束を有する回転機の数学的モデルは、回転子の磁束方向をM軸とし、M軸からπ/2進んだ位置をT軸と定めると、一般的に(1)式のように示される。iM、iTはM軸電流、T軸電流、Rは固定子巻線の抵抗、Ld、Lqは固定子巻線のD軸、Q軸インダクタンス、φは回転子の固定子鎖交磁束、ωmeは回転速度、pは微分演算子である。
【数1】

【0023】
電動機2の実際の磁束方向であるM軸方向をθとし、M軸とD軸の誤差角Δθ(推定磁極位置の誤差Δθ)を(2)式のように定める。このM−T軸とD−Q軸との関係は、図3に示す通りである。
【数2】

【0024】
制御上の推定軸であるD軸からπ/2進んだ位置をQ軸と定義したので、(1)式に示されるM−T軸上の電圧方程式は、D−Q軸上における数学的モデルとして(3)式のように表される。
【数3】

【0025】
微分項を左辺に整理すると(4)式のようになる。
【数4】

【0026】
ここで、L0、L1は(5)式のように定義される。
【数5】

【0027】
重畳する高周波電圧vdhfの周波数は電動機2の運転周波数に対して十分に高いため、巻線抵抗の電圧降下はインダクタンスに係る項に比べ十分に小さくなる。そこで、固定子巻線の抵抗Rに係る項を無視し、さらに停止時や低速域において小さな値となる回転速度ωmeを含む項を無視すると、(4)式は(6)式の近似式で表すことができる。
【数6】

【0028】
高周波電圧信号をD軸方向にのみ重畳すると、vd=vdhf、vq=0となるので、(6)式は(7)式となる。
【数7】

【0029】
これをD軸成分、Q軸成分ごとに表すと(8)式、(9)式となる。
【数8】

【0030】
これより、D軸電流idとQ軸電流iqに推定磁極位置誤差Δθの2倍に相当する位置誤差情報が含まれることが分かる。そこで、D軸に重畳する高周波電圧vdhfを正弦波関数である正弦波電圧とすると(10)式のように表現できる。ただし、ΔVhは、振幅を表し正の値とする。
【数9】

【0031】
このとき、(6)式は(11)式となる。
【数10】

【0032】
正弦波状関数である高周波電圧vdhfを重畳した際にどのような電流が流れるかを考察するため、(11)式の両辺を積分すると(12)式となる。id0、iq0は、積分を開始し始めた時刻t=0における初期値である。(12)式の高周波成分のみを書き出すと(13)式となる。
【数11】

【0033】
(13)式によれば、高周波電流は、印加している正弦波高周波電圧vdhfに対してπ/2だけ位相が遅れた高周波電流、言い換えると余弦波の極性反転成分(余弦波状関数の極性反転信号)として観測される。(5)式によればL0−L1cos(2Δθ)≧0なので、推定磁極位置誤差Δθに応じて、D軸に関してはその振幅が変化し、Q軸に関しては振幅のみならず極性も変化することが分かる。
【0034】
推定磁極位置誤差Δθに応じて変化する高周波電流の振幅および極性を表す部分(位置誤差抽出量)をD軸、Q軸それぞれ高周波成分ΔIdh、ΔIqhと表記すれば、(13)式は(14)式のようになる。
【数12】

【0035】
(14)式は、高周波成分ΔIdh、ΔIqhが推定磁極位置誤差Δθに応じて一意に決定することを意味している。電動機2の検出電流値から高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出できれば、(15)式で示す関係式を得ることができる。
【数13】

【0036】
(15)式において、推定磁極位置誤差Δθの2倍角に対して正弦波状の情報となる分子部分に相当する高周波成分ΔIqhのみを用いて位置推定を行ってもよい。さらに、cos2Δθ≒1、sinΔθ≒2Δθの近似を施せば、(15)式は(16)式のように変形できる。
【数14】

【0037】
Q軸の高周波成分ΔIqhとともにD軸の高周波成分ΔIdhも用いることで、推定磁極位置誤差Δθの情報は(17)式のように表せる。
【数15】

【0038】
(17)式によれば、高周波成分ΔIdh、ΔIqhの情報から推定磁極位置誤差Δθの情報を得る際、電動機2について得られたインダクタンス値Ld、Lqを用いることにより、位置推定のための収束演算用のゲインを最適に保つことができることが分かる。すなわち、回転子速度ωstatのPI収束演算において、比例項のゲインを1(最適値)に設定することができ、ゲイン調整を行う必要がないという効果が得られる。なお、(17)式で分子部分に相当するQ軸の高周波成分ΔIqhのみを用いることとすれば、例えば高周波成分ΔIdhにおけるΔθをゼロとして定数化することにより、(17)式の除算演算に替えて乗算演算を用いることができる。
【0039】
次に、推定磁極位置誤差Δθの式である(17)式等に含まれる高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出する手段について説明する。D軸に印加する高周波電圧vdhfによって流れる高周波電流は、(14)式に示されるように、正弦波関数(sinωht成分)で与えた高周波電圧信号に対してπ/2だけ位相の遅れた電流となる。言い換えると、余弦波関数の極性反転信号(−cosωht成分)として表されていることが分かる。
【0040】
例えばQ軸の高周波電流の振幅と極性を表す高周波成分ΔIqhの値を抽出するためには、検出電流iqに−cosωhtを乗算して、高周波電圧vdhfの1周期(M=1の場合)であるTh間だけ積分することで(18)式のように得ることができる。
【0041】
【数16】

【0042】
計算式は省略するが、D軸の高周波電流の振幅を表す高周波成分ΔIdhについても、検出電流idに−cosωhtを乗算してTh間だけ積分することにより同様に計算できる。
【0043】
以上、(10)式に示す正弦波関数である高周波電圧vdhfを重畳する場合について説明したが、以下では方形波関数であるパルス状の高周波電圧vdhfを重畳する場合でも同様にして高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出できることを説明する。
【0044】
図2(b)に示すように、重畳する正弦波状関数からなる高周波電圧vdhfを、正弦波状関数が正の期間(0〜π)では+Δvhとし、負の期間(π〜2π)は−Δvh(ただし、Δvh>0)となるパルス電圧とする。すなわち、時刻t=0からt=Th/2の期間は(19)式となり、時刻t=Th/2からt=Thの期間は(20)式で表せる。時刻t=Th以降は再び+Δvhを出力する。このように、Th/2の期間ごとに正負交互の電圧を切り替えて印加する場合を考える。
【数17】

【0045】
まず、流れる高周波電流がどのように表されるかについて考察する。時刻t=0からt=Th/2の期間における電流は(21)式で記載される。
【数18】

【0046】
(21)式の両辺を積分すると、時刻t=0からt=Th/2までの期間における電流は(22)式のように表せる。id0、iq0は、積分を開始し始めた時刻t=0における初期値である。
【数19】

【0047】
(22)式より、時刻t=Th/2における電流値は(23)式で表せる。
【数20】

【0048】
続いて、時刻t=Th/2からt=Thまでの期間における電流は(24)式で記載される。
【数21】

【0049】
(24)式の両辺を積分すると、時刻t=Th/2からt=Thまでの期間における電流は(25)式のように表せる。
【数22】

【0050】
Q軸の高周波電流の振幅と極性を表す高周波成分ΔIqhの値を抽出するために、(22)式と(25)式で表されるQ軸電流iqに−cosωhtを乗算して、高周波電圧vdhfの1周期(M=1の場合)であるTh間だけ積分すると(26)式が得られる。
【0051】
【数23】

【0052】
ここで、
【数24】

であるので、
【数25】

となる。
【0053】
従って、(26)式の各項について以下のように計算される。
【数26】

【0054】
その結果、(26)式は(26′)式となる。
【数27】

【0055】
これにより、高周波電圧vdhfとして方形波関数であるパルス電圧を印加した場合においても、正弦波電圧と同様の演算手法で高周波成分ΔIdh、ΔIqhを得ることができることが分かる。また、パルス電圧の振幅を正弦波の振幅と等しくしたことから、同振幅の正弦波の実効値と比較して4/π倍の高周波電流成分が含まれることが分かる。
【0056】
以上説明したように、正弦波状関数の高周波電圧vdhfとして正弦波電圧または方形波電圧を推定の磁束軸であるD軸に印加し、そのときに流れる高周波電流に基づいて回転子磁極位置θestを推定する。この場合、検出したD軸電流id、Q軸電流iqに余弦波状関数の電圧(余弦波電圧)の極性反転信号−cosωhtを乗算し、その乗算値の高周波電圧のM周期間における加算平均値を演算することで、位置誤差抽出量である高周波成分ΔIdh、ΔIqhを得ることができる。そして、これら高周波成分ΔIdh、ΔIqhから推定磁極位置誤差Δθ(推定磁極位置の誤差情報)を得ることができる。この誤差情報に基づいて、推定磁極位置誤差Δθを打ち消すように回転子速度ωstatに対するPI補償などの収束演算を行うことで回転子速度ωstatを得ることができ、最終的に推定磁極位置誤差Δθがゼロとなるように収束させることができる。
【0057】
以上説明した回転子磁極位置の推定制御を実際に実装する場合には、マイクロコンピュータを備えたディジタル処理装置を用いるため、離散値系かつ離散時間系であるサンプル制御系に変換しておくほうが都合がよい。そこで、上述した制御方法をサンプル制御系に変換する。はじめに、正弦波関数である高周波電圧を重畳する場合を説明する。(10)式で表される高周波電圧vdhfの位相を離散時間系の式として表すと、以下のようになる。
【数28】

【0058】
重畳する高周波電圧vd(k)は(27)式のように表すことができる。
【数29】

【0059】
kは1からnまでの整数値であり、nは高周波成分の1周期間のサンプル数(ただし偶数)を表す。ここでは一例としてn=8の場合を考える。具体的には、キャリア周波数が4kHzで、毎キャリア周期の山ごとまたは谷ごとに電流を検出する。重畳する高周波電圧周波数に500Hzを選択すると、キャリア周期の8周期分が重畳する高周波電圧vd(k)の1周期となる。
【0060】
検出されるD軸、Q軸の高周波電流id(k)、iq(k)は、(28)式で示すサンプル制御系として表される。
【数30】

【0061】
Q軸の高周波電流iq(k)の振幅と極性を表す高周波成分ΔIqhの値を抽出するためには、(29)式で示すように検出したQ軸電流iq(k)に−cos(k(2π/n))を乗算して高周波電圧vd(k)の1周期(M=1の場合)である1≦k≦nの区間で加算平均を演算すればよい。
【数31】

【0062】
上述した連続時間系として算出した(18)式と同様に考えることで、Q軸の高周波成分ΔIqhを(30)式として得ることができる。結果は省略するが、D軸の高周波電流id(k)の振幅を表す高周波成分ΔIdhも同様にして得ることができる。
【0063】
【数32】

【0064】
続いて、方形波関数であるパルス状の高周波電圧を重畳する場合について説明する。パルス電圧を重畳する場合、サンプル制御系では(31)式のように表せる。
【数33】

【0065】
1≦k≦n/2の範囲での電流検出値id(k)、iq(k)は(32)式のように表せる。
【数34】

【0066】
k=n/2+1すなわちt=Th/2の時における電流値は(23)式と同様にして(33)式となる。
【数35】

【0067】
n/2+1≦k≦nの範囲での電流検出値id(k)、iq(k)は(34)式のように表せる。
【数36】

【0068】
Q軸の高周波成分ΔIqhを抽出するために、検出された電流値を示す(32)式と(34)式で表される電流値id(k)、iq(k)に−cos(k(2π/n))を乗算して高周波電圧vd(k)の1周期である1≦k≦nの区間で加算平均を演算すると、Q軸について(35)式が得られる。結果は省略するが、D軸の高周波成分ΔIdhも同様にして得ることができる。
【0069】
【数37】

【0070】
ここで、(35)式中の加算演算に関して連続系の演算結果に対する誤差が小さいと仮定すると、
【数38】

である。
【0071】
よって、(35)式は(35′)式となる。
【数39】

【0072】
すなわち、サンプル制御系においても連続系の演算と同様にして高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出することができる。その後の収束演算は、(15)式ないし(17)式に基づいて推定磁極位置誤差Δθを算出し、その推定磁極位置誤差Δθを打ち消すように回転子速度ωstatに対するPI補償などの収束演算を行えばよい。
【0073】
図4は、サンプル制御系においてパルス状の高周波電圧vd(k)を重畳しQ軸の高周波成分ΔIqhを抽出する過程で用いる各種信号値および算出値を示している。先に述べたように、重畳する高周波電圧が正弦波関数である場合と同様に扱うことができる。同図(a)は搬送波を表している。電流検出器5は、この搬送波に同期して電動機2の電流を検出する。ここでは、搬送波の谷のタイミングで電流の検出が行われる例を示している。
【0074】
同図(b)に示すように、印加する高周波電圧vd(k)の周期を電流検出周期Tsampの2N倍(N=1、2、…)となるように、すなわち高周波電圧vd(k)の半周期を電流検出周期TsampのN倍となるように選択している。これは、高周波電圧vd(k)の正の半周期と負の半周期とで、加算する乗算値を同数にするためである。これに伴い、同図(c)に示す高周波電圧位相θh(k)は、(2π)÷(2N)を単位とする離散的な位相として取り扱われる。なお、上述したサンプル数nとNとはn=2Nの関係がある。
【0075】
このサンプル制御系において、座標変換部6は検出された電流値をD軸電流id(k)とQ軸電流iq(k)に変換する。位置誤差情報抽出部10は、同図(d)に示す離散的な位相を持つ余弦波の極性反転信号である−cos(θh(k))=−cos(k(2π/n))を生成し、それをD軸電流id(k)およびQ軸電流iq(k)とそれぞれ乗算する。そして、その乗算結果である同図(f)で示す乗算値(Q軸のみ示す)を高周波電圧vd(k)の1周期(M=1の場合)にわたり加算平均することで、回転子磁極位置θestの誤差Δθを含む高周波成分ΔIdh、ΔIqhを得ている(同図(g)、(h);Q軸のみ示す)。
【0076】
この演算処理では、加算平均を行う際に、離散的な各位相θh(k)(k=1、2、…)について、電流値id(k)、iq(k)と余弦関数の極性反転信号−cos(θh(k))との乗算値をそれぞれ異なるメモリに記憶せず、サンプル周期ごとに同一のメモリ領域に順次加算している。これにより、揮発性メモリ例えばRAMの使用量を節約でき、ディジタル処理装置のコストダウンが可能となる。
【0077】
以上述べたように、電動機制御装置1は、離散的な位相θh(k)の正弦波状関数の高周波電圧vd(k)をD軸電圧に重畳し、離散的な位相の余弦波状関数の極性反転信号−cos(θh(k))を検出したD軸電流id(k)およびQ軸電流iq(k)に乗算し、その乗算値を高周波電圧vd(k)のM周期(M=1、2、…)にわたり加算平均することで、回転子磁極位置θestの誤差情報Δθを含む高周波成分ΔIdh、ΔIqhを算出する。そして、この高周波成分ΔIdh、ΔIqhに基づいて推定磁極位置誤差Δθを打ち消すように回転子速度ωstatを収束演算する。
【0078】
この構成によれば、重畳している高周波電圧vd(k)のM周期間の電流検出結果に基づいて高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出することにより、推定磁極位置誤差Δθの振幅(大きさ)と極性を同時に得ることができる。その結果、推定磁極位置誤差Δθをより確実に且つ安定して収束させることが可能となる。しかも、(17)式に示した演算により推定磁極位置誤差Δθを求めれば、収束演算用のゲインを最適に保つことができ、収束演算のためのゲイン設計が不要となる。
【0079】
高周波電圧vd(k)のM周期間で検出された複数の電流検出結果を用いて高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出しているので、たとえノイズの影響で電流検出値の一部に検出誤差が含まれていたとしても、検出誤差の影響が平均化されてノイズの影響を低減する効果も得られる。上記説明では高周波電圧vd(k)の1周期(M=1)についての導出過程を示したが、一般に高周波電圧vd(k)のM周期(M=1、2、…)にわたる加算平均を演算してもよい。Mの値を増やすことにより、高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出するのに用いる電流検出値のサンプル数が増え、インバータ3のスイッチングノイズなどの影響を一層低減することができる。
【0080】
推定磁極位置の誤差情報を含む位置誤差抽出量としてD軸、Q軸の高周波成分ΔIdh、ΔIqhを抽出したが、推定磁極位置誤差Δθに応じて高周波電流の振幅と極性がともに変化するQ軸の高周波成分ΔIqhのみを抽出してもよい。この場合、D軸の高周波成分ΔIdhを一定値として推定磁極位置誤差Δθを算出すれば、(17)式の除算演算を省くことができる。
【0081】
(第2の実施形態)
図5は、第2の実施形態における図4相当図である。第1の実施形態に対し、位置誤差情報抽出部10による加算平均の演算処理方法に変形を加えている。第1の実施形態の演算処理方法を用いると、位置誤差抽出量である高周波成分ΔIdh、ΔIqhは、高周波電圧vd(k)の1周期ごとに更新される。このため、例えば電動機2のインダクタンスが大きく高周波に対するインピーダンスが大きいため、高周波電圧vd(k)の周波数を上げられない場合などには、位置誤差抽出量の更新周期が長くなり、位置推定の応答を下げざるを得ない制約が生じることが懸念される。その結果、速度応答および位置制御系の応答にも制約を生じる虞がある。
【0082】
そこで、本実施形態では図5(g)、(h)に示すように、高周波成分ΔIqhを算出する区間として、高周波電圧位相θh(k)の0〜2πの区間で加算平均を算出するとともに、0〜2πの区間からπだけずらした区間でも加算平均を算出する。高周波成分ΔIdhの算出も同様である。これにより、高周波成分ΔIdh、ΔIqhの更新周期を高周波電圧vd(k)の半周期とすることができる。
【0083】
一般に、乗算値を高周波電圧vd(k)のM周期(M=1、2、…)にわたり加算平均する場合でも、高周波電圧vd(k)の0から2Mπまでの位相区間および当該位相区間に対しMπだけ位相が異なる位相区間について、それぞれ乗算値を加算して高周波成分ΔIdh、ΔIqhを演算すれば、更新周期を2MπからMπに短縮できる。この演算処理方法によれば、加算平均値を保持する揮発性メモリの使用量が2倍に増加するものの、位置誤差抽出量の更新周期を2分の1にすることができるので、速度応答および位置制御応答を改善することができる。
【0084】
(第3の実施形態)
図6は、第3の実施形態における図4相当図である。第1、第2の実施形態に対し、位置誤差情報抽出部10による加算平均の演算処理方法が異なる。すなわち、位置誤差情報抽出部10は、図6(g)に示すように、検出した電流値id(k)、iq(k)と余弦関数の極性反転信号−cos(θh(k))との各乗算値を、重畳する高周波電圧vd(k)の1周期(M=1の場合)にわたり揮発性メモリの別々の領域に記憶し、それらデータ群1の加算平均を算出する。
【0085】
次の電流検出値が得られたときには、同図(h)に示すように、高周波電圧vd(k)の1周期前の乗算値(図中破線で示す)に替えて、新たに得られた電流値id(k)、iq(k)と余弦関数の極性反転信号−cos(θh(k))との乗算値(図中ハッチングで示す)を当該1周期前の乗算値が記憶されていたメモリ領域に記憶(上書き)し、それらデータ群2の加算平均を算出する。
【0086】
一般に、乗算値を高周波電圧vd(k)のM周期(M=1、2、…)にわたり加算平均する場合でも、高周波電圧vd(k)の0から2Mπまでの位相区間に対し2MN個の乗算値を記憶するとともに加算して高周波成分ΔIdh、ΔIqhを演算し、以後、新たに乗算値を算出するごとに2Mπだけ前の乗算値に替えて当該新たに算出した乗算値を記憶するとともに加算して高周波成分ΔIdh、ΔIqhを演算すればよい。
【0087】
この演算処理方法によれば、メモリの使用量は、加算平均を行うM周期分の乗算値データを保持するための領域が必要となるが、位置誤差抽出量の更新周期を電流検出周期Tsampと等しくできるので、速度制御応答および位置制御応答を高くとることができる。
【0088】
(その他の実施形態)
以上説明した実施形態に加えて以下のような構成を採用してもよい。
電動機2に高周波電流を重畳し、高周波電流を重畳しない軸の電圧値を用いて位置誤差抽出量を演算する方法においても同様の抽出方法を用いることができる。
【0089】
印加する高周波電圧の半周期を電流検出周期のN倍(N=1、2、…)となるように選択したが、N=1の場合には高周波電圧の1周期に2つの電流検出値のみを用いることになる。従って、Nは2以上の整数値に選択することが好ましい。
【0090】
以上説明した少なくとも一つの実施形態によれば、重畳している高周波電圧の少なくとも1周期間の電流検出結果に基づいて高周波成分を抽出することにより、推定磁極位置誤差の大きさと極性を同時に得ることができる。また、ノイズの影響で電流検出値の一部に検出誤差が含まれていたとしても、高周波電圧の少なくとも1周期間で行われた電流検出回数分の複数の電流検出結果を用いて高周波成分を抽出しているので、検出誤差の影響が平均化されてノイズの影響の低減効果が得られる。
【0091】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0092】
図面中、1は電動機制御装置(永久磁石同期電動機の制御装置)、2は永久磁石同期電動機、5は電流検出器(電流検出手段)、8は加算器(高周波電圧印加手段)、10は位置誤差情報抽出部(位置誤差情報抽出手段)、11は収束演算部(収束演算手段)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石同期電動機の回転子磁束の推定軸をD軸とし、D軸に対しπ/2進んだ位置にある軸をQ軸とし、永久磁石同期電動機に高周波電圧を印加することにより高周波電流を流して回転子の磁極位置を推定し、この推定磁極位置に基づいて永久磁石同期電動機を制御する永久磁石同期電動機の制御装置において、
永久磁石同期電動機に流れる電流を所定の電流検出周期で検出する電流検出手段と、
印加する高周波電圧の半周期を前記電流検出周期のN倍(N=1、2、…)となるように選択し、その高周波電圧の位相を(2π)÷(2N)を単位とする離散的な位相として取り扱い、この離散的な位相の正弦波状関数の電圧成分をD軸電圧に重畳する高周波電圧印加手段と、
前記離散的な位相の余弦波状関数の極性反転信号を前記検出したD軸電流およびQ軸電流のうち少なくともQ軸電流に乗算し、その乗算値を前記高周波電圧のM周期(M=1、2、…)にわたり加算して、前記推定磁極位置の誤差情報を含む位置誤差抽出量を演算する位置誤差情報抽出手段と、
前記位置誤差抽出量に基づいて前記推定磁極位置の誤差を打ち消すように出力周波数を収束演算する収束演算手段とを備えたことを特徴とする永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項2】
前記誤差抽出演算手段は、前記高周波電圧の0から2Mπまでの位相区間および当該位相区間に対しMπだけ位相が異なる位相区間について、それぞれ2MN個の前記乗算値を加算して前記位置誤差抽出量を演算することを特徴とする請求項1記載の永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項3】
前記誤差抽出演算手段は、前記高周波電圧の0から2Mπまでの位相区間に対し2MN個の前記乗算値を記憶するとともに加算して前記位置誤差抽出量を演算し、以後、新たに前記乗算値を算出するごとに2Mπだけ前の乗算値に替えて当該新たに算出した乗算値を記憶するとともに加算して前記位置誤差抽出量を演算することを特徴とする請求項1記載の永久磁石同期電動機の制御装置。
【請求項4】
前記正弦波状関数は、正弦波関数、方形波関数、三角波関数または鋸波関数であることを特徴とする請求項1ないし3の何れかに記載の永久磁石同期電動機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−161143(P2012−161143A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18139(P2011−18139)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(302038844)東芝シュネデール・インバータ株式会社 (78)
【Fターム(参考)】