説明

波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子及びその製造方法

【課題】 擬似位相整合型波長変換素子を用いて基本波光を高調波光に変換する波長変換レーザ装置におけるレーザの生成効率を改善する。
【解決手段】 光共振器7内に配置する擬似位相整合型波長変換(QPM)素子4の両端面4a、4bの反射率を下げるために、各端面4a、4bに酸化シリコンと窒化シリコンとの混合物を材料とする薄膜を形成する。その混合物の混合比率は、使用する波長におけるQPM素子の基体の屈折率と入射(又は出射)媒質である空気の屈折率とから求まる所定の屈折率になるように制御する。それによって、端面4a、4bでの反射率を従来よりも1桁以上改善した0.01%以下にまで抑制することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励起光により励起されたレーザ媒質から放出される基本波光を共振しつつ増幅する光共振器の光路中に介挿され、その基本波光から高調波光を生成するための疑似位相整合を利用した波長変換素子、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、緑色、青色などの短波長レーザは、例えば干渉計、光ディスク用の光ピックアップ、印刷装置など幅広い分野において注目されており、こうしたレーザ光を発生するレーザ装置の研究・開発が各地で盛んに進められている。このような短波長レーザ装置の一つとして、基本波レーザ光の光路中に波長変換素子を挿入して高調波光を発生させ、その高調波光を外部に取り出すようにした波長変換レーザ装置が知られている。
【0003】
従来のこの種の波長変換レーザ装置では、波長変換素子として非線形光学結晶であるKN(KNbO3)やKTP(KTiO4 )が用いられていたが、このような結晶は、波長の温度依存性が大きい、波長に対して利用できる結晶が限定される、といった問題があった。これに対し、近年、擬似位相整合(QPM:Quasi Phase Matching)作用を利用した波長変換素子が注目を集めている。このような擬似位相整合型波長変換素子(以下、「QPM素子」と称す)は、LiNbO3やLiTaO3などのバルク結晶の内部に周期的な分極反転層を形成することで、所定波長のレーザ光に対して擬似的な位相整合を達成しようとするものであり、その分極反転層の周期を変えることによってほぼ任意の波長に対応が可能となっている。
【0004】
図1はQPM素子を用いた波長変換レーザ装置の一般的な構成を示す概略図である(例えば特許文献1など参照)。このレーザ装置は、励起光を発生する半導体レーザ1と、該半導体レーザ1からの励起光を集光するレンズ2と、励起光で励起されることにより基本波光を含むレーザ光を誘導放出するレーザ媒質3と、誘導放出された基本波光から第二高調波光を生成するQPM素子4と、特定の波長の光を選択的に透過させるエタロン5と、光を反射させつつその一部を透過させる出力ミラー6とを含む。
【0005】
このレーザ装置の動作を概略的に説明する。半導体レーザ1から出射された励起光はレンズ2により集光されてレーザ媒質3に照射される。レーザ媒質3にあって励起光の入射面には、励起光を効率よく透過させるとともに基本波光及び高調波光を高反射率で以て反射させる反射層3aが形成されており、この反射層3aと出力ミラー6とで光共振器7が構成される。これにより、励起光によってレーザ媒質3から誘導放出された基本波光は、光共振器7内で発振し増幅される。なお、レーザ媒質3としては、取り出したいレーザ波長の2倍の波長の発振に対応した物質が使用され、例えば青色発光波長473nmを取り出すためにはNd:YAG(946nm)、緑色発光波長523nmを取り出すためにはNd:YVO4(1064nm)などが用いられる。
【0006】
光共振器7内に介挿されたQPM素子4は、その非線形光学効果によって、基本波光の1/2の波長の光つまり2倍の高調波光を生成する。したがって、光共振器7内部では基本波光と高調波光とが混在している。基本波光は出力ミラー6で反射するが、高調波光は出力ミラー6を透過する。それにより、図1中に示すように、出力ミラー6から右方には高調波光のみが選択的に出射される。なお、エタロン5は共振における必須の構成要素ではないが、ここでは発振の過程で複数生じるモードのうちの1つのモードを選択する機能を有している。
【0007】
こうした構成の波長変換レーザ装置において、効率良く高調波光を取り出すためには、QPM素子4における疑似位相整合条件を安定化することが重要である。そのためには、QPM素子4における波長変換の際に最大変換効率を与える基本波波長にレーザ発振波長を一致させ、QPM素子4の両端面4a、4bでの反射率を抑制して光共振器7中のフレネル反射損失を低く抑えるとともに、発振波長の帰還効率を高めて発振閾値を十分に高くする必要がある。
【0008】
【特許文献1】特開2003−304019号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
QPM素子4の端面4a、4bでの反射率を抑制するのは、端面での反射波が増加すると光共振器7内で理想的な定在波でなくなるためである。しかしながら、従来、波長変換レーザ装置に使用されるQPM素子の端面は1%程度の反射率を示すのが一般的であり、特に低反射を狙ったものでも0.1%程度以上の反射率を示す。反射率は低いほど好ましいが、実用的には反射率が0.01%程度以下であれば殆ど無反射であるとみなし得る範囲であり、これが1つの目標となり得るが、従来、QPM素子の端面をこうした低反射とし得るような方法は確立されていない。
【0010】
本発明はこうした課題に鑑みて成されたものであり、波長変換レーザ用のQPM素子において、光の入射面及び出射面となる端面での反射をきわめて小さく抑えることによって高調波レーザの生成効率を高めることを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された第1発明は、励起光により励起されたレーザ媒質から放出される基本波光を共振しつつ増幅する光共振器の光路中に介挿され、前記基本波光から高調波光を生成するための波長変換レーザ用の疑似位相整合型波長変換素子において、
高調波を発生する基体の光入射面及び光出射面となる両端面に、所定物質の酸化物と窒化物との混合物を材料とする薄膜を有し、該酸化物と窒化物との混合割合を調整することにより、使用するレーザ波長における前記薄膜の屈折率を、該薄膜を挟んだ入射側物質の屈折率と出射側物質の屈折率とに基づいて算出される所定値になるようにしたことを特徴としている。
【0012】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、励起光により励起されたレーザ媒質から放出される基本波光を共振しつつ増幅する光共振器の光路中に介挿され、前記基本波光から高調波光を生成するための波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子を製造する方法であって、
高調波を発生する基体の光入射面及び光出射面となる両端面に、酸素ガスと窒素ガスとを所定割合で混合した雰囲気ガス中で所定物質をターゲットとした成膜処理を実行することにより、該所定物質の酸化物と窒化物との混合物を材料とする薄膜を形成し、その成膜処理時に酸素ガスと窒素ガスとの混合割合を調整することにより、使用するレーザ波長における前記薄膜の屈折率を、該薄膜を挟んだ入射側物質の屈折率と出射側物質の屈折率とに基づいて算出される所定値になるようにしたことを特徴としている。
【0013】
具体的に、前記所定物質としては酸化物や窒化物が形成される物質であれば各種の物質を利用することができるが、生成された薄膜の安定性や成膜時間の妥当性を考慮すると、例えば、シリコン、チタン又はアルミニウムなどが好適である。
【発明の効果】
【0014】
例えば所定物質がシリコン(Si)である場合、基体の両端面に形成される薄膜は酸化シリコン(SiO2)と窒化シリコン(Si34)との混合物となる。波長にも依存するが、酸化シリコンの屈折率は1.44、窒化シリコンの屈折率は2.02であり、その混合物の屈折率は両者の混合比によって変わる。一方、この薄膜での反射率は薄膜を挟んだ両物質の屈折率とこの薄膜自体の屈折率とに依存しており、いま、薄膜を挟んだ一方の物質(典型的には空気)の屈折率がn0、他方の物質(典型的には基体)の屈折率がnsであるとき、薄膜での反射率が極小となる条件は、薄膜の屈折率n1が次式を満たすときである。
n1=(n0・ns)1/2 …(1)
【0015】
上述のように屈折率は波長に依存するため、実際に使用するレーザ光の波長に対応して上記(1)式より目的とする薄膜の屈折率n1を算出し、その値になるように混合物の混合比を制御すればよい。具体的には、成膜処理時に酸素ガスと窒素ガスとの混合割合を調整することにより混合物の割合を変えることが可能であるから、予め所定の成膜条件の下での酸素ガス流量と窒素ガス流量との比率と薄膜の屈折率との関係を実験的に調べておき、目標となる屈折率を得るための酸素ガス流量と窒素ガス流量との比率を求めて、これを成膜条件の1つとすればよい。
【0016】
このようにして本発明に係る波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子及びその製造方法によれば、QPM素子の基体の両端面に形成した薄膜によって、該素子に対して光が入射する際及び出射する際に端面での反射を極めて小さく抑えることができる。具体的には、その反射率を従来よりも1桁以上小さな0.01%程度又はそれ以下のレベルに抑えることができる。それによって、共振器内での損失が小さくなり、QPM素子での波長変換効率が改善されて、外部に取り出す高調波レーザの出力を大きくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施例である波長変換レーザ用QPM素子について具体的に説明する。
【0018】
一般に、屈折率nsを有する基体の上に、屈折率nsよりも小さな屈折率n1を有する物質を材料とする薄膜を一層形成すると、その薄膜は反射率を抑制するのに寄与する。いま、その薄膜の幾何学的厚さをd1とすると、光学的膜厚はn1・d1であり、この光学的膜厚が次の(2)式を満たす波長λ0において反射率は極小となる。
n1・d1=(1/4)・λ0+(m/2)・λ0 …(2)
但し、m=0,1,2,…
このときの反射率Rminは、次の(3)式で与えられる。
Rmin={(n12−n0・ns )/(n12+n0・ns ) 2 …(3)
ここで、n0は入射媒質の屈折率である。
(3)式より、反射率Rminが極小(理論的にはゼロ)となる条件は、
n12−n0・ns=0
であり、これから上記(1)式が求まる。
【0019】
いま、QPM素子の基体として第2高調波発生素子であるMgO:LiTaO3 を用いる場合を例示して考える。このMgO:LiTaO3 の屈折率nsは2.143(λ=946nmにおいて)である。一方、図1に示すような構成のレーザ装置では入射媒質は空気であるから屈折率n0は約1である。したがって、反射率が極小となるような薄膜の屈折率n1は、(1)式より1.46と求まる。図2は酸化シリコン(SiO2)と窒化シリコン(Si34)との混合比率と屈折率との関係を示す概念図である。酸化シリコンの屈折率は1.44、窒化シリコンの屈折率2.02であり、両者の混合比率によって屈折率を1.44〜2.02の間で任意に制御することが可能である。ここでは、目的とする屈折率1.46を得るには、大部分が酸化シリコンであって、これに少量の窒化シリコンが混合した薄膜を形成すればよいことが分かる。なお、図2のグラフでは直線を引いているが、実際にはこれは直線であるとは限らず、所定の成膜条件の下で実際に予備実験を行って物質の混合比率と屈折率との関係を求める必要がある。
【0020】
一般に基板上に薄膜を形成する方法として蒸着やスパッタリングなどが用いられるが、ここでもこれら従来から使用されている一般的な方法で成膜を行うことができる。具体的に、上述したように酸化シリコンと窒化シリコンとの混合物の薄膜を形成するには、例えば、シリコンをターゲットとして酸素ガスと窒素ガスとの混合ガスの雰囲気中で蒸着を行えばよいが、その際に、雰囲気ガスとして供給する酸素ガスの流量と窒素ガスの流量とを調整することで酸化物と窒化物との混合比率、つまり基体の表面に積層される薄膜の組成(SiO2x(Si341-x を制御することができる。
【0021】
図3は(SiO2x(Si341-x の成膜条件と屈折率及び付着速度との関係の実測結果の一例である。成膜条件としては、窒素ガス流量:20sccm/min、温度:130℃、高周波電力:500Wで固定し、酸素ガス流量を3〜20sccm/minの範囲内で変化させている。酸素ガス流量が増加するに従い、屈折率の小さな酸化シリコンの混合比率が増加するため、膜の屈折率は減少してゆく。ここでは屈折率が3.5である基体としており、極小の反射率を与える屈折率は1.87となる。したがって、図3中に示すように屈折率を1.87とするように酸素ガスの流量を決定すればよい。
【0022】
但し、屈折率は波長に依存している。図4は、946nmの波長で反射率が極小となるように薄膜を形成した場合の、反射率の波長依存性を計算した結果である。この図で分かるように、波長に応じて屈折率が変わるため、或る波長で反射率を極小になるように定めても他の波長では反射率は極小とはならないどころか、非常に大きくなってしまう。したがって、(1)式に基づいて屈折率の目標値を決める際に、目的とする波長における屈折率を算出することが重要である。
【0023】
以上のようにして、図1に示すQPM素子4の両端面4a、4bにそれぞれ適切な屈折率を有する薄膜を形成することによって、その端面での反射率を非常に小さく、具体的には0.01%以下にまで抑制することが可能である。なお、薄膜の膜厚は、屈折率n1が決まれば(2)式に基づいて一義的に導出することが可能である。
【0024】
また、それ以外にも、本発明の趣旨の範囲で適宜の変形や修正など行っても、本発明の請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】QPM素子を用いた一般的な波長変換レーザ装置の概略構成図。
【図2】酸化シリコンと窒化シリコンとの混合比率と屈折率との関係を示す概念図。
【図3】(SiO2x(Si341-x の成膜条件と屈折率及び付着速度との関係の実測結果の一例を示す図。
【図4】946nmの波長で反射率が極小となるように薄膜を形成した場合の反射率の波長依存性を計算した結果を示す図。
【符号の説明】
【0026】
1…半導体レーザ
2…レンズ
3…レーザ媒質
3a…反射層
4…QPM素子
4a、4b…端面
5…エタロン
6…出力ミラー
7…光共振器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光により励起されたレーザ媒質から放出される基本波光を共振しつつ増幅する光共振器の光路中に介挿され、前記基本波光から高調波光を生成するための波長変換レーザ用の疑似位相整合型波長変換素子において、
高調波を発生する基体の光入射面及び光出射面となる両端面に、所定物質の酸化物と窒化物との混合物を材料とする薄膜を有し、該酸化物と窒化物との混合割合を調整することにより、使用するレーザ波長における前記薄膜の屈折率を、該薄膜を挟んだ入射側物質の屈折率と出射側物質の屈折率とに基づいて算出される所定値になるようにしたことを特徴とする波長変換レーザ装置用の疑似位相整合型波長変換素子。
【請求項2】
励起光により励起されたレーザ媒質から放出される基本波光を共振しつつ増幅する光共振器の光路中に介挿され、前記基本波光から高調波光を生成するための波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子を製造する方法であって、
高調波を発生する基体の光入射面及び光出射面となる両端面に、酸素ガスと窒素ガスとを所定割合で混合した雰囲気ガス中で所定物質をターゲットとした成膜処理を実行することにより、該所定物質の酸化物と窒化物との混合物を材料とする薄膜を形成し、その成膜処理時に酸素ガスと窒素ガスとの混合割合を調整することにより、使用するレーザ波長における前記薄膜の屈折率を、該薄膜を挟んだ入射側物質の屈折率と出射側物質の屈折率とに基づいて算出される所定値になるようにしたことを特徴とする波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子の製造方法。
【請求項3】
前記所定の物質はシリコン、チタン又はアルミニウムのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子、又は請求項2に記載の波長変換レーザ用疑似位相整合型波長変換素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−59964(P2006−59964A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−239401(P2004−239401)
【出願日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】