説明

湿式マルチディスクブレーキの操作方法および湿式マルチディスクブレーキ

本発明は、半径方向に延在する固定ディスクと回転ディスク(6、7)が、ブレーキング時に、空隙を除去しつつ互いに押圧される、冷却オイルによって湿式回転を行う、特に路上走行車両のためのマルチディスクブレーキを操作するための方法に関する。この方法は、ブレーキを弛めた後に、互いに組み込まれたディスク(6、7)が互いに離間され、、オイルを含まないかまたはオイルを実質的に含まない空隙が形成され、かつブレーキングに先立つディスク(6、7)の送りによって空隙が最小化されるように形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1の前提部分に記載した、湿式マルチディスクブレーキを操作するための方法および請求項10の前提部分に記載した湿式マルチディスクブレーキに関する。
【背景技術】
【0002】
湿式マルチディスクブレーキは、今日まで路上走行車両、例えば大型商用車において圧倒的に使用されているような乾式ブレーキ、例えばディスクブレーキと比べて、頑丈さ、ブレーキパッドの寿命および環境負荷に関して有利である。
【0003】
この乾式摩擦ブレーキは比較的に大きく摩耗し、ブレーキング摩耗くずを発生する。このブレーキング摩耗くずは少なからぬ粉塵発生、特に微細な塵埃による環境汚染を生じる。
【0004】
さらに、ブレーキパッド摩耗は然るべきメンテナンス作業を必要とし、このメンテナンス作業のため付加的な運転コストが必要である。
【0005】
公知のディスクブレーキはさらに、その開放構造のため、建設現場および荒地において故障しやすく、被包のような付加的な保護手段を必要とする。
【0006】
これに対して、大型建設土木機械、トラクタ等のような特殊トラックでは、主として湿式マルチディスクブレーキが使用されている。この湿式マルチディスクブレーキの場合、発生するブレーキ熱と上記のブレーキパッド摩耗くずは冷却オイルと共に排出される。
【0007】
この湿式マルチディスクブレーキは非常に摩耗しにくく、低い温度レベルで作動させられる。
【0008】
湿式マルチディスクブレーキが一般的に車軸駆動機構に統合されているので、車軸駆動機構のオイルがマルチディスクブレーキを作動させるための冷却オイルとして使用される。
【0009】
これにより、ブレーキの配管が簡単になるが、重大な欠点がある。
【0010】
冷却オイル内に存在するブレーキパッド摩耗くずとオイル温度上昇によって、車軸駆動機構の寿命が短くなる。
【0011】
マルチディスクへのオイルの強制流通が行われず、車軸の熱排出が制限されるので、ブレーキングをきわめて強く頻繁に行うと、ブレーキが過熱現象を生じる。その結果、オイルが劣化し、それによってブレーキと車軸駆動機構の重大な機械的損傷を生じる恐れがある。
【0012】
さらに、マルチディスクの摩擦面の間にある、すなわち空隙内にある高い粘度のオイルが、ブレーキを弛めた際に、オイルの内部摩擦に基づいて摩擦損失を生じる。この摩擦損失は、ブレーキ抵抗を絶えず増大させ、それに伴い車両の運転時のエネルギー消費を増大させることになる。
【0013】
この摩擦損失は持続的に存在する、打ち勝つべき残留トルクを生じる。この残留トルクは特に、空隙の寸法、すなわちマルチディスクの互いに向き合った摩擦面の間の間隔の寸法に左右される。
【0014】
空隙からのオイルの流出を可能にするために、この空隙を拡大することが既に試みられている。しかしながら、提案された空隙寸法は、高速走行する路上走行車両には受け入れられない。
【0015】
例えば、大型建設土木機械、トラクタ、無限軌道車両等、すなわち低速走行車両で使用されるマルチディスクブレーキのために、摩擦接触部あたりの空隙を少なくとも0.2mmにすることが推奨された。
【0016】
例えば、路上走行車両で使用されるような、回転する10枚のディスクを備えたマルチディスクブレーキの場合、単一空隙の20倍の全体空隙、すなわち4mmの少なくとも1つの全体空隙が生じる。それに起因するブレーキの応答時間の延長は特に、安全上重要な理由から受け入れられない。従って、空隙の拡大は作動上の理由から望ましい寸法では実現されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の根底をなす課題は、湿式マルチディスクブレーキの機能が改善され、かつ湿式マルチディスクブレーキの作動状態が最適化されるように、冒頭に述べた種類の方法と湿式マルチディスクブレーキを開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
この課題は請求項1に記載の特徴を有する方法と、請求項10に記載の特徴を有するマルチディスクブレーキによって解決される。
【0019】
本発明により、自由に走行できる際に最大空隙が生じ、その結果ディスクの互いに向き合う摩擦面の間に、従来技術で述べた欠点を有するオイルフィルムが形成されない。
【0020】
ブレーキングが迫ると、ディスクが軽く接触するまで空隙を縮小することによって、ブレーキの準備が行われる。
【0021】
最大空隙によって生じる応答時間を短縮するために、本来のブレーキ操作に先行する、ブレーキングシステムによって確認可能な過程および/または信号が検出および評価されるので、ブレーキペダルを操作する前に、ブレーキの準備が既に出来ている。
【0022】
例えば、アクセルペダルを弛める度に、このペダル上に配置されたペダルポテンショメータから、走行速度を低下させようとする運転者の意向が検出され、次のブレーキ操作を期待しつつ空隙を縮小することができる。
【0023】
これにより、マルチディスクブレーキの応答特性は、慣用のブレーキと比べて、空隙が大きいにもかかわらず改善される。乗用車におけるアクセルペダルからブレーキペダルへの足のセット時間が知られており、これは、0.15〜0.25秒である。大型商用車の場合、この時間は大きなレバーストロークに基づいてもっと長くなる。
【0024】
この先回り時間を利用して、約1mmの空隙を除去するために50msを必要とする電気機械式操作のブレーキの場合に、ブレーキの応答遅延を増大させずに、5mmよりも大きな空隙を実現することができる。
【0025】
アクセルペダルのペダル値−信号の評価の際に、ブレーキ操作の開始の確率を分析し、それから、状況にふさわしい空隙のいろいろな調節を導き出すことができる。
【0026】
アクセルペダルを比較的にゆっくり弛める場合には(これはそのときの危険状態を信号化しない)、空隙を普通の寸法に縮小すること、例えば5mmから1mmに縮小することが推奨される。
【0027】
アクセルペダルを弛める速度が予め設定した値を上回り、それによって次の緊急ブレーキングが予想されるときには、場合によってはディスクが軽く当たることを甘受しつつ、空隙を完全に除去することができる。
【0028】
アクセルペダルのペダル値−信号の評価の代わりにまたはこの評価に補足して、既存の車間距離警報システムの情報を、本発明のようにブレーキングを準備するために利用することができる。
【0029】
先行する車両に対する急速なまたは許容されない車間距離低下が検出された場合あるいは障害物が急に現れた場合、状況に適合して空隙を縮小または完全に除去するために、車間距離警報システムの既存の情報を利用することができる。
【0030】
走行安定性制御システム(例えばESP)の信号もこのように考慮に入れることができる。
【0031】
差し迫っている必要なブレーキング作業を推定することができる複数の信号、例えば上記のペダルポテンショメータの信号と車間距離警報信号を組み合わせると、必要なブレーキング作業の起きる確率をきわめて正確に予言することができ、それによって空隙調節を状況に合わせて行うことができる。
【0032】
本来のブレーキングの前に空隙をその最小化まで縮小することは、ブレーキング作業が推定されるあらゆる状況で行われ、その後好ましくは最低時間、例えば10秒間維持される。
【0033】
予め設定されたこの持続時間の後に、あるいはアクセルペダルの新たな操作の際には、制動されない走行状態に相応して、空隙は再び元の大きな寸法に調節される。
【0034】
本発明の有利な他の実施形態では、ディスクへのオイルの供給が非ブレーキング相で中断されるので、広げられた空隙から冷却オイルが放出され、それによって上記の液体摩擦の危険が実際に完全に除去される。
【0035】
ディスクの大きさを決めるために、ブレーキングの際の最大ブレーキエネルギーが重要である。例えば大型トラック(最大総重量が18トン、二軸)にとって、いわゆる熱亀裂ブレーキングが最大の要求である。このブレーキングによって、最大積載車両の最高時速時の坂道走行が、フライホイールマス−摩擦試験スタンドでシミュレーションされる。2800Nmのブレーキトルクが40秒以上持続し、走行速度が85km/hである場合に、車輪あたり5.0MJのブレーキエネルギーが生じた。このエネルギーは摩擦熱を直接吸収する回転ディスクで一時貯蔵しなければならない。なぜなら、冷却媒体を介しての熱の排出は非常に長い時間を必要とするからである。
【0036】
その際、ロータシステムの熱活性質量は、部品の温度が250℃を超えないような大きさでなければならない。それによって、オイルを傷めることが回避される。
【0037】
上記の例に関して、固定ディスク、すなわちステータディスクが有機的なパッドを備えているときに、ロータディスクの必要質量は40kgである。というのは、断熱作用がディスクへの熱伝導を妨害するからである。熱の排出は実質的にブレーキ操作の間で冷却オイルによって行われる。
【0038】
冷却システムの設計は平均ブレーキ熱によって決まる。このブレーキ熱は、ブレーキング作業が連続すると蓄積される。従来のブレーキ開発で有効であった試験プログラムが設計のために使用される。
【0039】
これは例えば最大総重量が18トンの上記の二軸トラックにとって次の通りである。
【表1】

【0040】
冷却システムの寸法を決めるためには、苛酷実地試験の条件が重要である。ブレーキあたり約20kwの冷却出力が必要である。この極端な試験では、走行時間全体においてオイル供給装置が作動状態にある。
【0041】
必要な後冷却時間のために、熱亀裂試験は最大の要求を行う。高いエネルギー入力により、50℃への戻し冷却のために、約6分の後冷却時間が必要である。
【0042】
すべてのブレーキ活動の90%を超える軽い適応ブレーキングの場合、オイル供給の遅延時間が短くて済むので、通常の運転では、冷却オイルに起因する摩擦損失が回避される。
【0043】
電動オイルポンプの場合、オイル供給はオイルポンプのスイッチを切ることによって中断される。それに対して、ブレーキケーシングからのオイルの流出後でも、そのときタンク内にある冷却オイルをさらに冷却すべきときには、弁制御が必要である。この場合、多路弁がタンクから熱交換器へまたは熱交換器からタンクへの冷却回路内のオイル流れを制御する。これにより、冷却能力を改善するために、非ブレーキング相を利用することができ、その際ブレーキ内に付加的な摩擦損失を生じない。
【0044】
オイルポンプの停止またはオイル供給の制御は、ブレーキ活動とそれによって生じる排出すべきブレーキ熱に依存して、既存のブレーキ制御システムによって必要に応じて行うことができる。
【0045】
本発明の他の有利な実施形態の特徴は従属請求項に記載してある。
【0046】
次に、添付図面に基づいて、本発明に係るマルチディスクブレーキの一実施の形態を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】マルチディスクブレーキの一部を切断して示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
図1には、路上走行車両のホイールハブ1に組み込まれた湿式マルチディスクブレーキが示してある。ホイールハブ1はアクスルジャーナル3のホイールベアリング2に回転可能に軸承されている。
【0049】
アクスルジャーナル3にはステータ4が相対回転しないように連結されている。このステータは互いに平行に間隔をおいて配置されかつ半径方向に延在する固定された多数のディスク6を備えている。このディスクの間にはそれぞれ、ホイールハブ1に相対回転しないように連結された回転ディスク7が配置されている。ディスク6、7はステータケーシング5内に位置している。このステータケーシング5はシール9によってホイールハブ1に対して封止されている。
【0050】
それぞれのディスク6、7の少なくとも一方は互いに向き合った側面に摩擦パッド8を有する。この摩擦パッド8はブレーキングの際に、他方のディスクの相対する面に摩擦接触する。
【0051】
冷却オイルは、冷却オイル接続部10を経て矢印の方向に従ってディスク6、7の間を案内され、そしてディスクから排出される。この冷却オイルは一方では、ブレーキング時に発生する摩擦パッド8の摩耗くずを搬出し、他方では発生する摩擦熱を搬出する。
【0052】
本発明によれば、ブレーキを弛めた後で、互いに付設されたディスク6、7は、ディスク6、7の間にオイルを含まない空隙またはオイルを実質的に含まない空隙が形成されるほど、互いに分離される。ブレーキングに先立ってディスクを送ることによって、空隙はディスクの迅速な押圧、すなわち迅速なブレーキングが可能になるほど最小化される。
【符号の説明】
【0053】
1 ホイールハブ
2 ベアリング
3 アクスルジャーナル
4 ステータ
5 ステータケーシング
6,7 ディスク
8 摩擦パッド
9 シール
10 冷却オイル接続部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキング時に、半径方向に延在する固定ディスクおよび回転ディスク(6、7)が空隙を除去しつつ互いに押圧される、冷却オイルによって湿式回転を行う、マルチディスクブレーキを操作するための方法において、
互いに組み込まれたディスク(6、7)がブレーキを弛めた後に互いに離間され、オイルを含まない、または実質的にオイルを含まない空隙が形成され、かつブレーキングに先立つディスク(6、7)の送りによって前記空隙が最小化されることを特徴とする方法。
【請求項2】
空隙を最小化する方向へのディスクの送りが、予想されるブレーキングに依存して行われることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
車両の走行速度の低下が検出され、ディスクが最小空隙まで送られることを特徴とする請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
走行速度の低下がアクセルペダルを弛めることによって検出されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
空隙を最小化する方向への前記ディスクの送りが、アクセルペダルを弛める速度に依存して行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
前記空隙が最小化されるまでの前記ディスクの送りが、ペダルポテンショメータおよび/または車間距離警報システムおよび/または走行安定性制御システムの情報に依存して行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
前記空隙の最小化が、予め設定した持続時間の後および/またはアクセルペダルの新たな操作の後にリセットされることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
前記ブレーキを弛めた後に、冷却オイルの供給が停止され、ブレーキングに先立って前に前記ディスクを前記空隙が最小化するまで送る際に、冷却オイルの供給が再開されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
冷却オイルが供給を停止した後に別の冷却回路で冷却されることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
互いに間隔をおいて平行に配置された複数枚の固定ディスク(6)を備え、該固定ディスクの間にそれぞれ1枚の回転可能なディスク(7)が配置され、ブレーキング時に半径方向に延在するディスク(6、7)が、空隙を除去しつつ互いに押圧可能であり、かつブレーキを弛めた後で空隙を形成しつつ互いに離間可能である、冷却オイルによって湿式回転を行う、マルチディスクブレーキにおいて、
ブレーキングに先立って前記空隙を最小化する方へ前記ディスク(6、7)を調節することができる制御装置が設けられていることを特徴とするマルチディスクブレーキ。
【請求項11】
前記制御装置が車両のアクセルペダルに連結され、かつアクセルペダルの操作を検知するペダルポテンショメータおよび/または車間距離警報システムおよび/または走行安定性制御システムに接続されていることを特徴とする請求項10記載のマルチディスクブレーキ。
【請求項12】
ブレーキを弛めた後に冷却オイルが前記冷却回路に供給可能であることを特徴とする請求項10または11記載のマルチディスクブレーキ。
【請求項13】
前記冷却回路が熱交換器を備えていることを特徴とする請求項10〜12のいずれか一項記載のマルチディスクブレーキ。
【請求項14】
冷却回路が弁で制御されることを特徴とする請求項10〜13のいずれか一項記載のマルチディスクブレーキ。

【図1】
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【公表番号】特表2011−510243(P2011−510243A)
【公表日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−543414(P2010−543414)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【国際出願番号】PCT/EP2009/000135
【国際公開番号】WO2009/092526
【国際公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(597166361)クノール−ブレミゼ ジュステーメ フューア ヌッツファーツォィゲ ゲーエムベーハー (17)
【氏名又は名称原語表記】KNORR−BREMSE System fuer Nutzfahrzeuge GmbH
【Fターム(参考)】