説明

火花点火式直噴エンジン

【課題】火花点火式エンジンにおいて、冷却損失を低減する。
【解決手段】制御器100は、エンジン本体(エンジン1)の運転状態が高負荷領域にあるときに、燃焼室17内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように圧縮行程において燃料噴射を実行すると共に、燃焼開始時の燃焼室内全体の空気過剰率λが1以上になるようにする。制御器100はまた、空気過剰率λ≧1の高負荷領域において、燃焼室内に排気ガスを還流させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、火花点火式直噴エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、火花点火式ガソリンエンジンの理論熱効率を高めるべく、シリンダヘッド下面に凹陥したキャビティと、ピストン冠面に凸設した突起部と、によって、燃焼室内を中央燃焼室と主燃焼室とに区画しつつ、燃焼室全体として、圧縮比を16程度の高圧縮比に設定すると共に、中央燃焼室内では混合気を相対的にリッチに、主燃焼室内では混合気を相対的にリーンにすることで、燃焼室全体として、混合気をリーンにしたエンジンが記載されている。
【0003】
また、例えば特許文献2には、冷却損失を低減させて熱効率を向上させる観点から、燃焼室を区画形成する面を、多数の気泡を含んだ断熱材によって構成する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−217627号公報
【特許文献2】特開2009−243355号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、火花点火式エンジンの理論サイクルであるオットーサイクルにおいては、圧縮比を高めれば高めるほど、また、ガスの比熱比を高めれば高めるほど、理論熱効率が高くなる。このため、前記特許文献1に記載されているような高圧縮比と混合気のリーン化との組み合わせは、熱効率(図示熱効率)の向上に、ある程度は有利になるものの、この場合、圧縮比15程度で図示熱効率が最大になり、それ以上に圧縮比を高めても、図示熱効率は高くならない(逆に、圧縮比を高めれば高めるほど、図示熱効率が低くなる)。これは、混合気がリーンであるため比較的大量の空気がシリンダ内に導入される一方で、そのシリンダ内の大量の空気が、高圧縮比化に伴い大きく圧縮されて燃焼圧力及び燃焼温度が大幅に高くなってしまうためである。つまり、高い燃焼圧力及び燃焼温度によってシリンダの壁面等を通じた熱の放出量が増え、冷却損失が大幅に増大する結果、図示熱効率が低くなってしまうのである。火花点火式エンジンにおける熱効率の向上には、冷却損失の低減が重要である。
【0006】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、火花点火式エンジンにおいて、冷却損失を低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、冷却損失は、燃焼室の区画壁に接触する燃焼ガスとその区画壁との温度差に比例することから、燃焼ガスが区画壁に接触することを抑制すべく、燃焼室内における中央部分にリッチな混合気層を、それを囲む外周部分にリーンな混合気層を形成することに着目した。こうした成層化によって、外周部分は燃焼に実質的に寄与しなくなり、燃焼ガスが区画壁に接触することが抑制される。こうして、冷却損失の低減が図られる。また、空気の多い又は空気によって形成される外周部分は、燃焼ガスと区画壁との間の断熱層として機能するから、冷却損失の低減により一層有利になる。
【0008】
ここで、エンジンの運転状態が低負荷領域にあるときには燃料噴射量が相対的に少ないため、空気過剰率λを、2以上のリーンに設定して、熱効率の向上及びNOx生成の抑制を図ることが可能になる一方で、エンジンの運転状態が高負荷領域にあるときには燃料噴射量が増量するため、空気過剰率λを2以上に維持することができず、三元触媒を利用する関係上、空気過剰率λを1以上に設定しなければならなくなる。
【0009】
その場合に、前述したような成層化は、燃焼室全体として空気過剰率λを、λ≧1にしたとしても、燃焼に寄与しない外周部分に空気が存在している分だけ、燃焼に寄与する中央部分の混合気は空気が不足して空気過剰率がλ<1となってしまう場合がある。この場合は、エミッション性能の低下を招く虞がある。
【0010】
そこで、ここに開示する技術は、空気過剰率λ≧1とする高負荷領域において、排気還流(EGR)を行うことで、燃焼室内に導入するガス量を増量することにした。このことは、燃焼室内における外周部分の空気量を低下させ、燃焼に寄与する中央部分の空気量を増やす。その結果、中央部分における空気過剰率λは可及的にλ≧1となり、冷却損失を低減しつつも、エミッション性能の低下が回避される。
【0011】
具体的に、ここに開示する火花点火式直噴エンジンは、エンジン本体と、前記エンジン本体の燃焼室内に燃料を噴射するよう構成された燃料噴射弁と、前記エンジン本体の排気ガスを前記燃焼室内に還流させるよう構成された排気還流手段と、前記エンジン本体の運転状態に応じて、前記燃料噴射弁を通じた前記燃焼室内へ燃料噴射、及び、前記排気還流手段による排気還流を制御する制御器と、を備える。
【0012】
そして、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が高負荷領域にあるときに、前記燃焼室内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように圧縮行程において燃料噴射を実行すると共に、燃焼開始時の前記燃焼室内全体の空気過剰率λが1以上になるようにし、前記制御器はまた、前記空気過剰率λ≧1の高負荷領域において、前記燃焼室内に前記排気ガスを還流させる。
【0013】
ここで、「高負荷領域」は、エンジン本体の運転領域を低負荷領域及び高負荷領域の2つの領域に区分したときの高負荷領域としてもよいし、低負荷領域、中負荷領域、及び高負荷領域の3つの領域に区分したときの高負荷領域としてもよい。
【0014】
前記の構成によると、エンジン本体の運転状態が高負荷領域にあるときに、燃焼室内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように圧縮行程において燃料噴射を実行する。このことにより、前述の通り、相対的にリーンでかつ燃焼に寄与しない外周部分が、燃焼ガスと燃焼室の区画壁との間に介在するため、燃焼ガスが区画壁に接触することが抑制乃至防止されて、冷却損失の低減に有利になる。
【0015】
一方で、燃焼開始時の燃焼室内全体の空気過剰率λが、λ≧1となるように設定されるため、外周部分に空気が含まれる分だけ、中央部分の空気が不足し易くなるところ、前記の構成では、λ≧1の高負荷領域において排気還流を行い、排気ガス(つまりEGRガス)を燃焼室内に導入するため、外周部分に含まれる空気量が、EGRガスの導入量に応じて低減する。このことは、燃焼室内における中央部分の空気の量を増やすから、燃焼に寄与する中央部分の混合気はλ≧1に近づくようになり、エミッション性能の悪化を未然に回避することが可能になる。
【0016】
前記火花点火式直噴エンジンは、前記エンジン本体に対する吸気通路上に配設されかつ、前記制御器によってその開度制御が行われる吸気絞り弁をさらに備え、前記制御器は、前記空気過剰率λ≧1の高負荷領域において、前記吸気絞り弁の開度を全開にする、としてもよい。
【0017】
吸気絞り弁が全開であり、これ以上の新気の導入が望めないときに、排気還流を行うことは、排気側が吸気側よりも圧力が高いことを利用して燃焼室内へのガスの導入量を増やすことを可能にする。その結果、前述の通り、燃焼室内における中央部分の混合気の空気過剰率をλ≧1に維持することが可能になる。
【0018】
前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εは、18以上40以下に設定されている、としてもよい。
【0019】
高圧縮比エンジンは熱効率の向上に有利になる一方で、前述の通り、冷却損失の増大を招く場合がある。この構成のエンジンは、燃焼室内における中央部分に相対的にリッチな混合気層を形成する成層化を行って、冷却損失の低減を図ると共に、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを機械仕事に効率よく変換するから、図示熱効率を高めることが可能になる。
【0020】
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が低負荷領域にあるときには、前記燃焼室内全体の空気過剰率λが2以上8以下になるように燃料噴射を行うと共に、前記排気ガスの還流を停止する、としてもよい。
【0021】
空気過剰率を高めたリーンバーンエンジンは、熱効率の向上及びエミッション性能の向上に有利になる。
【0022】
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が低負荷領域にあるときには、前記燃焼室内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように燃料噴射を実行する、としてもよい。
【0023】
エンジン本体の運転状態が低負荷領域にあるときにも、高負荷領域と同様に、燃焼室内において燃焼に寄与しない外周部分を設けることにより、冷却損失が低減して、熱効率の向上に有利になる。また、低負荷領域では、比較的少量の燃料量に対し十分な空気量が確保可能であるから、燃焼に寄与しない外周部分を設けつつ、排気ガスの還流を停止しても、エミッション性は悪化しない。
【発明の効果】
【0024】
以上説明したように、前記の火花点火式直噴エンジンは、運転状態が高負荷領域にあるときに、燃焼室内における中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層を形成することで、冷却損失の低減に有利になる一方、燃焼開始時の燃焼室内全体の空気過剰率λをλ≧1となるように設定しつつ、排気還流を行うことで、中央部分の混合気はλ≧1に近づくようになり、エミッション性能の悪化を未然に回避することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】火花点火式直噴エンジンの構成を概略的に示す図である。
【図2】火花点火式直噴エンジンの制御に係る構成を示すブロック図である。
【図3】燃焼室内のガスの構成を示す概念図である。
【図4】燃焼室内のガスの組成を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、火花点火式直噴エンジン(以下、単にエンジンとも言う)の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。図1、2に示すように、エンジン・システムは、エンジン1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。
【0027】
エンジン1は、火花点火式内燃機関であって、図例では一つのみ図示するが、複数のシリンダ11を有する。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部にシリンダ11が形成されている。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、冷却水が流れるウォータージャケット121(但し、シリンダブロック12内のウォータージャケットのみを図示する)が形成されている。
【0028】
ピストン15は、各シリンダ11内に摺動自在に嵌挿されており、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。この実施形態では、ピストン15の冠面に凹部が形成されている。
【0029】
図1には一つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の下面(燃焼室17の上面を区画する天井面)に開口することで燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれがシリンダヘッド13の天井面に開口することで燃焼室17に連通している。吸気ポート18は、シリンダ11内に導入される新気が流れる吸気通路41に接続されている。吸気通路41における図示省略の上流側には、吸気流量を調整するスロットル弁20が介設しており、スロットル弁20は、エンジン制御器100からの制御信号を受けてその開度が調整される。一方、排気ポート19は、各シリンダ11からの既燃ガス(排気ガス)が流れる排気通路42に接続されている。排気通路42には、図示は省略するが、一つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配置される。
【0030】
図1には概略的に示すが、排気通路42と吸気通路41との間には、既燃ガスの一部を吸気通路41に還流するための排気還流通路(つまり、EGR通路)43が設けられている。EGR通路43の途中には、既燃ガス(言い換えるとEGRガス)の還流量を調整するためのEGR弁44が配設されていると共に、排気通路42におけるEGR通路43の接続位置よりも下流側には、排気絞り弁45が配設されている。排気絞り弁45は、通常時は、その開度が全開にされる一方、詳しくは後述するが、所定の運転状態において、その開度が絞られて背圧が高められる。そうして、EGR弁44及び排気絞り弁45の双方の開度調整によって、燃焼室17内へのEGRガス量が調整されることになる。尚、図示は省略するが、EGR通路43上には、燃焼室17内に導入するEGRガスを冷却するための、例えば水冷式のEGRクーラを配設してもよい。
【0031】
吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により、排気弁22は排気弁駆動機構により、それぞれ駆動される。吸気弁21及び排気弁22は所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉し、シリンダ11内のガス交換を行う。吸気弁駆動機構及び排気弁駆動機構は、図示は省略するが、それぞれ、クランクシャフトに駆動連結された吸気カムシャフト及び排気カムシャフトを有し、これらのカムシャフトはクランクシャフトの回転と同期して回転する。また、少なくとも吸気弁駆動機構は、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は機械式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を含んで構成されている。VVT23と共に、弁リフト量を連続的に変更可能なリフト可変機構(CVVL(Continuous Variable Valve Lift))を備えるようにしてもよい。
【0032】
点火プラグ31は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ31は、この実施形態では、シリンダ11の中心軸に対し、排気側に傾斜した状態で取り付けられており、その先端部(電極)は燃焼室17の天井部に臨んでいる。尚、点火プラグ31の配置はこれに限定されるものではない。点火システム32は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ31が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。一例として、点火システム32はプラズマ発生回路を備え、点火プラグはプラズマ点火式のプラグとしてもよい。
【0033】
燃料噴射弁33は、この実施形態ではシリンダ11の中心軸に沿って配置され、例えばブラケットを使用する等の周知の構造でシリンダヘッド13に取り付けられている。燃料噴射弁33の先端は、燃焼室17の天井部の中心に臨んでいる。燃料噴射弁33は、この例では、外開弁タイプのピエゾ式インジェクタである。こうしたインジェクタは、ペネトレーションが比較的低い一方で、燃料の微粒化に優れており、詳しくは後述するが、燃焼室17内において中央部分に比較的リッチな混合気を、それを囲む外周部分に比較的リーンな混合気(好ましくは空気のみ)を形成する上で、有利である。
【0034】
燃料供給システム34は、燃料噴射弁33に燃料を供給する燃料供給系と、燃料噴射弁33を駆動する電気回路と、を備えている。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁33を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、このリーンバーンエンジン1の燃料は、この実施形態ではガソリンであるが、これに限定されるものではなく、例えばガソリン含有の各種の液化燃料としてもよい。
【0035】
エンジン制御器100は、図2に示すように、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
【0036】
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ71からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ72からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ73からのアクセル開度信号、車速センサ74からの車速信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメーターを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号、EGR弁開度信号、排気絞り弁開度信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁20(スロットル弁20を動かすスロットルアクチュエーター)、燃料供給システム34、点火システム32、VVT23、EGR弁44及び排気絞り弁45等に出力する。
【0037】
このリーンバーンエンジン1の特徴的な点は、エンジンの図示熱効率を高めて、燃費性能を従来に比べて大幅に向上させる観点から、エンジン1の幾何学的圧縮比εを18以上40以下の超高圧縮比に設定すると共に、少なくとも部分負荷の運転領域においては空気過剰率λを2以上8以下に設定して、混合気をリーン化することに対し、燃焼室17の断熱構造を、さらに組み合わせる点にある。
【0038】
ここで、このエンジン1は圧縮比=膨張比となる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。尚、圧縮比<膨張比となる構成(例えばアトキンソンサイクルや、ミラーサイクル)を採用してもよい。
【0039】
また、燃焼室17は、図1に示すように、シリンダ11の壁面と、ピストン15の冠面と、シリンダヘッド13の下面(天井面)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されており、これらの各面に、後述する構成を有する断熱層61,62,63,64,65が設けられることによって、燃焼室17が断熱化されている。尚、以下において、これらの断熱層61〜65を総称する場合は、断熱層に符号「6」を付す場合がある。断熱層6は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、図例では、シリンダ壁面の断熱層61は、ピストン15が上死点に位置した状態で、そのピストンリング14よりも上側の位置に設けられており、これにより断熱層61上をピストンリング14が摺動しない構成としている。但し、シリンダ壁面の断熱層61はこの構成に限らず、断熱層61を下向きに延長することによって、ピストン15のストロークの全域、又は、その一部に断熱層61を設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井面側の開口近傍のポート壁面に断熱層を設けてもよい。尚、図1に図示する各断熱層61〜65の厚みは実際の厚みを示すものではなく単なる例示であると共に、各面における断熱層の厚みの大小関係を示すものでもない。
【0040】
このリーンバーンエンジン1では、前述の通り幾何学的圧縮比εを18≦ε≦40に設定している。理論サイクルであるオットーサイクルにおける理論熱効率ηthは、ηth=1−1/(εκ−1)であり、圧縮比εを高くすればするほど、理論熱効率ηthは高くなる。また、ガスの比熱比κを高めれば高めるほど、言い換えると、空気過剰率λを高めれば高めるほど、理論熱効率ηthは高くなる。
【0041】
しかしながら、エンジン(正確には、燃焼室の断熱構造を有しないエンジン)の図示熱効率は、所定の幾何学的圧縮比ε(例えば15程度)でピークになり、幾何学的圧縮比εをそれ以上に高めても図示熱効率は高くならず、逆に、図示熱効率は低下することになる。これは、燃料量及び吸気量を一定のままで幾何学的圧縮比を高くした場合、圧縮比が高くなればなるほど、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることに起因している。つまり、燃焼室17を区画する面を通じて熱が放出することに伴う冷却損失は、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−区画面の温度)によって決定され、燃焼ガスの圧力及び温度が高くなるほど熱伝達率は高くなるから、燃焼圧力及び燃焼温度が高くなることは、その分、冷却損失を増大させることになる。その結果、リーンバーンエンジンは、幾何学的圧縮比が高くなればなるほど、図示熱効率が低下してしまうのである。このように、混合気をリーン化しつつ、幾何学的圧縮比を高めることによってエンジンの図示熱効率を高めようとしても、冷却損失が増大することにより、理論熱効率よりも大幅に低い図示熱効率で頭打ちなってしまう。
【0042】
これに対し、このリーンバーンエンジン1では、高い幾何学的圧縮比εにおいて図示熱効率が高まるように、燃焼室17の断熱構造を組み合わせている。つまり、燃焼室17の断熱化により冷却損失を低減させ、それによって図示熱効率を高める。
【0043】
一方で、燃焼室17を断熱化して冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このリーンバーンエンジン1では、前述したように、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、このリーンバーンエンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
【0044】
ここで、空気過剰率λについて検討する。空気過剰率λが2よりも低くなると燃焼室17内の最高燃焼温度が高くなって、燃焼室17からRawNOxが排出され得る。前述したように、このリーンバーンエンジン1は、冷却損失と共に排気損失の低減をも図っているため、排気温度が比較的低く触媒の活性化には不利である。そのため、燃焼室17からのRawNOxの排出を回避乃至抑制することが望ましく、そのためには、空気過剰率λを2以上に設定することが好ましい。言い換えると、燃焼室17内の最高燃焼温度が所定温度(例えば、RawNOxが生成し得る温度としての1800K(ケルビン))以下となる範囲で、空気過剰率λを設定することが望ましい。エンジン制御器100は、例えばエンジン1の部分負荷における運転領域内で、負荷の上昇に伴い(言い換えると、燃料噴射量の増量により空気過剰率λが下がることに伴い)、最高燃焼温度が所定温度を超えるようなときには、空気過剰率λを上げてエンジン1を運転することが望ましい。
【0045】
一方、本願発明者らの検討によると、空気過剰率λ=8で図示熱効率がピークになることから、空気過剰率λの範囲としては、2≦λ≦8が好ましい。尚、エンジン1の全負荷を含む高負荷の運転領域においては、トルク優先により、空気過剰率λをさらに下げて例えばλ=1又はλ≧1としてもよい。前記の空気過剰率λの数値範囲は、エンジン1の、中負荷及び低負荷の運転領域における好ましい範囲である。
【0046】
尚、混合気のリーン化は、スロットル弁20を開き側に設定することになるから、ガス交換損失(ポンピングロス)の低減による図示熱効率の向上にも寄与し得る。
【0047】
次に、燃焼室17の断熱構造について、さらに詳細に説明する。燃焼室17の断熱構造は、前述したように、燃焼室17を区画する各区画面に設けた断熱層61〜65によって構成されるが、これらの断熱層61〜65は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。ここで、シリンダ11の壁面に設けた断熱層61については、シリンダブロック12が母材であり、ピストン15の冠面に設けた断熱層62についてはピストン15が母材であり、シリンダヘッド13の天井面に設けた断熱層63については、シリンダヘッド13が母材であり、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッド面に設けた断熱層64,65については、吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ母材である。従って、母材の材質は、シリンダブロック12、シリンダヘッド13及びピストン15については、アルミニウム合金や鋳鉄となり、吸気弁21及び排気弁22については、耐熱鋼や鋳鉄等となる。但し、前述したように、このリーンバーンエンジン1は排気損失を低減していることから、排気ガス温度が大幅に低下しているため、特に排気弁22については耐熱鋼でなくても、従来は使用することができなかった、又は、使用することが困難であった材料(例えばアルミニウム合金等)を使用することも可能である。
【0048】
また、断熱層6は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、燃焼室17内のガス温度は燃焼サイクルの進行によって変動するが、燃焼室の断熱構造を有しない従来のエンジンは、シリンダヘッドやシリンダブロック内に形成したウォータージャケット内を冷却水が流れることにより、燃焼室17を区画する面の温度は、燃焼サイクルの進行にかかわらず、概略一定に維持される。
【0049】
一方で、冷却損失は、前述の通り、冷却損失=熱伝達率×伝熱面積×(ガス温度−区画面の温度)によって決定されることから、ガス温度と壁面の温度との差温が大きくなればなるほど冷却損失は大きくなってしまう。冷却損失を抑制するためには、ガス温度と区画面の温度との差温は小さくすることが望ましいが、前述したように、燃焼室17の区画面の温度を概略一定に維持した場合、ガス温度の変動に伴い差温が大きくなることは避けられない。
【0050】
そこで、前記の断熱層6は熱容量を小さくし、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化することが好ましい。
【0051】
また、断熱層6の熱容量を小さくすることは、排気損失の低減にも有利になる。つまり、仮に断熱層の熱容量が大きいときは、燃焼室17内の温度が低下したときでも、区画面の温度が下がらない一方で、燃焼室17が断熱構造を有しているため、燃焼室17内の温度を高温のままに維持してしまう。このことは、結果として排気損失を増大させることになり、エンジン1の熱効率の向上を阻害する。
【0052】
これに対し、断熱層6の熱容量を小さくすることは、燃焼室17内の温度が低下したときに、それに追従して区画面の温度が低下する。従って、燃焼室17内の温度を高温に維持してしまうことを回避し得るから、前述した、温度追従性に伴う冷却損失の抑制のほか、排気損失の抑制にも有利になり得る。
【0053】
断熱層6の例示として、この断熱層6は、シリンダ11の壁面、ピストン15の冠面、シリンダヘッド13の天井面、並びに、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッド面、つまり、燃焼室17を区画する区画面に、例えばプラズマ溶射により形成した、ジルコニア(ZrO)、又は、部分安定化ジルコニア(PSZ)の皮膜によって構成してもよい。ジルコニア又は部分安定化ジルコニアは、熱伝導率が比較的低くかつ、容積比熱も比較的小さいため、母材によりも熱伝導率が低くかつ、容積比熱が母材と同じか、それよりも小さい断熱層6が構成される。
【0054】
ここで、このリーンバーンエンジン1では、その温間時に、全負荷を含む高負荷の運転領域において空気過剰率をλ=1にする場合は、点火プラグ31の駆動によって燃焼室17内の混合気に点火する火花点火モードとし、空気過剰率λを2〜8(又はG/Fを30〜120)に設定するような、それ以外の運転領域(言い換えると中負荷乃至低負荷の運転領域)では、燃焼室17内の混合気を圧縮着火させる圧縮着火モードとすればよい。尚、エンジン1の運転領域の全域で圧縮着火モードとしてもよい。
【0055】
そうして、このリーンバーンエンジン1ではさらに、図3に概念的に示すように、燃焼室17内における中央部分171に相対的にリッチな混合気を形成する一方、この中央部分171を囲む外周部分172に相対的にリーンな混合気、好ましくは燃料を含まない空気層を形成する。こうすることによって、中央部分171の混合気が燃焼に寄与し、外周部分172の混合気(又は空気)が燃焼に寄与しないようにする。このことは、燃焼ガスが燃焼室17の区画壁に接触することを抑制しつつ、外周部分172の空気層が、前述した断熱層の一部として機能することで、冷却損失がさらに低減する。そのために、燃料噴射弁33を、低ペネトレーションでかつ、燃料の微粒化に優れた外開弁タイプのピエゾ式インジェクタにすると共に、この燃料噴射弁33による燃料の噴射タイミングを、圧縮行程の後期に設定する。ここでいう圧縮行程の後期とは、圧縮行程を、前期、中期及び後期の3つに分けたときの後期である。こうすることで、噴射した燃料が、燃焼室17の壁面にまで到達してしまうことを防止しながら、燃料の微粒化が可能になる上に、噴射した燃料が燃焼室17内で拡散する前に燃焼を開始することが可能になる。そうして、燃焼室17内における中央部分171に相対的にリッチな混合気を形成する一方、この中央部分171を囲む外周部分172に相対的にリーンな混合気(又は空気層)を形成するような、成層化が実現する。
【0056】
ここで、前述したように、高負荷の運転領域において空気過剰率を例えばλ=1にする一方、中負荷及び低負荷の運転領域においては、空気過剰率λを2〜8に設定する場合において、λ=1とする高負荷領域では、燃焼室17内における中央部分171の空気過剰率がλ<1の過濃な状態となる場合がある。すなわち、図4における左側に示すように、λ=1とする負荷領域では、例えばスロットル弁20が全開に設定されて、最大量の新気が燃焼室17内に導入される一方で、燃焼室17の全体としてλ=1となるように、燃料噴射量が設定されることになる。ここで、前述の通り、燃焼室17内における外周部分172に比較的リーンな混合気(つまり断熱層)が形成される場合、燃焼に寄与しない外周部分172に空気が存在する分だけ(図4の左図においてハッチングを付した部分)、中央部分171では空気が不足することになり、燃焼に寄与する中央部分171の空気過剰率がλ<1の過濃になってしまうのである。この状態はエミッション性の悪化を招く虞がある。
【0057】
そこで、このリーンバーンエンジン1では、図4における右側に示すように、λ=1の高負荷領域において、EGR弁44を所定の開度に開けてEGR通路43を通じた排気ガスの還流を行うことで、燃焼室17内にEGRガスを導入する。このことにより、図4の右図にハッチングを付して示すように、外周部分172にEGRガスが含まれる分だけ、中央部分171の空気量が増えることになり、中央部分171の空気過剰率がλ=1又はそれに近づくようになる。その結果、成層化によって冷却損失を低減しつつも、エミッション性の悪化が未然に回避される。
【0058】
ここで、λ=1の高負荷領域においては、排気側の圧力が、吸気側の圧力よりも高くなるため、スロットル弁20を全開にした状態でも排気ガスを還流させて燃焼室17内に、EGRガスを導入することが可能であるが、必要に応じて排気絞り弁45を所定開度に閉じることで背圧を高めて、燃焼室17内に所望量のEGRガスを導入するようにしてもよい。尚、排気絞り弁45は省略することも可能である。また、λ=1の高負荷領域において、燃焼室17内の温度を低下して冷却損失を低減する観点からは、前述の通り、EGR通路43にEGRクーラを配置して、できるだけ低温のEGRガスを燃焼室17内に導入することが好ましい。
【0059】
また、空気過剰率λを2〜8に設定する中負荷及び低負荷領域の内、特に低負荷領域では、燃焼室17内の成層化を行う一方で、EGR通路43を通じた排気還流は停止する。燃焼室17内の全体として、空気過剰率をリーンに設定した運転領域では、燃焼室17内に供給する比較的少量の燃料量に対し十分な空気量が確保可能であるから、外周部分172を形成しつつ排気還流を停止しても、エミッション性が悪化しない。尚、中負荷領域では、排気還流を適宜実行してもよい。
【0060】
尚、ここに開示する技術は、前述したような、燃焼室17の断熱構造を有する高圧縮比のリーンバーンエンジン1への適用に限定されるものではなく、例えば燃焼室17の断熱構造を省略してもよい。この場合でも、前述したように燃焼室17内を、中央部分と外周部分とで成層化することにより燃焼室17の断熱機能が得られるため、冷却損失を低減して、エンジン1の図示熱効率は向上する。
【0061】
また、ここに開示する技術は冷却損失の低減に有効であるから、高圧縮比のリーンバーンエンジン1への適用に限定されず、火花点火式直噴エンジンに広く適用することが可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 エンジン(エンジン本体)
17 燃焼室
100 エンジン制御器
20 スロットル弁(吸気絞り弁)
33 燃料噴射弁
43 EGR通路(排気還流手段)
44 EGR弁(排気還流手段)
45 排気絞り弁(排気還流手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン本体と、
前記エンジン本体の燃焼室内に燃料を噴射するよう構成された燃料噴射弁と、
前記エンジン本体の排気ガスを前記燃焼室内に還流させるよう構成された排気還流手段と、
前記エンジン本体の運転状態に応じて、前記燃料噴射弁を通じた前記燃焼室内へ燃料噴射、及び、前記排気還流手段による排気還流を制御する制御器と、を備え、
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が高負荷領域にあるときに、前記燃焼室内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように圧縮行程において燃料噴射を実行すると共に、燃焼開始時の前記燃焼室内全体の空気過剰率λが1以上になるようにし、
前記制御器はまた、前記空気過剰率λ≧1の高負荷領域において、前記燃焼室内に前記排気ガスを還流させる火花点火式直噴エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記エンジン本体に対する吸気通路上に配設されかつ、前記制御器によってその開度制御が行われる吸気絞り弁をさらに備え、
前記制御器は、前記空気過剰率λ≧1の高負荷領域において、前記吸気絞り弁の開度を全開にする火花点火式直噴エンジン。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εは、18以上40以下に設定されている火花点火式直噴エンジン。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が低負荷領域にあるときには、前記燃焼室内全体の空気過剰率λが2以上8以下になるように燃料噴射を行うと共に、前記排気ガスの還流を停止する火花点火式直噴エンジン。
【請求項5】
請求項4に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が低負荷領域にあるときには、前記燃焼室内において、その中央部分に、それを囲む外周部分よりもリッチな混合気層が形成されるように燃料噴射を実行する火花点火式直噴エンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−57251(P2013−57251A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194537(P2011−194537)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】