説明

炭素繊維強化炭素複合材料及びその製造方法

【課題】C/Cコンポジットに較べて低温での摩擦係数が高く、また摩擦係数の温度依存性の抑制されたC/Cコンポジット及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アルコールCVD法などの熱CVD法により、C/Cコンポジット表面にカーボンナノチューブ(CNT)を生成させることで、低温での摩擦係数が上昇し、摩擦係数の温度依存性が改善され、広い温度域において優れた摩擦特性を有し、自動車、自動二輪車等の車両や航空機などのブレーキ材料のように温度変化が激しい用途の構成材料として好適なC/Cコンポジットを提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維強化炭素複合材料(以下、「C/Cコンポジット」ともいう。)及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、室温などの低温領域における摩擦係数を向上させ、摩擦係数の温度依存性を改善してなるC/Cコンポジット及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
C/Cコンポジットは、炭素繊維を強化材とし、マトリクスを炭素とした複合材料であり、一般的には炭素材料に較べて機械的特性が高く、金属材料に較べて軽量であり、従来の材料に比べて多くの利点がある。更に、C/Cコンポジットには、耐熱特性が高く、摩擦・磨耗特性が良いなどの利点もある。このため、C/Cコンポジットは、宇宙往還機用のノズルコーンや、リーディングエッジ、航空機用、自動車用、自動二輪車用のブレーキディスク、人工歯根などに広く利用されている。
【0003】
前記のように、C/Cコンポジットは優れた機械的特性、耐熱性などを有するが、低温における摩擦係数が低い、高温時には低温時に較べて摩擦係数が3倍ほどになる、といった摩擦係数の温度依存性の高さといった問題がある。航空機、自動車、自動二輪車用のブレーキディスクなどにおいては、常温から高温までの広い温度範囲で安定して摩擦特性を発揮することが要求される。そこで、温度依存性が抑制され、広い温度範囲において優れた摩擦特性を安定して発揮しうるC/Cコンポジットの開発が望まれていた。
【0004】
従来、C/Cコンポジットの摩擦特性改善のため、カーボンナノチューブ(以下、「CNT」と略記することもある。)などの炭素繊維がマトリックス中に分散されてなる複合部材であり、該複合部材表面において該炭素繊維の先端が突出している炭素繊維含有複合部材が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、前記CNTをマトリックス中に分散させた炭素繊維含有複合部材においては、マトリックス中に分散されたCNTの先端を該複合部材の表面に突出させることで複合部材の表面を低摩擦化するというものであり、本願発明の目的とする、C/Cコンポジットの低温における摩擦係数を増大させ、摩擦係数の温度依存性を抑制することは全く異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−107534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記のような従来の炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)における摩擦係数に関する問題に鑑み、通常のC/Cコンポジットに較べて低温での摩擦係数が高く、また摩擦係数の温度依存性の抑制されたC/Cコンポジット及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、炭素化後のC/Cコンポジットにカーボンナノチューブ(CNT)を生成させることで、低温における摩擦係数が上昇し、摩擦係数の温度依存性も抑制されたC/Cコンポジットが得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明に係る炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)は、基材としての炭素繊維強化炭素複合部材の少なくとも表面に、カーボンナノチューブを生成してなることを特徴とする。
【0009】
本発明に係るC/Cコンポジットの一実施形態では、前記カーボンナノチューブの直径が10〜500nm、長さが0.5〜10μmである。他の実施形態では、前記カーボンナノチューブの直径が50〜350nm、長さが2.5〜5.0μmである。
本発明に係るC/Cコンポジットの一実施形態では、炭素繊維強化炭素複合部材表面におけるカーボンナノチューブの生成密度が、0.0030mg/mm2以上である。
本発明に係るC/Cコンポジットの一実施形態では、常温での摩擦係数が0.20以上である。
本発明に係るC/Cコンポジットの一実施形態では、常温乃至300℃における摩擦係数の変動幅が0.1以下である。
【0010】
また、本発明に係る炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)の製造方法は、基材としての炭素繊維強化炭素複合部材を、触媒金属分散液に接触させて前記炭素繊維強化炭素複合材料に触媒金属を担持させた後、加熱炉内で炭化水素化合物を供給して加熱分解することで、基材としての炭素繊維強化炭素複合部材の少なくとも表面にカーボンナノチューブを生成させてなることを特徴とする。
【0011】
本発明に係るC/Cコンポジットの製造方法の一実施形態では、前記触媒金属として、酢酸Co(II)四水和物及び/又は酢酸Mo(II)を用いてなる。
本発明に係るC/Cコンポジットの製造方法の一実施形態では、前記触媒金属分散液の分散溶媒としてエタノールを用いてなる。
本発明に係るC/Cコンポジットの製造方法の一実施形態では、前記炭化水素化合物として、エタノールを用いてなる。
本発明に係るC/Cコンポジットの製造方法の一実施形態では、前記基材としての炭素繊維強化炭素複合部材として、樹脂含浸法により作製されたものを用いてなる。
【0012】
上記のような本発明に係る炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)は、ブレーキ材料として好適に使用できる。
【発明の効果】
【0013】
以上にしてなる本発明に係るC/Cコンポジットは、少なくともその表面にカーボンナノチューブ(CNT)を生成させることで、CNT生成前に較べて低温での摩擦係数が上昇し、また摩擦係数の温度依存性が改善され、広い温度域において優れた摩擦特性を発揮する。よって、本発明に係るC/Cコンポジットは、車両や航空機などのブレーキ材料のように温度変化が激しい用途の構成材料として好適に使用することができる。
【0014】
従来のC/Cコンポジットでは、常温での摩擦係数が0.15以下と低い値であったが、本発明によれば、CNTを生成させることで、常温でのC/Cコンポジットの摩擦係数を0.2以上に上昇させることができる。
【0015】
本発明によれば、CNTを生成させることで、常温乃至300℃における摩擦係数の変動幅が0.1以下で、摩擦係数の温度依存性が抑制されたC/Cコンポジットを提供することができる。
【0016】
また、触媒金属の担持方法として、触媒金属分散液(液相状態の触媒)に接触させること、とりわけ触媒金属分散液に浸漬してC/Cコンポジットに触媒金属を担持させるディップコート法を用いることで、基材となるC/Cコンポジットの空孔内部にも触媒を担持させ、その内部におけるCNTの生成が期待される。これにより、得られる炭素繊維強化炭素複合材料の表面の磨耗による摩擦特性の変化を抑制し、ブレーキ材料などとしての永続的使用の可能性も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】カーボンナノチューブの生成に用いる熱CVD装置の概略図。
【図2】摩擦試験機の概略図。
【図3】C/Cコンポジット表面に生成したカーボンナノチューブのSEM写真。
【図4】CNT生成時間(CVD時間)の異なるC/Cコンポジット表面のカーボンナノチューブのSEM写真。
【図5】CVD時間とカーボンナノチューブ生成密度との関係を示すグラフ。
【図6】カーボンナノチューブ生成密度と室温における摩擦係数との関係を示すグラフ。
【図7】C/Cコンポジットの温度変化による摩擦係数の変化を示すグラフ。
【図8】C/Cコンポジットの室温における摩擦試験中のO2とCO2のイオン強度を示すグラフ。
【図9】摩擦試験後のC/Cコンポジットの摩擦面のSEM写真であり、左側が未処理材、右側がCNT生成材である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明では、基材としての炭化後のC/Cコンポジット部材の少なくとも表面にカーボンナノチューブ(CNT)を生成してなるものであり、基材として使用するC/Cコンポジット自体は、公知の方法により製造されるものを使用することができる。
【0019】
一般的なC/Cコンポジットの製造方法としては、樹脂含浸法と化学気相蒸着法(CVD法)が挙げられる。前記樹脂含浸法は、CVD法に較べて大掛かりな設備を必要とせず、簡便な方法である。樹脂含浸法では、フラン樹脂やフェノール樹脂など、炭素前駆体としての熱硬化性樹脂を含浸した炭素繊維プリフォームを成形硬化させた後、不活性雰囲気中で炭化してC/Cコンポジットを得る。
【0020】
強化材としての炭素繊維は、例えば、ピッチ系、PAN系、レーヨン系などの炭素繊維のいずれでもよい。また、炭素繊維の径や弾性率は、一般に複合材として用いられる範囲でよく、特に限定はない。更に、炭素繊維のプリフォームの形態も特に限定されず、フィラメントワイディング方法により成形した1次元配向プリフォーム、平織り、朱子織り、織布、不織布などの2次元配向プリフォーム、3次元配向プリフォームのいずれでもよい。なお、本発明で前記「炭素繊維プリフォーム」とは、シート状などの所定に成形した炭素繊維にマトリクスとなる前駆体樹脂(母材樹脂)が含浸されたものをいい、樹脂含浸した炭素繊維をシート状などに成形したもの、シート状などの所定の形状に成形した炭素繊維集合体に樹脂含浸したものの両方を含み、フィラメントワイディング法により成形することもできる。
【0021】
炭素繊維に含浸する、C/Cコンポジットのマトリクスとなる前駆体樹脂(母材樹脂)についても特に限定はなく、フェノール樹脂、フラン樹脂、更には石油系、石炭系ピッチ等の公知のマトリクス樹脂のいずれでもよい。これらの樹脂の中でも、フェノール樹脂が安価で且つ炭化収率が高いことから好ましい。
【0022】
更に、樹脂含浸法によりC/Cコンポジットを製造する際に、炭素繊維プリフォームに含浸するマトリクスとしての前駆体樹脂(母材樹脂)に炭素粉末を添加してもよい。この炭素粉末としては、炭化ミクロフィブリル化セルロース(以下、「炭化MFC」ともいう。)を用いることができる。この炭化MFCとしては、MFCを不活性雰囲気中で炭化した炭化MFC粉末を使用することが好ましい。炭化MFC粉末を使用することで、炭化収率の改善及び炭化MFC粉末の3次元微細構造によりC/Cコンポジットの界面特性の改善が期待され、曲げ強度など、層間の剪断強度などの機械的強度が向上すると考えられる。特に、凍結乾燥したMFCを不活性雰囲気中で炭化することで、MFCの有する3次元構造を維持したままの炭素粉末を得ることができる。通常、MFCは、水分を含んだ状態でのみ3次元ネットワーク構造の維持が可能であり、そのまま炭化させると、MFCに含まれる水分が乾燥、蒸発し、自己凝縮とネットワーク構造による絡み合いが発生してしまう。そこで、炭化の前処理として、凍結乾燥により、MFCに吸着した水分を取り除いたうえで炭化することで、MFCに含まれている、樹脂にとって有害な水分が除去されるとともに、ミクロフィブリル化セルロースの3次元微細構造を維持したまま炭化することができ、前駆体樹脂に対する分散性が向上し、樹脂粘度の上昇を抑制することができる。凍結乾燥せずに炭化したものでは、3次元構造が維持されず、目的とする曲げ強度などの改善効果が十分に発揮されない場合がある。
【0023】
MFCの炭化方法としては、水分を含んだMFCを、凍結乾燥機を用いて凍結乾燥し、凍結乾燥後のMFCを、不活性雰囲気中で、高温、例えば800℃で3〜5時間程度焼成することで、炭化MFC粉末が得られる。
【0024】
前記前駆体樹脂への炭化MFC粉末の添加量には特に限定はないが、添加量が少ないと効果が発揮されない場合があるが、1重量%の添加で、目的とする曲げ強度の改善効果が得られている。
【0025】
強化材となる炭素繊維への前駆体樹脂の含浸方法、樹脂付着量などは公知のものでよい。また、炭素繊維プリフォームの作製は、予め炭素繊維を含浸したものを1次元配向プリフォーム、平織り、朱子織り、織布、不織布などの2次元配向プリフォーム、3次元配向プリフォームに形成してもよいし、炭素繊維を前記のような所定形状の炭素繊維複合体に形成したうえで樹脂含浸を行ってもよい。
【0026】
前記前駆体樹脂を炭素繊維に含浸することで、母材となる炭素繊維プリフォームを得る。この炭素繊維プリフォームを、加熱加圧成形した後、不活性雰囲気中で炭化する。母材となる炭素繊維プリフォームを、例えば、150℃、15MPa程度の高温、高圧条件下で成形することで、炭素前駆体樹脂の炭素化収率の向上が期待できる。
【0027】
前記のようにして成形した炭素繊維プリフォームを、不活性雰囲気中で常温から10時間程度で最高温度、例えば1000℃まで昇温し、1時間程度保持することで、前駆体樹脂が炭素化して目的とするC/Cコンポジットが得られる。
【0028】
本発明では、上記のような公知の方法により製造された炭化後のC/Cコンポジットの少なくとも表面にカーボンナノチューブを生成することで、得られるC/Cコンポジットの低温における摩擦係数を上昇させるとともに、摩擦係数の温度依存性を抑制する。
【0029】
基材としてのC/CコンポジットにCNTを生成させる方法は特に限定されず、通常の化学蒸着(CVD)法、従来のCVD法の合成雰囲気に微量の水分を添加するスーパーグロース(SG)−CVD法などを採用することができるが、一般的なCVD法、なかでもアルコールCVD法が好適に用いられる。一般的なCVD法では、触媒金属とCNTの炭素源となる炭化水素を500〜1,000℃で熱分解してCNTを得る方法であり、アルコールCVD法は、炭素源としての炭化水素としてアルコールを用いるCVD法である。
【0030】
本発明では、基材となるC/Cコンポジットを、液相状態の触媒(触媒金属分散液)に接触させる。C/Cコンポジットを触媒金属分散液に接触させる方法には特に限定はなく、C/Cコンポジットを触媒金属分散液に浸漬する、C/Cコンポジットに触媒金属分散液をスプレーするなど、各種の方法がある。これらのうちでも、触媒金属分散液に浸漬して前記C/Cコンポジットに触媒金属を担持させるディップコート法を用いることが好ましい。これにより、基材となるC/Cコンポジットの空孔内部にも触媒金属を担持させ、空孔内部へのカーボンナノチューブの生成が期待できる。こうして得られたCNT生成C/Cコンポジット材料は、その表面が磨耗しても空孔内部に生成したCNTが、磨耗後の新たな表面に露出することで、表面の高い磨耗性を維持し、磨耗による摩擦係数の低下を抑制することができる。
【0031】
ディップコート法やスプレーなどにより基材となるC/Cコンポジットに触媒金属を担持させる際に使用する触媒金属分散液の分散溶媒には特に限定はないが、CNT生成時の炭素源となる炭化水素を用いることが好ましく、例えばエタノール、メタノール、プロパノールなどの低級アルコールなど、常温で液状の炭化水素を用いることが好ましい。
【0032】
また、CNT生成のための触媒金属にも特に制限はなく、例えば、コバルト(Co)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、パラジウム(Pd)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0033】
基材となるC/Cコンポジットへのディップコート法による触媒金属の担持方法の一例を以下に示す。
【0034】
(1)触媒担持工程
触媒金属を、例えば0.01重量%の濃度でエタノール中に分散して触媒金属分散液を調製する。この触媒金属分散液に、基材となるC/Cコンポジットを浸漬して触媒金属をC/Cコンポジットにコートした後、電気炉などの加熱装置内にて乾燥及び触媒金属の酸化を行う。このディップコート工程を、必要により繰り返すことで、基材となるC/Cコンポジットに所望量の触媒金属を担持させることができる。また、異なる複数種の触媒金属を併用する場合には、各触媒金属について、上記と同様に、触媒金属分散液への浸漬、乾燥及び触媒金属の酸化処理を行う。
【0035】
(2)CNT生成工程(熱CVD法)
CNTの生成に用いる熱CVD装置の概略を図1に示す。この熱CVD炉は、ヒータ、温度制御部、試料ホルダ(図示なし。)、透明石英管、ガス制御部から構成される。
触媒金属を担持させたC/Cコンポジットを熱CVD炉内に入れ、炉内を脱気した後、不活性ガス充填し、排気バルブを調整して炉内を減圧状態、例えば40kPa(絶対圧)程度に保持しつつ、反応温度(例えば900℃)まで昇温する。ついで、炉内の不活性ガスを排出し、炭素源ガス、例えばエタノールガスを供給する。この際、炉内温度は反応温度(例えば900℃)に維持し、また炉内圧力も例えば5kPa程度の減圧状態を維持する。
所定の反応時間(CVD時間)が経過した後、炭素源ガスの供給を停止し、炉内のガスを排出する。その後、再び不活性ガスを炉内に供給し、炉を室温まで冷却する。この冷却時にも、炉内の圧力は反応時の減圧状態を維持する。なお、本明細書において、前記「室温」とは、概ね25℃程度の温度をいう。
【0036】
上記のようにして製造される本発明に係るC/Cコンポジット材料は、少なくとも表面にCNTが生成されており、低温における摩擦係数が上昇しており、摩擦係数の温度依存性が抑制されて、摩擦係数が安定化されていることから、航空機、自動車用、自動二輪車等のブレーキディスクなどのブレーキ材料として好適に使用することができる。
【0037】
また、基材となるC/CコンポジットへのCNTの生成に際して、液相状態の触媒を用いたディップコート法などにより触媒金属を基材となるC/Cコンポジットに担持させ、基材の空孔内部に触媒金属を担持させて空孔内部までCNTを生成させることができれば、得られたCNT生成C/Cコンポジット材料の表面の磨耗による摩擦係数の低下が抑制されて永続的な摩擦効果も期待できる。
【0038】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明は、この実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
以下に示す要領により、基材としてのC/Cコンポジットに、液相触媒を用いたディップコート法により触媒金属を担持させ、熱CVD法によりCNTを生成した(以下、単に「熱CVD処理」ともいう。)。
【0040】
<1.触媒担持>
基材には、C/Cコンポジット(Across社製 AC250、20mm×20mm×3mm)を用いた。CNTの生成のために、2種類の触媒金属(酢酸Co(II)四水和物、酢酸Mo(II))を用いた。触媒は、C/Cコンポジットの表面にディップコート法を用いて担持させた。以下に触媒担持の手順を示す。
(1)触媒金属を0.01重量%の濃度でエタノール中に分散し、酢酸Co(II)溶液及び酢酸Mo(II)溶液を調製した。
(2)基材としてのC/Cコンポジット表面の不純物を取り除くため、電気炉を用いて500℃の大気中にて5分間、C/Cコンポジットを加熱した、
(3)基材としてのC/Cコンポジットを酢酸Mo(II)溶液に5分間浸漬させた後、引き上げ速度3cm/minにて酢酸Mo(II)溶液から引き上げ、C/Cコンポジットの表面に酢酸Mo(II)をコートした。
(4)コートしたC/Cコンポジットを400℃の電気炉中に5分間保持し、乾燥及び触媒金属の酸化を行った。
(5)前記(3)及び(4)の工程を3回繰り返した。
(6)酢酸Co(II)溶液を用い、上記酢酸Mo(II)と同様の作業を行った。
【0041】
<2.CNTの生成>
触媒担持されたC/Cコンポジットに、図1に示す熱CVD装置を用い、以下の手順により、CNTを生成した。
(1)触媒担持されたC/Cコンポジットを石英ボードに載せ、熱CVD炉に入れ、真空ポンプを用いて炉内のガスを排出した。
(2)炉内に不活性ガス(Ar、H2−3%)を充填し、排気バルブを調整し、炉内圧力を40kPa(絶対圧)に保ちつつ900℃まで昇温した。
(3)炉内の不活性ガスを排出し、エタノールガスを供給した。この際、炉内の温度及び圧力を、それぞれ900℃及び5.0kPaに維持した。
(4)所定の時間(CVD時間)が経過した後、エタノールガスの供給を止め、真空ポンプを用い炉内から排出した。
(5)再び炉内に不活性ガスを供給し、炉を室温まで冷却した。この際、炉内の圧力は5.0kPaに維持した。
【0042】
<3.評価試験方法>
(1)摩擦試験
摩擦試験機の概略を図2に示す。摩擦試験機は、ACモータ、トルクメータ、雰囲気チャンバ、ロードセルから構成される。試料取り付け部に設置したヒータによって試料温度の制御を行った。摩擦試験の条件を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
なお、摩擦係数(μ)は、回転トルク、有効半径及び押付力から、以下の一般的な摩擦係数算出式により算出した。
【0045】
μ=(Tr/R)/N
(但し、Tr:トルク,R:有効半径,N:押付力であり、R=8mm。)
【0046】
(2)CNT生成密度
CNTの生成密度は、熱CVD処理しないC/Cコンポジットとの重量差を、基材としてのC/Cコンポジット部材の表面積で除して定量化した(下式1参照。)。
【0047】
【数1】

【0048】
(3)ガス分析
摩擦試験中の雰囲気ガスの変化を四重極質量分析計(ULVAC製、品番:REGA RG201)により評価した。雰囲気ガス中に含まれる分子のイオン強度は10秒間の値を平均して求めた。
【0049】
(4)走査型電子顕微鏡(SEM)観察
基材であるC/Cコンポジットの表面に生成したCNTを走査型電子顕微鏡(SEM、メーカ:日本電子製、品番:JSM7001FD)を用い、電子線加速電圧15.0kVにて観察した。
【0050】
<4.評価結果>
(1)C/Cコンポジット表面に生成したCNTの確認
CVD時間を30分とした時のC/Cコンポジット表面に生成したCNTのSEM写真を図3に示す。C/Cコンポジットの表面にCNTが生成されていることが確認できた(図中、白矢印で示す。)。
【0051】
(2)CVD時間とCNT生成密度との関係
CVD時間を15分、30分、45分としたときのC/Cコンポジット表面のCNTのSEM写真を図4に、生成密度を図5に示す。図4、図5に示すように、CVD時間に比例して、CNTの生成密度が増加することが分かった。
【0052】
(3)CNT生成密度と摩擦係数との関係
CNTの生成密度と、CNTを表面に生成したC/Cコンポジット材料同士の摩擦係数の関係を図6に示す。なお、摩擦試験機の回転速度は100rpm、加圧力1.0MPa、測定時の温度は室温とした。図6から明らかなように、表面にCNTを生成したC/Cコンポジット材料の摩擦係数は、表面に生成したCNTの生成密度の増加に伴い増加した。
【0053】
得られたC/CコンポジットのCVD時間、CNT生成密度及び室温での摩擦係数を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
(4)摩擦係数の温度依存性
表3及び図7に、CVD時間が30分で、CNTの生成密度がρ=0.0039mg/mm2のC/Cコンポジットの温度変化による摩擦係数の変化を示す(図7中、“Modified”で示す。)。図7には、CVD処理しない通常のC/Cコンポジットの温度変化による摩擦係数の変化も示している(図7中、“Unmodified”で示す。)。図7から明らかなように、CVD処理しないC/Cコンポジットでは低温(室温)における摩擦係数が小さく、摩擦係数の温度依存性が高いのに対し、CVD処理によりCNTを生成した本発明のC/Cコンポジットは、低温(室温)における摩擦係数が上昇し、室温乃至300℃の摩擦係数の変動幅は0.1以下であり、摩擦係数の温度依存性が低下した。これにより、C/Cコンポジット表面へのCNTの生成は、C/Cコンポジットの摩擦係数増加だけでなく、摩擦係数の温度依存性の抑制に有効であることが分かった。
【0056】
【表3】

【0057】
(5)ガス分析
図8に、CVD処理していない通常のC/Cコンポジット(Unmodified)と、CVD処理により表面にCNTを生成したC/Cコンポジット(Modified、ρ=0.0044mg/mm2)との、室温における摩擦試験中のO2とCO2のイオン強度を示す。ただし、イオン強度は、試験前のO2イオン強度により正規化した。図8に示すとおり、CVD処理していないC/Cコンポジットにおいては、摩擦試験前後におけるO2とCO2のイオン強度の変化に大きな変化はない。一方、CVD処理によりCNTを生成したC/Cコンポジットにおいては、摩擦試験後にO2イオン強度が低下し、CO2イオン強度は上昇した。この結果から、表面にCNTの生成を行ったC/Cコンポジットでは、室温においても磨耗に起因して酸化現象が発生したと考えられる。この現象は、高摩擦条件下においてグラファイトの酸化によりC/Cコンポジットの摩擦係数が増加する現象と類似している。このことから、本発明のC/Cコンポジットにおいては、表面にカーボンナノチューブを生成することによって、低摩擦条件下でもグラファイトの酸化が起こり、摩擦係数が上昇したと考えられる。
【0058】
(6)摩擦試験後の摩擦面のSEM観察
CVD処置していないC/Cコンポジットと、CVD処理によりCNTを生成したC/Cコンポジット(ρ=0.0039mg/mm2)とにおける、摩擦試験後の摩擦面をSEMにて観察した(図9参照。図9中、左側の写真がCVD処置していないC/Cコンポジット、右側の写真がCVD処理によりCNTを生成したC/Cコンポジットである)。図9に示す未処理材(左)とCNT生成材(右)の2枚の写真から、CVD処理によりCNTを生成したC/Cコンポジットにおいては、摩擦試験によって摩擦面の粗さが増加していることが分かる。このことから、表面のCNT生成によるアブレシブ摩擦の発生が示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係るC/Cコンポジットは、従来のC/Cコンポジットに較べて、低温における摩擦係数が上昇しており、また摩擦係数の温度依存性が抑制されており、航空機や車両などのブレーキ材料に好適に使用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材としての炭素繊維強化炭素複合部材の少なくとも表面に、カーボンナノチューブを生成してなることを特徴とする炭素繊維強化炭素複合材料。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブの直径が10〜500nm、長さが0.1〜10μmである請求項1記載の炭素繊維強化炭素複合材料。
【請求項3】
炭素繊維強化炭素複合部材表面におけるカーボンナノチューブの生成密度が、0.0030mg/mm2以上である請求項1又は2に記載の炭素繊維強化炭素複合材料。
【請求項4】
常温での摩擦係数が0.20以上である請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維強化炭素複合材料。
【請求項5】
常温乃至300℃における摩擦係数の変動幅が0.1以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の炭素繊維強化炭素複合材料。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維強化炭素複合材料からなるブレーキ材料。
【請求項7】
基材としての炭素繊維強化炭素複合部材を、触媒金属分散液に接触させて前記炭素繊維強化炭素複合材料に触媒金属を担持させた後、加熱炉内で炭化水素化合物を供給して加熱分解することで、基材としての炭素繊維強化炭素複合部材の少なくとも表面にカーボンナノチューブを生成させてなることを特徴とする炭素繊維強化炭素複合材料の製造方法。
【請求項8】
前記触媒金属として、酢酸Co(II)四水和物及び/又は酢酸Mo(II)を用いてなる請求項7に記載の炭素繊維強化炭素複合材料の製造方法。
【請求項9】
前記触媒金属分散液の分散溶媒としてエタノールを用いてなる請求項7又は8に記載の炭素繊維強化炭素複合材料の製造方法。
【請求項10】
前記炭化水素化合物として、エタノールを用いてなる請求項7〜9のいずれか1項に記載の炭素繊維強化炭素複合材料の製造方法。
【請求項11】
前記基材としての炭素繊維強化炭素複合部材として、樹脂含浸法により作製されたものを用いてなる請求項7〜10のいずれか1項に記載の炭素繊維強化炭素複合材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−46369(P2012−46369A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−188976(P2010−188976)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第26回卒業研究発表講演会講演概要集 社団法人 自動車技術会 関西支部 2010年2月27日
【出願人】(305032254)サンスター技研株式会社 (97)
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】