説明

異方性希土類ボンド磁石の製造方法

【課題】保磁力及び角型比の両方を十分に高い異方性希土類ボンド磁石の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係る異方性希土類ボンド磁石の製造方法は、第1の希土類元素を含む水素化分解・脱水素再結合法(HDDR法)による処理が施された磁性粉末、第1の希土類元素とは異なる第2の希土類元素を含む拡散材、及び、分散媒を含有するスラリーを調製するスラリー調製工程と、スラリーを磁場中成形して成形体を作製する成形工程と、成形体を加熱して第2の希土類元素を磁性粉末に拡散させる拡散熱処理工程と、拡散熱処理工程後の成形体に樹脂を含浸させる樹脂含浸工程と、成形体に含浸した樹脂を硬化させる硬化処理工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は異方性希土類ボンド磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
異方性ボンド磁石は、通常、異方性を有する磁性粉末と熱硬化性樹脂を使用し、以下の工程を経て製造される磁石である。すなわち、原料である永久磁石のバルク体を粉砕・分級し、得られた磁性粉末に熱硬化性樹脂を添加して混合する。混合物を磁場中で成形した後、熱硬化性樹脂を硬化させる。その後、外装塗装などを行ってボンド磁石を製造する(図3(a)参照)。
【0003】
しかし、上記のような方法にあっては、永久磁石のバルク体の粉砕処理により、磁石の保磁力や角型比などの磁気特性が低下する。そこで、これらの磁気特性を改善するための手法が検討されている。例えば、下記特許文献1には、保磁力や角型性の回復を図ることを目的として、粉砕処理によって得られた磁性粉末に所定の化合物を添加又はコーティングしてボンド磁石を製造する方法が記載されている。
【0004】
下記特許文献2には、原料粉としてHDDR法(水素化分解・脱水素再結合法)によって得た磁性粉末を使用してボンド磁石を製造する方法が記載されている。当該方法においては、HDDR法によって得た磁性粉末にTbやDyなどの希土類元素を含む拡散粉末を混合し、拡散熱処理を行うことによって希土類元素が磁石粉末の表面及び内部に拡散された異方性磁石粉末を作製する。そして、この異方性磁石粉末を樹脂やカップリング剤、滑剤等と混練した後に磁場中成形を行い、樹脂の硬化処理を行って異方性希土類ボンド磁石を製造する(図3(b))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−114406号公報
【特許文献2】特許第3452254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、異方性希土類ボンド磁石は優れた磁気特性を有するとともに、複雑な形状にも比較的容易に対応できることから、モータなどの各種機器に使用されている。最近、各種機器は小型化・高効率化が図られており、それに伴って、磁気特性がより一層優れる異方性希土類ボンド磁石が求められている。従来の製造方法で得られる異方性希土類ボンド磁石は、保磁力及び角型比の点において未だ改善の余地があった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、保磁力及び角型比の両方が十分に高い異方性希土類ボンド磁石の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る異方性希土類ボンド磁石の製造方法は、第1の希土類元素を含む水素化分解・脱水素再結合法による処理が施された磁性粉末、第1の希土類元素とは異なる第2の希土類元素を含む拡散材、及び、分散媒を含有するスラリーを調製するスラリー調製工程と、スラリーを磁場中成形して成形体を作製する成形工程と、成形体を加熱して第2の希土類元素を磁性粉末に拡散させる拡散熱処理工程と、拡散熱処理工程後の成形体に樹脂を含浸させる樹脂含浸工程と、成形体に含浸した樹脂を硬化させる硬化処理工程とを備える。
【0009】
本発明によれば、磁性粉末及び拡散材をスラリー化して、これらの混合を湿式で行うことで、磁性粉末に拡散材を高度に分散させることができる。拡散材の分散性の向上により、拡散熱処理工程における熱処理の開始後、短時間のうちに第2の希土類元素の拡散反応を生じさせることができ、第2の希土類元素の拡散が十分に均一なものとなる。これにより、高い保磁力を達成できるとともに保磁力のばらつきが小さくなり高い角型比を達成できる。
【0010】
本発明は、上記の通り、水素化分解・脱水素再結合法(HDDR法)によって得た磁性粉末(以下、「HDDR磁性粉末」と言う。)を原料として使用する。HDDR磁性粉末には、その製造過程の水素吸蔵時に生じたクラックが存在しており、他の製法によって得られた磁性粉末と比較して酸化による劣化が生じやすい。本発明によれば、スラリー化により、低酸素雰囲気設備を使用しなくても、酸化による磁気特性の低下を十分に抑制できる。
【0011】
上記スラリー調製工程において、スラリーに含まれるHDDR磁性粉末及び拡散材の合計量は、当該スラリーの全質量100質量に対して60〜90質量部であることが好ましい。また、上記拡散熱処理工程において、成形体を600〜1050℃に加熱することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、保磁力及び角型比の両方が十分に高い異方性希土類ボンド磁石を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る異方性希土類ボンド磁石の製造方法の一実施形態を示す工程図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る方法によって得られる異方性希土類ボンド磁石を示す斜視図である。
【図3】従来の異方性ボンド磁石の製造方法の例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0015】
<異方性希土類ボンド磁石の製造方法>
本実施形態の異方性希土類ボンド磁石の製造方法は、図1に示す工程を備える。以下、各工程の詳細について説明する。
【0016】
(HDDR磁性粉末の製造工程)
この工程は、原料化合物をHDDR法による処理をして第1の希土類元素を含むHDDR磁性粉末を製造する工程である。原料化合物は、通常の鋳造方法、例えばストリップキャスト法、ブックモールド法、又は遠心鋳造法によって得た化合物や合金を使用できる。また、さらに均質化熱処理を施してもよい。原料化合物は、原料金属又は原料化合物や製造工程に由来する不可避な不純物を含んでいてもよい。
【0017】
第1の希土類元素としては、いずれの希土類元素を用いてもよく、好ましくは軽希土類元素を、より好ましくはNd及び/又はPrを用いる。
【0018】
なお、本明細書において、希土類元素は、長周期型周期表の第3族に属するスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)及びランタノイド元素のことをいう。ランタノイド元素には、例えば、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビニウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)等が含まれる。また、希土類元素は、軽希土類元素及び重希土類元素に分類することができる。本明細書における「重希土類元素」とはGd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luをいい、「軽希土類元素」とはSc,Y,La,Ce,Pr,Nd、Sm,Euをいう。
【0019】
原料化合物の好適な組成としては、希土類元素としてNd及びPrの少なくとも一方を含み、Bを0.5〜4.5質量%含み、残部がFe及び不可避的不純物であるR−Fe−B系の組成を有するものが挙げられる。また、原料化合物は、必要に応じて、Co、Ni、Mn、Al、Cu、Nb、Zr、Ti、W、Mo、V、Ga、Zn、Si等の他の元素を更に含んでもよい。
【0020】
上述の組成を有する原料化合物を調製した後、HDDR法による処理を行う。HDDR法とは、水素化(Hydrogenation)、不均化(Disproportionation)、脱水素化(Desorption)、及び再結合(Recombination)を順次実行するプロセスである。HDDR処理の詳細について、以下に説明する。
【0021】
まず、原料化合物を、減圧雰囲気(1kPa以下)又はアルゴンや窒素などの不活性ガス雰囲気中、温度1000〜1200℃で5〜48時間保持する均質化熱処理を行う。
【0022】
均質化させた原料化合物は、スタンプミル又はジョークラッシャーなどの粉砕手段を用いて粉砕した後、篩分けすることが好ましい。これによって、粒径が10mm以下の粉末状の原料化合物を調製することができる。
【0023】
水素吸蔵工程では、上述の粉末状の原料化合物を、水素分圧が100〜300kPaである水素雰囲気中、100〜200℃の温度中、0.5〜2時間保持する。これによって、原料化合物の結晶格子中に水素が吸蔵される。
【0024】
次に、水素を吸蔵させた原料化合物を、水素雰囲気中、所定の温度で保持することによって、水素化分解させて分解生成物を得る。水素化分解時の水素分圧は10〜100kPa、温度は700〜850℃とすることが好ましい。このような条件で水素化分解を行うことによって、磁気的な異方性を有する粒子からなる希土類化合物粉末を得ることができる。
【0025】
水素化分解によって得られる分解生成物は、RHなどの水素化物、α−Fe及びFeBなどの鉄化合物を含んでいる。この段階における分解生成物は、100nmオーダーの微細なマトリックスを形成している。
【0026】
続いて、水素分圧を低減させることによって、分解生成物から水素を放出させて、第1の希土類元素を含有する異方性のHDDR磁性粉末を得る。このHDDR磁性粉末は、上述の原料化合物と同等の組成を有する。HDDR磁性粉末の粒径は、好ましくは350μm以下であり、より好ましくは250μm以下であり、さらに好ましくは212μm以下である。HDDR磁性粉末の粒径の下限に特に制限はないが、実用上、例えば1μm以上とすることが好ましい。
【0027】
上記のようにして得られたHDDR磁性粉末は、結晶粒の粒子径が小さく且つ異方性であるため、密度が十分に高く且つ優れた磁気特性を有する異方性希土類ボンド磁石を容易に得ることができる。なお、HDDR磁性粉末は、拡散材との混合に先立ち、例えばジェットミル、ボールミル、振動ミル、湿式アトライター等の微粉砕機を用いてさらに粉砕してもよい。
【0028】
(拡散材の製造工程)
この工程は、第2の希土類元素を含む粉末状の拡散材を製造する工程である。第2の希土類元素は上述の第1の希土類元素と異なる元素であれば特に制限されない。ただし、一層高い保磁力を有する異方性希土類ボンド磁石を得る観点から、第2の希土類元素は、好ましくは重希土類元素であり、より好ましくはDy又はTbである。拡散材としては、希土類元素の水素化物、酸化物、ハロゲン化物及び水酸化物等の一般的な希土類化合物や、希土類金属が挙げられる。これらのうち、異方性希土類ボンド磁石の磁気特性を一層向上させる観点から、構成元素として重希土類元素を有する重希土類化合物を用いることが好ましい。
【0029】
重希土類化合物は、重希土類金属元素以外の元素を含んでいてもよく、重希土類金属と希土類金属以外の金属との合金であってもよい。一層優れた磁気特性を有する異方性希土類ボンド磁石とする観点から、重希土類化合物は、好ましくは水素化物及びフッ化物であり、より好ましくは水素化物である。このような重希土類化合物を用いると、異方性希土類ボンド磁石中に残存する不純物の量を十分に低くすることができる。また、水素化物及びフッ化物は容易に分解することから、組織が微細であるHDDR処理によって得られた希土類化合物粉末に対しても、十分に均一に第2の希土類元素を拡散させることができる。これらの要因によって、一層優れた磁気特性を有する異方性希土類ボンド磁石を得ることができる。好ましい重希土類化合物としては、DyH、DyF及びTbHを挙げることができる。
【0030】
希土類化合物や希土類金属は、通常の方法によって製造することができる。通常の方法によって製造した希土類化合物又は希土類金属を、ジェットミルを用いて乾式粉砕する方法、又は有機溶媒と混合し、ボールミル等を用いて湿式粉砕する方法によって希土類化合物粉末又は希土類金属粉末を調製することができる。
【0031】
拡散材の平均粒径は、好ましくは100nm〜30μmであり、より好ましくは0.3〜10μmであり、さらに好ましくは0.5〜5μmである。拡散材の平均粒径が30μmを超えると、希土類化合物粉末中への第2の希土類元素の拡散が生じ難くなって、保磁力及び角型比の向上効果が不十分となりやすい。一方、拡散材の平均粒径が100nm未満であると、希土類元素が酸化しやすくなる傾向がある。このように、希土類酸化物が生成すると、第1の希土類元素を含む希土類化合物への第2の希土類元素の拡散量が少なくなり、拡散による保磁力の向上が小さくなる傾向にある。なお、本明細書における拡散材の平均粒径は、市販の粒度分布計を用いて測定される体積平均粒子径(d(50))である。
【0032】
(スラリー調製工程)
この工程は、上述のHDDR磁性粉末及び拡散材が分散媒中に分散したスラリーを調製する工程である。スラリーは、例えば、所定の配合比でHDDR磁性粉末、拡散材及び分散媒を容器に投入後、混練機を用いて、1〜30分間混合することによって得ることができる。湿式で混合を行うことで、乾式で行う場合と比較してHDDR磁性粉末や拡散材の酸化を抑制できる。ただし、HDDR磁性粉末や拡散材の酸化をより一層抑制するため、アルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気下で湿式混合を行ってもよい。なお、混合方法は、特に限定されるものではなく、例えば、混練機を用いた方法以外に、スペックスミキサー、Vミキサー、ボールミル、又はライカイ機などを用いた方法であってもよい。なお、混合の際に成形助剤となるステアリン酸亜鉛などの潤滑材を添加してもよい。この場合、添加量はスラリーの全質量基準で0.01〜0.5質量%程度でよい。
【0033】
HDDR磁性粉末と拡散材との配合比は、両者の合計質量100質量部に対して拡散材の含有量が、好ましくは0.5〜5質量部、より好ましくは1〜4質量部、さらに好ましくは1.5〜3.5質量部となるような比率とする。拡散材の含有量が0.5質量部未満であると、第2の希土類元素の拡散量が少なくなって、保磁力及び角型比の向上効果が不十分となりやすく、一方、5質量部を超えると、第2の希土類元素が希土類化合物粉末の内部にまで拡散してしまい残留磁束密度(Br)が不十分となりやすく、また材料コストが上昇する傾向にある。
【0034】
スラリーに含まれる希土類化合物粉末及び拡散材の合計量は、当該スラリーの全質量100質量に対し、好ましくは60〜90質量部であり、より好ましくは65〜85質量部である。希土類化合物粉末及び拡散材の合計量が60質量部未満であると、スラリーから得られる成形体の形状保持性が不十分となりやすく、一方、90質量部を越えると、希土類化合物粉末及び拡散材を十分均一に混合することが困難となる傾向にある。
【0035】
スラリーの調製に使用する分散媒は、HDDR磁性粉末及び拡散材の酸化を促進させるもの(例えば、水系の分散媒)以外であれば特に制限はない。好適な分散媒として以下の有機溶剤を例示できる。反応に悪影響を及ぼさない有機溶剤であれば任意であるが、臭気の観点からパラフィン系、ナフテン系、イソパラフィン系炭化水素溶剤が好ましい。具体的には、パラフィン系としては、n−ヘキサン,n−ヘプタン,n−オクタン等;ナフテン系としては、シクロヘキサン,メチルシクロヘキサン,エチルシクロヘキサン,スワクリーン150(丸善石油化学(株)製)等;イソパラフィン系(鉱物油)としては、IPソルベント1016,1620,2028,2835(出光興産(株)製),アイソパーE,G,H,L,M(エクソンモービル(有)製),マルカゾール8,R(丸善石油化学(株)製)等が挙げられる。これらの有機溶剤は、1種単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0036】
また、上記の有機溶剤以外にも好適な分散媒として、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、低沸点芳香族ナフサ、高沸点芳香族ナフサ等の芳香族炭化水素;酢酸エチル、酢酸n−ブチル、酢酸n−アミル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルプロピオネート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、3−メトキシブチルアセテート等のエステル類;メタノール、エタノール、iso−プロパノール、n−ブタノール、iso−ブタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノn−ブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノ−n−プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルn−アミルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル等のエーテル類;N−メチルピロリドン、ジメチルフォルムアミド、ジメチルアセトアミド、エチレンカーボネート等が挙げられる。これらの有機溶剤は、1種単独で、または2種以上組み合わせて用いることもできる。
【0037】
本実施形態では、磁性粉末及び拡散材をスラリー化して、これらの混合を湿式で行うことで、磁性粉末に拡散材を高度に分散させることができる。拡散材の分散性の向上により、後述の拡散熱処理工程において、第2の希土類元素を高度に拡散させることが可能となる。これにより、高い保磁力を達成できるとともに保磁力のばらつきが小さくなり高い角型比を達成できる。
【0038】
(磁場中成形工程)
この工程は、上述のスラリーを磁場中成形して所望の形状を有する成形体を作製する工程である。磁場中成形は、磁場を印加しながら行い、これにより異方性を有するHDDR磁性粉末を所定方向に配向させた状態で固定する。成形は、例えば、機械プレスや油圧プレス等の圧縮成形機を用いた圧縮成形により行うことができる。具体的には、スラリーを金型キャビティ内に充填した後、上パンチと下パンチとの間でスラリーを挟むようにして加圧することによって、所定形状の成形体を得ることができる。
【0039】
成形によって得られる成形体の形状は特に制限されず、柱状、平板状、リング状等、所望とする異方性希土類ボンド磁石の形状に応じて決定する。スラリーを形成する場合、乾式混合で得た粉末を成形する場合と比較して高い形状保持性を確保しやすく、更に薄いボンド磁石の製造が可能になるなどの形状の自由度が高まるという利点がある。また、加圧による発熱を抑制できるため、発熱による酸化の進行を十分に抑制できる。磁場中成形時の加圧は、580〜1400MPaとすることが好ましい。また、配向磁界は、800〜2000kA/mとすることが好ましい。
【0040】
本実施形態では、成形に使用するスラリーは分散媒を含有するため、従来の乾式混合で得た混合粉を使用する場合と比較し、成形時における摩擦が低減してHDDR磁性粉末が配向しやすい。このため、残留磁束密度が十分に高い異方性希土類ボンド磁石を安定的に製造できる。すなわち、異方性の高いHDDR磁性粉末の磁気的な特性を十分に発揮させることが可能となる。なお、異方性希土類ボンド磁石は、焼結磁石と異なり、磁性粉末の粒子を配向させる工程が磁場中成形時のみであるため、この工程において十分に配向性を向上させておくことが重要である。
【0041】
(拡散熱処理工程)
この工程は、上記のようにして得られた成形体を加熱し、拡散材に含まれる第2の希土類元素をHDDR磁性粉末の外周部に拡散させる工程である。具体的には、成形体を減圧下又はアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気下、好ましくは600〜1050℃、より好ましくは700〜900℃、さらに好ましくは800〜950℃で20分間〜120分間保持する。このような条件で加熱することにより、第2の希土類元素がHDDR磁性粉末の外周部に拡散し、第1の希土類元素がリッチな内層と該内層を被覆する第2の希土類元素がリッチな外層とを有する粒子が形成される。これによって、十分に高い保磁力を有する異方性希土類ボンド磁石を形成することが可能となる。また、HDDR磁性粉末には微細なクラックが存在するが、このクラックに拡散材が侵入してクラックを埋めることができる。このため、最終的に得られる異方性希土類ボンド磁石の耐酸化性及び強度を向上させることができる。
【0042】
拡散熱処理工程において、成形体の加熱温度を高くし過ぎたり加熱時間を長くし過ぎたりすると、HDDR磁性粉末の焼結が進行して、後に行う樹脂含浸工程において、成形体中に樹脂を含浸し難くなる傾向がある。また、HDDR磁性粉末の相分解が生じ、高い磁気特性が損なわれる可能性がある。一方、成形体の加熱温度を低くし過ぎたり加熱時間を短くし過ぎたりすると、第2の希土類元素の拡散が十分に進行しない傾向がある。したがって、第1及び第2の希土類元素の種類や、HDDR磁性粉末の粒径に応じて、加熱温度及び加熱時間を設定することが好ましい。
【0043】
なお、拡散熱処理工程における室温からの昇温過程において、成形体に残留する分散媒を除去する脱脂工程を設けることが好ましい。脱脂条件はスラリーの調製に使用した分散媒の種類にもよるが、温度条件は好ましくは150〜450℃であり、より好ましくは200〜300℃であり、保持時間は好ましくは10〜180分であり、より好ましくは20〜120分である。
【0044】
本実施形態の製造方法では、HDDR磁性粉末中に拡散材が高度に分散したスラリーを使用して成形体を作製するため、拡散材の偏析を抑制することができる。すなわち、拡散材に含まれる第2の希土類元素をHDDR磁性粉末の外周部に、より均一に拡散させることが可能となる。したがって、残留磁束密度や角型比、保磁力が十分に高い異方性希土類ボンド磁石を得ることができる。
【0045】
(樹脂含浸工程)
この工程は、成形体に樹脂を含浸させる工程である。具体的には、まず、予め調製した樹脂含有溶液に拡散熱処理後の成形体を浸漬し、密閉容器中で減圧することによって脱泡させて樹脂含有溶液を成形体の空隙内に浸透させる。その後、成形体を樹脂含有溶液中から取り出し、成形体の表面に付着した余剰の樹脂含有溶液を取り除く。余剰の樹脂含有溶液を取り除くには遠心分離機などを用いればよい。また、樹脂含有溶液に浸漬する前に成形体を密閉溶液中に入れ減圧雰囲気に保持しつつトルエン等の溶剤に浸漬することによって、脱泡が促進されて樹脂の含浸量を増やすことが可能となり、成形体中の空隙を減らすことができる。
【0046】
樹脂含有溶液に含まれる樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂や、スチレン系、オレフィン系、ウレタン系、ポリエステル系、ナイロンなどのポリアミド系のエラストマー、アイオノマー、エチレンプロピレン共重合体(EPM)、エチレン−エチルアクリレート共重合体等の熱可塑性樹脂が挙げられる。これらのなかでも、熱硬化性樹脂が好ましく、エポキシ樹脂又はフェノール樹脂がより好ましい。
【0047】
樹脂含有溶液は、上述の樹脂を溶媒に溶解させることによって調製することができる。溶媒としては、トルエン、アセトン、エチルアルコールなどの一般的な有機溶媒を用いることができる。溶媒は、樹脂を十分に溶解させるために、用いる樹脂の種類に応じて選択することが好ましい。樹脂含有溶液における樹脂含有量に特に制限はないが、密度が高く空隙の少ない異方性希土類ボンド磁石を得るためには、樹脂の含有量は高い方が好ましい。
【0048】
(硬化処理工程)
この工程は、樹脂を含浸させた成形体を加熱して樹脂を硬化させて異方性希土類ボンド磁石を得る工程である。樹脂含有溶液を空隙内に浸透させた成形体を、例えば恒温槽内で、減圧雰囲気(1kPa以下)又はアルゴンガスや窒素ガスなどの不活性ガス雰囲気下、120〜230℃で1〜5時間保持することによって、樹脂含有溶液に含まれる溶媒を蒸発させるとともに樹脂を硬化させる。
【0049】
異方性希土類ボンド磁石の樹脂含有量は、優れた磁気特性と優れた形状保持性とを両立させる観点から、好ましくは0.5〜10質量%、より好ましくは1〜5質量%である。この樹脂含浸量は、樹脂含有溶液における樹脂濃度や、成形体作製時の成形圧力を変えることによって調整することができる。
【0050】
(表面処理工程)
この工程は、上記のようにして得た異方性希土類ボンド磁石に対し、必要に応じて表面処理を施す工程である。具体例として、異方性希土類ボンド磁石の表面に熱硬化性樹脂の膜を形成し、これを硬化させる処理が挙げられる。熱硬化性樹脂の成膜はスプレーやディップによって行うことができる。この工程を実施することで、異方性希土類ボンド磁石の酸化による劣化を防止できるとともに、HDDR磁性粉末の表面からの剥離を防止できる。
【0051】
<異方性希土類ボンド磁石>
図2は、本実施形態の製造方法によって得られる異方性希土類ボンド磁石の斜視図である。図2に示す異方性希土類ボンド磁石10は、希土類化合物を主成分として有する粒子と、該粒子間に充填された樹脂とを含有する。希土類化合物は、構成元素として第1の希土類元素及び第2の希土類元素を有する。異方性希土類ボンド磁石10は、HDDR磁性粉末と拡散材を湿式で混合して製造されたものであるため、HDDR磁性粉末の外周部に第2の希土類元素が従来のものよりも均一に拡散しており、十分に高い保磁力と角型比を有する。また、異方性希土類ボンド磁石10は、スラリーの状態のHDDR磁性粉末を磁場中成形しているために、HDDR磁性粉末の各粒子の配向を従来よりも揃えることが可能となり、配向度が高くなって磁気特性に優れた異方性希土類ボンド磁石とすることができる。
【0052】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態は、HDDR磁性粉末及び拡散材をそれぞれ製造する工程を備えたものであるが、予め調製した材料又は購入した材料を使用することもできる。
【0053】
また、上記実施形態においては、スラリーを調製する際、HDDR磁性粉末、拡散材及び分散媒を容器に同時に投入する場合を例示したが、最終的にこれらの成分を含むスラリーが得られればよく、必ずしもすべての成分を同時に投入する必要はない。例えば、HDDR磁性粉末に分散媒を添加して湿式粉砕した後、分散媒を除去することなく、拡散材を後から添加して混合することにより、スラリーを調製してもよい。
【実施例】
【0054】
本発明の内容を実施例及び比較例を用いて以下に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
[異方性希土類ボンド磁石の作製]
ストリップキャスト法によって、主成分としてNdFe14Bを含有する、下記組成を有する原料化合物を調製した。
【0056】
Nd:28.0質量%
B : 1.1質量%
Ga: 0.35質量%
Nb: 0.30質量%
Cu: 0.03質量%
Co: 3.8質量%
Fe及び不可避不純物:残部
【0057】
この原料化合物は、微量の不可避不純物(原料化合物全体で0.5質量%以下)を含んでいた。この原料化合物を、減圧雰囲気中(1kPa以下)、1000〜1200℃の温度範囲で24時間保持した(均質化熱処理工程)。均質化熱処理で得られた生成物(NdFe14B)を、スタンプミルを用いて粉砕し、篩分けを行って、原料粉末(粒径1〜2mm)を得た。
【0058】
この原料粉末を、モリブテン製の容器に充填し、赤外線加熱方式を有する管状熱処理炉に装填し、以下の条件で水素化分解・脱水素再結合法による処理(HDDR処理)を施した。
【0059】
まず、水素ガス雰囲気下、水素分圧100〜300kPa、温度100℃で原料粉末を2時間保持する水素吸蔵工程を行った。続いて、炉内の水素分圧を下げるとともに炉内温度を昇温し、水素ガスを吸蔵した原料粉末を、水素分圧40kPa、温度850℃の条件で1.5時間保持する水素化分解工程を行った。
【0060】
その後、炉内を850℃に維持しながら水素圧力を低減して脱水素再結合工程を行った。これによって、HDDR処理された異方性の磁性粉末を得た。得られた磁性粉末を、窒素ガス雰囲気中でスタンプミルを用いて粉砕し、篩い分けを行って、粒径が300μm以下であるNdFe14B粉末を得た。
【0061】
次に、上記NdFe14B粉末とは別に、以下の通りにして拡散材を調製した。まず、Dy粉末を水素雰囲気下350℃で1時間吸蔵させ、これに続いてAr雰囲気下にて600℃で1時間処理することによりDy水素化物を得た。得られたDy水素化物は、X線回折測定により、DyHであることを確認した。得られたDyH粉体をエタノール溶液に入れてボールミル粉砕を行い、平均粒径[d(50)]が3μmのDyH微粉末とした。
【0062】
上述の方法によって得られたNdFe14B粉末(HDDR磁性粉末)とDyH微粉末(拡散材)と鉱物油(商品名:アイソパーM、エクソンモービル有限会社製)とを、混練機を用いて混合してスラリーを調製した。スラリーに含まれるNdFe14B粉末及びDyH微粉末の合計量は、当該スラリーの全質量100質量に対して85質量部とした。また、NdFe14B粉末とDyH微粉末との混合比率は、DyH微粉末が3質量%(NdFe14B粉末及びDyH微粉末の合計質量を基準)となるような比率とした。また、NdFe14B粉末及びDyH微粉末の合計質量に対し、ステアリン酸亜鉛を0.1質量%添加混合した。成形圧力980MPa、配向磁界1.2Tの条件で、スラリーの磁場中成形を行って、図2に示すような直方体形状の成形体を2つ作製した。なお、磁場印加方向は図2のa方向とした。
【0063】
2つの成形体を、アルゴンガス雰囲気下、800℃で30分間加熱する熱処理によって、拡散材に含まれるDyをNdFe14B粉末の外周部に拡散させる拡散処理を行った。拡散処理後の成形体の相対密度は80%程度であった。
【0064】
次に、上記成形体をトルエンの入った容器とともに真空ベルジャー内に入れ、2つの成形体をトルエンに浸漬して容器内の圧力を10kPa以下の状態で30分間保持する脱泡処理を行った後、常圧に戻した。
【0065】
上記容器内のトルエンとは別のトルエンにエポキシ樹脂を溶解させてエポキシ樹脂溶液(エポキシ樹脂含有量:50質量%)を調製した。真空ベルジャーに、このエポキシ樹脂溶液と、拡散処理を施し脱泡処理した成形体とを順次投入した。真空ベルジャー内を10kPa以下に減圧して60分間保持し、成形体内にエポキシ樹脂溶液を浸透させた。
【0066】
エポキシ樹脂溶液から2つの成形体を取り出し、遠心分離機によって成形体表面に付着したエポキシ樹脂溶液を除去した。その後、エポキシ樹脂溶液を含浸させた成形体を、温度150℃の恒温槽中(雰囲気:窒素ガス)に5時間保持し、成形体中のエポキシ樹脂を硬化させ、2つの異方性希土類ボンド磁石A,Bを得た。
【0067】
(実施例2)
分散媒として、鉱物油の代わりにエタノールを使用し、スラリーの全質量100質量部に対するNdFe14B粉末及びDyH微粉末の合計量を85質量部とする代わりに60質量部としたことの他は、実施例1と同様にして2つの異方性希土類ボンド磁石C,Dを製造した。
【0068】
(比較例1)
NdFe14B粉末と拡散材の混合を、鉱物油を使用せずに乾式で行ったことの他は、実施例1と同様にして2つの異方性希土類ボンド磁石E,Fを製造した。
【0069】
[磁気特性の評価]
上述の通り製造した異方性希土類ボンド磁石の磁気特性を、BHトレーサーにより測定した。得られた結果から、最大エネルギー積((BH)max)及び残留磁束密度(Br)を求めた。また、磁気ヒステリシスループからHk、bHcを求め、HcJとHkとを用いて、下記式(1)によって角型比を求めた。表1に、実施例1に係る磁石A,Bの結果の平均値、実施例2に係る磁石C,Dの結果の平均値及び比較例1に係る磁石E,Fの結果の平均値を示す。なお、表1にはNdFe14B粉末の磁気特性も併せて示す。
【0070】
なお、角型比は磁石性能の指標となるものであり、BHトレーサーを用いて測定した磁気ヒステリシスル−プの第2象限における角張の度合いを表す。式(1)におけるHkは、磁気ヒステリシスル−プの第2象限において、残留磁束密度に対する磁化の割合が90%になるときの外部磁界強度である。
角型比(%)=Hk/HcJ×100 (1)
【0071】
【表1】

【符号の説明】
【0072】
10…異方性希土類ボンド磁石(成形体)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の希土類元素を含む水素化分解・脱水素再結合法による処理が施された磁性粉末、前記第1の希土類元素とは異なる第2の希土類元素を含む拡散材、及び、分散媒を含有するスラリーを調製するスラリー調製工程と、
前記スラリーを磁場中成形して成形体を作製する成形工程と、
前記成形体を加熱して前記第2の希土類元素を前記磁性粉末に拡散させる拡散熱処理工程と、
前記拡散熱処理工程後の前記成形体に樹脂を含浸させる樹脂含浸工程と、
前記成形体に含浸した樹脂を硬化させる硬化処理工程と、
を備える異方性希土類ボンド磁石の製造方法。
【請求項2】
前記スラリーに含まれる前記希土類化合物粉末及び前記拡散材の合計量は、当該スラリーの全質量100質量に対して60〜90質量部である、請求項1に記載の異方性希土類ボンド磁石の製造方法。
【請求項3】
前記拡散熱処理工程において、前記成形体を600〜1050℃に加熱する、請求項1又は2に記載の異方性希土類ボンド磁石の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−159919(P2011−159919A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22362(P2010−22362)
【出願日】平成22年2月3日(2010.2.3)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】