説明

発光素子

【課題】 ドナー・アクセプター対発光による面発光を低電圧の直流駆動によって十分に得ることができるとともに、寿命特性を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供すること。
【解決手段】 発光素子100は、一対の電極2,6と、電極2,6間に配置されたドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層4と、発光層4と電極2との間に配置され、発光層4に隣接するキャリア注入層3とを備え、キャリア注入層3には、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素が含まれていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、発光ダイオード(LED;Light Emitting Diode)は、発光効率が高く低電力で駆動することができ長寿命であることから、直流低電圧駆動型発光素子として広く普及している。しかし、一般的なLEDは、単結晶基板上に化合物半導体をエピタキシャル成長させて作製されるものであり、製造コストが高く、大面積の照明用途としては不向きであった。
【0003】
他方、II−VI族化合物半導体のドナー・アクセプター対(D−Aペア)発光を利用した蛍光体が古くから知られている。これは、ドナーに捕らえられた電子と、アクセプタに捕らえられた正孔との波動関数が重なり合うようになると、電子と正孔とが再結合することで発光が得られることを利用した多結晶蛍光体材料である。このようなII−VI族化合物半導体のD−Aペア発光をエレクトロルミネセンス素子に応用する検討はなされている。また、ドナー準位、アクセプタ準位を形成する不純物をそれぞれ添加した多結晶ZnS蛍光体粉末を用いて作製した発光層を備える発光素子も知られている。この発光素子は単結晶基板上に形成する必要がないため、発光素子の大面積化、低コスト化が容易となる。しかし、従来のものは、交流高電圧駆動を必要とし、輝度や発光効率の点でも不十分であった。
【0004】
このような状況の下、直流低電圧駆動による面発光が可能であり、低コストで簡便に作製できる発光素子の実現を目指して、種々の研究・開発が行われている。
【0005】
例えば、下記特許文献1には、CuAlSなどのカルコパイライト化合物半導体で構成される層と、ZnS:Cu、Alなどのドナーアクセプターの付与される化合物半導体が発光する発光層が隣接して積層された直流駆動型発光素子が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2007−281438号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載の発光素子であっても、高い発光輝度を得るためには駆動電圧を高くする必要があり、長時間駆動させると発光輝度が低下してしまうことが本発明者らの検討により判明した。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、ドナー・アクセプター対発光による面発光を低電圧の直流駆動によって十分に得ることができるとともに、寿命特性を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため本発明の発光素子は、一対の電極と、電極間に配置されたドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層と、発光層と電極の一方との間に配置され、発光層に隣接するキャリア注入層とを備え、キャリア注入層には、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素が含まれていることを特徴とする。
【0010】
本明細書において、「ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層」とは、半導体中にドナー準位、アクセプタ準位をそれぞれ形成する不純物を共添加することで形成される発光層を意味する。
【0011】
本発明の発光素子によれば、上記構成を有することにより、低電圧の直流駆動によって十分に面発光を得ることができるとともに、従来よりも長期に亘って高い発光輝度を得ることができる。なお、本発明の発光素子がかかる効果を奏する理由を本発明者らは以下のとおり考えている。
【0012】
まず、上記特許文献1に記載の発光素子において輝度劣化が生じる理由として、(1)発光層を構成する半導体結晶中へのCuイオンの拡散による導電パスの形成、及び(2)カルコパイライト化合物半導体で構成される層と発光層との接合界面におけるエネルギー障壁に起因する問題が挙げられる。(1)については、二次イオン質量分析法(SIMS)による発光層の分析から、発光層の母体材料であるZnS結晶中にCuイオンが拡散していることが確認されている。そして、かかる発光素子のI−V特性は、リーク電流が発生しやすくなっていることを示唆するものであった。また、(2)については、直流電圧を印加した際に駆動電圧が高くなることが確認されている。これらが、発光素子の寿命特性を低下させる主な要因であると本発明者らは考えている。これに対して、本発明の発光素子によれば、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層に、上記特定の元素を含むキャリア注入層を隣接させることにより、金属イオンの拡散の問題を有効に防止できると共に、キャリア注入層と発光層との界面に電界を集中させることが可能になることで発光層のかかる界面近傍のバンドに曲がりを生じさせることができ、接合界面のエネルギー障壁を薄くすることによるトンネリング効果が有効に得られることで、低電圧の直流駆動による高輝度発光と寿命特性との両立が達成されたものと本発明者らは推察する。
【0013】
また、本発明の発光素子は、上記発光層及びキャリア注入層が多結晶構造を有するものであっても上記効果を十分奏することができる。よって、本発明によれば、大面積化が可能であるとともに低コストで簡便に作製できる発光素子を有効に実現することができる。
【0014】
本発明の発光素子において、キャリア注入層は、半導体結晶と、該半導体結晶の結晶粒界に存在し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素を有する化合物とを含むことが好ましい。この場合、発光輝度および寿命特性が更に向上した発光素子がより有効に実現可能となる。この理由としては、キャリア注入層の半導体結晶の粒界に存在する上記化合物と、上記化合物と接する発光層との界面に電界が集中することによって、発光層のキャリア注入層と接する界面近傍のバンドにより大きな曲がりが生じ、上述のトンネリング効果がより有効に得られることが考えられる。
【0015】
また、上記結晶粒界は、キャリア注入層と発光層との界面に対して鉛直な方向にのびていることが好ましい。これにより、発光輝度および寿命特性を更に向上させることができる。この理由としては、上記化合物が含まれる結晶粒界が上記の形状を有していることにより、結晶粒界に存在する化合物がキャリア注入層と発光層との界面に対して鉛直な方向に伸びた柱状若しくは針状になることで、より効果的に、化合物と接する発光層の界面に電界を集中させることができることが考えられる。
【0016】
また、結晶粒界の三重点に上記化合物が偏在していることが好ましい。これにより、発光輝度および寿命特性を更に向上させることができる。この理由としては、上記化合物が三重点に偏在する場合、キャリア注入層と発光層との界面に対して鉛直方向にのびた針状形状がより細くなることで電界が集中しやすくなることが考えられる。なお、「結晶粒界の三重点」とは、三つの結晶の境界領域を意味する。
【0017】
また、本発明の発光素子において、上記半導体結晶は、ZnS結晶を含み、上記化合物は、Yの硫化物、Nbの硫化物、Moの硫化物、Zrの硫化物、Hfの硫化物、Taの硫化物、Wの硫化物及びReの硫化物のうちの少なくとも1種の硫化物を含むことが好ましい。これらの元素が硫化物としてZnS結晶粒界に存在することで、電界や熱によって化合物がZnS結晶粒界で移動したり、化合物の構成元素がZnS結晶粒内に拡散することが十分抑制され、安定したキャリア注入特性を得ることができる。
【0018】
本発明の発光素子において、正孔注入性を向上させる観点から、上記キャリア注入層は正孔注入層であることが好ましい。
【0019】
また、本発明の発光素子は、発光輝度を更に向上させる観点から、上記発光層と上記電極の他方との間に配置され、発光層に隣接するキャリア注入層を更に備え、2つのキャリア注入層のうちの一方が正孔注入層であり、他方が電子注入層であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ドナー・アクセプター対発光による面発光を低電圧の直流駆動によって十分に得ることができるとともに、寿命特性を従来よりも向上させることが可能な発光素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、添付図面を参照しながら本発明に係る発光素子の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、各図面の寸法比率は、必ずしも実際の寸法比率とは一致していない。
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る発光素子の構成を示す模式断面図である。図1に示す発光素子100は、基板1上に、下部電極(陽極)2、正孔注入層3、ドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層4、電子注入層5、及び上部電極(陰極)6をこの順に備える。なお、本実施形態において、一対の電極である陽極2及び陰極6はそれぞれ外部の直流電源に接続されている。
【0023】
まず、基板1について説明する。基板1としては、発光素子100の支持体として用いられるものであれば、特に限定されず公知のものを用いることができる。発光層4から発せられた光を基板側から取り出す場合、例えば、石英基板、ガラス基板、セラミック基板等の透光性基板を用いることができる。また、発光層4から発せられた光を陰極側から取り出す場合、基板1は透明である必要はなく、例えば、アルミナ基板、シリコンウエハなどの不透光性基板とすることができる。この他にも、低アルカリガラス、無アルカリガラスなどの絶縁性基板を用いることができる。
【0024】
基板1の大きさについては、特に制限されないが、照明などの用途の場合、例えば、縦50〜1000mm、横50〜1000mm、厚み0.7〜5.0mm程度とすることができる。
【0025】
次いで、陽極2について説明する。陽極2の構成材料としては、仕事関数の大きい(好ましくは4.0eV以上の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、ITO(酸化インジウム−酸化スズ)、Au、Pt、Ni、W、Cr、Mo、Fe、Co、Cu、Ag及びPdなどが挙げられる。
【0026】
陽極2は、例えば、上記の材料をスパッタリング、電子ビーム蒸着、スクリーン印刷などの方法により基板1上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ、レーザスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、あらかじめ成膜時にマスキングすることでもパターニング可能である。陽極2の厚さは、例えば、20〜2000nmとすることができる。シート抵抗、密着性、及び陽極2側から発光を取り出す場合における透光性の観点から、陽極2の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
【0027】
次に、正孔注入層3について説明する。正孔注入層3は、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素が含まれていることが必要である。
【0028】
正孔注入層3としては、例えば、半導体結晶と、半導体結晶の結晶粒界に存在し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素(以下、「本発明に係る遷移金属」という場合もある)を有する化合物とを含むものが挙げられる。半導体結晶としては、例えば、ZnS、ZnSe、ZnSSe1−x(0<x<1)などの多結晶が挙げられる。半導体結晶がZnS又はZnSSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属は硫化物として結晶粒界に析出させることができる。また、半導体結晶がZnSe又はZnSSe1−x(0<x<1)の多結晶である場合、本発明に係る遷移金属はセレン化物として結晶粒界に析出させることができる。このように、正孔注入層3は、半導体結晶粒界にp型化合物半導体が析出した構造を有していることが好ましい。
【0029】
本発明に係る遷移金属の硫化物及びセレン化物の具体例として、Y、YSe、NbS、NbSe、MoS、MoSe、ZrS、ZrSe、HfS、HfSe、TaS、TaSe、WS、WSe、ReS、ReSeなどが挙げられる。
【0030】
本実施形態においては、結晶粒界が、キャリア注入層と発光層との界面に対して鉛直な方向にのびていることが好ましい。この場合、上記の本発明に係る遷移金属の硫化物及びセレン化物が陽極2から発光層4に向かう方向にのびた柱状又は針状構造を有することができる。これにより、柱状又は針状構造を有する本発明に係る遷移金属の硫化物又はセレン化物の発光層4と接する側に電界を集中させることができ、正孔の注入性を高めることができる。
【0031】
上記の構造は、例えば、基板1の主面に対して鉛直な方向にZnSの多結晶を結晶成長させ、この結晶粒界に本発明に係る遷移金属を硫化物として析出させることにより形成することができる。
【0032】
また、本実施形態においては、発光輝度および寿命特性を更に向上させる観点から、本発明に係る遷移金属の硫化物又はセレン化物を結晶粒界の三重点に析出させることが好ましい。
【0033】
また、正孔注入層3における本発明に係る遷移金属の濃度は、良好な正孔注入性及び駆動電圧を低くする観点から、0.4原子%〜4.0原子%であることが好ましく、1.0原子%〜3.5原子%であることがより好ましい。
【0034】
正孔注入層3は、例えば、半導体結晶を形成するためのZnSやZnSeと、本発明に係る遷移金属の硫化物を混合した原料ターゲットを使用した、スパッタ法、有機金属ガスと硫化水素、セレン化水素等を使用するMOCVD法などの方法により形成することができる。
【0035】
正孔注入層3の厚さとしては、10〜500nmが好ましい。正孔注入層3の厚みが10nmを下回ると、充分な正孔注入性が得られにくい傾向にあり、500nmを超えると、正孔注入層の抵抗が大きくなり、駆動電圧が高くなる傾向にある。
【0036】
次に、発光層4について説明する。発光層4としては、ドナー・アクセプター対発光機能を有するものあればよく、例えば、II−VI族半導体化合物などの母体材料と、アクセプタ原子及びドナー原子とを含有するものが挙げられる。II−VI族半導体化合物としては、ZnS、ZnSe、ZnSSe1−x(0<x<1)などが挙げられる。また、アクセプタ原子としては、Cu、Au及びAgなどが挙げられ、ドナー原子としては、F、Cl、Br、I、Al、Ga、及びInなどが挙げられる。更に、ドナー原子としては、発光効率の観点から、Clが好ましい。
【0037】
発光層4の形成方法としては、例えば、母体材料と、D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物との混合物を焼成したものを原料とし、電子ビーム蒸着、スパッタリング、イオンプレーティングなどの方法を用いて、正孔注入層3上に成膜し、更に熱処理することにより形成することができる。なお、熱処理は、母体材料のII族サイトをアクセプタ原子、II族サイト若しくはVI族サイトをドナー原子にそれぞれ置換し、母体材料中にドナー準位及びアクセプタ準位をそれぞれ形成して発光層の発光効率を高めるために行われる。具体的な条件としては、真空中、400〜800℃、0.05〜1時間程度が例示される。
【0038】
D−Aペア発光の起源となる不純物元素を含む化合物としては、例えば、アクセプタ不純物としてはCuS、AgSなどの硫黄化合物、ドナー不純物としてはNaCl、KClなどの塩化物、Ga、Al、Inなどの他のIII族硫黄化合物、ZnF、ZnBr、ZnInなどが挙げられる。
【0039】
本実施形態において発光層4が、母体材料であるZnSと、アクセプタ原子であるCu又はAg等の不純物とを含む場合、Cu又はAgの濃度は、発光効率の観点から0.01原子%〜5原子%であることが好ましく、0.05原子%〜3原子%であることがより好ましく、0.1原子%〜1原子%であることがさらにより好ましい。
【0040】
本実施形態においては、発光層の母体材料のII族元素組成比及びVI族元素組成比、D−Aペア発光の起源となる不純物元素の種類を適宜選択することにより、所望の発光色を得ることができる。また、本実施形態の発光層は、電界集中、局在型発光中心を用いたものに比べて、キャリア注入型発光であるため、低電圧で駆動できる点で優れている。
【0041】
発光層4の厚さとしては、50〜1000nmが好ましい。発光層4の厚みが50nmを下回ると、発光効率が低下する傾向にあり、1000nmを超えると、駆動電圧が増加する傾向にある。
【0042】
発光層4の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板上への形成が不要であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。
【0043】
電子注入層5は、n型の導電性を有する半導体層である。電子注入層5としては、例えば、母体材料と、n型の導電性を付与する不純物元素とを含有するものが挙げられる。電子注入層5の母体材料としては、例えば、ZnSが挙げられる。n型の導電性を付与する不純物元素としては、例えば、Al、Ga、In、B、Tl、F、Cl、Br、及びI等が挙げられる。これらのn型の導電性を付与する不純物元素のうち、キャリア密度向上の観点から、Alが好ましい。
【0044】
なお、本実施形態において、電子注入層5は、母体材料であるZnSとn型の導電性を付与する不純物元素であるAlとを含んで構成されてもよい。この場合、電子注入層におけるAl濃度は、キャリア密度制御の観点から、0.01原子%〜5原子%であることが好ましく、0.05原子%〜3原子%であることがより好ましく、0.1原子%〜1原子%であることがさらにより好ましい。
【0045】
n型の導電性を付与する不純物元素を含む化合物としては、例えば、Al、Ga、Al、In、ZnF、ZnBr、ZnInが挙げられる。
【0046】
電子注入層5の形成方法としては、例えば、母体材料と、n型の導電性を付与する不純物元素を含む化合物との混合物を焼成したものを原料とし、電子ビーム蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング、レーザアブレーション法、CVD(chemical vapor deposition)法、MBE(molecular beam epitaxy)法、多元蒸着法、硫化法、セレン化法による方法が挙げられる。このような形成方法を用いて発光層4上に成膜することにより電子注入層5を形成することができる。また、母体材料とn型導電性を付与する不純物元素材料とをそれぞれ分けて設置し、電子ビーム蒸着などの方法により同時に蒸発させて成膜することによっても形成可能である。
【0047】
電子注入層5の形態としては、多結晶膜、エピタキシャル膜、及び単結晶膜が挙げられる。これらのうち、多結晶膜が好ましい。多結晶膜は大面積に形成可能で且つ単結晶基板を用いずとも形成が可能であるため、発光素子の低コスト化、大面積化が容易となる。多結晶膜の電子注入層5を形成する方法としては、例えば、スパッタリング法、電子ビーム蒸着法、レーザアブレーション法、及びイオンプレーティング法が挙げられる。
【0048】
電子注入層5の厚さとしては、20〜500nmが好ましい。発光層4の厚みが20nmを下回ると、発光効率の低下の傾向にあり、500nmを超えると、駆動電圧増加の傾向にある。
【0049】
また本実施形態において、電子注入層5は、上記正孔注入層3と同様の組成及び構造を有してもよい。この場合、発光輝度を更に向上させることができる。
【0050】
次に、陰極6について説明する。陰極6の構成材料としては、仕事関数の小さい(好ましくは3.8eV以下の)金属、合金、導電性化合物、及びこれらの混合物などが挙げられる。具体的には、例えば、LiやCsなどのアルカリ金属や、Mg、Ca、及びSrなどのアルカリ土類金属などが挙げられる。安定性を確保するため、MgAgやAlLiなどの、仕事関数が低く電子注入障壁の低い金属と、比較的仕事関数が大きく安定な金属との合金を用いてもよい。
【0051】
陰極6は、例えば、上記の材料をスパッタリング法、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着などの方法により電子注入層5上に成膜した後、必要に応じて、フォトリソグラフィー法、リアクティブイオンエッチング(RIE)、メカニカルスクライブ法などの方法によりパターンニングすることで形成することができる。また、成膜時のマスキングによりあらかじめパターンニングしてもよい。シート抵抗、密着性の観点から、陰極6の厚さは50〜1000nmの範囲内であることが好ましい。
【0052】
以上説明した本実施形態の発光素子において、正孔注入層3、発光層4、及び電子注入層5はすべて多結晶膜であることが好ましい。この場合の発光素子は、低コスト、大面積化の要求と高効率発光及び長寿命の要求を満たすものになり得る。
【0053】
発光素子100は、基板1上に、陽極2、正孔注入層3、発光層4、電子注入層5及び陰極6をこの順に備えるものであるが、各層を逆の順序にすることも可能である。すなわち、基板1上に、陰極6、電子注入層5、発光層4、正孔注入層3及び陽極2をこの順に設けてもよい。
【0054】
更に図2〜4を参照しつつ、本発明に係る発光素子について説明する。
【0055】
図2及び図3はそれぞれ、本発明に係る発光素子の発光のメカニズムを説明するためのエネルギーバンド図及び模式断面図である。図3に示す発光素子は、基板(図示しない)上に、陽極32、正孔注入層33、発光層34、電子注入層35、及び陰極36をこの順に備える。正孔注入層33は、ZnSの多結晶33aと、多結晶33aの結晶粒界33bとからなる構造を有し、結晶粒界33bにはMoS2−y(0≦y≦1)が存在する。発光層34は、ZnS:Cu,Clから構成されている。電子注入層35は、ZnSの多結晶35aと、多結晶35aの結晶粒界35bとからなる構造を有し、結晶粒界33bにはMoS2−y(0≦y≦1)が存在する。
【0056】
ここで、図4に、正孔注入層33の発光層34との界面を発光層側から見た模式図を示す。この図は、本発明に係るキャリア注入層の微小構造を概念的に示すものである。ZnSの多結晶33aは、正孔注入層と発光層との界面に対して鉛直な方向にのびて成長しており、これにより結晶粒界33bも正孔注入層と発光層との界面に対して鉛直な方向にのびている。この正孔注入層33においては、ZnS結晶粒の成長に伴って、粒界の三重点に多数のマイクロボイドやマイクロクラックなどの欠陥が発生しやすくなる。本発明に係る遷移金属は、イオン半径が比較的大きいのでZnSと固溶せず、さらにはZnS中での拡散係数も小さいため、粒界三重点にMoS2−y(0≦y≦1)として析出されやすくなる。そのため、粒界三重点におけるMo濃度は、他の結晶粒界部分に比べて高くなっていると考えられる。図4に示すように、ZnSの多結晶40の結晶粒界には、Moが高濃度で存在するMoS2−y含有部42と、欠陥を多く含む多結晶ZnS若しくは非晶質ZnSが主として存在する結晶粒界部41とが含まれ、MoS2−y含有部42は主に結晶粒界の三重点に存在すると推察される。その結果、正孔注入層33の発光層との界面部分から陽極との界面部分に向かってのびる柱状又は針状のMoS2−y含有部が形成されていると本発明者らは推察する。また、電子注入層35についても同様の構造が形成されていると考えられる。
【0057】
上記の発光素子によれば、陽極32及び陰極36に電圧を印加することで、結晶粒界33b,35bに含まれる柱状又は針状のMoS2−y含有部の発光層側端部に電界が集中し、正孔注入層33と発光層34との界面、及び電子注入層35と発光層34との界面に強い電界を発生させることができると考えられる。そして、このような電界集中の作用によって、低い駆動電圧であっても発光層34にキャリアを十分注入することが可能になると本発明者らは考えている。
【0058】
このメカニズムについて、図2に示すエネルギーバンド図を用いて説明する。正孔注入層23及び電子注入層25と発光層24との界面における強い電界集中により、発光層24の正孔注入層23及び電子注入層25との界面近傍のエネルギーバンドに曲がりが生じる。これにより、正孔注入層23と発光層24の接合界面及び電子注入層25と発光層24の接合界面に存在するエネルギー障壁が薄くなり、トンネリング効果によって、発光層34内へ正孔h及び電子eが効率よく注入される。その結果、低い電圧であっても、ドナー準位E及びアクセプタ準位Eを介する電子e及び正孔hの再結合が効率よく行われ、高い発光Lを得ることが可能になったと本発明者らは考えている。
【0059】
また、ZnSを含む発光層/CuAlS層の接合を有する従来の発光素子では、発光素子作製時の熱処理(例えば、600℃程度)や、電圧の印加によって容易にCuイオンが拡散してしまい、十分な寿命特性が得られなかった。また、Agを含む半導体を用いた場合においても、Agイオンの拡散によって同様の問題が生じる。これに対して、Moなど本発明に係る遷移金属は、Znと比べてイオン半径が大きいので、ZnSと固溶せず、さらにはZnS中での拡散係数も小さく、熱処理や電圧の印加によってもほとんど拡散することがない。このような拡散しにくい遷移金属を有する化合物を用いて上述したトンネリング効果を得ることにより、ドナー・アクセプター対発光による面発光を低電圧の直流駆動によって十分に得ることができるとともに、寿命特性を従来よりも向上させることが可能な発光素子を実現できたと本発明者らは推察する。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
<発光素子の作製方法>
(実施例1)
先ず、基板として無アルカリガラス基板(コーニング#1737、縦100mm×横100mm、厚み0.7mm)を用意し、この表面を中性洗剤によるスクラブ洗浄した後、アルカリによるライトエッチング、純水による洗浄を行い、更にイソプロピルアルコールの蒸気により乾燥した。
【0062】
次に、洗浄した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を室温に設定し、純度99.99%のMo(直径8インチ)をターゲットとして、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み300nmのMoからなる膜を基板上に成膜した。続いて、この膜を、通常のフォトリソグラフィー法及びSFガスを用いたリアクティブイオンエッチング(RIE)によりパターンニングして、短冊状の形状を有する下部電極を形成した。
【0063】
次に、基板温度を200℃に設定し、純度99.99%のZnS(直径8インチ)をターゲットとし、更にこのターゲット上にMoチップ36枚(36cm)を配置して、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み150nmの正孔注入層を下部電極上に形成した。なお、蛍光X線分析によると、正孔注入層はMoを3.4原子%含有していた。
【0064】
次に、基板温度を200℃に設定し、99.7mol%のZnS、0.1mol%のCuS及び0.2mol%のNaClを含む焼結体(直径8インチ)をターゲットとして、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み500nmの発光層を正孔注入層上に形成した。
【0065】
次に、基板温度を200℃に設定し、純度99.99%のZnS(直径8インチ)をターゲットとし、更にこのターゲット上にMoチップ36枚(36cm)を配置して、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み150nmの電子注入層を発光層上に形成した。なお、蛍光X線分析によると、電子注入層はMoを3.4原子%含有していた。
【0066】
電子注入層を形成した後、窒素雰囲気中において、RTA(Rapid Thermal Annealing)炉を使用して、600℃の加熱処理を10分間行った。
【0067】
次に、加熱処理した基板をスパッタ装置に設置し、基板温度を200℃に設定し、SnOを5wt%含有するITO(直径8インチ)をターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより厚み200nmの上部電極を電子注入層上に形成した。
【0068】
こうして、図1に示す発光素子100と同様の構成を有する実施例1の発光素子を得た。
【0069】
(実施例2)
まず、実施例1と同様にして、基板上に、下部電極、正孔注入層、及び発光層をこの順に形成した。次に、基板温度を200℃に設定し、純度99.99%のZnS(直径8インチ)をターゲットとし、更にこのターゲット上に純度99.99%のAlチップ1枚(1cm)を配置し、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み150nmの電子注入層ZnS:Al(Al0.2原子%)を発光層上に形成した。
【0070】
次に、窒素雰囲気中において600℃の加熱処理を10分間行った後、実施例1と同様にして電子注入層上に上部電極を形成した。こうして、図1に示す発光素子100と同様の構成を有する実施例2の発光素子を得た。
【0071】
(比較例1)
先ず、基板として3インチφサファイア基板c面(厚み0.6mm)を用意し、この表面をスクラブ洗浄装置により洗浄した後、IPA蒸気乾燥装置を用いて乾燥した。
【0072】
次に、洗浄した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を150℃に設定し、Alを2wt%含有するZnO焼結体(直径8インチ)をターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み150nmの透明電極ZnO:Alを基板上に形成した。
【0073】
次に、基板温度を200℃に設定し、99.7mol%のZnS、0.1mol%のCuS及び0.2mol%のNaClを含む焼結体(直径8インチ)をターゲットとして、1.6kWの高周波電力を用い、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み500nmの発光層を透明電極上に形成した。
【0074】
次に、基板温度を450℃に設定し、直径4インチCu及びAlをターゲットとし、それぞれに400Wの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのAr及びHS(5%)の混合ガスを放電させて反応性スパッタリングを行うことにより、発光層上に厚み300nmのCuAlS膜を形成した。
【0075】
次に、スパッタ装置から取り出した基板を電気炉に入れ、3%のHSを含むArガス雰囲気中で600℃の加熱処理を10分間行った。
【0076】
次に、加熱処理を施した基板をスパッタ装置に設置した。そして、基板温度を室温に設定し、Mo及びPt(直径8インチ)をターゲットとし、1.6kWの高周波電力を用いて、圧力0.5PaのArガス雰囲気中でスパッタリングを行うことにより、厚み10nmのMo膜及び厚み50nmのPt膜をCuAlS膜上に成膜し、上部電極を形成した。こうして、比較例1の発光素子を得た。
【0077】
<電流−電圧(I−V)特性の評価>
実施例1、実施例2及び比較例で得られた発光素子に直流電圧をかけ、電流−電圧特性を調べた。測定結果を図5に示す。なお、図5中、G1は実施例1の発光素子の測定結果を示し、G2は実施例2の発光素子の測定結果を示し、G3は比較例1の発光素子の測定結果を示す。
【0078】
図5に示すように、実施例1の発光素子においては、電圧の極性に関わらず+5V、−5V程度から急激に電流が流れ始め、電流の急峻な増加が観察された。すなわち、低電圧であっても発光素子の駆動が可能であることが分かった。一方、比較例1の発光素子においては、リーク電流を伴うダイオード特性が観察された。すなわち、正の電圧印加の場合は+10V程度から緩やかに電流が増加し、負の電圧印加の場合は−20V程度から電流が僅かに流れ始めた。このようなリーク電流は、発光層形成時における600℃の加熱処理によってCuAlS中のCuがZnS結晶中に拡散してしまい、発光素子の上下の電極を短絡させる導電経路が形成されたことに起因すると考えられる。
【0079】
<発光輝度、寿命特性の評価>
アルミニウム製の金属放熱板に実施例1、実施例2及び比較例1で得られた発光素子をそれぞれ設置し、十分な放熱対策を施した状態で、それぞれの発光素子の電極間に直流電圧を印加し、電流密度25mA/cmの定電流駆動を行ったときの発光輝度を測定した。測定結果を図6に示す。なお、図6中、H1は実施例1の発光素子の測定結果を示し、H2は実施例2の発光素子の測定結果を示し、H3は比較例1の発光素子の測定結果を示す。
【0080】
実施例1の発光素子については、ZnS:Cu,Cl特有の青緑色の発光色が得られ、3020cd/mの初期輝度が測定された。また、図6に示すように、実施例1の発光素子は、輝度の安定性が高く、輝度半減寿命も10万時間以上と見積もられ、寿命特性に優れていることが確認された。
【0081】
一方、比較例1の発光素子については、ZnS:Cu,Al特有の緑色の発光色が得られ、1250cd/mの初期輝度が測定されたものの、輝度半減寿命は1000時間未満であった。また、約1500時間後には短絡による素子の破壊が発生した。
【0082】
実施例2の発光素子については、実施例1と同様のI−V特性を示し、駆動電圧は実施例1よりも若干高く、実施例1と同様のZnS:Cu,Cl特有の青緑色の発光色が得られ、2200cd/mの初期輝度が測定された。また、実施例2の発光素子は、輝度の安定性が高く、輝度半減寿命も10万時間以上と見積もられ、寿命特性に優れていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の一実施形態に係る発光素子の構成を示す模式断面図である。
【図2】本発明に係る発光素子の発光のメカニズムを説明するためのエネルギーバンド図である。
【図3】本発明に係る発光素子の発光のメカニズムを説明するための模式断面図である。
【図4】本発明に係るキャリア注入層の微小構造を概念的に示す模式図である。
【図5】実施例1、実施例2及び比較例1で作成した発光素子のI−V特性を示すグラフである。
【図6】実施例1、実施例2及び比較例1で作成した発光素子の輝度寿命を示すグラフである。
【符号の説明】
【0084】
1…基板、2…下部電極、3…正孔注入層、4…発光層、5…電子注入層、6…上部電極、100…発光素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と、
前記電極間に配置されたドナー・アクセプター対発光機能を有する発光層と、
前記発光層と前記電極の一方との間に配置され、前記発光層に隣接するキャリア注入層と、を備え、
前記キャリア注入層には、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素が含まれていることを特徴とする発光素子。
【請求項2】
前記キャリア注入層は、半導体結晶と、該半導体結晶の結晶粒界に存在し、Y、Nb、Mo、Zr、Hf、Ta、W及びReのうちの少なくとも1種の元素を有する化合物と、を含むことを特徴とする、請求項1に記載の発光素子。
【請求項3】
前記結晶粒界は、前記キャリア注入層と前記発光層との界面に対して鉛直な方向にのびていることを特徴とする、請求項2に記載の発光素子。
【請求項4】
前記結晶粒界の三重点に前記化合物が偏在していることを特徴とする請求項2又は3に記載の発光素子。
【請求項5】
前記半導体結晶は、ZnS結晶を含み、
前記化合物は、Yの硫化物、Nbの硫化物、Moの硫化物、Zrの硫化物、Hfの硫化物、Taの硫化物、Wの硫化物及びReの硫化物のうちの少なくとも1種の硫化物を含むことを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の発光素子。
【請求項6】
前記キャリア注入層は、正孔注入層であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の発光素子。
【請求項7】
前記発光層と前記電極の他方との間に配置され、前記発光層に隣接するキャリア注入層を更に備え、
前記2つのキャリア注入層のうちの一方が正孔注入層であり、他方が電子注入層であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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