説明

真空処理方法

【課題】真空中で、基板を静電吸着装置に吸着保持した状態で搬送する際に、搬送終了後に短時間で基板を静電吸着装置から容易に離脱させる技術に関する。
【解決手段】本発明では、静電吸着装置内の電極に第1の電圧V1を印加して基板を静電吸着装置に吸着させた後に基板の移動を開始し、移動中に電極に印加する電圧を第2の電圧V2に変更して吸着力を低下させている。このため、基板の移動が終了した時点では、同一電圧を電極に印加していた従来に比して、基板と静電吸着装置との間の残留電荷の量が少なくなり、残留吸着力が低下するので、静電吸着装置から基板を離脱させられるまでに要する時間を、従来に比して短縮することができる。特に、移動終了後に電極に逆極性の電圧を短期間印加して残留電荷を消滅させる場合には、従来のように高電圧を印加しなくとも残留電荷を消滅させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空雰囲気中で、基板を静電吸着装置で吸着保持した状態で処理する真空処理方法に関し、特に、静電吸着装置で基板を静電吸着した状態で基板を搬送する搬送処理において、基板を搬送した後に静電吸着装置から離脱させるまでの時間を短縮する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ガラス等からなる基板上に成膜等の処理を行う装置においては、静電気力によって基板を吸着保持する静電吸着装置が広く用いられている。このような静電吸着装置としては、成膜等の処理において基板を所定の温度に維持するため温度制御(加熱又は冷却)可能なホットプレートと一体的に構成されたものや、基板を搬送する搬送ロボットの先端に設けられ、基板を静電吸着した状態で搬送可能なもの等が知られている。
【0003】
このうち、基板搬送装置に用いられる静電吸着装置について以下で説明する。図14の符号110に、かかる静電吸着装置を備えた基板搬送装置を示す。
この基板搬送装置110は、駆動機構111と、アーム112と、静電吸着装置113とを有している。アーム112は、その一端が駆動機構111に取り付けられており、駆動機構111を駆動すると、水平面内及び鉛直方向に移動できるように構成されている。アーム112の先端には、静電吸着装置113が取り付けられており、アーム112を移動させると、静電吸着装置113を水平面内及び鉛直方向に自由に移動させられるように構成されている。
【0004】
静電吸着装置113は、誘電体板で構成され、内部に第1、第2の吸着電極143、144を有している。これらの第1、第2の吸着電極143、144は、図示しない静電吸着電源に接続されており、静電吸着電源を起動すると、第1、第2の吸着電極143、144の間に、直流電圧を印加できるように構成されている。
【0005】
かかる基板搬送装置110を用いて、真空雰囲気中で、一つの載置台上に載置されたガラス基板を、別の載置台上に移動させる動作について以下で説明する。以下では、載置台、基板搬送装置及び基板はみな真空雰囲気中に配置されているものとする。
【0006】
まず、図14(a)に示すように、アーム112を水平移動させて、静電吸着装置113を、載置台(以下で移動元の載置台と称する。)105表面に置かれ、ソーダ石灰ガラスからなる基板150の上方に移動させる。次いで、アーム112を降下させ、図14(b)に示すように静電吸着装置113の表面を基板150の表面に当接させる。
【0007】
次いで、第1、第2の吸着電極143、144の間に電圧を印加すると、基板150と、静電吸着装置113との間に静電吸着力が生じる。この静電吸着力は、第1、第2の吸着電極143、144の間に印加する電圧の印加時間が長くなるにつれて大きくなる。こうして静電吸着装置113が基板150を下向きに保持した状態で移動しても、基板150が落下しない程度の大きさまで静電吸着力が大きくなったら、アーム112を上昇させて静電吸着装置113を上昇させる。すると、図14(c)に示すように、基板150は静電吸着装置113に静電吸着されて保持された状態で、静電吸着装置113とともに移動元の載置台105上から離れ、上昇する。
【0008】
次に、アーム112を水平移動させて静電吸着装置113を水平移動させ、図15(d)に示すように、静電吸着装置113を、基板150を載置させるべき載置台106(以下で移動先の載置台と称する。)上に移動させ、静止させる。次いで、アーム112を降下させて静電吸着装置113を降下させる。図15(e)に示すように基板150が載置台106表面に接触したら、静電吸着装置113を静止させる。
【0009】
その後、第1、第2の吸着電極143、144間の電圧の印加を停止する。すると、基板150と静電吸着装置113との間に生じる静電吸着力は減少する。静電吸着力が十分に低下すると、静電吸着装置113は基板150を吸着して保持することができなくなる。静電吸着力がほぼ0に近くなったら、静電吸着装置113を上昇させる。すると、図15(f)に示すように静電吸着装置113は基板150から離れ、その結果、基板150は移動先の載置台106に載置される。以上の動作を経て、基板150は、移動元の載置台105から移動先の載置台106へと搬送される。
【0010】
図16に、第1、第2の吸着電極143、144間に印加する電圧及び基板150と静電吸着装置113との間の静電吸着力の時間変化を示す。図15の曲線(V)は、第1、第2の吸着電極間に印加される電圧の時間変化を示しており、曲線(W)は、基板150と静電吸着装置113との間に生じる静電吸着力の時間変化を示している。
【0011】
図中、符号f1は、静電吸着装置113が基板150を静電吸着で保持した状態で安全に移動させられる最低の力(以下で最小吸着力と称する。)を示している。
符号t1は第1、第2の吸着電極143、144間に電圧の印加を開始した時刻を示している。また、符号t2は静電吸着力が最小吸着力f1以上に達し、静電吸着装置113が基板150を吸着して保持した状態で移動を開始した時刻を示しており、符号t3は静電吸着装置113を基板150を保持した状態で移動を終了した時刻を示している。
【0012】
また、符号t5は、第1、第2の吸着電極143、144間への電圧の印加を終了した時刻を示しており、符号t6は静電吸着装置113が基板150の保持を解除して基板150を離脱させた時刻をそれぞれ示している。
【0013】
上述した搬送工程においては、図16の曲線(V)に示すように、時刻t1で第1、第2の吸着電極143、144間への電圧の印加を開始してから、基板150が移動先の載置台106上に載置されて移動が終了した時刻t3を経過した後、時刻t5までの間に、第1、第2の吸着電極143、144間に一定の電圧V1を印加し続けている。
【0014】
このため、曲線(W)に示すように、静電吸着力は、第1、第2の吸着電極143、144間への電圧の印加が終了する時刻t5まで上昇し続け、静電吸着力は、最小吸着力f1を大きく上回る。第1、第2の吸着電極143、144間への電圧の印加が終了する時刻t5以後は、静電吸着力は徐々に減少するが、静電吸着力は最小吸着力f1を大きく上回り、基板150と静電吸着装置113との間に大量の残留電荷が残り、この残留電荷により吸着力が残るので、基板を離脱可能な程度まで吸着力が減少するまでには、長時間(例えば数分以上)を要してしまう。
【0015】
このため、第1、第2の吸着電極143、144間への電圧の印加を終了した直後に、第1、第2の吸着電極143、144間に、直前まで印加していた電圧とは逆極性の電圧を短期間印加して残留電荷を消滅させ、静電吸着力を0にすることにより、基板を短時間で静電吸着装置から離脱させる技術が本発明の発明者等によって提案された。図17の曲線(X)、(Y)に、その場合における第1、第2の吸着電極間に印加される電圧の時間変化と、基板150と静電吸着装置113との間に生じる静電吸着力の時間変化とをそれぞれ示す。
【0016】
この方法によれば、図17の曲線(X)に示すように、時刻t5から時刻taまでの期間、第1、第2の吸着電極143、144間に直前まで印加していた電圧V1と逆極性の電圧V0を印加している。この期間、同図の曲線(Y)に示すように、静電吸着力は急激に低下し、短時間でほぼ0に近づくので、かかる逆極性の電圧V0を印加しない場合に比して、基板を離脱可能な状態になるまでの時間を大幅に短縮することができる。
【0017】
しかしながら、短時間で残留電荷を消滅させて吸着力を0にするためには、逆極性の電圧V0を印加する直前まで印加していた電圧V1よりもその絶対値が大きい逆極性の電圧を所定時間印加する必要がある。
【0018】
本発明の発明者等は、第1、第2の吸着電極143、144にそれぞれ+3000V、−3000Vの電圧を印加し、静電吸着装置113にソーダ石灰ガラスからなる基板を60秒静電吸着した後、基板を吸着終了から10秒後に、安全に離脱できるようにするためには、第1、第2の吸着電極143、144にそれぞれ−5000V、+5000Vという高電圧を10秒間印加しなければならないことを確かめた。
【0019】
このように高電圧の逆極性の電圧を第1、第2の吸着電極143、144間に印加するためには、高圧出力の電源が必要になり、装置全体のコストが高くなってしまう。また、静電吸着電源が高圧になることで、静電吸着装置とその周辺装置との間の放電や、第1、第2の吸着電極間での放電等が生じ、かかる放電により装置が故障しやすくなる等の問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は上記従来技術の不都合を解決するために創作されたものであり、特に、基板を静電吸着で保持する際に、静電吸着電源を高圧出力の電源にすることなく、かつ短時間で基板を離脱可能にする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するために、請求項1記載の発明は、真空雰囲気中に配置された静電吸着装置に基板を接触させ、前記静電吸着装置が有する電極に電圧を印加し、前記基板と前記静電吸着装置との間に静電吸着力を生じさせ、真空中で前記基板の処理を行う真空処理方法であって、前記電極に第1の電圧を印加して、前記静電吸着力を最小吸着力以上の大きさにする工程と、前記電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程と、前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の期間に前記基板の処理を行う工程とを有する。
請求項2記載の発明は、請求項1記載の真空処理方法であって、前記電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程は、前記第1の電圧を印加した後、静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われることを特徴とする。
請求項3記載の発明は、請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の真空処理方法であって、前記基板の処理は、前記基板を移動させる処理であって、前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の大きさである期間に、前記基板の移動の開始と終了を行うことを特徴とする。
請求項4記載の発明は、請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の真空処理方法であって、前記静電吸着装置が有する電極は、2個の電極からなり、該2個の電極に、互いに極性の異なる電圧を印加するように構成されている。
請求項5記載の発明は、請求項4記載の真空処理方法であって、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における前記2個の電極の電位差よりも小さくすることを特徴とする。
請求項6記載の発明は、請求項4記載の真空処理方法であって、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、0ボルトにすることを特徴とする。
請求項7記載の発明は、請求項4記載の真空処理方法であって、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記第1の電圧が印加された工程において、前記2個の電極に印加された電圧と逆極性の電圧を、前記2個の電極にそれぞれ印加することを特徴とする。
請求項8記載の発明は、請求項4記載の真空処理方法であって、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程の後に、前記2個の電極に、前記2個の電極の間の電位差が段階的に変化する電圧を印加することを特徴とする。
請求項9記載の発明は、真空雰囲気中に配置された静電吸着装置に基板を接触させ、前記静電吸着装置が有する電極に電圧を印加し、前記基板と前記静電吸着装置との間に静電吸着力を生じさせ、真空中で前記基板の処理を行う真空処理方法であって、予め前記基板について最小吸着力と、第1の電圧及び第2の電圧の大きさと印加時間、前記基板の処理の開始時刻及び終了時刻を求め、求めた値に従い、前記電極に第1の電圧を印加して、前記静電吸着力を前記最小吸着力以上の大きさにする工程と、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を前記最小吸着力以上に維持して減少させる工程と、前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の期間に前記基板の処理を行う工程とを有し、前記第2の電圧への変更は、前記第1の電圧を印加した後、前記静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われる真空処理方法である。
請求項10記載の発明は、前記静電吸着装置が有する電極は、2個の電極からなり、該2個の電極に、互いに極性の異なる電圧を印加し、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における前記2個の電極の間の電位差よりも小さくし、前記第1の電圧が印加された工程において前記2個の電極に印加された電圧と逆極性の電圧を、前記2個の電極にそれぞれ印加する請求項9記載の真空処理方法である。
請求項11記載の発明は、真空中で基板を静電吸着して処理を行う真空処理方法であって、前記基板を静電吸着して吊り下げて移動できる最小吸着力を予め求めておき、前記基板を静電吸着装置上に配置して、前記静電吸着装置内に配置された2個の電極の間に、前記最小吸着力以上の吸着力を発生させる第1の電圧を印加し、前記最小吸着力以上の吸着力で前記基板を静電吸着した後、2個の前記電極の間に印加する電圧を、前記静電吸着装置と前記基板との間の静電吸着力を減少させる第2の電圧に変更し、前記静電吸着装置と前記基板との間の前記静電吸着力が前記最小吸着力以上である間に前記基板の移動を終了させる真空処理方法である。
請求項12記載の発明は、前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程は、前記第1の電圧を印加した後、前記静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われることを特徴とする請求項11記載の真空処理方法である。
請求項13記載の発明は、真空中で基板を静電吸着して処理を行う真空処理方法であって、前記基板を静電吸着して吊り下げて移動できる最小吸着力を予め求めておき、前記基板を静電吸着装置上に配置し、前記静電吸着装置内に配置された2個の電極の間に、前記最小吸着力以上の吸着力を発生させる第1の電圧を印加し、前記最小吸着力以上の吸着力で前記基板を静電吸着して真空処理を開始した後、2個の前記電極の間に印加する電圧を、前記静電吸着装置と前記基板との間の静電吸着力を減少させる第2の電圧に変更して真空処理を行う真空処理方法である。
請求項14記載の発明は、前記電極の間には、互いに極性の異なる電圧を印加する請求項11乃至請求項13のいずれか1項記載の真空処理方法である。
請求項15記載の発明は、前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、個の前記電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における個の前記電極の間の電位差よりも小さくすることを特徴とする請求項14記載の真空処理方法である。
請求項16記載の発明は、前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、0ボルトにすることを特徴とする請求項14記載の真空処理方法である。
請求項17記載の発明は、前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記第1の電圧が印加された工程において、個の前記電極の間に印加された電圧と逆極性の電圧を、個の電極の間にそれぞれ印加することを特徴とする請求項14記載の真空処理方法である。
請求項18記載の発明は、前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程の後に、前記2個の電極に、前記2個の電極の間の電位差が段階的に変化する電圧を印加することを特徴とする請求項14記載の真空処理方法である。
【0023】
本発明の発明者等は、静電吸着装置と基板との間の静電吸着力と、吸着電極に印加する電圧及び印加時間の関係について、調査研究を重ねた。
本発明の発明者等は、密度が2.47g/cm3、厚さ3mmのソーダ石灰ガラス板からなる基板を、二個の吸着電極を有する静電吸着装置に当接させ、2個の吸着電極にそれぞれ一定電圧を印加(ここでは、二個の吸着電極にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加している)した場合の、静電吸着装置とその基板との間に生じる静電吸着力の時間依存性を調べる実験と、上述した吸着電極に一定電圧(ここでは、二個の吸着電極にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加している)を60秒間印加して基板を静電吸着した後、各吸着電極に印加する電圧を0Vにし、その時刻以降に基板及び静電吸着装置間に残留する静電吸着力(以下で残留吸着力と称する。)の時間依存性を調べる実験を行った。その2種類の実験結果を、下記の表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
上記の表1に示された、静電吸着力の時間依存性より、吸着電極に電圧印加を開始してから5秒経過した時点での吸着力は4.50gf/cm2になっている。この実験に用いた基板の厚みが1cmの場合に、その基板の重さと釣り合う吸着力は2.47gf/cm2であるので、厚さ3mmの基板を吊り上げるためには、余裕をみても3gf/cm2程度の吸着力があれば十分である。すなわち、ここでの最小吸着力は3gf/cm2である。これより吸着電極に電圧印加を開始してから5秒経過すれば、基板を静電吸着して吊り上げることができることがわかる。
【0026】
しかしながら、吸着電極に60秒間電圧を印加した後の残留吸着力の時間依存性をみると、電圧印加が終了した時刻から60秒経過した時点で、残留吸着力は31gf/cm2までしか減少していない。基板を安全に離脱させるためには、残留吸着力は、上述した最小吸着力(ここでは3gf/cm2)の8割程度の吸着力(ここでは2.4gf/cm2)以下まで低下することが必要であるが、600秒経過しても残留吸着力は25.5gf/cm2までしか低下していないので、基板を安全に離脱させることはできない。このように、1枚の基板を60秒間吸着した後に、600秒以上経過しても基板を離脱することができないのでは、到底実用に堪えない。
【0027】
上記の表1で行った実験と同じ基板及び同じ静電吸着装置を用いて、吸着電極に印加する電圧を低圧(ここでは、二個の吸着電極にそれぞれ+750V、−750Vを印加している)にして、同様の実験を行った。下記の表2に、その場合の、静電吸着装置とその基板との間に生じる静電吸着力の時間依存性を調べた実験の結果と、吸着電極に60秒間電圧を印加して基板を静電吸着した後、各吸着電極に0Vを印加し、その時刻以降に基板及び静電吸着装置間に残留する残留吸着力の時間依存性を調べる実験の結果とを示す。
【0028】
【表2】

【0029】
上記の表2に示された、静電吸着力の時間依存性より、吸着力が最小吸着力(ここでは3gf/cm2)以上になるには電圧印加開始から10秒では足りず、10秒以上60秒以下のある時刻で最小吸着力以上になることがわかる。電圧印加開始から5秒経過した時点での吸着力は0.2gf/cm2程度であって、基板をつり上げることは到底できないことがわかる。
【0030】
また、60秒間静電吸着した後の残留吸着力は小さくなっているが、電圧印加停止から60秒経過すると、2.7gf/cm2程度までしか低下しておらず、静電吸着装置が、基板を安全に離脱することが可能な吸着力(ここでは2.4gf/cm2)までは低下しない。
【0031】
以上より、同一の高電圧を吸着電極に印加し続けた場合には、比較的短時間に基板を吸着して保持することが可能になるものの、吸着力が過度に大きくなり、その後基板を離脱させるのに長時間を要してしまうことがわかり、他方、同一の低電圧を吸着電極に印加し続けた場合には、残留吸着力は過度に大きくならないものの、基板を保持可能な程度の吸着力に達するまでに長時間を要し、残留吸着力が基板を静電吸着装置から安全に離脱させるまでに要する時間もさほど短くならないことがわかった。
【0032】
以上の結果を考察し、本発明の発明者等は、電圧印加開始から所定時間、吸着電極に高電圧を印加して吸着力を大きくした後、基板を吸着した状態で吸着電極に印加する電圧を変更して吸着力を小さくすれば、吸着力は過度に大きくならないので、短時間で基板を吸着した後、短時間で基板を脱離することができるのではないかと推測した。
【0033】
本発明の発明者等は、この推測を確認すべく、表1等に示した実験で用いたものと同じ基板及び静電吸着装置を用い、各吸着電極に5秒間高電圧を印加した後(ここでは、二個の吸着電極にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加する)、印加電圧を低電圧(ここでは、二個の吸着電極にそれぞれ+750V、−750Vを印加している)にし、その場合における吸着力の時間依存性を調べる実験と、その実験と同じ条件で吸着電極に合計60秒間電圧を印加した後に、各吸着電極に印加する電圧を0Vにし、0Vにした時刻以降に生じる残留吸着力の時間依存性を調べる実験とを行った。これらの実験結果を下記の表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
上記の表3に示した吸着力の時間依存性からは、電圧印加開始から5秒経過した時点で、吸着力は4.5gf/cm2に達しており、基板を吸着して保持することが可能になっており、その後、60秒経過した時点でも、吸着力は4.9gf/cm2程であり、最小吸着力以上になっており、基板を十分吸着して保持できる程度の大きさを維持していることがわかる。
【0036】
また、表3に示した残留吸着力の時間依存性からは、吸着電極への電圧印加を終了した時点での残留吸着力は4.9gf/cm2であるが、電圧印加を終了してから60秒経過した時点での残留吸着力は3.1gf/cm2まで低下しており、残留吸着力は、一定電圧を印加し続けている場合に比して、相当小さくなっていることがわかる。
【0037】
このように、最初、吸着力が大きくなる高電圧を吸着電極に印加し、短時間で基板を吸着保持した後に、基板を吸着保持している間に、吸着電極に印加する電圧を低下させて吸着力を低下させることにより、短時間で基板を吸着・保持し、また、短時間で基板を離脱させられることが確認できた。
【0038】
本発明は、かかる知見に基づいて創作されたものであって、基板を静電吸着装置に当接させた状態で静電吸着装置内の電極に第1の電圧を印加した後に、電極に印加する電圧を第2の電圧に変更している。
【0039】
このとき、予め、処理対象となる基板について、基板を静電吸着可能な力の最小値である最小吸着力を求め、基板を処理する時間に応じて、第1、第2の電圧の大きさ、印加時間、基板の処理の開始時刻及び終了時刻等の値について適当な値を求めておく。こうして求められた適当な値に従い、電極に第1の電圧を印加して静電吸着力を最小吸着力以上の大きさにして、静電吸着装置に基板を静電吸着した後に基板の処理を開始し、基板の処理中に電極に印加する電圧を第2の電圧に変更すると、第2の電圧に変更された後に静電吸着力が減少し、かつ基板の処理が終了するまでの間に、静電吸着力を最小吸着力以上に維持して、基板を静電吸着装置に静電吸着し続けることができる。
【0040】
このように構成することにより、基板の処理が終了した時点では、同一電圧を電極に印加していた従来に比して残留電荷の量が少なくなり、残留吸着力が低下するので、静電吸着装置から基板を離脱させられるまでに要する時間を、従来に比して短縮することができる。
【0041】
特に、その後電極に逆極性の電圧を印加して残留電荷を短時間で消滅させ、吸着力を0にする場合には、逆極性の電圧を印加する直前まで印加していた第2の電圧よりも絶対値が小さい電圧を印加しても、短時間で残留電荷を消滅させることができる。従って、従来のように高圧出力の静電吸着電源を必要としないので、装置全体のコストが高くならず、また、静電吸着装置とその周辺装置との間の放電や、吸着電極間での放電等により故障等が生じにくくなる。
【0042】
なお、本発明において、静電吸着力が最小吸着力よりも大きい上限吸着力を上回る前に、電極に印加する電圧を第2の電圧に変更するように構成してもよい。
ここで上限吸着力とは、基板を静電吸着装置に静電吸着した状態で処理する間に、吸着力が最小吸着力以上を維持し、かつ処理が終了した後に、静電吸着装置から基板を安全に離脱させるのに十分な力まで低下することが可能な吸着力の上限である。この上限吸着力は、静電吸着装置内の電極に印加する電圧と、基板の処理時間とに応じて定まり、吸着力が上限吸着力を超えると、基板の処理が終了した後、残留吸着力が過大になり、静電吸着装置から基板を安全に離脱することができなくなる。
【0043】
かかる上限吸着力を吸着力が上回る前に、電極に印加する電圧を第2の電圧に変更し、吸着力を減少させることにより、基板の処理が終了した時点で、残留吸着力は、静電吸着装置から基板を安全に離脱させられる程度まで低下しているので、処理終了後、速やかに基板を安全に離脱させることができる。
【0044】
また、本発明において、静電吸着装置が有する電極は、2個の電極からなり、第1又は第2の電圧を電極に印加する際には、各電極に互いに極性の異なる電圧を印加するように構成してもよい。その場合、電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、静電吸着力を減少させる工程では、2個の電極の間の電位差を、第1の電圧が印加された工程における2個の電極の電位差よりも小さくするように構成してもよい。このように構成することにより、第2の電圧に変更した後の吸着力は、第1の電圧が印加されたときの電圧よりも小さくなる。
【0045】
また、電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、静電吸着力を減少させる工程では、2個の電極の間の電位差を、0ボルトにするように構成してもよいし、また、第1の電圧が印加された工程において、2個の電極に印加された電圧と逆極性の電圧を、2個の電極にそれぞれ印加するように構成してもよい。このように構成することにより、第2の電圧を印加した後の静電吸着力の減少量を大きくすることができる。
【発明の効果】
【0046】
静電吸着された基板を短時間で静電吸着装置から離脱させることができる。また、静電吸着装置用の電源を高圧出力の電源で構成する必要がないので、装置のコストを低減でき、放電等による装置の故障を抑止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明に係る真空処理方法を実施する真空処理装置の一例を示す概略構成図
【図2】(a):本発明の真空処理方法に用いる静電吸着装置の構成を説明する断面図(b):本発明の真空処理方法に用いる静電吸着装置の構成を説明する平面図
【図3】本発明の真空処理方法を説明する第1の図
【図4】本発明の真空処理方法を説明する第2の図
【図5】本発明の真空処理方法を説明する第3の図
【図6】本発明の真空処理方法を説明する第4の図
【図7】本発明の真空処理方法を説明する第5の図
【図8】本発明の真空処理方法を説明する第6の図
【図9】本発明の真空処理方法を説明する第7の図
【図10】本発明の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第1のグラフ
【図11】本発明の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第2のグラフ
【図12】本発明の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第3のグラフ
【図13】本発明の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第4のグラフ
【図14】(a):従来の真空処理方法を説明する第1の図(b):従来の真空処理方法を説明する第2の図(c):従来の真空処理方法を説明する第3の図
【図15】(d):従来の真空処理方法を説明する第4の図(e):従来の真空処理方法を説明する第5の図(f):従来の真空処理方法を説明する第6の図
【図16】従来の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第1のグラフ
【図17】従来の真空処理方法において、電極に印加する電圧の時間変化及び吸着力の時間変化を説明する第2のグラフ
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下で図面を参照し、本発明の実施形態について説明する。図1の符号1は、本発明の真空処理方法に用いる真空処理装置を示している。
この真空処理装置1は、搬出入室2と、搬送室3と、処理室4とを有している。これらの搬出入室2、搬送室3及び処理室4には、真空排気系72、73、74がそれぞれ接続されており、これらの真空排気系72、73、74を起動すると、各搬出入室2、搬送室3及び処理室4の内部を真空排気することができるように構成されている。
【0049】
搬送室3内部には、搬送ロボット10が配置されている。この搬送ロボット10は、駆動機構11と、アーム12と、静電吸着装置13とを有している。
駆動機構11は、搬送室3の内部底面に配置されている。
【0050】
アーム12は、その一端が駆動機構11の先端に取り付けられており、駆動機構11を動作させると、水平面内で自由に移動できるように構成されている。アーム12の先端には静電吸着装置13が配置されている。
【0051】
この静電吸着装置13の構成を図2(a)、(b)に示す。この静電吸着装置13は、金属板24と、該金属板24上に配置された誘電体層25を有している。誘電体層25はAl23を主成分とするセラミックス製であり、その表面には、Alから成る第1、第2の吸着電極271、272が形成されている。
【0052】
第1、第2の吸着電極271、272の平面図を同図(b)に示す。第1、第2の吸着電極271、272は櫛状に成形されており、その歯の部分が互いに噛み合うように配置されている。同図(a)は同図(b)のX−X線断面図に相当する。第1、第2の吸着電極271、272の幅は4mm、電極間の間隔は1mmとしており、電極の厚みを10μmとしている。
【0053】
かかる静電吸着装置13は、第1、第2の吸着電極271、272が配置された面が鉛直下方を向くように、上述したアーム12の先端に取り付けられており、アーム12が水平面内で移動すると、第1、第2の吸着電極271、272の配置された面が鉛直下方に向いた状態で、アーム12とともに水平面内で自由に移動することができるように構成されている。
【0054】
第1、第2の吸着電極271、272は、それぞれ搬送室3外に設けられた静電吸着電源15に接続されており、その静電吸着電源15を駆動すると、第1、第2の吸着電極271、272の間に直流電圧を印加することができるように構成されている。
【0055】
上述した構成の真空処理装置1を用いて、搬出入室2から処理室4に基板を搬送する基板搬送処理について以下で説明する。
予め、図3に示すように、搬出入室2、搬送室3及び処理室4の内部雰囲気はそれぞれ独立に真空排気されており、その状態で駆動機構11を動作させてアーム12を水平移動させ、静電吸着装置13を搬出入室2内に搬入し、搬出入室2内の載置台6の表面に載置された基板50の上方に位置させて静止させる。
【0056】
次に、図4に示すように、基板50表面を、静電吸着装置13の表面に接触させる。ここでは、昇降ピン60上に基板50を載せ、昇降ピン60を上昇させて基板50を上方に移動させることにより、基板50表面を静電吸着装置13の表面に接触させている。
【0057】
次いで、静電吸着電源15を起動し、静電吸着装置13の第1、第2の吸着電極271、272間に、所定の第1の電圧を印加する。(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加している)。すると、静電吸着装置13と基板50との間に静電吸着力が生じる。この静電吸着力は、電圧印加時間に応じて増大する。静電吸着力が増大し、静電吸着装置13が基板50を静電吸着した状態で安全に移動させられる力の最小値(以下で最小吸着力と称する。)以上の値になると、基板50は静電吸着装置13の表面に吸着されて保持される。その状態を図5に示す。吸着保持されたら、昇降ピン60を下降させて載置台6内に収納する。
【0058】
次に、アーム12を水平移動させ、基板50を吸着した状態で静電吸着装置13を搬出入室2から搬送室3へと移動させ、処理室4内へ搬入する。この移動の間に、静電吸着装置13の第1、第2の吸着電極271、272に印加する電圧を第2の電圧(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+750V、−750Vを印加している)に変更する。具体的には、第1の電圧の印加が開始してから5秒間経過した後、印加電圧を第2の電圧に変更している。第2の電圧に変更された後には静電吸着力は低下するが、基板50はまだ静電吸着装置13に静電吸着された状態で保持されている。
【0059】
処理室4の内部底面には、載置台48が配置され、載置台48上には、後に詳述する静電チャックプレート40が配置されている。この静電チャックプレート40上方の所定位置に静電吸着装置13が位置したら、静電吸着装置13を静止させる。その状態を図6に示す。
【0060】
載置台48及び静電チャックプレート40内部には、これらを挿通して昇降可能な昇降ピンが配置されている。静電吸着装置13が静電チャックプレート40の上方位置で静止したら、図7に示すように昇降ピン61を上昇させ、静電吸着装置13の下方に下向きに保持された基板50の表面に当接させる。
【0061】
その後、第1、第2の吸着電極271、272に、直前まで印加していた第2の電圧と逆極性の所定電圧を印加する。具体的には、−300V、+300Vを第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ印加している。
【0062】
こうして逆極性の電圧が印加されると、基板50と静電吸着装置13との間の残留電荷が急激に減少して消滅し、静電吸着力はほぼ0になり、基板50は静電吸着装置13から容易に離脱可能な状態になる。その状態で、昇降ピン61を下降させると、基板50は静電吸着装置13から離脱して、昇降ピン61の上端に載せ替えられ、昇降ピン61とともに下降する。昇降ピン61が完全に載置台48の内部に収納されると、基板50は静電チャックプレート40表面に載置される。その状態を図8に示す。以上の工程を経て、基板50の搬出入室2から処理室4への搬送処理が終了する。
【0063】
図10に、上述した基板搬送処理における、第1、第2の吸着電極271、272間に印加する電圧及び基板50と静電吸着装置13との間の静電吸着力の時間変化を示す。図10の曲線(A)は、第1、第2の吸着電極271、272間に印加される電圧の時間変化を示しており(簡便にするため、第1の吸着電極271の電圧を示している。)、曲線(B)は、基板50と静電吸着装置13との間に生じる静電吸着力の時間変化を示している。
【0064】
図中、符号V1は、第1、第2の吸着電極271、272間に最初に印加する第1の電圧(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加している)を示しており、符号V2は、第1の電圧V1を所定時間(ここでは5秒間)印加した後、第1、第2の吸着電極271、272間に印加する第2の電圧(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+750V、−750Vを印加している)を示している。また符号f1は最小吸着力を示している。
【0065】
また、符号t1は第1、第2の吸着電極271、272間に電圧の印加を開始した時刻を示しており、符号t2は、静電吸着装置13が移動を開始した時刻を示している。また、符号t3は静電吸着装置13を基板50を吸着した状態で移動を終了した時刻を示し、時刻thは、印加電圧を第1の電圧V1から第2の電圧V2へと変更した時刻を示している。また、符号t4は、第1、第2の吸着電極271、272間に、直前に印加していた第2の電圧V2と逆極性の電圧を印加し始めた時刻を示し、符号t5は、その逆極性の電圧の印加を終了した時刻を示しており、時刻t6は、基板50を静電吸着装置13から離脱させた時刻を示している。
【0066】
上述した基板搬送処理においては、図10の曲線(A)に示すように、基板50を吸着した静電吸着装置13が時刻t2で移動を開始してから、時刻t3で移動を終了するまでの時間(ここでは60秒間)に、時刻thで第1、第2の吸着電極271、272間に印加する電圧を第1の電圧V1から第2の電圧V2へと変更している。
【0067】
予め、最小吸着力f1や、これら第1、第2の電圧V1、2の電圧値、印加時間は適当な値に設定されており、その結果、印加電圧を第2の電圧V2に変更した時刻th以降、吸着力は低下するが、移動が終了する時刻t3までの間には、曲線(B)に示すように、吸着力は最小吸着力f1以上の値になり、基板50を吸着して移動を開始してから移動が終了するまでの間(60秒間)は、基板50が静電吸着装置13から落下しないようになっている。
【0068】
また、基板を移動させる途中で吸着力が減少するので、吸着力は過度に大きくならず、移動が終了した時刻t3における吸着力は、従来に比して小さくなる。このため、移動終了後に、時刻t4〜t5の間(ここでは2秒間)に逆極性の電圧を第1、第2の吸着電極271、272間に印加して、短時間で残留電荷を消滅させる場合にも、従来のように、直前まで印加していた電圧よりも絶対値の大きい電圧を印加する必要がなく、直前まで印加していた第2の電圧V2より低い電圧を印加(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ−300V、+300Vを印加している)することにより、短時間で吸着力をほぼ0にし、静電吸着装置13から基板50を容易に離脱させることができる。
【0069】
従って、静電吸着電源15を高圧出力の電源で構成する必要がないので、静電吸着電源15のコストを低減し、ひいては装置全体のコストを低減することができる。また、静電吸着装置13とその周辺装置との間で放電が生じたり、第1、第2の吸着電極271、272間で放電が生じることで、装置の故障等が生じることもない。
【0070】
なお、上述した基板搬送処理においては、図10に示したように、第2の電圧V2を、第1の電圧V1と同じ極性で、第1の電圧V1よりも低電圧の電圧とし、その後逆極性の電圧V3を第1、第2の吸着電極271、272間に印加するものとしたが、本発明の基板搬送処理はこれに限られるものではなく、例えば、図11の曲線(C)に示すように、第2の電圧V2を、第1の電圧V1と同じ極性で、第1の電圧V1(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+3000V、−3000Vを印加している)よりも低電圧の第2の電圧V2(ここでは第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ+950V、−950Vを印加している)とした後、電圧を段階的に低下させるようにしてもよい。ここでは、3段階に電圧(図11中のV4〜V6)を低下させた後に、逆極性の電圧V3を第1、第2の吸着電極271、272間に印加している。
【0071】
このように構成し、予め第1、第2の電圧V1、V2の電圧値、印加時間、移動開始時刻及び移動終了時刻を適当な値に設定することにより、図10で説明したと同様に、図11の曲線(D)に示すように、静電吸着装置13の移動終了時刻t3までの間で、吸着力が最小吸着力f1以上になり、移動中に基板50が静電吸着装置13から落下しないようにすることができる。また、吸着力は過度に上昇せず、図中の符号f2に示す上限吸着力を超えない。このため、時刻t4で逆極性の電圧を第1、第2の吸着電極271、272間に短期間印加して、残留電荷を短時間で消滅させる場合にも、第2の電圧V2以下の電圧を印加(ここでは、第1、第2の吸着電極271、272にそれぞれ−300V、+300Vを印加している)することで、残留電荷を消滅させ、吸着力をほぼ0にし、基板50を容易に静電吸着装置13から離脱させることができる。
【0072】
また、第1、第2の吸着電極271、272にともに0Vを印加し、図12の曲線(E)に示すように、第2の電圧V2を0Vとするように構成してもよい。このように構成することにより、同図の曲線(F)に示すように、第2の電圧V2に変更した時刻th以降、短期間で吸着力を減少させることができる。
【0073】
さらに、図13の曲線(G)に示すように、第2の電圧V2として、第1の電圧V1と逆極性の電圧を第1、第2の吸着電極271、272間に印加してもよい。このように構成すると、図12に示し、第2の電圧V2を0Vとした場合に比して、図13の曲線(H)に示すように吸着力をさらに短期間で大きく減少させることができる。
【0074】
また、上述した実施形態では、第2の電圧V2を印加した後に、逆極性の電圧V3を印加して残留電荷を短時間で消滅させているが、本発明はこれに限られるものではなく、第1、第2の電圧V1、V2の電圧値や、印加時間等の値を適当な値に設定することで、逆極性の電圧V3を印加しなくとも、短時間で残留電荷が消滅するように構成することも可能である。
【0075】
以上説明した基板搬送処理が終了し、基板50が静電チャックプレート40の表面に載置されたら、アーム12を水平移動させて静電吸着装置13及びアーム12を搬送室3内に退避させた後、処理室4内部に配置された弁8を閉じ、処理室4内部を搬送室3内部と遮断し、成膜処理に移行する。その状態を図9に示す。
【0076】
静電チャックプレート40は、例えばセラミックス材料等から成る誘電体板からなる。この静電チャックプレート40内には、導電性材料からなる第1、第2の吸着電極43、44が配置されている。
【0077】
第1、第2の吸着電極43、44は、静電チャックプレート40内部の表面近傍に配置されている。これら第1、第2の吸着電極43、44は、処理室4の外部に配置されたチャック電源31に接続されており、チャック電源31を起動すると、第1、第2の吸着電極43、44の間に電圧を印加することができるように構成されている。
【0078】
静電チャックプレート40内部には、ヒータ45が配置されている。このヒータ45は、処理室4外部に配置されたヒータ電源32に接続されており、ヒータ電源32を起動すると、ヒータ45を発熱させ、静電チャックプレート40を昇温させることができるように構成されている。
【0079】
処理室4内部の天井側には、静電チャックプレート40と対向するように、例えばアルミなどの金属材料から成るターゲット33が配置されている。このターゲット33は、処理室4の外部に配置された直流電源34に接続されており、直流電源34を起動すると、処理室4に対して負の電圧が印加されるように構成されている。
【0080】
基板50が静電チャックプレート40上に載置された状態では、予めヒータ45は発熱し、静電チャックプレート40は昇温されている。
この状態で、チャック電源31を起動して、第1、第2の吸着電極43、44の間に、第1の電圧を印加(ここでは、第1、第2の吸着電極43、44に、それぞれ+3000V、−3000Vを印加)すると、基板50と静電チャックプレート40との間に静電吸着力が発生する。この静電吸着力は電圧印加とともに増大し、最小吸着力以上になると基板50は静電チャックプレート40の表面に密着する。密着すると基板50は静電チャックプレート40からの熱伝導によって加熱される。
【0081】
基板50が加熱され、所定の温度まで昇温されたら、処理室4内に例えばアルゴンガス等のスパッタリングガスを導入する。静電チャックプレート40は接地され、その上に載置された基板50は接地されており、直流電源34を起動してターゲット33に負電圧を印加すると、ターゲット33近傍に放電が生じ、処理室4内にプラズマが生成されてターゲット33の材料がスパッタリングされ、スパッタリングされたターゲット33材料からなる粒子が基板50の表面に付着し、薄膜が成膜され始める。
【0082】
薄膜の成膜が開始したら、第1、第2の吸着電極43、44の間に印加する電圧を変更し、第1の電圧より低電圧である第2の電圧を印加(ここでは、第1、第2の吸着電極43、44に、それぞれ+750V、−750Vを印加)する。ここでは、第1の電圧を5秒間印加した後に、印加電圧を第2の電圧に変更している。こうして印加電圧を第2の電圧V2に変更することにより、吸着力は低下するが、静電チャックプレート40と基板50の表面が密着し、熱伝導で加熱可能な程度の吸着力は維持されている。
そして、基板50の表面に所定膜厚の薄膜が形成された後に直流電源4を停止させ、プラズマを消滅させる。以上の工程を経て成膜処理が終了する。
【0083】
こうして成膜処理が終了したら、第1、第2の吸着電極43、44の間に、成膜処理終了時に印加されていた電圧と逆極性の電圧を印加(ここでは、第1、第2の吸着電極43、44にそれぞれ−100V、+100Vの電圧を印加)して、基板50と静電チャックプレート40との間の残留電荷を消滅させ、残留吸着力をほぼ0にし、基板50を、静電チャックプレート40の表面から容易に離脱出来る状態にした後、昇降ピン61を上昇させ、静電チャックプレート40の表面から基板50を離脱させ、その後上述した搬送ロボット10を用い、上述した基板搬送処理と同様の手順で基板50を処理室4外へと搬出する。
【0084】
成膜処理が終了するまで、一定の高電圧を第1、第2の吸着電極43、44の間に印加し続けた場合には、静電チャックプレート40と基板50との間の残留電荷が大量になり、吸着力が過度に大きくなるので、成膜処理終了後に、成膜処理終了時の電圧と逆極性の電圧を印加して短時間で残留電荷を消滅させる際に、成膜処理終了時の電圧よりも絶対値が大きい電圧を印加しなければならない。
【0085】
しかしながら、本実施形態の成膜処理では、第1、第2の吸着電極43、44に最初に第1の電圧V1を所定時間(ここでは5秒間)印加して基板50と静電チャックプレート40とを密着させた後、スパッタリングがなされている間に、印加する電圧を第2の電圧V2に変更しており、第2の電圧V2に変更した時刻以降は吸着力が減少し、残留電荷の量も減少するので、成膜処理が終了した時点では、基板50と静電チャックプレート40との間の吸着力は、一定電圧を印加し続けた場合に比して小さくなっている。
【0086】
従って、成膜処理終了時の電圧よりも絶対値が小さく、かつ逆極性の電圧を印加することで、短時間で残留電荷を消滅させ、基板50を静電チャックプレート40表面から容易に離脱させることができる。
【0087】
これにより、チャック電源31を高圧出力の電源で構成しなくともよいので、チャック電源31のコストを低減し、真空処理装置1のコストを低減することができる。また、静電チャックプレート40とその周辺装置との間で放電が生じたり、第1、第2の吸着電極43、44間で放電が生じることで、装置の故障等が生じることもない。
【0088】
なお、上述した実施形態では、真空処理方法として、基板を静電吸着した状態で基板を搬送する基板搬送処理と、基板表面に薄膜を成膜する成膜処理について説明したが、本発明の真空処理方法はこれに限られるものではなく、真空雰囲気中で基板を静電吸着した状態で、基板を処理する方法であれば、いかなる方法にも適用可能である。従って、搬送ロボットのアーム先端の静電吸着装置上に基板を載置して搬送する場合にも適用可能である。
【0089】
また、本実施形態では、基板としてソーダ石灰ガラス基板を用いたが、本発明の真空処理方法で静電吸着可能な基板はこれに限られるものではなく、例えばプラスチックや、シリコン酸化物や、窒化珪素等からなる基板のように、絶縁性を有する基板であればいかなる基板の静電吸着にも適用可能である。
また、本発明の方法は、シリコン等の半導体基板の静電吸着においても、吸着力を適正に制御し、かつ残留吸着力を抑制する方法として有効である。
【符号の説明】
【0090】
1…真空処理装置 2…搬出入室 3…搬送室 4…処理室 13…静電吸着装置 40…静電チャックプレート(静電吸着装置) 50…基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空雰囲気中に配置された静電吸着装置に基板を接触させ、前記静電吸着装置が有する電極に電圧を印加し、前記基板と前記静電吸着装置との間に静電吸着力を生じさせ、真空中で前記基板の処理を行う真空処理方法であって、
前記電極に第1の電圧を印加して、前記静電吸着力を最小吸着力以上の大きさにする工程と、
前記電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程と、
前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の期間に前記基板の処理を行う工程とを有する真空処理方法。
【請求項2】
前記電極に印加する電圧を第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程は、
前記第1の電圧を印加した後、静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われることを特徴とする請求項1記載の真空処理方法。
【請求項3】
前記基板の処理は、前記基板を移動させる処理であって、
前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の大きさである期間に、前記基板の移動の開始と終了を行うことを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれか1項記載の真空処理方法。
【請求項4】
前記静電吸着装置が有する電極は、2個の電極からなり、該2個の電極に、互いに極性の異なる電圧を印加するように構成された請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の真空処理方法。
【請求項5】
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における前記2個の電極の電位差よりも小さくすることを特徴とする請求項4記載の真空処理方法。
【請求項6】
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、0ボルトにすることを特徴とする請求項4記載の真空処理方法。
【請求項7】
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記第1の電圧が印加された工程において、前記2個の電極に印加された電圧と逆極性の電圧を、前記2個の電極にそれぞれ印加することを特徴とする請求項4記載の真空処理方法。
【請求項8】
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程の後に、
前記2個の電極に、前記2個の電極の間の電位差が段階的に変化する電圧を印加することを特徴とする請求項4記載の真空処理方法。
【請求項9】
真空雰囲気中に配置された静電吸着装置に基板を接触させ、前記静電吸着装置が有する電極に電圧を印加し、前記基板と前記静電吸着装置との間に静電吸着力を生じさせ、真空中で前記基板の処理を行う真空処理方法であって、
予め前記基板について最小吸着力と、第1の電圧及び第2の電圧の大きさと印加時間、前記基板の処理の開始時刻及び終了時刻を求め、
求めた値に従い、
前記電極に第1の電圧を印加して、前記静電吸着力を前記最小吸着力以上の大きさにする工程と、
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を前記最小吸着力以上に維持して減少させる工程と、
前記静電吸着力が前記最小吸着力以上の期間に前記基板の処理を行う工程とを有し、
前記第2の電圧への変更は、前記第1の電圧を印加した後、前記静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われる真空処理方法。
【請求項10】
前記静電吸着装置が有する電極は、2個の電極からなり、該2個の電極に、互いに極性の異なる電圧を印加し、
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、
前記2個の電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における前記2個の電極の間の電位差よりも小さくし、
前記第1の電圧が印加された工程において前記2個の電極に印加された電圧と逆極性の電圧を、前記2個の電極にそれぞれ印加する請求項9記載の真空処理方法。
【請求項11】
真空中で基板を静電吸着して処理を行う真空処理方法であって、
前記基板を静電吸着して吊り下げて移動できる最小吸着力を予め求めておき、
前記基板を静電吸着装置上に配置して、前記静電吸着装置内に配置された2個の電極の間に、前記最小吸着力以上の吸着力を発生させる第1の電圧を印加し、前記最小吸着力以上の吸着力で前記基板を静電吸着した後、2個の前記電極の間に印加する電圧を、前記静電吸着装置と前記基板との間の静電吸着力を減少させる第2の電圧に変更し、前記静電吸着装置と前記基板との間の前記静電吸着力が前記最小吸着力以上である間に前記基板の移動を終了させる真空処理方法。
【請求項12】
前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程は、
前記第1の電圧を印加した後、前記静電吸着力が前記最小吸着力よりも大きい上限吸着力以上になる前に行われることを特徴とする請求項11記載の真空処理方法。
【請求項13】
真空中で基板を静電吸着して処理を行う真空処理方法であって、
前記基板を静電吸着して吊り下げて移動できる最小吸着力を予め求めておき、
前記基板を静電吸着装置上に配置し、前記静電吸着装置内に配置された2個の電極の間に、前記最小吸着力以上の吸着力を発生させる第1の電圧を印加し、前記最小吸着力以上の吸着力で前記基板を静電吸着して真空処理を開始した後、2個の前記電極の間に印加する電圧を、前記静電吸着装置と前記基板との間の静電吸着力を減少させる第2の電圧に変更して真空処理を行う真空処理方法。
【請求項14】
前記電極の間には、互いに極性の異なる電圧を印加する請求項11乃至請求項13のいずれか1項記載の真空処理方法。
【請求項15】
前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、個の前記電極の間の電位差を、前記第1の電圧が印加された工程における個の前記電極の間の電位差よりも小さくすることを特徴とする請求項14記載の真空処理方法。
【請求項16】
前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記2個の電極の間の電位差を、0ボルトにすることを特徴とする請求項14記載の真空処理方法。
【請求項17】
前記電極の間に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程では、前記第1の電圧が印加された工程において、個の前記電極の間に印加された電圧と逆極性の電圧を、個の電極の間にそれぞれ印加することを特徴とする請求項14記載の真空処理方法。
【請求項18】
前記電極に印加する電圧を前記第2の電圧に変更して、前記静電吸着力を減少させる工程の後に、
前記2個の電極に、前記2個の電極の間の電位差が段階的に変化する電圧を印加することを特徴とする請求項14記載の真空処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2010−141352(P2010−141352A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41425(P2010−41425)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【分割の表示】特願2010−30679(P2010−30679)の分割
【原出願日】平成13年3月19日(2001.3.19)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】