説明

真空蒸着方法、真空蒸着装置、表示装置の製造方法および表示装置

【課題】高品位な表示装置を実現できる蒸着可能な材料を、蒸着用マスクを用いることなく塗り分け可能にする。
【解決手段】真空容器中にて蒸着源62から蒸発する蒸着分子を被蒸着物32に到達させて当該被蒸着物32に前記蒸着分子による薄膜を形成するのにあたり、前記蒸着分子が前記被蒸着物32に到達する前に当該蒸着分子を電荷e-に帯電させる帯電工程と、前記薄膜を形成する箇所に対応して配された電極Rへの前記蒸着分子の帯電極性とは異なる+極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された電極G,Bへの前記蒸着分子の帯電極性と同じ−極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程と、を経る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空蒸着方法、真空蒸着装置、表示装置の製造方法および表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、平面型の表示装置として、有機電界発光素子(有機エレクトロルミネッセンス素子;以下「有機EL素子」という)を発光素子としたものが注目を集めている。有機EL素子は、下部電極と上部電極との間に、有機正孔輸送層や有機発光層等を積層させてなる有機層が配されてなるもので、低電圧直流駆動による高輝度発光が可能なものである。
【0003】
有機EL素子を用いてフルカラー対応の表示装置を構成する場合には、その製造過程において、R,G,Bの各色成分に対応したパターン成膜、すなわち各色成分に対応した有機材料を塗り分けるようにすることが一般的である。各色成分に対応した塗り分けを行わない所謂ホワイトELによっても、各色成分に対応したカラーフィルタを用いれば、フルカラー対応の表示装置を構成することが可能であるが、カラーフィルタによって使用しない波長成分をカットすることになり、消費電力の増大等を招くからである。
また、表示装置を構成する場合には、上部電極を素子駆動用の共通電極としてプロセスの簡略化を図るのが一般的である。ただし、表示エリアが大きくなると、共通電極の電位が面内で不均一になり、表示品質が劣化するおそれがある。そのため、表示エリア全面に補助配線を配置し、上部電極と補助電極を電気的に接合して電位の均一化を図ることが提案されている(例えば、特許文献1)。ここで、上部電極と補助電極との電気的接合のためには、低伝導膜である有機材料膜がコンタクト部分に存在しないように、有機材料の塗り分けを行う必要がある。
【0004】
いずれの場合においても、有機材料の塗り分けは、その有機材料の真空蒸着を行う際に、塗り分けパターンに対応した形状の開口(有機材料の通過口)を有した蒸着用マスクを用いて行うことが一般的である(例えば、特許文献2)。有機EL素子を構成する有機材料は耐水性が低くウエットプロセスを利用できないからであり、またインクジェット方式や印刷方式等による塗り分けでは有機材料の選択肢が狭められ高品位の表示装置の実現が困難となるからである。
【0005】
【特許文献1】登録実用新案第3082805号公報
【特許文献2】特開2003−073804号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、蒸着用マスクを用いた有機材料の塗り分けでは、マスク精度により精細度が制限されるとともに、製品歩留りや材料使用効率等の観点で生産性が劣ることが懸念される。すなわち、表示装置の高精細化が進展すると、これに対応する蒸着用マスクを精度良く形成することが困難となり、真空蒸着を行う際の蒸着用マスクの熱膨脹の影響等も考慮する必要がある。さらには、有機材料が蒸着用マスクにも付着することになり、その分が無駄に繋がることになる。
【0007】
そこで、本発明は、高品位な表示装置を実現できる蒸着可能な材料を、蒸着用マスクを用いることなく塗り分けることのできる、真空蒸着方法、真空蒸着装置、表示装置の製造方法および表示装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために案出された真空蒸着方法である。すなわち、真空容器中にて蒸着源から蒸発する蒸着分子を被蒸着物に到達させて当該被蒸着物に前記蒸着分子による薄膜を形成する真空蒸着方法であって、前記蒸着分子が前記被蒸着物に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電工程と、前記薄膜を形成する箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程とを経ることを特徴とする。
【0009】
上記手順の真空蒸着方法によれば、蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加がされた電極は当該蒸着分子に対する引力を発生するので、当該電極の部分のみに蒸着分子による薄膜が形成されることになる。また、蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加がされた電極は当該蒸着分子に対する斥力を発生するので、当該電極の部分には蒸着分子による薄膜が形成されないことになる。したがって、蒸着分子と異なる極性の電圧印加または同じ極性の電圧印加の少なくとも一方を行えば、蒸着用マスクを用いることなく、選択的な蒸着分子による薄膜の形成、すなわち蒸着分子の塗り分けを行い得る。
【0010】
また、本発明は、上記目的を達成するために案出された表示装置の製造方法である。すなわち、パネル基板上に、各画素に対応して配される発光素子と、各画素間に配される補助配線とを備えて構成される表示装置の製造方法であって、前記発光素子の発光層の形成材料の蒸着源と、当該発光素子を構成する電極および前記補助配線が形成された前記パネル基板とを収容する真空容器中にて、前記蒸着源から蒸発する蒸着分子を前記パネル基板に到達させて当該蒸着分子による薄膜を形成する蒸着工程と、前記蒸着分子が前記パネル基板に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電工程と、前記薄膜を形成する箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程とを経ることを特徴とする。
【0011】
上記手順の表示装置の製造方法によれば、蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加がされた駆動電極は当該蒸着分子に対する引力を発生するので、当該駆動電極の部分のみに蒸着分子による薄膜が形成されることになる。また、蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加がされた駆動電極は当該蒸着分子に対する斥力を発生するので、当該駆動電極の部分には蒸着分子による薄膜が形成されないことになる。したがって、蒸着分子と異なる極性の電圧印加または同じ極性の電圧印加の少なくとも一方を行えば、蒸着用マスクを用いることなく、選択的な蒸着分子による薄膜の形成、すなわち蒸着分子の塗り分けを行って、表示装置を構成し得るようになる。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、蒸着源から蒸発する蒸着分子を、蒸着用マスクを用いることなく、被蒸着物(例えば表示装置を構成するパネル基板)上にて塗り分けることを可能となる。したがって、蒸着分子の塗り分け精度が、蒸着用マスクの形成精度ではなく、電極の形成精度、すなわち表示装置の高精細化の度合いに依存することになり、当該表示装置の高精細化が進展しても、これに適切に対応し得るようになる。しかも、蒸着分子が蒸着用マスクに付着する等の無駄が生じるのも回避し得る。つまり、本発明によれば、高品位な表示装置を実現できる蒸着可能な材料を、蒸着用マスクを用いることなく塗り分けることができ、大画面で消費電力の少ない表示装置を生産性良く低コストで製造する上で非常に好適なものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面に基づき本発明に係る真空蒸着方法、真空蒸着装置、表示装置の製造方法および表示装置について説明する。
【0014】
先ず、表示装置の概略構成について説明する。ここでは、発光素子として有機EL素子を用いたアクティブマトリックス方式の表示装置(以下「有機ELディスプレイ」という)を例に挙げて説明する。
【0015】
図1は、有機ELディスプレイの構成例を示す説明図である。
図例の構成の有機ELディスプレイ1は、以下に述べる手順で製造される。
先ず、ガラス基板からなる基板11上に、例えばMo膜からなるゲート膜12をパターン形成した後、これを例えばSiO/SiN膜からなるゲート絶縁膜13で覆う。そして、ゲート絶縁膜13上にa−Si膜からなる半導体層14を成膜する。この半導体層14に対しては、レーザアニール処理を施して、結晶化によりa−Si膜からp−Si膜への改質を行う。次いで、ゲート膜12を覆う島状に半導体層14をパターニングする。その後、基板11側からの裏面露光により、半導体層14のゲート膜12上に重なる位置に絶縁性パターン(図示省略)を形成し、これをマスクにしたイオン注入と活性化アニール処理により半導体層14にソース/ドレインを形成する。以上により、基板11上に薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor、以下「TFT」という)10を形成する。ここでは、p−Si技術を使ったTFTを実施例として記載したが、a−Si技術やその他の結晶化技術を用いたTFTを利用しても構わない。
その後は、TFT10を層間絶縁膜21で覆い、層間絶縁膜21に形成した接続孔を介してTFT10に接続された配線22を設けて画素回路を形成する。以上のようにして、いわゆるTFT基板20を形成する。
TFT基板20の形成後は、そのTFT基板20上を平坦化絶縁膜31で覆うとともに、配線22に達する接続孔31aを平坦化絶縁膜31に形成する。そして、平坦化絶縁膜31上に接続孔31aを介して配線22に接続された画素電極32を例えば陽極として形成する。この画素電極32は、例えばフォトリソグラフィプロセスを利用して形成し、Al系/Ag系の高反射金属膜を使用することが考えられる。
そして、画素電極32の周縁を絶縁膜パターン33によって覆う。画素電極32の露出面には、これを覆うように有機EL材料層34を積層成膜するとともに、画素電極32に対して絶縁性を保った状態で対向電極35を形成する。この対向電極35は、例えばインジウムとスズの酸化物(ITO)やインジウムと亜鉛の酸化物(IXO)等の導電性透明膜を使用し、陰極として形成するとともに、全画素に共通のベタ膜状に形成する。このようにして、陽極としての画素電極32と陰極としての対向電極35との間に有機正孔輸送層や有機発光層等の有機EL材料層34が配されてなる有機EL素子が構成されるのである。なお、ここでは、トップエミッション方式のものを例に挙げているが、ボトムエミッション方式であれば、画素電極32を導電性透明膜で形成し、対向電極35を高反射金属膜で形成すればよい。
その後、対向電極35上に光透過性を有する接着剤層36を介して透明基板37を貼り合わせ、有機ELディスプレイ1を完成させる。
【0016】
図2は、有機ELディスプレイの画素回路構成の一例を示す説明図である。
図2(A)に示すように、有機ELディスプレイ1の基板40上には、表示領域40aとその周辺領域40bとが設定されている。表示領域40aは、複数の走査線41と複数の信号線42とが縦横に配線されており、それぞれの交差部に対応して1つの画素aが設けられた画素アレイ部として構成されている。これらの各画素aには有機EL素子が設けられている。また周辺領域40bには、走査線41を走査駆動する走査線駆動回路43と、輝度情報に応じた映像信号(すなわち入力信号)を信号線42に供給する信号線駆動回路44とが配置されている。
また、図2(B)に示すように、各画素aに設けられる画素回路は、例えば有機EL素子45、駆動トランジスタTr1、書き込みトランジスタ(サンプリングトランジスタ)Tr2、および保持容量Csで構成されている。そして、走査線駆動回路43による駆動により、書き込みトランジスタTr2を介して信号線42から書き込まれた映像信号が保持容量Csに保持され、保持された信号量に応じた電流が有機EL素子45に供給され、この電流値に応じた輝度で有機EL素子45が発光する。
なお、以上のような画素回路の構成は、あくまでも一例であり、必要に応じて画素回路内に容量素子を設けたり、さらに複数のトランジスタを設けて画素回路を構成してもよい。また、周辺領域40bには、画素回路の変更に応じて必要な駆動回路が追加される。
【0017】
ところで、例えば有機ELディスプレイ1を上面発光型のトップエミッション方式とする場合には、有機EL素子45を構成する画素電極32および対向電極35について、画素電極32を反射材料で形成し、対向電極35を透明な材料で形成することになる。ただし、ITOやIXO等の透明導電膜は、金属等と比較して抵抗値が大きい。そのため、全画素に共通の対向電極35において電圧降下が生じ易く、各有機EL素子45に印加される電圧が不均一になり、その結果として表示面の中央での発光強度が低下する等の表示性能劣化が懸念される。そこで、有機ELディスプレイの表示領域には、各有機EL素子45における有機発光層の発光強度を維持すべく、補助配線を設けることが考えられる。
【0018】
図3は、有機ELディスプレイの表示領域の概略構成を示す要部平面図である。
図例のように、有機ELディスプレイ1では、その表示領域40aの全面に亘って各画素a間に行列状に配された補助配線50が形成されている。この補助配線50は、例えば絶縁性材料層上に導電性材料層を積層してなる構造で形成され、上部の導電性材料層が全画素に共通の対向電極35に接続される。絶縁性材料層としては、例えばポリイミドやフォトレジスト等の有機絶縁材料や、酸化シリコンのような無機絶縁材料を用いることが考えられる。また、導電性材料層としては、アルミニウム(Al)やクロム(Cr)のような低抵抗の導電性材料を単層または積層させて用いることが考えられる。
【0019】
なお、表示領域40aには、フルカラー対応の画像表示を行うために、R,G,Bの各色成分に対応した有機EL素子45R,45G,45Bが混在しており、これらが所定規則に従いつつパターン配置されているものとする。各有機EL素子45R,45G,45Bの設置数および形成面積は、各色成分で同等とすることが考えられるが、例えば各色成分別のエネルギー成分に応じてそれぞれを相違させるようにしても構わない。
【0020】
次に、本実施形態における有機ELディスプレイ1についての特徴点を説明する。本実施形態における有機ELディスプレイ1は、その製造過程、特に各有機EL素子45R,45G,45Bにおける有機EL材料層34の形成工程に、最も大きな特徴がある。
【0021】
一般に、有機EL材料は、耐水性が低くウエットプロセスを利用できないことが知られている。そのため、有機EL材料層34の形成は、真空蒸着によって行う。
ただし、R,G,Bの各色成分に対応した有機EL素子45R,45G,45Bを形成するためには、R,G,Bの各色成分に対応したパターン成膜、すなわち各色成分に対応した有機EL材料を塗り分ける必要がある。さらには、補助配線50を形成する場合において、当該補助配線50と対向電極35との導通を確保するために、当該補助配線50の形成箇所上に低伝導である有機EL材料が堆積しないようにする塗り分けを行う必要もある。
このことから、本実施形態における有機ELディスプレイ1の製造過程では、各有機EL素子45R,45G,45Bにおける有機EL材料層34の形成を、以下に述べるような真空蒸着装置を用いて行う。
【0022】
図4は、真空蒸着装置の機能構成例を示す模式図である。図例の真空蒸着装置60は、真空容器61中に、有機EL材料の蒸着源62が配設されているとともに、当該有機EL材料の被蒸着物となる有機ELディスプレイのパネル基板63がセットされるようになっている。ここで、パネル基板63とは、有機EL材料層34の形成前段階のもの、すなわち基板11上に画素電極32および補助配線50が形成されているが、これらが露出した状態のものをいう。そして、真空蒸着装置60では、R,G,Bの各色成分のいずれかに対応した有機EL材料の蒸着源62およびパネル基板63がセットされると、当該蒸着源62から蒸発する蒸着分子を当該パネル基板63に到達させて、当該パネル基板63に蒸着分子による薄膜、すなわち有機EL材料による薄膜を形成するように構成されている。
【0023】
また、真空蒸着装置60は、帯電手段64および電圧印加手段65としての機能を備えている。
帯電手段64は、蒸着源62から蒸発する蒸着分子に対して、被蒸着物であるパネル基板63に到達する前に、当該蒸着分子を帯電させる機能である。蒸着分子の帯電は、例えば、蒸着分子の飛来経路近傍にタングステン(W)ワイヤ等の導電ワイヤを設置し、その導電ワイヤに高密度の電流を流すことで当該導電ワイヤから放出される熱電子を利用して行うことが考えられる。また、蒸着分子に電子ビームを照射して当該蒸着分子を帯電させたり、真空容器61中でのグロー放電を利用して蒸着分子を帯電させることも考えられる。すなわち、蒸着分子の帯電手法は、特に限定されるものではなく、公知技術を利用して実現すればよい。
電圧印加手段65は、パネル基板63への電圧印加を行う機能である。さらに詳しくは、有機EL材料層34を形成する箇所に対応して配された画素電極32への蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加、有機EL材料層34を形成しない箇所に対応して配された画素電極32への蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加、または、有機EL材料層34に対応して配された補助配線50への蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加の、少なくとも一つを行う機能である。電圧印加の手法は、TFT基板20等との導通を確保した上で、当該TFT基板20等における回路構成を用いつつ、公知技術を利用して行えばよい。
【0024】
続いて、以上のような構成の真空蒸着装置60を用いて行う有機EL材料層34の形成処理(真空蒸着処理)について説明する。
【0025】
はじめに、各色成分に対応した有機EL材料を塗り分ける場合における真空蒸着処理を説明する。ここでは、例えばR,G,Bの各色がストライプ配列される有機ELディスプレイの製造過程において、R,G,Bの各色成分のうち、R色成分に対応する有機EL材料層34を形成する場合を例に挙げて、有機EL材料の塗り分けについて説明する。
図5および図6は、有機EL材料の塗り分ける場合における真空蒸着処理の一具体例の概要を示す説明図である。
【0026】
R色成分に対応する有機EL材料層34を形成する場合には、図5に示すように、当該R色成分に対応する有機EL材料の蒸着源62を用意し、その蒸着源62から蒸着分子を蒸発させる。そして、例えば導電ワイヤからの熱電子放出による帯電を行う場合であれば、帯電手段64が、蒸着分子の飛来経路近傍にて、当該導電ワイヤを通電によって熱電子放出電極として機能させる。これにより、熱電子放出電極の近傍を通過する蒸着分子には、その熱電子放出電極から放出される熱電子によって、例えば電荷e-が帯電することになる。
【0027】
その一方で、パネル基板63上においては、電圧印加手段65が、図6に示すように、R色成分の有機EL材料層34の形成箇所に対応する画素電極32に対して、蒸着分子の帯電極性とは異なる+極性の電圧印加を行う。さらには、R色成分の有機EL材料層34を形成しない箇所の画素電極32、すなわちG色成分およびB色成分のそれぞれに対応する有機EL材料層34の形成箇所の画素電極32に対して、蒸着分子の帯電極性と同じ−極性の電圧印加を行う。このときの画素電極32の選択については、パネル基板63上で各画素に対応して形成されているTFT10を利用して行えばよい。また、各極性の電圧印加についても、TFT基板20に形成されている各種配線等を用いつつ、公知技術を利用して行えばよく、その手法が特に限定されることはない。
【0028】
このように、帯電手段64が蒸着分子の帯電を行い、電圧印加手段65が各画素電極32への電圧印加を行うと、蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加がされた画素電極32、すなわちR色成分対応の画素電極32は、当該蒸着分子に対する引力を発生する。また、蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加がされた画素電極32、すなわちG,B色成分対応の画素電極32は、当該蒸着分子に対する斥力を発生する。これにより、蒸着源62からのR色成分対応の有機EL材料の蒸着分子は、図5に示すように、R色成分対応の画素電極32に引き寄せられて当該画素電極32上に堆積するが、G,B色成分対応の画素電極32との反発によって当該画素電極32上に堆積しないことになる。つまり、R色成分対応の画素電極32の部分のみに、R色成分に対応する有機EL材料層34が形成され、G,B色成分対応の画素電極32の部分には、R色成分に対応する有機EL材料層34が形成されない。
【0029】
具体的には、例えば、蒸着源62から分子量mの有機EL材料の蒸着分子が温度T=600[K]で蒸発しているとする。このときの蒸着分子の運動エネルギーは、気体理論よりmv2/2=3kBT/2である。また、電界の影響する時間Δtは、Δt=L/(6v)で近似できる。したがって、蒸着分子を電荷e-に帯電させ、R,G,Bの各色成分の画素電極32には+2Ve,−Ve,−Ve[V]の電圧を印加すると、荷電した蒸着分子に印加される基板平面方向の力Fは、F=eE=e(3Ve)/(L/3)=9eVe/Lで近似できる。そして、変位する量Δsは、Δs=aΔt2/2=(F/m)Δt2/2=(9eVe/mL)(L/6v)2/2=eVeL/(8mv2)=eVL/(24kBT)となる。
この場合において、R色成分と他の色成分との塗り分けを可能にするためには、Δs>L/2であればよい。すなわち、Ve>12kBT/e〜0.6[V]であれば、帯電手段64および電圧印加手段65の作用によって、R色成分と他の色成分との有機EL材料の塗り分けを行うことが可能となる。
【0030】
次いで、補助配線50の形成箇所上に有機EL材料が堆積しないようにする塗り分けを行う場合における真空蒸着処理を説明する。
図7は、有機EL材料の塗り分ける場合における真空蒸着処理の他の具体例の概要を示す説明図である。
図例のように、補助配線50の形成箇所に対する塗り分けを行う場合には、R,GまたはB色成分の有機EL材料の蒸着源62からの蒸着分子に対して、帯電手段64が帯電を行って、当該蒸着分子に例えば電荷e-を帯電させる。
その一方で、パネル基板63上においては、電圧印加手段65が、補助配線50への通電を行って、当該補助配線50に対して蒸着分子の帯電極性と同じ−極性の電圧印加を行う。
これにより、蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加がされた補助配線50は、当該蒸着分子に対する斥力を発生する。したがって、蒸着源62からの蒸着分子は、補助配線50との反発によって当該補助配線50上には堆積しないことになる。
【0031】
以上に説明したように、本実施形態における真空蒸着処理では、有機EL材料層34の形成箇所には蒸着分子の帯電極性と異なる極性の電圧を印加し、有機EL材料層34を形成しない箇所には蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧を印加することで、蒸着用マスクを用いることなく、選択的な蒸着分子による有機EL材料層34の形成を行うようになっている。すなわち、蒸着源62から蒸発する蒸着分子を、蒸着用マスクを用いることなく、パネル基板63上にて塗り分けることを可能にしている。
したがって、本実施形態で説明した真空蒸着処理によれば、蒸着分子の塗り分け精度が、蒸着用マスクの形成精度ではなく、画素電極32または補助配線50の形成精度、すなわち有機ELディスプレイの高精細化の度合いに依存することになり、当該有機ELディスプレイの高精細化が進展しても、これに適切に対応し得るようになる。しかも、蒸着分子が蒸着用マスクに付着する等の無駄が生じるのも回避し得る。つまり、本実施形態における真空蒸着処理では、高品位な有機ELディスプレイを実現できる蒸着可能な材料を、蒸着用マスクを用いることなく塗り分けることができ、大画面で消費電力の少ない有機ELディスプレイを生産性良く低コストで製造する上で非常に好適なものとなる。
なお、本実施形態では、有機EL材料層34を形成する箇所の画素電極32に蒸着分子の帯電極性と異なる極性の電圧を印加し、有機EL材料層34を形成しない箇所の画素電極32に蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧を印加し、さらに有機EL材料層34を形成しない箇所の補助配線50に蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧を印加する場合を例に挙げたが、必ずしもこれらの全てを併せて行う必要はなく、少なくとも一つについて行えば、蒸着用マスクを用いることなく蒸着分子の塗り分けを行うことができる。
【0032】
蒸着分子の帯電極性と異なる極性の電圧印加および当該帯電極性と同じ極性の電圧印加の両方を行う場合であれば、その電圧印加がされる電極全体で発生引力と発生斥力とが相殺されるように、各電極への印加電圧値を決定することが望ましい。
例えば、図6に示すように、パネル基板63上に形成された画素電極32がR,G,Bの各色成分で同数であり、かつ、それぞれの画素電極32の形成面積が同一であれば、R色成分に対応する画素電極32に+2Ve[V]の電圧を印加し、G,B色成分に対応する画素電極32にはそれぞれ−Ve[V]の電圧を印加する。つまり、印加電位×電極総面積の値を、各極性で一致させるようにする。
これにより、電極全体で発生引力と発生斥力とが相殺されることになり、蒸着分子の帯電および被蒸着物への電圧印加によって蒸着用マスクを用いることなく当該蒸着分子の塗り分けを行う場合であっても、当該帯電および当該電圧印加が、蒸着源62と被蒸着物であるパネル基板63とを結ぶ方向における蒸着分子の運動の阻害要因となってしまうのを回避することができる。
【0033】
ただし、各電極への印加電圧値の決定にあたっては、電極全体で発生引力と発生斥力とが相殺させるのではなく、電極全体で発生引力が発生斥力より大きくなるようにすることも考えられる。例えば、図6に示した構成の場合であれば、R色成分に対応する画素電極32に+3Ve[V]の電圧を印加し、G,B色成分に対応する画素電極32にはそれぞれ−Ve[V]の電圧を印加する、といった具合である。このようにすれば、パネル基板63全体で見ると、発生引力が発生斥力より大きく作用するので、蒸着源62からの蒸着分子の当該パネル基板63への到達が促進されることになり、真空蒸着処理の効率向上を図る上で非常に好適となるからである。
【0034】
また、蒸着源62からの蒸着分子に対する帯電は、当該蒸着源62の近傍にて行うことが望ましい。蒸着源62の近傍であれば、当該蒸着源62からの蒸着分子が拡がる範囲も狭くて済み、当該蒸着分子に対する帯電を行う帯電手段64の規模や能力等が過大になってしまうのを抑制し得るからである。なお、ここでいう「近傍」とは、蒸着源62と被蒸着物であるパネル基板63との間の距離に比べると十分に蒸着源62に近いと認識できる距離のことをいうが、その距離が特定の値に限定されるものではない。
【0035】
ところで、蒸着源62からの蒸着分子に対する帯電は、既に説明したように、当該蒸着分子の通過経路に、帯電手段64による熱電子放出やグロー放電等で帯電環境を作り出すことによって行う。したがって、必ずしも蒸着源62からの蒸着分子の全てが確実に帯電するとは限らない。このような未帯電の蒸着分子の存在は、有機EL材料の塗り分け精度を低下させる要因となり得る。
そこで、帯電手段64による帯電が行われた後の蒸着分子については、被蒸着物であるパネル基板63への到達前に、帯電の有無による選別を行うことが考えられる。
【0036】
図8は、蒸着分子の選別の一具体例を示す説明図である。帯電の有無により蒸着分子を選別するためには、図例のように、帯電手段64の設置箇所と被蒸着物であるパネル基板63との間に、磁界を発生させる磁界発生手段70を設けることが考えられる。磁界発生手段70は、磁石や電流コイル等の公知技術を利用して実現すればよい。
磁界発生手段70が磁界を発生させると、電荷を帯びている蒸着分子には、当該蒸着分子が磁界中を通過する際に、ローレンツ力が作用する。ただし、電荷を帯びていない蒸着分子については、ローレンツ力が作用しない。
したがって、パネル基板63に到達するまでの間では、電荷を帯びている蒸着分子のみ、その軌道が曲げられることになる。つまり、ローレンツ偏向を利用することで、蒸着分子における帯電の有無を選別し得るようになる。
そして、軌道が曲げられた先にパネル基板63が位置するように、それぞれの配置を構成すれば、未帯電の蒸着分子については、当該パネル基板63上における有機EL材料層34の形成に寄与しないことになるので、未帯電の蒸着分子が存在していても、その蒸着分子が有機EL材料の塗り分け精度を低下させる要因となってしまうのを回避することができる。
【0037】
以上に説明した本実施形態の真空蒸着処理を、R,G,Bの各色成分について繰り返せば、パネル基板63上にて、R,G,Bの各色成分に対応した有機EL材料層34を、蒸着用マスクを用いることなく、作り分けることができる。そして、その後に、対向電極35の形成によりR,G,Bの各色成分に対応した有機EL素子を構成し、さらに接着剤層36を介して透明基板37を貼り合わせることで、有機ELディスプレイ1が完成することになる。
【0038】
このような手順で製造された有機ELディスプレイ1は、蒸着分子の塗り分け精度が、蒸着用マスクの形成精度ではなく、画素電極32または補助配線50の形成精度に依存する。これにより、有機ELディスプレイ1では、図1に示すように、有機EL材料層34の形成端縁位置と画素電極32の端縁位置とが合致するように構成されることになる。したがって、蒸着用マスクを用いて有機EL素子を形成する場合のように、当該蒸着用マスクのアライメントずれを考慮して、画素電極に対して有機EL材料層を大きく形成する、といった必要がなくなる。つまり、蒸着用マスクを用いる場合に比べて、高精細化の進展への対応が容易となり、結果として高品位な有機ELディスプレイ1の実現が可能となるのである。
【0039】
なお、本実施形態では、本発明の好適な実施具体例を説明したが、本発明はその内容に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、本実施形態で挙げた数値等は、一具体例に過ぎない。また、本実施形態では、有機ELディスプレイを製造する場合を例に挙げて説明したが、他の真空蒸着処理による薄膜形成を経るものであれば、他の製品の製造過程にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】有機ELディスプレイの構成例を示す説明図である。
【図2】有機ELディスプレイの画素回路構成の一例を示す説明図である。
【図3】有機ELディスプレイの表示領域の概略構成を示す要部平面図である。
【図4】真空蒸着装置の機能構成例を示す模式図である。
【図5】有機EL材料の塗り分ける場合における真空蒸着処理の一具体例の概要を示す説明図(その1)である。
【図6】有機EL材料の塗り分ける場合における真空蒸着処理の一具体例の概要を示す説明図(その2)である。
【図7】有機EL材料の塗り分ける場合における真空蒸着処理の他の具体例の概要を示す説明図である。
【図8】蒸着分子の選別の一具体例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0041】
1…有機ELディスプレイ、10…TFT、20…TFT基板、32…画素電極、34…有機EL材料層、35…対向電極、45,45R,45G,45B…有機EL素子、50…補助配線、60…真空蒸着装置、61…真空容器、62…蒸着源、63…パネル基板、64…帯電手段、65…電圧印加手段、70…磁界発生手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器中にて蒸着源から蒸発する蒸着分子を被蒸着物に到達させて当該被蒸着物に前記蒸着分子による薄膜を形成する真空蒸着方法であって、
前記蒸着分子が前記被蒸着物に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電工程と、
前記薄膜を形成する箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程と
を経ることを特徴とする真空蒸着方法。
【請求項2】
前記蒸着分子の帯電極性と異なる極性の電圧印加および当該帯電極性と同じ極性の電圧印加の両方を行う場合に、電極全体で発生引力と発生斥力とが相殺されるように、各電極への印加電圧値を決定することを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。
【請求項3】
前記蒸着分子の帯電極性と異なる極性の電圧印加および当該帯電極性と同じ極性の電圧印加の両方を行う場合に、電極全体で発生引力が発生斥力より大きくなるように、各電極への印加電圧値を決定することを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。
【請求項4】
前記蒸着分子に対する帯電を、前記蒸着源の近傍にて行うことを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。
【請求項5】
前記被蒸着物への到達前の前記蒸着分子について帯電の有無による選別を行うことを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。
【請求項6】
真空容器中にて蒸着源から蒸発する蒸着分子を被蒸着物に到達させて当該被蒸着物に前記蒸着分子による薄膜を形成する真空蒸着装置であって、
前記蒸着分子が前記被蒸着物に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電手段と、
前記薄膜を形成する箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加手段と
を備えることを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項7】
パネル基板上に、各画素に対応して配される発光素子と、各画素間に配される補助配線とを備えて構成される表示装置の製造方法であって、
前記発光素子の発光層の形成材料の蒸着源と、当該発光素子を構成する電極および前記補助配線が形成された前記パネル基板とを収容する真空容器中にて、前記蒸着源から蒸発する蒸着分子を前記パネル基板に到達させて当該蒸着分子による薄膜を形成する蒸着工程と、
前記蒸着分子が前記パネル基板に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電工程と、
前記薄膜を形成する箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程と
を経ることを特徴とする表示装置の製造方法。
【請求項8】
前記印加工程では、前記パネル基板上における前記補助配線を、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された電極として用い、当該前記補助配線に対して前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加を行うことを特徴とする請求項7記載の表示装置の製造方法。
【請求項9】
パネル基板上に、各画素に対応して配された発光素子を備えて構成される表示装置であって、
前記発光素子の発光層の形成材料の蒸着源と、当該発光素子を構成する電極が形成された前記パネル基板とを収容する真空容器中にて、前記蒸着源から蒸発する蒸着分子を前記パネル基板に到達させて当該蒸着分子による薄膜を形成する蒸着工程と、
前記蒸着分子が前記パネル基板に到達する前に当該蒸着分子を帯電させる帯電工程と、
前記薄膜を形成する箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性とは異なる極性の電圧印加と、前記薄膜を形成しない箇所に対応して配された前記電極への前記蒸着分子の帯電極性と同じ極性の電圧印加との、少なくとも一方を行う印加工程とを経て形成され、
前記薄膜の形成端縁位置と前記電極の端縁位置とが合致するように構成されている
ことを特徴とする表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−202100(P2008−202100A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−40147(P2007−40147)
【出願日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】