説明

硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】硬質被覆層が高速断続切削加工ですぐれた耐剥離性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、(a)下部層としてTi化合物層、(b)上部層として、化学蒸着した状態で六方晶の結晶構造かつ柱状の結晶粒組織を有するアルミニウムとジルコニウムの複合酸化物層からなり、さらに、該複合酸化物は、結晶面(0001)面および(01−12)面からのX線回折強度が1番目及び2番目に大きな値を示し、また、前記表面研磨面の法線に対して、(0001)面の傾斜角が0〜10度の範囲にある結晶粒子の総面積Aと、(01−12)面の傾斜角が0〜10度の範囲にある結晶粒子の総面積Bとの比の値A/Bが、1〜10である前記複合酸化物層、からなる硬質被覆層を蒸着形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の切削加工を、高い発熱を伴うとともに切刃に断続的かつ衝撃的な高負荷がかかる高速断続切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、α型の結晶構造を有する酸化アルミニウム[以下、α型Al23で示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が、例えば各種の鋼や鋳鉄などの切削加工に用いられることは良く知られている。
【0003】
また、上記の被覆工具において、硬質被覆層の上部層を構成するα型Al23層の特定結晶面への配向性を高めることにより、硬質被覆層の高温硬さと高温強度を高め、硬質被覆層の耐摩耗性と耐欠損性を改善することも知られている。
なお、硬質被覆層の下部層を構成するTi化合物層のTiCN層を、層自身の強度向上を目的として、通常の化学蒸着装置にて、反応ガスとして有機炭窒化物を含む混合ガスを使用し、700〜950℃の中温温度域で化学蒸着することにより形成して縦長成長結晶組織をもつようにすることも知られている。
【0004】
さらに、上記の被覆工具の硬質被覆層を構成するα型Al23層が、格子点にAlおよび酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造を有する結晶粒で構成されることも知られている。
【特許文献1】特開平6−316758号公報
【特許文献2】特開2002−370105号公報
【特許文献3】特開2003−340610号公報
【特許文献4】特開平6−8010号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削加工や断続切削加工に用いた場合には問題はないが、特にこれを高い発熱を伴うと共に、切刃に断続的かつ衝撃的な高負荷がかかる高速断続切削加工に用いた場合には、硬質被覆層を構成するα型Al23層の高温強度が十分でないために、前記硬質被覆層にチッピングが発生しやすくなり、これが原因で比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記のα型Al23層が硬質被覆層の上部層を構成する被覆工具に着目し、特に、高速断続切削加工における硬質被覆層の耐チッピング性の向上を図るべく研究を行った結果、
(a)従来被覆工具の硬質被覆層を構成する上部層としてのα型Al23層は、すぐれた高温硬さと耐熱性を備えており、この層は、例えば、通常の化学蒸着装置にて、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:2〜4%、CO:3〜8%、HCl:1.5〜3%、H2S:0.05〜0.2%、H2:残り、
反応雰囲気温度:950〜1100℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件(通常条件という)で、従来被覆工具の下部層であるTi化合物層上に蒸着形成されるが、このようなα型Al23層からなる上部層では、既に述べたように、高速断続切削加工において十分に満足できる耐チッピング性を示さないこと。
【0007】
(b)そこで、蒸着条件を変更し、まず、Ti化合物層(下部層)上に、通常の化学蒸着装置にて、
(イ)まず、
反応ガス組成(容量%);AlCl:1〜3%、HCl:1〜4%、
CO:0.1〜1%、H2:残り、
反応雰囲気温度; 980〜1200 ℃、
反応雰囲気圧力; 5〜8 kPa、
の条件で、0.2〜2μmの平均層厚のAl核薄膜を形成し、
(ロ)次に、
反応ガス組成(容量%);ZrCl:0.5〜5%、HCl:1〜5%、
2:残り、
反応雰囲気温度; 980〜1200 ℃、
反応雰囲気圧力; 5〜8 kPa、
の条件で、ZrClエッチングを施し、
(ハ)その後、
反応ガス組成(容量%);AlCl:1〜3%、ZrCl:0.1〜0.6%、 HCl:1〜4%、CO:2〜6%、
2S:0.1〜0.5%、H2:残り、
反応雰囲気温度; 980〜1100 ℃、
反応雰囲気圧力; 5〜8 kPa、
の条件で、ZrドープAlコーティングを行い、1〜15μmの平均層厚の上部層を形成すると、形成された上部層は、
組成式:(Al1−XZr、(但し、X:0.0001〜0.003)、
を満足するAlとZrの複合酸化物(以下、(Al,Zr)で示す)層であり、そして、上記(Al,Zr)層における結晶粒の結晶面(0001)面および(01−12)面からのX線回折強度が1番目および2番目に大きな値を示し、また、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、前記(Al,Zr)層の表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線および(01−12)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちで、(0001)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をAとし、また、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をBとすると、総面積Aと総面積Bの比の値A/Bが、1〜10である結晶配向性を示すこと。
【0008】
(c)結晶粒の結晶面(0001)面および(01−12)面からのX線回折強度がピークを示すとともに、前記面積比の値A/Bが1〜10となる結晶配向を示す化学蒸着で形成した上記(Al,Zr)層は、従来のAl23層の備えるすぐれた高温硬さと耐熱性に加えて、さらに、一段とすぐれた高温強度を具備し、これを硬質被覆層の上部層として備えた硬質被覆層は、高い発熱を伴い断続的かつ衝撃的な高負荷のかかる高速断続切削という厳しい条件下での切削加工に用いた場合にも、従来被覆工具に比して、硬質被覆層が一段とすぐれた耐チッピング性を発揮し、また、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮すること。
以上(a)〜(c)に示される研究結果を得たのである。
【0009】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基(WC基)超硬合金または炭窒化チタン基(TiCN基)サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの全体平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、酸化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、1〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着形成された状態で六方晶の結晶構造かつ柱状の結晶粒組織を有するアルミニウムとジルコニウムの複合酸化物層からなり、さらに、該複合酸化物層における該複合酸化物の結晶粒の結晶面(0001)面および(01−12)面からのX線回折強度が1番目および2番目に大きな値を示し、また、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線および(01−12)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちで、(0001)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Aと、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Bとの比の値A/Bが、1〜10である結晶配向性を示す、
以上(a)、(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具(被覆工具)」に特徴を有するものである。
【0010】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について、より詳細に説明する。
(a)下部層(Ti化合物層)
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層は、硬質被覆層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層の高温強度向上に寄与するほか、工具基体と(Al,Zr)23層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する接合強度を向上させる作用を有するが、その平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0011】
(b)上部層((Al,Zr)23層)
上部層を構成するアルミニウムとジルコニウムの複合酸化物層((Al,Zr)23層)の構成成分であるAlは、層の高温硬さおよび耐熱性を向上させ、同Zr成分は、層中に微量(Alとの合量に占める割合で、Zr/(Al+Zr)が0.0001〜0.003(但し、原子比))含有されることにより、上部層((Al,Zr)23層)の高温強度の向上に寄与する。
すなわち、化学蒸着時に、ZrCl0.1〜0.6%を添加した反応ガスで(Al,Zr)23層を蒸着形成すると、蒸着形成された(Al,Zr)23結晶粒は、その結晶面のうち、(0001)面および(01−12)面が優先的に配向形成され、X線回折による測定で上記2つの面からの回折強度が1番目および2番目に大きな値を示し、しかも、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、前記(Al,Zr)層の表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線および(01−12)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちで、(0001)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をA、また、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をBとすると、総面積Aと総面積Bの比の値A/Bが、1〜10である結晶配向が形成され、そして、ここで形成された(Al,Zr)23結晶粒の(0001)面は、耐クレータ磨耗性にすぐれ、また、同結晶粒の(01−12)面は、耐逃げ面摩耗性にすぐれるという特性を示し、上部層の耐摩耗性向上に寄与する。ただ、(0001)面あるいは(01−12)のように、異なる結晶方位の面が共に存在する上部層においては、相異なる結晶粒界間の粒界強度が脆弱化し、その結果、上部層の高温強度が低下し、耐剥離性が劣化する傾向にあるが、上部層を、微量のZr成分を含有する(Al,Zr)23層で構成した場合には、Zr成分が結晶粒界に偏析して粒界を強化する作用を有するので、特に、(0001)面および(01−12)面という結晶方位の異なる結晶粒が存在する場合であっても、粒界強度の低下が防止され、その結果として、上部層の高温強度の向上が図られ、高い発熱を伴い、断続的かつ衝撃的な負荷がかかる高速断続切削という厳しい条件下でも、すぐれた耐チッピング性を発揮する。
なお、上記X線回折における測定条件は次のとおり。
即ち、通常のX線回折装置を用い、X線管中に設置されたCu陽極(ターゲット)に対して、電圧40kV、電流350mAの条件で金属Wフィラメントから発生させた熱電子を加速照射することにより、前記Cu陽極表面から0.154nmの波長を有する特性X線であるCu−Kα線を発生させ、前記特性X線を(Al,Zr)23層表面に照射し、該層から散乱したX線のうち、該層表面に対するX線入射角度θと等しい角度で回折したX線の強度をX線検出器にて測定することにより行った。また、このときの測定範囲は、θ=7.5〜65°である。そして、上記の測定により、(0006),(00012),(01−12),(02−24)面からの回折強度が、1〜4番目に大きなピークの値を示した。なお、上記測定における(0006)、(00012)面は、結晶学的には同一の面であり、この発明では、これらを(0001)面として示した。また、(01−12)、(02−24)面についても同様であり、これらを(01−12)として示した。
【0012】
上部層に含有されるZr成分の含有割合(Zr/(Al+Zr))が、Alとの合量に占める割合で、0.0001未満では、X線回折による測定で(01−12)面からの回折強度が小さくなり、また、総面積比A/Bの値も10を超えてしまい、さらに、粒界強度の改善を図ることもできないため、上部層の高温強度、耐摩耗性ともに不十分となり、一方、Zr成分の含有割合が、0.003を超えると、やはり、X線回折による測定で(0001)面からの回折強度が小さくなるばかりか、総面積比A/Bの値も1未満となってしまい、耐クレーター摩耗性が劣化するので、Zrの含有割合を、0.0001〜0.003に、また、総面積比A/Bの値を、1〜10に定めた。
【発明の効果】
【0013】
上記のとおり、この発明の被覆工具は、上部層を構成するアルミニウムとジルコニウムの複合酸化物層((Al,Zr)23層)が、X線回折による測定で(0001)面および(01−12)面からの回折強度が1番目および2番目に大きな値を示し、かつ、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて測定した前記面積Aと前記面積Bの比の値A/Bが1〜10を示すことにより、従来のAl23層自身のもつすぐれた高温硬さと耐熱性に加えて、一段とすぐれた高温強度を具備し、各種の鋼や鋳鉄などを、高い発熱と断続的かつ衝撃的な負荷がかかる高速断続切削条件下で用いた場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を発揮し、使用寿命の一層の延命化を可能とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0015】
原料粉末として、いずれも2〜4μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG160412に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0016】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG160412のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0017】
ついで、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表5に示される組み合わせおよび目標層厚でTi化合物層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、ついで、
反応ガス組成(容量%);AlCl:2%、HCl:3%、
CO:0.5%、H2:残り、
反応雰囲気温度; 1020 ℃、
反応雰囲気圧力; 6.7 kPa、
の条件で、Al核薄膜を形成し、また、
反応ガス組成(容量%);ZrCl:3%、HCl:3%、H2:残り、
反応雰囲気温度; 1020 ℃、
反応雰囲気圧力; 6.7 kPa、
の条件で、ZrClエッチングを施し、
その後、表4に示される条件で(Al,Zr)23層(A)〜(E)を硬質被覆層の上部層として蒸着形成することにより本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0018】
また、比較の目的で、表6に示される通り、硬質被覆層の上部層として、表3に示される条件で、表6に示される目標層厚で従来のα型Al層を形成することにより従来被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0019】
ついで、上記の本発明被覆工具1〜13の硬質被覆層の上部層を構成する(Al,Zr)23層および従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の上部層を構成するα型Al23層のそれぞれについて、X線回折により各結晶面の回折強度を測定するとともに、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、前記(Al,Zr)層の表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線および(01−12)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちで、(0001)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜15度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をA、また、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して52〜62度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積をBとして、総面積Aと総面積Bの比の値A/Bを求めた。
本発明被覆工具3および従来被覆工具8の硬質被覆層の上部層のX線回折チャートをそれぞれ図1、2に示す。また、X線回折において強い回折強度を示した結晶面、および、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて求めた総面積Aと総面積Bの比の値(A/B)を表5、6にそれぞれ示す。
また、本発明被覆工具1〜13について、TEMを用いて結晶粒界へのZr成分の偏析の有無を調査したところ、粒内に比較するといずれも粒界におけるZr含有量が高い値を示したことから、Zr成分が粒界に偏析していることが確認された。
【0020】
表5,6にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具の(Al,Zr)23層は、X線回折において、(Al,Zr)23結晶粒の(0001)面、(01−12)面の回折強度がピークを示し、かつ、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて求めた(0001)面についての測定傾斜角が表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Aと、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Bの比の値(A/B)は1〜10であるのに対して、従来被覆工具のα型Al23層では、特定の面から特に強い回折強度は得られず、さらに、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて求めた前記面積比A/Bの値は、0.01未満あるいは10を超えるものであった。
【0021】
また、本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0022】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
[切削条件A]
被削材:JIS・SNCM420の長さ方向等間隔4本縦溝入の丸棒、
切削速度: 370 m/min、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.25 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件でのニッケルクロムモリブデン鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min)、
[切削条件B]
被削材:JIS・FCD500の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 380 m/min、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.35 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での鋳鉄の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、180m/min)、
[切削条件C]
被削材:JIS・S30Cの長さ方向等間隔4本縦溝入の丸棒、
切削速度: 370 m/min、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.45 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での炭素鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、250m/min)
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表7に示した。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
【表4】

【0027】
【表5】

【0028】
【表6】

【0029】
【表7】

【0030】
表5〜7に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、硬質被覆層の上部層として(Al,Zr)23層が蒸着形成され、さらに、該(Al,Zr)23層は、(0001)面及び(01−12)面が強い優先配向性を有し、かつ、(0001)面についての測定傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒子の総面積Aと、(01−12)面についての測定傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒子の総面積Bの比の値(A/B)は1〜10であることから、すぐれた高温硬さと耐摩耗性を備え、しかも、Zr成分の粒界への偏析によって粒界強度が強化されているため、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対する断続的かつ衝撃的な負荷がかかる鋼や鋳鉄の高速断続切削でも、硬質被覆層の下部層を形成するTi化合物層の有する高温強度と高い接合強度に加え、前記(Al,Zr)23層が具備するすぐれた高温硬さ、耐熱性およびより一段とすぐれた高温強度により、硬質被覆層の耐チッピング性が著しく改善され、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を示すのに対して、硬質被覆層の上部層として従来のα型Al23層が蒸着形成された従来被覆工具1〜13においては、高速断続切削という厳しい切削条件下では、硬質被覆層の高温強度が不十分であるために、硬質被覆層にチッピングが発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0031】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の条件での切削加工は勿論のこと、特に高い発熱を伴い断続的かつ衝撃的な負荷がかかる高速断続切削加工でも硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明被覆工具3の硬質被覆層の上部層を構成する(Al,Zr)23層のX線回折チャートである。
【図2】従来被覆工具8の硬質被覆層の上部層を構成するα型Al23層のX線回折チャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの全体平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、酸化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、1〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着形成された状態で六方晶の結晶構造かつ柱状の結晶粒組織を有するアルミニウムとジルコニウムの複合酸化物層からなり、さらに、該複合酸化物層における該複合酸化物の結晶粒の結晶面(0001)面および(01−12)面からのX線回折強度が1番目および2番目に大きな値を示し、また、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線および(01−12)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうちで、(0001)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Aと、(01−12)面についての測定傾斜角が前記表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にある結晶粒子の総面積Bとの比の値A/Bが、1〜10である結晶配向性を示す、
以上(a)、(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−93769(P2008−93769A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276968(P2006−276968)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】