説明

硬質難削材の高速切削加工ですぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具

【課題】硬質難削材の高速切削加工ですぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具を提供する。
【解決手段】窒化チタン13〜30%、アルミニウムおよび/または酸化アルミニウム6〜18%、残部窒化ほう素(以上、いずれも質量%)からなる圧粉体の超高圧焼結材料で構成され、分散相を形成する立方晶窒化ほう素相と連続相を形成する窒化チタン相との界面に超高圧焼結反応生成物が介在した組織を有する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具において、(a)硬質被覆層は、1〜3μmの平均層厚を有する下部層と0.3〜3μmの平均層厚を有する上部層とからなり、(b)下部層は、特定の組成式:[Ti1−XAl]Nからなり、(c)上部層は、一層平均層厚がそれぞれ0.05〜0.3μmの薄層Aと薄層Bの交互積層構造を有し、薄層Aは、特定の組成式:[Ti1−XAl]Nからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い高硬度の硬質難削材を高速切削加工した場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を有し、長期にわたって安定した切削性能を発揮することができる、立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料で構成された切削工具基体の表面に硬質被覆層を形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具(以下、被覆cBN基焼結工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆cBN基焼結工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサートや、前記インサートを着脱自在に取り付けて、面削加工や溝加工、さらに肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られている。
【0003】
また、被覆cBN基焼結工具としては、各種の立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料(以下、cBN基焼結材料という)で構成された工具本体の表面に、Ti窒化物(TiN)層、TiとAlの複合窒化物((Ti,Al)N)層などの表面被覆層を蒸着形成してなる被覆cBN基焼結工具が知られており、これらが例えば各種の鋼や鋳鉄などの切削加工に用いられていることも知られている。
【0004】
さらに、上記の被覆cBN基焼結工具が、例えば図2に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に上記の工具基体を装入し、ヒータで装置内を、例えば500℃に加熱した状態で、金属TiあるいはTi−Al合金からなるカソード電極(蒸発源)と、アノード電極との間に、例えば90Aの電流を印加してアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば2Paの反応雰囲気とし、一方前記工具基体には、たとえば−100Vのバイアス電圧を印加した条件で、前記工具基体の表面に、TiN層や(Ti,Al)N層など、所望の層を蒸着形成することにより製造されることも知られている。
【特許文献1】特開平7−300649号公報
【特許文献2】特開平8−119774号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は、通常の切削条件に加えて、より高速条件下での切削加工が要求される傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、各種の鋼や鋳鉄を通常条件下で切削加工した場合に特段の問題は生じない。しかし、これを、工具表面に溶着し易いダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような高硬度かつ高溶着性の硬質難削材の高速切削に用いた場合には、切刃部に発生する高熱により被削材および切粉は高温に加熱され、これに伴って硬質被覆層表面に対する溶着性および反応性が一段と増すようになり、この結果、切刃の刃先の境界部分に異常損傷(以下、境界異常損傷という)を生じ、これが原因で、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、工具表面に溶着し易いダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような高硬度かつ高溶着性の硬質難削材の高速切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する被覆cBN基焼結工具を開発すべく研究を行った結果、
(a) 硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物(以下、(Ti1−XAl)Nで示す)層は、Alの含有割合X(原子比)の値が、0.4〜0.6の範囲内において所定の耐熱性、高温硬さ及び高温強度を有し、通常の切削加工条件下において必要とされる耐摩耗性は具備しているが、高硬度かつ高溶着性の硬質難削材の高速切削加工においては、切刃部に発生する高熱により被削材および切粉は高温に加熱され、硬質被覆層表面に対する溶着性および反応性が一段と増すようになり、一方、(Ti1−XAl)N層からなる硬質被覆層は潤滑性、耐溶着性が不十分であるために、切刃の境界部分には境界異常損傷が生じ、そして、これが欠損の原因となること。
【0007】
(b)一方、Cr窒化物(以下、CrNで示す)層は、高温強度、耐熱性、高温硬さは十分ではないが、すぐれた潤滑性、耐溶着性を有しているために、大きな発熱を伴う高硬度、高溶着性の硬質難削材の高速切削加工においては、被削材、切粉が硬質被覆層に溶着するのを防止し得ること。
【0008】
(c)上記(a)のAlの含有割合Xが40〜60原子%の耐熱性、高温硬さ及び所定の高温強度を有する(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6)層(以下、薄層Aという)と、前記薄層Aに比べて高温強度、耐熱性、高温硬さは劣るものの、その一方で、すぐれた潤滑性、耐溶着性を有するCr窒化物(CrN)層(以下、薄層Bという)を、それぞれの一層平均層厚を0.05〜0.3μmの薄層とした状態で交互積層して硬質被覆層の上部層を構成すると、この交互積層構造の硬質被覆層は、薄層Aのもつすぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性とともに、薄層Bのもつすぐれた潤滑性、耐溶着性を相兼ね備えるようになり、その結果、被削材および切粉の硬質被覆層に対する溶着性、反応性が低下し、境界異常損傷の発生が防止され、耐欠損性が向上すること。
以上(a)〜(c)に示される研究結果を得たのである。
【0009】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
窒化チタン13〜30%、アルミニウムおよび/または酸化アルミニウム6〜18%、残部窒化ほう素(以上、%は、いずれも質量%を示す)からなる配合組成を有する圧粉体の超高圧焼結材料で構成され、かつ、走査型電子顕微鏡による組織観察で、分散相を形成する立方晶窒化ほう素相と連続相を形成する窒化チタン相との界面に超高圧焼結反応生成物が介在した組織を有するインサート本体の表面に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具において、
(a)硬質被覆層は、1〜3μmの平均層厚を有する下部層と0.3〜3μmの平均層厚を有する上部層とからなり、
(b)硬質被覆層の下部層は、蒸着形成された、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
(c)硬質被覆層の上部層は、下部層の表面に蒸着形成された、いずれも一層平均層厚がそれぞれ0.05〜0.3μmの薄層Aと薄層Bの交互積層構造を有し、
上記薄層Aは、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
上記薄層Bは、Cr窒化物(CrN)層、
からなる硬質被覆層を蒸着形成した、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い高硬度の硬質難削材の高速切削加工ですぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具(被覆cBN基焼結工具)に特徴を有するものである。
【0010】
つぎに、この発明の被覆cBN基焼結工具において、これを構成するインサート本体のcBN基焼結材料の配合組成および硬質被覆層の組成、層厚を限定した理由を説明する。
(a)インサート本体のcBN基焼結材料の配合組成
(イ)TiN
焼結材料中のTiN成分は、焼結性を向上させるとともに焼結体中で連続相を形成して強度を向上させる作用があるが、その配合割合が13質量%未満では所望の強度を確保することができず、一方その配合割合が30質量%を超えると相対的にcBNの含有量が少なくなり、すくい面摩耗などが生じやすくなることから、その配合割合を13〜30質量%と定めた。
【0011】
(ロ)アルミニウムおよび/または酸化アルミニウム
これらの成分は焼結時に優先的にcBN粉末の表面に凝集し、反応して反応生成物を形成し、焼結後のcBN基材料中で、連続相を形成するTiN相と硬質分散相を形成するcBN相の間に介在するようになり、この反応生成物は前記連続相を形成するTiN相と硬質分散相を形成するcBN相のいずれとも強固に密着接合する性質をもつことから、前記cBN相の連続結合相であるTiN相に対する密着性が著しく向上し、この結果切刃の耐チッピング性が向上するようになるが、アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムの配合割合が6〜18質量%の範囲からはずれると、中間密着層として前記硬質分散相と連続相の間に強固な密着性を確保することができないので、アルミニウムおよび/または酸化アルミニウムの配合割合を6〜18質量%と定めた。
【0012】
(ハ)窒化ほう素(cBN)
超高圧焼結材料製工具基体中の窒化ほう素(cBN)は、きわめて硬質で、焼結材料中で分散相を形成し、そしてこの分散相によって耐摩耗性の向上が図れるが、その配合割合が少なすぎると所望のすぐれた耐摩耗性を確保することができず、一方その配合割合が多くなりすぎると、窒化ほう素(cBN)基材料自体の焼結性が低下し、この結果切刃に欠損が生じやすくなる。窒化ほう素(cBN)の配合割合は、焼結材料の構成成分であるTiN、アルミニウムおよび酸化アルミニウムの残部、即ち、52〜81質量%となる。
【0013】
(b)硬質被覆層の下部層
硬質被覆層の下部層を構成する(Ti1−XAl)N層におけるTi成分は高温強度の維持、Al成分は高温硬さと耐熱性の向上に寄与することから、硬質被覆層の下部層を構成する(Ti1−XAl)N層は、所定の高温強度、高温硬さおよび耐熱性を具備する層であって、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い硬質難削材の高速切削加工時における切刃部の耐摩耗性を確保する役割を基本的に担う。ただ、Alの含有割合Xが60原子%を超えると下部層の高温硬さと耐熱性は向上するものの、Ti含有割合の相対的な減少によって、高温強度が低下し欠損が生じやすくなり、一方、Alの含有割合Xが40原子%未満になると、高温硬さと耐熱性が低下し、その結果、耐摩耗性の低下がみられるようになることから、Alの含有割合Xの値を0.4〜0.6と定めた。
また、下部層の平均層厚が1μm未満では、自身のもつ耐熱性、高温硬さおよび高温強度を硬質被覆層に長期に亘って付与できず、工具寿命短命の原因となり、一方その平均層厚が3μmを越えると、欠損が生じ易くなることから、その平均層厚を1〜3μmと定めた。
【0014】
なお、超高圧焼結材料製切削工具基体と下部層との十分な密着性を確保するために、基体と下部層との間にチタンまたはクロムの窒化物(TiNまたはCrN)の薄層を介在させることができる。該TiNまたはCrNの薄層は、その層厚が0.01μm未満では密着性改善の効果が少なく、一方、0.5μmを超えた層厚としても密着性の更なる向上が期待できるわけではないことから、基体と下部層との間に介在させるTiN層またはCrNの層厚は0.01μm以上0.5μm以下とすることが望ましい。
【0015】
(c)硬質被覆層の上部層
(イ)上部層の薄層A
上部層の薄層Aを構成する(Ti1−XAl)N層(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6を示す)は、下部層と実質同様の層であって、所定の耐熱性、高温硬さおよび高温強度を具備し、工具表面に溶着し易い硬質難削材の高速切削加工時における切刃部の耐摩耗性を確保する作用を有する。
【0016】
(ロ)上部層の薄層B
CrN層からなる薄層Bは、薄層Aと薄層Bの交互積層構造からなる上部層において、云わば、薄層Aに不足する特性(潤滑性、耐溶着性)を補うことを主たる目的とするものである。
すでに述べたように、上部層の薄層Aは、所定の耐熱性、高温硬さと高温強度を有する層であるが、高い熱発生を伴うダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などの硬質難削材の高速切削加工では、潤滑性、耐溶着性が不十分となり、そのためこれらが原因となり境界異常損傷、欠損を生じることになる。
そこで、すぐれた潤滑性と耐溶着性を有するCrN層からなる薄層Bを、薄層Aと交互に配し交互積層構造を構成することで、隣接する薄層Aの潤滑性不足、耐溶着性不足を補い、上部層全体として、前記薄層Aのもつすぐれた耐熱性、高温硬さ、高温強度を何ら損なうことなく、前記薄層Bのもつよりすぐれた潤滑性、耐溶着性を兼ね備えた上部層を形成する。
CrN層は、すぐれた潤滑性と耐溶着性を備え、高熱発生を伴う硬質難削材の高速切削加工における切刃部への溶着を防止し、その結果として、切刃の刃先の境界部分に生じる境界異常損傷、欠損の発生を防止する作用を有する。
【0017】
(ハ)上部層の薄層Aと薄層Bの一層平均層厚、上部層の平均層厚
上部層の薄層Aと薄層B、それぞれの一層平均層厚が0.05μm未満ではそれぞれの薄層の備えるすぐれた特性を発揮することができず、この結果、上部層にすぐれた高温硬さ、高温強度および耐熱性と、耐溶着性、潤滑性を確保することができなくなり、またそれぞれの一層平均層厚が0.3μmを越えるとそれぞれの薄層がもつ欠点、すなわち薄層Aであれば耐溶着性、潤滑性の不足、薄層Bであれば高温硬さ、高温強度、耐熱性の不足が層内に局部的に現れるようになり、これが原因で、切刃刃先の境界異常損傷が発生したり、摩耗が急速に進行するようになることから、それぞれの一層平均層厚は0.05〜0.3μmと定めた。
すなわち、薄層Bは、上部層に耐溶着性、潤滑性を付与するために設けたものであるが、薄層A、薄層Bそれぞれの一層平均層厚が0.05〜0.3μmの範囲内であれば、薄層Aと薄層Bの交互積層構造からなる上部層は、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性と、すぐれた耐溶着性、潤滑性を具備したあたかも一つの層であるかのように作用するが、薄層A、薄層Bそれぞれの一層平均層厚が0.3μmを越えると、薄層Aの耐溶着性、潤滑性の不足、あるいは、薄層Bの高温硬さ、高温強度、耐熱性さ不足が層内に局部的に現れるようになり、上部層が全体として一つの層としての良好な特性を呈することができなくなるため、薄層A、薄層Bそれぞれの一層平均層厚を0.05〜0.3μmと定めた。
薄層Aと薄層Bの一層平均層厚を0.05〜0.3μmの範囲内とした交互積層構造からなる上部層を下部層表面に形成することにより、優れた高温硬さ、高温強度、耐熱性とともに、すぐれた耐溶着性、潤滑性を兼ね備えた硬質被覆層が得られ、その結果、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような硬質難削材の高速切削加工において、切刃の刃先の境界部分に生じる異常損傷の発生を防止することができる。
また、上部層の合計平均層厚(即ち、交互積層構造を構成する薄層Aと薄層Bの各層の平均層厚を合計した層厚)は、0.3μm未満では、硬質難削材の高速切削加工で必要とされる十分な高温硬さ、高温強度、耐熱性および耐溶着性、潤滑性を上部層に付与することができず、工具寿命短命の原因となり、一方その平均層厚が3μmを越えると、欠損が発生し易くなることから、その平均層厚は0.3〜3μmと定めた。
【0018】
なお、この発明の被覆cBN基焼結工具では、最外表面の被覆層の層厚のちがいによって、それぞれ微妙に異なる干渉色を生じ、工具外観が不揃いとなることがある。このような場合には、最外表面に、TiとAlの複合窒化物(TiAlN)層を厚く蒸着形成することによって、工具外観の不揃いを防止することができる。その際、TiAlN層の平均層厚が0.2μm未満では外観の不揃いを防止することはできず、また、2μmまでの平均層厚があれば外観の不揃いを十分防止できることから、TiとAlの複合窒化物(TiAlN)層の平均層厚は0.2〜2μmとすればよい。
また、この発明の被覆cBN基焼結工具基体の表面粗度は、Raで0.05以上1.0以下であることが望ましい。表面粗度Raが0.05以上であれば、アンカー効果による基体と硬質被覆層との付着強度の向上が期待でき、一方、Raが1.0を超えるようになると、被削材の仕上げ面精度に悪影響を及ぼすようになるためである。
【発明の効果】
【0019】
この発明の被覆cBN基焼結工具は、硬質被覆層が上部層と下部層からなり、硬質被覆層の上部層を薄層Aと薄層Bの交互積層構造とすることによってすぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性および耐溶着性、潤滑性を兼ね備えることから、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い高硬度の硬質難削材の、高熱発生を伴う高速切削という厳しい条件下の切削加工であっても、前記硬質被覆層に境界異常損傷、欠損の発生はなく、長期に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
つぎに、この発明の被覆cBN基焼結工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0021】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有する立方晶窒化硼素(cBN)粉末、窒化チタン(TiN)粉末、Al粉末、酸化アルミニウム(Al)粉末を用意し、これら原料粉末を表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:5GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて一辺3mmの正三角形状に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびCIS規格SNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×一辺長さ:12.7mmの正方形)をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ni:2.5%、Ag:残りからなる組成を有するAg合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格SNGA120412のインサート形状をもった工具基体A〜Jをそれぞれ製造した。
【0022】
(a)ついで、上記の工具基体A〜Jのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、一方側のカソード電極(蒸発源)として、上部層の薄層B形成用金属Crを、また、他方側のカソード電極(蒸発源)として、それぞれ表2に示される目標組成に対応した成分組成をもった上部層の薄層Aおよび下部層形成用Ti−Al合金を前記回転テーブルを挟んで対向配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、Arガスを導入して、0.7Paの雰囲気とすると共に、前記テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄し、
(c)装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ前記薄層Aおよび下部層形成用Ti−Al合金とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記工具基体の表面に、表2に示される目標組成および目標層厚の(Ti,Al)N層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、
(d)ついで装置内に導入する反応ガスとしての窒素ガスの流量を調整して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−10〜−100Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加した状態で、前記薄層B形成用金属Crのカソード電極とアノード電極との間に50〜200Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、前記工具基体の表面に所定層厚の薄層Bを形成し、前記薄層B形成後、アーク放電を停止し、代って前記薄層Aおよび下部層形成用Ti−Al合金のカソード電極とアノード電極間に同じく50〜200Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、所定層厚の薄層Aを形成した後、アーク放電を停止し、再び前記薄層B形成用金属Crのカソード電極とアノード電極間のアーク放電による薄層Bの形成と、前記薄層Aおよび下部層形成用Ti−Al合金のカソード電極とアノード電極間のアーク放電による薄層Aの形成を交互に繰り返し行い、もって前記工具基体の表面に、層厚方向に沿って表2に示される目標組成および一層目標層厚の薄層Aと薄層Bの交互積層からなる上部層を同じく表2に示される合計層厚(平均層厚)で蒸着形成することにより、本発明被覆cBN基焼結工具1〜10をそれぞれ製造した。
【0023】
また、比較の目的で、上記の工具基体A〜Jのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図2に示される通常のアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)として、それぞれ表3に示される目標組成に対応した成分組成をもったTi−Al合金を装着し、まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、Arガスを導入して、0.7Paの雰囲気とすると共に、前記テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄し、ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、前記工具基体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、前記Ti−Al合金のカソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記工具基体A〜Jのそれぞれの表面に、表3に示される目標組成および目標層厚の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、従来被覆cBN基焼結工具1〜10をそれぞれ製造した。
【0024】
この結果得られた各種の被覆cBN基焼結工具のインサート本体を構成するcBN基焼結材料について、その組織を走査型電子顕微鏡を用いて観察したところ、いずれのインサート本体も、実質的に分散相を形成するcBN相と連続相を形成するTiN相との界面に超高圧焼結反応生成物が介在した組織を示した。
【0025】
さらに、同表面被覆層について、その組成を透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示し、また、その平均層厚を透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0026】
つぎに、上記の各種の被覆cBN基焼結工具を、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆cBN基焼結工具1〜10および従来被覆cBN基焼結工具1〜10のうち、本発明被覆cBN基焼結工具1〜5および従来被覆cBN基焼結工具1〜5については、以下に示す切削条件A〜Cで高速断続切削試験を行い、また、本発明被覆cBN基焼結工具6〜10および従来被覆cBN基焼結工具6〜10については、同じく以下に示す切削条件a〜cで高速連続切削試験を実施した。
[切削条件A]
被削材:JIS・SKD11(硬さ:HRC62)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 200 m/min.、
切り込み: 0.12 mm、
送り: 0.08 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件でのダイス鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は120m/min.)、
[切削条件B]
被削材:JIS・SUJ2(硬さ:HRC61)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 210 m/min.、
切り込み: 0.10 mm、
送り: 0.09 mm/rev.、
切削時間: 6 分、
の条件での軸受鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は130m/min.)、
[切削条件C]
被削材:JIS・SMn438(硬さ:HRC58)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 200 m/min.、
切り込み: 0.09 mm、
送り: 0.09 mm/rev.、
切削時間: 6 分、
の条件でのマンガン鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は130m/min.)、
[切削条件a]
被削材:JIS・SKD61(硬さ:HRC61)の丸棒、
切削速度: 230 m/min.、
切り込み: 0.12 mm、
送り: 0.06 mm/rev.、
切削時間: 8 分、
の条件でのダイス鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は150m/min.)、
[切削条件b]
被削材:JIS・SUJ2(硬さ:HRC61)の丸棒、
切削速度: 250 m/min.、
切り込み: 0.14 mm、
送り: 0.12 mm/rev.、
切削時間: 8 分、
の条件での軸受鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は160m/min.)、
[切削条件c]
被削材:JIS・SMnC443(硬さ:HRC60)の丸棒、
切削速度: 240 m/min.、
切り込み: 0.10 mm、
送り: 0.11 mm/rev.、
切削時間: 8 分、
の条件でのマンガンクロム鋼の乾式連続高速切削加工試験(通常の切削速度は160m/min.)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅(mm)と被削材の仕上げ面精度(JIS B0601−2001による算術平均高さ(Ra(μm))を測定した。この測定結果を表4に示した。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
表2〜4に示される結果から、本発明被覆cBN基焼結工具は、いずれも硬質被覆層が、一層平均層厚がそれぞれ0.05〜0.3μmの薄層Aと薄層Bの交互積層構造を有する平均層厚(合計層厚)0.3〜3μmの上部層と、1〜3μmの平均層厚を有する下部層とからなり、前記下部層がすぐれた耐熱性、高温強度とすぐれた高温硬さを備え、さらに、前記上部層がすぐれた耐熱性、高温強度、高温硬さに加えてすぐれた潤滑性と耐溶着性を備えているので、ダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い高硬度の硬質難削材の高速切削であっても、前記硬質被覆層に境界異常損傷、欠損の発生はなく、長期に亘って、すぐれた耐摩耗性を発揮するとともに、被削材のすぐれた仕上げ面精度を確保することができるのに対して、硬質被覆層が単一の(Ti,Al)N層からなる従来被覆cBN基焼結工具は、特に硬質被覆層の潤滑性、耐溶着性不足が原因で、刃先に境界異常損傷や欠損が発生し、被削材の仕上げ面精度を維持することができないばかりか、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0032】
上述のように、この発明の被覆cBN基焼結工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、特にダイス鋼、軸受鋼、マンガン鋼などのような、工具表面に溶着し易い高硬度の硬質難削材の高速連続切削あるいは高速断続切削であっても、前記硬質被覆層がすぐれた耐境界異常損傷性、耐欠損性を発揮し、すぐれた被削材仕上げ面精度を長期に亘って維持するとともにすぐれた耐摩耗性をも示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の被覆cBN基焼結工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【図2】通常のアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化チタン13〜30%、アルミニウムおよび/または酸化アルミニウム6〜18%、残部窒化ほう素(以上、%は、いずれも質量%を示す)からなる配合組成を有する圧粉体の超高圧焼結材料で構成され、かつ、走査型電子顕微鏡による組織観察で、分散相を形成する立方晶窒化ほう素相と連続相を形成する窒化チタン相との界面に超高圧焼結反応生成物が介在した組織を有するインサート本体の表面に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具において、
(a)硬質被覆層は、1〜3μmの平均層厚を有する下部層と0.3〜3μmの平均層厚を有する上部層とからなり、
(b)硬質被覆層の下部層は、蒸着形成された、
組成式:[Ti1−XAl]N(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
(c)硬質被覆層の上部層は、下部層の表面に蒸着形成された、いずれも一層平均層厚がそれぞれ0.05〜0.3μmの薄層Aと薄層Bの交互積層構造を有し、
上記薄層Aは、
組成式:[Ti1−XAl]N(ただし、原子比で、Xは0.4〜0.6を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
上記薄層Bは、Cr窒化物(CrN)層、
からなる硬質被覆層を蒸着形成した、硬質難削材の高速切削加工ですぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料製切削工具。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−18504(P2008−18504A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−193494(P2006−193494)
【出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(596091392)三菱マテリアル神戸ツールズ株式会社 (203)
【Fターム(参考)】