説明

磁性体の磁化反転方法、メモリ

【課題】磁性体の磁化の方向を反転させるために必要となる電流量を低減することが可能である、磁性体の磁化反転方法を提供する。
【解決手段】磁性体31と、この磁性体31に接して配置され、電圧の印加により磁性体31の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体32とを含む素子40を構成する。そして、磁性体31の磁化Mの歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、この素子40に対して印加して、素子40の磁性体31の磁化Mの方向を反転させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の磁化の向きを反転させる磁化反転方法に係わる。また、本発明は、この磁性体の磁化反転方法を適用して情報の記憶を行うメモリ(記憶装置)に係わる。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体に磁性体を組み合わせた電子回路の開発が進められている。
その代表として、情報を磁性体の磁化として記録する磁気メモリが注目され、MRAM(例えばフリースケール・セミコンダクタ・インク社製のMR2A16等)が実用化されている。
このMRAMは、電流によって発生する磁場を用いて、磁性体の磁化を反転するものである。
【0003】
また、記録電流を低減するために、非磁性体を介した二つの磁性体間に電流を流して、その間に働くスピン注入トルクを利用した、スピントルクMRAM、或いはスピンRAMと呼ばれるものが注目されている(例えば、特許文献1、非特許文献1を参照)。
【0004】
さらには、誘電体の圧電効果(電歪効果)を利用して、ほとんど電流を流すことなく、磁性体の異方性を制御する試みがなされている(例えば、特許文献2を参照)。
【0005】
さらに進んで、近年、絶縁層を挟んだ磁性体と電極との間の電圧によって、磁性体の磁気特性を変化させることができることが見いだされている(例えば、非特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−17782号公報
【特許文献2】特開2006−179891号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】F.J.Albert et al.,Appl Phys. Lett.Vol.77,No.23,2000年,p.3809
【非特許文献2】独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成18年度産業技術研究助成事業 研究成果報告書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記非特許文献2で述べられている、磁気特性の変化は、飽和磁化や磁気異方性で積極的な磁化反転を生じさせるものではない。
そのため、電圧による磁気特性の変化を、有効に磁化反転に結びつける方法が求められている。
【0009】
上述した問題の解決のために、本発明においては、磁性体の磁化の方向を反転させるために必要となる電流量を低減することが可能であり、容易に磁化の方向を反転させることができる、磁性体の磁化反転方法を提供するものである。また、この磁性体の磁化反転方法を適用したメモリを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の磁性体の磁化反転方法は、少なくとも1つの磁性体と、この磁性体に接して配置され、電圧の印加により磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子を使用する。
そして、磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、この素子に対して印加して、素子の磁性体の磁化の方向を反転させる。
【0011】
本発明のメモリは、磁性体から成る素子によって構成されたメモリである。そして、少なくとも1つの磁性体と、前記磁性体に接して配置され、電圧の印加により磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子を含む。さらに、この素子に磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を印加する機構を含む。
【0012】
上述の本発明の磁化反転方法によれば、磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、この素子に対して印加することにより、磁性体の磁化の歳差運動の振幅を増大させることが可能になる。これにより、容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができる。
【0013】
上述の本発明のメモリの構成によれば、素子に磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を印加する機構によって、磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を素子に印加することができる。これにより、磁性体の磁化の歳差運動の振幅を増大させることができるので、容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができる。そして、素子の磁性体の磁化の方向を反転させることにより、素子に情報を記録することが可能になる。
【発明の効果】
【0014】
上述の本発明の磁化反転方法によれば、磁性体の磁化の歳差運動の振幅を増大させて、容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができる。これにより、磁性体の磁化の方向を反転させるために必要となる電流量を低減することが可能になる。
【0015】
また、本発明のメモリによれば、素子に電圧を印加して容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができ、素子に情報を記録することができる。
従って、情報を記録するために必要となる電流量を低減することが可能となり、消費電力の少ないメモリを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の磁化反転方法の概念を説明するための歳差運動の軌跡の一形態である。
【図2】本発明の磁化反転方法の概念を説明するための歳差運動の軌跡の他の形態である。
【図3】A〜C 磁性体の磁化の歳差運動をそれぞれの座標軸に投影した振動を示す図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態の磁化反転方法を適用する素子の概略構成図(斜視図)である。
【図5】図4の素子への印加電圧Veと、発生する反磁界Hdとの関係を示す図である。
【図6】図4の素子の駆動周波数fを変えたときの反転確率Pの変化を示した図である。
【図7】本発明の第2の実施の形態のメモリの概略構成図(斜視図)である。
【図8】スピントルクを利用して磁性体の磁化を反転させる素子の基本的な構成を示す図(斜視図)である。
【図9】スピントルクによる磁化反転の磁化の軌跡を示す図である。
【図10】電圧による磁気特性の変化を利用した素子の概略構成図である。
【図11】A、B 電圧により変化した磁化の歳差運動の軌跡の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、発明を実施するための最良の形態(以下、実施の形態とする)について説明する。
なお、説明は以下の順序で行う。
1.本発明の概要
2.第1の実施の形態(磁性体の磁化反転方法)
3.第2の実施の形態(磁性体を用いたメモリ)
【0018】
<1.本発明の概要>
まず、本発明の具体的な実施の形態の説明に先立ち、本発明の概要について説明する。
【0019】
磁性体の磁化の方向を反転させる方法としては、外部磁場を印加する方法、或いは、偏極電子を注入してスピントルクで反転させる方法が、簡便である。
【0020】
ここで、スピントルクを利用して磁性体の磁化を反転させる素子の基本的な構成を、図8に示す。
図8において、51は電子スピンの方向を揃えるスピンフィルター層であり、矢印52はスピンフィルター層51の磁化方向を示している。53は非磁性層であり、54は磁化反転を起こすフリー層であり、矢印55はフリー層54の磁化方向を示している。
電子eがスピンフィルター層51を通過して、偏極電子となり、フリー層54に注入されることにより、フリー層54の磁化55にスピントルクを与えて、フリー層54の磁化55の方向を反転させることができる。
【0021】
次に、図8の素子のフリー層54の磁化55の方向が反転するまでの磁化の軌跡を、図9に示す。
図9において、xはフリー層54の膜面内の磁化容易軸であり、yはフリー層54の膜面内の磁化困難軸であり、zはフリー層54の膜面に垂直な方向の軸である。
フリー層54の磁化55は、歳差運動をしながら振幅を拡大していき、最終的にx軸の正の状態から負の状態に反転する。
【0022】
このように、スピントルクを利用してフリー層54の磁化55の方向を反転させることにより、外部磁場として電流磁場を素子に印加してフリー層の磁化の方向を反転させる構成と比較して、必要となる電流量を低減して、消費電力を低減することができる。
しかしながら、スピントルクを利用してフリー層54の磁化55の方向を反転させるためには、素子に電流を流す必要があり、磁化55の方向を反転させるためにある程度以上の電流量が必要となる。また、素子の抵抗が比較的高い場合には、ある程度以上の電流量を流すために、素子に印加する電圧を大きくする必要がある。
これらのことから、スピントルクを利用して磁性体の磁化の方向を反転させる方法よりも、さらに消費電力を低減する方法が望まれる。
【0023】
そこで、電圧で磁性体の磁気特性を変化させる方法が提案されている。
電圧で磁気特性を変化させる方法としては、前記特許文献2に開示されているように、磁歪の大きな磁性体と圧電効果のある誘電体とを組み合わせて、電圧を印加して歪み応力を発生させることにより、主として磁性体の磁気異方性を制御する方法がある。
さらに、前記非特許文献2に開示されているように、絶縁膜と薄い磁性膜とを直接接触させて、絶縁膜に発生する強い電界によって磁性膜の電子状態を変化させることで、磁気特性を制御する方法がある。
しかしながら、いずれの方法によっても、磁気特性の変化は磁化方向に対して等方的であり、磁化を積極的に反転するような作用を持たない。
【0024】
電圧による磁性体の磁気特性の変化の代表的な例は、膜面に垂直な方向の磁気異方性(以下、垂直磁気異方性とする)の変化である。
【0025】
電圧による磁気特性の変化を利用した素子の概略構成図を、図10に示す。
図10に示す素子は、電極56上に、圧電効果のある誘電絶縁体57が形成され、その上に磁性体58が形成されて、素子が構成されている。そして、この素子に対して、電圧を与える電源(この場合は直流電源)60が設けられており、この電源60が電極56と磁性体58とに接続されている。図中59は磁性体58の磁化を示す。
図10に示した素子は、電源60から素子に与える電圧により、誘電絶縁体57を変形させて、この変形による応力によって、磁性体58の磁気特性(特に、垂直磁気異方性)を制御するものである。
例えば、素子に正の電圧を加えたときには、垂直磁気異方性が小さくなり、素子に負の電圧を加えたときには、垂直磁気異方性が大きくなるように、素子を構成したとする。
この場合、正の電圧を加えたときには、磁性体58の磁化59を磁性体58の膜面内方向に押さえつける垂直反磁界Hdが大きくなり、負の電圧を加えたときには、反対に垂直反磁界Hdは小さくなる。
【0026】
この図10に示す素子に正の電圧を印加した場合の磁性体58の磁化59の運動軌跡を図11Aに示し、負の電圧を引加した場合の磁性体58の磁化59の運動軌跡を図11Bに示す。図11A及び図11Bでは、磁化59の運動軌跡を、x軸方向から見た図と、y軸方向から見た図とを、上下に並べて示している。
運動の開始点61は、磁化容易軸(x軸)より僅かに磁化困難軸(y軸)に傾いた方向としているが、図11A及び図11Bより、いずれの電圧極性の場合も、磁化59の歳差運動の振幅は減少していき、磁化59の反転には至らない。
電圧極性による違いは、運動軌跡のz軸方向の振幅の違いであり、これは、前述した垂直反磁界Hdの変化に対応するものである。図11Aの正の電圧を印加した場合には、図11Bの負の電圧を印加した場合と比較して、垂直反磁界Hdが大きいため、磁化59の運動軌跡のz軸方向の振幅が小さくなっている。
【0027】
このように、電圧のみで他の力がない場合には、磁化反転は起こらない。
磁化反転を起こすのに必要な条件としては、図9に示したように、磁化の歳差運動の振幅が増加しなければならない。
【0028】
これに対して、本願の発明者が検討を重ねた結果、電圧を変えたときの磁性体の磁化の歳差運動の軌跡の変化に注目し、歳差運動と適当な同期をとって電圧を変調すると、電圧のみで歳差運動の振幅を増加させることができ、磁化反転に至ることを見いだした。
具体的には、反転させようとする磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で印加電圧を変調すると、効率的に磁化の方向を反転させることができる。
【0029】
そして、それぞれの周期が上述した関係にある場合において、印加電圧の変調と磁性体の磁化の歳差運動とが、それぞれある特定の位相であるときに、最も効率良く磁化を反転させることができる。
【0030】
また、歳差運動の位相と印加電圧の位相とを適当な値に保つために、外部磁場を用いて、この外部磁場の強さを変調することによって、磁性体の歳差運動を制御すれば、より効果的に磁化の反転を行うことができる。
外部磁場を変調する周期は、磁性体の磁化困難軸方向に外部磁場を印加する場合には電圧変調の周期の2倍の周期が適しており、磁性体の磁化容易軸方向に外部磁場を印加する場合には電圧変調の周期と同じ周期が適している。
【0031】
本発明の磁化反転方法では、少なくとも1つの磁性体と、この磁性体に接して配置され、電圧の印加により磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子を使用する。
そして、磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、この素子に対して印加して、素子の磁性体の磁化の方向を反転させる。
【0032】
磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、素子に対して印加することにより、磁性体の磁化の歳差運動の振幅を増大させることが可能になるので、容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができる。
これにより、磁性体の磁化の方向を反転させるために必要となる電流量を低減することが可能になる。
【0033】
スピントルクを利用して磁化の反転を行う素子に、さらに、上述した本発明の磁化反転方法を適用することによって、磁化の反転に必要となる電流を低減することができる。
【0034】
本発明のメモリは、上述した本発明の磁化反転方法を利用する。
そして、少なくとも1つの磁性体と、前記磁性体に接して配置され、電圧の印加により磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子を含んで、メモリを構成する。さらに、この素子に磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を印加する機構を含んで、メモリを構成する。
【0035】
素子に電圧を印加する機構により、磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を素子に印加するので、磁性体の磁化の歳差運動の振幅を増大させることができ、容易に磁性体の磁化の方向を反転させることができる。そして、素子の磁性体の磁化の方向を反転させることにより、素子に情報を記録することが可能になる。
これにより、情報を記録するために必要となる電流量を低減することが可能となり、消費電力の少ないメモリを実現することができる。
【0036】
ところで、磁性体の膜厚に対して、磁性体の膜面内の大きさが十分に大きく、垂直磁気異方性が飽和磁束密度よりも小さい場合には、磁性体は、その磁化が膜面内方向である面内磁化膜になる。
【0037】
従来から提案されている磁気メモリでは、一般的に、面内磁化膜の膜面内において形状を異方的にすることにより、膜面内での磁気異方性を付与して、膜面内の磁気異方性の方向を磁化の記録方向としている。
【0038】
図10に示した素子では、従来から提案されている磁気メモリと同様に、磁性体58が面内磁化膜となっており、磁性体58の磁化59の方向も磁性体58の膜面内方向になっている。素子に電圧を加えることにより、前述したように垂直反磁界Hdの大きさが変化するので、垂直磁気異方性が変化する。
【0039】
次に、電圧を利用した、本発明の磁化反転の方法について説明する。
ここでは、図10に示した素子を使用して、説明を行う。
【0040】
本発明の磁化反転方法の概念を説明するための歳差運動の軌跡の一形態を、図1に示す。なお、図1では、軸の表示を省略しているが、図11A及び図11Bの上の図と同様に、磁化の運動軌跡をx軸方向から見た図を示している。
【0041】
図1において、11は垂直反磁界Hdが小さい場合、即ち、図10の素子では負電圧を印加した場合の歳差運動の軌跡を示している。12は、垂直反磁界Hdが大きい場合、即ち、図10の素子では正電圧を印加した場合の歳差運動の軌跡を示している。図1では、それぞれの歳差運動の軌跡11,12を、点13から開始した場合を示しているが、いずれの軌跡11,12においても、歳差運動の振幅は減少するのみである。
【0042】
ここで、例えば、途中の点14から歳差運動を開始して、z軸頂点15に至るまでは垂直反磁界Hdの小さい軌道11で移行させ、頂点を過ぎてy軸を横切る点16までは垂直反磁界Hdの大きい軌道12で移行させる。その後も、同様に、z軸頂点15に至るまでは垂直反磁界Hdの小さい軌道11で移行させ、頂点を過ぎてy軸を横切る点16までは垂直反磁界Hdの大きい軌道12で移行させる。
これを繰り返すことにより、軌道17で示すように、磁化の歳差運動の振幅を増加させることができる。
【0043】
つまり、上述した形態の素子では、y軸を横切る点16からz軸頂点15までは負の電圧を印加して、z軸頂点15からy軸を横切る点16までは正の電圧を印加すれば、磁化の歳差運動の振幅を増加させて、電圧のみで磁化を反転させることが可能である。
即ち、磁化の歳差運動が1回転する1周期の間に、正の電圧と負の電圧とがそれぞれ2回ずつ印加されており、電圧の極性は2周期分変調されている。
従って、磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で、素子に印加する電圧を変調すればよい。
【0044】
なお、磁化の歳差運動の周期は、垂直反磁界Hdにも依存し、また印加する電圧の大きさによっても変わるので、それらを考慮して、電圧の変調を行う必要がある。
また、印加する電圧の変調の周期と、歳差運動の周期とを、合わせる必要がある。
【0045】
さらに好ましくは、磁化方向を検出しながらその位置によって電圧を変化させるのがよい。或いは、電圧に同期して外部磁場を引加し、その外部磁場によって磁化の歳差運動を電圧変化に同期させてもよい。
磁性体の磁化容易軸方向に磁場を印加する場合には、電圧の変調周期と同じ周期で磁場を変調させると、電圧の変調と歳差運動との同期がとれて好ましい。
磁性体の磁化困難軸方向に磁場を印加する場合には、電圧の変調周期の2倍の周期で磁場を変調させると、電圧の変調と歳差運動との同期がとれて好ましい。
【0046】
図1に示した形態に対して、電圧によって垂直磁気異方性だけでなく、磁性体の膜面内の磁気異方性の方向も変化するようにすると、より確実な磁化反転動作を実現することができる。
例えば、電圧によって、垂直磁気異方性だけでなく、膜面内の磁気異方性も変化させるような機構を付加して、この機構に初期電圧を与えることにより、歳差運動の開始位置を規定することができる。これにより、より確実な磁化反転が実現できる。
このような場合を、次に示す。
【0047】
次に、本発明の磁化反転方法の概念を説明するための歳差運動の軌跡の他の形態として、磁性体の膜面内の磁気異方性が変化する場合の歳差運動の軌跡の形態を、図2に示す。
図2に示す形態では、垂直反磁界Hdが小さく、磁性体の膜面内の磁気異方性が傾いていない場合(電圧1)の軌道11と、垂直反磁界Hdが大きく、磁性体の膜面内の磁気異方性が傾いている場合(電圧2)の軌道12とが、左右にずれた位置にある。
印加電圧を電圧2の状態で歳差運動が落ち着くまで保持すると、磁化方向は点21の所にある。この点21にある状態を初期状態として、電圧を電圧1に変化させると、磁化が動き出す。ここで、軌道上の点22で電圧1から電圧2に変化させ、軌道上の点23で電圧1から電圧2に変化させると、振幅が増加していく軌道24が得られる。
従って、この図2に示す形態においても、磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で電圧を変調すればよい。
【0048】
なお、初期磁化を与える電圧は、上述した図2に示す形態(電圧2)のように、軌道11,12の切り替えに使う電圧と同じ電圧(電圧1又は電圧2)でもよいし、軌道11,12の切り替えに使う電圧とは異なる電圧でもよい。
【0049】
次に、磁性体の磁化の歳差運動(図11を参照)を、それぞれの座標軸に投影した振動を、図3A〜図3Cに示す。
図3Aはx軸(磁化容易軸方向)に投影した振動を示し、図3Bはy軸(磁化困難軸方向)に投影した振動を示し、図3Cはz軸(膜面に垂直な方向の軸)に投影した振動を示している。
【0050】
図3Bに示す、磁化の歳差運動をy軸(磁化困難軸)に投影した振動の周期tに対して、図3Aに示す、磁化の歳差運動をx軸(磁化容易軸)に投影した振動の周期は、t/2と半分になる。
なお、図3Cに示す、磁化の歳差運動をz軸(膜面に垂直な方向の軸)に投影した振動の周期は、y軸に投影した振動の周期tと同じである。
そして、本発明の磁化反転方法における電圧変調の周期は、磁化の歳差運動の周期tの1/2であるため、磁化容易軸方向の磁場変調周期は電圧変調の周期と同じであり、磁化困難軸方向の磁場変調周期は電圧変調の周期の2倍になる。
【0051】
従って、素子に電圧を印加するだけでなく、さらに磁性体に外部磁場を加えるときには、図3に示す磁場変調周期に周期を合わせて、外部磁界を変調すればよい。
即ち、磁性体の磁化容易軸方向に磁場を印加する場合には、電圧の変調周期と同じ周期で磁場を変調させる。磁性体の磁化困難軸方向に磁場を印加する場合には、電圧の変調周期の2倍の周期で磁場を変調させる。
【0052】
なお、図10に示した素子では、磁化の方向が膜面内方向である面内磁化膜に対して、電圧を加えることより垂直磁気異方性を変化させていたので、垂直磁気異方性の大きさにより磁化の方向が傾く。
この他にも、電圧によって磁化の方向を傾ける方法としては、間に挟む誘電体の結晶方向を傾けておく方法や、磁性体の周囲の構造材料に硬度の異なる材料を組み合わせて、磁性体にかかる応力を非対称にする方法等がある。
【0053】
電圧によって磁気特性を制御する方法として、図10に示した素子では、圧電効果のある誘電体を磁性体と電極で挟んで、電圧による誘電体の変形を利用して磁性体に応力を与える方法を採用していた。これにより、磁性体の磁歪効果等により、磁性体の磁気特性(特に、磁気異方性)を制御することができる。
これに対して、電圧によって磁気特性を制御するその他の方法として、薄い磁性膜や磁性半導体等、電子のキャリア密度に敏感な磁性体を用いて、電場によるキャリア濃度の変化を利用して、磁性体の磁気特性を制御してもよい。
【0054】
印加する電圧は、正又は負のどちらか一方の極性で電圧を変調してもよいし、印加する電圧の極性を変調してもよい。また、これらを組み合わせてもよい。
【0055】
なお、スピントルクを用いて磁性体の磁化の反転を行う素子に、上述の電圧による磁気特性の制御機構を組み合わせて、本発明の磁化反転方法を適用することにより、スピントルクによる磁化反転電流を低減することができる。
具体的には、例えば、磁化を反転させる磁性体に対して、非磁性体(非磁性導体又は薄い絶縁膜)を介して、電流を流すことができる第2の磁性体を配置して、素子を構成する。そして、素子の磁性体に流す電流によって生じるスピントルクを用いて、磁性体の磁化の方向の反転を促す。第2の磁性体は磁化の方向が固定されていてもよい。
【0056】
以上、磁性体の磁化の方向が膜面内である面内磁化膜について説明したが、磁化の方向が膜面に垂直である垂直磁化膜においても、膜面内方向に垂直磁気異方性よりも弱い異方性を付与しておけば、同様な磁化反転動作が可能である。
【0057】
<2.第1の実施の形態(磁性体の磁化反転方法)>
次に、本発明の第1の実施の形態として、本発明の磁性体の磁化反転方法の実施の形態を説明する。
本発明の第1の実施の形態の磁化反転方法を適用する素子の概略構成図(斜視図)を、図4に示す。
磁性体31とその下の絶縁体32とにより、素子40が構成されている。矢印Mは、磁性体31の磁化容易軸及び磁化の方向を示している。
素子40の絶縁体32の下には、磁性体31に磁場を印加するための導体兼下部電極33が配置されている。
素子40の磁性体31には、図示しない上部電極が形成されている。そして、上部電極には、配線を介して、磁性体31と下部電極33との間に電圧をかけるための駆動回路35が接続されている。
下部電極33には、下部電極33に電流を流すための駆動回路36が接続されている。
さらに、2つの駆動回路35,36に、所定の周波数の高周波を発信する高周波発信器34が接続されている。この高周波発信器34は、発信する高周波により、素子40にかける電圧の極性をスイッチングする、
【0058】
次に、本発明の磁性体の磁化反転方法を適用して、図4に示す素子40において、磁性体31の磁化の方向を反転させる動作を説明する。
【0059】
まず、駆動回路36の駆動により、下部電極33に電流を流す。これにより、磁性体31の磁化M及び磁化容易軸の方向にほぼ平行な電流磁場を、磁性体31に加えることができる。
この状態で、高周波発信器34から発生する所定の周波数の高周波を使用して、駆動回路35の駆動により、素子40の磁性体31と下部電極33との間の電圧を、素子40の磁性体31の磁化Mの歳差運動の周期の2分の1の周期で変調する。
これにより、素子40の磁性体31の磁化Mの歳差運動の振幅を増大させることができるので、素子40の磁性体31の磁化Mの方向を反転させることができる。
【0060】
より好ましくは、駆動回路36を制御することにより、電流磁場を発生させるために下部電極33に流す電流を、素子40に印加する電圧の変調の周期と同じ周期で変調することが望ましい。これにより、さらに効率良く、磁性体31の磁化Mの方向を反転させることができる。
【0061】
上述の本実施の形態によれば、素子40を構成する磁性体31の磁化Mの歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、素子40に対して印加するので、磁性体31の磁化の歳差運動の振幅を増大させることが可能になる。これにより、容易に磁性体31の磁化Mの方向を反転させることができる。
従って、磁性体31の磁化Mの方向を反転させるために必要となる電流量を低減することが可能になる。
【0062】
(実施例)
ここで、実際に、図4に示した素子40を作製して、素子40の磁性体31の磁化反転特性を調べた。
下部電極33上に、膜厚5nmのSrTiO膜によって、絶縁体32を形成した。
次に、膜厚1.5nmのCoFe合金膜によって磁性体31を形成して、さらに、磁性体31上に、図示しない上部電極として銅を成膜した。
その後、絶縁体32、磁性体31、並びにその上の上部電極をパターニングして、素子40を形成した。素子40の平面パターンは、短軸100nm・長軸300nmの楕円形とした。このとき、磁性体31の保磁力は150[Oe]である。
さらに、素子40の上部電極に駆動回路35を接続し、下部電極33に駆動回路36を接続して、図4に示す素子40を作製した。
【0063】
作製した素子40に対して、磁性体31と下部電極33との間に印加する電圧を変化させて、垂直反磁界Hdの大きさを調べた。
その結果として、図4の素子の磁性体31と下部電極33との間に電圧を印加したときの印加電圧Veによる垂直反磁界Hdの大きさの変化を、図5に示す。
図5に示すように、印加電圧Veが正電圧であるときに垂直反磁界Hdが大きくなっており、印加電圧Veが負電圧であるときに垂直反磁界Hdが小さくなっている。そして、印加電圧Veが正の方に増大するのに従い、垂直反磁界Hdも増大している。
【0064】
そして、図4の素子40において、磁性体31と下部電極33との間にかかる電圧を±4Vで変化させ、磁性体31にかかる磁場を0[Oe]と30[Oe]及び0[Oe]と−30[Oe]で変化させた。
このとき、磁性体31に印加する磁場の方向によって、磁性体31の磁化Mの方向を制御することができた。
【0065】
次に、素子40の駆動周波数fを変化させて、それぞれの駆動周波数fにおける、上述の大きさの磁場を印加したときの磁性体31の磁化Mの方向の反転確率Pを測定した。
測定結果として、図4の素子40の駆動周波数f、即ち素子40に印加する電圧の変調の周波数を変化させたときの、磁性体31の磁化Mの反転確率Pの変化を、図6に示す。図6において、f0+は、+4Vの電圧をかけたときの歳差運動の周波数であり、f0−は、−4Vの電圧をかけたときの歳差運動の周波数である。電圧を±4Vで変調しているので、動作中の磁化Mの歳差運動の周波数は、f0+とf0−とのほぼ平均の周波数(=(f0++f0−)/2)になる。
図6より、磁化反転は、磁化Mの歳差運動の周波数の2倍の周波数(=f0++f0−)で変調したとき、即ち、磁化Mの歳差運動の周期の2分の1の周期で変調したときに観測される。
【0066】
従って、本発明の磁化反転方法を適用して、電圧によって磁気異方性が変化する素子において電圧の変調周期を磁化の歳差運動の周期の2分の1とすることにより、効果的な磁化反転を実現できることがわかる。
【0067】
上述した第1の実施の形態では、下部電極33に電流を流すことにより、素子40の磁性体31の磁化容易軸方向に電流磁場を印加している。
本発明の磁化反転方法では、素子の磁化困難軸方向に外部磁場を印加してもよく、素子の磁化容易軸方向及び磁化困難軸方向にそれぞれ外部磁場を印加してもよい。素子の磁化容易軸方向に外部磁場を印加する場合には、素子に印加する電圧の変調の周期の2倍の周期で、外部磁場を変調することが望ましい。
なお、外部磁場を印加しないで、素子に印加する電圧の変調のみとしてもよい。
また、電流磁場以外の機構によって、外部磁場を印加してもよい。
【0068】
<3.第2の実施の形態(磁性体を用いたメモリ)>
次に、本発明の第2の実施の形態として、本発明のメモリの実施の形態を説明する。
本発明の第2の実施の形態のメモリの概略構成図(斜視図)を、図7に示す。
図7に示すメモリは、図4と同様の構成の素子40をメモリセルに使用して、メモリセルを行列状に多数配列して、構成されている。図7では、4行6列のメモリセルを示している。
【0069】
同一行のメモリセルの素子40は、共通の下部電極33上に形成されていて、それぞれの下部電極33に駆動回路36が接続されている。
また、図示しないが、同一列のメモリセルの素子40の上部電極には、共通の配線が接続されている。そして、この共通の配線には、図4に示した駆動回路35と同様の構成の駆動回路が接続される。
【0070】
図7のメモリの基本的な動作は、図4の素子40の磁性体31の磁化反転の動作と同様である。即ち、下部電極33に電流を流して電流磁場を磁性体31に加えると共に、素子40の磁性体31の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で、素子40に印加する電圧を変調する。
ただし、下部電極33に電流を流すのは、記録を行うメモリセルを含むメモリセルの行の下部電極のみであり、素子40に電圧を印加するのは、記録を行うメモリセルを含むメモリセルの列のみである。これらの組み合わせにより、記録を行うメモリセルのみにおいて、素子40の磁性体31の磁化が反転して、記録が行われる。
【0071】
上述の本実施の形態のメモリの構成によれば、素子40の磁性体31の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で、素子40に印加する電圧を変調する。これにより、磁性体31の磁化の歳差運動の振幅を増大させることができ、容易に磁性体31の磁化の方向を反転させることができる。そして、素子の磁性体の磁化の方向を反転させることにより、素子に情報を記録することが可能になる。
従って、本実施の形態のメモリの構成によれば、情報を記録するために必要となる電流量を低減することが可能となり、消費電力の少ないメモリを実現することができる。
【0072】
また、本実施の形態のメモリの構成によれば、下部電極33に電流を流して電流磁場を磁性体31に加えることにより、電流磁場によって、さらに容易に素子40の磁性体31の磁化の方向を反転させることができる。
【0073】
上述の第2の実施の形態では、第1の実施の形態で使用した、図4に示した素子と同様の構成の素子を用いてメモリを構成したが、本発明のメモリは、その他の構成の素子にも適用することができる。
【0074】
また、上述の第2の実施の形態では、図4に示した素子と同様の構成の素子を用いてメモリを構成しているので、下部電極33に電流を流すことにより電流磁場を発生させて、この電流磁場を素子40に印加している。即ち、素子に磁場を印加する機構を設けて、メモリを構成している。
本発明では、電流磁場を素子に印加する代わりに、磁性体に対して非磁性体を介して第2の磁性体を設けて、素子に電流を流してスピントルクによって磁性体の磁化の方向を反転させるように、メモリを構成しても良い。この場合には、素子に電圧を印加する機構に加えて、さらに素子に電流を流す機構を設ける。
また、本発明では、素子への電圧の印加のみで、磁性体の磁化の方向を反転させるように、メモリを構成しても良い。
【0075】
本発明の磁性体の磁化反転方法を適用した素子は、図7に示したようなメモリの他にも、様々な用途に利用することが可能である。
例えば、ファラデー効果で偏光の透過・非透過をスイッチングさせることにより、光スイッチング素子を構成することや、表示装置の画素のスイッチングを行うことが、考えられる。
また例えば、磁気記録媒体に対して情報を記録する、書き込み用の磁気ヘッドに、本発明の方法を適用した素子を使用することも可能である。
【0076】
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成が取り得る。
【符号の説明】
【0077】
11,12 磁化の歳差運動の軌道、17,24 磁化の歳差運動の軌道、31 磁性体、32 絶縁体、33 (導体兼)下部電極、34 高周波発信器、35,36 駆動回路、40 素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体の磁化の方向を反転させる方法であって、
少なくとも1つの磁性体と、前記磁性体に接して配置され、電圧の印加により前記磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子に対して、
前記磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を、前記素子に印加して、前記磁性体の磁化の方向を反転させる
磁化反転方法。
【請求項2】
前記磁性体の磁化容易軸方向に、前記電圧の変調の周期と同じ周期で変調した磁場を加える、請求項1に記載の磁化反転方法。
【請求項3】
前記磁性体の磁化困難軸方向に、前記電圧の変調の周期の2倍の周期で変調した磁場を加える、請求項1又は請求項2に記載の磁化反転方法。
【請求項4】
電圧によって前記磁性体の膜面内の磁気異方性を変化させる機構をさらに含み、前記機構に初期電圧を与えることにより、前記磁性体の磁化の歳差運動の開始点を規定する、請求項1に記載の磁化反転方法。
【請求項5】
前記磁性体に対して非磁性体を介して電流を流すことができる第2の磁性体を配置し、前記磁性体に流す電流によって生じるスピントルクを用いて、前記磁性体の磁化反転を促す、請求項1に記載の磁化反転方法。
【請求項6】
磁性体から成る素子によって構成されたメモリであって、
少なくとも1つの磁性体と、前記磁性体に接して配置され、電圧の印加により前記磁性体の磁気特性を直接的に、或いは、間接的に、変化させることが可能な絶縁体とを含む素子と、
前記素子に、前記磁性体の磁化の歳差運動の周期の2分の1の周期で変調させた電圧を印加する機構とを含む
メモリ。
【請求項7】
前記磁性体に磁場を印加する機構をさらに含む、請求項6に記載のメモリ。
【請求項8】
前記素子によって構成されたメモリセルが行列状に配置され、前記電圧を印加する機構は同一列の前記メモリセルに共通に形成され、前記磁場を印加する機構は同一行の前記メモリセルに共通に形成されている、請求項7に記載のメモリ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−108991(P2011−108991A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264865(P2009−264865)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】