説明

磁気抵抗効果素子

【課題】スイッチング磁場の低減と誤書き込みの防止を図る。
【解決手段】本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子は、第1及び第2強磁性層と、第1及び第2強磁性層の間に配置される非磁性層とを有する記憶層を備え、第1及び第2強磁性層の交換結合の強度は、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開く形となるように設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気抵抗効果素子の形状及び構造に関し、特に、磁気ランダムアクセスメモリに適用される。
【背景技術】
【0002】
固体磁気メモリは、従来より様々のタイプのものが提案されている。近年、巨大磁気抵抗効果を示す磁気抵抗効果素子(magneto resistive element)を用いた磁気ランダムアクセスメモリの提案が行われ、磁気抵抗効果素子としては、強磁性トンネル接合を利用したものが主流になっている。
【0003】
強磁性トンネル接合は、例えば、強磁性層/絶縁層(トンネルバリア層)/強磁性層の積層構造から構成される。ここで、絶縁層に電圧をかけると、その絶縁層にトンネル電流が流れる。この場合、強磁性トンネル接合の接合抵抗値(絶縁層のトンネルコンダクタンス)は、2つの強磁性層の磁化の相対的角度の余弦に比例して変化する。
【0004】
つまり、2つの強磁性層の磁化が同じ向き(平行状態)のとき、接合抵抗値は最小になり、反対向き(反平行状態)のとき、接合抵抗値は最大になる。
【0005】
このような現象は、トンネル磁気抵抗(TMR: tunneling magneto resistive)効果と呼ばれている。例えば、最近では、TMR効果によるMTJ(magnetic tunnel junction)素子の抵抗値の変化率(MR比)は、常温において200%以上になることが報告されている。
【0006】
強磁性トンネル接合を持つ磁気抵抗効果素子においては、2つの強磁性層のうちの一方を、磁化状態が固定された基準層(ピン層)とし、他方を、データに応じて磁化状態が変化する記憶層(フリー層)とする。そして、例えば、基準層と記憶層の磁化が平行状態にあるときを“0”とし、反平行状態にあるときを“1”とする。
【0007】
データの書き込みは、例えば、書き込み線に流す書き込み電流により発生する磁場を磁気抵抗効果素子に与え、その磁気抵抗効果素子の記憶層の磁化の向きを反転させることにより行う。また、データの読み出しは、例えば、磁気抵抗効果素子の強磁性トンネル接合に読み出し電流を流し、TMR効果による強磁性トンネル接合の抵抗変化を検出することにより行う。
【0008】
このような磁気抵抗効果素子をメモリセルとしてアレイ状に配置することによりメモリセルアレイが構成される。メモリセルアレイの構造には様々のタイプのものが提案されている。例えば、高速ランダムアクセスが可能となるように、1つの磁気抵抗効果素子に1つのスイッチングトランジスタを接続させる1トランジスタ−1MTJタイプなどが知られている。
【0009】
また、ワードラインとビットラインとが交差する領域においてダイオードと強磁性トンネル接合とを直列接続する構造も提案されている。
【0010】
しかし、磁気ランダムアクセスメモリを実用化するに当たって解決しなければならない課題は多い。
【0011】
例えば、データ書き込みに関しては、メモリセルアレイを構成する磁気抵抗効果素子のスイッチング磁場のばらつきに起因するディスターブ問題を解決しなければならない。また、アストロイド曲線を窪ませ、磁気抵抗効果素子に書き込み選択性を持たせる工夫も必要である(例えば、特許文献1,2及び非特許文献1を参照)。
【0012】
また、磁気抵抗効果素子の微細化と書き込み電流の低減との両立を図らなければならない。現状では、磁気抵抗効果素子のサイズを小さくすると、その保磁力が大きくなり、磁化反転に必要なスイッチング磁場も大きくなる。この場合、磁場を発生させる書き込み電流の低減が難しく、消費電力が増加する。
【0013】
また、データを長時間安定に記憶するには、熱安定性を向上させなければならない。熱安定性は、熱揺らぎ定数と呼ばれるパラメータにより判断し、その値が大きいほど良い。しかし、熱揺らぎ定数は、強磁性層の体積と保磁力に比例するため、磁気抵抗効果素子の微細化が進むと、熱安定性が悪化する。
【特許文献1】特開平11−273337号公報
【特許文献2】米国特許第6,005,800号
【非特許文献1】Y.K.Ha et al.,2004 Symp. VSLI Technol. Dig. Tech. Papers, P.24
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の例では、磁気ランダムアクセスメモリにおけるスイッチング磁場の低減、誤書き込みの防止及び熱安定性の向上を実現するための磁気抵抗効果素子の形状及び構造を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子は、第1及び第2強磁性層と、第1及び第2強磁性層の間に配置される非磁性層とを有する記憶層を備え、第1及び第2強磁性層の交換結合の強度は、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開く形となるように設定される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の例によれば、磁気ランダムアクセスメモリにおけるスイッチング磁場の低減、誤書き込みの防止及び熱安定性の向上を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の例を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0018】
1. 概要
本発明の例は、SAF(synthetic antiferromagnetic free layer)構造の記憶層を有する磁気抵抗効果素子に関し、SAF構造を構成する2つの強磁性層の交換結合の強度を調整することにより、書き込みマージンが大きく、誤書き込みが発生し難いアストロイド特性を実現するものである。
【0019】
SAF構造の基本構造は、非磁性層と、これを間に挟み込んで互いに反強磁性結合する2つの強磁性層とからなる。
【0020】
ここで、このような磁気抵抗効果素子のアストロイド特性は、例えば、図1に示すように、磁化容易軸(Hx軸)上及び磁化困難軸(Hy軸)上でアストロイド曲線が閉じる形となっている。つまり、磁化容易軸方向又は磁化困難軸方向の磁場のみが印加されている半選択セルに対して、その磁場の大きさがスイッチング磁場(保磁力)Hc,Hkを超えると誤書き込みが発生する。
【0021】
データ書き込みは、アストロイド特性の2つの象限を利用する場合、例えば、第1及び第2象限を利用して実行される。
【0022】
データ書き込みに使用する象限の窪みを大きくすれば、スイッチング(磁化反転)が可能な領域としての書き込みマージンを大きくできるため、書き込みポイントWPを原点に近付け、スイッチングに必要な磁化容易軸方向の磁場H1及び磁化困難軸方向の磁場H2の値をそれぞれ小さくできる。
【0023】
しかし、メモリセルアレイを構成する複数の磁気抵抗効果素子の間には、ウェハプロセス上の理由から、図2に示すように、アストロイド曲線の形にばらつきが発生する。この場合、非選択セルや半選択セルの誤書き込み防止のために、書き込みマージンが小さくなる。
【0024】
これに対し、本発明の例によれば、SAF構造を構成する2つの強磁性層の交換結合の強度を調整することにより、例えば、図3に示すように、磁化困難軸(Hy軸)上でアストロイド曲線が閉じず、磁化困難軸方向にアストロイド曲線が開いた形のアストロイド特性を実現できる。
【0025】
具体的には、SAF構造を構成する2つの強磁性層の交換結合を弱くする。2つの強磁性層の交換結合の強度は、例えば、図4に示すように、2つの強磁性層の間に配置される非磁性層の厚さに依存する。そこで、本発明の例では、SAF構造を構成する非磁性層(例えば、Ru)の厚さを1nm以上とし、磁化困難軸上でアストロイド曲線が閉じないアストロイド特性を実現する。
【0026】
この場合、磁化困難軸方向の磁場のみが印加されるときは、その磁場の値にかかわらず、スイッチング(磁化反転)が生じることはないため、誤書き込み耐性を向上でき、かつ、大きな書き込みマージンを確保できる。
【0027】
また、磁化容易軸方向の磁場のみが印加されるときについては、例えば、磁気抵抗効果素子の記憶層の平面形状を、C形、台形などの磁化容易軸方向の中心線に対して非対称な平面形状の記憶層を持つ磁気抵抗効果素子を使用すると、アストロイド特性のHx軸上のスイッチング磁場(保磁力)Hcの値を大きくできる。これらの形状では、磁化容易軸方向にのみ磁場が印加された場合(半選択セル)に、C型磁区を構成する。C型磁区は反転しにいため、スイッチング磁場(保磁力)が大きくなる。
【0028】
その他、2回回転対称性(two times-rotation symmetry)を有し、かつ、磁化容易軸方向に延びる中心線及び磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でない形状とすることでも、スイッチング磁場(保磁力)Hcの値を大きくできる。
【0029】
ここで、2回回転対称であるとは、磁気抵抗効果素子の中心点Oを中心に右回り又は左回りに360°/2だけ回転したときに、初めの形状と合同になることである。つまり、2回回転対称性とは、磁気抵抗効果素子の中心点Oに対する点対称性(point symmetry)のことである。
【0030】
このような形状としては、平行四辺形、S十字形などがある。S十字形の基本形は、平行四辺形にその長辺から磁化困難軸方向に突出する突出部を付加した形状である。S十字形の特徴は、残留磁化がS型磁区を構成し、磁化容易軸方向にのみ磁場が印加された場合(半選択セル)に、2つのC型磁区を構成する点にある。C型磁区は反転しにいため、スイッチング磁場(保磁力)が大きくなる。
【0031】
磁気ランダムアクセスメモリの熱安定性を確保する上で最も重要なことは、ワードラインに流れる書き込み電流によって磁気抵抗効果素子の記憶層に印加される磁場HWL及びビットラインに流れる書き込み電流によって磁気抵抗効果素子の記憶層に印加される磁場HBLのうちのいずれか一方のみが印加される半選択セルの熱擾乱耐性を向上させる点にある。
【0032】
磁化困難軸方向の熱擾乱耐性は、(1-HWL/Hk)2 に比例し、磁化容易軸方向の熱擾乱耐性は、(1-HBL/Hc)2 に比例する。
【0033】
但し、Hkは、磁化困難軸方向の磁場Hyの絶対値を大きくし、磁化容易軸方向の磁場Hxの絶対値を小さくしていったときにアストロイド曲線が閉じる点であり、Hcは、磁化容易軸方向の磁場Hxの絶対値を大きくし、磁化困難軸方向の磁場Hyの絶対値を小さくしていったときにアストロイド曲線が閉じる点である。
【0034】
従って、熱擾乱耐性を向上させるには、WPWL(ワードライン方向の書き込みポイント) = HWL/Hk と、WPBL(ビットライン方向の書き込みポイント) = HBL/Hc とをそれぞれ小さな値とすることが重要である。そのために、アストロイド曲線がより窪んだ形になるよう、記憶層の形状などを工夫する。
【0035】
本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子では、Hkは、無限大であり、また、HBL/Hcは、記憶層の形状をC形、平行四辺形、S十字形などの形状とすることにより小さくできるため、熱擾乱耐性を向上できる。
【0036】
次に、図3のアストロイド特性とデータ書き込み時の記憶層の磁化パターンとの関係を説明する。
【0037】
磁気抵抗効果素子はC形とする。また、SAF構造を構成する非磁性層は、例えば、厚さ約2nmのRuから構成し、2つの強磁性層の交換結合の強度が弱くなるように設定する。
【0038】
同図(a)〜(e)に示すように、SAF構造を構成する2つの強磁性層の磁化方向はそれぞれ矢印で表す。また、磁気抵抗効果素子の記憶層の残留磁化は、C型磁区を構成しているものとする。
【0039】
まず、同図(b)に示すように、主に磁化容易軸方向の磁場Hxが印加される状態では、記憶層の磁化パターンは、1つのC型磁区を構成する。その結果、主に磁化容易軸方向の磁場Hxが印加される半選択セルについては、スイッチング磁場(反転磁場)Hswの値が大きくなる。
【0040】
次に、同図(c)に示すように、磁化容易軸方向の磁場Hxと磁化困難軸方向の磁場Hyが印加される状態では、記憶層の磁化パターンは、S型磁区を構成する。その結果、データ書き込みの対象となる選択セルについては、スイッチング磁場(反転磁場)Hswの値が小さくなり、アストロイド曲線が大きく窪む。
【0041】
次に、同図(d)に示すように、磁化困難軸方向の磁場Hyが大きくなると、記憶層の磁化は、磁化困難軸方向に近い方向を向くようになる。この時点では、2つの強磁性層の磁化の向きは、互いに反平行状態を維持する。
【0042】
ここで、反平行状態とは、2つの強磁性層の磁化の向きが互いに逆向きである状態のことをいう。
【0043】
次に、同図(e)に示すように、さらに、磁化困難軸方向の磁場Hyを大きくしていくと、異方性磁界が小さい強磁性層の磁化は、異方性磁界が大きい強磁性層に比べて磁化容易軸方向に近い方向を向くようになる。このため、2つの強磁性層の磁化の向きは、反平行状態を維持できなくなり、アストロイド曲線は、磁化困難軸方向において開いた形となる。
【0044】
尚、異方性磁界の大きさは、強磁性層の材料や厚さなどにより決定される。
【0045】
このように、本発明の例によれば、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開いた形となるため、磁化困難軸方向の磁場のみが印加される半選択セルの誤書き込みの防止と共に、スイッチング磁場の低減及び熱安定性の向上を実現できる。
【0046】
図4は、SAFの交換結合の強度と非磁性層の厚さとの関係を示している。
【0047】
交換結合には、反強磁性結合と強磁性結合がある。前者は、2つの強磁性層の磁化が反平行状態で互いに結合し、後者は、2つの強磁性層の磁化が平行状態で互いに結合する。
【0048】
非磁性層の厚さにより交換結合の種類と強度が変わるため、例えば、非磁性層の厚さを0.7nm以上、好ましくは、1nm以上、5nm以下の範囲内の値であって、2つの強磁性層が反強磁性結合する値に設定する。
【0049】
このようにすることで、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開くアストロイド特性を実現できる。
【0050】
尚、非磁性層の厚さが0.7nm未満の場合には、2つの強磁性層の交換結合が強くなるため、アストロイド曲線は、磁化困難軸上で閉じた形となる。
【0051】
図5は、SAF構造を有する磁気抵抗効果素子の磁気相図を示している。図5は、hj=2.1, t2=0.5・t1, Ms2=Ms1 の場合である。但し、hjは、カップリングの強さを表すパラメータ、Jは、SAF構造のカップリングエネルギー、Ms1, Ms2は、それぞれNiFeの磁化、Hk1, Hk2は、それぞれNiFeの異方性磁界であり、Hk1>Hk2とする。hjとJの関係は、厚い方の強磁性層のパラメータを用いて以下の式で表される。
【0052】
J=hj・Hk1・Ms1・t1
hj=2.1のSAF構造は、MTJのピンド層(pinned layer)に用いられるSAF構造に比べると非常に交換結合が弱い。トグル書込みのフリー層に用いられるSAF構造に比べても少し弱い。
【0053】
磁気相図において、外周は、飽和磁場(saturation field)に取り囲まれる。
【0054】
尚、磁気抵抗効果素子の記憶層は、例えば図6に示す構造を持つ。典型例を示すと、厚さt1のNiFe、厚さt2のNiFe、及び、これらの間に配置されるRu (厚さ 2nm)から構成される。
【0055】
磁化容易軸(Hx軸)近辺では、磁気抵抗効果素子の記憶層が少なくとも1つのC型磁区を構成することからスイッチング磁場の値が大きい。即ち、磁化容易軸方向の磁場のみでは、磁気抵抗効果素子の磁化は反転しないため、半選択セルのデータが失われることはない。
【0056】
磁化困難軸(Hy軸)方向の磁場については、飽和磁場まで達しなければ、いかに大きな磁場を印加したとしても磁気抵抗効果素子の磁化が反転することはない。即ち、磁化困難軸方向の磁場のみでも、磁気抵抗効果素子の磁化は反転しないため、半選択セルのデータが失われることはない。
【0057】
図3のように、困難軸方向に開いたアステロイド曲線が得られる条件は、SAF構造を構成するパラメータt1, t2, Hk1, Hk2, Ms1, Ms2, Jで与えられる。
【0058】
例えば、 Ms1=Ms2=Msの場合は、t1/t2とHs=J(t1+t2)/(Ms・t1・t2)をパラメータにして図7の斜線部分で与えられる。即ち、t2/t1及びHsを図7の斜線分に相当する値で設計することにより、困難軸方向に開いたアステロイド曲線を得ることができる。
【0059】
尚、t2/t1は、0.1以上、0.9以下が望ましい。Hsは、20 Oe以上、800 Oe以下が望ましい。hjは、0.6以上、80以下が望ましい。この範囲内では、全般に、t2/t1が大きくなると、Hsやhjの最適値は大きくなる。
【0060】
図8に、p=t2/t1の関数として、hjの最適な範囲を図示した。斜線部が最適な範囲である。
【0061】
一般式で表すと、凡そ以下の式になる。
hj≧12p4 式(1)
かつ hj≦580p4 式(2)
磁化容易軸方向の磁場と磁化困難軸方向の磁場を印加するときは、“0”−書き込み及び“1”−書き込み共に、小さな磁場でスイッチング磁場(switching field)を超えるため、容易にデータ書き込み、即ち、磁化反転を行うことができる。
【0062】
本発明の例によるSAF構造を用いたデータ書き込みをトグル(toggle)書き込みと比較すると、本発明の例では、トグル書き込みに必要な磁場の半分以下の磁場で書き込みを行うことができる。
【0063】
従って、本発明の例によるSAF構造は、トグル書き込み方式よりも書き込み電流の低減と低消費電力化の面で優れている。
【0064】
次に、ワードラインに流れる書き込み電流により発生する磁化困難軸方向の磁場のみが印加される半選択セルに関し、スイッチング(磁化反転)のために越えなければならないエネルギーバリアについて記す。
【0065】
図9は、磁気抵抗効果素子の記憶層のエネルギーマップの例を示している。記憶層の構造は図6であり、hj=2.0, p=t2/t1=0.5の場合を計算したものである。
【0066】
横軸は、SAF構造を構成する2つの強磁性層(NiFe)のうちの一方の磁化方向が磁化容易軸となす角度を表し、縦軸は、2つの強磁性層(NiFe)のうちの他方の磁化方向が磁化容易軸となす角度を表している。
【0067】
磁化反転時に越えなければならないエネルギーバリアは、図9(a),(b)の矢印の両端のエネルギー差に相当する。一般に、(a)のゼロ磁場の場合に比べて、(b)の磁場中においてはエネルギーバリアが低下する。
【0068】
ワードラインに流れる書き込み電流により発生する磁場HWL(=Hy)のみが印加される半選択状態(同図(b))では、その磁場HWLの値としては、例えば、1.5 Hkに設定される。ここで、Hkは、SAF構造の記憶層を構成する2つの強磁性層の異方性磁界のうち大きなほうの値である。
【0069】
このような半選択状態では、スイッチング(磁化反転)に必要なエネルギーバリアは、hj = 2.0のときには、磁場が零のときのエネルギーバリア(同図(a))に比べて約0.60倍に低下する。この低下の度合いは、記憶層が1つの強磁性層のみからなる場合に比べて弱い。この低下の度合いは、記憶層が1つの強磁性層のみからなる場合の、書き込みポイントWPWL=0.23に相当する。
【0070】
また、hj = 1.5のときには、スイッチングに必要なエネルギーバリアは、磁場が零のときのエネルギーバリアに比べて約0.72倍に低下する。この低下の度合いは、記憶層が1つの強磁性層のみからなる場合の、WPWL=0.15倍に相当する。
【0071】
記憶層が1つの強磁性層のみからなる場合に、WPWLが0.15〜0.23に小さくなるようアストロイド曲線を窪ませることは困難である。本発明では、SAF構造でかつ2枚の強磁性層の膜厚比に応じて交換結合の強度を最適値に調整することで、半選択状態でのエネルギーバリアの低下を従来よりも抑制した。
【0072】
さらに、図10では、p=t2/t1をパラメータにしてエネルギーバリアΔEの外部磁場依存性を計算した例を示す。
【0073】
ここでは、hj=2.0の場合を計算した。横軸は、外部磁場HapplをHkでノーマライズ(normalize)した値、縦軸は、ΔEを外部磁場ゼロの値(ΔE)でノーマライズした値である。
【0074】
この図を見ると、p=0の単層フリー層の場合に比べて、SAFフリー層では外部磁場印加時のエネルギーバリアがあまり低下しないことが分かる。pが0.3以下では、エネルギーバリアの低下が顕著なので、pは0.3を越えることが望ましい。さらには、pが0.5以上の場合が、ΔE/ΔEの極小値が0.5以上になるので望ましい。但し、pの最適値範囲は、hjに依存して変化する。
【0075】
図11では、hjをパラメータにしてエネルギーバリアΔEの外部磁場依存性を計算した例を示す。
【0076】
ここでは、p=t2/t1=0.5の場合を計算した。横軸は、外部磁場HapplをHkでノーマライズした値、縦軸は、ΔEを外部磁場ゼロの値でノーマライズした値である。
【0077】
尚、p=t2/t1=0.5の場合、hjが10を越えると、エネルギーバリアの低下が顕著になるため、hjは、10以下が望ましい。さらには、hjを2以下にすると、ΔE/ΔEの極小値が0.5以上になるため、望ましい。但し、hjの最適値範囲は、pに依存して変化する。
【0078】
図12では、pの関数としてhjの最適範囲を描いた。斜線部が最適範囲である。また、図13では、t1=4nmの場合について、t2の関数としてhjの最適範囲を描いた。斜線部が最適範囲である。
【0079】
一般式で表すと、凡そ以下の式になる。
hj≦40p4 式(3)
このように、本発明の例によれば、半選択セルのエネルギーバリアを高くできるため、熱安定性に優れた磁気抵抗効果素子を提供できる。
【0080】
前述した、困難軸方向に開いたアステロイド曲線が得られる条件である式(1)及び式(2)と、半選択時のエネルギーバリア低下分が50%以下となる条件である式(3)とを合わせると、本発明に最適な範囲は、凡そ以下の式で表される。
【0081】
12p4≦hj≦40p4 式(4)
フリー層材料特性の安定性や再現性を考えると、pに適当な範囲がある。pが小さい場合は、薄い方の強磁性層が薄くなりすぎて連続膜になり難くなる問題や、上下の層との拡散で特性が不安定になる問題がある。
【0082】
従って、pは、0.05以上が望ましい。さらには、pは、0.1以上が好ましい。SAF構造の材料異方性に起因するトータルのHkは、一般に、膜厚和/膜厚差に比例する。膜厚差が小さい場合は、膜厚誤差によってHkが大きく変化する。
【0083】
このため、反転磁界バラツキを抑制する観点からは、pは、あまり1に近くない方が良い。即ち、pは、0.95以下が望ましい。さらには、pは、0.9以下が好ましい。これらのpの条件と式(3)及び式(4)から、hjは、33以下が望ましい。さらには、hjは、27以下が好ましい。
【0084】
2. 磁気抵抗効果素子の記憶層の平面形状
本発明の例による効果を最大限に発揮するには、記憶層の平面形状が、磁化容易軸方向に延びる中心線に対して非対称な形状であるとよい。
【0085】
例えば、図14の磁気抵抗効果素子MTJは、平面形状がC形である。C形は、磁化容易軸方向の中心線に対して非対称な形状である。
【0086】
また、記憶層の平面形状が、2回回転対称性を有し、かつ、磁化容易軸方向に延びる中心線及び磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でない形状を採用しても、本発明の例による効果を最大限に発揮できる。
【0087】
例えば、図15及び図16の磁気抵抗効果素子MTJは、共に、平面形状がS十字形である。S十字形は、2回回転対称性を有し、かつ、磁化容易軸方向に延びる中心線及び磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でない形状である。
【0088】
S十字形の場合、アストロイド曲線の形状が磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でなくなる。例えば、アストロイド曲線の第1及び第3象限の窪みが第2及び第4象限の窪みよりも大きくなる。このような場合には、第1及び第3象限をデータ書き込みに使用する。
【0089】
例えば、“1”−書き込み時にはアストロイド曲線の第1象限を用い、“0”−書き込み時にはアストロイド曲線の第3象限を用いる。この場合、“1”−書き込み時にワードライン及びビットラインに流れる書き込み電流の向きと、“0”−書き込み時にワードライン及びビットラインに流れる書き込み電流の向きとは、逆になる。
【0090】
尚、磁気抵抗効果素子の記憶層の平面形状によっては、第2象限と第4象限が第1象限と第3象限に比べて大きく窪む場合がある。このような場合には、第2象限と第4象限とを用いてデータ書き込みを実行する。
【0091】
図17は、従来形、S十字形及びC形を比較して示している。
従来形としては、ここでは、十字形(従来形1)及び楕円形(従来形2)の2つを掲げている。
【0092】
十字形及び楕円形は、2回回転対称性を有するが、磁化容易軸方向に延びる中心線及び磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称である。
【0093】
C形は、磁化容易軸方向に延びる中心線に対して非対称である。
【0094】
S十字形は、2回回転対称性を有すると共に、磁化容易軸方向に延びる中心線及び磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でない。
【0095】
3. 実施の形態
次に、最良と思われる実施の形態について説明する。
【0096】
(1) メモリセルアレイ構造
図18は、磁気ランダムアクセスメモリのメモリセルアレイを示している。
メモリセルは、磁気抵抗効果素子MTJから構成される。磁気抵抗効果素子MTJは、アレイ状に配置される。磁気抵抗効果素子MTJの形状は、例えば、磁化容易軸方向に延びる中心線に対して非対称であり、磁化困難軸方向に延びる中心線に対して対称であるC形である。
【0097】
磁気抵抗効果素子MTJの下部には、x方向に延びるワードラインWLi−1,WLi,WLi+1が配置される。ワードラインWLi−1,WLi,WLi+1の一端には、ワードラインドライバ/シンカー1が接続され、他端には、ワードラインドライバ/シンカー2が接続される。
【0098】
アストロイド曲線の第1象限と第3象限を使用してデータ書き込みを行う場合には、ワードラインWLi−1,WLi,WLi+1には、書き込みデータの値に応じて異なる向きの書き込み電流IWLが流れる。
【0099】
例えば、“1”−書き込み時には、ワードラインドライバ/シンカー2からワードラインドライバ/シンカー1に左向きの書き込み電流が流れ、“0”−書き込み時には、ワードラインドライバ/シンカー1からワードラインドライバ/シンカー2に右向きの書き込み電流が流れる。
【0100】
尚、アストロイド曲線の第1象限と第2象限を使用してデータ書き込みを行う場合には、ワードラインWLi−1,WLi,WLi+1には常に一方向(右向き)の書き込み電流IWLを流せばよい。この場合には、ワードラインドライバ/シンカー1の代わりにワードラインドライバ1を置き、ワードラインドライバ/シンカー2の代わりにワードラインシンカー2を置けば良いので、回路構成が簡略化され、チップ面積が減少する利点がある。
【0101】
磁気抵抗効果素子MTJの上部には、y方向に延びるビットラインBLj−1,BLj,BLj+1が配置される。ビットラインBLj−1,BLj,BLj+1の一端には、ビットラインドライバ/シンカー3が接続され、他端には、ビットラインドライバ/シンカー4が接続される。
【0102】
ビットラインBLj−1,BLj,BLj+1には、書き込みデータの値に応じて異なる向きの書き込み電流IBLが流れる。
【0103】
例えば、“1”−書き込み時には、ビットラインドライバ/シンカー4からビットラインドライバ/シンカー3に下向きの書き込み電流が流れ、“0”−書き込み時には、ビットラインドライバ/シンカー3からビットラインドライバ/シンカー4に上向きの書き込み電流が流れる。
【0104】
読み出し回路については、図18では省略しているが、データ読み出しは、メモリセルアレイのタイプに適した読み出し回路を用いて実行する。
【0105】
例えば、図19に示すように、クロスポイントタイプでは、ワードラインWLiには、選択トランジスタSTwを経由してセンスアンプSAが接続され、ビットラインBLjには、選択トランジスタSTBを経由して電源が接続される。
【0106】
磁気抵抗効果素子CとワードラインWLiとの間には、ダイオードDが配置される。ダイオードDは、クロスポイントタイプに特有の読み出し/書き込み時における回り込み電流(sneak current)を防止する機能を有する。
【0107】
回り込み電流は、非選択のワードラインWLiと非選択のビットラインBLjにバイアス電位を与えることにより回避する。
【0108】
また、図20に示すように、はしごタイプでは、読み出しビット線RBLjには、選択トランジスタSTを経由して抵抗素子Rが接続される。センスアンプSAは、抵抗素子Rの両端に発生する電圧を検出することにより読み出しデータをセンスする。ビットラインBLjの一端には、電源が接続され、他端には、例えば、選択トランジスタSTを経由して接地点が接続される。
【0109】
さらに、図21及び図22に示すように、1トランジスタ−1MTJタイプでは、磁気抵抗効果素子Cの一端には、選択トランジスタST2を経由してセンスアンプSAが接続される。ビットラインBLjには、選択トランジスタST1を経由して電源が接続される。
【0110】
尚、図22の構造では、磁気抵抗効果素子Cの一端は、引き出し線としての下部電極Lに接続される。このため、磁気抵抗効果素子Cの直下に選択トランジスタST2が配置されても、ワードラインWLiを磁気抵抗効果素子Cの近傍に配置できる。
【0111】
(2) 磁気抵抗効果素子の構造例
次に、磁気抵抗効果素子の構造例について説明する。
【0112】
A. 構造例1
構造例1は、平面形状がC形である磁気抵抗効果素子に関し、図14の平面形状に相当する。C形の角部は全て丸くなっている。
【0113】
磁気抵抗効果素子は、磁化容易軸方向に長く、磁化困難軸方向に短い。磁気抵抗効果素子の幅(磁化困難軸方向の幅)の最大値は、例えば、約0.3μmに設定され、磁気抵抗効果素子の長さ(磁化容易軸方向の長さ)の最大値は、例えば、約0.6μmに設定される。
【0114】
また、他の例として、磁気抵抗効果素子の幅の最大値は、例えば、約0.2μmに設定され、磁気抵抗効果素子の長さの最大値は、例えば、約0.3μmに設定される。
【0115】
磁気抵抗効果素子の幅については、これらの例に限定されることはないが、磁気抵抗効果素子の高集積化を考慮すると、1μm以下が好ましい。
【0116】
また、磁気抵抗効果素子の長さについては、磁気抵抗効果素子の幅の1倍から10倍までの範囲内の値、さらに好ましくは、1.1倍から2.5倍までの範囲内の値に設定する。
【0117】
B. 構造例2
構造例2は、平面形状がS十字形である磁気抵抗効果素子に関し、図15又は図16の平面形状に相当する。
【0118】
S十字形は、延在部と突出部とからなり、例えば、図15の形状の場合、延在部は、磁化容易軸方向に長い平行四辺形を有し、突出部は、平行四辺形の長辺から磁化困難軸方向に突出する。
【0119】
また、図16の形状の場合、延在部は、磁化容易軸方向に長い長方形を有し、突出部は、長方形の長辺から磁化困難軸方向に突出する。また、長方形の2つの対角線の少なくとも1つ上に存在する角が切り落とされる。
【0120】
S十字形の角部は全て丸くなっている。
【0121】
磁気抵抗効果素子は、磁化容易軸方向に長く、磁化困難軸方向に短い。磁気抵抗効果素子の幅(磁化困難軸方向の幅)は、例えば、中央部で約0.5μmに設定され、磁化容易軸方向の端部で約0.35μmに設定される。磁気抵抗効果素子の長さは、例えば、約0.8μmに設定される。
【0122】
また、他の例として、磁気抵抗効果素子の幅は、例えば、中央部で約0.2μmに設定され、磁化容易軸方向の端部で約0.13μmに設定される。磁気抵抗効果素子の長さは、例えば、約0.4μmに設定される。
【0123】
磁気抵抗効果素子の幅については、これらの例に限定されることはないが、磁気抵抗効果素子の高集積化を考慮すると、1μm以下が好ましい。
【0124】
また、磁気抵抗効果素子の長さについては、磁気抵抗効果素子の幅の1倍から10倍までの範囲内の値、さらに好ましくは、1.1倍から2.5倍までの範囲内の値に設定する。
【0125】
磁気抵抗効果素子の突出部の長さ(磁化困難軸方向の長さ)は、磁気抵抗効果素子の延在部の幅の最大値の1/7以上、1/4以下の範囲内の値に設定する。
【0126】
C. 構造例3
構造例3は、磁気抵抗効果素子の層構造に関する。
【0127】
図23は、磁気抵抗効果素子の層構造の例を示している。
磁気抵抗効果素子MTJは、ワードラインWLiとビットラインBLjの交差部に配置される。磁気抵抗効果素子MTJは、例えば、反強磁性層/強磁性層(ピンド層)/絶縁層(トンネルバリア層)/強磁性層(フリー層)の積層構造から構成され、かつ、上部電極と下部電極によって挟み込まれている。
【0128】
フリー層は、SAF構造を有する。即ち、フリー層は、強磁性層A/非磁性層/強磁性層Bの積層構造から構成される。また、2つの強磁性層A,Bの異方性磁界HkA,HkB は、異なり(例えば、HkA>HkB )、両者は、互いに弱く反強磁性結合している。
【0129】
この例では、ピンド層がフリー層の下に配置されるボトムピンタイプであるが、ピンド層がフリー層の上に配置されるトップピンタイプであってもよい。
【0130】
また、ピンド層は、単層から構成されているが、これに代えて、2つの強磁性層とこれらの間に配置される非磁性層とから構成してもよい。
【0131】
(3) 磁気抵抗効果素子の材料例
SAF構造フリー層の2つの強磁性層を構成する材料としては、本例では、NiFe が好ましいが、これに限られることはなく、例えば、Co9 Fe10, Fe, Co, Ni などの金属、これら金属を積層したもの、又は、これら金属の少なくとも1つを含む合金 (CoFeB, CoFeNi, NiFeZrなど)を使用することができる。
【0132】
ここで、2つの強磁性層のうちの一方の異方性磁界Hk2は、一方の異方性磁界Hk1の0.1倍以上、1倍未満に設定する。さらには、0.9倍以下が望ましい。
【0133】
2つの強磁性層の間に配置される非磁性層を構成する材料としては、Ru, Ir, Rh, Cu などの非磁性金属、又は、これら金属の少なくとも1つを含む合金を使用することができる。
【0134】
非磁性層の厚さは、磁化困難軸方向のアストロイド曲線を開くために、pに応じて適当な反強磁性結合(antiferromagnetic coupling)強度を確保する厚さ、具体的には、0.7nm以上、好ましくは、1nm以上、5nm以下の範囲内の値に設定する。
【0135】
SAF構造を構成する2つの強磁性層の交換結合の強度は、上述のように非磁性層の厚さにより調整できるが、この他に、非磁性層を合金から構成し、その合金の組成を調節することで交換結合の強度を調整することもできる。
【0136】
交換結合の強度は、パラメータhj により規定される。本発明の例では、このパラメータhj は、0.6以上、80以下の値、好ましくは、1.1以上、27以下の範囲内の値に設定される。
【0137】
ここで、hj = J / (Hk・Ms・t) であり、Jは、SAF構造のカップリングエネルギー、Hkは、2つの強磁性層の異方性磁界Hk1,Hk2のうち大きなほうの値、Ms 及びtは、それぞれ大きな異方性磁界Hkを持つ強磁性層の磁化及び厚さである。
【0138】
このように、SAF構造における交換結合の強度を調整することにより、データを消失させる磁化困難軸方向の反転磁界は、記憶層が1つの強磁性層のみから構成されるときのそれの少なくとも2倍以上になる。
【0139】
(4) 交換結合の強度とアストロイド曲線(実験結果)
図24及び図25は、アストロイド特性の実験結果を示している。
この実験では、3種類のサンプルを用意し、交換結合の強度によりアストロイド曲線がどのように変化するかを検証する。
【0140】
サンプル1は、記憶層の構造を、上層から下層に向けてNiFe(3nm)/CoFe(0.5nm) /Ru(2nm)/CoFe(0.5nm)/NiFe(4nm)とした磁気抵抗効果素子(括弧内の数値は膜厚)であり、弱い交換結合(反強磁性結合)を持つSAF構造に関する。
【0141】
サンプル1のアストロイド特性は、図24に示すように、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開いている。この場合、全ての象限において理想的なL形のアストロイド曲線を実現でき、誤書き込み耐性の向上を図れる。
【0142】
サンプル2は、記憶層の構造を、上層から下層に向けてNiFe(3nm)/CoFe(0.5nm) /Ru(0.8nm)/CoFe(0.5nm)/NiFe(4nm)とした磁気抵抗効果素子(括弧内の数値は膜厚)であり、強い交換結合(反強磁性結合)を持つSAF構造に関する。
【0143】
サンプル2のアストロイド特性は、図25(a)に示すように、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が閉じている。この場合、特に、磁化困難軸方向の磁場のみが印加される半選択状態における誤書き込み耐性が悪くなる。
【0144】
サンプル3は、記憶層の構造を、上層から下層に向けてNiFe(5nm)/CoFe(0.5nm)とした磁気抵抗効果素子(括弧内の数値は膜厚)である。
【0145】
サンプル3のアストロイド特性は、図25(b)に示すように、アストロイド曲線が磁化困難軸上及び磁化容易軸上で閉じている。この場合、磁化困難軸方向の磁場のみが印加される半選択状態と磁化容易軸方向の磁場のみが印加される半選択状態の双方における誤書き込み耐性が悪くなる。
【0146】
尚、ここでは、アステロイド曲線が開くとは、磁化困難軸方向の磁場を強くしていったときに、アステロイド曲線が次第に磁化困難軸から離れていくことを意味し、アステロイド曲線が閉じるとは、磁化困難軸方向の磁場を強くしていったときに、アステロイド曲線が次第に磁化困難軸に近づくことを意味する。
【0147】
(5) 交換結合の強度とアストロイド曲線(シミュレーション結果)
図26は、アストロイド特性のシミュレーション結果を示している。
磁気抵抗効果素子の形状(MTJ形状)は、同図(a)に示すように、サイズ0.5μm×0.29μmのC形とする。SAF:交換結合 弱は、サンプル1の条件に対応し、SAF:交換結合 強は、サンプル2の条件に対応し、単層は、サンプル3の条件に対応する。
【0148】
このシミュレーションでは、上述の実験結果とほぼ同様のアストロイド特性を得ることができ、実験結果を裏付けることができた。
【0149】
図27乃至図30は、弱い交換結合を持つSAF構造の磁気抵抗効果素子に磁場を与えた場合の磁化状態をシミュレーションしたものである。
【0150】
強磁性層A,Bは、SAF構造を構成する層である。カップリングエネルギーJは、0.02erg/cm2 とし、交換結合の強度は、上述の実験結果のサンプル1と同程度に設定する。この時、hjはおおよそ2程度である。
【0151】
弱い交換結合を持つSAF構造では、2つの強磁性層の異方性磁界を異なる値にすると、書き込み磁場としての外部磁場を与えたときに、異方性磁界の値が大きい強磁性層は、異方性磁界が小さい強磁性層よりも外部磁場の影響を受け易いために、反平行状態が崩れる。
【0152】
ここで、異方性磁界とは、強磁性層の残留磁化による磁界のことであり、その値は、形状(厚さを含む)と材料により決定される。
【0153】
形状による異方性磁界を形状異方性磁界、材料による異方性磁界を材料異方性磁界と呼び、両者を足し合わせたものを異方性磁界と称している。
【0154】
異方性磁界の値が大きいと、その磁化は、外部磁場の影響を受け易く、異方性磁界の値が小さいと、その磁化は、外部磁場によらず、残留磁化の磁化方向を向き易くなる。
【0155】
磁化困難軸方向の磁場Hyのみを磁気抵抗効果素子に与えた場合の磁化状態は、図27及び図28に示すようになる。
【0156】
磁化困難軸方向の磁場Hyの値が小さいとき(Hy=75 Oe)は、図27に示すように、2つの強磁性層A,Bの磁化方向は互いに反平行状態を維持するため、スイッチング磁場Hswの値(Hx)は小さくなる。
【0157】
これに対し、磁化困難軸方向の磁場Hyの値が大きくなると(Hy=150 Oe)、図28に示すように、2つの強磁性層A,Bの磁化方向は反平行状態を維持できなくなり、スイッチング磁場Hswの値は大きくなる。
【0158】
つまり、磁化困難軸方向の磁場Hyの値が大きくなるにつれて2つの強磁性層A,Bのうち、異方性磁界の値が小さい強磁性層Bは、異方性磁界の大きい強磁性層Aに比べて磁場Hyの影響を受け難いために、その磁化は、磁化容易軸方向に引き戻され、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開く。
【0159】
磁気抵抗効果素子に、磁化困難軸方向に一定の磁場Hyを与えた上で、さらに磁化容易軸方向に磁場Hxを少しずつ増大させながら与えた場合の磁化状態は、図29及び図30に示すようになる。
【0160】
磁化困難軸方向の磁場Hyの大きさは、固定(Hy=150 Oe)とする。
【0161】
図29は、Hx=41 Oeの磁化反転直前の磁化状態を示している。
【0162】
これに対し、少し磁化容易軸方向の磁場Hxの値が大きくなると(Hx=42 Oe)、図30に示すように、磁化反転が起きる。
【0163】
(5) ドライバ/シンカーの回路例
ドライバ/シンカーの回路例について説明する。
【0164】
ここでは、アストロイド曲線の第1象限と第3象限を用いてデータ書き込みを実行する場合のドライバ/シンカーの回路例について説明する。
【0165】
図31は、ワードラインドライバ/シンカーの回路例を示している。
ワードラインドライバ/シンカー1,2は、例えば、図18におけるワードラインドライバ/シンカー1,2に対応する。
【0166】
ワードラインドライバ/シンカー1は、ドライバとしてのPチャネルMOSトランジスタP1と、シンカーとしてのNチャネルMOSトランジスタN1と、デコーダとしてのNANDゲート回路ND1及びアンドゲート回路AD1とから構成される。
【0167】
ワードラインドライバ/シンカー2は、ドライバとしてのPチャネルMOSトランジスタP2と、シンカーとしてのNチャネルMOSトランジスタN2と、デコーダとしてのNANDゲート回路ND2及びアンドゲート回路AD2とから構成される。
【0168】
図32は、ビットラインドライバ/シンカーの回路例を示している。
ビットラインドライバ/シンカー3,4は、例えば、図18におけるビットラインドライバ/シンカー3,4に対応する。
【0169】
ビットラインドライバ/シンカー3は、ドライバとしてのPチャネルMOSトランジスタP3と、シンカーとしてのNチャネルMOSトランジスタN3と、デコーダとしてのNANDゲート回路ND3及びアンドゲート回路AD3とから構成される。
【0170】
ビットラインドライバ/シンカー4は、ドライバとしてのPチャネルMOSトランジスタP4と、シンカーとしてのNチャネルMOSトランジスタN4と、デコーダとしてのNANDゲート回路ND4及びアンドゲート回路AD4とから構成される。
【0171】
データ書き込み時には、書き込み信号WRITEが“H”になる。また、選択されたi番目のロウのロウアドレス信号iの全ビットが“H”になり、選択されたj番目のカラムのカラムアドレス信号jの全ビットが“H”になる。
【0172】
書き込みデータが“1”である“1”−書き込み時には、DATA=“H”になるため、PチャネルMOSトランジスタP2,P4及びNチャネルMOSトランジスタN1,N3がオン、PチャネルMOSトランジスタP1,P3及びNチャネルMOSトランジスタN2,N4がオフになる。
【0173】
その結果、ワードラインドライバ/シンカー2からワードラインドライバ/シンカー1に左向きの書き込み電流が流れ、かつ、ビットラインドライバ/シンカー4からビットラインドライバ/シンカー3に下向きの書き込み電流が流れ、第1象限を用いたデータ書き込みが実行される。
【0174】
書き込みデータが“0”である“0”−書き込み時には、DATA=“L”になるため、PチャネルMOSトランジスタP1,P3及びNチャネルMOSトランジスタN2,N4がオン、PチャネルMOSトランジスタP2,P4及びNチャネルMOSトランジスタN1,N3がオフになる。
【0175】
その結果、ワードラインドライバ/シンカー1からワードラインドライバ/シンカー2に右向きの書き込み電流が流れ、かつ、ビットラインドライバ/シンカー3からビットラインドライバ/シンカー4に上向きの書き込み電流が流れ、第3象限を用いたデータ書き込みが実行される。
【0176】
(6) 製造方法
次に、本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子の製造方法について説明する。
【0177】
磁気抵抗効果素子は、一般的には、光、電子ビーム及びX線のいずれかを用いてレジストを露光し、かつ、現像によりレジストパターンを形成し、この後、このレジストパターンをマスクにして、イオンミリング又はエッチングにより磁性材料及び非磁性材料を加工することにより形成される。
【0178】
大きなサイズ、例えば、ミクロンオーダーの磁気抵抗効果素子を形成する場合には、レジストパターンを転写したハードマスク(例えば、酸化シリコン、窒化シリコンなど)を形成し、このハードマスクをマスクにして、反応性イオンエッチング(RIE)により磁性材料及び非磁性材料を加工し、磁気抵抗効果素子を得る。
【0179】
小さなサイズ、例えば、2〜3 μm から 0.1μmまでのサブミクロンサイズの磁気抵抗効果素子を形成する場合には、光リソグラフィを用いることができる。この場合は、光リソグラフィによりレジストパターンを形成し、このレジストパターンをハードマスクに転写する。このハードマスクをマスクにして、反応性イオンエッチング(RIE)により磁性材料及び非磁性材料を加工し、磁気抵抗効果素子を得る。
【0180】
微細なサイズ、例えば、0.5μm以下のサイズを持つ磁気抵抗効果素子を形成する場合には、電子ビーム露光を用いることができる。この場合は、電子ビーム露光によりレジストパターンを形成し、このレジストパターンをハードマスクに転写する。このハードマスクをマスクにして、反応性イオンエッチング(RIE)により磁性材料及び非磁性材料を加工し、磁気抵抗効果素子を得る。
【0181】
他に、本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子の平面形状を得るに当たって有望な製造方法として、2ステップ・プロセスと呼ばれる製造方法がある。
【0182】
この2ステップ・プロセスは、磁気抵抗効果素子をパターニングするときのマスクとなるハードマスクの製造方法に関する。
【0183】
図33は、2ステップ・プロセスの第1例を示している。
第1例は、図14のC形を作る場合の例である。
【0184】
まず、同図(a)に示すように、1回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト11のパターンをハードマスク(例えば、SiO)12に転写する。この時点では、ハードマスク12の形状は台形である(第1ステップ)。
【0185】
次に、同図(b)及び(c)に示すように、2回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト13のパターンをハードマスク12に転写する。即ち、ハードマスク(台形)12の底辺(又は長辺)の中央部を窪ませると、C形のハードマスク12が形成される(第2ステップ)。
【0186】
この後、このハードマスク12を用いて磁気抵抗効果素子MTJのパターニングを行うと、C形の磁気抵抗効果素子MTJが完成する。
【0187】
このような2ステップ・プロセスによれば、長さが0.5μm以下の微細なC形磁気抵抗効果素子を容易に形成できる。
【0188】
図34は、2ステップ・プロセスの第2例を示している。
第2例も、図14のC形を作る場合の例である。
【0189】
まず、同図(a)に示すように、1回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト11のパターンをハードマスク(例えば、SiO)12に転写する。この時点では、ハードマスク12の形状は台形であり、その幅W+αは、完成予定幅Wよりも大きく設定される(第1ステップ)。
【0190】
次に、同図(b)及び(c)に示すように、2回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト13のパターンをハードマスク12に転写する。即ち、ハードマスク(台形)12の幅W+αを狭めると共に、その底辺(又は長辺)の中央部を窪ませると、C形のハードマスク12が形成される(第2ステップ)。
【0191】
この後、このハードマスク12を用いて磁気抵抗効果素子MTJのパターニングを行うと、C形の磁気抵抗効果素子MTJが完成する。
【0192】
このような2ステップ・プロセスにおいても、長さが0.5μm以下の微細なC形磁気抵抗効果素子を容易に形成できる。この方法の利点は、下側のふたつの角を直角に近いシャープな形に形成できることである。これによって磁化過程が好ましいものになる。
【0193】
図35は、2ステップ・プロセスの第3例を示している。
第3例は、図15のS十字形を作る場合の例である。
【0194】
まず、同図(a)に示すように、1回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト11のパターンをハードマスク(例えば、SiO)12に転写する。この時点では、ハードマスク12の延在部に相当する部分は長方形である(第1ステップ)。
【0195】
次に、同図(b)及び(c)に示すように、2回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト13のパターンをハードマスク12に転写する。即ち、ハードマスク12の延在部に相当する部分(長方形)の短辺を斜めに切り落とす(第2ステップ)。
【0196】
この後、このハードマスク12を用いて磁気抵抗効果素子MTJのパターニングを行うと、磁気抵抗効果素子MTJは、平行四辺形の延在部とこの延在部から突出する突出部とを有するS十字形となる。
【0197】
このような2ステップ・プロセスによれば、磁気抵抗効果素子MTJの延在部の形状を、短辺が直線的に切り落とされた平行四辺形にすることができる。この場合、アストロイド曲線の非対称性が顕著に現れるため、第1象限と第3象限(又は第2象限と第4象限)を用いた書き込み方法が有効となる。
【0198】
図36は、2ステップ・プロセスの第4例を示している。
第4例も、図15のS十字形を作る場合の例である。
【0199】
まず、同図(a)に示すように、1回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト14のパターンをハードマスク(例えば、SiO)15に転写する。ハードマスク15は、磁気抵抗効果素子MTJの延在部の形状を決定する(第1ステップ)。
【0200】
次に、同図(b)に示すように、ハードマスク15の側壁(サイドウォール)に絶縁層(例えば、SiN)16を形成する。
【0201】
そして、同図(c)及び(d)に示すように、2回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト17のパターンをハードマスクとしての絶縁層16に転写する。ハードマスクとしての絶縁層16は、磁気抵抗効果素子MTJの突出部の形状を決定する(第2ステップ)。
【0202】
この後、これらハードマスク15,16を用いて磁気抵抗効果素子MTJのパターニングを行うと、磁気抵抗効果素子MTJは、短辺の一部が切り落とされた長方形の延在部とこの延在部から突出する突出部とを有するS十字形となる。
【0203】
2ステップ・プロセスの第3例と第4例を組み合わせた3ステップ・プロセスを用いると、さらに望ましいMTJ形状を微細に作りこむことが出来る。
【0204】
図37に、3ステップ・プロセスの例を示している。
延在部と突出部の両方の形状を精密に制御して作り込むプロセスである。
【0205】
まず、同図(a)に示すように、複数のメモリセルに跨ってライン&スペースからなるハードマスク(例えばSiO2)を形成する。次に、同図(b)に示すように、ハードマスク15の側壁(サイドウォール)に絶縁層(例えば、SiN)16を形成する(第1ステップ)。
【0206】
そして、同図(c)及び(d)に示すように、2回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト13のパターンをハードマスク15と絶縁層16に転写する。即ち、ハードマスク15の延在部の形状を決定する(第2ステップ)。
【0207】
さらに、同図(e)及び(f)に示すように、3回目の光リソグラフィ及びエッチングステップを行い、フォトレジスト17のパターンをハードマスクとしての絶縁層16に転写する。ハードマスクとしての絶縁層16は、磁気抵抗効果素子MTJの突出部の形状を決定する(第3ステップ)。
【0208】
この後、これらハードマスク15,16を用いて磁気抵抗効果素子MTJのパターニングを行うと、磁気抵抗効果素子MTJは、延在部と突出部の両方が、磁気特性からみて望ましい形状を有するS十字形となる。
【0209】
このような2ステップ・プロセスや3ステップ・プロセスによれば、突出部の形状を精密に制御できるため、アストロイド曲線のばらつきの低減に有効である。
【0210】
(7) 情報書き込み方法
図38は、本発明の例に関わる磁気抵抗効果素子に適用される情報書き込み方法のいくつかの例を示している。
【0211】
本発明の例で提案する磁気抵抗効果素子に対する情報書き込み方法で重要な点は、磁化困難軸Hy方向の磁界印加を終了した後に、磁化容易軸Hx方向の磁界印加を終了する点にある。
【0212】
同図(a)〜(d)に示す4種類の情報書き込み方法により得られるアステロイド特性を説明する。灰色部は、磁化反転しない領域を示し、斜線部は、磁化反転する領域を示している。実線矢印は、磁化フリー層の磁化方向を左向きから右向きに反転させる際の磁界ベクトルである。
【0213】
本発明の例に関わる書き込み方法では、同図(a)又は(c)に示すように、磁化反転を行った後の磁界の消滅の仕方に関し、まず、磁化困難軸Hy方向の磁界印加を終了した後に、磁化容易軸Hx方向の磁界印加を終了する。
【0214】
これに対し、比較例としての書き込み方向では、同図(b)又は(d)に示すように、磁化反転を行った後の磁界の消滅の仕方に関し、まず、磁化容易軸Hx方向の磁界印加を終了した後に、磁化困難軸Hy方向の磁界印加を終了する。
【0215】
本発明の例と比較例とを比べると、本発明の例では、磁化反転が起こる斜線部の領域が顕著に広く、広い動作マージンが確保されるのに対し、比較例では、点線で囲った領域に磁化反転が起こらない領域が現れ、動作マージンが狭くなっていることが分かる。
【0216】
これらの書き込み方法によるアステロイド特性の違いは、書き込みが終了した時点で磁化が向くべき方向、即ち、磁化容易軸Hx方向の磁界のみを印加した状態から、磁化容易軸Hx方向の磁界の大きさを小さくしていき、磁界印加を終了させることにより、磁化反転が安定して行われることを意味している。
【0217】
以上のように、磁化反転を行った後、磁化困難軸Hy方向の磁界印加を終了した後に、磁化容易軸Hx方向の磁界のみが印加される状態を作ることにより、高集積メモリに必要なアステロイド特性を得ることができる。
【0218】
尚、磁化反転前における磁界印加の方法については、特に限定されない。
【0219】
例えば、同図(a)又は(b)に示すように、磁化困難軸Hy方向の磁界を与えた後に、磁化困難軸Hy方向と磁化容易軸Hx方向の磁界を印加して磁化反転を行うようにしてもよいし、同図(c)又は(d)に示すように、磁化容易軸Hx方向の磁界を与えた後に、磁化困難軸Hy方向と磁化容易軸Hx方向の磁界を印加して磁化反転を行うようにしてもよい。
【0220】
さらには、同図(e)に示すように、磁化困難軸Hy方向と磁化容易軸Hx方向の磁界を同時に印加するようにしても、磁化反転後の磁界印加を終了する順番を、磁化困難軸Hy方向の磁界印加の終了→磁化容易軸Hx方向の磁界印加の終了、とすることにより、動作マージンを広げることができる。
【0221】
(8) その他
メモリセルアレイ構造(図18)に関し、磁気抵抗効果素子MTJは、全て同じ方向を向いていることを前提とする。
【0222】
但し、x方向に隣接する2つの磁気抵抗効果素子MTJを鏡映対称又は点対称にレイアウトすることもできる。また、y方向に隣接する2つの磁気抵抗効果素子MTJを鏡映対称又は点対称にレイアウトすることもできる。
【0223】
これらの場合において、1トランジスタ−1MTJタイプのセルアレイ構造を採用する場合には、1つのトランジスタ(選択素子)を複数の磁気抵抗効果素子MTJで共有することができる。
【0224】
4. 効果
本発明の例によれば、以下の効果を得ることができる。
【0225】
a) SAF構造における2つの強磁性層の交換結合の強度を、二つの磁性層の膜厚比に応じて適度に弱くすることで、磁化困難軸方向におけるアストロイド曲線が開き、ワード線に流れる書き込み電流により発生する磁化困難軸方向の磁場のみが印加される半選択セルの誤書き込み耐性を向上できる。
【0226】
b) また、C形、S十字形などの形状を採用することで、ビット線に流れる書き込み電流により発生する磁化容易軸方向の磁場のみが印加される半選択セルについては、少なくとも1つのC型磁区が構成されることにより、同様に、誤書き込み耐性を向上できる。
【0227】
c) 全ての象限についてアストロイド曲線はL形になるため、書き込みマージンが増大する。また、書き込みポイントの位置を下げる、即ち、書き込みポイントをアストロイド特性図における原点に近付けることにより、書き込み電流の低減と低消費電力化に貢献できる。
【0228】
d) 書き込みポイントの位置が下がることで、半選択セルの熱擾乱耐性が向上すると共に、磁気抵抗効果素子のサイズの縮小化を実現でき、メモリセルのスケーラビリティ(scalability)が向上する。
【0229】
e) また、2ステップ・プロセスや3ステップ・プロセスを採用すれば、C形やS十字形などの平面形状を有する磁気抵抗効果素子に関し、プロセスの面から実際にそのサイズを縮小できるため、高集積、高速、低消費電力の磁気ランダムアクセスメモリを提供できる。
【0230】
f) 第1象限と第2象限(又は第3象限と第4象限)のアストロイド曲線が非対称であるときは、第1象限と第3象限(又は第2象限と第4象限)を利用してデータ書き込みを実行することもできる。
【0231】
g) 本発明の例は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、各構成要素を変形して具体化できる。また、上述の実施の形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合せにより種々の発明を構成できる。例えば、上述の実施の形態に開示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよいし、異なる実施の形態の構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0232】
【図1】参考例としてのアストロイド曲線を示す図。
【図2】参考例としてのアストロイド曲線を示す図。
【図3】本発明の例に関わるアストロイド曲線を示す図。
【図4】SAFの交換結合の強度と非磁性層の厚さとの関係を示す図。
【図5】SAFの磁気相図を示す図。
【図6】図5の磁気相図に関わる記憶層の構造を示す図。
【図7】Hsとpとの関係を示す図。
【図8】pとhjとの関係を示す図。
【図9】SAFとしての記憶層のエネルギーマップを示す図。
【図10】エネルギーバリアの外部磁場依存性を示す図。
【図11】エネルギーバリアの外部磁場依存性を示す図。
【図12】pの関数としてhjの最適範囲を示す図。
【図13】t2の関数としてhjの最適範囲を示す図。
【図14】C形磁気抵抗効果素子を示す図。
【図15】S十字形磁気抵抗効果素子を示す図。
【図16】S十字形磁気抵抗効果素子を示す図。
【図17】C形、S十字形及び従来形を比較して示す図。
【図18】磁気ランダムアクセスメモリのメモリセルアレイの例を示す図。
【図19】読み出し回路の例を示す図。
【図20】読み出し回路の例を示す図。
【図21】読み出し回路の例を示す図。
【図22】読み出し回路の例を示す図。
【図23】磁気抵抗効果素子の構造例を示す図。
【図24】弱い交換結合のSAFのアストロイド曲線を示す図。
【図25】強い交換結合のSAFと単層構造の記憶層のアストロイド曲線を示す図。
【図26】困難軸方向に開くアストロイド曲線を示す図。
【図27】困難軸方向の磁場による磁気抵抗効果素子の磁化状態を示す図。
【図28】困難軸方向の磁場による磁気抵抗効果素子の磁化状態を示す図。
【図29】容易軸及び困難軸方向の磁場による磁気抵抗効果素子の磁化状態を示す図。
【図30】容易軸及び困難軸方向の磁場による磁気抵抗効果素子の磁化状態を示す図。
【図31】ワードラインドライバ/シンカーの例を示す回路図。
【図32】ビットラインドライバ/シンカーの例を示す回路図。
【図33】ハードマスクの製造方法の第1例(C形)を示す図。
【図34】ハードマスクの製造方法の第2例(C形)を示す図。
【図35】ハードマスクの製造方法の第3例(S十字形)を示す図。
【図36】ハードマスクの製造方法の第4例(S十字形)を示す図。
【図37】3ステップ・プロセスの例を示す図。
【図38】情報書き込み方法を示す図。
【符号の説明】
【0233】
1,2: ワードラインドライバ/シンカー、 3,4: ビットラインドライバ/シンカー、 11,13,14,17: フォトレジスト、 12,15,16: ハードマスク、 MTJ: 磁気抵抗効果素子、 WLi−1,WLi,WLi+1: ワードライン、 BLj−1,BLj,BLj+1: ビットライン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1及び第2強磁性層と、前記第1及び第2強磁性層の間に配置される非磁性層とを有する記憶層を具備し、前記第1及び第2強磁性層の交換結合の強度は、磁化困難軸方向のアストロイド曲線が開く形となるように設定されることを特徴とする磁気抵抗効果素子。
【請求項2】
前記非磁性層の厚さは、1nm以上、5nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項3】
前記第1及び第2強磁性層の異方性磁界の値は異なり、前記磁化困難軸方向の磁場のみが印加されるときの前記第1及び第2強磁性層の磁化の向きは反平行状態でないことを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項4】
前記第1及び第2強磁性層の内、異方性磁界の大きな方の磁性層の異方性磁界Hkと磁化Msと膜厚tと第1及び第2強磁性層のカップリングエネルギーJとを用いてhj=J/(Hk・Ms・t)の式で表されるパラメータhjと、前記第1及び第2強磁性層の内、異方性磁界の大きな方の磁性層の膜厚tに対する異方性磁界の小さな方の磁性層の膜厚t’の比p=t’/t とを使って、hjとpとの関係が12p4≦hj≦40p4であることを特徴とする請求項3に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項5】
前記記憶層は、磁化容易軸方向の中心線に対して非対称な形状を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項6】
前記記憶層は、2回回転対称性を有し、かつ、磁化容易軸方向に延びる中心線及び前記磁化困難軸方向に延びる中心線に対して鏡映対称でない形状を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項7】
前記記憶層の角部は全て丸くなっていることを特徴とする請求項5又は6に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項8】
前記第1及び第2強磁性層は、それぞれ、NiFe, Co9 Fe10, Fe, Co, Ni を含む金属のうちの1つ、これら金属を積層したもの、又は、これら金属の少なくとも1つを含む合金から構成されることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項9】
前記非磁性層は、Ru, Ir, Rh, Cu を含む金属のうちの1つ、又は、これら金属の少なくとも1つを含む合金から構成されることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項10】
磁化容易軸方向に延びる中心線に対して非対称の台形からなる第1パターンを形成する工程と、前記台形の底辺の中央部に窪みを形成し、C形からなる第2パターンを形成する工程と、前記第2パターンをハードマスクとして磁気抵抗効果素子のパターニングを行う工程とを具備することを特徴とする磁気抵抗効果素子の製造方法。
【請求項11】
磁化容易軸方向に延びる中心線に対して非対称の台形からなる第1パターンを形成する工程と、前記台形の幅を狭めると共に前記台形の底辺の中央部に窪みを形成し、C形からなる第2パターンを形成する工程と、前記第2パターンをハードマスクとして磁気抵抗効果素子のパターニングを行う工程とを具備することを特徴とする磁気抵抗効果素子の製造方法。
【請求項12】
請求項1乃至9に記載の磁気抵抗効果素子に対して、磁界による情報書き込みを行う際に、磁化困難軸方向への磁界印加を終了した後に、磁化容易軸方向への磁界印加を終了することを特徴とする情報書き込み方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【公開番号】特開2007−96092(P2007−96092A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285054(P2005−285054)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】