説明

耐剥離性および耐摩耗性にすぐれる表面被覆切削工具

【課題】Ti系合金などの硬質難削材の湿式切削加工において硬質被覆層が耐剥離性と耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の最表面に0.5〜3.4μmの平均層厚を有するTiとAlの酸窒化物層、下部層に0.8〜4.0μmの平均層厚を有するTiとAlの窒化物層を被覆してなる切削工具であって、酸窒化物層は表面から深さ方向に蛇行経路を持って分布する微細孔を有する多孔質形状を備え、酸窒化物層を表面から観察した際の微細孔に内接する円の直径を微細孔の孔径とした場合、微細孔の孔径は0.1〜1.5μmであり、酸窒化物層の比表面積が0.4〜1.0m/gであり、酸窒化物層を表面から観察した場合の基材上面積に対する前記微細孔開口部の面積比が0.05〜0.3であることを特徴とする表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式切削条件において硬質被覆層の表面に潤滑性とすぐれた放熱性を有する多孔質形状酸窒化物層を備えるため、特に各種のNi系合金やTi系合金などの高熱を発する硬質難削材の切削を行った場合にも、高熱が発生しにくく、溶着が発生することによる硬質被覆層の剥離を抑制し、長期に亘ってすぐれた耐剥離性と耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
また、高速度工具鋼、超硬合金またはサーメットなどで構成された工具基体の表面に、最上層の膜厚が0.1〜1.5μmの範囲にあり、幅が0.1〜10.0μmレベルのポアを持つ被覆層が形成された切削工具が知られている。
【0004】
さらに、前記従来被覆工具は、アークイオンプレーティング法でTiNまたはTiAlNを成膜した後、最上層を膜厚で0.1〜1.5μmだけ成膜し、反応ガスNにArを加えることにより最上層表面に形成されるドロップレットから飛び出した溶融粒子であるTiの金属を、超微細なアルミナ粉またはジルコニア細粉を含む研磨剤をアークイオンプレーティング表面に対し圧力(0.5〜2)×10Pa程度で弱く吹き付けるブラスト処理(研掃処理)を行い、または、超微細なダイヤ砥粒をアークイオンプレーティング表面に対しブラスト処理を行うエアロラップで溶融粒子であるTiの金属の除去を行い、表面上に幅が0.1〜10.0μm程度で深さ0.1〜1.5μmのレベルのポアを持つ被覆膜を形成することにより製造されることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−153072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工装置の高性能化および自動化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化し、かつ被削材の種類に限定されない汎用性のある被覆工具が強く望まれる傾向にあるが、前記従来被覆工具においては、これをAl-Si系合金などの硬質難削材の切削加工を行った場合には長寿命を示すものの、これを熱伝導率が低く、切削時に工具刃先に熱が留まりやすい、各種のNi系合金やTi系合金などの硬質難削材の高速切削加工を行った場合には、切削時に発生するきわめて高い発熱による工具刃先への溶着が起きやすく、これを原因として、硬質被覆層の剥離が起こり、チッピングしてしまうため、比較的短時間にて使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、前記の硬質難削材の高速切削加工において硬質被覆層がすぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った結果、次のような知見を得た。
【0008】
まず、従来被覆工具(特許文献1)においては、TiN層またはTiAlN層をアークイオンプレーティング法で成膜しており、これをAl-Si系合金などの硬質難削材などの切削加工に用いた場合には特段の問題も生じないが、これを特に各種のNi系合金やTi系合金などの硬質難削材の高速切削加工に用いた場合には、切削油の保持効果が十分でないことに起因するきわめて高い発熱によって溶着が生じ、その溶着による硬質被覆層の剥離が起こることを突き止めた。
【0009】
そこで、本発明者らは、溶着発生が起こりにくく、かつ、高い切削油保持効果を有するTiAlNO層組織に着目して研究を行ったところ、TiAlN層を成膜するに当たり、特許文献1に示されるように単純にアークイオンプレーティング法で成膜するのではなく、アークイオンプレーティング法によりTiAlNの硬質皮膜を成膜後、アシストガンを用い特定の条件にて酸素プラズマ処理を行い、硬質被覆層表面に正の電荷を蓄えやすい絶縁体である薄い酸化膜を形成させ、基体とその周辺に形成されたプラズマ中酸素陰イオンまたは電子を媒介としたアーク放電に起因する絶縁破壊を起こすことにより、蛇行経路を持って分布する微細孔を有するTiAlNO層を表面層に形成でき、このようにして得られた硬質被覆層は、各種のNi系合金やTi系合金などの硬質難削材の高速切削加工においても、表面組織がポーラスであること及び微細孔形状に起因した高い切削油保持効果から、発熱しにくく、溶着も生じにくいTiAlNO層を成膜し得ることを見出したのである。
【0010】
具体的に言うならば、図1に、アークイオンプレーティング装置の概略平面図を示すが、アークイオンプレーティング装置にTi−Al合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置し、装置内雰囲気を、Ar雰囲気にし、アーク放電を行って、反応ガスとしてNを導入し硬質皮膜を成膜後、アシストガンを用い、放電電圧130V、フィラメント電流36A、コイル電流16A、バイアス電圧100Vにて酸素プラズマ処理を行うと、湿式切削において高い切削油保持効果を有し、放熱効率が大きく向上する多孔質形状を有する酸窒化物層を上層に形成できるため、切削時に発生する高い発熱による溶着を生じにくくし、溶着による被膜の剥離を抑制することができる。
【0011】
それにより、この結果の被覆工具は、特に著しい高熱発生を伴う各種のNi系合金やTi系合金などの硬質難削材の湿式高速切削において、上層にはすぐれた切削油剤の保油性、放熱性、耐溶着性を有する酸窒化物層、及び下層には酸素プラズマ未処理部に相当するすぐれた耐摩耗性を有する窒化物層が両立することにより、特に、溶着に起因する硬質被覆層の剥離が抑制されることで、すぐれた耐剥離性と耐摩耗性を長期に亘って発揮するようになる、ということを見出したのである。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の最表面に(Ti1−XAl)(N1−Y)(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.75を示し、Yは0.1〜0.4を示す。)を満足し、0.5〜3.4μmの平均層厚を有するTiとAlの酸窒化物層、下部層に(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.75を示す。)を満足し、0.8〜4.0μmの平均層厚を有するTiとAlの窒化物層を被覆してなる切削工具であって、
前記酸窒化物層は表面から深さ方向に蛇行経路を持って分布する微細孔を有する多孔質形状を備え、前記酸窒化物層を表面から観察した際の微細孔に内接する円の直径を微細孔の孔径とした場合、微細孔の孔径は0.1〜1.5μmであり、
前記酸窒化物層の比表面積が0.4〜1.0m/gであり、
前記酸窒化物層を表面から観察した場合の基材上面積に対する前記微細孔開口部の面積比が0.05〜0.3であることを特徴とする表面被覆切削工具。」に特徴を有するものである。
【0013】
つぎに、本発明の被覆工具について、詳細に説明する。
最表面の多孔質形状を有するTiとAlの酸窒化物層の組成:
多孔質形状を有する表面酸窒化物層の窒素と酸素の合量に占める平均酸素含有割合Y(ただし、原子比)は、0.1以下であると切削中に形成される潤滑性を向上させる酸化物が十分に形成せず、0.4以上であると酸化物が多く形成してしまい、組織がもろくなる、もしくは大量の酸素の固溶により組織の格子ひずみが大きくなり、壊れやすくなることから、酸窒化物層の平均酸素含有割合Yを0.1〜0.4と定めた。
【0014】
また、TiとAlの合量に占めるAlの含有割合X(ただし、原子比)は、0.40未満であるとTiN格子中TiサイトへのAl置換が与える格子歪みに起因する高い硬度及び酸化保護膜による耐酸化性が得られず、0.75以上であると十分な硬さを有さない六方晶構造酸窒化物が形成し、所望の高温靭性、高温強度が得られないことから、Alの含有割合Xを0.40〜0.75と定めた。
最表面の多孔質形状を有するTiとAlの酸窒化物層の平均層厚:
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の最表面に形成するTiAlNO層は、その平均層厚が0.5μm未満では、十分な切削油剤保持効果が得られず、一方、その平均層厚が3.4μmを越えると、Ni系合金やTi系合金などの硬質難削材の高速切削では溶着に起因する剥離は抑制できるが、切刃部のチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を0.5〜3.4μmと定めた。
下部層の窒化物層の組成:
下部層を構成するTiとAlの窒化物層のTiとAlの合量に占めるAlの含有割合X(ただし、原子比)は、0.40未満であるとTiN格子中TiサイトへのAl置換が与える格子歪みに起因する高い硬度及び切削中に形成する緻密な酸化保護膜による耐酸化性が得られず、0.75以上であると十分な硬さを有さない六方晶構造窒化物が形成し、所望の高温靭性、高温強度が得られないことから、Alの含有割合Xを0.40〜0.75と定めた。
窒化物層の平均層厚:
プラズマ未処理部に相当する窒化物層は、その平均層厚が0.8μm未満では、窒化物層が有する耐摩耗性を発揮することができず、一方、その平均層厚が4.0μmを超えると切刃部のチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を0.8〜4.0μmと定めた。
微細孔の形状と孔径:
酸窒化物層が有する微細孔は、球状の微細孔ではなく酸窒化物層の表面から深さ方向に蛇行経路を有する形状を成している。そして、酸窒化物層を表面から観察した際の微細孔に内接する円の直径を微細孔の孔径とした場合、平均孔径が0.1μm未満では、十分な量の切削油剤が保持しにくくなり、一方、その平均孔径が1.5μmを超えると毛細管現象による切削油剤の保持効果が小さくなるとともに、組織が切削時の負荷に耐えられず破壊することから、その平均孔径を0.1〜1.5μmと定めた。
比表面積:
比表面積、すなわち単位重量あたりの面積が0.4m/g以下であると、十分な切削油剤を保持するための毛管力を与える表面積が十分でないため、高い発熱による溶着が起きやすくなり、剥離してしまう。また、1.0m/g以上を満たすものは、微細孔の孔径が非常に小さく、微細孔の数は多いものであり、耐摩耗性に乏しい酸窒化物層となることから組織が破壊してしまう。また、油剤保持量が少なくなってしまうことから、酸窒化物層の比表面積を0.4〜1.0m/gと定めた。なお、ここでいう比表面積とは、基材上単位面積における酸窒化物層の重量を酸素プラズマ処理により変形したプラズマ処理前の硬質被覆層の重量と同一であると仮定し、原子間力顕微鏡により測定した表面積を前記仮定した重量で除した値である。
【0015】
さらに、先行技術に開示されているような従来の球状に近い微細孔では、重量および表面積を両立させることはできず、本発明に特有な毛細管現象による切削油剤保持効果を奏することができない。
【0016】
すなわち、従来は、ドロップレットの機械的・科学的な除去や硬質皮膜内部に炭素化合物を析出させ、溶解させるなどの方法で微細孔を作製しているが、これらの方法では球状および球に近い形状の孔しか作製できない。しかし、本発明によれば、深さ方向に曲がりながら分布している細長形の微細孔を作製できるため、表面積が大きく、孔径が小さいことに起因する切削油剤の高い保持効果により、従来技術の微細孔より切削寿命の延長効果が期待できる。
【0017】
一般に、毛細管現象により円柱管に液体を保持した際の液面の高さは管の内径が小さいほど高くなることが知られており、それゆえに内径が小さいほど切削油剤を保持する量は高くなる。しかし、球状および球に近い形状の孔しか作製できなければ球状の孔の内径と体積は単純増加の関係にあるので、切削油剤を保持する十分な力と保持する十分な量を両立できない。
【0018】
つまり、従来技術では、切削油剤をとどめるための毛細管現象による効果は低く、切削油剤の保持が十分にできない。
酸窒化物層を表面から観察した場合の基材上面積に対する前記微細孔開口部の面積比:
微細孔開口部の面積比が小さいと切削油剤の保持効果が小さくなる。一方、大きいと組織が切削時の負荷に耐えられず破壊する。そこで、酸窒化物層を表面から観察した場合の基材上面積に対する前記微細孔開口部の面積比を0.05〜0.3と定めた。
【0019】
本発明の被覆工具の製造方法を次に説明する。
【0020】
前述のような硬質被覆層は、例えば、図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング(AIP)装置に基体を装入し、ヒーターで装置内を、例えば、500℃の温度に加熱した状態で、装置内に所定組成のTi−Al合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置し、アノード電極とカソード電極(蒸発源)との間に、例えば、電流:90Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば、2Paの反応雰囲気とし、一方、前記基体には、例えば、−100Vのバイアス電圧を印加した条件で蒸着することによってTiAlNからなる硬質皮膜を成膜する。その後、アシストプラズマガンを用い、例えば、放電電圧130V、フィラメント電流36A、コイル電流16A、Ar導入ガス15ml/min.、O導入ガス30ml/min.、バイアス電圧100Vにて酸素プラズマ処理を行い、硬質被覆層表面に正の電荷を蓄えやすい絶縁体である薄い酸化膜を形成させ、基体とその周辺に形成されたプラズマ中の酸素陰イオンまたは電子を媒介としたアーク放電に起因する絶縁破壊を起こすことにより、上層には蛇行経路を持って分布する微細孔を有する酸窒化物層、下層には酸素プラズマ未処理部に相当する窒化物層からなる硬質被覆層を作製することができる。この時、放電電圧、フィラメント電流、バイアスが大きいとアーク放電が強くなり、微細孔が深く、孔径も大きくなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の被覆工具は、硬質被覆層に酸素雰囲気中でプラズマ処理を行うことにより、被膜の表面が微細孔を有する酸窒化物層に改質するために、湿式切削において酸窒化物層に切削油剤が浸透し、切削油剤への放熱効率が大きく向上するため、切削時に発生するきわめて高い発熱による溶着を生じにくく、溶着による被膜の剥離を抑制することができる。また、表面層に酸素を含有させることで、切削時における低摩擦係数を有する酸化物の形成を促し、微細孔に入り込んでくる切りくず等の排出性を向上させ、酸窒化物層の耐摩耗性が向上し、長期にわたって多孔質形状が保持されるとともに、バランスよく酸窒化物層と窒化物層を両立させることができるため、Ti合金などの高熱を発する湿式切削条件において、高熱が発生することによる溶着剥離が抑制され寿命延長の効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の被覆工具の硬質被覆層を成膜するのに用いたアークイオンプレーティング(AIP)装置の概略平面図である。
【図2】本発明被覆チップ16の酸窒化物層の表面組織の走査型電子顕微鏡写真(倍率:1000倍)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
つぎに、本発明による被覆工具およびその製造方法を、実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0024】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A−1〜A−8を形成した。
【0025】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(重量比でTiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のスローアウエイチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B−1〜B−6を形成した。
(a)ついで、前記工具基体A−1〜A−8およびB−1〜B−6のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、前記回転テーブルを挟んで相対向する両側にカソード電極(蒸発源)として硬質被覆層形成用のTi−Al合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極のTi−Al合金とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に(Ti,Al)N層を蒸着形成した後、カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間のアーク放電を停止し、
(d)ついで、装置内のアシストガンを用い、放電電圧130V、フィラメント電流36A、コイル電流16A、Ar導入ガス15ml/min.、O導入ガス30ml/min.、バイアス電圧100Vにて酸素プラズマ処理を行うことにより、同じく表3に示される目標層厚を有し所定の微細孔、平均酸素含有量を有する多孔質形状を有する酸窒化物層を硬質被覆層の表面に形成し、
ISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の本発明被覆工具1〜18(以下、本発明チップ1〜18という)をそれぞれ製造した。
【0026】
比較の目的で、前記工具基体A−1〜A−8およびB−1〜B−6のそれぞれを、本発明と同様な方法でボンバード洗浄し、
ついで、装置内に反応ガスとして、窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極のTi−Al合金とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表4に示される目標組成、目標層厚の単層としてのTiAlN層を蒸着形成した後、窒素ガスにArガスを添加してTi金属ドロップレットを形成させたTiAlN層を成膜し、ブラスト処理によりTi金属を除去することにより、
ISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の比較例被覆工具1〜14(以下、比較例チップ1〜14という)をそれぞれ製造した。
【0027】
なお、参考のため、図1に示される本発明被覆チップ1〜18を製造した装置と同じ装置で、本発明被覆チップ1〜18と異なる組成、膜厚、アシストプラズマガン条件で成膜することにより、表4に示されるISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の参考被覆工具(以下、参考被覆チップという)1〜4をそれぞれ製造した。
【0028】
つぎに、本発明チップ1〜18の硬質被覆層及び参考被覆チップ1〜4について、走査型電子顕微鏡による断面測定を行い、酸窒化物層の膜厚、窒化物層の膜厚、を求めた。また、走査型電子顕微鏡により表面から観察した場合の微細孔に内接する円の直径を微細孔の孔径として求めた。さらに、基材上単位面積における酸窒化物層の表面積を原子間力顕微鏡により測定するとともに、基材上単位面積における酸窒化物層の重量を酸素プラズマ処理により変形したプラズマ処理前の硬質被覆層の重量と同一であると仮定したうえで求め、比表面積を求めた。さらに、前記酸窒化物層を表面から走査型電子顕微鏡により観察し、その基材上単位面積に存在する前記微細孔開口部の面積を求め、面積比とした。
【0029】
これらの測定値を表3、表4に示す。
【0030】
また、比較例チップ1〜14の硬質被覆層について、走査型電子顕微鏡による断面測定を行い、硬質被覆層全体の膜厚、ポアの位置する深さを求めた。また、走査型電子顕微鏡によりポアに内接する円の直径をポアの幅とした場合のポアの幅を求めた。
これらの測定値を表4に示す。
【0031】
また、本発明チップ1〜18、比較例チップ1〜14及び参考被覆チップ1〜4の硬質被覆層を構成する耐摩耗硬質層の組成を、電子線マイクロアナライザー(EPMA)により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0032】
さらに、前記硬質被覆層の平均層厚を走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0033】
つぎに、前記の各種被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明チップ1〜18、比較例チップ1〜14及び参考被覆チップ1〜4について、
被削材:質量%で、Ti−6%Al−4%V合金の丸棒、
切削速度:140m/min.、
切り込み:1.0mm、
送り:0.3mm/rev.、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Aという)でのTi系合金の湿式高速切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、120m/min.、0.2mm/rev.)を行い、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0034】
この測定結果を表5に示した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【0038】
【表4】

【0039】
【表5】

表5に示される結果から、優れた耐摩耗性を有する窒化物層に加え、蛇行経路を持って分布する微細孔を有する酸窒化物層がすぐれた切削油剤の保油性と耐溶着性を有する本発明被覆工具は、各種のNi系合金やTi系合金などの硬質難削材の高熱発生を伴う高速切削で、すぐれた耐剥離性と耐摩耗性を発揮する。
【0040】
これに対して、従来被覆工具では、表5に示されるように、酸窒化物層を構成する微細孔が蛇行経路を持って分布していないため切削油剤の保油性に劣り、硬質難削材の高熱発生を伴う高速切削条件で硬質被覆層の剥離を抑制することができず、耐摩耗性に劣る。
【0041】
なお、前記実施例では、スローアウエイチップを用いて硬質被覆層の性能を評価したが、ドリルやミニチュアドリル、エンドミルなどでも同様の結果が得られることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0042】
前述のように、本発明の被覆工具およびその製造方法によれば、各種の鋼や鋳鉄などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、特に高い発熱を伴う前記硬質難削材の高速切削加工でもすぐれた耐剥離性と耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の高性能化および自動化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体の最表面に(Ti1−XAl)(N1−Y)(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.75を示し、Yは0.1〜0.4を示す。)を満足し、0.5〜3.4μmの平均層厚を有するTiとAlの酸窒化物層、下部層に(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.75を示す。)を満足し、0.8〜4.0μmの平均層厚を有するTiとAlの窒化物層を被覆してなる切削工具であって、
前記酸窒化物層は表面から深さ方向に蛇行経路を持って分布する微細孔を有する多孔質形状を備え、前記酸窒化物層を表面から観察した際の微細孔に内接する円の直径を微細孔の孔径とした場合、微細孔の孔径は0.1〜1.5μmであり、
前記酸窒化物層の比表面積が0.4〜1.0m/gであり、
前記酸窒化物層を表面から観察した場合の基材上面積に対する前記微細孔開口部の面積比が0.05〜0.3であることを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−192513(P2012−192513A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−97775(P2011−97775)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.エアロラップ
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】