説明

膜厚測定方法および眼鏡レンズの製造方法

【課題】偏光膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚を、光干渉法によって高精度に測定するための手段を提供する。
【解決手段】複数の被膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚測定方法。前記積層体に測定光を照射し、該積層体から反射された反射光を受光することにより反射スペクトルを求める反射スペクトル測定工程と、求められた反射スペクトルに基づき測定対象被膜の膜厚を求める膜厚算出工程と、を含み、前記積層体は、複数の被膜中の一つとして偏光膜を含み、前記反射スペクトル測定工程において、前記測定光を照射する出射口部および/または前記反射光を受光する受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置し、かつ、上記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚を測定する膜厚測定方法に関するものであり、詳しくは、偏光膜を含む多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚を光干渉法により測定する膜厚測定方法に関するものである。
更に本発明は、偏光膜を含む複数の被膜を有する多層構成の眼鏡レンズ(偏光レンズ)の製造方法に関するものであり、詳しくは、上記膜厚測定方法を利用することで所望の膜厚の被膜を有する眼鏡レンズを製造する、眼鏡レンズの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多層薄膜に含まれる各層の膜厚を測定する方法としては、光干渉法(分光エリプソメトリーとも呼ばれる)が広く用いられている。例えば特許文献1には、測定試料である多層薄膜に白色光を照射した後に反射光を分光し、そのスペクトルを高速フーリエ変換して得られたエネルギースペクトルを波形処理することにより、光干渉法によって各薄膜の膜厚を求める方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−294220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、眼鏡レンズは、レンズ基材上に複数の機能性膜を設けることにより作製される。このような機能性膜の1つとして、二色性色素を含む偏光膜が知られている。偏光膜を有する眼鏡レンズは偏光レンズと呼ばれ、溶接作業、医療治療やスキーなどの各種スポーツ中に防眩メガネとして利用されている。なお上記偏光膜は、眼鏡レンズのほかに液晶ディスプレイ等にも使用されている。
【0005】
上記偏光膜は、通常、波長による屈折率の違いが大きい。これは二色性色素の吸収特性の影響により屈折率の波長分散が大きくなるためである。その結果、偏光膜を含む積層体は反射スペクトルから各層の膜厚を測定する際にデータが解析しづらくなって膜厚測定時に測定誤差が生じやすくなることがあり、場合によっては、各層の膜厚を算出することが困難となる。
【0006】
また、複数の機能性膜を有する眼鏡レンズでは、各機能性膜の屈折率差が大きいと干渉縞が発生し光学特性が低下することがあるため、各機能性膜の可視光に対する屈折率差を小さくすることが望ましい場合がある。したがって、例えばレンズ基材上に偏光膜を設けることにより偏光性を付与した多層構成の眼鏡レンズ(偏光レンズ)では、偏光膜の屈折率を隣接する層の屈折率に近づけることが行われる場合がある。
一方、上記光干渉法による膜厚測定では、屈折率の違いにより各層が異なる層であることを認識し、解析を行う。したがって、隣接する層の屈折率差が小さい場合には、各層を単一層として認識し解析を行う際の精度が低下するため測定誤差が生じやすく、また、各層の膜厚を算出することが困難となる場合もある。
【0007】
そこで本発明の目的は、偏光膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚を、光干渉法によって高精度に測定するための手段を提供することにある。
【0008】
上記偏光膜は、特定方向の偏光成分のみを選択的に透過/遮断する性質を有する。本願発明者は、偏光レンズのように上記性質を有する偏光膜を多層被膜の1つとして含む積層体は、該積層体と測定光を出射する出射口部および/または反射光を受光する受光部との間に偏光素子を配置することにより、反射スペクトルの振幅を変化させることができることを新たに見出した。これは、以下の理由によると推察される。
(1)偏光膜はその異方性により、同一波長の光であっても振動方向が異なる光に対しては異なる屈折率を示す(この特性を「複屈折特性」という)ため、積層体と光源部との間に偏光素子を配置し積層体に照射する光の振動方向を制御(特定振動方向の入射光を選択)すると屈折率変化が生じる。この屈折率の変化が、積層体と出射口部との間に偏光素子を配置することにより、反射スペクトルの振幅が変化することの理由と考えられる。
(2)一方、照射される光が全方位光(「自然光」または「(ランダム偏光」とも呼ばれる)であるか偏光であるかにかかわらず、偏光膜は、その複屈折特性によって複数種類の屈折率を発現する。したがって偏光膜から反射される光には、複数種類の屈折率成分が含まれることになるが、ここで積層体と受光部との間に偏光素子を配置し偏光膜から反射された光の中から特定振動方向の反射光を選択すると、屈折率変化が生じる。この屈折率の変化が、積層体と受光部との間に偏光素子を配置することにより、反射スペクトルの振幅が変化することの理由と考えられる。
そこで本願発明者は、上記知見に基づき更に検討を重ねた結果、上記偏光素子を、反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置することにより、光干渉法により各層の膜厚を高精度に測定できることを見出すに至った。本願発明者は、この点について、以下のように推察している。
(A)偏光素子を配置した状態で得られる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも小さくなるほど屈折率の波長分散の影響を低減できることが、偏光素子なしでは偏光膜の屈折率の波長分散が大きく解析が困難な積層体における膜厚測定の測定精度向上に寄与する。
(B)偏光素子を配置した状態で得られる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも大きくなるほど被膜ごとの反射スペクトル成分に容易に分離できることが、隣接する層の屈折率差が小さい積層体における膜厚測定の測定精度向上に寄与する。
本発明は、以上の知見に基づき完成された。
【0009】
即ち、上記目的は、下記手段によって達成された。
[1]複数の被膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚測定方法であって、
前記積層体に測定光を照射し、該積層体から反射された反射光を受光することにより反射スペクトルを求める反射スペクトル測定工程と、
求められた反射スペクトルに基づき測定対象被膜の膜厚を求める膜厚算出工程と、
を含み、
前記積層体は、複数の被膜中の一つとして偏光膜を含み、
前記反射スペクトル測定工程において、前記測定光を照射する出射口部および/または前記反射光を受光する受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置し、かつ、
上記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置することを特徴とする、前記膜厚測定方法。
[2]前記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも小さくなるように配置する、[1]に記載の膜厚測定方法。
[3]前記偏光素子を、該偏光素子の偏光軸が前記偏光膜の偏光軸と略平行するように配置する、[2]に記載の膜厚測定方法。
[4]前記測定光として、可視光を使用する、[2]または[3]に記載の膜厚測定方法。
[5]前記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも大きくなるように配置する、[1]に記載の膜厚測定方法。
[6]前記偏光素子を、該偏光素子の偏光軸が前記偏光膜の偏光軸と略直交するように配置する、[5]に記載の膜厚測定方法。
[7]前記測定光として、近赤外光を使用する、[5]または[6]に記載の膜厚測定方法。
[8]前記複数の被膜に含まれる被膜の中で、偏光膜と該偏光膜と隣接する被膜との可視光領域の全方位光に対する屈折率差は0.05以下である、[5]〜[7]のいずれかに記載の膜厚測定方法。
[9]前記膜厚算出工程において、カーブフィッティング法を使用する、[1]〜[8]のいずれかに記載の膜厚測定方法。
[10]前記偏光膜は二色性色素を含む、[1]〜[9]のいずれかに記載の膜厚測定方法。
[11]前記積層体の鉛直上方に、前記出射口部および受光部を配置する、[1]〜[10]のいずれかに記載の膜厚測定方法。
[12]偏光膜を含む複数の被膜を有する多層構成の眼鏡レンズの製造方法であって、
上記複数の被膜を形成する積層工程中の少なくとも偏光膜を含む二層以上の被膜を形成した後に、または該積層工程後に、[1]〜[11]のいずれかに記載の方法により一層以上の被膜の膜厚を測定すること、
測定された膜厚が予め設定した基準範囲外である場合には、形成した被膜を除去し新たな被膜を形成するかまたは形成した被膜の膜厚を変化させる膜厚調整工程を行い、測定された膜厚が予め設定した基準範囲内である場合には上記膜厚調整工程を行わないこと、
を特徴とする、前記眼鏡レンズの製造方法。
【0010】
本発明によれば、偏光膜を含む多層構成の積層体の各層の膜厚を、高い信頼性をもって測定することができる。これにより本発明によれば、所望の膜厚の機能性膜を有する眼鏡レンズを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の測定方法に使用可能な膜厚測定装置の概略図である。
【図2】図2(a)は、図1に示すフィルターの概略断面図であり、図2(b)は、図1に示す出射受光部の先端部概略断面図である。
【図3】本発明の測定方法に使用可能な膜厚測定装置の概略図である。
【図4】多層構成の積層体における各層の膜厚測定原理の説明図である。
【図5】偏光レンズの層構成の一例を示す。
【図6】実施例で作製した偏光レンズの層構成を示す。
【図7】実施例・比較例で得た分光反射率スペクトルである。
【図8】実施例で作製した偏光レンズの層構成を示す。
【図9】実施例・比較例で得た分光反射率スペクトルである。
【図10】眼鏡レンズ製造にかかる実施例の工程フローを示す。
【図11】眼鏡レンズ製造にかかる実施例の工程フローを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、複数の被膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚測定方法(以下、単に「膜厚測定方法」または「測定方法」という)に関する。
本発明の膜厚測定方法は、前記積層体に測定光を照射し、該積層体から反射された反射光を受光することにより反射スペクトルを求める反射スペクトル測定工程と、求められた反射スペクトルに基づき測定対象被膜の膜厚を求める膜厚算出工程と、を含む。ここで前記積層体は、複数の被膜中の一つとして偏光膜を含むものであり、前記反射スペクトル測定工程において、前記測定光を照射する出射口部および/または前記反射光を受光する受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置し、かつ、上記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置する。
【0013】
偏光膜を含む積層体と出射口部および/または受光部との間に偏光素子を配置することにより反射スペクトルの振幅が変化する理由、ならびに、上記位置に配置された偏光素子を、反射スペクトルの振幅が偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置することにより、光干渉法により各層の膜厚を高精度に測定できることの理由については、先に説明した通りである。
以下、本発明の膜厚測定方法について、更に詳細に説明する。
【0014】
図1、図3は、それぞれ本発明の測定方法に使用可能な膜厚測定装置の概略図である。
図1に示す膜厚測定装置1は、光源部15および演算部14と連結された、出射口部と受光部とが一体化した出射受光部12が、積層体10の鉛直上方に配置されている。出射受光部12から積層体に向かって垂直(入射角θ=0°)に照射された光(測定光A)は、フィルター11を通過した後に積層体上で反射する。反射光Bは、フィルター11を通過した後に出射受光部12によって受光される。フィルター11の一態様としては、測定光のみが偏光素子を通過するように、反射光が通過する部分を空孔部または透明フィルムとしたものを使用することができる。そのようなフィルターの概略断面図を、図2(a)に示す。ただしフィルター11は、図2(a)に示す態様に限定されるものではなく、測定光が通過する部分を空孔部または透明フィルムとし、反射光が通過する部分を偏光素子としたものでもよく、全面が偏光素子であり測定光、反射光とも偏光素子を通過する構成とすることもできる。また、図1に示す装置において、出射受光部12は、例えば図2(b)に先端部の概略断面図を示すように、外側を測定光を照射する出射口部、内側を反射光を受光する受光部とすることができる。出射口部は、少なくとも1つのスポットを有することができ、好ましくは複数のスポットが一定間隔で配置されたものであり、1スポットあたりのスポット径は0.5〜1.5mm程度とすることが、十分な光量の反射光を得るために好ましい。
【0015】
図1に示す装置は、測定光を入射角度θ=0°で積層体に照射するものであるが、本発明の測定方法では測定光の入射角度θは0°に限定されるものではなく、例えば0.1〜60°程度、好ましくはから5°〜10°程度にすることも可能である。そのような入射角度で測定光を照射可能な測定装置の一例が、図3に示す装置である。
【0016】
図3に示す膜厚測定装置2では、測定光Aを光源部15に連結された出射口部17から照射し、積層体からの反射光Bを、演算部14と連結された受光部16によって受光する。図3に示す装置では、測定光Aは偏光素子11aを通過し、反射光Bは偏光素子11bを通過するが、少なくともいずれか一方の偏光素子を配置すればよく、偏光素子11a、11bをともに配置することは必須ではない。
【0017】
本発明の測定方法は、前述のように、反射スペクトル測定工程と、膜厚算出工程と、を含む。以下に、各工程について順次説明する。
【0018】
反射スペクトル測定工程
本工程では、膜厚測定対象の被膜を含む積層体へ測定光を照射し、この積層体から反射された反射光を受光することにより反射スペクトルを得る。上記測定光は、複数の単色光を含む複合光であり、好ましくは所定の波長域において連続波長帯を有する複合光である。上記波長域は、例えば近赤外領域(1000nm〜1600nm程度)、可視光領域(360nm〜830nm程度)を含む波長域であることができる。
【0019】
受光部で受光された反射光は、反射スペクトルを得るために演算部へ伝達される。受光部と演算部は、信号線、光ファイバー等の公知の伝達手段によって接続してもよく、または鏡やレンズのような光学系によって光学的情報を伝達可能な構成としてもよい。演算部は、分光器、反射率または強度算出手段および膜厚算出手段を含むことができる。なお図1および図3は、受光部と演算部が別構成である態様を示しているが、これらは一体に構成されていてもよい。また分光器は、上記の通り演算部に含まれていてもよく、または受光部と一体に構成されていてもよく、更には受光部を兼ねていてもよい。または、分光器と偏光素子が一体に構成されていてもよい。
反射光を分光器によって波長ごとに分光し、反射率または強度算出手段が各波長における反射率または強度を算出することにより、各波長における反射率または強度を示す反射スペクトルを得ることができる。前記反射スペクトルとしては、演算処理としてカーブフィッティングを用いる場合は分光反射率スペクトルが好ましく、演算処理として高速フーリエ変換を用いる場合はパワースペクトルが好ましい。
【0020】
多層膜系の反射率を求める関係式は、当分野で広く知られている。例えば、図4に示す多層構成の積層体では、第j層目の被膜の振幅反射率Rjは、下記式(1)で与えられる。
【0021】
【数1】

【0022】
式(1)中、nj:第j層の屈折率、dj:第j層の膜厚 、θj:第j層の入射角、rj:第j層のフレネル係数、δj:(2π/λ)nj dj cosθj、である。ここで各層の吸収を無視すると、全体の振幅反射率Rは、下記式(2)で近似することができる。
【0023】
【数2】

【0024】
即ち、多層構成の積層体の反射光には、各層の屈折率情報および膜厚情報が含まれている。そこで各種演算処理により、反射スペクトルを各層からの成分に分離し、分離されたスペクトル情報から各層の膜厚を求めることができる。
【0025】
ただし偏光膜を含む積層体では、偏光膜において波長による屈折率の違いが大きいため反射スペクトルから各層の膜厚を測定する際にデータが解析しづらくなる場合があり、これが測定誤差の原因となって各層の膜厚算出が不可能となる場合もある。そこで本発明の測定方法の一態様(以下、「第一の態様」という)では、上記反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも小さくなるように、積層体と出射口部および/または受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置する。偏光素子を用いることにより反射スペクトルの振幅が変化する理由は、先に説明したように、偏光膜の異方性(複屈特性)によるものと考えられる。第一の態様では偏光素子は、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅と比べて振幅の小さな反射スペクトルが得られるように配置すればよい。後述の実施例で示すように、偏光素子の偏光軸が偏光膜の偏光軸と略平行となるように配置することにより、反射スペクトルの振幅を最小化することができる。したがって第一の態様では、偏光素子の偏光軸と偏光膜の偏光軸とを略平行にすることが好ましい。なお、本発明において、角度について「略」とは、±5°程度異なることを含む意味で用いるものとする。
【0026】
第一の態様では、偏光膜の屈折率の波長分散が解析に与える影響を低減するために反射スペクトルの振幅が小さくなるように偏光素子を配置するが、先に説明したように、光干渉法による膜厚測定では、隣接する層の屈折率差が小さい場合には各層を単一層として認識し解析を行う際の精度が低下するため測定誤差が生じやすい。したがって第一の態様において測定誤差を低減するためには、測定対象の積層体において隣接する層の屈折率差は、可視光領域の全方位光に対する屈折率差として0.1以上であることが好ましい。
【0027】
一方、反射スペクトルの振幅が小さいと、該反射スペクトルから各層の成分を分離する際の誤差が大きくなる。この誤差が、隣接する層の屈折率差が小さい場合に算出される膜厚が実測値と大きくずれる原因となる。また、隣接する層の屈折率差が小さい場合には、上記のとおり各層を単一の層と認識できず膜厚測定が不可能となることもある。そこで本発明の測定方法の他の態様(以下、「第二の態様」という)では、上記反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも大きくなるように、積層体と出射口部および/または受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置する。第二の態様では偏光素子は、上記のように、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅と比べて振幅の大きな反射スペクトルが得られるように配置すればよい。後述する実施例で示すように、偏光素子を、その偏光軸が積層体に含まれる偏光膜の偏光軸と略直交するように配置することにより、反射スペクトルの振幅を最大化することができる。したがって第二の態様では、偏光素子の偏光軸と偏光膜の偏光軸とを略直交させることが好ましい。第二の態様の適用が好適な積層体としては、偏光膜と該偏光膜と隣接する被膜との可視光領域の全方位光に対する屈折率差が0.05以下であるものを挙げることができる。
【0028】
本発明の測定方法では、偏光軸の位置が既知の偏光膜および偏光素子を用いて、それらの偏光軸の位置に基づき積層体に対する偏光素子の配置位置を決定することができる。または、偏光素子および/または積層体を回転可能に保持可能な保持部(図1、図3では不図示)を有する測定装置を用いて、偏光素子を設置した後に偏光膜に対して偏光素子を相対的に回転させ、反射スペクトルの振幅が、偏光素子がない場合から変化するように偏光素子および/または積層体の位置あわせを行うこともできる。後者の方法は、偏光素子および/または偏光膜の偏光軸の位置を予め把握していない場合に好適である。
【0029】
ところで、空気中にある物質から反射される光のエネルギー反射率Rは、下記式(3)に示すように屈折率nと消衰係数kとを変数として含んでいる。
【0030】
【数3】

【0031】
上記消衰係数kとは、波長λnmにおける吸収係数μとの間に、μ=4πk/λの関係があり、吸収が大きいほど値が大きくなる。上記式(2)では、各層の吸収はないものとみなしているが、吸収が大きくなるとkも大きくなり、吸収を無視したことによる測定誤差も大きくなる。したがって、上記態様で測定精度を高めるためには、kを無視したことによる測定誤差を小さくするために、吸収の少ない波長域で測定を行うことが好ましい。この点からは、本発明では測定光としては、近赤外領域の光を使用することが好ましい。ただし第一の態様によれば、測定光として可視光領域の光を用いたとしても、上記のように反射スペクトルの振幅を小さくすることにより色素の吸収特性の測定値への影響を低減することができるため、可視光領域の測定光を用いることも好適である。
【0032】
膜厚算出工程
本工程は、反射スペクトル測定工程において求められた、偏光素子がない場合と異なる振幅を有する反射スペクトルを用いて、測定対象被膜の膜厚を算出する工程である。具体的には、膜厚算出は演算部の膜厚算出手段において、得られた反射スペクトルに各種演算処理を施すことによって行うことができる。ここで使用される演算処理としては、測定精度の点からは、高速フーリエ変換およびカーブフィッティング法が好ましく、カーブフィッティング法がより好ましい。高速フーリエ変換を用いた膜厚算出の詳細については、例えば特開平7−294220号公報段落[0025]〜[0032]を参照できる。一方、カーブフィッティング法を用いた膜厚算出の詳細については、例えば特開2003−114107号段落[0079]〜[0086]を参照できる。
【0033】
以上説明した本発明の測定方法によれば、偏光レンズのように多層膜の1つとして偏光膜を含む積層体において、光干渉法による膜厚測定時の測定誤差を低減することができ、これにより各層の膜厚を高精度に測定することが可能となる。前述のように第一の態様によれば、偏光膜の屈折率の波長分散による解析への影響を低減することで、測定精度を高めることができる。第二の態様によれば、干渉縞発生を防ぐために隣接する層との屈折率差を低減した偏光膜を含む偏光レンズのように、偏光膜と隣接する層との屈折率差が小さい積層体であっても、反射スペクトルから各層の成分を分離することが容易となり、これにより光干渉法によって各層の膜厚を高精度に測定することが可能となる。
【0034】
更に本発明によれば、
本発明の膜厚測定方法に使用される膜厚測定装置であって、
前記積層体に測定光を照射する出射口部と、
前記積層体から反射された反射光を受光する受光部と、
前記膜厚算出工程を行う演算部と、
前記偏光素子および/または前記積層体を回転可能に保持可能な保持部と、
を含む、前記膜厚測定装置、
を提供することもできる。その詳細は、先に説明した通りである。
【0035】
次に、本発明の測定方法の適用が好適な積層体について説明する。
【0036】
本発明の測定方法は、前述のように偏光膜を含む複数の被膜を有する多層構成の眼鏡レンズ(偏光レンズ)に含まれる被膜の膜厚を測定する方法として好適である。偏光レンズの層構成の一例を、図5に示す。図5に示す偏光レンズは、レンズ基材21上に、ハードコート22、配列膜23、偏光膜24、プライマー25、ハードコート26をこの順に有する。
【0037】
レンズ基材21としては、特に限定されず、プラスチック、無機ガラス等が挙げられる。プラスチックとしては、例えばメチルメタクリレート単独重合体、メチルメタクリレートと1種以上の他のモノマーとの共重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート単独重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネートと1種以上の他のモノマーとの共重合体、イオウ含有共重合体、ハロゲン共重合体、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、不飽和ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ポリチオウレタン、エピチオ基を有する化合物を材料とする重合体、スルフィド結合を有するモノマーの単独重合体、スルフィドと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ポリスルフィドと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ポリジスルフィドと一種以上の他のモノマーとの共重合体等などが挙げられる。
【0038】
レンズ基材および偏光レンズの形状は特に限定されず、測定光を反射する被照射面の形状は平面、凸面、凹面等の任意の形状であることができる。
【0039】
ハードコート22、26としては、特に限定されるものではないが有機ケイ素化合物に微粒子状金属酸化物を添加した被膜が好適である。なお、有機ケイ素化合物に代えてアクリル化合物を使用することもできる。微粒子状金属酸化物の種類や量によって、ハードコートの屈折率を調整することが可能である。また、アクリレートモノマーやオリゴマー等の公知の紫外線硬化樹脂やEB硬化樹脂を、ハードコート形成用のコーティング組成物として用いることもできる。
【0040】
プライマー25は、密着性向上のために設けられる接着層であり、ポリウレタン樹脂、酢酸ビニル、エチレンビニル共重合体であるオレフィン系、アクリル系、エポキシ系、ウレタン系の樹脂溶液を塗布することにより形成した塗布膜を挙げることができる。
【0041】
偏光膜24は、一般に二色性色素の偏光性を利用するものであり、二色性色素の偏光性は、主に二色性色素が一軸配向することにより発現される。したがって、通常、色素膜(二色性色素膜)の下層には、図5に示すように、二色性色素を一軸配向させるための配列膜(図5中、配列膜23)が設けられる。
【0042】
上記配列膜は、蒸着、スパッタ等の公知の成膜法によって成膜材料を堆積させることにより形成されたものでもよく、ディップ法、スピンコート法等の公知の塗布法によって形成されたものでもよい。上記成膜材料として好適なものとしては、シリコン酸化物、金属酸化物、またはこれらの複合体もしくは化合物を挙げることができる。
【0043】
一方、上記塗布法によって形成される配列膜としては、無機酸化物ゾルを含むゾル−ゲル膜を挙げることができる。上記ゾル−ゲル膜の形成に好適な塗布液としては、アルコキシシラン、ヘキサアルコキシジシロキサンの少なくとも一方を無機酸化物ゾルとともに含む塗布液を挙げることができる。配列膜としての機能付与の容易性の観点から、上記アルコキシシランは、好ましくは下記一般式(1)で表されるアルコキシシランであり、上記ヘキサアルコキシジシロキサンは、好ましくは下記一般式(2)で表されるヘキサアルコキシジシロキサンである。上記塗布液は、アルコキシシラン、ヘキサアルコキシジシロキサンのいずれか一方を含んでもよく、両方を含んでもよく、更に必要に応じて下記一般式(3)で表される官能基含有アルコキシシランを含むこともできる。
【0044】
Si(OR1a(R24-a ・・・(1)
(R3O)3Si−O−Si(OR43 ・・・(2)
5−Si(OR6b(R73-b ・・(3)
【0045】
上記一般式(1)におけるR1ならびに上記一般式(2)におけるR3およびR4は、それぞれ独立に炭素数1〜5のアルキル基であり、直鎖状、分岐状、環状のいずれであってもよい。上記アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基等が挙げられる。この中で、メチル基およびエチル基が好ましい。
【0046】
上記一般式(1)におけるR2は、炭素数1〜10のアルキル基であり、具体例としては、上記で例示した炭素数1〜5のアルキル基、ヘキシル基、へプチル基、オクチル基、および2−エチルヘキシル基等が挙げられる。この中で、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が好ましい。上記一般式(1)におけるaは、3または4である。
【0047】
上記一般式(3)におけるR5は、グリシドキシ基、エポキシ基、アミノ基およびイソシアネート基からなる群から選ばれる1以上の官能基を有する有機基であり、R6およびR7は、それぞれ独立に炭素数1〜5のアルキル基であり、bは2または3である。炭素数1〜5のアルキル基の具体例は、前述の通りである。
【0048】
上記無機酸化物ゾルを構成する無機酸化物としては、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、In、Ge、Bi、Fe、Cu、Y、Zr、Ni、Ta、SiおよびTi等から選ばれる1種以上の元素からなる酸化物が挙げられる。これらの中で、安定性と微粒子ゾルの製造の容易さという観点から、SiO2、TiO2、ZrO2、CeO2、ZnO、SnO2および酸化インジウムスズ(ITO)が好ましい。この中でも特に化学的安定性および膜硬度増加効果の両立の観点からは、シリカ(SiO2)ゾルが好ましい。無機酸化物ゾルは、無機酸化物粒子を1種のみ含んでもよく2種以上含むこともできる。無機酸化物ゾルを構成する無機酸化物粒子のサイズは、膜硬度増加及び膜自身のヘイズ(曇り)抑制の観点から、好ましくは1〜100nm、より好ましくは5〜50nmである。
【0049】
前記塗布液は、上記各成分を任意に溶媒、触媒等の各種添加剤と混合することにより調製することができる。上記塗布液において、無機酸化物ゾルの固形分としての含有量は、塗布液中の全固形分に対して0.1〜60mol%であることが好ましく、より好ましくは2〜55mol%、さらに好ましくは15〜50mol%、特に好ましくは25〜40mol%である。上記範囲内であれば、適度な硬さを有する配列膜を形成することができる。他の成分の含有量は、配列膜の硬さ、偏光膜等の他の膜との密着性等を考慮して適宜設定すればよい。例えば、無機酸化物ゾルを「成分(A)」、一般式(1)で表されるアルコキシシランと一般式(2)で表されるヘキサアルコキシジシロキサンとをあわせて「成分(B)」、一般式(3)で表される官能基含有アルコキシシランを「成分(C)」と記載すると、配列膜の硬さおよび他の膜との密着性の点からは、成分(B)の配合量は、成分(A)中の固形分と成分(B)との総モル量に対して、40〜99.9mol%であることが好ましく、より好ましくは45〜90mol%、さらに好ましくは50〜80mol%、特に好ましくは60〜75mol%である。成分(B)と成分(A)中の固形分とのモル比〔(B)/(A)(固形分)〕は、99.9/0.1〜40/60であることが好ましく、より好ましくは90/10〜45/55、さらに好ましくは80/20〜50/50、特に好ましくは75/25〜60/40である。また、成分(A)中の固形分および成分(B)の総量と成分(C)とのモル比〔[(A)(固形分)+(B)]/(C)〕は、好ましくは99.9/0.1〜85/15、より好ましくは98/2〜85/15である。
【0050】
配列膜は、成膜処理後、一定方向に溝を形成する工程が施される。この工程により溝が形成された配列膜表面に二色性色素を含む塗布液を塗布すると、二色性色素が溝に沿って、または溝と直交する方向に配向する。これにより、二色性色素を一軸配向させ、その偏光性を良好に発現させることができる。上記溝の形成は、例えば、研磨剤を用いた研磨処理または液晶分子の配向処理のために行われるラビング工程によって行うことができる。
【0051】
次に、上記配列膜上に形成される偏光膜(二色性色素膜)について説明する。
【0052】
二色性色素は、細長い分子形状をしており、色素分子の長軸方向に振動する光を吸収し、これと直交する方向の光を透過する性質を有する。また、二色性色素の中には、水を溶媒とした時、ある濃度・温度範囲で液晶状態を発現するものが知られている。このような液晶状態のことをリオトロピック液晶という。この二色性色素の液晶状態を利用して特定の一方向に色素分子を配列させることができれば、より強い二色性を発現することが可能となる。上記溝を形成した配列膜上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより二色性色素を一軸配向させることができ、これにより良好な偏光性を有する偏光膜を形成することができる。そして前述の第一の態様によれば、偏光膜の偏光軸と偏光素子の偏光軸との位置関係を制御することにより、二色性色素の吸収特性の影響により屈折率の波長分散が大きい場合であっても、光干渉法によって各層の膜厚を高精度に測定することができる。また、第二の態様によれば、偏光膜の偏光軸と偏光素子の偏光軸との位置関係を制御することにより、偏光膜の屈折率が隣接する層の屈折率と近似している場合であっても、光干渉法によって各層の膜厚を高精度に測定することができる。
【0053】
偏光膜に含まれる二色性色素としては、特に限定されるものではなく、偏光素子に通常使用される各種二色性色素を挙げることができる。具体例としては、アゾ系、アントラキノン系、メロシアニン系、スチリル系、アゾメチン系、キノン系、キノフタロン系、ペリレン系、インジゴ系、テトラジン系、スチルベン系、ベンジジン系色素等が挙げられる。また、米国特許2400877号明細書、特表2002−527786号公報に記載されているもの等でもよい。
【0054】
以上、本発明の測定方法の適用が好適な積層体の一例である眼鏡レンズ(偏光レンズ)について説明したが、本発明の測定方法が適用される積層体は、偏光膜を含むものであれば眼鏡レンズに限定されるものではない。例えば、液晶ディスプレイ等に本発明の測定方法を適用することも、もちろん可能である。本発明の測定方法は、膜厚測定対象被膜が、厚さ5μm以下の薄膜、より詳しくは厚さ0.1〜1μmの薄膜である場合に好適である。
【0055】
更に本発明によれば、
偏光膜を含む複数の被膜を有する多層構成の眼鏡レンズの製造方法であって、
上記複数の被膜を形成する積層工程中の少なくとも偏光膜を含む二層以上の被膜を形成した後に、または該積層工程後に、本発明の測定方法により一層以上の被膜の膜厚を測定すること、
測定された膜厚が予め設定した基準範囲外である場合には膜厚調整工程を行い、測定された膜厚が予め設定した基準範囲内である場合には膜厚調整工程を行わないこと、
を特徴とする、前記眼鏡レンズの製造方法
も提供される。前記膜厚調整工程は、一態様では、形成した被膜を除去し新たな被膜を形成する工程であり、他の態様では、形成した被膜の膜厚を変化させる工程である。このように測定値に基づき、必要に応じて被膜の再形成を行うか、または膜厚を変えることにより、所望の膜厚を有する眼鏡レンズを提供することが可能となる。
【0056】
本発明の眼鏡レンズの製造方法における積層工程の詳細は、先に説明した通りである。また、積層工程を含む眼鏡レンズの製造工程については、特開2009−237361号公報段落[0011]〜[0038]および同公報記載の実施例も参照できる。
【0057】
本発明の眼鏡レンズの製造方法における膜厚測定は、少なくとも偏光膜を形成した後に行うが、眼鏡レンズを構成するすべての被膜(機能性膜)を形成した後に膜厚測定を行うことは必須ではない。本発明の測定方法によれば、少なくとも偏光膜を含む積層体であれば高精度な膜厚測定が可能だからである。したがって一態様では、積層工程中の少なくとも偏光膜を含む二層以上の被膜を形成した後に、本発明の測定方法による膜厚測定を行う。すべての被膜を形成した後に膜厚測定を行うことも、もちろん可能であるため、積層工程後に膜厚測定を行う態様も本発明の眼鏡レンズの製造方法に含まれる。
【0058】
本発明の眼鏡レンズの製造方法における膜厚測定の詳細は、先に本発明の測定方法について説明した通りである。測定対象被膜は少なくとも1層であるが、複数の被膜の膜厚測定(必要に応じて膜厚調整)を行うことも可能である。本発明の眼鏡レンズの製造方法では、測定された膜厚が予め設定した基準範囲内であれば製造工程を継続し製品レンズを得る。他方、測定された膜厚が、予め設定した基準範囲外であった場合には、所望の膜厚とすべく膜厚調整工程を行う。
【0059】
膜厚調整工程としては、測定された膜厚が予め設定した基準範囲に満たなかった場合には、形成した被膜上に再度成膜処理(例えば塗布液の塗布)を行うことにより被膜の膜厚を増加させることが好ましい。他方、予め設定した基準範囲を超える膜厚の被膜が形成されている場合には、形成した被膜の一部を除去するか、または形成した被膜を除去し新たな被膜形成を行うことが好ましい。形成した被膜は、例えば溶剤によって一部ないし全部を溶解することで除去することができる。
【0060】
上記膜厚調整後に製造工程を継続し製品レンズを得ることもでき、改めて膜厚測定を行い所望の膜厚の被膜が形成されていることを確認した後に製品レンズとすることもできる。後者の態様が、設計値に沿った製品レンズを出荷するうえで望ましい。また、再度の膜厚測定の結果、再び基準範囲外の結果となった際には再度膜厚調整工程を行うことが好ましい。
【0061】
以上説明したように、本発明の眼鏡レンズの製造方法によれば、所望の膜厚の被膜が形成されたことを確認したうえで製品レンズを出荷することができるため、製品レンズにおける膜厚不良の発生を防ぐことができる。これにより不良品の発生率を低下させることができることは、製造コストおよび環境負荷の観点から有利である。即ち本発明の眼鏡レンズの製造方法によれば、偏光レンズ製造時のコスト減および環境負荷低減が可能となる。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。ただし、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0063】
A.膜厚測定(第二の態様)の実施例・比較例
【0064】
1.偏光レンズの作製
(1)配列層用コート液の調製
シリカゾル(メタノール溶媒、固形分30質量%、平均一次粒径12nm)4.9gに、エタノール29.2g、テトラエトキシシラン(TEOS)(分子量208.3)10.4g、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(γ−GPS)2.1gを順に添加して撹拌した。次いで、0.01mol/L塩酸2.9g(コート液全量の18.4mol%)を添加して撹拌し、さらにアルミニウム触媒(アルミニウムアセチルアセトナート)を0.5g(コート液全量の0.18mol%)を添加して充分に撹拌した。この混合液を0.5μmフィルタでろ過し、配列層用コート液を得た。
【0065】
(2)配列膜の形成
レンズ基材として、ポリウレタンウレアレンズ(HOYA株式会社製商品名フェニックス、屈折率1.53、ハードコート付き、直径70mm、ベースカーブ4)を用いて、レンズ基材凸面のハードコート上に、上記(1)で作製した配列層用コート液をスピンコート(800rpmで供給、60秒保持)し、続いて85℃、1時間の熱処理を施し硬化させ配列膜(ゾル−ゲル膜)を製膜した。得られた配列膜に、研磨剤含有ウレタンフォーム(研磨剤:平均粒径0.1〜5μmのアルミナAl23粒子、ウレタンフォーム:上記凸面の曲率とほぼ同形状)を研磨部材として用いて、研磨処理を行い溝を形成した。研磨処理を施したレンズは純水により洗浄、乾燥させた。
【0066】
(3)偏光膜の形成
上記(2)後のレンズ凸面上に二色性色素〔スターリング オプティクス インク(Sterling Optics Inc)社製商品名「Varilight solution 2S」〕の約5質量%水溶液2〜3gを用いてスピンコートを施し、偏光膜を形成した。スピンコートは、色素水溶液を回転数300rpmで供給し、8秒間保持、次に回転数400rpmで供給し45秒間保持、さらに1000rpmで供給し12秒間保持することで行った。次いで、塩化鉄濃度が0.15M、水酸化カルシウム濃度が0.2MであるpH3.5の水溶液を調製し、この水溶液に上記で得られたレンズをおよそ30秒間浸漬し、その後引き上げ、純水にて充分に洗浄を施した。この工程(不溶化)により、水溶性であった色素は難溶性に変換される。上記工程は非水溶化とも呼ばれ、膜安定性を高めるために効果的な工程である。また、膜安定性および膜強度を高めるために、不溶化の後に二色性色素の固定化処理(色素を固定するための保護層の形成)を施すこともできる。固定化処理後に保護層は実質的に偏光膜と一体化する。固定化処理の具体例は、以下の通りである。
上記不溶化の後、レンズをγ−アミノプロピルトリエトキシシラン10質量%水溶液に15分間浸漬し、その後純水で3回洗浄し、加熱炉内(炉内温度85℃)で30分間加熱処理した後、炉内から取り出し室温まで冷却する。上記冷却後、レンズをγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン2質量%水溶液に30分浸漬する。上記固定化処理後、レンズを加熱炉内(炉内温度60℃)で30分間加熱処理した後、炉内から取り出し室温まで冷却する。
上記非水溶化処理および固定化処理の詳細については、例えば特開2009−237361号公報段落[0035]、[0036]およびその実施例に記載があり、本発明でもこれらの記載を参照し上記処理を行うことができる。
【0067】
(4)プライマーの形成
紫外線硬化性樹脂(株式会社ADEKA製商品名「アデカボンタイターHUX」)4質量部をプロピレングリコールモノメチルエーテル(PGM)100質量部に希釈し、得られた溶液を0.5μmのフィルターでろ過したものをコーティング組成物とした。このコーティング組成物を、上記(3)で得たレンズの両面にスピンコート(1000rpmで30秒保持)により塗布した。塗布後、60℃、30分の加熱条件で硬化しプライマーを形成した。
【0068】
(5)ハードコートの形成
上記(4)で形成したプライマー上に以下の方法でハードコートを形成することにより、レンズ両面にハードコートを形成した。
日本化薬製KAYARAD DPCA-20 10質量部を酢酸エチル30質量部で希釈し、光開始剤(チバスペシャリティケミカルズ製IRUGACURE184)を2質量部加え、スピンコート(1500rpmで30秒保持)により塗布した。紫外線照射装置によりUV照射光量60J/cm2で硬化しハードコート膜を形成した。
【0069】
以上の工程により、図8に示す層構成を有する積層体(偏光レンズ)を得た。上記偏光レンズの形成工程において、各層が最表面に位置している状態で、順次各層の波長546.07nmの全方位光に対する屈折率を測定した。偏光膜の屈折率は1.496、隣接する配列膜の屈折率は1.465(偏光膜との屈折率差:0.031)、プライマーの屈折率は1.510(偏光膜との屈折率差:0.014)であった。
【0070】
2.分光反射率スペクトルの測定
図1および図2に概略を示す測定装置を用いて、上記1.で作製した偏光レンズの分光反射率スペクトルを測定した。測定は、近赤外領域の連続波長帯を有する複合光を用いて行った。フィルター11ありの状態では、出射口部と偏光レンズとの間に偏光素子が配置される。(i)フィルター11なし、(ii)フィルター11に含まれる偏光素子の偏光軸と偏光レンズに含まれる偏光軸が平行、(iii)フィルター11に含まれる偏光素子の偏光軸と偏光レンズに含まれる偏光軸が直交、の状態でそれぞれ測定した分光反射率スペクトルを、図9に示す。
【0071】
3.分光反射率スペクトルからの膜厚算出
上記2.で得た各分光反射率スペクトルに対し、特開2003−114107号段落[0079]〜[0086]に記載の方法(カーブフィッティング法)により、膜の物理モデルから導かれる理論反射率プロファイルの中から最も一致するプロファイルをカーブフィッティングにより求め、これにより定まるモデルにより配列膜および偏光膜の膜厚を求めた。上記(i)〜(iii)の状態で得た分光反射率スペクトルから求めた配列膜、偏光膜の膜厚を表1に示す。表1に示す基準値は、透過型電子顕微鏡(TEM)により求めた各層の膜厚である。
【0072】
【表1】

【0073】
図9に示すように、偏光素子なしの場合と比べて、「(ii)偏光軸平行」では分光反射率スペクトルの振幅は小さかったのに対し、「(iii)偏光軸直交」では分光反射率スペクトルが大きくなった。この結果から、偏光膜の偏光軸と偏光素子の偏光軸との位置関係を制御することにより、分光反射率スペクトルの振幅を大きくすることができることが確認できる。そして表1に示すように、分光反射率スペクトルの振幅が大きくなった「(iii)偏光軸直交」では、偏光膜の膜厚算出値および隣接する配列膜の膜厚算出値は、いずれも実測値と同等であった。これに対し、「(i)偏光素子なし」では偏光膜の膜厚算出値の実測値からの誤差が大きく測定精度が低下した。また、「(ii)偏光軸平行」では、各層を異なる層と認識できず膜厚測定が不可能であった。
以上の結果から、分光反射率スペクトルの振幅が大きくなるように偏光膜の偏光軸と偏光素子の偏光軸との位置関係を制御することにより、偏光膜と隣接する膜との屈折率差が小さい場合に光干渉法によって各層の膜厚を高い信頼性をもって算出可能であることが示された。なお、光のエネルギー反射率Rは、図9に示すように測定光の波長λの変化につれて複数の極大および極小が現れ、膜厚に応じた周期的な変化を示す。そして、短波長側の1つの極大(または極小)を与える波長λaと、長波長側の他の極大(または極小)を与える波長λbとの間に存在する極大(または極小)の数をNとし、膜厚測定対象被膜の膜厚をd、屈折率をnとすると、膜厚dは、下記式(4)の関係を満たすことが知られている。
【0074】
【数4】

【0075】
偏光膜について、算出された膜厚および図9に示す結果を上記式(4)に代入し算出される屈折率は、1.670となる。上記の通り、可視光領域の全方位光に対する偏光膜の屈折率は1.496であったため、前述のように偏光軸の位置関係を制御することにより、偏光膜の屈折率を大きくすることができた結果、可視光領域の全方位光の下では偏光膜と隣接する膜との屈折率差が小さい場合に光干渉法により膜厚算出の精度を高めることができたと考えられる。
【0076】
B.膜厚測定(第一の態様)の実施例・比較例
【0077】
1.偏光レンズの作製
上記第二の態様の実施例において偏光膜形成用塗布液を変更するとともに、プライマー形成後にハードコート層形成を行わないことで、図6に示す層構成を有する積層体(偏光レンズ)を得た。上記偏光レンズの形成工程において、各層が最表面に位置している状態で、順次各層の波長546.07nmの全方位光に対する屈折率を測定したところ、隣接する層の屈折率差は、いずれも0.1以上であった。
【0078】
2.分光反射率スペクトルの測定
図1および図2に概略を示す測定装置を用いて、上記1.で作製した偏光レンズの分光反射率スペクトルを測定した。測定は、可視光領域の連続波長帯を有する複合光を用いて行った。フィルター11ありの状態では、出射口部と偏光レンズとの間に偏光素子が配置される。(i)フィルター11なし、(ii)フィルター11に含まれる偏光素子の偏光軸と偏光レンズに含まれる偏光軸が平行、(iii)フィルター11に含まれる偏光素子の偏光軸と偏光レンズに含まれる偏光軸が直交、の状態でそれぞれ測定した分光反射率スペクトルを、図7に示す。
【0079】
3.分光反射率スペクトルからの膜厚算出
上記2.で得た各分光反射率スペクトルに対し、特開2003−114107号段落[0079]〜[0086]に記載の方法(カーブフィッティング法)により、膜の物理モデルから導かれる理論反射率プロファイルの中から最も一致するプロファイルをカーブフィッティングにより求め、これにより定まるモデルにより配列膜および偏光膜の膜厚を求めた。上記(i)〜(iii)の状態で得た分光反射率スペクトルから求めた配列膜、偏光膜の膜厚を表1に示す。表2に示す基準値は、透過型電子顕微鏡(TEM)により求めた各層の膜厚である。
【0080】
【表2】

【0081】
図7に示すように、偏光素子なしの場合と比べて、「(ii)偏光軸平行」では分光反射率スペクトルの振幅は小さかったのに対し、「(iii)偏光軸直交」では分光反射率スペクトルが大きくなった。そして表2に示すように、分光反射率スペクトルの振幅が小さくなった「(ii)偏光軸平行」では、偏光膜の膜厚算出値および隣接する配列膜の膜厚算出値は、いずれも実測値と同等であった。これに対し、「(i)偏光素子なし」および「(iii)偏光軸直交」では、偏光膜の屈折率の波長分散が大きく解析が困難であり、各層の膜厚を算出することができなかった。
以上の結果から、分光反射率スペクトルの振幅が小さくなるように偏光膜の偏光軸と偏光素子の偏光軸との位置関係を制御することにより、偏光膜(色素膜)の屈折率の波長分散が大きい場合にも、光干渉法によって各層の膜厚を高い信頼性をもって算出可能であることが示された。
【0082】
C.眼鏡レンズ製造にかかる実施例(1)
【0083】
前述の具体例による固定化処理を行う点および第二の態様の実施例と同様の方法でプライマー上にハードコートの形成を行う点以外は第一の態様の実施例と同様の方法で偏光レンズの各層の形成を行い偏光レンズを量産した。量産にあたり、図10に示すように偏光液塗布後に第一の態様の実施例と同様の方法で偏光膜の膜厚測定を行い(偏光軸平行)、偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲内であったものは引き続き不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。偏光膜の膜厚が(設計値−10%)に満たなかったものは偏光膜用塗布液を追加塗布して再度膜厚測定を行い、(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。一方、偏光膜の膜厚が(設計値+10%)を超えたものは溶剤により塗布した偏光膜を除去した後、改めて偏光膜用塗布液を塗布して再度膜厚測定を行い、(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。
本実施例のように測定対象被膜が最表面にある状態で膜厚測定を行うことは、膜厚調整を行う必要が生じた場合に調整が容易である点で有利である。また、本実施例のように不溶化前に膜厚測定を行うことは、膜厚調整のために偏光膜を除去する際に、除去が容易である点で有利である。
【0084】
D.眼鏡レンズ製造にかかる実施例(2)
前述の具体例による固定化処理を行う点および第二の態様の実施例と同様の方法で、プライマー上にハードコートの形成を行う点以外は第一の態様の実施例と同様の方法で、偏光レンズの各層の形成を行い偏光レンズを量産した。量産にあたり、図11に示すようにハードコート形成後に第一の態様の実施例と同様の方法で偏光膜の膜厚測定を行い(偏光軸平行)、偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲内であったものは引き続き次工程(各種検査や反射防止膜(ARコート)の形成)を行い製品レンズを得た。偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲外であったものは溶剤処理により偏光膜からハードコートまでを剥離して改めて膜形成を行った。その後、再度膜厚測定を行い、偏光膜が(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に以降の工程を行い製品レンズを得た。
【0085】
E.眼鏡レンズ製造にかかる実施例(3)
前述の具体例による固定化処理を行う点以外は第二の態様の実施例と同様の方法で、偏光レンズの各層の形成を行い偏光レンズを量産した。量産にあたり、図10に示すように偏光液塗布後に第二の態様の実施例と同様の方法で偏光膜の膜厚測定を行い(偏光軸直交)、偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲内であったものは引き続き不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。偏光膜の膜厚が(設計値−10%)に満たなかったものは偏光膜用塗布液を追加塗布して再度膜厚測定を行い、(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。一方、偏光膜の膜厚が(設計値+10%)を超えたものは溶剤により塗布した偏光膜を除去した後、改めて偏光膜用塗布液を塗布して再度膜厚測定を行い、(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に不溶化以降の工程を行い製品レンズを得た。
【0086】
F.眼鏡レンズ製造にかかる実施例(4)
前述の具体例による固定化処理を行う点以外は第二の態様の実施例と同様の方法で、偏光レンズの各層の形成を行い偏光レンズを量産した。量産にあたり、図11に示すようにハードコート形成後に第二の態様の実施例と同様の方法で偏光膜の膜厚測定を行い(偏光軸直交)、偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲内であったものは引き続き次工程(各種検査や反射防止膜(ARコート)の形成)を行い製品レンズを得た。偏光膜の膜厚が(設計値±10%)の範囲外であったものは溶剤処理により偏光膜からハードコートまでを剥離して改めて膜形成を行った。その後、再度膜厚測定を行い、偏光膜が(設計値±10%)の範囲内の膜厚となったことを確認した後に以降の工程を行い製品レンズを得た。
【0087】
上記実施例のように製造工程において膜厚測定を行うことにより、不良品の発生率を低減することができる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、偏光レンズの製造分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の被膜を有する多層構成の積層体に含まれる被膜の膜厚測定方法であって、
前記積層体に測定光を照射し、該積層体から反射された反射光を受光することにより反射スペクトルを求める反射スペクトル測定工程と、
求められた反射スペクトルに基づき測定対象被膜の膜厚を求める膜厚算出工程と、
を含み、
前記積層体は、複数の被膜中の一つとして偏光膜を含み、
前記反射スペクトル測定工程において、前記測定光を照射する出射口部および/または前記反射光を受光する受光部と、前記積層体との間に偏光素子を配置し、かつ、
上記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅から変化するように配置することを特徴とする、前記膜厚測定方法。
【請求項2】
前記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも小さくなるように配置する、請求項1に記載の膜厚測定方法。
【請求項3】
前記偏光素子を、前記求められる反射スペクトルの振幅が、偏光素子を配置しない状態で得られる反射スペクトルの振幅よりも大きくなるように配置する、請求項1に記載の膜厚測定方法。
【請求項4】
偏光膜を含む複数の被膜を有する多層構成の眼鏡レンズの製造方法であって、
上記複数の被膜を形成する積層工程中の少なくとも偏光膜を含む二層以上の被膜を形成した後に、または該積層工程後に、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により一層以上の被膜の膜厚を測定すること、
測定された膜厚が予め設定した基準範囲外である場合には、形成した被膜を除去し新たな被膜を形成するかまたは形成した被膜の膜厚を変化させる膜厚調整工程を行い、測定された膜厚が予め設定した基準範囲内である場合には上記膜厚調整工程を行わないこと、
を特徴とする、前記眼鏡レンズの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−133468(P2011−133468A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−256948(P2010−256948)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】