説明

表面被覆部材および切削工具

【課題】耐密着性に優れ、耐欠損性に優れた表面被覆部材を提供する。
【解決手段】基体2の表面に、TiCN層4と、Ti、Al、炭素および酸素を含み、平均膜厚が5〜30nmで途切れることなく存在する中間層5と、α型Al層9とが順に被着形成された積層体を有する被覆層3を備え、TiCNの(200)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値θとJCPDSカードのθt0との差△θ(=θ−θt0)と、Alのα型結晶構造の回折ピークが現れる各結晶面の2θの値θa(hkl)とJCPDSカードのθa0(hkl)との差△θa(hkl)(=θa(hkl)−θa0(hkl))と、の差△θ(hkl)(=△θ−△θa(hkl))がいずれも−0.2°〜0.2°の表面被覆部材1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆層が基体の表面に形成された表面被覆部材およびこれを用いた切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、金属やプリント基板等の切削加工に広く用いられている切削工具として、超硬合金やサーメット、セラミックス等の基体の表面に、単層または多層で構成された被覆層が形成された表面被覆切削工具が知られている。この被覆層としては、炭化チタン(TiC)層、窒化チタン(TiN)層、炭窒化チタン(TiCN)層および酸化アルミニウム(Al)層等が積層された構成のものが多用されている。
【0003】
これらの被覆層のうち、Al層は耐酸化性に優れるため、切削時に切刃が高温になりやすい加工条件、例えば、鋳鉄や合金鋼といった難削材の加工や、高速で切削する加工条件においても、耐摩耗性が高くて優れた性能を発揮する。中でもα型結晶構造のAlからなるAl層(以下、α型Al層と略す。)は高硬度で耐酸化性が高いため従来から広く利用されてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、X線回折によるα型結晶を主体とするAlの(hkl)面のピーク強度をI(hkl)としたとき、I(030)/I(104)およびI(012)/I(030)の値がそれぞれ1よりも大きい配向のAlで構成されたAl層を有した表面被覆切削工具が開示され、Al層の耐欠損性を向上できることが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、α型Al層の(012)面における組織化係数(TC:α型Al結晶の全回折ピークのうち、(012)面に帰属される回折ピークのピーク強度の大きさを表す指数)を1.3よりも大きくした被覆物体が開示され、Al層の粒子を微細化することができ、Al層の硬度および強度を向上できることが記載されている。
【0006】
一方、特許文献3には、κ型結晶構造のAlでかつX線回折強度が最も大きい最強ピークの面間隔が、1.43Å(すなわち、回折角2θが65.18°)で構成されたAl層を有する被覆工具が開示され、Al層の密着力が向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平07−108405号公報
【特許文献2】特開平06−316758号公報
【特許文献3】特開平11−77407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、昨今の切削加工の高能率化に伴って、切削工具はさらに過酷な切削条件で使用されるようになってきている。このような過酷な切削条件下では、上記特許文献1や特許文献2に記載された回折ピークのピーク強度である結晶全体の配向方向を制御しただけのα型Al層では、Al層の付着力が十分ではなく、過酷な切削条件に耐えきれずにAl層とその下層との境界で剥離してしまう場合があった。
【0009】
さらに、特許文献3に記載されたようにAl層をκ型結晶構造とすると下層との密着力を強化できるが、κ型結晶構造のAlはα型結晶構造のAlに比べて硬度が低いため摩耗の進行が速いという問題があった。
【0010】
従って、本発明は上記課題を解決するためになされたもので、その目的は、付着力が高くかつ耐摩耗性の高い被覆層を具備する表面被覆部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の表面被覆部材は、基体の表面に、炭窒化チタン(TiCN)層と、チタン、アルミニウム、炭素および酸素を含むとともに、平均膜厚が0.5〜30nmで途切れることなく存在する中間層と、α型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)からなる酸化アルミニウム(Al)層とが順に被着形成された積層体を有する被覆層を備えるとともに、X線回折分析によって得られる回折ピークについて、
TiCNの(200)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をθ
JCPDSカードに記載されているTiCNの(200)面の回折ピークが現れる2θの値をθt0
Alのα型結晶構造の(012)、(104)、(110)および(113)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をそれぞれθa(hkl)(ただし、(hkl)は、(0
12)、(104)、(110)および(113)のいずれか)、
JCPDSカードに記載されているAlのα型結晶構造の(012)、(104)、(
110)および(113)面の回折ピークが現れる各結晶面の2θの値をそれぞれθa0(
hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか)、
としたとき、
θとθt0との差△θ(=θ−θt0)と、
(012)、(104)、(110)および(113)面それぞれのθa(hkl)とθa0(hkl)との差△θa(hkl)(=θa(hkl)−θa0(hkl))と、
の差△θz(hkl)(△θ−△θa(hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか))がいずれも−0.2°〜0.2°の範囲内にあることによって、炭窒化チタン(TiCN)層とα型Al層との間での結晶歪みを小さくできて剥離を防止できる効果があることがわかった。
【0012】
さらに、前記(012)面における△θz(012)が−0.2°〜0°の範囲内にある場合には、炭窒化チタン層とα型酸化アルミニウム層との間の付着力がさらに向上する。
【0013】
ここで、前記α型酸化アルミニウム層は、前記θa(012)と前記θa0(012)との差をゼロに補正したときに、θa(116)がθa0(116)よりも低角度側に現れることが、α型酸化アルミニウム結晶を特定の方向に歪ませて結晶にかかる残留応力の分布を最適化できて、酸化アルミニウム層の硬度および強度を向上させて、α型酸化アルミニウム層の耐摩耗性と耐欠損性とを共に向上させることができる点で望ましい。
【0014】
このとき、前記θa(116)が前記θa(012)よりも31.8°〜31.9°高角度側に現れることが、α型酸化アルミニウムの結晶にかかる残留応力の状態を最適化することができ、残留応力の過剰増加によるα型酸化アルミニウム層の耐欠損性の低下を防ぐことができる点で望ましい。
【0015】
また、θa(104)、θa(110)、θa(113)およびθa(024)が、それぞれθa0(104)、θa0(110)、θa0(113)およびθa0(024)
よりも高角度側に現れることによって、酸化アルミニウム粒子の強度が向上し、α型酸化アルミニウム層の耐欠損性を向上させることができるため望ましい。
【0016】
さらに、本発明の表面被覆切削工具は、上述の表面被覆部材を備えてなることを特徴とする。このような構成により、耐摩耗性および耐欠損性に優れ、工具寿命の長い切削工具を提供することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の表面被覆部材は、チタン、アルミニウム、炭素および酸素を含む中間層が途切れることなく存在することによってその上部の酸化アルミニウム層がほぼ単一のα型Al層にて形成されており、しかも中間層の平均膜厚が0.5〜30nmと薄いので酸素を含んで硬度の低い中間層部分から剥離してしまうことを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る表面被覆部材1の要部についての走査電子顕微鏡(SEM)イメージである。
【図2】本発明の一実施形態に係る表面被覆部材1の被覆層3の中間層近傍についての走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明の一実施形態に係る表面被覆部材1の被覆層3の要部についての電界放出形透過電子顕微鏡(FE−TEM)イメージである。
【図4】本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具について得られたX線回折強度のピークチャートである。
【図5】(a)および(b)は、図2の一部拡大図である。
【図6】本発明の他の実施形態に係る表面被覆切削工具について得られたX線回折強度のピークチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、被覆層3を含む表面被覆部材1の断面における透過電子顕微鏡(TEM)写真のイメージ図である。図2は、被覆層3断面の中間層近傍における走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、(a)本発明品、(b)比較品を示している。図3は、被覆層3断面の要部における電解放出形透過電子顕微鏡(FE−TEM)写真のイメージ図である。
【0020】
本発明の一実施形態に係る表面被覆部材1は、図1〜3に示すように、基体2と、該基
体2の表面に形成された被覆層3と、を備えている。そして、この被覆層3は、炭窒化チタン(TiCN)層4と、少なくとも構成元素としてチタン、アルミニウム、酸素および炭素を含む中間層5と、主としてα型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)結晶にて構成された酸化アルミニウム層(α型Al層)9とを順に積層している。
【0021】
ここで、中間層5は、平均膜厚が0.5〜30nmで途切れることなく存在している。これによってその上部のα型Al層9がほぼ単一のα型Alにて構成されており、しかも中間層5は薄いので硬度の低い酸素を含んではいるものの中間層5部分からの剥離を抑制できる。
【0022】
すなわち、チタン、アルミニウム、酸素および炭素を含む中間層5が存在しないと、その上部のα型Al層9中にκ型結晶構造のAlが生成してα型結晶構造のAlの存在比率が低下するためにAl層の硬度が低下する。また、中間層5の平均膜厚が0.5nmより薄いと中間層5を途切れることなく形成することが難しく、中間層5が途切れてしまうと、そこからα型Al層9中にκ型結晶構造のAlが生成してしまう。さらに、中間層5の膜厚が30nmよりも厚いと、酸素を含有する硬度の低い中間層5がTiCN層4とα型Al層9との層間に発生する応力の影響を
受けて剥離しやすくなる。
【0023】
なお、中間層5の厚みは、被覆層3を含む表面被覆部材1の断面における透過電子顕微鏡(TEM)写真を観察する事により、測定することが可能である。また、中間層5を構成する原子種およびその組成比は、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、エネルギー分散型 X 線分光法(EDS)、電子エネルギー損失分光法(EELS)などを利用した元素の存在判別、定量分析によって測定することが可能である。
【0024】
ここで、中間層5の厚み方向の中央における酸素含有量が15〜40原子%であることが、α型Al層9中に部分的にκ型結晶構造のAlが生成することなく、ほぼ単一にα型結晶構造のAlが安定して生成されるため望ましい。
【0025】
また、X線回折分析によって得られる硬質層3の回折ピークについて、
TiCNの(200)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をθ
JCPDSカード(「Joint Committee on Powder Diffraction Standards」から刊行されている化学物質の粉末X線回折データフ
ァイル)に記載されている(200)面の回折ピークが現れる2θの値をθt0
Al層の(012)、(104)、(110)および(113)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をそれぞれθa(hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(10
4)、(110)および(113)のいずれか)、
JCPDSカードに記載されているAlのα型結晶構造の(012)、(104)、(
110)および(113)面の回折ピークが現れる各結晶面の2θの値をそれぞれθa0(
hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか)、
としたとき、
θとθt0との差△θ(=θ−θt0)と、
(012)、(104)、(110)および(113)面それぞれのθa(hkl)とθa0(hkl)との差△θa(hkl)(=θa(hkl)−θa0(hkl))と、
の差△θz(hkl)(=△θ−△θa(hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか))がいずれも−0.2°〜0.2°の範囲内にある場合には、TiCN層4とα型Al層9との界面から剥離することがなくなり、α型Al層9の密着力が向上する結果となった。
【0026】
また、α型Alの(012)面における△θz(012)が−0.2°〜0°の範囲内にある場合には、TiCN層4とα型Al層9との間の付着力がさらに向上することがわかった。
【0027】
なお、本発明におけるX線回折測定法については、X線の管球としてCuを使用したCu−Kα線を用いる。また、回折角2θの位置の特定においては、ピークの位置を正確に測定するためにKα除去を行う。その他の測定条件については、一般的なX線回折法の条件に準拠すればよい。
【0028】
ここで、本実施形態によれば、α型Al層9は、前記θa(012)と前記θa0(012)との差をゼロに補正したときに、θa(116)がθa0(116)(57.52°)よりも低角度側に現れることが、α型Al結晶を特定の方向に歪ませて結晶にかかる残留応力の分布を最適化できて、α型Al層9の硬度および強度を向上させて、α型Al層9の耐摩耗性と耐欠損性とを共に向上させることができる点で望ましい。
【0029】
すなわち、従来のCVD法で形成したα型Al層では引張応力がかかり、前記2
θ(116)が前記2θ(116)よりも高角度側にシフトした結晶構造を有しているのに対して、本実施形態に係る表面被覆部材1のα型Al層9は、従来のCVD法で形成したα型Al層の(116)面にかかる応力とは異なる方向の応力が(116)面にかかり、引張応力が緩和されて前記2θ(116)が前記2θ(116)よりも低角度側にシフトした結晶構造を有している。このような構成により、本実施形態による表面被覆部材1は、α型Al層9の強度や硬度が向上し、耐欠損性および耐摩耗性を向上させることができる。
【0030】
このとき、前記θa(116)が前記θa(012)よりも31.8°〜31.9°高角度側に現れることが、α型Al結晶にかかる残留応力の状態を最適化することができ、残留応力の過剰増加によるα型Al層9の耐欠損性の低下を防ぐことができる点で望ましい。
【0031】
なお、このように各面を示す測定データを補正する際にα型Al層9のピークのなかで(012)面に帰属されるピークを基準として用いたのは、このピークが最も低角度側に位置するためである。すなわち、格子に歪みが発生した場合であっても、ピークシフトが小さいためである。
【0032】
また、θa(104)、θa(110)、θa(113)およびθa(024)が、それぞれθa0(104)、θa0(110)、θa0(113)およびθa0(024)よりも高角度側に現れることによって、Al結晶の強度が向上し、α型Al層の耐欠損性を向上させることができるため望ましい。
【0033】
なお、中間層5においては厚み方向の中央におけるチタン原子の含有量が、組成分析によって検出された全元素の総量に対して20〜40原子%であり、且つ、アルミニウム原子の含有量が5〜15原子%であることが、炭窒化チタン層4とα型Al層9との中間的な組成となって、互いに強固に結合させることができる点で望ましい。
【0034】
また、中間層5における厚み方向の中央における酸素原子の含有量が、組成分析によって検出された全元素の総量に対して25〜40原子%であることが、中間層5の硬度と強度を向上させ、強い衝撃の際に生じやすい破壊を抑制でき、優れた密着性を維持できる点で望ましい。
【0035】
そして、中間層5の直下に形成されるTiCN層4としては、粒状結晶からなるTiCN層であっても、柱状結晶からなるTiCN層であっても構わないが、このTiCN層4が柱状結晶からなると、被覆層3全体の靭性が高くなるため、被覆層3の欠損やチッピングを抑えることができる。
【0036】
このようなTiCN層4とα型Al層9との界面に位置する中間層5は、TiCN層4のチタン元素およびα型Al層9のアルミニウム元素の両方を含み、かつ化学反応を起こさない原料ガスのみを供給して、成膜中の被覆層(α型Al層9を形成する前)の表面に原料ガスが一部付着して残存することによって極薄くかつ途切れることのない中間層5が形成される。
【0037】
さらに、TiCN層4と基体2との間や、α型Al層9の上層に、窒化チタン層、炭化チタン層、炭窒酸化チタン層、炭酸化チタン層、酸窒化チタン層の群から選ばれる少なくとも1層である他のTi系被覆層を形成することが望ましい。
【0038】
また、表面被覆部材1の基体2は、炭化タングステン(WC)と、所望により周期表第4、5、6族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物の群から選ばれる少なくとも1種と、から
なる硬質相を、コバルト(Co)および/またはニッケル(Ni)等の鉄属金属からなる結合相にて結合させた超硬合金や、Ti基サーメット、またはSi、Al、ダイヤモンド、立方晶窒化ホウ素(cBN)等のセラミックスのいずれかが好適に使用できる。中でも、表面被覆部材1を切削工具として用いる場合には、基体2は、超硬合金またはサーメットからなることが耐欠損性および耐摩耗性の点で望ましい。また、用途によっては、基体2は炭素鋼、高速度鋼、合金鋼等の金属からなるものであっても良い。
【0039】
さらに、上記構成からなる表面被覆部材1は、切削工具以外の用途として、摺動部品や金型等の耐摩部品、掘削工具、刃物、耐衝撃部品等の各種の用途へ応用可能である。例えば、切削工具として用いる場合には、すくい面と逃げ面との交差部に形成された切刃を被切削物に当てて切削加工する形態で使用されるが、上述した優れた効果を発揮できる。また、他の用途に用いた場合であっても優れた機械的信頼性を有する。
【0040】
特に、切削工具への応用に関しては、被削材として、ねずみ鋳鉄(FC材)やダクタイル鋳鉄(FCD材)に代表される高硬度粒子が分散した金属の重断続切削等のような切刃に強い衝撃がかかる過酷な切削条件において、従来の切削工具に比べて優れた切削性能を示す。つまり、例え突発的に大きな衝撃が被覆層3にかかっても、本実施形態による被覆層3によれば、α型Al層9が中間層5を介して炭窒化チタン層4と強固に結合しているので、被覆層3がチッピングしたり欠損したりすることを抑制することができる。また、鋳鉄に存在する湯口、鋳型バリの切削のような、切削中に切込み変動が発生する連続切削条件、さらには、このような連続切削と前記断続切削とを組み合わせた複合切削条件においても、上記優れた切削性能を示すことができる。もちろん、鋼の切削加工においても、従来の工具に対して優れた耐欠損性および耐摩耗性を示すことができる。
【0041】
(製造方法)
次に、上述した表面被覆切削工具の製造方法の一実施形態について説明する。
【0042】
まず、上述した基体を焼成によって形成しうる金属炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物等の無機物粉末に、金属粉末、カーボン粉末等を適宜添加、混合し、プレス成形、鋳込成形、押出成形、冷間静水圧プレス成形等の公知の成形方法によって所定の工具形状に成形する。その後、得られた成形体を真空中または非酸化性雰囲気中にて焼成することによって上述した硬質合金からなる基体2を作製する。そして、上記基体2の表面に所望によって研磨加工や切刃部のホーニング加工を施す。
【0043】
次に、得られた基体2の表面に化学気相蒸着(CVD)法によって被覆層3を形成する。
まず、所望により、基体2の直上に、下地層7として窒化チタン(TiN)層を形成する。下地層7の窒化チタン層の成膜条件の一例としては、混合ガス組成として四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜60体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を800〜940℃(チャンバ内)、圧力を8〜50kPaとすることが望ましい。
【0044】
次に、下地層7の上層に炭窒化チタン(TiCN)層4を形成する(a工程)。
【0045】
このTiCN層4の成膜条件の一例としては、混合ガス組成として四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜60体積%、アセトニトリル(CHCN)ガスを0.1〜3.0体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を780〜880℃(チャンバ内)、圧力を5〜25kPaの条件が挙げられ、いわゆる柱状結晶にて構成されるMT−TiCN層が成膜される。これにより被覆層3の耐欠損性の向上が図れる。
【0046】
また、TiCN層4は、膜全体にわたって単一条件で成膜された単一組織である必要はなく、成膜の途中から条件を変えることもできる。例えば、上述した条件での成膜の途中から、成膜条件を、四塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜3体積%、メタン(CH)ガスまたはアセトニトリル(CHCN)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを0〜15体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaとする成膜条件に切り替えて粒状結晶からなるHT−TiCN層を成膜することもできる。このように、柱状結晶からなるMT−TiCN層と、粒状結晶からなるHT−TiCN層とが積層された構成とすることが、TiCN層4とα型Al層9との密着力を向上できる点で望ましい。
【0047】
次いでTiCN層4の上層に中間層5を形成する。
【0048】
まず、塩化チタン(TiCl)のみを流すか、または水素をキャリアガスとして塩化チタン(TiCl)と酸素源と炭素源とを含む反応ガスを流して中間層5となるベースを成膜する(b−1工程:チタン化工程)。これによって、TiCN層4の表面がエッチングされて中間層5となるベースとなる。その際の混合ガスとしては、混合ガス組成として、体積%で四塩化チタン(TiCl)ガスを0.5〜10体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用いる。そして、この混合ガスを反応チャンバ内に導入し、反応チャンバ内の温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaとする(チタン化工程:b−1工程)。
【0049】
この工程では、処理ガスであるTiClガスが分解する過程で、TiCN層4の表面を腐食させる効果があり、当該化合物によるエッチング効果でTiCN層4の表面に微視的な凹凸を付与する効果が得られる。そのため、この微視的な凹凸によるアンカー効果によって密着性を更に高めることができる。
【0050】
次に、窒素(N)またはアルゴン(Ar)等の希ガスをキャリアガスとして二酸化炭素(CO)を流して中間層5となるベースの表面を酸化する(b−2工程:酸化処理工程)。これによって、中間層5を形成するためとなるベースを含めた成膜中の被覆層の表面が過度にならない程度に酸化される。その際の混合ガスの条件としては、二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜4.0体積%、残りが窒素(N)ガスからなる混合ガスを用いる。そして、この混合ガスを反応チャンバ内に導入し、反応チャンバ内の温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaにして前記中間層5となるベースを含むTiCN層4の表面を酸化処理する。
【0051】
なお、上記条件において、b−1工程(チタン化工程)を省略するとともに、次のb−2工程(酸化工程)の成膜時の混合ガスの条件を、二酸化炭素(CO)ガスを0.1〜0.5体積%、残りが窒素(N)ガスとし、この混合ガスを反応チャンバ内に導入し、反応チャンバ内の温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaにして前記中間層5を0.5〜5nm厚みと極薄く形成することもできる。
【0052】
そして、水素をキャリアガスとし塩化アルミニウム(AlCl)を流して前記b−2工程で酸化された前記中間層の表面に後述するAl層を成膜する前処理を行う(b−3工程:アルミ化処理工程)。具体的な成膜条件の一例としては、混合ガス組成として、三塩化アルミニウム(AlCl)ガスを0.5〜5.0体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、この混合ガスを反応チャンバ内に導入し、反応チャンバ内の温度を950〜1100℃、圧力を5〜40kPaとする。なお、このb−3工程は後述するα型Al層9の成膜工程であるc工程にて置き換えることもできるので省略することもできるが、α型Al層9を成膜するためのベースとなるα型結晶構造の
Al結晶の核を中間層5の表面に生成させ、Al層9と中間層5との密着力を高めるためにはこのb−3工程を行ったほうがよい。
【0053】
上述したように、中間層5は、TiCN層4の表面部分をエッチングした後に続いて酸化させることによって生成されたTiCN層4の改質層である。
【0054】
このような工程を備えた製法によって中間層5を形成することによって、中間層5の直上に形成されるα型Al層9の結晶成長に影響を及ぼす中間層5を極薄くかつ途切れることなく形成することができる。すなわち、中間層5を通常の原料ガスを導入して化学反応によって成膜する方法では、まず成膜された中間層5の核がまばらに形成されてこの核が次第に増えながら堆積するので、30nmと極薄い厚みで途切れることなく中間層5を成膜することは困難である。本発明によれば、成膜中に被覆層の表面を酸化させることによって中間層5を制御している。ここで、この酸化に際して、CVD法で通常キャリアガスとして使用される水素(H)を使うと、水素(H)と酸化させるための二酸化炭素(CO)が反応して水を生成する(H+CO=HO+CO)ために、生成した水によって被覆層の表面が急激に反応してしまい、酸化チタンが生成してこれが異常成長して成膜されてしまう(図2(b)参照)。そこで、本発明によれば、酸化工程において、被覆層の表面が過度に酸化されることを抑制するために、キャリアガスを水素(H)ではなくて窒素(N)または希ガスとしている。これによって、酸化するための二酸化炭素(CO)と反応して被覆層の表面が過度に酸化されることなく、極薄くかつ途切れることのない中間層5を形成することができる(図2(a)参照)。なお、酸化するためのガスとして二酸化炭素(CO)ではなく一酸化炭素(CO)を用いた場合には、被覆層の表面を十分に酸化させることができず、α型Al層9中にκ型結晶が生成しやすくなる。
【0055】
その後、引き続き、α型Al層9を形成する(c工程)。具体的な成膜条件の一例としては、三塩化アルミニウム(AlCl)ガスを0.5〜5.0体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.5〜5.0体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.5体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、成膜温度を950〜1100℃、圧力を5〜10kPaとすることが望ましい。
【0056】
ここで、α型Al層9としては、まず、HClガスの流量を低くした成膜条件で
α型Al層9の下部領域を形成し、その後、前記条件よりもHClガスの流量を高めた条件でα型Al層9の上部領域を形成する、すなわち、α型Al層9は結晶構造の異なる2種の領域を有していることがより望ましい。これによって、成膜初期にα型Alの微細な結晶の核が形成される。そのために、中間層5との界面に存在するそれぞれのα型Al粒子にかかる残留応力は分散されるので界面の密着力が高くなる。また、α型Alの微細な結晶の核が形成されることによって、α型Al層9全体の結晶が微細化して、α型Al層9の硬度が高くなるという効果もある。
【0057】
さらに、所望により、α型Al層9の上層に表層10として、窒化チタン層を形成する。TiN層の成膜条件としては、混合ガス組成として四塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを10〜60体積%の割合で含み、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、反応チャンバ内の温度を960〜1100℃、圧力を10〜85kPaとすることが望ましい。
【0058】
そして、所望により、形成した被覆層3表面の少なくとも切刃部を研磨加工する。この研磨加工により、切刃部が平滑に加工され、被削材の溶着を抑制して、さらに耐欠損性に
優れた工具となる。
【実施例1】
【0059】
平均粒径1.5μmの炭化タングステン(WC)粉末に対して、平均粒径1.2μmの金属コバルト(Co)粉末を6質量%、炭化タンタル(TaC)粉末を0.2質量%との割合で添加、混合して、プレス成形により切削工具形状(CNMA120412)に成形した。得られた成形体について、脱バインダ処理を施し、0.5〜100Paの真空中、1400℃で1時間焼成して超硬合金を作製した。さらに、作製した超硬合金に対して、ブラシ加工にてすくい面側について刃先処理(Rホーニング)を施した。
【0060】
次に、上記超硬合金に対して、CVD法により各種の被覆層3を表1〜表4に示す成膜条件および層構成にて形成した。そして、被覆層3の表面をすくい面側から30秒間ブラシ加工して試料No.1〜29の表面被覆切削工具を作製した。なお、試料No.1〜14は本発明の参考試料を示す。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
得られた工具について、Cu−Kα線を用いたX線回折分析によって、X線回折強度のピークを測定し、TiCNの(200)ピークと、α型Alの(012)、(104)、(110)、(113)のピークが現れる2θの値であるθ、θa(hkl)を確認して、△θz(hkl)を算出した。結果は表3、4に示した。なお、図4、5は、試料No.1、図6は試料No.15について得られたX線回折強度のピークチャートを実線で示したものである。
【0064】
また、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて表3、4に記載する層構成を有する被覆層3が観察できるように機械研磨およびイオンミリングによる研磨加工を実施し、断面を露出させた。各層の断面に略垂直な方向からみた各層のミクロな組織状態を観察し、層の厚みを測定した。そして、エネルギー分散型X線分光法(EDS)または電子エネルギー損失分光法(EELS)により、中間層の中央において、存在する原子種の確認およびその組成について分析した。なお、表4の各中間層については、いずれもTi、Al、C、OおよびNが検出されたが、表中には酸素含有量のみを表記した。また、被覆層3の断面を含む任意破断面5ヵ所について電界放出形透過電子顕微鏡(FE−TEM)写真を撮り、各写真において中間層5の形成状態とその厚みを測定し、得られた中間層5の厚みの平均値を算出した。結果は表3、4に示した。
【0065】
ここで、図5のようにθa(hkl)とθa0(hkl)との位置を比較する際には、図6に示すように、θa(012)とθa0(012)とが重なるようにして、実測されたX線回折チャート(実線)と、各結晶面に起因する2θの値のJCPDSカードが示す2θの位置(破線)とを重ね合わせて測定した。この図5のようなデータを基に、表3の各試料について、θa(hkl)と△hkl(JCPDSデータとの差)、θa(116)とθa(012)との差(表中のδ)を求めた。結果は表5に示した。
【0066】
【表3】

【0067】
【表4】

【0068】
【表5】

【0069】
そして、この切削工具を用いて下記の条件により、断続切削試験を行い、耐欠損性を評価した。
【0070】
(断続切削条件)
被削材 :ダクタイル鋳鉄8本溝付スリーブ材(FCD700)
工具形状:CNMA120412
切削速度:250m/分
送り速度:0.45mm/rev
切り込み:1.5mm
その他 :水溶性切削液使用
評価項目:欠損に至る衝撃回数
衝撃回数1000回、2000回、3000回となるように切削した時点で
顕微鏡にて切刃の被覆層の剥離状態を観察。
【0071】
結果は表6、7に示した。
【0072】
【表6】

【0073】
【表7】

【0074】
表1〜7より、試料No.10〜14および試料No.24〜29では衝撃回数1000から2000回時にAl層の剥離が発生し、損傷が基体にまで達成して耐欠損性に劣るものであった。
【0075】
これに対して、本発明に従い、△θz(hkl)の値が−0.2〜0.2の範囲内であった試料1〜9および試料No.15〜23では、切削評価においてAl層の剥離が抑制され、耐欠損性が優れた切削性能を有するものであった。
【実施例2】
【0076】
実施例1の刃先処理(Rホーニング)を施した超硬合金に対して、CVD法により各種の被覆層3を表1、表7に示す成膜条件および層構成にて形成した。得られた試料(30〜33)については実施例1と同様に評価した。結果は、表8〜10に示した。
【0077】
【表8】

【0078】
【表9】

【0079】
【表10】

【0080】
表1、8〜10より、試料No.30〜33のいずれにおいても、切削評価においてAl層の剥離が抑制され、耐欠損性が優れた切削性能を有するものであった。
【符号の説明】
【0081】
1 表面被覆部材
2 基体
3 被覆層
4 炭窒化チタン層
5 中間層
7 下地層
9 α型Al
10 表層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の表面に、炭窒化チタン(TiCN)層と、チタン、アルミニウム、炭素および酸素を含むとともに、平均膜厚が0.5〜30nmで途切れることなく存在する中間層と、α型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)からなる酸化アルミニウム(Al)層とが順に被着形成された積層体を有する被覆層を備えるとともに、
X線回折分析によって得られる回折ピークについて、
TiCNの(200)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をθ
JCPDSカードに記載されているTiCNの(200)面の回折ピークが現れる2θの値をθt0
Alのα型結晶構造の(012)、(104)、(110)および(113)面に帰属される回折ピークが現れる2θの値をそれぞれθa(hkl)(ただし、(hkl)は、(0
12)、(104)、(110)および(113)のいずれか)、
JCPDSカードに記載されているAlのα型結晶構造の(012)、(104)、(
110)および(113)面の回折ピークが現れる各結晶面の2θの値をそれぞれθa0(
hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか)
としたとき、
θとθt0との差△θ(=θ−θt0)と、
(012)、(104)、(110)および(113)面それぞれのθa(hkl)とθa0(hkl)との差△θa(hkl)(=θa(hkl)−θa0(hkl))と、
の差△θz(hkl)(=△θ−△θa(hkl)(ただし、(hkl)は、(012)、(104)、(110)および(113)のいずれか))がいずれも−0.2°〜0.2°の範囲内にあることを特徴とする表面被覆部材。
【請求項2】
前記(012)面における△θz(012)が−0.2°〜0°の範囲内にあることを特徴とする請求項に記載の表面被覆部材。
【請求項3】
前記α型酸化アルミニウム層は、前記θa(012)と前記θa0(012)との差をゼロに補正したときに、
θa(116)がθa0(116)よりも低角度側に現れることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆部材。
【請求項4】
前記θa(116)が前記θa(012)よりも31.8°〜31.9°高角度側に現れることを特徴とする請求項に記載の表面被覆部材。
【請求項5】
θa(104)、θa(110)、θa(113)およびθa(024)が、それぞれθa0(104)、θa0(110)、θa0(113)およびθa0(024)よりも高角度側に現れることを特徴とする請求項またはに記載の表面被覆部材。
【請求項6】
前記α型酸化アルミニウム層は、厚み方向に沿って伸びる柱状結晶からなることを特徴とする請求項乃至のいずれかに記載の表面被覆部材。
【請求項7】
請求項1乃至のいずれかに記載の表面被覆部材を備えてなる切削工具。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−254523(P2012−254523A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−166460(P2012−166460)
【出願日】平成24年7月27日(2012.7.27)
【分割の表示】特願2010−500710(P2010−500710)の分割
【原出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】