説明

被加工物分割用のレーザー加工装置、被加工物の加工方法および被加工物の分割方法

【課題】被加工物の分割がより確実化される被分割体の加工方法を提供する。
【解決手段】パルス幅がpsecオーダーのパルスレーザー光を出射する光源からステージに至る光路を途中で第1と第2の光路に部分分岐させ、個々の単位パルス光について、前者を進む第1の半パルス光に対し後者を進む第2の半パルス光が単位パルス光の半値幅の1/3倍以上で10nsec以下の遅延時間だけ遅延するように第2の光路の光路長を設定し、第1の半パルス光と第2の半パルス光の被照射領域が同一となり、かつ、個々の単位パルス光ごとの被照射領域が被加工面において離散的に形成されるようにパルスレーザー光を照射することによって、被照射領域同士の間で被加工物の劈開もしくは裂開を生じさせることで、被加工物に分割のための起点を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光を照射して被加工物を分割するための加工を行うレーザー加工方法およびこれに用いるレーザー加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルスレーザー光を照射して被加工物を加工する技術(以下、単にレーザー加工もしくはレーザー加工技術とも称する)として種々のものがすでに公知である(例えば、特許文献1ないし特許文献4参照)。
【0003】
特許文献1に開示されているのは、被加工物たるダイを分割する際に、レーザーアブレーションにより分割予定線に沿って断面V字形の溝(ブレイク溝)を形成し、この溝を起点としてダイを分割する手法である。一方、特許文献2に開示されているのは、デフォーカス状態のレーザー光を被加工物(被分割体)の分割予定線に沿って照射することにより被照射領域に周囲よりも結晶状態の崩れた断面略V字形の融解改質領域(変質領域)を生じさせ、この融解改質領域の最下点を起点として被加工物を分割する手法である。
【0004】
特許文献1および特許文献2に開示の技術を用いて分割起点を形成する場合はいずれも、その後の分割が良好に行われるために、レーザー光の走査方向である分割予定線方向に沿って均一な形状のV字形断面(溝断面もしくは変質領域断面)を形成することが、重要である。そのための対応として、例えば、1パルスごとのレーザー光の被照射領域(ビームスポット)が前後で重複するようにレーザー光の照射が制御される。
【0005】
例えば、レーザー加工の最も基本的なパラメータである、繰り返し周波数(単位kHz)をRとし、走査速度(単位mm/sec)をVとするとき、両者の比V/Rがビームスポットの中心間隔となるが、特許文献1および特許文献2に開示の技術においては、ビームスポット同士に重なりが生じるよう、V/Rが1μm以下となる条件で、レーザー光の照射および走査が行われる。
【0006】
また、特許文献3には、表面に積層部を有する基板の内部に集光点を合わせてレーザー光を照射することによって基板内部に改質領域を形成し、この改質領域を切断の起点とする態様が開示されている。
【0007】
また、特許文献4には、1つの分離線に対して複数回のレーザー光走査を繰り返し、分離線方向に連続する溝部および改質部と、分離線方向に連続しない内部改質部とを深さ方向の上下に形成する態様が開示されている。
【0008】
一方、特許文献5には、パルス幅がpsecオーダーという超短パルスのレーザー光を用いた加工技術であって、パルスレーザー光の集光スポット位置を調整することにより、被加工物(板体)の表層部位から表面に至って微小クラックが群生した微小な溶解痕を形成し、これらの溶解痕の連なった線状の分離容易化領域を形成する態様が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−9139号公報
【特許文献2】国際公開第2006/062017号
【特許文献3】特開2007−83309号公報
【特許文献4】特開2008−98465号公報
【特許文献5】特開2005−271563号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
レーザー光により分割起点を形成し、その後、ブレーカーにより分割を行うという手法は、従来より行われている機械的切断法であるダイヤモンドスクライビングと比較して、自動性・高速性・安定性・高精度性において有利である。
【0011】
しかしながら、レーザー光による分割起点の形成を従来の手法にて行った場合、レーザー光が照射された部分に、いわゆる加工痕(レーザー加工痕)が形成されることが不可避であった。加工痕とは、レーザー光が照射された結果、照射前とは材質や構造が変化した変質領域である。加工痕の形成は、通常、分割されたそれぞれの被加工物(分割素片)の特性等に悪影響を与えるために、なるべく抑制されることが好ましい。
【0012】
例えば、サファイアなどの硬脆性かつ光学的に透明な材料からなる基板の上にLED構造などの発光素子構造を形成した被加工物を、特許文献2に開示されているような従来のレーザー加工によってチップ単位に分割することで得られた発光素子のエッジ部分(分割の際にレーザー光の照射を受けた部分)においては、幅が数μm程度で深さが数μm〜数十μm程度の加工痕が連続的に形成されてなる。係る加工痕が、発光素子内部で生じた光を吸収してしまい、素子からの光の取り出し効率を低下させてしまうという問題がある。特に、屈折率の高いサファイア基板を用いた発光素子構造の場合に係る問題が顕著である。
【0013】
本発明の発明者は、鋭意検討を重ねた結果、被加工物にレーザー光を照射して分割起点を形成するにあたって、該被加工物の劈開性もしくは裂開性を利用することで、加工痕の形成が好適に抑制されるとの知見を得た。加えて、係る加工には超短パルスのレーザー光を用いることが好適であるとの知見を得た。
【0014】
特許文献1ないし特許文献5においては、被加工物の劈開性もしくは裂開性を利用する分割起点の形成態様について、何らの開示も示唆もなされてはいない。
【0015】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、加工痕の形成が抑制されるとともに、被加工物の分割がより確実に実現される分割起点の形成が可能となる、被分割体の加工方法、およびこれに用いるレーザー加工装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、請求項1の発明は、パルスレーザー光を発する光源と、被加工物が載置されるステージと、を備えるレーザー加工装置であって、前記パルスレーザー光が、パルス幅がpsecオーダーの超短パルス光であり、前記光源から前記ステージに至る前記パルスレーザー光の光路が、途中において第1の光路と第2の光路とに部分的に分岐し、その後合流するように設けられてなり、前記第2の光路の光路長を可変可能な光路長調整手段をさらに備え、前記光源から出射された前記パルスレーザー光が、前記第1の光路を進む第1のレーザー光と前記第2の光路を進む第2のレーザー光とに分岐し、かつ、前記パルスレーザー光の単位パルス光が、前記第1のレーザー光の単位パルス光である第1の半パルス光と前記第2のレーザー光の単位パルス光である第2の半パルス光とに分岐すると定義するときに、前記光路長調整手段は、合流後の前記光路において前記第2の半パルス光が同じ前記単位パルス光から分岐した前記第1の半パルス光よりも前記単位パルス光の半値幅の1/3倍以上で10nsec以下の遅延時間だけ遅延するように前記第2の光路の光路長を設定し、前記ステージに前記被加工物を載置した状態で、前記ステージを移動させつつ前記パルスレーザー光を前記被加工物に照射することにより、一の前記前記個々の単位パルス光についての前記第1の半パルス光と前記第2の半パルス光の被照射領域を前記被加工物の被加工面において実質的に同一としつつ、前記被加工物の被加工面において前記個々の単位パルス光ごとの前記被照射領域を離散的に形成し、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を生じさせることで、前記被加工物に分割のための起点を形成する、ことを特徴とする。
【0017】
請求項2の発明は、請求項1に記載のレーザー加工装置であって、前記第1の半パルス光を照射することによって物質の変質を生じさせるとともにエネルギー吸収効率が高い状態としたそれぞれの前記被照射領域に、前記第1の半パルス光と同一の単位パルス光から分岐した前記第2の半パルス光を照射する、ことを特徴とする。
【0018】
請求項3の発明は、被加工物に分割起点を形成するための加工方法であって、パルス幅がpsecオーダーの超短パルス光であるパルスレーザー光を出射する光源から被加工物を載置するステージに至る光路を、途中において第1の光路と第2の光路とに部分的に分岐し、その後合流するように設ける光路設定工程と、前記光源から出射された前記パルスレーザー光が、前記第1の光路を進む第1のレーザー光と前記第2の光路を進む第2のレーザー光とに分岐され、かつ、前記パルスレーザー光の単位パルス光が、前記第1のレーザー光の単位パルス光である第1の半パルス光と前記第2のレーザー光の単位パルス光である第2の半パルス光とに分岐されると定義するときに、前記第2の半パルス光が同じ前記単位パルス光から分岐した前記第1の半パルス光よりも前記単位パルス光の半値幅の1/3倍以上で10nsec以下の遅延時間だけ遅延するように前記第2の光路の光路長を設定する光路長調整工程と、前記被加工物を前記ステージに載置する載置工程と、前記パルスレーザー光を、一の前記単位パルス光についての前記第1の半パルス光と前記第2の半パルス光の被照射領域が同一となり、かつ、個々の前記単位パルス光ごとの前記被照射領域が前記被加工物の被加工面において離散的に形成されるように前記被加工物に照射することによって、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を生じさせることで、前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程と、を備えることを特徴とする。
【0019】
請求項4の発明は、請求項3に記載の被加工物の加工方法であって、前記照射工程においては、前記第1の半パルス光を照射することによって物質の変質を生じさせるとともにエネルギー吸収効率が高い状態としたそれぞれの前記被照射領域に、前記第1の半パルス光と同一の単位パルス光から分岐した前記第2の半パルス光を照射する、ことを特徴とする。
【0020】
請求項5の発明は、請求項3または請求項4に記載の加工方法であって、異なる前記単位パルス光によって形成する少なくとも2つの被照射領域を、前記被加工物の劈開もしくは裂開容易方向において隣り合うように形成する、ことを特徴とする。
【0021】
請求項6の発明は、請求項5に記載の加工方法であって、全ての前記被照射領域を、前記被加工物の劈開もしくは裂開容易方向に沿って形成する、ことを特徴とする。
【0022】
請求項7の発明は、請求項5に記載の加工方法であって、前記少なくとも2つの被照射領域の形成を、前記被加工物の相異なる2つの前記劈開もしくは裂開容易方向において交互に行う、ことを特徴とする。
【0023】
請求項8の発明は、請求項3ないし請求項7のいずれかに記載の加工方法であって、前記被照射領域を、前記被加工物の相異なる2つの劈開もしくは裂開容易方向に対して等価な方向において形成する、ことを特徴とする。
【0024】
請求項9の発明は、被加工物を分割する方法であって、請求項3ないし請求項8のいずれかに記載の方法によって分割起点が形成された被加工物を、前記分割起点に沿って分割する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
請求項1ないし請求項9の発明によれば、被加工物の変質による加工痕の形成や被加工物の飛散などを局所的なものに留める一方、被加工物の劈開もしくは裂開を積極的に生じさせることにより、従来よりも極めて高速に、被加工物に対して分割起点を形成することができる。
【0026】
また、パルスレーザー光のエネルギー利用効率が高まるので、より効率的かつ確実に分割起点を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】第1加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。
【図2】第1加工パターンでの劈開/裂開加工により分割起点を形成した被加工物の表面についての光学顕微鏡像である。
【図3】第1加工パターンに係る加工によって分割起点を形成したサファイアC面基板を、該分割起点に沿って分割した後の、表面(C面)から断面にかけてのSEM像である。
【図4】第2加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。
【図5】第2加工パターンでの劈開/裂開加工により分割起点を形成した被加工物の表面についての光学顕微鏡像である。
【図6】第2加工パターンに係る加工によって分割起点を形成したサファイアc面基板を、該分割起点に沿って分割した後の、表面(C面)から断面にかけてのSEM像である。
【図7】第3加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。
【図8】第3加工パターンにおける加工予定線と被照射領域の形成予定位置との関係を示す図である。
【図9】遅延時間を違えた場合の、被加工物に実際に照射されるレーザー光の強度プロファイルの変化の様子を模式的に示す図である。
【図10】遅延時間が単位パルス光の半値幅の2倍程度であるが、第2半パルス光H2のピーク強度が第1半パルス光H1のピーク強度よりも小さい場合の、レーザー光の強度プロファイルを例示する図である。
【図11】本実施の形態に係るレーザー加工装置50の構成を概略的に示す模式図である。
【図12】光学系5の構成を例示する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
<加工の原理>
まず、以下に示す本発明の実施の形態において実現される加工の原理を説明する。本発明において行われる加工は、概略的に言えば、パルスレーザー光(以下、単にレーザー光とも称する)を走査しつつ被加工物の上面(被加工面)に照射することによって、個々のパルスごとの被照射領域の間で被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせていき、それぞれにおいて形成された劈開面もしくは裂開面の連続面として分割のための起点(分割起点)を形成するものである。
【0029】
なお、本実施の形態において、裂開とは、劈開面以外の結晶面に沿って被加工物が略規則的に割れる現象を指し示すものとし、当該結晶面を裂開面と称する。なお、結晶面に完全に沿った微視的な現象である劈開や裂開以外に、巨視的な割れであるクラックがほぼ一定の結晶方位に沿って発生する場合もある。物質によっては主に劈開、裂開もしくはクラックのいずれか1つのみが起こるものもあるが、以降においては、説明の煩雑を避けるため、劈開、裂開、およびクラックを区別せずに劈開/裂開などと総称する。さらに、上述のような態様の加工を、単に劈開/裂開加工などとも称することがある。
【0030】
以下においては、被加工物が六方晶の単結晶物質であり、そのa1軸、a2軸、およびa3軸の各軸方向が、劈開/裂開容易方向である場合を例に説明する。例えば、C面サファイア基板などがこれに該当する。六方晶のa1軸、a2軸、a3軸は、C面内において互いに120°ずつの角度をなして互いに対称の位置にある。本発明の加工には、これらの軸の方向と加工予定線の方向(加工予定方向)との関係によって、いくつかのパターンがある。以下、これらについて説明する。なお、以下においては、個々のパルスごとに照射されるレーザー光を単位パルス光と称する。
【0031】
<第1加工パターン>
第1加工パターンは、a1軸方向、a2軸方向、a3軸方向のいずれかと加工予定線とが平行な場合の劈開/裂開加工の態様である。より一般的にいえば、劈開/裂開容易方向と加工予定線の方向とが一致する場合の加工態様である。
【0032】
図1は、第1加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。図1においては、a1軸方向と加工予定線Lとが平行な場合を例示している。図1(a)は、係る場合のa1軸方向、a2軸方向、a3軸方向と加工予定線Lとの方位関係を示す図である。図1(b)は、レーザー光の1パルス目の単位パルス光が加工予定線Lの端部の被照射領域RE1に照射された状態を示している。
【0033】
一般に、単位パルス光の照射は、被加工物の極微小領域に対して高いエネルギーを与えることから、係る照射は、被照射面において単位パルス光の(レーザー光の)の被照射領域相当もしくは被照射領域よりも広い範囲において物質の変質・溶融・蒸発除去などを生じさせる。
【0034】
ところが、単位パルス光の照射時間つまりはパルス幅を極めて短く設定すると、レーザー光のスポットサイズより狭い、被照射領域RE1の略中央領域に存在する物質が、照射されたレーザー光から運動エネルギーを得ることでプラズマ化されたり気体状態などに高温化されたりして変質しさらには被照射面に垂直な方向に飛散する一方、係る飛散に伴って生じる反力を初めとする単位パルス光の照射によって生じる衝撃や応力が、該被照射領域の周囲、特に、劈開/裂開容易方向であるa1軸方向、a2軸方向、a3軸方向に作用する。これにより、当該方向に沿って、見かけ上は接触状態を保ちつつも微小な劈開もしくは裂開が部分的に生じたり、あるいは、劈開や裂開にまでは至らずとも熱的な歪みが内在される状態が生じる。換言すれば、超短パルスの単位パルス光の照射が、劈開/裂開容易方向に向かう上面視略直線状の弱強度部分を形成するための駆動力として作用しているともいえる。
【0035】
図1(b)においては、上記各劈開/裂開容易方向において形成される弱強度部分のうち、加工予定線Lの延在方向と合致する+a1方向における弱強度部分W1を破線矢印にて模式的に示している。
【0036】
続いて、図1(c)に示すように、レーザー光の2パルス目の単位パルス光が照射されて、加工予定線L上において被照射領域RE1から所定距離だけ離れた位置に被照射領域RE2が形成されると、1パルス目と同様に、この2パルス目においても、劈開/裂開容易方向に沿った弱強度部分が形成されることになる。例えば、−a1方向には弱強度部分W2aが形成され、+a1方向には弱強度部分W2bが形成されることになる。
【0037】
ただし、この時点においては、1パルス目の単位パルス光の照射によって形成された弱強度部分W1が弱強度部分W2aの延在方向に存在する。すなわち、弱強度部分W2aの延在方向は他の箇所よりも小さなエネルギーで劈開または裂開が生じ得る(エネルギーの吸収率の高い)箇所となっている。そのため、実際には、2パルス目の単位パルス光の照射がなされると、その際に生じる衝撃や応力が劈開/裂開容易方向およびその先に存在する弱強度部分に伝播し、弱強度部分W2aから弱強度部分W1にかけて、完全な劈開もしくは裂開が、ほぼ照射の瞬間に生じる。これにより、図1(d)に示す劈開/裂開面C1が形成される。なお、劈開/裂開面C1は、被加工物の図面視垂直な方向において数μm〜数十μm程度の深さにまで形成され得る。しかも、後述するように、劈開/裂開面C1においては、強い衝撃や応力を受けた結果として結晶面の滑りが生じ、深さ方向に起伏が生じる。
【0038】
そして、図1(e)に示すように、その後、加工予定線Lに沿ってレーザー光を走査することにより被照射領域RE1、RE2、RE3、RE4・・・・に順次に単位パルス光を照射していくと、これに応じて、劈開/裂開面C2、C3・・・が順次に形成されていくことになる。係る態様にて劈開/裂開面を連続的に形成するのが、第1加工パターンにおける劈開/裂開加工である。
【0039】
別の見方をすれば、単位パルス光の照射によって熱的エネルギーが与えられることで被加工物の表層部分が膨張し、被照射領域RE1、RE2、RE3、RE4・・・・のそれぞれの略中央領域よりも外側において劈開/裂開面C1、C2、C3・・・に垂直な引張応力が作用することで、劈開/裂開が進展しているともいえる。
【0040】
すなわち、第1加工パターンにおいては、加工予定線Lに沿って離散的に存在する複数の被照射領域と、それら複数の被照射領域の間に形成された劈開/裂開面とが、全体として、被加工物を加工予定線Lに沿って分割する際の分割起点となる。係る分割起点の形成後は、所定の治具や装置を用いた分割を行うことで、加工予定線Lに概ね沿う態様にて被加工物を分割することができる。
【0041】
なお、このような劈開/裂開加工を実現するには、パルス幅の短い、短パルスのレーザー光を照射する必要がある。具体的には、パルス幅が100psec以下のレーザー光を用いることが必要である。例えば、1psec〜50psec程度のパルス幅を有するレーザー光を用いるのが好適である。
【0042】
一方、単位パルス光の照射ピッチ(被照射スポットの中心間隔)は、4μm〜50μmの範囲で定められればよい。これよりも照射ピッチが大きいと、劈開/裂開容易方向における弱強度部分の形成が劈開/裂開面を形成し得るほどにまで進展しない場合が生じるため、上述のような劈開/裂開面からなる分割起点を確実に形成するという観点からは、好ましくない。なお、走査速度、加工効率、製品品質の点からは、照射ピッチは大きい方が好ましいが、劈開/裂開面の形成をより確実なものとするには、4μm〜30μmの範囲で定めるのが望ましく、4μm〜15μm程度であるのがより好適である。
【0043】
いま、レーザー光の繰り返し周波数がR(kHz)である場合、1/R(msec)ごとに単位パルス光がレーザー光源から発せられることになる。被加工物に対してレーザー光が相対的に速度V(mm/sec)で移動する場合、照射ピッチΔ(μm)は、Δ=V/Rで定まる。従って、レーザー光の走査速度Vと繰り返し周波数は、Δが数μm程度となるように定められる。例えば、走査速度Vは50mm/sec〜3000mm/sec程度であり、繰り返し周波数Rが1kHz〜200kHz、特には10kHz〜200kHz程度であるのが好適である。VやRの具体的な値は、被加工物の材質や吸収率、熱伝導率、融点などを勘案して適宜に定められてよい。
【0044】
レーザー光は、約1μm〜10μm程度のビーム径にて照射されることが好ましい。係る場合、レーザー光の照射におけるピークパワー密度はおおよそ0.1TW/cm2〜数10TW/cm2となる。
【0045】
また、レーザー光の照射エネルギー(パルスエネルギー)は0.1μJ〜50μJの範囲内で適宜に定められてよい。
【0046】
図2は、第1加工パターンでの劈開/裂開加工により分割起点を形成した被加工物の表面についての光学顕微鏡像である。具体的には、サファイアC面基板を被加工物とし、そのC面上に、a1軸方向を加工予定線Lの延在方向として7μmの間隔にて被照射スポットを離散的に形成する加工を行った結果を示している。図2に示す結果は、実際の被加工物が上述したメカニズムで加工されていることを示唆している。
【0047】
また、図3は、第1加工パターンに係る加工によって分割起点を形成したサファイアC面基板を、該分割起点に沿って分割した後の、表面(C面)から断面にかけてのSEM(走査電子顕微鏡)像である。なお、図3においては、表面と断面との境界部分を破線にて示している。
【0048】
図3において観察される、当該表面から10μm前後の範囲に略等間隔に存在する、被加工物の表面から内部に長手方向を有する細長い三角形状あるいは針状の領域が、単位パルス光の照射によって直接に変質や飛散除去等の現象が生じた領域(以下、直接変質領域と称する)である。そして、それら直接変質領域の間に存在する、図面視左右方向に長手方向を有する筋状部分がサブミクロンピッチで図面視上下方向に多数連なっているように観察される領域が、劈開/裂開面である。これら直接変質領域および劈開/裂開面よりも下方が、分割によって形成された分割面である。
【0049】
劈開/裂開面が形成された領域は、レーザー光の照射を受けた領域ではないので、この第1加工パターンに係る加工においては、離散的に形成された直接変質領域のみが加工痕となっている。しかも、直接変質領域の被加工面におけるサイズは、数百nm〜1μm程度に過ぎない。すなわち、第1加工パターンでの加工を行うことで、従来に比して加工痕の形成が好適に抑制された分割起点の形成が実現される。
【0050】
なお、SEM像において筋状部分として観察されているのは、実際には、劈開/裂開面に形成された、0.1μm〜1μm程度の高低差を有する微小な凹凸である。係る凹凸は、サファイアのような硬脆性の無機化合物を対象に劈開/裂開加工を行う際に、単位パルス光の照射によって被加工物に強い衝撃や応力が作用することによって、特定の結晶面に滑りが生じることにより形成されたものである。
【0051】
このような微細な凹凸は存在するものの、図3からは、波線部分を境に表面と断面とが概ね直交していると判断されることから、微細な凹凸が加工誤差として許容される限りにおいて、第1加工パターンにより分割起点を形成し、被加工物を、該分割起点に沿って分割することで、被加工物をその表面に対して概ね垂直に分割することできるといえる。
【0052】
なお、後述するように、係る微細な凹凸を積極的に形成することが好ましい場合もある。例えば、次述する第2加工パターンによる加工によって顕著に得られる光取り出し効率の向上という効果を、第1加工パターンによる加工によってもある程度は奏することがある。
【0053】
<第2加工パターン>
第2加工パターンは、a1軸方向、a2軸方向、a3軸方向のいずれかと加工予定線とが垂直な場合の劈開/裂開加工の態様である。なお、第2加工パターンにおいて用いるレーザー光の条件は、第1加工パターンと同様である。より一般的にいえば、相異なる2つの劈開/裂開容易方向に対して等価な方向(2つの劈開/裂開容易方向の対称軸となる方向)が加工予定線の方向となる場合の加工態様である。
【0054】
図4は、第2加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。図4においては、a1軸方向と加工予定線Lとが直交する場合を例示している。図4(a)は、係る場合のa1軸方向、a2軸方向、a3軸方向と加工予定線Lとの方位関係を示す図である。図4(b)は、レーザー光の1パルス目の単位パルス光が加工予定線Lの端部の被照射領域RE11に照射された状態を示している。
【0055】
第2加工パターンの場合も、超短パルスの単位パルス光を照射することで、第1加工パターンと同様に、弱強度部分が形成される。図4(b)においては、上記各劈開/裂開容易方向において形成される弱強度部分のうち、加工予定線Lの延在方向に近い−a2方向および+a3方向における弱強度部分W11a、W12aを破線矢印にて模式的に示している。
【0056】
そして、図4(c)に示すように、レーザー光の2パルス目の単位パルス光が照射されて、加工予定線L上において被照射領域RE11から所定距離だけ離れた位置に被照射領域RE12が形成されると、1パルス目と同様に、この2パルス目においても、劈開/裂開容易方向に沿った弱強度部分が形成されることになる。例えば、−a3方向には弱強度部分W11bが形成され、+a2方向には弱強度部分W12bが形成され、+a3方向には弱強度部分W11cが形成され、−a2方向には弱強度部分W12cが形成されることになる。
【0057】
係る場合も、第1加工パターンの場合と同様、1パルス目の単位パルス光の照射によって形成された弱強度部分W11a、W12aがそれぞれ、弱強度部分W11b、W12bの延在方向に存在するので、実際には、2パルス目の単位パルス光の照射がなされると、その際に生じる衝撃や応力が劈開/裂開容易方向およびその先に存在する弱強度部分に伝播する。すなわち、図4(d)に示すように、劈開/裂開面C11a、C11bが形成される。なお、係る場合も、劈開/裂開面C11a、C11bは、被加工物の図面視垂直な方向において数μm〜数十μm程度の深さにまで形成され得る。
【0058】
引き続き、図4(e)に示すように加工予定線Lに沿ってレーザー光を走査し、被照射領域RE11、RE12、RE13、RE14・・・・に順次に単位パルス光を照射していくと、その照射の際に生じる衝撃や応力によって、図面視直線状の劈開/裂開面C11aおよびC11b、C12aおよびC12b、C13aおよびC13b、C14aおよびC14b・・・が加工予定線Lに沿って順次に形成されていくことになる。
【0059】
この結果、加工予定線Lに関して対称に劈開/裂開面が位置する状態が実現される。第2加工パターンにおいては、加工予定線Lに沿って離散的に存在する複数の被照射領域と、それら千鳥状に存在する劈開/裂開面とが、全体として、被加工物を加工予定線Lに沿って分割する際の分割起点となる。
【0060】
図5は、第2加工パターンでの劈開/裂開加工により分割起点を形成した被加工物の表面についての光学顕微鏡像である。具体的には、サファイアC面基板を被加工物とし、そのC面上に、a1軸方向に直交する方向を加工予定線Lの延在方向として7μmの間隔にて被照射スポットを離散的に形成する加工を行った結果を示している。図5からは、実際の被加工物においても、図4(e)に模式的に示したものと同様に表面視千鳥状の(ジグザグ状の)劈開/裂開面が確認される。係る結果は、実際の被加工物が上述したメカニズムで加工されていることを示唆している。
【0061】
また、図6は、第2加工パターンに係る加工によって分割起点を形成したサファイアC面基板を、該分割起点に沿って分割した後の、表面(C面)から断面にかけてのSEM像である。なお、図6においては、表面と断面との境界部分を破線にて示している。
【0062】
図6からは、分割後の被加工物の断面の表面から10μm前後の範囲においては、被加工物の断面が、図4(e)に模式的に示した千鳥状の配置に対応する凹凸を有していることが確認される。係る凹凸を形成しているのが、劈開/裂開面である。なお、図6における凹凸のピッチは5μm程度である。第1加工パターンによる加工の場合と同様、劈開/裂開面は平坦ではなく、単位パルス光の照射に起因して特定の結晶面に滑りが生じたことに伴うサブミクロンピッチの凹凸が生じている。
【0063】
また、係る凹凸の凸部の位置に対応して表面部分から深さ方向にかけて延在するのが、直接変質領域の断面である。図3に示した第1加工パターンによる加工により形成された直接変質領域と比べると、その形状は不均一なものとなっている。そして、これら直接変質領域および劈開/裂開面よりも下方が、分割によって形成された分割面である。
【0064】
第2加工パターンの場合も、離散的に形成された直接変質領域のみが加工痕となっている点では第1加工パターンと同様である。そして、直接変質領域の被加工面におけるサイズは、数百nm〜2μm程度に過ぎない。すなわち、第2加工パターンでの加工を行う場合も、加工痕の形成が従来よりも好適にされた分割起点の形成が実現される。
【0065】
第2加工パターンによる加工の場合、劈開/裂開面に形成されたサブミクロンピッチの凹凸に加えて、隣り合う劈開/裂開面同士が数μm程度のピッチで凹凸を形成している。このような凹凸形状を有する断面を形成する態様は、サファイアなどの硬脆性かつ光学的に透明な材料からなる基板の上に、LED構造などの発光素子構造を形成した被加工物をチップ(分割素片)単位に分割する場合に有効である。発光素子の場合、レーザー加工によって基板に形成された加工痕の箇所において、発光素子内部で生じた光が吸収されてしまうと、素子からの光の取り出し効率が低下してしまうことになるが、第1加工パターンによる加工を行うことによって基板の加工断面にこの図6に示したような凹凸を意図的に形成した場合には、当該位置での全反射率が低下し、発光素子においてより高い光取り出し効率が実現されることになる。
【0066】
<第3加工パターン>
第3加工パターンは、超短パルスのレーザー光を用いる点、a1軸方向、a2軸方向、a3軸方向のいずれかと加工予定線とが垂直である(相異なる2つの劈開/裂開容易方向に対して等価な方向が加工予定線の方向となる)点では、第2加工パターンと同様であるが、レーザー光の照射態様が第2加工パターンと異なる。
【0067】
図7は、第3加工パターンによる加工態様を模式的に示す図である。図7においては、a1軸方向と加工予定線Lとが直交する場合を例示している。図7(a)は、係る場合のa1軸方向、a2軸方向、a3軸方向と加工予定線Lとの方位関係を示す図である。
【0068】
上述した第2加工パターンでは、図7(a)に示したものと同じ方位関係のもと、レーザー光を、加工予定線Lの延在方向である、a2軸方向とa3軸方向のちょうど真ん中の方向(a2軸方向とa3軸方向とに対して等価な方向)に沿って、直線的に走査していた。第3加工パターンでは、これに代わり、図7(b)に示すように、個々の被照射領域が、加工予定線Lを挟む2つの劈開/裂開容易方向に交互に沿う態様にて千鳥状に(ジグザグに)形成されるように、それぞれの被照射領域を形成する単位パルス光が照射される。図7の場合であれば、−a2方向と+a3方向とに交互に沿って被照射領域RE21、RE22、RE23、RE24、RE25・・・が形成されている。
【0069】
係る態様にて単位パルス光が照射された場合も、第1および第2加工パターンと同様に、それぞれの単位パルス光の照射に伴って、被照射領域の間に劈開/裂開面が形成される。図7(b)に示す場合であれば、被照射領域RE21、RE22、RE23、RE24、RE25・・・がこの順に形成されることで、劈開/裂開面C21、C22、C23、C24・・・が順次に形成される。
【0070】
結果として、第3加工パターンにおいては、加工予定線Lを軸とする千鳥状の配置にて離散的に存在する複数の被照射領域と、それぞれの被照射領域の間に形成される劈開/裂開面とが、全体として、被加工物を加工予定線Lに沿って分割する際の分割起点となる。
【0071】
そして、当該分割起点に沿って実際に分割を行った場合には、第2加工パターンと同様に、分割後の被加工物の断面の表面から10μm前後の範囲においては、劈開/裂開面による数μmピッチの凹凸が形成される。しかも、それぞれの劈開/裂開面には、第1および第2加工パターンの場合と同様に、単位パルス光の照射に起因して特定の結晶面に滑りが生じたことに伴うサブミクロンピッチの凹凸が生じる。また、直接変質領域の形成態様も第2加工パターンと同様である。すなわち、第3加工パターにおいても、加工痕の形成は第2加工パターンと同程度に抑制される。
【0072】
従って、このような第3加工パターンによる加工の場合も、第2パターンによる加工と同様、劈開/裂開面に形成されたサブミクロンピッチの凹凸に加えて、劈開/裂開面同士により数μm程度のピッチの凹凸が形成されるので、第3加工パターンによる加工を、発光素子を対象に行った場合も、得られた発光素子は、上述したような光の取り出し効率の向上という観点からはより好適なものとなる。
【0073】
なお、被加工物の種類によっては、より確実に劈開/裂開を生じさせるべく、いずれも加工予定線L上の位置である、図7(b)の被照射領域RE21と被照射領域RE22の中点、被照射領域RE22と被照射領域RE23の中点、被照射領域RE23と被照射領域RE24の中点、被照射領域RE24と被照射領域RE25の中点・・・・にも、被照射領域を形成するようにしてもよい。
【0074】
ところで、第3加工パターンにおける被照射領域の配置位置は、部分的には劈開/裂開容易方向に沿っている。上述のように加工予定線L上の中点位置にも被照射領域を形成する場合についても同様である。すなわち、第3加工パターンは、少なくとも2つの被照射領域を、被加工物の劈開/裂開容易方向において隣り合わせて形成する、という点で、第1加工パターンと共通するということもできる。従って、見方を変えれば、第3加工パターンは、レーザー光を走査する方向を周期的に違えつつ第1加工パターンによる加工を行っているものであると捉えることもできる。
【0075】
また、第1および第2加工パターンの場合は、被照射領域が一直線上に位置するので、レーザー光の出射源を加工予定線に沿って一直線上に移動させ、所定の形成対象位置に到達するたびに単位パルス光を照射して被照射領域を形成すればよく、係る形成態様が最も効率的である。ところが、第3加工パターンの場合、被照射領域を一直線上にではなく千鳥状に(ジグザグに)形成するので、レーザー光の出射源を実際に千鳥状に(ジグザグに)移動させる手法だけでなく、種々の手法にて被照射領域を形成することができる。なお、本実施の形態において、出射源の移動とは、被加工物と出射源との相対移動を意味しており、被加工物が固定されて出射源が移動する場合のみならず、出射源が固定されて被加工物が移動する(実際には被加工物を載置するステージが移動する)態様も含んでいる。
【0076】
例えば、出射源とステージとを加工予定線に平行に等速で相対移動させつつ、レーザー光の出射方向を加工予定線に垂直な面内にて周期的に変化させることなどによって、上述のような千鳥状の配置関係をみたす態様にて被照射領域を形成することも可能である。
【0077】
あるいは、複数の出射源を平行に等速で相対移動させつつ、個々の出射源からの単位パルス光の照射タイミングを周期的に変化させることで、上述のような千鳥状の配置関係をみたす態様にて被照射領域を形成することも可能である。
【0078】
図8は、これら2つの場合の加工予定線と被照射領域の形成予定位置との関係を示す図である。いずれの場合も、図8に示すように、被照射領域RE21、RE22、RE23、RE24、RE25・・・の形成予定位置P21、P22、P23、P24、P25・・・をあたかも加工予定線Lに平行な直線Lα、Lβ上に交互に設定し、直線Lαに沿った形成予定位置P21、P23、P25・・・・での被照射領域の形成と、直線Lβに沿った形成予定位置P22、P24・・・・での被照射領域の形成とを、同時並行的に行うものと捉えることができる。
【0079】
なお、出射源を千鳥状に(ジグザグに)移動させる場合、レーザー光の出射源を直接移動させるにせよ、被加工物が載置されるステージを移動させることによってレーザー光を相対的に走査させるにせよ、出射源あるいはステージの移動は二軸同時動作となる。これに対して、出射源あるいはステージのみを加工予定線に平行に移動させる動作は一軸動作である。従って、出射源の高速移動つまりは加工効率の向上を実現するうえにおいては、後者の方がより適しているといえる。
【0080】
以上の各加工パターンに示すように、本実施の形態において行われる劈開/裂開加工は、単位パルス光の離散的な照射を、主に被加工物において連続的な劈開/裂開を生じさせるための衝撃や応力を付与する手段として用いる加工態様である。被照射領域における被加工物の変質(つまりは加工痕の形成)や飛散などは、あくまで付随的なものとして局所的に生じるものに過ぎない。このような特徴を有する本実施の形態の劈開/裂開加工は、単位パルス光の照射領域をオーバーラップさせつつ、連続的あるいは断続的に変質・溶融・蒸発除去を生じさせることによって加工を行う従来の加工手法とは、そのメカニズムが本質的に異なるものである。
【0081】
そして、個々の被照射領域に瞬間的に強い衝撃や応力が加わればよいので、レーザー光を高速で走査しつつ照射することが可能である。具体的には、最大で1000mm/secという極めて高速走査つまりは高速加工が実現可能である。従来の加工方法での加工速度はせいぜい200mm/sec程度であることを鑑みると、その差異は顕著である。当然ながら、本実施の形態において実現される加工方法は従来の加工方法に比して各段に生産性を向上させるものであるといえる。
【0082】
なお、本実施の形態における劈開/裂開加工は、上述の各加工パターンのように被加工物の結晶方位(劈開/裂開容易方向の方位)と加工予定線とが所定の関係にある場合に特に有効であるが、適用対象はこれらに限られず、原理的には、両者が任意の関係にある場合や被加工物が多結晶体である場合にも適用可能である。これらの場合、加工予定線に対して劈開/裂開が生じる方向が必ずしも一定しないため、分割起点に不規則な凹凸が生じ得るが、被照射領域の間隔や、パルス幅を初めとするレーザー光の照射条件を適宜に設定することで、係る凹凸が加工誤差の許容範囲内に留まった実用上問題のない加工が行える。
【0083】
<分離ビームによるエネルギー利用効率の向上>
本実施の形態に係る劈開/裂開加工は、上述したように、100psec以下のパルス幅を有する単位パルス光を4μm〜50μm程度の間隔で離散的に照射し、個々の被照射領域の中心部分にて物質の変質・溶融・蒸発除去などを生じさせることにより、被照射領域間に劈開/裂開を進展させる手法である。それゆえ、被照射領域にて必要以上の加工がなされる必要はなく、むしろ、被照射領域から劈開/裂開容易方向に対して確実に劈開/裂開を進展させることが求められる。
【0084】
例えば、ピークパワー密度が大きくパルス幅が小さい単位パルス光を照射した場合、被照射領域に与えるエネルギーが過剰となって被照射領域に必要以上のダメージを与える一方で、劈開/裂開が好適に進展しないことが起こり得る。これは、照射された単位パルス光のエネルギーが、劈開/裂開の進展に十分に振り向けられないためである。より詳細にいえば、電子系のエネルギー吸収から当該エネルギーによる分子系の振動への遷移には10psec程度の時間を要すると考えられている。従って、照射された単位パルス光のエネルギーをより多く劈開/裂開の進展に振り向けるためには、ピークパワー密度を弱強度部分が形成される最低限度に抑制しつつパルス幅を大きくした単位パルス光を被加工物に照射する態様が、好ましいといえる。係る場合に、レーザー光のエネルギー利用効率が高まることになる。
【0085】
本実施の形態においては、このようなエネルギー利用効率の向上を、個々の単位パルス光を光学的にいったん二分し、両者の光路長を違えることによって一方を他方に対してわずかに(せいぜい10nsec程度)遅延させつつ被加工物上の実質的に同一の被照射領域に照射させるようにすることで、実現する。係る態様での加工を、分離ビーム加工と称する。以下、具体的に説明する。
【0086】
図9は、遅延時間を違えた場合の、被加工物に実際に照射されるレーザー光の強度プロファイル(ビーム強度の時間変化)の変化の様子を模式的に示す図である。具体的には、図9(a)に示すように、ピーク強度(ピークパワー密度)Iで半値幅ωの単位パルス光UPをプロファイルが等しい2つの第1半パルス光H1と第2半パルス光H2に分け、両者の光路長を違えることで第2半パルス光H2を第1半パルス光H1に対して遅延させる場合を考える。遅延時間をDとする。
【0087】
まず、例えば、図9(b)に示す遅延時間Dが単位パルス光UPの半値幅ω(数psec〜数十psec程度)の1/3程度の場合(D=ω/3の場合)のように、遅延時間Dが比較的小さい場合、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とは時間的にオーバーラップして照射され、見かけ上、両者の合成パルス光CP1は、ピーク強度I1で半値幅ω1の単一の単位パルス光と透過となる。しかしながら、第2半パルス光H2が第1半パルス光H1に対して遅延して照射されることにより、第1半パルス光H1が照射されて物質の変質が生じさらには劈開/裂開が生じ始めたエネルギー吸収効率が高い状態の(プラズマ状態や高温状態の)被照射領域に、第2半パルス光H2が照射されることになる。このとき、第2半パルス光H2のエネルギーは主に劈開/裂開の進展に利用される。
【0088】
当然ながら、遅延時間Dを大きくするにつれて、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2との時間的なオーバーラップは少なくなっていく。ただし、図9(c)に示すように、遅延時間Dが単位パルス光UPの半値幅ωと同程度の場合(D=ωの場合)であれば、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2との合成パルス光CP2は、合成パルス光CP1のピーク強度I1よりもさらに小さいピーク強度I2の2つのピークを持っている。しかしながら、第1半パルス光H1が照射されてエネルギー吸収効率が高い状態となっている被照射領域に、第2半パルス光H2が照射される点においては、合成パルス光CP1が照射された場合と同様である。なお、合成パルス光CP2は、全体としては、半値幅ω2(>ω1)である単位パルス光と捉えることが可能である。
【0089】
遅延時間Dをωよりもさらに大きくして、図9(d)に示すように単位パルス光UPの半値幅ωの2倍程度とした場合(D=2ωの場合)、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とのオーバーラップはほとんど無くなり、合成パルス光CP3(名目上そのように称呼する)は、実質的には、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とに相当する(つまりはピーク強度I3がほぼP/2である)2つの別個の単位パルス光UP3a、UP3bを遅延時間Dで順次に照射するものに過ぎなくなる。
【0090】
しかしながら、この場合の遅延時間Dは大きくてもせいぜい100psec程度であることから、単位パルス光UP3aが照射されることで生じたエネルギー吸収効率が高い状態が解消されないうちに単位パルス光UP3bが照射されている。従って、単位パルス光UP3bのエネルギーは劈開/裂開面の進展に利用される。すなわち、この場合も、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とに実質的なオーバーラップがある場合と同様、光源から出射された単位パルス光UPのエネルギーは効率的に利用されることになる。
【0091】
なお、遅延時間Dがおおよそ10nsecの範囲であれば、上述のような単位パルス光UPのエネルギー利用効率を高める効果は得られることが、本発明の発明者によって確認されている。これは、単位パルス光UP3aの照射によって実現されたエネルギー吸収効率が高い状態が維持される時間が、せいぜい10nsec程度であるためと考えられる。また、遅延時間Dがω/3を下回る場合、第2半パルス光H2を遅延させることの効果が十分に得られず、被加工物10が過剰なダメージを受けやすくなるので好ましくない。
【0092】
以上のことから、遅延時間Dが10nsec以下の範囲内の値として定められるように第1半パルス光H1と第2半パルス光H2との光路長差を設けるようにすれば、光源から出射される単位パルス光が、被照射領域に過剰なダメージを与え得るほどのピークパワー密度を有する場合であっても、実際に被加工物に照射される単位パルス光のピーク強度を低下させ、かつ、実質的に照射時間を増大させることができ、個々の単位パルス光について、劈開/裂開の進展に利用されるエネルギーの比率を高めることができる。具体的には、遅れて照射された第2半パルス光H2のエネルギーを主に劈開/裂開の進展に利用することができる。すなわち、遅延時間Dが係る範囲をみたすように第1半パルス光H1と第2半パルス光H2との光路長差を設けて分離ビーム加工を行えば、よりエネルギー利用効率を向上させた劈開/裂開加工が実現される。これにより、被加工物10に対して、より効率的かつ確実に分割起点を形成することができる。
【0093】
ところで、ここまで説明した分離ビーム加工は、第2半パルス光H2に第1半パルス光H1よりも時間的な遅延を与えつつ、両者を実質的に同一の被照射領域に照射するものとしているが、その一方で、本実施の形態においては、上述のように、レーザー光を50mm/sec〜3000mm/sec程度の走査速度で相対的に走査しつつ加工が行われる。一見すると、両者は矛盾するようにもみえる。なぜならば、第1半パルス光H1が照射された後、第2半パルス光H2が照射されるまでの間も、レーザー光と被加工物10とは相対移動しているため、それぞれの半パルス光における被照射領域の形成位置は異なるはずだからである。しかしながら、例えば、レーザー光の走査速度が3000mm/sec(=3m/sec)であり、遅延時間Dが10nsecであるという、第1半パルス光H1の照射位置と第2半パルス光H2の照射位置が最もずれる場合を想定しても、両位置の計算上のずれは、30nmに過ぎない。一方で、レーザー光のビーム径が約1μm〜10μm程度であることや、劈開/裂開加工に際して被加工物10に形成される被照射領域同士の間隔が4μm〜50μmである。30nmという値はそれらの約1/100〜1/1000程度であって十分に誤差の範囲内とみなせる。ゆえに、加工を行う上において第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とは実質的に同一の被照射領域に照射されるとしても、何ら差し支えはない。
【0094】
また、分離ビーム加工は、上述した第1ないし第3加工パターンのいずれを行う場合でも、実行可能である。
【0095】
なお、ここまでの説明においては、第1半パルス光H1と第2半パルス光H2とが等しいプロファイルを有することを前提として説明しているが、これは、必須の態様ではない。図10は、遅延時間が単位パルス光の半値幅の2倍程度であるが、第2半パルス光H2のピーク強度が第1半パルス光H1のピーク強度よりも小さい場合の、レーザー光の強度プロファイルを例示する図である。このような態様のレーザー光を用いて分離ビーム加工を行う場合も、効率的な劈開/裂開加工が実現される。
【0096】
係る場合において、第2半パルス光H2のビーム径や広がり角を第1半パルス光H1と違えることで、被加工物に照射される際の第2半パルス光H2の照射スポット径を第1半パルス光H1の照射スポット径よりも大きくなるようにしてもよい。係る場合、第2半パルス光H2の半値幅が第1半パルス光H1の半値幅より大きくなるので、照射時間をより延ばすことができる。
【0097】
<レーザー加工装置の概要>
次に、上述した種々の加工パターンによる加工を実現可能なレーザー加工装置について説明する。
【0098】
図11は、本実施の形態に係るレーザー加工装置50の構成を概略的に示す模式図である。レーザー加工装置50は、レーザー光照射部50Aと、観察部50Bと、例えば石英などの透明な部材からなり、被加工物10をその上に載置するステージ7と、レーザー加工装置50の種々の動作(観察動作、アライメント動作、加工動作など)を制御するコントローラ1とを主として備える。レーザー光照射部50Aは、レーザー光源SLと光学系5とを備え、ステージ7に載置された被加工物10にレーザー光を照射する部位であり、上述した、レーザー光の出射源に相当する。観察部50Bは、該被加工物10をレーザー光が照射される側(これを表面または被加工面と称する)から直接に観測する表面観察と、ステージ7に載置された側(これを裏面または載置面と称する)から該ステージ7を介して観察する裏面観察とを行う部位である。
【0099】
ステージ7は、移動機構7mによってレーザー光照射部50Aと観察部50Bとの間で水平方向に移動可能とされてなる。移動機構7mは、図示しない駆動手段の作用により水平面内で所定のXY2軸方向にステージ7を移動させる。これにより、レーザー光照射部50A内におけるレーザー光照射位置の移動や、観察部50B内における観察位置の移動や、レーザー光照射部50Aと観察部50Bとの間のステージ7の移動などが実現されてなる。なお、移動機構7mについては、所定の回転軸を中心とした、水平面内における回転(θ回転)動作も、水平駆動と独立に行えるようになっている。
【0100】
また、レーザー加工装置50においては、表面観察と裏面観察とを適宜に切り替え可能に行えるようになっている。これにより、被加工物10の材質や状態に応じた最適な観察を柔軟かつ速やかに行うことができる。
【0101】
ステージ7は、石英など透明な部材で形成されているが、その内部には、被加工物10を吸着固定するための吸気通路となる図示しない吸引用配管が設けられてなる。吸引用配管は、例えば、ステージ7の所定位置を機械加工により削孔することにより設けられる。
【0102】
被加工物10をステージ7の上に載置した状態で、例えば吸引ポンプなどの吸引手段11により吸引用配管に対し吸引を行い、吸引用配管のステージ7載置面側先端に設けられた吸引孔に対し負圧を与えることで、被加工物10(および固定シート4)がステージ7に固定されるようになっている。なお、図11においては、加工対象である被加工物10が固定シート4に貼り付けられている場合を例示しているが、好ましくは、固定シート4の外縁部には該固定シート4を固定するための図示しない固定リングが配置される。
【0103】
<照明系および観察系>
観察部50Bは、ステージ7に載置された被加工物10に対してステージ7の上方から落射照明光源S1からの落射照明光L1の照射と斜光照明光源S2からの斜光透過照明光L2の照射とを重畳的に行いつつ、ステージ7の上方側からの表面観察手段6による表面観察と、ステージ7の下方側からの裏面観察手段16による裏面観察とを、行えるように構成されている。
【0104】
具体的には、落射照明光源S1から発せられた落射照明光L1が、図示を省略する鏡筒内に設けられたハーフミラー9で反射され、被加工物10に照射されるようになっている。また、観察部50Bは、ハーフミラー9の上方(鏡筒の上方)に設けられたCCDカメラ6aと該CCDカメラ6aに接続されたモニタ6bとを含む表面観察手段6を備えており、落射照明光L1を照射させた状態でリアルタイムに被加工物10の明視野像の観察を行うことが出来るようになっている。
【0105】
また、観察部50Bにおいては、ステージ7の下方に、より好ましくは、後述するハーフミラー19の下方(鏡筒の下方)に設けられたCCDカメラ16aと該CCDカメラ16aに接続されたモニタ16bとを含む裏面観察手段16を備えている。なお、モニタ16bと表面観察手段6に備わるモニタ6bとは共通のものであってもよい。
【0106】
また、ステージ7の下方に備わる同軸照明光源S3から発せられた同軸照明光L3が、図示を省略する鏡筒内に設けられたハーフミラー19で反射され、集光レンズ18にて集光されたうえで、ステージ7を介して被加工物10に照射されるようになっていてもよい。さらに好ましくは、ステージ7の下方に斜光照明光源S4を備えており、斜光照明光L4を、ステージ7を介して被加工物10に対して照射できるようになっていてもよい。これらの同軸照明光源S3や斜光照明光源S4は、例えば被加工物10の表面側に不透明な金属層などがあって表面側からの観察が該金属層からの反射が生じて困難な場合など、被加工物10を裏面側から観察する際に好適に用いることできる。
【0107】
<レーザー光源>
レーザー光源SLとしては、波長が500nm〜1600nmのものを用いる。また、上述した加工パターンでの加工を実現するべく、レーザー光LBのパルス幅は1psec〜50psec程度である必要がある。また、繰り返し周波数Rは10kHz〜200kHz程度、レーザー光の照射エネルギー(パルスエネルギー)は0.1μJ〜50μJ程度であるのが好適である。
【0108】
なお、レーザー光源SLから出射されるレーザー光LBの偏光状態は、円偏光であっても直線偏光であってもよい。ただし、直線偏光の場合、結晶性被加工材料中での加工断面の曲がりとエネルギー吸収率の観点から、偏光方向が走査方向と略平行にあるように、例えば両者のなす角が±1°以内にあるようにされることが好ましい。
【0109】
<光学系>
光学系5は、レーザー光が被加工物10に照射される際の光路を設定する部位である。光学系5によって設定された光路に従って、被加工物の所定の照射位置(被照射領域の形成予定位置)にレーザー光が照射される。
【0110】
図12は、光学系5の構成を例示する模式図である。光学系5は、ビームエキスパンダー51と、対物レンズ系52と、分岐ミラー53と、合成ミラー54とを主として備える。また、光学系5には、レーザー光LBの光路の向きを変換する目的で、適宜の個数のミラー5aが適宜に位置に設けられていてもよい。図12においては、4つのミラー5aが設けられた場合を例示している。
【0111】
また、出射光が直線偏光の場合、光学系5がアッテネータ5bを備えることが好ましい。アッテネータ5bはレーザー光LBの光路上の適宜の位置に配置され、出射されたレーザー光LBの強度を調整する役割を担う。
【0112】
図12に例示するように、光学系5では、レーザー光源SLから発せられたレーザー光LBの光路OP上に、いずれもハーフミラーである分岐ミラー53および合成ミラー54とが配置されている。光路OPは、分岐ミラー53によって第1分岐光路OP1と第2分岐光路OP2とに分岐し、第1分岐光路OP1と第2分岐光路OP2とは、合成ミラー54で合流し、再び一の光路OPとなる。これにより、レーザー光源SLから出射されたレーザー光LBは、分岐ミラー53によって第1分岐光路OP1を進む第1レーザー光LB1と第2分岐光路OP2を進む第2レーザー光LB2とに分離される。係る場合、第1の半パルス光H1が第1レーザー光LB1の単位パルス光に相当し、第2の半パルス光H2が第2レーザー光LB2の単位パルス光に相当する。
【0113】
また、第2分岐光路OP2上には、光路長調整手段55が配置されている。光路長調整手段55は、第2分岐光路OP2上を進む第2レーザー光LB2を合成ミラー54の方へと反射させる複数のミラー群からなる。しかも、光路長調整手段55は、矢印AR1にて示すように、第2分岐光路OP2の延在方向においてその位置を可変させることで、第2レーザー光LB2の反射位置を自在に調整できるように構成されてなる。係る態様にて第2レーザー光LB2の反射位置が調整されることにより、第2分岐光路OP2を進む第2レーザー光LB2の光路長が任意に設定できるようになっている。
【0114】
光路長調整手段55によって、第2分岐光路OP2の光路長の方が第1分岐光路OP1の光路長よりも長くなるように設定することで、第1分岐光路OP1と第2分岐光路OP2とが合流した合成ミラー54よりも下流側の光路OPにおいて、第1レーザー光LB1に対して第2レーザー光LB2が遅延することになる。従って、レーザー加工装置50においては、光路長調整手段55によって第1分岐光路OP1と第2分岐光路OP2との光路長差を適宜に設定することで、上述した分離ビーム加工が、任意の遅延時間Dにて可能となっている。
【0115】
なお、光路長差をΔLとすると、遅延時間Dと光路長差との関係は、光の速度cを用いてΔL=cDと表される。例えばD=10psecの場合、c=3×108m/secとして、ΔL=3mmである。
【0116】
また、第2分岐光路OP2上にはフォーカス調整用レンズ系56が設けられている。係るフォーカス調整用レンズ系56を適宜に設定することで、第2レーザー光LB2の単位パルス光である第2半パルス光H2のビーム径や広がり角を第2レーザー光LB2の単位パルス光である第1半パルス光H1と違えることができる。これにより、被加工物に照射される際の第2半パルス光H2の照射スポット径を第1半パルス光H1の照射スポット径よりも大きくした状態での分離ビーム加工が可能となる。
【0117】
また、第1分岐光路OP1に備わるアッテネータ5bもしくは第2分岐光路OP2に備わるアッテネータ5bを適宜に調整することにより、第2レーザー光LB2の強度を第1レーザー光LB1の強度よりも小さくすることにより、図10に示したようなプロファイルでの分離ビーム加工も可能である。
【0118】
ところで、異なる2つのレーザー光源を用意し、それぞれのレーザー光の出射タイミングを遅延させることによって、上述の分離ビーム加工を行う態様も一見可能であるように思えるが、実際には、被照射領域を離散的に形成させるという条件の下、2つのレーザー光源からの出射タイミングの遅延をpsecオーダーもしくはnsecオーダーで精度よく制御することは、困難であり、現実的ではない。
【0119】
なお、図12においては、対物レンズ系52から被加工物10に至るレーザー光LBの光路が固定されている場合を例示している。合成ミラー54以降の光路OPを実際にあるいは仮想的に複数設定するとともに、図示しない光路設定手段によって、レーザー光LBの個々の単位パルス光が被加工物に対して照射される際の光路を、設定した複数の光路の中で順次に切り替えることが可能に構成されていてもよい。係る場合、被加工物10の上面の複数箇所において同時並行的な走査が行われる状態、あるいは、仮想的にそのようにみなされる状態が実現される。換言すれば、これは、レーザー光LBの光路をマルチ化しているといえる。
【0120】
<コントローラ>
コントローラ1は、上述の各部の動作を制御し、被加工物10の加工処理を実現させる制御部2と、レーザー加工装置50の動作を制御するプログラム3pや加工処理の際に参照される種々のデータを記憶する記憶部3とをさらに備える。
【0121】
制御部2は、例えばパーソナルコンピュータやマイクロコンピュータなどの汎用のコンピュータによって実現されるものであり、記憶部3に記憶されているプログラム3pが該コンピュータに読み込まれ実行されることにより、種々の構成要素が制御部2の機能的構成要素として実現される。
【0122】
具体的には、制御部2は、移動機構7mによるステージ7の駆動や集光レンズ18の合焦動作など、加工処理に関係する種々の駆動部分の動作を制御する駆動制御部21と、CCDカメラ6aおよび16aによる撮像を制御する撮像制御部22と、レーザー光源SLからのレーザー光LBの照射および光学系5における光路の設定態様を制御する照射制御部23と、吸引手段11によるステージ7への被加工物10の吸着固定動作を制御する吸着制御部24と、与えられた加工位置データD1(後述)および加工モード設定データD2(後述)に従って加工対象位置への加工処理を実行させる加工処理部25とを、主として備える。
【0123】
記憶部3は、ROMやRAMおよびハードディスクなどの記憶媒体によって実現される。なお、記憶部3は、制御部2を実現するコンピュータの構成要素によって実現される態様であってもよいし、ハードディスクの場合など、該コンピュータとは別体に設けられる態様であってもよい。
【0124】
記憶部3には、被加工物10について設定された加工予定線の位置を記述した加工位置データD1が外部から与えられて記憶される。また、記憶部3には、レーザー光の個々のパラメータについての条件や光学系5における光路の設定条件やステージ7の駆動条件(あるいはそれらの設定可能範囲)などが加工モードごとに記述された、加工モード設定データD2が、あらかじめ記憶されている。
【0125】
なお、レーザー加工装置50に対してオペレータが与える種々の入力指示は、コントローラ1において実現されるGUIを利用して行われるのが好ましい。例えば、加工処理部25の作用により加工処理用メニューがGUIにて提供される。オペレータは、係る加工処理用メニューに基づいて、後述する加工モードの選択や、加工条件の入力などを行う。
【0126】
<アライメント動作>
レーザー加工装置50においては、加工処理に先立ち、観察部50Bにおいて、被加工物10の配置位置を微調整するアライメント動作が行えるようになっている。アライメント動作は、被加工物10に定められているXY座標軸をステージ7の座標軸と一致させるために行う処理である。係るアライメント処理は、上述した加工パターンでの加工を行う場合に、被加工物の結晶方位と加工予定線とレーザー光の走査方向とが各加工パターンにおいて求められる所定の関係をみたすようにするうえで重要である。
【0127】
アライメント動作は、公知の技術を適用して実行することが可能であり、加工パターンに応じて適宜の態様にて行われればよい。例えば、1つの母基板を用いて作製された多数個のデバイスチップを切り出す場合など、被加工物10の表面に繰り返しパターンが形成されているような場合であれば、パターンマッチングなどの手法を用いることで適切なアライメント動作が実現される。この場合、概略的にいえば、被加工物10に形成されている複数のアライメント用マークの撮像画像をCCDカメラ6aあるいは16aが取得し、それらの撮像画像の撮像位置の相対的関係に基づいて加工処理部25がアライメント量を特定し、駆動制御部21が該アライメント量に応じて移動機構7mによりステージ7を移動させることによって、アライメントが実現される。
【0128】
係るアライメント動作を行うことによって、加工処理における加工位置が正確に特定される。なお、アライメント動作終了後、被加工物10を載置したステージ7はレーザー光照射部50Aへと移動し、引き続いてレーザー光LBを照射することによる加工処理が行われることになる。なお、観察部50Bからレーザー光照射部50Aへのステージ7の移動は、アライメント動作時に想定された加工予定位置と実際の加工位置とがずれないように保証されている。
【0129】
<加工処理の概略>
次に、本実施の形態に係るレーザー加工装置50における加工処理について説明する。レーザー加工装置50においては、レーザー光源SLから発せられ光学系5を経たレーザー光LBの照射と、被加工物10が載置固定されたステージ7の移動とを組み合わせることによって、光学系5を経たレーザー光LBを被加工物10に対して相対的に走査させつつ被加工物10の加工を行えるようになっている。具体的には、上述した第1ないし第3加工パターンでの劈開/裂開加工を行うことができる。
【0130】
第1加工パターンでの加工を行う場合は、加工予定線Lが劈開/裂開容易方向に平行に設定された被加工物10について、該劈開/裂開容易方向とステージ7の移動方向とが一致するように被加工物10をアライメントしたうえで、レーザー光LBによって被加工物10の加工予定線L上を走査する。
【0131】
第2加工パターンでの加工を行う場合は、加工予定線Lが劈開/裂開容易方向に垂直に設定された被加工物10について、該劈開/裂開容易方向とステージ7の移動方向とが直交するように被加工物10をアライメントしたうえで、レーザー光LBによって被加工物10の加工予定線L上を走査する。
【0132】
第3加工パターンでの加工を行う場合には、2つの劈開/裂開方向に対して加工予定線Lが等価な位置となるように、被加工物10をアライメントしたうえで、それぞれの劈開/裂開方向について交互にレーザー光LBによる走査が行われるように、ステージ7の移動方向を交互に違えるようにすればよい。
【0133】
あるいは、第3加工モードでの加工を行う場合、図8に示したような、加工予定線Lに平行な直線Lα、Lβあるいはさらに加工予定線L自体に沿って、実体的にあるいは仮想的に複数のレーザー光を走査させるようにしてもよい。なお、仮想的に複数のレーザー光を走査させるとは、実際には1つの光路にてレーザー光を照射するもののその光路を時間的に変化させることで、複数の光路にてレーザー光を照射する場合と同様の走査態様が実現されることをいう。
【0134】
また、いずれの加工パターンの場合であっても、光路長差ΔLを適宜に設定することによって遅延時間Dをパルス幅の2倍程度以下の値に設定することで、分離ビーム加工を好適に行うことができる。
【符号の説明】
【0135】
1 コントローラ
2 制御部
3 記憶部
4 固定シート
5 光学系
7 ステージ
7m 移動機構
10 被加工物
10a (被加工物の)載置面
50 レーザー加工装置
50A レーザー光照射部
51 ビームエキスパンダー
52 対物レンズ系
53 分岐ミラー
54 合成ミラー
55 光路長調整手段
56 フォーカス調整用レンズ系
C1〜C3、C11a、C11b、C21〜C24 劈開/裂開面
CP1、CP2、CP3 合成パルス光
L 加工予定線
LB レーザー光
LB1 第1レーザー光
LB2 第2レーザー光
H1 第1半パルス光
H2 第2半パルス光
OP 光路
OP1 第1分岐光路
OP2 第2分岐光路
RE、RE1〜RE4、RE11〜RE15、RE21〜RE25 被照射領域
SL レーザー光源
UP、UP3a、UP3b 単位パルス光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザー光を発する光源と、
被加工物が載置されるステージと、
を備えるレーザー加工装置であって、
前記パルスレーザー光が、パルス幅がpsecオーダーの超短パルス光であり、
前記光源から前記ステージに至る前記パルスレーザー光の光路が、途中において第1の光路と第2の光路とに部分的に分岐し、その後合流するように設けられてなり、
前記第2の光路の光路長を可変可能な光路長調整手段をさらに備え、
前記光源から出射された前記パルスレーザー光が、前記第1の光路を進む第1のレーザー光と前記第2の光路を進む第2のレーザー光とに分岐し、かつ、前記パルスレーザー光の単位パルス光が、前記第1のレーザー光の単位パルス光である第1の半パルス光と前記第2のレーザー光の単位パルス光である第2の半パルス光とに分岐すると定義するときに、前記光路長調整手段は、合流後の前記光路において前記第2の半パルス光が同じ前記単位パルス光から分岐した前記第1の半パルス光よりも前記単位パルス光の半値幅の1/3倍以上で10nsec以下の遅延時間だけ遅延するように前記第2の光路の光路長を設定し、
前記ステージに前記被加工物を載置した状態で、前記ステージを移動させつつ前記パルスレーザー光を前記被加工物に照射することにより、一の前記単位パルス光についての前記第1の半パルス光と前記第2の半パルス光の被照射領域を前記被加工物の被加工面において実質的に同一としつつ、前記被加工物の被加工面において個々の前記単位パルス光ごとの前記被照射領域を離散的に形成し、
前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を生じさせることで、前記被加工物に分割のための起点を形成する、
ことを特徴とする被加工物分割用のレーザー加工装置。
【請求項2】
請求項1に記載のレーザー加工装置であって、
前記第1の半パルス光を照射することによって物質の変質を生じさせるとともにエネルギー吸収効率が高い状態としたそれぞれの前記被照射領域に、前記第1の半パルス光と同一の単位パルス光から分岐した前記第2の半パルス光を照射する、
ことを特徴とする被加工物分割用のレーザー加工装置。
【請求項3】
被加工物に分割起点を形成するための加工方法であって、
パルス幅がpsecオーダーの超短パルス光であるパルスレーザー光を出射する光源から被加工物を載置するステージに至る光路を、途中において第1の光路と第2の光路とに部分的に分岐し、その後合流するように設ける光路設定工程と、
前記光源から出射された前記パルスレーザー光が、前記第1の光路を進む第1のレーザー光と前記第2の光路を進む第2のレーザー光とに分岐され、かつ、前記パルスレーザー光の単位パルス光が、前記第1のレーザー光の単位パルス光である第1の半パルス光と前記第2のレーザー光である第2の半パルス光とに分岐されると定義するときに、前記第2の半パルス光が同じ前記単位パルス光から分岐した前記第1の半パルス光よりも前記単位パルス光の半値幅の1/3倍以上で10nsec以下の遅延時間だけ遅延するように前記第2の光路の光路長を設定する光路長調整工程と、
前記被加工物を前記ステージに載置する載置工程と、
前記パルスレーザー光を、一の前記単位パルス光についての前記第1の半パルス光と前記第2の半パルス光の被照射領域が実質的に同一となり、かつ、個々の前記単位パルス光ごとの前記被照射領域が前記被加工物の被加工面において離散的に形成されるように前記被加工物に照射することによって、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を生じさせることで、前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程と、
を備えることを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項4】
請求項3に記載の被加工物の加工方法であって、
前記照射工程においては、前記第1の半パルス光を照射することによって物質の変質を生じさせるとともにエネルギー吸収効率が高い状態としたそれぞれの前記被照射領域に、前記第1の半パルス光と同一の単位パルス光から分岐した前記第2の半パルス光を照射する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の加工方法であって、
異なる前記単位パルス光によって形成する少なくとも2つの被照射領域を、前記被加工物の劈開もしくは裂開容易方向において隣り合うように形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項6】
請求項5に記載の加工方法であって、
全ての前記被照射領域を、前記被加工物の劈開もしくは裂開容易方向に沿って形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項7】
請求項5に記載の加工方法であって、
前記少なくとも2つの被照射領域の形成を、前記被加工物の相異なる2つの前記劈開もしくは裂開容易方向において交互に行う、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項8】
請求項3ないし請求項7のいずれかに記載の加工方法であって、
前記被照射領域を、前記被加工物の相異なる2つの劈開もしくは裂開容易方向に対して等価な方向において形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項9】
被加工物を分割する方法であって、
請求項3ないし請求項8のいずれかに記載の方法によって分割起点が形成された被加工物を、前記分割起点に沿って分割する、
ことを特徴とする被加工物の分割方法。

【図1】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−6220(P2013−6220A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−213769(P2012−213769)
【出願日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【分割の表示】特願2010−232357(P2010−232357)の分割
【原出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(390000608)三星ダイヤモンド工業株式会社 (383)
【Fターム(参考)】